Summon Devil
ばーれい
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【あらすじ】
一つの戦いの決着。そして敗者は魔界へ、父親の故郷へその身を投げた。しかし辿り
着いた先は魔界ではなく──。運命か偶然か、彼は辿り着いた世界で新たな出会いを果
たす。それが彼にもたらすものとは。
目 次
第1章 忘れられた島
─────────
プロローグ
1
─
第01話 漂流者との出会い
11
──
第02話 月夜に煌めく刃
24
─────
第03話 新たな力
45
────
第04話 結界と魔剣
58
───────
第05話 決意
79
───────
第06話 遺跡
100
───────
第07話 過去
119
───
第08話 束の間の平穏
135
────
第09話 無色の派閥
149
───────
第10話 虐殺
168
────
第11話 嵐の前触れ
185
─────
第12話 悪魔襲来
199
第13話 さよならのかわりに影をか
────────────
さねて
215
第2章 放浪
─────
第14話 聖王国へ
240
────
第15話 二つの邂逅
256
─────
第16話 きっかけ
271
──────
第17話 母と子
290
───────
第18話 再会
311
────
第19話 向き合う心
329
─────
第20話 バージル
346
───────
第21話 凶兆
363
────
第22話 抗えぬ変化
380
第3章 激動の時代
第23話 動き出す宿命 前編
──────────────────────────────────────────
397 第24話 動き出す宿命 後編
──────────────────────────────────────────
415
──
第25話 悪魔が蔓延る街
431
────
第26話 役者は揃う
448
───
第27話 知るべき現実
467
───────
第28話 覚悟
483
────
第29話 悪魔の再来
499
─────
第30話 戦う意味
516
───
第31話 迫られる決断
533
───
第32話 いるべき世界
554
───
第33話 戦い終わって
571
────
第34話 戦乱の胎動
587
─────
第35話 蒼の派閥
606
────
第36話 派閥の依頼
626
───
第37話 悪魔の住む館
643
────
第38話 因縁の交錯
661
───
第39話 滅ぼされた村
678
──
第40話 崖っぷちの都市
695
────
第41話 諸刃の真実
711
─
第42話 動き始めたうねり
732
第43話 ファナンの戦い 前編
──────────────────────
748
第44話 ファナンの戦い 中編
──────────────────────────────────────────
765 第45話 ファナンの戦い 後編
──────────────────────────────────────────
784 第46話 一時の安穏の中で 前編
──────────────────────────────────────────
803 第47話 一時の安穏の中で 後編
──────────────────────────────────────────
820
───────
第48話 開戦
839
───
第49話 大平原の攻防
857
──
第50話 機械遺跡の悪魔
877
──
第51話 終わりの始まり
896
──────
第52話 真魔人
922
─────
第53話 永遠の絆
946
第4章 いつか夢見た日
────
第54話 穏やかな夜
969
第55話 忘れられた島のある一日
─────────────
前編
998
第56話 忘れられた島のある一日
─────────────
後編
1020
────
第57話 二人の旅路
1041
────
第58話 暗躍の王都
1060
────
第59話 喧騒の裏で
1078
────
第60話 ゼラム事変
1095
────
第61話 炎獄、再び
1115
───────
第62話 乱戦
1134
─────
第63話 背水の陣
1153
─────
第64話 心の道標
1176
───
第65話 夢のその先へ
1199
第5章 希望の担い手
───
第66話 世界の迷い子
1218
────
第67話 竜を狙う者
1237
第68話 名付けるということ
──────────────────────────────────────────
1259
───
第69話 狙われたもの
1277
────
第70話 親子になる
1295
第71話 はじめてのお出かけ
──────────────────────────────────────────
1318
────
第72話 浮遊城の主
1341
────
第73話 勝者と敗者
1364
────
第74話 歪んだ連鎖
1386
───
第75話 宵闇の大捕物
1409
─────
第76話 血の導き
1435
──────
第77話 父と子
1459
──
第78話 日の目に曝して
1481
─────
第79話 戦いの影
1508
──
第80話 裏切りの御使い
1528
─
第81話 古砦の攻防 前編
1549
─
第82話 古砦の攻防 後編
1571
───
第83話 確執の終わり
1599
──
第84話 鋼鉄の心 前編
1619
──
第85話 鋼鉄の心 後編
1643
─
第86話 トレイユを外れて
1663
─
第87話 花の妖精を探して
1684
─────
第88話 一宿一飯
1705
────
第89話 旅の道連れ
1725
───────
第90話 伏魔
1748
第91話 帝都に潜む魔 前編
──────────────────────────────────────────
1767 第92話 帝都に潜む魔 後編
──────────────────────────────────────────
1789
────
第93話 窮余の一策
1815
───
第94話 妄執の黒い雪
1836
──
第95話 明かされた出自
1865
───────
第96話 復調
1886
─
第97話 異端召喚師審問会
1906
───────
第98話 船出
1929
第6章 帰郷
───
第99話 幻獣界への道
1951
──
第100話 竜尋郷の至竜
1974
第101話 名もなき世界に向けて
──────────────────────
1994
──────
第102話 故郷
2014
第103話 Sons of SPA
────────────
RDA
2035
第104話 フォルトゥナ観光旅行
─────────────
前編
2057
第105話 フォルトゥナ観光旅行
─────────────
後編
2081
──
第106話 那岐宮の痕跡
2104
──
第107話 世界の繋がり
2126
第108話 那岐宮旅情記 前編
──────────────────────────────────────────
2145 第109話 那岐宮旅情記 中編
──────────────────────────────────────────
2165 第110話 那岐宮旅情記 後編
──────────────────────────────────────────
2187
───
第111話 魂を継ぐ者
2215
──────
第112話 帰還
2234
第7章 誰が為の楽園
──────
第113話 凶手
2256
─
第114話 赤き雷の襲撃者
2278
─
第115話 赤き影の暗殺者
2303
──
第116話 擾乱の那岐宮
2330
──────
第117話 政変
2351
──────
第118話 宣戦
2373
──────
第119話 余波
2393
─
第120話 長い日の終わり
2413
───
第121話 雲霞の悪魔
2432
─
第123話 悪魔を覆滅せよ
2451
──────
第124話 掃滅
2470
第1章 忘れられた島
プロローグ
血を分けた弟、ダンテとの壮絶な殺し合いの末、敗れたバージルはその身を自ら魔界
に投げた。だが、彼は魔界に落ちることはなかった。
一瞬の内に周りの景色、空気が変わったことをバージルは感じ取った。真下に見える
のは自然が多くある島の浜辺であり、空気は魔界ほど魔力に満ちてはいないものの、瘴
気があるわけではなかった。
(ここはどこだ……?)
