溶射は金属やセラミックスを溶融し、基材に吹き付けて皮膜を形成す
る技術。耐熱、耐食、耐摩耗などを目的に活用されるこの表面改質技術
は、高い信頼性が要求され、橋りょうや航空機部品をはじめ、産業分野
で重要な役割を果たしている。さらなる品質・機能強化や用途拡大に向
けた研究開発も活発。そこで、今回は溶射の最新技術動向として、次世
代航空機への用途にもかかわる耐環境コーティングへの取り組みについ
て、東北大学大学院工学研究科の小川和洋教授に解説してもらった。
溶射技術
耐環境コーティング(EBC)の創成
新用途開拓へ進化続ける
小川和洋教授東北大学大学院工学研究科附属エネルギー安全科学国際研究センター
( ) 【広告特集】 2015年 平成27年 3月18日 水曜日
■はじめに
溶射の新しいアプリケ
ーションとして、次世代
航空機への応用が期待さ
れているセラミックス基
複合材料
CMC
上へ
の耐環境コーティング
EBC
の開発が挙げ
られる。
EBCの開発には他の
成膜手法も考えられる
が、溶射技術は大面積を
低コストで、かつ速い成
膜速度で厚膜形成可能な
点が他の技術よりも優れ
ている。そのため、溶射
技術を用い、緻密で優れ
た酸素・水蒸気遮蔽性を
しゃへい
有するEBC成膜技術の
開発ならびにその長期信
頼性確保に関する研究が
急がれる課題となってい
る。
■耐環境コーティング
Environmen
tal Barrier
Coatings
EBC
航空機エンジン用動翼
は、1000度C以上の
高温環境下にさらされ、
高速で回転することによ
る遠心力の作用を受ける
ため、高温クリープ、耐
高温酸化特性に優れるニ
ッケル
Ni
基超合金
などの金属材料が使用さ
れてきた。さらなる高効
率化のため、一方向凝固
や単結晶といった結晶粒
界制御やセラミックス皮
膜による遮熱コーティン
グの適用などの改善が図
られてきた。
しかし、次世代航空機
用エンジンでは、これま
で使用されてきたNi基
超合金などの金属材料の
耐用温度を超える環境下
で使用されることが想定
されており、セラミック
ス基複合材料
Cera
mic Matrix
Composite
CMC
の応用が必要不
可欠である。
また、セラミックス材
料には金属材料に比べ軽
量であるといったメリッ
トも有する。すなわち、
次世代航空機用エンジン
への軽量セラミックス部
材であるCMCの活用
は、より高温で材料を使
うことによる高効率燃焼
や廃熱を最小限に抑えた
熱エネルギーの有効利用
の観点から、必須の技術
である。
特に、過酷な環境で使
用されるエンジン内高温
部材の劣化を抑制し、長
期間における使用を可能
にする表面被覆技術が、
国際的に差別化された軽
量セラミックス部材の実
現において欠くことので
きない技術となってい
る。航空機用材料および
コーティングの変遷を図
1に示す。
CMCの中でも高じん
性な炭化ケイ素長繊維強
化炭化ケイ素基複合材料
SiCf/SiCm
などの材料の利用が期待
されているが、SiCf
/SiCmは高温大気下
で使用されると、酸素あ
るいは水蒸気が透過し反
応することによるSiC
f/SiCm基材の減肉
が生じてしまう。これを
防ぐためには、緻密かつ
安定なコーティングを成
膜する必要があり、その
ための材料および成膜プ
ロセス技術の確立が重要
である。
これまでの先行研究で
はコーティング材料とし
て、リン酸塩
NZP
系、BAS
BaO―A
l2O3―2SiO2
系、SAS
SrO―A
l2O3―2SiO2
系に代表される結晶質固
溶体セラミックス、ムラ
イト
3Al2O3・2
SiO2
などが低熱膨
張係数で高温水蒸気腐食
に耐性があるために用い
られ、熱応力緩和層とし
てこれらを多層化した耐
環境コーティング
EB
C
が検討されてきた
伊藤義康、セラミック
ス系複合材料の耐環境コ
ーティング技術の現状、
機械の研究、
―
、p
p.
