企業の競争優位と経営資源論 - Doshisha...1.BCG...

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企業の競争優位と経営資源論*

上 野 恭 裕

Ⅰ はじめにⅡ ポジショニング・アプローチⅢ 経営資源論の展開1.経営資源論の誕生2.競争優位につながる経営資源の属性3.経営資源の活用と組織能力4.組織能力論の限界とコア・リジディティ5.組織能力論からダイナミック・ケイパビリティ論へ

Ⅳ 本社組織のマネジメント1.本社の機能2.ペアレンティングの概念

Ⅴ 経営資源論の実践的展開1.BCG のプロダクト・ポートフォリオ・マネジメント2.事業魅力度マトリックスとハートランド・マトリックス

Ⅵ シャープの経営資源Ⅶ おわりに

Ⅰ は じ め に

企業の競争はますます激しさを増している。グローバルな競争環境では,競争のルールが大きく変化している。これまで日本企業の競争優位の源泉となってきた高い技術力や製品開発力,高品質の製品を作る生産能力が,グローバルな競争環境では通用しなくなってきている。単に良い製品を作るだけでは競争に勝つことができなくなってきたのである。特に家電メーカーの業績悪化が著しい。家電メーカーが外資に買収され,日本企業の強みが海外に流出することも懸念されている。また,日本製品の過剰品質,ガラパゴス化の問題も指摘されている。日本企業の競争優位が失われている。なぜ,日本企業は競争優位を獲得することができなくなってきたのであろうか。本稿では経営資源論に注目し,企業の競争優位との関連において経営資源論を整理し,その発展を概観する。そのうえで企業の競争優位とは何か,競争優位の獲得につながるような経営資源はどのようなものなのかを考察し,また,どのようにそれを獲得していけばいいのか,そのためにどのような分析枠組みの提示が必要かを検討する。まずは経営戦略の代表的な議論であるポジショニング・アプローチを概観し,そのう

*本稿は,日本経営学会第 90回大会(2016年 9月 1日)での報告論文を加筆・修正したものである。

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えで,それに対するアンチテーゼとしての経営資源論の展開をみていこう。

Ⅱ ポジショニング・アプローチ

経営戦略論の領域では,これまでに大きく二つの学派が論争を展開してきた。一つがM. E. Porter を中心とするポジショニング・アプローチである。ポジショニング・アプローチは企業の競争優位の源泉を外部の環境要因に求めるものである。ここで外部の環境要因は産業構造であり,産業構造(業界構造)が企業の最終的な収益性を決めるという考え方である。ポジショニング・アプローチは産業組織論の基本的なパラダイである S-C-P パラダイムの考え方を前提としている。S-C-P パラダイムとは産業構造(Structure)が企業行動(Conduct)を規定し,それが最終的にパフォーマンス(Performance)を規定する,というものである(第 1図参照)。そのため,ポジショニング・アプローチでは,その産業構造の分析が行われる。ここで産業構造とは,産業内の企業数,製品差別化の程度,垂直統合の度合い,参入障壁の有無などであり,これによって価格戦略,製品戦略,投資戦略などの企業の行動が規定され,パフォーマンスが決まってくる。例えば産業内での高い集中度は独占的な価格設定など,完全競争を妨げる要因を生み出し,企業の超過利潤の源泉となる。産業組織論では,そのような状態は好ましいものではなく,競争の促進が求められる。独占禁止法の制定などはこのような考えに基づいており,競争の促進により,社会的厚生が実現されるとする。それに対して Porter(1980)は,この産業組織論の枠組みを利用しながら,競争を制限するような行動を実現している企業が競争優位を実現していることに着目し,競争優位実現のための戦略論を展開したのである。Porter(1980)の戦略論における貢献は,具体的に,どのような産業要因により企業の成果が規定されるかを,明確な形で提示したことである。それが,業界構造を分析するファイブ・フォース・モデル(5要因分析)である。ここで五つの要因とは「新規参入の脅威」,「既存競争業者間の敵対関係の強さ」,「代替製品の脅威」,「買い手の交渉力」,「売り手の交渉力」である(第 2図参照)。この分析枠組みは次のことを示している。一つが,利益率の高い産業に属している企

第 1図 S-C-P パラダイム

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業が高い業績を上げるということである。すなわち高い業績を上げるためには,なるべく高い利益率を上げることができる産業を選択することが重要である,ということである。もう一つが,この分析により,自社の置かれた状況と自社の強みと弱みの分析ができるということである。それにより,業界構造に自社の長所短所を適合させることができ,効果的な防衛ポジションを作ることができるのである(Porter, 1980)。Porter によるポジショニング・アプローチでは,企業が競争優位を獲得するために考えなければならないことは,まず企業外部の環境要因ということになり,企業の業績の決定要因の多くが環境要因ということになる。よって分析の中心的な分析単位は,個別の企業ではなく産業になる。Porter はこの 5要因分析を使うことにより,企業の強みと弱みを分析することの重要性は指摘しているが,あくまで業界構造に照らし合わせてみた場合の自社の強み,弱みの再確認であり,自社の強みそのものの考察ではない。もちろん,企業が属する環境要因は無視できるものでない。環境要因の重要性は多くの文献で示されている。例えば Montgomery(1979)は企業の収益性は,ある程度は多角化の程度やタイプによって説明できるが,それ以上に市場集中度や市場シェア,あるいは市場の成長性といった市場の構造に大きな影響を受けることを示している。また Christensen and Mont-

gomery(1981)でも,同様に市場構造の重要性が指摘されている。Bettis and Hall(1981)でも業界特性の重要性が指摘されている。彼らは,戦略間に存在する成果の違いの多くが,どのような産業に属するかによって規定されることを示している。Bettis and Hall(1981)は,Rumelt(1974)が示した関連型多角化が非関連型多角化よりも業績が優れているという結果に対して,それは関連型多角化企業の多くが医薬品産業に属することによるものであり,業績の違いは企業の戦略の違いによるも

