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9 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No.  202 論文 行動療法を用いたメタボリックシンドロームの予防・改善 江﨑 和希 The Effects of behavioral therapy intervention on the prevention of metabolic syndrome Kazuki ESAKI Health & Physical Education, Faculty of Education, Shiga University The purpose of this study was to investigate the effects of behavioral therapy intervention on the prevention of metabolic syndrome. Seven participants (mean age 48 ± 0 years old)performed walking and stretch exercises two days a week for a 3-month exercise program. We evaluated the stages of change, body weight, body composition, blood pressure, and blood lipid profiles at baseline and after 3 months in the exercise program. The stages of change for the five participants showed improvement. Moreover, body weight, systolic blood pressure, triglycerides, and total cholesterol had decreased by the 3 month point. However, body fat, visceral fat area, and the average number of steps did not change. The results of this study suggest that we should provide goal-setting, which can be easily performed, for each individual. Keywords: behavioral therapy, stages of change, physical activity, metabolic syndrome 滋賀大学教育学部保健体育講座 Ⅰ.緒言 平成 9 年度の国民健康・栄養調査では、40 歳以上男性 の 56%がメタボリックシンドロームの該当者または予備 群と疑われ、男性肥満者は過去 30 年でほぼ倍増したと報 告している 6) 。また、平成 20 年度から医療保険者に実施 の義務化がされた「特定健診・特定保健指導」では、メタ ボリックシンドロームを 5 年後までに 25%以上減少させ ることを目標としている 5) 。「特定健診・特定保健指導」 では、40 - 74 歳の全国民を対象としてメタボリックシン ドロームの予防・改善を目的とした個々の健康行動に対す る行動変容ステージに適した支援が推奨されている。行動 変容ステージとは、Prochaska と DiClemente らにより提 唱 さ れ た 多 理 論 統 合 モ デ ル(Transtheoretical Model: TTM)の中心概念である。人の行動が変わり、それが維 持されるには、前熟考期、熟考期、準備期、実行期、維持 期の 5 段階を通り対象者が現在どのステージにいるかに よって、対象者への有効な働きかけの方法が異なるという ものである。①前熟考期とは 6 ヶ月以内に行動を変える気 がない時期、②熟考期とは 6 ヶ月以内に行動を変える気が ある時期、③準備期とは ヶ月以内に行動を変える気があ る時期、④実行期とは行動を変えて 6 ヶ月以内の時期、⑤ 維持期とは行動を変えて 6 ヶ月以上の時期という意味であ る。まず、自分の現在のステージを確認させ、自分のステー ジの特徴に適したアプローチをすることが効果的であると している , 2) しかしながら、多くの人にとって運動を始めるよりも、 運動を 6 ヶ月以上継続することの方が困難である。Sallis らは、約 40%の人が 6 ヶ月後、運動の継続をやめてしま

The Effects of behavioral therapy intervention on the …...study suggest that we should provide goal-setting, which can be easily performed, for each individual. Keywords: behavioral

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―�9―滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. � 20�2

論文

行動療法を用いたメタボリックシンドロームの予防・改善

江﨑 和希

The Effects of behavioral therapy intervention on the prevention of metabolic syndrome

Kazuki ESAKI

Health & Physical Education, Faculty of Education, Shiga University

 The purpose of this study was to investigate the effects of behavioral therapy intervention on the prevention of metabolic syndrome. Seven participants (mean age 48 ± �0 years old) performed walking and stretch exercises two days a week for a 3-month exercise program. We evaluated the stages of change, body weight, body composition, blood pressure, and blood lipid profiles at baseline and after 3 months in the exercise program. The stages of change for the five participants showed improvement. Moreover, body weight, systolic blood pressure, triglycerides, and total cholesterol had decreased by the 3 month point. However, body fat, visceral fat area, and the average number of steps did not change. The results of this study suggest that we should provide goal-setting, which can be easily performed, for each individual.

