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2011 年度秋学期
「刑法 II(各論)」講義
2011 年 10 月 4 日
【第 3 回】窃盗の罪(その 1)
1 窃盗罪[235 条] 《山口刑法 pp. 279, 282-287, 290-294
/西田各論 pp. 136, 140-147, 154-158、山口各論 pp. 171-172, 177-184, 194-203》
1-1 占有
窃取の対象となる財物は他人が占有するものであることが必要。
(※ その占有の移転・取得が窃取である。)
1-1-1 総説
占有=財物に対する事実上の支配(大判大正 4 年 3 月 18 日刑録 21 輯 309 頁参照)
民法上の占有とは異なり、
* 「自己のためにする意思」[民法 180 条]は不要。
* 代理占有や間接占有[民法 181 条]、占有改定[民法 183 条](←いずれも観念的な
占有である)はここでいう占有に含まれない。
* 相続による占有の継承[民法 896 条]は認められない。
ただし、物の現実の握持までは要求されておらず、また後述のようにその範囲は拡張されて
いる。
[「他人の占有」の要件による区別]
(i) 占有の有無 →窃盗罪 or 占有離脱物横領罪[254 条]
(ii) 占有の帰属 →窃盗罪 or 委託物横領罪[252 条]・業務上横領罪[253 条]
1-1-2 占有の有無
a. 客観的要件としての占有の事実(事実的支配)
b. 主観的要件としての占有の意思
を総合して判断される。
1-1-2-1 事実的支配
(i) 財物を握持している場合
(ii) 財物が人の支配領域内にある場合
→財物が握持または監視下になくとも占有は肯定される。
[例]
* 所在を失念した自宅内に存在する財物(大判大正 15 年 10 月 8 日刑集 5 巻 440 頁)
* 留守中に配達された郵便物
特殊な例として、
* 飼い犬(判例(179)参照)
* 春日神社の鹿(大判大正 5 年 5 月 1 日刑録 22 輯 672 頁)
2011 年度秋学期「刑法 II(各論)」講義資料
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~「個人の学習目的での利用」以外の使用禁止~
(iii) 財物が人の支配領域内にない場合
財物が短時間に支配を及ぼしうる場所的範囲内にある場合は占有を肯定しうる。
[例]
* バス待ちの改札口でカメラを置き忘れた場合(判例(172)参照)
* 列車待ちの乗客の列の中にボストンバッグを置き忘れた事例
(東京高判昭和 30 年 3 月 3 日高刑裁特報 2 巻 7 号 242 頁参照)
* 駅の窓口に財布を置き忘れた場合
(東京高判昭和 54 年 4 月 12 日刑裁月報 11 巻 4 号 277 頁参照)
* 公園のベンチにポシェットを置き忘れた場合(判例(174)参照)
←前 2 者が事実的支配の継続を推認せしめる状況があった場合に占有を
肯定したものであるのに対し、後 2 者の場合は時間的・距離的接着性
のみを理由に占有を肯定したとして、疑問であるとする見解あり。
ただし、判例(174)の事件については、行為者の領得行為の時点を特定
したうえで端的にその時点における被害者の占有の有無が判断されてい
るのであり(事実認定の問題としてそういう判断方法が可能な事案であ
った)、さらに他人の事実的支配を推認せしめる状況の存在を要求する必
要はない、との見解もある。
* 占有が否定された例として、大規模スーパーの 6 階に財布を置き忘れ、地下 1
階に移動後に気づいた場合(判例(173)参照)
裁判例においては、事実的な支配可能性を越えて、占有の意思を推認させる状況がある
場合にも、占有を肯定する。
[例]
* 看守者不在のお堂に安置された仏像(大判大正 3 年 10 月 21 日刑録 20 輯 1898 頁)
* 人道専用橋上に無施錠で放置された自転車(判例(182)参照)
←以上は、むしろ当該財物はなお所有者に事実上帰属していると認められ
