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-1 - 電子論を導入した有機反応の指導 -反応の様式を中心に- 博昭・井野口 弘治 A Tria l of Ogan ic Reaction Using Ele cto nicTheo ry:TypeofOganic Rea ction HiroakiOKA ・Koji INOGUCHI 妙録:高校で取り扱う有機反応の様式は実に多い。それが生徒にとって負担であり,化学が 暗記科目と考えられる所以である。有機反応は3種類に,反応種も3種類に分類できる。 この考え方を高校化学に取り入れると,実にすっきりとした統一理論ができる。電子論は 高校生に可能かどうか検討してみた。 キーワード:化学教育,有機化学,有機反応,電子論 はじめに 生徒は,化学は暗記教科であるという。確かに物質の性質や反応など,覚えることは多 い。しかし,系統的に整理すると,決して化学は暗記科目ではないことに気づく。 無機の分野では,反応に関する考え方がいくつかある。酸塩基反応はプロトンの授受で 説明できる。酸化還元反応は電子の授受で説明ができる。平衡の移動はルシャトリエの原 理で説明ができる。 一方,有機化学の反応では,系統的な理論が少ない。反応の様式も整理されているとは 言い難い。 有機反応を統一的に説明するには,電子論が有効であることは言うまでもない。しかし, 高校の有機反応では,電子論による説明はない。電気陰性度を学習しているのだから,高 校生に電子論を活用することはできないだろうか。高校の有機反応における電子論の可能 性を探ってみる。 高等学校で扱う有機反応 高等学校化学ⅠBで扱う主な有機反応は,置換,付加,脱離,縮合,分解,酸化,還元 の7種類に分類されている。現行の教科書において,本文に反応式が紹介されている有機 反応を調査してみた。調査対象は,啓林館高等学校化学ⅠB改訂版,東京書籍化学ⅠB, 数研出版改訂版高等学校化学ⅠB,第一学習社高等学校改訂化学ⅠB,実教出版化学ⅠB 新訂版の5冊である。

電子論 を導入 した 有機反応 の指導 =CHBr + Br 2 → CHBr 2CHBr 2 2-10 アセチレン の塩化水素付加 (T 社,S 社) HC ≡CH + HCl → CH 2=CHCl

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電子論を導入した有機反応の指導

-反応の様式を中心に-

岡 博昭・井野口 弘治

A Trial of Oganic Reaction Using Electonic Theory : Type of Oganic Reaction

Hiroaki OKA・Koji INOGUCHI

妙録:高校で取り扱う有機反応の様式は実に多い。それが生徒にとって負担であり,化学が

暗記科目と考えられる所以である。有機反応は3種類に,反応種も3種類に分類できる。

この考え方を高校化学に取り入れると,実にすっきりとした統一理論ができる。電子論は

高校生に可能かどうか検討してみた。

キーワード:化学教育,有機化学,有機反応,電子論

Ⅰ はじめに

生徒は,化学は暗記教科であるという。確かに物質の性質や反応など,覚えることは多

い。しかし,系統的に整理すると,決して化学は暗記科目ではないことに気づく。

無機の分野では,反応に関する考え方がいくつかある。酸塩基反応はプロトンの授受で

説明できる。酸化還元反応は電子の授受で説明ができる。平衡の移動はルシャトリエの原

理で説明ができる。

一方,有機化学の反応では,系統的な理論が少ない。反応の様式も整理されているとは

言い難い。

有機反応を統一的に説明するには,電子論が有効であることは言うまでもない。しかし,

高校の有機反応では,電子論による説明はない。電気陰性度を学習しているのだから,高

校生に電子論を活用することはできないだろうか。高校の有機反応における電子論の可能

性を探ってみる。

Ⅱ 高等学校で扱う有機反応

高等学校化学ⅠBで扱う主な有機反応は,置換,付加,脱離,縮合,分解,酸化,還元

の7種類に分類されている。現行の教科書において,本文に反応式が紹介されている有機

反応を調査してみた。調査対象は,啓林館高等学校化学ⅠB改訂版,東京書籍化学ⅠB,

数研出版改訂版高等学校化学ⅠB,第一学習社高等学校改訂化学ⅠB,実教出版化学ⅠB

新訂版の5冊である。

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1 置換

分子中の原子が他の原子や原子団(基)に置き換わる反応と定義されている。この定

義にあてはまる反応には,次のようなものがある。

1-1 アルカンのハロゲン化(K社,T社,S社,D社,J社)

光R-H + Cl2 → R-Cl + HCl

CH4 + Cl2 → CH3Cl + HCl

光 光 光 光+Cl2 +Cl2 +Cl2 +Cl2

CH4 → CH3Cl → CH2Cl2 → CHCl3 → CCl4

-HCl -HCl -HCl -HCl

1-2 アルコールとナトリウムの反応(K社,T社,S社,D社,J社)

2R-OH + 2Na → R-ONa + H2

2C2H5OH + 2Na → C2H5ONa + H2

1-3 アルコールとハロゲン化水素の反応(K社)

R-OH + H-X → R-X + H2O

1-4 ハロゲン化アルキルと塩基の反応(K社)

R-X + NaOH → R-OH + NaX

1-5 ナトリウムメトキシドとヨウ化エチルの反応(T社)

CH3ONa + C2H5I → CH3OC2H5 + NaI

1-6 ベンゼンのハロゲン化(K社,T社,S社,D社,J社)

FeC6H6 + Cl2 → C6H5Cl + HCl

FeC6H6 + Br2 → C6H5Br + HBr

1-7 ベンゼンのニトロ化(K社,T社,S社,D社,J社)

H2SO4C6H6 + HONO2 → C6H5NO2 + H2O

1-8 ベンゼンのスルホン化(K社,T社,S社,D社,J社)

C6H6 + HOSO3H → C6H5SO3H + H2O

1-9 フェノールの臭素化(K社,T社,S社,)

C6H5OH + 3Br2 → C6H2(OH)Br3 + 3HBr

1-10 フェノールのニトロ化(K社,T社,S社)

H2SO4C6H5OH + 3HONO2 → C6H2(OH)(NO2)3 + 3H2O

1-11 トルエンのニトロ化(T社,S社,D社)

H2SO4C6H5CH3 + 3OHNO2 → C6H2(CH3)(NO2)3 + 3H2O

1-12 アルキルベンゼンスルホン酸(S社,D社)

H2SO4R-C6H5 → R-C6H4-SO3H

H2SO4CnH2n+1-C6H5 → CnH2n+1-C6H4-SO3H

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2 付加

不飽和結合が切れて他の原子が付加する反応と定義されている。この定義にあてはま

る反応には,次のようなものがある。

2-1 エチレンの水素付加(K社,S社,D社,J社)

CH2=CH2 + H2 → CH3CH3

2-2 エチレンの臭素付加(K社,T社,S社,D社,J社)

CH2=CH2 + Br2 → CH2BrCH2Br

2-3 エチレンの塩素付加(T社,S社,D社)

CH2=CH2 + Cl2 → CH2ClCH2Cl

2-4 エチレンの水付加(K社,T社,S社,D社,J社)