Keywords: behavioral therapy, stages of change, physical activity, metabolic syndrome

滋賀大学教育学部保健体育講座

Ⅰ.緒言 平成 �9 年度の国民健康・栄養調査では、40 歳以上男性

の 56%がメタボリックシンドロームの該当者または予備

群と疑われ、男性肥満者は過去 30 年でほぼ倍増したと報

告している 6)。また、平成 20 年度から医療保険者に実施

の義務化がされた「特定健診・特定保健指導」では、メタ

ボリックシンドロームを 5 年後までに 25%以上減少させ

ることを目標としている 5)。「特定健診・特定保健指導」

では、40 - 74 歳の全国民を対象としてメタボリックシン

ドロームの予防・改善を目的とした個々の健康行動に対す

る行動変容ステージに適した支援が推奨されている。行動

変容ステージとは、Prochaska と DiClemente らにより提

唱 さ れ た 多 理 論 統 合 モ デ ル(Transtheoretical Model:

TTM)の中心概念である。人の行動が変わり、それが維

持されるには、前熟考期、熟考期、準備期、実行期、維持

期の 5 段階を通り対象者が現在どのステージにいるかに

よって、対象者への有効な働きかけの方法が異なるという

ものである。①前熟考期とは 6 ヶ月以内に行動を変える気

がない時期、②熟考期とは 6 ヶ月以内に行動を変える気が

ある時期、③準備期とは � ヶ月以内に行動を変える気があ

る時期、④実行期とは行動を変えて 6 ヶ月以内の時期、⑤

維持期とは行動を変えて 6 ヶ月以上の時期という意味であ

る。まず、自分の現在のステージを確認させ、自分のステー

ジの特徴に適したアプローチをすることが効果的であると

している ��, �2)。

 しかしながら、多くの人にとって運動を始めるよりも、

運動を 6 ヶ月以上継続することの方が困難である。Sallis

らは、約 40%の人が 6 ヶ月後、運動の継続をやめてしま

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うと報告している�3)。その理由として、「仕事が忙しい」、「興

味の欠如」、「時間の無さ」、「家庭に割く時間」、「スポーツ

シーズンの終わり」、「悪天候」、「ストレス」としている。

つまり、これらの要因を考慮し、最初の 3 ヶ月間において、

各個人のステージに適した継続可能な運動プログラムを模

索し、提供することが重要と思われる。

 そこで本研究は、勤労中高年者を対象とし、3 ヶ月間の

行動療法を用いた運動プログラムの実施が、行動変容ス

テージ、体重、肥満関連指標に及ぼす影響について検討す

ることを目的とする。

Ⅱ.研究方法1.被験者

 被験者は、大学教職員および社会人の大学院生に研究参

加の依頼を行い、承諾を得た男性 5 名、女性 2 名の合計 7

名(平均年齢:48 ± �0 歳)を対象とした。被験者の身体

特性は身長 �65.6 ± 7.2cm、体重 65.2 ± �0.0kg、体脂肪率

25.6 ± 2.2%である。研究実施期間は、平成 23 年 3 月から

7 月である。

2.検査項目

�)行動変容ステージの調査

 行動変容ステージの調査は、井上らが作成した質問紙に

より調査を行った 3)。設問は「健康を維持・増進するため

には “� 日 � 万歩以上 ” あるいは “ 週 60 分以上の運動 ” が

推奨されています。あなたは、この基準を満たしています

か? 今あなたの状況に当てはまるものを一つ選びましょ

う」とした。回答は①「基準を満たしていないし、運動し

よう(歩数を増やそう)とも考えていない」を前熟考期、

②「基準を満たしていないが、運動しよう(歩数を増やそ

う)と考えている」を熟考期、③「運動する(歩数を増や

す)ために努力しているが、この基準には満たしていない」

を準備期、④「基準を満たしていて、活動的な生活が十分

に習慣化している」を実行期として、4 つの回答から該当

すると思われる項目一つを自由選択させた。

2)身体計測

 身体計測項目は、身長、体重、体脂肪率、収縮期血圧、

拡張期血圧である。なお体脂肪率は、二重エネルギー X

線吸収法(Lunar iDXA、GE ヘルスケア社製)にて測定

し た。 血 圧 は 全 自 動 血 圧 計( デ ジ タ ル 自 動 血 圧 計

HEM-�0�0, オムロン社製)にて測定した。

3)腹部の皮下脂肪および内臓脂肪面積の評価

 腹部の皮下脂肪および内臓脂肪面積は、磁気共鳴画像装

置(MRI)(Signa HDxt �.5T、GE ヘルスケア社製、)を

用い、臍部の横断画像の撮影を行った(図 �)。得られた

MRI 画像は皮下脂肪面積および内臓脂肪面積を MR 画像

解析ソフト(スライスオマティックス、トモビジョン社製)

