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北海道立工業技術センター研究報告№15(2018)

要      旨

 海藻に含まれるフコイダンは、その機能性が注目される食物繊維であるが、このフコイダンの含有量を正しく知る方法は、現在のところ優れた方法がない。HPLCなどの高精度な分離分析法は、抽出物として精製した状態にある試料にのみ適用が可能である。ここでは、フコイダンを液体クロマトグラフィーで分析するときの課題を解説したのち、機器分析ではなくCPCイオン会合やアルシアン青染色などの実施例をあげ、フコイダンを定量することの難しさを示した。食品中にあるフコイダンの正しい値を知ることはフコイダンの機能性を活用した製品の品質管理上必要であるから、この定量法の課題を解決するには、機器分析以外の視点が必要で、生化学的な昆布の代謝研究によって得られる化学構造の説明が望まれるとしている。

フコイダンの定量法における分析技術が持つ

課題の考察

Consideration of problems of analytical technique

in Fucoidan quantification method

青木 央

Hiroshi Aoki

1.はじめに 褐藻類ヒバマタからの抽出物として発見の歴史のあるフコイダンは、食物繊維の一種で、L-フコースと呼ばれる単糖を主な構成成分とする多糖類の総称である。α-1-3結合による主鎖が構成されている。構成糖としてはフコース以外にD-グルクロン酸、D-ガラクトース、D-マンノースなどを構成糖として含むとされる。しかも硫酸基が糖の水酸基とエステル結合をしているので、硫酸化多糖類である。 フコイダンを含む海藻には、ガゴメ、モズクなどが一般市場に流通しており、生理作用への機能性が注目されている。このフコイダンは、カードラン硫酸やコンドロイチン硫酸などの硫酸化多糖類が示す多くの機能性を共有しているが、フコイダンに特有の化学構造に由来する機能性もある。フコイダンについては、大集成された文献1)がある。 フコイダンはその化学構造の複雑な特徴のために、含有量を定量する方法に大きな課題を抱えて

おり、そのことが、機能性に注目した食品添加物や医療用素材などの付加価値の高い高度利用の障害になっていると思われる。フコイダンの定量方法として、これまでは、糖分析としては比較的一般的で、常法となる加水分解によって生じるフコースの量をもって定量値の代替値とする方法。HPLC装置により示差屈折計を用いてプルランとして定量する方法。一定の条件により得られた粗抽出液をアルコールにより沈澱として回収した重量を計量することで分析値とする方法などがあった。しかし、これらの方法が示す定量値は、フコイダンの化学構造の特徴とは全く異なる意味を持っているので、分析値の解釈は十分な注意が必要であった。 2017年になって日本健康栄養食品協会が分析方法の指針を示したが、活用には十分な注意が必要な状況にあると思われる。詳しくは本文後段(3.5)に注解したい。 ここでの分析値のスペックは、フコイダン含有

責任著者連絡先(Hiroshi Aoki):[email protected]

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量が数%の濃度表示にあって、有効数字が小数点以下1桁、含有量が0.1g/100gの検出限界を想定して議論を進めている。本研究中にはイオン会合による方法、染色による定量法の実施例を示し、定量分析方法の技術的な課題を示す。これらの化学的な分析技術の課題から、分析値の定量性の根拠をフコイダンの生化学的合成のメカニズムに求めることを提案する。生化学的に出現すると考えられるフコイダンの化学構造の特徴から、見なし係数を設定することを提案したい。

1.1 分離カラムと検出器の相性 分離分析による定量技術としては精度の高い液体クロマトグラフィーを活用したい。しかし、実際は、フコイダンのような強イオン性高分子材料を分離して、検出するというシステムは困難を極める。 液体クロマトグラフィーの基本は固定相の分離カラムと移動相の溶離液の組み合わせ、そして分離成分の検出方法からなる。液体クロマトグラフィーで、利用している分離原理は主に物理化学的表現を使うと「吸着」「分配」「サイズ排除」の3つが基本となる。 また分離成分の検出には「紫外可視光吸収(UV/VIS)」「屈折率(IR)」「質量荷電比(m/z)」「電

