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197 公募研究:2005 ~ 2007 年度 哺乳類 Y 染色体の多様性と普遍性―ゲノム構造から見る性染色体 の機能とその進化― ●黒木 陽子 理化学研究所 ゲノム科学総合研究センター 比較システム解析研究チーム <研究の目的と進め方> 本研究では、Y 染色体のゲノム進化の様相と染色体機能の関連 性を明らかにすることを目指して、哺乳類の性染色体の比較ゲノ ム解析を行う。これまでに、ヒトーチンパンジー Y 染色体の比較 解析を行い、近縁種間における Y 染色体のゲノム進化を明らかに してきた。そこで本研究では、ヒトとチンパンジーよりも生物進 化上、距離の離れた 7 種の哺乳類について、X-degenerate region, Y-ampliconic region, X-degenerate region に対応する X 染色体領 域の3領域についてゲノム構造解析を行う。種間における比較解 析に加えて、性染色体の3つの解析対象領域についての比較を行 うことにより、性染色体の異なるゲノム領域におけるゲノム構造 変化の道筋も明らかになると考えている。 解析手法としては、7種の生物種(オランウータン、ニホンザ ル、マーモセット、イヌ、クジラ、ワラビー、カモノハシ)の性 染色体の X-degenerate region, Y-ampliconic region, X-degenerate region に対応する X 染色体領域の3領域について、物理地図作成 と一部のクローンの高精度塩基配列決定を行う。これら 7 種の哺 乳類と、ヒト、チンパンジーを含む様々な生物について種間、性 染色体間の構造比較を行う。具体的には、BAC クローンを用い た FISH 解析による比較マッピングと高精度配列データを用い て、各領域における遺伝子の同定、遺伝子構造の保存性、種特異 的反復配列の同定とその分布、レトロトランスポゾンの挿入変化 などについて比較解析を行う。 性染色体の機能を考察する上で、それぞれの染色体に位置する 遺伝子の構造と機能の解明が鍵となる。Y 染色体上に位置する遺 伝子の多くは精巣特異的に発現していること、X 染色体上の遺伝 子は神経や脳機能と関与するものが多いこと、精巣と脳では様々 な遺伝子が発現しているという3つの知見から、性染色体の機能 解明に必要な精巣と脳由来の cDNA クローンの解析を行う。リ ソースが入手可能なものから対象生物種の精巣と脳由来の c DNA ライブラリー作成を行い、性染色体上に位置する遺伝子 の単離と配列決定を行う。 性染色体のゲノム構造と転写産物の解析データから、性染色体 の機能とゲノム進化の関連性を明らかにしたい。 <研究開始時の研究計画> 昨年度から作成中のクローン地図をもとに、哺乳類間で保存さ れている領域と多様性が高い領域から、代表的なゲノムクローン を選出し、高精度塩基配列決定を行う。得られた配列データを用 いて、異なる生物種間における対応領域の比較解析と、種内にお ける性染色体間の比較解析を行い、特定領域の塩基置換率の算出 を含めた分子進化的解析を行う。種特異的な領域については、転 写産物の有無、反復配列の種類や頻度について調べ、分子レベル での配列特異性を見出す。また、クローン地図と比較染色体マッ ピングの結果、染色体再構成、重複、欠失領域の存在が示唆され た場合には、切断点の同定や構造変化を起こしている領域周辺の ゲノム構造について詳細な解析を行い、哺乳類における性染色体 の構造変化の痕跡を明らかにする。 <研究期間の成果> ・ 比較クローン地図の作成 解析対象とする 7 種の生物種のうちマーモセットとカモノハシ を除く5種については、ヒトY染色体の配列データを用いたクロー ンライブラリーのスクリーニングと比較クローン地図作成を進め ている。 そのうち、オランウータンについては、クローンの末端塩基配 列をヒト Y 染色体の配列データにはりつけた、ヒトーオランウー タン Y 染色体の比較クローン地図を作成した。ヒト Y 染色体の 配列データにオランウータン BAC クローンの末端塩基配列をは りつけたところ、Y 染色体上の X-degenerate region では、オラ ンウータンの BAC クローンがヒトの配列データにマップされ、 両者の Y 染色体の構造に相同性があることが示唆された。一方、 Y-ampliconi region では、この領域に位置するオランウータン BAC クローンが得られず、この領域のゲノム構造は種特異的な ゲノム構造変化を起こしていること示唆された。異なる生物種間 において、Y-ampliconic region のゲノム構造が多様であるという 結果は、ヒトーチンパンジー Y 染色体の比較解析においても認め られており、これらは霊長類 Y 染色体のゲノム進化において普遍 的な性質であると考えられる。オランウータン Y 染色体の配列 データと、ヒトーオランウータン比較クローン地図については、 データの公開に向けて準備を進めている。 また、イヌ Y 染色体については、Y 染色体上の X-degenerate region に位置する3つの BAC クローンの高精度配列決定を行っ た。塩基配列決定を行った領域には、3つの遺伝子ZFY、 DDX3Y、USP9Y が存在していた。これら3つの遺伝子領域のゲ ノム配列と、既に公共データベースに登録されていたヒト、チン パンジー、マウス、ラットの cDNA 配列を用いて遺伝子領域の相 同性検索を行なったところ、DDX3Y、USP9Y は種内における性 染色体間(X-Y)における配列相同性よりも異なる生物種間 (X-X,Y-Y)の配列相同性が高かったが、ZFY については異な る生物種間(X-X,Y-Y)よりも種内における性染色体間(X-Y) の相同性が高く、この遺伝子を含むゲノム領域において、進化の 過程で性染色体間の Gene conversion が起こったことが示唆され た。今後、これらの領域を対象に、今回解析対象としている生物 種の詳細なゲノム構造決定を進め、X-degenerate region のゲノム 進化の様相を明らかにするとともに、これらの遺伝子が関与する 表現型や性染色体機能と遺伝子構造、ゲノム構造の関連性を明ら かにしたいと考えている。 ・ 染色体特異的STSマーカーの作成 支援班所有の解析機器を利用させていただき、染色体特異的 STS マーカーの作成とクローン単離を行った。 解析対象生物のうち、生物進化上、ヒトと離れた生物の Y 染色 体については、ヒト Y 染色体の配列データとの相同性が低いた め、Y 染色体由来のクローン単離が困難な状況にある。そこで、

