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2015 12 24 TPP協定の経済効果分析 内閣官房TPP政府対策本部

TPP協定の経済効果分析...2000-04 2004-08 2008-12 2012-16 2016-20 期間平均の実質GDP成長率(%) 日本 中国+韓国 TPP不参加の ASEAN諸国 EU(28か国)

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  • 2015 年 12 月 24 日

    TPP協定の経済効果分析

    内閣官房TPP政府対策本部

  • 本経済効果分析報告の中における経済効果シミュレーションは、GTAP

    (Global Trade Analysis Project)によって提供されているデータとモデルを

    基礎としている。したがって、GDP成長率等はモデルから試算されるもので

    あり、あらかじめ設定したものではない。試算の内容は、種々の不確実性を伴

    うため相当な幅を持って理解される必要がある。

  • 1

    経済効果分析結果のポイント

    ○ 2015 年 10 月5日に大筋合意をした環太平洋パートナーシップ(TPP)協定

    が発効した場合に、我が国のマクロ経済に与える経済効果を分析した。

    ○ 分析に当たっては、2013 年の政府統一試算の場合と同様、一般均衡経済モデ

    ルであるGTAPの最新版を使用した。2013 年当時は、関税撤廃(全ての関

    税を撤廃することを想定)による効果のみを対象としていたが、TPPの合意

    内容は、関税以外の投資・サービスに係る市場アクセスの改善、30 章に及ぶ

    分野におけるルールの規定等、多岐にわたり、その経済効果も関税撤廃、削減

    によるものにとどまらない。そこで、今回の分析においては、関税に関する効

    果に加え、非関税措置(貿易円滑化等)によるコスト縮減、貿易・投資促進効

    果、さらには貿易・投資が促進されることで生産性が向上することによる効果

    等も含めた、総合的な経済効果分析を行った。

    ○ 分析の結果、TPPが発効し、その効果により我が国が新たな成長経路(均衡

    状態)に移行した時点において、

    実質GDPは 2.6%増、2014 年度のGDP水準を用いて換算すると、約 14

    兆円の拡大効果が見込まれる。その際、労働供給は約 80 万人増と見込まれ

    る。(また、既存EPA(日豪等)の効果を除外しない場合の実質GDPは

    3.8%増(約 20 兆円)と見込まれる。)

    ○ なお、農林水産物については、関税削減等の影響で価格低下による生産額の減

    少(約 1,300 億円~2,100 億円)が生じるものの、「総合的なTPP関連政策

    大綱」(2015 年 11 月 25 日決定)に基づく政策対応により、引き続き国内生産

    量が維持されると想定している。

    ○ 分析結果にあるGDP増等の効果は、一時的な需要増加ではなく、生産力の高

    まりである。TPPによる貿易・投資の拡大によって、生産性が上昇し、労働

    供給と資本ストックが増加することで、真に「強い経済」が実現することにな

    る。より具体的には、以下のメカニズムで、新たな、持続的成長経路へ移行す

    ることを想定している。

  • 2

    TPPによる市場アクセス改善、ルールの明確化等により、内外価格差が

    縮小するとともに貿易・投資が促進され、それにより

    (1)輸出入拡大→貿易開放度上昇→生産性上昇

    (2)生産性上昇→実質賃金率上昇→労働供給増

    (3)実質所得増→貯蓄・投資増→資本ストック増→生産力拡大

    という3つの成長メカニズムを通じて経済を持続的に成長させ、生産性向上

    と投資・労働供給増の好循環が実現する。

    ○ 本分析は、GDP増等の試算を行うことのみが目的ではなく、上記の成長メカ

    ニズムを明らかにすることで、我が国経済を新しい成長経路に乗せるための

    政策対応を含めた官民の行動が重要であることを示すものである。TPPの

    経済効果は、我が国各地域の企業、事業者、農林漁業者等が、TPPを十二分

    に活用し、意欲的に事業等を拡大・推進することで現実のものとなる。「総合

    的なTPP関連政策大綱」で提示された政策の方向性(新輸出大国、グローバ

    ル・ハブ、農政新時代等)に沿った各種施策展開により、政府一丸となってこ

    うした活動を促進していくとともに、特に、我が国産業の海外展開・事業拡大

    や生産性向上、また農林水産業の成長産業化を一層進めるために必要な施策

    等について、引き続きその具体化を図る必要がある。

  • 目次

    0:初めに .................................................................. 1

    1:経済概況と展望 .......................................................... 2

    1-1:TPP参加国経済の現況 ............................................ 2

    1-2:TPP参加諸国と我が国の経済関係 .................................. 6

    2:貿易投資の自由化と経済成長 .............................................. 8

    2-1:貿易投資の自由化が成長を促すメカニズム ............................ 8

    2-2:データにみる貿易投資の自由化と経済成長 ........................... 15

    3:経済効果分析に取り込む要素 ............................................. 20

    3-1:先行例と分析フレーム ............................................. 20

    3-2:分析に含まれる変化要因 ........................................... 22

    3-3:その他の効果 ..................................................... 28

    4:モデルによる評価結果 ................................................... 34

    5:おわりに:政策含意 ..................................................... 37

    補論1:シミュレーション方法について ....................................... 39

    補論2:感応度の評価 ....................................................... 41

    補論3:農業分野の評価 ..................................................... 41

  • 1

    0:初めに

    1. 我が国は環太平洋パートナーシップ協定(以下、TPP)に関し、2013 年3月に

    参加を表明、同年7月から 11 か国との交渉に参加した。同交渉は 2015 年 10 月

    5日、米国アトランタにおける閣僚会合において、大筋合意をみたところである。

    2. TPPは、21 世紀のアジア・太平洋地域に、自由で公正な「一つの経済圏」を構

    築する挑戦的な試みである。世界のGDPの約4割、人口8億人という、かつて

    ない規模の巨大市場をカバーした経済連携として、モノの関税の削減・撤廃だけ

    でなく、サービスや投資の自由化を進め、さらには知的財産、電子商取引、国有

    企業改革、労働や環境の規律など、幅広い分野で新たなルールを構築するもので

    あり、この地域の成長を取り込み、アベノミクスの「成長戦略の切り札」になる

    ものである。

    3. TPPの効果は、大規模製造業の貿易や海外展開を促すことにとどまらない。T

    PPは、海外市場へのアクセスがより簡易かつ低廉になることを通じ、これまで

    海外展開に踏み切れなかった地方の中堅・中小企業を含め、広く我が国各地域の

    生産者がより大きな需要を獲得する好機を生み出す。また、事業環境の整備と予

    見可能性の改善を通じ、国内外の事業者同士の協業機会を拡大させる。新たな財・

    サービス、そして生産方法等を生み出すイノベーションを醸成する風土が国内に

    形成され、かつ、参加国の消費者利益が増進することも期待される。他方、農林

    水産業をはじめ、TPPに関する懸念・不安の声が寄せられていたことも事実で

    ある。こうしたTPPの影響に関する国民の不安を払拭しつつ、TPPの効果を

    真に成長へ直結させるため、政府は 11 月 25 日に総合的なTPP関連政策大綱を

    決定したところである。

    4. 本稿では、こうしたTPPが我が国経済に与える効果を多面的かつできる限り定

    量的に分析することにより、TPPが経済成長に結びつく具体的なメカニズムを

    明らかにすることで、その意味と意義を広く周知することを意図している。

  • 2

    1:経済概況と展望

    1-1:TPP参加国経済の現況

    (TPP参加国経済は、リーマンショック後も堅調に推移)

    5. 2000 年代の世界経済は、米国と欧州、そして中国を始めとする新興国の成長にけ

    ん引される形で拡張してきたが、2008 年のリーマンショックを契機に生じた世界

    的な、また、特に欧州の金融危機等を併発する急激な、景気後退を経験した。欧

    米発の危機は、貿易や金融投資のネットワークを経由し、世界経済全体に伝播す

    ることになった。その後、金融緩和と財政出動により、主要国は一定の景気浮揚

    に成功し、日米以外のTPP参加国経済も堅調に拡大してきたが、欧州などは金

    融危機前の成長経路に回帰できていない(図1-1)。

    6. IMFの中期見通しによると、今後は全般的に堅調な成長が見込まれているが、

    主要先進国経済については、一部有識者の間からは、「セキュラースタグネーショ

    ン」と言われる潜在成長経路の下方シフトが発生しているのではないか、との見

    方も出されている 1。

    図表1-1:TPP参加国、非参加国及び世界計の成長(2000~2020 年)

    -TPP参加国経済は、リーマンショック後も堅調に推移-

    1 長期低迷とする要因については、1)技術進歩率の落込みに起因する潜在成長率の低下、2)

    完全雇用を保証する均衡金利が負になることによって政策対応が不十分なため、GDPギャップ

    が持続的に残るため、3)リーマンショックのような一時要因による落ち込みでも、生じた失業

    期間が長いために労働の質が劣化して労働参加率が低迷するため等、未だ論争が続いている。例

    えば、Coen Teulings and Richard Baldwin eds. (2014)等を参照。

    -1.00

    0.00

    1.00

    2.00

    3.00

    4.00

    5.00

    6.00

    7.00

    8.00

    9.00

    2000-04 2004-08 2008-12 2012-16 2016-20

    期間平均の実質GDP成長率(%)

