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英語教育学における 科学的エビデンスとは?

小学校英語教育政策を事例として

寺沢拓敬(てらさわ・たくのり) [email protected]

日本学術振興会特別研究員PD/東京大学社会科学研究所

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2015年8月9日 関東甲信越英語教育学会 帝京科学大学(山梨県上野原市)

要約 2

本発表の目的は、妥当性の高い英語教育政策のために,英語教育学にはいかなる貢献が可能かを論じることである。議論の準拠点として教育政策の分野で近年着実に浸透しているエビデンスベースト(evidence-based)の枠組みを採用する。また,事例として小学校英語教育政策を取り扱う。エビデンスベーストの重要概念であるエビデンス階層を説明し,この基準にしたがって小学校英語の導入に用いられたエビデンスを評価する。その結果,ほとんどのエビデンスは質が低かったことを示す。この点を踏まえ,エビデンスの質を向上させるためにどのようなリサーチデザインが必要かを論じる。

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本発表のベースの論文

• 寺沢拓敬 (2015). 「英語教育学における科学的エビデンスとは?――小学校英語教育政策を事例に」『外国語教育メディア学会(LET)中部支部外国語教育基礎研究部会2014年度報告論集』 pp. 15-30.

• ダウンロード先

http://d.hatena.ne.jp/TerasawaT/20150706/

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エビデンスベースト とは何か

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• EBM: Evidence Based Medicine (根拠に基づいた医療)

• Evidence Based Education Policy (or Evidence Informed EP)

• 政策決定を民主的に!

–権威としての科学的知識

–民主的プロセスのための科学的知識 • 政治家・役人・学者がいわば勘に基き一方的に行っていた政策判断をよりオープンに

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「エビデンス」の意味 注意すべき用法(1)

• 「介入→結果」モデル –特定の介入(例:指導法、カリキュラム)が、被介入者(例:生徒)に何らかの成果(アウトカム)を生じさせるか否かに注目

「客観的であればなんでもよい」というわけではない

いわゆる「数値目標(達成目標)」とは異なる

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「エビデンス」の意味 注意すべき用法(2)

•エビデンス階層 –「介入→結果」の因果的効果がどれだけ信頼できるかが重要

「科学的知識であれば何でもよい」というわけではない

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オックスフォード大学EBMセンターのガイドライン(拙訳) (Oxford Centre for Evidence-based Medicine, 2009)

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1a ランダム化比較実験の系統的レビューで結果に均質性あり、 1b 個々のランダム化比較実験のうち信頼区間の狭い、1c 治療群が全員生存あるいは非治療群が全員死亡

2a コホート研究の系統的レビューで結果に均質性があるもの、2b 個々のコホート研究。質の低いランダム化比較実験も含まれる、2c アウトカム研究,生態学的研究

3a 症例対照研究の系統的レビューで結果に均質性があるもの、3b 個々の症例対照研究

4 一連の症例を集めたもの

5 明確な批判的吟味のない,あるいは,生理学,基礎実験,原理的な議論に基づく専門家の意見

教育政策に関するエビデンス階層(一例)

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1 因果的研究(ランダム化比較実験等)

2 コホート研究(追跡調査等)

3 相関的研究(質問紙調査等の一時点調査)

4 事例を集めたもの

5 上記の調査のうちデザインが不適切なもの;

専門家の意見;現場のデータに基づかない基礎科学

ランダム化比較実験

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画像の出典:中室 (2015), 図表39

コホート研究・追跡研究

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各自の意志で 介入を受けるかどうかを選択

小学校英語の政策決定を エビデンスの観点から 振り返る

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必修化推進の根拠に 使われたエビデンス

A) 狭義のSLA(特に臨界期仮説)、認知科学、 脳科学

B) 早期外国語学習における習得過程の研究

C) 情意面の発達を扱った心理学的研究

D) 研究校等の先行的実践の事例報告

E) 早期英語経験者・非経験者の統計的比較

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信頼度低 5 A 狭義のSLA、認知科学、脳科学

B 外国語習得過程 C 情意面の心理学

政策エビデンス としての信頼度高

A/B/C SLA, 認知科学、脳科学、言語習得過程

• きわめて低いエビデンスレベル

• 「現場」からの距離 –日本の小学校英語の教育現場から遠い

–「介入→効果」の因果モデルではない

–因果効果を直接検証していない

• 高い科学性、低い妥当性 –「科学であること」は「政策的に妥当であること」を必ずしも意味しない

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信頼度低 5 A 狭義のSLA、認知科学、脳科学

B 外国語習得過程 C 情意面の心理学

D’ 事例報告(デザイン劣)