およそ五十メートルの高さから着地したバージルは思った。魔界のような莫大な魔
力や瘴気があるわけでも、人間界のようにほとんど魔力がないわけでもない。いわば魔
力に満ちた人間界、あるいは魔界と人間界の中間のような場所、それがバージルのいる
この場であった。
「だ、大丈夫ですか!?」
唐突に後ろから声をかけられた。バージルが振り返ると、そこには赤い髪に白い帽子
かぶった妙齢の女性がいた。
1
現在のバージルの姿は、ダンテとの戦いで負った傷自体はほとんど治ってはいるもの
の、唯一最後に受けた一撃だけは、未だに塞がっておらず血が流れ続けており、足元に
も血だまりができていた。そんな様子を見れば誰でも声をかけたくなるだろう。
「誰だ、貴様は?」
相手からは殺気は感じられず、たいした魔力を持っていなかったため、バージルは危
険はないと判断した。
そして身につけているものを確認する。父の形見であり、バージル自身の愛刀である
閻魔刀も、母の形見である金のアミュレットも失くしてはいなかった。
「え、わ、私はアティと……」
バージルに声をかけた女性はアティという名のようだ。
アティは自分の言葉の途中で、背後から殺気を感じ思い出した。今ははぐれ召喚獣と
の戦闘中だったということを。
とりあえずはぐれ召喚獣をなんとかしようと剣を構えつつ振り返った。しかし彼女
に襲いかかろうとしていた召喚獣は既に両断され見るも無残な死体となっていた。
背後で剣を鞘にしまったような金属音が聞こえた。
「…………」
アティが振り向いた先には、バージルが鞘に収まった閻魔刀を左手に持ちながら無言
2 プロローグ
で立っていた。
そしてそのまま歩いてアティを追い越し、はぐれ召喚獣へ近付いていく。ただそれだ
けではぐれ召喚獣は、悲鳴ともとれるような鳴き声を上げ、逃げ出していた。
「……フン、つまらん」
バージルがつまらなそうに吐き捨てる。その横をアティが走って行った。
どうやら前方にいる人間の子供へ駆け寄っていたようだった。バージルはとりあえ
ずあの女から話を聞こうと、アティ達の方へ近付いていった。
「おい」
声をかけられたアティは、胸に抱いている少女の背中を撫でながら、まだ助けても
らったお礼を言っていなかったこと思い出した。
「あ、さっきはありがとうございました!」
もっともバージルは自分に敵意を向ける相手を追い払っただけであり、彼女達を助た
つもりはなかった。そのため礼を言われるより、ここのことが知りたかった。
「そんなことはどうでもいい。……ここはどこだ? 人間界なのか?」
「え、人間界? いえ、ここはリィンバウムですけど……」
アティの言葉を聞いてバージルは表情に出さないまでも内心驚いていた。
同時に、人間界でも魔界でもない世界であると納得していた。最初にここに来た時か
3
らこの世界の空気を感じ取っていたので、うすうす気づいていたのかもしれない。
「……リィンバウムとはなんだ?」
「えっと……あなたは召喚獣ですか?」
再びバージルにとって意味のわからない言葉が出てきた。半人半魔であるバージル
だが、少なくとも見た目だけは、魔人化しない限り普通の人間と変わらない。
そのバージルを見て召喚「獣」という言葉を使ったのはなぜなのか。
「召喚獣? なんだ、それは?」
「えっと……まずこのリィンバウムと、それを取り巻く四つの世界について説明します
ね」
バージルの疑問にアティはどう答えるべきか悩んだ末に、一から説明することにし
た。その前に胸に抱いた少女を横にする。バージルによって作り出された、召喚獣の無
残な死体を見てショックを受けたのか、それとも助かったという安心感から眠ってし
まったのかは分からない。
「このリィンバウムの周りには『機界ロレイラル』『鬼妖界シルターン』『霊界サプレス』
『幻獣界メイトルパ』の四つの世界があります。そうした世界からこの世界に召喚する
方法を『召喚術』、召喚される者を『召喚獣』と呼ぶんです」
アティのまるで教師のような説明を、バージルは真剣な表情で聞いていた。
4 プロローグ
「この『召喚術』は元々『送還術』と言って、リィンバウムに攻めてきた者を、元の世界
に送り還すだけの技術だったんですが、それを研究し応用することで生まれたのが『召
喚術』で、いろいろなところで使われています」
「……少なくとも、その四つの世界から来たわけではないようだが」
バージルのいた人間界は他の世界の存在などは、一切認知されていない。魔界の存在
でさえごく一部の物にしか知られていないのだ。もし、アティの話すように召喚術に
よって大量に人や物がなくなれば、問題になることは明らかだ。
「一応、最初に言った四つ以外にも『名もなき世界』というのがあるんですが、これにつ
いては詳しく分かってないんです」
「何故だ?」
「召喚術は四つの世界のものを呼び出すのが基本なんです。それに「名もなき世界」から
召喚されるもののほとんどが道具だという話ですし、そうしたことが原因だと思います
けど……」
これまでとは異なり、曖昧な言い方になったのは、アティ自身も研究が進まない明白
な理由は分からなかったからだろう。彼女は召喚術の専門家ではないのだから仕方の
ないことだろう。
「……話を聞く限り、俺はその『名もなき世界』から召喚された、というわけか」
5
説明を聞き終えたバージルが確認するように言った。四つの世界のいずれかが、彼の
生まれた人間界である可能性は限りなく低い。しかし「名もなき世界」は、リィンバウ
ムでもよく知られていないことから分かるように、最も関係が希薄なのだ。さらに召喚
されるほとんどのものが道具という話であるため、リィンバウムに召喚されても大きな
問題にはなりにくいだろう。
したがって、バージルが「名もなき世界」から召喚されたと考えたのは当然の帰結な
のだ。
「たぶん、そうだと思います」
バージルの考えについては、アティも異論を挟む余地はない。そもそも四つの世界の
いずれかから召喚されたなら、こんな説明など不必要なはずなのだ。
「ならば早く俺を帰せ」
「わ、私じゃ無理です。召喚した人でないと、元の世界には戻せないんです」
「……貴様が召喚したのではないのか?」
バージルはてっきり、彼女が自分を召喚したものとばかり思っていた。なにしろバー
ジルがこの世界に来た際に、近くにいたのがアティだけだったからだ。
「いえ、私はしていません」
アティはそう断言した。嘘をついているようには見えない。そもそも嘘をついたと
6 プロローグ
して得をするとは思えない。そのためバージルはアティの言葉を信じることにした。
「他に帰る方法は?」
「……少なくとも私は知りません」
二度と故郷に帰ることのできないバージルの心の内を考えてか、アティは若干俯きな
がら言った。バージルにとっては人間界に戻れないことは、大して問題ではないが、こ
んなわけのわからない世界にいるつもりもなかった。
「……ここから出ていく方法は?」
少し考え聞いた。アティが知らなくとも、召喚術を研究しているような人物や施設で
あれば、何か帰るための手段か情報があるだろうと思い至り、とりあえずこの島を出な
ければ、と思ったのだ。
「私もつい先ほど目が覚めたので……」
「……この島に住んでいるわけではないのか?」
「は、はい。……実は私とこの子が乗っていた船が、海賊に襲われた上に、嵐に巻き込ま
れまして」
「海賊、か……」
やはりどこの世界にもそうした輩はいるんだな、と図らずも明らかになった、人間界
との共通点をバージルは呟いた。
7
「それで、海に落ちたこの子を助けるために海に飛び込んで、気付いたらここにいたとい
うわけでして……」
「…………」
なんとも愚かで悪運の強い奴だ、と呆れが混じった視線を向けたバージルに、アティ
が提案した。
「あの……もしよかったら私達と一緒に行動しませんか? 一人でいるよりはいいと思
いますよ?」
「……いいだろう」
バージルは少し考えてから答えた。この世界について何も知らず、あてもなく動き回
るよりこの世界の人間と共に行動した方が、結果的に早く元の世界に帰ることができる
と考えたためだった。
話がまとまるとアティは火を起こし、その横に先ほどから寝ている少女を横にした。
少女はアリーゼというらしく、家庭教師をしているアティの生徒だという。
バージルはそこから少し離れたところで座りながら瞑想していた。
そこへアティが近付いてきた。バージルは振り向きもせず、そのままの姿勢で言っ
8 プロローグ
た。
「何の用だ」
「えっと……まだ名前を聞いてなかったので……」
「バージル」
そこで話は途切れた。アティは気まずそうにあたりを見回した。すると少し離れた
ところに赤黒い水たまりがあるのが見え、思い出した。
最初に会った時バージルは腹から血を流していたことを。これまで彼が平然として
いたので忘れていたのだ。