    日本

    中国+韓国

    TPP不参加の

    ASEAN諸国

    EU(28か国)

    日米を除くTPP参加10か国

    (暦年)

    米国

    90.0

    100.0

    110.0

    120.0

    130.0

    140.0

    150.0

    160.0

    2007 08 09 2010 11 12 13 14

    一人当り実質GDP(2007年=100)

    日本

    中国+韓国

    TPP不参加の

    ASEAN諸国

    EU(28か国)

    日米を除くTPP

    参加10か国

    (暦年)

    米国

    (備考)IMF World Economic Outlook Database October 2015 及び UN World Population Prospects: The 2015 Revision により作成。

  • 3

    7. 他方、新興諸国については、例えばASEAN諸国ではこれまでと同様の成長が

    続くと見込まれる一方、中国については減速が続くと見られている。もっとも、

    経験的には、所得水準が高まれば、成長率はある程度必然的に鈍化する傾向にあ

    る。しかしながら、より豊かな経済、国民福祉の増大を図りたいいずれの国にお

    いても、より高い経済成長の実現は重要な政策目標となっており、その手段の一

    つが、TPPを含めた経済の対外開放加速による成長促進である。

    (TPP12 ヵ国は人口規模で世界の 11%、経済規模で 36%程度)

    8. 今回の合意に参加した 12 ヵ国を概観すると、人口規模は 8.1 億人(世界計の約

    11%)、GDPで測った経済規模は 28 兆ドル(世界計の約 36%)に上る(2014

    年)。例えばEUと比べると、TPPは、人口で3億人多く、GDPで 10 兆ドル

    大きい(図1-2)。

    図表1-2:TPPと主要経済圏の人口と経済規模(2014 年)

    -8億人の 28 兆ドル市場-

    (1)人口の規模 (2)名目GDPの規模

    (TPP12 ヵ国は、人口や経済の規模、一人当たり所得水準で多様)

    9. TPP12 ヵ国は世界GDPの3分の1を占める一大市場となるが、参加国はそれ

    ぞれの経済規模や人口構成、資源賦存状況等において多様である。例えば、人口

    は、最小のブルネイが 0.004 億人、最大の米国は 3.19 億人と 800 倍近い差があ

    る。域内では米国が突出して大きく、一国で全人口の4割弱を占めている。経済

    規模を比べると、最少はブルネイ(150 億ドル)、最大は米国(174,190 億ドル)

    となり、その差は 1,100倍を超える。米国が突出している点は人口と同じであり、

    一国で6割超を占めている(図1-3)。

    8.1

    4.7

    6.2

    5.1

    0.0

    1.0

    2.0

    3.0

    4.0

    5.0

    6.0

    7.0

    8.0

    9.0

    TPP12か国 NAFTA ASEAN EU

    人口(億人)

    28,046

    20,490

    2,475

    18,495

    0

    5,000

    10,000

    15,000

    20,000

    25,000

    30,000

    TPP12か国 NAFTA ASEAN EU

    名目GDP(10億ドル)

    (備考)IMF World Economic Outlook Database October 2015 及び UN World Population Prospects: The 2015 Revision により作成。

  • 4

    10. 一人当たりGDPは所得や生産性の水準を意味するが、最小値はベトナム(2,044

    ドル)、最大値はシンガポール(61,600 ドル)であり、その差は 30 倍である。平

    均値は 34,822 ドル、中央値は 36,923 ドルとなっている。分布からは、5万ドル

    を超えるカナダ、米国、オーストラリア、シンガポールというグループ、3~4

    万ドル前後に位置する日本、ブルネイ、ニュージーランドのグループ、そして 1.5

    万ドルを下回るベトナム、ペルー、メキシコ、マレーシア、チリのグループと、

    大きく分けて3グループで構成されている(図1-3)。

    図表1-3:TPP参加国の人口、名目GDP、一人当たりGDP(2014 年)

    -多様なメンバー構成-

    (備考)IMF World Economic Outlook Database October 2015 及び UN World Population Prospects: The 2015 Revision により作成。

    3.19

    1.27

    1.2

    0.91

    0.35

    0.31

    0.3

    0.24

    0.18

    0.05

    0.05

    0.004

    0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5

    米国

    日本

    メキシコ

    ベトナム

    カナダ

    ペルー

    マレーシア

    オーストラリア

    チリ

    シンガポール

    ニュージーランド

    ブルネイ人口(億人)

    17,419

    4,616

    1,789

    1,444

    1,283

    327

    308

    258

    203

    198

    186

    15

    0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000 14,000 16,000 18,000 20,000

    米国

    日本

    カナダ

    オーストラリア

    メキシコ

    マレーシア

    シンガポール

    チリ

    ペルー

    ニュージーランド

    ベトナム

    ブルネイ名目GDP(10億ドル)

    61,600

    60,167

    54,605

    51,114

    39,600

    37,500

    36,346

    14,333

    10,900

    10,692

    6,548

    2,044

    0 10,000 20,000 30,000 40,000 50,000 60,000 70,000

    シンガポール

    オーストラリア

    米国

    カナダ

    ニュージーランド

    ブルネイ

    日本

    チリ

    マレーシア

    メキシコ

    ペルー

    ベトナム一人当たりGDP(ドル)

    TPP12ヵ国平均(34,822ドル)

  • 5

    (BOX1: 所得上昇に伴う成長率の収斂)

    11. 一人当たりGDPの違いは、基礎的諸条件(技術水準等)が同じになれば、長期

    的に縮小していく傾向があると言われている 2。TPP12 ヵ国に近隣アジア諸国

    やEUを加えた国・地域において、過去 10 年の実質成長率と 10 年前の一人当た

    り実質GDP水準の関係を描くと、初期水準が低い国ほど高い成長率を示す傾向

    が確認できる(図表1-4)。中国が減速するというIMFの予測は、こうした理

    論的、実証的背景による面もあろう。

    12. 収斂傾向の背後には、新興国の高い収益率に呼応した内外の投資増加による成長

    率の加速、貿易を通じた内外分業によって実現する経済の効率化、投資や財の移

    動に伴う人の移動がもたらす技術伝播によって、長期的に行き着く定常状態が同

    じになっていくという動きがある。ダイナミックなアジアの成長は、貿易投資拡

    大の結果であり、また、ダイナミックな成長が貿易投資を拡大させる。TPPの

    発効はこうした傾向を一層加速させ、かつ、全ての参加国に追加的な成長の果実

    をもたらすと期待される。

    図表1-4:成長率と初期の実質所得水準の関係(2004~2014 年)

    -所得水準にみられる収斂傾向-

    2 例えば、Barro, Robert J., and Xavier Sala-i-Martin (1992)を参照。基礎的諸条件とは技術

    の他に人口成長率や投資率がある。これらが異なる限りにおいては、長期的に到達可能な所得水

    準も異なるため、所得格差が残るとみられている。

    オーストラリア

    カナダ

    チリ

    日本

    マレーシア

    メキシコ

    ニュージーランド

    ペルー

    シンガポール

    米国

    ベトナム

    中国

    韓国

    ラオス

    インドネシア

    ミャンマー

    フィリピン

    タイ

    カンボジア

    インド

    0.00

    1.00

    2.00

    3.00

    4.00

    5.00

    6.00

    7.00

    8.00

    9.00

    10.00

    0.1 1.0 10.0

    2004~2014年の平均成長率(%)

    2004年の一人当たり実質GDP(1,000ドル、2014年価格)(対数表示)

    平均成長率=+5.46 -1.31*ln(2004年の一人当たり実質GDP)

    (+13.31)(-7.73)

    (備考)IMF World Economic Outlook Database October 2015 及び UN World Population Prospects: The 2015 Revision により作成。

  • 6

    1-2:TPP参加諸国と我が国の経済関係

    13. 次に、我が国と他のTPP参加国の経済的なつながりを貿易、投資、そして進出

    企業という三つの視点から概観する。

    (TPP参加諸国との貿易シェアは全体の3割程度)

    14. 過去 20 年程度の輸出入総額の動きを振り返ると、我が国のTPP参加国との貿

    易比率は 40~45%で推移していたが、2000 年代に入り、中国との貿易拡大や原

    燃料価格の高騰により、15%ポイント程度低下した。2009 年に生じたリーマンシ

    ョック後の景気後退の影響により、貿易総額は 50 兆円以上縮小し、5年前の水

    準まで減少した(図1-5(1))。

    15. その後の回復過程では、TPP域内貿易も回復し、我が国全体の貿易に対する寄

    与も 14%(全体の3割)程度へと高まった。その結果、域内比率の低下に下げ止

    まりの傾向がみられ、このところは3割程度で推移している(図1-5(2))。

    図表1-5:我が国の貿易総額推移とTPP域内の関係

    -我が国のTPP域内貿易比率は3割程度で推移-

    (1)我が国の貿易総額推移 (2)貿易総額変化への寄与

    (TPP域内への直接投資は 45%程度、受入は 39%程度)

