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Page 1: 三菱重工×NTT コラボレーション成果 加工用高品質レーザ光 …10 kWのシングルモードレーザ光を30 m,同様に1kW のシングルモードレーザ光を300

NTT技術ジャーナル 2018.964

NTTと三菱重工業㈱(三菱重工)は,2014年 4 月よりNTTの研究所が持つICT(情報通信技術)分野の研究開発成果を,三菱重工のエネルギー ・ 環境,交通 ・ 輸送等の社会インフラ関連製品や工場 ・ 現場などに適用し,新たな価値創造をめざすことを目的に,研究開発連携を推進してきました.

今回,NTTのフォトニック結晶光ファイバ(PCF: Photonic Crystal Fiber)技術と,三菱重工の高出力レーザ加工技術の融合により,kW級の高出力シングルモードレーザ光を精密な加工に適した高い品質を維持したまま,数10〜数100 mにわたり伝送することに成功しました.従来, 1 kWを超えるシングルモードレーザ光は10 m程度しか伝送することができませんでしたが,今回の成果により伝送距離を数倍から数十倍伸ばすことができるようになります.

今日,レーザ加工技術は切削,孔空け,溶接などの手段として自動車や航空機などの製造現場でも幅広く利用されており,その利用シーンはあらゆる社会インフラ産業に拡大していくと考えられています.今回の成果は,高出力レーザ光を,精密加工に適した品質を維持したまま,業界の常識を超えた長い距離にわたり伝送することを可能にするものであり,レーザ加工技術の適用領域の拡大を加速し,ものづくりの変革をもたらす技術として期待されます.

■研究成果今回の共同研究では,①PCFの採用による伝送出力と

距離限界の克服,②新たなPCF断面構造の考案によるシングルモード光の高出力伝送能力とファイバ製造性との両立により,既存の高出力シングルモード伝送用光ファイバに比べ,伝送出力と距離の積で表される高出力伝送能力で 4 倍以上のポテンシャルが実現できることを明らかにしました.さらに,③実際に製造したPCFを用いて,10 kWのシングルモードレーザ光を30 m,同様に 1 kWのシングルモードレーザ光を300 mに渡り伝送することに成功しました.

本成果により,高出力シングルモードレーザ光を用いた高品質レーザ加工技術の適用領域の拡大が図られ,あ

らゆる社会インフラ産業における製造技術の変革が実現できると期待されます.■研究成果の詳細

(1) PCFの採用(特長)高精度で利便性の高いレーザ加工を実現するには,高

出力シングルモードレーザ発振器から出力される高品質なレーザ光を,加工に適した品質を維持したまま加工現場まで効率的に届ける必要があり,その伝送媒体として光ファイバが重要な役割を果たします.しかし,光ファイバの出射端に伝送可能な光出力と伝送距離は光非線形現象によって制限されます.より高出力な光を伝送するには光ファイバ中の光の通り道である“コア”の面積を拡大すると同時に,高精度加工に適した光をコアに閉じ込め,一方で加工精度の低下につながる不要な光を発生させないか,もしくはコア周囲のクラッド領域へ漏洩 ・減衰させることが必要となります.しかし,このような特性を実現するためにはコアとクラッドの屈折率の差を0.01%のオーダで制御する必要があり,材料添加によってコアとクラッドの屈折率差を調整する従来の光ファイバでは実現不可能でした.

一方,PCFは空孔で囲まれる領域に光を閉じ込めて伝送します.クラッド領域に相当する空孔領域の実効的な屈折率は空孔の直径dと間隔Λおよび空孔数の組合せで任意に調整できるため,コアとの屈折率差を0.01〜10%のオーダ幅で微細に制御することができます.この優れた屈折率の制御性を活かすことで,PCFは任意の波長で高品質なシングルモードレーザ光を長距離伝送することができます.このため,NTTでは光通信分野において,任意の波長を用いた大容量光伝送の実現をめざして低損失PCFの研究を実施してきました.また,空孔による強い光の閉じ込め効果を既存の材料添加による光ファイバ技術に組み合わせることで,光ファイバを 2 つ折り状態にしても通信が途絶えない光コードを商用化してきました.今回,PCFならではの屈折率の制御性をレーザ加工用ファイバという新たな分野に活用し,レーザ発振器から出力される高出力シングルモードレーザ光を,加工に適した高い品質を損なうことなく遠隔の加工作業地点まで伝送することが可能となりました(図).

三菱重工×NTT コラボレーション成果加工用高品質レーザ光の長距離伝送で業界の常識を一新

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NTT技術ジャーナル 2018.9 65

光ファイバの屈折率制御による高出力・高品質伝送の実現

材料添加コア

クラッド半径方向の屈折率変化0.1 ~ 1 %

直径による制御

コア拡大屈折率差低下第 2クラッド付与

数による制御

空孔による屈折率制御のイメージ

レーザ加工に適した品質で高出力伝送を実現

PCFは空孔の直径と数で屈折率を0.01 ~ 10%の範囲で制御可能

⇒材料添加では制御不可

第 2クラッド

不要光 高品質光

図 光ファイバにおける高出力・高品質伝送能力の向上法とPCFの適用性

レーザ加工技術は溶接,切断,穴あけなどの手段として自動車や航空機などの製造現場でも幅広く利用されており,三菱重工業㈱においても現在広く使われているマルチモードレーザ光を利用した加工技術を製造現場に適用しています.