「あのっ、バージルさん、お腹の傷はいいんですか!?」
「もう塞がっている」
「でも、あんな傷を負ってるならどんな人でも安静にするべきです!」
血だまりができるほどの量の血を流して無事でいるはずはない。人間の常識で判断
したアティの言葉を、バージルは有無言わせず否定した。
「……二度と俺を人間と呼ぶな」
半分は人間の血を引いているとは言えバージルは、上級悪魔であるベオウルフすら、
一瞬の内に斬殺できる程の力を持つ上に、並外れた怪力と魔力を持ち生半可な攻撃では
傷にすらならない強靭な体を持っているのだ。人間の常識が通じる存在ではない。
9
それに彼は人間であることを捨て、悪魔として生きることを選んだのだ。人間と呼ば
れることは不愉快だった。
「っ……、それじゃあ、あなたは何者なんですか……?」
「悪魔」
正確に言えば純粋な悪魔ではなく、半分は人間の血を引いている半魔だが、バージル
は人間としてではなく悪魔として生きることを選んだため、そう答えたのだ。
「ええええ!?」
アティはよっぽど驚いたのか、素っ頓狂な声を上げた。それほど驚くことか、とバー
ジルは呆れるのと同時に、この先が思いやられた。
10 プロローグ
第01話 漂流者との出会い
翌日、バージルとアティは役に立つものはないか探すために浜辺を歩いていた。探索
を提案したのはアティであるためか、先程から使えそうな物を拾っているのは彼女だけ
でバージルはただついて来ているだけだった。
そのアティは昨日バージルが悪魔であることを知って、どこか落ち着かない様子で
あったが、意を決して口を開いた。
「あの……バージルさんが悪魔って本当ですか?」
「嘘を言ってどうなる」
「あ、いえ、疑っているわけではなく、私の知っている悪魔とは随分違うなぁ、て思って
……」
「この世界にも悪魔がいるのか?」
アティの言葉に反応したバージルが尋ねた。バージルの目指す魔界にいるような悪
魔とは違うようだが、それでも悪魔がいるという事実に単純に興味が湧いたのだ。
「いえ、実際に住んでいるのはサプレスなんですが……」
そのままアティはサプレスやそこに住む悪魔や天使の説明をした。バージルの知る
11
悪魔との違いは実体を持たず、マナという魔法力によって体を構成しているということ
だった。またサプレスには「奇跡」や「魔法」という技術、天使は「奇跡」を悪魔は「魔
法」を使うのだ。
「全くの別物、というわけではないか……」
感想を言いつつ自らの知る悪魔のことを思い出す。バージルの知る悪魔も、人間界に
姿を現すには媒体となるものを要する悪魔は多い。自分の肉体を持てる悪魔は決して
多くはないのだ。大悪魔クラスは別にしろ、中級悪魔でもヘル=ヴァンガードのように
砂を依り代に姿を現すものもいるのだ。
「はあ、そうなんですか」
言いながら近くにあった鍋を拾った。錆などは見られない。つい最近流れ着いた物
のようだ。もしかしたら乗っていた船の備品かもしれない。
一時はバージルのことを少し怖がっていたアティであったが、話してみると人間と変
わりないように思えた。自分の知識にある悪魔は、人間と契約を結ぶことはあるがけっ
して友好的とはいえない存在なのだ。その中には異世界に侵略する悪魔もおり、かつて
リィンバウムも攻撃を受けたことがある。そのため人の好いアティでも少し身構えて
しまったのだ。
しばらくして、役に立ちそうな物は全て拾い集めたため、寝ていた場所に戻ると、出
12 第01話 漂流者との出会い
発するときには寝ていたアリーゼは起きており、近くに浮いていたぬいぐるみのような
影の方を向いていた。
「あ、おはよう。目が覚めたんだね」
アティが声をかけるとアリーゼは振り向いたが、その隣に見知らぬ男がいたため思わ
ず尋ねた。
「あの、先生。そちらの方は……?」
「バージルさんっていって、昨日私たちを助けてくれたんだよ」
そう言われアリーゼは思い出した。確かにバージルは昨日、はぐれ召喚獣に襲われて
いるところで助けられたということを。
「あ、あの、アリーゼと言います。昨日はありがとうございました」
そう言ってお辞儀をするアリーゼだったが、バージルにとって昨日の敵は、敵意を
持っていたので、1匹を切り捨て、残りは睨みつけただけで逃げ去っただけであり、特
に助けたという考えは持っていなかった。そのため「ああ」とひどくぶっきらぼうな返
事をした。
「そ、そうだ、昨日から何も食べてなかったですし、お魚でも釣ってご飯にしましょう!」
バージルの傲岸不遜の態度によって悪くなった場の空気を、少しでも良くしようとア
ティが明るくそう言った。そしてアリーゼと共に釣りの準備をして海に向かっていっ
13
た。バージルは特に手伝いもせず瞑想していた。
結局魚はそれなりに釣れたものの、食事中はこの後の方針として「食べ終えたらもう
少し遠くまで探索してみよう」ということを決めた後は、誰一人口を開くことなく食べ
終えた。
「……それはなんだ?」
いざ、探索に出かけるにあたり、バージルはアリーゼについてくるぬいぐるみのよう
なもののことが気にかかった。
「倒れていた私を起こしてくれたのがこの子なんです。それに昨日も召喚獣から守って
くれたりして……」
「これも召喚獣なのか?」
どうも聞きたいことがアリーゼにはうまく伝わらなかったようで、バージルはアティ
に直接尋ねた。
「そうですね、見たところ、サプレスの天使だと思います。……その子の名前はなんてい
うの?」
バージルの疑問に答えつつ、アリーゼに召喚獣の名前を聞いた。
14 第01話 漂流者との出会い
「私はキユピーって呼んでます」
「いい名前だね」
サプレスの天使というのは随分情けない姿をしていると感じると共に、天使と敵対し
ている悪魔の姿もまさかこんな形しているのではないか、という考えがバージルの頭を
よぎる。
「……まあいい、さっさと行くぞ」
それを振り払い声をかける。今すべきはここの探索を進めることなのだ。
砂浜を一時間ほど歩いたあたりでバージルは人の気配を感じた。はぐれ召喚獣の気
配は昨日から何度か感じてはいたが、人の気配は初めてだった。
「おい、向こうに人間がいる。行くぞ」
アティとアリーゼの二人に声をかけ、バージルは気配のする方へ向かっていった。そ
のまま少し歩くと目視でも十分人物が見える距離まで近づいた時、アティが叫んだ。
「船を襲った海賊!!」
「へえ……お前らも生きてやがったのか、それに前は見かけなかった奴もいるな」
若い二人組で一人は金髪で武器は持っていないが、しっかりとした体つきの男であ
り、もう一人は少しやせ気味の杖を持った男だった。
金髪の男はアティと知り合いのようだが、言葉からすると敵対関係だったのだろうと
15
バージルは察した。
だがそんなことより重要なのは、奴らが海賊である以上船を持っており、その船に
乗ったままここに来たという可能性があるのだ。
「おい、貴様らの船はあるか?」
「ああ、あるぜ。少し壊れちゃいるが直せないわけじゃない」
金髪の男はバージルの狙いが分かったのか、ニヤリと笑いながらそう言った。
「ならば話は早い。その船に乗せろ」
バージルの当面の目的はこの島から脱出することであり、そのためならばアティと敵
対関係にある者でも、手を組むことに悩みはしなかった。
「はい、いいですよ、とでも言うと思うか」
「ならば言いたくなるようにするだけだ」
売り言葉に買い言葉である。隣にいた男が「カイルさん、落ちついて」と言っていた
が、それを聞き入れるつもりはないようだ。アティも似たようなことを言っているが、
バージルはそれを聞き入れるつもりは無論なかった。
「はっ、おもしろいじゃねぇか! いいぜ、俺に勝ったら客人として俺の船に迎えてやる
よ」
「その言葉、忘れるな」
16 第01話 漂流者との出会い
その言葉と共にバージルは前に進み出た。金髪の男は拳を構えながら、バージルに向
かって走りだした。武器は出していないが、拳に革の籠手を付けているところ見ると、
徒手空拳で戦うようだ。
常のバージルならば遠距離攻撃魔術の「幻影剣」で迎撃するか、疾走居合やトリック
アップで距離を詰めつつ攻撃するのだが、今回の目的は殺すことではないので構えをと
らず立ち止り、変わらずに向かってくる金髪の男を待っているだけだった。
「食らいやがれ!」
相当なスピードで殴りかかってくる金髪の男の一撃を、バージルは軽く右に避け、懐
に入り込み鳩尾に閻魔刀の柄頭を打ちこんだ。人体の急所の一つである鳩尾に打撃を
入れられたため、金髪の男は余りの痛みで一瞬うずくまったが、それでも場数を踏んだ
経験からか痛みに耐えながらもバージルから距離を取ろうとした。だが、それを許すほ
どバージルは甘くはなかった。
「なっ!?」
周りに浅葱色の小さな剣がいくつも浮いていた。誰の物かはすぐに分かった。たっ
