てんかん診療におけるASLの臨床応用 -...

Preview:

Citation preview

  • 緒言

      脳血流を測定する手段としてSPEC T、PE Tが頻用されているが、造影

    剤や放射性のトレーサーを必要としないM R I灌流画像の撮像法として

    Ar ter ia l Spin Label ing (A SL)が開発され種々の中枢疾患領域への

    臨床応用が進行中である 1)。代表的な機能的疾患であるてんかんの領

    域においてPE TやSPEC Tによる脳代謝や脳血流測定が焦点診断や病

    態把握に重要な役割をなしていることから、A S LによるM R I灌流画像

    (以下A SL灌流像)の導入も新たな検査手段として期待される。非造影

    という簡便性と低い侵襲性、即時対応および短時間の反復検査が可

    能で経時的な変化の描出に有効な反面、定量性や再現性、解像度など

    の課題も多い。特にてんかん領域への応用はいまだ十分になされてい

    ないことから 2)、本稿では多数例のてんかん患者の経験をもとにASL灌

    流像の実臨床における位置づけや有用性を検討した。

    測定装置ならびに測定条件について3)

      測定に使用した装置は1.5T Signa HDxt Optima Edition TwinSpeed (Ver

    23 ,GEヘルスケア社製)で8-ch BRAIN ARRAY COILを用いた。MRI撮像条件

    はTR:4599 ms, TE: 9.8 ms, スライス数:36, スライス厚:4mm, NEX(加算):

    3, FOV: 24cm , Points: 512, Arms: 8, Bandwidth: 62.5とした。頸部ラベル

    から撮像までの待ち時間Post Label Delay(PLD)により画像所見が変化す

    ることから(正常成人で行った評価ではPLD 1025msecでは皮質前半部優位、

    PLD 1525msecではほぼ脳皮質の全域の血流分布、PLD 2525msecでは皮

    質・白質を含む領域への分布)、PLD 1525msec時の画像を評価している。一

    方、小児例の検討から5歳以下の小児に対してはPLD 1025msecで評価してい

    る。撮像時間はPLD 1025msecで4分03秒、PLD 1525msecで4分22秒である。

      得られた画像所見は視察による読影に加え、解剖学的な局在を明ら

    かにするためにF S P G R像とA S L灌流像を標準化して重ね合わせた後、

    元画像に変換させ評価を行った。

    てんかん患者への臨床応用

    1. 外来患者を主体にした発作間欠時のASL灌流像所見と脳波異常と

     の相関

      てんかん焦点では発作間欠時に脳血流の低下を認めることが多く焦

    点同定の指標となる。ASL灌流像の有用性を検討する先行研究として、

    発作症状、脳波所見から部分てんかんと診断された外来患者を対象に灌

    流異常の有無を検討した。134例中77例で脳波異常部位とASL灌流像

    の異常部位に相関を認めた。さらに、限局性のMRI異常を134例中92例

    に認め、その内63例にASL灌流像で同部位を主体とする灌流低下を認め

    た。図1は側頭葉てんかん例でMRIでは左側頭葉萎縮と海馬硬化を認め、

    発作間欠時のASL灌流像で左側頭葉の灌流低下が確認された。入院後

    図1. 発作間欠時にてんかん焦点の灌流低下を認めた左内側側頭葉てんかん(30代女性)

    左内側側頭葉にてんかん焦点を有する例で、FL AIR像(A)で左海馬硬化(矢印)と左側頭

    葉の萎縮を認め、ASL灌流像(B)では左側頭葉前底部の灌流低下、IMP SPECT(C)では

    左側頭葉内側部を主体に外側皮質を含む灌流低下を認める。

    図5. 発作後早期に認められた焦点側の低灌流所見 (小児(男児)、症候性部分てんかん)

    本例はMRI(T2強調像、A)では異常を認めず、発作間欠時のASL灌流像(B)では左後頭・側頭葉の軽度の灌流低下を認めるに過ぎないが、右方への眼

    球偏倚を繰り返し、脳波(C)で左半球性に発作発射が連続した発作後の早期に撮像されたASL灌流像(D)では、左後頭葉から側頭葉にかけて発作間

    欠期を上回る広範で顕著な灌流低下を認めた。一方、本例では左方への眼球偏倚を繰り返す発作も捉えられ、脳波(E)では右半球性の発作発射が確

    認され、発作後早期のASL灌流像(F)では、右後頭葉を主体とする灌流低下を認めた。

    図4. 単発の発作後に認められた高灌流所見(外来初診例)

