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慶應義塾大学 松浦良充研究会

2013年度夏課題

『「教育の情報化」推進に向けた考察』

―イギリスとの比較を通じて―

慶應義塾大学 文学部

人文社会学科 教育学専攻4年

学籍番号11005695

川島 悠輝

アブストラクト

 本研究は、日本の「教育の情報化」を推進するにあたり、その妨げとなってきた要因について、イギリスとの海外比較を通じて考察したものである。筆者は、時代に応じて変革が求められる教育の在り方の一つとして「教育の情報化」に注目し、そのさらなる進展を願って本研究に着手した。以下において、本研究のおおまかな流れをたどっていく。

 序章では、「はじめに」と題して本研究への導入を試みた。ここではまず、筆者が抱く問題意識を述べた上で、変革が求められる教育の在り方を考察するため「教育メディア」に着目し、その歴史的な系譜をたどることで概要を記していった。「教育メディア」の現状と課題を概観していくと、「教育の情報化」に向けた取り組みがなされながらも、その普及に向けた課題に対して具体性・実行性に欠ける打開策しか提示していないことに、筆者はいささか疑問を感じることとなった。この問題提起をしたところで、本章を終える。

第一章では、現状に対する見解を述べたのち、さまざまな先行研究を検討することで、「教育の情報化」に対する考察を行っていった。ここでは主に、メディア教育開発センター、吉田、村山の先行研究をもとに検討を行ったが、いずれの見解もこの問題に固有で主となる要因とは言い切れないことがわかった。そこで、以上の考察の結果から、「「教育の情報化」を抑制してきた可能性のある要因を探る」という研究課題を提示したところで、本章を終える。

第二章では、前章における先行研究検討の結果を整理した上で、研究課題に対する仮説とその検証方法を提示した。ここでは、「都道府県ごとの整備状況の偏り」、「確立されていない支援体制」、「教育理念や教育制度などのソフト面」、「教員のICT活用指導力向上に向けたサポート体制」の四点を検討した結果、「教員に対する国の支援体制が地方分権的であることが、「教育の情報化」抑制の一因である」という仮説を提示し、現時点で構想中の検証方法を概述したところで、本章を終える。

第三章では、比較対象国であるイギリスの「教育の情報化」について概観していく。ここでは、主にイギリスの教育の制度などのソフト面や、教育現場へのサポート体制に重きを置いて書き記していき、イギリスの教員に対する国の支援体制が中央集権的であることを示したところで、本章を終える。

第四章では、日本とイギリスとの比較を通じて仮説の検証を試みる予定である。ここではまず、日本の教員に対する国の支援体制が地方分権的であることを示す。その上で、日本とイギリスにおいて「教育の情報化」を推進するために行っているその他の施策に差異がないことを示す。これらを踏まえた上で、教員に対する国の支援体制が中央集権的であれば、「教育の情報化」が推進されることを明らかにしていく。

 終章では、「おわりに」と題して本研究のまとめを行う予定である。その後、本研究で残された課題を示した上で、「教育の情報化」普及に向けた示唆を述べていく。

 以上が本研究の概要である。

―目次―

アブストラクト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2

序章:本研究への導入・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4

第一節:はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4

第二節:「教育メディア」とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5

  第一項:「教育メディア」の歴史的変遷・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5

  第二項:「教育メディア」の現状と課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8

第三節:「教育の情報化」への道筋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10

  第一項:日本の情報通信技術戦略による「教育の情報化」の歩み・・・・・・・・ 10

  第二項:「教育の情報化ビジョン」の目指すもの・・・・・・・・・・・・・・・・ 15

第一章:先行研究検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18

第一節:現状に対する検討と筆者の見解・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18

第二節:先行研究検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22

第一項:メディア教育開発センターによる見解の検討・・・・・・・・・・・・・ 22

第二項:吉田文による見解の検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24

第三項:村山光博による見解の検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27

第三節:研究課題の提示・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 29

第二章:研究課題に対する仮説と検証方法の提示・・・・・・・・・・・・・・・・・ 29

第一節:仮説の提示・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 29

第二節:検証方法の整理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30

第三章:イギリスにおける「教育の情報化」―構想中―・・・・・・・・・・・・・・ 31

 第一節:イギリスにおける教育の概説・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 31

 第二節:「教育の情報化」を支える仕組み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34

第四章:仮説検証―構想中―・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35

 第一節:海外比較による仮説検証・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35

 第二節:検証のまとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35

終章:おわりに―構想中―・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35

 第一節:本研究のまとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35

 第二節:残された課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35

第三節:示唆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35

夏課題の反省と今後の研究計画・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36

参考文献一覧・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37

序章:本研究への導入

第一節:はじめに

 日本は今、大きな変革の時を迎えている。それは政治や経済の世界にのみならず、教育の世界においても例外ではない。21世紀という高度情報通信社会に突入した現在、そのめまぐるしく変動する社会背景に合わせて、教育のあらゆる面において変革を成し遂げていくことが喫緊の課題であると言えるだろう。

 筆者は、多様化するコミュニケーションの在り方を再考することが、この課題を解決する一助となると考えている。なぜなら、コミュニケーションの定義を「経験の共有」、「意味の転移」、「価値の伝達」である[footnoteRef:1] とすると、教育とはコミュニケーションと言うことができ、多様化するコミュニケーションの在り方を考えることで、ひいては多様化する教育の在り方を考察できると考えるからである。 [1: 堀江固功、浅野孝夫、『教育メディアの原理と方法』、日本放送教育協会、1998、p.20]

 堀江・浅野は、教育というコミュニケーションを考えていく上で重要となるのが、「メディア」と「メッセージ」であるとしている。[footnoteRef:2] 送り手である教授者と受け手である学習者の間に存在することは想像に難くないが、この二つについては注意する必要がある。「メディア」と「メッセージ」の関係は非常に複雑であるため、ここでは両者の関係を厳密に論じることは避けるが、堀江・浅野による定義をもとに論を進めていくことにする。堀江・浅野は著書において「メッセージ」を「記号の構成により意味を表出したもの」、「メディア」を「メッセージの伝達を目的とした媒体」と定義している。媒体とは、媒介・仲立ちをする“物”であるが、この場合は無機物だけでなく有機物もまた「メディア」となり得る。このように定義すると、教育というコミュニケーションは以下の図のような形態を取ることがわかる。 [2: 同上、pp.30-31]

図表1(資料をもとに作成)

(受け手=学習者) (メッセージ) (送り手=教授者)

(メディア) (メディア)

 本研究では、変革が求められる教育の在り方を考察するため、図表1にあるような、教育というコミュニケーションで用いる「メディア」にあたる「教育メディア」に着目して論を進めていくことにする。以下ではまず、「教育メディア」とはどのようなものであったのか探るため、その歴史的な系譜をたどっていくことにする。

第二節:「教育メディア」とは

第一項:「教育メディア」の歴史的変遷

· 書物の歴史

 ここではまず、樫村の記述をもとに書物の歴史を概観していく。[footnoteRef:3] 中世までの書物の歴史は次のように区分されるという。 [3: 樫村雅章、「情報メディアの歴史:貴重書のデジタル化と研究」、『図書館情報学研究6』、2011、pp.33-36]

(1)初期の書物(数千年前の文字の誕生~)

書物の原型となるのは、石や粘土、金属板に文字を刻みつけることによって情報を保管していたものであった。メソポタミアでは紀元前3500年頃から、粘土を板状や円錐状に成形し、それにシュメール語の記録を楔形文字によって刻みつけたものが数多く作られていた。また、ヨーロッパでは紀元前から、板をくり抜いて蜜蝋を溶かして流し込み、固まった蝋の表面を棒で引っ掻いて文字を書きつける蝋板というものも用いられていた。

(2)パピルスの巻物(紀元前~)

古代エジプトでは、文字を記録するシート状の書写材料としてパピルスが用いられていた。パピルスには、葦の軸を削ったペンによって片面に文字が書かれ、折ると切れてしまうことから、巻物の形にして保存されていた。

(3)羊皮紙製の冊子本(4世紀頃~)

 ヨーロッパでは、シート状の書写材料として、羊などの動物の革を強く張って伸ばし、表面を削って薄くして作られる羊皮紙が用いられていた。切れたり破れたりしにくいことから、4世紀頃には羊皮紙で折丁を作り、糸で綴じて冊子状にして保存する方法が取られるようになり、冊子本の原型が出来上がったと言われている。

(4)紙製の活版印刷本(15世紀半ば~)

