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TPPの原型になった「P4」とは?
TPPの交渉は今、大詰めを迎えていて、順調にいけばこの春にまとまる可能性がありますが、米など聖域5品目の関税が撤廃されると地域経済に大きなマイナスの影響があるのではないかと議論されています。TPPとは環太平洋パートナーシップ協定、Trans-Pacific Partnership AgreementのTrans-Pacific Partnershipの頭文字をとった略称です。貿易や投資を自由化する狙いの国際協定をFree Trade Agreement、FTA、日本の場合は経済連携協定Economic Partnership Agreement、EPAと呼んでいますが、TPPはその一種です。TPP交渉は4年近く前の平成22(2010)年3月に始
まりましたが、日本は昨年7月、18回目の交渉から参加しました。交渉参加国は日本を加えて12のアジア太平洋の国々です。北米、中南米地域ではアメリカ、カナダ、メキシコ、ペルー、チリ、東アジア地域では日本、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、シンガポール、それにオセアニアのオーストラリアとニュージーランドが入っています。昨年11月に韓国が交渉参加を表明し、これから詰めの交渉をしておそらく春過ぎには13番目の加盟国になります。関心を示す国は他にもタイ、フィリピン、台湾、コロンビア、コスタリカなど多数あり、台湾の総統がTPP参加の検討を早めるよう指示を出したという報道もありました。そのようにアジア、太平洋を囲む非常に大きな自由貿易協定になると予想されています。まずはTPPの背景と経緯、今後の見通しですが、TPPには環太平洋戦略的経済連携協定、Pacifi c4、P4と言われた前身の協定があり、平成14(2002)年10月にチリ、ニュージーランド、シンガポールの3か国が自由化協定の交渉開始で合意し、平成15(2003)年に交渉を始めて平成17(2005)年にまとまりました。途中でブルネイがオブザーバー参加し、その4か国でまとまったのでP4と呼びます。これが第1段階の協定で、1章から20章まで英文で
200ページぐらいのかなり分厚い貿易協定ですが、第3章に「産品の貿易」というものがあり、P4の中でかなり特徴的な部分でした。それは「物品市場アクセス」のことで、簡単に言えば物の貿易の関税を撤廃するという意味あいです。締約4か国の間で関税を基本的に全品目についてゼロにすると約束しました。ここで「自由化率」という言葉が大事になってきます。ただちに関税をゼロにする品目だけでなく、例えば5年でゼロにする、7年でゼロにするというように10年以内に関税を撤廃する品目も含めた全体の、全ての貿易品目に対する割合を自由化率と言います。その割合はシンガポールでは100%です。この国は非常に徹底していて全品目の関税をただちに撤廃しました。小さな国で製造業も非常に限られ、農林水産業も基本的に何もなく、守るべきものがほとんどないので全品目の関税を撤廃しました。ニュージーランドでも100%ですが即時撤廃は8割程度で、それ以外の約17%は10年以内に撤廃です。例えば繊維では、衣料品や履物は国内産業をある程度保護しようと10年かけて撤廃すると決めました。チリの自由化率は99.6%です。例外は例えば乳製品で、ニュージーランドが乳製品が非常に強いのでそれを警戒したと思いますが、その34品目は10年ではなく12年経過したら全て撤廃し、最終的に100%になります。ブルネイの自由化率は99.2%で、例外は酒、たばことピストルのような個人用の小火器です。この国は非常に敬虔なイスラム教の国で、これらは宗教上の理由で禁止されていて、実際は輸入できないぐらいの高関税を課しています。総じてP4の場合は、関税を撤廃する自由化を積極
的に進める協定を結んだことがわかります。
TPP交渉にアメリカが参加してきた意図