ていることを根拠に占有を肯定しているものと解すべき(なお、自宅前の
公道に放置された自転車についての判例(171)を参照)。
(iv) 元の占有者が占有を失ったことにより、第三者(当該領域を支配している者)に占有が
移った場合
[例]
* 宿泊客が旅館内で財布を遺失した場合(判例(175)参照)
* 旅館内の風呂に時計を置き忘れた場合
(札幌高判昭和 28 年 5 月 7 日高刑判特報 32 号 26 頁)
←これらの物は旅館主に占有がある。
ただし、一般人の自由な立ち入りが可能であり、管理者の事実的支配が十分に及んで
いないような場所(電車の座席や網棚)については、占有は否定される(判例(176)参照)。
(※ 従って、公衆電話機内に残された硬貨について電話局長などの占有を肯定した判例(177)は
疑問である。)
1-1-2-2 占有の意思
財物の所在を失念することにより占有の意思が欠如した場合
→占有離脱物となる(仙台高判昭和 30 年 4 月 26 日高刑集 8 巻 3 号 423 頁、東京高判昭和 36
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2011 年度秋学期「刑法 II(各論)」講義資料
年 8 月 8 日高刑集 14 巻 5 号 316 頁参照)。
他方、占有の意思さえあれば占有があるとした判例あり(判例(180)参照)。
しかし、占有を認めるには事実的支配の継続を推認させる何らかの客観的事情が必要では
ないか?
(その意味で、客観的要件(=事実的支配)を補完するにすぎないものと解すべき。)
1-1-3 占有の帰属
財物の占有に複数人が関与している場合に、占有が誰に帰属するか、の問題。
(i) 共同占有の場合
共同占有者の 1 人が他の保管者の同意を得ずに当該財物を領得の意思で単独の占有に
移した場合、他の共同占有者の占有を侵害したことになる。
→窃盗罪成立(判例(189)参照)。
(ii) 複数の占有に上下・主従関係がある場合
例えば商店主と店員のような場合、占有は上位者(=商店主)に属する。下位者(=店
員)が品物を事実上管理していたとしても、それは占有補助者(あるいは監視者)にすぎ
ない。
→店員による領得の場合、窃盗罪成立(判例(188)参照)。
(iii) 支配関係がある場合
例えば、旅館が宿泊客に貸与する旅館所有の浴衣などの占有は旅館主にある(判例(193)
参照)。
←一定の領域の支配者に占有が肯定される場合である。
(iv) 委託された封緘物の場合
封緘物自体の占有は受託者にあるとしても、内容物についての占有はなお委託者に留保
されていると解されている。
→判例は、郵便集配人が配達中の信書を開封し内容物である小為替証書を抜き取った
事例について、窃盗罪を肯定する(判例(190)参照)。
ただし、封緘を破らずに封緘物自体を領得する場合は横領罪が成立するとされる(判
例(191)参照。ただし、学説には異論あり)。
1-1-4 死者の占有
人の死亡後に、その死者が生前占有していた財物を領得する行為の罪責の問題。
(i) 当初から財物奪取の意思で人を殺害し、その後財物を奪取する場合
(ii) 人を殺害後に財物奪取の意思を生じ、死者から財物を奪取する場合
(iii) 殺人とは無関係の第三者が死者から財物を奪取する場合
[判例]
(i)については強盗殺人罪が成立(大判大正 2 年 10 月 21 日刑録 19 集 982 頁参照)。
(ii)については、「被害者が生前有していた財物の所持はその死亡直後においてもなお継続
して保護するのが法の目的にかなう」として、窃盗罪の成立を肯定する(判例(184)参照)。
(※ なお、「死亡直後」の範囲については、下級審裁判例の中には、殺害後 3 時間ないし 86 時間後の
奪取の場合には占有を肯定するものがある(判例(186)参照)一方、殺害 9 時間後の奪取の場合(判
例(185)参照)や殺害 5 日ないし 10 日後の奪取の場合(判例(187)参照)に占有を否定するものが
ある。←限界は必ずしも明瞭ではない。)