にて算出した(図 2)。

図 1.磁気共鳴画像装置(MRI)

図 2.画像解析ソフトによる皮下・内臓脂肪面積測定

4)日常活動量の測定

 日常活動量の測定は、ヤマサ製の歩数計(ゲームポケッ

ト万歩 GK-600)を用いた。この歩数計は 3 軸加速度セン

サーにより歩数、距離、消費カロリーを表示し、�4 日間

分のデータを記録可能である。さらに歩数に応じて四国お

遍路をバーチャル体験することが可能である。運動プログ

ラム期間の最初の 2 週間と最後の 2 週間を測定し、それぞ

れ � 日あたりの平均歩数を算出した。

5)血液検査

 採血は早朝空腹時に行った。また、前日 2� 時以降は水

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のみとし、食事は控えるように指示した。検査項目は、耐

糖能として空腹時血糖値(GLU)、インスリン、脂質代謝

として HDL コレステロール(HDL-C)、LDL コレステロー

ル(LDL-C)、総コレステロール(Total-C)、中性脂肪(TG)、

肝機能として GOT, GPT, γ-GTP である。血液分析は、

血液分析会社(株式会社エスアールエル)へ委託した。

3.運動プログラムと行動変容技法

 運動プログラム名は、「20�� SMART SHIGA PROJECT」

とし、月曜日のウォーキング(25 分)と木曜日の体操教

室(25 分)の週 2 回実施した。また、運動プログラム実

施期間は 4 ~ 6 月の 3 ヶ月間とした。

 ウォーキングは、まず、大学敷地内にウォーキングコー

スを作成し、学内の掲示板にはウォーキングマップを掲示

した(図 3)。また、目印としてディズニーのソーラーラ

イトを設置した。参加者は、�2 時 5 分に集合し、ストレッ

チ体操を行った後、姿勢を意識して敷地内を歩行した。

 体操教室は、体育館のトレーニング室にて、音楽を流し

ながら、ストレッチ体操、ローインパクトエアロビクスダ

ンス、ヨガ、ピラティスなどを行った。また、自宅や職場

の休憩時間に行えるストレッチ体操のパンフレットを配布

した。

 運動指導は専門家が行い、補助スタッフも指導経験者に

よって実施した。また、運動プログラム実施時は、参加者

の状況把握に努め、安全面を十分に配慮した。

 行動変容技法は、「セルフモニタリング」を行った。セ

ルフモニタリングとは、自己の行動をモニターし、行動実

践の拘束力を高め、進歩の度合い、問題点を探索するもの

である。被験者には、3 ヶ月分の「歩行日記」(歩行記録

シート)を配布し、各個人で 2 週間の「目標」を記入し、

毎日の体重と歩数を記録し、同時にグラフ化した 3)。被験

者は、2 週間おきに、体重と歩数を自己観察、自己監視、

自己評価を行い、次の目標設定につなげた。さらに、定期

的に動機づけ面接を行い、体調の変化の有無、その内容に

ついて確認した。

4.倫理的配慮

 本研究の目的および検査内容に関する説明を口頭および

文書により行い、研究参加への同意(署名)を得た。

図 3.ウォーキングマップ

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5.統計解析

 各測定項目の値は、平均値±標準偏差にて表示した。統

計処理は、統計ソフト SPSS ��.5J for Windows を用いて

行った。運動介入前後の比較には、まず Shapiro-Wilk 検

定を用いて正規性の検定を行い、正規分布ではない場合は

Wilcoxon の符号付順位検定、正規分布に従う場合は対応

のある t-test を用いた。さらに体重の減少率(改善率)と

各測定項目の改善率の関連性の検討には Peason の相関係

数を用いた。なお、統計的有意水準は p<0.05 とした。

Ⅲ.結果1.行動変容ステージの変化

 運動プログラム開始前において行動変容ステージは、熟

考期 4 名、準備期 3 名であった。運動プログラム終了時で