    16. 次に、TPP域内における直接投資の動向や進出企業の特徴を概観する。我が国

    の対外直接投資残高は 2014 年末時点で 1.2 兆ドルと巨額であるが、このうち、

    45%程度がTPP域内へ投じられている(図1-6(1))。他方、対内直接投資

    残高については、0.2 兆ドルと対外直接投資残高の6分の1と小さく、TPP域

    内からの投資が 39%程度となっている(図1-6(2))。いずれも主たる相手国

    は米国であるが、投資先第2位は資源国であるオーストラリア、投資受入先第2

    位は金融等のサービスに優位性を持つシンガポールとなっている。なお、対日投

    (備考)財務省「貿易統計」により作成。

    0.0

    5.0

    10.0

    15.0

    20.0

    25.0

    30.0

    35.0

    40.0

    45.0

    50.0

    0

    20

    40

    60

    80

    100

    120

    140

    160

    180

    1979 1984 1989 1994 1999 2004 2009 2014

    (兆円) (%)

    (年)

    TPP域内比率(右目盛)

    貿易総額(左目盛)

    TPP域内貿易総額(左目盛)

    13.7

    32.5

    0.2

    36.2

    7.1

    0.8

    -4.5

    14.3

    -10.0

    0.0

    10.0

    20.0

    30.0

    40.0

    50.0

    60.0

    1994~99 1999~2004 2004~09 2009~14

    (%)

    (年)

    TPP域内国との貿易額変化寄与

    TPP域外国との貿易額変化寄与

  • 7

    資の出し手としては、域外のEUが第1位となっており、米国を上回る相手先と

    なっている。

    図表1-6: 我が国の対外、対内直接投資残高(2014 年末)

    -TPP参加国は最大の投資先-

    (1)対外直接投資 (2)対内直接投資

    (TPPの域内への直接投資業種は相対的に非製造業が多め)

    17. 海外進出している業種について、TPPの域内における進出企業の業種間比率と

    域外における業種間比率との比較によって示すと、多少ではあるが、TPPの域

    内では域外に比べて非製造業の比率が高い(図表1-7)。内訳としては、サービ

    ス業、その他非製造業、卸売業の比率が高めである。

    図表1-7:TPP域内外の進出企業の分野比較

    -TPP協定参加国への投資は非製造業ウェイトが相対的に高め-

    (備考)ジェトロ 「日本の国・地域別対外内直接投資残高」(原典は「本邦対外資産負債残高統計」

    (財務省、日本銀行)、「外国為替相場」(日本銀行))により作成。

    -8.5

    0.3

    -1.9

    0.1

    -0.2

    0.1

    -0.1

    0.1

    -0.1

    -0.6

    -0.6

    -1.2

    0.0

    -1.1

    -0.7

    -0.8

    -1.8

    8.5

    0.1

    1.4

    0.3

    0.7

    -1.9

    1.7

    0.1

    3.7

    2.4

    -10.0 -8.0 -6.0 -4.0 -2.0 0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 10.0

    製 造 業

    食 料 品

    繊 維

    木材紙パ

    化 学

    石油・石炭

    窯業・土石

    鉄 鋼

    非鉄金属

    金属製品

    はん用機械

    生産用機械

    業務用機械

    電気機械

    情報通信機械

    輸送機械

    その他の製造業

    非製造業

    農林漁業

    鉱 業

    建 設 業

    情報通信業

    運 輸 業

    卸 売 業

    小 売 業

    サービス業

    その他の非製造業

    (%ポイント)

    TPP域内のウェイトがTPP

    域外よりも高い業種

    TPP域内のウェイトがTPP

    域外よりも低い業種

    (備考)経済産業省(2015)「第 44 回海外事業活動基本調査結果概要-平成 25(2013)年度実績-」

    により作成。

    TPP計

    45.3%TPP以外

    54.7%

    米国

    31.9%

    オーストラリア

    5.2%

    シンガポール

    3.8%カナダ

    1.4%マレーシア

    1.1%

    ベトナム

    1.0%

    EU

    22.8%

    中国

    8.7%

    韓国

    2.7%

    台湾

    1.0%

    その他

    19.5%

    TPP計

    38.9%

    TPP以外

    61.1%

    米国

    28.7%

    オーストラリア

    1.5%

    シンガポール

    7.4%カナダ

    0.8%

    EU

    42.0%

    中国

    0.5%

    韓国

    1.1%

    台湾

    1.7%

    その他

    15.8%

  • 8

    2:貿易投資の自由化と成長

    18. ここでは、経済成長と貿易投資の関係について、幾つかのメカニズムを整理する。

    2-1:貿易投資の自由化が成長を促すメカニズム

    (関税、非関税障壁の撤廃は経済効率を高めることで所得を押し上げる)

    19. 第一の成長メカニズムは、関税等により生じていた価格差を解消することにより、

    実質的な所得増を実現することである。なお、関税には、国境措置としての意義

    があり、引き下げに伴う様々な影響も考えられるが、ここでは経済の動きについ

    て説明する。まず、関税がなくなれば、小売価格は低下する(図2-1のP①か

    らP②)。このとき、関税等の政府収入は減少するが、同額の家計負担も減少する。

    20. これだけであれば、政府と家計間の所得移転にすぎない(P①P②ABの面積部

    分)。しかし、現実の経済では、価格が需給均衡を回復するよう動くため、数量に

    も変化が生じる。標準的な財であれば、小売価格の下落に伴い、消費者の需要は

    増加する(Q①からQ②)。販売側からすれば、販売量が増えることに合わせて価

    格を引き上げる余地もある(P②からP③)。こうした買い手と売り手のやり取り

    の結果、関税収入は消費者と販売側へ価格変化に応じて配分される。しかし、販

    売量の増加は、一国全体の純利益を含んでいる(ABCの△部分、死荷重の解消)。

    21. こうした効率改善がもたらす一国全体にとっての純利益は、当初は販売側が獲得

    しても、いずれは賃金や配当を経由して家計所得へとつながる。所得増は需要増

    へとつながり、更に、貯蓄投資のリンクを経由して供給能力を高め、所得水準を

    恒常的に押し上げることになる(Q②からQ③が需要スケジュールのシフト、Q

    ③からQ④が供給スケジュールのシフト)。

    図表2-1:関税等による価格差の解消による価格効果と所得効果

    -市場メカニズムが機能することで経済は成長-

    数量

    価格需要スケジュール 供給スケジュール

    P①

    P③

    P④

    Q① Q②

    Q③

    P②

    関税収入部分

    Q④

    E

  • 9

    (市場アクセスの改善により規模の経済性を発揮し、経済効率を高める)

    22. 関税率引下げの事例では事後的に販売量が増えていたが、財・サービスによって

    は、生産量の水準が重要な場合もある。特に、我が国では趨勢的な人口減少と高

    齢化が既に始まっており、持続的な需要減少が生じている地域もある。こうした

    地域に立地する生産者は、輸出・移出がない限り、需要減少に符合するように生

    産量を減少せざるを得ず、その生産減が生産コストを押し上げてしまうことで、

    さらなる需要減少を招く悪循環に陥る恐れもある(図表2-2のQ①からQ②の

    動きにより、P①からP②に価格が上昇)。

    23. このような生産量と価格の関係は、例えば、固定費用の大きな財になればなるほ

    ど顕著である。製造業や農業に限らず、電力や鉄道といった典型的な装置産業、

    一定の施設を抱える小売業や宿泊・飲食業もこうした特徴を持ち合わせている。

    24. したがって、諸外国の市場アクセスを改善して販路を広げることは、規模の経済

    性を維持・発揮して生産効率を高めるきっかけになる(Q②からQ③の動きによ

    り、P②からP③に価格も低下)。地域の需要規模に制約されていた販売側(生産

    者や企業)にとって大きなチャンスとなる。規模の経済性が存在することを踏ま

    えると、訪日外客によるインバウンド消費やネットを通じた販売も含め、海外需

    要を取り込むことは想像以上に重要な手段である。

    図表2-2:規模の経済性

    -より大きな市場へアクセスすることで規模の経済性を発揮-

    数量

    価格・単位費用需要スケジュール

    供給スケジュール(単位費用線)

    P①

    P③

    Q①Q②

    Q③

    P②

  • 10

    (市場アクセスの改善は産業内貿易を促して多様性を生み出す)

    25. 伝統的に、我が国の貿易は製造業製品を輸出して鉱物性燃料を輸入する特徴があ

    ると言われてきたが、その傾向は未だ残り続けている。こうした貿易は古典的な

    産業間貿易であり、要素賦存や比較優位の原則に沿ったものである。ただし 2014

    年と 10 年前の 2004 年の2時点の貿易動向を財別に比較すると、製造業製品を輸

    出して鉱物性燃料を輸入するだけでなく、輸出と同様に製造業製品の輸入がいず

    れの分野でも増加している傾向がみられる。米国の場合、おおむねすべての分野

    で輸出入が記録されており、同一分野での双方向貿易の程度は高い(図表2-3)。

    これは、先の古典的な産業間貿易に対し、産業内貿易と呼ばれている。

    図表2-3:産業内貿易の拡大

    -産業内の双方向貿易はいずれの財でも拡大中-

    (1)日本 (2)米国

    26. 消費財を例にすると、自動車としての機能は同じであっても、同一メーカーが多

    種多様な車両を販売している状況が生み出されている。商品分類が同一であって

    も、ブランド等が異なれば、消費者にとっては別個の財として認識される 3。消

    費者の選好は多様であり、そのニーズを満たそうと考えれば、それに見合う多様

    な商品の流通が必要になる。自由化は多様性を容認し、それは結果的に潜在需要

    の発掘につながり、より満足度の高い経済社会へとつながる。

    27. 既存の事業者・生産者は、諸外国を含む新規参入者と競争することになるが、そ

    れは同時に諸外国の市場へ参入するきっかけにもなっている。より大きな世界需

    要に対峙することで、収益機会を得るだけでなく、潜在的な需要拡大を見込んだ

    3 Krugman(1979)や Helpman and Krugman(1985)を参照。

    -800.0

    -600.0

    -400.0

    -200.0

    0.0

    200.0

    400.0

    600.0

    800.0

    2004 14 2004 14 2004 14 2004 14 2004 14 2004 14

    飲食料品 原料品(石油、

    石油製品含)

