日本島山地河川における季節別渇水比流量の経年変化と

その規定要因ー特に降水特性に着目してー

お茶の水女子大学大学院　　　　杉原晴佳

東京大学　　　　　　　　　　　　　　　安形康

お茶の水女子大学　　　　　　　　　大瀧雅寛

はじめに（１）「緑のダム」：近年，社会的関心

渇水流量：森林流域の保水力の　　　　　　　有力な指標として期待

　　　　　本当に有効な指標か？

渇水流量の年々変動の実際は？　　　　　　　

はじめに（２）：渇水流量分布図渇水流量： 1年間における日平均流量を大きい順に並べたとき， 355番目にあたる流量

渇水流量は流域固有の定数とみなされていた（虫明． 1983）⇒地理的分布，規定要因

(Musiake,1978)

太田ら (1997)・・・東大愛知演習林小流域，約６０年間の流量記録森林の成長と同時期に，渇水流量が減少

蔵治・芝野（ 2002・ 2003）・・・同じ流域で違う結論毎年の渇水時流量を冬季および夏季にわけて算定それらは直前の季節の降水特性に強く規定される

一般の大流域でも，渇水時流量を規定するのは，直前の降水量なのか？？

はじめに（３）：渇水流量のトレンドに　　　　　　　　　　　　　　　　　関する研究

降水特性の年々変動が渇水時流量の長期変動を規定していることを見出した．

目的• 日本島山地流域では，渇水流量がどのような年々変動を示すのか？

• その変動は，渇水の起こる季節によってどう変わるか？

• 100km2オーダーの流域でも蔵治・芝野（ 2002・ 2003）の手法が適用できるのか？

対象流域および使用したデータ

• 多目的ダム管理年報に記載されている全国 8箇所のダム流域

• 流域面積： 100～ 805km2

• データ期間： 22～ 34年間　（いずれも 1992年まで）• 日平均値を使用• 年値の年界：暦年

桂沢ダム (151.2)

石渕ダム (154)

素波里ダム (100)

矢木沢ダム (167.4)

美和ダム (311.1)二川ダム (228.8)

永瀬ダム (295.2)鶴田ダム (805) (　 )内の数値は流域面積 (km2)

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

3.5

4

4.5

1966 1969 1972 1975 1978 1981 1984 1987 1990

結果１：年渇水流量の経年変動

ケンドールの順位相関：８ダム中６ダムで減少傾向　　　　　　　　　　　　　　／うち３ダムで５％有意

矢木沢ダム（利根川）の例

渇水流量（㎥／ｓ）

減少傾向

結果２：当年および前年の降水特性との関係

年降水特性との相関が見出せないものが大半やはり蔵治・芝野（ 2002・ 2003）のように，直前数ヶ月間の降水特性との関係を調べてみる必要がある

二川ダム

0

500

1000

1500

2000

2500

3000

1968

1970

1972

1974

1976

1978

1980

1982

1984

1986

1988

1990

1992

mm

年降

水量

（）

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

3.5

4

/s)

年渇

水流

量（㎥

年降水量

年渇水流量

結果３：渇水流量生起月の頻度分布

蔵治・芝野（２００２）と同様に夏季（ 5 月～ 9 月），冬季（ 10 月～ 4月）に分けた

夏季渇水流量（ Ds ）：夏季流量のうち 5 番目に少ない流量冬季渇水流量（ Dw ）：冬季流量のうち 5 番目に少ない流量

渇水流量生起月の頻度分布

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

夏季

冬季

結果４：渇水流量生起季節のタイプ分類

生起季節のタイプ ダム名 Ds と Dw の大小関係

冬 A型 矢木沢・永瀬・美和常に Ds ＞ Dw（いつも冬）

冬 B型 二川・素波里

通常 Ds ＞ Dw ，数年に 1 度だけ， Ds ＜ Dw

（おもに冬）

夏 B型 桂沢

通常 Ds ＜ Dw,数年に 1 度だけ， Ds ＞ Dw

( おもに夏 )

WS型 鶴田前半は Ds ＜ Dw ，後半は逆

（トレンドが逆）

夏冬交代型 石淵 一定しない

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

3.5

4

1959

1962

1965

1968

1971

1974

1977

1980

1983

1986

1989

美和ダム

Ds と Dw はそれぞれ独自の変動をする．これらは，直前の降水特性に影響されているのか？⇒ 蔵治・芝野（ 2002 ・ 2003 ）の手法による検討

季節別渇水比流量（㎥／ｓ／100ｋ㎡）

冬 A型の例

夏季渇水流量（ Ds）

冬季渇水流量（ Dw ）≒年渇水流量

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

3.5

1959

1962

1965

1968

1971

1974

1977

1980

1983

1986

1989

1992

石淵ダム

季節別渇水比流量（㎥／ｓ／100ｋ㎡）

夏季渇水流量（ Ds）

冬季渇水流量（ Dw ）

夏冬交代型の例

結果４：蔵治らの N方式・M方式の説明

Ｒ１（Ｎ）＝

1

1

/k

Nki

NRi

Ｎ＝ 1,2, ･･･ 100

Ｒ2（M）＝

1

1/k

Mi

MKRi

R1(N) と Ds の年々変動の相関が最大となる N を選択

　　　 R1(N) と Dw　　　 R2(M) と Ds 　　　の場合も同様．もっとも成績のよい　　　 R2(M) と Dw 　　　　　 M ないし N を各流域各季節で選ぶ