第 2図 ポーターのファイブ・フォース・モデル

出所:Porter(1980)p.4。

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のではなく,産業要因によるものであることを指摘している。このように,環境要因,特に産業構造の重要性は多くの研究で指摘されており,ポジショニング・アプローチを代表する 5要因分析も,多くの支持を得て,経営戦略の最も基本的な分析枠組みとしての地位を獲得している。しかしながら,ポジショニング・アプローチの中核をなす 5要因分析には,いくつかの問題点も存在する。一つには,この分析を現実に適用する場合の困難性があげられる。この 5要因分析を実際の産業分析に使用するのは,なかなか骨の折れる仕事であると同時に,それらの分析によって得られる結果が,果たして有効に機能するかどうかは疑問である。なぜなら,5つの環境要因は,あまりに多様であり,どの要因が決定的に重要かについては,分析枠組み自体は示していないからである。さらに各要因間で矛盾するような項目も存在す

1る。また,企業業績の中で,産業要因で説明される部分はそれほど多くないという研究も存在する。例えば Rumelt(1991)はアメリカ企業を対象に行った実証分析で,業績に与える産業要因の影響が小さいことを示している。資本利益率の分散分析の結果,平均利益率の産業ごとのばらつきよりも,産業内の平均利益率のばらつきの方が大きいことが明らかとなった。このことは企業レベルの固有の要因,特に戦略の違いが重要であることを示している。このようなポジショニング・アプローチに対する批判的検討を受け,経営資源論が展開されていくのである。

Ⅲ 経営資源論の展開

1.経営資源論の誕生ポジショニング・アプローチのアンチテーゼとして生まれたのが経営資源論である。欧米では資源ベース論(RBV : Resource-Based View)という呼び方が一般的である。資源ベース論(RBV)は Wernerfelt(1984)の論文“A Resource-Based View of the Firm”に始まり,Barney(2002)により,体系化された。Barney(2002)は企業の強みと弱みに関するこれまでの研究を,①企業固有の能力に関する伝統的研究,②リカード経済学,③企業成長の理論,の三つに分類し,まとめている(Barney, 2002)。①の「企業固有の能力」で重要なものは経営者の経営能力,並びにリーダーシップである。一方で②のリカード経済学では,マネジャーの役割には注目せず,「土地の所有」に注目している。肥沃な土地という質の高い生産要素を保有している企業が経済レントを獲得し,持続的競争優位を得ることができるとされている。このような考え方は RBV の基本的な前提を形成している。1 沼上(2000)は 5要因分析の詳細な項目は,相互に矛盾する箇所が散見されることを指摘している。

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最後の③企業成長の理論の先駆的な研究が,Penrose(1959)により展開された理論である。彼女は著書“The Theory of the Growth of the firm”において,企業を「生産資源の集合体」と捉えている。彼女によると,企業は一つの管理単位というだけではなく,生産資源の集合体でもあり,それらは管理上の意思決定により,様々な形で活用されるのである。このような生産資源として,Penrose(1959)はプラント,設備,土地,天然資源,原料,半製品,副産物などの有形の物的資源と,不熟練,および熟練労働者,事務,管理,財務,法律,技術,経営に携わるスタッフなどの人的資源を上げている。これらの中で,長期契約で雇用されている従業員は,企業にとっての実質的な投資とされている。またこれらの資源は生産プロセスにおける「インプット」そのものではなく,この資源により提供されるサービスに過ぎないことも指摘している。同じ資源であっても,その活用方法の違いによって,全く違うサービスを提供するのであり,それによって企業の違いが生まれてくるのである。その意味で,Penrose(1959)の指摘する経営資源は,実体を伴う資源とともに,無形資産である情報的経営資源の考え方を多く含んでいると考えられる。企業はこのような無形資産である情報的経営資源(特に経営者能力)を最大限に活用しようとして多角化を展開し,その結果として,企業の成長は実現されるのである。日本では 1980年代からこのような経営資源に注目が集まり,盛んに研究がなされてきた。この Penrose(1959)の考え方を継承し,日本において経営資源論を展開したのが吉原他(1981)の『日本企業の多角化戦略』である。彼らは経営資源アプローチという言葉を用い,経営資源論をベースにして,多角化戦略の実証研究を行った。彼らの研究は Rumelt(1974)の多角化研究をもとにした,日本企業の多角化戦略の実証研究であるが,理論的には Penrose(1959)の企業成長の理論をベースにしている。Penrose(1959)が示した考え方は,企業が経営者能力を最大限活用しようとして多角化戦略を展開し,その結果,企業成長が実現されるというものである。このような考え方をもとにすることで,経営資源,特に情報的経営資源を複数の事業で有効活用することにより,多角化企業が範囲の経済,並びにシナジー効果を実現し,専業企業に対して競争優位を獲得する,という多角化企業の専業企業に対する競争優位性の基本的な理解が得られるのである。実際に日本企業は技術,生産ノウハウ,ブランドといった情報的経営資源を活用した内部開発により,既存事業領域と関連性の高い領域で多角化戦略を展開し,情報的経営資源の有効活用により範囲の経済やシナジーを実現し,競争優位を獲得してきた。その意味で,ペンローズを基礎とした経営資源論は,従来の日本企業の競争優位性を説明す

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るための理論としても,その有効性は高いものであったと考えられる。

