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中国の教育部は、 21世紀の教育改革の一環として、小学校 への外国語教育導入を打ち出しました。それを受けて多くの小 学校が英語を導入するようになり、中高校での日本語教育が衰 退する傾向が強まることが危惧されています。この流れに歯止 めをかけるために、普通中学での日本語教育が盛んな東北地 域の遼寧省と黒龍江省では日本語指導主事 (中国語名は日本語教 研員) を中心に、教科書の制作・出版や実験校指定など、小学校 で日本語教育を実施するための環境整備が行われてきました。 遼寧省では、 80年代半ばから日本語教育を実施してきた漢 族の学校に加え、 2000年より蒙古族の小学校でも日本語の導 入が進み、合わせて47の小学校で日本語が実施されるように なりました。黒龍江省では、 2001年に朝鮮族の小学校3校に初 めて日本語が導入され、現在12校にまで拡大しています。これ らの小学校の多くは農村地域にあり、同地域の中高校でも日本 語教育が実施されていて進学先があることと、英語教師が不足 しているという事情が相まって、日本語の導入に踏み切ってい るようです。このほかにも、北京、天津、山東省、福建省などの 小学校で日本語教育が始まっています。現在TJFが把握してい るだけでも、全国で65の小学校が日本語教育を導入しており、 教師数は約100名を数えます。 しかし、大学で日本語を専門に勉強した教師は少数です。そ のため、教師たちの日本語能力は一般的に低く、教え方も手探 り状態です。そういう教師の日本語指導力が学校長や保護者 の日本語導入に対する関心度にも影響を与えています。そうし た状況のもと TJFは、遼寧省と黒龍江省の日本語教育関係者か ら、両省のみならず全中国における小学校日本語教育の定着 と質的向上を図る教師研修会の開催について協力要請をうけ てきました。 TJF としては、これまで東北地域を対象に7年間実 施してきた中高校日本語教師研修会が一段落したこともあり、 小学校日本語教師の研修を次なる急務と考え、本年度より 3 年計画で実施に踏み切りました。 1回となる今回の研修会は、共催者である遼寧省基礎教 育研究教師研修センター (中国名は遼寧省基礎教育教研培訓中心、所在 地は瀋陽市) を会場に、 725 日~85 (正味10 日間) の日程で行 われました。日本人講師6(日本から3名派遣、現地参加3名) が講義 を担当しました。研修には、小学校日本語教師を中心に50が参加しました。 中国側の共催者と協議して、研修会の実施目的を、小学校 における日本語教育の意義・目的の確認、その意義・目的に合 った教授法の伝授、日本語能力の向上、教師間のネットワーク の構築、としました。 近年、中国では知識を偏重する従来の教育を是正すべく、資 質や能力の育成を重視した「素質教育」が提唱されるようにな りました。外国語教育については、言語知識、言語技能、学習 ストラテジー、文化素養、情感や態度という五つの要素を含む 総合コミュニケーション能力の育成を最終目標と設定していま す。しかし、中高校では受験に縛られていて、この新しい理念 は容易に実践につながっていません。一方、小学校では、受 験の縛りがない分、 「素質教育」を実践しやすい環境にあるとい えます。そこで、今回の研修会は、コミュニケーションを図り相 互理解を深めるための日本語教育の理念を中心に据え、その 実践方法を習得してもらうことをめざしました。そのために、従来 の機能中心のカリキュラムではなく、テーマ中心のカリキュラムを 実験的に取り入れました。授業も研修生参加型・体験型の学 習スタイルを採用しました。 具体的には、日本の小学生と出会う場面を想定した四つの テーマ 1. 友だちになろう、 2. 学校に行こう、 3. 家に行こう、 4. 一緒に遊ぼう) を設定し、それぞれのテーマに関連した一連の教室活動を体 験してもらいながら、そこで用いられた教授法について研修生 に考えてもらい、そのねらいや効果について確認しました。その あと、研修生にそれぞれのテーマに関連した教室活動案を作 成・発表してもらい、それについて意見交換をしました。 教材としては、「中国の小学校向け日本語副教材パック」 ★注 TJF作成の写真教材「日本の小学生生活」 (本誌62号のTJFニュー スで紹介) などを使用しました。これらの教材は、研修会終了 後、研修生の勤務する学校に寄贈しました。また、研修生の 日本語力向上を図るための「日本語教室」を4回設け、日本語 国際文化フォーラム通信 no. 64 20041010 1 回全中国小学校 日本語教師研修会無事終了 TJFの事業 開催までの経緯 実施概要 実施目的とカリキュラム編成