次にP4がTPPに変化していく第2幕です。P4には銀行、証券、保険などの金融サービスや投資の自由化は含まれていませんでした。この問題は難しいので、協定の効力が発生する平成18(2006)年から2年後の平成20(2008)年3月から金融サービスと投資について
東京大学社会科学研究所教授 中川 淳司
TPPと地域経済
**市町村アカデミー 市町村議会議員特別セミナー②**
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中川 淳司(なかがわ じゅんじ)
【略 歴】平成2年 東京工業大学工学部人文社会群助教授平成7年 東京大学社会科学研究所助教授平成12年 東京大学社会科学研究所教授現在に至る平成5年 ジョージタウン大学ローセンター客員研究員平成6年 ハーバード・ロースクール客員研究員平成10年 デンバー大学国際関係大学院客員教授平成18年 タフツ大学フレッチャースクール客員教授等を歴任 【主な著書】『WTO-貿易自由化を超えて-』(岩波書店 平成25年)『経済規制の国際的調和』(有斐閣 平成20年)『資源国有化紛争の法過程』(国際書院 平成2年)
の追加交渉を行うと決めていました。ところが、その1か月前の平成20(2008)年2月にブッシュ政権2期目の最終年だったアメリカがP4サービス貿易、投資交渉への参加を表明しました。3月からアメリカも金融サービスと投資の3回の交渉に参加しましたが、9月にはそれだけでなくP4全体に参加したいと表明しました。P4は比較的小規模な国の自由貿易協定でしたが、アメリカが入ることで非常に大きな意味合いが生まれます。他にオーストラリア、ペルー、ベトナムも参加すると表明して8か国になり、TPPの交渉を行うことになりました。しかし、平成20(2008)年11月にアメリカの大統領選挙でオバマ氏が当選し、平成21(2009)年1月に就任します。アメリカには大統領が変わると政府高官もがらっと入れ変わるシステムがあります。オバマ政権の新しい通商代表部や行政府はブッシュ政権が約束したP4参加を引き継ぐかどうかの検討に1年近くかけ、最終的に平成21(2009)年12月にオバマ政権もTPPへの参加を決めて、平成22(2010)年3月から交渉が始まることになります。アメリカはなぜTPP交渉参加を表明したのでしょうか。平成21(2009)年12月にカーク通商代表がジョーカー上院議長宛にオバマ政権のTPP交渉参加を通報した書簡の中で、TPPに参加する2つの理由を説明しています。1つは、アジア太平洋地域、特に東アジアではこの先、非常に高い経済成長が望めることです。この地域の貿易や投資を自由化する大きな枠組みに加わることでアメリカも成長が望めて雇用も確保できると言っています。その真意としては、アジア太平洋、特に東アジアでは日本や中国がASEANと組んで自由貿易の東アジア共同体のようなものをつくる構想を平成20(2008)年頃から打ち出していて、それにアメリカが入っていないため置いていかれる警戒感があったとみています。アメリカは平成21(2009)年のAPEC首脳会議でFTAAP、アジア太平洋自由貿易地域というAPEC参加国を全て包括する自由貿易地域をつくることを目標に
掲げましたが、それにはTPPが良いという説明をしていました。もう1つの理由は、TPPの貿易の自由化率が非常に高いことで、いろいろな分野のルールも含めた自由貿易協定を結ぶことで、21世紀の自由貿易協定、FTAのモデルをTPPで実現できると言っています。それでも、そもそもなぜTPPなのかという疑問は残
ります。それに関して私は2つの大きな背景があったと考えています。1つがWTOのドーハ開発アジェンダです。ジュネーブに本部があるWTOは貿易をつかさどる国際機関で世界の約160の国が参加していますが、その枠組みの貿易自由化交渉がドーハ開発アジェンダで、平成13(2001)年11月から始まりました。12年以上経ちますが、平成25(2013)年12月に交渉の一部について合意が成立したものの、多くの交渉テーマについては合意が成立するめどが立っていません。アメリカはもちろん有力メンバーですが、途上国の代表の中国、インド、ブラジルの発言権が非常に強く、アメリカやEUがこうしたいと言っても、彼らがイエスと言わないと決まらない。