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機能性炭素材料 1/8 機能性炭素材料 [1]炭素の同素体 1.1 ダイヤモンド 炭素原子同士の化学結合 には、 sp 3 , sp 2 , sp 3 種類の混成軌道 ( 1.1) あるため、結合の仕方によりさまざまな特徴 を有する。 ダイヤモンドは、図 1.2(a) のよう に、 sp 3 混成軌道をとっていて、炭素原子の 4 個の最外殻電子がすべて共有結合に使われ、 非電導性である。 また、軽量で小さい炭素子 同士の共有結合距離は短く、さらに 3 次元的構造をとっていることからひずみにくく、そのためダ イヤモンドは非常に硬い。 最近では炭素を高温高圧状態にすることにより、人工ダイヤモンドを 作ることができるようになった。 さらに高速のイオン粒子を利用して炭素にエネルギーを与え、 フィルム状のダイヤモンドを合成する方法なども進歩してきている。 1.2 グラファイト sp 2 混成軌道からなり、図 1.2(b) のように炭素原子を頂点に置いた正六 角形を敷き詰めてできる六角網平面が平行に 規則的に重なって、層状構造を形成している。 六角網平面内の炭素原子どうしは共有結合で 非常に強く結ばれている。 また、六角網平面 間は電子によるファンデルワールスカ的 な結合と考えられており、その結合力は弱い。 こ 電子は六角網平面内の 結合間を動き回 ることができるため、グラファイトは六角網平面 に平行な方向に高い導電性をもつ。 1.3 フラーレン 炭素のこれまでの常識を打ち破 る新しい構造の物質である。 その代表的なものに C 60 があり、 1985 年に Kroto, Curl, Smalley (1996 年 ノーベル化学賞受賞 ) により発見された。 C 60 は図 1.3 のようにサッカーボールの形をしていて、 正六角形と正五角形の各頂点に位置した 60 個の 炭素原子により構成されている。 C 60 は常温で高 速回転しており、超伝導性を示すことがわかって いる。 類似の閉じた系として、 C 70 , C 82 などの存在 も示され、これらを総称してフラーレンと呼ぶ。 1.1 1.2 1.3 各混成軌道の波動関数

第2回 機能性炭素材料 補足資料_2010

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Page 1: 第2回 機能性炭素材料 補足資料_2010