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公募研究:2005 ~ 2007 年度

哺乳類 Y染色体の多様性と普遍性―ゲノム構造から見る性染色体の機能とその進化―●黒木 陽子 理化学研究所 ゲノム科学総合研究センター 比較システム解析研究チーム

<研究の目的と進め方>本研究では、Y 染色体のゲノム進化の様相と染色体機能の関連

性を明らかにすることを目指して、哺乳類の性染色体の比較ゲノム解析を行う。これまでに、ヒトーチンパンジー Y 染色体の比較解析を行い、近縁種間における Y 染色体のゲノム進化を明らかにしてきた。そこで本研究では、ヒトとチンパンジーよりも生物進化上、距離の離れた 7 種の哺乳類について、X-degenerate region, Y-ampliconic region, X-degenerate region に対応する X 染色体領域の3領域についてゲノム構造解析を行う。種間における比較解析に加えて、性染色体の3つの解析対象領域についての比較を行うことにより、性染色体の異なるゲノム領域におけるゲノム構造変化の道筋も明らかになると考えている。

解析手法としては、7種の生物種(オランウータン、ニホンザル、マーモセット、イヌ、クジラ、ワラビー、カモノハシ)の性染色体の X-degenerate region, Y-ampliconic region, X-degenerate region に対応する X 染色体領域の3領域について、物理地図作成と一部のクローンの高精度塩基配列決定を行う。これら 7 種の哺乳類と、ヒト、チンパンジーを含む様々な生物について種間、性染色体間の構造比較を行う。具体的には、BAC クローンを用いた FISH 解析による比較マッピングと高精度配列データを用いて、各領域における遺伝子の同定、遺伝子構造の保存性、種特異的反復配列の同定とその分布、レトロトランスポゾンの挿入変化などについて比較解析を行う。

性染色体の機能を考察する上で、それぞれの染色体に位置する遺伝子の構造と機能の解明が鍵となる。Y 染色体上に位置する遺伝子の多くは精巣特異的に発現していること、X 染色体上の遺伝子は神経や脳機能と関与するものが多いこと、精巣と脳では様々な遺伝子が発現しているという3つの知見から、性染色体の機能解明に必要な精巣と脳由来の cDNA クローンの解析を行う。リソースが入手可能なものから対象生物種の精巣と脳由来のc DNA ライブラリー作成を行い、性染色体上に位置する遺伝子の単離と配列決定を行う。