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~「個人の学習目的での利用」以外の使用禁止~
(iii)については占有離脱物横領罪が成立(大判大正 13 年 3 月 28 日新聞 2247 号 22 頁)。
[学説]
(i)について強盗殺人罪が成立することに異論はない(←「死者の占有」を肯定する必要はない。
詳細については【第 6 回】4-5 において論ずる予定である)。
問題は(ii)(iii)について。
A. 「死者の占有」肯定説
→(ii)(iii)ともに窃盗罪が成立。
(なお、(ii)について、自己の行為の利用の点を重視して強盗罪の成立を認める見解あり。)
[批判]
死者は権利主体たりえず、「死者の占有」はフィクションに過ぎない。また、その範囲
は不明瞭であり、恣意に流れる危険がある。
B. 「死者の占有は認めないが、死後、一定の近接した時間的・場所的範囲内では、生前
の占有が殺害者との関係では保護される」とする見解
→(ii)については窃盗罪が、(iii)については占有離脱物横領罪が成立。
[批判]
生前の占有が死後も保護されるとの理論構成に問題がある。また、殺害者と第三者と
で区別されることが妥当であるか疑問である。
C. 「死者の占有」否定説
→(ii)(iii)ともに占有離脱物横領罪が成立。
[批判]
財物奪取が死の直前と直後で窃盗罪になるか占有離脱物横領罪になるかが区別される
ことが妥当であるか疑問である。
←しかし、死者には財物に対する事実上の支配も占有の意思も存在しないのでは?
また、占有を財物に対する事実上の支配と解する以上、批判される点は仕方がな
いのでは?
1-2 窃取
1-2-1 総説
窃取=他人の占有する財物を、その占有者の意思に反して自己の占有に移転させる行為
(※ 密かに行う必要はなく、公然と行われても本罪は成立する。大判大正 15 年 7 月 16 日刑集 5
巻 316 頁参照。)
(※ 窃取行為に関する最近の判例として、判例(196)は、パチンコ店が使用を禁止していた「体
感器」と称する電子機器を身体に装着してパチスロ機で遊戯し約 1524 枚のメダルを取得した
行為について、「通常の遊戯方法の範囲を逸脱するものであり、パチスロ機を設置している店
舗がおよそそのような態様による遊戯を許容していないことは明らかである」ことを理由に、
取得したメダル全部について窃盗罪(の既遂)の成立を認めている。他方、最一小決平成 21
年 6 月 29 日刑集 63 巻 5 号 461 頁は、パチスロ機に針金を差し込んで誤動作させるなどの方
法(いわゆる「ゴト行為」)によりメダルを不正に取得することを共犯者と共謀し、共犯者が
ゴト行為を行う一方、被告人がこれを隠蔽する目的で隣のパチスロ機にて通常の方法で遊戯
してメダルを取得した事例について、共犯者のゴト行為によるメダル取得について窃盗罪が
成立し、被告人もその共同正犯であるとしつつ、被告人が自ら取得したメダルについては「被
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害店舗が容認している通常の遊戯方法により取得したものであるから、窃盗罪が成立すると
はいえない」として、窃盗罪の成立範囲から除外している。)
←占有の移転が必要であり、単に占有者の占有から財物を離脱させる行為は、窃取に
はあたらない。(※ この場合、器物損壊罪[261 条]か?)
第三者に占有を移転させる行為も本罪は成立する(最決昭和 31 年 7 月 3 日刑集 10 巻 7 号 955 頁)。
(※ ただし、行為者自身が領得するのと同視しうる場合に限られるべきであり、例えば占有者に損害を
加えるためだけに第三者に占有を移転する行為は除外される(不法領得の意思が欠ける)。)
1-2-2 未遂の成立時期(実行の着手時期)
他人の財物に対する事実上の支配を侵すにつき密接な行為をしたときに認められる(大判昭
和 9 年 10 月 19 日刑集 13 巻 1473 頁参照)。
占有侵害行為の開始を必要としない。
←結果発生の具体的危険を生じた時点で未遂を認める立場(実質的客観説《山口刑法 pp.