    資本財 自動車等 消費財 その他

    (10億ドル)

    (暦年)

    (分類)

    輸出

    輸入

    (備考)財務省「貿易統計」、U.S. Census Bureau U.S. International Trade Data により作成。

    -30,000

    -25,000

    -20,000

    -15,000

    -10,000

    -5,000

    0

    5,000

    10,000

    15,000

    20,000

    2004 14 2004 14 2004 14 2004 14 2004 14 2004 14 2004 14 2004 14 2004 14

    食料品 原料品 鉱物性燃料 化学製品 原料別製品 一般機械 電気機器 輸送用機器 その他

    (10億円)

    (暦年)

    (分類)

    輸出

    輸入

  • 11

    新たなイノベーションが生まれるきっかけも得ることになる。

    (グローバル・バリュー・チェーンの形成を促し、生産効率を高める)

    28. 貿易自由化によって生じるメリットは他にもある。最近の貿易を大きく動かして

    いるのは中間財である。例えば、自動車生産に要する材料、部品等が相当する。

    日本と米国それぞれの商品別貿易の推移をみると、こうした加工品や部品で構成

    される中間財のシェアは逓増傾向にある(図表2-4)。今や、輸出面では、我が

    国の 60%、米国の 55%程度が中間財で占められている。輸入面でも、共に 39%

    程度が中間財である。特に、我が国の場合、加工品の輸出入が共に大きく増加し

    ていることが示されている。

    図表2-4:日米の商品分類別貿易動向

    -増加傾向にある中間財貿易-

    (1)日本 (2)米国

    29. 中間財貿易が大きなシェアを占める背景には、従前は一つの企業内で閉じていた

    製造工程が分離分割され、当該部分に適した場所に移管されることで全体の生産

    効率を高める動きがある。こうした国境に囚われない企業の事業展開は、生産の

    中間投入構造に着目すれば、グローバル化したサプライ・チェーンということに

    とどまるが、付加価値形成への関わり方や利益の配分という経営・経済的な関係

    に着目すれば、単なる生産ではなく付加価値をベースとしたグローバル・バリュ

    ー・チェーン(GVC)と呼ばれる構造が浮かび上がる(図表2-5(1))。

    30. GVCにはいくつかの段階・類型があると言われている。初期段階は、サプライ・

    チェーンの延長線上に、物的生産に関わる企業内部組織の最適立地や取引企業と

    (備考)経済産業省「RIETI-TID2013」及び IMF World Economic Outlook Database により作成。

    -20.0

    -15.0

    -10.0

    -5.0

    0.0

    5.0

    10.0

    15.0

    20.0

    1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012

    素材 加工品部品 消費財資本財 中間財(出)中間財(入) 純輸出

    (GDP比、%)

    (歴年)

    -20.0

    -15.0

    -10.0

    -5.0

    0.0

    5.0

    10.0

    15.0

    20.0

    1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012

    素材 加工品部品 消費財資本財 中間財(出)中間財(入) 純輸出

    (GDP比、%)

    (歴年)

  • 12

    の最適な連携を意図したGVCが形成されてきた 4。こうした動きは、企業内貿

    易の拡大を通じて確認できるが、同比率は、リーマンショックや東日本大震災、

    そしてタイの洪水等が発生した時期に一旦低迷したものの、このところ持ち直し

    ており、均してみれば、長期的に上昇している(図表2-5(2))。

    図表2-5:GVCの図解と企業内貿易の拡大

    -増加傾向にある企業内貿易比率-

    (1)GVCの概念図 (2)輸出に占める企業内貿易比率

    (イノベーションと貿易投資の好循環を生む「グローバル・ハブ」を実現)

    31. 物的生産に関するGVCを拡大するためには、関税率引下げ、通関制度の予見可

    能性の確保、基準の統一化、物流システムの質的量的拡大といった取引コストを

    引き下げる政策対応が重要である。他方、最終的な付加価値は消費者から得られ

    るものであり、高次のGVCへと深化させる(つまり、最終需要までの設計や企

    画、潜在需要の発掘やイノベーションの促進を担う)段階では、求められる政策

    対応の中身は異なる。そこでは、財固有の機能や性能を高めていくという意味で

    の垂直的なイノベーションが求められるだけでなく、財・サービス同士を組み合

    わせて新たな財・サービスとして提示するという水平的、横断的なイノベーショ

    ンも重要となることから、活動の利便性や安全性、快適性といった側面が重要に

    なると同時に、知的活動に関する良質な社会制度・インフラの有無が問われる。

    32. この点、TPPにおいては、WTO協定の一部であるTRIPS協定(知的所有

    4 Kimura (2009)を参照のこと。

    (備考)(1)は内閣府(2014) 図表3-2-1。原典はOECD(2013)。(2)は経済産業省

    「海外事業活動基本調査」により作成。

    20

    25

    30

    35

    40

    45

    50

    55

    60

    1993 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13(年度)

    (%)

    最終財等中間財・資本財等

    部品・原材料等

    B国企業A国企業

    日本企業

    最終財

    A国 日本 B国

    グローバル・バリュー・チェーン(GVC)

    GVCの「前方への参加」

    他国の財やサービスの生産工程に

    自国の中間財・サービスや資本財等の供給

    を行うことで世界経済の活力を取り込む

    GVCの「後方への参加」

    自国の財やサービスの生産工程に

    他国からの中間財・サービスや原材料等の

    供給を受けることで国内拠点の生産性を向上

  • 13

    権の貿易関連の側面に関する協定)を上回る水準の保護と知的財産権の行使につ

    いて規定している。また、政策大綱においても、例えば、著作権等侵害防止のた

    めの対策や模倣品対策支援等の知的財産保護と支援制度が含まれている。付加価

    値を生み出す流れの上流において、付加価値生産を多面的に展開する事業者が集

    積する国になることで、貿易投資の好循環だけでなく、貿易投資とイノベーショ

    ンの好循環を担う「グローバル・ハブ」になることが期待される 5。

    (BOX2: 地方発のGVCの有効活用:戸田工業(化学素材、広島市)

    米スリーエムや独バイエルとの共同開発により、VTRテープなどに使う磁性材料を開発。

    フランスの化粧品メーカーと共同で化粧品用顔料を開発。口紅やファンデーションとして世界中で販売。

    このほか、海外からの投資も活用しつつ事業拡大。

    (中堅・中小企業もTPPによって直接GVCへ参画)

    33. TPPは、GVCを拡大・深化させるだけでなく、GVCに参画する事業者を多

    様化・拡大する方策も含んでいる。これまで、単体・単独ではグローバル化に伴

    う事業コストの増加を賄いきれない恐れのある中堅・中小企業は、良い商品や企

    画があっても事業展開が容易ではない状況にあったと考えられる。こうしたボト

    ルネックを解消することで、取引ネットワークに参画しやすくするための制度が

    採用された。それは、貿易円滑化の促進要因としての原産地規則の統一化に加え、

    複数の締約国において付加価値・加工工程の足し上げを行う完全累積制度である。

    34. これにより、TPP域内の材料を使用する産品は、特恵税率の対象となる原産性

    を得やすくなる。原産地規則を適用し、TPPの恩恵を享受する企業の増加が期

    5 グローバル化への対応は数多の提言が示されてきた。例えば、経済財政諮問会議(2006)は、

    グローバル戦略の全体像として、内なる活性化、海外との連携、国際貢献の三つを基本方針とし

    て提示している。また、経済財政諮問会議(2013)では、グローバル経済における改革の方向性

    として、(1)ヒト、モノ、カネの「最も自由に行き来する国」、(2)日本と円に対する絶対的な

    「信用」の維持、(3)「稼げる分野」の確保、(4)内外それぞれに対する障壁の克服、という四

    つの柱を提示している。

  • 14

    待されるだけでなく、多様な生産ネットワークに対して協定の活用が可能となる。

    これも狭義の生産プロセスに限られず、付加価値形成に至るGVCのプロセスに

    おいて、付加的なサービスや関連コンテンツを提供する機会も拡大する。TPP

    の利活用によって、こうした「新輸出大国」とも呼ぶべき多様多彩な主体による

    多様多彩な付加価値の提供を実現することは、同時にイノベーションを促すきっ

    かけとなる。

    35. 例として、ベトナムの国有企業に機械設備等を投資し、技術者も送り込み、価値

    の高い繊維製品を製造することでTPPを活用した北米市場への輸出拠点にし

    ようという中小繊維メーカーの活動を概念図化している(図表2-6)。モノづく

    りの技術に加え、デザイン、企画、小売り販売などの優れた技術やノウハウを接

    合している。知的財産、電子商取引などTPPのルールを最大限活用し、GVC

    の各段階で我が国企業が付加価値を高めることで、新たなバリュー・チェーンが

    生まれる。それが我が国企業の「稼ぐ力」を高め、我が国への投資や人の往来を

    促進し、イノベーションを生み、生産性の向上につながっていくと期待される。

    図表2-6:GVCの運用例

    -付加価値を生み出すネットワーク-

    (TPPによって農林水産物、食品輸出も加速)

