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科学基礎論学会 2013年度秋の研究例会 ワークショップ「神経現象学と当事者研究」 意識の神経科学と神経現象学 2013112日(土)10001200 東京大学駒場キャンパス 1号館1108 吉田 正俊 (自然科学研究機構・生理学研究所・認知行動発達研究部門 助教) 1. 私の問題意識:意識の科学的解明 Blindsight (盲視)の研究のまとめ 盲視とは: 自発的な視覚情報処理 + 視覚的意識の欠損 意識経験の「内容 content」はないけれども「現前性 presence」はある? 盲視 G.Y.氏の「なにかあるかんじ」: "He has a ‘feeling’ of something happening in his blind field" "He described his experience as that of ‘a black shadow moving on a black background’, adding that ‘shadow is the nearest I can get to putting it into words so that people can understand’." (Zeki and Ffytche, 1998) 盲視サルはサリエントな刺激に眼を向けることができる。(Yoshida et.al., 2008) 盲視であるってどんな感じ?: 視覚意識(content)とサリエンシー(presence)の二重システム 私の問題意識:意識への一人称的アプローチは可能か? これまでの意識の認知神経科学はヘテロ現象学的な三人称的アプローチだった。でもそれで充分 なのだろうか? ヴァレラの神経現象学は意識の一人称的アプローチの研究プログラムたり得るか? 2. ヘテロ現象学 「意識の神経相関」の問題:両眼視野闘争を例に 顔が見えたと報告 (顔ボタンを押す) => 側頭顔領域の活動が上昇 家が見えた(顔が見えない)と報告 (家ボタンを押す) => 側頭顔領域の活動が減弱 側頭顔領域の活動は「顔が見える/見えない」と相関する。 ヘテロ現象学:両眼視野闘争の場合 (a) 「顔を見たという意識経験そのもの」 (b) その意識経験を持ったという信念 (c) その信念を表出するために「顔ボタン」を選ぶ (d) 「顔ボタン」を押す ヘテロ現象学では(d)という一次データを解釈することで(b)という信念に到達する (志向姿勢)意識の科学はどうやって(b)という信念が生まれたかを解明する。 (a)そのものは問わない。(a)はフィクションとして(b)から再構成される。 ヘテロ現象学の帰結

「意識の神経科学と神経現象学」ハンドアウト

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科学基礎論学会 2013年度秋の研究例会 ワークショップ「神経現象学と当事者研究」 意識の神経科学と神経現象学 2013年11月2日(土)10:00~12:00 東京大学駒場キャンパス 1号館1階 108 吉田 正俊 (自然科学研究機構・生理学研究所・認知行動発達研究部門 助教)

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Page 1: 「意識の神経科学と神経現象学」ハンドアウト

科学基礎論学会 2013年度秋の研究例会 ワークショップ「神経現象学と当事者研究」

意識の神経科学と神経現象学

2013年11月2日(土)10:00~12:00 東京大学駒場キャンパス 1号館1階 108

吉田 正俊 (自然科学研究機構・生理学研究所・認知行動発達研究部門 助教)

1. 私の問題意識:意識の科学的解明 Blindsight (盲視)の研究のまとめ • 盲視とは: 自発的な視覚情報処理 + 視覚的意識の欠損 • 意識経験の「内容 content」はないけれども「現前性 presence」はある? • 盲視 G.Y.氏の「なにかあるかんじ」:

• "He has a ‘feeling’ of something happening in his blind field" • "He described his experience as that of ‘a black shadow moving on a black background’,

adding that ‘shadow is the nearest I can get to putting it into words so that people can understand’." (Zeki and Ffytche, 1998)

• 盲視サルはサリエントな刺激に眼を向けることができる。(Yoshida et.al., 2008) • 盲視であるってどんな感じ?: 視覚意識(content)とサリエンシー(presence)の二重システム

私の問題意識:意識への一人称的アプローチは可能か? • これまでの意識の認知神経科学はヘテロ現象学的な三人称的アプローチだった。でもそれで充分なのだろうか?

