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Page 1: 第Ⅱ章 5.膠原病内科領域 - procylinprocylin.jp/prostacyclin/prostacyclin_212.pdfはじめに 循環障害は膠原病の最も主要な病態の1つである。代表的な循環障害には,血管炎に伴う

はじめに

循環障害は膠原病の最も主要な病態の1つである。代表的な循環障害には,血管炎に伴う

血流障害による虚血性臓器障害,末梢動脈のスパスムによるレイノー症状,抗リン脂質抗体

に関連する血栓症による梗塞などがある。本稿ではこれらの病態とその治療法について述べ

る。

循環障害を病態とする膠原病

1.血管炎症候群高安動脈炎(大動脈炎症候群),結節性多発動脈炎(PN),Churg-Strauss症候群(アレルギ

ー性肉芽腫性血管炎)などの血管炎症候群は血管壁を炎症反応の場とする症候群で,その臨

床像は冒される血管のレベルや部位によって実に多彩である。多くの分類が提唱されてきた

が,最近は1992年に行われたチャペルヒルカンファレンスでの分類*1がよく用いられる1)。

第Ⅱ章 各科領域におけるプロスタサイクリンの臨床応用 5.膠原病内科領域

膠原病内科領域渥美 達也

北海道大学大学院医学研究科分子病態制御学・第2内科講師

Key words

循環障害,血管炎症候群,強皮症,抗リン脂質抗体症候群,レイノー症状,ベラプロストナトリウム,皮膚潰瘍,壊疽

ワンポイント解説

膠原病に伴う循環障害は,代表的なものに血管炎症候群,レイノー症

状とその基盤の末梢循環障害,抗リン脂質抗体症候群による血栓症など

がある。血管炎症候群は,血管自体の炎症による虚血が原因で臓器不全

をきたす重篤な疾患である。レイノー症状は強皮症などさまざまな膠原

病でみられ,動脈のスパスムが原因である。レイノー症状自体は生命に

かかわる現象ではないが,その基盤となっている末梢循環障害が潰瘍や

壊疽などの難治性の疾患の原因となる。抗リン脂質抗体症候群は自己免

疫性血栓症と捉えられるが,静脈のみでなく動脈にも血栓を起こすこと

が特徴である。いずれの疾患,病態でも,血管内皮細胞の活性化が示さ

れている。内皮細胞は通常は血管内で凝固反応が起こらないようにさま

ざまな機構で抗凝固として働いているが,いったん活性化されると止血

のための機構が作動して,逆に向血栓傾向をもたらす。この調整異常は

血栓や循環障害の原因となる。

膠原病の循環障害の治療は,それぞれの病態に応じて対処しなければ

ならない。すなわち,血管炎症候群の虚血による臓器障害は血管の炎症

が原因なので,炎症を抑える治療が中心である。大量ステロイドとシク

ロホスファミドを必要とする場合が多い。血管拡張剤や血小板凝集抑制

剤は補助療法として用いられる。これに対してレイノー症状に伴う末梢

循環障害には積極的に血管拡張剤・血小板凝集抑制剤を用いるべきで,

プロスタサイクリンの誘導体であるベラプロストナトリウムは循環障害

を改善させる。抗リン脂質抗体症候群は,静脈血栓に対してはワルファ

リンカリウムを用いた抗凝固療法,動脈血栓に対しては抗血小板剤を中

心にした再発予防をすべきである。

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自己免疫疾患に分類されるが,病因は不明である。血管炎の種類によっては抗好中球細胞質