H2SO4 ,リン酸CH2=CH2 + H2O → CH3CH2OH

2-5 エチレンの塩化水素付加(D社)

CH2=CH2 + HCl → CH3CH2Cl

2-6 エチレンの付加重合(K社,T社,S社,D社,J社)

…+CH2=CH2 + CH2=CH2 + CH2=CH2 + …

→ …CH2CH2CH2CH2CH2CH2…

2-7 塩化ビニルの付加重合(K社)

nCH2=CHCl → [-CH2CHCl-]n

2-8 アセチレンの水素付加(K社,D社)

HC≡CH+H2 → CH2=CH2,CH2=CH2 + H2 → CH3-CH3

2-9 アセチレンの臭素付加(K社,T社)

HC≡CH + Br2 → CHBr=CHBr,

CHBr=CHBr + Br2 → CHBr2CHBr2

2-10 アセチレンの塩化水素付加(T社,S社)

HC≡CH + HCl → CH2=CHCl

2-11 アセチレンの酢酸付加(K社,S社)

HC≡CH + CH3COOH → CH2=CHOCOCH3

2-12 アセチレンの水付加(K社,T社,S社)

HC≡CH + H2O → 〔CH2=CH(OH)〕 → CH3CHO

2-13 アセチレンの付加重合(K社,T社,S社,J社)

3HC≡CH → C6H6

2-14 シクロヘキセンのハロゲン付加(K社,T社,S社)

C6H10 + Cl2 → C6H10Cl2

C6H10 + Br2 → C6H10Br2

2-15 ベンゼンの塩素付加(K社,T社,S社,J社)

C6H6 + 3Cl2 → C6H6Cl6

2-16 ベンゼンの水素付加(K社,T社,S社,D社,J社)

C6H6 + 3H2 → C6H12

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2-17 クメンの合成(K社,T社)

C6H6 + CH3CH=CH2 → C6H5CH(CH3)2

2-18 イソプレンの付加重合(D社)

nCH2=C(CH3)CH=CH2 → ‥-CH2C(CH3)=CHCH2-‥

3 脱離

有機化合物から水などの小さい分子がとれて二重結合を生じる反応と定義されている。

この定義にあてはまる反応には,次のものがある。

3-1 エチレンの合成(K社,T社,S社,D社,J社)

H2SO4CH3CH2OH → CH2=CH2 + H2O

170℃,160℃以上

3-2 アルケンの合成(T社)

H2SO4RCH2CH2OH → RCH=CH2 + H2O

4 縮合

2つの分子から水のような簡単な分子がとれて1つの分子ができる反応と定義されて

いる。この定義にあてはまる反応には,次のものがある。

4-1 エーテル(K社,T社,S社,D社,J社)

H2SO42CH3CH2OH → C2H5OC2H5 + H2O

140℃

H2SO42ROH → R-O-R + H2O

4-2 無水酢酸(K社,T社,S社,D社,J社)

2CH3COOH → CH3COOCOCH3 + H2O

4-3 6,6-ナイロン(K社,T社,S社,J社)

nHOOC(CH2)4COOH + nH2N(CH2)6NH2 →

HO[CO(CH2)4CONH(CH2)6NH]nH + (2n-1)H2O

4-4 エステル(K社,T社,J社)

RCOOH + R'OH → RCOOR' + H2O

(RCO)2O + R'OH → RCOOR' + RCOOH

4-5 酢酸エチル(K社,T社,S社,D社)

CH3COOH + C2H5OH → CH3COOC2H5 + H2O

4-6 ポリエチレンテレフタレート(K社,T社,S社,D社,J社)

nHOOC(C6H4)COOH + nHOCH2CH2OH →

HO[CO(C6H4)COO(CH2)2O]nH + (2n-1)H2O

4-7 アセチルサリチル酸(K社,T社,S社,D社,J社)

C6H4(OH)COOH + (CH3CO)2O → C6H4(OCOCH3)COOH

+ CH3COOH

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4-8 サリチル酸メチル(K社,T社,S社,D社,J社)

H2SO4C6H4(OH)COOH + CH3OH → C6H4(OH)COOCH3 + H2O

4-9 アセトアニリド(K社,T社,S社,D社,J社)

加熱C6H5NH2 + CH3COOH → C6H5NHCOCH3 + H2O

C6H5NH2 + (CH3CO)2O → C6H5NHCOCH3 + CH3COOH

4-10 ニトログリセリン(T社,D社)

H2SO4CH2(OH)CH(OH)CH2OH +3HONO2 →

CH2(ONO2)CH(ONO2)CH2ONO3 + 3H2O

4-11 硫酸水素ドデシル(T社,S社,D社)

ROH + HOSO3H → ROSO3H + H2O

CH3(CH2)11OH + HOSO3H → CH3(CH2)11OSO3H + H2O

4-12 アミド(T社)

(RCO)2O + H2N-R’ → RCONHR’ + RCOOH

4-13 アミノ酸エチルエステル(S社)

RCH(NH2)COOH + C2H5OH → RCH(NH2)COOC2H5 + H2O

4-14 N-アセチルアミノ酸(S社)

RCH(NH2)COOH + (CH3CO)2O

→ RCH(NHCOCH3)COOH + CH3COOH

5 分解

高等学校化学における分解の定義は,1種類の物質から2種類以上の物質が生じる化

学変化である。この定義にあてはまる反応には,次のものがある。

5-1 酢酸カルシウム(K社,S社,D社)

Ca(CH3COO)2 → CaCO3 + CH3COCH3

5-2 エステルの加水分解(D社,J社)

加水分解RCOOR' + H2O → RCOOH + R'OH

H2SO4CH3COOC2H5 + H2O → CH3COOH + C2H5OH

5-3 けん化(K社,T社,S社,D社,J社)

RCOOR' + NaOH → RCOONa + R'OH

CH3COOC2H5 + NaOH → CH3COONa + C2H5OH

5-4 デンプンの加水分解(K社,S社,J社)

(C6H10O5)n + nH2O → nC6H12O6

5-5 無水酢酸の加水分解(T社)

CH3COOCOCH3 + H2O → 2CH3COOH

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5-6 スクロースの加水分解(S社,D社)

C12H22O11 + H2O → C6H12O6 + C6H12O6

グルコース フルクトース

5-7 アルコール発酵(K社,S社,D社)

C6H12O6 → 2C2H5OH + 2CO2

5-8 アセチレンの合成(S社)

熱分解2CH4 → C2H2 + 3H2

5-9 塩化ビニルの合成(T社,S社,D社)

熱分解CH2Cl-CH2Cl → CH2=CHCl + HCl

6 酸化

高等学校化学における酸化の定義は3つある。酸素と化合して酸化物になる反応,水

素を失う反応,物質が電子を失う変化。この定義にあてはまる反応には,次のものがあ

る。

6-1 第一級アルコール(K社,T社,D社,J社)

RCH2OH + (O) → RCHO + H2O

-2HC3H7OH → C2H5CHO

6-2 第二級アルコール(K社,T社,J社)