 中国で発明された製紙の技術が中東やエジプトを経て伝わり、ヨーロッパで書写材料として紙が生産されるようになったのは、12世紀頃からであった。その後、15世紀半ばに、金属活字と油性インクを用いた活版印刷術がグーテンベルクにより発明されると、それまでの手書きによる写本とは桁違いの速さと規模で書物の大量生産が可能となり、紙の需要は大幅に増加した。のちに500年以上にわたって、活版印刷によって作られる本をはじめとする紙製の印刷物がメディアの主流に存在することになる。

 ここまでの歴史を振り返ると、人間社会における「知の伝達」には、文字の普及と出版技術の変容という二つの事象が大きく関わっていることがわかる。

· 17世紀日本のメディア革命

また、教育のメディア史を語る上で、辻本は「17世紀日本のメディア革命」が欠かせないとしている。[footnoteRef:4] [4: 辻本雅史、『思想と教育のメディア史―近世日本の知の伝達―』、ぺりかん社、2011、p.144]

17世紀日本は「文字社会」を成立させ、加えて商業大量出版時代を現出させた。ここでの「文字社会」とは、「文字使用が不可避に組み込まれた社会」という意味である。教育史上では、「文字社会」の成立によって「文字学習」が空前の規模で普及し、子どもを対象とする文字学習所である「手習塾」が全国に普及するとともに、文書の書式を規定した書札礼や文書の用語・語法、書流に至るまで共通の「文字文化」が現れていった。この「文字文化」の著しい普及と均質化は、やがて訪れる近代の国民国家と国民教育形成の文化的前提を成していた。

 商業出版は何よりも、「知の商品化」[footnoteRef:5] を促した点で、文字をめぐる文化を大きく変えた。それまで写本で流通していた書物が出版されることによって、書物流通量の絶対数が急増し、その分廉価で格段の普及をみるようになったのである。その結果、多数の読者が共有する「古典」が形成され、それが世の人々の「教養」を構成するようになった。 [5: 同上、p.148]

 この流れにより、学習書や学習テキストといったものも大量に流通するようになった。たとえば、『庭訓往来』に代表されるような「手習学習本」が普及することで文字の読み書きを、そして、算数書としての『塵劫記』が普及することで日常生活に必要な計算を、多くの人々が学べるようになったのである。また、「和刻本」[footnoteRef:6] の登場は、儒学を学ぶために不可欠であるテキスト<教科書>を比較的容易に入手できるようにし、かつ学習者の身近なものとしたのであった。 [6: 漢籍の本を日本で復刻出版させたもの。「和版」と同義。]

 識字人口の増加と商業出版が大衆読者を魅了し始めた頃、貝原益軒[footnoteRef:7] は漢文言語の学問を大衆向けの平易な和文体文章に変換して出版した。『益軒十訓』と総称されるテキスト群がその代表であるが、その他にも息長く読み継がれた「益軒本」は少なくない。益軒は、いわゆる一般大衆向けの「教養書」を量産し、「読書を通して学ぶ」形を生み出した。これは今日の我々にとって親しい風景の始まりと言っても過言ではない。その意味で、教育のメディア史における注目すべき点であると言えよう。 [7: 江戸時代を代表する本草学者、儒学者。]

· もう一つのメディア革命

 これまでにおいて「書物の歴史」や「17世紀日本のメディア革命」の影響を見てきたが、ここで近世と近代の二つの時代に着目して整理した上で、今日起こりつつある「もう一つのメディア革命」について触れていく。

 近代はもとより「文字社会」を前提として成立してきた。その影響もあり、近代学校は文字に記された知識の習得を基本として構築されている。近代学校に文字テキストとしての教科書が欠かせないのはそのためである。その意味では、近世に均質的な文字文化が全国的に成立し、本を読む習慣がある程度日常化していたと言えよう。この「第一のメディア革命」とも言えるであろう「17世紀日本のメディア革命」を通じて、文字の普及と出版メディアの浸透が進んでいたことが、明治になってからの近代学校の速やかな普及を可能とする前提条件であったと言えるだろう。

 近代に入ってから、新たな知識や情報の大半は、欧米などから書物の形で流入するようになった。近世日本においても、先進的な知や最新の情報の大半は、やはり海外から書物を通して流入していた。それは、中国・朝鮮だけでなく、少数ながらも西洋書の流入も含んでいた。とするのであれば、教育のメディア史の視点から見る限り、近代日本は17世紀に起点を持つ江戸期日本と基本構造において変わるところはないと言えるだろう。つまり、文字と出版メディアという視点から見ると、日本の近世と近代は地続きの連続であると見ることができる。それでは、近代において何が新しくなったのだろうか。端的にいえば、「国家が「学校」を通じて国民を教育するようになった点にある」と辻本は言う。

 「学校」が教育において大きな位置を占めている今日、「学校」における教育メディアを問い直す必要があることは間違いない。その問いは、「もう一つのメディア革命」とも言えるであろう、電子メディアが主導する「第二のメディア革命」と無関係ではありえないだろう。またそれは、「文字と出版に基づく「知の伝達メディア」と、それを前提とした近代学校教育の基盤そのものを脅かしている」ことも同時に意味している。とするのであれば、「第二のメディア革命」は、もとより近代が生み出した学問知そのものへの挑戦でもあるだろう。この問いに正面から相対するためにも、辻本は「知の伝達メディア」の歴史に着目する必要があると述べている。

· 感覚への着目

ここでは小柳[footnoteRef:8] の記述をもとに、感覚的な性質を持つ「教育メディア」の歴史と変遷を概観していくことにする。 [8: 小柳和喜雄、「教育メディアと環境」、西之園晴夫、宮寺晃夫編、『教育の方法と技術』、ミネルヴァ書房、2004、pp.187-192]

 言語を用いた知識の学習を専らとする中世的な教育方法に対し、近世における教育方法の転換を促したのは感覚への着目であった。「世界図絵」の著者として有名なコメニウスは、知識は感覚を通じて獲得されるため、抽象的な概念の前に具体的な事物をもって教育するという新たな教授法の原理を生み出した。ここに、「教材・教具」としてのルーツがあるとも言えるだろう。

 のちにペスタロッチが、教えるということは事物の直観から始まるものであり、児童の活動なくして豊かな感覚的印象は与えられないと示すと、その試みにより「教育メディア」のルーツは教える過程に位置づけられ、そこで誰によってどのような順番で活用されるかなどの検討が加えられることとなった。ここに、授業の過程でその都度選ばれる「教材・教具」としての「教育メディア」の萌芽が見られる。

 それに対し、学び手の側から「教材・教具」の機能により着眼したのがフレーベルであった。フレーベルは自己活動によって初めてその精神の進化が生み出されることを主張し、このような発想から作られた「教材・教具」は、恩物 [footnoteRef:9]として知られている。 [9: 幼児教育の手段として考案された一種の玩具。]

19世紀に見出されたこれらの教育方法は、20世紀初頭の生徒の自発的な活動に着目する考え方と呼応して注目されるようになっていった。とりわけ、このような教育思想に基づく教育方法の転換に寄与したデューイは、日常で役立つ学習の「教材・教具」を環境施設にまで視野を広げて考えた点で注目された。

 20世紀に入ると、1920年代頃から様々な新しい技術による産物が教育の世界へもたらされるようになっていった。フィルム、レコード、ラジオといった、ダイナミックで情報を多くの生徒に運ぶことができる技術が開発されたことにより、視聴覚教育という研究分野が成立することとなった。

 日本では、明治時代に黒板、掛図、地図、実験用具等による教育の近代化がなされ、さらに、大正時代には社会教育、学校教育、幼児教育において、幻灯、映画、紙芝居による視聴覚教育の実践が見られた。この頃から根付いてきた「教育メディア」の利用は、1950年のGHQによる「アメリカの文化映画の宣伝」政策といった政治的な動きや、1953年からのテレビ放送といった技術的な動きに後押しされながらも、教育にかかわるアカデミックな動き[footnoteRef:10] によって位置づけられていった。 [10: 国際基督教大学におけるAVセミナーの開催、日本放送教育学会の創立など。]

 その後、教育行為を効果的にするために、映像などを用いたメッセージと言語メッセージの特質を明らかにし、活かしていくための視聴覚教材や機器の製作、選択および利用を理論・実践的に問う科学的な視聴覚教育研究が現れてくると、「教育メディア」という言葉が用いられるようになっていった。

