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0074 KAGAKU Jan. 2014 Vol.84 No.1 日本から約 1500 km 東方沖の太平洋に「シ ャツキー海台」と呼ばれる巨大海台が存在する (図 1。この海台内の高まりの 1 つである「タム 山塊」は単一の火山としては世界最大であると提 唱された 1 。これは深海掘削と地殻構造探査とい 2 つの異なった調査方法を融合して議論した 成果である。 巨大海台とは? 現在は活動していないものの,過去に大量のマ グマが噴出し,巨大な溶岩流の台地となった場所 が地球上にはいくつか存在する。インドのデカン 高原は大規模な溶岩台地の代表である。一方,海 底にはデカン高原よりも大きな火山が存在し,巨 大海台とよばれている。パプアニューギニア北東 沖の太平洋に分布するオントンジャワ海台は地球 上で最大の溶岩台地であり,面積は日本の 5 の約 190 km 2 にも及ぶ。 シャツキー海台は面積が約 46 km 2 の巨大海 台であり,主にタム,オリ,シルショフという 3 つの山塊から構成されている (図 1。南端のタム 山塊が最も古くて約 1 4500 万年前に活動し, オリ,シルショフ山塊と北に行くほど新しい火山 であると推定されている 2 。各山塊は数百万年以 内に活動を終了したと考えられている。 厚い溶岩台地が海上に 頭を出していた? 2009 年秋,統合国際深海掘削計画 IODP324 航海はシャツキー海台の 5 地点で掘削を行い U1346U1350:図 1,溶岩流の採取を試みた 3, 4 通常,深海底には枕状溶岩という厚さ 1m に満 たない岩石が分布しているが,シャツキー海台で 頻繁に確認されたのは塊状溶岩とよばれる厚い溶 岩流であった。塊状溶岩はタム山塊に特に多く見 られ,U1347 地点では 1 枚の厚さが 23 m 以上に も達した。この塊状溶岩はデカン高原の溶岩流と 類似しており,大量のマグマが一気に噴出して長 距離流れたものであると推定した 3, 4 掘削による大きな成果の 1 つは噴火が浅海~ 地表で起きていたことがわかったことである。溶 岩中に溶け込んだ水と二酸化炭素の濃度をもとに, 噴火水深は 1000 m よりも浅いことが示唆され 5 。さらに U1349 地点では陸上噴火を示す地層 が発見された 3, 4 。火山噴出物の直上を覆う堆積物 中の底生有孔虫の解析から見積もった深度も浅海 であった 3, 4 。現在,シャツキー海台の大部分は水 3000 m 以上の深海底に存在するが,形成時は 日本のような火山列島を形成し,海上に頭を出し ていたのであろう。 地球深部の地層が見えてきた 深海掘削は海底下の地層を直接手にとって観察 や分析をすることができるという利点があるが, 表層部の情報しか得られないという難点がある。 特集日本をおそった巨大噴火 深海底 世界一 火山 発見 佐野貴司 さの たかし 国立科学博物館地学研究部 ウイリアム・セイガー William W. Sager ヒューストン大学地球惑星科学部 The largest single volcano on Earth beneath the sea Takashi SANO and William W. SAGER

深海底 世界一 - National Museum of Nature and …...深海底に世界一の火山を発見 科学 0075 IODP324 航海 で最も厚く溶岩流層を採取 きた U1350 地点でもその総厚は200

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0074 KAGAKU Jan. 2014 Vol.84 No.1

日本から約 1500 km東方沖の太平洋に「シャツキー海台」と呼ばれる巨大海台が存在する(図 1)。この海台内の高まりの 1つである「タム山塊」は単一の火山としては世界最大であると提唱された1。これは深海掘削と地殻構造探査という 2つの異なった調査方法を融合して議論した成果である。

巨大海台とは?