2.競争優位につながる経営資源の属性経営資源は競争優位の源泉となることが議論されてきたが,全ての経営資源が競争優位の獲得につながるわけではない。ある種の経営資源は,事業活動を行うために最低限必要とされるものであり,競争優位の源泉とならないものも存在する。お金を払うことによって市場で簡単に手に入れられる汎用的な道具や短期の労働者などがそれにあたるであろう。それに対して,経営資源が競争優位の獲得につながるのは,それが優れた属性を持つ場合である。廣田(2016)は競争優位をもたらす経営資源の属性を次の六つにまとめている(廣田,2016, pp.126-129)。経済的価値(value)をもつ経営資源,希少性(rarity)をもつ経営資源,模倣困難性(inimitability)をもつ経営資源,持続可能性(sustainability)をもつ経営資源,専有可能性(appropriability)をもつ経営資源,経路依存性(path dependency)をもつ経営資源,の六つである。まず,経済的価値を持つ経営資源とは,それを活用することにより,有用な製品とサービスの提供が可能となるような経営資源である。この属性により,企業は生産活動やイノベーションの実現が可能となり,外部環境において,競争優位を獲得するための機会に挑戦することができるのである。第二番目の希少性を持つ経営資源とは,優秀な技術者やマーケティング担当者といった,他社とは明らかに異なる製品やサービスの提供が可能となる経営資源である。このような資源の活用により,高収益が期待できる。消費財メーカーの場合には消費者ニーズを把握できる優秀なマーケティング担当者という希少性を持つ人材の存在によって,ヒット商品の開発が可能となるのである。三番目の模倣困難性を持つ経営資源とは,他社が模倣によって作り出すことが困難な経営資源である。情報システムや生産システムなど,複数の資源の組み合わせによって形成されるシステムは,模倣が困難な資源とされる。第四の持続可能性を持つ経営資源とは,ブランドや信頼など,一度形成されると長期にわたり持続する経営資源である。優秀な人材でも転職の可能性のある人材は持続可能性が低い。また,ブランドに対する信頼を維持するためには,そのための取り組みも必要である。また,技術知識などの経営資源は,特許を取得するなどして,その持続可能性を高めることができる。五つ目の専有可能性とは,経営資源の活用で得られる利益をどれだけ自社で専有できるかということである。特許などで保護される知的財産などが専有可能性を持つ経営資源である。最後の経路依存性とは経営資源の蓄積の歴史である。ある種の経営資源は特定の企業の中で歴史的に引き継がれ,積み重ねられてきた。例えば企業の社風や問題解決のスタイル,組織文化などがそれにあたる。その種の経営資源はその企業の独自性を強く持つものであり,競争優位の獲得につながる可能性が高い。

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これらの属性を持つ経営資源により,組織能力が形成され,競争優位の獲得が可能となる。このことは Barney(2002)でも VRIO 理論として示されている。VRIO とは経済価値(value),希少性(rarity),模倣困難性(inimitability),組織(organization)であり,これらを備えている程度が高いほど,企業の強みが形成され,持続可能な固有のコンピタンスとなるのである。

3.経営資源の活用と組織能力このような経営資源についての議論が展開されると,次第にそのような経営資源をうまく活用する組織的な能力が注目されるようになってきた。「経済的価値,希少性,模倣困難性,持続可能性,専有可能性,経路依存性といった属性を持つ経営資源の効果的な活用により,技術開発能力,生産能力,販売能力などの組織能力を生み出すことができる」のであるが,「それらの組織能力を生み出すには,経営能力による各種の経営資源の活性化も必要」となってくるのであり,また「そのようにして作り上げた各種の組織能力に基づいて競争優位を実現するには,各企業の経営能力や組織文化のもとで遂行する各種組織能力の統合調整も必要」となってくるのであ

2る。

このような議論は,欧米ではコア・コンピタンスについての議論として展開されている(Prahalad and Hamel, 1990 ; Hamel and Prahalad, 1994)。Hamel and Prahalad(1994)はコア・コンピタンスを「企業が顧客に特定の利益をもたらすことを可能にする一連のスキルや技術」(Hamel and Prahalad, 1994, p.199)と定義し,競争優位を獲得するために,企業の中核的な能力の構築が重要であること指摘している。さらに重要なことは,コア・コンピタンスは技術そのものではなく,技術を継続的に獲得していける学習能力である,ということが指摘されていることである。コア・コンピタンスとは「組織における集団的学習であり,とくに多様な製造スキルをいかに調整し,複数の技術の流れをいかに統合してくかを学ぶことである」(Prahalad and Hamel, 1990, p.82)として,技術を組み合わせる学習能力の重要性を指摘する。このような能力を蓄積してきたのが日本企業である。近年,展開されているこのようなコア・コンピタンスについての議論は,多角化企業の競争優位性を説明するという文脈で展開されており,具体的には日本の多角化企業の競争優位性を説明している。1980年代,アメリカ企業は,資金力,ブランド力,技術力といった経営資源の量的な側面で日本企業よりも勝っていた。にもかかわらず日本企業との競争に敗れ,競争力を失っていった。それに対して日本企業は経営資源をうまく組み合わせることにより,競争優位を獲得してきたと彼らは主張する。例えばキヤノンは,精密機械工学,精密工学,マイクロ・エレクトロニクス,電子画

