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ANSYS Advantage • Volume VII, Issue 1, 2013 41

電磁クラッチの磁気設計シミュレーションによって精密に設計された磁界,磁力,磁気的挙動で磁石を生産する革新的な磁化装置

負荷側シャフト 駆動側シャフト

エアギャップ

ヨーク

永久磁石

▲ 典型的な磁気結合

産業用機械

Scott Evans(米国 ハンツビル,Correlated Magnetics Research,製品開発・研究開発プログラム担当ディレクター),Ron Jewell(米国 ハンツビル,Correlated Magnetics Research,販売・マーケティング担当副社長)

磁石は,クラッチ,軸受,歯車,留め具,モータ,センサー,セキュリティ機器,ポインター,スコープ,光学機器など様々な商業用途に利用されています.しかし,一方向に配向(磁化)された材料が使われることがよくある従来の強力な磁石から生じる磁界では,電気機械システムに適しているとは言えません.磁気デバイスのメーカーは,複雑な着磁気を開発したり,複数の小型磁石を集めて組み合わせたりすることによって,この問題に対応しているものの,いずれの方法も,製造上の問題を増大させ,磁石ピースの隙間に磁界損失を発生させてしまいます.

この分野の最先端技術である相関磁界技術には,材料を一度に少量ずつ正確かつ迅速に磁化して,磁性材料からの漏れ磁束を最適化し,以前には不可能であった高精度な磁界分布を形成できるという特徴があります.磁界を正確に発生できるこの画期的な技術を使用すれば,デバイスの効率向上,組み立てと組み込みの低コスト化,磁石の新たな応用分野の確立を図ることができるだけでなく,磁性材料の組み立ておよび組み込み時に生じる製造誤差の補正を意図した過剰設計を減らし,材料の小型化と軽量化を実現することも可能になります.この磁石の製造には,複雑な磁気構造をレンダリングしてバルク磁性材料に組み込む機能を備えた革新的なマシン,すなわちCorrelated Magnetics Research(CMR)社の MagPrinter ™が使用されています.この技術を最初に応用した分野の 1 つが,電磁クラッチの設計の向上です.

電磁クラッチは,航空宇宙,海洋,医療,化学などの業界向け装置のほか,工業用オーブン,ポンプ,圧縮機,計量装置,

制御装置,油圧機械などの様々な機器に利用されていますが,このクラッチの駆動軸と従動軸間のアライメントを維持することが困難になることがあります.このような場合によく用いられるものに,磁気トルク伝達装置があります(この装置は,化学プロセスまたは高圧プロセスで低トルク用途に利用されるダイナミックシールに代わる役割も果たします).また,海洋業界では,電磁クラッチを使用して電動機を船上のポンプにつなげることがありますが,船体が波と衝突すると,フレームが曲がり,クラッチの駆動軸と従動軸間のアライメントを維持することが難しくなります.たとえば,これらの軸のアライメントが崩れると,軸受と軸に生じる摩耗が非常に大きくなるため,船舶エンジニアは,アライメントの維持

とアライメント不良に起因する問題の対応にかなりの時間を費やさなければなりません.

一般的な 2 プレートタイプの磁気結合装置が作動している間は,せん断力が働き,エアギャップで相互作用する各磁性材料の間でトルクが伝達されています.このように物理的接触なしでトルクが伝達されている場合は,振動,トルクの過負荷,電気,熱を遮断しながら,摩耗を回避することができるため,アライメントが問題になることはほとんどありません.こうした従来の装置では,一様に磁化された材料をいくつかの部分に分けて,交互のストライプやパイのように配列し,エアギャップに面する表面を形成する仕組みになっています.しかし,せん断力

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▲ 永久磁石の交互に配置したブロック(磁気せん断力を発生させるのに使われる)

せん断力の方向

t

S

磁石ピースのサイズ

▲ せん断応力および密度に対するブロック幅の影響

▲ 一方向構造によって発生される磁界(せん断力がゼロの場合).三角形は磁気ブロックを,他の部分は空気を表す.磁界強度が最大の領域はオレンジ色で,最小の領域はダークブルーで表示されている.エアギャップを通るラインは,磁石の吸引力を示す.

▲ 一方向構造によって発生される磁界(せん断力が最大の場合).磁界強度が最大の領域はオレンジ色で,最小の領域はダークブルーで表示されている.エアギャップを通るラインは,磁石の吸引力を示す.