機能性炭素材料 1/8

機能性炭素材料

[1]炭素の同素体

1.1ダイヤモンド 炭素原子同士の化学結合

には、sp3, sp2, sp の 3 種類の混成軌道(図 1.1)が

あるため、結合の仕方によりさまざまな特徴

を有する。 ダイヤモンドは、図 1.2(a)のよう

に、sp3混成軌道をとっていて、炭素原子の 4

個の最外殻電子がすべて共有結合に使われ、

非電導性である。 また、軽量で小さい炭素子

同士の共有結合距離は短く、さらに 3 次元的構造をとっていることからひずみにくく、そのためダ

イヤモンドは非常に硬い。 最近では炭素を高温高圧状態にすることにより、人工ダイヤモンドを

作ることができるようになった。 さらに高速のイオン粒子を利用して炭素にエネルギーを与え、

フィルム状のダイヤモンドを合成する方法なども進歩してきている。

1.2 グラファイト sp2混成軌道からなり、図

1.2(b)のように炭素原子を頂点に置いた正六

角形を敷き詰めてできる六角網平面が平行に

規則的に重なって、層状構造を形成している。

六角網平面内の炭素原子どうしは共有結合で

非常に強く結ばれている。 また、六角網平面

間は間 電子によるファンデルワールスカ的

な結合と考えられており、その結合力は弱い。 こ

のの 電子は六角網平面内の電 結合間を動き回

ることができるため、グラファイトは六角網平面

に平行な方向に高い導電性をもつ。

1.3フラーレン 炭素のこれまでの常識を打ち破

る新しい構造の物質である。 その代表的なものに

C60があり、1985 年に Kroto, Curl, Smalley ら(1996

年 ノーベル化学賞受賞)により発見された。 C60は図 1.3 のようにサッカーボールの形をしていて、

正六角形と正五角形の各頂点に位置した 60 個の

炭素原子により構成されている。 C60は常温で高

速回転しており、超伝導性を示すことがわかって

いる。 類似の閉じた系として、C70, C82などの存在

も示され、これらを総称してフラーレンと呼ぶ。 

図1.1

図1.2

図1.3

各混成軌道の波動関数

Page 2: 第2回 機能性炭素材料 補足資料_2010

機能性炭素材料 2/8

[2]カーボンナノチューブ (Carbon nanotube) フラーレンを細長く成長させて円筒状にしたものが、

カーボンナノチューブ (CNT)と呼ばれる構造である(右図)。

1991 年、NEC の飯島澄男 博士によって発見された。

2.1 CNTの構造及び特徴 円筒の直径は 1~50 nm と非常に細い。

炭素原子の幾何学的な結合条件(図 2.1, 2.3 参照)によって、高い

導電性のある金属的なものになったり、半導体的なものになった

りするという結果が、モデルによる計算から得られている(下の図 2.2 参照)。 CNT を使って、直

径がナノメータサイズの導電線材を作ることも考えられる。 CNT は、電流密度耐性は Cu の 1000

倍、熱伝導率 Cu の 10 倍である。

図 2.2 のバンド構造計算の結果からわかるように、アームチェア型の単層 CNT は、その伝導帯と価

電子帯に重なりがあり、よって、金属的な伝導性を有し、一方、ジグザグ型の単層CNT は、その伝導

図 2.3 CNT の代表的な構造

図 2.2

図 2.1 CNT の構造及び構造定義のパラメータ

5員環部がないと先端が閉じない !!

Page 3: 第2回 機能性炭素材料 補足資料_2010

機能性炭素材料 3/8

帯と価電子帯との間にエネルギーギャップが存在し、よって、半導体的な伝導性を有する。 なお、

多層 CNT は個々の CNT の構造によらず、金属的な電気特性を有する。

2.2 CNT の合成法 CNT は、一般に、炭素または炭素原料を必要に応じて触媒の存在下、高温条件に

置くことにより合成される。主な合成法の概要および特徴を以下に示す。

(1)アーク放電法 大気圧よりやや低い圧力のアルゴンや水素雰囲気下、炭素棒の間に 20V, 50A

程度のアーク放電を行うと、陰極堆積物の中に MW(Multi-Wall, 多層)CNT が生成される。また炭

素棒中に Ni/Co などの金属触媒を混ぜてアーク放電を行うと、容器の内側にすすとして付着す

る物質の中に SW(Single-Wall, 単層)CNT が生成する。 アーク放電法では欠陥が少なく品質の良

い CNT が得られるが、まとまった量を得るのは難しいと言われている。

(2)レーザ蒸発法 Ni/Co などの触媒を混ぜた炭素に YAG レーザの強いパルス光を照射すると

CNT が得られる。 比較的高い純度の SWCNT を得ることができ、また条件変更により CNT チュ

ーブ径の制御が可能である。 しかし、収量が少なく、CNT の工業的製造技術としては難しいと言

われている。

(3)化学気相成長法(Chemical Vapor Deposition: CVD 法) 炭素源となる炭素化合物(C2H4等)を

500~1000℃で触媒金属微粒子と接触させることにより CNT が得られる。 触媒金属の種類およ

びその配置の仕方、炭素化合物の種類などに種々のバリエーションがあり、条件の変更により

MWCNT と SWCNT の何れも合成することができる。 また、触媒を基板上に配置することによ

り基板面に垂直に配向した CNT を得ることも可能である。 この方法は、原料をガスとして供

給出来るために大量合成に最も向いている手法と言われているが、合成された CNT は一般に欠

陥が多い。

2.3 CNT の応用 (以下 2.3.1, 2.3.2 は、応用物理学会誌, 2004 年 9月号, P. 1212 より)

2.3.1 金属的性質を有する CNT の LSI の多層配線への応用

シリコン LSI の配線金属には Cu が用いられているが、LSI の微細化が進み、ゲート長 45nm以降

図2.4

図2.5

Page 4: 第2回 機能性炭素材料 補足資料_2010

機能性炭素材料 4/8

の世代では、配線に流れる電流密度が Cu の許容限界を上回る。 LSI の発熱についても、LSI の高性

能化と熱制御という二つの要求を満たさ

なければならない。 そこで、CNT の有す

る Cu の 1000 倍の電流密度耐性と 10 倍

の熱伝導率とういう性質をいかすことが

考えられる。 また、多層 CNT では、直径

が太いために、カイラリティ(グラフェ

ンシートのねじり方)によらず金属的な

伝導性を有することから、カイラリティ

ー制御という難題をひとまず棚上げでき

る。 そこで、LSI における多層配線にお

ける層間の縦方向配線、いわゆるビア配線に CNT を用いることが期待される。

LSI における多層配線及びビア配線を図 2.4 に模式的に示す。 また、図 2.5 にビア配線として Cu

を用いた LSI の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す。 一方、図 2.6 に CNT をビア配線として用い