気伝導度(mS/m)」の変化を捉えるのが一般的である。 「吸着」の原理によりフコイダンを分離する方法のひとつには、陰イオン交換力を利用する方法がある。フコイダンの持つ硫酸基はフコースとエステル結合しているので、フコイダンそのものは陽イオン交換力があるためである。通常、イオン交換による分離では移動相に電解質の濃度勾配を利用する。移動相の例えば食塩濃度を緩やかに変更する。そのため、検出にIRやmS/mはベースラインの変動を招き、満足できる感度を得られるように補正する上手な方法がない。また210nmのUV吸収ではノイズが大きく、m/zではイオン化に障害が起こるので利用できないという事情が顕在する。そこで、溶離液を時間ごとに分画して各硫酸法2)などで比色定量することがある。しかし、この方法は条件設定が難しく研究用の手法であって、出発物質である試験品の含有量としての分析値を求める実用的な方法には向いていない。 「分配」の原理によるのであれば、固定相はODS系カラムでアセトニトリル溶液の移動相がよく利用されるが、このシリカゲルを担体にして炭素鎖(ODSはC18のとき)の表面処理をしたカラムの全ては、フコイダンのような強酸性高分子のようなものとは化学構造的に相性がない。その

表1 フコイダン含有量の滴定による分析の例

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ため、RI, m/z, mS/m などが基本的に適合するこの分配系(逆相)のカラムが使えない。フコイダンは強極性物質であり、非極性との接点がないといえる。担体にアミド系の処理を施した順相の場合は、単糖、二糖類、それと糖アルコールに実績があるが、高分子のフコイダンには適用が難しい。 「サイズ排除」の原理によれば、フコイダンが高分子であることを利用して、カラム充填剤の多孔性材料の分画分子量をうまく選ぶことで分離が可能である。精製された試料であればよいが、食品一般としてみるとデンプンや食品添加材の増粘多糖類などが入いった加工食品は、分離分析を妨害する結果となる。精製試料に対しては、RI とmS/m は適用が可能(図2参照)と見られる。 m/zは定性分析のみに利用可能である。以上の事情により、一般食品に含まれるフコイダンの分析を考える場合には、液体クロマトグラフィーのような機器分析で精度良く分析する方法が現在は無いに等しい。 著者が実際に試していないものにはパスルアンペドメトリー(PAD)法がある。PADは、イオンクロマトグラフィーに用いられる検出と同じく電気伝導度の変化を分析に利用する、特徴は電極と溶離液の界面で起きる分析障害を間歇通電により解消したことで、オリゴ糖の分析では実績がある。蒸留水を用いるサイズ排除クロマトグラフでは使えそうだが、フコイダンの分析における狭雑多糖類への課題があるカラムの基本的な事情と、イオンクロマトグラフィーで用いられている交流多重電極法による電気伝導度検出との同じ課題を共有すると見ている。また、キャピラリー電気泳動法があるが、キャピラリー電気泳動は、細管の中を流れる高分子の流体力学的問題があって、DNA配列の高速分析とは全く事情が異なると思っている。しかし、将来的には新技術としての発展が期待できるかもしれない。

1.2 クロマトグラフィーよらない分析 フコイダンの定量分析値として、現在、表示に利用されているのは、抽出した固形物の乾燥重量を含有量としている場合である。この表示は製造者の責任によってのみ可能となるが、分析化学的には意味がある値となっていないと思われる。フコイダンの抽出物は、特に粗フコイダンについて

は、西出らの文献3)を基本に酸性溶液によりに調製可能であるが、この抽出物の量をフコイダンの含有量とすることは、抽出率(もしくは収量)と純度ファクターという補正が計算されないので、分析値として採用できない。 著者は、昆布の乾燥品からサイホン式により定量値を得る方法を詳解4)しているが、残念なことに一般食品に適用するまでに至っていない。 その他には、フコイダンが4級アンモニウム塩と複合塩をつくるという化学構造上の特異的な性質を利用し沈降物から定量値を得たとする場合も、フコイダンと4級アンモニウム塩の会合比率、また、フコイダンを4級アンモニウム塩から脱着したとして脱着率とカウンターイオン(塩の形成)の補正をどうしているのか詳細が不明である。 この研究では、以上の事情を踏まえて、まず、このフコイダン-CPC複合塩の形成の特徴を述べる。そのあとこの会合体の特徴をつかんで、比色定量法を試み、分析値を求めることを検討した。その中で滴定する方法をも試行している。フコイダンに対して過剰となる定量の塩化セチルピリジウム(CPC)を反応させて、フコイダン複合体の沈殿物を除去し、上清に残ったCPCを酒井らが考案5)したテトラブロモフェノールフタレンエチルエステルを指示薬とするイオン会合滴定によって定量することも試行した。また、染色法によるプレカラム定量法、染色脱着による比色定量法を検討し、分析値を求めた。そして、それぞれ手法における定量性について、化学的な特性を考察し、フコイダンの定量分析の考察を経て、課題解決のための今後の研究の方向性について提言したい。

