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技術者教育のための電気電子回路実験・演習の改定 -カオス回路教材の開発 -
川上誠∗ 望月孔二† 舟田敏雄∗ 鈴木寛里‡
∗沼津工業高等専門学校電子制御工学科, †沼津工業高等専門学校電気電子工学科,‡沼津工業高等専門学校専攻科
[概要] 技術者教育プログラムの一層の充実を図るために「実験・理論・simulation・科学技術情報」の
相互関連を考慮して,電気電子工学実験の改定を進めて来た.本報告では,非線形力学・カオスの学
修のための「オペアンプによる区分線形回路」の実験と回路シミュレーション教材を紹介する.
1 はじめに
従来の「5年一貫教育」の高専教程の歴史を背景に,
現在では「本科 4,5年と専攻科 2年の 4年間の技術者
教育課程」が国立高専の整備計画 [1] の中に大きく位
置付けられている.2006年度からの「学修単位」の導
入に伴い教育課程の点検評価を行い,JABEE審査・機
関別認証評価・専攻科審査等のサイクルを視野に入れ
て,技術者教育プログラムの一層の充実を図る必要が
ある.本研究は,その高等教育の課題に応える教程改
革を図るべく,「実験・理論・simulation・科学技術情報」
の相互関連を考慮して,汎工学の基礎を固める一方で
専門の枠を超えた「General Engineering:工学(融合複
合・新領域)関連分野」への教材整備を目指している.
本報告では,沼津高専電気電子工学科の実験テーマ
の一つとして開発を進めて来た「オペアンプによる区
分線形回路」 (Chua回路) の実験と回路 simulationを
取り上げる.これは double/single scrollと呼ばれるカ
オス的振動が発生する代表的な回路であり,非線形力
学・カオス工学や脳科学の分野での回路 simulationと
しても非常に重要な専門教育的意義を持つ.本実験課
題を実施することにより,(1)工学基礎の入門課程とし
て,敷居を低く設定して入門を容易にする, (2)様々な
ICT (Information & Communication Technology)のツー
ルを活用したデータ処理技術の修得,(3)回路解析と
共に SPICE (Simulation Program with Integrated Circuit
Emphasis)での回路 simulation,(4)最近の非線形力学/
カオス理論を適用した解析手法の修得,(5)従来の工学
は勿論,脳科学等の新しい学問分野の学修への糸口を
開き,電気電子工学から他の専門分野への知識展開を
容易にする,(6)知識を活用・応用し,科学的工学的問
題を見出し解決・展開・発展させる,(7)技術を応用し
社会に貢献し,製品開発・設計や特許発案に取組む等
の意義が挙げられ,高い学修・教育効果が期待される.
ここでは,Kennedyの論文 [2] に沿って,「オペアン
プによる区分線形回路」 (Chua回路)の回路設計並び
に Mathematicaによる simulationを 2節で述べる.3
節では,回路実験を行い,double scrollや single scroll
等のカオス現象が観測・測定でき,それが実験・演習
教材として効果的であることを示し,4節には数値解
析の評価を述べる.また,Chua回路の理論教材 [3] を
活用して学修でき,Chua回路を組み合わせて神経回路
網 [4] (Cellular Neural Networks, CNN)を構成し,電気
電子回路 simulationが,非線形力学・カオス工学や脳・
神経科学の学修教材を適確に提供できることを示す.
2 オペアンプによる区分線形回路
Kennedyの論文 [2] に示されているオペアンプ回路
は,回路 simulator (Micro Cap 8)[5] の動作画面上に
Fig.1のように表示され,図の左側のキャパシタ C1,
C2,インダクタ L,抵抗 R並びに右側の 2つのオペア
ンプと抵抗 R1-R6による「区分線形の負性抵抗特性回
路」と供給電源で構成されている:その回路設計の詳細
については資料 [2]を参照されたい.ここでは,回路の
接点での電圧を v ≡ v(t) (t:時間),電流を i ≡ i(t)と表し,素子の記号を添え字に用いることにする.
Fig.1 2つのオペアンプによる区分線形負性抵抗回路.
この図は回路 simulatorの動作画面である.
Fig.1の左側の回路の方程式は,(vC1(t), vC2(t), iL(t))に対する3自由度の自律系であり,次のように表される:
LdiLdt
= vL, vL = vC2,
C1dvC1dt
= iC1, C2dvC2dt
= iC2,
RV iV = (vC2 − vC1) ,−iV = iL + iC2, iV = iC1 + iR,
iR = g(vR) = g1(vR) + g2(vR)
(2.1)
但し,Fig.1の右側のオペアンプ回路に流れ込む電流を
iRと表し,電圧 v = vC2の区分線形関数として,負性抵抗特性 (Fig.2)が iR = g(v)と与えられる:
g(v) = m0v+12
(m1 −m0)
× [|v + BP | − |v −BP |] (2.2)
-15 -10 -5 5 10 15
-0.006
-0.004
-0.002
0.002
0.004
0.006
Fig.2 (2.2)式の区分線形関数 g(v)対電圧 v.