現在は活動していないものの,過去に大量のマグマが噴出し,巨大な溶岩流の台地となった場所が地球上にはいくつか存在する。インドのデカン高原は大規模な溶岩台地の代表である。一方,海底にはデカン高原よりも大きな火山が存在し,巨大海台とよばれている。パプアニューギニア北東沖の太平洋に分布するオントンジャワ海台は地球上で最大の溶岩台地であり,面積は日本の 5倍の約 190万 km2にも及ぶ。シャツキー海台は面積が約 46万 km2の巨大海台であり,主にタム,オリ,シルショフという 3つの山塊から構成されている(図 1)。南端のタム山塊が最も古くて約 1億 4500万年前に活動し,オリ,シルショフ山塊と北に行くほど新しい火山であると推定されている2。各山塊は数百万年以内に活動を終了したと考えられている。

厚い溶岩台地が海上に頭を出していた?

2009年秋,統合国際深海掘削計画(IODP)324航海はシャツキー海台の 5地点で掘削を行い(U1346~U1350:図 1),溶岩流の採取を試みた3, 4。通常,深海底には枕状溶岩という厚さ 1 mに満たない岩石が分布しているが,シャツキー海台で頻繁に確認されたのは塊状溶岩とよばれる厚い溶岩流であった。塊状溶岩はタム山塊に特に多く見られ,U1347地点では 1枚の厚さが 23 m以上にも達した。この塊状溶岩はデカン高原の溶岩流と類似しており,大量のマグマが一気に噴出して長距離流れたものであると推定した3, 4。掘削による大きな成果の 1つは噴火が浅海~

地表で起きていたことがわかったことである。溶岩中に溶け込んだ水と二酸化炭素の濃度をもとに,噴火水深は 1000 mよりも浅いことが示唆された5。さらに U1349地点では陸上噴火を示す地層が発見された3, 4。火山噴出物の直上を覆う堆積物中の底生有孔虫の解析から見積もった深度も浅海であった3, 4。現在,シャツキー海台の大部分は水深 3000 m以上の深海底に存在するが,形成時は日本のような火山列島を形成し,海上に頭を出していたのであろう。

地球深部の地層が見えてきた

深海掘削は海底下の地層を直接手にとって観察や分析をすることができるという利点があるが,表層部の情報しか得られないという難点がある。

特集日本をおそった巨大噴火

深海底に世界一の火山を発見

佐野貴司 さの たかし

国立科学博物館地学研究部

ウイリアム・セイガー WilliamW.Sager

ヒューストン大学地球惑星科学部

The largest single volcano on Earth beneath the sea

Takashi SANO and William W. SAGER

0075科学深海底に世界一の火山を発見

IODP324航海で最も厚く溶岩流層を採取できたU1350地点でもその総厚は 200 mに達しなかった。このため,音波を用いた海洋底の地殻構造探査が重要となってくる。2010~2011年の R/V Marcuc G. Langseth航海(MGL1004とMGL 1206)ではシャツキー海台で地殻構造探査を行い,海台の厚さが 30 kmにも達することがわかった6。さらに音波を用いて海底下の溶岩流部分を見てみると詳細な地層が見えてきた(図 2)。掘削で得られた地質情報と付き合わせたところ,この地層の境界は溶岩流ユニット境界に一致するという結論になった。溶岩流ユニットとは複数の溶岩流の積み重な

りから構成され,堆積物を挟んで上下の他の溶岩流ユニットと境界をなす地層単位である。堆積物と溶岩流とは物性が大きく異なるため,地殻構造探査により地層境界が検出できたのであろう。

タム山塊は単一の盾状火山?

