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46 機 械 設 計

はじめに

 油圧ベーンポンプは,車載システム用途としてさまざまなニーズがある。 たとえば,CVT

(Continuously Variable Transmission)システムに用いられる油圧ベーンポンプ(図1)は,自動車の燃費低減が進む中,エネルギー損失低減の観点から高効率化のニーズが強まっており,高速(高回転)化,低駆動トルク化など性能全般において,これまで以上に高いレベルが要求されている。また,HPS(油圧パワーステアリングシステム)に用いられる油圧ベーンポンプでは特に,商用車用途において高圧化,高容量化を両立させる強いニーズが存在する1)。さらに,乗用車,商用車ともに車室内が静粛化するなかで,低騒音化に対しても同様に,強いニーズがある。そこで,車載向け油圧ベーンポンプにおけるこれらのニーズに応えるべく,設計開発段階では,従来からの開発実績による知見を用いた設計/試作評価に加え,これまで以上に積極的な数値シミュレーションの活用が

重要となっている。さらに付け加えれば,開発の効率化(開発期間の短縮)を狙うことも可能になるため,数値シミュレーション活用への期待は大きい。 これまでの数値シミュレーションでは,集中定数モデルを用いた圧力変動の低減対策や,ポンプ吸込み流量を一定とした流体解析(以下CFD解析)による圧力損失対策などを行うことで,ポンプ開発を進めてきた。しかしながら,近年のニーズであるポンプが高速で回転する場合や,より高圧で使用する場合,作動油中に混入する気体の非定常な挙動(膨張/収縮)が吸込み性能を悪化させ,さらに圧力変動を増大させることがわかっているため,こうした非定常な気体挙動の影響を詳細に予測することが課題となっている。 また,実機を用いて試作評価する場合には,ポンプ内部の気体挙動を直接的に観察/分析することは困難であり,試行錯誤的な検討となるため試作回数の増加を招く。こうしたことから現在,車載用油圧ベーンポンプ開発におけるシミュレーション技術では,作動油中の気体を考慮した気液二相流の非定常CFD解析が着目されている。 近年のCFD解析ソフトでは,流体と気体の動きを考慮した気液二相流モデルや,キャビテーションによる蒸気の生成と消滅を考慮した解析モデル2)3)が実装されている。また,ポンプ回転によるポンプ室の容積変化も,解析ソフトの進歩によって容易にモデル化できる機能が備わる。こうした実用化技術を用い,さらにキャビテーションの発生メカニズムに関する基礎的な研究4)や,CFD解析精度の実験的検証5)6)による知見を加えること

ボディ

カバー

回転体

サイドプレート

サイドプレートカムリング

ベーンロータシャフト

切欠き

図1 ベーンポンプ構造

KYB 中村 善也**なかむら よしなり:�技術本部 基礎技術研究所 要素技術研究室 

主幹研究員

解説6 —油圧ベーンポンプの流動解析技術

特集 油圧技術の今がわかる実務講座

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47第 62 巻 第 11 号(2018 年 10 月号)

油圧技術の今がわかる実務講座 特集

解説6で予測精度の向上を図ることができる。

 本報では,車載システム用ポンプとしてのさまざまなニーズの実現と開発効率の向上を目指し,私たちポンプ製造メーカーとして継続的に構築を進めている数値シミュレーション技術に関して概説する。 特にポンプ高回転時に着目し,ポンプ内部気体の量や挙動を解析することで,ポンプ流量特性やポンプ室内圧力,気体挙動を予測する技術について紹介する。

ポンプ流量特性の予測

 車両エンジンの回転によって駆動されるCVT

用ポンプは,ポンプ流量を制限するフローコントロールバルブ(以下フロコン)を設ける。この場合,吐出口オリフィス[図2(a)]による差圧を利用することでフロコンを作動させるため,ポンプはオリフィスの差圧分だけ高い圧力を作り出しており,ポンプ駆動トルクが増加する。そこで,車両燃費の向上を目的に,ポンプ駆動トルクの低減を図るフロコンを廃止したポンプ7)[以下フロコンレス,図2(b)]のニーズがある。ただし,フロコンを廃止した場合,フロコンから吸込みポートへ流れる