RR'CHOH + (O) → RR'CO + H2O

-2HCH3CHOHCH3 → CH3COCH3

6-3 アルデヒド(K社,T社,S社,J社)

RCHO + (O) → RCOOH

+OC2H5CHO → C2H5COOH

6-4 メタノール(K社,T社 ,D社,J社)

2CH3OH + O2 → 2HCHO + 2H2O

6-5 エタノール(K社,T社,S社,D社,J社)

CH3CH2OH + (O) → CH3CHO + H2O

酸化CH3CH2OH → CH3CHO

6-6 2-プロパノール(K社,T社,S社,D社)

CH3CH(OH)CH3 + (O) → CH3COCH3 + H2O

6-7 ギ酸の酸化(J社)

酸化HCOOH → H2O + CO2

6-8 ホルムアルデヒド(K社,T社,J社)

HCHO+(O) → HCOOH

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6-9 アセトアルデヒド(K社,T社,D社,J社)

CH3CHO + (O) → CH3COOH

2CH3CHO + O2 → 2CH3COOH

6-10 銀鏡反応(T社)

RCHO+2[Ag(NH3)2]OH→RCOOH+2Ag+4NH3+H2O

6-11 フェーリング反応(T社)

RCHO + 2Cu2+ + 5OH- → RCOO- + Cu2O + 3H2O

6-12 エチレン(K社,T社,S社,D社,J社)

2CH2=CH2 + O2 → 2CH3CHO

6-13 プロピレン(K社)

2CH3CH=CH2 + O2 → 2CH3COCH3

6-14 トルエン(K社,T社,S社,D社,J社)

2C6H5CH3 + 3O2 → 2C6H5COOH + 2H2O

+O +OC6H5CH3 → C6H5CHO → C6H5COOH

C6H5CH3+ 2KMnO4→ C6H5COOK + 2MnO2+ KOH + H2O

6-15 o-キシレン(K社)

C6H4(CH3)2 + 3O2 → C6H4(CO)2O + 3H2O

6-16 p-キシレン(K社)

H3C(C6H4)CH3 + 3O2 → HOOC(C6H4)COOH + 2H2O

6-17 ナフタレン(T社)

+OC10H8 → C6H4(COOH)2

6-18 無水フタル酸(S社)

C6H4(CH3)2 + 3O2 → C6H4(CO)2O + 2H2O

7 還元

高等学校化学における還元の定義も3つある。酸化物が酸素を失う反応,水素と結び

つく反応,物質が電子を得る変化。この定義にあてはまる反応には,次のものがある。

7-1 アルデヒド(K社,J社)

RCHO + H2 → RCH2OH

7-2 ケトン(K社,J社)

RR'CO + (2H) → RR'CHOH

7-3 カルボン酸(J社)

還元RCOOH → RCHO

7-4 ニロトベンゼン(K社,T社,S社,D社,J社)

C6H5NO2 + 6(H) → C6H5NH2 + 2H2O

C6H5NO2 +3Sn+14HCl→C6H5NH3Cl+3SnCl4 +4H2O

C6H5NH3Cl + NaOH → C6H5NH2 + NaCl + H2O

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7-5 ベンズアルデヒド(T社)

+2HC6H5CHO → C6H5CH2OH

有機反応は,アルキル基をRで表した一般式と,具体的な変化を表したもの,化学反

応式として係数が考慮されているものと,多くの酸化や還元に見られる簡略化したもの

など様々である。調査した5社の教科書に紹介されている有機反応は,置換12種類,付

加18種類,脱離2種類,縮合14種類,分解9種類,酸化18種類,還元5種類であった。

これらには形式的な分類と反応論的な分類が混在しており,統一された分類とはいえな

い。これをすべて生徒に覚えさせるなど,不可能に近いし,無意味でもある。有機反応

をもっと簡単に整理することはできないのだろうか。

Ⅲ 有機反応機構

有機反応の分類を簡単にする考え方の一つとして,Peter Sykes著「基本有機化学機構」

の一部を紹介する。

有機化学の反応は,原理的には次の3つの反応のどれかに分類される。

置換反応(substitusion)

CH3-Br + -OH → CH3-OH + Br-

付加反応(addition)

CH2=CH2 + Br-Br → Br-CH2-CH2-Br

脱離反応(elimination)

H+

H-CH2-CH2-OH → CH2=CH2 + H-OH

また,化学反応種には,求核種(nucleophile),求電子種(electrophile)とラジカル

(radical)の3種類がある。

求核種は電子豊富な反応種であり,電子不足の炭素原子などを攻撃する。求核種は,還

元剤や塩基とまったく同じ種類の反応種であり,電子対を別の原子や原子や原子団に供給

して共有する働きがある。すなわち,これらの反応種はいずれも電子対供与体(donnor)

である。代表的な求核種には,次のようなものがある。

‥ ‥ ‥ ‥ ‥-OH,-OEt,-SEt,H2O,NH3

求電子種は電子不足の反応種であり,酸化剤や酸と同じ種類の反応種である。これらの

反応種はいずれも,別の原子または原子団から電子対を受け入れて結合をつくるようには

たらいている。すなわち,これらの反応種はすべて電子対受容体(acceptor)である。代

表的な求電子種には,次のようなものがある。

H+,+NO2,Br-Br,AlCl3

ラジカルは光などの高エネルギーによって2原子をつないでいた共有結合が切れて原子

の状態になったもので,非常に高反応性の反応種である。

光Cl:Cl → Cl・ + ・Cl

以上の3種類の反応は,3種類の反応種によって起こる。

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これらについて,もう少しくわしく紹介することにする。ただし,ラジカルは高校生に