R1(N）：渇水流量生起日の前日から　　　　　 N日前までの平均日降水量

R2(M）：特定の日付（M日）から　　　　　渇水流量生起日の前日までの　　　　　平均日降水量

M方式

N方式

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

5月13日 7月2日 8月21日 10月10日 11月29日 1月18日 3月9日0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0 20 40 60 80 100

M,Nを変えたときの決定係数の変化

　　　　　　　　　　　　決定係数（ｒ２）

Ｎ (日）

決定係数（ｒ

２）

Ｍ

Ｎ =47r2=0.386

N=89r2=0.349夏季

冬季

M=9月 2日r2=0.5504

冬季

美和ダム

N 方式における R1(N) とDs ／ Dw との決定係数ｒ２の変化

M 方式における R2(M) とDw との決定係数ｒ２の変化

採用！！

結果５：降水量指標と渇水流量の経年変化の例

0

1

2

3

4

5

6

1959

1961

1963

1965

1967

1969

1971

1973

1975

1977

1979

1981

1983

1985

1987

1989

1991

降水

指数

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

1.2

1.4

1.6

1.8

//k

冬季

渇水

比流

量（㎥

ｓ㎡

）

冬季渇水比流量

M=9/ 2)降水指数（

美和ダム冬季

降水量指標が季節別渇水流量を決める例→一般的な傾向か？

降水量指標 R2(M),M=9月 2日

降水量指標

冬季渇水比流量

(m3 /

s/10

0km

2 )