159の加盟国が参加するWTOの貿易交渉は妥結まで時間がかかり、また高水準の内容の合意は難しい状況であり、そのことにアメリカはしびれを切らしたというのが1つです。もう1つ、ビジネスの世界で起きているサプライチェーンのグローバル化を指摘しておきます。グローバル・サプライチェーンで生産プロセスがいろいろな国に分散して、例えば、ある国の部品を別の国に運んでそこで大きな部品を生産して、それをまた別の場所に運んで最終製品に組み立てるというように、生産工程やサービスの供給が国境を越えて展開する現象が最近20年ぐらいで非常に進んでいます。東日本大震災が起きて東北や北関東で部品をつくる製造業の事業所において操業が止まった時、部品の供給が滞ってアメリカでもヨーロッパでもASEANでも影響が出ました。それは自動車でも電気・電子でも繊維でも起きましたが、そんなサプライチェーンのグローバル化が特に進
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んだのがアジア太平洋と言われています。日本企業は中国をはじめ東南アジアのタイ、インドネシア、ベトナム、ミャンマーなどにも進出していてアジア太平洋のサプライチェーンのグローバル化の主役のようなところがあり、アメリカもその動きには当然ついていきます。サプライチェーンのグローバル化には工場進出、事業所展開で投資を進める必要があります。通信も、急送貨物のような輸送も整備する必要があります。それには物の貿易の自由化と、投資やサービス貿易の自由化、知的財産権の保護などもフルセットの国際ルールが必要ですが、WTOはインド、中国、ブラジルなどの抵抗があって自由化もルール作りも進まない。仕方がないからFTAの協定を結ぼうと考えた場合に、TPPは使い勝手がいい。だからTPPに参加したのだとみています。ではなぜTPPがいいのか。1つは「加入条項」で、後からアメリカやオーストラリアが参加しましたが、普通の国際協定と違って「この指とまれ」で後から入りたければどうぞ歓迎というしくみの協定です。APEC参加国にもそれ以外の国にも開かれています。しかも物品アクセス、関税撤廃の水準も非常に高く、広範囲な貿易投資ルールをカバーできます。P4と比べてTPPは、アメリカが入ったことでプラスアルファのいろいろな内容が盛り込まれ、よりハイスタンダードな、ハイレベルな協定になろうとしています。
アメリカは本気でTPP交渉の詰めに入った
日本の交渉参加は安倍内閣が発足し自公連立政権に戻ってから動きがあり、昨年3月に交渉参加を表明し、4月にアメリカと2国間調整を行ってアメリカが了承したことでゴーサインが出ました。アメリカの国内手続で4月25日に議会に通告して90日経過しないと実際の交渉への参加が認められず、初参加は7月23日になりました。安倍内閣で交渉参加が決まりましたが、日本も交渉参加を検討すると言い出したのは平成22(2010)年秋で、民主党政権の菅内閣の時です。TPP交渉自体はその年の3月から始まっていましたが、実際に交渉に参加したのはそれから2年半経過してからとなりました。その間は賛否両論で国内では反対の声が非常に強く、特に農業団体は強い反対を表明していました。実は、日本の交渉参加にはいくつか条件がついてい
ます。一番重要なのがアメリカとの事前協議で、昨年4月12日の日米合意で決まったものの1つに自動車の関税があり、これはなるべく長く維持することになっています。アメリカの自動車メーカーが日本の自動車メーカーを警戒したためです。2つ目は日本が頑張って入れた条件で、農産品5品目については自由化を認めず、聖域として例外にすることです。日本には一定の農産品、アメリカには自動車など一定の工業製品という、両国間貿易のセンシティブな、簡単に言えば自由化が難しい品目があることを認識しながら交渉に取り組むことをアメリカも了承しているはずでしたが、交渉が始まっ
てみると、いや、そういう話ではなかったということで今、日本は非常に困っているわけです。他に、アメリカが以前から言っていた保険市場の問