2.方法2.1 フコイダンの調製 ガゴメ由来のフコイダンは、函館市小安沿岸

(北海道)より採取されたガゴメの風乾した葉体より抽出した。クロスビータミル(スリット刃目2mm規格)で粉砕したガゴメ5~15gを、電熱式ガラスサイホン(コーヒー用、容量500ml)を用いて、3ml酢酸を含む70%エタノール500mlにより抽出を行った4)。このエタノール抽出液は廃棄し、0.65g塩化カルシウム2水和物を含む500mlのイオン交換水で再度1分間沸騰、抽出を行った。この研究で使用したガゴメ粉砕物は、含

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有量の比較を可能とするため同一のストックから出発して実施している。

2.2 フコイダンのHPLCによる分析 フコイダン濃度は、HPLC装置(CCPD-8000シリーズ,東ソー製)を用いて、プルラン(WAKO、生化学用 163-11811)を標準物質として定量した。分離カラムはTSK-GEL G5000PW(7.5mmφ×300mm,東ソー)を用い、移動相は蒸留水、流量は1.0ml/minとし、示差屈折計(RID-6A、島津製作所製)、紫外可視検出器(SPD-20A、島津製作所製)を使用した。

2.3 フコイダンのCPC沈殿形成 沈殿物を回収計量する場合は、50mlキャップ付き尖頭遠心管(樹脂製)に、フコイダン抽出液20ml を全容ピペットで採取し、これに、所定の塩化セチルピリジウム(CPC)溶液を加え、さらに5%エタノール溶液を加えて、混合全量を45ml とした。一晩放置し、多本架遠心分離

(3000rpm,10min)で沈殿をペレットにし、上清を廃棄、回収量を凍結乾燥して後、計量し求めた。一方、上清を滴定用の試料とする場合は、50ml全量フラスコにフコイダン抽出液とCPC溶液を混合し、一晩放置後、50mlに定量し、その後、50mlキャップ付き尖頭遠心管(樹脂製)に移し替え、同様に遠心分離(3000rpm,10min)して、上清を得た。

2.4 滴定操作 酒井らが開示する標準操作5)に準じて、遠心分離した上清5mlを全量ピペットで、100mlコニカルビーカに採取し、5ml緩衝液、5ml 1,2-ジクロロエタンを添加し、指示薬のTBPEKを滴下、テトラフェニルホウ酸ナトリウム標準液で常法により滴定した。

2.5 滴定法の試薬 塩化セチルピリジウム溶液:塩化セチルピリジ ウ ム(C21H38ClN・H2O(MW 358.01) Rona Care CPC メルク社製 Cat1.02340.0100) 2gを秤量し、25mlのエタノールで溶解したのち、蒸留水で500ml全量フラスコに定量した。 緩衝液: 0.3M リン酸2水素Naと0.1M 四ホウ酸

Naを等量混合し、NaOHにてpH8.5に調製した。 指示薬:テトラブロモフェノールフタレインエチルエステルカリウム(TBPEK)(WAKO製No195-16891)を14mgエタノールに溶解し、10mlとした。 1,2-ジクロロエタンはWAKO製 No.058-00866 99.5%を用いた。 テトラフェニルホウ酸ナトリウム標準液: 0.342gテトラフェニルホウ酸ナトリウム(WAKO製 No.195-16891)を200ml全量フラスコに溶解し、5mMの滴定標準液とした。

2.6 染色法の試薬  ア ル シ ア ン 青 は、 ア ル シ ア ン ブ ル ー8GX

(CAS 33864-99-2 SIGMA-ALDRICH 社 製 A5268 MW1298.86)を用いた。この試薬の色素含有量は45-65%にある。水溶性の色素で、吸光度は615nmに吸収極大がある。

2.7 AB溶液の調製 0.3gアルシアンブルー8GXに濃塩酸1.25mlを加え、さらにリン酸2水素Na2水和物0.53gを加えて全量を30mlに定容する。その後、75mmφナルゲンフィルターユニット(0.2μm、No.595-3320)でろ過した。