は、準備期 5 名、実行期 2 名であった。詳細として、変容

があった者は 5 名(熟考期→準備期 2 名、準備期→実行期

� 名、熟考期→実行期 � 名)、変容がなかった者は 2 名(準

備期→準備期 2 名)であった。

2.身体組成、血圧、形態、平均歩数の変化

 運動プログラム前後における身体組成、血圧、形態、平

均歩数の変化を表 � に示す。体重は、運動プログラム前後

で -3.2 ± �.6%と有意な減少を示した(p<0.0�)。しかし、

体脂肪率の変化は見られなかった。血圧においては、SBP

が -9.0 ± 9.0%と有意な減少を示した(p<0.05)。腹部の皮

下脂肪面積、内臓脂肪面積においては、どちらも変化はみ

られなかった。

 さらに、平均歩数においても有意な変化はみられなかった。

3.血液検査値の変化

 運動プログラム前後における血液検査値の変化を表 2 に

示す。運動プログラム前の血糖値においては、メタボリッ

クシンドロームの判断基準(��0mg/dl 以上)の者はいな

かった。インスリンにおいては、基準値より高値を指名し

た者が一名いたが、運動プログラム後、上限値近くまで低

下した。また、HDL-C においては、変化はなかったが、

メタボリックシンドロームの判断基準(40mg/dl 以下)の

者はいなかった。LDL-C、Total-C、TG はそれぞれ -8.2 ±

9.2%、-�0.3 ± 6.2%、-40.6 ± 24.5%と有意な改善効果が見

られた(p<0.05)。特に TG において、メタボリックシン

ドロームの判断基準(�50mg/dl 以上)の者 3 名のうち 2

名は基準値内に改善した。また、Total-C においては、運

動プログラム前で 7 名中 5 名が高値を示していたが、運動

プログラム後では 3 名は基準値内に低下を示した。GOT

においては、全員が基準値内であった。GPT、γ-GTP には、

� 名のみわずかに高値を示していたが、運動プログラム後

には基準値内に改善した。

表 1 運動プログラム前後における身体組成、血圧、形態、平均歩数の変化運動プログラム前 運動プログラム後 変化率(%) p 値

体重 (kg) 65.2 ± �0.0 63.2 ± 9.5 -3.2 ± �.6 p<0.0�体脂肪率 (%) 25.6 ± 2.2 25.0 ± 2.8 -3.0 ± 7.2 NSSBP (mmHg) �3� ± �3 �20 ± 5 -9.0 ± 9.0 p<0.05DBP (mmHg) 8� ± 8 78 ± 9 -4.3 ± ��.6 NS皮下脂肪面積 (cm2) �47.2 ± 22.3 �54.5 ± 27.5 +3.3 ± �5.8 NS内臓脂肪面積 (cm2) 8�.0 ± 43.7 76.7 ± 42.0 -6.5 ± �2.4 NS平均歩数 (歩/日) 6�65 ± �778 5540 ± �5�7 -�2.� ± �9.5 NS

平均値± SD

表 2 運動プログラム前後における血液検査値の変化運動プログラム前 運動プログラム後 変化率(%) p 値

血糖値(mg/dl) 97 ± 3 95 ± 8 -2.4 ± 9.6 NSインスリン(µIU/ml) 6.55 ± 5.29 4.83 ± 3.9� -48.� ± 58.7 NSHDL-C(mg/dl) 58 ± �� 54 ± 9 -6.8 ± �0.5 NSLDL-C(mg/dl) �48 ± 35 �37 ± 35 -8.2 ± 9.2 p<0.05Total-C(mg/dl) 232 ± 37 2�0 ± 35 -�0.3 ± 6.2 p<0.0�TG(mg/dl) ��8 ± 46 89 ± 52 -40.6 ± 24.5 p<0.05GOT(U/l) 23 ± 5 2� ± 5 -�3.0 ± 7.9 p<0.0�GPT(U/l) 24 ± �0 2� ± 6 -��.� ± 22.0 NSγ -GTP(U/l) 43 ± 27 35 ± 2� -�9.2 ± �4.5 p<0.05