とって理解が困難であると考える。また,高等学校では炭化水素のハロゲン化(ラジカル

置換反応)と付加重合(ラジカル付加反応)などしか関係しないので,省略する。

1 置換反応

置換反応には,求核種が電子不足の基質を求核攻撃する求核置換反応と,求電子種が

電子豊富な基質を求電子攻撃する求電子置換反応とがある。

(1) 求核置換反応

有機化合物に含まれる炭素以外の大部分の原子は,水素を除いて,炭素よりも電気

陰性度が大きい。

H C Br Cl N O F

2.1 2.3 2.9 3.1 3.3 3.6 4.0

したがって,炭素よりも電気陰性度の大きいな原子は,炭素と共有結合をしている

場合,電子対をわずかながらより強く引きつけやすい。例えば,炭素と臭素の結合を

考えると,結合している二つの原子の間で共有電子対が等しく共有されるのではなく,

臭素原子の方に少し引きつけられている。その結果,分極が生じる。炭素原子と臭素

原子が共有結合しているとき,

δ+ δ-C:BrではなくC :Br のような状態になっていると考えることができる。

このような分子中のδ+電荷のところにアニオン攻撃してくる置換反応を求核置換

反応という。

ハロゲン化アルキルの-Xに結合している炭素原子はδ+電荷になっているため,

求核攻撃を受けやすい。

‥ δ+ δ-HO- + CH3-Br → HO-CH3 + Br-

(2) 求電子置換反応

分子中のδ-電荷の箇所にカチオンが攻撃してくる置換反応を求電子置換反応とい

う。

求電子攻撃は,不飽和炭素原子に対して重要である。ベンゼン環は6個のπ電子が

一つの組となっているような不飽和系であり,簡単な二重結合とは異なっていて,そ

のπ電子は簡単には求電子試薬と反応しない。そのため,特に強力な求電子試薬と反

応させるか,または求電子試薬にさらに触媒を加えて反応させなければならない。し

かも,それらの試薬は単に付加するのではなく,そのπ電子系がくずれた炭素陽イオ

ンが中間体に生じ,そこからプロトンを放出して,最終的に6個が一つの組のベンゼ

ン環に戻り,結局,求電子試薬とプロトンが置き換わる。

塩素は鉄のはたらきで求電子種となり,ベンゼン環のπ電子と反応する。

FeC6H6 + Cl2 → C6H5Cl + HCl

また,ニトロニウムイオンや三酸化硫黄は強力な求電子種である。

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C6H6 + NO2+ → C6H5NO2 + H+

C6H6 + SO3 → C6H5SO3H

さらに,ベンゼン環に電子供与性の置換基があると,求電子置換反応は進みやすく

なり,オルト,パラ配向で置換反応が起こる。

C6H5OH + 3Br2 → C6H2(OH)(Br)3 + 3HBr

C6H5OH + 3NO2+ → C6H2(OH)(NO2)3 + 3H+

C6H5ONa + CO2 → C6H4(OH)COONa

C6H5N2+Cl- + C6H5O-Na+ → C6H5N=NC6H5OH + NaCl

2 付加反応

付加反応には,求電子種が電子豊富なC=Cなどを求電子攻撃する求電子付加反応と,

求核種が電子不足のC=Oの炭素原子などを求核攻撃する求核付加反応がある。

(1) 求電子付加反応

炭素-炭素二重結合における炭素原子は電子豊富であり,求電子種の攻撃を受けや

すい。臭素がエチレンに付加するとき,この2分子がただ互いに隣り合わせに並び,

もとの結合から電子対を交換するという,最も簡単で可能な反応経路によって進むで

あろうと予想できるが,環状ブロモイオンの中間体を経由すると考えられている。

Br-Br: :CH2=CH2 → Br-CH2-CH2-Br

δ+ δ-Br-Br Br+ Br↑ / \ |

CH2=CH2 → CH2-CH2 → CH2-CH2

|Br

(2) 求核付加反応

電子豊富な求核種が炭素原子に付加するためには,その炭素原子がある程度電子不

足であることが必要である。そこで,求核付加の主な攻撃相手は,その炭素原子が正

に分極したカルボニル基C=Oである。しかし,他の不飽和結合,例えばC=Cでも,

電子吸引基が二重結合の炭素原子の一つに結合していて他方の炭素原子に正電荷を誘

起していれば,付加を起こすことは可能である。

δ+ δ- ‥ O- OH>C=O + HOEt Ê >C< Ê >C<

HOEt OEt

ヘミアセタール

3 脱離反応

脱離反応には,塩基による求核的脱離反応と,酸による求電子的脱離反応がある。

(1) 求核的脱離反応

最も一般的な例では,互いに隣接する2個の炭素原子が含まれ,脱離の結果その2

- 11 -

原子間に二重結合を形成する。これらの炭素原子の一つからHを取り除くには,電子

豊富な化学種が塩基としてはたらくことが必要である。

CH3-CH2Y + OH- → CH2=CH2 + H2O + Y-

カルボカチオン中間体に塩基がはたらいてプロトンの除去が起こり脱離反応が完結

する。

H H←-OH| | -H2O

MeCH-CMe2 → MeCH-C+Me2 → MeCH=CMe2

|Br Br-

(2) 求電子的脱離反応

酸によって引き起こされるアルコールの脱水が代表的である。

H2SO4CH3-CMe2OH → CH2=CMe2 + H2O

H H H| | -H2O |CH2-CMe2 → CH2-CMe2 → CH2-C+Me2

| |H+← :OH +OH2

-H+

→ CH2=CMe2

酸触媒によるエステルの加水分解は次のように説明できる。

Oδ- OH+ OH OH‖ H+ ‖ H2O | |

R-C-OEtÊR-C-OEtÊR-C-OEtÊR-C-OEtδ+ δ+ | |

OH2+ OH

OH+

‖ -H+

ÊR-C +EtOHÊRCOOH+EtOH|OH

Ⅳ 有機反応の検討

高等学校で扱う有機反応のうち,求核種と求電子種による置換,付加,脱離で説明でき

るものを検討した。

1 置換反応で説明できる反応

1-3 アルコールとハロゲン化水素の反応

アルキル基の酸素原子に隣接している炭素原子がδ+であり,求核種であるX-の攻撃

を受けると考えることができる。

δ+ δ- ‥R-OH + H-X → R-X + H2O

- 12 -

1-4 ハロゲン化アルキルと塩基の反応

アルキル基のハロゲン原子に隣接している炭素原子がδ+であり,求核種である

OH-の攻撃を受けると考えることができる。

δ+ δ- ‥R-X + NaOH → R-OH + NaX

δ+ δ- ‥R-X + -OH → R-OH + X-

1-5 ナトリウムメトキシドとヨウ化エチルの反応

アルキル基のハロゲン原子に隣接している炭素原子がδ+であり,求核種である-OCH3の攻撃を受けると考えることができる。

δ+ δ- ‥CH3CH2-I + NaOCH3 → C2H5OCH3 + NaI

δ+ δ- ‥CH3CH2-I + -OCH3 → C2H5OCH3 + I-

1-6 ベンゼンのハロゲン化

鉄と塩素の反応より,塩素カチオンが生成する。

2Fe + 5Cl2 Ê 2FeCl3 + 2Cl2 Ê 2FeCl4- + 2Cl+

ベンゼン環の電子豊富な炭素原子が求電子種であるCl+の攻撃を受けると考えること

ができる。

δ-C6H6 + Cl+ → C6H5Cl + H+

1-7 ベンゼンのニトロ化

硫酸は硝酸よりも強い酸であり,弱い方の硝酸がプロトン化される。プロトン化され

た硝酸は水を失いニトロニウムイオンが生成する。

HNO3 + 2H2SO4 Ê H3O+ + 2HSO4- + NO2