第二項:「教育メディア」の現状と課題

ここまでにおいて「教育メディア」の歴史と変遷をたどってきたが、現在どのようにして「教育メディア」が用いられているのだろうか。またその一方で、これらの利用に付随する課題には何が挙げられるのだろうか。

佐賀らによると、今日用いられている「教育メディア」は大きく分けて以下の六つに分類できるという。[footnoteRef:11] [11: 佐賀啓男、梅田泉、久保内加菜、新地辰朗、竹田眞理子、町田喜義、『改訂 視聴覚メディアと教育』、樹林房、2010、pp.33-53]

一つ目が、「非投映系視覚メディア」である。これらは、静止画、絵・図類、模型のように、視覚的な材料で、なおかつそれを見るために機械的手段を通して投映する必要のないものをいう。これらの多くは、身近な日常に存在するものからつくりだすことが可能であり、伝統的なメディアとして貴重な位置を保っていると言えよう。

二つ目が、「投映系視覚メディア」である。これらは、スライド、書画カメラ、データ・プロジェクターのように、なんらかの投映用機器を通して静止画像をスクリーンに投映するメディア形式を指している。主に高等教育機関において用いられることが多いメディアであると言えよう。

 三つ目が、「音声メディア」である。これらは、人間の声や他の音声を記録し聴覚的に提示するメディア形式であり、学習指導の場面で広く普及している。中でも、ランゲージ・ラボラトリー(Language Laboratory : LL)は、学校においてLL教室という専用の教室ができるなど、語学の演習用システムとして注目されている。

 四つ目が、映画やビデオを代表とする「映像メディア」である。これらは、動きを伴った映像と音声で事象を提示する、総合的な視聴覚メディアである。映像には事象を示すという“参照機能”と、視聴者の情動に働きかける“情動機能”があると言われており、効果が実証されている。

 五つ目が、テレビやラジオといった「放送メディア」である。日本は放送教育がもっとも盛んな国の一つであり、学校にはテレビやVTRが広く普及している。今日では、音声多重放送、文字放送、放送衛星を用いたハイビジョンテレビ放送、デジタル放送など様々な技術が開発・実用されており、新たな教育への利用形態が生じるだろう。

 そして最後の六つ目が、「通信メディア」である。代表格であるコンピュータは、技術革新によって映像と音声を統合して使えるようになり、今や視聴覚メディアの中心を担う存在と見なされるようになってきた。また、「通信メディア」は遠隔教育(distance education)の発展を促しており、ネットワークによる遠隔教育全般を指す“e-learning”[footnoteRef:12] が注目を浴び始めている。 [12: 滝田辰夫、「eラーニング遠隔教育メディアの変遷と今後の課題」、『慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所紀要52』、2002、p.111]

 以上において「教育メディア」利用の現状を見てきたが、その一方で課題や問題点も懸念されている。平沢は課題として次の三点を挙げている。

「第1は、わが国の教育界の癖ないし短所というべきことがある。新しいものにとびついて、それまでのものを忘れることである。 (中略) 第2は、教育メディアの適切な利用で教育効果が高まると思われる授業場面でも、教育メディアの利用なぞはじめから考えないという授業が今なお少なくないということである。 (中略) 第3は、第2の点とは逆に、教育メディアを使う必要が本当にあるのかというような授業があるということだ。黒板とチョークだけで十分なのではないかと思われる授業である。」[footnoteRef:13] [13: 平沢茂、『教育の方法と技術』、図書文化社、2006、pp.133-134]

 つまり、「教育メディア」の利用において、メディアの特性をよく考え、目的や課題に応じた適切なメディアを選択・利用することがなされていないということである。

また、矢野は現実的な課題として、システムの面・通信環境の面・子どもの面の三点から疑問を投げかけている。[footnoteRef:14] 強固なクラウドはどう構築するのか、無線LANや充電環境の整備はどう行うのか、メディア・リテラシーはどのように教えるのか、という三点である。これらのことからもわかるように、課題はまだまだ山積している。 [14: 矢野耕平、『iPadで教育が変わる』、毎日コミュニケーションズ、2010、pp.55-56]

 平沢はこれらの問題点に対し、「教育メディア」が利用されるための条件として、以下の五点を挙げている。[footnoteRef:15] [15: 平沢茂、『教育の方法と技術』、図書文化社、2006、p.134]

1. 操作が簡便なこと

2. 機器の準備・収納に手間がかからないこと

3. ソフトウェアが入手しやすいこと

4. 規格統一されていること

5. 教育メディアについて教師が知っていること

 以上において「教育メディア」の現状と課題を概観してきたが、我が国の教育現場では、利用に関する整備がまだ十分になされていないことがわかった。それでは、日本においてどのような流れの中で整備がなされてきたのか、以下にて今日に至るまでの経緯をたどっていくことにする。

第三節:「教育の情報化」への道筋

第一項:日本の情報通信技術戦略による「教育の情報化」の歩み

 これまで日本では、国家戦略に従って「教育の情報化」への取り組みがなされてきた。以下では、村山[footnoteRef:16] の記述をもとに、図表2に沿って注目すべき点を箇条書きで整理していくことにする。 [16: 村山光博、「教育の情報化はどこまで進んでいるか―教育の情報化に対する国家戦略の策定と今後の課題―」、2010、pp.99-103]

図表2 日本における「教育の情報化」の経緯(資料[footnoteRef:17] をもとに作成) [17: 同上]

月日

決定事項

決定機関

1999年

12 月19 日

ミレニアム・プロジェクト

(新しい千年紀プロジェクト)

内閣総理大臣

2000年

11 月29 日

高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT 基本法)成立(2001 年1 月6 日施行)

2001年

1 月 6 日

高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部

(IT 戦略本部)を内閣に設置

1 月22 日

e-Japan 戦略

IT 戦略本部

3 月29 日

e-Japan 重点計画

IT 戦略本部

6 月26 日

e-Japan2002 プログラム

IT 戦略本部

2002年

6 月18 日

e-Japan 重点計画-2002

IT 戦略本部

2003年

7 月 2 日

e-Japan 戦略Ⅱ

IT 戦略本部

8 月 8 日

e-Japan 重点計画-2003

IT 戦略本部

2004年

2 月 6 日

戦略Ⅱ加速化パッケージ

IT 戦略本部

5 月11 日

u-Japan 構想発表

総務省

6 月15 日

e-Japan 重点計画-2004

IT 戦略本部

12 月17 日

u-Japan 政策公表

総務省

2005年

2 月24 日

IT 政策パッケージ-2005

IT 戦略本部

2006年

1 月19 日

IT 新改革戦略

IT 戦略本部

7 月26 日

重点計画-2006

IT 戦略本部

9 月 8 日

u-Japan 推進計画2006

総務省

2007年

4 月 5 日

IT 新改革戦略 政策パッケージ

IT 戦略本部

7 月26 日

重点計画-2007

IT 戦略本部

2008年

2 月19 日

IT による地域活性化等緊急プログラム

IT 戦略本部

6 月11 日

IT 政策ロードマップ

IT 戦略本部

8 月20 日

重点計画-2008

IT 戦略本部

2009年

7 月 6 日

i-Japan 戦略2015

IT 戦略本部

2010年

5 月11 日

新たな情報通信技術戦略

IT 戦略本部

8 月26 日

教育の情報化ビジョン(骨子)

文部科学省

2011年

4 月28 日

教育の情報化ビジョン~21世紀にふさわしい学びと学校の創造を目指して~

文部科学省

(1). 「ミレニアム・プロジェクト(新しい千年紀プロジェクト)」

 21世紀を目前にして策定されたこのプロジェクトには、新しい千年紀を迎えるにあたって、これからの日本における①情報化、②高齢化、③環境対応の三つの分野に対する実現目標と複数年度にわたる年次計画が記されている。情報化の分野では、1999年6月開催のケルン・サミットで採択された「ケルン憲章」において、すべての子どもにとって「読み・書き・算数・情報通信技術(ICT)の十分な能力」の達成を可能とする教育が不可欠である旨が合意された[footnoteRef:18] ことをふまえ、「教育の情報化」について次のような目標が掲げられた。 [18: 外務省、「ケルン憲章―生涯学習の目的と希望―」、1999、http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/summit/cologne99/g8s_sg.htmlより、(2013/8/23取得)]

・ 2001 年度までに、全ての公立小中高等学校等がインターネットに接続でき、全ての公立学校教員がコンピュータの活用能力を身につけられるようにする。さらに、2002 年度には、我が国の教育の情報化の進展状況を、国際的な水準の視点から総合的に点検するとともに、その成果の国民への周知を図るため、国内外の子供たちの幅広い参加による、インターネットを活用したフェスティバルを開催する。