R = 1600 Ωの場合のMathematicaによる simulation結果を次に示す.時系列は Fig.3(a)のように非周期的
である.Fig.3(b)の位相面図 (vC1, vC2)並びに Fig.3(c)の位相面図 (vC1, i) には double scrollが現れており,(2.1)式の平衡解の線形安定解析結果と合致している.
1000 2000 3000 4000 5000
-10
-7.5
-5
-2.5
2.5
5
7.5
10
Fig.3(a)時系列 vC1 , vC2 , iL 対時間 t (R = 1600 Ω).
-3 -2 -1 1 2 3
-0.6
-0.4
-0.2
0.2
0.4
0.6
Fig.3(b)位相面図 (vC1 , vC2) (R = 1600 Ω).
-3 -2 -1 1 2 3
-0.002
-0.001
0.001
0.002
Fig.3(c)位相面図 (vC1 , iL) (R = 1600 Ω).
3 オペアンプの区分線形回路の実験
Fig.4(a)は実験装置一式で,手前の回路基板が実験
回路 (Fig.1)で,測定用プローブが取り付けられている.
2列目には,右から順に電源,オシロスコープ,DAQ
(Data acquisition),パソコン (PC)が並んでおり,3列
目にもオシロスコープが設置されている.
Fig.4(a)オペアンプ回路の実験装置: オペアンプ回路
(前列中央), LaptopPCと LabVIEW画面 (左側),ディジ
タル・オシロスコープ (DSO3202A:右隣, DL1300:後
側),電源装置 (右側).
Fig.4(b)時間 300 ms (30000点)の時系列データ (左上
側),時間 10 ms (1000点)の時系列データ (左下側) dou-
ble scrollの位相面図 (vC2, vC1) (右側), LabVIEWによる LaptopPC画面.
今回の実験では 3kHz程度の周波数で発振をしており,
1周期の振動波形を滑らかに表示するために周期の 30
倍程度の時間間隔のデータが要るので,データ収集を
100 kSa/sと設定した.2チャンネルのデータを 30000
点の連続データで取り込むので,約 300msの連続測定
を繰り返すことになる.LabVIEWでは,Fig.4(b)に示
す 3種類のグラフを描くように設定している:
位相面図 (vC2, vC1) (Fig.4(b)の PC画面の右側): Lab-VIEW により位相面図を描く.さらに連続データ数を
増やすと,画像は鮮明になる.DAQ+ PC+LabVIEW
の組合せでは,連続して収集するデータ点数をもっと増
やすことも可能である.なお,今回データ収集の点数を
30000点に留めたのは,Excelとの関連に因る.Excel
は,ワークシートの大きさの制限から,32000点を超
える大きさのデータは取り扱いに制限を受け,64000
点を超える大きさのデータは取り扱えないからである.
時系列図 (Fig.4(b)の PC画面の左上): 連続収集データ
30000個を表示しており,データ収集が 100 kSa/sであ
るから,0.3秒に渡るデータである.
Time Baseフォーマットによる時系列図 (Fig.4(b)の PC
画面の左中): 連続収集したデータの 1000点を作図して
おり,データ収集が 100 kSa/sであるから,10msに渡
るデータが表示されている.LabVIEWから laptopPC
に USB接続で取り込まれた実験データは,PCのアプ
リケーションソフトウェアを用いて加工できる.
この装置では,可変抵抗 R を 0 ≤ R < 2000 Ω で変化させるだけで一連の実験が実施でき,データが短
時間で処理され且つ直感的で理解し易い画像により学
修できる.また,このようなアナログ的な実験が,カ
オス的な double/single scroll振動の合間に規則的な周
期振動が出現したりあるいはカオスに遷移するといっ
た微妙な現象変化を視覚的に捉えるの非常に有効であ
り,数値計算や回路 simulationとは異なる問題解決手
法であることが確認された.
4 回路シミュレータと数値解析の計
算結果の比較
数値解析結果に基づく振動波形の分類は Fig.5に示
される.‘C’ は規則的振動波形を表し,‘D’ は double
scroll,‘S’ は single scrollを表す.上段の図は,抵抗
の値を 0 < R < 2000 Ω の範囲で変化させたものであるが,抵抗値を大きい方から小さい方へ変化させる
場合 (Fig.5の上段上側の図)と逆の場合 (Fig.5の上段
下側の図) では変化の向きの違いが各計算での初期値
に影響するため異なる結果が得られる.中段の図は,
抵抗値の変化を小刻みに行ったものであり,下段の図
は,初期値を変えて,抵抗値の変化を小刻みに行った
もので,計算条件を変えると様々な結果が得られる.
Fig.5抵抗値の変化に伴う振動波形の分類.‘C’ は規則
的振動波形を表し,‘D’ は double scroll,‘S’ は single
scrollを表す.上段:初期値を (vC1(0), vC2(0), iL(0)) =(5, 0, 0) に設定し,上側 は抵抗値を 2000から 0 まで 20ずつ減少させた場合,下側 は抵抗値を 0から
2000まで 20ずつ増加させた場合.中段: 初期値を
(vC1(0), vC2(0), iL(0)) = (5, 0, 0)に設定し,上側は抵抗値を 2000から 1500まで 5ずつ減少させた場合,下
側は抵抗値を 1500から 2000まで 5ずつ増加させた場
合.下段:初期値を (vC1(0), vC2(0), iL(0)) = (0.1, 0, 0)に設定し,上側は抵抗値を 2000から 1500まで 5ずつ
減少させた場合,下側は抵抗値を 1500から 2000まで
5ずつ増加させた場合.初期条件の差異により,出現
する振動波形が異なる.