• ヴァレラの神経現象学は意識の一人称的アプローチの研究プログラムたり得るか? 2. ヘテロ現象学 「意識の神経相関」の問題:両眼視野闘争を例に • 顔が見えたと報告 (顔ボタンを押す) => 側頭顔領域の活動が上昇 • 家が見えた(顔が見えない)と報告 (家ボタンを押す) => 側頭顔領域の活動が減弱 • 側頭顔領域の活動は「顔が見える/見えない」と相関する。

ヘテロ現象学:両眼視野闘争の場合

(a) 「顔を見たという意識経験そのもの」 (b) その意識経験を持ったという信念 (c) その信念を表出するために「顔ボタン」を選ぶ (d) 「顔ボタン」を押す • ヘテロ現象学では(d)という一次データを解釈することで(b)という信念に到達する (志向姿勢)。 • 意識の科学はどうやって(b)という信念が生まれたかを解明する。 • (a)そのものは問わない。(a)はフィクションとして(b)から再構成される。

ヘテロ現象学の帰結

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• 意識の「一人称的」科学は崩壊して、けっきょくは、ヘテロ現象学になるか、あるいは、最初の前提に含まれる容認できない先入観を露呈するかのどちらかであろう。(Dennett 2005)

• この帰結として、ヘテロ現象学での意識の科学は哲学的ゾンビにとっての意識の科学となる。 3. 神経現象学 Neurophenomenology (神経現象学)とは: • 意識経験を一人称的かつ誰でも同意できる形で説明するにはどうすればよいか? • 「経験の構造についての現象学的説明」と「認知科学におけるその対応物」とは相互に拘束条件を与えることで関係し合う(Varela 1996)。(=>相関よりも強い関係)

• 三つの要素 (Varela 1999) 1) 神経生物学的な基盤 2) 主に非線形力学に基づいた形式的な描写 3) 現象学的還元の元での「生きられた経験」の性質

神経現象学の実践例:てんかん性発作における「オーラ」経験 • オーラ経験:てんかん性発作が始まる直前に起こる経験 - デジャヴ、思考促迫(forced thinking)、離人症(depersonalization)

1) 神経生物学的な基盤 • 脳波(EEG)を計測しながらビデオ撮影をすることで、EEGデータのうちオーラ経験の起こった時期を同定した (Le Van Quyen 2010)。

2) 主に非線形力学に基づいた形式的な描写 • セルアセンブリが周りから孤立して高度に同期する(Petitmengin 2010)。 • 複数の発作エピソードから、脳波 EEGの典型的な時間発展のパターンを見いだした。

3) 現象学的還元の元での「生きられた経験」の性質 • Attitude - 現象学的還元:「主観と客観」の二元論のような形而上学をいったん脇に置いて経験の構造を反省的に捉えること (=> 現象学的方法は内観主義ではない)

• Intimacy - 過去のエピソードを追体験する • Invariants - 他者の経験と照合することによって共通項を見いだす • Training - 繰り返し行うことで還元を安定化させ、言語化が巧みになる

現象学的還元を目指したインタビュー(Petitmengin 2010)

1) てんかん発作前の意識経験について記憶が新しいエピソードを選ぶ。 2) Intimacy: どういう知覚的な経験をしていたかを説明してもらうことでその経験を再経験してもらう。 3) Reduction: そのときの内的過程について目を向けてもらう。(例:「肺が縮む感じがしたので発作の前兆が来たと思いました」) • Training: インタビューを繰り返すことで記述を安定させる • 面接者と患者との間で相互に誠実な関係を築く • 患者自身にも積極的に共同研究者となってもらう

Invariants: 複数(の参加者)のインタビューから共通項を抽出する

1) Arousal - 発作時には意識を失う

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2) Attention - オーラ経験時には注意が外に向かなくなる 3) Self-awareness - オーラ経験時には注意が内面に向かう • 複数の発作エピソードについてこの三つの時間変動を手書きのカーブで表現してもらった。 • 点と点の対応だけではなくて、場の形の対応もある。=> 位相同型である

4. 盲視で神経現象学するには 盲視の現象学 • 盲視の場合だったら、「意識的視覚」と「なにかあるかんじ」の違いではなくて、このふたつの構造的関係を見いだすのが現象学だろう。

• ではこのふたつの構造的関係とはどういうものであろうか? 前反省的自己意識とは • ザハヴィは現象的意識の構成的特徴として「前反省的自己意識」が不可欠であると書く。 • 前反省的自己意識:経験的現象が現象学的な意味での反省を経る前から直接的一人称的に与えられているということ (Zahavi and Parnas 1998)

「なにかあるかんじ」とは意識経験である • 盲視の研究から示唆された視覚の二つのレイヤー(「視覚的意識」と「なにかあるかんじ」)はどちらとも前反省的自己意識を持っているといえる。

• 「なにかあるかんじ」(=「視覚の現前性」)とは無意識の過程ではなくて、「視覚的意識」(=「意識の内容」)を図とするならば、それに対する地の関係として意識経験を構成するものと考える方が妥当なのかもしれない。