平均値± SD

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4.体重減少率と各検査項目との関係

 被験者の体重変化率と各検査項目の変化率との関連性に

ついて検討した。今回、体重減少率と相関関係が見られた

検査項目は、TG 減少率(改善率)のみであった(y=�2.83x+

0.590, r=0.850, p<0.05)。

Ⅳ.考察 勤労中高年者を対象とし、3 ヶ月間の行動療法を用いた

運動プログラムの実施が、行動変容ステージ、体重、肥満

関連指標に及ぼす影響について検討を行った。

1.行動変容ステージの変化について

 本研究において、行動変容が見られた者は 5 名、行動変

容が見られなかった者は 2 名であった。行動変容が見られ

た 5 名は、ほとんどが熟考期であり、運動プログラム後に

準備期へ � ステージ上昇している。また、� 名においては

実行期へと 2 ステージ上昇した。ただし、体重の減少率は

平均 -2.5%とわずかであった。一方、行動変容が見られな

かった 2 名は、準備期であり、体重の減少率が平均 -5.0%

と大きかった。このことについて、富永らは過体重または

肥満者は減量意識が高く、行動変容を開始しやすい傾向に

あるものの、減量成果につながる行動変容には至らない者

が多いと述べている �6)。また、中村らの女子大生を対象

としたダイエット行動における変化ステージモデルと自己

効力感に関する研究によると、準備期の者は非現実的で無

理な目標を設定しやすいため、達成可能で現実的な目標設

定をする必要があると考察している 8)。このことから、熟

考期、準備期の者に対しての指導は、減量成果が期待出来

る実行可能な目標設定と方法の提供が重要と考えられた。

2.身体組成、血圧、形態、平均歩数の変化について

 体重は、65.2 ± �0.0kg から 63.2 ± 9.5kg と -3.2 ± �.6%

の有意な減少を示した(p<0.0�)。肥満症治療ガイドライ

ン 2006 では、成人の肥満治療の目標を現体重の -5 ~

-�0%におくことを勧めている 2)。一方、村本らは、6 ヶ月

間の積極的支援プログラムの結果より、-4%が目標値とし

て妥当であると述べている 7)。我々は、3 ヶ月で -3%を示

したことから、運動プログラムの成果としては順当である

と思われる。ただし、体脂肪率は、有意な減少を示すまで

には至らなかった。

 血圧においては、SBP に有意な改善を示した(p<0.05)。

体重減少と血圧変化の関連について Neter らは �kg の減

量ごとに血圧は約 �mmHg 低下するとしている 9)。本研究

でも、体重減少率に比例して SBP の改善率の増加が認め

られた。今回、比較的短い時間(� 回当たり 30 分程度)