題で、かんぽ生命ががん保険を郵便局で売るというのを見送るという昨年4月段階の合意がありましたが、7月になって話がひっくり返り、かんぽ生命と協定を結んだアフラックががん保険を郵便局で売ることになりました。アメリカが日本の保険市場をこじ開ける形で落着しています。牛肉の輸入規制については狂牛病の問題でアメリカから全て止めていたのを緩和し、月齢20か月を超える牛肉を入れない、さらに30か月を超える牛肉を入れないことにしました。30か月を超える牛肉は食肉としてはほとんど入ってこないので、事実上は牛肉の輸入禁止をやめたことになります。そのように日本はある程度アメリカに譲歩して交渉参加に結びつけました。日米間で自動車貿易TOR、Terms of Reference交渉枠組が昨年4月12日に結ばれています。TPP交渉とは別枠ですが、簡単に言うとアメリカ車を日本市場で売りやすくするようにいろいろな規制を緩和するという内容です。ドイツ車は売れていますから、アメリカ車が日本で売れないのは基準や規制が厳しいからではなく商品としての魅力がないからではないかと思いますが、気をつけなければいけないのは、かなり無茶なものも入った要求が満足されない限り、アメリカは日本車への関税は一切下げないことをTPPに盛り込むと言っていることです。ずいぶん強引な交渉をすると思います。TPP交渉がこれからどうなるかですが、交渉は越年
しましたが協定の中身はほぼ固まってきました。アメリカ議会では超党派の議員がTPAの法律案を提出してTPP審議が決まりました。TPAは貿易促進権限といって、議会が行政府に対しTPP交渉を進めて良い、交渉の結果は議会で全部受け入れる形で合意するという法律に定められた国内手続きです。これがなければ政府がTPPを結んでも批准が難しくなります。TPAの法律案を議会がこれから審議しますが、その中身はTPPの最終的な落としどころに関わるので、段取りはいよいよ詰まってきました。アメリカもいよいよ本気でTPPの交渉の詰めに向けて動き始めました。今後も日程は首席交渉官会合が行われ、2月後半にシンガポールで閣僚会合を開くことも決まりそうです。4月にオバマ大統領がアジアを歴訪しますが、アメリカは11月に中間選挙を控えているため、そのタイミングで交渉の終結を表明したいと考えているとの見方があります。
市場アクセスの自由化率をめぐる駆け引き
では、TPPでどんなことを交渉しているかですが、よく言われるのは、何を交渉しているかよくわからない、全然外に出てこないという批判です。ただ、貿易協定の交渉中に、例えば相手が何を要求して、それにこう対応したと手の内を全て見せたら大変なことになります。通常は秘密交渉で、最終的に決まった段階で初めて公表するもので、TPPが特別そうなのではありません。ただし、TPPは非常に大きな協定で、日本にとっても
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アメリカにとっても重要ですので、関心が高いということはあるでしょう。TPPの交渉分野は21あり、大きく3つのグループに
分かれます。Aが貿易、投資を自由化する市場アクセス、Bが国境措置、Cが国内規制です。市場アクセスの、物の貿易の関税を下げてゼロにす
る物品市場アクセスの交渉は、リクエストとオファーを交換する方式で進められています。即時に撤廃する品目も、段階的に10年以内で関税を下げる品目もあります。日本としてはまだいろいろ問題があるので、一部品目については未定というオファーを提出します。それに対しこれは何とかしてくれとか、未定のこの品目も何とか10年以内で下げてくれといった2国間の交渉を参加12か国について組み合わせ、最終的に交渉結果を1つの関税表にまとめます。国別にアメリカの関税表、日本の関税表をつくりますが、その束ねの作業は交渉が全て終わった後になります。アメリカはTPPを21世紀のモデルになるようにすべく、非常に高い水準の自由化を要求しています。自由化率、つまり関税を即、下げる品目と、10年以内に下げる品目で原則100%にするという野心的な目標は今も取り下げていません。TPPでは、その自由化率をどこまで上げるかという
