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理科と実社会・実生活との関連についての一考察 The Discussion of the Relation between School Science, Real Society and Real Life through the Student’s Idea ○鈴木晃一 A ,遠西昭壽 B Koichi,SUZUKI , Shoju,TONISHI 愛知教育大学大学院 A ,愛知教育大学 B Graduate School of Aichi University of Education , Aichi University of Education 【要約】 中央教育審議会答申(2008)は,「理科を学ぶことの意義や有用性を実感する機会をもたせ, 科学への関心を高める観点から,実社会・実生活との関連を重視する内容を充実する方向で改善を図る。」 としている。これを受けた中学校学習指導要領解説理科編は,科学技術が日常生活を豊かにしているこ とや理科の学習が職業と密接に関わっていることを扱うとしているが,中学校の課程を修了したばかり の高校 1 年生に「理科を学ぶ意義」や「理科の有用性」について質問した所,科学技術と日常生活との 関係や職業選択より,天気予報のような身近な情報やマスコミからの情報の理解とそれらを生かした行 動の仕方に意義を感じていることが分かった。 【キーワード】 理科と実社会・実生活との関連,理科を学ぶ意義,理科の有用性 1.はじめに 中教審答申には,「理科を学ぶことの意義や 有用性を実感する機会をもたせ,科学への関心 を高める観点から,実社会・実生活との関連を 重視する内容を充実する方向で改善を図る。」 (中央教育審議会,2008a)と述べられており,理 科を学ぶ意義や有用性を実社会・実生活との関 連を通じて見いださせる取り組みが提案され ている。また,先の「実社会・実生活との関連」 については,中学校学習指導要領解説理科編で は,「科学技術が日常生活や社会を豊かにして いることや安全性の向上に役立っていること に触れること。また,理科で学習することが 様々な職業などと関係していることにも触れ ること。」(文部科学省,2008b)と,科学技術と 職業の 2 つを挙げている。 この 2 つを挙げる理由は,次代を担う科学技 術系人材の育成が重要な課題であるとともに, 科学技術の成果が社会全体の隅々に活用され るようになっている今日,国民一人一人の科学 に関する基礎的素養の向上が課題である(中央 教育審議会,2008a)からである。 国立政策研究所は「学習内容と日常生活との 関連性の研究」調査研究事業報告書を示し,日 常生活を産業の身近な製品や技術にどのよう に活かされているか,および社会の職業の中で どのような仕事のどのような場面に活かされ ているか(国立政策研究所,2005c)から学習内 容とその活用場面の例を示している。また,経 済産業省は,「企業のための授業案作成ガイド ブック」(経済産業省,2008d)を示し,理科の内 容と実社会のつながりを実感させる取り組み を示している。 これらの例のように,理科と科学技術や職業 との関連の取り組みが示されているが,そもそ も科学技術や職業との関係だけが生徒に理科 を学ぶ意義を実感させるのだろうか。科学者や 技術者を目指さない多くの生徒にはむしろ意 欲を低下させるのではないか。 そこで,理科を学ぶ意義や有用性を実感させ ることができる理科と実社会・実生活との関連 がどのようなものかを考察していく上で,生徒 が理科を学ぶことにどのような意味を見出し, また有用性を感じているかを明らかにし,そこ での生徒の反応から考察を試みた。 2.調査概要 (1)調査対象 愛知教育大学附属高校 1 年生 78 名 (男子生徒 27 人,女子生徒 51 人) 93 科教研報 Vol.27 No.5

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理科と実社会・実生活との関連についての一考察

The Discussion of the Relation between School Science, Real Society and Real Life through the

Student’s Idea

○鈴木晃一 A,遠西昭壽 B

Koichi,SUZUKI , Shoju,TONISHI

愛知教育大学大学院 A,愛知教育大学 B

Graduate School of Aichi University of Education , Aichi University of Education

【要約】 中央教育審議会答申(2008)は,「理科を学ぶことの意義や有用性を実感する機会をもたせ,

科学への関心を高める観点から,実社会・実生活との関連を重視する内容を充実する方向で改善を図る。」

としている。これを受けた中学校学習指導要領解説理科編は,科学技術が日常生活を豊かにしているこ

とや理科の学習が職業と密接に関わっていることを扱うとしているが,中学校の課程を修了したばかり

の高校 1 年生に「理科を学ぶ意義」や「理科の有用性」について質問した所,科学技術と日常生活との

関係や職業選択より,天気予報のような身近な情報やマスコミからの情報の理解とそれらを生かした行

動の仕方に意義を感じていることが分かった。

【キーワード】 理科と実社会・実生活との関連,理科を学ぶ意義,理科の有用性

1.はじめに

中教審答申には,「理科を学ぶことの意義や

有用性を実感する機会をもたせ,科学への関心

を高める観点から,実社会・実生活との関連を

重視する内容を充実する方向で改善を図る。」

(中央教育審議会,2008a)と述べられており,理

科を学ぶ意義や有用性を実社会・実生活との関

連を通じて見いださせる取り組みが提案され

ている。また,先の「実社会・実生活との関連」

については,中学校学習指導要領解説理科編で

は,「科学技術が日常生活や社会を豊かにして

いることや安全性の向上に役立っていること

に触れること。また,理科で学習することが

様々な職業などと関係していることにも触れ

ること。」(文部科学省,2008b)と,科学技術と

職業の 2つを挙げている。

この 2 つを挙げる理由は,次代を担う科学技

術系人材の育成が重要な課題であるとともに,

科学技術の成果が社会全体の隅々に活用され

るようになっている今日,国民一人一人の科学

に関する基礎的素養の向上が課題である(中央

教育審議会,2008a)からである。

国立政策研究所は「学習内容と日常生活との

関連性の研究」調査研究事業報告書を示し,日

常生活を産業の身近な製品や技術にどのよう

に活かされているか,および社会の職業の中で

どのような仕事のどのような場面に活かされ

ているか(国立政策研究所,2005c)から学習内

容とその活用場面の例を示している。また,経

済産業省は,「企業のための授業案作成ガイド

ブック」(経済産業省,2008d)を示し,理科の内

容と実社会のつながりを実感させる取り組み

を示している。

これらの例のように,理科と科学技術や職業

との関連の取り組みが示されているが,そもそ

も科学技術や職業との関係だけが生徒に理科

を学ぶ意義を実感させるのだろうか。科学者や

技術者を目指さない多くの生徒にはむしろ意

欲を低下させるのではないか。

そこで,理科を学ぶ意義や有用性を実感させ

ることができる理科と実社会・実生活との関連

がどのようなものかを考察していく上で,生徒

が理科を学ぶことにどのような意味を見出し,

また有用性を感じているかを明らかにし,そこ

での生徒の反応から考察を試みた。

2.調査概要

(1)調査対象

愛知教育大学附属高校 1年生 78 名

(男子生徒 27 人,女子生徒 51 人)

