20
111 tokugikon 2009.1.30. no.252 1. 論戦は甦る (1)ライバル登場 特許の質が競争に及ぼす影響について、連邦取引委 員会(Federal Trade Commission)は、2003年の報告書 (To Promote Innovation: The Proper Balance of Competition and Patent Law and Policy)で議論してい る。その報告書の中で、質の悪い特許が反競争的な要 因となると指摘し、非自明性判断におけるTSM (Teaching, Suggestion and Motivation)テスト 1) の厳格 な適用をやめるべきであると提言した 2) 。最高裁判所 は2007年のKSR事件において非自明性の問題を取り 上げ、厳格なTSMテストを否定した 3) 。CAFC(Court of Appeals for the Federal Circuit:連邦巡回区高等裁 判所) 4) の判例が修正されたのである。 特許事件において最高裁判所が存在感を増してい る。最近、最高裁判所が特許事件を以前よりも積極 的に受理している。特許法という舞台ではCAFCが長 年主役であり、その座を脅かす者はいなかった。し かし、最近になって最高裁判所という「ライバル」が 登場した。最高裁判所は脇役から主役の座まで上り つめるのであろうか。特許関係者の間で最高裁判所 が高い関心を集めている 5) (2)実質的最終法廷 CAFCは特許事件を専属的に管轄する高等裁判所で ある。CAFC設立以前は、複数の高等裁判所が特許法 の解釈の役割を担っていたが、それらの解釈にばらつ きがあり、特許権者と被疑侵害者が有利な法廷地を競っ て選択するフォーラム・ショッピング 6) が日常化してい た。特許法の解釈のばらつきをなくし、フォーラム・ ショッピングを減少させるため、1982年にCAFCが設 立された。CAFCは特許事件を専属的に管轄するので (他の高等裁判所は特許事件を管轄しないので 7) )、高 裁レベルでの特許法解釈のばらつきはなくなる。さら に、特許事件がCAFCに集まるため、CAFCの判事た ちの特許法に対する経験や知識は豊かになり、単に特 許法の解釈が一様になるだけではなく、その特許法解 釈は豊かな経験と知識に裏づけられたものとなる。 CAFCは近年の特許法判例発展の議論の中核となる 裁判所である。実際、最高裁判所は特許法の解釈を CAFCに任せていたように思われる。最高裁判所によ る特許関連事件の口頭審理を行うと決定した件数は 1982年の設立より最初の10年は3件であり、次の10年 は9件しかなかった 8) 。つまり、CAFCは特許事件に関 する実質的な最終法廷だったのである 9) しかし、現在では、CAFCのアイデンティティであ る特許事件の実質的な最終法廷としての地位は以前ほ ど磐石ではないように思われる。第一に、最近になって、 最高裁判所が特許事件を積極的に受理している。特許 関連事件に最高裁判所が意見を述べた件数は2005から 2007年の3年間で7件に上った 10) 。2008年1月にも最高裁 判所は特許関連事件の口頭審理を行い、2008年6月に判 決が下された 11) 。8件 の う ち1件 は 不 用 意 な 受 理 特許審査第一部事務機器 審査官  卓也 寄稿 3 CAFCを巡る論戦は甦る −専属管轄の考察を中心に−

寄稿 3 CAFCを巡る論戦は甦る - 特許庁技術懇話会( … 112 2009.1.30. no.252 しも問題としているわけではない。専属管轄廃止論者 が問題にしているのは裁判所体系である。米国は先例

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111 tokugikon 2009.1.30. no.252

1. 論戦は甦る

(1)ライバル登場

 特許の質が競争に及ぼす影響について、連邦取引委

員会(Federal Trade Commission)は、2003年の報告書

(To Promote Innovation: The Proper Balance of

Competition and Patent Law and Policy)で議論してい

る。その報告書の中で、質の悪い特許が反競争的な要

因となると指摘し、非自明性判断におけるTSM

(Teaching, Suggestion and Motivation)テスト1)の厳格

な適用をやめるべきであると提言した2)。最高裁判所

は2007年のKSR事件において非自明性の問題を取り

上げ、厳格なTSMテストを否定した3)。CAFC(Court

of Appeals for the Federal Circuit:連邦巡回区高等裁

判所)4)の判例が修正されたのである。

 特許事件において最高裁判所が存在感を増してい

る。最近、最高裁判所が特許事件を以前よりも積極

的に受理している。特許法という舞台ではCAFCが長

年主役であり、その座を脅かす者はいなかった。し

かし、最近になって最高裁判所という「ライバル」が

登場した。最高裁判所は脇役から主役の座まで上り

つめるのであろうか。特許関係者の間で最高裁判所

が高い関心を集めている5)。

(2)実質的最終法廷

 CAFCは特許事件を専属的に管轄する高等裁判所で

ある。CAFC設立以前は、複数の高等裁判所が特許法

の解釈の役割を担っていたが、それらの解釈にばらつ

きがあり、特許権者と被疑侵害者が有利な法廷地を競っ

て選択するフォーラム・ショッピング6)が日常化してい

た。特許法の解釈のばらつきをなくし、フォーラム・

ショッピングを減少させるため、1982年にCAFCが設

立された。CAFCは特許事件を専属的に管轄するので

(他の高等裁判所は特許事件を管轄しないので7))、高

裁レベルでの特許法解釈のばらつきはなくなる。さら

に、特許事件がCAFCに集まるため、CAFCの判事た

ちの特許法に対する経験や知識は豊かになり、単に特

許法の解釈が一様になるだけではなく、その特許法解

釈は豊かな経験と知識に裏づけられたものとなる。

 CAFCは近年の特許法判例発展の議論の中核となる

裁判所である。実際、最高裁判所は特許法の解釈を

CAFCに任せていたように思われる。最高裁判所によ

る特許関連事件の口頭審理を行うと決定した件数は

1982年の設立より最初の10年は3件であり、次の10年

は9件しかなかった8)。つまり、CAFCは特許事件に関

する実質的な最終法廷だったのである9)。

 しかし、現在では、CAFCのアイデンティティであ

る特許事件の実質的な最終法廷としての地位は以前ほ

ど磐石ではないように思われる。第一に、最近になって、

最高裁判所が特許事件を積極的に受理している。特許

関連事件に最高裁判所が意見を述べた件数は2005から

2007年の3年間で7件に上った10)。2008年1月にも最高裁

判所は特許関連事件の口頭審理を行い、2008年6月に判

決 が 下 さ れ た11)。8件 の う ち1件 は 不 用 意 な 受 理

特許審査第一部事務機器 審査官  泉 卓也

寄稿 3

CAFCを巡る論戦は甦る−専属管轄の考察を中心に−

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112tokugikon 2009.1.30. no.252

しも問題としているわけではない。専属管轄廃止論者

が問題にしているのは裁判所体系である。米国は先例

拘束主義であり、かつ、特許事件についてはCAFCが

専属管轄であるために、CAFCの判例に対する問題点

が指摘されている場合でも、弁護士はその判例に従わ

ざるを得ず、不適切な判例が維持されるという構造が

問題視されている。例えば、非自明性のテストである

TSMテストは、その硬直的な適用が批判されてきた16)。最終的に最高裁判所は硬直的なTSMテストは支持

しなかった。CAFCがTSMテストを採用してから最高

裁判所が見直すまでに25年ほどかかったのである17)。

専属管轄でなければ、他の高裁の牽制が働き、もう少

し早く硬直的なTSMテストは見直されたであろうと

いう意見もある18)。

 このような裁判所体系に関する議論は決して新しい

わけではない。歴史的にみて米国では特別管轄裁判所

(Specialized Court)はあまり好まれていない19)。

CAFC設立時にも裁判所の専門化からくる弊害は議論

されている。例えば、狭視野(tunnel vision)による洞

察の低さ、ルールが難解になったり、専門知識に基づ

く自分の方針を判断対象を越えた領域にまで反映させ

ることになったりすることへの懸念、広い経験を持つ

ジェネラリストの長所を生かすことができないなどが

代表的である20)。しかし、CAFCは多様な事件を担当

する裁判所であり、いわゆる特別管轄裁判所ではない

として、CAFCは設立されるに至っている。つまり、

裁判所体系の議論は解決済みのようにも思える。

 それにもかかわらず、レーダー判事は「フェデラル・

サーキット」の講義の中で、CAFCは特別管轄裁判所

か否かという質問を、学生に何度も問いかけた。

CAFCが特別管轄裁判所であると誤解して欲しくない

という思いからだと思われる。彼はいくつかの例を挙

げ、CAFCが特別管轄裁判所ではないと説明した。例

えば、CAFCは特許裁判所と思われることがあるが、

特許事件は3割程度に過ぎないこと、CAFCの判事の

経歴には偏りがなく、科学的なバックグラウンドを

持っている人ばかりではないこと、様々な事件を扱う

はずの地方裁判所の判事が逆にCAFCの扱う事件の幅

広さに驚いたことなどを例示した。しかし、レーダー

判事のこだわりは裁判所体系におけるCAFCの位置づ

(improvidently granted)だったとして裁量受理を撤回

しているが、それ以外の7件ではCAFCの判決は維持

されていない12)。レーダー(Rader)判事は「フェデラル・

サーキット」という講義13)の中で、最高裁判所とCAFC

との関係を論じる際に、CAFCがアイデンティティ・

クライシスに陥っているのではないかというセンセー

ショナルな表現を使った。学生をひきつけるための誇

張表現であるとしても、特許事件の実質的な最終法廷

としての地位が揺らいでいる可能性を示すものである。

 第二に、CAFCの専属管轄を廃止し、複数の高等裁

判所が特許事件を管轄すべきだという意見が関心を集

めている14)。レーダー判事は「フェデラル・サーキット」

の講義の中で、そのような意見があることを紹介して

おり、彼も関心を持っていることが窺える。CAFCの

アイデンティティは特許事件に関する高裁レベルの専

属管轄にあるが、専属管轄廃止論はそれを否定するも

のである。専属管轄廃止論は、最高裁判所が実質的に

も特許事件の最終法廷であり、特許法判例を一様にで

きるのは最高裁判所のみであることを意味する。最高

裁判所が最近になって特許事件を積極的に受理し、

CAFCがなくてもスムーズに特許法判例統一ができる

可能性を見せたことが、専属管轄廃止論を後押しして

いるように思える。

(3)CAFCを巡る構造的議論が甦る

 専属管轄廃止論ではCAFCの判事たちの能力を必ず

図1 Quanta事件口頭審理前にできた最高裁判所前の傍聴行列15)

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113 tokugikon 2009.1.30. no.252