2 廣田(2016)p.132参照。

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像処理に関する技術を巧みに組み合わせることにより,多様な製品を展開し,競争優位を獲得している。キヤノンのコア・コンピタンスは個別の技術ではなく,これらの技術を統合し,組み合わせて活用し,事業の多角化を展開する能力といえる。このような議論は,経営資源論において,資源そのものに注目する議論から資源の獲得能力,資源の活用能力への進化とみることができる。Chandler(1990)でも,同様の議論がみられる。Chandler(1990)は 1880年から 1948年の経済成長が,少数の巨大経営者企業によって支配されていたこと,この経営者企業の競争力が「組織能力(organ-izational capability)」によってもたらされたことを指摘している。Chandler(1990)によると,現代の産業資本主義の発展の原動力は,この組織能力であり,それは企業内部で組織化された物的設備と人的スキルの集合体からなる。企業の競争優位の源泉として設備などの物的経営資源とともに,現場レベルの作業員のスキルや経営者層の戦略構想能力からなる人的スキルが組織能力としてとらえられている。このような組織能力は知識,スキルであり,累積的な組織学習により形成される。この組織能力の利用と拡大により,現代大企業は海外進出や関連産業への多角化展開を行ってきたのである。現代大企業は規模の経済を獲得する過程で獲得した能力を活用し,地理的拡大を行い,範囲の経済を獲得する過程で獲得した能力を活用して,多角化展開を行い,成長を実現してきたのである。Chandler(1990)が主張した現代大企業を形成する組織能力については,次のような問題も提起されいている。橋本(2007)は「チャンドラーにおける組織能力は規模の経済,範囲の経済の最大化を追求する能力であるが,市場や技術が変化して競争の基準あるいは競争優位の基準が変化した場合,組織能力はどのように変化しうるか」(橋本,2007, p.20-21)という問題を提起している。これはまさに日本企業が現在直面している課題であり,これまで獲得してきた組織能力が,今日のグローバルな競争環境で機能しなくなっている可能性を示している。Chandler(1990)が示した現代大企業を形成した組織能力は,今後も組織能力として機能するとは限らないのである。それが機能するためには,そのような組織能力も組織学習によって変化しなければならないのである。これらの組織能力に関する議論は,直接的,間接的に日本企業の競争優位に関連したものである。Prahalad and Hamel(1990)や Hamel and Prahalad(1994)のコア・コンピタンスの概念は,多角化企業における経営資源の組み合わせや学習能力など,これまでの日本企業が保有してきた強みであり,Chandler(1990)が示した組織能力も直接的に日本企業を対象としているわけではないが,日本企業が模倣の対象としてきたアメリカ大企業を対象としたものであり,日本企業の競争優位と同時に日本企業が抱える問題点も示している。

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1960年代から 1970年代以降にかけて,アメリカ企業がヨーロッパ企業や日本企業,アジア企業からの強力な競争圧力により,次第に競争優位を失っていったのと同様に,1990年代以降,日本企業がアジア企業からの競争圧力を受け競争優位を失っている。これらの競争圧力は,これまでの競争と違い,速い製品開発,効率的かつ柔軟な生産システムや販売システムを要求するものである。効率的かつ迅速・柔軟な組織能力が求められているのである。Chandler(1990)が「組織能力」の概念によって,経済成長を先導するアメリカ大企業の組織能力に着目し,同様に Prahalad and Hamel(1990)が 1980年代の日本企業の成長を説明するために,コア・コンピタンスという概念を提唱してきた。彼らの議論の重要な共通点は,競争優位を支える企業の重要な能力は,経営資源そのものではなく,経営資源を獲得する組織の学習能力であり,資源を組み合わせ,スキルや技術の多様な流れを統合し,多角化を展開していく能力である,ということである。このような組織能力についての議論は,さらなる展開を見ている。これまでの経営資源論はどのような経営資源を保有しているかについての議論であった。Chandler(1990)や Prahalad and Hamel(1990)が示した組織的な学習能力も,基本的にはそのような能力の保有に焦点が当てられている。それに対して,どうすればそのような資源を保有することができるのか,という組織における資源の獲得能力についての議論が展開されいている。それを次に見てみよう。

4.組織能力論の限界とコア・リジディティ企業の競争環境が変化し,従来のように情報的経営資源の多重利用を活かしたコスト削減や製品差別化によって競争優位を獲得することが困難な時代になってきた。かわって事業システムの差別化が企業の競争優位を決定づける可能性が高くなってきた。単に核となる技術的能力を持っているというだけでは,競争優位を獲得できなくなってきたのである。さらにはそれら技術的能力を組み合わせても競争優位を獲得できない事態も出てきた。十分な組織能力を保有するアメリカ大企業が競争優位を失ってきたのと同様に,コア・コンピタンスを保有する日本企業が競争優位を失うような状況が生じている。経営資源の共通利用による範囲の経済や複数事業間の学習能力に言及している経営資源論とその発展である組織能力論の限界が見え始めているともいえる。このような状況に対して理論的な説明を試みているのが Leonard-Barton(1992, 1995)のコア・リジディティ(硬直性)の議論である。組織能力を保有することで競争優位を獲得してきた企業が,組織能力を保有するがゆえに柔軟性を失い,環境の変化に適応できず,競争優位性を喪失するという可能性に言及している。企業の強みが弱みとなりう

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る,ということであり,優れた経営資源やコア・コンピタンスを保有する日本企業の競争優位の喪失状態をよく示している。Leonard-Barton(1995)によると,企業は現在の知識を拡大することに集中するものであり,限定された問題解決,新しいツールと方法論を用いたイノベーション能力の欠如,限定された実験,外部知識の取りこぼし,といった要因によって,新しい知識の獲得が制限され,組織が弱体化してくる。そのような状態が,コア・リジディティであり,コア・リジディティはコア・ケイパビリティ,組織能力とコインの両面である。つまり,企業の強みが時には弱みとなるのである。さらに言うと,強みが強力であるほど,弱みにつながる程度が強いともいえる。それでは企業は,そのような組織能力,強みを維持しながら,どのようにコア・リジディティに対応しなければならないのであろうか。