性染色体のゲノム構造と転写産物の解析データから、性染色体の機能とゲノム進化の関連性を明らかにしたい。

<研究開始時の研究計画>昨年度から作成中のクローン地図をもとに、哺乳類間で保存さ

れている領域と多様性が高い領域から、代表的なゲノムクローンを選出し、高精度塩基配列決定を行う。得られた配列データを用いて、異なる生物種間における対応領域の比較解析と、種内における性染色体間の比較解析を行い、特定領域の塩基置換率の算出を含めた分子進化的解析を行う。種特異的な領域については、転写産物の有無、反復配列の種類や頻度について調べ、分子レベルでの配列特異性を見出す。また、クローン地図と比較染色体マッピングの結果、染色体再構成、重複、欠失領域の存在が示唆された場合には、切断点の同定や構造変化を起こしている領域周辺のゲノム構造について詳細な解析を行い、哺乳類における性染色体

の構造変化の痕跡を明らかにする。

<研究期間の成果>・ 比較クローン地図の作成

解析対象とする 7 種の生物種のうちマーモセットとカモノハシを除く5種については、ヒトY染色体の配列データを用いたクローンライブラリーのスクリーニングと比較クローン地図作成を進めている。

そのうち、オランウータンについては、クローンの末端塩基配列をヒト Y 染色体の配列データにはりつけた、ヒトーオランウータン Y 染色体の比較クローン地図を作成した。ヒト Y 染色体の配列データにオランウータン BAC クローンの末端塩基配列をはりつけたところ、Y 染色体上の X-degenerate region では、オランウータンの BAC クローンがヒトの配列データにマップされ、両者の Y 染色体の構造に相同性があることが示唆された。一方、Y-ampliconi region では、この領域に位置するオランウータンBAC クローンが得られず、この領域のゲノム構造は種特異的なゲノム構造変化を起こしていること示唆された。異なる生物種間において、Y-ampliconic region のゲノム構造が多様であるという結果は、ヒトーチンパンジー Y 染色体の比較解析においても認められており、これらは霊長類 Y 染色体のゲノム進化において普遍的な性質であると考えられる。オランウータン Y 染色体の配列データと、ヒトーオランウータン比較クローン地図については、データの公開に向けて準備を進めている。

また、イヌ Y 染色体については、Y 染色体上の X-degenerate region に位置する3つの BAC クローンの高精度配列決定を行った。塩基配列決定を行った領域には、3つの遺伝子 ZFY、DDX3Y、USP9Y が存在していた。これら3つの遺伝子領域のゲノム配列と、既に公共データベースに登録されていたヒト、チンパンジー、マウス、ラットの cDNA 配列を用いて遺伝子領域の相同性検索を行なったところ、DDX3Y、USP9Y は種内における性染色体間(X-Y)における配列相同性よりも異なる生物種間(X-X,Y-Y)の配列相同性が高かったが、ZFY については異なる生物種間(X-X,Y-Y)よりも種内における性染色体間(X-Y)の相同性が高く、この遺伝子を含むゲノム領域において、進化の過程で性染色体間の Gene conversion が起こったことが示唆された。今後、これらの領域を対象に、今回解析対象としている生物種の詳細なゲノム構造決定を進め、X-degenerate region のゲノム進化の様相を明らかにするとともに、これらの遺伝子が関与する表現型や性染色体機能と遺伝子構造、ゲノム構造の関連性を明らかにしたいと考えている。・ 染色体特異的STSマーカーの作成

支援班所有の解析機器を利用させていただき、染色体特異的STS マーカーの作成とクローン単離を行った。

解析対象生物のうち、生物進化上、ヒトと離れた生物の Y 染色体については、ヒト Y 染色体の配列データとの相同性が低いため、Y 染色体由来のクローン単離が困難な状況にある。そこで、

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顕微鏡下で Y 染色体の切り出しを行い、染色体特異的 STS マーカーの作成を試みた。まずは、タマーワラビーの Y 染色体クローン単離を目指して、染色体マイクロダイセクション法を用いて Y染色体の切り出しを行い、得られた染色体から DNA 抽出、クローン化、配列決定を行って STS マーカーを作成した。これまでに、染色体特異的または領域特異的な DNA を単離・収集する実験系を確立し、Y 染色体特異的 STS によりゲノムライブラリーからクローンを単離し、クローン地図作成を進めているところである。・ スクリーニングシステムの構築

タマーワラビーとニホンザルの全ゲノム BAC ライブラリー、5ゲノム分を用いて、PCR によるスクリーニングシステムを構築した。・ EST配列決定とクラスタリング解析

ゲノム構造変化と染色体機能についての関連性を調べるため、性染色体上に位置する cDNA クローンの収集を行った。支援班の協力を得て、タマーワラビーの精巣、卵巣、視床下部由来の完全長 cDNA ライブラリー作成と、各ライブラリー 2 万クローンの末端配列を決定し、ゲノムへのマッピングと組織別遺伝子プロファイリングを行った。