余剰流量[図2(a)]がなくなることで,吸込みの圧力が大幅に低下[図2(b)]し,キャビテーションが発生しやすくなる。これにより,ポンプ流量が減少してしまうほか,圧力変動が増加するため振動,騒音などの問題を招く。それゆえに,高回転時のキャビテーションを抑制することで,ポンプ流量特性を改善することが重要となる。 図3はフロコンレスポンプにおける流量特性の計測例を示し,黒線は作動油中に気体が混入していない場合の特性である。なお,点線は理論流量を表す。この図において,ポンプ低回転域の①,②の流量は,理論流量をわずかに下回る。これは

図2 ポンプの低駆動トルク化

(a)フローコントロールバルブあり

吸込ポート

吸込ポート

吐出ポート 吐出ポート

吐出口オリフィス

吐出

フロートコントロールバルブ

バイパス穴

吸込み

(b)フローコントロールバルブなし

吸込ポート

吸込ポート

吐出ポート 吐出ポート

吐出

リターンポート

CVTユニットからの余剰流量

吸込み

〈圧力低下〉

① ② ③ ④

ポンプ流量

ポンプ回転数

理論

気体混入なし

気体混入あり

図3 ポンプの流量特性(フロコンレスポンプ)

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ポンプ内部の漏れによる減少分である。しかし,高回転となるポンプ回転数③,④では,理論流量から大きく減少する。これは,ポンプ回転数が増すことで発生したキャビテーションによる吸込み不足が要因である。さらに,灰色線は,車載システムにおいてポンプが使用される環境を模した状態として,作動油に極微小な気体を多量に混入させたときの特性であり,吸込み圧力の低下による油中気体の膨張が要因で,黒線よりも減少する。 次にフロコンレスポンプの吸込み油路に対して行った,定常CFD解析の一例(図4)を紹介する。この解析は,ベーンとロータの壁面に一定の速度条件(ポンプ回転数からの換算値)を与えることでポンプ吸込み流量を計算し,圧力分布として表現したものである。したがって,ある瞬間におけるポンプ内圧力(吸込みによる負圧度)や定常的に発生するキャビテーションを予測できる。これによって,圧力低下(負圧度)の対策としての油路形状の見直し(油路抵抗の軽減)などを行うことができ,結果的にポンプ流量の向上につながる。しかしながら本手法では,ポンプ室が容積変化することで瞬間的に発生するキャビテーションや流れの淀み点を対策するための予測はできない。 そこで次に,ポンプ室の回転をモデル化することで,非定常に発生するキャビテーションや内部流動の淀み点などを解析することができる,ポンプ流量の直接的予測技術について紹介する。 ここでは,吸込み油路を構成するカムリングの切欠き(図1)をパラメータとして,流量特性の違

いに着目する。切欠きのないカムリングをTypeA,切欠きを設けたカムリング2種をTypeB,Cとする。なお,TypeB,Cは切欠き量が異なり,TypeCはTypeBの2倍の切欠き量を持つ。 3つのカムリングを用い,まず気体を混入していない状態にてCFD解析を実施し,ポンプ流量の1回転平均を求める。図5(a)に結果を示すが,図には理論流量と実験結果も同時に描いている。TypeAにおいて,キャビテーションを考慮しない場合のCFD結果は,理論流量を示す点線に近く,高回転域では実験結果(黒線)と大きく乖離する。これは,キャビテーションで発生する蒸気による流量低下を予測できていないことによる。そこで,キャビテーションを考慮して解析を行うと,黒丸でプロットされる結果となり,ポンプ回転数③,④での顕著な流量低下も実験結果を良好に再現す

