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教養教育としての経済学教育の方法 -行動経済学をベースとした経済学の授業-

富山大学経済学部

古田俊吉

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内容 1.はじめに 2.教養教育の考え方 3.行動経済学をベースとした経済学の授業(試案) 4.授業における覚書

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1.はじめに

他学部学生に経済学関連教養科目を教えた印象

・担当科目:「経済・経営データを読む」

テキスト

橘木俊詔『日本の経済格差』(岩波新書,1998)、

金融広報中央委員会『暮らしと金融なんでもデータ』、等

・理学部・工学部学生

株式取引以外、経済にはあまり関心なし。

経済学にはまったく関心なし。

・人文学部・人間発達科学部学生

経済には多少は関心がある。

経済学にはほとんど関心がない。

数学や統計学が出てくると興味を失う。

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行動経済学の実験的導入(平成24年度前期)

・授業科目名:「経済・経営データを読む」

他学部2年生以上 105名

「入門ゼミナール」 経済学部1年生 12名

テキスト: 真壁昭夫『最新 行動経済学入門』(朝日新書,2010)

講義ノートはパワーポイント作成し学生に配布

・授業アンケートからみた学生の反応

「行動経済学のここが面白い」、「行動経済学のここが役立ち

そう」、といった項目で聴き、関心、興味、反応を探った。

経済学部の新入生を含め他学部の学生にも行動経済学が新鮮

で面白い授業と映ることがわかった。年配の男性聴講生2名

からも同様の感想を得た。

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(1) 「行動経済学のここが面白い」の回答内容

・今までに学んだことのない分野なので面白い。

・内容が身近で、自分の行動と照らし合わせて講義が聴ける。

・GDPとかマクロ的な話しばかりの経済学の講義よりも、身の

周りの親しみやすい事例が多いので取っつきやすく、理解

しやすい。

・普段の経済行動が心理面に大きく影響される。

・自分たちの行動が思っているほど合理的でない。

・意思決定そのものよりも意思決定に至るプロセスも学べる。

・私たちの行動が無意識に他人の行動に大きく影響される。

・言い方一つで相手の受け止め方が全く異なってしまう。

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(2) 「行動経済学のここが役立ちそう」の回答内容

・人間がなぜ理屈通りに動かないのか理解できる。

・自分の行動を行動経済学に当てはめてみることで冷静に判

断できる。

・相手の心理を読み、相手の行動を観察できるようになる。

・人の現実の行動がわかればビジネスに生かせる。

・相手を納得させるために必要な事が学べる。

・経済学といっても人の行動を対象としているので日常生活

に当てはめられる。

・自分が何に影響されるかがわかる。

・人間はフレーミングで受け取り方が異なってしまう。した

がって、コミュニケーションの取り方に工夫が必要なこと

がわかる。

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・期末試験からみた学生の理解度

(1)「行動経済学で学んだどういう点が、どのように、賢い意思決定につな

がったか」、例を3つあげて説明するように求めた。

解答率は高く、解答の多いのは以。

・フレーミング効果

・ヒューリスティック

・近視眼的損失回避(双曲割引率)

・心理勘定

・ハーディング現象

・従来の経済学における消費の他者依存と慣性

(デモンストレーション効果、バンドワゴン効果、スノッブ効果、

ヴェブレン効果、ラチェット効果)

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(2)「行動経済学を学んだことにより、実際に賢い意思決定ができるように

なったとすれば、多くの情報(従来の経済学、心理学、数学、工学、

医学など)を得れば得るほど賢い意思決定ができることになり、人は

思うほど合理的ではないとする行動経済学の主張が当てはまらない

ことになる。これに関して行動経済学の立場から反論しなさい。」とい

う設問を設けた。

解答率は高く、解答の多いのは以下。

・行動は理性だけできまるのではなく、心・感情で決まる場合が多い。

・人は完全無欠ではなく、他人の影響を受け、目先のことにとらわれ

る。

・情報が多いほど情報の記憶や整理が難しくなり、ヒューリスティック

で判断する。

・人は利得の喜びより損失の痛みを強く感じ、また低確率の利得を過

大評価する。

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2.教養教育の考え方

中教審答申

①学士課程共通の学習成果に関する参考指針

『学士課程教育の構築に向けて(答申)』

中央教育審議会 2008.12

汎用的技能

知的活動でも職業生活や社会生活でも必要な技能

(1) コミュニケーション・スキル 日本語と特定の外国語を用いて、読み、書き、聞き、話す

ことができる。

(2) 数量的スキル 自然や社会的事象について、シンボルを活用して分析し、

理解し、表現することができる。

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(3) 情報リテラシー ICTを用いて、多様な情報を収集・分析して適正に判断し、