93

科教研報 Vol.27 No.5

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(2)調査時期

2012 年 10 月~11 月

(3)調査方法

調査は質問紙法と面接法で行った。質問紙は

選択肢法による「理科を学ぶ意義」に関する問

いと,自由記述法による「理科の有用性」に関

する問いからなる。選択肢法では「強くそう思

う」ものを1つと,「そう思う」ものを重複回

答してもらった。これらの回答から,より詳細

な情報を得たいと考えられる生徒に対しては

補足的な面接を行った。

3.調査と結果

3-1.生徒の理科を学ぶ意義について

理科を学ぶ意義として,「強くそう思う」と

考える選択肢としては,男子は「理科が好き・

おもしろい」からという意見が多く,女子は「社

会的な問題を考える上で必要」「物事を判断す

ることができる」という意見が多かった。しか

し,「理科の知識を応用した科学技術を理解す

るのに必要だから勉強する」という選択肢を選

ぶ生徒は見られなかった。

また,理系・文系に分けてみると,理系は「理

科に関係する職業に就くため」「理科がおもし

ろい」の意見が多く,文系は「大学に行くため

に必要」「理科の知識を使った様々な現象を説

明することができるから」の意見が多かった。

面接で,どうしてそう考えるのか意見を聞い

たところ,以下のような意見が見られた。

表 1.理科を学ぶ意義についての意見

これらの生徒は,理科の知識を使って考えた

り,判断することに学ぶ意義を感じている。日

常生活の現象を理科の知識で説明をしたり,日

常の問題を考えることが,生徒にとって学ぶ意

義につながるのではないかと考えられる。

3-2.生徒の理科の有用性についての考え

質問紙で,「理科はあなたにとって役に立つ

か」と聞いたところ 86%の生徒が役立つと回答

していることが分かった(図 1)。

図 1.理科の有用性の認識

具体的に理科がどのように役立っているの

かを自由記述で聞いたところ,さまざまな回答

があったが,例えば「天気予報を理解する時に

役立つ(20 人)」「危険を避ける・判断するとき

に役立つ(13 人)」「ニュースや新聞などのメデ

ィアを理解する時に役立つ(3 人)」などの,「物

事の意味を理解する・判断する」ときに理科が

役立つと回答していることが分かった(図

2,3)。将来,理科に関係する職業に就くために

役立つと回答する生徒もいたが先の回答より

少なく,科学技術開発に役立つと回答する生徒

も 2人とわずかであった。

図 2.理科が役立つ場面(数字には回答数)

