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第7章 クォークモデル

7.1 強いアイソスピン

陽子と中性子 (まとめて核子)およびパイメソンなどハドロンの間に働く力を核力と言い、原子核の構造やハド

ロン反応を理解するために欠かせない概念である。強いアイソスピンは核力の持つ対称性であり、近代ゲージ理

論の理解に不可欠なユニタリー対称性の走りであった。アイソスピン対称性は SU(2)対称性である。強いアイソスピンが結果的に近似理論で終わったのに対し、弱い相互作用の従う SU(2)ゲージ対称性は重要な基本概念であるので、その準備としてここで学習する。

アイソスピンは最初核力現象が陽子と中性子の入れ替えで変わらないという事実に基づいて 1932年ハイゼンベル

グにより提案された。核子以外にもハドロンには性質の似通っている小グループが存在する。例えば次の粒子群

は質量 (単位MeV)がほとんど同じであるばかりか強い相互作用をするときの力の強さが同一であることが知られ

ている。

p

n

938.28

939.57

π+

π0

π−

139.57

134.96

139.57

Σ+

Σ0

Σ−

1189.36

1192.46

1197.34

K+

K0

493.67

497.70δmm 0.14% 3.3% 0.33% 0.8%

(7.1)

強い力の現象がグループ内の粒子の交換で変わらないのならば、これらを同じ粒子の違う成分と見なすことがで

きる。

p→ p′ = αp+βn, n→ n′ = γp+δn (7.2a)

あるいは行列表現で

ψ ≡

[p

n

]→ ψ′ = Uψ, U =

[α βγ δ

](7.2b)

という変換で運動方程式が変わらないことを意味する。確率の保存から Uはユニタリー変換でなけらばならず、

さらに行列式が 1(detU = 1)であるとすると、Uは SU(2)行列となる。SU(2)変換行列 Uは

U = e−i σσσ2 ·θθθ (7.3)

の形に書ける (付録 D参照)。これは位相変換と同じ形をしているので、これを SU(2)(広域)ゲージ変換と言う。空

間回転演算も SU(2)変換であった。ここでの SU(2)は、陽子と中性子を混ぜる、あるいは電荷を変えるというある種の抽象的空間内での回転を意味する*1) 。この空間をアイソスピン空間と言い、核力がアイソスピン空間の回

転で不変なことを荷電独立 (charge independence)と言う。SU(2)群の演算する空間は違うが、数学的には空間での

回転と全く同じなので、類似の用語を使用する。小グループをアイソスピン多重項と言い、各成分はアイソスピ

ンの z成分で区別する。核子や Kメソンはアイソスピン 1/2を持ち、πメソンや Σ粒子はアイソスピン 1を持つ。

* 1) 回転対称性やローレンツ対称性など時空の対称性がしばしば外部対称性と呼ばれるのに対して、内部対称性と呼ばれることもある。

第 7章 クォークモデル 2

核力の荷電独立性 πメソンと核子が擬スカラー型の相互作用をするとすれば、ラグランジアンは

Lint = gψ(x)ψ(x)φ(x)+エルミート共役 (7.4)

という形を取るであろう。アイソスピン対称性を取り入れて核子を

ψ → N =

[p

n

](7.5)

と表す。πメソンは (π+,π0,π−)の3重項でありアイソスピン空間でベクトルとして変換する。スピノールにより作られる ψ†(σ1, σ2, σ3)ψはベクトルとして振る舞う (付録 A)。実空間での回転と区別するためアイソスピン空間

では σ行列を τと記すことにする。相互作用がアイソスピン空間の回転で不変であることを要求すると、相互作用ラグランジアンは

Lint = gψψφ → g(

N† τττ2

N)·πππ *2) (7.6)

ここで πメソン場を πππ = (π1, π2, π3)と書いた。観測される荷電状態と

π± =−π1± iπ2√

2, π0 = π3 (7.7)