ベンゼン環の電子豊富な炭素原子が求電子種であるNO2+の攻撃を受けると考えるこ

とができる。

δ-C6H6 + NO2

+→ C6H5NO2 + H+

1-8 ベンゼンのスルホン化

平衡的に低濃度の三酸化硫黄が生成する。

2H2SO4 Ê H3O+ + HSO4- + SO3

三酸化硫黄は,硫黄原子が大きく正に分極しており,この原子のところで強力な求電

子種として働くことができる。ベンゼン環の電子豊富な炭素原子が求電子種である

SO3の攻撃を受けると考えることができる。

δ- δ+C6H6 + SO3 → C6H6SO3

C6H6SO3 + HSO4- → C6H5SO3

- + H2SO4

- 13 -

C6H5SO3- + H3O+ → C6H5SO3H + H2O

1-9 フェノールの臭素化

フェノールのような反応性の高い芳香族化合物は,ハロゲンと触媒なしで反応する。

δ- δ+C6H5-OH + Br-Br → C6H4(OH)Br + HBr

δ- δ+Br-C6H4-OH + Br-Br → C6H3(OH)Br2 + HBr

δ- δ+Br-C6H3-OH + Br-Br → C6H2(OH)Br3 + HBr

|Br

また,ヒドロキシル基はオルト-パラ配向である。

置換基の配向能は次の通りである。

オルト-パラ配向

CH3,OH,OR,NH2,NR2,Cl,Br,I

メタ配向

NR3,NO2,CHO,RCO,CO2H,CO2R,SO3H

1-10 フェノールのニトロ化

オルト-パラ位の電子豊富な炭素原子が求電子種であるNO2+の攻撃を受けると考え

ることができる。

δ-C6H5OH + 3NO2

+ → C6H2(OH)(NO2)3 + 3H+

1-11 トルエンのニトロ化

オルト-パラ位の電子豊富な炭素原子が求電子種であるNO2+の攻撃を受けると考え

ることができる。

δ-C6H5CH3 + 3NO2

+ → C6H2(CH3)(NO2)3 + 3H+

1-12 アルキルベンゼンスルホン酸

アルキル基のオルト-パラ配向と立体効果により,ベンゼン環のパラ位の電子豊富な

炭素原子が求電子種であるSO3の攻撃を受けると考えることができる。

δ- δ+R-C6H5 + SO3 → R-C6H4-SO3H

δ- δ+CnH2n+1-C6H5 + SO3 → CnH2n+1-C6H4-SO3H

4-1 ジエチルエーテル

濃硫酸によりアルコールのヒドロキシル基のプロトン化が起こる。

CH3CH2OH + H+ → CH3CH2O+H2

- 14 -

C-O結合が切れてH2Oが離れると,カルボカチオン中間体が生じ,それからプロト

ンが失われるとエチレンができる。これは求電子脱離反応である。カルボカチオン中間

体がアルコールのヒドロキシル基に求電子攻撃を行い,求電子置換反応が起こることに

よりジエチルエーテルが生成すると考えることができる。

‥CH3CH2-OH + CH3C+H2 → C2H5OC2H5 + H+

4-11 硫酸水素ドデシル

ヒドロキシル基の電子豊富な酸素原子が,求電子種であるSO3の攻撃を受けると考え

ることができる。

‥ δ+ROH + SO3 → ROSO3H

‥ δ+CH3(CH2)11OH + SO3 → CH3(CH2)11OSO3H

教科書では,反応の様式を避けているが,次の反応も置換反応と考えることができる。

サリチル酸の合成

乾燥したC6H5ONaを加熱融解して,加圧下でCO2を作用させて合成する。

二酸化炭素をカルボニル化合物と考えることができる。したがって,正電荷をもった

炭素原子がフェノールのオルト位に求電子攻撃を行い,サリチル酸ができると考えるこ

とができる。

δ- δ+ δ-O=C=O

δ- δ+C6H5O-Na+ + CO2 → C6H4(OH)COONa

p-ヒドロキシアゾベンゼンの合成

C6H5N2+が求電子種としてはたらき,フェノールのパラ位に求電子攻撃をすると考

えることができる。

δ-C6H5O-Na+ + C6H5N2

+Cl- → C6H5N=NC6H5OH + NaCl

2 付加反応で説明できる反応

2-1 エチレンの水素付加

電子豊富なエチレンが,水素分子の一端を分極させ,求電子性の強い末端を生じさせ

る。

δ+ δ-H-H

その結果,水素とエチレンとの間に結合をつくり,環状水素イオン中間体を生成する。

このカチオンへの求核的なH-の攻撃により,全付加反応が完了する。

- 15 -

δ+ δ-H-H H+ H↑ / \ |

CH2=CH2 → CH2-CH2 → CH2-CH2

↑ |H- H

2-2 エチレンの臭素付加

電子豊富なエチレンが,臭素分子の一端を分極させ,求電子性の強い末端を生じさせ

る。

δ+ δ-Br-Br

その結果,臭素とエチレンとの間に結合をつくり,環状ブロモイオン中間体を生成す

る。このカチオンへの求核的なBr-の攻撃により,全付加反応が完了する。

δ+ δ-Br-Br Br+ Br↑ / \ |

CH2=CH2 → CH2-CH2 → CH2-CH2

↑ |Br- Br

2-3 エチレンの塩素付加

電子豊富なエチレンが,塩素分子の一端を分極させ,求電子性の強い末端を生じさせ

る。

δ+ δ-Cl-Cl

その結果,臭素とエチレンとの間に結合をつくり,環状クロロイオン中間体を生成す

る。このカチオンへの求核的なCl-の攻撃により,全付加反応が完了する。

δ+ δ-Cl-Cl Cl+ Cl↑ / \ |

CH2=CH2 → CH2-CH2 → CH2-CH2

↑ |Cl- Cl

2-4 エチレンの水付加

触媒の酸との間に結合をつくり,環状水素イオン中間体を生成すると考えることがで

きる。このカチオンへの水分子の酸素原子の求核的な攻撃により,付加反応が完了する。

H+ H+ OH↑ / \ -H+ |

CH2=CH2 → CH2-CH2 → CH2-CH2

↑ |‥ H

H2O

2-5 エチレンの塩化水素付加

正電荷を帯びた水素原子との間に結合をつくり,環状水素イオン中間体を生成すると

考えることができる。このカチオンへ求核的なCl-の攻撃により,付加反応が完了する。

- 16 -

δ+ δ-H-Cl H+ Cl↑ / \ |

CH2=CH2 → CH2-CH2 → CH2-CH2

↑ |Cl- H

2-8 アセチレンの水素付加

電子豊富なアセチレンが,水素分子の一端を分極させ,求電子性の強い末端を生じさ

せる。

δ+ δ-H-H

その結果,水素とアセチレンとの間に結合をつくり,中間体としてビニルカチオンが

生成し,H-の攻撃により付加反応が完了すると考えることができる。

δ+ δ-H-H H↑ |

HC≡CH → CH=C+H → CH2=CH2

↑H-

2-9 アセチレンの臭素付加

電子豊富なアセチレンが,臭素分子の一端を分極させ,求電子性の強い末端を生じさ

せる。

δ+ δ-Br-Br

その結果,臭素とアセチレンの間に結合をつくり,中間体を生成し,Br-の攻撃によ

り付加反応が完了すると考えることができる。

δ+ δ-Br-Br Br↑ |

HC≡CH → CH=C+H → CHBr=CHBr↑Br-

2-10 アセチレンの塩化水素付加

求電子種のH+の最初の付加で中間体としてビニルカチオンが生成し,Cl-の攻撃に

より付加反応が完了すると考えることができる。

H+ H↑ | +

HC≡CH → CH=CH → CH2=CHCl↑Cl-

2-11 アセチレンの酢酸付加

求電子種のH+の最初の付加で中間体としてビニルカチオンが生成し,CH3COO-の

