ボストン・アシニアム図書館長チャールズ・フォルソムと D. C. ギル

マン : アメリカ研究図書館史におけるアシニアムの役

割

松林　正己　（中部大学総合学術研究院出版室）

mmasaki.matsubayashi@gmail.com

研究図書館（ Research Library ）とは何か

Research Libraries

研究という用語を、図書館に適用するさいは、研究支援資源よりも図書館の機能を記述することになる。すなわち総合大学、大学、あるいは公共基金の図書館で、その実態（力量）を記述する。専門図書館もしばしば研究機能があり、非常に限定された知識領域である場合もある。一方で国立図書館は研究図書館を志向しており、すべての図書館ではないにせよ、多くの国に国立図書館があるわけでもない。研究図書館の機能は、特定の主題あるいは主題の範囲でのすべての資料を収集し、利用に供することである。（ Daily, Jay E. “Research Library” In: Encyclopedia of Library and Information Science, ed. Allen Kent, Harold Lancour, Jay E. Daily. New York, NY. : Dekkar, c1978. vol.25, p.248-254 ）

図書館の種別では：大学図書館（ academic libraries ）　国立図書館（ national libraries ）　国立国会図書館　米国議会図書館　米国医学図書館専門図書館（ special libraries ）　学協会図書館（土木学会図書館）　企業図書館等にその機能がある。

研究図書館協会(ARL) の起源としての図書館長会議（ Librarians'Convention ）

右記の通り協会史の頁最下部に引用されている学位論文

McGowan, Frank M. "The Association of Research Libraries 1932-1962 (PhD diss., University of Pittsburgh, 1972), OCLC record # 771692.

著者は米国議会図書館海外資料収集部員上記学位論文の第 1 章は図書館長会議に関する言及から始まる

History of ARL 　＜ http://www.arl.org/arl/history/index.shtml ＞

図書館長会議　　（ Librarians' Convention ）公共図書館管理に関心のある関係者が参加に同意、署名（発起人名簿の 24 名）1853 年 5 月　「ノートン文献彙報（ Norton‘s Literary Gazette ）」に開催通知を掲載し　参加者を募集

日時　 1853 年 9 月 15 日木曜日午前 10 時開会場所　ニューヨーク大学小チャペル チャールズ・フォルソム（ Charles Folsom ）、ボストン・アシニアム図書館長が開催宣言、会議の公式案内を朗読

ギルド（ R.A. Guild ）氏、ブラウン大学図書館、の発議で、スミソニアン研究所のジュェット（ C. C. Jewett ）教授を議長に選出

会議録は Norton’s Literary Gazette, vol.3 #10 (Oct.,15, 1853) p.170-176 　で最初に公表された　掲載号の表紙（ HathiTrust 版）簡略なものは New York Times にも掲載されている。

会議の焦点・スミソニアン目録体系（Smithsonian Catalogue System）の改善点　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（ジュェトの創案）：　図書館が刊行する冊子目録の版下を複製保存し、総合目録刊行を提案　当時ステレオタイプという版下複製技術が開発されており、その応用　→　対論としてフォルソムはカード目録の提案・図書館学（Library economy）の紹介と提唱・国立図書館（National Library）の強化策

会議の結論：１）恒久的な図書館員協会あるいは書誌学会の形成２）書籍コレクションの確立と効率的遂行を推進する組織の設置　　　これらの組織を通して議論を推進、図書館学に関連する重要事項　　の普及

研究図書館協会（Association of Research Libraries）相当の組織設立提案

会議主催者チャールズ・フォルソムフォルソム（1794-1872）の生涯チャールズはジェイムズとサラ（旧姓ギルマン）の息子　ハーヴァード大学を1813年卒業1816年修士（A.M.）を取得　その後米国政府のワシントン号で地中海を調査航海後　チュニスの米国領事 (1817-19)を務める1821年帰国、ラテン語教師1823年10月　　ハーヴァード大学図書館長就任　 26年に辞任図書館長として主な仕事は重複資料の一律価格販売用リスト作成後任館長パース（哲学者パースの父親）が刊行する蔵書目録（1830年刊行）の原稿準備に尽力その後イタリア語教師、大学出版会の校正係を歴任。1821年　ウィリアム・カレン・ブライアント（ William Cullen Bryant）とUnited States Literary Gazette を編集1831年　ノートン（図書館長1813-21）と4巻本 Select Journal of Foreign Periodical Literature を編集1841年　若い女性のための学校をボストンで開校1845年　ボストン・アシニアム図書館長に就任。　　　　　　就任早々現在の新館が竣工、影響力を広げた。　　　　　　誠実で便利なサービスを 11年間提供1856年　退任

　（出典：Librarians of Harvard College 1667-1877 by Alfred Claghorn Potter and Charles Knowles Bolton. Cambridge, Mass., 1897. p.37-38 　関係個所を抄訳）