の関係で結びついている。

τττ ·πππ =

[π3 π1− iπ2

π1 + iπ2 −π3

]=

[π0 −

√2π+

−√

2π− −π0

](7.8)

を使えば、

Lint =g2

(N†τττN

)·πππ =

g2

[−√

2p†nπ+ −√

2n†pπ+ +(p†p−n†n)π0]

(7.9)

となる。アイソスピン独立を仮定しない場合の相互作用は一般的に

Lint = gpnp†nπ+ +gnpn†pπ+ +gppp†pπ0 +gnnn

†nπ0 (7.10)

と書けるはずであるから、アイソスピン対称性により結合定数の数が4つから一つに減りしかも互いに

gpn : gnp : gpp : gnn = −√

2 :−√

2 : 1 :−1

の比例関係にあることが導ける。この相互作用が、核力ポテンシャルの荷電独立性Vpp = Vnn = Vpnを充たすこと

図 7.1:核力の荷電独立性:Vpp = Vnn = Vpn

を示そう。ポテンシャルは図 7.1のグラフを計算することにより得られるが、π結合の符号と大きさ以外は共通で* 2) 時空の構造をあらわに書くと N† → N =

[p n

]となり、さらに π メソンが擬スカラーであることを考慮すると

gNγ5τττN ·πππとなるがここではアイソスピン空間の構造のみを記した。

第 7章 クォークモデル 3

あるから、

π0交換 : Vpp ∝(g

2

)2[(1)× (1)] =

g2

4  図 7.1(a)

π0交換 : Vnn ∝(g

2

)2[(−1)× (−1)] =

g2

4:   図 7.1(b)

π0交換 : Vpn→pn ∝(g

2

)2[(1)× (−1)] = −g2

4:   図 7.1(c)

π±交換 : Vpn→np ∝(g

2

)2[(−

√2)× (−

√2)] =

g2

2:   図 7.1(d)

∴ Vpn ≡Vpn→pn+Vpn→np = Vpp = Vnn =g2

4V(r) (7.11)

V(r)は荷電状態以外の共通ポテンシャルである。πメソンは有限質量 µを持つのでポテンシャルはe−µr

rの形と

なる。ここでVpnは、pと nが交換した状態のポテンシャルを交換しない場合のポテンシャルに加えて得られた

ものであり、(pn)波動関数は粒子交換に対して対称性を持つ。しかし、粒子交換に対し反対称性を持つ波動関数を

構築することも可能であり、この場合、

V[pn] ≡Vpn→pn−Vpn→np = −34

g2V(r) (7.12)

すなわち、核子の交換に対して対称な状態 (アイソスピン=1)と反対称な状態 (アイソスピン=0)では、ポテンシャ

ルは符号を変える。

アイソスピン交換力  上記のポテンシャルを少し違った方法で再導入してみよう。核力は πメソンを交換して生じる。πがアイソスピンを持つときは3種の πが交換される。荷電 πを交換すれば陽子と中性子が入れ替わる。このような力を交換力という。アイソスピン独立が成り立っているとき、核子1と核子2が πを交換するときの遷移行列は

< N1,N2,0|T[LINTLINT ]|N1,N2,0 >∼< τττ1 ·τττ2 > V(r) (7.13)

に比例する。始状態終状態の 0は πメソンが無い状態を示し、< τττ1 ·τττ2 >はアイソスピンの期待値である。これを

アイソスピン交換力と言う。核子1と2はそれぞれがアイソスピン 1/2を持つが、アイソスピン独立が成立すると

きは、アイソスピンの期待値は合成アイソスピン I の値 (1,0)で分かれるが I3の値には依存しない。

< τττ1 ·τττ2 >∼ I1 · I2 =12

[(I1 + I2)2− I1

2− I22]

=12[I(I +1)− I1(I1 +1)− I2(I2 +1)] =

12×

1× (1+1)−2× 12(1

2 +1) = 14 I=1

0× (0+1)−2× 34 = −3

4 I=0

(7.14)