140-141 を参照》)に基づく。
[具体例]
* 他人の住居に侵入後、懐中電灯で財物を物色した場合
(最判昭和 23 年 4 月 17 日刑集 2 巻 4 号 399 頁)
(※ 窃盗目的で住居侵入しただけでは認められない。東京高判昭和 34 年 1 月 31 日東高刑時報 10
巻 1 号 84 頁参照。)
* 金品物色のためにタンスに近づく行為(大判昭和 9 年 10 月 19 日刑集 13 巻 1473 頁)
* 電気店に侵入後、現金のある煙草売場へ行きかけた段階
(最決昭和 40 年 3 月 9 日刑集 19 巻 2 号 69 頁)
以上は、いわゆる「物色説」を採用したものと解される。
その他、
* 土蔵など財物しか存在しない建物への侵入窃盗
→外扉の錠や壁の破壊を開始した時点(名古屋高判昭和 25 年 11 月 14 日高刑集 3 巻 4
号 748 頁)
* スリ行為について、窃取の意思で他人のズボンのポケットの外側に触れる行為
(最決昭和 29 年 5 月 6 日刑集 8 巻 5 号 634 頁)
(※ 財物の存否を確かめるためのいわゆる「アタリ行為」では認められない。)
1-2-3 既遂時期
行為者または第三者が財物の占有を取得したとき。
←財物の大小、財物搬出の容易性、他者の支配領域内か否か、などの要素を総合的に考慮
して判断される。
[具体例]
* 店頭で品物をポケットに入れた場合(大判大正 12 年 4 月 9 日刑集 2 巻 330 頁)
←目的物が小さい物であるので、占有の取得をもって直ちに既遂が認められる。
* 他人方の浴場で発見した指輪を領得の意思で他人の発見が容易でない場所に隠匿した
場合(判例(197)参照)
* 鉄道機関士が、後に拾う計画で積荷を予定の地点で列車から突き落とした場合(判例
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~「個人の学習目的での利用」以外の使用禁止~
(198)参照)
←両事例とも、占有を確保したといえる事案である。
* 自動車のエンジンを始動させ発進可能にした場合(判例(199)参照)
←重量物・容積の大きいものについては、搬出の容易性、犯行場所からの逃走の
容易性が基準となる。
* スーパーの店内で商品を多数買物かごに入れてレジの外に持ち出した場合(判例(201)
参照)
←代金を支払った一般の買物客と外観上区別がつかないので、取得の蓋然性が高
まることを理由に既遂を認める。
* 工事現場内の自動販売機を損壊し、持ち運びの容易なコインホルダーを取り出した場
合(東京高判平成 5 年 2 月 25 日判タ 823 号 254 頁)
←容易に逃走できることを理由に既遂を認める。
* 障壁、守衛などの設備のある工場内の資材小屋から重量物を取り出し、構外へ搬出す
べく運搬したが、構外へ搬出する前に発見された場合は、既遂とはならない(判例(200)
参照)。
1-3 不法領得の意思
1-3-1 総説
窃盗罪の主観的要件として、故意(=他人の財物を窃取することの認識)のほかに不法領得
の意思が必要か?