が比較的弱い従来の磁気トルク伝達装置によって従来の機械結合の装置と同じトルクを発生させるには,その重量と大きさを数倍に増やさねばなりません.つまり,磁気トルク伝達装置はトルク密度が低く,トルク密度は磁石間のせん断力に正比例するのです.

小型軽量磁石のトルク伝達性能を高める多極磁気構造を開発している CMR 社では,磁石間でトルク以外のものを発生させる張力を除去する技術の調査も行っています.その他にも,信号処理法と符号化理論を利用して,磁気素子とこれから生じる磁界の複雑なパターンを効率的に生成する技術と,複雑な磁気構造をレンダリングしてバルク磁性材料に迅速かつ低コストで組み込む機能を備えた MagPrinter ™の 2 つの重要なイノベーションを推進しています.なお,既知の磁気構造に比べて 40% 高いせん断力を発生させると同時に,磁性材料の必要量を半減させるこうした複雑な磁気構造の設計には,アンシスの電磁界シミュレーションソフトウェア「Maxwell」が重要な役割を果たしています.

磁気結合の基礎研究CRM 社のエンジニアリングチームは,様々な磁気構造によっ

て発生するせん断力を Maxwell を使用して調査しています.たとえば,研究開発の初期段階で実施した調査では,2 つの相関磁気構造間のエアギャップに面する磁気ブロックのアスペクト比

(厚さ / 幅)とせん断力の関係を Maxwell を使用してシミュレーションしたことで,磁性材料の表面積当たりのせん断力と体積当たりのせん断力が,アスペクト比が 1:1 のときに最も大きくなることを確認することができました.

次に,Maxwell を使用して,幅が 8mm,4mm,2mm,1mmの各磁気ブロック(厚さは幅と同じ)から複数の正方形領域(1辺が 96mm のサブストレート)をアセンブリしました(各サブストレートの面積は同じ).その後,磁気ブロック間のエアギャップの変位をゼロに設定してシミュレーションを行い,磁気ブロックの幅を 8mm から 1mm に変えていったところ,表面積当たりのせん断力が若干小さくなりましたが,材料の体積当たりのせん断力は急激に大きくなりました.このことから,磁気ブロックが大きいほど大きいせん断力が得られるものの,小さな磁気ブロックを多数使用するほうが磁性材料を有効に活用できることが分かりました.

次に,各サブストレート間のエアギャップを 0.5mm に設定してシミュレーションを再び行ったところ,全く異なる結果が出ました.具体的には,磁気ブロックの幅を 2 分の 1 にしていくと表面積当たりのせん断力の低下がより顕著になり,幅 2mm の磁気ブロックを使用したときに体積当たりのせん断力が最大になりました.つまり,小さな磁気ブロックほど表面付近に強く磁界が形成されるため,ブロックの幅を各サブストレート間のエアギャップの約 4 倍の値に設定すれば,磁性材料からの磁界放射を最適化できることになります.エンジニアリングチームは,この基本的な関係が,アスペクト比が異なる他のアーキテクチャにも当てはまると考えました.一般に,特定の用途に有効なエアギャップが分かれば,磁気構造に最適なフィーチャーサイズと,磁性材料体積当たりのせん断力の最大値の両方を推定できるだけでなく,せん断力を最大限に高めて,トルク密度を大きくし,所定のトルク容量を持つ電磁クラッチの小型化と軽量化を図ることも可能になります.

モデリングしたせん断応力および密度とブロック幅(サブストレート:96×96mm)

せん

断応

力(

N/c

m2)

せん

断密

度(

N/c

c)

マクセルサイズとサブストレートの厚さ(mm)オフセット無しの場合の応力

(オフセットなし)

オフセット無しの場合の密度

(オフセットなし)

オフセット無しの場合の応力

(0.5mm オフセット)

オフセット無しの場合の密度

(0.5mm オフセット)

産業用機械

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▲ 連続的に変化する 2 つのサブストレートを配列すると,大きな吸引力が生じる(上).また,上部磁石のパターンを片側に動かすと,最大のせん断力が発生する(下).