図書館史に残るギルマンの功績　ギルマンにはアメリカ図書館協会から名誉会員称号　図書館長会議参加生存者への授与　

１９世紀初頭の時代背景独立戦争後　 1790 年のベンジャミン・フランクリンが逝去直後から議会図書館設置運動が活発化フィラデルフィア図書館組合（ Library Company of Philadelphia ）は、地元の図書館として会員制図書館から公共図書館に移行したり、無料図書館（ Free Library of Philadelphia ）の設置までは街の中心的存在組合と称しながらも運営経費は、会費であり、安価ではなかったが、多数の支持者を得た。こうした実績で図書館運動活発になる。　現在は独立系研究図書館としてアメリカ史研究のメッカ

現在の Library Company of Philadelphia (2001 年撮影 )

選集協会（ Anthology society ）ボストンでの運動1804 年にウィリアム・エマーソン（詩人ラルフ・ウオルドの父）が創設し、 1807 年　「選集協会（ Anthology society ）」活動開始　新刊読書室を設置

月刊雑誌「月刊選集とボストン評論（ Monthly Anthology and Boston Review ）」創刊号　　　　　　　　　　　　　　　　→

Boston Athenaeum の創設アシニアムの使命は会員、比較的広範囲な共同体と世界中の学者に対して収集した書物や芸術を図書館サービスや文化プログラムを通じて提供歴史名所としての建築の独自の雰囲気を保全強化（全米の史跡指定を受けている）施設は、エンドウメント（基本基金）の運用、会費、収入と年次運営基金で維持

OED に拠るアシニアム（“ athenaum” ）の定義：a. 　科学や文藝への関心がある人たちの協会で、相互改善目的の会合を持つ。または文藝あるいは科学クラブb. 　書物、定期刊行物や新聞を利用に供す建物あるいは機関。文藝クラブ室、読書室、図書館。あたかも博物館のような場所で、女神が藝術を刺激するような場所で、故にアシニアムはアテナ＜《ギリシャ神話》アテナ：知恵・豊饒 (ほうじょう ) ・工芸・戦術の女神＞を意味する場所、知の女神が知的目的を吹き込む場所

ボストン・アシニアムは 1807 年に選集協会の会員、文藝を愛好する個人が読書室を計画したのが始まりで、　彼らのヴィジョンを拡大し、英語と外国語（フランス語資料が多い）の全主題領域の書物に焦点を合わせた図書を含んだ関係で、彫刻や絵画のギャラリー、硬貨や自然の産物などの収集物を所蔵し同時に実験室（ laboratory ）からなる。

Boston Athenaeum の創設理念を表現した紋章（シール）は 1814 年以来使用「文藝の果実は甘味かな（ Literarum fructus dulces, sweet are the fruits of letters. ）」

1849 年に現在地 10 ½ Beacon Street に新築建築はボストン・アシニアムの特注設計1階が彫刻ギャラリー2階が図書館3階が絵画ギャラリー　（配置図は HP のガイドで公開）建築家はエドワード・クラーク・キャボット（ Edward Clarke Cabot,1818?1901 ）　→　 Boston Brahmin敷地はグラナリー墓地（ Granary Burial Ground ）に最下部をあわせている。アシニアムの理事の大半が美術館分離運動の参加者で、この運動は 1872 年から 76 年に展示スペースの提供を完了ボストン美術館の独立設置運動から４年間展示を終了し、図書館の書架を１階から３階へ増設した。

Boston Brahmin Anthology SocietyAdamsAmoryBaconBradlee J acob BigelowCabot J oseph Stevens BuckminsterChaffee/ Chafee Edmund Trowbridge DanaChoate William Emerson (minister)Codman Alexander Hill EverettCoffin Robert FieldCoolidge J ohn Sylvester J ohn GardinerCooper Robert Hallowell GardinerCushing J ohn GorhamCrowninshield Thomas GrayDana J oseph Head J r.Delano J ames J acksonDudley J ohn Thornton KirklandDwight J oseph McKeanEliot Andrews NortonEmerson Andrew RitchieEndicott Winthrop SargentForbes J ames SavageGardner William Smith ShawHolmes J ohn StickneyJ ackson Samuel Cooper ThacherLawrence George TicknorLodge J oseph TuckermanLowell William Tudor (1779–1830)Minot Arthur Maynard WalterNorcross J ohn Collins WarrenOtis Benjamin WellesParkman William WellsPeabody Sidney WillardPerkinsPhillipsPutnamQuincyRiceSaltonstallSearsTarboxThorndikeTudorWeldWigglesworthWinthrop

補足：　　ボストン・ブラーミンと選集協会の会員の対応関係

詳しくは Wikipedia （英語版）　日本語では　渡辺靖　『アフターアメリカ』の第１章を参照

グラナリー墓地（ Granary Burial Ground ）

↑　木立中央左側の建物がアシニアム　

初代ボストン市長 John Philips の墓所　→左奥のビルがアシニアム

ベンジャミン・フランク

リン

両親の墓所　奥がアシニ

アム

　　　　　　　　　　　