図 3.「物事の意味を理解・判断する」の内実

No.31(理系女子) : なんか今環境問題とか,なんか

温暖化とか,砂漠化とかあるし。そういうことにつ

いて,専門の人たちだけじゃなくて,私たちも考え

ていかなければいけないような気がして,私たちが

全員が協力しないと解決していかない問題だと思

うから。個人個人が考えないといけないから。

No.21(文系女子): なんかキッチンハイターと何か

を混ぜちゃダメとか。混ぜると化学変化しておかし

くなる。そういうから。

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さらに,面接で生徒の認識を詳しく分析をし

た。以下に,理科が「物事の意味を理解・判断

する」上で役立つと考えた生徒の意見を示す。

(ⅰ)天気予報について

これらは,天気予報を理解する時に理科が役

立つと考えた生徒の例である。

表 2.天気予報についての生徒の意見

これらの生徒が述べているように,理科の知

識があったから,天気予報で使われる記号を理

解することができるのであって,もしも勉強を

していなかったら分からない,さらに関心が向

かないのではないかと考えられる。

また,多くの生徒が天気予報を理解するのに

役立つと考えたのは,天気予報が生徒らにとっ

て身近なものであり,理科の知識と日常生活と

が関連していることを実感しやすい内容であ

ったからだと考えられる。

(ⅱ)危険の回避について

これらは,危険を回避しようとする時に理科

が役立つと考えた生徒の例である。

表 3.危険の回避についての生徒の意見

これらの生徒が述べているように,危険を避

ける時に理科の知識が役立つと考えているこ

とが分かる。

実社会・実生活では,危険な出来事を理科の

知識を使って,回避できると考えた時に生徒は

理科の知識の必要性を実感するであろう。

(ⅲ)メディアからの情報理解について

これらは,メディアからの情報を理解する時

に理科が役立つと考えた生徒の例である。

表 4.メディアからの情報理解についての意見

これらの生徒が述べているように,メディア

からの情報を理解するのに,理科が役立つと考

えていることが分かる。理科の知識がなければ,

ニュースや新聞などを理解することができな

い。知識があれば関心も高まるだろう。

これらのメディアも生徒らにとって身近な

ものであり, 理科の知識と日常生活とが関連

していることを実感しやすいものであったた

め回答が出現したと考えられる。

3-3.「科学技術と職業との関連」について

(ⅰ)科学技術について

「中学校場面で理科の知識だけでなく,科学技

術についても教師が教えてくれたらあなたに

とって理科を学ぶ意義につながりますか?」と

面接をし,認識を調査した。

12名中7名は,科学技術についての情報提供

に否定的な反応を示していた。

表 5.科学技術の情報提供への否定的な反応

No.22(文系女子) :テレビを見ていて,地図みたいな

のが出てくるじゃないですか。地図というか。日本

が出てきて寒冷前線とか温暖前線とかがあって,あ

れは分からなかったら何あの記号ってなると思う。

理科の知識があれば分かるから。この記号の意味が

どういうものなのか分かる。あっ,この寒冷前線が

こっちに向かっていて,次は雨が降るのかなって分

かる。

No.3(理系男子) : 天気予報を見ていて,あっ,これ

授業で習ったなと思って,理科を勉強して寒冷前線

とか理解することができた。理科で勉強していなか

ったら意味を理解することができなかったと思う。

No.23(文系女子) : 資料集になんかキッチンハイタ

ーとなんかを混ぜると危険って書いてあったから,

気を付けないとなってなった。掃除するときと

か。・・・知らなかったら危険なことに,死んじゃう

かもしれない。

No.26(文系女子) : 1,2 週間ぐらい前に地下鉄の中

でアルミ缶が破裂する事件があって,中には洗剤と

かが入っていて,こういうのも化学反応だから理科

を勉強していなかったら,どうして起きたのか説明

できなかったと思う。

No.4(文系男子) : なんかたまに NHK でやっている,

動物が出てきたりとか,宇宙とかやっているやつを

見たときは理解することができる。理科の知識を知

っていることで深く見ることができる。理科の知識

が分からなかったらただ見ているだけになるかも。

No.39(文系女子) : ニュースで出てくる用語とかも

分からないじゃないですか。知らないと。で,理科

の勉強で,用語とどういう意味なのか知ってよく分

かるというか。

No.22(文系女子) : そうなんだ~ってなって思うけ

ど,学ぶ,だから勉強しようとは思わない。・・・あ

っ,でも多分一瞬興味を持つんですけど,だけど多

分だから勉強するってにはならない。

No.31(理系女子) : 少し理科を学んでも理解できな

い気がする。携帯とかも使えればいいやってなる。

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科教研報 Vol.27 No.5

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ただし,12 名中 5 名は,情報提供に肯定的な

反応を示していた。

表 6.科学技術の情報提供への肯定的な反応

これらの反応から,情報提供が有意義に働く

ことがあることも分かったが,肯定的な反応を

示した5名のうち4名は理系を志望しているも

のであった。文系より理科に関することに興味

を示しやすいため,肯定的な反応を示したと考

えられる。文系の生徒では,科学技術との関連

に関する情報は必ずしも有意義なものとは言

えないだろう。

(ⅱ)理科に関する職業について

「中学校場面で理科の知識だけでなく,理科に

関する職業についても教師が教えてくれたら

あなたにとって理科を学ぶ意義につながりま

すか?」と面接をし,認識を調査した。

12 名中 11 名が,理科に関する職業の情報提

供に肯定的な反応を示していた。

表 7.理科に関する職業の情報提供への肯定的な反応

ただし,12 名中 1 名が,情報提供に否定的な

反応を示していた。

表 8.理科に関する職業の情報提供への否定的な反応

これらの生徒の反応から,情報提供が有意味

に働く可能性が考えられる。理系志望の生徒と

ともに,多くの文系志望の生徒も肯定的な反応

を示していることから,理科の知識だけではな

く,その知識が生かされている職業の情報提供

は生徒の学ぶ意義につながるだろう。

さらに,情報提供はキャリア教育(文部科学

省,2006e)につながるものと考えられる。

4.おわりに

生徒が考える理科を学ぶ意義や有用性を調

査したところ,多様な考え方が出てきたが,生

徒の多くは,理科の知識を使って日常生活のさ

まざまな現象を説明することができたり,ニュ

ースや新聞などのメディアを理解することが

できること,さらに社会的な問題を考えていく

ときに理科の知識の必要性を感じ,学ぶ意義や

有用性につながっていることが分かった。

理科と実社会・実生活との関連として,科学

技術や職業と関係づけ,あたかも科学者や技術

者の養成を目的とするかのような扱いはむし

ろ理科嫌いを増やすのではないだろうか。普通

教育での理科では,日常生活における情報理解

やそれを根拠とした行動へとつながるような

指導が有効であろう。多いとは言えないが,社

会参加と科学知識を関係づけている生徒も見

られたことは特記に値する。

5.参考文献

中央教育審議会:幼稚園,小学校,中学校,高

等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の

改善について(答申),p.89,2008

上掲書,p.55

経済産業省 :子どものなぜ?を引き出す企業

のための理科授業案作成ガイドブック,2008

国立政策研究所:学習内容と日常生活との関連

性の研究 -学習内容と日常生活,産業・社会・

人間とに関連した題材の開発-,2005

文部科学省:小学校・中学校・高等学校キャリ

ア教育推進の手引き -児童生徒一人一人の勤

労観,職業観を育てるために-,2006

文部科学省:中学校学習指導要領解説理科

編,p.105,大日本図書株式会社,2008

No.25(理系女子) : どういう原理でできているのか

なって興味があるので。・・・うれしいですね。も

っと学びたいなって思いますね。

No.11(理系男子) : 航空機が好きなので技術を知れ

たら面白いと思うし。・・・他の人が知らないよう

なことを知っていたら楽しいというか。

No.23(文系女子) : 興味あるものだったらちょっと

やってみようかなってなるかも。その中に好きなも

のとか,すごい興味があったものがあれば,やって

みようかなって思う。

No.8(文系男子) : えっ,たとえ興味がなくても,そ

ういうことをすることで興味がもてたり,えっ,も

しかしたら理科が好きになるかもしれない。

No.31(理系女子) :入院した時,その中で人の職業を

見て医療関係っておもしろそうだなって。だからそ

ういうのに触れてみるっていうか。興味が湧く。

No.22 (文系女子): だって勧められても,No.22 は

(理科が)あんまり得意じゃないから,勧められて

もいいですってなる。

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小学校4年生理科「水のあたたまり方」の指導の現状と改善

The current situations and improvements of teaching of the Unit of"How water is heated" in the Fourth Grade Elementary School Science