モラルに則って効果的に活用することができる。

(4) 論理的思考力 情報や知識を複眼的、論理的に分析し、表現できる。

(5) 問題解決力 問題を発見し、解決に必要な情報を収集・分析・整理し、

その問題を確実に解決できる。

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②大学における教養教育の課題

『新しい時代における教養教育の在り方について(答申)』

中央教育審議会 2002.2

新たに構築される教養教育は,学生に,グローバル化や科

学技術の進展など社会の激しい変化に対応し得る統合され

た知の基盤を与えるものでなければならない。各大学は、

理系・文系、人文科学、社会科学、自然科学といった従来

の縦割りの学問分野による知識伝達型の教育や、専門教育

への単なる入門教育ではなく、専門分野の枠を超えて共通

に求められる知識や思考法などの知的な技法の獲得や、人

間としての在り方や生き方に関する深い洞察、現実を正し

く理解する力の涵養など,新しい時代に求められる教養教

育の制度設計に全力で取り組む必要がある。

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中教審答申に対する視点

(1) ①の答申にある5つの汎用的技能は、経済学部の学生は当

然に身につけなければならない基本的技能である。

(2) 他学部部学生に教養教育として経済学を教える場合には、

「教養教育」を、①の答申より、②の答申に述べられている、

・専門分野の枠を超えて共通に求められる知識や思考法な

どの知的な技法の獲得

・人間としての在り方や生き方に関する深い洞察力の涵養

・現実を正しく理解する力の涵養

として捉えるほうが経済学部教員として授業がやりやすいと思われ

る。

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②の答申に基づいた、他学部学生を対象とした教養教育としての経済学の授業の基本方針

①専門分野の枠を超えて共通に求められる知識や思考法などの知

的な技法を獲得する

授業に経済学、統計学、心理学、生理学、医学など学際的な知

見が含まれることが望ましい。

・行動経済学は、喫煙、肥満、知覚・認識、といった問題や題

材を扱う。

②人間としての在り方や生き方に関する深い洞察力を涵養する

人の行動は他人の行動からどのように影響を受けるのか、人

はなぜ他人の行動に合わせるのかなどを知る。

・行動経済学は、人はなぜ同じ過ちを犯すのか、何故群れるの

かといったことを明らかにする。

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③現実を正しく理解する力を涵養する

人はものごとをどのように認識し、どのように意思決定し行動

するのかを知る。

人の行動がどこまで合理的かを知る。

・行動経済学は、人の認識とバイアスの関係、人の非合理的な

行動を説明する。

さらに、項目を1つ付け加えて

④どの学部の学生にとっても面白く、実生活に役立つ

アンケート結果から覗われるように、行動経済学は、どの学部

の学生にとっても、また社会人の聴講生にとっても新鮮に映り、

内容が面白く、またそのまま実生活に役立つと受け取っている。

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3.行動経済学をベースとした経済学の 授業(試案)

90分15コマ(①~⑮)2単位の授業を想定

まず、経済学部教員として、経済学の重要性を説く ①②経済学入門

経済学はビジネスにどのように役立つか

③経済・経営データから社会を読み解く基本原理

次に、従来の経済学と行動経済学との関連を説明する ④従来の経済学と行動経済学

・従来の経済学と行動経済学の比較

・従来の経済学における消費の他者依存と慣性

・従来の経済学における心の重要性

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行動経済学の主要な内容を解説する ⑤ 行動経済学入門

⑥⑦ヒューリスティック

⑧⑨プロスペクト理論

⑩⑪フレーミング効果

⑫⑬メンタル・アカウンティング

⑭ 時間選好と割引率

⑮ ナッジとリバタリアン・パターナリズム

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3.1 経済学入門 経済学はビジネスにどのように役立つか

経済学の対象は社会である 人や企業の行動を研究対象とする

経済学的モノの見方・考え方 経済学の10大原理(N.Gregory Mankiw)

ビジネスの考え方

ビジネスの事例(1)~(5)

経済学の簡単な歴史

ノーベル経済学賞の受賞例

まとめ

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3.2 経済・経営データから社会を読み 解く基本原理

大数の法則と中心極限定理

確率変数と確率分布

標本と母集団

正規分布を用いた応用

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3.3 従来の経済学と行動経済学 従来の経済学と行動経済学の比較

①人の行動に関する基本的想定

標準的経済学 ・人は合理的に行動する。 効用を最大化する。 ・人は常に理性的に判断し行動 する。 ・人は利己利益を重視し、自立 的で他人に影響されない。 ・人は得と損は同じ重みを持つ。

行動経済学 ・人は非合理的な行動をする。 ・人は心や感情で行動する。 ・人は他人の行動に影響される。 ・得より損の重みが大きい。 せっかちである。

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②選好に関する想定

標準的経済学 ・選好は明確に定義されており、 安定している。 ・効用関数は序数的 ・選好は顕示選好を扱う。 扱うのは経済データであり、 個人が何を選ぼうとしたの か、何故選ばなかったかは データからは観察できない。 ・割引率は指数的割引率