・ 2005 年度を目標に、全ての小中高等学校等からインターネットにアクセスでき、全ての学級のあらゆる授業において教員及び生徒がコンピュータを活用できる環境を整備する。

首相官邸、「ミレニアム・プロジェクト(新しい千年紀プロジェクト)について」より抜粋

(2). IT基本法

 2000年には「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)」が成立し、翌年の2001年1月に施行されることとなった。同法では、「教育の情報化」について次のような条文が盛り込まれている。

高度情報通信ネットワーク社会形成基本法18 条(教育及び学習の振興並びに人材の育成)

高度情報通信ネットワーク社会の形成に関する施策の策定に当たっては、すべての国民が情報通信技術を活用することができるようにするための教育及び学習を振興するとともに、高度情報通信ネットワーク社会の発展を担う専門的な知識又は技術を有する創造的な人材を育成するために必要な措置が講じられなければならない。

 この「IT基本法」の成立により、日本のICT推進に向けた基本方針が明示され、その後のICT戦略や計画の策定における基盤が整えられた。

(3). 「e-Japan戦略」

 2001年1月に策定された「e-Japan戦略」では、5年以内に世界最先端のIT国家を目指すことを目標に掲げた。また、日本のIT革命への取り組みが他の先進国に対して遅れているという認識を示した上で、①超高速ネットワークインフラ整備及び競争政策、②電子商取引と新たな環境整備、③電子政府の実現、④人材育成の強化、の四つの重点政策分野に対する取り組みの方針および目標を示した。

 同年3月に発表された「e-Japan重点計画」では、小中高等学校等におけるICTの普及状況について、コンピュータ1台あたりの児童生徒数が13人(米国6人)、インターネット接続率が57%(米国95%)となっているなど、米国と比較して大きく後れをとっているという現状の認識を示し、次のような具体的施策を掲げている。

・2001 年度に全公立学校をインターネット接続

・2005 年度までに全クラスでコンピュータを活用

・2001 年度にすべての公立学校教員がコンピュータ操作に習熟

・2005 年度までに学習資源のデジタル化と学校導入

同年6月には「e-Japan2002プログラム ~平成14年度IT重点施策に関する基本方針~」が策定された。同プログラムは、「e-Japan戦略」および「e-Japan重点計画」を各府省の2002年度の施策に反映する年次プログラムに相当し、2002年度のIT施策について、①高速・超高速インターネットの普及の推進、②教育の情報化・人材育成の強化、③ネットワークコンテンツの充実、④電子政府・電子自治体の着実な推進、⑤国際的な取組の強化の五つの柱を基本的な方針として重点化を図っている。

 その後策定された「e-Japan戦略Ⅱ」では、「e-Japan戦略」の目標を実現するとともに、世界最先端であり続けることを目指すことが謳われた。

(4). 「IT新改革戦略」

 「e-Japan戦略」が策定されてから5年後の2006年1月、「IT新改革戦略 ―いつでも、どこでも、誰でもITの恩恵を実感できる社会の実現―」が策定された。この戦略の目指すものは、サブタイトルにもあるように「いつでも、どこでも、何でも、誰でも」使えるユビキタスなネットワーク社会の実現としている。ここでは、日本はこれまでの5年間で、ハード面やインフラ整備において世界最先端のIT国家となったという認識を示している。しかしその一方で、「教育の情報化」については、各種IT機器の整備は推進されているものの、①教員用コンピュータ整備の不足、②校務のIT化の遅れ、③学校のIT機器の保守・点検等を行う人材の不足などの問題により、学校のIT化による改革が十分に進んではいない現状を指摘している。さらにこれをふまえて、今後5年間における教育分野に対する情報化の目標、実現に向けた方策、評価指標などが明記された。

(5). 「i-Japan 戦略2015」

 1999年の「ミレニアム・プロジェクト」の策定から約10年、2009年7月に「i-Japan戦略2015 ~国民主役の「デジタル安心・活力社会」の実現を目指して~」が策定された。「i-Japan」の「i」は、2015年の将来ビジョンとしてデジタル技術が「空気」や「水」のように抵抗なく普遍的に受け入れられて経済社会全体を包摂する存在となり(Digital Inclusion)、暮らしの豊かさや、人と人とのつながりを実感できる社会および、デジタル技術・情報により経済社会全体を改革して新しい活力を生み出し(Digital Innovation)、個人・社会経済が活力

を持って、新たな価値の創造・革新に自発的に取り組める社会を実現すること意味している。

 同戦略は、「e-Japan戦略」ではネットワーク基盤の整備を中心に、「e-Japan戦略Ⅱ」以降はデジタル技術の利活用による社会経済構造の改革を中心に政策を進めてきたことで、ICT基盤の整備は進んだものの、多くの国民がその成果を実感するまでには至っていないという認識を示している。その上で、ICT利活用の推進に向けた今後の三大重点分野として、①電子政府・電子自治体分野、②医療・健康分野、③教育・人財分野を挙げ、各分野の目標と方策を打ち出している。このうち、③教育・人材分野に含まれる「教育の情報化」に関しては、次のような目標が掲げられている。

1. 客観的な効果測定の下で、子どもの学習意欲や学力を向上させる。

学校での授業において、各教科の特性に応じたデジタル技術の活用を進め、よりわかりやすく、創造的、発展的な双方向の授業を実現し、デジタル技術を活用した教育手法の効果の客観的な測定の下で、子どもの学習意欲や学力を向上させる。

2. 子どもの情報活用能力を向上させる。

情報教育の充実により、子どもの、①情報及び情報手段を主体的に選択し、活用していくための能力、②情報手段の仕組みなどの理解、③情報化の影の部分に対応できる能力・態度を向上させる。

 また、この目標を実現するための方策として、次の5項目が挙げられた。

i. 教員のデジタル活用指導力の向上

ii. 教員のデジタル活用をサポートする体制の整備

iii. 双方向でわかりやすい授業の実現

iv. 情報教育の内容の充実

v. 校務の情報化、家庭・地域との情報連携

 以上に記してきたものが、日本の情報通信技術戦略による主な「教育の情報化」の歩みである。次項では、2010年から策定された「教育の情報化ビジョン」に焦点を当てることで、我が国における「教育の情報化」の実情を見ていくことにする。

第二項:「教育の情報化ビジョン」の目指すもの

 本項では、文部科学省による「教育の情報化ビジョン~21 世紀にふさわしい学びと学校の創造を目指して~」[footnoteRef:19] を要点ごとにまとめることで概観していく。 [19: 文部科学省、「教育の情報化ビジョン~21 世紀にふさわしい学びと学校の創造を目指して~」、2011、http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/04/__icsFiles/afieldfile/2011/04/28/1305484_01_1.pdfより、(2013/8/23取得)]

これまで様々な国家戦略が策定されてきたことは上記の通りであるが、そこで掲げられてきた目標が十分に達成するに至らなかった。それに加え、国際競争力の低下という問題も相まって、今日の我が国では、子どもたちが21 世紀の世界において生きていくための基礎となる力を形成することが求められている。「教育の情報化」は、そうした力を持った子どもたちを育てるための21 世紀にふさわしい学びと学校の創造に取り組んでいくことを可能とするものであるとされている。

また、2011年3月に起こった東日本大震災においては、情報を適切に収集・判断し、発信・伝達することが求められる一方で、多くの学校が避難所等としての役割を果たしていることからも、災害時等に対応した安全・安心な学校の実現が求められている。こうした観点からも、「教育の情報化」の重要性が高まっている。

このような認識や社会の動向を背景とし、文部科学省は2010年8月に「教育の情報化ビジョン骨子」を、また2011年4月に「教育の情報化」に関する総合的な推進方策である「教育の情報化ビジョン~21世紀にふさわしい学びと学校の創造を目指して~」を取りまとめた。

この方策では、「教育の情報化」と題して、次の三つの側面から教育の質向上を目指している。

① 情報教育(子どもたちの情報活用能力の育成)

② 教科指導における情報通信技術の活用(情報通信技術を効果的に活用した、分かりやすく深まる授業の実現等)

③ 校務の情報化(教職員が情報通信技術を活用した情報共有によりきめ細かな指導を行うことや、校務の負担軽減等)