    36. アベノミクス開始以降、既に農林水産物の輸出は二桁の高い伸びを続けてきたが、

    TPPによって「新輸出大国」の一翼を担う、新たな局面に入る条件が整った。

    ・高付加価値製品として売り込み

    ・日本の小売ノウハウも含め展開・新たな市場、需要の開拓

    アジアへの進出・生産が加速

    ◎投資・サービスの自由化◎貿易円滑化

    ◎地銀を含めた金融サービスの進出

    ◎知的財産の保護

    ◎国有企業改革◎ビジネス関係者の一時的な入国

    ◎電子商取引

    東南アジア:現地企業との提携に

    よ る 衣類の製造

    北米・中南米マーケット

    ◎関税の撤廃・削減

    ◎原産地規則の「累積ルール」

    A社(中小企業):繊維メーカー

    優れた技術やデザイン・企画力のある

    中堅・中小企業が、東南アジアの生産拠

    点と連携し、北米・中南米、さらにアジア

    の新興市場への展開が可能に。

    中小企業によるグローバル・バリューチェーン構築を後押し(イメージ)

    我が国への投資、人の往来促進

    (備考)経済財政諮問会議(平成 27 年 10 月 16 日)資料1(4頁)より抜粋。

  • 15

    今後、TPPに対応した地理的表示(GI)の相互保護を可能とする制度を整備

    することにより、国内の模倣品対策だけでなく、海外市場におけるブランド力の

    確立・強化が期待される。また、諸外国の不適切な衛生植物検疫(SPS)を改

    善することで市場を拓き、我が国農林水産物・食品等に対する高い潜在需要を顕

    在化させることも可能となっている。例えば牛肉の場合、対米輸出が再開した

    2012 年以降、増加傾向が続いており、2014 年の実績は対米輸出が 153 トンで 12.5

    億円、対世界が 1,257 トン、82 億円程度の水準となっている(図表2-7)。T

    PPによって、米国との間では、15 年で関税が撤廃されるが、初年度より 3,000

    トン(最終年は 6,250 トン)の無税枠を獲得している。これは、現行輸出実績の

    20~40 倍に相当する。

    図表2-7:農林水産物の輸出(牛肉の場合)

    -TPPによって輸出余地が大きく拡大-

    2-2:データにみる貿易投資の自由化と成長

    37. これまで、貿易投資の自由化が成長を促すメカニズムがいくつもあることを示し

    てきたが、こうしたメカニズムの程度、大きさを実際のデータで検証する。

    (貿易開放度が高いと技術進歩水準も高い)

    38. 経済の貿易開放度(輸出入対GDP比)と経済成長の関係は数多く研究されてき

    た。例えば、一人当り成長率と貿易開放度の関係を分析した Lee 他(2004)では、

    貿易開放度が 10%ポイント高いと成長率は 0.27%高いことが示されている。ま

    た、European Commission(2007)は輸入の対GDP比が1%ポイント高まると、

    72 76

    271

    582 565 541 570

    863

    909

    1,257

    81.7

    0.0

    10.0

    20.0

    30.0

    40.0

    50.0

    60.0

    70.0

    80.0

    90.0

    0

    300

    600

    900

    1,200

    1,500

    2005 06 07 08 09 10 11 12 13 14

    輸出量(左目盛)

    輸出額(右目盛)

    (トン) (億円)

    (暦年)

    (備考)財務省「貿易統計」により作成。

  • 16

    翌年の労働生産性は 0.6%高まるとしている。内閣府(2011)は、研究開発投資

    率や高齢化率といった要因の影響を取り除いて、技術進歩率(全要素生産性:T

    FP変化率)と貿易開放度水準の関係を描いている。その結果によると、10%ポ

    イントの貿易開放度の高まりがTFP変化率を年率 0.08%高めることになる。最

    近では、OECD諸国のパネルデータを基に、Wolszczak-Derlacz(2014)が、貿易

    開放度(輸出又は輸入対GDP比それぞれ)とTFPの間に競争環境を経由した

    プラスの関係があることを示している。

    39. そこで、労働や資本といった物的投入要素の増加を除いた成長、すなわち、TF

    Pと貿易開放度の関係を検証する。データは 1980~2011 年の 109 か国である。

    技術進歩に影響する要因は様々だが、ここでは人口規模を追加的に考慮した。ま

    た、人口以外の国・地域に固有の要因はダミーでコントロールした(図表2-8)。

    図表2-8:貿易開放度(輸出入計/GDP)と生産技術(TFP)水準の関係

    -貿易開放度の高い国は生産技術(TFP)水準も高い-

    40. 推計結果からは、貿易開放度が高いとTFP水準も高く、貿易開放度が1%上昇

    するとTFP水準は 0.15%高まる傾向がある。例えば、貿易開放度が 30%から

    10%ポイント高まると、TFP水準は5%程度高まる。その背景には、GVCの

    (備考)

    1.Penn World Table、世界銀行等により作成。サンプル対象国は、109 ヵ国、サンプルデータの期間

    は、1980 年~2011 年を基本とし、国により欠損がある。

    2.推計結果は、ln(TFP)=7.20 +0.15*ln(貿易開放度)-0.41*ln(人口)+カントリーダミー

    (26.31)(6.34) (-13.30)

    修正済R2:0.79

    なお、貿易開放度は輸出入合計/GDP。破線は貿易開放度のパラメターを1σ 動かした場合。

    1.5

    2.0

    2.5

    3.0

    3.5

    4.0

    4.5

    5.0

    5.5

    2.00 2.50 3.00 3.50 4.00 4.50 5.00 5.50 6.00 6.50

    ln(貿易開放度=(輸出+輸入)/GDP、%):3=20%、4.5=90%

    ln(TFP水準(米国の2005年を100%とした値)):4=約54.6%

  • 17

    拡大・深化や規模の経済性を発揮した生産性の高まり等があるかもしれない。貿

    易開放度の上昇には時間を要すると思われるが、仮に 20 年で 10%ポイントを達

    成すれば、年間成長率は 0.24%程度押上げられることになる 6。

    (投資開放度が高いと技術進歩率は高い)

    41. 貿易開放度の上昇が経済成長率の加速につながることが示されたが、投資開放度

    (直接投資残高対GDP比)はどうだろうか。対内直接投資の受入れ促進は、長

    年の政策課題であるものの、その水準は諸外国に比べるといまだ低い 7。技術や

    ノウハウが企業や人材に付随して伝播するとすれば、投資開放度の高い国の方が

    技術水準も高いと想像される。

    42. 先行研究によると、例えば、Woo(2009)は対内直接投資(フロー)とTFPの関係

    を分析し、GDP比1%の対内直接投資増加によりTFP上昇率が 0.2%ポイン

    ト程度押し上げられるとしている。また、Baltabaev(2013, 2014)は1%ポイン

    トの対内直接投資残高対GDP比の増加が 0.17%程度のTFP上昇率につなが

    ると推計しており、おおむねプラスとされている 8。

    43. そこで、貿易開放度の場合と同様に 109 か国のデータを用いて、投資開放度(対

    内直接投資残高対GDP比)とTFP水準の関係を推計した。人口規模をコント

    ロールする点、国の固有効果をダミー処理する点も同じである。貿易の場合と異

    なるのは、投資が生産力を持つまでに一定の時間がかかることから、両者の関係

    に時間差を設定した点である 9。

    6 引用例の成長率押上げ効果は 0.08~0.27%となっている。これらは貿易開放度と成長率の関係

    を推計しているので、貿易開放度の影響が恒久的と仮定していることになるが、定常成長経路に

    影響を与えるかどうかは意見の分かれるところである。ここでは、貿易開放度(水準)とTFP

    (水準)の関係を求め、貿易開放度が一定であれば、追加的な影響はないとしている。つまり、

    貿易開放度が高まる際には成長率を押し上げる効果が続く。発現時間は先験的に特定できないが、

    仮に、先行研究程度の成長率でTFP水準を5%程度高めるのに要する時間を逆算すると、おお

    むね 19~65 年ということになる。貿易の拡大がGDPも増加させるとすれば、その比率を高め

    るためには一定の年数が掛かることになるのは想像に難くない。 7 我が国の対内直接投資残高対GDP比が低い理由の一つは、主要経済活動地域との距離である

    (Gravity 効果)。しかし、こうした点を補正してもなお低いとも指摘され、税等のビジネスコス

    ト、規制や商慣行といった構造要因と指摘する向きもある(例えば、内閣府政策統括官(経済財

    政分析担当)(2008)、内閣府(2010))。もっとも、我が国は高い国内貯蓄率を背景として対外黒

    字を計上し続けてきたように、資金という意味での対外投資を受け入れる必要性が低かったこと

    がマクロ的な環境要因としても存在する。 8 Lipsey (2002)はマクロレベルの分析をサーベイし、対内直接投資のフローや残高とGDP水準

    や成長率の関係は一貫していないとしている。Alfaro 他(2004)は、こうした関係を決める要素と

    しての金融仲介能力に焦点を当て、金融市場の発展程度により、対内直接投資が成長に与える影

    響は変わるとしている。 9 ラグ期間は0~5年で変化させたが、いずれの結果も統計的に有意である。

  • 18

    44. 結果をみると、投資開放度の高い国がよりTFP水準も高いことが示されている。

    例えば、4%の投資開放度を1%ポイント引き上げると、TFP水準は3%程度

    高まることになる。5年で達成すれば 10 年後の水準が3%程度高まっているこ

    とになり、10 年間の年平均の押上げ効果は 0.3%程度となる(図表2-9)。

    図表2-9:投資開放度(対内FDI残高/GDP)と生産技術(TFP)水準の関係

    -投資開放度が高い国は生産技術(TFP)水準も高い-

    (備考)