の運動プログラムで血圧が改善されたことは意義が高いと

思われる。アメリカ疾病予防管理センターとアメリカス

ポーツ医学との共同声明では、健康生活のための重要な要

因は運動の総量であることが指摘された �0)。これは、こ

の研究で行った � 日 30 分の中程度の短時間の運動実施の

積み重ねによって可能であることを示唆している。

 腹部の皮下脂肪面積、内臓脂肪面積においては、変化は

見られなかった。しかし、メタボリックシンドロームの判

断基準値 �00cm2 以上の者は 7 名中 2 名であり、さらに運

動プログラム後では -6.5%の減少を示している。このこと

から、今回の運動プログラムによってメタボリックシンド

ロームの予防にも貢献したと考えられる。また、皮下脂肪

面積の著しい減少を得るには、更なる体重減少が必要と思

われる。

 平均歩数においては、有意な増加は見られなかった。金

子らによると熟考期における平均歩数は � 日 5,000 歩以上

で男性は 8,000 歩未満、女性は 7,500 歩未満とし、準備期

においては、男性が 8,000 歩以上 � 万歩未満、女性は 7,500

歩以上 � 万歩未満と述べている 4)。我々の研究では、平均

歩数は 5,000 ~ 6,000 歩を示しており、変容ステージ相当

の歩数であった。今後、さらに通勤、学内での移動、授業

等を含め日常生活活動量を上げていく指導が必要と思われ

た。

3.血液検査値の変化について

  今 回、 運 動 プ ロ グ ラ ム 前 の 血 糖 値、 イ ン ス リ ン、

HDL-C、TG、GOT、GPT、γ-GTP の平均値は、基準値

内であった。また、運動プログラム前で基準値を越えて高

値を示した LDL-C、Total-C、TG は、運動プログラム後

に有意な減少を示した。この改善は、動脈硬化予防の点か

ら見ても非常に意義が高いと思われる。動脈硬化学会では、

「動脈硬化症疾患予防ガイドライン」の中で「� 日 30 分、

週 �80 分の身体活動量」を推奨している �)。本研究におけ

る週 2 回の運動プログラムと日常の身体活動量は、「動脈

硬化症疾患予防ガイドライン」と同等の活動量を保つこと

が出来たものと思われる。

 今回、体重減少率と TG 減少率(改善率)に相関関係が

見られた。このことについて、Schwartz らは、エネルギー

負債による体重と腹囲の減少に伴い、もとの状態に戻そう

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と脂肪組織でのリポ蛋白リパーゼが活性化されることによ

り、中性脂肪の脂肪組織への蓄積が促進されると述べてい

る �4)。このことから、今回の運動プログラムによる体重

減少率が TG の減少率に影響を及ぼしたものと考えられ

る。

4.本研究の限界と今後の課題

 本研究の限界として、まず被験者数が少ないこと、運動

プログラムに参加を希望した意欲のある被験者のみを対象

としていること、運動プログラム開始から 3 ヶ月後という

短期間の結果であること、食事指導が行われていないこと

があげられる。今後、運動に無関心な者も対象に運動支援

をおこない、食事指導を含め 6 ヶ月から � 年以上の運動プ

ログラム支援体制を整える必要性がある。

Ⅴ.まとめ 本研究では、勤労中高年を対象として、3 ヶ月間の行動

療法を用いた運動プログラムを実施し、行動変容ステージ、

体重、肥満関連指標に及ぼす影響について検討した。その

結果、行動変容ステージが 7 名中 5 名改善された。また、

体重、SBP、TG、Total-C が有意に減少した。しかし、体

脂肪率、内臓脂肪面積、平均歩数の改善には至らなかった。

須藤らのレビューによると、運動指導で重要なのは、運動

習慣のない者に運動を実行させ、それを維持させることで

あり、TTM での前熟考期、熟考期、準備期にいる者をど

れだけ実行期、維持期に移行させることが出来るかで運動

指導の長期的効果を評価出来るとしている �5)。今後、長

期的な食事指導と共に減量成果が期待出来る実行可能な目

標設定と方法の提供が必要と考えられた。

Ⅵ.謝辞 本研究に協力して頂いた被験者の皆様に感謝致します。

また、ご助言ご指導を頂いた立命館大学スポーツ科学部

浜岡隆文先生、栗原敏先生、後藤一成先生に御礼申し上げ

ます。なお、本研究は 20�0 年度滋賀大学研究推進プログ

ラム「科研費連動型」研究助成および平成 23 ~ 25 年度科

学研究費補助金(基盤研究(C)課題番号 23500780)の一部

によって遂行できたものであることを記して、関係各位に

感謝の意を表します。

Ⅶ.文献�) 日本動脈硬化学会:動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2007

年度版2) 日本肥満学会:肥満症治療ガイドライン.メタボリックシン

ドロームの診断基準と治療の実際,肥満研究 ,�2(臨時増刊号),2006.

3) 井上茂,小田切優子,下光輝一,涌井佐和子:運動指導 7 つのコツ わかる!使える!行動療法活用術 , 株式会社丹水社 ,東京,2008.

4) 金子克子(監修),宮地元彦(編集):行動変容につなげる保健指導スキルアップ BOOK エビデンスと実践事例から学ぶ運動指導,中央法規出版株式会社,東京,2009.

5) 厚生労働省健康局:標準的な健診・保健指導プログラム(暫定板),2007, http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/seikatsu/pdf/02a.pdf

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