 一つ目の「情報教育(子どもたちの情報活用能力の育成)」に関しては、「情報通信技術を活用することが極めて一般的な社会にあって、学校教育の場において、社会で最低限必要な情報活用能力を確実に身に付けさせて社会に送り出すことは、学校教育の責務である」[footnoteRef:20] とある。これは、日本が国際競争力を維持・強化し、国際社会に貢献するとともに、世界の最前線から国民に豊かな生活を提供する上でも極めて重要なこととされている。 [20: 文部科学省、「教育の情報化ビジョン~21 世紀にふさわしい学びと学校の創造を目指して~」、2011、p.5、http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/04/__icsFiles/afieldfile/2011/04/28/1305484_01_1.pdfより、(2013/8/23取得)]

 二つ目の「教科指導における情報通信技術の活用(情報通信技術を効果的に活用した、分かりやすく深まる授業の実現等)」に関しては、「21世紀にふさわしい学びと学校の創造」の実現に向けて、指導方法を発展・改善し、情報通信技術を効果的に活用していくことが求められている。情報通信技術は重要な技術であるが、あくまでもツールであり、その活用にあたっては、学校種、発達の段階、教科、具体的な活用目的や場面等に十分留意しつつ、学びの充実に資するものでなければならないとされている。

 三つ目の「校務の情報化(教職員が情報通信技術を活用した情報共有によりきめ細かな指導を行うことや、校務の負担軽減等)」に関しては、「学級担任だけでなく全教職員が子どもたちの良いところを見付けて入力・共有して指導に生かす」といった取り組みの事例や、「校務支援システム導入前後を比較した際、教員が直接的に子どもたちの指導を行う時間が1 日当たり30 分以上増加した」といった調査結果から、「校務の情報化」が子どもたちの教育の質の向上や校務負担の軽減に寄与することを示しているとされている。

 また、2020年度に向けて実施を模索している施策について、以下のように公表している。

図表3 2020 年度に向けて実施する主な施策等

【総合的な実証研究等】

・「学びのイノベーション事業」による実証研究(総務省がハード・インフラ・情報通信技術面からの実証研究を行う「フューチャースクール推進事業」と連携)(2011 年度~2013 年度)

→安全安心な環境のもと、子どもたち1 人1 台の情報端末による教育の本格展開の検討

【デジタル教科書・教材の普及促進、情報端末・デジタル機器・ネットワーク環境の整備充実】

・デジタル教科書・教材の教育効果、書籍一般の電子書籍化の動向等を踏まえつつ、教科書・教材の電子書籍化、マルチメディア化について制度改正も含め検討

・校内無線LAN 及び超高速インターネット接続等の環境整備の推進(クラウド・コンピューティング技術の活用等)

【校務支援の充実】

・共有すべき教育情報の項目、データ形式等の標準化を推進

・全ての学校に校務支援システムを普及(クラウド・コンピューティング技術の活用等)

【教員への支援充実】

・教職課程におけるICT 活用指導力の養成、教員研修体制の確立

・教員採用・選考方法の改善

・ICT 支援員の配置推進

【情報活用能力の向上(情報モラル教育を含む)】

・学習指導要領の円滑かつ確実な実施

・情報活用能力向上に関する調査研究等の実施(2011 年度~2012 年度)

・情報活用能力に関する普及・啓発活動の実施(2011 年度~2012 年度)、調査研究を踏まえた更なる普及・啓発活動の実施(2013 年度~)

・情報化に対応した学習指導要領の改訂の検討開始(デジタル版「情報活用ノート(仮称)」

の開発を含む)

【総合的な推進体制】

・一定程度使途を限定した支援措置の検討

・教育の情報化に関する総合的、継続的な調査研究及び推進を行う基盤の確保

・産学官等連携による広範なネットワーク形成、教育の情報化のための社会的機運の醸成

以上において、最新の方策である「教育の情報化ビジョン~21 世紀にふさわしい学びと学校の創造を目指して~」の概要について記してきた。たしかに、一見するとこの方策は的を射ており、「教育の情報化」に関するこれまでの課題を乗り越える施策を打ち出しているように見える。しかしながら、課題である各項目に対しては具体的な打開案を提示しているわけではなく、あくまで2020年度までに「本ビジョンに記載された事項について可能なものは早急に実施することとする」と述べているにすぎないため、具体性・実行性に欠けるのではないか、と筆者は考える。現に、方策の公表から二年以上が経過した2013年になっても目立った施策は講じられておらず、政策実行に関して不透明な部分が多いことに筆者は疑問を感じざるをえない。

第一章:先行研究検討

第一節:現状に対する検討と筆者の見解

 

これまで序章において「教育の情報化」に関する経緯をたどってきた結果、「教育の情報化」を推進するために様々な計画がたてられてきたことがわかった。それでは、実際の教育現場においては、どれほど整備がなされてきたのだろうか。入手可能なものの中で最も新しいデータである「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(平成23年度)」[footnoteRef:21] を用いることで、検討していく。 [21: 文部科学省、「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(平成23年度)」、2012、http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/1323235.htmより抜粋、(2013/8/23取得)]

 ここでは、学校におけるICT環境の整備状況について都道府県別に整理したものを、項目ごとに見ていくことにする。以下では、①教育用コンピュータ一台当たりの児童生徒数、②教員の校務用コンピュータ整備率、③普通教室の校内LAN整備率、④超高速インターネット接続率、⑤電子黒板のある学校の割合、⑥デジタル教科書の整備状況の六項目を扱う。

図表4

図表5

 図表4と図表5を見てみると、教員の校務用のコンピュータ整備率は全国平均値99.2%と大方整備が進んでいるのに対し、教育用コンピュータ一台当たりの児童生徒数は昨年から変わらず6.6人と整備が遅れていることがわかる。

図表6

図表7

 図表6と図表7を見てみると、普通教室の校内LAN整備率が1.3%増、超高速インターネット接続率が4.2%増となっており、通信環境についてはおおむね整備が進んできたが、完備には程遠いと言えるだろう。

図表8

図表9

  図表8と図表9を見てみると、電子黒板のある学校の割合、デジタル教科書の整備状況ともに上昇傾向にあることがわかる。しかしそれと同時に、デジタル化した教材・教具は各都道府県によって整備状況がまちまちであることも見て取れるだろう。

以上において見てきたように、学校におけるICT環境は前進こそ見られるものの、整備されているとは言い難く、また、地域ごとに大きな偏りがあることがわかった。

序章第三節から本節に至るまで、主に文部科学省による資料をもとに、「教育の情報化」に向けた国の取り組みや、「教育の情報化」の実情を記してきた。しかし、これらの資料には経緯や現状が記されているに過ぎず、「教育の情報化」を抑制してきた可能性のある要因については明確に言及されていない。そこで次節では、その要因を挙げている先行研究を検討していくことにする。

第二節:先行研究検討

第一項:メディア教育開発センターによる見解の検討

 2002年にメディア教育開発センター[footnoteRef:22] によって行われた「高等教育機関におけるマルチメディア利用実態調査」では、マルチメディアやITを利用する際の障害について、次のような報告がなされた。 [22: 2009年に廃止。現在は放送大学ICT活用・遠隔教育センターに移管されている。]

図表10 マルチメディアやIT利用の障害(資料[footnoteRef:23] をもとに作成) [23: 文部科学省メディア教育開発センター、「マルチメディア利用の雰囲気・目的・障害(<本文編>高等教育機関におけるマルチメディア利用実態調査(2002年度)、メディアFDとフレキシブルラーニング支援の研究開発)」、『放送大学研究報告49』、2004、p.36]

図表11 マルチメディアやIT利用の障害の割合(資料[footnoteRef:24] をもとに作成) [24: 文部科学省メディア教育開発センター、「マルチメディア利用の雰囲気・目的・障害(<本文編>高等教育機関におけるマルチメディア利用実態調査(2002年度)、メディアFDとフレキシブルラーニング支援の研究開発)」、『放送大学研究報告49』、2004、p.37]