となり、上記のグラフから得た結果と一致する。I = 0の2核子束縛状態 (重陽子)は存在するが、I = 1の束縛状

態は存在しないので、V(r) > 0であることが判る。アイソスピンを導入することは、陽子と中性子を別種の粒子

でなく同一粒子の違う状態と見なすことである。この場合2核子の波動関数は

全波動関数=アイソスピン波動関数xスピン波動関数x軌道角運動量波動関数

である。重陽子は ℓ = 0のS状態に少量の ℓ = 2のP状態が混合していて全角運動量が 1、すなわちスピン 1を持

つ。スピン 1の波動関数は対称、I = 0状態はアイソスピン成分交換で反対称であるから、同一フェルミオンの波

動関数は全反対称であるべき要請を満たしている。

 もし、I=0、S=0の別の粒子をも交換して核力が生じているのであれば、核力は∼ A+B(τττ1 ·τττ2)に比例する。さらに、スピンを持つ粒子 (例えばフォトンや ρメソン)を交換すれば、核力は∼ [A+B(τττ1 ·τττ2)][C+D(σσσ1 ·σσσ2)]に比例する。D項をスピン交換力という。

第 7章 クォークモデル 4

核力は QCDの共有結合  核力をクォークモデルで再解釈してみよう。p = uud,n = udd, π+ = ud,π0 = (−uu+dd)/

√2, π− = −du)であるので、pn間の π0,π ± 交換は図のように書き直せる。クォークモデルでは核力は πメ

図 7.2:核力はクォーク共有結合

ソン交換ではなく、クォーク交換で生じる。これは水素分子力に似ている。水素原子が陽子と電子の間に働くクー

ロン力で結びつき、全体では電気的に中性で、水素原子同士に長距離力は働かない。しかし、近距離では電子を

共有する共有結合により引力が働き、水素分子ができる。クォーク同士にはカラー力が働きクォークの束縛状態

として陽子 pと中性子 nができる。pと nはカラー中性で長距離力は働かないが、近距離ではクォークを交換 (共

有)して核力が働く仕組みになっている。

7.2 SU(3)対称性

7.2.1 西島・ゲルマンの法則

ハドロンのクォーク構造が明らかになって判ったことは、アイソスピン対称性とは uクォークと dクォークの

入れ替え対称性であることであった。ストレンジ粒子 (s-クォークを含むハドロン)が発見されたとき、ストレンジ

粒子の持つ特有な量子数 ”S” もまたアイソスピンと同じく強い相互作用では保存されるが、弱い相互作用ではス

トレンジネスが保存されないことが判った (実のところ 1だけ変わる)。下の例ではストレンジ粒子を作る反応に

は強い相互作用が、崩壊の時は弱い相互作用が関与している。

例1 (a) π− + P → K+ + Σ−

S 0 0 +1 -1

K+ → π− + π0 Σ− → π− + n

+1 0 0 -1 0 0

例2 (c) K− + P → Ω− + K+ + K0

S -1 0 -3 +1 +1

Ω− → Ξ0 + +π−

-3 -2 0

Ξ0 → Λ0 + π0

-2 -1 0

Λ0 → π− P π0 → γ + γ-1 0 0 0 0 0

第 7章 クォークモデル 5

中野・西島とゲルマンは、ハドロンのストレンジネスは、電荷 Qとアイソスピンの第 3成分、バリオン数 Bと

次の関係式 (西島・ゲルマンの法則)で結ばれると提案した。

Q = I3 +B+S

2= I3 +

Y2

(7.15)