冬 A型，ｒ２＝ 0.55

結果６：すべての流域について桂沢ダム夏季

0

100

200

300

400

500

600

700

1959

1961

1963

1965

1967

1969

1971

1973

1975

1978

1980

1982

1984

1986

1987

1989

1991

R1(N

)N=

56降

水指

標，

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

1.2

m3/

s/10

0km

2)渇

水比

流量

（

N=56)降水指標（夏季渇水比流量 桂沢ダム冬季

0

2

4

6

8

10

12

14

R1,(M

)=5/

20降

水指

標

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0.8

0.9

m3/

s/10

0km

2)渇

水比

流量

（

M=5/ 20)降水指標（冬季渇水比流量

石渕ダム冬季

0

1

2

3

4

5

6

7

8

9

1959

1961

1963

1965

1967

1969

1971

1972

1974

1976

1978

1980

1982

1984

1986

1988

1990

R2(M

),M=7

/16

渇水

指標

0

0.5

1

1.5

2

2.5

m3/

s/10

0km

2)渇

水比

流量

（

M=7/ 16)降水指標（冬季渇水比流量

美和ダム夏季

0

50

100

150

200

250

300

350

400

450

500

1959

1961

1963

1965

1967

1969

1971

1973

1975

1977

1979

1981

1983

1984

1986

1988

1990

1992

R2(

M),M

=7/1

2降

水指

標

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

3.5

4

m3/s/100km

2)渇

水比

流量

（

M=7/ 12)降水指標（夏季渇水比流量

鶴田ダム夏季

0

50

100

150

200

250

300

350

1965

1966

1967

1968

1969

1970

1971

1972

1973

1974

1975

1976

1977

1978

1979

1980

1981

1982

1983

1984

1985

1986

1987

1988

1989

1990

1991

1992

R1(N

),N=2

4降

水指

標

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

4.5

(m3/

s/10

0km2

)渇

水比

流量

N=24)降水指標（夏季渇水比流量

鶴田ダム夏季

0

2

4

6

8

10

12

14

1965

1967

1969

1971

1973

1975

1977

1979

1981

1983

1985

1987

1989

1991

R2(M

),M=5

/2渇

水指

標

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

4.5

m3/

s/10

0km

2)渇

水比

流量

（

M=5/ 2)降水指標（夏季渇水比流量

鶴田ダム冬季

0123456789

10

1965

1967

1969

1971

1973

1975

1977

1979

1981

1983

1984

1986

1988

1990

R2(

M),M

=7/3

降水

指標

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

(m3/

s/10

0km

2)渇

水比

流量M=7/ 3)降水指標（

冬季渇水比流量

矢木沢ダム夏季

0

100

200

300

400

500

600

700

1966

1968

1970

1972

1974

1976

1978

1980

1981

1983

1985

1987

1989

1991

R1(N

),N=5

2降

水指

標

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

3.5

4

4.5

5

m3/

s/10

0km

2)渇

水比

流量

（

N=52)降水指標（夏季渇水比流量

矢木沢ダム夏季

0

2

4

6

8

10

12

14

1966

1968

1970

1972

1974

1976

1978

1980

1981

1983

1985

1987

1989

1991

R2(M

),M=7

/9降

水指

標

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

3.5

4

4.5

5

m3/

s/10

0km

2)渇

水比

流量

（

M=7/ 9)降水指標（夏季渇水比流量

素波里ダム夏季

0

50

100

150

200

250

300

350

1971

1973

1975

1977

1979

1981

1983

1985

1987

1989

1991

R1(N

),N=2

4降

水指

標

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

3.5

m3/

s/10

0km

2)渇

水比

流量

（

N=24)降水指標（夏季渇水比流量

二川ダム夏季

y = - 0.0722x + 3.3666

y = - 7.4858x + 267.86

0

100

200

300

400

500

600

1968

1970

1972

1974

1976

1978

1980

1982

1984

1986

1988

1990

1992

R1(N

),N=3

8降

水指

標

00.5

11.5

22.5

33.5

44.5

5

m3/

s/10

0km

2)渇

水比

流量

（

N=38)降水指標（夏季渇水比流量 二川ダム冬季

0

1

2

3

4

5

6

7

8

1968

1969

1971

1973

1975

1977

1979

1981

1983

1985

1987

1989

1991

R2(M

),M=8

/11

降水

指標

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

1.2

1.4

m3/

s/10

0km

2)渇

水比

流量

（

M=8/ 11)降水指標（冬季渇水比流量

永瀬ダム

050

100150200250300350400450500

1959

1961

1963

1965

1967

1969

1971

1973

1975

1977

1979

1981

1983

1984

1986

1987

1989

1991

R1(N

),N=3

5降

水指

標

0

1

2

3

4

5

6

(m3/

s/10

0km

2)渇

水比

流量

N=35)降水指標（夏季渇水比流量 永瀬ダム

0

50

100

150

200

250

1959

1960

1960

1961

1962

1963

1964

1965

1966

1967

1968

1969

1970

1971

1972

1973

1974

1975

1976

1977

1978

1979

1980

1981

1982

1983

1984

1985

1986

1987

1988

1989

1990

1991

1991

R1(

N),N

=51

降水

指標

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

(m3/

s/10

0km

2)渇

水比

流量

N=51)降水指標（冬季渇水比流量

永瀬ダム冬季

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

3.5

1959

1960

1962

1964

1966

1968

1970

1972

1974

1976

1978

1980

1982

1984

1986

1988

1990

1991

R2(

M),M

=12/

9降

水指

標

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

m3/

s/10

0km

2)渇

水比

流量

（

M=12/ 9)降水指標（冬季渇水比流量

××

×

×××× ×

結果７：蔵治らの方式の適合性

蔵治らの手法が，適用できるダムは８ダム中５ダム（特に降雪の少ない流域）

ダム名季節別渇水流量が

起こる季節

夏季渇水流量(Ds)への適合性

冬季渇水流量 (Dw)への適合性

年渇水流量への適合性

桂沢 夏 B型 × × ×

素波里 冬 B型 ○（N=24) × △

石渕 夏冬交代型 × × ×

矢木沢 冬 A型 × × ×

美和 冬 A型○（N=47・

M=7/9)○（N=89・

M=9/2) ○

二川 冬 B型 ○(N=38) × △

永瀬 冬 A型 × ○(N=51) ○

鶴田 ＳＷ型○(N=24・

M=5/2) ○(M=7/3) ○※水色のセル：年渇水流量への適合性判別に使用

まとめ• 1960-80 年代：年渇水流量は減少傾向の

流域が多い–年降水特性の変動とは対応しない

• 冬季の渇水（ Dw ）と夏季の渇水（ Ds ）：

それぞれ独自の経年変化，　　　その組み合わせで年渇水流量の　　　　長期変動が決まる

まとめ（２）• Dw,Ds はそれぞれ直前数ヶ月間の降水量

と相関する例が多い–蔵治らの方式： 100km2 オーダーの流域でも

一部適用可能（特に降雪の影響のない場合）

–→ 月スケールの降水特性の年々変動が渇水流量の年々変動を決める場合がある

大流域でも，渇水時流量の長期変動を用いて流域の環境変化を検討する際，気候の長期変動の影響の大きさを正しく評価することが必要