た今対峙している銀髪に蒼いロングコートを纏った男だ。こんな芸当はただの人間に
はできない、おそらくは召喚術か、もしくは銀髪の男自身が召喚獣なのだろう。
だが、彼にはそんなことはどうでもよかった。なにしろこれほど一方的に負けたこと
17
は元締めになってから初めての経験だったのだ。悔しいを通り越して笑いが込み上げ
てきた。
「ははは……俺の負け、完敗だ!」
それを聞いてバージルは幻影剣を消しながら言った。
「自分の言った言葉を忘れるな」
「ああ、勿論だ! お前ら3人とも俺の船の客人として歓迎するぜ」
「あの……私達もいいんですか?」
金髪の男の言葉を聞いたアティが恐る恐る聞いた。以前は敵対していた自分も乗せ
ることになってもいいのかと思ったのだ。
「あんたらもこの兄ちゃんの仲間だろ? なら構わんさ」
「あ、ありがとうございます」
悪い人ではないのかもしれないと思いつつ、礼を言った。
「いいって、そう気にすんなよ。……そういやまだ自己紹介がまだだったな、俺はカイ
ル、海賊一家の元締めをやってる。んでこっちがヤード、見ての通り召喚師で、ちょい
とワケありで俺たちの客になってる」
「どうぞ、よろしく」
金髪の男カイルの紹介を受けた、杖を持った男ヤードが言った。
18 第01話 漂流者との出会い
「バージルだ」
「アティです。昔は軍人でしたけど今はこの子の先生をしてます」
「えっと、アリーゼ、です」
それぞれ自分の名を名乗り、その後カイルが船へ案内するということになった。道中
アリーゼが不安そうな顔をしており、アティがそれに気付き少し話をしていたようだ
が、バージルには興味がなかったためそれ以上、気にすることはなかった。
「バージルさん、先程の剣は召喚術で出したものですか」
「違う、あれは俺の魔力を剣の形にして放出しているだけだ」
ヤードの質問にバージルが答える。質問は彼がカイルとの戦いで出した幻影剣につ
いてのものだった。遠距離攻撃魔術「幻影剣」、先程の戦いのように相手の周りに配置
し、串刺しにすることもできれば、単に射出して飛び道具の代わりに使うこともできる、
非常に汎用性の高い魔術である。
「すると、あなたは──」
「悪魔だ」
ヤードが最後まで言いきる前に言った。この世界でマナ──魔力──の使い道は召
喚術に使用するくらいのものでバージルのような使い方をする者はいないのだ。もっ
とも幻影剣はバージルの莫大な魔力があって、初めてまともに使える術であるため真似
19
することは不可能だろう。
「なるほどサプレスの方でしたか……それにしては随分人に似ているのですね」
「アティ、説明しろ」
「あ、はい。えっと、バージルさんはサプレスの悪魔でなく──」
いちいち説明するのが面倒なバージルは、それをアティに押しつけた。アティがヤー
ドに説明していると、今度はカイルが話しかけてきた。
「通りで強いと思ったぜ。結局、得物も抜かせることができなかったしな」
「そうなっていたら貴様は既に死んでいる」
「わははは、はっきり言うねぇ!」
そうこう話しているうちに、湾のような場所についた。そこには帆船が一艘あった。
おそらくそれがカイルたちの船だろう。
「ほれ、アレだ。あそこに見えるのが俺たちの船……っ!?」
「カイルさん、様子が変です!」
戦闘を行っているようだった。昨日バージルたちを襲ったのと同じスライムのよう
な生物もいるが、それとは違う魚人のような生物もおり、合計で十数体いた。
「はぐれ召喚獣!?」
「ちくしょうが……ふざけやがって!」
20 第01話 漂流者との出会い
「カイルさん、一人じゃ無茶だ!」
一人で走って行ったカイルを止めようとヤードは叫ぶが、カイルが止まることはな
い。そしてそれに続くようにバージルも歩き出した。彼にしてもこの島から脱出でき
る手段を壊させるわけにはいかないのだ。
バージルはある程度歩いて距離を詰めると、疾走居合で近くにいた魚人を両断しつ
つ、はぐれ召喚獣の只中へ躍り出た。そのまま閻魔刀を鞘へしまいながら幻影剣を近く
の敵に射出する。その敵は幻影剣が腹に数発刺さっただけで絶命した。
「脆いな」
それが率直な感想だった。これでは悪魔はおろか、ただの人間にすら劣る。異世界の
見たこともない生物だったので、多少なりとも警戒していた少し前の自分が愚かに思え
た。
敵の強さを把握したバージルは、船の周りにいるはぐれ召喚獣に的を絞り幻影剣を射
出し、ものの数秒で敵を仕留めた。
バージルの力を感じ取ったのか、残りのはぐれ召喚獣は狂ったように逃げ出した。そ
のうちの数体がアティとアリーゼがいる方へ向かって行く。既に二体を相手取ってい
たアティだが、彼女の実力か考えれば十分対応可能だろう。
ただし、それは実力を十分に出し切れればの話だ。アリーゼを守りながら戦っている
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現状を鑑みれば、それだけの数を相手にするのは非常に厳しいだろう。──現在のア
ティであれば。
(なんだ、あれは……)
バージルが胸中で呟いた。彼が見たものは、アティが碧の光を放つ剣を召喚したとこ
ろだった。そして、その剣を握った彼女の姿が変わり、魔力も大きく上昇した。今の彼
女の力なら大悪魔クラスは別にしても、ヘル=バンガードやアビス等の悪魔なら十分勝
てるだろう。
その力を本能的に感じ取ったのか、はぐれ召喚獣は怯えながらアティを避けるように
散り散りになって逃げて行った。
それを確認したアティが元の姿に戻るのとほぼ同時に、血相を変えたヤードがアティ
に詰め寄った。
バージルは話を聞きながらアティ達の所へ歩いていく。ヤードによればアティの召
碧の賢帝
シャ
ル
ト
ス
喚した剣は「
」というらしく、彼らがアティ達の乗っていた船を襲ったのはそ
れを奪うためのようだった。
「込み入った話の前に客人にお礼が先よ」
会話に割って入ったのは紫一色の独特の服を着た男だった。それに続き大きなテン
ガロンハットをかぶった金髪の少女が同意した。
22 第01話 漂流者との出会い
「うん、そうよね!」
二人の言葉により話の続きはは船の中で、ということになりカイル達の船の中へ案内
された。彼らの船には金属はほとんど使われておらず、木材で作られているようだっ
た。
バージルはこのような木船を見るのは初めてだった。彼の世界では製鉄業の発展と
造船用の樫材の不足によって船体に使われる素材は鉄や鋼になっており、木船は小さな
ものが一部の地域で使われるだけなのだ。
船長室へ案内されたバージル達へカイルは他の船員を紹介した。紫の服を着た男は
ご意見番のスカーレル、テンガロンハットをかぶった少女はカイルの妹分のソノラとい
う名前らしい。
それが一通り終わったところでカイルが言った。
「助けてもらっちまったな、あんた達に……」
「気にしないでください。私がそうしたかっただけですから」
「海賊カイル一家の元締めである俺があらためて、ここに宣言しよう。あんた達を俺た
ちの船の客人として歓迎するぜ!!」
こうしてバージル達はカイル一家に客人として迎え入れられた。
23
第02話 月夜に煌めく刃
早朝、バージルは船のすぐ傍で閻魔刀を脇に置き、座り込んで瞑想していた。全身の
感覚を研ぎ澄まし、体全体を魔力で満たしていく。そして魔力をコントロールし、練り
上げる。
そうすることでより大きな魔力に耐えられる体になっていくのだ。
ただし、悪魔にとって自分の力を高めるのに最も合理的な方法は強い敵と戦うことで
あり、それはバージルにとっても例外ではないのだが、少なくとも現状ではバージルと
まともに戦える相手はいないため、この方法をとることは不可能なのだ。
「よう、バージル。朝から瞑想とは精がでるねぇ」
「カイルか……」
バージルに背後から声をかけたのはカイルだ。この時間に起きているあたり彼も何
かやるつもりなのだろう。
「俺もこの辺でストラの稽古をしてもいいかい?」
「ストラ?」
聞き返す。カイルの言葉から何か戦闘に関する技術であることは察したため、興味が
24 第02話 月夜に煌めく刃
わいたのだ。バージルは特に「力」については非常に熱心であり、惜しげもなく時間も
労力も使うのだ。そのためストラと言う技術に興味を持つのも必然であった。
「ストラって言うのはな、気の力を利用した治療法のことで、他にもぶん殴る力や打たれ
強さも増すことができる。ま、俺はどっちかといやぁぶん殴るほうが得意なんだがな」
「そうか……、好きにしろ」
カイルはその返答を先の質問に対する答えだと受け取り、バージルの近くで稽古を始
めた。その方法を見るとストラは気功に近い技術である、とおぼろげながらも推理でき
た。
そうしてバージルはしばらく瞑想を続けながら、さらにカイルの動きを観察してみる
と、やはり思った通り気功に近い技であると確信すると共に、それを学ぶ必要もないと