◯寺田 光宏 中嶋 健二

TERADA, Mitsuhiro NAKASHIMA, Kenji岐阜聖徳学園大学教育学部 半田市立宮池小学校

Gifu Shotoku Gakuen University Miyaike Elementary School

[要約]本研究では,小学校4年生の理科「物のあたたまり方」の単元におけるの指導の現

状を明らかにするために,直近10年間の小学校理科教科書の実験・図解・表現を変遷および

現職教員や理科教師を志望している学生のもつ「水のあたたまり方」の概念を調査,検討し

た。その結果,小学校4年生理科「水のあたたまり方」の教科書は,先行研究の指摘により

変化が認められるが,まだ混乱していることが明らかになった。また,現職教員及び教育学

部理科専修学生がもつ「水のあたたまり方」の概念は,10年前以前の教科書にあるような概

念を保持していた。また,「水のあたたまり方」の概念は確固で変容が難しい可能性があるこ

とが明らかになり,改善案を考察した。

[キーワード] 水のあたたまり方 対流 教科書 教師 現状 改善

1.はじめに

(1)問題の背景

小学校4年生理科「水のあたたまり方」の単元

における,水のあたたまり方と水の移動に関して

様々な議論がある。

勝俣・栗田(1981),勝俣(1982)は,教科書のビ

ーカー内の対流時の水の動きを表すモデル図が,

回転するように描かれている問題を指摘した。ま

た,おが屑や味噌は自重により下降するので対流

を視覚的に示すものとして不適であるとした。

鎌田・佐藤(2002)は,加熱によるビーカー内の

水の動きを一般化することが難しいことを指摘

し,温度分布を可視化する方法として感温液晶の

利用を紹介している。

相場・柊原(2009)は,対流に関する概念調査を

行いビーカー内の水は回転するように全体が温

まるという誤概念を多くの中学生が保持してい

ることを指摘している。また,サーモテープは加

熱された水の上昇が分かり難く,味噌やおが屑な

どは,水の動きや温まる様子を正確に反映してい

ない問題点があり,示温インクを利用したビーカ

ーでの実験観察の有効性を示している。

これらの先行研究の主眼は,ビーカー内で水の

温まり方とその表し方,学習者および指導者の誤

概念の存在の問題点の提起とその改善方法にあ

る。「水のあたたまり方」については,他にも教

具の改善や開発が行われたり,概念変容の調査に

利用はされている。

これらの後,学習指導要領・教科書が改正され

た。また,相場・柊原(2009)は教師らの誤概念の

存在を指摘しているが実際に調査されていない。

そのため,小学校4年生理科「水のあたたまり

方」の指導の現状を,以前から現行の教科書の実

験・図解・表現の変遷を再度検討する必要がある。

そして,現職教員や理科教員を志望している学生

のもつ「水のあたたまり方」の概念を明らかにす

ることは急務である。そこで,本論は以下を目的

として実施した。

(2)本研究の目的

小学校4年生理科「水のあたたまり方」の指導

の現状を教科書分析,教育学部理科専修学生への

試行授業,教員へのアンケートにより明らかにす

る。その上で,改善の例を検討する。

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科教研報 Vol.27 No.5

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2.教科書における「水のあたたまり方」の実験,

図解と説明の変遷と現状

(1)調査方法

「水のあたたまり方」の表記や

図の変化がみられる最近 10 年間程度のすべての教科書を調査対象

とした。具体的には平成 14 年度版,平成 17 年度版,平成 23 年度版(現行)に発行された小学校理科

4年生の教科書のすべて6社(東

京書籍,大日本図書,学校図書,

教育出版,信州教育,啓林館)であ

る。

調査項目は,「水のあたたまり

方」のうち,実験方法,学習のま

とめである部分の表記を抽出し,

内容により分類した。また,この

まとめを具体的に表した図解の表

記方法を上昇流,下降流などのより分類した。

(2)調査結果

①図解のパターン

図1 回転流 図2 上昇流・下降流

図3 上昇流① 図4 上昇流②

表1 各教科書の実験,図解,説明の変遷

②説明のパターン

表2 「水のあたたまり方」の説明の分類

上昇流の記述 下降流などの 全体があたたまる記述 記述

A 水は,あたためられ 上にある温度 このように,水は動

社 ると上に動き, の低い水は下 きながら全体があ

に動く。 たたまっていく。

B 水は,ねっせられた 上のほうにあ このようにして,水

社 ところがあたたま った温度のひ は全体があたたま

り,温度が高くな くい水が下が っていく。

る。温度の高くなっ ってくる。

た水が上のほうへ動き,

C 水は,熱したところ 上の冷たい水 水が動くことによ

社 の水が上にあがり, が下にしずむ って,全体が温まり

ように, ます。

D 水の下の方を熱する 水は,熱せられたと

社 と,上の方からあた ころの水が上の方

たまるのは,熱せら へ動いて,上から順

れた水が上の方へ動 にあたたまります。

くからです。

E 熱せられた部分の水 それについて 水はこのような流

社 は,上に向かって動 周りの水も動 れによって,全体が

き, いて,ビーカーだんだんにあたた

の中に水の流 まっていきます。

れが起こりま

す。

F 水を熱すると,あた 上にあった部 このようなことを

社 たまった部分が上へ 分が下へ動く。続けて,水全体があ

動き, たたまっていくこ

とがわかる。

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(3)考察

①実験:実験は水流を観察するものと水温を計測

するものがあった。水流を観察する材料はあまり

変化はないが,示温テープなどで水温を計測する

ものが併用する教科書が増加していた。また,示

温テープの他に,相場・柊原(2009)の提案もあり,

示温インクの使用も増加していた。

②図解:図1~図4に示したように「回転流」

「上昇流・下降流」「上昇流」の3パターンに分

類できた。また,相場・柊原(2009)が水のあたた

まり方の正解としている上昇し温かい水が上部

に溜まるものを上昇流②とした。「回転流」と

「上昇流・下降流」表記が徐々に減り,「上昇

流」表記が増加傾向になった。鎌田・佐藤(2002)

