「英語言説」研究の必要性
英語教育研究の 学問的自律性のために
寺沢 拓敬 日本学術振興会(特別研究員PD)
国立音楽大学非常勤講師 [email protected]
全国英語教育学会第40回大会(徳島大学)
2014年8月9日 第3室 13:00-13:30
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本発表の目的
• 既存の英語教育学に対し、 「英語言説研究」という新たな 研究課題を提起する。
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構成
1. 「英語言説」とは何か
2. 「ダメな英語言説」の例
3. なぜ私たちは英語言説を研究しなければならないのか
4. 研究の仕方 4.1. 経験主義的 (empirical) アプローチ
4.2. クリティカル (critical) アプローチ
5. 英語言説の研究は意義がありそして簡単
6. 【付録】言説のリスト
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1. 英語言説とは何か 4
• 定義
–社会における英語の位置づけに関して、特定のイメージ・社会観・政治観に基づいて語られたもの • 「英語・英語教育・英語学習に関するイメージ」
• 「英語観/英語教育観」(Cf. Seargeant, 2009)
• 問題点
–根拠薄弱なのに、まるで「真実」のように信じられている英語言説の存在
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「英語言説」
2. 「ダメな英語言説」の例
2.1. 「仕事と英語」 2.2. 「日本人論」的英語言説
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2.1. 「仕事と英語」
• 例えば・・・
– 「21世紀のビジネスパーソンの多数に英語使用が 求められている」
– 「グローバル化の進展により、ビジネスでの英語使用は増えている」
– 「英語ができると収入がアップする」
• エビデンスの不在
• 実証分析の結果、反証されたものも
ビジネス英語研究の専門家は、英語の研究者であって、労働研究(e.g. 労働経済学、産業社会学)の専門家ではない!
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ビジネス英語言説とその誤謬
言説 反証
(1) 「ビジネスパーソンの多くに英語は必要」
「必要性」に幅を持って定義しても、必要なのは数%~数割(寺沢, 2013a)
(2) 「仕事での英語使用は年々増加している」
2000年代後半、ほとんど全ての産業で英語使用は減少した(寺沢, 2014a)
(3) 「英語力が高くなると収入が増える」
英語力に賃金上昇効果は確認できない(英語力と収入の間の相関は、学歴・職種等を介した疑似相関)(Terasawa, 2011)
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0%
10%
20%
30%
40%
50%
飲食店産業 *
運輸業 *
情報サービス
卸売業
公務
金融保険
教育研究サービス
小売業
製造業
建設業
その他サービス業
医療サービス
農業
2006 2010
*: p < 0.05
詳細:寺沢2014a
過去一年の仕事での英語使用
(分母:就労者)
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減少が大きい産業 減少が小さい産業
2.2. 「日本人論」的英語言説
• 「日本人」に関する固定観念を反映した英語言説
• たとえば・・・ –「日本人女性は欧米崇拝的であり、 英語学習熱が異常に高い」(e.g. 津田, 2000)
• 特徴 –素朴な言語観・民族観・ジェンダー観等に 基づく
–特定のグループを「一枚岩」的に イメージする
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英語(外国語)学習の 予定・意欲がある人の割合
内閣府世論調査より(詳細:寺沢 2013b)
6% 6%
8%
7%
2%
4% 4%
10%
8% 9%
0%
5%
10%
76 81 84 92 99 2005
成人男性
成人女性
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デマ・都市伝説としての日本人論
• 「日本人の国民性は~だ」のような話は
学問の世界では否定されている
– 1980年代~:日本人論批判ブーム
• ベフ (1997), 杉本・マオア (1995), 吉野 (1997)
–日本人は他国民よりも同質性が低いという実
証分析の結果(間淵, 2002)
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3. なぜ私たちは英語言説を 研究すべきなのか
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• 社会科学を含む「総合的な科学」として構想された英語教育学(小笠原, 1972)
構想時の位置づけ
• 既存の英語言説を利用している研究者も多い • 「排出者責任」として検証する倫理的責任
倫理的責任
• 政治・行政・財界など権力との強い結びつき • 英語言説への批判を怠ると、英語教育学の自律性を損ないかねない(最悪の場合「御用学問」化)
学問の自律性
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4. どう研究すればよいか? メソドロジー/アプローチ
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研究手法
1. 経験主義
1A. 既存の言説を くつがえす
1B. 既存の言説を
ずらす
2. Critical Studies
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1A.「言説をくつがえす」型 (検証志向)
• 「言説が言っていること」と「実態」との間の
ギャップを暴く
• 当該社会の全体像を「実態」として設定
→だからこそ言説と実態とのギャップを示せる
4.1. 経験主義的
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他分野での研究事例(著名なもの)
• 佐藤 (2000) ------ 計量分析
– 「日本人」を代表するランダム抽出調査のデータ
を計量分析し「日本は平等な社会だ」言説を反証
• 小熊 (2002) ------ 歴史研究
– 戦後思想に関する膨大な量の文献を検討して、
「ナショナリズムは右派・保守派のもの」という
通説をくつがえす
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4.1. 経験主義的 1A.「言説をくつがえす」型
英語言説研究への適用例
• 計量分析:一般化可能な社会統計データ(ラ
ンダム抽出標本等)を用いて、日本社会の実
態を解明し、言説とのギャップを示す
– 例:寺沢 (2014b):
ほぼ全て公開データの2次分析
• 実施の困難さ
– 個人プロジェクトではほぼ不可能
– 科研や学会主導による大規模調査が必要
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4.1. 経験主義的 1A.「言説をくつがえす」型
1B.「言説をずらす」型 (多様性志向)
• 一枚岩的・本質主義的な英語言説に、実
態の多様性を対置する
• 通説を正面から検証するというよりは、