    左の症例(10代女性、左側頭葉てんかん):外来初診時の脳波検査中に左側頭葉に起始する発作発射(赤矢印)が確認され(A)、その30分後にMRI検査

    が施行された。FLAIR画像では明らかな異常をみとめなかったが(B)、ASL灌流画像で左内側の灌流増加(白矢印)が確認された。

    右の症例(80代男性、左側頭葉てんかん):複雑部分発作から二次性全般化(強直間代痙攣)にいたる発作で外来初診となり、発作後3時間目に施行さ

    れたMRI検査で、FLAIR画像(D)、拡散強調像(E)では明らかな異常は認めなかったが、ASL灌流像(F)とそのMRI fusion像(G)から左側頭葉内側から前

    外側にかけて高灌流を認めた(白と黒の矢印)。発作間欠時の脳波(H)では左前および中側頭部に鋭波の出現を認めた。

    図2. MRIで異常がなく、脳波異常部位の灌流低下を認めた右前頭葉てんかん (10代女児)

    本例は複雑部分発作を有する前頭葉てんかん例で右前頭部主体の棘徐波複合を認め

    る(A)。FLAIR像(B)では明らかな異常はなく、ASL灌流画像(C)およびそのフュージョン画

    像(D)では脳波所見に対応して右前頭葉の灌流低下(矢印)を認めた。

    に施行されたIMP SPECTでは左側頭葉内側部を中心に外側皮質を含む

    広範な灌流低下域を認めた(図1)。これに対し、MRI異常を欠く42例中

    14例にASL灌流像で脳波所見に対応する異常が検出され本画像が最も

    有効な例であった(図2、4、5)。図2は複雑部分発作を有する前頭葉てん

    かん例で右前頭部主体の棘徐波複合を認める。MRIでは明らかな異常は

    なく、ASL灌流画像およびそのフュージョン画像では脳波所見に対応して

    右前頭葉の灌流低下を認めた。これらの結果をふまえルーチンの検査と

    してコンベンショナルMRIに加えASL灌流像を導入することとなった。

      一方、発作間欠時にもかかわらず高灌流所見を示す例も散見され、そ

    の背景について発作時に関連した灌流増加例と共に以下に述べる。

     

    A

    B

    C

    BAA

    C

    D

    A

    A B C D E F

    HD

    E

    F

    G

    B C

    てんかん診療におけるASLの臨床応用独立行政法人国立病院機構 静岡てんかん・神経医療センター

    松田 一己  荒木 保清  吉川 貴之  岸田 亮  奈良 昌敏

    16

  • Magnetic Resonance

    緒言

      脳血流を測定する手段としてSPEC T、PE Tが頻用されているが、造影

    剤や放射性のトレーサーを必要としないM R I灌流画像の撮像法として

    Ar ter ia l Spin Label ing (A SL)が開発され種々の中枢疾患領域への

    臨床応用が進行中である 1)。代表的な機能的疾患であるてんかんの領

    域においてPE TやSPEC Tによる脳代謝や脳血流測定が焦点診断や病

    態把握に重要な役割をなしていることから、A S LによるM R I灌流画像

    (以下A SL灌流像)の導入も新たな検査手段として期待される。非造影

    という簡便性と低い侵襲性、即時対応および短時間の反復検査が可

    能で経時的な変化の描出に有効な反面、定量性や再現性、解像度など

    の課題も多い。特にてんかん領域への応用はいまだ十分になされてい

    ないことから 2)、本稿では多数例のてんかん患者の経験をもとにASL灌

    流像の実臨床における位置づけや有用性を検討した。

    測定装置ならびに測定条件について3)

      測定に使用した装置は1.5T Signa HDxt Optima Edition TwinSpeed (Ver

    23 ,GEヘルスケア社製)で8-ch BRAIN ARRAY COILを用いた。MRI撮像条件

    はTR:4599 ms, TE: 9.8 ms, スライス数:36, スライス厚:4mm, NEX(加算):