CAFCを巡る論戦は甦る

Court)、サーキット裁判所(Circuit Court)の3種類の

連邦裁判所が誕生した21)。裁判所の種類は3種類であ

るが、2つの審級構造であった22)。地方裁判所とサー

キット裁判所は何れも第一審の事実審であり、それぞ

れが異なる種類の事件を管轄していた23)。このうち

サーキット裁判所は1名の地方裁判所判事と2名の最高

裁判所判事から構成されていた24)。設立当初からサー

キット裁判所への移動が判事にとって負担であった

が、米国の領土の増加に伴い判事の移動がさらに負担

となった25)。また、事件数が増加したため、裁判所体

系の改革が必要となった26)。

 1891年にエバーツ法(Evarts Act)により、サーキッ

トと呼ばれる地理的に区分された領域を管轄するサー

キット高等裁判所(Circuit Courts of Appeals)が誕生

し、連邦裁判所は現在のような三審制となった27)。こ

の時点で最高裁判所には上告を拒否する権限が与えら

れたが、それは限定的なものであった28)。1925年の裁

判所法により、最高裁判所には上告受理に関して広範

な裁量が与えられた29)。裁量上告制度の誕生である。

この結果、最高裁判所のワークロードは緩和されるこ

ととなった30)。

 裁量上告制度に伴いサーキット毎に異なる判例

(サーキット・スプリット)が許されることになった。

最高裁判所は、特許事件に関して当事者が同一の場

合には他のサーキット高等裁判所に対しても既判力

があるという例外は認めたが、他のサーキット高等

裁判所の判決を無視する自由が全てのサーキット高

等裁判所にあるという原則は特許事件についても当

てはまるとした31)。サーキット間の判例に違いが生じ

る構造が最高裁判所の判例により確立されたわけで

ある。

 裁量上告制度への移行は特許訴訟において重要な転

機である。裁量上告制度は最高裁判所が重要であると

考える事件を受理する制度である。逆に言えば、最高

裁判所が他の事件と比べて重要でないと考えれば、最

高裁判所は受理しない。悪く言えば、特許事件の受理

をためらうことを許容する制度である。特許事件があ

まり受理されなくなり、サーキット・スプリットが大

きくなれば、有利なサーキットを求めるフォーラム・

ショッピングが起きることになる。

けが完全に定まっておらず、構造的な批判が燻ってい

ることを示唆しているように思われた。最高裁判所に

よる特許事件の積極受理や専属管轄廃止論が議論され

る中、CAFCの構造的な側面を考察することは有意で

あると考えるに至った。

 本稿は、レーダー判事の示唆に富む講義「フェデラ

ル・サーキット」に影響を受け、さらに理解を深める

べく調査検討を行った結果を報告するものである。

特に、本稿では、CAFCに対する構造的な批判を中心

に考察し、最高裁判所が特許事件を積極的に受理す

ることの意味とCAFC専属管轄廃止論の実現性につい

て検討する。まず、第2節ではCAFCの設立までの歴

史を振り返りつつ、構造的批判や最高裁判所の特許

事件の積極受理を考える上でキーとなる考えを紹介

する。第3節ではCAFCの設立時の議論を踏まえ、構

造的な批判とその克服、フォーラム・ショッピング

の弊害と全国区裁判所の必要性の関係、設立時にお

ける最高裁判所の扱いについて説明する。また、同

節ではCAFCの判事からみたCAFCの現状についても

説明する。第4節ではCAFCに対する批判を詳しく説

明しつつ、論点を整理する。第5節では構造的な批判

について考察し、最高裁判所が特許事件を積極的に

受理することの意味と専属管轄廃止論の実現性につ

いて私見を述べる。第6節で本稿をまとめる。本稿が

CAFCに関係する様々な論点について振り返るきっか

けとなれば幸いである。

2. CAFC設立前 −3つのキーコンセプト−

 この節ではCAFCの設立前までの歴史を概観しつ

つ、CAFCの構造的な考察の準備として、(1)裁量上告

制度とサーキット・スプリット、(2)パーコレーショ

ン(Percolation)、(3)特別管轄裁判所は補完的(地理的

管轄が本流)という3つのキーコンセプトについて説

明する。

(1)裁量上告制度とサーキット・スプリット

 1789年に最初の裁判所法(Judiciary Act)が施行さ

れ、最高裁判所(Supreme Court)、地方裁判所(District

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114tokugikon 2009.1.30. no.252

妥当であるか最高裁判所が判示するのである。この

パーコレーションはコンセンサスの得られていない未

解決の論点や憲法などの根本的な問題において特に重

要な機能であると言われている33)。

 パーコレーションが説得力を持つのは、サーキッ

ト・スプリットが程よい程度に留まる場合に限られる

と思われる。サーキット・スプリットが質的または量

的に大きなものとなれば、パーコレーションの利点よ

りも訴訟の予測可能性の低下が大きな問題となる34)。

パーコレーションと訴訟の予測可能性のバランスは

CAFCの設立時を考えると分かりやすい。CAFCは特

許事件の専属管轄裁判所であるからサーキット・スプ

リットはありえない。つまり、特許事件に関しては、

サーキット高等裁判所レベルのパーコレーション機能

は働かない。CAFCの設立時には悪質なフォーラム・

ショッピングが日常化し、訴訟の予測可能性の低下が

問題とされていたため、パーコレーション機能よりも

訴訟の予測可能性を優先したとも考えられる。

(3)特別管轄裁判所は補完的(地理的管轄が本流)

 連邦裁判所は地理的管轄が基本である(図2)。

CAFCが設立されるまでは、特許事件についても地理

的に区分されていた。エバーツ法以前は、特許法に起

因する事件は、最初の裁判所法施行後の一時期を除き、

(2)パーコレーション

 サーキット・スプリットは必ずしも望ましいもので

はない。提訴されるサーキットによって判例が異なる

とすれば、事業活動の適法性の予測可能性が低くなる。

特に、事業活動がサーキットを超えて営まれるように

なれば、予測可能性の低下の影響は大きくなる。例え

ば、ある特許権について、ニューヨーク州のある第2

サーキットの法に照らせば無効になる蓋然性が高く、

カリフォルニア州のある第9サーキットでは有効と判

断される蓋然性が高ければ、侵害の憂いなくその特許

権の範囲内の技術を使うことは難しくなる。このよう

な法的安定性を損ない得る裁量上告制度とサーキッ

ト・スプリットを、事件数増加に伴うワークロードへ

の対応という現実的な理由だけで正当化することは難

しいと思われる。この欠点を補うのが「パーコレーショ

ン」という考え方である。

 パーコレーションとは、サーキット高等裁判所で議

論が十分煮詰まるまでは、最高裁判所は上告を受理せ

ず、サーキット・スプリットを許容するという概念で

ある32)。他のサーキット高等裁判所の判例に拘束され

ることなく、それぞれのサーキット高等裁判所が説得

力のある意見を示し、競い合うのである。そして、サー

キット高等裁判所レベルでの議論が尽くされてから最

高裁判所は上告を受理し、何れのサーキットの意見が

図2 サーキット高等裁判所の地理的管轄(出典:米国連邦裁判所のホームページ(http://www.uscourts.gov/courtlinks/)(最終アクセス日:2008年10月3日))

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115 tokugikon 2009.1.30. no.252

CAFCを巡る論戦は甦る

敗が原因とも言われる43)。1900年頃、政府は鉄道会社

へ の 規 制 を 強 め、 州 際 通 商 委 員 会(Interstate

Commerce Commission)の権限を強化させた44)。しか

し、州際通商委員会の決定を連邦裁判所が取り消すこ

とが頻繁に起こり、特殊でテクニカルな鉄道の問題を

処理できる特別管轄裁判所の必要性が叫ばれ、1910年

に州際通商裁判所が設立されるに至った45)。専門的な

州際通商裁判所は州際通商委員会の決定を支持すると

期待されたが、州際通商裁判所は設立直後から州際通

商委員会の決定を頻繁に取消すという鉄道会社に有利

な判決傾向を持ったため、それを国会が恐れ3年とい

う短期で州際通商裁判所は廃止された46)。州際通商裁

判所の失敗が、同じく特別管轄裁判所に区分される、

特許事件を専属管轄とする特許特別管轄裁判所の設立

に反対する勢力を勢いづかせたとも見られている47)。

 連邦裁判所体系は基本的に地理的区分から成り立っ

ている。非地理的な管轄の裁判所も存在するがその位

置づけは歴史的にみて補完的であると言ってよい。特

許侵害事件を含む特許事件全般を管轄する専門的な裁

判所の提案はCAFCが設立されるまで立法化されるこ

とはなかった。特別管轄裁判所よりも様々な事件を管

轄する一般的な裁判所において、多様な事件に触れて

いるジェネラリスト裁判官が事件を審理することが望

ましいという心理が背景にある。米国では特別管轄裁

判所はあまり好まれていないようだ。

3. CAFCの設立と現状

 この節ではCAFC設立時の議論を振り返るととも

に、CAFCの現状を説明する。設立時の議論は、現在

の最高裁判所とCAFCの関係や専属管轄を考察する上

で大変重要である。

(1)教訓1:最高裁判所の権限を狭めない

 CAFCの設立の起源は少なくとも設立前に10年遡る

と言われる48)。控訴数急増による高等裁判所の負担増

が問題となり、連邦司法センター(Federal Judicial

Center)は1971年に高裁レベルの調査を始めたが、そ

の調査範囲は最高裁判所の負担に及んだ49)。そして、

サーキット裁判所が第一審を担当し、控訴審は最高裁

判所で行われていた35)。エバーツ法によりサーキット

高等裁判所が誕生し、特許法に起因する事件の第一審

は地方裁判所が担当し、地方裁判所が存在するサー

キット高等裁判所が控訴審となった。例えば、ニュー

ヨーク州にある地方裁判所に特許事件の訴えが起こさ

れた場合、第2サーキット高等裁判所がその控訴審を

管轄していた。

 連邦裁判所は地理的区分を基本的な構造とするが、

特定の事物に対して全国的管轄を持つ裁判所もCAFC

設立以前から存在した。1855年には最初の非地理的連

邦裁判所である請求裁判所(Court of Claims)が設立さ

れ、連邦政府に対する金銭的請求を審理していた36)。

1929年には関税・特許上訴裁判所(Court of Customs

and Patent Appeals)が誕生し、関税裁判所(Customs

Court)、米国特許商標庁、国際貿易委員会(International

Trade Commission)からの上訴事件などを管轄するこ

ととなった37)。このようにCAFC設立以前にも事物管

轄の裁判所もないわけではなかった。

 それに加え、CAFCの設立以前に特許侵害事件を含

む特許事件全般を専属的に扱う非地理的な裁判所を設

立すべきという動きが、1870年代後半から1920年頃

まであった38)。1891年のエバーツ法以前は、サーキッ

ト裁判所の特許権の有効・無効の判決の3、4年後に最

高裁判所の最終判決が出るという審理の遅延が問題で

あり、エバーツ法以降はサーキット高等裁判所でばら

つきが出るという恐れがあったためである39)。ばらつ

きが出ることへの恐れは、本節(1)で述べたように、

他のサーキット高等裁判所の判決を無視する自由が全

てのサーキット高等裁判所にあるという原則が特許事

件にも当てはまるとされ、サーキット間の判例に違い

が生じる構造的な可能性を最高裁判所が判例で確立し

たことを背景としている40)。

 しかし、審査結果への不服のみならず特許権侵害事

件も専属的に扱う非地理的な裁判所を設立する動きは

立法化には至らなかった41)。立法に至らなかった背景

には、最高裁判所による特許法判例統一に時間がかか

らなくなったこと、サーキット高等裁判所が特許事件

に熟練してきたことが挙げられている42)。さらに、こ

れらに加え、州際通商裁判所(Commerce Court)の失

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116tokugikon 2009.1.30. no.252