四年制大学

短期大学

高等専門学校

利用による教育効果がない

0.9

0.6

3.6

授業で利用する必要がない

1.8

2

0

学生のメディア活用能力が低い

3.7

3.4

0

教員のメディア活用能力が低い

11.7

11.8

7.3

事務職員が対応できない

12.5

10.4

9.1

活用を評価する仕組みがない

17.1

18.8

12.7

利用できる教材が不足している

18.7

16

27.3

利用の準備に時間がかかる

35.7

28.7

49.1

機器設備の数が不十分

36.6

30.7

43.6

機器設備の維持費用がかかる

45.1

45.2

58.2

支援スタッフが不足している

50.4

45.1

67.3

機器設備の導入費用がかかる

56.7

65.3

72.7

特定の者に負担がかかる

60.7

55.2

92.7

 この調査結果をもとに、メディア教育開発センターは、マルチメディアやITを利用する際の障害として「第1因子は「支援体制」に関わるものであり、「支援スタッフの不足」から「教員のメディア活用能力が低い」までが含まれる。第2因子は「インフラ」に関わるものであり、第3因子は「教育効果」とグルーピングされる」[footnoteRef:25] という分析をくだした。つまり、「支援体制が確立されていないこと」、「インフラが整備されていないこと」、「教育効果への不信感」の三点と言い換えることができるだろう。ここでは、その三点について検討していく。 [25: 同上、p.39]

 まず、一点目の「支援体制が確立されていないこと」については、筆者としても見過ごせない要因の一つだと考えている。坂元[footnoteRef:26] によると、マルチメディア利用の支援センターに類するセンターを設けている大学は55%と半数以上にのぼるが、そこで行われているサービスのうち「マルチメディア機器の利用方法や講習」を積極的に行っている機関は7%、「マルチメディア教材の制作ならびにその支援」を積極的に行っている機関は6%しかないという。しかし、これはたしかに大きな問題ではあったが、「教育の情報化ビジョン」の中で2020年度に向けて実施する主な施策として、①教職課程におけるICT 活用指導力の養成・教員研修体制の確立、②教員採用・選考方法の改善、③ICT 支援員の配置推進、といった教員への支援策が公表された今日においては、主要因と言い切ることは難しいだろう。 [26: 文部科学省メディア教育開発センター、『教育メディア科学―メディア教育を科学する―』、オーム社、2001、p.57]

 次に、二点目の「インフラが整備されていないこと」であるが、経済的なコストの問題に関しては、様々な教育改革を実行していく上では必ず付いて回る問題であろう。ということは、裏を返して言うのであれば、経済的なコストの問題は教育改革を阻む要因として普遍的に付随するものであり、「教育の情報化」を推進する上で問題となる独自の要因であるとは言えないだろう。

最後に、三点目の「教育効果への不信感」に関してだが、筆者としてはこれに対して賛同しかねる。なぜなら、同資料において「マルチメディアやITを利用する目的」[footnoteRef:27] として、「教育の効果をあげるため」、「学生の動機づけを高めるため」といったような項目が上位を占めているからである。 [27: 文部科学省メディア教育開発センター、「マルチメディア利用の雰囲気・目的・障害(<本文編>高等教育機関におけるマルチメディア利用実態調査(2002年度)、メディアFDとフレキシブルラーニング支援の研究開発)」、『放送大学研究報告49』、2004、p.33]

以上においてメディア教育開発センターの見解を検討してきたが、一点目の「支援体制が確立されていないこと」と、二点目の「インフラが整備されていないこと」については、主要因とは言えないにせよ、一因であることには変わりないだろう。そのため、本研究では一点目、二点目の要因を認めた上で、「教育の情報化」を抑制する独自の主要因を探っていくことにする。

第二項:吉田文による見解の検討

 単に「教育の情報化」といっても、実際はその分野は多岐にわたる。枝分かれした中でも、遠隔教育について研究している吉田は、著書において次のように述べている。[footnoteRef:28] [28: 吉田文、「IT先進国に見るデジタル・キャンパスの実態」、バーチャル・ユニバーシティ研究フォーラム発起人、『バーチャル・ユニバーシティ』、アルク、2001、pp.206-221]

「遠隔授業を教室の授業に近づけるだけでは、遠隔授業はいつまでも代替としての意味しか持たない。そうだとすると、教室の授業のオンライン化というのは、わざわざ質の劣るものを生み出す作業にしかならないことになる。」

この一節から読み取れることとは、そもそも授業を遠隔化すること、言い換えれば教育に電子メディアが介入することへの懐疑の念である。それと同時に、電子メディアが教育に導入される意義が問われてこなかったからこそ、「教育の情報化」が推進されないと考える筆者の主張も読みとれるだろう。たしかに、何のために教育を情報化するのか考えることは、「教育の情報化」抑制の要因を考察する上で問われるべき課題であると考えられる。しかし、吉田はこの問題を提起するにとどまっているため、以下において検討していくことにする。

この問題を考える上では、電子メディアの教育への導入のされ方に留意する必要があるだろう。大きく分類すると、電子メディアの教育への導入のされ方には二つの型があると筆者は考える。つまり、「ハード先行型」と「ソフト先行型」の二つである。

筆者の考える「ハード先行型」とは、「新しいメディアが出現・構築されたのちに、教育の分野に応用・活用されていく」といったように、電子メディアなどのハード面が、教育理念や教育制度などのソフト面に対して先行する流れの構図である。この場合、日々進展していく技術の文脈に教育の文脈が組み込まれることとなり、電子メディアに教育が縛られてしまう可能性があるだろう。

一方で、それと対をなす「ソフト先行型」とは、「確固たる教育理念があった上で、その理念を実現させるのに必要なメディアが発見・活用されていく」といったように、教育理念や教育制度などのソフト面が、電子メディアなどのハード面に対して先行する流れの構図である。この場合、教育の文脈を前提として、その中に電子メディアが組み込まれることとなる。

 それでは、我が国における今日までの電子メディアの教育への導入のされ方は、どのようなものだったのだろうか。上記の二つの型に分類した上で捉え直していくことにする。なお、日本における「教育の情報化」の経緯を示した年表である図表2を以下に再掲する。

(再掲) 図表2 日本における「教育の情報化」の経緯(資料[footnoteRef:29] をもとに作成) [29: 村山光博、「教育の情報化はどこまで進んでいるか―教育の情報化に対する国家戦略の策定と今後の課題―」、2010、pp.99-103]

月日

決定事項

決定機関

1999年

12 月19 日

ミレニアム・プロジェクト

(新しい千年紀プロジェクト)

内閣総理大臣

2000年

11 月29 日

高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT 基本法)成立(2001 年1 月6 日施行)

2001年

1 月 6 日

高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部

(IT 戦略本部)を内閣に設置

1 月22 日

e-Japan 戦略

IT 戦略本部

3 月29 日

e-Japan 重点計画

IT 戦略本部

6 月26 日

e-Japan2002 プログラム

IT 戦略本部

2002年

6 月18 日

e-Japan 重点計画-2002

IT 戦略本部

2003年

7 月 2 日

e-Japan 戦略Ⅱ

IT 戦略本部

8 月 8 日

e-Japan 重点計画-2003

IT 戦略本部

2004年

2 月 6 日

戦略Ⅱ加速化パッケージ

IT 戦略本部

5 月11 日

u-Japan 構想発表

総務省

6 月15 日

e-Japan 重点計画-2004

IT 戦略本部

12 月17 日

u-Japan 政策公表

総務省

2005年

2 月24 日

IT 政策パッケージ-2005

IT 戦略本部

2006年

1 月19 日

IT 新改革戦略

IT 戦略本部

7 月26 日

重点計画-2006

IT 戦略本部

9 月 8 日

u-Japan 推進計画2006

総務省

2007年

4 月 5 日

IT 新改革戦略 政策パッケージ

IT 戦略本部

7 月26 日

重点計画-2007

IT 戦略本部

2008年

2 月19 日

IT による地域活性化等緊急プログラム

IT 戦略本部

6 月11 日

IT 政策ロードマップ

IT 戦略本部

8 月20 日

重点計画-2008

IT 戦略本部

2009年

7 月 6 日

i-Japan 戦略2015

IT 戦略本部

2010年

5 月11 日

新たな情報通信技術戦略

IT 戦略本部

8 月26 日

教育の情報化ビジョン(骨子)

文部科学省

2011年

4 月28 日

教育の情報化ビジョン~21世紀にふさわしい学びと学校の創造を目指して~

文部科学省

図表1をもとに日本の「教育の情報化」の経緯をたどっていくと、「ミレニアム・プロジェクト」に始まり、「IT基本法」、「e-Japan戦略」、「IT新改革戦略」、「i-Japan 戦略2015」と、いずれも通信技術の発展を目指した上で、それに付随して教育への応用が目指されていることがわかる。「教育の情報化ビジョン」を取って見ても、国際競争力が問われる中でこれまでの国家戦略が成し遂げられなかった目標を達成するために策定されたものであり、教育の理念や制度を第一に考えているとは言い難い。つまり、日本がたどってきた「教育の情報化」の経緯は、筆者の考える「ハード先行型」であると言えよう。