    3, FOV: 24cm , Points: 512, Arms: 8, Bandwidth: 62.5とした。頸部ラベル

    から撮像までの待ち時間Post Label Delay(PLD)により画像所見が変化す

    ることから(正常成人で行った評価ではPLD 1025msecでは皮質前半部優位、

    PLD 1525msecではほぼ脳皮質の全域の血流分布、PLD 2525msecでは皮

    質・白質を含む領域への分布)、PLD 1525msec時の画像を評価している。一

    方、小児例の検討から5歳以下の小児に対してはPLD 1025msecで評価してい

    る。撮像時間はPLD 1025msecで4分03秒、PLD 1525msecで4分22秒である。

      得られた画像所見は視察による読影に加え、解剖学的な局在を明ら

    かにするためにF S P G R像とA S L灌流像を標準化して重ね合わせた後、

    元画像に変換させ評価を行った。

    てんかん患者への臨床応用

    1. 外来患者を主体にした発作間欠時のASL灌流像所見と脳波異常と

     の相関

      てんかん焦点では発作間欠時に脳血流の低下を認めることが多く焦

    点同定の指標となる。ASL灌流像の有用性を検討する先行研究として、

    発作症状、脳波所見から部分てんかんと診断された外来患者を対象に灌

    流異常の有無を検討した。134例中77例で脳波異常部位とASL灌流像

    の異常部位に相関を認めた。さらに、限局性のMRI異常を134例中92例

    に認め、その内63例にASL灌流像で同部位を主体とする灌流低下を認め

    た。図1は側頭葉てんかん例でMRIでは左側頭葉萎縮と海馬硬化を認め、

    発作間欠時のASL灌流像で左側頭葉の灌流低下が確認された。入院後

    図1. 発作間欠時にてんかん焦点の灌流低下を認めた左内側側頭葉てんかん(30代女性)

    左内側側頭葉にてんかん焦点を有する例で、FL AIR像(A)で左海馬硬化(矢印)と左側頭

    葉の萎縮を認め、ASL灌流像(B)では左側頭葉前底部の灌流低下、IMP SPECT(C)では

    左側頭葉内側部を主体に外側皮質を含む灌流低下を認める。

    図5. 発作後早期に認められた焦点側の低灌流所見 (小児(男児)、症候性部分てんかん)

    本例はMRI(T2強調像、A)では異常を認めず、発作間欠時のASL灌流像(B)では左後頭・側頭葉の軽度の灌流低下を認めるに過ぎないが、右方への眼

    球偏倚を繰り返し、脳波(C)で左半球性に発作発射が連続した発作後の早期に撮像されたASL灌流像(D)では、左後頭葉から側頭葉にかけて発作間

    欠期を上回る広範で顕著な灌流低下を認めた。一方、本例では左方への眼球偏倚を繰り返す発作も捉えられ、脳波(E)では右半球性の発作発射が確

    認され、発作後早期のASL灌流像(F)では、右後頭葉を主体とする灌流低下を認めた。

    図4. 単発の発作後に認められた高灌流所見(外来初診例)

    左の症例(10代女性、左側頭葉てんかん):外来初診時の脳波検査中に左側頭葉に起始する発作発射(赤矢印)が確認され(A)、その30分後にMRI検査

    が施行された。FLAIR画像では明らかな異常をみとめなかったが(B)、ASL灌流画像で左内側の灌流増加(白矢印)が確認された。

    右の症例(80代男性、左側頭葉てんかん):複雑部分発作から二次性全般化(強直間代痙攣)にいたる発作で外来初診となり、発作後3時間目に施行さ

    れたMRI検査で、FLAIR画像(D)、拡散強調像(E)では明らかな異常は認めなかったが、ASL灌流像(F)とそのMRI fusion像(G)から左側頭葉内側から前

    外側にかけて高灌流を認めた(白と黒の矢印)。発作間欠時の脳波(H)では左前および中側頭部に鋭波の出現を認めた。

    図2. MRIで異常がなく、脳波異常部位の灌流低下を認めた右前頭葉てんかん (10代女児)

    本例は複雑部分発作を有する前頭葉てんかん例で右前頭部主体の棘徐波複合を認め

    る(A)。FLAIR像(B)では明らかな異常はなく、ASL灌流画像(C)およびそのフュージョン画

    像(D)では脳波所見に対応して右前頭葉の灌流低下(矢印)を認めた。

    に施行されたIMP SPECTでは左側頭葉内側部を中心に外側皮質を含む

    広範な灌流低下域を認めた(図1)。これに対し、MRI異常を欠く42例中

    14例にASL灌流像で脳波所見に対応する異常が検出され本画像が最も

    有効な例であった(図2、4、5)。図2は複雑部分発作を有する前頭葉てん

    かん例で右前頭部主体の棘徐波複合を認める。MRIでは明らかな異常は

    なく、ASL灌流画像およびそのフュージョン画像では脳波所見に対応して

    右前頭葉の灌流低下を認めた。これらの結果をふまえルーチンの検査と

    してコンベンショナルMRIに加えASL灌流像を導入することとなった。

      一方、発作間欠時にもかかわらず高灌流所見を示す例も散見され、そ

    の背景について発作時に関連した灌流増加例と共に以下に述べる。

     