の指摘のように「下降流」は複雑なため,表記し

ない傾向があると考えられる。

③説明:多くの教科書が「上昇流の記述」,「下

降流の記述」「全体があたたまる記述」の3部分

からなった。上昇流が起こる理由は全社共通であ

るが,下降流の記述がないものや理由がないもの

があった。あたたかい水は上昇し,つめたい水は

下降するとう記載がない教科書が半数に上った。

また,②図解と③説明が対応していない教科書

がある。これは,実験の説明と概念説明の統一が

難しいためと考えられる。

④その他:サーモグラフィーの利用した写真は,

簡単に測定できる金属のあたたまり方に限られ,

測定が難しい水のあたたまり方はなかった。

3.教育学部理科専修学生の理解

(1)調査方法

相場・柊原(2009)は中学生のもつ「水のあたた

まり方」の概念の問題点を明らかにしたが,教員

や教育学部の学生においては調査していない。そ

こで,教員を目指す教育学部における中等教科教

育法Ⅱ(理科)履修者35名を対象に,以下のよ

うに調査,講義を実施した。

①講義で実験をする前に,ビーカーに入っている

水のあたたまり方をイメージで記入させた。(実

験前)

②教科書で一般的なビーカーに入っている水に

味噌を入れ,水のあたたまり方を実験し観察して

上で,記入させた。(実験後)

(2)調査結果

結果は,教科書の図解のパターンと対応させて

分類した(表3)。また,金属のあたたまりと同様

なものを伝導型とした。

表3 ビーカーに入っている水に味噌を入れたあ

たたまり方の実験前後の水のあたたまり方の概

念変容

①実験前 ②実験後

伝導型 8人(23%) 0人( 0%)

回転流型 25人(71%) 14人(40%)

上昇流・下降流型 0人( 0%) 0人( 0%)

上昇流①型 1人( 3%) 2人( 6%)

上昇流②型 1人( 3%) 19人(54%)

(3)考察

大学生においても,多くものが回転流の概念を

もっていることが確認できた。また,小学生と同

様に水のあたたまり方を伝導型とする大学生が

2割もいたことは,小学校時の教育(学校知)が

活きておらず,素朴概念が優先していることも示

している。

実験後において,回転流の概念を示した14人の

うち,5人が伝導型から変化し,9人は回転流型か

ら変化していない。これは,勝俣・栗田(1981)が

指摘している通り味噌を入れる実験に問題があ

ると考えられるが,教科書に依然掲載されている。

今回,上昇流②型と同様に記載した学生が半分

以上いたが,実験後にこの記載について確認した

ところ,味噌が落ちていく様子を書いていること

がほとんどであった。

以上より,「水のあたたまり方」の概念保持の

確固さの一端の確認ができた。

99

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4.教員の指導方法

(1)調査方法

相場・柊原(2009)は教員も「水のあたたまり

方」について誤概念をもつ可能性を指摘している

が調査はされておらず明らかになっていない。そ

こで,以下のようなアンケートにより教員のもつ

概念を調査した。

①調査対象 岐阜県の現職小学校教員29名

②調査問題

調査問題1~4で構成されているが 「金属の

あたたまり方」に関しては除き,「水のあたたま

り方」のみについて議論する。

調査問題2は,(1)教員の水のあたたまり方の

実験方法と(2)水のあたたまり方の概念を調査す

るものである。調査問題3は,(1)使用教科書に

ある図解の各線の授業で扱い有無,(2)実験方法,

(3)説明方法と調査するものである。調査問題4

は,中学校免許の種類を調査するものである。

(2)調査結果

調査問題2(1):おが屑21人,味噌11人,インク1

人,サーモテープ5人,サーモインク2人,サーモ

メーター1人,実験1人(複数回答)

(2)29人中28人が回転流型,1名が上昇流①型と回

答した。

調査問題3:線①扱い:29人有,方法:味噌8人,

おが屑19人,サーモテープ5人,サーモインク4人,

その他1人,説明のみ2人,説明:あたためられ上

昇。線②扱い:17人無,方法:味噌5人,おが屑1

1人,サーモテープ3人,サーモインク4人,その

他1人,説明のみ2人,説明:押されて,引かれて,

溜まって動く。線③扱い:29人有,方法:味噌8

人,おが屑19人,サーモテープ2人,サーモイン

ク1人,その他1人,

説明のみ3人,説

明:冷たい水は下降。

線④扱い:15人有,

方法:味噌5人,お

が屑10人,サーモテ

ープ1人,サーモイ

ンク1人,その他1人,

説明のみ1人,説

明:押されて,引か

れて,溜まって動く。

(3)考察

教員の多くが回

転流型の概念を保

持していることが

示唆された。また,

教科書の図解の上・

下降流はよく認識

しているが,横の移

動についてはあま

りあまり認識して

いないことが明ら

かになった。

調査問題

100

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5.改善のポイントとその例

(1)改善のポイント

対流は,物理学辞典(2005)によると「一般に,

流体の上下方向のスケールが小さい場合対流は

層琉(規則的で単純な流れ)である。そうでない

場合は対流は乱れた流れになり(乱流),しかも

熱源の上方と天井近くだけに高温の流体がたま

ってしまう。この場合は流体全体にわたる運動は

起きない。」とある。このように,数百 mL 程度のビーカースケールでは,上昇する大きな流れは

観察可能であるが,下降する流れは観察が難しい

ことが分かる。

また,以上のような現状より,物のあたたまり

方の観察・実験には,次の3点の課題があること

が明らかになった。

課題1

一般に「対流」を上昇流と下降流のセットでイ

メージする確固な素朴概念をもち,日常体験と乖

離している。

先行研究のような議論が存在する背景には,一

般に多くの児童・生徒がだけでなく教員も,「対

流」を上昇流と下降流の両方があり回転している

ベナール対流のようにイメージし,素朴概念にな

っていると考えられるれる。ベナール対流とは,

「上昇流と下降流が規則的に並び,六角形やロー

ル状のパターンが周期的に並ぶ。一般に,流体の

上下方向のスケールが小さく場合対流は層流(規

則的に単純な流れ)である。」(物理学辞典,200

5)