抗体(ANCA)*2が病態に強く関わっていると考えられるようになってきた。炎症による全身

症状と,局所の虚血による臓器症状が病態の基本である。臨床症状は非常に多彩で,各血管

炎ごとに特徴的な症状がある。比較的血管炎症候群に特徴的で頻度も高く,本症を疑うきっ

かけになるものは,①皮膚症状(皮膚潰瘍と網状皮斑),②末梢神経症状(多発性単神経炎),

③腎症状(尿蛋白,腎不全)である。図1に血管炎症候群の1つであるPN患者でみられた重

症の皮膚潰瘍を示す。

2.強皮症とレイノー症状強皮症(SSc)は,皮膚および内臓諸臓器の線維化と小血管病変による循環障害を特徴とす

る原因不明の慢性疾患である。病因は不明であるが,抗セントロメア抗体や抗DNAトポイ

ソメラーゼⅠ(Scl-70)抗体などの特徴的な自己抗体がみられることから自己免疫疾患として

位置付けられている。免疫異常の結果としてなぜ皮膚や臓器の線維化が起こるのかはよくわ

かっていないが,最近はtransforming growth factor β(TGFβ)やconnective tissue growth

factor(CTGF)などの増殖因子としてのサイトカインを中心に研究が行われている2)。皮膚硬

化は四肢の末端から始まり,左右対称性に次第に体幹部へと拡大していく。浮腫期→硬化期

→萎縮期の3段階で進行する。浮腫期では皮膚は浮腫状に腫脹し,硬化期では板状となりつ

まみにくくなる。萎縮期になると皮膚は逆にひ薄化してしまう。顔貌は特徴的で,皮膚硬化

のため仮面様となり,鼻や口がつぼまるため口周に独特の放射状のしわを呈する。舌小帯の

短縮はよくみられる。さらに色素沈着あるいは脱色,毛細血管拡張,皮膚石灰沈着などがみ

られる。

レイノー症状は大多数のSScでみられる。寒冷刺激により手指の動脈が一過性に収縮し,

皮膚の色が蒼白となり,その後青紫色,回復期に充血により紅色となる現象で,疼痛やしび

れ感を伴うことが多い。末梢の小動脈が閉塞した場合,手指末端の小潰瘍や陥凹性瘢痕が認

められる。レイノー症状自体は可逆性のスパスムであるが,レイノー症状を呈する患者,特

にSSc患者では血管壁自体の基質的変化によって常に末梢循環血流が低下しており,深い皮

膚潰瘍を形成したり四肢末端が壊死に陥ったりすることがあり,難治性である(図2)。

3.抗リン脂質抗体症候群抗リン脂質抗体*3症候群(APS)は代表的な獲得性血栓性疾患で,静脈血栓症,動脈血栓症

あるいは妊娠合併症の臨床症状に伴って抗リン脂質抗体が検出される自己免疫疾患である。

APSの臨床所見は多彩であるが,そのほとんどは血栓症とそれによる循環障害が関係して

いる。APS患者の血栓症は再発が非常に多い。その他の原因による血栓傾向(先天性プロテ

インC*4欠損症など)と比べてのAPSの最大の特徴は,静脈のみならず動脈にも血栓を起こす

ことである。すなわちAPSは動脈血栓を起こす唯一の血栓傾向疾患として知られる。しか

もAPSでは脳梗塞,一過性脳虚血発作などの脳血管障害が圧倒的に多く,虚血性心疾患が

比較的少ない。現在では,APSは動脈硬化性病変のリスクファクターのない若年性の閉塞

性脳血管障害の原因として最も重要な疾患と認識されている。脳MRIでは単発性から多発性

までさまざまな病巣が観察され,無症状であっても抗リン脂質抗体陽性の患者には,われわ

れは脳MRIをルーチンに施行して脳血管障害の有無を検索している。その他重要な動脈血栓

症としては,虚血性心疾患のほか,末梢動脈閉塞による皮膚潰瘍,腸間膜動脈血栓症による

急性腹症や虚血性腸炎などが挙げられるが,頻度は高くない。

膠原病と内皮細胞

1.内皮細胞の抗血栓作用生理的な状態では血管内皮細胞の最も重要な働きは,血液が淀みなく流れるのを維持して

いくことである。内皮細胞は血小板や凝固因子と血管内皮下組織とを物理的に隔てて接触で

きないようにし,止血反応が血管内で起こってしまうことを防止している。

一方,内皮細胞は血管拡張作用や血小板凝集抑制作用をもつnitric oxide(NO)やプロスタ

サイクリン(PGI2)を産生して,化学的にも抗血栓作用を発揮している。

凝固反応については,tissue factor pathway inhibitor(TFPI),トロンボモジュリン

(TM),ヘパリン様プロテオグリカンなどの凝固阻止因子を産生する。TFPIは唯一の外因

系凝固反応抑制物質で,活性化第Ⅶ因子/組織因子複合体による第Ⅹ因子の直接的な活性化

を強力に抑制する。TMはトロンビンと複合体をつくり,抗凝固蛋白のプロテインCを補酵

素プロテインSの存在下で活性化して,第Ⅴa因子と第Ⅷa因子を不活化する。ヘパリン様プ

ロテオグリカンはアンチトロンビンに結合し,第Ⅹa因子やトロンビン活性を抑制して抗血

栓作用を発揮する。

さらに,内皮細胞は線溶活性を担うプラスミノーゲンアクチベータ(tPA)を産生し,血漿

中のプラスミノーゲンを活性型であるプラスミンに変換させる。プラスミンはフィブリンを

溶解して血栓症の成立を抑制する。

図1 PNでみられた下腿潰瘍病理では潰瘍周辺からフィブリノイド壊死と内

弾性板の断裂,炎症性細胞浸潤を伴った全層性

血管炎がみられた。

図2 足趾が壊疽に陥った強皮症(CREST症候群)の例治療に抵抗性で,最終的に切断となった。

第Ⅱ章 各科領域におけるプロスタサイクリンの臨床応用 5.膠原病内科領域

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2.内皮細胞の活性化と向血栓作用ところが,なんらかの理由で内皮細胞が活性化すると,内皮細胞機能は逆に向血栓傾向と