    A

    B

    C

    BAA

    C

    D

    A

    A B C D E F

    HD

    E

    F

    G

    B C

    てんかん診療におけるASLの臨床応用独立行政法人国立病院機構 静岡てんかん・神経医療センター

    松田 一己  荒木 保清  吉川 貴之  岸田 亮  奈良 昌敏

    17

  • 2. ASL灌流像で検出された部分てんかん患者の高灌流所見について

      てんかん発作時にはてんかん焦点および関連する領域の脳血流が

    増加することから、A S L灌流像で検出される高灌流は発作に関連する

    事象と密接に関連する。一方、ASLによる発作中の測定は非痙攣性のて

    んかん重積など体動が制御可能な特殊な条件下のみに限定されるた

    め発作後の測定が主なものとなる。最も顕著な高灌流は発作頻発時

    期の間欠時やてんかん重積が抑制された間もない時期に多く認めら

    れ、その背景に皮質形成異常、腫瘍、血管奇形、脳炎などの器質病変を

    認めることが多い(図3、6、8)。これに対し単発発作後の灌流異常は短

    期間に経時的な変化を生じ、焦点部位の灌流増加を認める例(図4)か

    ら発作後早期にも関わらず灌流異常が検出されない例も経験された。

    側頭葉に代表される部分てんかんでは焦点側の発作時の高灌流から

    発作後早期には顕著な低灌流に転じ(図5)、その後に再び灌流が増加

    していくが、その時間的推移も多様である。従って短時間の状態を切り

    取るA S Lは測定時期により得られる所見が異なり読影には発作症状、

    脳波所見をもとに評価する必要がある。

      一方、発作時に直接関連しない状況でも高灌流所見を認める場合

    がある。多くは脳波上てんかん波が連続性に頻発する例で、てんかん焦

    点に関連した高灌流が認められる。その中の半数は抗てんかん薬治療

    開始前の例であったことから未治療初診例のてんかん診断において有

    益な情報となる(図6)。

      以上のようにA SLで検出された高灌流所見はてんかん焦点と密接に

    関連しており焦点同定の補助手段としても期待される。

    3.ASLを用いたてんかん発作に伴う灌流異常の経時的変化の検討

      A S Lは非造影で即時対応ならびに短期間の反復検査が可能な検

    査法であることから、てんかん発作に伴う脳血流の変化を経時的に捉

    える手段としての有用性が期待される。測定間隔やフォローアップの

    期間は月単位の長期から数時間単位のものまで経験している。てんか

    ん発作に関連し少なくとも3回以上のA S L灌流像が撮像された1 2例

    を対象に発作後灌流所見の推移および脳波との相関を調べた結果、

    11例で発作後灌流所見の経時的な変化が捉えられた。8例では脳波

    上の焦点と一致する部位で灌流所見の推移を認めた。図7は非痙攣

    性のてんかん重積発作を繰り返した例で経時的に9回の検査が施行

    され、発作時から発作後への推移そして再発時と繰り返す過程の焦

    点における灌流変化がとらえられた(図7)。また、図8に示すように発

    作頻発例の治療後早期の灌流異常の推移についても観察できるよう

    になった。全身痙攣が頻発しミダゾラムによる治療直後、6時間後、24

    時間後の測定がなされた例では、直後から6時間までは焦点部位の

    著明な低灌流を認めたのに対し24時間後には著明な高灌流に転じ

    ており、治療後の複雑な変化を知る手がかりとなった(図8)。その他、

    急性脳症を合併した重症ミオクロニーてんかん例では臨床経過に応じ

    た灌流異常域の複雑な変化も とらえら れており 、A S L 灌流像は

    S PEC TやPE Tでは困難であった短期間内の反復検査による経時的変

    化をとらえることが可能であり焦点診断のみならず病態把握の一助

    となりうる。

    てんかん領域におけるASL灌流画像の有用性と今後について

      てんかん患者の診断に際し、発作症状、脳波所見を主体に判定する

    が、C T、MRIによる器質病変の存在確認は診断を裏付ける重要な根拠

    となりA SL灌流像による機能的情報が付加されればさらに強固なもの

    となる。特にMRI異常を欠く例ではさらにその重要性が増す。A SL灌流

    図3. 痙攣重積後に施行された拡散強調像とASL灌流像

    左の症例(10代男児、症候性部分てんかん):ラスムッセン脳炎と診断された小児

    例で、症状増悪により緊急搬送された時点のFL AIR像(A)と拡散強調像(B)では