判断した。
ストラは悪魔が魔力を使って体を強化するのと似たようなことができるのだ。違う
のは回復に使えるかどうかの違いだけだった。
そもそも悪魔は非常に回復力が強く、大抵の傷はすぐ回復することができる。それは
バージルも同様であり、事実ほぼ同等の力を持つ弟ダンテにつけられた傷でも多少時間
はかかっても回復したのだ。
無論それも万能ではなく、断続的に連続で攻撃を受ければ回復する前に命を落とすだ
25
ろう。さすがに彼ほどの存在になると大抵の攻撃では傷つけることすらできないが。
そんなこともあってバージルは再び瞑想に集中し、カイルはストラの稽古を続けた。
そうしてしばらくすると稽古の掛け声を聞き付けたのかアティがやってきた。
「なんだ、先生も早いじゃねぇか」
「カイルさんもバージルさんも早いですね、朝から稽古ですか?」
そうしてアティとカイルがストラについて話していると、
「みんなー、朝ご飯できたよー!」
というソノラの声によって中断され、朝食をとることになった。
朝食を終えたバージルは本を読んでいた。
再び瞑想をしようとも考えたが、やはりこの世界に関する知識を身につけるのが先決
だと判断し、ヤードから本を借りて読むことにしたのだ。また、彼から本を借りたのは
バージルだけではなく、アティも借りに来ていた。彼女はそれを使って授業をするのだ
そうだ。
(同じ悪魔と言っても共通点は一部だけ、か……)
彼が読んでいる本は、リィンバウムやその周りの四つの世界について書かれている本
26 第02話 月夜に煌めく刃
だった。大まかな概要自体は以前にアティに聞いていたのだが、やはりより詳しく書か
れている書物を読むほうが、より深く理解できるのだ。たとえば霊界サプレスにも悪魔
がいることは聞いており、バージルは自分の知る悪魔とある程度似たような存在だと考
えていたが、実は全く違ったのだ。
サプレスにおける悪魔は実体を持たず、リィンバウムに召喚された際はマナによって
体を構成しており、怒りや憎しみを糧としているのだという。確かにバージルの知る悪
魔も人間界に姿を現す際には大多数の悪魔が実体で出現することができず、依り代を必
要とするが、決して自分の肉体がないわけではない、魔界にいる時は己の肉体を持って
いるのである。
またバージルの知る悪魔は、生きるために何かを食べることもない。そしてなによ
り、戦うことに対する欲求は非常に強く、魔界は常に闘争に渦の中にある。魔界に争い
がなかった唯一の期間は、魔帝ムンドゥスが君臨していた時だけであった。もっともそ
の期間はムンドゥスが他の世界を侵略をしていたため、魔界が内乱状態である方が他の
世界にとって平和なのかもしれない。
そんなことを考えながら本を読んでいると、扉をノックする音がした
「入れ」
「はぁ〜い、ちょっといいかしら?」
27
手を振りながら入ってきたのはスカーレルだった。
「何の用だ」
「カイルがこれからのことで話し合いたいから、船長室へ集まって欲しいそうよ」
「……わかった」
本を閉じながらそう答えた。これがどうでもいい用事ならば断るところだが、これか
らのことと言われれば出ないわけにもいかなかった。
そうして部屋を出たバージルが船長室に入り、腕を組んで目を閉じながら少し待って
いると、アティとアリーゼが到着した。そして全員集まったことを確認したカイルは神
妙な面持ちで話し始めた。
「さて……集まってもらったのは、新しい客人達に俺らの事情を説明しておくためだ」
カイルがそう言って威儀を正し、再び口を開いた。
「バージルも知ってるとは思うが、先生達が乗っていた船を襲ったのは俺らだ。その理
由が──」
「私が持っている剣、ですよね?」
カイルの言葉を確認するようなアティの言葉に、カイルが「そうだ」と同意を示すと
ヤードが続く。
「使っているあなたが一番理解していることでしょうが、膨大な知識と魔力が秘められ
28 第02話 月夜に煌めく刃
たあの剣は、ある組織で保管されていた二本内に一本なんです」
「それが、どうして帝国軍に……?」
「それは……」
「ヤードがその組織を抜ける時にかっぱらってきてね。でも組織の追手との戦いで、帝
国軍に回収されてしまったみたいなの」
言いにくそうに口を噤んだヤードの代わりに、スカーレルがあっさりと話した。
「よほど価値のあるものなのか、その剣は?」
バージルが尋ねた。追手を放つような組織を抜ける時に、盗みを働くなどさらに恨み
を買いかねない危険極まりない行為だ。しかし逆に言えば、その剣はそれだけのリスク
を背負う価値がある、という見方もできる。
「……『無色の派閥』、という組織をご存知ですか?」
「確か、あらゆる国と敵対している召喚師の集団、ですよね?」
バージルの質問には答えず聞き返したヤードに、アティがバージルにも配慮した答え
を口にした。
「ええ、そうです。彼らの目的は召喚師を頂点とする国家、そして世界を作り上げるこ
と。……私はそこに所属していました」
「え!? ヤードさんが……?」
29
アティが信じられないといった顔でヤードを見た。見るからに落ち着いていて物腰
も柔らかい彼が、国家転覆や暗殺などの過激な行動を行う、無色の派閥の一員だったと
はとても信じられなかった。
「その通りです。……そしてあの剣も、派閥の新たな作戦のカギとして投入されるはず
でした」
「ヤードはそれを阻止するために剣を盗んだってワケ」
スカーレルがヤードの説明を補足するように言った。しかしバージルはスカーレル
が、随分と事情に精通していることに気になった。
「随分と詳しいな?」
「……ヤードとは昔、ちょっとした縁があってね。赤の他人じゃないのよ」
昔を懐かしむような、それでいてどこかもの悲しさを漂わせながらスカーレルが言っ
た。
「それでスカーレルを通して事情を聴いたあたし達が協力したのよ」
「ああ、剣を誰の手にも渡らない場所まで捨てに行く。そのためにまずあの船を襲った
のさ」
ソノラとカイルの説明で、ようやく前にアティに聞いた話と繋がった。
「……事情は理解できた。それで、これからどうするつもりだ?」
30 第02話 月夜に煌めく刃
強大な魔力と知識が封じられているという剣には多少興味が湧いたが、バージルに
とって重要なのは今後のことだ。船の修理にはどれほどの時がかかるのか、それがバー
ジルにとって最大の関心事であった。
「それが思ったより船の傷が酷くてな。……それで船の修理に必要な木材の切り出しも
兼ねて、この島を調べてみようかと思うんだ」
「でも簡単に調べられるほど小さい島ではないと思いますけど……」
少しだがこの島を見て回ったことがあるアティが言った。だがカイル達はこの島に
来る時、海から島を取り囲む灯りのような光を四つ見かけたのだという。それが見間違
いでなければこの島に住人がいるということになるだろう。そうであるなら修理用の
材料を分けてもらおう、という腹積もりのようだ。
「それで……どこへ行くつもりだ?」
バージルにとっても島の探索については異論はないようで、話を進めることにした。
候補は四ヶ所あるが、どれを選べば良いか判断する情報はなかった。強いていえば黒の
光と緑の光はここから遠く、赤の光と紫の光はここから近いという程度だ。
「そうですね……それなら紫の光ではどうですか?」
アティが少し考え言った。彼女は特に理由を話していないが、誰も気にしていない。
今回重要なのは、とにかくどれか一つに決めることであったため、理由などあってもな
31
くてもいいのだ。
その後、ヤードは魔剣について調べたいことがあるということで彼に留守番を任せ、
他のメンバーで調査に向かうことにした。ただ危険があるかもしれないとのことで、ア
ティはアリーゼの同行を認めず彼女も不満そうな顔をしつつも留守番となった。
バージル達は海岸からすこし離れたところにある森の中を歩いていた。道らしい道
はなく、足元にも草が生い茂っている。普通ならこのようなところを通る必要はないの
だが、目的の紫の光が見えた場所が、この森の中であるため通るしかなかった。そうし
てしばらく歩いていくと、周りの木が減り、代わりに岩や水晶が多く見られるように
なった。
「…………」
「ん、なにかあった?」
ソノラは急に立ち止まったバージルを不思議に思い、声をかけた。
「……なんでもない」
バージルはそっけなく返し、再び歩き出した。
さらにそのまま進んで行くと、周りから幽霊のような何かが数多く現れた。
32 第02話 月夜に煌めく刃
「ひぃ、オバケ!?」
「さ、サプレスの召喚獣!?」
どうやらソノラはこうした類のものは苦手なのか、悲鳴をあげていたが、さすがにア
ティは冷静にその正体を見破っていた。
「ったく、何だって急に!」
「話を後、来るわよッ!」
(なぜ今になって……縄張りにでも入ったか?)