    1.Penn World Table、世界銀行等により作成。サンプル対象国は、109 ヵ国、サンプルデータの期間

    は、1980 年~2011 年を基本とし、国により欠損がある。

    2.推計結果は、ln(TFP)=7.20 +0.12*ln(投資開放度(-5))-0.38*ln(人口)+カントリーダミー

    (23.80)(20.30) (-11.29)

    修正済R2:0.87

    なお、投資開放度は対内投資残高/GDP。破線は投資開放度のパラメターを1σ 動かした場合。

    3.2007~2011 年の平均対内投資残高(対GDP比)は以下の通りである。

    国 (%) 国 (%)

    米国 21.2 シンガポール 252.4

    日本 3.8 チリ 66.8

    カナダ 34.7 ペルー 26.4

    オーストラリア 40.7 ニュージーランド 47.8

    メキシコ 28.5 ベトナム 47.5

    マレーシア 38.0 ブルネイ 28.0

    1.5

    2.0

    2.5

    3.0

    3.5

    4.0

    4.5

    5.0

    5.5

    -4.00 -2.00 0.00 2.00 4.00 6.00

    ln(投資開放度=対内直接投資残高/GDP、%):0=1%、2=8%

    ln(TFP水準(米国の2005年を100とした値)):4=約54.6%

  • 19

    (BOX3: 労働生産性とTFPの違い)

    45. 労働生産性とは、労働投入一単位当たりで生み出される付加価値である。労働投

    入量としては、人数または人数に労働時間を乗じたマンアワー投入量等が使われ

    る。投入量を1%増やして付加価値が2%増えれば、生産性が1%上昇したと言

    われる。ただし、付加価値を一定に保ったままで投入量を1%減らせれば、それ

    も生産性が1%上昇したことになる。生産性の上昇は、労働投入と付加価値のい

    ずれが変化の要因かによって意味合いが異なってくる。また、例えば、労働が一

    定であっても資本のような他の投入要素が減少して付加価値が減った場合、見か

    け上、労働生産性も低下してしまうが、本来の原因は労働生産性ではなく、一人

    当り資本装備率(資本労働比率)である。

    46. TFPは Total Factor Productivity の略称であり、総要素生産性もしくは全要

    素生産性と呼ばれる。これは労働や資本といった投入要素全体の動きによって説

    明できない付加価値の動きとして定義される。例えば、コブ・ダグラス型の生産

    関数の下で資本と労働を共に1%増加させたのに付加価値が2%増えれば、全要

    素生産性が1%上昇していることになる。また、付加価値を一定にして投入要素

    を1%減らせれば、全要素生産性は1%上昇したことになる。こうした性質は労

    働生産性と同じであるが、全要素生産性は、投入要素を合成しているので、要因

    を資本や労働の投入要素要因とその他要因に分解できる。その他要因とは、例え

    ば、生産や業務効率の改善や技術革新によって生じるものと考えられている。し

    たがって、ここでは労働生産性ではなく、TFPを使った分析をしている。

  • 20

    3:経済効果分析に取り込む要素

    47. 前節では、貿易投資の拡大が成長を促す理論的背景を整理し、実際のデータから

    両者の関係を確認した。こうしたことを踏まえつつ、分析のフレームとプランを

    示す。具体的には、貿易政策に関する評価に広く用いられている Global Trade

    Analysis Project (GTAP)によって提供されている応用一般均衡モデル(C

    GE)とデータセットを利用する(補論1参照) 10。

    3-1:先行例と分析フレーム

    (既存のTPP分析例によるとGDPの押上げ幅は 0.1~2%程度)

    48. GTAPモデルは、TPP参加表明時の「政府統一試算」でも用いられている 11。

    当該試算は、第8版データ(2007 年基準)のマクロ部分を更新した上で、全ての

    関税を撤廃するという外生変化を与えている。モデルには、投資増加が資本スト

    ックの増加を通じて生産力効果を持つという内生的なメカニズムを想定し、GD

    Pの押上げ率を 0.66%程度と算出している。以下に示す今回の分析では、関税変

    化を合意後の内容に更新した点、合意を踏まえた貿易円滑化を考慮した点、また、

    内生的な成長メカニズムを二つ追加している点が異なる。

    図表3-1: 過去の分析例

    -既存のTPP分析例によるとGDPの押上げ幅は 0.2~2%程度-

    分析者 年 GDP データ モデル 想定

    Nguyen Thi Thu Hang,

    Ken Itakura 他 2015

    0.21~

    0.23%

    GTAP 第9版

    (2004,2007,2

    011)

    静学CGE

    関税完全撤廃及び物品

    の非関税障壁(世銀推

    計他(注1))7%削減

    Peter A, Petri,

    Michael G, Plummer

    and Fan Zhai

    2014 2.0% GTAP 第8版

    (2007)

    メリッツ効果や

    直接投資フロー

    をモデル化した

    静学CGE

    関税完全撤廃及び非関

    税障壁(世銀推計他(注

    2))財 53%、サービス

    52%、FDI52%削減

    Kawasaki, Kenichi 2014 0.8~

    1.6%

    GTAP 第8版

    (2007)

    資本蓄積、内生

    的生産性向上を

    モデル化した静

    学CGE

    関税完全撤廃及び非関

    税措置(世銀推計)を

    50%削減(域外国は

    25%)

    Inkyo Cheong 2013 0.21% GTAP 第8版

    (2007)

    リカーシブダイ

    ナミックCGE 関税完全撤廃

    Todsadee Areerat,

    Hiroshi Kameyama 他 2012 0.14%

    GTAP 第 7 版

    (2004) 静学CGE 関税完全撤廃

    (備考)注1は、Wang et al.(2009)、Hayakawa and Kimura(2014)、Minor(2013) を利用。注2は、Matthias

    Helble et al(2007)、Wang et al.(2009)を利用。

    10 GTAPはパーデュー大学内に設置されている研究センターであり、OECDやWTO等の国

    際機関がデータ作成に協力していることもあり、世界的に利用されている。我が国においても、

    経済産業省(2003、2007)、内閣府(2004、2005)、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2011)

    等の利用例がある。 11 内閣官房(2013)を参照。

  • 21

    49. CGEモデルを用いたTPPの効果分析は他にもある(図表3-1)。例えば、

    Petri, Plummer and Zhai(2012)や Kawasaki(2014)は、政府統一試算と同様のモ

    デルを利用しつつ、関税撤廃と非関税障壁の縮減等を仮定して、TPPやその枠

    組みが拡大していくことによる経済効果の動きを示している。その他の多くも、

    関税率変化による改善効果を捉えているが、追加的に、貿易円滑化措置やサービ

    ス等における参入障壁の撤廃等がもたらす効果を含めるか否かに違いがある。ま

    た、所得増加が貯蓄投資を通じて資本を増やし、生産力効果をもたらす点を考慮

    するか否かにも違いがある。さらに、貿易投資の活性化によって生じるマクロ的

    な生産性上昇等を考慮するかどうか、生産性上昇に呼応した追加的な労働供給効

    果を考慮するかどうか等も違いを生じさせる要因になる。GDP変化の違いはこ

    うした設定の差による。

    (新たな成長経路への移行で生じる効果を算出)

    50. こうしたGDPの押上げ効果の解釈・読み方について、静学CGEモデルでは、

    均衡状態にあると見做された初期時点から、関税等の外生的な変化を受け、経済

    が再び均衡状態を回復するまでの全変化を描いている(図表3-2)。また、移行

    に要する年数は、過去の例によると、ショックを与えてから 10~20 年程度を想

    定することが多いように見受けられ、その期間は成長率(図中の傾き)が高まる。

    ただし、この期間は、経済がどの程度の調整速度で外生的なショックを吸収する

    かに依存しており、10~20 年というのは単なる想定である。なお、この調整速度

    を外生的に仮定して毎期の逐次均衡解を解いたものが動学モデルと呼ばれる。

    図表3-2:シミュレーションのイメージ

    ―水準の切り上げ効果は永続的なもの―

    GDP水準(対数)

    時間TPP協定の発効時点

    これまでの成長経路(潜在成長経路)

    TPPによってもたらされる新たな成長経路への移行

    新たな成長経路(潜在成長経路)