    左前頭葉の前底部を主体に高信号を認め、ASL灌流像(C)ではさらに広範で著明

    な高灌流域がとらえられた。入院3日後に施行された脳血流SPECTでもほぼ類似

    した所見を認めた。

    右の症例(幼児(男児)、症候性部分てんかん):MRI異常のない小児てんかん例で

    痙攣重積の頓挫後2日目で、拡散強調像の左半球に多発する高信号域に対応し

    て、ASL灌流像では高灌流所見を認めた。

    図6. 発作間欠時に検出された高灌流所見

    左の症例(幼児(女児)、右前頭葉てんかん):右前頭葉に皮質形成異常を認め(B、矢印)、発作

    間欠時にもかかわらず右前頭部を主体に半球性に広がる棘徐波が連続性に群発している(A)。

    ASL灌流像(C)とそのMRIフュージョン像(D)では同部位からさらに前方に広がる領域の高灌流

    を認める。

    右の症例(50代男性、左側頭葉てんかん):外来初診の未治療例で、脳波(E)では左側頭部に棘

    徐波が高頻度に出現し、M R Iでは左扁桃体の軽度の腫大を認めるのみであった。A S L灌流像

    (G)とそのMRIフュージョン像(H)では左側頭葉の外側の広範な高灌流と左扁桃体の灌流増加

    を認める。

    像は造影剤不要で撮影時間も5分程度であることからいわゆるスク

    リーニング的な役割としての期待から外来初診患者を対象に先行研究

    がなされ、その結果をもとに通常のルーチン検査に組み込まれて以来こ

    の3年間に18 0 0例を超える測定がなされている。またA SL灌流像の撮

    影にはより高磁場の環境下の測定が望まれるが、これまで日常臨床で

    汎用されている1. 5T装置でも有効な情報が得られることが明らかにさ

    れたことは今後の普及に寄与するものと考える。

      実際の発作時に関連した事象としてA S L灌流像の有用性を示す事

    例が多数経験された。本画像は体動を伴う発作中の測定には不適で

    あるが、発作が頻発した時期の発作間欠時や発作後比較的早期にて

    んかん焦点域の灌流増加が検出され、突発性の発作に対する即時対

    応力が発揮された。また、発作時とは直接関連しないが発作間欠時の

    てんかん波が頻発した例で同部位の灌流増加を認めた例があり、中で

    も薬物治療開始前の初診患者が少なからず含まれたことはてんかん

    診断やてんかん焦点の局在を知る情報として貴重である。

      A S Lは理論的には数分単位でも測定を繰り返すことが可能なこと

    から連続的な変化を描出可能であり、発作後や治療にともなう脳血流

    の経時的変化について短時間内の反復測定ができないPE T、SPEC Tを

    補完する検査法として期待される。これまで情報に乏しかったこの時

    期の変化を知ることにより病因・病態の解明に貢献する可能性をもっ

    ている。

      以上のA SL灌流像のてんかん診療における臨床応用の有用性につ

    いて述べたが、定量性、再現性など種々の課題を有し、現時点では精度

    面でPETやSPEC Tに代わりうる段階には至っていないが、活用の方法や

    時期によりS P E C T、P E Tの補完的な役割を十分になしうる。また今後

    ノーマルデータベースを構築することにより統計学的な解析による客観

    的な評価も可能となり汎用性が増すものと期待される。

    AA D

    B

    B E F

    G

    H

    C

    DC

    E

    F

    G

    参考文献

    1) 木村 浩彦、山元 龍哉 . 脳腫瘍̶ASLを用いた脳灌流画像 . INNERVISION, 2014,29

    (5):8-11

    2) Wo l f R L , A lsop D C , Le v y - Re is I , e t a l . D e te c t ion of me s ia l te mp ora l lob e

    hypoper fusion in Pat ient s with Temporal Lobe Epi lepsy by use of ar ter ial

    spin labeled per fusion MRI imaging. A JNR 20 01, 22:1334 -1341

    3) 吉川 貴之、奈良 昌敏、岸田 亮、児玉 和久、安江 森祐 . 3 D - A S L(3 D非造影M R I

    Per fusion検査)の臨床的有用性の検討. 医療の広場 , 2014, 52(10):30 -34

    図7. 非痙攣性の重積発作を繰り返す例のASL灌流像の経時的変化

    (標準化処理後の像での比較)