ここで導入した Yは超電荷 (hypercharge)と呼ばれる量である。強い相互作用はストレンジネスを保存し弱い相互

作用ではストレンジネスが破れるとして現象をよく説明する。

ユニタリー対称性:   強い相互作用現象は既知のハドロン ((u,d)クォークより構成されるハドロンで、陽子、

中性子、πN共鳴 ∆(1232)等)をストレンジ粒子で置き換えてもやはりほとんど変わらない。そこで、強い相互作用

は (u,d,s)クォークの入れ替えで近似的に変わらないと言う SU(3)対称性が提唱された。近似的にと言う意味は定

量的にはアイソスピン対称性が数%の精度を有していたのに反し、20%程度の精度しか持たなかったからである。

現在、6種のクォークが知られており、全て同じ強さの強い力を持つので、SU(3)対称性は SU(n) n = 4,5· · · に広げられる。しかし、力の強さは同じであるもののそれぞれ質量が違い、この質量の差が対称性を破る原因となっ

ている。第4番目のクォークチャームは sクォークの3倍以上の質量を持ち (約 1.4GeV)、SU(4)対称性は良い対

称性とは見なされていない。しかし、チャームクォークを含むハドロンの分類には有用である。6種のクォーク

の違いは香り (flavor)の違いと呼ばれ、上記 (u,d,s)の入れ替え対称性は香りの対称性と呼ばれる。香りの対称性はクォーク質量の類似性により生じたと言う偶発的な要素が強い。香りの SU(3)対称性とハドロン現象との関連

を詳細に調べることにより、強い力の源泉であるカラー量子数の発見につながったという意味で歴史的に大きな

意味を持つ。現在もハドロンの分類上有用であるが、現代ゲージ理論で重要なのは、各クォークの持つ色の違い

によるカラー SU(3)対称性である。これについては QCDのところで述べる。

補足: SU(2)演算を SU(N)に拡張した一般的ユニタリー空間の回転演算子を考える。U が detU = 1の N×N

ユニタリー行列であり連続変数の関数であれば、

U = exp

(iN2−1

∑i=1

θiFi

), Tr[Fi ] = 0, (7.16a)

[Fi , Fj ] = i f i jkFk (7.16b)

と書き表せ群を作る (群については付録 A参照)。Fi は無軌跡の N×Nエルミート行列で、θi は N2−1個の独立な

パラメターである。群が連続パラメターの変数として微分可能であるときリー群という。Fi を SU(N)群の生成演算子と言い、 fi jk を構造定数と呼ぶ。 fi jk の決め方はユニークではないが、SU(2)群では Fi = σi

2 と選び、SU(3)群

では後述のゲルマン行列 Fi = λi2 ; i = 1∼ 8を採用するのが普通である。

7.2.2 香りの SU(3)

さしあたって3種のクォーク (qi = u,d,s)は全て同じ質量を持ち、入れ替えで強い相互作用は不変という SU(3)

不変性を仮定してみよう。物理的に理解しやすいように、SU(3)の基底ベクトルにクォーク (u,d,s)を対応させて考

第 7章 クォークモデル 6

える。

ψ =

u

d

s

=

q1

q2

q3

= qiei , e1 =

1

0

0

, e2 =

0

1

0

, e3 =

0

0

1

(7.17a)

ψ → ψ′ = Uψ = exp

[i ∑

i

λi

2θi

]ψ (7.17b)

qi → q′ i = U ijq

j , qi ≡ (qi)∗ → q′i = q jU† j

i (7.17c)

λi として次のゲルマンの行列を採用する。

λi(i = 1,2,3) =

[τi 0

0 0

], λ4 =

0 0 1

0 0 0

1 0 0

, λ5 =

0 0 −i

0 0 0

i 0 0

, (7.18a)

λ6 =

0 0 0

0 0 1

0 1 0

, λ7 =

0 0 1

0 0 −i

0 i 0

, λ8 =

1√3

1 0 0

0 1 0

0 0 −2

(7.18b)

これらの行列は[

λi

2,

λ j

2

]= i f i jk

λk

2(7.19a)

λi

2,

λ j

2

=

13

δi j + idi jkλk

2(7.19b)

Tr[λi ] = 0, Tr[λiλ j ] = 2δi j (7.19c)