政策エビデンス としての信頼度高

D 研究校等の事例報告(デザイン良)

D. 先行実践の事例報告

• 適切なデザインである限り 質は高くないものの有益なエビデンス

• 適切なデザインでなければ きわめて質の劣るエビデンス –啓蒙(≠質的研究)としての事例報告 (松川, 1997; 2004)

–エビデンス不在でも説得力を持つ「美談」

–報告書は「成果はなかった」と言いづらい

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信頼度低 5 A 狭義のSLA、認知科学、脳科学

B 外国語習得過程 C 情意面の心理学

D’ 事例報告(デザイン劣)

E 早期英語経験者比較(デザイン良)

政策エビデンス としての信頼度高

D 研究校等の事例報告(デザイン良)

E’ 早期英語経験者比較(デザイン劣)

E. 経験者・非経験者の比較

• 適切なデザインである限り 有益なエビデンス

• 適切なデザインでなければ きわめて質の劣るエビデンス –日本児童英語教育学会(JASTEC)による一連の調査を始めとした先行研究の問題点 (cf. 寺沢, 2015, pp. 233-4)

1. 対象者のバイアス、ランダム抽出ではない

2. 終局的(or 長期的)効果を検討していない

3. 交絡因子への対応がなされていない 20

では、どのように 研究すればよいか

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信頼度低

信頼度高 ランダム化比較実験

ランダム抽出による 経験者・非経験者比較

縁故サンプリング等の恣意的な経験・非経験者比較

SLA, 認知科学, 脳科学

抽出バイアスに配慮した 経験者・非経験者比較

23 信頼度低

信頼度高 ランダム化比較実験

ランダム抽出による 経験者・非経験者比較

縁故サンプリング等の恣意的な経験・非経験者比較

抽出バイアスに配慮した 経験者・非経験者比較

コスト大

コスト小

現実的な調査デザイン

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小英の経験(過去)

正規の授業としての 経験がベター

現在の英語力 長期的な成果で あるほどベター

交絡因子 例:保護者の学歴・教育意識、世帯の収入、生育地(都市度等)etc

因果効果

※ 無作為抽出orそれに準じる方法で被調査者を選択

結論

• 小学校英語必修化の根拠に用いられたエビデンスは、きわめて質が低い

• 現実的に見ても質の良いエビデンスを得ることは可能 – 無作為抽出(あるいはそれに準じる方法)

– 交絡因子などの様々なバイアスに対処

– 終局的(あるいは長期的)効果に焦点

• 他のテーマへも通ずる – 「英語は英語で」の効果

– 入試におけるスピーキングテスト導入の波及効果

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引用文献

Oxford Centre for Evidence-based Medicine. (2009). Levels of evidence (March 2009). http://www.cebm.net/oxford-centre-evidence-based-medicine-levels-evidence-march-2009/.

JASTEC言語習得プロジェクトチーム (1991, 1992, 1993). 「学習開始年齢が言語習得に及ぼす影響: II, III, IV 報」『日本児童英語教育学会研究紀要』10, 11, & 12. (ページ略)

JASTEC プロジェクトチーム (1986, 1987, 1988, 1989).「早期英語学習経験者の追跡調査:第 1, 2, 3, 4 報」『日本児童英語教育学会研究紀要』5, 6, 7, & 8. (ページ略)

中室 牧子 (2015). 『「学力」の経済学』 ディスカヴァー・トゥエンティワン

寺沢拓敬 (2015).『「日本人と英語」の社会学:なぜ英語教育論は誤解だらけなのか』研究社.

ヘックマン, J. ジェームズ (古草秀子訳). (2015). 『幼児教育の経済学』東洋経済新報社

松川禮子 (1997).『小学校に英語がやってきた:カリキュラムづくりへの提言』アプリコット.

松川禮子 (2004). 『明日の小学校英語教育を拓く』アプリコット.

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