5.組織能力論からダイナミック・ケイパビリティ論へこのコア・リジディティに対する一つの解として,ダイナミック・ケイパビリティ論が展開された。コア・リジディティの議論で示された企業の硬直性は,独自の経営資源と組織能力が豊富であるがゆえに,言い換えると競争優位を獲得してきたがゆえに引き起こされる問題であった。しかしながら今日のように環境変化の激しい時代において,あるいは既存の競争ルールが通用しない時代においては,経営資源を組み替える能力や,組織能力を変革する能力が必要となってくる。従来の議論のように,経営資源をいかに獲得するか,あるいは経営資源に基づく組織能力をいかに形成するかという議論に代わって,環境変化に対応するために,企業の経営資源,組織能力を効果的に組み替えて調整する能力であるダイナミック・ケイパビリティをいかに獲得するか,ということについての議論が行われるようになってきた。Teece(2007)はダイナミック・ケイパビリティの形成プロセスを「センシング(機会や脅威を感知する能力)」,「シージング(機会を活用する能力」,「リ・コンフィギュレーション(組織を再構成する能力)」の三つのプロセスを用いて,説明しようとしている。第 1段階の「センシング(機械や脅威を感知する能力)」は企業を取り巻く環境で生じている事態について,精査,創造,学習,解釈を行う活動である。第 2段階の「シージング(機会を活用する能力」は新しい技術や市場に関する機会を感知したうえで,新しい製品,プロセス,サービスを通じて,その機会に取り組む活動である。ただし,業界標準が決まるまでに複数の投資経路が存在する場合,投資が本格化しないことがある。例えば自動車産業では,エンジンの形式として最初に蒸気機関が誕生し,その後,電気,ガソリンなど代替的な技術が生まれてきた。最終的にガソリン

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エンジンが業界標準となるが,そこに至るまでには一定の時間を必要とした。しかしながら企業は事業機会への対処として,業界標準を獲得しそうな技術に対して早急に投資をすることが求められる。ネットワーク外部性が存在する場合は,特に早い意思決定が必要とされる。第 3段階の「リ・コンフィギュレーション(組織を再構成する能力)」は企業システムの再構成である。企業が成長するほど,また市場や技術が変化するほど,資産や組織構造を再結合・再構成する能力が重要となる。これらのプロセスにより,企業は変化の激しい環境において,長期的な成長が可能となる。このような能力は企業の競争優位につながる変化対応能力といえる。日本企業はこのような能力を保有していなかったために,あるいは十分に活用できなかったために,競争優位を失っていったと考えられる。このようなダイナミック・ケイパビリティ論は日本企業の競争優位の喪失に対する対処方法を一定程度示していると考えられる。ただし,経営資源論における展開として,理論的に進化しているかどうかについては疑問も提示されている。ダイナミック・ケイパビリティ論は理論的に進化しているといえるのであろうか。これに関して永野(2015)は,「ダイナミック・ケイパビリティ論への理論進化は,資源ベース論の反駁可能性そのものを低下させ,精確性や普遍性というものを議論すること自体を困難にさせているという可能性」(p.153)があることを指摘している。なぜなら,従来の資源ベース論においては理論的な説明の対象とされていなかった主観的知識について,ダイナミック・ケイパビリティ論が企業の優位性を説明する概念として,それを使用するからである。永野(2015)は,ダイナミック・ケイパビリティ論は企業家個人の能力や企業家精神を重視しており,経験による反駁可能性が低いとして,科学的理論としての認識進歩を疑問視している(永野,2015, p.154-155)。従来の経営資源論は,すでに指摘したように,ポジショニング・アプローチに対するアンチテーゼとして誕生してきた。Porter(1980)の 5要因分析が実践的な有用性を持っていないという批判のもとに,経営資源論が展開されてきた。しかしながら,組織能力論やコア・コンピタンスの議論展開も,結局のところ,環境変化への適応能力を示すには至っていないのが現状である。同様にダイナミック・ケイパビリティ論も変化対応能力を示してはいるが,経営者個人の企業家的精神に注目しているために,「『環境に適応できていれば経営者の企業家精神があったのだろう』というトートロジーにも陥りかねない」(永野,2015, p.154)という問題に陥っているのである。以上のように,経営資源論では様々な概念が用いられて発展してきたにもかかわらず,現実の説明能力の点で問題を有していたといえる。確かにある時点での日本企業の競争優位を説明することはできていた。しかしながら,Leonard-Barton(1995)が示す

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ように,そのような日本企業が競争優位を持っているがゆえに競争優位を失っていったのである。それに対する Teece(2007)の議論は,日本企業の競争優位の喪失に対する対処方法を一定程度示していたとかんがえられるが,現実に適応するには問題があった。以上のことから,これまでの経営資源論は日本企業の現実に対する説明能力が高くなかったといえる。現実の説明能力が高くないということは,それをもとにした分析枠組も有効性を発揮しないということになる。そのような状況を反映して,日本企業も競争力を失っていったと考えられる。初期の経営資源論は,かつての日本企業の競争優位を十分説明していたし,その理論を応用し,余剰資源を有効活用して多角化を展開した日本企業は,範囲の経済,ならびにシナジーを実現し成長してきた。しかしながら,競争環境の変化によりこれまでの戦略が機能しなくなり,日本企業の強みが通用しなくなってきた。それと同時に,これまでの理論もその有効性を失っていったと考えられる。理論が現実の企業問題に対応できていないのである。このような状況を変えていくために,現実に即した理論の開発が求められている。では,現実に即した理論とはどのようなものであろうか。ここでは特に多角化企業のマネジメントという,企業戦略論の主要課題との関連で考えてみよう。現実の大企業の多くは多角化企業である。その多角化企業のマネジメントは企業の本社組織において行われる。そのため,本社組織のマネジメント能力についての考察が必要である。具体的には,シナジー効果を実現するための本社組織による,本社機構と事業部との関係についてのマネジメント能力についての議論である。これまでの経営資源論は,事業間で生まれる効果についての議論はあったが,その実現についての実践的提言は不十分であった。それは本社の関わりについての理解が不十分であるからである。またダイナミック・ケイパビリティの議論では企業家精神に焦点が当てられており,多角化企業のマネジメントを扱うトップ・マネジメントのマネジメント能力に焦点が当てられていなかった。議論の抽象度が高く,具体的にどうすればダイナミック・ケイパビリティが獲得できるかについての議論が不十分であったという面もある。このように経営資源論は全般的にみて,本社レベルのマネジメント能力についての議論が不十分であり,具体的な分析枠組みの提示も行われてこなかったという問題を持っている。そのため,日本企業は本社のマネジメント能力の重要性を認識することができず,本社機能を削減し,競争力を失っていったのである(上野,2011)。そこで次に日本企業の競争優位性喪失の要因のひとつと考えられる,本社の機能を確認したうえで,本社組織の能力としてのペアレンティングの概念に注目し,具体的な分