「言説をずらす」
4.1. 経験主義的
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英語言説研究への適用例
• Kubota & McKay (2009)
------ エスノグラフィー
–「(内なる)国際化」がすすむ都市の住民が
抱く英語観・国際語観・多言語主義観の分析
–「国際語としての英語」言説の前提と異なる
現実を示し、言説の相対化
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4.1. 経験主義的 1B. 「言説をずらす」型
4.2. クリティカル・スタディーズ
• 英語言説に内在する政治性・イデオロギー性を厳しく問うことを重視
• 他分野での研究事例 ------社会言語学を中心に------
– かどや・あべ (2010)
• 識字・識字教育をめぐる数多くの「神話」を批判
–ましこ (2003)
• 国語・日本語・標準語をめぐる「神話」を批判
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英語帝国主義論
• 英語言説批判の先駆者(大石, 2005; 津田, 1990; 中村, 2004)
• 「お手本」としてオススメしない理由
– 良くも悪くも「名人芸」 (論文ではなく単著ベース)
– 別種のイデオロギー(≒言説)にまみれている (ナショナリズム、ジェンダー本質主義等)
– 理論武装が弱い
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4.2. クリティカル・スタディーズ
「理論*/哲学」の必要性
• データ分析に必ずしも基づかず、思索を中心としている以上、放っておくと「独りよがりの意見」に
• 理論武装のための社会理論・政治哲学・現代思想 –クリティカル応用言語学の代表的な教科書
Pennycook (2001)
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---------------------------------- * 「科学理論」「SLA理論」などにおける「理論」とはニュアンスが異な
る。「物事(例:社会・政治・教育制度)の仕組みに対するある程度一貫性を備えた洗練された説明方法」といった意味
4.2. クリティカル・スタディーズ
日本の英語言説をめぐる研究
• Kubota (2011) Cf. 久保田(2014)
– 日本社会に広く浸透している様々な英語言説(たとえば「国際語としての英語」言説)のイデオロギー批判
– マルクス主義・ポスト構造主義思想などを援用
– 実態と乖離した英語言説が、いかに客観的・中立的な「真実」として偽装されるのか、その作用を暴く
• 仲 (2007)
– 地域の言語的多様性から乖離した自治体の言語政策(英語教育政策も含む)に対する批判
• 仲 (2010)
– 英語教授法をめぐる言説に内包される権力性への批判
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4.2. クリティカル・スタディーズ
5. 英語言説研究は、 やりがいがあり、そして、簡単
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• 業績がつくりやすい – 直接的な先行研究(≒競争相手)は少ない
– 間接的な先行研究(参考文献・参照可能な枠組み・お手本)は膨大
• 社会的意義の大きさ – 研究の受益者は、英語教育関係者・英語学習者に限定されない
• 社会的な注目度 – ひょっとしたら修論が 新書として出版される かもしれない
メリット
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デメリット?
• (日本の)英語教育学に先行研究がない?
– 人文社会科学において膨大な専攻研究
– 日本語教育学・社会言語学にも多数
– 海外の応用言語学にも多数
• 主要なジャーナル:Critical Inquiry in Language Studies, Gender and
Language, Journal of Multicultural Discourses, Critical Discourse Studies,
Journal of Multilingual & Multicultural Development
• 貢献度が低い?
– たしかに「明日の授業には役立たない」が・・・
• 参入する研究者が多いほど、あなたの研究による貢献度は逓減する
• 研究者の規模が小さければ、分け合うパイ(=貢献度)は大きい
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付録 英語言説リスト 検討に意義のありそうなもの(案)
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• ビジネスにおける英語使用に関する言説
– 「これからのビジネスパーソンにとって英語のスキルは必須」
– 「ビジネスでの英語使用は増えている」
– 「英語ができるようになると賃金が上がる」
• 「英語熱」をめぐる「日本人」言説
– 「日本人は英語熱に浮かされている」
– 「日本人は英語に深いコンプレックスを持っている」
→「大衆の『英語狂乱』を英語学習に見識のある私が叱る!」型レトリック
• 「日本人」の英語力に関する言説
– 「日本人の英語力は世界で(アジアで)最低」
– 「英語ができないせいで日本の経済発展は低迷する」
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• 国際語としての英語に関する言説
– 「日本国内においても、英語は国際語として流通している」
– 「国際語としての英語でのコミュニケーションは、『形より中
身』が重視され、非標準的な英語使用であっても尊重される」
• 英語教育に対する「世論」をめぐる言説
– 「小学校英語は、英語ができない(語学に「見識」のない)『大
衆』の後押しで成立した」
– 「世論は、話せる英語を求めている」
– 「世論は、国語教育より英語教育のほうが大事」
– 「世論は、英語教育より国語教育のほうが大事」(上の逆)
• ネイティブスピーカーに関する言説
• 英語指導法に関する言説
• 英語学習法に関する言説
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引用文献
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Pennycook, A. (2001). Critical applied linguistics: A critical introduction. Routledge.
Seargeant, P. (2009) The idea of English in Japan: Ideology and the evolution of a global language. Clevedon: Multilingual Matters.
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杉本良夫・マオア, ロス(1995)『日本人論の方程式』筑摩書房
津田幸男 (1990). 『英語支配の構造 : 日本人と異文化コミュニケーション』第三書館
津田幸男 (2000) 『英語下手のすすめ ―英語信仰はもう捨てよう』ベストセラーズ
寺沢拓敬 (2013a).「『日本人の 9 割に英語はいらない』は本当か? ―仕事
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