カイルやスカーレルも事態の急転に、多少なりとも混乱していたがバージルは違っ
た。彼はあたりに満ちる魔力が強くなった時から、こちらを見ている視線に気づいては
いた。だが少なくともその時点では、こちらに対する敵意がなかったため無視したの
だ。
ところが今になって襲いかかってきたところみると、奴らの縄張りにでも入ってし
まったのだろうとバージルは当たりを付けていた。
(……今度はもう少し強い奴らかが来る、か)
実際のところ召喚獣達は大した強さではなく、バージルはおろかアティ達だけでも十
分勝てる程度だった。彼は襲いかかってくる召喚獣を鞘で吹き飛ばしていると、こちら
へ近づいてくる気配を感じた。今戦っている相手よりは強いが、それでもアティ達と同
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程度。注意は払うものの、先制するまではないと判断した。
少しして召喚獣との戦いに決着がついた時、木々の間から気配の主は姿を現した、周
囲の召喚獣に命じた。
「モウ、ヨイ。サガレ……」
その体は大きな鎧であり、関節部分が露出しているにも関わらず、そこには生身の腕
はなく籠手の部分が浮いていた。
幽霊たちが命令に従い消えていった時、今度は空から羽根の生えた人間が降りてき
た。
「て、天使!?」
「ええ、そうですよ、お嬢さん。私はフレイズ。護人であるこのお方、ファルゼン様の参
謀を務める者です」
「護人?」
おうむ返しにアティが尋ねる。
「この地の秩序を守る者のことです。冥界の騎士であるファルゼン様もその一人なので
す」
「で、その護人が何の用だ? いきなり襲いかかってきやがって……!」
たいした傷は負っていないとはいえ、急に攻撃を仕掛けられたカイルは、少し頭に血
34 第02話 月夜に煌めく刃
が上っているようだ。
「排除するために決まっているでしょう? 我らの暮らす領域を入り込んだ侵入者をね
!」
「っ!」
語気を強めて言うフレイズに、カイル達は武器を構えたが、ファルゼンが声を上げた。
「マテ、ふれいず。カレラハ、マヨイコンダダケ、ナノダロウ……」
「そ、そうです! 私達、この島に流れ着いたばかりで……」
少し気が早いところのあるフレイズに比べ、ファルゼンは口数こそ少ないものの、こ
ちらの事情を推察してくれたようで、アティは自分達の潔白を主張した。というより、
バージルが閻魔刀に手をかけているところを見たので、このままだと大変なことになる
と思い、必死になっていた。
「そう、ですか」
アティの言葉を信じることにしたのか、フレイズはほっとしたような様子で呟いた。
「ツイテコイ。コノシマニツイテ、オシエヨウ……」
そう言ってファルゼンは歩いて行った。
「とりあえずついていってみましょう」
「ああ、このまま島中を探し回るよりはマシだ」
35
アティの提案にはバージルも賛成した。たとえ相手が友好的でなくとも、情報を得ら
れるだけでも行く価値はある。
カイル達からも反対の声は上がらなかったので、ファルゼンを見失わないように走っ
て追いかけた。
ファルゼンに案内されて着いた場所は、島の中央にある泉のすぐ近くに作られた場所
でファルゼン曰く会議場であるという。
そこには既に三人の人物が待っていた。内一人は獣人といっても差支えがない容姿
で、残りの男と女はほとんど人間と変わりない。獣人のほうはおそらく幻獣界メイトル
パの召喚獣なのだろう。残りの男は額に角のような物が生えている点で、女のほうは体
に機械を埋め込んでいる点でそれぞれ人間とは異なっていた。
「機界集落ラトリクスの護人、アルディラ」
「鬼妖界・風雷の郷の森ビロ、キュウマ」
「さぷれす・冥界の騎士、ふぁるぜん」
「幻獣界・ユクレス村の護人、ヤッファ」
獣人の男は幻獣界「ユクレス村」の護人ヤッファ、角の生えた男は鬼妖界「風雷の郷」
36 第02話 月夜に煌めく刃
の護人キュウマ、機械が埋め込まれた女が機界「ラトリクス」の護人アルディラと言う
ようだ。
「四者の名の下、ここに会合の場を設けます」
四者がそれぞれ名乗りを上げ、アルディラが宣言することで、この会合は成立したよ
うだ。
「マズハ、セツメイシテクレ。ドウヤッテ、ココニキタ?」
「は、はい。えっと──」
この独特の雰囲気に気圧されながらも、アティはここに遭難して流れ着いたことを説
明した。ただそこにバージルについての説明はなかった。
(わざわざ話す必要はないな)
しかし、あえて説明してやるつもりなどバージルにはなかった。
「……そんな偶然、本当にあるものでしょうか?」
「嘘じゃないよ、うちの船を見れば分かるってば!」
何らかの意図を持って上陸したのではないかと、訝しんでいるキュウマにソノラが言
う。どうも護人達は島の外からの来訪者に、相当の警戒感を持っているようだ。
「ともかく、うちとしては船さえ修理できればすぐに出て行く。だから必要なものだけ
貸しちゃあ貰えないか?」
37
「悪いけど、協力はできないわ」
カイルの依頼にアルディラが即答した。他の護人も口を挟まないところをみると、彼
女の答えが護人の総意であるようだ。
「なぜ? 私達のことが気に食わないなら、早く出て行った方があなた達にとってもい
いんじゃないの?」
「あんた達がリィンバウムの人間だからさ」
「この島に住む者たちはリィンバウム以外の四つの世界から呼ばれた者ばかり……」
「そしてそのまま、元の世界に還されなかったはぐれ者たちの島、この島は召喚術の実験
場だったのです」
スカーレルの問いにヤッファが答える。それにアルディラとキュウマが補足した。
三人とも淡々と答えてはいるが、それは無理に感情を抑えているからだった。
そして過去を思い出したのか、目を閉じながらヤッファが再び口を開いた。
「俺達は召喚術の実験台として召喚され、そして、島ごと捨てられたのさ」
「モウ、ショウカンシハシニタエタ。カエルスベハ、ナイ……」
(召喚獣を還せるのは、それを召喚した者だけ、だったか)
前にアティに聞いた召喚術のことを思い出しながら、バージルは話を聞いていた。一
応彼も立場としては護人達と変わらないのだが、バージルは帰還を諦めてはいなかっ
38 第02話 月夜に煌めく刃
た。なにしろ彼は存在自体が規格外の伝説の魔剣士の血を引いているのだ。不可能な
どありはしない、
「そんな人間を私達は信用しない。関わりたくもない」
「お互いに干渉しない、それが妥協できる限界なのです」
それだけ伝えると、護人達は席を立ち、帰って行った。
「さすがにこれはまいったな……」
「うん……」
残されたカイル達は協力を得るのは難しそうだと半ば諦めていた。
(たとえ脅しても、奴らに協力させるのは難しいか……)
バージルも力でもって協力させようかと、一時は考えていたが彼らの顔を見る限り、
最後まで抵抗しそうで、協力させるのは難しいと判断していた。幸いこちらの邪魔をす
ることはなさそうだったので、船は地道に修理していくしかない。
「仕方ない、引き上げようぜ」
「それしかないわね」
「ああ」
護人達の協力を得られなかったバージルとカイル達はとりあえず船に戻ることにし
た。しかしアティは、どうしても諦めきれないようだった。
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「……先に戻っていてください。私、さっきのは納得できません。だからもう一度話し
てきます!」
「え!? ちょっと先生っ!?」
ソノラの制止も聞かずアティは走って会議場を出て行った。方向からして、追って
行ったのはファルゼンだろう。