図5 ポンプ流量特性の予測図4 吸込み油路の解析

圧力

吸込み負圧小

吸込み負圧大

実験 CFD

キャビテーション未考慮

TypeC

TypeC TypeBTypeB

TypeA

TypeA

TypeCTypeB

TypeA

気体混入なし

① ② ③ ④

ポンプ流量

ポンプ回転数

(a)気体混入なし

実験 CFDTypeC

TypeB

TypeA

TypeCTypeB

TypeA

TypeCTypeB

TypeA

気体混入あり

① ② ③ ④ポンプ回転数

(b)気体混入あり

ポンプ流量

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油圧技術の今がわかる実務講座 特集

解説6る。同様に,TypeB,CのCFD結果も,切欠き量

による流量低下の違いまでも良好に再現している。 次に,図5(b)には,作動油中に気体を混入したときの実験結果とCFD結果を示しており,この場合もおおむね実験結果を再現できている。切欠き量の影響に関しても,気体を混入しない場合と同様に流量差を再現しており(ポンプ回転数④),TypeCはTypeBに比べて,流量が増加している。 このようにCFD解析では,ポンプ室の回転を考慮し油中の気体も解析することで,ポンプ流量特性を精確に予測できるため,非定常なキャビテーションや油中気体の挙動による性能(容積効率)低下を防止する検討が可能となる。

ポンプ室内圧力の予測

 吸込み行程から吐出行程までのポンプ室内圧力を計測した結果を図6に示す。この結果は,図4,図5におけるポンプ回転数①,②,③において,気体を混入していない条件である。ポンプ回転数①と②においては,昇圧行程では類似した圧力上昇となり,また吐出行程の圧力変動に違いがあるものの,その変化傾向は類似している。これに対しポンプ回転数③では,圧力上昇が遅れ,また吐出行程の圧力変動の幅も大きくなる。これは,高回転による吸込み圧力の低下に伴って油中気体の膨張が起こり,さらにキャビテーションによる気体が発生することで,これらの気体の圧縮性が影響して昇圧が妨げられるためである。

 当社では,ポンプ室内の平均圧力を予測する技術として,集中定数モデルによるベーンポンプの圧力予測ツール(1Dシミュレーション)を開発している8)。これは,吸込み/吐出ポートの最適化による低振動化,低騒音化などを目的として,ポンプ室内圧力を予測することができる。図7にその予測結果を示す。図6と図7を比較すると,高回転であるポンプ回転数③において,ピーク圧に大きな差異が見られ,さらに吐出行程における圧力変動も予測精度が不足する。これは,集中定数モデルではポンプ内の局所的な気体の挙動を考慮することが困難であることに加え,ポンプ室内部で発生するキャビテーションを予測できないことに起因する。したがって,ポンプ室内圧力の高精度予測には,ポンプ内部の局所的な気体の挙動や状態変化を予測するCFD解析が必要と言える。 図8,図9は,ポンプ室内圧力についての実験結果とCFD結果の比較を示し,前述したカムリングTypeCを対象として,図8が気体混入なしの場合,図9が気体混入ありとなる。実験結果とCFD結果を比較すると,ピーク圧はCFD結果の方が大きくなっている。これはポンプ内部の漏れ流量を考慮していないことが要因であり,実際のポンプではクリアランス部から油の漏れが生じて圧力が低下するのに対して,CFD解析では実験よりピーク圧が過大に発生することになる。一方,昇圧開始点の遅れや圧力変動は,実験結果を比較的良好に再現できている。こうした昇圧時の圧力変化が予測できることで,たとえば油中気体の圧縮による昇

図6 ポンプ室内の圧力変化

気体混入なし

ピーク圧③

①②③

ポンプ回転数

吐出行程

回転角度

ポンプ室内圧力

昇圧行程

吸込み行程

①②  

遅れ

気体混入なし

ピーク圧

③①②③

ポンプ回転数

吐出行程

回転角度

ポンプ室内圧力

昇圧行程

吸込み行程

① ②  

図7 集中定数モデルによる予測

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圧遅れなどの分析が容易となり,高圧化のための理論的な設計検討を行うことができるようになる。

ポンプ室内気体の予測

 次にポンプ室内の気体状態として,気体含有率のCFD解析結果を図10にコンタ表示する。ここで,コンタ表示は飽和蒸気圧を等値面とする。図10はポンプ回転数が高いとき(④)のポンプ室の結果(気体混入あり)を示し,図10(a)はカムリングTypeB,(b)はTypeCとなる。またコンタ表示されている部分は気体が発生している部分であり,気体含有率を色分けして表している。 高回転時にはベーンの移動速度が速くなるため,(a)(b)とも吸込み口の圧力が低下して気体(キャビテーション)が発生する。またTypeBでは,吸