攻撃により付加反応が完了すると考えることができる。

- 17 -

H+ H↑ |

HC≡CH → CH=C+H → CH2=CHOCOCH3

↑‥

CH3COO-

2-12 アセチレンの水付加

希硫酸中に存在する求電子種のH+の最初の付加で中間体としてビニルカチオンが生成

し,このカチオンへの水分子の酸素原子の求核的な攻撃により,付加反応が完了すると

考えることができる。

H+ H↑ HgSO4 |

HC≡CH → CH=C+H → CH2=CH(OH)↑‥

H2O

生成するビニルアルコールは不安定で,ただちに異性体のアセトアルデヒドに変わる。

CH2=CH(OH) → CH3CHO

ビニルアルコールの結合エネルギーは2669kJ/molで,アセトアルデヒドの結合エネルギ

ーは2752kJ/molである。すなわち,ケト化することで83kJ/mol安定化する。

2-14 シクロヘキセンのハロゲン付加

電子豊富なシクロヘキセンのC=Cが,ハロゲン分子の一端を分極させ,求電子性の

強い末端を生じさせる。

δ+ δ-X-X

その結果,ハロゲンとC=Cとの間に結合をつくり,環状中間体を生成する。このカ

チオンへの求核的なX-の攻撃により,全付加反応が完了すると考えることができる。

C6H10 + Cl2 → C6H10Cl2

C6H10 + Br2 → C6H10Br2

2-17 クメンの合成

電子豊富なプロピレンのC=Cが,ベンゼン分子の一端を分極させ,求電子性の強い

末端を生じさせる。

δ+ δ-H-C6H5

その結果,水素とプロピレンのC=Cの間に結合をつくり,中間体が生成し,

C6-H5の攻撃により,全付加反応が完了すると考えることができる。

δ+ δ-H-C6H5 H↑ |

CH3CH=CH2 → CH3CH=C+H2 → C6H5CH(CH3)2↑C6

-H5

- 18 -

3 脱離反応で説明できる反応

3-1 エチレンの合成

酸によってアルコールのOH基がプロトン化し,脱離能の優れたOH2+に変わる。

C-O結合が切れてH2Oが離れると,カルボカチオン中間体が生じ,H+が失われてエ

チレンが生成する。

H HH2SO4 | | -H+

CH3CH2OH → CH2-CH → CH2-C+H → CH2=CH2

|O+H2

3-2 アルケンの合成

酸によってアルコールのOH基がプロトン化し,脱離能の優れたOH2+に変わる。

C-O結合が切れてH2Oが離れると,カルボカチオン中間体が生じ,H+が失われてエ

チレンが生成する。

H HH2SO4 | -H2O | -H+

RCH2CH2OH → RCH-CH → RCH-C+H → RCH=CH2

|O+H2

4 付加反応と脱離反応で説明できる反応

4-3 6,6-ナイロン

カルボキシル基中の>C=OのOは,電気陰性度が大きいため,水素原子から電子が

移動し,水素原子がH+として離れやすくなるので,カルボン酸は酸性を示す。ただし,

その酸性は弱い。当然2個の酸素原子と隣接した炭素原子は正の電荷をもつ。

δ+ O- δ+ Oδ-RCOOH ´ RC< + H+ ´ RC< + H+

Oδ- O-

この正電荷をもった炭素原子に,アミノ基が求核攻撃を行いアミドができると考える

ことができる。この反応は,カルボキシル基のC=Oの炭素原子に求核的付加を行い,

中間体から脱離が起こったと考えることができる。

O- Hδ+ Oδ- ‥ | |

R-C< + H2N-R' → R-C-N+-R'OH | |

OHH

O H‖ |

→ R-C-N-R’ + H2O

4-4 エステル

エステル化は,一般に次の機構で進むと考えられている。

- 19 -

O+H2

O- +H+ OH +HOR' | -H2ORCOOH´RC+< → RC+< → RC-OR' → RC-OR'

OH OH | ‖OH O+H

→ RC-OR' + H+

‖O

カルボキシル基の正電荷をもった炭素原子に,ヒドロキシル基が求核攻撃を行い,エ

ステルができると考える方が簡単である。この反応は,カルボキシル基のC=Oの炭素

原子に求核的付加が起こり,中間体から脱離が起こったと考えることができる。

OH OHδ+ Oδ- ‥ | +H+ |

R-C< + HO-R' → R-C-O-R' → R-C-O-R'OH | |

OH +OH2

+OH-H2O ‖ -H+ O→ R-C-O-R' → R-C<

OR’

4-5 酢酸エチル

カルボキシル基の正電荷をもった炭素原子に,ヒドロキシル基が求核攻撃を行い,エ

ステルができると考えることができる。

δ+ Oδ- ‥Me-C< + HO-Et → Me-C-O-Et + H2O

OH ‖O

4-6 ポリエチレンテレフタレート

アミドやエステルと同様,求核的付加と脱離による反応と考えることができる。

nHOOC(C6H4)COOH + nHOCH2CH2OH →

HO[CO(C6H4)COO(CH2)2O]nH + (2n-1)H2O

4-7 アセチルサリチル酸

無水酢酸の酸素原子と隣接した2個の炭素原子は正電荷をもっている。この片方の炭

素原子にサリチル酸のヒドロキシル基が求核攻撃を行い,アセチル化したと考えること

ができる。この反応は,求核的付加と脱離であると考えることができる。

‥ δ+C6H4(OH)COOH + (CH3CO)2O → C6H4(OCOCH3)COOH

+ CH3COOH

4-8 サリチル酸メチル

サリチル酸のカルボキシル基の正電荷をもった炭素原子に,メタノールのヒドロキシ

ル基が求核攻撃を行い,求核的付加と脱離によってエステルができると考えることがで

- 20 -

きる。

δ+ ‥C6H4(OH)COOH + CH3OH → C6H4(OH)COOCH3 + H2O

4-9 アセトアニリド

酢酸のカルボキシル基の正電荷をもった炭素原子に,アニリンのアミノ基が求核攻撃

を行い,求核的付加と脱離によってアセトアニリドができると考えることができる。

‥ δ+C6H5NH2 + CH3COOH → C6H5NHCOCH3 + H2O

4-12 アミド

無水酢酸のC=Oの炭素原子は正電荷を帯びており,アミノ基の窒素原子が求核攻撃

を行い,求核的付加と脱離によってアミドができると考えることができる。

δ+ ‥(RCO)2O + H2N-R’ → RCONHR’ + RCOOH

4-13 アミノ酸エチルエステル

カルボキシル基の正電荷をもった炭素原子に,ヒドロキシル基が求核攻撃を行い,求

核的付加と脱離によってエステルができると考えることができる。

δ+ ‥RCH(NH2)COOH + C2H5OH → RCH(NH2)COOC2H5 + H2O

4-14 N-アセチルアミノ酸

無水酢酸のC=Oの炭素原子は正電荷を帯びており,アミノ基の窒素原子が求核攻撃

を行い,求核的付加と脱離によってアセチルアミノ酸ができると考えることができる。

‥ δ+RCH(NH2)COOH + (CH3CO)2O

→ RCH(NHCOCH3)COOH + CH3COOH

5-2 エステルの加水分解

プロトン化されたエステルにH2Oが付加し,四面体中間体を生じる。この中間体の中

でプロトン交換が起こり,ついでEtOHが脱離してプロトン化されたかたちのカルボ

ン酸が生じる。

O:→H+ +OH OH‖ ‖ |

CH3-C-OC2H5 → CH3-C-OC2H5 → CH3-C-OC2H5

↑ |:OH2 O+H2

OH +OH| H -EtOH ‖

→ CH3-C-O+C2H5 → CH3-C → CH3COOH| |OH OH

5-3 けん化(加水分解)