を充たす。 fi jk は SU(3)の構造定数と呼ばれ、この値を決めれば SU(3)の群としての構造はほぼ定まる。 fi jk ,di jk

は添え字 i jk についてそれぞれ反対称、全対称で表 7.1に表される数値を持つ。

表 7.1: SU(3)の構造定数

f123 = 1

f147 = f246 = f257 = f345 = f516 = f637 = 1/2

f458 = f678 =√

3/2

d118 = d228 = d338 = −d888 = 1/√

3

d146 = d157 = d256 = d344 = 1/2

d247 = d366 = d377 = −1/2

d448 = d558 = d668 = d778 = −1/(2√

3)

表 7.2:クォークの持つ量子数

クォーク名 I I3 Y Q B

u 12 +1

213

23

13

d 12 −1

213 −1

313

s 0 0 −23 −1

313

SU(3)はにおいて対角化可能な生成子 λi は二つあるが、それをアイソスピン第3成分とハイパーチャージ Y と

する。ハイパーチャージ Y は電荷 Q、バリオン数 Bやストレンジネス Sと

Q = I3 +Y2

, Y = B+S (7.20)

の関係により結びついている。これを西島ゲルマンの法則という。以下に (u,d,s)クォークのアイソスピン (I , I3)、ハイパーチャージ Y、電荷 Q、バリオン数 Bを示す。

第 7章 クォークモデル 7

7.2.3 メソン8重項

メソンはスピン0もしくは1、バリオン数0を持つので qiqj の組み合わせで、バリオンはスピン 1/2、バリオン

数 1を持つので、qiq jqkの組み合わせとなる。明らかに ψψ = ∑qiqi = qiqi は、SU(3)変換で不変であるから

η′ ≡ (uu+dd+ss)√3

(7.21)

は SU(3)既約表現*3) に属する基底ベクトルであり1重項を作る。1/√

3は規格因子である。Φij = qiq j から作ら

れる残りの8個の要素を 3×3の無軌跡行列として表すと

Pij = qiq j −

13

δijTr[Φi

j ]

13(2uu−dd−ss) du su

ud 13(2dd−ss−uu) sd

us ds 13(2ss−uu−dd)

(7.22)

この8個の独立な基底ベクトルは、SU(3)変換により混合するので既約表現8重項 (octet)を作る。これを

3⊗3∗ = 1⊕8 (7.23)

のように表す。各行列要素の I , I3,Yを参照すれば、スピン 0、もしくはスピン 1のメソン8重項に対応することが

判る*4) 。

図 7.3:メソン8重項 (a)左図:JP = 0− メソン (b)右図:JP = 1− メソン

Pij =

π0√

2+ η√

6π+ K+

−π− − π0√

2+ η√

6K0

K− −K0 −

√23η

(7.24a)

π− = −ud, π+ = du, π0 = −uu−dd√2

, K− = us, K+ = su, K0 = sd, K0 = −ds, (7.24b)

η =uu+dd−2ss√

6(7.24c)

図 7.3に、実験的に観測されているスピン0と1のメソン8重項を示す。

* 3) 変換により混合する多重項は一般に可約表現を作る。このうち変換しても自分自身に戻る部分を分離して、これ以上分割できなくした時の表現を既約表現と言う。* 4) 符号(位相) の取り方は一義的ではないが一定の規則に従って決める。この節では符号は気にしなくて良い。

第 7章 クォークモデル 8

7.2.4 バリオン8重項と10重項

バリオンはスピン 1/2、バリオン数 1を持つので、qiq jqkの組み合わせとなるが、既約表現を作るためにまず、

クォーク2個による9個の積ベクトル T i j = qiq j を考察する。

T i j =12(qiq j +q jqi)+

12(qiq j −q jqi) = Si j +Ai j (7.25)

のように、対称部分と反対称部分に分ける。対称性は変換により変わらないから (演習 7.2.1)、9個のテンソルを

3個の反対称テンソルと6個の対称テンソルに分けることができた。すなわち

3⊗3 = 3∗⊕6 (7.26)