    本例は70代女性で左後頭葉腫瘍摘出後、失語を主とする非痙攣

    性の重積発作が反復する。左側頭後頭葉萎縮と脳室拡大を認め

    (A)、発作間欠時に同部の灌流低下が顕著である(D)。発作が持

    続する中、拡散強調像で左側頭後頭葉に高信号域を認め(B)、

    ASL灌流像ではさらに広範で著明な高灌流を認めた(E, 矢印)。

    5日後は左側頭葉の高灌流が残存するのみで(F)、その後も徐々に

    改善し(G:12日後、H:26日後)、拡散強調像では26日後に高信号

    が消失し(C)、47日後に高灌流も消退した(I~J)。しかし1ヶ月後に

    再び非痙攣性の重積発作が出現すると左側頭葉に高灌流が出

    現し(K)、2ヶ月後に再び改善した(L)。

    図8. 発作頻発に対する治療の介在による灌流所見の変化(24時間以内)

    左の症例(40代男性、右前頭葉てんかん):右前頭葉内側に局在する脳血管腫(A)に起因する眼球および頭部の左偏倚

    が10分おきに頻発しており、その合間を狙ってASL灌流像の撮影がなされた結果、血管腫を含み、その前方に広がる高灌

    流域が確認された(B:ASL灌流像とそのMRIフュージョン像)。その後、抗てんかん薬による治療の結果、発作は抑制され、

    24時間後のASL灌流像では高灌流は消失していた(C: ASL灌流像とそのMRIフュージョン像)。

    右の症例(10代男児、左前頭葉てんかん):全身痙攣発作が数回出現したため救急搬送されミダゾラムによる発作が頓

    挫した直後では、FLAIR像(D)で左前頭葉に脳回が不規則に入り組んでいる部位を認めるが、拡散強調像(D)で同部位

    に軽度の高信号を認める一方、ASL灌流像(G)では左前頭・頭頂葉の灌流低下が顕著である。さらに6時間後には拡散

    強調像(F)で高信号は消失し、ASL灌流像(H)では灌流低下域は同様の状況が持続する。ところが24時間後には、それま

    で灌流低下していた左前頭葉前部の著明な灌流増加に転じている(I)。このように、発作頻発時の治療に伴う変化は複

    雑な側面を有する。

    A B C

    D E F

    G H I

    J

    A D E F

    G H IB

    K L

    C

    18

  • Magnetic Resonance

    2. ASL灌流像で検出された部分てんかん患者の高灌流所見について

      てんかん発作時にはてんかん焦点および関連する領域の脳血流が

    増加することから、A S L灌流像で検出される高灌流は発作に関連する

    事象と密接に関連する。一方、ASLによる発作中の測定は非痙攣性のて

    んかん重積など体動が制御可能な特殊な条件下のみに限定されるた

    め発作後の測定が主なものとなる。最も顕著な高灌流は発作頻発時

    期の間欠時やてんかん重積が抑制された間もない時期に多く認めら

    れ、その背景に皮質形成異常、腫瘍、血管奇形、脳炎などの器質病変を

    認めることが多い(図3、6、8)。これに対し単発発作後の灌流異常は短

    期間に経時的な変化を生じ、焦点部位の灌流増加を認める例(図4)か

    ら発作後早期にも関わらず灌流異常が検出されない例も経験された。

    側頭葉に代表される部分てんかんでは焦点側の発作時の高灌流から

    発作後早期には顕著な低灌流に転じ(図5)、その後に再び灌流が増加

    していくが、その時間的推移も多様である。従って短時間の状態を切り

    取るA S Lは測定時期により得られる所見が異なり読影には発作症状、

    脳波所見をもとに評価する必要がある。

      一方、発作時に直接関連しない状況でも高灌流所見を認める場合

    がある。多くは脳波上てんかん波が連続性に頻発する例で、てんかん焦

    点に関連した高灌流が認められる。その中の半数は抗てんかん薬治療

    開始前の例であったことから未治療初診例のてんかん診断において有

    益な情報となる(図6)。

      以上のようにA SLで検出された高灌流所見はてんかん焦点と密接に

    関連しており焦点同定の補助手段としても期待される。

    3.ASLを用いたてんかん発作に伴う灌流異常の経時的変化の検討

      A S Lは非造影で即時対応ならびに短期間の反復検査が可能な検

    査法であることから、てんかん発作に伴う脳血流の変化を経時的に捉

    える手段としての有用性が期待される。測定間隔やフォローアップの

    期間は月単位の長期から数時間単位のものまで経験している。てんか