- 21 -

エステルの正電荷をもった炭素原子に,代表的な求核種である水酸化物イオンが求核

攻撃を行い,求核的付加と脱離によって加水分解されると考えることができる。

δ+ ‥RCOOR' + OH- → RCOO- + R'OH

Ⅴ 高等化学への電子論の導入

有機反応に電子論を導入するには,置換反応が最も理解しやすいと判断した。置換反応

を電子論的に説明することができれば,付加や脱離の説明も可能になる。そして,高等学

校で学習する約80種類の有機反応を説明したり予想したりすることができるようになるで

あろう。そこで,次の順序で教材化を検討した。

① 電気陰性度

② 官能基の種類と分子内の極性

③ 化学反応種

④ 結合の切断と生成

その具体的な展開は,次の通りである。

1 電気陰性度

理化学事典(第3版)では,「原子が化学結合をつくるときに電子を引きつける能

力」と定義されている。また,教科書では,「2原子間の共有電子対の電子を各原子が

引きつける強さを数値で表したもの」と定義されている。一般に,L.Paulingの値がよく

使われる。有機化学においては,炭素以外に水素,窒素,酸素,ハロゲンだけで十分で

ある。また,水素以外はすべて炭素より大きな値になることに注目させる。

(1) 希ガス原子

① 希ガス原子の発見の歴史と語源

He ジャンセン,ロッキャー(1868年)helios太陽

Ne ラムゼー (1897年)neos新しいもの

Ar レイリー,ラムゼー (1894年)argos怠惰なるもの

Kr ラムゼー (1897年)kryptos隠れたもの

Xe ラムゼー (1898年)xenos新生児

これらの発見には,液体空気の製造技術とスペクトル分析の技術の発展があるこ

とに触れる。

発見の経緯より,希ガス原子は化合物をつくりにくいことに気づかせる。

② 希ガス電子の電子配置

希ガス原子は閉殻,または最外殻電子数が8個であることを確認する。

閉殻,または最外殻電子数が8個のとき,安定な粒子であることに気づかせる。

(2) 共有結合

① 不対電子

価電子には,非共有電子対と不対電子があることを示す。

水素原子,炭素原子,窒素原子,酸素原子,塩素原子の電子数,電子配置,価電

- 22 -

子,非共有電子対,不対電子の数を整理する。

原子 電子配置 価電子 非共有電子対 不対電子

H K1 1 0 1

C K2L4 4 0 4

N K2L5 5 1 3

O K2L6 6 2 2

Cl K2L8M7 7 3 1

② 共有結合

共有結合を定義する。

2個の原子が互いに不対電子を共有することによって生じる結合。

水素分子,塩化水素分子,水分子,アンモニア分子,メタン分子を例に紹介する。

あわせて,電子式,構造式,分子式も紹介する。

電子式 構造式 分子式

H・ + ・H → H:H H-H H2

‥ ‥H・ + :Cl・ → H:Cl: H-Cl HCl

‥ ‥

‥ ‥2H・ + ・O・ → H:O:H H-O-H H2O

‥ ‥

‥ ‥3H・ + ・N・ → H:N:H H-N-H NH3

・ ‥ |H H

H H・ ‥ |

4H・ + ・C・ → H:C:H H-C-H CH4

・ ‥ |H H

(3) 電気陰性度と極性

① 電気陰性度

電気陰性度を定義する。

共有電子対を引き付ける強さの尺度。

② 分子の形と極性

次の分子を例にして,構成原子の電気陰性度,極性,分子の形から,極性分子か

無極性分子かを検討させる。

δ+ δ-HCl H=2.1,Cl=3.0 H<Cl H-Cl 直線形 無極性分子

δ+ δ-CO2 C=2.5,O=3.5 C<O C=O 直線形 無極性分子

δ+ δ-H2O H=2.1,O=3.5 H<O H-O 折れ線形 極性分子

δ+ δ-NH3 H=2.1,N=3.0 H<N H-N 三角錐形 極性分子

δ+ δ-

- 23 -

CH4 H=2.1,C=2.5 H<C H-C 正四面体形 無極性分子

生徒は分子内における極性は簡単に理解するが,分子の形と極性の関係は理解し

にくい。

2 官能基の種類と分子内の極性

官能基は,理化学事典(第3版)では,「有機化合物の分子構造の中で,1つの同族

列の各同族体に共通に含まれ,その同族体に共通な反応性の原因となっている原子団ま

たは結合様式」と定義されている。また,教科書では,「その化合物の性質を特徴づけ

る特定の基」と定義されている。

教科書で紹介されている主な官能基は,次の9種類である。

ヒドロキシル基-OH,アルデヒド基-CHO,カルボニル基>C=O,

カルボキシル基-COOH,ニトロ基-NO2,アミノ基-NH2,

スルホ基-SO3H,エーテル基-O-,エステル基-COO-

これらの官能基は,電気陰性度の違いにより分極していることを理解させる。

δ- δ+ δ+ δ- δ+ δ- δ+δ-

-OH -CHO >C=O -COOH -N+O2-

δ+ Oδ- δ+ Oδ- O-

-C< -C< -N+<H OH O

δ- δ-

δ- δ+-NH2 -S+O3

-Hδ+ O-

δ- H | δ--N< -S+-OH

H ‖δ+ Oδ-

ヒドロキシル基はベンゼン環に置換されたとき,わずかに電離して酸となる。これは,

ベンゼン環に隣接した酸素原子の負の電荷が安定化していることで説明できる。また,

カルボキシル基やスルホ基は酸としてはたらくことにも触れる。

これらの官能基がベンゼン環に置換したとき,電子供与性または電子吸引性の効果を

示す。電子供与性の置換基には,アルキル基(R-),ハロゲン(-X),-OH,-

NH2などがある。これは,ベンゼン環に隣接した原子の負の電荷,あるいは非共有電子

対の効果であることが説明できる。また,電子吸引性の置換基には,-CHO,-CO

OH,-NO2,-SO3Hなどがある。これは,ベンゼン環に隣接した原子が正の電荷

を帯びていることで説明できる。

官能基については,個々の化合物の性質や反応において,その都度確認が必要である。

したがって,ここでは大して時間をとる必要がない。

3 化学反応種

化学反応種には,求核種と求電子種があることを示す。

(1) 求核種

- 24 -

高等学校では,還元剤は電子供与体,塩基はプロトン受容体(ブレンステッドの塩

基)と定義されている。ここでは,Lewis塩基(電子対供与体)を求核種とよぶことに

する。すなわち,求核種とは還元剤であり塩基である。そして,電子豊富な反応種で

あり,電子不足の炭素原子を求核攻撃することを理解させる。

代表的な求核種には,OH-,-OEt,H2O,NH3などがある。求核種の攻撃は,

