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石川県立自然史資料館研究報告 第7号Bulletin of the Ishikawa Museum of Natural History, 7: 55-59 (2017)

石川県金沢市に分布する大桑層(下部更新統)より産出したクジラの環椎

桂嘉志浩

Atlas of Cetacea (Mammalia) from the lower Pleistocene Omma Formation in Kanazawa City, Ishikawa, Japan.

Yoshihiro KATSURA

要旨 2011年に石川県金沢市袋板屋町を流れる浅野川に露出する大桑層(下部更新統)より,クジラ類の環椎が発見された.種は不明であるが,保存状態も良く,この地域の当時の環境や生態系を知る上で重要な資料である.

キーワード:クジラ類,環椎,大桑層,前期更新世,金沢市

Key words: cetacean, atlas, Omma Formation, early Pleistocene, Kanazawa City

1 石川県立自然史資料館,〒 920-1147石川県金沢市銚子町リ 441番地 1 Ishikawa Museum of Natural History Ri-441 Choshi-machi, Kanazawa City, Ishikawa 920-1147, Japan

はじめに 2011年に,石川県金沢市袋板屋町に分布する大桑層(下部更新統)から,古曽部知宏氏によって,クジラ類の環椎が発見・採集された.本編では,この標本について報告する.

地質概説 今から 100万年前頃の新生代第四紀更新世前期,石川県中部から富山県にかけた一帯は,大部分の時期が浅い海であった.その海底に,主に均質な細粒~中粒の砂が積もって形成されたのが大桑層である(望月 , 1930; 絈野 , 1993).同層は,石川県羽咋市や金沢市南部から富山県小矢部市にかけて分布しており,金沢市内では,犀川や浅野川の河原などに露出している.同市大桑町を流れる犀川の河原にある露頭が大桑層の模式地である.(地名は「おおくわ」であるが、層名は「おんま」と発音する.)  大桑層の層厚について,絈野(1993)は,約150~ 250m,最大 250mになるとしている.高田(2000)は,富山県小矢部市に分布する同層の層厚が 360mに達するとしている。 北村ほか(1993)は,模式地における同層の全層厚を約 210mとして

いる.また,北村・近藤(1990)は,模式地おける同層を岩相・生物相により 3つに区分し,厚さについては下部が約 25m,中部が約 80m,上部が約110mになるとしている. 大桑層が形成された時期については,高山ほか(1988)や大村ほか(1989)に基づいて, 絈野(1993)は約 80~ 130万年前としているが,絈野(1996)では約 80~ 140万年前としている.北村(1996)は,同層の中部の形成時期が 100~ 150万年前で,上部が 80~ 100万年前と推定している.富山県小矢部市周辺に分布する同層については,金子ほか(2016)は,高田(2000)の研究と総合すると,形成時期は 99~ 202万年前であるとしている. 大桑層の下位は,新生代新第三紀中新世前~中期に形成された地層と斜交不整合関係で接する(田中, 1970).高山ほか(1988)は,下位に接する地層の中で最上位の犀川層の形成期が 1,103~ 1,307万年前で,大桑層の基底が 119万年前ないし 136万年前であり,両層の間には約 1,000万年の時間間隙があるとしている.大桑層の上位は,浅海成~陸成の卯辰山層が覆う.楡井(1969)は両層の層序に

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ついて整合関係で接するとしているが,北村ほか(1993)や絈野(1996),杉本(2007)は不整合としている.鹿野ほか(1991)の層序柱状図をみると,両層の境界における時間間隙はないと考えられる.杉本(2007)は卯辰山層の形成期を50~80万年前としている.北村(1996)は,大桑層と卯辰山層は 1つの堆積シーケンスであり,その形成期間を60~160万年前としている.  大桑層は化石を多産することで知られている.寒流系の生物が多いが,中・上部においては,暖流系の生物もみられる(絈野 , 1993).同部の形成時において,地軸の傾きの変動に対応する約 4.1万年周期の氷河性水準変動地球海面の変動が起こっており,それがこの地域の生態系に影響したと考えられている(北村・近藤 , 1990; 北村ほか , 1993; Kitamura & Kimoto, 2007). 産出する化石は,主に二枚貝類や腹足類などの軟体動物であり,ウニやフジツボなどの無脊椎動物の化石も数多く産出している.これらについては,多くの研究者によって記載・発表されたり,固有の動物群として研究がなされたりしている.(Otuka, 1939; Kaseno & Matsuura, 1965; Ogasawara, 1977, 1981; 小笠原 , 1996; 絈野 , 1993; 松浦 , 1985, 1996a, 2009; 天野 , 2007).  また,同層からは,魚類をはじめ,クジラ類や鰭脚類,海牛類などの海生脊椎動物の化石も産出している(松浦 , 1996b, 2009; 松浦・長津 , 2000).海水面が下がった時期に,陸地になった場所では,陸生脊椎動物も生息していたようで,アケボノゾウや陸ガメ類,鳥類などの骨化石に加え,シカ類やゾウ類,鳥類などの足跡化石も発見されている(松浦 , 1996b, 2009).