交渉がまさに今、行われています。日本は昨年7月に参加し、8月の19回目の交渉の段階でとりあえず80%ぐらいの自由化率を出しました。20%は未定で、その中に聖域といわれる米、大麦・小麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖の5品目も入っています。米だけでも飼料米やモチ米など86品目あり、品目数は合計586です。日本の関税品目約9000の中の586というと割合にして6.5%です。もし聖域5品目は10年以内に関税を自由化せずに除外すれば、自由化率は93.5%になります。ところが、TPPは昨年11月段階で日本以外の国は95%以上のオファーをすでに出していて、あまり報じられていませんが日本も昨年12月に自由化率95%のオファーを出しています。聖域5品目は6.5%なのでそれに少し食い込んでいます。どうしたかというと、聖域5品目の中に過去ほとんど輸入実績のない品目があり、それを除いて全体をスリムにしました。聖域の形は残しながら実害がないものを削った形で95%のオファーを出しています。これからそれをさらに引き上げて100%に近づける交渉が、今年2月、3月、4月と続くことになります。サービス貿易、投資、政府調達の市場アクセスでも交渉が行われています。政府調達の分野は中央政府と地方政府、日本では都道府県でも建設事業や公共事業の調達で市場を開き、TPP参加国の企業も入札、調達に参加させます。そうなると調達の入札公告も英語で表示するのでそのための負担が生じます。WTOにはそのための枠組みがありますが、加わっているのはアメリカ、カナダ、日本、シンガポールだけで他の8か国は入っていません。交渉でこの部分を開放するとこの先、インフラ輸出、公共事業の海外展開を考えて
いる日本にとっては非常にプラスになります。TPPの2つ目の中身は国境措置です。特恵税率と
いって、TPPで関税を下げると約束した締約国に適応した低い税率があり、かける対象は締約国の原産品なので原産地規則を決める必要があります。ただ、原産品が例えばブルネイで掘り出した原油なら100%ブルネイ産と言って問題ないと思いますが、中国産生糸をベトナムで加工してアメリカに輸出する場合、それが中国原産かベトナム原産か判断が難しく、品物ごとに原産と認めるルールを決めなければなりません。それは100~200ページの別冊になるぐらいあります。アメリカは繊維産業の要望で原糸規則を主張してい
ますが、これによると例えば中国産原糸をベトナムで縫製加工してもそれは中国産で、ベトナム産とは一切認められずTPPの対象外になります。原糸から全てつくるべきだと要求するのはグローバル・サプライチェーンに逆行し、そのメリットを否定するような話で、それをベトナムは「保護主義だ」と怒って対立しています。これに関しては特定の繊維製品は例外にリストアップする交渉をしていて、詰めている中身は大変細かくなっています。また、国境の税関で通関手続を行いますが、そこで時間がかかるとコストがかかるので、スムーズに流れるよう貿易円滑化の交渉をしています。TPPについて日本で特に報道されているのは、聖域
5品目の関税を下げなければいけないのか、それとも自由化の例外と認められるかですが、主要な内容はむしろTPPの3つ目の中身である国内規制のルールの部分です。それだけでおそらく数百ページの内容になります。アメリカは高い水準のルールを目指すと言っていますから、この交渉を非常に重要視しています。知的財産権は、ハリウッドの映画産業が海賊版の取
り締まり強化を求めている著作権や商標、特許などがありますが、アメリカは医薬品特許の保護、強化とともに特許期間の延長も求めています。医薬品は特許を得てもすぐ販売できるわけでなく、厚生労働省が治験や検査を行って製造の認可がおりてからの販売になりますが、その期間が3~5年かかります。だからその期間だけ20年間の特許期間を延長せよと要求しています。医薬品を新たに開発するメーカーにはプラスですが、特許期間が切れてからつくるジェネリックのメーカーには不利になります。競争政策では、アメリカは国有企業に対する優遇の