酸素や窒素原子の非共有電子対の配位と考えさせると,理解が容易になる。

塩化水素とハロゲン化アルキルを対比させると,容易に求核置換反応を理解するこ

とができる。

塩化水素分子では分極して,水素原子が正電荷を帯びている。この水素原子に水酸

化物イオンの酸素原子の非共有電子対が求核攻撃すると水ができる。

δ+ δ- ‥H-Cl + OH- → H-OH + Cl-

クロロエタン分子は分極して,塩素原子に隣接した炭素原子が正電荷を帯びる。こ

の炭素原子に水酸化物イオンの酸素原子の非共有電子対が求核攻撃するとメタノール

ができる。

δ+ δ- ‥CH3-Cl + OH- → CH3-OH + Cl-

メタノール

クロロエタン分子の塩素原子に隣接した炭素原子にナトリウムメトキシドの酸素原

子の非共有電子対が求核攻撃してエチルメチルエーテルができる。

δ+ δ- ‥CH3CH2-l + -O-CH3 → CH3-O-C2H5 + l-

このように,中和から段階的に説明すると,求核種について理解が容易になると考

える。

(2) 求電子種

高等学校では,酸化剤は電子受容体,酸はプロトン供与体(ブレンステッドの酸)

と定義されている。ここでは,Lewis酸(電子対受容体)を求電子種とよぶことにする。

すなわち,求電子種とは酸化剤であり酸である。そして,電子不足の反応種であり,

電子豊富な炭素原子を求電子攻撃することを理解させる。代表的な求電子種には,

H+,+NO2,Br2,O3,AlCl3などがある。求電子攻撃の相手は,ベンゼン環

のπ電子であることが多いことを理解させる。

ベンゼン環に塩素陽イオンが求電子攻撃をしてクロロベンゼンができる。

δ- δ+C6H5-H + Cl+ → C6H5Cl + H+

ベンゼン環にニロトニウムイオンが求電子攻撃をしてニトロベンゼンができる。

δ- δ+C6H5-H + NO2

+→ C6H5-NO2 + H+

引用文献では,ベンゼン環に三酸化硫黄の硫黄原子が求電子攻撃をしてベンゼンス

ルホン酸ができると述べている。

δ- δ+ δ+

- 25 -

C6H5-H + SO3 → C6H5SO3H

しかし,高校生には,スルホニウムイオンを求電子種と考える方が理解が容易であ

ると考える。

δ- δ+C6H5-H + HSO3

+ → C6H5SO3H + H+

有機反応においては,基質と反応種の反応と考えることができる。ところが,どち

らが基質でどちらが反応種なのか,わかりにくい場合がある。この区別はそれほど重

要ではないと考えるが,基質には必ず炭素原子が含まれることに触れておけば十分で

あろう。

4 結合の切断と生成

求核攻撃や求電子攻撃によって新しい結合が生じること,古い結合が切れることによ

って新しい化合物ができることを理解させる。置換反応では,電子効果や立体効果が反

応速度を大きく左右する。例えば,中間体が存在する置換反応では,その中間体の安定

さが大切である。また,立体効果は,求核種や求電子種の攻撃を妨げることもある。し

かし,ここでは深入りすることを避ける方がよい。

水酸化物イオンの酸素原子の非共有電子対が,塩化水素分子の水素原子に求核攻撃を

すると,塩化水素分子の塩素原子が共有電子対をもって離れる。

‥ δ+ δ-OH- + H-Cl → OH…H…Cl → H-OH + Cl-

水酸化物イオンの酸素原子の非共有電子対が,クロロメタン分子の炭素原子に求核攻

撃をすると,クロロメタン分子のハロゲン原子が共有電子対をもって離れる。

‥ δ+ δ-OH- + CH3-Cl → HO…CH3…Cl → CH3-OH + Cl-

ナトリウムメトキシドの酸素原子の非共有電子対が,クロロエタン分子の炭素原子に

求核攻撃をすると,クロロエタン分子の塩素原子が共有電子対をもって離れる。

‥ δ+ δ-CH3-O-+CH3CH2-l→CH3-O…C2H5…I→CH3-O-C2H5+l-

塩素陽イオンがベンゼン環の炭素原子に求電子攻撃をすると,塩素原子と炭素原子の

間に新たな共有結合ができ,共有電子対をとられた水素原子が水素イオンとなって離れ

る。

δ+ δ-Cl+ + H-C6H5 → Cl…C+

6H5 → C6H5-Cl + H+

:H

ニトロニウムイオンがベンゼン環の炭素原子に求電子攻撃をすると,窒素原子と炭素

原子の間に新たな共有結合ができ,共有電子対をとられた水素原子が水素イオンとなっ

て離れる。

δ+ δ-NO2

+ + H-C6H5 → O2N…C+6H5 → C6H5-NO2 + H+

:H

スルホニウムイオンがベンゼン環の炭素原子に求電子攻撃をすると,硫黄原子と炭素

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原子の間に新たな共有結合ができ,共有電子対をとられた水素原子が水素イオンとなっ

て離れる。

δ+ δ-HSO3

+ + H-C6H5 → HO3S…C+6H5 → C6H5SO3H + H+

:H

新しい共有結合ができると同時に古い結合が切れることは,ルイス酸,ルイス塩基の

強弱で説明ができる。ここではそこまで触れる必要はないであろう。

Ⅸ おわりに

高校生は,ブレンステッドの酸と塩基が反応することは知っている。また,強酸と弱酸

も知っている。しかし,酸と酸で酸塩基反応が起こることは考えられない。硝酸と硫酸と

で酸塩基反応が起こることをどのように説明するとよいのだろうか。

高校生は,ボーアモデルを知っている。ハロゲンは1価の陰イオンになることで希ガス

型電子配置をとり安定であることも知っている。しかし,ハロゲンの陽イオンができるこ

とは考えられない。ハロゲンの陽イオンをどのように説明するとよいのだろうか。

このように,いままでの彼らの化学の常識を覆す事実に触れる必要があることが課題で

ある。しかし,電子論を使って有機反応を自在に説明したり予想することができることは

魅力である。

現在,電子論は古典であり,先端化学の世界では実用性が乏しいかもしれない。しかし,

高校生にとってこれは魅力ある有機化学の理論になるに違いない。これにより,将来有機

化学の方面に進む生徒がひとりでも多くなることを願ってやまない。

引用文献

Peter Sykes著 奥山格訳 基本有機化学機構(東京化学同人)1996年

参考文献

高等学校化学ⅠB改訂版(啓林館)

化学ⅠB(東京書籍)

改訂版高等学校化学ⅠB(数研出版)

高等学校改訂化学ⅠB(第一学習社)

化学ⅠB改訂版(実教出版)

井本稔著 理論有機化学解説(東京化学同人)1976年