(3)教訓を生かせ −CAFC設立へ−

 フロイント・レポートもルスカ・レポートも現在の

CAFCのような高等裁判所を提案したわけではない。

しかし、連邦裁判所の構造に関する議論を活性化し、

連邦裁判所における問題を浮き彫りにし、連邦裁判所

改革における留意点を明らかにしたという意味で、こ

れらのレポートは大変重要である。

 これらのレポートの教訓は連邦裁判所改革法

(Federal Courts Improvement Act of 1982)の中心と

なった司法省による提案に反映される59)。まず、1977

年に司法制度改革室(Office for Improvements in the

Administration of Justice)が司法省(Department of

Justice)に設置された60)。この改革室の仕事の一つが、

環境、科学、税に関する法分野の特別管轄裁判所に関

するものであった61)。改革室は、特許法における判例

統一の必要性を確認し62)、最高裁判所の権限を狭めな

いことと特許特別管轄裁判所となるような過度な専門

化を避けることが不可欠であると考えた63)。

 これらの問題のうち最高裁判所の権限の問題について

は、それに触れなければ良いだけであるが、限定的な

事物管轄の高等裁判所は、地理的で事物に制限のない

管轄を持つ高等裁判所よりもある程度専門化すること

になるため、過度の専門化については大きな問題となっ

た64)。この問題に対してはCAFCに特許事件以外にも広

くて多様な管轄を持たせることで、いわゆる特別管轄

裁判所ではないと説明された65)。このようにして、最

高裁判所の権限と過度の専門化の問題を解決し、1982

年に連邦裁判所改革法が施行され、10月1日に、特許事

件を専属管轄する高等裁判所CAFCが誕生した(図3)。

連邦司法センターは、フロイント・レポート(Freund

Report)と呼ばれる報告書50)において、最高裁判所が

審理すべき案件を事前選択する全国区高等裁判所

(National Court of Appeals)の設立を提案した51)。こ

の提案は最高裁判所の上告受理の裁量権を狭めること

につながる連邦裁判所構造に大きなメスを入れる提案

であり、識者の間で賛否が大きく分かれた52)。

 一方、時期を同じくして、国会により設置された連

邦高等裁判所の改革に関する委員会(委員会は上院議

員であり委員会の議長でもあったローマン・ルスカ

(Roman Hruska)議員の名を取り、ルスカ委員会

(Hruska Commission)と呼ばれる)では53)、最高裁判所

の権限を狭める提案をしていない54)。この委員会のル

スカ・レポート(Hruska Report)55)では、サーキット

間で分かれた判断が最高裁判所によって迅速に解消さ

れないことを問題の一つと指摘し、最高裁判所から付

託された事件と他のサーキット高等裁判所からの移送

事件を扱う全国区高等裁判所(National Court of

Appeals)の設立を提案するにとどまった56)。フロイン

ト・レポートが最高裁判所の権限を狭める提案をして

賛否両論が湧き出たことから、最高裁判所の権限を狭

める司法改革の成功は難しいと考えたからであろう。

最高裁判所の権限を狭めないという教訓はCAFC設立

時の提案に生かされることになる。

(2)教訓2:特許特別管轄裁判所は不適当

 ルスカ委員会は全国で統一した判例の重要性を認識

していながら、過度に専門的である特許特別管轄裁判

所の設立は否定した57)。特許事件におけるフォーラム・

ショッピングの弊害を認識しながら、狭視野による洞

察の低さ、ルールが難解になったり、専門知識に基づ

く自分の方針を判断対象を越えた領域にまで反映させ

ることになったりすることへの懸念、地域的意見の影

響力の低下、特定の利益集団に取り込まれる危険性が

あり、広い経験を持つジェネラリストの長所を生かす

ことができないという欠点を理由に、特許特別管轄裁

判所の設立を否定した58)。過度に事物を限定する特許

特別管轄裁判所は不適当という教訓もCAFC設立時に

生かされることになる。 図3 CAFCの正面からの写真

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117 tokugikon 2009.1.30. no.252

CAFCを巡る論戦は甦る

 一方、CAFCは特定の事物の専属管轄あるという性

質上、その事物については他のサーキット高等裁判所

と判断が分かれることはない。つまり、CAFCが管轄

する事物については高裁レベルで構造的に判断が統一

される。また、他のサーキット高等裁判所と説得力の

程度について比較されることはなく、他のサーキット

高等裁判所との論理の競い合いがないため、自らの方

針を判決に反映しやすくなる。さらに、米国は連邦制

を採用しており州の独立性も強いことから、同一の法

律問題への接し方が地域ごとに異なる可能性もあるが、

CAFCが管轄する事物に関しては地域ごとの多様な意

見を反映できなくなる。非地理的な専属管轄は判例統

一という側面で強みを持つ反面、地理的管轄よりも多

様な意見が反映されにくいという弱みも持っている。

(6)CAFCの現状と最高裁判所の積極受理

 CAFCの判事のバッググラウンドは多様である。元

特許審査官、元弁護士、元司法省の公務員、元法学部

教授もいれば、化学博士号を持つ人や電気工学技術者

としての経験がある人もいる70)。審理する事件も多様

である。知的財産法が31%、政府への金銭請求の訴え

が15%、行政法が53%を占める(図4)。CAFC=特許法

というイメージがあるが、決してそのようなことはな

い。また、CAFC以外の判事がCAFCの担当する事件

の多様性を指摘している71)。このように、CAFCは多

(4)�成功の鍵は絶妙なタイミング −フォーラム・ショッピングの問題だけではない−

 当初司法改革室は特別管轄裁判所の法領域として環

境、特許、税を挙げたが、法曹界、政府内、裁判所、

議会の議論を経て、環境法や税法が削除され、特許法

だけが残ることとなった。税法についても特許法と同

様に判例統一の必要性が指摘されていたのにも関わら

ず、特許法だけが残ったことを説明することはそれほ

ど簡単ではないと言われている66)。CAFC設立が特許

権の安定や研究投資の促進につながると期待されてい

たところ、1979年にカーター大統領がイノベーション

の促進を提案するというタイミングのよさが追い風に

なったという見方もある67)。CAFC設立後も、CAFC

は特別管轄裁判所の実験(experiment)と指摘されたり68)、国会で結論を得たはずの特別管轄裁判所に関する

議論が繰り返されたりしていることからも69)、CAFC

の設立を必然と言い切ることは難しい。CAFCの設立

提案が実現したのは、フォーラム・ショッピングの問

題の大きさ、判例統一の必要性、改正法提案者による

細やかな調整、絶妙なタイミングなどの多様で複雑な

要素が同じベクトルを向いた結果である言える。

フォーラム・ショッピングの弊害があれば必然的に専

属管轄裁判所の設立につながるわけではない。

(5)CAFCのユニークさ

 連邦裁判所体系全体や歴史的背景からみると、

CAFCのユニークさは法律で特定された事物に関する専

属管轄であり非地理的に決められた管轄を有することで

ある。前節(1)でも述べたが、地理的なサーキット高等

裁判所は特定の事物を専属管轄するわけではなく、同一

法領域を複数のサーキット裁判所が管轄するので、同一

の法律問題についてサーキット間で判断が分かれること

がある。同一の法律問題について他のサーキット高等裁

判所が説得力のある意見を述べている場合には採用する

ことができるし、他のサーキットの意見を採用せず他の

サーキットより説得力のある意見を述べることもでき

る。地理的なサーキット高等裁判所レベルでは、前節(2)

で述べた「パーコレーション」機能が働くのである。

図4 �CAFCの事件割合(2007年4月から2008年3月まで上訴されたもの)(CAFCのホームページ(http://www.cafc.uscourts.gov/pdf/slide_1.pdf)(最終アクセス日:2008年10月3日)の図を元に作成)

Personnel30%

Veterans16% Interntl

Trade7%

Vaccine 0.2%

OtherClaims 6%

Native American 0.3%Takings 2%Mil/Civ Pay 1%Tax 1%Contracts 4%

Patent30%

Trademark 1%

Administrative Law(53%)

Money Suits Agai

nst U.S.(15%)

Intellectual Property Law(31%

)

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118tokugikon 2009.1.30. no.252

1987年まで80)が1件、1988年から1992年までが2件、

1993年から1997年までが3件であったが、1998年から

2002年までが6件と増加し始め、2003から2007年には

8件に上っている81)。8件のうち1件は不用意な受理だっ

たとして裁量受理を撤回しているが、それ以外の7件

ではCAFCの判決は維持されていない83)。このような

特許事件に対する最高裁判所の積極的姿勢をCAFCの

判事は気にかけているようである。例えば、ガヤーサ

(Gajarsa)判事は、問題が多いとされる第9サーキット

高等裁判所に関連付け、CAFCが21世紀の第9サーキッ

ト高等裁判所になる可能性があると述べている84)。

レーダー判事が「フェデラル・サーキット」の講義にお

いて述べたCAFCのアイデンティティ・クライシスと

いう懸念はこのような動向から来ていると思われる。

4. CAFCに対する批判

(1)知財への関心�−CAFCの成功が仇?−

 特許法への関心が高まり、特許法が積極的に議論さ

れるようになった。米国特許発行件数は1985年から

2001年までに111,000から269,000に増加した。米国法

律家協会(American Bar Association)の知的財産セク

ションの会員は1985年から2001年までで5,526名から

21,670名に増えた。知的財産、技術、芸術に特化した

様な人材に支えられ、多様な事物を管轄する裁判所で

あると言える。決して特定の専門家集団ではない。

 CAFCの判決に対する最高裁判所のサーシオレイラ

イ(certiorari)72)の許可の数の年変化は少ないと2008

年5月にCAFCは報告している73)。一方で、2005から

2007年に最高裁判所が特許事件を見直した件数が急増

したと一般に言われている74)。CAFCの報告と一般的

な受け止め方が一見食い違ってみえるのは統計の取り

方が異なるためである。一般的な受け止め方を示すた

めには、単純なサーシオレイライの許可数ではなく、

最高裁判所が具体的に審理した件数を抽出する必要が

ある。

 そのような件数の抽出方法として、CAFCのダイク

(Dyk)判事が論文で行っている方法が理解しやすい75)。

事件が係属中に法が発展し、当事者がその法的論点に

ついて主張する機会が確保されなかったときに、最高

裁判所は上告受理、下級審判決の取消し、下級審への

差戻し(GVR(Grant, Vacate and Remand))という手

続きを取る。例えば、1995年にCAFCはFesto事件の

判決76)を下した。その後、焼結金属工業が最高裁判所

にサーシオレイライの許可を求めて上告した。上告受

理の決定が下されるまでの間に、最高裁判所は

Warner-Jenkinson事件77)において均等論について判示

したため、焼結金属工業がWarner-Jenkinsonの判例に

基づいた主張等の機会が確保されなかったとして、

1995年のCAFCのFesto判決は、上告受理され、下級

審判決が取り消され、下級審へ差戻しされている78)。

GVRにおいては、最高裁判所が特許法について新しく

判示したわけではない。最高裁判所が特許法に関して

新しく具体的に判示した事件数はサーシオレイライの

許可件数と異なる。最高裁判所の真の影響力を見るた

めには、CAFCのダイク判事が論文で行っているよう

に、GVRを除く必要がある。また、州裁判所から連邦

最高裁判所への上告事件であり、CAFCの判決に対す

る上告事件ではない特殊なケース79)についてもダイク

判事が行っているように除くべきである。

 上告受理、下級審判決の取消し、下級審への差戻し

の事件数(GVR)と特殊なケースを除いて統計を見て

みる(図5)。最高裁判所による特許関連事件の口頭審

理を行うことに決定した件数は、1982年の設立から

図5 �最高裁判所が特許事件を具体的に審理した件数(受理件数−GVR−特殊なケース)84)

