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流体機械設計の専門家ならば楽々とクリアできる問題であっても,自動機械の設計者が設計中にたまたま流体工学的要素を検討する必要に迫られたとき,対応に苦慮することがあるという。本特集は今さら聞けないが,知らないと失敗する可能性が高まる流体機械設計について,基礎的な事項,設計研究の先端,流体設計の実例を紹介する。流体機械や流体工学を用いる必要が生じた設計者はもちろん,日ごろから流体機械設計に携わっている読者を対象として“学び直し”を図るのが目的である。本稿では,筆者の経験上,意外に知られていない①静圧と動圧の使い分け,②流体振動の怖さ,③意外にうまみの少ない直列・並列運転,④気液二相流による配管設計の失敗,⑤圧力損失の盲点の5項目を取り上げて解説する。
静圧と動圧の使い分け
圧力には静圧と動圧があり,両者の和を全圧ということは誰でも知っている。図1のような送風機による空気圧輸送装置を設計した。搬送物を輸送する場合には輸送力F=空気圧×搬送物断面積が搬送物の摩擦力よりも大きければ動かすことができる。しかし送風機のカタログには静圧値しか記載されていない。 また,次のような説明があった。「静圧は単位体積当りの圧縮エネルギー,動圧は単位体積当り
の運動エネルギーで,普通に圧力計で測定できる圧力は静圧である。動圧は流体が運動している間は圧力にはなり得ないが運動を遮るとそこで圧力に変わる。たとえば扇風機の前で風を手の平で遮ると手の平は風の圧力を感じる。これは空気の運動が手の平で止められて動圧(運動エネルギー)が静圧(圧縮エネルギー)に変わったからである」。そこで図1の送風機を静圧のみを信じて選定した。 また,油圧シリンダのピストンの推力はどの教科書を読んでも推力=ピストン面積×作動油圧力としか書かれておらず,この作動油圧力が動圧か静圧かについては触れられていないが上記の解釈によると,油圧=静圧となる。これで良いか。これはかなりのベテランでも陥るパラドックスである。 空気あるいは作動油であっても図2のように動圧は流れ方向に対して,平行に細い管を取り付けることで測定した圧力から「静圧」と呼ばれる圧力を差し引いた値となる。一方,静圧は流れ方向に対して,直角に空けた細い管の先に圧力計を取
特集 これだけは押さえておきたい流体工学の基礎と最近の流体機械設計
有明工業高等専門学校 堀田 源治*
*ほった げんじ:教育研究技術支援支援センター長 機械工学科長 技術士(機械部門) 九州工業大学 客員教授
図1 空気圧送装置
送風機 管路 搬送物
風圧p
総論
今さら聞けない流体機械設計の基本
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総論 今さら聞けない流体機械設計の基本
第 63 巻 第 2 号(2019 年 2 月号)
り付けることで測定することができる。 そこで,図1の搬送物を動かす圧力,または油圧シリンダのピストンを押す圧力は全圧=静圧+動圧となる。以上は単純な固形物を搬送する場合であるが空気輸送を計画する場合,輸送物や用途,設置場所などによって,まずその輸送方式とフローを決定し,次にブロワの要項を決定し,さらに各機器を選定するという手順で行う。そしてこの中で最も重要なのはブロワの要項の決定であろう。ブロワの要項とは風量と圧力を決めるということである。空気輸送の場合,空気固体の混合物を運ぶために,単に水や空気を運ぶのとは違い難しい問題がある。すなわち,水や空気だけの場合,密度や摩擦係数がほぼ一定であり,その圧計算は比較的単純であるが,空気輸送の場合,固体の種類,混合比によって,密度や摩擦係数がそのつど変わるために,かなり複雑である。以下,一般の空気輸送の計算手順の一例を述べる。 (1)混合比mと管内風速v(m/s)を仮定する。混合比mと輸送管内の風速vはパイプ内に輸送物が閉塞しないような値を選ばなければならない。この値は実験や実装置の経験から決定される数値である。ここで低動力化のために,むやみに混合比を高く採ったり風速を下げたりすると,パイプ内に閉塞し輸送不能という重大な失敗を招くことがあるので十分注意する必要がある。 (2)風量Qを決める。
Q= Wγm[m3/s]
上の式においてWは輸送量〔N/s〕,γは空気の
比重量〔N/m3〕である。 (3)パイプ径を決める。必要な配管内径D〔m〕は,
D= 4Qπv [m]
となる。 (4)圧力損失の計算。全圧力損失Ptは次式で表される。
Pt=Ch・m・λ・lhD・γv
2
2g +Cv・m・λ・lvD・γv
2
2g[Pa]
流体振動の怖さ
配管中に棒状の測定端子を入れて各種の測定をしたい場合がよくある。圧力損失は許容できるとしても,プラントなどで大型配管中を流れる危険性の高い薬液などの温度を測定するときには,流体振動による挿入管の疲労破壊について十分研究しておく必要がある。 流れている流体中に物体,たとえば丸い棒が存在すると,背後に渦の列ができる。これは静止している流体中で,物体を進行させても同じことである。渦列は物体の形状が流れの方向に関して対称的で,物体の後部が尖っていない場合にできやすい。すなわち,丸い棒(円筒柱)の場合に,渦列はできやすい。円筒柱の背後では,図3のように1つの渦が右側にできれば,次は左側,その次はまた右側と順番に交互に渦ができる。 右側の列の渦と左側の列の渦は,反対方向に回っている。2つの渦列の渦はほぼ等間隔に並ぶが,並び方は2列縦隊ではなく,互い違い(千鳥形)である。この渦の列を「カルマンの渦列」という。 流体の流速をV(m/sec),円筒柱の直径をD(m)