▲ 産業用途で広く利用可能な特殊な磁性材料を製造することができる MagPrinter

▲ 高性能な電磁クラッチを製造するために磁石にプリントされたトラックのパターン

片面磁石の使用複雑な磁気パターンのスケーリングと

設計の問題に取り組んだ際には,いくつかのモデルを利用し,磁界が片側のみに発生する磁気構造を調査しました(一方向構造の例としては,磁界が空間的に回転するパターンを利用して,配列の片側で磁界を強化し,もう片側では磁界をほぼゼロにするハルバッハ配列があります).最初に,対向するサブストレートに面する底辺と 2 種類の磁化ベクトル(対向する磁気構造に向かう磁化ベクトルとそれと逆方向に向かう磁化ベクトル)を持つ三角形から成る配列のモデルを作成しました.このモデルを確認したところ,対向するサブストレートと反対の方向に面する底辺を持つ三角形が,対向する磁気構造に対して左右方向に磁化されることが分かりました.次に,せん断力がゼロの場合と最大の場合という 2 つの条件を設定して対向磁石を配列し,これらの磁石から発生する磁界をプロットしました.これにより,この配列によって,対向する磁気構造の間に大きな力が発生することが確認できました.また,対向する 2 つの磁石を配列すると,吸引または反発力が生じ,この 2 つのパターンを相殺すると,せん断力が発生すると同時に吸引・反発力が弱くなることと,せん断力が最大の場合に吸引・反発力がゼロになることも分かりました.

磁化がスムーズかつ連続的に変化する磁性材料の間に生じるせん断力も調査しました(このような磁化分布は強力な一方向磁界も発生します.ただし,これは今のところ理論上でのみ可能です).この調査により,スムーズに変化する磁化によってせん断力が生じた後に,前述の三角形配列と同様のパターンが見られることや,連続的に変化する 2 つのサブストレートを配列した場合に大きな吸引力が生じること,さらに上部磁石のパターンを片側に動かしたときに最大のせん断力が発生することが確認できました.また,スムーズに変化する磁化を利用してシミュレーションを行ったことで,磁性材料間に生じるせん断力の上限を把握することもできました.実際,Maxwell を使用してシミュレーションを行えば,製造の強化を図って,材料の小さな領域を磁化したり,複雑な磁気パターンをレンダリングして磁性材料に組み込んだりすることが可能になるとともに,これによって性能をどの程度向上させることができるかを定量的に評価できるようになります.

試作機の開発磁化可能材料の付近に配置され,非常

に短い高電流電気パルスによって電力が供給される独自の電磁石コイルが組み込まれている前述の MagPrinter では,この励起コイルによって,限られた空間領域に強力な磁界を放射し,隣接材料の小さな領域を磁化する仕組みになっています.これらの小さな領域はそれぞれマクセル(磁気素子の最小単位であるピクセルのようなもの)と呼ばれており,これらのマクセルの配列によって磁化分布が形成されると,複雑な磁界が放射されます.CMR 社では,上記のシミュレーション結果を参考にして一連の実験を行い,せん断力を発生させるのに最適な磁気パターンとパルスエネルギーの組み合わせを特定しました.さらに,こうしたシミュレーションから得た情報とせん断力の実験結果を電磁クラッチの製造に利用したほか,これらのマクセルコードの磁化エネルギーと形状を調整して,高トルクのマクセルコードを生成しました.

また,外径 3 インチの磁石を複数のトラックに分割してから,連続的に変化する磁気パターンとよく似た交番磁化が付与されるように各トラックをプリントするという実験を行ったところ,第 4 世代の MagPrinter では,この磁化に約 3 分かかりました.このコンピュータ制御プラットフォームは,特殊なプリントヘッドを基準にして磁性材料サブストレートを動かし,このサブストレートに集中磁界を発生させると同時に,適切に定義された 1 つのマクセルを所定の位置に配置する機能を備えています(現在標準となっている第 5 世代の MagPrinter では,同じ作業を約 15 秒で終わらせることができます).なお,このプラットフォームでプリントしたこれらのトラックと対向磁石のトラックの方向を確認したところ,磁石と同じ方向に向いた各トラックによって最大のトルクが発生するように配向されていました.

外径 3 インチの 2 つの磁石(厚さは 1/8インチ)によって形成されたこの磁気パターンは,27 ニュートンメートル(N-m)のトルクにも耐えました.また,磁石間のエアギャップが 1mm の電磁クラッチによって,トルク密度 1 リットル当たり(大型の遊星ギアボックスのトルク密度の約半分,磁石間のエアギャップが約 1mm の最高性能の商用磁気歯車のトルク密度の約 3 倍に相当)約 300N-m のトルクが発生することも確認できました.これらの

調査結果が Office of Naval Research に認められ,Phase II SBIR(中小企業技術革新研究プログラム)による助成金を手にした CMR 社は,自社の Polymagnet ™技術を採用した高トルクの磁気歯車とクラッチの開発に着手しました.現在,この 2 年契約のプログラムでは,CMR 社とMagnaDrive 社が協力して開発を進めています.


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