3個の反対称テンソルが、3でなく 3∗ に属することは、各要素の作る (I3,Y)を見れば判る。

図 7.4:バリオン8重項図 7.5:バリオン10重項

演習問題 7.2.1テンソルの対称性は変換により変わらないことを示せ。

(7.25)にさらに q j を掛けると (7.26)第 1項からは

3∗⊗3 = 1⊕8 (7.27)

が出てくるのはメソン8重項を作った場合と同じである。ただし、メソンの場合と異なるところは Ai j に qkを掛

けて全反対称にしたものが 1となり、残りの8個が 8となる。(7.26)第 2項からは18個のテンソルが作られる

が、全対称な10個が一つの既約表現を作り残りの8個が別の既約表現を作る。すなわち

6⊗3 = 8⊕10 (7.28)

結局

3⊗3⊗3 = 1A⊕8MA⊕8MS⊕10S (7.29)

が導けた。このうち、1は3個の添え字について全反対称 (A)であり、10は全対称 (S)となる。二つの 8は、I3−Y

平面では同じ位置を占めるが、上記の作り方から判るように混合対称性を示し、一方は最初の2個の添え字につ

いて反対称 (MA)、他方は対称 (MS)となっているところが違う。実験的にはスピン-パリティが 1/2+の 8と 3/2+

の 10が実現している (図 7.47.5)。

上のやり方を繰り返して、得られた多重項を交換対称性で分類すれば、全てのクォーク複合体の多重項が得ら

れる。一般的に行うには群論を使う。

第 7章 クォークモデル 9

クォーク多重項を作図する方法: ルート図のベクトル加算

上ではクォーク複合体を代数的に求めたが、絵画的に求めるにはクォークを I3−Y平面でもベクトルとして表す

と (図 7.6)、udの量子数は (I3 = I(u)+ I(d),Y = (Y(u)+Y(d))となるから、I3−Y平面上ではベクトルの加算とな

る (図 7.6(c))。qi ,q j の全ての組み合わせを行うと図 7.7左図のようになる。I3 = Y = 0は3重点となるがその一つ

は先の議論で1重項として分ける。バリオン多重項も同様にして作れる (図 7.7右図)。

図 7.6: u,d,sは (I3, Y) = (1/2,1/3), (−1/2, 1/3), (0,−2/3)を持つので (a)図のようなベクトルとして表せる。(b)

図は (u,d,s)のベクトル図である。(c)は、uと dのベクトルを合成して、積 udのベクトルを作る様子を示す。

図 7.7:メソン8重項、バリオン 8,10重項をベクトル加算で作る。

7.3 カラー自由度

クォークはカラー荷を帯びていてこれが強い力の源である。歴史的には、クォークモデルの成功から推測され

た。バリオンの 10重項特に ∆++ = uuu,Ω− = sssは同一粒子3個よりなりかつスピン 3/2を持つ。波動関数は軌道

状態が ℓ = 0のS状態と推測されるので、全対称となるがフェルミ粒子ならば波動関数は全反対称のはずである。

これからクォークは余分のカラー自由度を持つと推測された*5) 。3個の入れ替えで全反対称になるためにはこの

自由度も SU(3)対称性である。先ほどバリオンを作るとき 3x3x3から、全反対称の 1が作れたことを思い出そう。

カラー自由度存在の証拠

(1)上記クォークモデルの対称性から

* 5) カラー自由度を最初に導入したのは南部である。ただし、最初の動機は見かけ上半整数の電荷を整数電荷にするためであった。

第 7章 クォークモデル 10

(2)π0 → γγ崩壊過程から。(3)ドレル-ヤン (Drell-Yan)過程 (P+P→ ℓℓ+X)から。

  (2)(3)の過程は中間状態として qq対になりそれから最終状態に崩壊するが、カラー自由度の有無で予想値に3

倍の差が出る。

(4)W → eν , µ ν , τν , ud, cs分岐比から

(W → tbが無いのは、mW = 81GeV,mtop = 175Gevでエネルギー的に不可能だから)。

 質量を無視すれば分岐比は全て等しく例えば BR(W → eν) = 1/5 = 20%となる。カラー自由度があればクォー

クへ行く分岐比が3倍になるので BR(W → eν) = 1/9∼ 11%。

図 7.8: R= σ(ee→ハドロン)σ(ee→µµ)