なる。一連の反応は出血という非常事態に備える生理的な止血機構であるが,この調整に障

害があれば血管内血栓や血流障害の原因となる。内皮細胞が活性化されるとフォンウィルブ

ランド因子(vWF)が産生され,血小板のGPⅠbレセプターを介した血管内皮下組織への粘

着能を増強する。また,エンドセリン-1は内皮細胞由来収縮因子と呼ばれ,内皮細胞から産

生されて血管弾性を亢進させ血管平滑筋の緊張を高める。Intracellular adhesion molecule-1

(ICAM-1),vascular cell adhesion molecule-1(VCAM-1),E-セレクチンは,活性化した内

皮細胞上に出現する接着因子であり,内皮細胞と白血球の接着を促して,炎症や組織障害を

促進する。

3.膠原病と内皮細胞の活性化In vivoでの内皮細胞活性化は,血漿vWF値,thrombin generation/fibrinolytic turnoverのマーカー(プロトロンビンF1+2*5,D-ダイマー,PIC,TAT,その他)などで評価可能で

ある。循環障害を主症状とする前述の膠原病では,いずれも内皮細胞活性化が報告されてい

る。血管自体が炎症の場となっている血管炎症候群はいうまでもなく3),SSc4)5),APS6)7)で

も明らかにこれらのマーカーの上昇がみられる。血管炎症候群とSScでは内皮細胞活性化が

疾患の原因であるか結果であるか明らかでないが,APSでは抗リン脂質抗体が内皮細胞表

面に発現した陰性リン脂質に結合した対応抗原(リン脂質結合タンパクであるβ2グリコプロ

テインⅠ*6やプロトロンビン*7)を認識して内皮細胞を活性化させるエビデンスが多く得ら

れている8)。

血流改善を目的とした治療

1.血管炎症候群の治療血管炎症候群の血流障害は炎症によるものであり,優先させる治療は炎症の鎮静化であ

る。したがって,通常は強力な抗炎症,抗免疫療法が必要である。重症の臓器障害を呈した

場合は,プレドニゾロン60mg/日以上のステロイド剤,シクロホスファミドを中心とした免

疫抑制剤が使用されることが多い。特にシクロホスファミドが使用されるようになってか

ら,古典的PNやWegener肉芽腫症の予後は数段改善した8)。

これらの治療に加えて,リポ化PGE1製剤,プロスタサイクリン誘導体,血小板凝集抑制

剤,あるいは抗凝固剤などが補助療法として投与され,臓器障害や皮膚潰瘍の早期改善に貢

献していると考えられる。

2.レイノー症状を呈する患者の治療レイノー症状がほぼ必発であるSScと混合性結合織病(MCTD)を代表として,全身性エリ

テマトーデス(SLE)やシェーグレン症候群などの膠原病関連疾患では高率にレイノー症状が

認められる。膠原病のレイノー症状は,器質的な血管障害を基盤として,寒冷や精神的スト

レスを引き金として起こるvasospastic reactionである。レイノー症状自体は生命予後に直接

関連するものではないが,その基盤にある血管の器質的障害は指尖潰瘍や指切断など重症の

虚血性病変をきたしうるため治療の対象となる。

厚生省研究班の全国調査10)によれば,レイノー症状をもつ膠原病患者に動脈造影を行った

ところ,39%に明らかな器質的病変が指摘され,これは膠原病を基礎疾患としないレイノー

病患者のそれの14%に比べて高率であった。指尖潰瘍と指切断の頻度も膠原病のレイノー病

患者ではそれぞれ58%,8%であり,膠原病を基礎疾患としないレイノー病患者の25%,1%

より明らかに高く,血管造影の結果と相関しているといえる。したがって,レイノー症状を

伴う膠原病患者には末梢循環障害を改善させる治療を積極的に行うべきである。レイノー症

状の発生頻度は薬剤では通常あまり変化がないが,基盤にある循環障害の改善が治療の目的

である。

レイノー症状をもつ患者の血流障害は炎症そのものに起因するものではないので,通常,

ステロイド剤や免疫抑制剤は投与の対象とならない。われわれ11)は,強力な血小板凝集抑制

作用と末梢血管拡張作用をもつプロスタサイクリンの誘導体であるベラプロストナトリウム

(以下,ベラプロスト)をレイノー症状を呈する膠原病患者に投与し,冷水負荷後の手指温回

復をサーモグラフィーを用いて客観的に評価して,ベラプロストの投与の意義を検討した。

レイノー症状を自覚する膠原病患者15例(SSc5例,原発性シェーグレン症候群7例,