2.8 染色法によるプレカラム定量法 AB溶液を2の乗数で限界希釈溶液系列を8本調製する。n=8のとき1/256の希釈になる。フコイダン濃度6mg/mlのPBS(-)水溶液1mlに対して0.2mlの希釈系列AB溶液を加えて染色し、これに2mlのエタノール(99.5%)を加えてフコイダンを沈殿させる。沈殿を遠心分離(3000rpm×10min)したのち、3mlのダルベッコのPBS(-)

(SIGMA-ALDRICH 社 製 D8537) に 溶 解 し メ ンブ レ ン フ ィ ル タ ー (MILEX-HA, 0.45um, MCF, 33mmΦ)でろ過する。ろ液は2.2の方法でHPLC分析した。検出器の波長は615nm。

2.9 染色脱着法による定量法 ワッセルマン試験管にガゴメ抽出液と標準液を適宜希釈した1mlを採取し、AB溶液0.4mlを添加し、30分間、室温に放置する。5mlの蒸留水を加えたのち、遠心分離(3000rpm、10分間)を

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行い、上清を捨て染色沈澱を回収する。沈澱に10mM EDTA2Naを含む4mg/ml CPC溶液5mlを加えて攪拌し、0.5h放置し、その後遠心分離操作(3000rpm、10分間)をおこなって上清0.5mlを採取する。再び振とう攪拌を行い、1.0h、1.5hの規定時間ごとに同様の操作を繰り返し、染色液を得る採取された0.5mlの上清には5.0mlの蒸留水を加えて5.5mlとして、光長1cmの角セルでABS(615nm)を測定する。 フコイダン含有量を求める検査対象のガゴメ抽出液は、フコイダン含有量を4%と見なしてフコイダン濃度が0.5mg/ml付近となるよう適宜希釈して分析試料とした。 フコイダンの標準液は、サイホン式抽出液を透析してカウンターイオンを調製したPBS中にある水溶液である。濃度は2.2と同様の方法でプルラン相当の濃度に規定している。

3.結果と考察3.1 CPCとガゴメフコイダンの複合塩の形成 2.1の方法で調整した5、 10、 15gのフコイダンの抽出液に2gの食塩を加えて500mlに定量した。この抽出液20mlに対して2g/l塩化セチルピリジウム-5%エタノール溶液を加え5%エタノールを加えて全量45mlに統一したときの沈殿物の回収量は図1に示したとおりである。 CPCが十分過剰にあるとフコイダンの回収量は定常状態に達したと思えるような定値をしめす。このとき回収量は29.39mg (5g)、 59.88mg (10g)、

80.16mg (15g)となり、傾きは、5.88mg/g、5.99mg/g、5.34mg/gと非線形に変化することから、サンプル量に対する回収量の比例関係が維持されているとはいえなかった。CPCの添加回収により定量値を得るという方法には、おそらくは、化学平衡に由来すると見られる問題が潜在するので、適用できる濃度の範囲については十分な留意をした上で実行しなくてはいけないことが判る。3.2に後述するが、フコイダンとCPCの結合比率が不明で、補正の問題も内在する。

3.2 滴定法による定量法 3.1のように抽出液にCPC溶液を過剰になるまで加え、複合体を沈降させて、回収量からフコイダン量を求めようとすると、必要なCPC溶液の最低量を予め知っておく必要があるうえに、沈澱形成をさせた溶液の最終的な成分濃度の組成関係が不明瞭になり、定値を得ることは難しいと判断される。そこで、この不具合を改善するため、定まった抽出液を定まった量のCPC液と混合することで、イオンの平衡を恒常化し、残留するCPC(未反応分)を定量することによってフコイダン量を求める方法2.3 後段を試行した。 この方法では、遠心分離により得られる上清を滴定試料とし、2.4にある酒井らの方法によりCPCの量を求め、消費されたCPC値を得ることで、フコイダンの量を定量した。その結果は表1に示した。フコイダンの粉末試料15gから2.1のサイホン式で調製した抽出液に対して、図1で示された十分過剰なCPC溶液の添加15,20,25mlの3区分に対して、沈澱を形成しなかったCPCの量を滴定で求めている。 この方法によれば、未反応のCPCの量の滴定は可能で、その結果得られたCPCの消費量は精度よく定量できる。実験操作上の利点は、乾燥物の計量や沈澱回収の操作での偶然誤差を回避できる。しかし、平衡状態にあると思われるCPCとフコイダンにも、実際に分析値を求めると定値とはなっていない。表1の7項の結果によれば、平均値は3.98%であるが、試験区分間で0.46%の差異がある。結局、会合における化学平衡の問題は回避できないと判断される。 表1内ではフコイダンとCPCの会合率については、単純に重量比率とモル比率で計算してみた。