0

1

2

3

4

5

6

7

8

9

1982-1987 1988-1992 1993-1997 1998-2002 2003-2007年

件数

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119 tokugikon 2009.1.30. no.252

CAFCを巡る論戦は甦る

高裁判所が見直した非自明性の判断基準を取り上げ

る。冒頭で紹介した2003年の連邦取引委員会の報告書

では、質の悪い特許が反競争的な要因となると指摘し、

非自明性判断におけるTSMテストの厳格な適用等を

やめるべきであると提言した87)。ジョージタウン大学

のトーマス(Thomas)教授は非自明性の形式的適用を

批判した88)。彼は明確な線引きをするルールは裁判所

の裁量を減らし裁判結果の予測性を高めるため形式主

義自体が悪いわけではないが、個別事件に合わせた判

決を出せない弊害があると指摘し89)、先行技術文献に

具体的な示唆のない技術常識を用いて自明であるとし

た特許庁の審決を覆したIn re Sang Su Lee事件90)を例

に挙げ、形式主義的な判断を批判した91)。その後、最

高裁判所は2007年のKSR事件において非自明性の問

題を取り上げ、厳格なTSMテストを否定した92)。先に

も述べたように、CAFCが専属管轄でなければ、他の

高等裁判所の牽制が働き、もう少し早く硬直的なTSM

テストは見直されたであろうという意見もある93)。裁

判所体系という構造要因が実体法の発展に影響したか

もしれないことを示す好例である。

 もう一つの代表的な批判はクレーム解釈の見直し基

準に関するものである。Markman判決において最高裁

判所はクレーム解釈については陪審員ではなく裁判官

が 判 断 す る 事 項 で あ る と 判 示 し た94)。 し か し、

Markman判決では、クレーム解釈が純粋な法的問題か

否かについては明確に言及しなかった。Markman判決

以降のCAFCではクレーム解釈において地方裁判所の

技術的事実認定を尊重すべきとする意見と、クレーム

解釈は純粋な法律問題であり地方裁判所の事実認定を

尊重せずに新たに審理するディ・ノボ(de novo)とい

う見直し基準を適用とすべきとする意見で分かれてい

た95)。その後、CAFCはエン・バンク(En Banc)96)の

Cybor判決97)においてクレーム解釈は純粋な法律問題

であると判示した。事実問題であれば原則として地方

裁判所の判断が尊重されるが、純粋な法律問題であれ

ば高等裁判所において地方裁判所の判断を尊重せず新

たな判断ができるため、クレーム解釈については

CAFCで地方裁判所の判決が破棄される可能性が高く

なった。現在のCAFC判事であり当時ジョージメイソ

ン大学ロースクールの教授であったムーア(Moore)女

法律ジャーナルの数は1980年の2つから2003年には26

に増えた。1982年には知的財産という語を含む経済

ジャーナルの記事は5つしかなかったが、2000年には

235件になった85)。

 CAFCの貢献により特許法は一部の専門家の法律で

はなく連邦法の主流になったとも言われる86)。 CAFC

が判例を整備したことで、判例の不統一が問題視され

ていた頃よりも、議論に軸ができたとも考えられる。

軸ができたことで、特許法に関する研究の層が厚くな

り、CAFCに対する批判が増える構造になってきたと

も推測できる。CAFCの成功がある意味で仇となった

可能性がある。もちろん、筆者は単純にCAFCの貢献

=批判増と考えているわけではない。しかし、CAFC

の判例整備により特許権が価値ある権利と認識される

に至り、世の関心を集め、議論が活発になったとすれ

ば、CAFCの貢献が批判増に影響している考えること

はフェアーであると思う。

(2)批判の類型

 CAFCに対する批判は、CAFCの判例に対するもの

(実体面への批判)と連邦裁判所体系からみたCAFCの

構造的なユニークさに対するもの(構造面への批判)に

大別できる。前者は判決自体に対する批判であるから

CAFCが先例を変更したり、先例の射程範囲を狭く解

釈したり、最高裁判所の見直しによって解決できる。

一方、後者は裁判所体系を見直すべきという批判なの

でCAFCや最高裁判所では解決することはできず、国

会による立法的な手当てが必要となる。つまり、後者

の方が実現する上でハードルが高いと考えられる。以

降で考察する専属管轄廃止論は構造的な批判であり、

実現に向けて相当な強力な説得理由が必要となる。

(3)実体面と構造面の関連

 構造的な批判は実体的な批判を背景にしていると考

えられるため、構造的な批判を考察する前に、実体面

への批判を2つ例に取り、実体面と構造面の関連を説

明する。

 まずは、連邦取引委員会や学者らが批判し、既に最

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120tokugikon 2009.1.30. no.252

の揺れに敏感になりやすいという問題があるとも指摘

されている103)。

②専属管轄裁判所に関する批判

 CAFCの特許法専属管轄を改めるべきであるとする

意見が学者や実務家から聞かれる。ナード(Nard)教授

とダフィー(Duffy)教授はCAFCの他に少なくとも1つ

の高等裁判所が特許事件の控訴審を管轄すべきである

と主張している104)。また、第7サーキット高等裁判所の

著名なイースターブルック(Easterbrook)判事が地裁判

事として特許事件を裁いたときに、CAFCに一度差戻

されながら、経済学的な裏付けに基づく丁寧な記述で、

差戻し前と同一の意見を書き、結局CAFCに誤りを認

めさせたケースを例に挙げ、経済政策等にも広い視野

を持つ地理的なサーキット高等裁判所の判事が特許法

の管轄を持つべきであり、最終的な判例統一は最高裁

判所に任せるべきであるとの主張も見られる105)。

CAFCの判例によってクレーム境界の公示機能が低下

したという問題を指摘し、この問題を解消する方策の1

つが、専属管轄を改め複数のサーキット高等裁判所が

特許法を管轄することであるとの意見もある106)。さら

に、最高裁判所のスティーブンズ(Stevens)判事は、独

占禁止法の訴えに対して特許法の論点で抗弁した事件

はCAFCの管轄にならず、他の地理的サーキット高等

裁判所が管轄するとしたHolmes判決の同意意見におい

て、CAFCよりも広い管轄を有する他の地理的サーキッ

ト高等裁判所の判決は特別管轄裁判所の判断のバイア

スリスクに対する解毒剤となると指摘している107)。

5. 構造的批判の考察

(1)専門家裁判所への批判の考察

①ジェネラリスト�v.�スペシャリスト

 米国連邦裁判所にはジェネラリストを大切にする伝

統が存在するようだ。連邦裁判所が専門的であること

を禁止されているわけではないが、おぼろげながらも

否定できないジェネラリスト指向が存在するように感

じられる。ジェネラリストは米国連邦裁判所の伝統で

あると述べている論文も存在するが108)、特定の権威的

史の実証研究では、37.5%の事件において少なくも1

つの用語の解釈が誤りであるとされ、結果的に29.7%

の地方裁判所判決が破棄されたと結論づけている98)。

クレーム解釈の破棄確率の高さは、裁判の長期化と高

額化につながるので大きな問題である。

 レーダー判事は1998年のCybor判決においてクレー

ム解釈は純粋な法律問題ではないとする反対意見を述

べ た99)。 ま た、2006年 のAmgen事 件 に お い て も、

Cybor判決を先例として維持するか否かをエン・バン

クで検討することを否定した決定に対して、エン・バ

ンクで検討すべきであるとレーダー判事ら複数の判事

が反対意見を述べている100)。他の高等裁判所が特許事

件を管轄していたら、10年も同じ問題が燻り続けたで

あろうか。CAFCの判決に拘束されない高等裁判所が

あれば、そこでCybor判決を批判する新しい論理を用

いた弁護士の主張があったかもしれない。全ては「た

られば」の話であるが、弁護士の多様な主張を閉ざし

てしまう専属管轄の悪い面が実体法の批判に現れたと

考えることもできる一例である。

(4)構造面への批判

 構造面への批判を専門家裁判所(Specialist Court)

と専属管轄裁判所(Court with Exclusive Jurisdiction)

に分けて考えると分かりやすい。審理する範囲が狭く、

判事が狭い領域の専門家からなる、または、判事が専

門家になりやすい裁判所が専門家裁判所であり、審理

する範囲の広狭にかかわりなく、他の裁判所が管轄を

持たず特定の事物を集中的に扱う裁判所が専属管轄裁

判所である101)。

①専門家裁判所に関する批判

 専門家裁判所は、狭視野による洞察の低さ、ルール

が難解になったり、専門知識に基づく自分の方針を判

断対象を越えた領域にまで反映させることになったり

することへの懸念、中立ではないなどの悪い印象を持

たれやすい。特に専門家裁判所である州際通商裁判所

が特定の利益集団寄りとなり中立を保てず短期間で廃

止になったことが非地理的な事物管轄の専門家裁判所

への悪印象につながっている102)。外部の専門家の意見

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121 tokugikon 2009.1.30. no.252