制限を求めています。例えばベトナムやマレーシアでは国有企業が独占的な地位を持ち、民間企業も海外企業も入れない。それをやめろと言って大きな問題になっています。アメリカが非常に強い電子商取引の分野についても、取引をなるべく自由にして関税をかけない非課税ルールの維持を求めています。投資、環境、労働に関しても要求があります。分野横断的事項というテーマもあり、これもアメリカが21世紀モデルのTPPの売り物に考えています。規制の整合性をとるため、各国中央政府が新しい規制と古い規制に矛盾がないかチェックする機関を設け、また中小企業からの問い
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合わせにただちに対応するコンタクト・ポイントを開設することを義務づけるなど、ビジネス円滑化のためのしくみを構築しろと求めています。そうした分野で交渉の難航が伝えられますが、4月
の交渉妥結目標に向けてこれから詰めの交渉が行われるのが物品市場アクセスです。日本は95%オファーを出してもそれでは足りないと言われています。聖域をさらに絞り込みスリム化することを求められ、アメリカは今のところ最終的にはゼロにせよと言っています。どうなるか予断を許しませんが、アメリカもオーストラリアとの間で砂糖を除外しましたから、除外品目が一切認められないかというと最後の最後で何とかなるかもしれません。ただ、日本がそれを言い出すと、交渉で各国が「これも除外してくれ」と言い出し、日本がゴネたせいで最終的な自由化水準が下がる恐れもあります。現在も知的財産権についてアメリカのフルセット要求に抵抗する国があり、国有企業の問題や環境の問題でも若干の抵抗があると言われています。
TPPは日本経済にどれぐらい影響する?
TPPは新しい協定ですが、その前に日本はWTO加盟国で、13のEPAも結んでいて、すでにある程度は約束をしています。したがってTPPでそれに上積みされる分が日本経済への純粋な影響です。知的財産権の著作権は日本では現在、著者が亡く
なって50年間からが有効期間ですが、アメリカは70年間にせよと言っています。ウォルト・ディズニー氏が亡くなった後のキャラクターの著作権の有効期限がそろそろ切れるからであると言われますが、10年後には80年間にせよと言い出すかもしれません。実は日本は70年間への延長を織り込んだ著作権法改正を検討しており、それによる全体の影響は恐らく若干プラスではないかと言われます。日本も「クールジャパン」と言ってアニメなどを輸出する立場でもあるからです。TPPを結ぶとこんな悪いことが起きるという反対論
の中には、明らかに誤解に基づくものや、事実無根の主張があります。まず、食の安心・安全のルールを見直さなければな
らなくなるという話ですが、TPPにはSPS、衛生植物検疫措置という条項があり、WTOのルールどおりに行うことになっているので心配はいりません。日本では食品安全委員会がルールを運用していますが、牛肉の輸入規制も根拠があれば国際基準より厳格でも構いません。日本医師会が、TPPでアメリカが自由診療拡大を狙って医療サービス市場の開放を要求し、混合診療が事実上認められると主張していますが、そんな事実はありません。医療分野のサービス市場の開放はTPP交渉の対象ではありませんし、公的な医療保険制度も交渉の対象外です。TPPで企業と国の間の紛争解決を裁判所ではなくISDSという機関で仲裁するしくみができ、国内規制が訴えられて崩されるという批判がありますが、そのような可能性は皆無とは言いませんがまずないとみていま
す。実は日本が結んだ13本のFTAのうち12本でISDSが導入されましたが、一度も訴えられていません。弁護士がたくさんいるアメリカがTPPに加わってどんどん訴えられるかというと、まずないと思っています。日本はすごくまじめで、TPPを批准すれば霞が関で国内実施法をつくり内閣法制局がチェックしてそのとおりやります。日本ほどまじめに国際協定を実行する国はなく、ISDSで国際協定違反で訴えられることはまずあり得ません。
農林水産省の影響試算は水増しされた数字