    ん発作に関連し少なくとも3回以上のA S L灌流像が撮像された1 2例

    を対象に発作後灌流所見の推移および脳波との相関を調べた結果、

    11例で発作後灌流所見の経時的な変化が捉えられた。8例では脳波

    上の焦点と一致する部位で灌流所見の推移を認めた。図7は非痙攣

    性のてんかん重積発作を繰り返した例で経時的に9回の検査が施行

    され、発作時から発作後への推移そして再発時と繰り返す過程の焦

    点における灌流変化がとらえられた(図7)。また、図8に示すように発

    作頻発例の治療後早期の灌流異常の推移についても観察できるよう

    になった。全身痙攣が頻発しミダゾラムによる治療直後、6時間後、24

    時間後の測定がなされた例では、直後から6時間までは焦点部位の

    著明な低灌流を認めたのに対し24時間後には著明な高灌流に転じ

    ており、治療後の複雑な変化を知る手がかりとなった(図8)。その他、

    急性脳症を合併した重症ミオクロニーてんかん例では臨床経過に応じ

    た灌流異常域の複雑な変化も とらえら れており 、A S L 灌流像は

    S PEC TやPE Tでは困難であった短期間内の反復検査による経時的変

    化をとらえることが可能であり焦点診断のみならず病態把握の一助

    となりうる。

    てんかん領域におけるASL灌流画像の有用性と今後について

      てんかん患者の診断に際し、発作症状、脳波所見を主体に判定する

    が、C T、MRIによる器質病変の存在確認は診断を裏付ける重要な根拠

    となりA SL灌流像による機能的情報が付加されればさらに強固なもの

    となる。特にMRI異常を欠く例ではさらにその重要性が増す。A SL灌流

    図3. 痙攣重積後に施行された拡散強調像とASL灌流像

    左の症例(10代男児、症候性部分てんかん):ラスムッセン脳炎と診断された小児

    例で、症状増悪により緊急搬送された時点のFL AIR像(A)と拡散強調像(B)では

    左前頭葉の前底部を主体に高信号を認め、ASL灌流像(C)ではさらに広範で著明

    な高灌流域がとらえられた。入院3日後に施行された脳血流SPECTでもほぼ類似

    した所見を認めた。

    右の症例(幼児(男児)、症候性部分てんかん):MRI異常のない小児てんかん例で

    痙攣重積の頓挫後2日目で、拡散強調像の左半球に多発する高信号域に対応し

    て、ASL灌流像では高灌流所見を認めた。

    図6. 発作間欠時に検出された高灌流所見

    左の症例(幼児(女児)、右前頭葉てんかん):右前頭葉に皮質形成異常を認め(B、矢印)、発作

    間欠時にもかかわらず右前頭部を主体に半球性に広がる棘徐波が連続性に群発している(A)。

    ASL灌流像(C)とそのMRIフュージョン像(D)では同部位からさらに前方に広がる領域の高灌流

    を認める。

    右の症例(50代男性、左側頭葉てんかん):外来初診の未治療例で、脳波(E)では左側頭部に棘

    徐波が高頻度に出現し、M R Iでは左扁桃体の軽度の腫大を認めるのみであった。A S L灌流像

    (G)とそのMRIフュージョン像(H)では左側頭葉の外側の広範な高灌流と左扁桃体の灌流増加

    を認める。

    像は造影剤不要で撮影時間も5分程度であることからいわゆるスク

    リーニング的な役割としての期待から外来初診患者を対象に先行研究

    がなされ、その結果をもとに通常のルーチン検査に組み込まれて以来こ

    の3年間に18 0 0例を超える測定がなされている。またA SL灌流像の撮

    影にはより高磁場の環境下の測定が望まれるが、これまで日常臨床で

    汎用されている1. 5T装置でも有効な情報が得られることが明らかにさ

    れたことは今後の普及に寄与するものと考える。

      実際の発作時に関連した事象としてA S L灌流像の有用性を示す事

    例が多数経験された。本画像は体動を伴う発作中の測定には不適で

    あるが、発作が頻発した時期の発作間欠時や発作後比較的早期にて

    んかん焦点域の灌流増加が検出され、突発性の発作に対する即時対

    応力が発揮された。また、発作時とは直接関連しないが発作間欠時の

    てんかん波が頻発した例で同部位の灌流増加を認めた例があり、中で

    も薬物治療開始前の初診患者が少なからず含まれたことはてんかん

    診断やてんかん焦点の局在を知る情報として貴重である。

      A S Lは理論的には数分単位でも測定を繰り返すことが可能なこと