CAFCを巡る論戦は甦る

それを暗に感じさせる。

②�二分法は不適当�−陥りやすい問題に注意すれば良

い−

 CAFCは連邦裁判所の伝統であるジェネラリスト裁

判所なのであろうか、それとも、専門家裁判所であり、

専門家裁判所に特有の問題があるということになるの

であろうか。私には専門家裁判所か否かの問いは連邦

裁判所の伝統などを肌で感じることのできない者が深

入りするべきものではないと思われる。そのような者

からすれば、ジェネラリスト裁判所と専門家裁判所と

の間に明瞭な境界がなく、不明瞭な区別が可能である

にすぎないように思える。専門家裁判所か否かという

議論は実際に存在するのであろうし、米国法曹界に長

くいればこのような問いかけが持つ含意に気づくので

あろう。おそらくジェネラリストとスペシャリストの

区分は人によっては議論を分かりやすくするための便

宜的な道具になるのかもしれないが、このような明確

な二分法は連邦裁判所を米国外から見るものには役に

立たないように思われる。

 むしろ、CAFCの性格をぼんやり捉えたい。CAFC

は管轄が限定的であるから、地理的なサーキット高

等裁判所と比較すると専門家裁判所的であり、CAFC

は特許事件以外も広く管轄しているので、前身の一

つである関税・特許上訴裁判所よりも管轄が広く、

それと比べるとジェネラリスト裁判所的である(図

6)。CAFCは半専門家裁判所であるという表現が最も

論文を引用しているわけではないところからみれば、

そのような雰囲気があるとまとめてよいと思われる。

 CAFC設立時にも専門家裁判所に関する批判が存在

したが、最終的には、CAFCは多様な法的論点や事件

を管轄する裁判所であり、いわゆる特別管轄裁判所で

はないとされた109)。実際、3.(6)の図4に示したように、

CAFCの管轄は、特許法に起因する事件、政府に対す

る金銭請求に関する事件、政府の公用収用に関する事

件、退役軍人への給付に関する事件、関税や反ダンピ

ング等に関する事件、連邦政府職員の人事に関する

事件、米国特許商標庁の審判からの事件など多岐に

渡る110)。また、CAFCの判事たちは多様なバックグラ

ンドを持っており、専門家裁判所に対する批判は

CAFCに当てはまらないかもしれない111)。

 それにもかかわらず、CAFCはジェネラリスト裁判

所と言われないことが多い。合衆国司法会議(Judicial

Conference of the United States)112)の連邦裁判所長期

計画(Long Range Plan for the Federal Courts)では、

地理的サーキットのジェネラリスト高等裁判所と

CAFCが高等裁判所の機能を果たしていくべきと述べ

ている113)。Laboratory Corp事件の裁量上告の却下決

定に対する反対意見において、ブレイヤー(Breyer)

判事、スティーブンズ判事、スーター(Souter)判事

らは、ジェネラリスト裁判所である最高裁判所はスペ

シャリストとジェネラリストの議論に貢献できるであ

ろうと述べている114)。ブレイヤー判事らはCAFCが専

門家裁判所であると断言はしていないが、記載ぶりは

関税・特許上訴裁判所

特許商標庁からの上訴

特許事件全般(特許商標庁からの上訴+特許権侵害事件)

国際貿易

国際貿易

行政関連

限られた事物の管轄

一般的な管轄

請求裁判所からの上訴

地理的区分のサーキット高裁CAFC CAFC

図6 管轄している事物の比較。どこからジェネラリスト裁判所?

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122tokugikon 2009.1.30. no.252

特許権の有効・無効の判断などに大きなばらつきが

あった117)。特許権者は特許権を有効であると維持する

傾向のあるサーキットに訴えを起こすし、被疑侵害者

は特許権が無効であると判断する傾向のあるサーキッ

トに非侵害の確認判決を求めて訴えを起こしていた。

特許権が安定しておらず、発明を保護する権利として

十分機能していなかったことが、CAFC設立の背景に

ある。

 フォーラム・ショッピングは全国的な判例不統一が

原因であるが、そもそも連邦法は基本的に一つの州で

は閉じない米国全体で必要な法であり、地域色を抑え

た一律の解釈がされることが望ましいのであり、高裁

レベルの判例統一は当然であるという見方もあろう。

例えば、著作権法も特許法と同様に州から連邦政府に

委ねられ立法化された連邦法であり、可能な限り地域

色を抑えた一律の解釈がされることが望ましいとも言

えるだろう。実際、著作権法の解釈については地理的

サーキットごとに違いがあり、著作権者が有利な法廷

地に被疑侵害者を引きずり込むフォーラム・ショッピ

ングが起きているという指摘があり118)、特許法と同様

に著作権法の専属管轄高等裁判所が存在していても不

思議ではない。事実、ホワイト(White)元最高裁判所

判事が議長を務めた連邦高等裁判所構造案に関する委

員会(Commission on Structural Alternatives for the

Federal Courts of Appeals)の暫定報告書は、ソフト

ウェアについては同一事件において特許権と著作権の

論点が存在するため、CAFCが著作権事件を管轄する

こともあり得ると指摘している119)。

 しかし、必ずしも連邦法=高裁レベルの判例統一

という図式になるわけではない(図7)。上述の連邦高

等裁判所構造案に関する委員会の暫定報告書におけ

る著作権事件の管轄に関する記述に対して反対意見

が寄せられた。例えば、ジェネラリスト裁判所の多

様な判事が著作権法の複雑な問題に接することで、

多様で微妙で含蓄に富む法を発展させることができ

る、ソフトウェア事件の割合は少ない、著作権事件

には技術的な専門家をあまり必要としない、特許法

よりも市民生活に根ざした法でありCAFCの専属管轄

では多様性が不十分であるなどがあった120)。結局、

最終報告書では、著作権事件をCAFCが専属管轄する

的確に感じられる。

 そして、専門家裁判所か否かの議論よりも、専門家

裁判所が陥りやすい具体的な問題に目を向けるべきで

あろう。CAFCが比較的専門家裁判所的性格を持つの

であれば、ジェネラリスト裁判所よりも狭視野による

洞察の低さの問題や、ルールが難解になったり、専門

知識に基づく自分の方針を判断対象を越えた領域にま

で反映させることになったりするという問題が起こり

やすいのであろうから、そのような傾向に起因した

具体的な問題を特定することから始めるべきである。

逸話レベルの証拠ではなく、実証的な批判が重要で

ある115)。CAFCが持つ専門家裁判所的性格からくる負

のポテンシャルを指摘するだけでは説得力のある批判

とは言えない。CAFCに大きな問題がない現在では、

CAFCの専門家裁判所的性格のみで、専属管轄を廃止

するような国会を動かす大きな改革は難しいように思

われる。

 また、専門家裁判所か否かの抽象的な問いによって

混乱することなく、関連する論点を考察することが重

要であると思われる。CAFCの設立に司法省司法次官

補(Assistant Attorney General)として携わったミー

ダー(Meador)氏は、スペシャリストとジェネラリス

トの問いは誤解を招く抽象的な議論であり、CAFCの

機能に着目すべきであると言う。具体的には、特許法

が非地理的な全国管轄の高等裁判所によって審理され

るべきか否かを問うべきであると言う116)。設立経緯か

らも分かるように、専門家裁判所を作ろうとして

CAFCができたわけではなく、フォーラム・ショッピ

ングの弊害をなくすために、特許法判例を統一すべく、

非地理的な全国管轄の高等裁判所ができたのであり、

設立後25年以上経った現在においても特許法判例の統

一をCAFCが行うべきか否かという問いが核心である

と思われる。

(2)専属管轄裁判所への批判の考察

①連邦法≠高裁レベルの判例統一

 特許事件を専属管轄にした大きな理由の一つは

フォーラム・ショッピングの弊害の解消である。

CAFC設立前は、地理的なサーキット高等裁判所間で

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123 tokugikon 2009.1.30. no.252

CAFCを巡る論戦は甦る

なかったと考えられる。CAFC設立から25年以上が経

過し、特許法の判例整備が進んだ。構造的にみると当

然であるが、特許事件は専属管轄なので高裁レベルで

のフォーラム・ショッピングは過去のものとなった122)。

もし専属管轄を廃止し、複数の高等裁判所が特許事件

を管轄することとしても問題のないくらいのほどよい

判例不統一が起こる程度になったとすれば、ビジネス

に大きな弊害がない範囲で、パーコレーション機能の

メリットを享受できるかもしれない。特許事件を管轄

する高等裁判所をCAFC以外に少なくとももう1つ設

けるべきというナード教授とダフィー教授の意見は、

このような文脈から出ていると思われる(彼らは、特

許事件の管轄を完全な地理的管轄に戻すことを主張し

ているわけではない。専属管轄の弊害をなくし、パー

コレーションをある程度機能させる工夫を提案してい

る)123)。

 ナード教授とダフィー教授は、判例統一の重要性

やCAFC判事の優秀さを認めつつも、イノベーション

における特許制度の役割、競争制限問題、予見可能

性の高いルールの必要性については近年の研究を反

映しているか疑問であるとし、それはCAFCだけの狭

可能性への言及は削除されている121)。著作権法との

対比で分かることは、たとえ連邦法であっても、高

裁レベルの判例統一は必ずしも求められてないとい

うことである。むしろ、ほどよい判例不統一を歓迎

しているように思える。

②専属管轄廃止論とパーコレーション

 地理的サーキットごとに判例が分かれることのメ

リットとしてよく指摘されるのが第2節で述べたパー

コレーション機能である。12の地理的サーキット高等

裁判所が同一の法的問題を検討すると多様で洞察に富

む意見が生まれる。全てのサーキット高等裁判所では

なく、いくつかの高裁が管轄するだけでも、ある程度

のパーコレーション機能が期待できる。このような多

種多様な知恵は最終的に法を決定する最高裁判所に

とって有益である。

 CAFC設立前の特許法については、フォーラム・

ショッピングが盛んに起こったように、ほどよい水準

を越えた質の悪い判例不統一が存在し、時間のかかる

パーコレーション機能では判例不統一のデメリットで

ある訴訟の予測可能性の低下の弊害を補うことができ

第二サーキット …………

最高裁判所著作権事件

DCサーキット

フェデラル・サーキット(CAFC)

第一サーキット

メーン州地裁

マサチューセッツ州地裁 …… …… …… DC地裁

特許事件

第二サーキット ………… DCサーキット

フェデラル・サーキット(CAFC)第一サーキット

最高裁判所

メーン州地裁

マサチューセッツ州地裁

ニューヨーク州東部地裁

バージニア州東部地裁 …… DC地裁

図7 特許事件(上)と著作権事件(下)の管轄の比較

Page 14: 寄稿 3 CAFCを巡る論戦は甦る - 特許庁技術懇話会( … 112 2009.1.30. no.252 しも問題としているわけではない。専属管轄廃止論者 が問題にしているのは裁判所体系である。米国は先例