「なあ、どうする?」
「放っておけ、しばらくしたら船に戻ってくるだろう」
「まあ、そうだよなぁ。とりあえず先に戻ろうぜ」
アティもああいった以上、ここにいても意味がないため、一旦船に戻ることにした。
バージルが朝と同じように船の前で瞑想をしていると、アティは嬉しそうに船に帰っ
てきた。正直なところバージル自身も、無駄だろうと思っていたので、意外だった。
「バージルさん! ファルゼンさんがもう一度話をしてくれるみたいです!」
「もう一度、話をしても同じことだと思うが……」
「さっきのはただ、お互いの状況を説明しただけです。話っていうのは、もっとお互いの
ことを知ることから始まると思うんです!」
40 第02話 月夜に煌めく刃
「……なんにせよ、話をつけてきたのはお前だ。任せる」
バージルとしては船の修理が早まるのであれば、それに越したことはない。だから、
もう一度話し合いをすることには文句はない。ただお互いのことを知ることから始め
るとはいうのは、回りくどすぎると思い、話し合いの一切はアティに任せることにした。
「それじゃ、私、他のみなさんにも知らせてきますね!」
アティはカイル達にも話をするため船の中へ入っていった。バージルは特にやるこ
ともなかったため、先ほどのまま瞑想を続けることにした。彼は時間があれば瞑想する
のが常なのだ。
しばらくそうしていると、ラトリクスのあたりから爆発音が聞こえた。その方角から
魔力の動きがあったため、誰かが戦っているだろうと考えたが、こちらに影響はないた
め気にせず瞑想を続けた。
「バージルさん、一緒に来てください!」
走ってきたアティに声をかけられた。おそらく今の爆発が気になり、その場所へ行く
つもりなのだろう。
「一人で行け」
「そんなこと言わずに手伝ってください!」
バージルの冷たい言葉も気にせず、さらにはアティにしては珍しく強引に腕を引っ
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張った。もちろんその気になれば無視することもできたが、ここで護人に貸しでも作っ
ておけば後々有利になるかもしれない、そう考えついていくことにした。
途中でファルゼンと合流し、ラトリクスに着いた時には周りに機械の残骸が転がって
おり、アルディラが十数人を相手に1人で戦っていた。
「て、帝国軍!?」
アティが驚きながら言った。おそらくアティ達と同じ船に乗っていた軍人だろう。
彼らもこの島に流れ着いていたのだ。
おそらく帝国軍は偵察をしていたのだろう。それがこの島が召喚獣ばかりの島と分
かり、攻撃を仕掛けてきたのだ。
「ニンゲンハ……ワレラトチガウ。オマエノイウコトハ……リソウダ」
「……っ」
ファルゼンの言葉に返す言葉が見つからないアティは悔しそうに唇をかんだ。
「オマエタチハ、ドウスル? ワレラニミカタスルノカ? ソレトモ……ニンゲンニミ
カタスルノカ?」
「私、決められません……でも……!」
決心したようにアティが前に出ていく。しかし、バージルがそれを止めた。
面倒なことに巻き込まれてしまったと内心溜息を吐いていたが、このままアティに任
42 第02話 月夜に煌めく刃
せていては余計に時間がかかりそうだったので、バージルは自分で始末をつけることに
した。
「お前では埒が明かん、俺がやる」
そう言って閻魔刀を手に前に出る。
「誰だ、テメェは! この人数を一人でなんとかできると思ってんかよ! まとめて
ブッ潰してやる!」
その言葉が合図になったのか、帝国軍の兵士たちは一斉に襲い掛かってきた。アティ
やファルゼンはそれを迎え撃つように剣を構えた。
しかしバージルは、構えるどころか左手に持った閻魔刀すら抜いていない。ただ変わ
らずに歩みを進めるだけだった。
剣を持った兵士と槍を持った兵士の二人が襲いかかってくるが、槍は体を横にずらし
て避け、剣は鞘で弾いた。そして二人が並んだところで抜刀し、まとめて両断した。
「!?」
一瞬の出来事にこの場にいる全員が呆然としているのを尻目に、バージルは閻魔刀の
刀身についた血を振り払う。そのまま次の敵を見定め閻魔刀を構える。
「Die」
今度は一気に軍人達の群れを駆け抜けた。右手の閻魔刀は鞘から完全に抜き放たれ、
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刀身はまるで磨き上げられた鏡のように夜空を映し、月の光を浴びて煌めいていた。
それを背中で鞘に納めた瞬間、軍人達の体が上下に別れ一斉に血が噴き出した。
あまりの早技に彼らは、自分が斬られたこともわからぬまま絶命した。
残ったのは、斬殺された兵士とは離れた場所にいた、軍人たちのリーダーと杖を持っ
た兵士だけだった。そして生き残った二人にもバージルは容赦なく幻影剣を射出した。
「ば、化けも……!」
それが隊長らしき男の最期の声だった。
44 第02話 月夜に煌めく刃
第03話 新たな力
船の修理は順調とは言えないながらも確実に進んでいた。船を修理することがこの
島から脱出する唯一の方法であるためか、珍しくバージルも協力していた。
とはいえ、バージルの役目は木を切り出すことであったため、ものの数分で終わらせ
いつものように瞑想をしているのだ。
あの森での帝国軍とのいざこざ以来、アティはバージルへどう接すればいいか悩んで
いるようだった。敵であれ味方であれ殺すことはおろか、傷つけることすらためらうア
ティに対して、自らの目的を邪魔するのであれば血を分けた弟であっても殺すことを躊
躇わない合理主義者のバージルは正反対なのだ。
「……あの、バージルさん」
「なんの用だ?」
昼食を食べ終えた後、話しかけてきたアティにバージルはそっけなく返した。
これはあの帝国軍との戦い以来、何度かあった光景であった。これまでは会話が続か
ずそのまま終わってしまうのだが、今回の彼女は違うようだった。
「さっき話したお店なんですけど、これから行ってみませんか?」
45
アティがメイメイという女性が営んでいる店に行ったという話はバージルも聞いて
いた。服や武器だけでなくアクセサリーや食材もある一種の雑貨屋のような店だそう
だ。
アティとしてはこれを機にバージルと話をして、自分の考えを伝えたいと思ってい
た。あの時のように殺し合うなんてすごく悲しいことだ。そんなことをしなくても話
し合って解決することで仲良くなることもできるはずだ、と。
「いいだろう」
服やアクセサリーに興味はないバージルだが、この世界の武器はどのようなものがあ
るか気になっており、いつか行ってみようと思っていたのだ。
「本当ですか!? それじゃあ案内します!」
アティは嬉しそうにバージルの手を引き、船から連れ出した。
それからしばらくはアティが当たり障りのない話しをしていたが、意を決してアティ
は口を開いた。
「あの、この前のことなんですけど……」
「なんだ?」
「あの人たちを殺す必要はあったんでしょうか?」
「あいつらの協力を取り付けるには、その方が都合がよかっただろう」
46 第03話 新たな力
あいつらとは護人達のことである。彼の言葉通り、あの場にいたファルゼンは人間相
手に明確に敵対してみせたバージルを見て、多少の歩み寄りを見せたのだ。それを考え
れば、少なくともバージルの行動が護人達との関係を悪化させたとは言えない。
「でも……」
「くどい」
なおも諦めないアティをバージルはそう言い捨てると、一人で歩いていってしまっ
た。
「あ、ちょっとバージルさん! お店がどこにあるのか分かるんですか!?」
彼女は大きく声を上げながらバージルを追いかける。不思議と、彼が向かう先は目的