これに対して日常生活規模において,対流式の

ヒーターでは天井付近が暖まり,足下は寒いこと

や,以前は外釜式の風呂の上部だけが熱くなり下

部は冷たいことなどの下降流が自然には起こり

にくいことを経験している。人間生活規模の環境

では,対流は,強い上昇流はあっても,下降流が

あまり明確でない対流の一形態として現れてい

る。そのため,天井付近の暖気を扇風機などで下

降流を起こしたり,風呂は撹拌するなど,強制的

に対流を起こしている。

しかし,一般に「対流」を上昇流と下降流のセ

ットでイメージし,このような日常体験と乖離し

ている。そのため,日常経験と対流のイメージを

無理なく整合性がとれるように整理するような

指導が必要であると考える。

課題2

加熱による物のあたたまり方が明確に観察で

きない。

現在まで使用されている教科書において,伝導

のサーモグラフィーの画像は6社中4社の教科

書に掲載されているが,水のあたたまり方のサー

モグラフィー画像は詳細な写真撮影が難しく全

社掲載していない。また,現在使用されている教

科書において,児童実験として示温インクをビー

カーに加熱している実験が6社中3社ある。この

方法であたたまり方が正確に観察ができた児童

の割合は,相場・柊原(2009)によると約6割,

森・中島・寺田(2013)によると約5割であり,示

温インクを利用したビーカーでの観察方法では

観察が難しいことがわかる。

そのため,加熱による物のあたたまり方をサー

モグラフィーや示温インクを使い,児童達が明確

に観察できる実験器具の開発の必要である。

課題3

物のあたたまり方における下降する流れの扱

いが不明確である。

水のあたたまり方を示す図において,上昇流だ

けを記載している教科書が6社中3社,上昇流と

共に下降流を示す矢印を記載している教科書が

6社中3社あった。この説明として,「上にある

温度の低い水は下に動く」のように説明している

教科書も6社中3社あった。これは,現象そのも

のや概念的に対流を示している場合は間違いで

はない。しかし,水をあたためる実験結果とは関

係づけが弱く,水の入ったビーカーの底を温める

と,上昇流のような大きな下降流が発生するとい

う誤解を招く可能性がある。このように,教科書

において不明確な部分があった。また,指導する

教員も教科書と同様な理解をしている。

そこで,対流を多面的に理解するためには,

101

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「上にある温度の低い水は下に動く」という現象

を明確に観察できる実験器具の開発が必要であ

る。また,下降流は学習する必要がないという考

えもあるが,教科書や多くの児童,児童を指導す

る教員も物のあたたまり方の実験と一般の対流

誤概念の混乱をしていると考えられる。これを変

容させるためには,ビーカースケールの加熱のみ

の状況では明確な下降流がないということを観

察することが重要である。それと共に,どのよう

な状況下でのみ下降流が起こるかを観察する必

要があると考えた。

そのため,加熱のみによる「物のあたたまり

方」と比較可能な冷却による水の移動が観察でき

る実験器具が必要であると考えた。

(2)改善例

山田・樹下・柘植・川上(2010)が指摘している

ように「水のあたたまり方」をサーモグラフィー

で測定することは難しい。そこで,第一著者は,

赤外線を通過する素材を使用するなどの工夫を

することにより,水のあたたまり方が明確にサー

モグラフィーで観察できる装置を開発し,沖縄県

の教員研修で実践した。その感想として,参加者

は,加熱した部分の温度変化が明確で,水が上部

に上がり広がった後に下部に広がっていく様子

を確実に観察でき,高評価をいただいた。課題と

して,サーモグラフィーが高価で小学校での実践

は現実的でなく,かつ児童は見ているだけで児童

自身が実験できる方法がより良いという意見を

いただいた。また,「下降流はないのか」という

疑問を受け,教科書にある「冷たい水は下降す

る」という現象も観察できるのかという意見をい

ただいた。

そのため,加熱によるもののあたたまり方およ

び冷却による水の移動も明確に観察できる実験

器具を,サーモグラフィーを利用した演示実験用

と示温インクを使用した児童実験用を開発し,そ

の効果を検証し,有効性を確認できた(中嶋・寺

田(2012))。

引用文献

相場博明・柊原礼士:小学校4年「水のあたたま

り方」における誤概念と「サーモインク」教材

の有効性,理科教育学研究,Vol.49,No.3,

pp.1-11,2009.

勝俣仁:「小学校6年(物の温まり方)の指導」,

理科の教育,Vol.31,No.12,pp.30-33,1982,東洋館出版社.

勝俣仁・栗田一良:対流現象に関する一考察,日

本理科教育学会研究紀要,Vol.22,No.2,pp.45-51.1981.

鎌田正裕・佐藤時子:小学校 4 年理科「もののあたたまり方(自然対流電熱)」に関する 2,3の考察と可視化実験法の開発,科学教育研究,

Vol.26,No.4,pp.309-314,2002.中嶋健二・寺田光宏:粒子のもつエネルギーにお

ける教材開発-対流に注目して-,日本理科教

育学会第 58回東海支部大会研究発表予稿集,A08,2012.

物理学辞典編集委員会:物理学辞典三訂版,

pp.1303-1304,2005,倍風館.森麗名・中島才喜・寺田光宏,実感を伴った理解

を図る理科学習,岐阜聖徳学園大学教育実践科

学研究センター紀要,第 12 号,pp.61-70,2013.

山田茂樹名・樹下安雄・柘植一輝,川上紳一:サ

ーモグラフィーやサーモインクを活用した理

科教材の開発とその指導の在り方,岐阜大学教

育学部教師教育研究,6,pp.141-148,2010.