私はTPPは日本国内にはあまり影響しないと思いますが、影響の大きい締約国はあると思います。とりわけ大きいと思われるのはベトナム、マレーシアなどASEANの国々です。例えば市場アクセスでは、ベトナムやマレーシアではテレビも自動車もトラックも数十%の高い関税がかかっていますが、これがゼロになると、日本企業にとって非常に大きなビジネスチャンスです。関税は日本も下がりますが、他の国も下がります。それによるメリットは大きいのです。さらにサービス貿易や投資が自由化されるのも大きい。日本企業の方からアジアでは規制が不透明だという話をよく聞きますが、その透明性が高まって政府調達市場が自由化されることで日本のインフラ輸出には大きな追い風になります。恐らく地域の中小企業にも海外進出企業はあると思いますが、TPP締約国に進出した企業には大きなプラスです。私は、日本経済全体にとってTPPはマイナスよりプラスの部分がはるかに大きく、海外進出企業の事業環境が大きく改善されると思います。地域経済への影響ですが、もし、農産物の聖域5品
目の関税を引き下げなければならなくなった場合、どんな影響が出るでしょう。まず、これまでのやり方での聖域5品目全ての除外はまず無理で、具体的な除外品目の絞り込みなどの条件交渉が必要となります。期間も自由化まで10年では難しいから12年にしてほしいという交渉をすることになりますが、その程度なら可能性はあります。また、関税割当という制度があり、例えば現在、豚肉は輸入量15万トンまで関税は2%で、15万トンを超えると100%ですが、そのように事実上の輸入割当枠をつくるやり方もあります。聖域で最もセンシティブな米についてアメリカが関税割当をほのめかしたとも報道されました。真偽は明らかではありませんが、特別セーフガードといって、自由化しても輸入が急増した場合に自動的に輸入を制限するしくみもあります。自由化といってもいろいろなバリエーションがあり、そうした交渉がこの先も続くわけです。聖域5品目に関する楽観シナリオは、米、砂糖の一
部は除外ないしは関税割当、牛・豚肉は関税割当、小麦、乳製品は10年を超える関税撤廃期間が認められた上に特別セーフガードが認められるというものです。でも、ここまで甘いのはまず無理です。一方、悲観シナリオは、米、砂糖の一部は10年を超える関税撤廃期間が認められ自由化率は99.5%ぐらいになるが、それ以
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外は10年以内に完全撤廃で除外品目が認められないという非常に厳しいものです。私はこの両極端のシナリオの中間で折り合いがつくと思います。しかし、どうなるにしても聖域5品目のかなりの部分は10年ないしそれ以上の期間内に関税撤廃になる可能性が高いです。そうなると、国内生産、国内価格、輸入はどうなるでしょう。米の国内価格と国際価格の内外価格差は非常に大きく、現在の関税率は従価率に加算すると778%になるといわれています。それが下がると当然、海外から安い米が入って国内価格は下がります。場合によっては国内産では太刀打ちできず米の生産をやめることもあり得ます。兼業農家が多くて、収入の100%を米づくりで得る農家はごく少ないのが現状で、米の生産者の所得減少が農業の衰退にダイレクトに結びつくわけではありませんが、マイナスの影響はもちろん出てくるでしょう。これに関して農林水産省が昨年、TPPによる農林水産品の生産減少額は全体で3兆円程度という試算を出しています。内訳は米が約1兆円で、豚肉、牛肉、乳製品、砂糖と続きます。ここで重要なのは、試算は内外価格差が大きく、品質の格差が小さく、輸出国の輸出余力が大きいことが前提のごく悲観的な見通しだということです。輸入品と競合する国産品は原則、全て負けて輸入品に置きかわり、国産品の現在の価格×生産量の分がなくなるというもので、それが減少額の3兆円です。しかも政府は特段の国内対策を講じることなく放っておくというのが前提です。大事なのは、自由化は即時撤廃ではないことです。