図1フコイダンと CPC の複合体の生成

500mlに定量したガゴメ粉末5, 10, 15g からの抽出物にCPC を添加、回収した生成沈澱物量をプロットした。平衡時の回収量がガゴメ粉末の量に比例するといえない。

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このときのフコイダンの分子量に225 g/molを採用している。これはLC-MSの分析によりm/z225の出現が確認されている4)からである。 フコイダンの m/z=225の帰属は、次のように説明できる。これはフコイダンの主鎖が、-〔-Fucose-OSO3H- α -(1→3)- Fucose-OSO3H-〕n-と記述されると仮定するとフコースの分子量は164、硫酸は98であるから、フコイダンのm、すなわち、m=〔(164+98-18)×2-18〕n-18n+18となる。m/n=452+18/nであり、フコイダンのnは200万Da超との推定からn>4400となるから、18/nは十分小さい。このときn=2zであるから、

その結果、生成イオンは〔226-H〕-のm/z=225になる。これを根拠に表1の6項から1硫酸化フコース2分子に対してCPCが3分子の結合という結果である。そして表1のデータから、

 フコイダンに結合したCPC量(μmol)×f=フコイダン量(mg)

 と補正係数が設定できると実用上は好都合である。表1の3項と6項のデータの平均値からf=1.52が設定できるようにも見える。このファクターが窒素-たんぱく質分析のような公定値として設定できると大変便利なことがわかるが、このfの設定の根拠については、フコイダンへのCPCの結合割合が一定という仮説の証明が必要である。 フコイダンの硫酸化度については、西出らが21種類の海藻を調べて、フコース分子に1に対して硫酸基が2であると推定する3)。しかし、田幸らが最近行った詳しい研究で、ナガコンブの場合を例にフコース:硫酸基が1:1を基本とする主鎖をもつ化学構造ユニットの開示6)がなされている。 この硫酸基の数はフコイダンの定量に大事で、機器分析による結果がそうなる理由を生化学的な代謝、生合成からの説明が望まれる課題ではないかと著者は思っている。最後のまとめで改めて生化学の視点が重要であることを述べる。

3.3 染色法によるプレカラム定量法 多糖類染色法にはPAS染色以外にアルシアン

図2  示差屈折法(RI)と染色法によるフコイダンの分析の例

染色後の同一試料を検出器を変更して分析比較している。 RI の溶出時間5.2分近傍に出現するピークがフコイダンである。UV615nm では RI のクロマトグラフで後半に出現する妨害ピークを除去できるが、フコイダンの前に第2のピークが出現し、十分な分離のできないことが判る。

図3  フコイダン1ng に対するアルシアン青の結合特性

フコイダンに対する染色態度は、添加した色素量に比例しないことを示している。フコイダンの量はそれぞれの色素量で準備された試料を RI で分析したプルラン相当量として計算している。

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青染色法7)が知られている。この方法は細胞組織検査などで、コンドロイチン硫酸、ヘパラン硫酸などの酸性多糖類の組織観察手法として知られている。アルシアン青は化学構造の中心に銅イオンをもつので、フコイダンに適用した場合は、硫酸基とカルボキシル基にイオン結合する。pH1の強酸性下では硫酸基にのみ結合する。2.8の方法に従い染色したフコイダンをHPLCで分析したときに得られるクロマトグラフは図2に示した。溶出時間5.2分の近傍にフコイダンが出現する。 このクロマトグラフから判るように、RI検出器では単一のフコイダンのピークの前に、検出されなかった新たなピークが出現する。しかも分離が十分でなくほぼ排除体積限界に位置するので、定量に影響することが判る。 この妨害ピークについては、フコイダンの構造上の問題があると思われる。フコイダンにはフコースのみでできたF-フコイダンとウロン酸を含むU-フコイダンなど種別があるとされているが、この影響により染色態度が異なる分子種間の架橋の問題があるかもしれない。色素の会合した巨大分子が出現するとも取れる。これらはこのアッセイ系を採用する限り化学構造の特性によって出現すると判断される。分離分析においてピークが完全に分離しないことは定量性に疑問を投げかけるが、クロマトグラフの面積計算は機器の進歩で可能であるから図3を示した。 図3は図2のクロマトで示されたIR検出で分析されたフコイダン量から、単位濃度あたりの添加された色素量を計算で割り出し、それに対してUV615nmで分析されたクロマト面積をプロットしている。n=8の限界希釈系列の計算値に対する分析値の結果は、S字曲線に近い特性を与え、色素量に対して615nmのクロマト上の面積が比例しないことが判る。 この試験において、添加する色素の量はn=5(1/32)以上の濃さがあれば、フコイダンにエタノールを加えなくても沈殿を生じることが観察されるが、エタノールの添加は省略しないで実施している。