(5)R=σ(e−e+ → hadron)σ(e−e+ → µ−µ+)

からレプトン以外の物質粒子すなわちハドロンはクォークでできているので、ハドロ

ン生成は

e− +e+ → qi +qi →ハドロン (7.30)

という過程を経て生成される。従ってハドロン生成全断面積は、そのエネルギーで生成できるクォーク対生成断

面積に等しい。ee反応は電磁相互作用であるので生成断面積は電荷の自乗に比例する。ミューオンは電荷が-1の

構造を持たない粒子であり。クォークが電荷 Qi をもち、カラー自由度3を持つとすれば

R=σ(ee→ハドロン)

σ(ee→ µµ)=

σ(ee→ ∑qiqi)σ(ee→ µµ)

= 3∑i

Q2i (7.31)

∑Q2i =

3[(

23

)2 +(−1

3

)2]

= 53

√s/ 3GeV

53 +3×

(23

)2 = 73 3/

√s/ 10GeV

(7.32a)

図は R値の実験値を示す。予想通りの値を示し、かつチャームクォーク対生成の敷居値 (S∼ 3GeV)、bクォーク

対生成に敷居値 (S∼ 10GeV)、で値が変わることも示している。

第 7章 クォークモデル 11

7.4 SU(6)

7.4.1 多重項

クォークにカラー自由度があるならば全波動関数は

カラー波動関数x香り波動関数xスピン波動関数x軌道波動関数

の積として表される。全てのハドロンはカラー1重項であり、観測される多重項は軌道波動関数の S状態となる

はずである*6) 。残る自由度(香りの自由度 3にスピンの自由度 2)で全対称にしなければならず、考慮すべき対

称性は SU(6)となる。SU(6)の基底ベクトルは

(u ↑, u ↓, d ↑, d ↓, s↑, s↓) (7.33)

の 6個となる。これを 6と表すが、香りとスピンに分けて (3,1/2)のように表す。基本表現から積表現を作る方法

は、SU(3)の場合と全く同じで、メソンは

6×6∗ = 1×35= (1,0)⊕ (1,1)⊕ (8,0)⊕ (8,1) (7.34)

となるので、メソン (0−, 1−)には1重項と8重項 (まとめて9重項)が現れる。バリオンは

6×6×6 = 20A⊕70MA⊕70MS⊕56S (7.35)

添え字は A=全反対称、MA=混合反対称、MS=混合対称、S=全対称を示す。フェルミオンの統計性から全対称な

56のみ現れるはずである*7) 。香りとスピンに分けると

56= (8,1/2)⊕ (10,3/2) (7.36)

となり、バリオンは 1/2の8重項と 3/2の10重項で尽きている。すなわちバリオン (1/2)+ は9重項ではない。SU(3)の考察のみからは、1/2のバリオンには二つの 8重項があり、一般にはその線形結合として表さなければな

らない。SU(6)ではスピン波動関数と組み合わせて全対称にすればよいことが判った。これらの事実は観測と一致

している。

7.4.2 SU(6)波動関数の作り方

  8重項の波動関数とスピン波動関数はどちらも混合対称であるが、合わせれば L=0の状態では完全対称でな

ければならない。例えば、陽子 |p >∼ uudを考える。はじめの二つの uuに関しては対称であるので、スピン関数

も対称でなければならない。対称なスピン関数は

|1,1 >=↑↑, |1,0 >=1√2(↑↓ + ↓↑), |1,−1 >=↓↓ (7.37)