レーザ加工においては,マルチモードレーザ光よりも高品質なシングルモードレーザ光を適用したほうが,より高い加工精度や品質が得られますが,既存の光ファイバでは数メートルしか伝送することができないことから,数十メートルの光ファイバ伝送が必要な製造現場での実加工には適用できないと考えられていました.

当社だけでは実現できなかった高出力シングルモードレーザ光のファイバ伝送技術について,NTTグループで保有される通信用の光ファイバ技術を応用すれば実用化できるのではないかと考えられたことから,「社会インフラ×ICTによる価値創造」の取り組みの一環として,光ファイバ伝送技術に関する共同開発をさせていただくことになり,10 kWクラスのシングルモード光の伝送を達成することができました.

本技術は,高出力シングルモード光を,精密加工に適した品質を維持したまま,業界の常識を超えた長い距離にわたり伝送することを可能にするものであり,レーザ加工技術の適用領域の拡大を加速し,ものづくりの変革をもたらす技術として期待しています.

今後,光ファイバだけでなくKTN(タンタル酸ニオブ酸カリウム)偏向素子や回折素子などのレーザ加工への応用技術についてもNTTグループの皆様と共同開発を進めていきたいと思います.

高出力シングルモードレーザ光のファイバ伝送技術

藤谷 泰之三菱重工業株式会社 総合研究所

担当者紹介担当者紹介

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NTT技術ジャーナル 2018.966

(2) 準均一構造PCFの考案と最適化PCFは空孔直径dと間隔Λの組合せで,その伝送特性

を制御します.さらに,dとΛの種類を複数設定した不均一構造を用いることで,より優れた特性を実現することができます.しかし,断面構造が複雑化することにより光ファイバの製造性が著しく低下してしまいます.そこで本研究では,空孔直径dを一定としたまま,空孔間隔Λを空孔数で調整する準均一構造PCFを新たに考案しました.これにより,実効コア断面積の拡張性と光ファイバの製造性の両立が可能となりました.

(3) 高出力シングルモードレーザ光伝送実験設計指針に基づき製造した長さ30 mの準均一構造

PCFに,10 kWのシングルモードレーザ発振器からの出力光を入射し,良好な伝送が行えることを確認しました.今回の伝送実験では,既存の高出力シングルモード伝送用光ファイバの 2 倍以上の高出力伝送能力となる270 kW・mのポテンシャルが実証されました.同様に1 kWのシングルモードレーザ光を長さ300 mのPCFに入射し,良好な伝送が行えることを確認しました.これ

は,300 kW・mの高出力伝送能力に対応します.

◆問い合わせ先NTT情報ネットワーク総合研究所 企画部 広報担当TEL 0422-59-3663E-mail inlg-pr-pb-ml hco.ntt.co.jpURL http://www.ntt.co.jp/news2018/1804/180425a.html

三菱重工業㈱との「社会インフラ×ICTによる価値創造」の取り組みの一環として,加工用高出力レーザ光の高品質・長距離伝送の実現に向けて検討してきました.

私は伝送に用いたフォトニック結晶ファイバ(PCF)の作製を担当しました.着手時には,すでに空孔構造型の光ファイバの作製技術を立ち上げていましたが,通信分野の高パワー光とはせいぜい10 W程度,今回実現したのが10 kW伝送なので,実に1000倍の壁があったことになります.雲をつかむような状況でしたが,100 Wでの検証からスタートし,ファイバ断面の空孔構造の改良と,作製精度の向上に取り組みました.大きな課題となったのが被覆技術です.通常の樹脂被覆では,kWクラスの光を入れると,曲げや被覆の欠陥点などで漏洩光が熱になって容易に被覆が燃えて,ファイバが破損してしまいます.対策として,漏洩光を生じないように特殊な被覆を用い,被覆の偏心・偏肉を抑えるための作製条件出しをひたすら行って,ようやく10 kWクラスレーザに対応するという最終目標に到達できました.

大きな共同プロジェクトならではのプレッシャーも感じましたが,ファイバ作製の中でものづくりの奥深さと面白さを実感しました.私たちの光ファイバが新たな加工技術の発展と,さらには,原子力発電所の廃炉などの,社会・環境面での重要課題の解決に役立つことを願っています.

レーザ加工を革新する光ファイバ技術

辻川 恭三NTTアクセスサービスシステム研究所アクセス設備プロジェクト 先端媒体グループ

研究者紹介研究者紹介


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