[判例]
「権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従い利用、処分する
意思」を要求する(判例(211)(222)参照)。
↓
a. 権利者を排除して、他人の物を自己の所有物として扱う意思(権利者排除意思)
b. 他人の物を、その経済的用法に従い、利用または処分する意思(利用・処分意思)
以上はそれぞれ、
a.→不可罰とされる一時使用(使用窃盗)との区別
b.→毀棄・隠匿罪との区別
の機能を有する。
[学説]
A. a.b.ともに必要とする見解
B. a.のみ必要とする見解
C. b.のみ必要とする見解
D. 不要説
(※ なお、一部の学説に、保護法益との関係で、本権説からは a. 権利者排除意思が必要であり、反対に占
有説からは不要であるとするものがある。しかしながら、両者の結びつきには論理的必然性はないもの
と解すべきである。)
1-3-2 一時使用(使用窃盗)
一時使用の場合は不可罰(=窃盗罪から排除される)。
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2011 年度秋学期「刑法 II(各論)」講義資料
←軽微な占有・所有権侵害を処罰範囲から排除しようとする可罰的違法性の考え方に基
づく。
[判例]
* 自転車を無断使用した事案についての、判例(221)
* 強盗犯人が乗り捨ての意思で他人の船を無断利用した事案についての、判例(222)(←
肯定)
* 自転車の一時使用の事案についての、判例(224)(←否定)
以上は、一時使用の財物について返還する意思であるか乗り捨てる意思であるかを基準に
権利者排除意思の有無を判断しているものと解される。
しかし、その後は返還する意思のある一時使用についても権利者排除意思を肯定する方向
が主流となっている。
* 他人の自動車を無断で 18 時間乗り回した事案についての、東京高判昭和 33 年 3 月 4
日高刑集 11 巻 2 号 67 頁
* 盗品運搬のため他人の自動車の一時利用を繰り返していた事案についての、判例(223)
* 他人の自動車を無断で 4 時間乗り回したうえ事故を起こした事案についての、札幌
高判昭和 51 年 10 月 12 日判時 861 号 129 頁
* 他人の自動車を無断で 4 時間乗り回した事案についての、判例(225)
* 景品交換の目的で磁石を用いパチンコ機からパチンコ玉を取った事案についての、判
例(228)
* コピー目的で機密書類を持ち出し、コピー後、2 時間で元に戻した事案についての、
判例(226)
* スーパーから持ち出した商品の返品を装って金銭の交付を受けようとした事案につい
ての、判例(229)
[学説]
上記判例の変化に対応して、権利者排除意思不要説(前掲 1-3-1 の C 説または D 説)が
有力化。
→一時使用も原則として可罰的であるとし、客観的に被害が軽微な場合には占有の侵害
または可罰的違法性の否定により窃盗罪の成立を否定する処理を考える(これにより
不可罰な一時使用にとどまる場合を肯定する)。
しかし、一時使用の場合に占有の侵害を否定するのは困難。
また、占有奪取後の客観的利用の程度を考慮することも理論的に困難。
※ 窃盗罪が状態犯である以上、一時使用の可罰性の判断も占有の奪取時になされる必要があり、事
後の客観的利用の程度(権利者排除の程度)が可罰的違法性を有するかの判断も、占有奪取時の利
用意思の内容として主観面で考慮するしかない。もし一時使用を一定限度不可罰とするならば、主
観的違法要素としての不法領得の意思(=権利者排除意思)の必要性は否定できないのではないか?
権利者排除意思を要求する場合、現代における物の利用価値の重要性を考慮すれば、その
内容は一般に権利者が許容しないであろう程度・態様の利用をする意思と解すべきである
(返還の意思の有無はもはや基準となりえない)。
→具体的判断にあたっては、返還意思の有無や一時使用の時間的長短のみを基準とする
のではなく、当該無断使用によって権利者の被った損害や損害可能性も考慮される必
要がある。この意味で、権利者にさらなる損害を与えるような目的での一時使用につ
いては不法領得の意思が肯定される。
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~「個人の学習目的での利用」以外の使用禁止~
1-3-3 毀棄・隠匿罪との区別
[判例]
以下のいずれも、利用・処分意思は必要であると解し、それがないことを理由に窃盗罪の
成立を否定している。