TJF 回全中国小学校 日本語教師研修会無事終了 · PDF file中国の教育部は、21世紀の教育改革の一環として、小学校 への外国語教育導入を打ち出しました。それを受けて

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Page 1: TJF 回全中国小学校 日本語教師研修会無事終了 · PDF file中国の教育部は、21世紀の教育改革の一環として、小学校 への外国語教育導入を打ち出しました。それを受けて

中国の教育部は、21世紀の教育改革の一環として、小学校

への外国語教育導入を打ち出しました。それを受けて多くの小

学校が英語を導入するようになり、中高校での日本語教育が衰

退する傾向が強まることが危惧されています。この流れに歯止

めをかけるために、普通中学での日本語教育が盛んな東北地

域の遼寧省と黒龍江省では日本語指導主事(中国語名は日本語教

研員)を中心に、教科書の制作・出版や実験校指定など、小学校

で日本語教育を実施するための環境整備が行われてきました。

遼寧省では、80年代半ばから日本語教育を実施してきた漢

族の学校に加え、2000年より蒙古族の小学校でも日本語の導

入が進み、合わせて47の小学校で日本語が実施されるように

なりました。黒龍江省では、2001年に朝鮮族の小学校3校に初

めて日本語が導入され、現在12校にまで拡大しています。これ

らの小学校の多くは農村地域にあり、同地域の中高校でも日本

語教育が実施されていて進学先があることと、英語教師が不足

しているという事情が相まって、日本語の導入に踏み切ってい

るようです。このほかにも、北京、天津、山東省、福建省などの

小学校で日本語教育が始まっています。現在TJFが把握してい

るだけでも、全国で65の小学校が日本語教育を導入しており、

教師数は約100名を数えます。

しかし、大学で日本語を専門に勉強した教師は少数です。そ

のため、教師たちの日本語能力は一般的に低く、教え方も手探

り状態です。そういう教師の日本語指導力が学校長や保護者

の日本語導入に対する関心度にも影響を与えています。そうし

た状況のもとTJFは、遼寧省と黒龍江省の日本語教育関係者か

ら、両省のみならず全中国における小学校日本語教育の定着

と質的向上を図る教師研修会の開催について協力要請をうけ

てきました。TJFとしては、これまで東北地域を対象に7年間実

施してきた中高校日本語教師研修会が一段落したこともあり、

小学校日本語教師の研修を次なる急務と考え、本年度より3ヵ

年計画で実施に踏み切りました。

第1回となる今回の研修会は、共催者である遼寧省基礎教

育研究教師研修センター(中国名は遼寧省基礎教育教研培訓中心、所在

地は瀋陽市)を会場に、7月25日~8月5日(正味10日間)の日程で行

われました。日本人講師6名(日本から3名派遣、現地参加3名)が講義

を担当しました。研修には、小学校日本語教師を中心に50名

が参加しました。

中国側の共催者と協議して、研修会の実施目的を、小学校

における日本語教育の意義・目的の確認、その意義・目的に合

った教授法の伝授、日本語能力の向上、教師間のネットワーク

の構築、としました。

近年、中国では知識を偏重する従来の教育を是正すべく、資

質や能力の育成を重視した「素質教育」が提唱されるようにな

りました。外国語教育については、言語知識、言語技能、学習

ストラテジー、文化素養、情感や態度という五つの要素を含む

総合コミュニケーション能力の育成を最終目標と設定していま

す。しかし、中高校では受験に縛られていて、この新しい理念

は容易に実践につながっていません。一方、小学校では、受

験の縛りがない分、「素質教育」を実践しやすい環境にあるとい

えます。そこで、今回の研修会は、コミュニケーションを図り相

互理解を深めるための日本語教育の理念を中心に据え、その

実践方法を習得してもらうことをめざしました。そのために、従来

の機能中心のカリキュラムではなく、テーマ中心のカリキュラムを

実験的に取り入れました。授業も研修生参加型・体験型の学

習スタイルを採用しました。

具体的には、日本の小学生と出会う場面を想定した四つの

テーマ(1. 友だちになろう、2. 学校に行こう、3. 家に行こう、4. 一緒に遊ぼう)