    から連続的な変化を描出可能であり、発作後や治療にともなう脳血流

    の経時的変化について短時間内の反復測定ができないPE T、SPEC Tを

    補完する検査法として期待される。これまで情報に乏しかったこの時

    期の変化を知ることにより病因・病態の解明に貢献する可能性をもっ

    ている。

      以上のA SL灌流像のてんかん診療における臨床応用の有用性につ

    いて述べたが、定量性、再現性など種々の課題を有し、現時点では精度

    面でPETやSPEC Tに代わりうる段階には至っていないが、活用の方法や

    時期によりS P E C T、P E Tの補完的な役割を十分になしうる。また今後

    ノーマルデータベースを構築することにより統計学的な解析による客観

    的な評価も可能となり汎用性が増すものと期待される。

    AA D

    B

    B E F

    G

    H

    C

    DC

    E

    F

    G

    参考文献

    1) 木村 浩彦、山元 龍哉 . 脳腫瘍̶ASLを用いた脳灌流画像 . INNERVISION, 2014,29

    (5):8-11

    2) Wo l f R L , A ls op D C , Le v y - Re is I , e t a l . D e te c t ion of me s ia l te mp ora l lob e

    hypoper fusion in Pat ient s with Temporal Lobe Epi lepsy by use of ar ter ial

    spin labeled per fusion MRI imaging. A JNR 20 01, 22:1334 -1341

    3) 吉川 貴之、奈良 昌敏、岸田 亮、児玉 和久、安江 森祐 . 3 D - A S L(3 D非造影M R I

    Per fusion検査)の臨床的有用性の検討. 医療の広場 , 2014, 52(10):30 -34

    図7. 非痙攣性の重積発作を繰り返す例のASL灌流像の経時的変化

    (標準化処理後の像での比較)

    本例は70代女性で左後頭葉腫瘍摘出後、失語を主とする非痙攣

    性の重積発作が反復する。左側頭後頭葉萎縮と脳室拡大を認め

    (A)、発作間欠時に同部の灌流低下が顕著である(D)。発作が持

    続する中、拡散強調像で左側頭後頭葉に高信号域を認め(B)、

    ASL灌流像ではさらに広範で著明な高灌流を認めた(E, 矢印)。

    5日後は左側頭葉の高灌流が残存するのみで(F)、その後も徐々に

    改善し(G:12日後、H:26日後)、拡散強調像では26日後に高信号

    が消失し(C)、47日後に高灌流も消退した(I~J)。しかし1ヶ月後に

    再び非痙攣性の重積発作が出現すると左側頭葉に高灌流が出

    現し(K)、2ヶ月後に再び改善した(L)。

    図8. 発作頻発に対する治療の介在による灌流所見の変化(24時間以内)

    左の症例(40代男性、右前頭葉てんかん):右前頭葉内側に局在する脳血管腫(A)に起因する眼球および頭部の左偏倚

    が10分おきに頻発しており、その合間を狙ってASL灌流像の撮影がなされた結果、血管腫を含み、その前方に広がる高灌

    流域が確認された(B:ASL灌流像とそのMRIフュージョン像)。その後、抗てんかん薬による治療の結果、発作は抑制され、

    24時間後のASL灌流像では高灌流は消失していた(C: ASL灌流像とそのMRIフュージョン像)。

    右の症例(10代男児、左前頭葉てんかん):全身痙攣発作が数回出現したため救急搬送されミダゾラムによる発作が頓

    挫した直後では、FLAIR像(D)で左前頭葉に脳回が不規則に入り組んでいる部位を認めるが、拡散強調像(D)で同部位

    に軽度の高信号を認める一方、ASL灌流像(G)では左前頭・頭頂葉の灌流低下が顕著である。さらに6時間後には拡散

    強調像(F)で高信号は消失し、ASL灌流像(H)では灌流低下域は同様の状況が持続する。ところが24時間後には、それま

    で灌流低下していた左前頭葉前部の著明な灌流増加に転じている(I)。このように、発作頻発時の治療に伴う変化は複

    雑な側面を有する。

    A B C

    D E F

    G H I

    J

    A D E F

    G H IB

    K L

    C

    19

Recommended