た場合の LSI多層配線の模式図を、図 2.7 に実際に作成された CNTビア配線の SEM写真を示す。

図 2.7 は、絶縁膜に等間隔で配置された円柱形の穴底で、金属微粒子を触媒として CNT が位置選択

的に成長していることを示している。

2.3.2 半導体的性質を有する CNT の MOSFETへの応用

半導体的性質をもつ CNT には、トランジスタヘの応用が可能である。 キャリア(電流の担い手,

電子あるいは正孔)が無散乱で動く、いわゆるバリスティック伝導を示すと、キャリアの速度はバ

ンド構造の傾きに相当する群速度の最大値まで加速できる。 その値は 8×107cm/s とシリコンの飽

和速度の約 10 倍に達する。 このように高速なキャリアの走行が起きると、トランジスタ(FET)

図2.6

図2.7

Page 5: 第2回 機能性炭素材料 補足資料_2010

図 2.10 ノリタケカンパニーリミテドが試作

した CNT-FED. 格子模様を表示していると

機能性炭素材料 5/8

性能としては、高速スイッチングや高周波応答が期待できる。 実験的にも、ナノチューブをチャネ

ルとして用いた FET(Field Effect Transistor)の性能は、相互コンダクタンスで最先端のシリコン

pMOS (Metal-Oxide Semiconductor)の約 10 倍に達している(図 2.8)。 実際の回路を考えた場合、

電流を多く流す必要性から,ナノチ

ューブを並べる技術や金属的なナノ

チューブを除去する技術などが必要に

なる。 ナノチューブ FET の電流制御

のメカニズムや最適構造の研究などが

進められることで、さらなる高性能化

が期待できる。

2.3.3 CNT の電界放出型ディスプレイ

(FED)への応用

CNT の径は 1~50 nm と非常に小さ

く、従って、その高い電界集中により、

電界放出電子のフラックスが高い。従

って、CNT を電界放出型ディスプレイ

(Field Emission Display, FED) の電子放

出素子として用いることが期待される。図 2.9 は 、

CNT を用いた FED の構造を、図 2.10 は CNT を利用

した電界放出ディスプレイの実例である。

図 2.9 CNT FED の構造

Field Emission Display (FED): 電子を蛍光体に照射することにより画面を光らせるという発光の原理では、CRT(いわゆるブラウン管)と同じだが、次の 2 つの点で、CRT とは大きく異なる。第 1 に、電子源には電界放出(field emission)により電子を放出する微小電子源(マイクロエミッタ)を用いる。これは、CRT に用いられている熱電子源とは異なり、陰極を加熱しなくても、電圧を印加するだけで電子ビームを得ることができるので、低消費電力の発光ディスプレイを実現できる。 第 2 の違いは、画面を構成する各ピクセル(画素)がその背後にそれぞれ複数の微小電子源(マイクロエミッタ)を持っていることである。CRT では 1 個の電子源(カラーCRT では 3 個)から発生する電子ビームを画面上に順次走査することにより画面を描くため、奥行きを必要とするが、FED では電子ビームの走査の必要がないので、薄型のディスプレイとなる。

図2.8 CNT-FETの構造及びそのAFM像(F.Nihey, H. Hongo, Y.Ochiai, M. Yudasaka and S. Iijima, Jpn. J. Appl. Phys. Vol. 42 (2003) pp. L 1288–L1291)

Page 6: 第2回 機能性炭素材料 補足資料_2010

図 2.11 CNTへの分子吸着に伴う電

界放出電流の変動

機能性炭素材料 6/8

2.3.4 電界電子放出を利用したガスセンサーへの応用

電界放射においては電界が五員環部に集中し,優

勢的に電子放出が生じる。

図 2.11 は、電界放射顕微鏡法(FEM)により、

清浄表面を持つ単一の多層 CNT の電子放出像の

観察を行い、チューブ先端に存在する 6 個の五員

環に関して得られた像である。電界放出現象は,

陰極の表面状態に非常に敏感であるため,ガス

分子の吸着・脱離に応じて放出電流が敏感に変化

する。 この現象を利用して単一ガス分子の検出

を高感度で可能になる。

[3] 炭素繊維 (Carbon fiber)