　　　　　↓

Boston Athenaeum の内部

内部は撮影禁止（引用写真はネット上の Public Domain ）

Boston Athenaeum, Boston Public Library, Museum of Fine Arts, Boston 　

Boston Athenaeum, Boston Public Library, Museum of Fine Arts, Boston 　

Boston Athenaeum の評価：　図書館史家　 Kenneth E Carpentar

　元ハーヴァード大学図書館担当副学長　ボストン・アシニアムの200周年記念論文集The Boston Athenaeum: Bicentennial Essays.に「アメリカで最も影響力のある図書館？」　200年の歴史を振り返り、主だった特徴を中心に、19世紀アメリカの図書館運動に対していかに影響力を発揮したかを論証　論文末尾に実際に影響力を記録した証拠（エヴィデンス）の残る事例を14を編年順に記載　創設以降、全米各地にアシニアムの創設運動が広まった痕跡を知るには格好の事例　設置後20年を経ても全米のどこかでアシニアム創設が企画され、その影響力の大きさを実証

that aim itself was revolutionary, and so was the Athenaeum‘s non-circulation policy. Unlike existing American libraries, its books were to be exclusively for study and reading on site and thus always available. (p.33)

Although the library part of the Athenaeum was scholarly, it aimed only to serve the locale. In Boston the Anthologists had a broader goal: to create a great institution of learning for the nation. (p.34)

The Athenaeum's non-circulating policy was also influential. The prohibition on borrowing proclaimed that the library was for scholarship rather than general reading. (p.35)

It is arguable that the Boston Athenaeum was the most influential nineteenth-century American library. (p.35)

nationalism (p.48)　　→　cf. Daniel Coit Gilman: American University

The Boston Athenaeum thus shaped our libraries in support of reading as well as our libraries in support of scholarship. (p.57)

(Resource: Kenneth E. Carpenter. America's most influential library? In: Wendorf, Richard. The Boston Athenaeum: Bicentennial Essays. [Boston]: Boston Athenaeum, 2009.)

アーカイヴズ調査の結果Boston Athenaeum ：フォルソム宛書簡　４通

Milton S. Eisenhour Library, Johns Hopkins University:フォルソムからギルマン宛書簡５通

アーカイヴズ調査結果：Boston Athenaeum

フォルソム宛書簡　４通図書館長会議前後の書簡前：　出版者ノートンからの会議関係資金の打診前：　アシニアム職員リンカーンから後：　発起人ブラウン大学図書館長ギュルト後：　事務局を務めたグラントからの連絡

出版者 Charles B. Norton から会議主催会長への書簡

New York Mercantile LibrarianSeth Hasting Grant からの書簡

門不出の百年史史料TheAthenæum Centenary: The Influence and History of the Boston Athenæum from 1807 to 1907.

本文中にアシニアムの史的文書が綴じこまれている　本研究では R. A. Guild の書簡

ブラウン大学図書館長 R.A. Guild からボストン・アシニアム図書館長フォルソムに宛てた書簡

　　　　　　　　 26. Oct., 1853Library of Brown University R. A. Guild to Charles Folsom

TheAthenæum Centenary: The Influence and History of the Boston Athenæum from 1807 to 1907

アーカイヴズ調査結果：Milton S. Eisenhower Library, Johns Hopkins 　

フォルソムからギルマン宛書簡　 5 通

最古書簡は 1851 年 8 月 21 日付ボストン・アシニアム館長として書面をフォルソムは、Dear Cousin, と始めており、母親が父の兄弟

最新書簡は 1859 年 10 月 25 日付ケンブリッジの自宅から

図書館史的に意味のある記述は、 3 通目に従妹エミリー（ Emily ）と Charles B. Norton との間柄を祝福する文言があり、ノートンはフォルソムやギルマンと極めて親しい関係を示唆している

(Milton S. Eisenhower Library, Scholarly Resources and Special Collections, Johns Hopkins University)

アーカイヴズ調査史料Milton S. Eisenhower Library, Johns Hopkins

Nortonへの言及　↑Dear Cousin, と始まる

ギルマンとボストン・アシニアム　フォルソムとギルマンは従兄弟　ギルマンがイェール大学の学生協会図書館リオニアン協会図書館の運営に熱心であった時期に、フォルソムはアシニアム図書館長として活躍ギルマンが図書館に関わる大きな動機づけを与えた可能性が高いイェール修了後、ハーヴァードで理学地理学を再度学んだギルマンはフォルソムの知遇で、アシニアム（＝図書館博物館）に関する知見を得ていた後年アシニアムが所蔵する国宝にも相当する“George Washington Library Collection: Catalog by D. C. Gilman” にも関わった

これらの影響で、ジョンズ・ホプキンスを American University と呼んだ意図が理解しやすくなる

結論に代えて19世紀前半ボストン・アシニアムは全米屈指の会員制図書館として、フランクリンの図書館組合同様に＜学術（ scholarship ）＞に対応した。ギルマンが図書館長会議の後に渡欧して先端的な図書館を多数見学する際に必要な自国理解、アメリカの学術に欠けている面を精確に知悉し得る環境を得ていたと推測できる　従兄フォルソムの欧州体験を通した知見をギルマンは自ら外交官として追体験する（アーカイヴズ調査は未確認あるいは未公表の関係を再確認させるので重要）

ご清聴ありがとうございました