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小学校理科におけるタブレットPCが子どもの実感を伴った理解に及ぼす影響

The use of tablet PC in the elementary science classroom for influencing true understanding

○小林一隆 横山隆光 田代学

KOBAYASHI,kazutaka YOKOYAMA,Takamitsu TASIRO,Manabu

岐阜県揖斐小学校

Ibi Elementary School

[要約]小学校6年理科「植物のからだのはたらき」単元でタブレットPCを活用した授業を実施し

た。タブレットPCのカメラ機能を利用してアルコール脱色法による葉の色の変化を記録して、変化

の様子を比較したり、他の班の結果と比較したりして、事実に基づいて考えたり、根拠を明確にして

話し合ったりする姿が見られた。隣の児童のタブレットPCの画面を覗き込む行動が見られ、考察の

時間が増えることがわかり、このことが問題解決能力の育成とともに表現力の向上につながり、児童

の「実感を伴った理解」を深めることにつながっていると考えた。

[キーワード]タブレットPC,実感を伴った理解、指導計画,授業分析

1.はじめに

小学校理科の教科の目標は「自然に親しみ,見

通しをもって観察,実験などを行い,問題解決の

能力と自然を愛する心情を育てるとともに,自然

の事物・現象についての実感を伴った理解を図り,

科学的な見方や考え方を養う。」ことである。こ

こに取り上げられている「実感を伴った理解」の

側面のひとつとして,「主体的な問題解決を通し

て得られる理解」があげられている。これは,自

らの問題意識に支えられ,見通しをもって観察,

実験を中心とした問題解決に取り組むことによ

り,一人一人の児童自らが問題解決を行ったとい

う実感を伴った理解を図ることを意味している。

これまでの本校の理科授業の課題の一つに,実験

前後の比較が十分にできないことがあった。特に

生物と地学分野では,実験前の様子が記録されて

いないために,変化の様子は捉えることができて

も,実験後の様子との比較が記憶を頼りに行われ,

事実を基に考える学習姿勢を身につけさせるこ

とに弱さがあった。また,交流の場面では,同じ

ように実験前の情報が不十分で,具体的に提示で

きないために,話し合いの根拠が十分でなく,活

発な意見交流ができないなど,表現力育成のため

の手立てが十分でなかった。つまり,児童に対し

て主体的な問題解決ができる環境を十分に設定

できていなかったのである。これはすなわち,「実

感を伴った理解」を十分に図れていなかったとい

える。本校理科室には,20台のタブレットPC

が設置されており,児童はいつもそれを使うこと

ができる。そこで,タブレットPCのカメラ機能

の活用を工夫し,実感を伴った理解に迫ることに

した。

2.実証授業

実証授業のねらいは、実物を見て比較すること

を通して問題解決能力の育成を図るとともに,根

拠を明確にした話し合いを充実させ,表現力の向

上を目指すことで,児童の「実感を伴った理解」

をさらに深めることである。実証授業は、6年生

「植物のからだのはらたき」単元で実施した。本

単元では,第1次に植物と日光の関わりを,第2

次では根から取り入れた水の行方について学習

する。実証授業1は,実験前後の事実の比較が重

要となってくる第1次のデンプンの有無をヨウ

素液で確かめる学習で実施した。実証授業2では、

発展学習として,ジャガイモ以外の植物の葉も,

日光が当たった部分にだけデンプンができるこ

とを確かめた。図1に示すとおりタブレットPC

103

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は実証授業2で活用した。

児童は前時までに,ジャガイモの葉は,日光が

当たるとデンプンができ,日光が当たっていない

とデンプンができないことを学習した。そこで,

問題として「ジャガイモ以外の葉も,日光が当た

った部分にだけデンプンができるのだろうか。」

を提示して予想させた。すると,ほとんどの児童

は,ジャガイモと同じように日光が当たった部分

にだけデンプンができると予想した。しかし,3

名の児童は,ジャガイモはイモにデンプンが蓄積

されているが,イモができない植物は,日光が当

たってもデンプンはできないと考えた。これらの

予想は,授業者として予想しない発言であったが、

これらの予想も尊重して、課題「ジャガイモ以外

の植物も,葉に日光が当たった部分にだけ,デン

プンができるかどうか調べよう。」を設定した。

葉の一部をアルミ箔で覆い、十分に日光に当てて

から調べることを指示した。

実験では、一部をアルミ箔で覆った葉をアルコ

ール脱色法で調べた。色の変化の各段階をタブレ

ットPCのカメラ機能を使って班ごとに記録し

た。実験が終わった班からタブレットPCの画像

を使って考察し、班内で話し合った。その際,画

像をスワイプして拡大し,葉脈など細かな部分を

比べる班や画像をノートにていねいに書き写す

姿が見られた。どの班も頭を付け合せるようにタ

ブレットPCを覗き込み,実験前後の画像から何

が言えるのかを考えていた。

全体交流では,実験前のアルミ箔のついた画像

をタブレットPCで提示し,ヨウ素液に浸した葉

は実物投影機を使って電子黒板に映し出した。両

者を並べて比較し,聞き手が理解しやすいように

分かりやすく説明する児童の姿があった。タブレ

ットPCは二人で1台を活用したため,役割分担

をして説明するペアも現れた。このように,アル

ミ箔で一部を覆った葉の画像と,その葉を脱色し

た後の画像を並べて提示することで,ジャガイモ

以外の葉も,ジャガイモと同じように,日光が当

たった部分にだけデンプンができることを,より

強く実感することができたと捉えた。

3.授業記録から

配付したワークシートを回収し、観察実験とま

とめの欄の記載内容を表1のカテゴリ(横山ほか、

2012)に沿って分類した。

表1 ワークシートのカテゴリ 観察実験方法

(4)実験方法:観察実験の手順と結果が正確に記載さ

れている

(3)実験手順:観察実験の手順のみ、または、結果の

みが記載されている

(2)薬品器具:観察実験器具のみが記載されている

(1)無回答:無記載のもの

まとめ

(4)考察:事実が正確に書かれ、考察、まとめが分か

りやすく書かれている

(3)結果:スケッチと見つけた事実が書かれている

(2)一部事実:見つけた事実の一部、または、結果の

スケッチのみが書かれている

(1)無回答:無記入

図2に示す

とおり、観察

実験欄では、

(4)実験方法は

実証授業1の

31.9%が実証