* 校長を失脚させる目的で教育勅語を持ち出し隠匿した事案についての、判例(211)
* 競売を延期させる目的で競売記録を持ち出し隠匿した事案についての、判例(212)
* 最初から自首するつもりで財物を奪取した事案についての、判例(215)
* 犯行の発覚を防ぐため殺害後の死体から貴金属を取り去った事案についての、判例
(216)
もっとも、物の利用意思とは、その財物自体のもつ利益や効用を享受する意思であれば足
り(判例(216)参照)、必ずしもその物の経済的用法や本来の用法に従ったものである必要は
ないとされるに至っている。
* 木材を繋留するために電線を切り取る行為(判例(220)参照)
* 性的目的で女性の下着を取る行為(最決昭和 37 年 6 月 26 日裁判集刑 143 号 201 頁参照)
* コピー目的で機密書類を持ち出す行為(判例(227)参照)
←いずれについても利用意思の存在を認めている。
なお、近時の判例として、郵便配達員を欺いて支払督促正本などの交付を受けた被告人が
詐欺罪に問われた事案について、これを廃棄するだけで他に何らかの用途に利用・処分する
意思がなかった場合には不法領得の意思が欠けるとした判例(218)がある。
[学説]
利用・処分意思不要説(前掲 1-3-1 の B 説または D 説。その理由としては、占有の取得により財物
の利用可能性を生じたことで足りること、毀棄も所有権者でなければできない行為であることが主張され
る)の場合、毀棄・隠匿の意思で財物を奪取した場合も窃盗罪が成立することになる。
→毀棄罪は財物の占有の移転を伴わない場合(即ち、その場で壊す場合)にしか成立
しなくなる。隠匿罪に至ってはほとんどすべて窃盗罪として可罰的であることに。
また、窃盗罪と器物損壊罪との法定刑の差異の説明ができない。
→窃盗罪と毀棄・隠匿罪の区別を可能とするために、利用意思は必要である。
このような意思により占有奪取行為が行われる場合には、法益侵害行為が強力な動機によ
り行われるために、責任が重いと解されることになる(従って、利用意思は財物奪取行為に
ついて責任を加重する責任要素である)。
※ なお、これに対しては、毀棄目的で財物を奪取したがその後毀棄せずに放置あるいは領得した場合
が不可罰となり処罰の間隙が生じるとの批判、占有離脱物横領罪も領得罪であるのに毀棄罪よりも法
定刑が軽いことが説明できないとの批判があるが、前者に対しては隠匿も毀棄にあたるとすれば毀棄
罪で処罰可能であり、またその物を利用すれば占有離脱物横領罪の成立を認めることも可能であるこ
と、後者に対しては占有離脱物横領罪の法定刑の低さは、占有侵害の不存在による違法性の減少とそ
の誘惑的要素のための責任減少で説明が可能であることから、これらの批判は当たらないと解すべき
である。
1-4 罪数
占有侵害の個数による。
(※ ただし、詐欺罪の事案であるが、判例の中には、いわゆる街頭募金詐欺の事案について、個々の詐欺
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2011 年度秋学期「刑法 II(各論)」講義資料
行為の日時、場所、被害者、被害金額を特定することなく、全体を詐欺罪の包括一罪としているものが
あるので、注意を要する。最二小決平成 22 年 3 月 17 日刑集 64 巻 2 号 111 頁参照。)
《参考文献》
1-1 について
* 小林憲太郎「占有の概念」『刑法の争点』pp. 164-165
なお、特に 1-1-2-1 について、判例(171)を素材に検討を加えたものとして、
* 山口厚「窃盗罪における占有の意義」『新判例から見た刑法[第 2 版]』(有斐閣、2008 年)pp. 135-146 の
うち、pp. 136-144 の部分を、
また、1-1-4 については、「死者の占有」否定説を採用するものとして、
* 町野朔「死者の保護」『犯罪各論の現在』pp. 79-94 のうち、pp. 91-92 の部分をも参照のこと。
1-3 について
* 山口厚「不法領得の意思」『問題探究 刑法各論』pp. 109-125
* 内田幸隆「窃盗罪における不法領得の意思」『刑法の争点』pp. 168-169
* 山口厚「不法領得の意思」『新判例から見た刑法[第 2 版]』pp. 147-161(検討の素材は判例(218))
《『刑法各論の思考方法[第 3 版]』参照箇所》
1-1-2、1-1-3 について: 第 2 講
1-1-4 について: 第 3 講
1-3 について: 第 5 講
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