の店の方向だった。
バージルが迷わずにこの「メイメイのお店」に辿りつくことができたのは、この店か
ら大きな魔力を感じ取ったからだ。剣を使用している時のアティのように魔力を解放
しているのではない。
普通の人間はおろかよほど魔力の扱いに長けていない限り、判別できなように巧妙に
魔力を隠しているのだ。戦技だけでなく、魔力の扱いにも長けているバージルでも、近
くまで来なければ気付かなかったほどだ。
そこへようやくアティが追いついた。走ってきたのか呼吸が乱れていた。
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「ど、どうしてここがわかったんですか?」
「そんなことはどうでもいい、行くぞ」
そう言って店の中に入って行く。店内はアティが言った通り、服や武具から食材まで
様々なものが並べてあった。
「あら、先生いらっしゃーい。あら? そっちの彼は恋人か何か?」
暖色系の派手なチャイナ服を着て、酒の匂いを漂わせているこの女性が、この店の店
主のメイメイだ。アティが顔を赤くして「ち、ちがいます!」と否定している横でバー
ジルはメイメイを睨みつけた。もっとも、自分に敵対する存在ではないと判断したのか
すぐ視線を外したが。
「剣を見せてもらう」
そう言ってバージルは、手近なところにあった剣を手にとって眺めたり、軽く振った
りしていた。メイメイはそんなバージルを興味深そうに眺めていた。
「たぶんここにはあなたが満足する物はないと思うわよ」
メイメイはそう声をかけた。バージルが彼女のほうに顔を向けると、にゅふふと笑い
ながら言った。
「ついてらっしゃい。あなたにおあつらえ向きな場所があるわよん」
「…………」
48 第03話 新たな力
バージルは少し考え、ついていくことにした。アティも二人に続いていく。
メイメイが二人を連れてきた場所は集いの泉という、以前に四人の護人と会った場所
だった。
「ここはね、四つの世界の魔力が集まる場所だったりするのよね、これが。聖王家が保有
してる至源の泉に比べたら、たわいもない程度のものだけど……エルゴの王の遺産に変
わりはないもの。やり方を知っていればこういうものだって喚び出せちゃうのよ!」
メイメイが呪文のような言葉を唱えると、集いの泉から白い門が現れた。
「泉の中に、門!?」
アティが驚き声を上げていると、メイメイが笑いながら説明した。
「これが無限界廊の門よ。」
「無限界廊?」
聞き慣れない言葉にアティは言葉を返した。そしてメイメイはさらに詳しく無限界
廊について説明した。その話によると、この無限回廊の門は世界の狭間にある特別な空
間に繋がっており、あらゆる世界で様々な戦いを試練として受けられるという。
「どう? あなたにぴったりでしょ」
「……そうだな。さっそく使わせてもらうぞ」
「ごゆっくり〜」
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「ちょっ、ちょっと待ってください」
その言葉にバージルは短く返事をすると、すぐさま門の中に飛びこんでいった。ア
ティも彼を追い門の中へ入って行く。それを見ながらメイメイは呟いた。
「ま、あなたを満足させられる相手はいないでしょうけど」
バージルの力を見抜いていたのか、メイメイはそう言った。
「つまらん」
結果から言って、少なくともこの階層の相手であった幻影の戦士は、バージルの期待
に応えられるほどの強さを持っていなかったのだ。
しかし、それほど落胆はしていない。メイメイの話では、先に進めば進むほど相手は
強くなっていくのだという。それを考えれば、最終的にはそれなりの相手と戦えるだろ
う。
もっとも、バージルにとっては大したことのない相手でも、ついてきたアティにはか
なりの強敵だったようでだいぶ息があがっていた。
「ついて来いと言った覚えはない」
「だ、大丈夫です」
50 第03話 新たな力
そう答えるものの、乱れた呼吸は戻らない。
「勝手にしろ」
言い捨て次の戦いの場へ向かう。アティも彼を追うように駆けて行った。
もっとも、次の戦闘も一分とかからず終了した。今回、全ての敵を倒したのはバージ
ルであった。さすがに厳しいと悟ったアティは少し離れた所からその戦いを見守って
いたのだ。
「あ、あのバージルさん……」
戦いを全て任せてしまったことを謝ろうと彼に近寄るとその瞬間、彼の周囲に突如赤
い魔法陣が現れ、そこから黒い服を着た幽鬼のような者達が現れた。その数は五体だけ
だが、どれも鎌をバージルに振り下しながら現れたのだ。
「っ!」
アティは思わず目を瞑る。だが、バージルは突然のことにもかかわらず、至極落ち着
いていた。
「ヘル=プライドか……」
呟きながら閻魔刀で鎌を弾く。最初の攻撃を凌ぎ切ったバージルは攻勢に転じた。
幻影剣を自分の周囲に展開、回転させ、それと閻魔刀で敵を切り刻んでいった。ヘル=
プライドは攻撃しようにも幻影剣に阻まれ、為す術なく次々に倒されていった。
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一分もかからず全てのヘル=プライドを倒したバージルだったが、未だに先へ進もう
とはしなかった。
彼の鋭い感覚はこの場所に来た時から悪魔の存在を感知していたのだ。しかし、現れ
たヘル=プライドを殲滅しても悪魔の気配はなくならない。
ところが、あたりには自分とアティ以外には誰もいない。バージルとの戦いを避けよ
うとどこかに隠れているか、何らかの意図をもって隠れているかのどちらかだ。ただ、
前者はバージルが魔界全土から恨まれているスパーダの血を引いている以上、逃げるか
のように隠れているなどまずありえないことであるため、実質的に考えられるのは後者
だけだろう。
そこまで考えるに至り、バージルはにやりと口角を上げた。完璧とまではいかない
が、これほどまで巧みに空間を隠せる程の力を持った悪魔は決して多くはない。かなり
の力を持つ悪魔であることは間違いなかった。
(This may be fun)
胸中で呟きながら、集中する。そして閻魔刀を抜き放った。空間にかけられた魔術を
閻魔刀で切り裂いたのだ。
だが、そこにいたのはバージルが期待していたような悪魔ではなく、大きな門のよう
な物体と氷を纏った悪魔が十体ほどいるだけだった。
52 第03話 新たな力
(あれは……フロスト、だったか)
そこにいたのはかつてフォルトゥナで読んだスパーダに関する本に記載されていた
悪魔、フロストだった。フロストは二千年前、魔帝ムンドゥスが人間界侵攻のために創
り出した氷を操る能力を持つ精兵である。
そのフロストは自分の創造主を封印したスパーダの血を引くバージルを見て襲いか
かってきた。氷で作った爪を振りかざしながら、飛びかかってくるフロストもいれば、
爪を飛ばしてくるフロストもいた。
バージルはフロストの群れよりその背後にある門のような物が気になっていたが、ま
ずはフロストの群れを殲滅する方が先と考え、閻魔刀で飛びかかってきたフロストを切
り上げ両断する。更に幻影剣で飛ばしてきた爪を迎撃した。
そして居合の構えをとる。閻魔刀を握る手が動いたかと思うと、一体のフロストが切
り裂かれていた。それだけでは終わらず、彼の手元が動く度に次々とフロストが斬殺さ
れていった。
それは次元斬だった。
名前の通り空間そのもの、次元すら斬る大技である。大悪魔ですら一太刀で葬る威力
を秘めた一撃だ。フロスト程度の悪魔が耐えられる道理はない。
フロストを容易く殲滅させたバージルは、改めて気になっ