    試算されるGDPの拡大幅

  • 22

    3-2:分析に含まれる変化要因

    (譲許表の関税率は低下)

    51. 関税については、TPP交渉の基準となった 2010 年の関税率と合意の最終関税

    率を用い、引下げ率を算出した。また、輸出税及び輸出補助金はTPP参加国間

    で廃止すると仮定している。なお、関税率のTPPによる純引下げ率を求めるに

    あたり、我が国を含むTPP参加国が既に締結しているEPAによる引下げ分を

    控除した。また、今回の分析においては、TPP参加国同士のEPAはもとより、

    TPP参加国が締結している域外国とのEPA(例えば、米韓FTA等)につい

    ても、中国、韓国、ASEAN等、我が国近隣のFTAを既存EPAとして含め

    た(図表3-3)。

    図表3-3:既存EPAの締結状況

    ―既にEPAを締結している国はTPP参加国の多数派―

    (貿易コストには大きな格差があり、円滑化等による改善が見込まれる)

    52. 分析で勘案する第二の効果は、貿易円滑化をはじめとする物流の改善等によって

    生じる価格低下である。TPPでは、事前教示への回答や急送貨物等の引取りに

    ついて、これまでのEPA及びWTO協定にはなかった貿易円滑化の具体的な手

    当がなされている。具体的には、(1)迅速通関(関税法の遵守を確保するために

    必要な期間内(可能な限り貨物の到着から 48 時間以内)に引取りを許可)、(2)

    急送貨物(通常の状況において、貨物が到着していることを条件として、必要な

    (備考)WTO Participation in Regional Trade Agreements により作成。○が締結されている関係。

    日本

    オー

    ストラリア

    ブルネイ

    カナダ

    チリ

    マレー

    シア

    メキシコ

    ニュー

    ジー

    ランド

    ペルー

    シンガポー

    米国

    ベトナム

    中国

    韓国

    インド

    その他

    ASEAN

    その他APEC

    EU

    その他世界

    日本 - ○ ○ - ○ ○ ○ - ○ ○ - ○ - - ○ ○ - - -オーストラリア ○ - ○ - ○ ○ - ○ - ○ ○ ○ - ○ - ○ - - -ブルネイ ○ ○ - - ○ ○ - ○ - ○ - ○ ○ ○ ○ ○ - - -カナダ - - - - ○ - ○ - ○ - ○ - ○ ○ - - - - -チリ ○ ○ ○ ○ - ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ - - ○ -マレーシア ○ ○ ○ - ○ - - ○ - ○ - ○ - ○ ○ ○ - - -メキシコ ○ - - ○ ○ - - - ○ - ○ - - - - - - ○ -ニュージーランド - ○ ○ - ○ ○ - - - ○ - ○ ○ - - ○ - - -ペルー ○ - - ○ ○ - ○ - - ○ ○ - ○ ○ - - - ○ -シンガポール ○ ○ ○ - ○ ○ - ○ ○ - ○ ○ ○ ○ ○ ○ - - -米国 - ○ - ○ ○ - ○ - ○ ○ - - - ○ - - - - -ベトナム ○ ○ ○ - ○ ○ - ○ - ○ - - ○ ○ ○ ○ - - -

    中国 - - ○ ○ ○ - - ○ ○ ○ - ○ - ○ ○ ○ - - -韓国 - ○ ○ ○ ○ ○ - - ○ ○ ○ ○ ○ - ○ ○ - ○ -インド ○ - ○ - ○ ○ - - - ○ - ○ ○ ○ - ○ - - -その他ASEAN ○ ○ ○ - - ○ - ○ - ○ - ○ ○ ○ ○ - - - -その他APEC - - - - - - - - - - - - - - - - - - -EU - - - - ○ - ○ - ○ - - - - ○ - - - - -その他世界 - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

  • 23

    税関書類の提出後6時間以内に引取りを許可)、(3)輸入者、輸出者又は生産者

    の要請による書面での事前教示制度(関税分類、原産性等)(150 日以内に回答)、

    (4)自動化(輸出入手続を、単一の窓口において、電子的に完了することがで

    きるよう努める)、となっている 12。

    53. TPPでは、TPP税率の適用が可能な 12 か国内の原産地規則が統一されるこ

    とによる事業者の制度利用負担の緩和、輸出入業者や生産者自らが原産地証明書

    を作成する制度の導入による貿易手続の円滑化の他、一時的な入国に関する規定

    の整備や電子商取引に関する先進的かつ包括的なルールの構築、さらには、中小

    企業を含めたサプライ・チェーンの発展及び強化の促進等による貿易コストの低

    減が期待される。

    図表3-4:物流パフォーマンス指標(LPI2014)

    ―物流パフォーマンスには大きな格差―

    国・地域名 指標 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ シンガポール 4.00 4.01 4.28 3.70 3.97 3.90 4.25

    米国 3.92 3.73 4.18 3.45 3.97 4.14 4.14

    日本 3.91 3.78 4.16 3.52 3.93 3.95 4.24

    カナダ 3.86 3.61 4.05 3.46 3.94 3.97 4.18

    オーストラリア 3.81 3.85 4.00 3.52 3.75 3.81 4.00

    ニュージーランド 3.64 3.92 3.67 3.67 3.56 3.33 3.72

    マレーシア 3.59 3.37 3.56 3.64 3.47 3.58 3.92

    チリ 3.26 3.17 3.17 3.12 3.19 3.30 3.59

    ベトナム 3.15 2.81 3.11 3.22 3.09 3.19 3.49

    メキシコ 3.13 2.69 3.04 3.19 3.12 3.14 3.57

    ペルー 2.84 2.47 2.72 2.94 2.78 2.81 3.30

    平均値 3.56 3.40 3.63 3.40 3.52 3.56 3.85

    中央値 3.64 3.61 3.67 3.46 3.56 3.58 3.92

    最上位国と各国の

    差分の累積 4.93 6.67 7.12 3.30 4.91 6.37 4.35

    54. こうしたTPPの規定により、協定締結国の取引にかかる手続コストや在庫保管

    コストの低減による物流の改善が期待されるが、現状の取引コスト等は世界銀行

    12 これまでのEPAやWTO貿易円滑化協定では、税関手続について、予見可能性、一貫性及び

    透明性のある適用を確保するとともに、締約国間の協力の促進、国際基準への調和、通関等の手

    続の迅速化、効率化することが定められている。

    (備考)

    1.世界銀行 Logistics Performance Index より引用。ブルネイは含まれていない。 2.①~⑥の意味は以下の通り。なお、シャドーは最上位国。

    ① 輸出入手続の事務効率(速さ、簡素さ、手続の予見性)

    ② 運輸関連インフラの品質(港湾、鉄道、道路、情報技術)

    ③ 競争的に価格付けされた運搬手段の手配の容易さ

    ④ 運送サービスの品質(運送業者、通関代理人等)

    ⑤ 委託荷物の追跡能力

    ⑥ 配送スケジュールの正確性

  • 24

    が編集している物流パフォーマンス指標(LPI:Logistics Performance Index)

    によって優劣を確認することができる。それによると、指標の良いシンガポール

    や米国、日本と他のTPP参加国の間には大きな違いがあり、差が大きい項目は、

    ②運輸関連インフラの品質、①輸出入手続の事務効率、⑤委託荷物の追跡能力、

    ⑥配送スケジュールの正確性、である(図表3-4)。

    55. LPIは輸出入全体に要する総合的な取引コストの代理指標とみなせるので、そ

    の改善は貿易を促す効果を持つと考えられる。総合的な取引コストの引下げに寄

    与すると考えられる電子商取引の普及や一時的な入国に関する規定の整備等も、

    LPIの動きによって代理されると見做せるだろう。その結果、例えば、取引コ

    ストが高過ぎて貿易をしていない財等は、コスト削減によって新たに貿易可能に

    なるだろうし、日数がかかるために品質保持が難しい財は、短縮化によって貿易

    可能になるだろう。

    56. TPPの上記の内容を踏まえると、特に新興国において、こうした改善の実現が

    大いに期待され、これらの取決めが、まずはLPIの①~③の指標を改善すると

    想定している。ここでは取引全体の代理指標として、具体的には、今回の分析に

    おいて、TPP参加各国の①~③の対シンガポール格差が半減する(改善する)

    と仮定し、それが輸入価格の低下・輸入量の増加をもたらす貿易円滑化・非関税

    障壁の低下になるとみなした 13。その際、インフラの改善等、円滑化措置の一部

    については、TPPの非参加国との貿易にも効果が均霑することから、域内向け

    の半分の効果を仮定することとしている(図表3-5)。

    図表3-5:LPIの改善想定

    ―トップランナー方式による効率化の仮定―

    国・地域名 ① ~③の和 シンガポールとの差 半減時の対照変化率 シンガポール 11.99 0.00 0.0

    日本 11.46 -0.53 2.3

    オーストラリア 11.37 -0.62 2.6

    米国 11.36 -0.63 2.7

    ニュージーランド 11.26 -0.72 3.1

    カナダ 11.13 -0.86 3.7

    マレーシア 10.57 -1.42 6.3

    チリ 9.47 -2.52 11.8

    ベトナム 9.14 -2.85 13.5

    メキシコ 8.92 -3.07 14.7

    ペルー 8.13 -3.86 19.2

    13 具体的には、輸入価格が低下するような技術進歩として捉えている。

    (備考)図表3-4より作成。指数水準の影響を除くために対照変化率を用いている。

  • 25

    (BOX4: 輸出入に要する日数による関税等価率換算例)