込み不足によってポンプ室への油の充填が不十分となりポンプ室内圧力が低下することで,ベーン後方の広範囲において気体の塊が存在(膨張)することがわかる。こうした結果,特に吸込み口から離れた領域(ポンプ室中央付近)では油の充填量は特に減少し,吸込み量(ポンプ吐出流量)が低下する。一方,TypeCでは切欠き量を大きくすることによって,TypeBに比べてポンプ室に油が充填されやすくなるため,ベーン後方の気体も減少しポンプ流量の低下を抑制できる。 このように,ポンプ回転を考慮した二相流CFD

解析をすることで,実験では観察できないポンプ室内気体に対して可視化分析が可能となり,試行錯誤的な試作についても回数削減が期待できる。

図8 吐出圧力の予測

回転角度

気体混入なし

ポンプ室内圧力

CFD:回転数①

CFD:回転数④

実験

実験

回転角度

気体混入あり

ポンプ室内圧力

CFD:回転数①

CFD:回転数④

実験

実験

図9 吐出圧力の予測

図10 ポンプ室内の様子(気体混入あり)

(a)カムリングTypeB

気体の塊 吸込み口

吸込み口

気体含有率

100%

0%

ベーン

回転方向

【回転数④】

気体の塊 吸込み口

吸込み口

気体含有率

100%

0%

ベーン

回転方向

【回転数④】

(b)カムリングTypeC

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油圧技術の今がわかる実務講座 特集

解説6

おわりに

 車載用ベーンポンプの高性能化を目的として,ポンプの回転と油中気体を考慮したCFD解析を活用することで,理論的な設計検討が可能となることを紹介した。以下に概説した内容をまとめる。 ①  ポンプ流量特性に関して,高精度な予測が

可能となり,形状(カムリング)違いや気体混入有無による流量差を予測できる。

 ②  ポンプ室内圧力に関して,ポンプ回転数の違い,また気体混入の有無による変化傾向が予測できる。

 ③  ポンプ室内気体に関して,ポンプ流量と関係する量や存在範囲が予測できる。

 今後は,解析の高精度化を図るために,ポンプの内部漏れのモデル化やキャビテーションモデルのパラメータ最適化なども必要である。また,こうした取組みを経て,将来的には駆動トルクや,さらに振動・騒音といった品質特性にまで予測技

術を適用することで,ベーンポンプのさらなる高性能化も可能となる。

参 考 文 献

1 )塩崎,「商用車向けPS用高圧アルミベーンポンプ『4KT5』の開発」,KYB技報,No.56,2018

2 )Singhal, A. K., Athavale, M. M., Li, H., Jiang, Y., Mathematical Basis and Validation of the Full Cavitation Model, J. Fluids Eng., Vol.124, Issue 3, pp.617-624, 2002

3 )Zwart1, P., Gerber, A., Belamri, T., A Two-Phase Flow Model for Predicting Cavitation Dynamics, ICMF 2004 International Conference on Multiphase Flow, No.152, 2004

4 )Washio. S., Recent Developments in Cavitation Mechanisms, Elsevier Science & Technology, ISBN: 9781782421764, 2014

5 )Tsukiji, T., Nakayama, K., Saito. K., Yakabe. S., Study on the Cavitating Flow in an Oil Hydraulic Pump, Proceedings of 2011 Internat ional Conference on Fluid Power and Mechatronics, pp.253-258, 2011

6 )Suematsu, J., Tsukiji, T., Experimental and Numerical Flow Analysis in Hydraulic Vane Pump, Proceedings of KSFC2015 Autumn Conference on Drive & Control, pp.3-7, 2015

7 )下野,「CVTフローコントロールバルブレスベーンポンプ」,KYB技報,No.52,2016

8 )Nagata, K., Takahashi, K., Saito, K., A Simulation Technique for Pressure Fluctuat ion in a Vane Pump, 8 th Bath International Fluid Power Workshop, 1995

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