クジラ類の環椎 2011年 7月 24日に,金沢市袋板屋町を流れる浅野川の川底(N36°31’ 17.1”,E136°42’ 12.2”,Altitude 95m)において,古曽部知宏氏によってクジラ類の環椎が発見・採集された(図 1).同地域にも大桑層が分布しており,同標本もその地層から産出したものである。川底において同標本の周囲に多く見られる白色の物体は,二枚貝や巻貝などの無脊椎動物の化石である.つまり,数多くの無脊椎動物化石が密集している層準内に,同標本が保存されていたことを示している. 同標本は,軟体動物の化石を含む,固結度の高い灰色の細粒砂岩に覆われている(図 2).大桑層を構成する岩石は固結度が低いため,風化・浸食に対して弱いが,脊椎動物化石の周囲はノジュール化していることが多い.発見時の様子(図 1)では,同標本は前面を上にした状態で,すでに川底に露出していたように見えるが,大部分はノジュールに包含されていたため,流水による風化作用から保護され

図1 �浅野川の川底に露出する大桑層中のクジラ類の環椎(矢印).

図2 クジラ類環椎(A.� 前面:�B.� 後面)スケール�=�5cm.

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Cetacean atlas from the Omma Formation

ていたようである.  同標本は,全体的に濃い茶色を呈している(図 2).採集した時には,神経棘や横突起,前関節窩の腹側の部分などは露出しており,固結度の低い母岩で覆われていたと考えられる.それらの部分では,軽度の摩耗により,内部のスポンジ状構造が確認できる個所もあるが,全体的には表面もほぼ元の状態のままである.また,環椎全体としても原型をとどめていると推測される.摩耗した個所とは別に,前関節窩の外縁の部分には欠損している個所があり,その欠けた表面は平坦で新鮮である. 同標本と共にノジュールに包含された無脊椎動物化石の殻は,完全なまま保存されたものと、破損したものが混在している(図 2).また,それらの配置については,規則性などの特徴的な傾向はみられない.この点については,同標本の産出地点の周囲に密集する無脊椎動物化石にも同様の保存状態が確認できる(図1). 以上のことから判断すると,このクジラは死後完全に腐敗・白骨化した後に,骨格が分離し,環椎は比較的強い潮流などによって海底の吹き溜まりのような場所に運ばれ,同じようにして運ばれた他の生物遺骸と一緒に埋没したと考えられる.保存状態が良いことから,白骨化した後に海水にさらされた時間は短く,運搬距離も長くなかったと推測される.神経棘や横突起などに見られる摩耗は,運搬時に生じた可能性があるが,同標本が浅野川の川底に露出したことによって生じたものであることは否定できない.関節窩に部分的に生じた欠損は、その状態から判断すると,川底に露出した後の,流水による破損である可能性が高い. 大桑層産の脊椎動物化石については、数的にはサメの歯が一番多く産出している.松浦(1996b)は,骨化石の中で最も多いのはクジラ類であり,脊椎骨,下顎骨,歯,肋骨,肢骨など 15例を確認しているが,実際はこれより多いであろうと述べている.松浦・長澤(2000)では,同層産のクジラ類化石は計24標本とされている(ただし,その中の1例は,下位の犀川層からの転石と考えられている).また,本編で述べてきた環椎の発見の 3年後,2014年には大桑層の模式地(金沢市大桑町)において,保存部が約 1.9mの頭骨1個体,約 2.6mの下顎骨 2本,数本の肋骨などがまとまった状態で保存された,ヒゲクジラ類の化石が発見されている.

 同標本が発見された地域に分布する大桑層からは,発見地から直線距離で約1km下流(北西方向)の館町地内で,脊椎骨の突起の一部と肋骨の一部が発見されている(松浦・長澤 , 2000).また,大桑層全体をみても,ヒゲクジラ類の脛骨は 1点発見されているが(松浦・長澤 , 2000),クジラ類の環椎が産出したのは初めてである. 同標本の剖出作業については,ノジュール化した母岩を物理的に除去すること困難であるため,あまり進んでいない.酢酸や蟻酸を使った化学的な剖出作業を行う必要がある.前述のような状態であることに加えて,環椎だけで種を同定することは困難であり,現時点では、同標本はクジラ類としておく.  上術の通り,大部分において剖出作業が未完了なため,完全な計測はできないが,同環椎の大きさは,最大幅(横突起の両端)が約 43cmで,最大高が約 27cmである(図 2).前関節窩は比較的強くくぼみ,中央よりやや背側に位置する最大幅(左右に分かれている前関節窩の最外縁の間の幅)は約29.5 cmで,最大高が約19cmである.  当館は,現生のナガスクジラの骨格標本を所蔵している.1996年に石川県輪島市門前の海岸に漂着した若い雄で,体長が約 15mである.(国本 , 1997; 佐野 , 1997;佐野ほか , 1998).その個体の環椎は,最大幅が約 53cmで,最大高が約 31cm,前関節窩については,最大幅(左右に分かれている前関節窩の最外縁の間の幅)が約 32cmで,最大高が約24cmである.異種間での環椎の大きさと体長の相関関係や,成長に伴う環椎の大きさと体長との相関関係がわからないことに加え,形状(横突起の大きさや前関節窩の形状を含む)が異なるため一概には言えないが,単純に大きさだけで考えると,大桑層産の環椎を有したクジラは,このナガスクジラよりやや小さい程度の個体であったかもしれない.

謝辞 当該のクジラ類化石を発見・採集し , 石川県立自然史資料館の所蔵標本にすることを快諾していただいただけでなく,写真を含む発見時の記録まで御提供いただいた古曽部知宏氏に厚く御礼申し上げる.また,本論文作成にあたり適切な御助言をいただいた,日本セトロジー研究会の平口哲夫氏に深く感謝する.   

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