    57. 経済学者は、異なる輸送モード間の価格差等から、時間の費用換算を行い、関税

    等価率を求めている。例えば、Minor(2013)は1日当りの関税等価率を 0.68~

    1.1%、Hummels and Schaur(2013)は 0.6~2.1%、Freud 他(2010)は 1.5%程度

    と推計している。Nguyen et.al(2015)はTPP評価の分析において 1.61%とし

    ている。

    58. したがって、輸出入に要する日数に単価を掛ければ取引コストが算出できる。例

    えば、世界銀行は輸出入業者に対してアンケート調査を行い、輸出入手続に要す

    る書類数や取引日数、コンテナ当たりの費用を公表している。それによると、シ

    ンガポールの貿易に要する日数は5日とされているのに対し、最もかかるベトナ

    ムは 21 日とされている。

    59. この方法を用いることにより、例えば、ベトナムでは 30%を超える課税がなされ

    ているのと同様の状態とみなし、効率改善の程度を推し量ることも考えられる。

    他方、この前提となる日数情報は、通関、国内輸送、書面作成、港湾手続に各1

    日、最短でも計4日かかるという仮定を置いたアンケートに基づくものであり、

    広く物流コストを代理するとはみなし難いことから、今回の分析では、LPI指

    標の改善率によって、TPPの非関税措置縮減や円滑化効果を評価することとし

    た。いずれにせよ、取引に伴うコストは、最終的な利益率や競争力に影響を与え

    るため、その適切な推計は、TPPのもたらす便益を考える際に重要である。

    (貿易拡大が生産性を高める相互関係をモデル化)

    60. 以上の二つが分析で仮定する外生的なショックに相当するが、今回は内生的な成

    長メカニズムが働くようにモデルに式を追加する。それは、前節の推計例で示し

    た貿易開放度の上昇によるTFP水準上昇である。一般に、貿易量とGVCの深

    化、そして生産性の間には相互関連があると指摘されている。例えば、Kowalski,

    P. et al.(2015)では、GVCの深化に対して、輸出入に占める地域自由貿易協

    定域内比率や対内直接投資残高対GDP比がプラスの相関を有していることを

    示している。今回の分析においては、推計結果を踏まえ、貿易開放度の変化(輸

    出入合計のGDP比)が技術進歩へとつながるよう新たな関係式をモデル内に追

    加している 14。

    14 投資開放度については、データの制約により今回の試算では内生化していない。

  • 26

    (BOX5: メリッツ効果とアーミントン構造)

    61. 貿易投資の拡大が生産性を改善するメカニズムは、2.で示したように複数存在

    し、両者に統計的な関係があることも示された。近年は、関税等の貿易障壁が低

    下することにより、国内生産者の競争環境に変化が生じ、その結果、産業間及び

    産業内を通じてより生産性の高い事業者へ生産資源が集まること、それによって

    経済全体の所得と生産性が高まることを指摘する専門家が多い 15。これは「メリ

    ッツ効果」と呼ばれているが、その傍証として、輸出をする業者の方が輸出をし

    ない業者よりも生産性が高いという実証分析が何例も報告されている 16。

    62. 「メリッツ効果」をCGEモデルで描くには、生産性の違う複数の事業者が存在

    している(不完全競争)ことを前提として、産業単位ではなく企業単位でモデル

    の基礎を位置付けること、また、それに応じたデータ分割をすることが求められ

    る。しかし、興味深いことに、本モデルを含めた標準的なCGEモデルに組み込

    まれている貿易の表現方法が、結果として、メリッツ効果と同じ含意の結果を生

    み出すことが既に知られている 17。

    63. その仕組みは、輸入量が所得変化と二つの価格(国内と輸入)変化によって説明

    され、その際に、国内外の相対価格に対して実証で得られた一定の弾力性を掛け

    る。これはアーミントン構造と呼ばれるが、内外価格変化と輸入量変化の関係が

    分かりやすく、かつ、実証しやすいことから長年利用されてきた。このうち、価

    格の代替弾力性が無限大ではなく一定値を取るということは、不完全競争状態に

    あることを仮定しているのと同じであり、これは生産性の異なる企業が同時に存

    在するというメリッツモデルの仮定と共通である。

    64. 価格変化が一定であれば、弾力性が大きいほど数量変化も大きくなるが、それは

    市場がより競争的という仮定を意味する。例えば、自動車の代替弾力性が 2.8 で

    あれば、1%の相対価格変化によって数量が 2.8%変化するということである。

    また、輸入先間の代替弾力性が 5.6 であれば、輸入先間の相対価格が1%変化す

    れば、輸入総数量が変わらないなかで、5.6%振り替わることを意味している。

    (実質賃金増により労働量が増加する関係をモデル化)

    65. 既に述べたように、本分析では、TPP協定とそれに対応する政策によって生じ

    る均衡体系の変化を算出している。政策変化が家計や企業の行動を経由して貯蓄

    15 Melitz (2002)を参照。 16 例えば、Kimura and Kiyota (2006)を参照。 17 Dixon, Peter B., Michael Jerie and Maureen T. Rimmer (2015)を参照。

  • 27

    や投資を動かすことは先に触れたが、同時に、政策変化は家計の労働供給にも影

    響を与え得る。TPP協定によって生じる生産性上昇が実質賃金を押し上げる場

    合、家計は、新たな実質賃金と自らの余暇価値を踏まえた上で、ライフサイクル

    全体での労働供給量を見直すと想定される。

    66. 過去の実証研究によると、労働供給量の実質賃金に対する弾性値は、推計者のモ

    デル設定とデータにより、0 近傍から1近くまで様々である。黒田・山本(2007)

    は日本のデータで 0.7~1.0 程度と推計している。Falch(2010)はノルウェーの

    データで 1.0~1.9、Booth and Katic(2011)はオーストラリアのデータから 0.71

    と推計している。なお、黒田・山本(2007)は時間調整のみの推計も行っており、

    その場合は 0.1~0.2 である。こうしたミクロの推計ではなく、経済の動学経路

    をトラッキングするようにDSGEモデルを推定した松前他(2011)や Iiboshi

    et al.(2015)では、労働供給の賃金弾性値は1近傍になることが示されている。

    67. こうした違いは、モデル設定の問題が、労働供給の最適化が余暇と労働に振り分

    ける時間配分なのか、それとも、非労働力状態を含めた、ライフサイクル的な就

    労・非就労選択を含むのか、による。推計データの問題としては、就業者サンプ

    ルの就労時間調整を捉えるのか、それとも非就労から就労への移動も含む総労働

    量調整を捉えるのか、による。時間調整のみを捉えれば弾力性は小さくなるが、

    就業非就業者を共に含むサンプルであれば、労働時間がゼロから変化することも

    あるので、弾力性は大きめになる。ここでは、中長期のマクロシミュレーション

    という性格上、非労働力から労働力への移行も考慮して 0.8 を弾性値として用い

    るが、半減する場合についても感応度チェックをしている。

  • 28

    3-3:その他の効果

    (TPPによる投資と企業活動の好循環がグローバルに発生)

    68. TPPには、上述の分析に取り込んだ内容以外にも、経済成長に資する多彩な項

    目が含まれている。特に重要な点は、投資の自由化に関する規定である。例えば、

    投資規制のネガティブリスト化、設立前の内国民待遇、パフォーマンス要求の禁

    止、ISDS手続の導入に加え、政府調達市場の開放などである。

    69. 我が国企業によるTPP協定域内での投資拡大が期待されるが、その果実は海外

    投資収益の増加(BOX6参照)となり、一部は本国へ還流し、例えば研究開発

    投資に充てられると見込まれる。こうした投資の好循環による、新技術・商品の

    開発と競争力の向上は、先に述べたGVCの上流拠点を国内に確保するという意

    味においてきわめて重要である。こうしたGVC構造を前提にした際に、部分的

    ではあるものの、モデル計算に取り込めないが重要かつ具体的な動きとその効果

    の一例を以下に紹介する。

    (小売業のグローバル展開が加速する余地は大きい)

    70. 今回の協定では、マレーシアやベトナムにおいて小売業に対する外資規制の緩和

    が盛り込まれた 18。既に、我が国の事業者もASEAN諸国には進出しているが、

    フランチャイズ型の小売業には店舗数を確保することによる規模の経済性、広告

    効果、ネットワーク性を活かした顧客囲い込みの効果もあり、出資規制の緩和等

    は事業展開を拡大する好機になる。例えば、小売業のうちコンビニエンスストア

    の展開状況をみると、TPPに参加したASEAN加盟国のシンガポールに 493

    店舗、マレーシアに 1,745 店舗、ベトナムに 88 店舗となっている(図表3-6)。

    71. 日本での店舗当たり人数(店舗当たり人口)の推移を時系列で描くと、80 年代後

    半から 90 年代初頭に急速に増加(人数は減少)し、その後は安定的に推移した。

    店舗当たりの人数は、売上の代理変数であり、固定費との関係から下限があると

    考えられる。我が国では概ね普及したと考えら