 「ハード先行型」は、通信技術の発展という点において、教育への電子メディア導入の初期段階には有効だったであろう。しかし、教育が目的であるならば、教育の文脈に電子メディアが組み込まれる「ソフト先行型」を考えなければ本末転倒なのではないだろうか。たしかに、「ソフト先行型」にするにしても、様々な電子メディアを活用することは必要不可欠なことである。だが、第一に考えるべきはソフト面であり、教育の理念や制度自体を問い直すことが必要であることは言うまでもないだろう。

 ここまで持論を展開してきたが、何のために教育を情報化するのか、という問いに対しては明確な言及を避けるものの、「教育の情報化」抑制の要因に関しては、教育の理念や制度に考察の余地があるのではないかと推測できるだろう。

第三項:村山光博による見解の検討

 「教育の情報化」の経緯をたどる際に引用した村山の論文には、結論部分にて次のような一節が述べられている。[footnoteRef:30] なお、重要と思われる部分に下線を引いた。 [30: 村山光博、「教育の情報化はどこまで進んでいるか―教育の情報化に対する国家戦略の策定と今後の課題―」、2010、p.110]

「これまでの日本の国家戦略では、欧米諸国における教育の情報化の状況に比較して後れをとっているという認識の上で、ICT環境整備および教員のICT活用指導力の向上を目指す方針を打ち出してきた。これらの戦略で掲げた目標値はまだ十分に達成されたとは言えないものの、少なくとも全国の公立学校においてはコンピュータおよびネットワークの整備状況は著しく向上してきたことは明らかである。同様に教員のICT活用指導力についても、全国的に着実に向上してきたと言えるが、地域間や学校種での格差が存在していることも事実である。教員のICT活用指導力が生徒の学習理解度にも直接的な影響を及ぼす可能性を考えると、このような格差はできるだけ早期の是正を図っていく必要があると考える。これからの教育の情報化をさらに推進してゆくためには、とりわけ教員のICT活用指導力の向上に重点をおいて取り組んでいくことが重要であり、たとえば校務の情報化を進めることで教員の負担軽減を図るとともに教員のICT活用を支援する事務体制を各学校で構築することなどが有効であると考えられる。」

 村山はこの一節において、コンピュータおよびネットワークの整備状況の向上については認めた上で、「教員のICT活用指導力」が「教育の情報化」への鍵となると主張している。それはつまり、「教員のICT活用指導力」が「教育の情報化」抑制の要因であったことを意味していると捉えられる。

 またそれと同時に、地域間や学校種の違いによって、「教員のICT活用指導力」の格差やそれを支援する事務体制の格差が存在していることを指摘している。それでは、実際にどれほどの格差が存在しているのか、文部科学省による「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(平成23年度)」[footnoteRef:31] をもとに見ていこう。なお、「教員のICT活用指導力」に関するデータは膨大なため割愛し、ここでは教員のICT活用を支援する事務体制に関するデータに焦点を当てる。 [31: 文部科学省、「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(平成23年度)」、2012、http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/1323235.htmより、(2013/8/23取得)]

図表12 ICT活用指導力の各項目に関する研修を受講した教員の割合(都道府県別)

 図表12を見てみると、岩手県の6.3%に対して愛媛県は46.5%と、教員のICT活用を支援する事務体制の中でも、都道府県ごとのICT活用指導力に関する研修の受講状況に大きな格差があることが見て取れるだろう。たしかに、そもそもの研修受講率が低いことも問題ではあるが、日本が一体となって「教育の情報化」に向かうためには、この格差は一刻も早く是正するべきだろう。この点については、筆者は村山と軌を一にする。

 しかし、「教員のICT活用を支援する事務体制を各学校で構築することなどが有効である」という点については、筆者は賛同しかねる。なぜなら、このまま各都道府県や各学校に裁量を任せて事務体制を構築すれば、この差は縮まるどころか拡大していくと考えるからである。それでは、なぜこのような大差が生まれたのだろうか。その原因としては、研修などの事務体制の裁量権が、国ではなく地方や各学校に任されているからではないか、と筆者は考える。国を挙げて通信技術の発展を導いてきたように、国家主導のもとで事務体制を建て直していく必要があるのではないだろうか。

 そのように考えると、「教育の情報化」抑制の要因に関しては、「教員のICT活用指導力」以上に、そのサポート体制のあり方こそが再考しなければならない点であると言えるだろう。

第三節:研究課題の提示

 ここまで第一章では、「教育の情報化」の実状に関する検討と、各先行研究者による「教育の情報化」抑制の要因についての見解に関する検討をおこなってきた。しかし、これらの検討の結果、いずれの見解もこの問題に固有で主となる要因とは言い切れないことがわかった。

しかし、この要因を突き止めることは、日本の教育の発展に寄与する重要な検討課題であり、また喫緊の課題であると言えよう。そこで本研究では、「教育の情報化」を抑制してきた可能性のある要因について、独自の観点から探っていくことにする。以下では、これを本研究における研究課題とした上で、論を進めていくことにする。

次章では、この研究課題に対して筆者の考える仮説を提示し、その検証方法を整理していくことにする。

第二章:研究課題に対する仮説と検証方法の提示

第一節:仮説の提示

 研究課題に対する仮説を提示する前に、まずは改めて前章における先行研究の検討内容を整理していこう。

第一節では、「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(平成23年度)」[footnoteRef:32] を用いて、都道府県別の学校におけるICT環境の整備状況を検討していった。ここでは、学校におけるICT環境の整備状況は前進こそ見られるものの、整備されているとは言い難く、また、都道府県ごとに大きな偏りがあることがわかった。 [32: 文部科学省、「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(平成23年度)」、2012、http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/1323235.htmより、(2013/8/23取得)]

 第二節では、「教育の情報化」を抑制してきた可能性のある要因を指摘した先行研究をそれぞれ検討していった。第一項では、メディア教育開発センターが要因として挙げた「支援体制が確立されていないこと」、「インフラが整備されていないこと」、「教育効果への不信感」の三点を検討していった結果、一点目の「支援体制が確立されていないこと」については、一応は教員への支援策が公表されていることから、そして二点目の「インフラが整備されていないこと」については、「教育の情報化」を推進する上で問題となる独自の要因であるとは言えないことから、これらの要因を認めた上で、いずれも主となる要因ではないとの判断を下した。

 続く第二項では、「電子メディアが教育に導入される意義が問われてこなかったこと」が要因だとする吉田の見解を検討していった。ここでは、電子メディアの教育への導入のされ方を「ハード先行型」と「ソフト先行型」の二つに分類した上で、日本における「教育の情報化」の経緯が「ハード先行型」であることを示し、それが問題であることを指摘してきた。つまり、「教育の情報化」が目的であるならば、教育の文脈に電子メディアが組み込まれる「ソフト先行型」を考えなければならないということである。またそれと同時に、第一に考えてこられなかった教育理念や教育制度などのソフト面について、考察の余地があることを明らかにしてきた。

 そして第三項では、「教員のICT活用指導力の低下」や「教員のICT活用指導力の事務体制」が「教育の情報化」抑制の要因だとする村山の見解を検討していった。ここでは、文部科学省による調査結果[footnoteRef:33] をもとに、都道府県ごとのICT活用指導力に関する研修の受講状況に大きな地域差があることを見ていった。その一方で、筆者は「教員のICT活用を支援する事務体制を各学校で構築することなどが有効である」という村山の見解に対して反対の立場を取ってきた。つまり、このまま各都道府県や各学校に裁量を任せて事務体制を構築すれば、この差は縮まるどころか拡大していくのではないかと指摘した上で、通信技術と同様に国家主導のもとで事務体制を建て直していく必要があるのではないかと主張した。ここから、「教育の情報化」抑制の要因に関しては、「教員のICT活用指導力」以上に、そのサポート体制のあり方こそが再考しなければならない点であることを明らかにしてきた。 [33: 文部科学省、「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(平成23年度)」、2012、http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/1323235.htmより、(2013/8/23取得)]

 ここまでの考察の結果を整理すると、「教育の情報化」抑制の要因を考える上でのキーワードとして、「都道府県ごとの整備状況の偏り」、「確立されていない支援体制」、「教育理念や教育制度などのソフト面」、「教員のICT活用指導力向上に向けたサポート体制」の四点について検討の余地が残されていることが明らかとなった。これら四点のキーワードを検討した結果、筆者の頭には一つの仮説が浮かび上がってきた。それは、「教員に対する国の支援体制が地方分権的であることが、「教育の情報化」抑制の一因である」という仮説である。この仮説を証明するため、次節ではその検証方法を示すことにする。