MCTD1例,その他2例)に対して,60~120μg/日のベラプロストを6~12週投与して,冷

水負荷試験を行って投与前と比較した。図3にサーモグラフィーの写真を示す。一見して冷

水負荷後手指温上昇の改善がわかる。冷水負荷前後の両側Ⅱ-Ⅳ指の遠位指尖(爪床)部の平

均温度をベラプロスト投与前後で比較した(図4)。負荷前あるいは負荷後のどの時間でも,

ベラプロスト投与後の平均指尖温度が投与前に比べて高かった。どの症例でも冷水負荷時に

レイノー症状は起こらなかった。このことは,ベラプロストがレイノー症状を自覚する膠原

病患者の基盤に存在する末梢循環障害を改善することを示している。

3.APSの血栓症の治療抗リン脂質抗体が偶然陽性であって血栓症の既往がない場合の治療方針は不明である。わ

れわれは抗カルジオリピン抗体測定が可能となった1986年に陽性と判断された患者の10年間

の経過を調べたところ,1986年の時点でAPSの症状がなくとも1995年までに52%がAPSを

発症していた。ほとんどの患者はアスピリン(75mg/日)を使用しており,アスピリンがpro-

phylaxisの治療として不十分なことを示している12)。Low intensityのワルファリンカリウム

(以下,ワルファリン)による抗凝固療法が静脈血栓予防に有効かどうか,現在インターナシ

ョナルなトライアルが行われているので,その結果を待ちたい。

急性期の動・静脈血栓症に対しては,線溶療法やヘパリン療法など一般の救急処置が行わ

れる。APSに特別な治療法はない。

再発予防がAPSの治療で最も重要である。動脈血栓で発症したAPS患者は動脈血栓を再

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dbc e

a 25

負荷前�負荷後�1分� 5分� 10分� 15分�

30

35 **�

(℃)�ベラプロスト投与前�ベラプロスト投与後�

**�

**�

**�**�

両側Ⅱ-Ⅳ指遠位指尖部温度�

mean ± SD�**p<0.01

発し,静脈血栓で発症すれば再発も静脈血栓が圧倒的に多いが,両者の合併例もみられる。

APSのthrombophiliaという観点から,抗凝固療法すなわちワルファリン療法が以前から行

われていた。Khamashtaら13)は147例のAPS患者をretrospectiveに解析し,血栓症再発予防

にはアスピリン単独では不十分で,とりわけ動脈血栓症に対してはINR(International nor-

malized ratio)3.0以上の強力な抗凝固療法が必要であるとした。しかし彼らの集計では,出

血合併症が実に患者の2割にみられている。われわれはこのレベルでの抗凝固療法は危険が

高く,適切でないとの判断から,静脈血栓症の患者に対しては他の血栓傾向患者と同様に

INR約2.0を目標にワルファリンを投与している。

一方,動脈血栓症の患者に対しては,ワルファリンよりもむしろ抗血小板剤を積極的に使

用している。動脈血栓は動脈硬化やスパスムのような血管壁の変化によるずり応力によって

血小板が粘着,凝集,活性化するところに発症のきっかけがある。低量アスピリン(81~100

mg/日)は副作用もなく第一選択であるが効果は不十分なので,通常強力な血小板凝集抑制

剤であるチクロピジン*8100~200mg/日,血小板凝集抑制機能に血管拡張機能を併せもつ,

前述したベラプロスト60~120μg/日,シロスタゾール200mg/日,サルポグレラート300mg/

日のいずれかを併用する。ワルファリンは動・静脈両者に血栓がある場合,弁膜症のある場

合,あるいはトロンビン生成/線溶活性化のマーカー(TAT,PIC,D-ダイマー,プロトロ

ンビンF1+2など)の平常時での上昇があれば併用している。ただしINRは1.5~2.0にとどめ

ている。

抗血小板療法については,欧米に比べてわが国が進んでいる印象を受ける。APSの動脈

血栓再発予防にこれらの抗血小板剤が実際に有効かどうかは,今後わが国が中心となってエ

図4 冷水負荷前後の両側Ⅱ-Ⅳ指の遠位指尖(爪床)部の平均温度

渥美達也,他:日臨免疫会誌 16:409-414, 1993

より転載。

図3 冷水負荷試験による手指温の変化4枚組写真の左上が冷水負荷前,左下が冷水負荷(15℃,30秒間)後5分,右上10分,右下15分であ