盲視における意識経験の神経現象学的な解明 • 意識経験には何が必要だろうか? 視覚野が活動することそのものだろうか? それとも視覚野を通して視覚情報を操作できることだろうか? (Hurley and Noë 2003)

• 感覚運動ループ説:「なにかあるかんじ」は機能回復に伴って感覚運動ループの形成による環境の操作可能性が拡大したことによって生成した、ある種の視覚意識ではないか。

• 機能回復過程の現象的状態を観察し、脳と行動と環境とをすべて記録し、機能回復のダイナミクスを特徴づけてゆけば、盲視における意識経験を神経現象学的に解明していけるのではないか?

意識経験の「一次データ」 • 盲視を含む脳損傷の患者がどのような経験を持っているのかという知見は意識の研究にとって非常に重要な一次データだが非常に限られている。

• 患者自身がその経験を表現するための語彙とトレーニングが必要。(=> 現象学的還元の訓練) • 患者自身が自分の経験を構造立てて捉えるという作業には「当事者研究」を参考に出来るのではないか?

5. 当事者研究から学ぶ 当事者研究とは • 日常実践の中で問題を抱えた個人が、そんな自分の苦労を客観視しながら仲間に語り、仲間と共

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にその苦労が発生する規則性についての仮説を考え、対処法を実験的に探りながら検証してゆく。そして、その研究結果は、コミュニティーが共有するデータベースに登録される。(綾屋, 熊谷 2010 p.124)

「爆発」の研究 (河崎寛 + 爆発救援隊, 2005) • 仲間との「研究」で以下のことが分かった: • 「爆発」の前に「親に寿司を買わせる」といった、親が腹を立てる行動をしていた。 • 爆発のきっかけを自分で作っていた。爆発に依存していた。

• 「爆発」への対処法 • 「弱さの情報公開」を行う。爆発を「止める」よりは「活かす」。 • 爆発後に気持ちを振り返るプロセス。薬の役割と限界を説明する。

これって力学系的な考えだ • 繰り返される現象を相空間で表現する • 介入や環境や過去の影響によってその軌道が変化するのを観察する • 制御法を見つけ出す • 力学系的手法は幼児の発達や運動制御などの場面ではダイナミカルシステム理論という名で活用されている。

まとめ • 当事者研究を拡張することによって神経現象学的になり得るし、神経現象学を正しく実践すると当事者研究を拡張したものとなるのかもしれない。

References • Zeki S, Ffytche DH. The Riddoch syndrome: insights into the neurobiology of conscious vision. Brain. 1998 Jan;121 ( Pt

1):25-45 • Yoshida M, et.al. (2012) Residual attention guidance in blindsight monkeys watching complex natural scenes. Curr Biol.

22(15):1429-1434 • Dennett, DC. (2005). Sweet Dreams: Philosophical Obstacles to a Science of Consciousness. Cambridge, MA: MIT Press.

(『スウィート・ドリームズ』土屋俊, 土屋希和子 訳、NTT出版、2009年) • Varela, F. J. (1996) Neurophenomenology: a methodological remedy for the hard problem. Journal of Consciousness

Studies 3, 330–349. • Varela, F. J. (1999) The specious present: A neurophenomenology of time consciousness in Naturalizing phenomenology:

Issues in Contemporary Phenomenology and Cognitive Science (Petitot, J., Varela, F. J., Pachoud, B. & Roy, J.-M.) 266–329 (Stanford University Press).

• Le Van Quyen M. (2010). Neurodynamics and phenomenology in mutual enlightenment: The example of the epileptic aura. In Stewart J., Gapenne O., Di Paolo E. A. (Eds.), Enaction: Toward a new paradigm for cognitive science (pp. 245–266). Cambridge, MA: The MIT Press

• Petitmengin C. (2010). “A neurophenomenological study of epileptic seizure anticipation,” in Handbook of Phenomenology and Cognitive Science eds Schmicking D., Gallagher S., editors. (Dordrecht: Springer; ) pp. 471–499

• Hurley S., Noë A. (2003). Neural plasticity and consciousness. Biol. Philos. 18, 131–168. • 綾屋 紗月, 熊谷 晋一郎 (2010) つながりの作法―同じでもなく 違うでもなく, 日本放送出版協会 • 河崎寛 + 爆発救援隊 (2005) 「11 爆発の研究-「河崎理論」の爆発的発展!」浦河べてるの家『べてるの家の「当事者研究」』医学書院