場所の言語学の観点からの 日本語・中国語・朝鮮語
対照研究の展望 岡 智之(東京学芸大学)
場所の言語学とは
主体の言語学 場所の言語学
主体や主語を中心に考える(近代的パラダイム)
場所や述語を中心に考える(場の量子論的パラダイム)
個を中心に考える-西洋近代的 共同体を中心に考えるー原初的
モノを中心に考える-モノ的世界観
コトを中心に考えるーコト的世界観
主語はすべての言語に普遍的である (生成文法など)ー主語論理
主語は必ずしも必要はない。日本語は、述語一本立て(三上)ー述語論理
言語(概念)中心的 概念以前のイメージ重視(認知文法)
スル的、客観的把握 ナル的、主観的把握
場所においてコトがナル
言語学における場所論の受容
佐久間鼎ー発現の場・話題の場・課題の場
三尾砂ー場と文の相関の原理と類型
「文は、場によって完全に影響される」
メイナードー「場交渉論」…場を基体として言語を考察する
井出祥子ー「わきまえの語用論」
池上嘉彦ー「スルとナルの言語学」場所理論による言語学ー主観的・客観的把握
日本語における事例研究
ハと格助詞のスキーマとネットワーク(岡2013a)-ハは概念の場、ガはコト内の認知的中核(存在物)
存在構文に基づく日本語諸構文のネットワーク化
存在表現の文法化とテンス・アスペクト(岡2013b)
「雪国」の翻訳の対照
(1)a. 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
b. The train came out of the long tunnel into the snow country.
c. 火车穿出长长的边界隧道,一下子就来到了雪国。(盛2006)
d. 국경의 긴 터널을 빠져나오자 설국이었다.
日本語、朝鮮語ーナル的、コト的、主語なし文、主観的把握
英語、中国語ースル的、モノ的、主語必要、客観的把握
<主観性>の度合い(徐2013)
より主観的 より客観的
日本語 朝鮮語 中国語 英語
スル的かナル的か
(2)a. 風で扉が開いた。(近藤2005)
b. A wind opened the door.
c. 风把门吹开了。(風が扉を吹き開けた)
d. 바람에 / ?으로 문이 열렸다.(風に扉が開いた。)
動作主が対象に働きかける-英語、中国語
場所において出来事が起こる-日本語、朝鮮語?
モノ的認知かコト的認知か
(3)a. 私は昨日街で買い物をしている王君をみかけた。(中川1997)
b. 我昨天在街上看到了买东西的小王。
c. 저는 어제 거리에서 쇼핑을 하는 왕군을 보았다.
(4)a.私は昨日王君が街で買い物をしているのを見かけた。
b. 我昨天在街上看到了小王买东西。
c. 저는 어제 거리에거 왕군이 쇼핑을 하는 걸 보았다.
私の位置か場所そのものか
(4)自分のいる場所を尋ねる場面
a. Where am I ?
b. 我在哪儿? /这儿是哪儿?
c. ここはどこですか?
d. 여기는 어디입니까?
cf. 地図の現在地を示す表示
You are HERE. 你在这儿。
現在地。 현재지.
主語省略の問題
中国語や朝鮮語は日本語ほどは主語や人称代名詞を省略しない(月本2008)
(5)友人の携帯電話に電話をかけたときに、その友人にどう言うか(鄭2002)
a.○○だけど。(日本人91%) b. 私、○○だけど。(韓国人72%) (6)友人を食事に誘う場面(鄭2002) a. ご飯食べに行きましょう。(日本人99%) b.わたしたち、ご飯食べに行きましょう。(韓国人
70%)
★朝鮮語が人称代名詞を日本語より多用することは事実だが、それを主語と呼べるかは検討の余地がある
所有文の対照
(7)a. (私には)時間がある
b. I have time.
c. (저에게는)시간이 있다.
d. 我有时间。
dはSVO構文?「我」は主語、「時間」は目的語、「有」は他動詞?(持つ)。
→「有」は本来存在動詞。「我」は「場所」から「主語」へ拡張。
cf. 存現文 桌上 有 一台 电脑。
ノダ文と韓国語
(8)a. ユキ:え、傘ないの?
b. カリン:うん。昨日から見つからないんだ。
(9)a. 유키: 왜? 우산 없어?
b.가린: 응, 어제부터 우산 안 보여.
「ノダ」は言語化されていない談話の場の状
況や、前の自分の発話内容と結びつけて述べることができるが、것이다はそれが難しい。(池上・守屋2009)-間主観的(堀江2009)
参考文献
池上嘉彦・守屋三千代編(2009)『自然な日本語を教えるために-認知言語学をふまえて』ひつじ書房.
岡 智之(2013a)『場所の言語学』ひつじ書房.
岡 智之(2013b)『認知日本語学講座第7巻 認知歴史言語学』第1,2章、金杉高雄・米倉ゆう子と共著、くろしお出版.
近藤健二(2005)『言語類型の起源と系譜』松柏社
盛文忠(2006)「『雪国』の中国語訳から見る日中両言語の認知的差異―文型・主語・動詞・数量詞の使用を中心に」『日本認知言語学会論文集第6巻』pp590-591
徐珉廷(2013)『<事態把握>における日韓話者の認知スタンス』ココ出版
鄭恵先(2002)「日本語と韓国語の人称詞の使用頻度」『日本語教育』114,pp.30-39.
月本洋(2008)『日本人の脳に主語はいらない』講談社
中川正之(1997)「類型論から見た中国
語・日本語・英語」大河内康憲編『日本語と中国語の対照研究論文集』くろしお出版
古川 裕(2007)「「中国語らしさ」の
認知言語学的分析」彭飛企画編集『日中対照言語学研究論文集』和泉書院.
堀江薫・プラシャント・パルデシ(2009)『言語のタイポロジー』研究社