る。a)健常人,b)SSc例のベラプロスト投与前,c)b例の投与後,d)原発性シェーグレン症候群例の

ベラプロスト投与前,e)d例の投与後。渥美達也,他:日臨免疫会誌 16:409-414, 1993より転載。

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ビデンスを固めていく必要がある。

4.内皮細胞をターゲットとした治療ミラノのMeroniは,抗リン脂質抗体と血管内皮の研究を継続している。特に彼らがはじ

めて示した「抗β2グリコプロテインⅠ抗体が培養内皮細胞を刺激して接着因子などの発現を

促す」ことは,APSの血栓形成機序として最も可能性の高いものの1つと考えられる14)。彼

らは,その内皮細胞の活性化はスタチンの存在下では抑制されることを示した15)。彼らが実

験に使用したのはフルバスタチンであるが,他のスタチンでも同様の作用があることが示さ

れ,現在ヨーロッパを中心に臨床検討が行われている。内皮細胞活性化の鎮静化は,ほかの

病態にも有効である可能性がある。

また,Amesら16)は,内皮細胞の活性化や動脈硬化には「酸化」というイベントが重要で

あるとして,APS患者に抗酸化剤としてプロブコールを投与して血栓傾向/内皮細胞活性化

マーカーが鎮静化することを観察した。

外因系凝固反応は内皮細胞または単球からの組織因子の発現により開始される。ノースカ

ロライナのRoubeyのグループは,この組織因子発現は血小板凝集抑制剤であるジラゼプに

より抑制されることを示した17)。

このほか,前述したベラプロストにも少なくともin vitroでは内皮細胞障害によるTM発現

低下を直接抑制する機能などの「内皮保護作用」が示されており,ベラプロストの抗血小板

作用に加えて内皮機能の面からみてもAPSの治療効果が期待できる。

これらの薬剤は安全かつ容易に使用可能であり,エビデンスはまだないものの抗凝固療法

や抗血小板療法に加えて有用な治療法かもしれない。

文 献

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197711)渥美達也,藤咲淳,小椋庸隆,他:レイノー症状を呈する膠原病患者へのberaprost sodiumの

投与―サーモグラフィーを用いた冷水負荷試験による検討―.日臨免疫会誌 16:409-414, 199312)Shah NM, Khamashta MA, Atsumi T, et al:Outcome of patients with anticardiolipin antibod-

*1血管炎症候群の分類血管炎症候群のチャペルヒル分類は障害を受ける血管のサイズにより血管炎を大きく3つに分類したことに特徴があり,理解しやすくなっている。*2抗好中球細胞質抗体(ANCA)Wegener肉芽腫症のPR3-ANCA,顕微鏡的多発血管炎のMPO-ANCAは疾患のマーカーとして重要である。*3抗リン脂質抗体APSでみられる抗リン脂質抗体は,対応抗原はその名に反してリン脂質ではなくてリン脂質

結合蛋白であることがわかっている。*4プロテインCビタミンK依存性の主要な抗凝固蛋白で,トロンビン/トロンボモジュリンによって活性化されるので,トロンビンの「逆説的」抗凝固作用を担う。*5プロトロンビンF1+2プロトロンビンが活性化するとトロンビンとF1+2に分離する。すなわち血漿F1+2濃度はthrombin generationそのものを反映する。*6β2グリコプロテインⅠ陰性荷電物質に結合し,陰性リン脂質依存性の

凝固反応を多様に抑制する分子である。抗カルジオリピン抗体の真の対応抗原として注目された。*7プロトロンビン代表的なリン脂質結合蛋白で,プロトロンビンに対する自己抗体はループスアンチコアグラントの責任抗体の1つである。*8チクロピジン血管拡張作用がないので他の抗血小板剤に比べて末梢循環障害に伴う自覚症状の改善効果はやや劣るが,血小板凝集抑制効果はきわめて強く,抗血栓作用については有用度が高い。

用語解説

� 関連用語

血小板凝集抑制作用 → 45p

血流改善 → 60p

血管拡張作用 → 62p

血管内皮保護作用 → 64p

皮膚潰瘍 → 253p

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