を設定し、それぞれのテーマに関連した一連の教室活動を体

験してもらいながら、そこで用いられた教授法について研修生

に考えてもらい、そのねらいや効果について確認しました。その

あと、研修生にそれぞれのテーマに関連した教室活動案を作

成・発表してもらい、それについて意見交換をしました。

教材としては、「中国の小学校向け日本語副教材パック」★注

やTJF作成の写真教材「日本の小学生生活」(本誌62号のTJFニュー

スで紹介)などを使用しました。これらの教材は、研修会終了

後、研修生の勤務する学校に寄贈しました。また、研修生の

日本語力向上を図るための「日本語教室」を4回設け、日本語

国際文化フォーラム通信 no. 64 2004年10月

10

第1回全中国小学校日本語教師研修会無事終了

TJFの事業

開催までの経緯

実施概要

実施目的とカリキュラム編成

Page 2: TJF 回全中国小学校 日本語教師研修会無事終了 · PDF file中国の教育部は、21世紀の教育改革の一環として、小学校 への外国語教育導入を打ち出しました。それを受けて

を聞く、読む、書く、話すという4技能を訓練する講義も行い

ました。

まず研修会の意義・目的やカリキュラムについて講義を行っ

たあと、研修生に各自の研修目標を書いてもらってから、その後

の講義に臨んでもらいました。研修生の多くは、子どもたちの学

習意欲、興味につながるような教授法や教室活動、教材・教具

の使い方について学ぶことを目標にしました。また、日本語能力

の面では、聞く、話す能力の向上を目標にしていました。

研修生の日本語能力にはかなりの差がみられ、授業内容を

理解するのに苦労した人も多かったようです。またほとんどの人

は初めて体験する授業スタイルにはじめは戸惑っていました

が、一つひとつの教室活動には楽しく参加することができたよう

でした。研修期間中3回にわたって行った講義評価アンケート

では、ほとんどの研修生が講義内容が合理的で自分の授業に

役立つ、と回答し、満足していることがわかりました。また、最終

日に行った総合評価のアンケートでは、ほとんどの研修生が、

当初の研修目標が達成できた、小学生の学習意欲や興味を

持たせるさまざまな教室活動について学んだ、特に聞く、話す

能力が向上した、「遊びの中に学びがあり、学びの中に遊びが

ある」という学習スタイルが小学生に合っているという認識を新

たにした、と回答しました。研修生一人ひとりがなんらかの収穫

を得たのではないかという感触を得ました。

しかし、教授法よりももっと日本語の知識を学びたかったとい

う意見もありました。また、活動中心の教授法は楽しいけれど、

知識が身につかず子どもたちが試験でいい点数が取れないの

ではないか、ひいては教師に対する校長の評価が下がる、とい

う意見もありました。単語や文の暗記が中心の教え方から教室

活動中心の教え方への転換は、教授法云々の問題よりも意識

の問題が大きいようです。活動中心の教え方によって知識が身

につくだけではなく、コミュニケーション能力を伸ばしたり、子ど

もの主体的な学習や文化理解を深めるのに効果がある、とい

うことを実感してもらうには、もっと活動を教科書と連動させたり、

活動のねらいや効果を研修生自身が相対化できるように段階

的に導いたりする必要があります。「日本語能力」と「教授法」の

比重をどうするかという問題とともに、それらの点を今後の研修

会で改善し、工夫すべきだと考えています。

★注:日本語教育を実施するすべての小学校(65校)に寄贈するためにTJFが選定したもの。教室活動を助ける絵カードやテープや教具、日本の子ども文化の理解に役立つおもちゃなど37点からなっている。TJFが作成した副教材の使い方の手引きとビデオもあわせて寄贈した。寄贈は外務省「草の根」無償資金援助を受けて実施した。

国際文化フォーラム通信 no. 64 2004年10月

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qワークショップ:写真教材「日本の小学生生活」の写真シートを熱心に見ている研修生たち。w授業風景:目隠しをした人に地図を使って自分の家まで来てもらう道順を教える活動。eグループ発表:自分たちでつくった活動プランを発表する研修生たち。r講師打ち合わせ:「クマ、人、鉄砲」ゲームのやり方を確認し合う講師たち。このような打ち合わせは毎日行われた。t寄せ書き:「寄せ書きを書こう」という活動で使うために講師とスタッフが書いたサンプル。研修会終了まで講師控え室に飾られた。

q w e

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実施状況と研修成果