授 業 2 の

57.4%に増え、

(3)実験手順は、

実証授業1の

68.1%が実証

授 業 2 の

40.4%となっ

図1 実証授業の流れ

第1次

実証授業1

タブレットPCなし

意識調査

論述問題

第2次

実証授業2

タブレットPCあり

意識調査

論述問題

2.1%2.1%

0.0%4.3%

40.4%

23.4%57.4%

70.2%

0.0% 50.0% 100.0%

考察

結果

一部事実

無解答

6年 わかったこと

実証授業1

実証授業2

0.0%

0.0%

0.0%2.1%

68.1%

40.4%31.9%

57.4%

0.0% 50.0% 100.0%

実験方法

実験手順

薬品器具

無解答

6年 観察実験方法

実証授業1

実証授業2

図 2 ワークシートの分類

104

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ている。まとめの欄では、(4)考察は実証授業1の

57.4%が実証授業2の 70.2%に増え、(3)結果は実

証授業1の 40.4%が実証授業2の 23.4%となって

いる。

実証授業1と実証授業2の意識調査の結果を

表2に示す。思う→4, 少し思う→3, あまり思

わない→2,思わない→1の4件法で回答を求め

た.一人一人の児童にとって課題や実験方法が比

較的分かりやすく、結果も視覚的に捉えやすいこ

ともあり、実証授業1と実証授業2の質問項目 1

~3 と 5~10 では、「思う→4, 少し思う→3」の

合計が 93%以上となり、ほとんどの児童が主体的

な問題解決を行っていることがわかる。

質問項目 4 と質問項目 11 は 80%以上となって

いる。質問項目 4 と質問項目 11 の平均値は実証

授業2が有意に高くなっている。質問項目 4は分

かりやすく伝えることができたかを問う項目で

ある。実証授業2では、児童が用意したいろいろ

な植物の葉のヨウ素デンプン反応から光のあた

る部分だけでデンプンが作られていることを見

つけている.児童によって調べた事象が異なって

おり,児童の準備した植物の葉の写真をタブレッ

ト PC を使うことで正確に記録でき提示できる.

このことが覗き込んだ隣の児童や全体交流で伝

えた学級の児童に「分かりやすく伝えることがで

きた」という意識につながっていると考えられる.

児童の行動をビデオで記録し、タブレットPC

を活用した学習における学習者の行動を表3に

示す TPC 学習行動のカテゴリ(加藤ほか、2012)

に沿ってカテゴリ分けした。

実証授業2ではタブレットPCを活用してい

るため、隣の児童のタブレットPC画面を覗き込

む時間が増え、ノートを書く時間が減っているこ

とがわかった。タブレットPC画面を覗き込む児

童の行動を観察すると、自分のタブレットPCで

撮影した葉の変色具合と比較したり、アルミ箔で

覆った部位と変色具合を比較したりして

いることがわかった。この覗き込む行動

に引き続いて自然に班内の話し合いが始

まったり先生に質問したりする行動につ

ながっていた。

用意した葉の種類とアルミ箔で覆った

部位が班毎に異なっているため、自分の

得た結果と他の結果を比較したり、葉脈

の染まり具合を比較したりして、考察に

係る話し合いの時間が多くなっていた。

考察の時間が多くなることが、ワーク

シートの記載や意識調査の結果に影響を

与えていることが示唆された。

4.おわりに

タブレットPCを活用することで、個

人追究の場において,実験前後の画像を

元にして,繰り返して何度も事実を客観

表3 TPC 学習行動のカテゴリ 分類 記号 学習行動のカテゴリ

対人行動

A タブレットを操作する

R ノートを書く

S 資料を見る(教科書,プリント等)

T A,R,S 以外

対仲間行動M 相談する

N 覗き込む

対教師行動 Q 先生に質問する

表2 意識調査

質問内容(項目) 平均値

t検定思う+少し思う

実証1 実証2 実証1実証2

1理科の授業の課題は,わかりましたか

3.78 3.85 n.s. 96% 100%

2 実験方法は,わかりましたか

3.83 3.87 n.s. 98% 100%

3 仲間と協力して実験ができましたか

3.76 3.76 n.s. 93% 96%

4 観察や実験からわかったことや考えたことを,わかりやすく伝えることができましたか

3.15 3.37 p<.05 85% 87%

5 他の人の考えと比べて,同じ点や違う点を見つけることができましたか

3.33 3.41 n.s. 93% 91%

6 自分にあった方法やスピードで進めることができましたか

3.57 3.65 n.s. 93% 96%

7 授業は,よくわかりましたか

3.74 3.86 n.s. 98% 98%

8 楽しく学習できましたか

3.83 3.70 n.s. 98% 96%

9 進んで学習に参加できましたか

3.65 3.72 n.s. 93% 98%

10 授業に集中して取り組むことができましたか

3.71 3.78 n.s. 98% 100%

11 理科が好きですか 3.24 3.44 p<.05 80% 87

105

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的に比較することが容易にできた。この体験は,

問題解決能力の向上につながった。また,全体交

流の場では,タブレットPCを用いて実験前の画

像を提示し,実物投影機を用いて実験後の様子を

提示するなど,仲間に分かりやすく説明しようと

する姿が多くみられた。また,聞く側も具体物を

提示され,実験前後の違いも明確なため,理解し

やすくなった。これらのことから,タブレットP

Cの活用により,表現力が高まったといえる。以

上のように,タブレットPCを用い,実験前後の

様子を具体的に比較したことで,「問題解決能力」

や「表現力」が高まったことから,タブレットP

Cを用いる前と比較して,児童はより「実感を伴

った理解」ができたと考えられる。

参考文献

文部科学省 : 小学校学習指導要領解説 理科編,

2008

加藤直樹ほか : 中学校におけるタブレット PC 活用

に関する実践研究の検討, 日本教育情報学会第28

回年会論文集, 254-255,2012.

下田淳ほか : 中学校理科授業におけるタブレット

PC 活用場面の効果分析, 日本教育情報学会第 28

回年会論文集, 256-257,2012.

横山隆光ほか : 小学校理科におけるタブレット PC

の学習に及ぼす影響.日本教育工学会研究会

12-5,2012.

写真1 実験結果の記録

写真2 実験結果の比較

写真3 全体交流

写真4 分担して説明

106