124tokugikon 2009.1.30. no.252

最高裁判所が事件を取り上げることができるように

なったと捉えることができるかもしれない。

 複数のCAFCを作るべきというよう主張は暴論に聞

こえるかもしれないが、米国連邦裁判所体系と最高裁

判所が特許事件を積極的に審理している現状を念頭に

置けば決して的外れであるとは言えない。少なくとも

健全な議論である127)。

④�フォーラム・ショッピングの悪夢 −特許事件の特

異性−

 ただ、依然としてフォーラム・ショッピングの悪

夢はつきまとう。ナード教授らは、フォーラム・ショッ

ピングを軽減する方法として、複数の高等裁判所に

特許事件を管轄させつつ、地方裁判所に訴えを起こ

した後に、高等裁判所をランダムに割り当てる案を

紹介している128)。この裁判所の「ランダム」割り当て

という革新的で野心的なアイデアはすぐに受け入れ

られることはないであろう。もちろん、元の地理的

サーキットに完全に戻してしまうという主張もあり

得るだろうが、CAFCの設立経緯からみて大きな抵抗

があるだろう。つまり、フォーラム・ショッピング

の悪夢を回避しつつ、特許法判例を複数の高等裁判

所で発展させるための即効性のある構造改革妙案は

存在しないように思われる。CAFCに批判はあるもの

の大きな問題がない現状においては、国会が特許法

に関して専属管轄を選択したということが尊重され

るべきあり、ゼロベースの議論ではないから、連邦

裁判所の構造改革の提案者は現体制よりも確実に良

いことを示す必要があろうが129)、そのような案は見

当たらない。特許法の専属管轄改革には大きなハー

ドルが立ちはだかる。

 さらに、特許事件の管轄を論じる上では、技術の理

解が不可欠であるという特許事件の特異性を考慮しな

ければいけないと思われる。判事たちが特許事件を

嫌っていたことがCAFC設立の一因とも言われている130)。また、CAFC設立時に特許事件が移管されたこと

を判事たちが喜んでいたと回想する判事もいる131)。さ

らに、特許事件に対する地裁判事の専門性を向上させ

るパイロットプログラムを制定する法案が国会に提出

されていることも、技術を扱う特許事件の特異性を示

い問題ではなく、特許事件を集中的に扱う専属管轄

という構造の問題であると指摘する124)。訴訟当事者

はCAFCの判例である先例に追従することがほとんど

であり、弁護士が個人的に先例に反対であっても顧

客のために戦う訴訟では先例に反する主張はしにく

く、裁判所において多様な意見が戦わされにくい構

造になっているというのである125)。もし、特許事件

が複数の高等裁判所で管轄されれば、訴訟当事者は

他の高等裁判所においてCAFCと異なる主張をするこ

とができるようになるし、他の高等裁判所はCAFCの

先例に拘束されないので、CAFCの判断に説得力があ

ればそれを採用し、説得力がなければ新しい論理構

成を考えるなど多様な意見が醸成されることが期待

できる。

③最高裁判所の積極受理は追い風

 最高裁判所による特許事件の積極受理は専属管轄

廃止論にとって追い風である。なぜなら、特許事件

の積極受理は、特許法においても最高裁判所が適時

に判例統一ができること、ほどよい判例不統一に留

めパーコレーションが機能し得ることを示している

と理解できなくもないからである。1900年頃から特

許専門高等裁判所について議論され、1920年の特許

委員会の報告書で特許高等裁判所の設立は望ましく

な い と さ れ た が、 当 時 の フ ラ ン ク フ ァ ー タ ー

(Frankfurter)最高裁判所判事らは、最高裁判所にお

ける特許事件の審理遅延が問題にならなくなったこ

とを理由に挙げた126)。最近になって、最高裁判所が

特許事件を積極受理するようになったことは、専属

管轄の廃止を後押しする要因になろう。

 最高裁判所の特許事件の積極受理が可能になった理

由の1つにCAFCの功績を挙げても良いと思われる。

判例が過度に不統一の場合、裁量受理のため審理可能

数が限られている中では、最高裁判所は適時に判例統

一することは難しい。

 CAFC設立以前はそのような状態であったと思われ

る。CAFC設立後、CAFCの貢献により、最高裁判所

が特許法の重大な問題に集中することが可能となり、

本来持っている最終法解釈機関としての機能をスムー

ズに発揮できるようになり、その結果、必要に応じて

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125 tokugikon 2009.1.30. no.252

CAFCを巡る論戦は甦る

る。特に、特許事件が技術を扱うという特異性を考慮

すれば、現体制による特許法判例の発展が最も現実的

であると思われる137)。

6. まとめ

(1)論点を振り返る

 本稿では、最高裁判所が特許事件を積極的に受理す

ることの意味とCAFC専属管轄廃止論の実現性を中心

に考察した。まず、第2節ではCAFCの設立までの歴

史を振り返りつつ、構造的批判や最高裁判所の特許事

件の積極受理を考える上でキーとなる、裁量上告制度

とサーキット・スプリット、パーコレーション、特別

管轄裁判所は補完的(地理的管轄が本流)という3つの

考えを説明した。第3節ではCAFCの設立時の議論を

振り返りつつ、最高裁判所の権限には変化がなかった

こと、特別管轄裁判所への批判を多様な管轄で退けた

こと、フォーラム・ショッピングだけではなく様々な

要因がCAFC設立に重要であったことを説明した。ま

た、最高裁判所の特許事件の積極受理の状況を踏まえ

つつ、CAFCを取り巻く現状を説明した。第4節では

CAFCに対する批判を構造面と実体面に分けて紹介し

た。また、同節では実体面への批判と構造面への批判

の関係も述べた。第5節では専門家裁判所と専属管轄

裁判所の観点に分けて構造的な批判について考察し

た。特に、専属管轄裁判所の観点においては専属管轄

廃止論について考察した。

 最近の最高裁判所による特許事件の積極受理は、

CAFCが判例を整備した結果、最高裁判所が特許法の

重要な問題に集中して、そのような問題の判例統一を

スムーズに行える程度にまで至ったことの表れかもし

れない。このような状況から、特許法の専属管轄を廃

止し、判例統一は全て最高裁判所に任せればよいとい

う考え方も成り立ちうる。しかし、特許事件が技術を

扱うという特異性とCAFCへの評価を考えると、現体

制のようにCAFCが専属管轄のまま高裁レベルである

程度の判例統一を行い、重要な論点については最高裁

判所が特許事件を受理すべきである。専属管轄を廃止

し、地理的管轄へ戻すという提案や、特許法の管轄を

すものである132)。

 フォーラム・ショッピングの悪夢は簡単には消えな

い。CAFCが設立されたにもかかわらず、地裁レベル

でフォーラム・ショッピングが見られるという実証研

究がある133)。この研究では地裁判事の技術や特許制度

の理解度の違いなどが法廷地選択に影響しているので

あろうと述べている134)。このように、専属管轄の議論

においては、技術的理解が不可欠であるという特許事

件の特異性は最も重視されるべき論点の1つであると

思われる。

⑤CAFCへのインプットを増やすことから始める

 より良い特許法判例を形成するためには外部からの

具体的な事例に基づくインプットが重要である。例え

ば、批判の多いクレーム解釈と見直し基準の関係つい

ては、1998年のCybor判決においてはレーダー判事の

み反対意見を述べたが、2006年のAmgen事件ではレー

ダー判事を含む4名の判事がエン・バンクで再考しな

いことに対して反対意見を述べている。反対意見の増

加には、クレーム解釈に関する実証的な研究135)などが

影響していると思われる。このような具体的なイン

プットが増加すれば、専属管轄の欠点である多様な意

見の欠如が補われるであろう136)。

 今後は、CAFCの判例に対する批判等を考慮しなが

ら、複雑、重大、根本的な問題に関しては時に最高裁

判所が最終判例を決定し、その他の多くの場合は

CAFCが判例形成を担うのが現実的であると思われ

図8 �CAFCムーア判事らが著者のケースブック"Patent�Litigation�and�Strategy"では、地裁レベルのフォーラム・ショッピングの分析とそれに基づく戦略が議論されている。

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126tokugikon 2009.1.30. no.252

1) 後知恵防止に役立つとして正当化された非自明性判断のテスト。In re Dembiczak, 175 F.3d 994, 999(1999)では、後知恵を利用した非自明性の判断を防止する最良の手段はTSMテストの厳格な適用であると述べている。

2) Federal Trade Commission, To Promote Innovation: The Proper Balance of Competition and Patent Law and Policy, Executive Summary 11-12(2003).

3) KSR Intern. Co. v. Teleflex Inc., 127 S.Ct. 1727(2007).4) 本稿では日本で馴染みのあるCAFCと呼ぶ。しかし、米国

ではフェデラル・サーキットと呼ぶことが多いように思われる。Intellectual Property Owners Association, IPO Daily News(Sep. 19, 2008)では、フェデラル・サーキットではなく、頭文字を並べてCAFCと呼ぶ弁護士が増えてきたが、頭文字を並べた呼称は、米国特許庁審判・インターフェアレンス部をBPAIと呼ぶ場合などには問題がないが、CAFCという呼び方は尊重に欠ける、としてフェデラル・サーキットと呼ぶことを推奨している。 http://www.ipo .org/AM/Template .c fm?Sect ion=IPO_Dai ly_N e w s _ & t e m p l a t e = / C M / C o n t e n t D i s p l a y .cfm&ContentID=19473を参照(最終アクセス日:2008年10月3日)。ジョージワシントン大学ロースクールの科目名はCAFCではなく、フェデラル・サーキットである。CAFC 物語—栄光の日々と落日(藤野仁三、情報管理、科学技術振興事業団(JICST)(2003年 2月号))では、CAFCという短縮語を使って質問したところ、当時のニース(Nies)判事に、フェデラル・サーキットを使うべきと言われたという記載がある。

5) Robert Merges, Merges: Back to the Shadows, or Onward and Upward? Current Trends in Patent Law, Patently-O

(2007).(http://www.patentlyo.com/patent/2007/01/merges_back_to_.html(最終アクセス日:2008年10月3日))、Harold Wegner, Wegner: Escaping the Depths of the Patent Shadows(2007)(http://www.patentlyo.com/patent/2007/01/wegner_escaping.html(最終アクセス日:2008年10月3日))、Marcia Coyle, Critics Target Federal Circuit , LAW.COM(2006).(http://www.law.com/jsp/article.jsp?id=1161162317072(最終アクセス日:2008年10月3日))

6) フォーラム・ショッピングは法廷(地)漁りと訳されることが多い。「どの国・州の裁判所に訴えを提起するかによって適用される法の内容が異なりうる場合、訴訟当事者が自己にもっとも有利な判決を得られるように訴えを提起する裁判所を選択する」ことを意味する。財団法人東京大学出版会、英米法辞典より引用。

7) 正確に言えば、他の高等裁判所も特許事件を審理することはある。例えば、独占禁止法に請求原因のある訴えに対して、特許法に基づく反訴をした場合には、CAFCではなく、地方裁判所が属するサーキットが事件を審理する。Holmes Group, Inc. v. Vornardo Air Circulation Systems, Inc., 535 U.S. 826(2002).

8) The Honorable Timothy B. Dyk, Does the Supreme Court Still Matter?, 57 American University Law Review 763 764-65(2008).