グラファイトのおのおのの面を一定方向に配向きせて繊維状にしたものを炭素繊維と呼んでい

る。 また、炭素繊維の複合材料(composite)は、軽量、高強度、高弾性、耐食性、耐熱性に優れており、

日常生活への利用や工業材料として技術革新に役立っている。

3.1 炭素繊維の種類 炭素繊維には、原料の違いから以下の 3 つに分類される。

(a)ポリアクリロニトリル(PAN)系カーボンファイバ  ポリアクリロニトリル(PAN, 図 3.1 参照)

を原料としてする。 ポリアクリロニトリルを原料とする場合は、紡糸するときに延伸されて高分

子鎖が繊維の方向に配向する。 これを加熱処理すると主鎖がはしご状高分子となり、さらにアル

ゴンなどの不活性雰囲気中で、2000°C以上の高温で加熱処理(黒鉛化)すると、水素や窒素が除

図 3.1 PAN 系カーボンファイバーの作成

図3.2

Page 7: 第2回 機能性炭素材料 補足資料_2010

機能性炭素材料 7/8

かれて、炭素繊維となる。

(b)ピッチ系カーボンファイバ ピッチは多くの縮合した芳香環からなるディスコチック液晶物

質であるが、これを紡糸するときに、縮合環を繊維軸方向に配向させ、その後の加熱処理により黒

鉛化させて炭素繊維とする。 ピッチ系ファイバは、等方性ピッチを原料にするものと、光学的異方

性をもったメソフェー

ズピッチを原料とするも

のに分類される。 後者の

場合について説明すると、

図 3.2 のメソフェーズピ

ッチを紡糸し、さらに高

温で加熱処理し、炭素化、

黒鉛化することにより

高強度のカーボンファイ

バが製造される。  (図

3.3 参照)

(注)ピッチ: 石油を蒸留したときに残るタール状のアスファルトを、さらに真空蒸留して残る黒色

の樹脂状の物質。

(c)気相成長カーボンファイバ (VGCF) ベンゼンなどの気体を電気炉内で熱分解して繊維状に成

長させる。 (図 3.4 参照)

3.2 カーボンファイバの複合材料 (Carbon fiber composite)

カーボンファイバは非常に細く小さいため、単独で使われるこ

とはまれで、主に、他の材料の中に混合して、複合材(composite)と

して利用される。その、代表的な例を以下にあげる。

(a) カーボンファイバー強化樹脂複合材 (Carbon fiber reinforced

plastic, CFRP)

高い強度と高い弾性率を有し、軽量であることから、テニスやバ

ドミントンのラケット、スキー板、ゴルフクラブ、ヨットの船体な

どに用いられている。また、スポーツやレジャーだけではなく、航

空機の機体や主翼、人工衛星、ロケットなどの航空・宇宙分野にも

広く利用されている。

(b) カーボンファイバー強化コンクリート (Carbon fiber

reinforce d concrete, CFRC) コンクリートに、体積比率にして、

約 2%の短繊維のカーボンファイバを混合することにより、

コンクリートの引っ張りに弱く、脆い性質をカバーすること

ができると同時に、靭性をもたせることができる。 CFRC は、

高層建築に利用されている。

図3.3

図3.4

図 3.5

図 3.6

Page 8: 第2回 機能性炭素材料 補足資料_2010

機能性炭素材料 8/8

(c)カーボンファイバー強化炭素複合材料 (Carbon fiber re inforced carbon composite, C/C) /C/C複合

材料は炭素繊維と有機物を複合して、有機物を酸素がない環境で酸化して作られる。有機化合物の

C,H の集まりは酸素がない環境で酸化すると Cだけ残る。つまり、木を蒸し焼きにして炭を作るみ

たいなもの。 スペースシャトルの鼻先の耐熱材として利用されている。

参考図書

1. 「電気・電子材料」  中澤 道夫 他著 コロナ社 ISBN 4-339-01191-6

2. 「ヒューイ無機化学 (上)」 James E . Huheey 著 小玉 剛二・中沢 浩 訳 東京化学同人

ISBN 4-8079-0236-9

3.「材料科学」 坂田 亮 著 培風館 ISBN 4-563-03159-3

4.「電気電子機能材料」 一之瀬 昇 著 オーム社 ISBN 4-274-13270-6

5.「電気電子材料」 平井 平八郎 他著 オーム社 ISBN 4-274-12888-1