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析枠組みの提示についての議論を展開してみよう。

Ⅳ 本社組織のマネジメント

1.本社の機能日本企業は本社機能の縮小により,競争優位性を失っていったと考えられる。アメリカ型のコーポレート・ガバナンスの仕組みが導入され,短期利益向上の圧力にさらされた日本企業は,コスト削減のために本社のスリム化を追求した。結果として重要な本社機能が失われ,企業の長期的な成長力も失われた(上野,2011)。では,本社機能とはそもそもどのようなものなのであろうか。河野(1985, p.15)によると「本社組織とは,企業全体を統合し,スタッフ部門をもって専門的助言を与え,さらに新事業などの革新を立案し,推進する部門」とされ,その機能として「(イ)組織全体の統合機能,(ロ)専門スタッフとしての助言機能,(ハ)革新的計画の立案機能」が指摘されている。また Chandler(1991)は本社の基本的な機能として,企業家的機能(価値創造)と管理的機能(損失防止)の 2つを指摘している。また,Goold and Campbell(1988)はガバナンス機能,戦略調整機能,サービス機能の三つを主要な機能としている。ここでは彼らの議論に注目し,これら三つの機能がそれぞれどのような機能なのかをみていこう。まずガバナンス機能とは,本社傘下のさまざま事業が適切に経営されるように,ある種の牽制を加えていく機能である。次の戦略調整機能は企業全体の長期的な発展のためにさまざまな事業部門の計画や活動の枠組みを決定し,調整を行っていく機能である。最後のサービス機能は各事業部門の共通したサービス機能を本社に集中し,規模の経済を発揮することによって,高品質で効率的なサービスの提供を実現する機能である。本社の存在価値は,これらの機能を傘下の事業部門に対して適切に発揮することである。本社にしか提供できない機能の提供が,本社の「付加価値」の源泉であるといえる(Goold, Campbell and Alexander, 1994)。ではこのような本社はどのような能力を持たなければならないのであろうか。次に,それに関連するペアレンティングの概念についてみてみよう。

2.ペアレンティングの概念多角化企業の競争優位の源泉として,経営資源に注目しながらも,これまであまり議論されてこなかった能力と,それによって達成される競争優位に注目した概念としてペアレンティング,並びにペアレンティング・アドバンテージという概念がある(Gooldet al., 1994)。

企業の競争優位と経営資源論(上野) ( 1049 )47

ペアレンティングとは本社,親会社による事業部への関わり方である。本社組織が事業部門の戦略策定に積極的に働きかけ,単独の事業から得られる以上の利益を獲得している状態,さらにはその事業が他の本社組織の傘下で経営されている時に得られる以上の利益が得られている状態をペアレンティング・アドバンテージが獲得されている状態という。ペアレンティング・アドバンテージは当該企業にとって真の意味での有望な事業を判別し,その事業からいかに収益を獲得していくかについての一つの枠組みを提示している。グローバルな競争環境においては,情報的経営資源の有効利用で競争優位を獲得するだけなく,積極的に M&A を活用するなど,多様な戦略を展開して競争優位を獲得する必要がある。近年,日本企業が直面している状況がそれである。そのような状況では,日本企業も積極的に M&A を活用して競争を勝ち抜いていかなければならない。従来のように情報的経営資源の有効利用により競争優位を獲得するだけなく,本社のマネジメント能力を活用し,適切な事業を選択し,競争優位を獲得していく必要がある。従来の経営資源論はそのような戦略を展開するための本社のマネジメント能力について,十分な注意がはらわれてこなかった。ペアレンティングという概念は,そのための有用な概念であるといえる。個別事業の経営資源を活用するとともに,それらを環境に合わせて組みかえ,全社的に価値を創出する本社の能力が求められている。次のそのような概念,理論を応用した多角化企業にとっての実践的な分析枠組みについて検討をしてみよう。

Ⅴ 経営資源論の実践的展開

1.BCG のプロダクト・ポートフォリオ・マネジメント多角化企業の分析枠組みとしては,個別事業の魅力度を分析し,事業の組み換えや資源配分を考える事業ポートフォリオ分析が一般的である。事業ポートフォリオ分析として最も有名なものは,ボストン・コンサルティング・グループ(Boston ConsultingGroup : BCG)が開発した,プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(ProductPortfolio Management : PPM)である。プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントでは各事業部門が置かれた状況の違いを踏まえた評価と資源配分の考え方が提示されている。プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントの枠組みは以下の通りである(第 3図参照)。

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この PPM が示す重要な指針は「将来的に花形や金のなる木となるような部門の育成」であり,それに向けての資源,特にカネという資源の配分の問題である。このような PPM の注意点と限界点としては,①事業を区分する明確な基準がないため,区分の仕方で結果が変わる可能性がある,②市場成長率や市場シェアの測定方法の問題,③金銭的資源の配分問題のみに注目している,④新規事業の開発や事業機会の探索などを目的とした活用には不向である,などがあげられる。実際,この分析枠組みは欧米企業の M&A を前提とした多角化企業のマネジメントにとっては有用性が高いが,本社が新規事業の育成や戦略的決定に大きくかかわる日本企業のマネジメントに対しては,その有用性が疑問視されている。