第二節:検証方法の整理

 以下では、「教員に対する国の支援体制が地方分権的であることが、「教育の情報化」抑制の一因である」という仮説の検証方法を整理していく。なお、ここでは現在構想中の検証方法について概要を述べていく。

 本研究ではこの仮説を検証するために、世界各国の中でも「教育の情報化」が特に推進されているイギリスとの海外比較を用いていく所存である。

次章ではまず、イギリスの教育について概観していく。ここでは、主にイギリスの教育の制度などのソフト面や、教育現場へのサポート体制に重きを置いて書き記していき、イギリスの教員に対する国の支援体制が中央集権的であることを示す。

 次の第四章では、日本とイギリスとの二カ国比較に移っていく。ここではまず、日本の教員に対する国の支援体制が地方分権的であることを示す。その上で、「教育の情報化」を推進するために行っているその他の施策に差異がないことを示す。これらを踏まえた上で、

教員に対する国の支援体制が中央集権的であれば、「教育の情報化」が推進されることを明らかにしていく。

 以上において、現在構想中の検証方法の概要を述べてきた。それでは検証の手始めに、以下においてイギリスの教育を概観していくことにする。

第三章:イギリスにおける「教育の情報化」―構想中―

第一節:イギリスにおける教育の概説

 ひとえにイギリスと言っても、その国が指すのはイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの四地域と幅広い。本研究におけるイギリスは、その大部分を占めるイングランドとした上で筆を進めていくことにする。

 イギリスは日本と同様に、国際社会をたくましく生きる人の育成を目指している。サッチャー政権による教育改革に始まり、今日に至るまでその姿勢は崩されることなく続いている。それでは、以下において三重県教育委員会の調査報告[footnoteRef:34] をもとにイギリスにおける教育の概要を見ていく。 [34: 三重県教育委員会、「平成15年度 英国教育改革調査報告書」、2004、http://www.pref.mie.lg.jp/kyoiku/hp/other/toukei/bm/01/total.pdfより、(2013/8/29取得)]

A) 教育法制度

 現在、イングランドの教育制度の大枠は「1996年教育法(Education Act 1996)」により定められている。この法律は、1994年以降の様々な教育法を統合したものであり、労働党が政権を獲得して直ちに制定した「1998年学校水準・枠組法(School Standards and Framework Act 1998)」によりおよそ半分の条文が削除された現在も、教育制度の基本枠組みとなっている。「1996年教育法」は、初等・中等・継続教育や義務教育、地方教育当局、ナショナル・カリキュラム、特別な教育的ニーズ、私立学校等、基本的な教育制度について定めている。「1998年学校水準・枠組法」は、教育水準向上のための施策(小学校1・2学年の30人学級、教育改善地区(Education Action Zones)、大臣による閉校命令等)の他、公立学校の種類・予算の仕組み、学校への入学手続き等について定めている。

B) 教育機関

 日本の文部科学省にあたる政府の教育部門は教育技能省(Department for Education and Skills:DfES)であるが、教育技能省(DfES)から独立した教育に関わる準政府機関も複数存在している。

1 地方教育当局(LEA:Local Education Authority)

イングランドでは、地方公共団体における教育部局として 150 の地方教育当局(LEA) が存在する。地方教育当局の役割は、「地域における 精神的、道徳的、知的及び身体的発達に貢献するため、地域住民のニーズに沿った 効果的な初等教育、中等教育及び継続教育を保証する」(「1996 年教育法」第13 条)とされている。

2 教育水準監査局(OfSTED:Office for Standards in Education)

地方教育当局(LEA)・公立学校の監査、及び教育技能大臣への助言を大きな役割としており、1992 年に設置されている。教育技能省(DfES)と教育水準監査局(OfSTED)との間では意見交換が頻繁に行われているが、教育水準監査局(OfSTED)の分析や助言については独立性が保たれている。

3 資格カリキュラム機構(QCA:Qualifications and Curriculum Authority)

「1997 年教育法」第21 条により設置され、ナショナル・カリキュラムに関する具体的な業務や、全国テスト・資格テストの水準管理業務などを担っている。

4 教員養成委員会(TTA:Teacher Training Agency)

「1994 年教育法」により設置され、理事13 人(教育技能大臣が任命)及び職員約110 人からなり、教員養成機関の課程認定や評価(教育水準監査局(OfSTED)の監査結果等を基にする)の業務を担っている。この評価は、学生定員・予算配分・課程認定に直接的に反映し、最低の評価を受けると学生定員が半減され、これが2年続くと課程認定そのものが取り消されることにもなる。現在は、教員養成・研修機構(TDA:Training and Development Agency for Schools)と名称を変えている。

C) 学校教育制度

 以下では、文部科学省による学校系統図[footnoteRef:35] をもとに、イギリスの学校教育制度を要点ごとに見ていくことにする。 [35: 文部科学省、「平成25年度版 教育指標の国際比較―イギリスの学校系統図―」、2013、http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/kokusai/__icsFiles/afieldfile/2013/04/10/1332512_04.pdfより、(2013/8/29取得)]

図表13 イギリスの学校系統図

① 初等学校は5歳から11歳までの6年間であり、インファントスクールやジュニアスクールなどからなる。

② 中等学校の前半は11 歳から15 歳(卒業時は16 歳)までの5年間であり、ここまでが義務教育である。主にグラマー・スクールや総合制中等学校(コンプリヘンシブ・スクール)などからなる。

③ 中等教育の後半の16 歳から17 歳までの2年間はシックス・フォーム(「主に大学進学を目指す生徒が学ぶ2年制の教育課程」)となる。日本の高校にあたるものであり、現在セカンダリースクール卒業生の7割以上がこの教育を受けている。

④ これらの公営学校とは別に、伝統的なパブリック・スクールを中心とする私立学校が存在し、初等教育からシックス・フォームまでの段階で、全生徒の7%にあたる55,000 人が在籍する。

⑤ 大学は3年制で、大学による個別試験は基本的には存在せず、A レベルテスト[footnoteRef:36]の結果によって入学配分される。 [36: イギリスの公立大学に入学するための統一試験で、合格すれば全てのイギリスの大学、世界中の大学への入学資格として認められる。]

第二節:「教育の情報化」を支える仕組み

 前節では、イギリスにおける教育の概要を記してきた。本節では、イギリスの「教育の情報化」を支える仕組みについて述べていく。ここでは主に、教育現場へのサポート体制に重きを置いて書き記していき、最終的にはイギリスの教員に対する国の支援体制が中央集権的であることを示していく。

 坂元が「もっとも計画的系統的で、この数年急速に効果を上げつつあり、世界の注目を浴びている」[footnoteRef:37] と述べるように、イギリスのここ数年における教育のICT推進政策は目を見張るものがある。坂元はこのようなイギリスのICT活用教育について、「政府の総合的な政策の下に展開している」[footnoteRef:38] ことを指摘している。これらはつまり、イギリスにおける「教育の情報化」が推進されている要因は、政府機関が支援政策を主導する中央集権的な取り組みにあると言い換えることができるだろう。 [37: 坂元昴、「情報教育の展開と課題(<特集>情報教育の成果と課題)」、『日本教育工学会論文誌30(3)』、2006、p.148] [38: 同上]

 たしかに、前節で紹介した教育機関の中枢である教育技能省(DfES)は、「教育技術を使いこなす」という政府指針の下で次のような6つの優先事項を公示し、積極的な教育のICT化推進を主導している。

A) 全市民への統合的オンライン情報サービス

B) 子どもと学習者への統合的個人用オンライン支援

C) 個人対応学習活動への協調的取り組み

D) 実践者への良質なICT訓練支援パッケージの提供

E) ICT組織運営能力用指導者開発パッケージの提供

F) 変革と改革を支援する共通デジタル環境の提供

 この6つの優先事項の達成を中核目標として、学校教育では「学校ICT戦略」の名の下に、関連機関が強調して取り組んでいるという。さらに学校教育白書では、より質の高い学習を中央から全国に提供するという姿勢を前面に見せている。

 教育内容としては、資格カリキュラム機構(QCA)が全国標準カリキュラムを細かく設定することで学習水準の標準を示し、教育水準監査局(OfSTED)が勅命視学官約250名で学校査察をすることで、教育水準が維持されているかを評価している。

 指導を担当する教員に関することでは、教員養