3.4 染色脱着法による定量法 この方法は、フコイダン試料を濃い色素で染色すると沈殿を生じる。すなわち不溶化する染色態度を逆用し、回収された染色サンプルの沈澱を再

溶解し、脱着された色素溶液の吸光度をから試料の濃度を知ろうとするものである。  方法2.9は、フコイダンにアルシアン青の染色をおこなって共沈現象を起こし、遠心分離しで回収された色素を含むフコイダン沈澱物から、CPCを加えてフコイダンに置換による複合塩を形成させて色素を脱着、遊離したアルシアン青の水溶液の吸光度からフコイダン量を求めることを試行した方法である。 図4は、方法2.9を実施する前に、ガゴメ標準液の限界希釈系列(n=8)を調製し、添加するAB溶液は半量の0.2mlを加え、遠心分離操作後、直ちに脱着液を加えて、サンプリングで得た0.2mlに対して5mlの蒸留水を加えて希釈後、ABS(615nm)を測定した時に得られたデータである。この結果によればフコイダンが1mg/mlより濃度の低いところに直線性があって、それよりも濃度が高いと吸光度がやや低くなるという特異な特性のあることが判った。添加する色素の量が問題になるが、0.2mlの色素量では0.7mg/ml以上のフコイダンがあるとほぼ全ての色素がバインドされてしまうようである。また、フコイダンが過剰にあるとCPCが色素のない部分にバインドし、置換が妨げられることで色素の遊離が減少するとも見える。この所見から図5のデータは0.4mlの色素量の添加を実施することになった。1mg/ml以下のフコイダン濃度を設定し、脱着時間を変更しての定量性のある条件を検討している。結局、方法2.9で得られた検量線は、図5に示した。これによれば、

図4 �フコイダンに対するアルシアン青の染色態度の特性曲線

この特性によれば線形性の期待できる範囲は1.0mg/ml 以下の濃度になる。高濃度域でオーバーシュート現象が認められる特異な曲線が出現する。

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フコイダン量に比例して、また、抽出時間に比例してABSの検量線が得られることが判る。ところが、この結果を利用して、ガゴメ100g中のフコイダン含有量をもとめてみたら、4回の平均値で、0.5hでは5.0g、1.5hでは4.7g、3.0hでは3.8gと定量された。濃度比例の直線性があるのに、抽出時間の長い方が最大で24%も低めに定量されるという現象が見られた。 このとき抽出時間に対して濃度を直線回帰分析し、抽出時間が0hの時の値(切片)を求めると5.3g/100gという結果を得ることができる。

3.5 �フコイダンの構成成分の個別定量による計算法

 (公財)日本健康・栄養食品協会は、フコイダン量の計算方法を例示している8)。この方法によれば、構成糖定量試験法、硫酸根定量試験法、硫酸基結合カチオン試験法で得られた値を単純に合計するとされている。構成糖の定量試験は、酸加水分解後、PMP誘導体化によるHPLC分析が記載されている。硫酸根定量試験法は、エステル分解によるイオンクロマトグラフ法か硫酸バリウム塩形成法の2つが詳解されている。そして、結合カチオン試験法では通常の食品表示法の規定に適合する分析方法でよいとされている。このときNa、K、Mg、Caの合計値をもって定量値とするとしている。ガゴメ昆布由来フコイダン量は次の式で求めるとある。