2.事業魅力度マトリックスとハートランド・マトリックスこれに対して,Campbell et al.(2014)らがペアレンティングの概念を用いて議論を展開した。彼らの議論ではペアレンティング・アドバンテージを獲得するための分析ツールも提示されている。そのためのツールが事業魅力度マトリックスとハートランド・マトリックスである。事業魅力度マトリックスは,産業の収益性とその産業における企業の競争優位性の二次元で事業そのものの魅力度を測定するものである。事業の魅力度は産業の収益性が高いだけで評価されるのではなく,その産業において当該企業が持っている競争優位性によっても評価される。高い産業の収益性と競争優位性を持っている事業が,魅力的な事業領域として選択されるのである(第 4図の網掛け部分)。それと同時に,企業の本社が多角化事業の一つとして,その事業に価値を加えることができるかどうかも検討される。それを行うのが,ハートランド・マトリックスである(第 5図)。ここでは本社のもつペアレンティング能力が,選択した事業とどれほど適合しているかが評価される。魅力的な事業であっても本社が価値を追加することができる可能性と,本社が価値を破壊する可能性の二つの次元でその事業が評価される。それにより,多角化企業が全社的にどのような事業を保有し,それをどのように強化していくかが明確に示される。

第 3図 プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントの枠組み

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ここでは価値を破壊するリスクが少なく,かつ付加価値創造の可能性が高い事業であるハートランド事業が多角化企業として保有すべき事業である。この分析手法で強調されていることは,本社が各事業分野に対して価値を創造することもあれば,逆に価値を破壊することもあるということである。経営資源があるがゆえに環境の変化に柔軟に対応できない,というコア・リジディティの考え方ではなく,経営資源があるがゆえに,かえって事業領域に対して好ましくない影響を与え,かつ価値を破壊する可能性についても言及されているのである。本社がこのような分析ツールを用いながら適切に事業を選択すると同時に,各事業領域に対するマネジメント能力を拡張し,積極的に事業に対してペアレンティングを発揮していくことが必要である。そのような能力の獲得とそれを用いた現実への対応こそが,現在の日本企業に求められているといえる。そのことを確認するために,高い技術力を持ちながら競争優位を失っていった日本企業の事例をみてみよう。

Ⅵ シャープの経営資源

シャープ株式会社(以下シャープ)は,日本を代表する家電メーカーである。シャープは高い技術力を保有し,それを活用して大きく成長した企業である。特に液晶技術において,世界的に評価の高い企業である。しかしながら,近年業績を悪化させ,現在,台湾の EMS 企業である鴻海の傘下に入り,経営改革を進めている。シャープに限らず,これまで競争優位を持っていた日本の家電メーカーの多くが競争力を失っている。では日本企業の強みとは,いったい何であったのであろうか。その強みはどのようにマネジメントされなければならなかったのであろうか。それについて,シャープの事例をみながら考えてみよ

3う。

3 以下の事例はシャープの公式ホームページ,「100年史」,有価証券報告書などの公表資料を参考にした。

第 4図 事業魅力度マトリックス 第 5図:ハートランド・マトリックス

Campbell et al.(2014),p.83. Campbell et al.(2014),p.104.

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シャープは早川徳治が創業した金属加工を営む企業がその源流である。ベルトのバックル「徳尾錠」に始まり,シャープ・ペンシルを開発し,大きく成長したが,関東大震災で被災し,壊滅的な打撃を受けた。早川はシャープ・ペンシルの事業譲渡を行い,大阪に拠点を移し,一から再生をはかった。新分野への進出である。目を付けたのがラジオである。日本でまだラジオ放送が始まっていない段階で,ラジオの研究に着手し,1925年に国産第一号の鉱石ラジオ受信機の組み立てに成功している。その後,1952年に国産第一号のテレビを開発し,1964年には世界初のオールトランジスによる電子式卓上計算機コンベット(CS 10 A)を発表している。その後も 1969年に世界初の LSI 電卓,1973年に世界初の液晶表示電卓を発表している。電卓に使われた液晶はキーデバイスとなり,様々な製品に応用されるようになる。キーデバイスである液晶を最終製品に活用し,新製品を開発する。さらにその新製品の開発により,キーデバイスである液晶技術も向上する,というスパイラル戦略が見事に機能し,シャープは日本を代表する家電メーカーへと成長していった。そのような成長を主導した創業者の早川徳治の経営信条は次のようなものであった。

「他社にマネされるものを作れ」,「先駆者は模倣されてよし」である。早川徳治,並びにシャープの成功要因は誰よりも先に新しい事業に着手し,困難に直面してもあきらめずに前進するという企業家精神であった。それを支えていたのが早川徳治の哲学であるセルフヘルプ(天は自ら助くるものを助くる)という自立の精神であった。シャープは先進技術を取り入れ,それを商品化し,また技術を獲得していく,というスパイラル戦略をもと成長していった。シャープの強みは,そのような企業家精神であり,「目の付けどころがシャープでしょ」というキャッチフレーズに示される「常に先進的なものに取り組む企業風土」であった。シャープの重要な経営資源として液晶技術があげられるが,シャープの強みは液晶技術そのものではなく,液晶技術を生みだし,それを製品に展開していくという技術統合能力といえる。これは Prahalad and Hamel が示したコア・コンピタンスであり,組織的な学習能力である。ではなぜそのような組織学習能力を保有していたシャープが業績を悪化させたのであろうか。その理由の一つが液晶テレビの成功にある。液晶テレビへの過度の資源集中により,環境変化に対応できなくなったのである。リスク分散の多角化戦略が必要であった。コア・コンピタンスが示す強みは新製品開発能力であり,液晶技術そのものではなく,独自の製品を次々に開発する製品開発の力であった。「目の付け所がシャープでしょ」という広告キャッチフレーズに示される,発想力であった。しかしながら「液晶のシャープ」というドメインの表明により,コア・リジディティに陥ってしまったと考えられる。