9) 最高裁判所の見直し件数だけではなく、そのような感覚もあったようである。脚注2の藤野にニース判事がCAFCを特許問題についての実質的な最高裁判所と呼んだとの回想がある。

CAFC以外に少なくとも一つ設けるべきという提案は

現実的ではないと思われる。

(2)残された課題

 最高裁判所とCAFCとの関係の議論は、最高裁判所

が特許事件においてどのような役割を果たすべきか、

というより具体的な議論に次第に変わってきているよ

うに感じられる。例えば、特許法判例ではサーキット・

スプリットがない現状において、どのような特許事件

を重要な事件として最高裁判所が取り上げるべきか、

そのときの基準はどうすれば良いかという論点がある140)。最高裁判所は新しい重大な問題がある場合や忘れ

られていた重要な論点に再考を促せる場合に受理をし

た方が良く、パーコーレーターとして機能すべきであ

るという意見もある141)。今後も、最高裁判所やCAFC

の動向、学者の様々な意見に注目していきたい。

(3)謝辞

 最後に、本稿をまとめるにあたり、様々な方々に助

けられ、かつ、貴重なアドバイスを頂いた。貴重な機

会を与えてくれた特技懇編集委員会に感謝している。

特に、担当編集委員の寺川ゆりか審査官からは荒い初

稿の段階から詳細な助言を頂いた。また、佐竹雅彦審

査官、多田達也審査官や共にレーダー判事の講義「フェ

デラル・サーキット」を受講した川本和弥弁理士、菊

地浩之弁護士、森友宏弁理士からも貴重な意見や感想

を頂いた。彼らのサポートなしでは本稿は完成しな

かったであろう。この場を借りて御礼したい。

 なお、本稿は著者の個人的な見解であり、特許庁の

見解ではない。

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127 tokugikon 2009.1.30. no.252

CAFCを巡る論戦は甦る

17) 2-5 Chisum on Patents § 5.02には、1961年にCAFCの前身の関税・特許上訴裁判所がIn re Bergel, 292 F.2d 955, 956-57(CCPA 1961)において最初に確立したと述べられている。CAFCはSouth Corp. v. U.S., 690 F.2d 1368(Fed. Cir. 1982)で関税・特許上訴裁判所の判例を先例とすると判示した。

18) 脚注14のNard et. al., 166019) 本稿第2節(3)を参照。20) Commission on Revision of the Federal Court Appellate

Sy s t em S t r u c t u r e a nd I n t e r n a l Pro c edu r e s : Recommendations for Change, 67 F.R.D. 195, 234-36.(以下、脚注において、Hruska Reportと呼ぶ)

21) Richard A. Posner, The Federal Courts: Crisis and Reform, 23(1985)に連邦裁判所の歴史が簡潔にまとめられている。著者は第7サーキット高等裁判所の判事であ る。20世 紀 始 め ま で の 連 邦 裁 判 所 の 歴 史 はFelix Frankfurter and James M. Landis, The Business of the Supreme Court: A Study of the Federal Judicial System

(1927)が詳しい。22) 脚注21のPosner, 23を参照。限られた種類の事件につい

ては、サーキット裁判所が地方裁判所の控訴審となっていた。

23) 脚注21のFrankfurter et. al., 12-13を参照。例えば、海事法については地方裁判所が、異なる州民による事件は複数州に一つ設立されたサーキット裁判所がそれぞれ管轄した。

24) 脚注21のPosner, 23を参照。25) 脚注21のPosner, 24を参照。26) 脚注21のPosner, 24を参照。27) 脚注21のPosner, 24を参照。28) Margaret Meriwether Cordray and Richard Cordray, The

Philosophy of Certiorari: Jurisprudential Considerations in Supreme Court Case Selection, 82 Wash. U. L. Q. 389, 392(2004). 上告拒否は十分な審理がされていない場合に限られた。

29) 脚注28のCorday, 392を参照。30) 脚注28のCorday, 393を参照。31) 脚注21のFrankfurter et. al., 177を参照。判例として、

Mast, Foos & Co. v. Stover Mfg. Co., 177 U.S. 485(1900)等を挙げている。

32) 脚注28のCorday, 437を参照。33) 脚注28のCorday, 438やA Challenge to Judicial Architecture:

Modifying the Regional Design of the U.S. Courts of Appeals, Daniel J. Meador, 56 University of Chicago Law Review 603,633-34(1989)を参照。また、Richard A. Posner, The Federal Courts: Challenge and Reform, 252-54(1996)において、ポズナー判事は、独占禁止法と特許法の関係は専門家の間でも意見が分かれる問題であるとし、その一方の特許法だけを専属管轄にすることを批判している。

34) 脚注20のHruska Report, 243を参照。35) John F. Duffy, The Festo Decision and the Return of the

Supreme Court to the Bar of Patents, 2002 Supreme Court Review 273, 286-287(2002).

36) 脚 注21のPosner, 25を 参 照。 請 求 裁 判 所(Court of

10) The Honorable Timothy B. Dyk, Does the Supreme Court Still Matter?, 57 American University Law Review 763 764-65(2008). 具体的な判決は次のとおり。Merck KGaA v. Integra Lifesciences I. Ltd., 545 U.S. 193

(2005).(下級審判決の取消しと下級審への差戻し:連邦食品薬品局(FDA)への申請のための実験の例外が薬の安全性に関する臨床前データだけに限られるわけではないなど)、Illinois Tool Works Inc. v. Independent Ink, Inc., 547 U.S. 28(2006).(下級審判決の取消しと下級審への差戻し:抱き合わせ製品が特許製品であるという理由のみでは特許製品における市場支配力は推定されないなど)、Laboratory Corp. of America Holdings v. Metabolite Laboratories, Inc., 126 S. Ct. 2921(2006)(不用意な上告受理として受理却下:他のビタミンとの相関性を利用して、あるビタミン欠如を検知する方法のクレームは自然 現 象 そ の も の か 否 か が 論 点 )、eBay Inc. v MercExchange, L.L.C., 547 U.S. 388(2006)(下級審判決の取消しと下級審への差戻し:特許権による恒久的差止であっても一般的な4パートテストを適用するなど)、MedImmune, Inc. v. Genentech, Inc., 127 S. Ct. 764

(2007) (下級審判決の破棄と下級審への差戻し:確認判決を求める前に必ずしもライセンス契約を解消しなければいけないわけではないなど)、脚注3のKSR(2007)(下級審判決の破棄と下級審への差戻し:TSMテストの硬直的適用を見直すなどの非自明性に関する判決)、Microsoft Corp. v. AT & T Corp., 127 S. Ct. 1746(2007)(破棄自判:ソフトウェア特許における271(f)の解釈)。

11) Quanta Computer, Inc. v. LG Electronics, Inc., 128 S.Ct 2109(2008).(破棄自判:特許権消尽の原則は方法特許にも適用される、ランセンシーがライセンサー特許権の実質的な部分を実施した場合、その製品については当該特許権は消尽するなど)

12) 脚注10のIllinois Tool Works Inc.では、原審においてCAFCが先例とした最高裁判例を、この判決において最高裁判所が廃止しているので、本件は必ずしもCAFCの法解釈が不適切とはいえない。

13) ジョージワシントン大学ロースクールにはThe Federal Circuitというユニークな講義がある。春学期の1月から4月まで、週1回2時間、補講を含めて14回の講義があった。この講義では次のような論点について学んだ。CAFC以外の高等裁判所は基本的に地理的に管轄が決まっているところ、地理的な制限がなく事物のみで管轄が決まるユニークなCAFCの役割は何か。CAFCが管轄する事件にはどのようなものが存在するか。CAFCは特許法の発展にどのような貢献をしてきたか。

14) Craig Allen Nard and John F. Duffy, Rethinking Patent Law's Uniformity Principle , 101 Northwestern University Law Review 1619(2007)が代表的である。脚注5のWegnerにおいて、Wegner氏がこの提案に触れている。

15) 筆者は口頭審理開始2時間半前に並んだが、整理番号68番で10分間という短時間傍聴コースに回された。口頭審理全てを聞くためには60番くらいの整理番号を得る必要があった。特許事件に対する関心の高さが窺える。

16) John R. Thomas, Formalism at the Federal Circuit, 52 American University Law Review 771(2003).その他、脚注2の連邦取引委員会の報告書。

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128tokugikon 2009.1.30. no.252

68) Rochelle Cooper Dreyfuss, The Federal Circuit: A Case Study in Specialized Courts, 64 New York University Law Review 1, 66-69(1989)、Rochel le Cooper Dreyfuss , The Federa l Circu i t : A Cont inu ing Experiment in Specialization, 54 Case Western Reserve Law Review 769(2004)など参照。

69) Richard A. Posner, The Federal Courts: Challenge and Reform, 244-270(1996)、脚注14のNard et. al.などを参照。

70) Chief Judge Paul R. Michel, State of the Court, 1-2(May 15, 2008).(http://www.cafc.uscourts.gov/pdf/State%20of%20the%20Court%205-08.pdf(最終アクセス日:2008年10月3日))

71) 脚注70のState of the Court, 2を参照。72) サーシオレイライとは裁量上訴を意味する。「上訴は、重

要な法律問題を含むと上級審が判断した場合に許される。…事件の重要性や判例の統一の必要等を考慮のうえ, 最高裁判所の9名の裁判官のうち4名の賛成があれば、certiorariを認めるものとされている。」財団法人東京大学出版会、英米法辞典より引用。

73) 脚注70のState of the Court, 6を参照。74) 脚注70のState of the Court, 6を参照。75) 脚注8のDyk, FN(Foot Note)6を参照。76) Festo Corp. v. Shoketsu Kinzoku Kogyo Kabushiki Co.,

Ltd., 72 F.3d 857(Fed. Cir. 1995).77) Warner-Jenkinson Co. v. Hilton Davis Chem. Co., 520

U.S. 17(1997).78) Festo Corp. v. Shoketsu Kinzoku Kogyo Kabushiki Co.,

Ltd. , 172 F.3d 1361, 1365(Fed. Cir. 1999)でGVRの経緯が述べられている。

79) Bonito Boats, Inc. v. Thunder Craft Boats, Inc., 489 U.S. 141(1989)はフロリダ州の州最高裁からの事件であり、CAFCからの事件ではない。

80) 基本的に5年で区切っている。CAFCは1982年10月1日の設立であるから、1982年から1987年までは5年3ヶ月である。

81) 脚注8のDyk, 764-65を参照。FN7-9には具体的なケース名が挙げられている。口頭審理を行うと決定した年と判決年は異なる。例えば、Quanta Computer, Inc. v. LG Elecs, Inc.の事件は2007年9月に口頭審理を行うと決定し、2008年1月に口頭審理を開き、2008年6月に判決を下している。

82) 脚注12を参照。83) Honorable Arthur J. Gajarsa, The Federal Circuit and

the Supreme Court, 55 American University Law Review 821, 842-44(2006).

84) 脚注8のDykの821-823、FN7-9を基に筆者が作成。85) この段落の統計はWilliam M. Landes and Richard A.

Posner, The Economic Structure of Intellectual Property Law, 2-3にある。

86) The Honorable Richard Linn, The Future Role of the United States Court of Appeals for the Federal Circuit Now That It Has Turned 21, 53 American University Law Review 731, 735(2004).