次に,回路シミュレータ (MicroCap8と NG-SPICE)
の計算結果が分析され,MicroCap8を用いている方が
C→Dの遷移するときの抵抗の値が大きい.また,D→Sへの遷移では抵抗の値は小さくなっている.よって,全
体的な傾向として,double scrollの現れる範囲が狭く
なっていることが示された.
先に Fig.5の上段上側の「抵抗値を減少させるときの
simulation」の結果を Fig.6(a)-(c)に示す.この系は自律
系であり,diL/dt = 0となる (即ち,vL = vC2(t)が符号を換える)ときのm番目の時間を tmとし,その時の
時間差 δtm = tm − tm−1, vC1(tm), vC2(tm), iL(tm)を記録して Poincaŕe mapを作成している.抵抗値の割振
り番号 nについて,0 < n < 25 (2000 > R > 1500)では,いずれの値もバラツキがありカオス的振動である.
25 < n < 100 (1500 > R > 20) では,δtm, vC1(tm),iL(tm)は規則的な値を取り,周期 T が定義できる.一方,vC2(tm) は不規則に振動しているように見え,Tと有理数比の関係の振動周期を持つとは思われない.
さらに,「カオスが発生しているか否か」の判定には,
Fourier spectrumや Lyapunov数を調べる必要がある.
0
50
100
150
200
250
300
350
400
450
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
Fig.6(a)δtm 対 n (R = 2000− (n− 1)× 20).
-8
-6
-4
-2
0
2
4
6
8
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
Fig.6(b) v1(tm)対 n (R = 2000− (n− 1)× 20).
-0.00025
-0.0002
-0.00015
-0.0001
-5e-005
0
5e-005
0.0001
0.00015
0.0002
0.00025
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
Fig.6(c)v2(tm)対 n (R = 2000− (n− 1)× 20).
-0.03
-0.02
-0.01
0
0.01
0.02
0.03
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
Fig.6(d) i(tm)対 n (R = 2000− (n− 1)× 20).
5 おわりに
技術者教育プログラムの一層の充実を図るために「実
験・理論・simulation・科学技術情報」の相互関連を考慮
して,電気電子工学実験の改定を進めて来た.本報告
では,非線形力学・カオスの学修のための「オペアンプ
による区分線形回路」の実験と回路シミュレーション教
材を紹介した.今回の測定機器の設定では,実験結果
を視覚的に表示でき学生が理解し易いように配慮して
いる.なお,本実験回路の NG-SPICEでの simulation
教材 [6]は既に Internetに公開運用しており,授業時間
内のみならず時間外の学修にも便宜を図っている.こ
こに示した実験・回路 simulation・数値解析の教材は,
個別に教材として活用できるが,むしろ 3つを組合せ
て PBL型の学修での活用を検討している.
さらに「工学(融合複合・新領域)関連分野」では
分野別要件として「(2)専門工学の知識・能力: a)専
門工学(工学(融合複合・新領域)における専門工学
の内容は申請高等教育機関が規定するものとする)の
知識と能力 b)いくつかの工学の基礎的な知識・技術を
駆使して実験を計画・遂行し,データを正確に解析し,
工学的に考察し,かつ説明・説得する能力 c)工学の基
礎的な知識・技術を統合し,創造性を発揮して課題を
探求し,組み立て,解決する能力」を育成するための
沼津高専の技術者プログラム「総合システム工学」が
求められている.どのような「専門工学」を築き上げ
るかの将来像を検討して,次の JABEE審査に向けての
取組が急がれる.
参考文献
[1] 独立行政法人国立高等専門学校機構今後の高専
の在り方検討小委員会:「今後の国立高専の整備に
ついて (中間まとめ)∼新たな飛躍を目指して ∼」平成 18年 6月 29日.
[2] M. P. Kennedy: “Robust of amp realization of Chua
circuit” http://citeseer.ist.psu.edu/cache/
papers/cs/6730/ftp:zSzzSzvdp.ucd.iezSzpubzSz
CHUAzSzRobustCircuit.pdf/kennedy92robust.pdf
[3] 小室元政: “基礎からの力学系分岐解析からカオ
ス遍歴へ” サイエンス社,2001.
[4] J. A. K. Suykens & L. O. Chua: “n-Double scroll hy-
percubes in 1D-CNNs,”Int. J. Bifurcation & Chaos,
7 (1997), 1873-1885.http://www.esat.kuleuven.ac.be
/sista/ members/suykens.html
[5] Micro-Cap8 http://www.toyo.co.jp/micro-cap/
[6] 望月孔二: “NG SPICE for windowsつかいません
か” http://www-ec.denki.numazu-ct.ac.jp/spicewin ng/
index.html
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