企業の競争優位と経営資源論(上野) ( 1053 )51

シャープは強力な技術的経営資源である液晶技術を手に入れ,スパイラル戦略により,様々な製品展開を行った。その結果,キーデバイスである液晶パネルに急激に傾斜を進めていった結果,コア・リジディティに陥ってしまったのである。液晶技術という有望な技術を獲得してしまったがために,コア・リジディティに陥り硬直化し,組織改革ができなくなってしまったのである。コア・コンピタンスが機能しなくなり,コア・リジディティに陥ったともいえる。具体的には 2004年から稼働を開始している三重県の亀山工場に続き,2007年から整備を進めてきた,大阪府堺市の大規模な液晶パネル工場を,2009年に稼働を開始し,液晶事業への集中を強めていった。しかしながら 2008年度には業績が悪化し,その後一時的に回復するものの,急激に業績を悪化させ,経営危機に陥っている(第 1表参照)。韓国サムスンなど新興国の企業との競争により,液晶事業の競争力が失われていったにもかかわらず,液晶への資源集中が止められず,期待された堺工場への大規模投資が有効に機能せず,業績悪化が進んでいったのである。シャープは 2016年に鴻海に買収され経営再建を目指している。2017年には東証一部上場復帰を果たし,経営再建を順調に進めているように見える。しかしながら,一方で,大規模な人員削減計画も報道されている。第 2表はシャープの連結従業員数である。これによると 2016年以降,急激に従業員を減少させている。このようなシャープの再生には,人員削減による短期的なコスト削減ではなく,本社の機能を充実させるような人的資源の維持・増加,並びにハートランド・マトリックスに示されるような,より実践的な分析枠組みの提示とその利用による経営改革が必要である。

第 1表 シャープの過去 10年の業績

2007年度 2008年度 2009年度 2010年度 2011年度 2012年度 2013年度 2014年度 2015年度 2016年度

売上高 3417736 2847227 2755948 3021973 2455850 2478586 2927186 2786256 2461589 2050639

営業利益 183692 −55481 51903 78896 −37552 −146266 108560 −48065 −161967 62454

経常利益 168399 −82431 30995 59124 −65437 −206488 53277 −96526 −192460 25070

当期純利益 101922 −125815 4397 19401 −376076 −545347 11559 −222347 −255972 −24877

出所:シャープの公表資料より作成。

第 2表 シャープの従業員数

2013年 3月期 2014年 3月期 2015年 3月期 2016年 3月期 2017年 3月期

従業員数 50647 50253 49096 43511 41898

出所:シャープの公表資料より作成。

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Ⅶ お わ り に

これまで,経営資源とそれをもとにした競争優位について,様々な議論が展開されてきた。経営資源論の嚆矢である Penrose をはじめとして,経営史の大家である Chandler

や経営戦略論の Rumelt や Prahalad and Hamel によって議論は進展した。にもかかわらず,日本企業は競争力を失い,本格的な業績回復には至っていない。経営資源論のどこに問題があり,日本企業の対応のどこに問題があったのであろうか。日本企業はこれまで場当たり的な組織改革を行い,競争力を失ってきたと考えられる。アメリカ型のコーポレート・ガバナンスの導入により,株主中心の経営にかじを切ってきた。その結果,短期業績向上への圧力が加わり,人件費を中心としたコスト削減に手を染めるようになった。特に肥大化した本社組織の改革が進められ,本社機能の縮小が進んできた(上野,2011)。小さな本社によって本社が持つ本来の戦略調整機能が失われてきたといえる。Grant(2008)が述べるように,「全社戦略でもっとも難しい問題は,本部組織(コーポレートセンター)の役割と,活動と,各事業単位と本部組織との関係」であり,そこでの具体的な課題は「事業ポートフォリオの経営,資源の割当て,戦略計画,事業単位業績の管理,そして事業化の調整」(Grant, 2008, p.586)である。にもかかわらず,それらの活動を担う本社組織を縮小させ,機能不全を起こしてきたのである。これらの活動は本来,本社が持つべき戦略的調整機能によって遂行されなければならないものであり,現在の日本企業はその能力を失いかけているといえる。従来,日本企業は事業部間の関連性を重視したマネジメントにより,競争優位を獲得してきた。本社組織が新事業開発の大きな方向性を示し,各事業分野が保有する技術的経営資源を活かし,多角化展開を行ってきた。多角化事業間のマネジメントを行う場面において,本社による戦略調整機能が機能してきたといえる。しかしながら短期業績向上圧力の高まりにより本社機能が縮小され,そのような機能が失われ,日本企業は競争力を失ってきたのである(上野,2013)。それに対して,経営資源論は有効な理論,並びに分析枠組みを提示してこれなかった。経営戦略の理論は現実の企業行動の合理的な説明でなければならない。競争のルールが変更され,これまでの競争優位が弱みに変化する環境において,より,現実を反映した理論と実践的な分析枠組みの提示が求められている。株主中心のコーポレート・ガバナンスには様々な問題があるが,マネジメントレベルの問題として,それに対応した経営戦略を提示することも必要である。M&A などによる事業構造の組み換えも,選択肢の一つとして考える必要性も増えてくるであろう。

企業の競争優位と経営資源論(上野) ( 1055 )53

日本企業は長期の経営資源を活かした内部開発による多角化戦略とともに,より柔軟な事業構造の組み替えを考えていく必要がある。経営資源の蓄積の方向性を示すことと同時に,主要な投資先の決定,事業の適切な選択が本社の重要な役割であることを認識する必要がある。また,そのようなことを行う本社の戦略調整能力を企業の重要な経営資源と捉えなおし,それを明らかにする理論的枠組みと共に,実践に応用できる分析枠組みの開発が求められている。ペアレンティングの概念はそのための有効な概念の一つであり,それをもとにして開発された事業魅力度マトリックスとハートランド・マトリックスは有効な分析枠組みであると考えられる。今後はペアレンティング概念の精緻化と,分析枠組みの日本企業への実践的応用,並びにその枠組みの修正が課題となってくるであろう。さらに日本にあった分析枠組みの開発も検討されなければならない。

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