聖域5品目は10年や12年という期間で行い、実際に影響が出てくるのはもっと先ですが、試算では即時撤廃を想定しています。つまり3兆円は非常に水増しされた、一番悲観的に考えた最大のマイナスで、実際はたぶん、その半分か半分以下になるだろうと思います。内外価格差の想定についても農水省OBの専門家から一部が事実に反する、過大すぎると批判が出ています。
TPPの国内対策はどうすればいいか
農業対策をどうするかでは2つの柱があります。1つ目は所得補償です。関税を下げると、減反や生産調整で国内価格を維持する対策はたぶんできなくなります。したがって農家の所得の減少分を直接補います。2つ目は構造改革です。自由化で激しくなる競争に太刀打ちできるよう構造改革で農業や酪農の生産力を向上させます。供給サイドでは農地の集約化、大規模化で生産性を上げ、需要サイドでは国内需要は少子化で小さくなるので、海外市場を開拓して輸出を伸ばします。政府の国内対策はTPPの最終結果がまだ出ていな
いので一切明らかにされていませんが、昨年12月、それをある程度織り込んだ「農林水産業・地域の活力創造プラン」を農水省がまとめています。政策の柱は、①都道府県単位で農地利用を集約化する農地集積バンクをつくる、②米の直接支払交付金を減らす、③加工用米の生産補助金を増やす、④最終的には米の減
反をやめる、などです。いずれにしても、TPPの最終結果が出た際に国内対策を詰めて考える必要があります。輸出を伸ばすという点では、日本の農林水産品には
「安全、安心」のブランドがあり、アジアでは今、中間層、富裕層が伸びていますから現に高く売れています。したがってそれを伸ばすことは当然必要であり、それには大規模経営で企業マインドのある生産者をもっと育てなければなりません。しかし、そうは言っても高齢化した小規模で競争力のない農家も多数あり、そこはもう、何百億円か何千億円かわかりませんが、年金や退職金代わりの直接支払を行うしかないと思います。ぜひ理解していただきたいのは、もしTPPが4月に
まとまっても、各国が批准して効力が発生するのはたぶん早くても来年、おそらく再来年になることです。そこから段階的な関税引き下げが始まるので、実際に効いてくるのはたぶん平成32(2020)年、東京オリンピックの年ごろからだと思います。したがって、どんな影響があるかをしっかり見積もって、どんな対策を立てるかを考えて実施するための時間的な猶予は十分あります。
TPPで決めたルールをWTOに持っていく
TPPは今は12か国で、今後、韓国や台湾やコロンビアなども入りそうですが、その中でサプライチェーンを展開すると関税ゼロのメリットが受けられます。投資の透明性も高くなり、知的財産権の心配もなくなって、大きなビジネスチャンスです。地域の活性化は重要ですが、日本は先行き少子高齢化でパイが小さくなりますから、どうやって米を守るかではなく、外のアジア太平洋の成長市場に打って出ることを考えざるを得ません。その場合にTPPが利用できることは重要です。日本は現在、TPP以外にRCEPの交渉も行っています。これは中国も韓国もインドも入っています。また、EUともFTAの交渉を行っています。WTOがうまくいっていない中でもFTAの大きな交渉は動いています。TPPがその中で一番先行している交渉で、もうすぐ終わりそうですが、その中身が他のFTAにも取り入れられる可能性があります。私は、TPPで決まったグローバル・ルールは最終的にWTOに持っていくことが重要だと思っています。なぜならWTOには約160の加盟国があり、アフリカや中東にあるこれから伸びそうな国もカバーしています。そんな国との貿易や投資の関係にはTPPのルールが持ち込まれることが重要で、日本はそうしたこの先のシナリオをリードしていく役割を担う必要がある。日本はある時期まではアメリカやEUと並んで国際通商問題でリーダーシップを発揮していましたが、ここ10年ほど、中国が伸びる中で国際舞台でも発言力が落ちてきたようで非常に寂しく思っています。TPPからさらにWTOへという流れは、日本が外交的な発信力、ソフトパワーを発揮する最後のチャンスかもしれません。そのためにもまず、TPPをしっかりまとめてほしい。それが私の話の結論です。
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