<国内外での成果の位置づけ>本研究課題で解析対象にしている生物種のうち、クジラとカモ

ノハシ以外の生物については、欧米の研究グループが全ゲノムショットガン法によるゲノム解析を進めている。また、チンパンジーとアカゲザルについては既に概要配列が報告されている。しかしながら、これらの大規模ゲノム解析の対象となる個体は、そのほとんどが雌由来で、入手可能な Y 染色体の配列データは未だ乏しい。雄由来の配列データが得られたとしても、近縁種間におけるゲノム配列の比較や反復配列が豊富な Y 染色体の詳細な解析は、概要配列では十分な情報が得られず、反復配列の分布や挿入配列の相違など、物理地図を基にした高精度配列データの比較解析から初めて明らかになることが多い。これらのことから、哺乳類7種の Y 染色体物理地図と高精度配列データは、哺乳類の Y染色体(雄)のゲノム進化を明らかにする上で貴重なデータである。

Y 染色体のゲノム解析については、我々の研究チーム以外に、アメリカの研究チーム(ホワイトヘッド研究所 / MITとワシントン大学)も研究を進めている。MIT のグループは、マウス、アカゲザル、マーモセット、ウシ、オポッサムの Y 染色体ゲノム解析を進める予定になっている。本研究課題で解析を行う生物種や解析対象領域については、MIT を含めた他の研究グループの進捗状況をみながら、慎重に研究を進めていきたいと考えている。

<達成できなかったこと、予想外の困難、その理由>解析対象である 7 種の生物種のゲノム構造の相違が著しく、7

生物種全てにおいて保存されている性染色体領域、特に Y 染色体のゲノム領域の同定に苦労している。予想はしていたものの、クジラ、イヌ、ワラビー、カモノハシの性染色体由来のクローンの単離が困難な状況である。まずは、遺伝子構造変化、反復配列の分布、レトロトランスポゾンの挿入変化などを比較解析し得るだけの十分な領域を含むゲノム地図作成が急務である。現状の打開策として、染色体マイクロダイセクション法による染色体切り出しとゲノム抽出により、クジラ、イヌ、ワラビー、カモノハシの染色体由来のゲノム DNA を収集し、クローンライブラリーの作成を進めている。染色体特異的なクローンライブラリー作成に成功すれば、BAC クローンのスクリーニングに有用なマーカーが得られ、ゲノム地図作成が効率良く進められる。現在、タマーワ

ラビーの Y 染色体について、染色体特異的 STS の同定と BACクローンのスクリーニングを行っている。これら一連の解析技術が確立したところで、クジラ、イヌ、カモノハシについても同様な方法で、Y 染色体のクローン地図作成と高精度配列決定を進めていきたいと考えている。

マイクロダイセクション法と並行して、染色体分離装置によるワラビー Y 染色体の分離を試みているが、培養細胞の増殖速度が遅いため、染色体ソーティングパターンを得るに至っていない。現在、細胞培養条件の検討を行いつつ、増殖速度の早い培養細胞の入手についても考えている。

<今後の課題、展望>ワラビーやカモノハシのように生物進化上、ヒトと離れた生物

種における Y 染色体由来のゲノムクローンの単離に手間取っているため、この作業過程を効率的に進める。解析対象生物である 7哺乳類の Y 染色体で保存されている領域の特定と、その領域に位置するゲノムクローンの高精度配列決定を進めるとともに、cDNA クローンのマッピング情報から各生物の性染色体に位置する遺伝子リストと染色体機能の関連性についての解析に着手する。

<研究期間の全成果公表リスト>1. 論文なし

2.データベース/ソフトフェア0801291641Shouji Tatsumoto, Yoko Kuroki, Atsushi Toyoda, Yoshiyuki Sakaki, Asao Fujiyamahttp://riken/cgi-bin/gbrowse/chimp_chrY/

3.共同研究 ゲノム地図作成とBACクローンの塩基配列決定については、比較ゲノムの藤山班と共同で進めている。 ワラビー精巣、卵巣、視床下部由来の完全長cDNAライブラリー作成と末端塩基配列決定については、支援班のサポートを受けている。 本研究課題と関連する研究としては、下記の共同研究を進めている。・ワラビーX染色体のゲノム解析(東京医科歯科大学 石野史敏先生)・ワラビーとカモノハシのゲノム解析(The Univers i ty o f Melbourne Dr. Marilyn B.Renfree, The Australian National University Dr.Jennifer A. Marshall Graves)・研究試料の提供等(東京大学 石田貴文先生、京都大学 松沢哲郎先生、財団法人実験動物中央研究所 佐々木えりか先生、末水洋志先生)