で表され、スピン 1を持つ。これに第 3のdクォークのスピン 1/2を加えて全体で 1/2を作るには、クレプシュ・

ゴルダン係数を使って∣∣∣∣12,12

⟩=

√23↑↑↓ −

√13

(↑↓ + ↓↑) ↑√2

=1√6[2 ↑↑↓ −(↑↓ + ↓↑) ↑] (7.38)

* 6) P、D 波等はより質量の大きな2番目3番目の多重項として現れるはずである。* 7) 20,70は、P,D波状態を取り入れれば可能である。

第 7章 クォークモデル 12

波動関数は全対称でなければならないが、これには粒子 1→ 2→ 3の巡回置換をとり、足し合わせればよい。す

なわち

|p > ∼ uud[2 ↑↑↓ −(↑↓ + ↓↑) ↑]+cyclic

∼ 1√18

[uud(2 ↑↑↓ − ↑↓↑ − ↓↑↑)+udu(2 ↑↓↑ − ↓↑↑ − ↑↑↓)+duu(2 ↓↑↑ − ↑↑↓ − ↑↓↑)](7.39)

となる。規格化因子は < p|p >= 1になるよう定める。

演習問題 7.4.1はじめの二つのクォークの香りに関して、反対称な関数

(ud−du)u(↑↓ − ↓↑) ↑ (7.40)

から出発しても同じ関数が得られることを示せ。

7.4.3 陽子の磁気能率

SU(6)の波動関数は (7.39)で与えられるが、udのスピンの相対的な向きは常に同じなので、磁気能率を考える

ときは、巡回置換の第 1項のみでよい。ただし、規格化は必要。故に

|p >= uud

√162 ↑↑↓ −(↑↓ + ↓↑) ↑ (7.41)

陽子の磁気能率が、構成クォークの磁気能率のベクトル和であるとすれば、

第 1項は確率 (

2√6

)2

=23で: µp = µu +µu−µd (7.42)

第 2項は確率 (

1√6

)2

×2 =13で: µp = µu−µu +µd (7.43)

を持つことが言えるから、合わせて

µp =23(2µu−µd)+

13

µd =13(4µu−µd) (7.44)

同様に中性子に対して

µn =13(4µd −µu) (7.45)

SU(6)が厳密に成り立つ対称性であるならば、mu = mdであるので µd = −µu/2、従って µn/µp = −2/3となるはず

である。実験値 (-0.685)との一致は非常に良く SU(6)の大きな成果と考えられた。ここでは一歩踏み込んで、(7.44)

と同様な式をスピン 1/2、3/2の全てのバリオンについて計算し、mu,md,msをパラメターとして実験値に合わせる

ように決めてみよう。表に結果を示す。

演習問題 7.4.2表 7.3を導け。

上の表から µi = qie/2mi により定めたクォーク質量は

mu = 338MeV, md = 322MeV, ms = 510MeV (7.46)

であるので、mu ≅ md ≅ mp/3, ms−mu ≅ mΛ −mpがほぼ成立している。

第 7章 クォークモデル 13

表 7.3: SU(6)波動関数からバリオンの磁気能率を求める

バリオン 磁気能率 計算値 実験値 ∗

p (4µu−µd)/3 INPUT 2.792847386± (63)n (−µu +4µd)/3 INPUT −1.91304275± (45)Λ0 µs INPUT −0.613±0.004

Σ+ (4µu−µs)/3 2.67 2.419±0.022

Σ0 [2(µu +µd)−µs]/3 0.79 ?

Σ0 → Λ0∗∗ −(µu−µd)/√

3 -1.63 −1.61±0.08

Σ− (4µd −µs)/3 -1.09 −1.156±0.014

Ξ0 (−µu +4µs)/3 -1.43 −1.253±0.014

Ξ− (−µd +4µs)/3 -0.49 −0.675±0.022

Ω− 3µs -1.84 −2.08±0.15∗ 陽子のボーア磁子 e/2mpを単位とする。∗∗ 遷移磁気能率