行動経済学 ・選好は情況依存的である。 ・損失の痛みは利得のうれしさ より数倍大きい。 ・選択のプロセスも扱う。 実験によって何を選ぼうと したのか、何故選ばなかった のか実験から観察できる。 ・割引率は双曲割引率

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従来の経済学における消費の他者依存と慣性 ・デモンストレーション効果(J.Duesenbery,1949)

・バンドワゴン効果(H.Leibenstein,1950)

・スノッブ効果(H.Leibenstein,1950)

・ヴェブレン効果(H.Leibenstein,1950)

・ラチェット効果(J.Duesenbery,1949)

従来の経済学における心の重要性 ・アニマル・スピリッツ(Keynes,1936: Akerlof & Shiller,2009)

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3.4 行動経済学入門

行動経済学の特徴 ・人間の理屈の合わない行動に目を向ける

・人間の実際の行動を観察する

扱う問題の例 ・人はなぜ群れるのか

・人はなぜ直感や簡便な判断方法を使うのか

・人はなぜ後から理由付けするのか

・人はなぜ目先ことにとらわれるの

・なぜバブルは繰り返し繰り返し発生するのか

・人はなぜ起こって欲しいことを高く見積もり、起こ

って欲しいないことを低く見積もるのか

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3.5 ヒューリスティック

モンティ・ホール問題

ヒューリスティックとは

人の二つの認知システム

代表性のヒューリスティック

利用可能性のヒューリスティック

アンカーリングと調整のヒューリスティック

経験のメリットとデメリット

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意思決定において処理すべき情報量は大

処理能力 は小

情報の多さ 情報の複雑さ 情報のあいまいさ

限定的記憶力 限られた時間

情報の整理・選別し、少ない情報量で素早く判断・意思決定

ヒューリスティックとは

人間のもつ二つの認知システム (Kahneman, p.1451)

・自動システム(ヒューリスティック)

友人との会話、テレビの番組選択、通学時の行動

・熟慮システム

就職活動での面接、英語での討論、大学受験での大学の選択、

契約

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自動システム 熟慮システム

直感的 合理的

無意識 自覚的

速い 遅い

経験に従う ルールに従う

3.6 プロスペクト理論

カーネマン教授とノーベル賞

プロスペックト理論とは

プロスペクト理論と期待効用理論

価値関数

重み付け

参照点、所有効果

競馬の大穴狙い、保険加入

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3.7 フレーミング効果

アジア病気問題

フレーミング効果とは

社会調査における諸事例

3つのフレーミング効果(リスクのある選択、帰属、目標)

気持ちの持ちようで行動が変わる

言い方次第で相手の反応が異なる

経験のメリットとデメリット

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3.8 メンタル・アカウンティング

劇場へ行く途中で、チケットを落とした場合と、現金を落と

した場合では、どちらが家に帰る率が高いか

メンタル・アカウンティング(心理会計)とは

利得と損失の枠組(利得と損失の区分、分類、評価)

会計の開け閉め、前払い、サンクコスト、減価償却

メンタル・バジェット(心理予算)

動学的メンタル・アカウンティング

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3.9 時間選好と割引率

時間選好:今と将来

せっかち度と割引率

指数的割引率と双曲割引率

なぜ禁煙や禁酒ができない

近視眼的損失回避

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3.10 ナッジと リバタリアン・パターナリズム

ナッジ

リバタリアン・パターナリズム

リバタリアン・パターナリズムとナッジの問題点

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4.授業に関する覚書

事例を出来るだけ多く取り上げる

事例は出来るだけ日常生活に合わせる ・バーゲンセール、レストランでのメニューの選択、会社での集団面接、

当たりそうにない宝クジを買う、競馬での大穴狙い、バブル、

喫煙や飲酒

事例は日常生活にそのまま役立つように配慮する ・ナッジとデフォルト、認知的不協和、フレーミング効果、

ヒューリスティック、ハーディング現象、バンドワゴン効果、

スノッブ効果、囚人のジレンマ、禁煙、肥満予防、

注意の焦点化効果(振り込め詐欺)

専門課程の経済学との接続の問題(経済学部)

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参考文献 真壁昭夫『最新 行動経済学入門』(朝日新書,2010)

福原敏恭「行動経済学の金融教育への応用の重要性」(金融広報中央委員会, 2012)

Akerlof, J.A. and R.J.Shiller(2009),Animal Spirits: How Human Psychology Drives the Economy, and Why It Matters for Global Capitalism, Princeton U.P. 山形浩生訳『アニマルスピリット 人間の心が経済を動かす』(東洋経済新報

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