87) 脚注2を参照。

Claims)はCAFCが設立された1982年に廃止され、その高裁部門はCAFCに引き継がれることとなった。

37) 財団法人東京大学出版会、英米法辞典。38) 脚注21のFrankfurter et. al., 174-84を参照。39) 脚注21のFrankfurter et. al., 177-78を参照。40) 脚注31を参照。41) 脚注21のFrankfurter et. al., 183を参照。42) 脚注21のFrankfurter et. al., 183-84を参照。43) 脚注21のFrankfurter et. al., 182を参照。その他、Charles

Alan Wright, et. al., 13 Federal Practice & Procedure 2d §3508(2008)にもCommerce Courtの歴史が特許法の専属管轄化への反対感情を醸成したとある。

44) 脚注21のFrankfurter et. al., 153-54を参照。45) 脚注21のFrankfurter et. al., 154-62を参照。46) Randall R. Rader, Specialized Courts: The Legislative

Response, 40 American University Law Review 1003, 1012(1991).

47) 脚注21のFrankfurter et. al., 182を参照。48) Harold C. Petrowitz, Federal Court Reform: The

Federal Courts Improvement Act of 1982 - and Beyond, 32 American University Law Review 543, 543(1983).

49) 脚注48のPetrowitz, 544を参照。50) Federal Judicial Center, Report of The Study Group on

The Caseload of The Supreme Court (1972), reported in 57 F.R.D. 573 (1972).

51) 脚注48のPetrowitz, 544を参照。52) 脚注48のPetrowitz, 544-45を参照。53) 脚注48のPetrowitz, 545-46を参照。54) 脚注48のPetrowitz, 547を参照。55)脚注20を参照。56) 脚注20のHruska Report, 208-47を参照。Honorable Harold

Leventhal, A Modest Proposal for a Multi-Circuit Court of Appeals, 24 American University Law Review 881, 891-93

(1975)に簡潔にまとめられている。57) 脚注20のHruska Report, 234-36を参照。知的財産訴訟外

国法制研究会報告書(2003年5月)34-35頁等でも議論されている。

58) 脚注20のHruska Report, 234-36を参照。59) 脚注48のPetrowitz, 551を参照。60) Daniel J. Meador, Origin of the Federal Circuit: A

Personal Account, 41 American University Law Review 581, 582-83(1992).

61) 脚注60のMeador, 586を参照。62) 脚注60のMeador, 588を参照。63) 脚注60のMeador, 592-93を参照。64) 脚注46のRaderが詳しい。その他、脚注60のMeador, 593

には、CAFC設立案の事前の意見取りにあたり、管轄する法的論点が多いことを強調する工夫をしたことが書かれている。

65) 脚注46のRader, 1008-09を参照。66) 脚注48のPetrowitz, 554を参照。脚注60のMeadorには調

整の詳しい経緯が載っている。67) 脚注60のMeador, 615を参照。

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129 tokugikon 2009.1.30. no.252

CAFCを巡る論戦は甦る

注46のRader, 1013で簡潔にまとめられている。111) 脚注70のState of the Court, 1を参照。その他、S. Jay

Plager, The United States Courts of Appeals, the Federal Circuit, and the Non-Regional Subject Matter Concept: Reflections on the Search for a Model, 39 American University Law Review 853, 860-61(1990).

112) 「最高裁判所のchief justice(首席裁判官)が、毎年Court of Appeals(控訴裁判所)の各circuit(巡回区)の首席裁判官および各circuitから1名のdistrict court

(地方裁判所)裁判官を招集して開く会議。」財団法人東京大学出版会、英米法辞典から引用。

113) Judicial Conference of the United States, Long Range Plan for the Federal Courts 43(1995).

114) Laboratory Corp. of America Holdings v. Metabolite Laboratories, Inc., 126 S.Ct. 2921, 2929(2006).

115) 脚注111のPlayger, 867を参照。116) 脚注33のMeador, 612を参照。117) 脚注20のHruska Report, 235を参照。118) Micheal Landau and Donald E. Biederman, The Case

for a Specialized Copyright Court: Eliminating the Jurisdictional Advantage, 21 Hastings Communications and Entertainment Law Journal 717, 784(1999).

119) Commission on Structural Alternatives for the Federal Courts of Appeals, Tentative Draft Report, 63-65

(1998). http://www.library.unt.edu/gpo/csafca/report/draft.htm(最終アクセス日:2008年10月3日)。

120) 第2サーキット裁判所委員会(Committee on Second Circuit Courts)、アメリカ知的所有権法協会(AIPLA)、バーチ(Birch)第11サーキット高等裁判所判事の意見。http://www.library.unt.edu/gpo/csafca/report/draft.htmでコメントを入手可能(最終アクセス日:2008年10月3日)。

121) Commission on Structural Alternatives for the Federal Courts of Appeals, Final Report, 63-65 (1998). http://www.library.unt.edu/gpo/csafca/final/appstruc.pdf(最終アクセス日:2008年10月3日)。

122) Gerald J. Mossinghoff, Increasing Certainty in Patent Litigation: The Need for Federal Circuit Approved Pattern Jury Instruction, 10 Federal Circuit Bar Journal 273, 274(2000).

123) 脚注14のNard et. al.,1646などを参照。124) 脚注14のNard et. al., 1620-22を参照。125) 脚注14のNard et. al., 1622を参照。126) 脚注21のFrankfurter et. al., 183を参照。127) ナード教授は、脚注5のLAW.COMの記事において、専

属管轄廃止論の目的は議論を喚起することであると答えている。

128) 脚注14のNard et. al., 1668を参照。129) S. Jay Plager and Lynne E. Pettigrew, Rethinking

Patent Law's Uniformity Principle: A Response to Nard and Duffy, 101 Northwestern University Law Review 1735, 1755-56(2007)において、プレイジャー

(Plager)判事はナード教授らの主張に反論している。彼は、特許法に関して、白紙の状態から専属管轄とするか地理的管轄とするかを議論しているわけではなく、

88) 脚注16のThomasを参照。 89) 脚注16のThomasを参照。 90) 277 F.3d 1338(Fed. Cir. 2002). 91) 脚注16のThomas, 789-792を参照。 92) 脚注3を参照。 93) 脚注14のNard et. al., 1660 94) Markman v. Westview Instruments, Inc., 517 U.S. 370

(1996). 95) Fromson v. Anitec Printing Plates, Inc., 132 F.3d 1437

(Fed. Cir. 1997)、Eastman Kodak Co. v. Goodyear Tire & Rubber Co., 114 F.3d 1547(Fed. Cir. 1997)、Wiener v. NEC Electronics, Inc., 102 F.3d 534(Fed. Cir. 1996)、Metaullics Systems Co., L.P. v. Cooper, 100 F.3d 938(Fed. Cir. 1996)では地方裁判所の技術的事実の認定を尊重しているが、Cybor Corp v. FAS Technologies, Inc. 138 F.3d 1448(1998) に よ り、Cybor判決と反する部分は否定された。

96) 「大法廷で」という意味である。CAFCの先例の拘束力を否定するためには、CAFCはエン・バンクによらなければならない(3名のパネルでは先例の拘束力を否定できない)。

97) Cybor Corp v. FAS Technologies, Inc. 138 F.3d 1448(1998)

98) Kimberly A. Moore, Markman Eight Years Later: Is Claim Construction More Predictable?, 9 Lewis & Clark Law Review 231, 239(2005).

99) Cybor, 138 F.3d 1473-78.100) Amgen Inc. v. Hoechst Marion Roussel, Inc. 469 F.3d

1039, 1044-45(2006).101) 脚注14のNard et. al.の議論を参考にしている。102) 脚注43, 46を参照。103) 脚注69のPosner, 249, 251, 254 を参照。104) 脚注14のNard, et. al., 1625を参照。105) Innovation and the U.S. Patent System, Cecil D.

Quillen, Jr., 1 Virginia Law & Business Review 207, 232(2006).

106) James Bessen and Michael J. Meurer, Patent Failure: How Judge, Bureaucrats and Lawyers Put Innovations at Risk, 25(2008).

107) Holmes Group, Inc. v. Vornado Air Circulation Systems, Inc., 122 S.Ct. 1889, 1898(2002).

108) Pauline Newman, Fifth Annual Conference on International Property Law and Policy Addresses on Global Patent Cooperation, 8 Fordham Intellectual Property, Media and Entertainment Law Journal 3, 7-8

(1997)において、CAFCのニューマン(Newman)判事は、CAFCはジェネラリストの伝統の中でジェネラリスト裁判所として設立されたと述べている。他にThomas E. Baker, Imagining the Alternative Future of the U.S. Courts of Appeals, 28 Georgia Law Review 913, 949-50(1994)では、ジェネラリスト高等裁判所はジェネラリストの伝統の最後の痕跡であると述べている。

109) 脚注46のRader, 1008-09を参照。110) 28 U.S.C. §1295にCAFCの管轄が規定されている。脚

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130tokugikon 2009.1.30. no.252

すでに国会が専属管轄を選択した以上、提案者には重い立証負担が課せられるが、提案者はそれを果たしていないと指摘する。

130) The Honorable Kathleen M. O'Malley, The Honorable Patti Saris, and The Honorable Ronald H. Whyte, A Panel Discussion: Claim Construction From the Perspective of the District Judge, 54 Case Western Reserve Law Review 671, 682(2004).

131) Honorable Mary M. Schroeder , A Wide-Eyed Generalist Confronts Copyright Law, 48 Journal of the Copyright Society of the U.S.A. 1, 5(2000).

132) H.R. 34. GovTrack.us. H.R. 34--110th Congress(2007): To establish a pilot program in certain United States district courts to encourage..., GovTrack.us(database of federal legislation)<http://www.govtrack.us/congress/bill.xpd?bill=h110-34>(accessed Oct 3, 2008)によれば、H.R.34は下院を既に通過したものの、2008年9月26日時点で上院は通過していない。

133) Kimberly A. Moore, Forum Shopping In Patent Cases: Does Geographic Choice Affect Innovation?, 79 North Carolina Law Review 889(2001).

134) 脚注133のMoore, 899を参照。135) 脚注98のMooreを参照。136) Paul R. Michel, The Challenge Ahead: Increasing

Predictability in Federal Circuit Jurisprudence for the New Century, 43 Am. U. L. Rev. 1231, 1245(1994).

137) 脚注5のWegnerで、Wegner氏は専属管轄廃止論が究極の方法であるが、現時点では抽象論に留まっていると述べている。

138) Rebecca S. Eisenberg, The Supreme Court and the Federal Circuit: Visitation and Custody Patent Law, 106 Mich. L. Rev. First Impressions 28, 28(2007).

139) 2008年9月10日にジョージワシントン大学ロースクールで行われた、テキサス大学オースチン校ロースクールのゴールデン(John M. Golden)准教授の"The Supreme Court as 'Prime Percolator': A Prescription for Appellate Review of Questions in Patent Law"という講演より。

profile泉 卓也(いずみ たくや)

平成11年4月入庁。特許審査第一部事務機器で特許審査に従事。技術調査課(現企画調査課)、工業所有権制度改正審議室を併任。平成19年7月よりジョージワシントン大学ロースクールに留学。平成20年5月にLL.M.(知的財産権法専攻)を修了。その後、ジョージワシントン大学ロースクール客員研究員として現在に至る。