540―549、2
002
。
しかし、次世代航空機
では燃焼環境が、現状の
1200度Cから140
0度Cへ上昇すると考え
られており、遮熱層の表
面温度が高くなることで
多層皮膜の焼結収縮によ
るはく離が危惧される。
これらの課題を解決す
るために、コーティング
材料として酸化雰囲気で
の安定性に優れ、高融点
1900度―2000
度C
で蒸気圧が低く、
低熱膨張係数、低縦弾性
係数で酸素透過性が低い
などの特性を有する希土
類シリケート材料が注目
されている。
中でも炭化ケイ素
S
iC
と比較的熱膨張係
数が近く、高温水蒸気腐
食にも優れた耐性を示す
材料として、イットリウ
ムシリケート
Y2Si
O5
、イッテルビウム
シリケート
Yb2Si
O5
、エルビウムシリ
ケート
Er2
SiO
5
、ジスプロシウムシ
リケート
Dy2SiO
5
、ルテチウムシリケ
ート
Lu2SiO5
などが候補となってい
る。また、これらの材料
の成膜プロセスに関して
は、大面積を速い成膜速
度で、かつ低コストで厚
膜形成可能な溶射技術の
担う役割は極めて大きい
と考えており、特に当該
材料のナノサイズ粒子を
スラリー状にして成膜可
能なサスペンション溶射
技術は、酸素ならびに水
蒸気遮断性の高い緻密な
コーティングの創成には
欠くことのできない技術
であると考えている。
■日本溶射学会 耐環
境コーティング
EB
C
研究分科会発足
前述の問題を解決する
ために、日本溶射学会内
に耐環境コーティング研
究分科会を立ち上げるこ
ととなった。
本研究会
主査
小川
和洋
東北大
、幹事
山崎泰宏
新潟工科
大
、顧問
福本昌宏
豊橋技科大
、伊藤義
康
トーカロ
は、2
014年9月に日本溶射
学会へ発足を申請。
月
に理事会で承認頂き、2
015年2月に本分野に
造詣の深い方に声かけし
準備会を開催したばかり
である。4月以降の本格
始動に向けて、現在準備
中である。
本研究会では、次世代
航空機への応用が期待さ
れているセラミックス基
複合材料
CMC
の一
つである炭化ケイ素長繊
維強化炭化ケイ素基複合
材料
SiCf/SiC
m
上へ1400度C環
境下で使用可能な耐環境
コーティング
EBC
の創成とその長期信頼性
学術基盤の構築を最終目
標としている。
SiCf/SiCmは
高温水蒸気雰囲気中でS
iO2
とH2
O↓Si
OH
x
ガス化
の
反応により顕著な減肉を
生じるため、SiCf/
SiCm上へのEBCは
欠くことのできない技術
であることは前述の通り
である。そこで本研究会
では、SiCf/SiC
m用EBC創成のため
に、三つの核となる要素
に関し研究を進めてい
く。
三つの要素とは図2に
示す、
コーティング材
料の開発
成膜プロセス
の開発ならびにEBC長
期信頼性確保のための
皮膜特性評価技術の確立
である。
これらの要素技術を担
当する者が個々の技術の
みを取り扱うのではな
く、それぞれの要素に拘
わりながら連携・連鎖す
ることで、「材料」「プ
ロセス」「評価」が三位
一体となり、それぞれの
長所を伸ばし、短所を補
うことで、次世代航空機
エンジン用タービン動静
翼部材などの大幅軽量化
と使用環境下における長
期的な耐熱性、耐久性、
ならびに信頼性の飛躍的
向上の実現を目指す。
本文、次ページに続
く