図2 静圧と動圧
動圧
静圧
流れ方向
図3 カルマンの渦列
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とすれば,1秒間ごとに発生する渦の個数(周波数)f〔Hz〕は,ほぼ次式となる。 f=0.2V/D 渦は右側と左側で非対称にできるから,右側と左側で流速分布が異なる。流速分布が異なれば,ベルヌーイの定理から水圧力の分布も異なり,流れに垂直方向に水圧合成力を生じる。右側と左側に交互に渦ができるから,水圧合成力も交互に向きを変え,円筒柱には渦の発生周波数 fと同じ周波数を持つ振動力が作用することになる。円筒柱は流れ方向に垂直に振れる流体振動を生じる。一方,円筒柱の前後においても流速分布は異なるから,円筒柱は流れの方向にも振れる場合もある。もし渦の発生周波数 fが円筒柱の固有振動数に一致すれば,共振によって円筒柱には繰り返し曲げ荷重が作用することになる。流れの方向に垂直に振れる場合,(渦列の周波数)<0.8(円筒柱の固有
振動数)とすれば,共振を回避できる。しかし,共振を回避したはずの低い渦列の周波数(すなわち流速)でも,流れの方向に振れる。この共振を回避するためには,さらに,流速/円筒柱の直径<円筒柱の固有振動数となるようにする必要がある。そして,この共振を回避した低い渦列の周波数でも,円筒柱は流れの方向に振れ続け,疲労破壊するおそれがある。このように,流体振動疲労の評価には,2つの難しい問題がある。1つは,円筒柱が流れの方向に垂直に振れるだけではなく,流れの方向にも振れることである。1995年12月8日,図4に示すように高速増殖原型炉「もんじゅ」で2次主冷却系配管からのナトリウム漏洩事故が起きた。配管に差し込まれた温度計のウェル(さや)が流体振動疲労で折損することで配管内のナトリウムが漏れ出したのが原因である(図5)。ナトリウム配管中にできた渦列の周波数はきわめて高く,流速5 m/sec,ウェルの直径10 mmで,周波数は0.20×5/0.01=100 Hzであった。したがって,1日当り8.64×106≒107回の繰返し数に達するのであるが,ナトリウム配管中の設計においては,円筒柱流れの方向にも振れることを見逃したことでウェルの疲労破壊を生じさせた。
意外にうまみの少ないポンプ・送風機の 直列・並列運転
遠心ポンプの場合,1台のポンプでは吐出量または揚程が不足する場合には,2台もしくはそれ以上のポンプを直列または並列に設置して運転することができる。しかし,注意すべきは2台連結しても期待すべき倍の能力が原理的に得られないことである。
1.ポンプの直列運転 図6(a)のように1本の管路に2台以上のポンプを設置して送水するときには,図6(b)のように揚程H-流量Q特性をH軸方向に加算して得られる剛性特性と抵抗曲線との交点Pが運転点となり,各ポンプの発生する揚程はPからQに垂直線を引い
図5 折損した温度計さやとナトリウム漏洩経路1)
ナトリウムの漏洩
熱電対
2次系配管
保温材
ナトリウムの流れ
曲がった温度計
折れたウェル
図4 ナトリウム漏洩場所の様子1)
中間熱交換器2次系出口配管
格納容器貫通部
鉄製足場
ダクトに穴
鉄製足場に穴
床板鉄板の上にナトリウム化合物
温度計(ナトリウム漏えい個所)
ナトリウムの流れ方向
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て,これと各ポンプのH-Q特性との交点によってそれぞれH1およびH2として求められる。 そこで点Pの位置によっては揚程を増加しようとした設計目標を到達できない場合が出てくる。
2.ポンプの並列運転 並列運転とは図7(a)のように2台以上のポンプを1本の吐出管に合流するように送水する運転のことである。図7(b)に示すようにP1とP2をそれぞれのポンプのH-Q特性とするときには,AB=CDとして2本の特性曲線を横軸方向に加算することによって合成されたH-Q特性EFDが得られるから,管路の損失水頭hwと揚水すべき高さh
とを加えた曲線の交点Pが実際の運転点となる。このときの各ポンプの吐出量はQ1,Q2となり,その合計は点Pの横軸として求められるQ1+Q2である。もし,管路の抵抗が大きくて点Pが点P′にくるようであればP1なるポンプを使用する意味がなくなる。
気液二相流による配管設計の失敗
ドレンを流すための配管はドレン回収配管や還水配管と呼ばれる。ドレンは“凝縮水”なので,水配管の設計基準で設計すればよいと誤解されることがあるが,単なる水配管とみなして設計すると失敗する。この配管は少々特殊な設計が必要である。ドレン回収配管は
図8に示すような二相流の設計が必要となる。二相流とは気相である蒸気と液相であるドレンが混ざっている流れを指す。ドレン回収配管では蒸気
図6 ポンプの直列運転
流量Q
抵抗曲線
ポンプ2ポンプ2
ポンプ1
ポンプ1P
h
揚程H
H1 hH2
(a) (b)
図7 ポンプの並列運転4)
流量Q
抵抗曲線
ポンプ2
ポンプ1P
P′h
揚程H
Q1
h
Q2
ポンプ2ポンプ1
F
hw
A B C D
E
(a) (b)
図8 二相流配管設計
1.0MPaG
0.6MPaG
弁から排出されたドレンが再蒸発してフラッシュ蒸気が発生する
フラッシュ蒸気
ドレン フラッシュ蒸気の発生率は4%(重量比),フラッシュ後の配管内の比率は1:5となり,管内は大部分がフラッシュ蒸気となるのでフラッシュ蒸気の体積を考慮した配管径が必要である