 ガゴメ昆布由来フコイダン量(g/100g)=6種指定構成糖含有量(フコース、ガラクトース、グルクロン酸、マンノース、キシロース)+硫酸根含有量+硫酸結合カチオン含有量

 直接的な分析方法のない化学物質に対して、分析値を得ようとするときにこのような手法が採用されることがある。代表的な例は、食品一般成分表示の炭水化物の値である。たんぱく質、脂質、水分、灰分を所定の方法で分析し得られた成分値から、差し引き計算で残る残部を分析値とする方法が採用されている。しかし、このフコイダンの場合は逆で積み上げ計算という点である他に、示される計算方法は分析化学の観点からは好ましいものではない。基本的に得られる分析は、含有量の真の値からは必ず高い値に偏向する。一つは多糖類を加水分解した構成単糖の合算値には、加水した水分が積算されている。フコースの分子量は164であり、2量体は310、分子が2つならば328であるから、5%以上のプラスの誤差となる。それから、硫酸エステルを分析したときに、やはり加水した水分が加算されているので、差し引き補正がないとプラスの誤差になる。最後、フコイダンの含有量にフコイダンNaなど各,K塩、Mg塩、Ca塩の量が合算されることである。通常の食品分析の場合は例えば食品添加物の公定分析法は、ソルビン酸であれば水素イオンの形で分析して、ソルビン酸Kは分子量により補正係数をかけて計算し、表示の扱いとなる。フコイダンと表示することが目的の場合は、水素イオン結合型の量で表示をすべきものではないだろうか。

4.まとめ フコイダンを分析する上で、分析技術上の難点を指摘してきたが、結局、現在の技術ではフコイダン含有量を知る優れた方法というものはない。よく誤認されることだが、精製されたフコイダンについて、その構造や純度を調べた報告があるから、転じて、加工食品の中のフコイダンの量が分析できるなどと思ってしまうことは大変な錯誤である。 この定量の問題を解決するには、タンパク質分析における見なし係数6.25のような数値を設定す

図5 �染色脱着法での脱着時間の違いによる検量線の差異

色素を抽出する時間の違いによる吸光度の傾きは差異が大きく、飽和が短時間で認められない。

Page 9: Consideration of problems of analytical technique in …...Consideration of problems of analytical technique in Fucoidan quantification method 青木 央 Hiroshi Aoki 1.はじめに

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北海道立工業技術センター研究報告№15(2018)

ることと思う。タンパク質の場合は、構成するアミノ酸に含まれる窒素の量からこの係数が設定されているので、窒素の量を知ることでタンパク質の量を見なすという分析方法が定着している。このように、例えば、所定の条件で得られたフコース含有量に見なし係数を掛け算し、フコイダン量として見なせるという理由を設定できたらよい。この設定には、機器分析による解析だけでは、現象面のみで知見の蓄積が十分でなく、別の視点が必要な状況にあると思う。特に、フコイダンの硫酸化度は計算上大事な点である。フコイダンの構成単糖の分子量として質量分析で観察される負イオンm/z225と、フコースの2量体に硫酸基がついたm/z305も観察されている4)。この分子種の出現率が説明できるような生化学的エビデンスが現在のところ乏しいと思う。フコイダンの合成される代謝メカニズムを解明し、この生化学的合成経路の根拠により、見なし係数を設定するような定量法の開発が強く望まれることだろう。

文献1)�山田信夫:“海藻フコイダンの科学”(2006),(成山堂書店)

2)�福井作蔵:生物化学実験法1“還元糖の定量”題2版(1998)(学会出版センター)

3)�西出栄一、安斎寛、内田直行:日本水産学会誌(Nippon�Suisan�Gakkaishi),53(6),1083-1088�(1987)

4)�青木央:北海道立工業技術センター研究報 告(Report�of�The�Hokkaido� Industrial�Technology Center),13,1-6�(2014) 

5)�酒井忠雄、宮竹伸卓、大野典子:分析化学(Bunseki�Kagaku),46,951-955�(1997)

6)�田幸正邦、武田真治、照屋武志、玉城志博:日本食品科学工学会誌(Nippon�Shokuhin�Kagaku�Kogaku�Kaishi),57,495-502�(2010)

7)�三浦裕士:新染色法のすべて(月刊Medical�Technology別冊)(医歯薬出版)145-150(1999)

8)�公益財団法人日本健康・栄養食品協会(東京新宿区):フコイダン食品 品質規格基準(平成29年7月25日公示)


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