これまでのシャツキー海台における地殻構造探査はタム山塊に集中している(図 1)。地殻構造探査で得られた地層を調べたところ,タム山塊の山頂付近には幅 3~5 km,深さ 55~170 m程の陥没地形が確認された1。これはハワイの盾状火山の中央部に存在するカルデラ地形に類似する。し

図 1―シャツキー海台(太線の 5000 m等深線で囲まれた地域)濃灰色領域は 4000 mよりも浅い地域。白丸は深海掘削により火山岩が採取された地点(1213,U1346~U1350)。薄灰色線(M8~M23:約 1億 3000万~1億 5000万年前に相当)は地磁気縞模様2。海台を横断する黒の太線は地殻構造探査が行われた測線。比較のために火星・オリンポス火山の基底部のサイズを右下に示した。左上にシャツキー海台と日本との位置関係を示した。文献(1)の図 1を簡略化。

M7M8

M10

M9 M10

M11M12

M8

M11

M12

M13

M13

M16

M17

M17M17

M19

M20

M18M19

M17

M16M16

M15

M11

M10

M8

M11

M21

M22M23

M22

M21

M20 M20

M18

M18

M17 M15

M15

M14

M12

M14

M15M16オリ山塊

シルショフ山塊

30°

150° 160°

日本

M25

M21

M17

M10

M1

M25

M21 M17

M17

M14

M14

M10

M1 200 km

A

B

M16

1213

U1347

U1346

オリンポス火山(基底部)

シャツキー海台

U1348

U1349 U1350

タム山塊

40°

156

40

38

36

34

32

30

160 164

緯度(北緯)

経度(東経)

0076 KAGAKU Jan. 2014 Vol.84 No.1

かし,ハワイの山頂カルデラから 2~3方向へのびるリフトゾーンがタム山塊には確認できない。リフトゾーンとは山腹の割れ目に沿ってマグマが噴出した火口列であり,マグマは山頂カルデラだけから流出したわけではないことを示している。また,ハワイ島は 5つの盾状火山から構成されており,カルデラ火口は 1カ所ではない。一方,タム山塊の地層をみると,多くの溶岩流は山頂付近からあらゆる方向に流下し,1つの広大な盾状火山を形成したように見える。もしそうならば,タム山塊は単一の火山として世界最大ということになる。この山体の形は極端に起伏が緩やかであり,ハワイのマウナロア火山よりも緩やかという特徴をもつ(図 2)。さらに,掘削により採取したいくつものタム山

塊の溶岩の化学分析を行ったところ,組成はほぼ均一であった7。この事実はタム山塊が 1つの盾状火山であるという主張を支持する。タム山塊の面積は約 31万 km2と広大であり,日本の面積(約38万 km2)にも匹敵する。そのサイズは日本最大の成層火山である富士山や大規模カルデラをもつ阿蘇火山と比べても桁違いに大きい(図 2)。地球最大の活火山,マウナロアも,その面積は 5200 km2程と遠く及ばない。そして太陽系最大の火山

である火星のオリンポス火山に肩を並べている(図 1)。

巨大海台調査の意義

これまでに巨大海台の構造や形成過程はほとんどわかっていなかった。この理由は巨大海台が深海底に存在し,その上部には 1000 mを超える厚い堆積物が覆っており,限られた特殊な方法でしか調査ができなかったからである。今回,深海掘削と地殻構造探査という 2種類の調査がほぼ同時期に行われたため,新事実が一気にわかってきた。今後も同様の調査を巨大海台で行うことができれば,さらに新しい発見につながるであろう。

文献1―W. W. Sager et al.: Nat. Geosci., 6, 976(2013)2―M. Nakanishi et al.: J. Geophys. Res., 104, 7359(1999)3―W. W. Sager et al.: IODP Exp. Rep., 324(2010)4―W.W. Sager et al.: EOS Trans., AGU, 92(5), 37(2011)5―K. Shimizu et al.: Earth Planet. Sci. Lett., 383, 37(2013)6―J. Korenaga & W. W. Sager: J. Geophys. Res., 117, JB

009248(2012)7―T. Sano et al.: Geochem. Geophys. Geosyst., 13, Q08010

(2012)

図 2―タム山塊の断面図(図 1の A―B測線の断面)溶岩流層中の実線は地層境界を示す。矢印で示した場所は U1347の掘削地点。文献(1)の図 3bを簡略化。比較のため富士山,阿蘇山,マウナロア山の断面図を上部に示した。幅と高さの縮尺はすべての火山で同じ。

50 km

1000 m

U1347

堆積物海底面溶岩流最上部

富士山阿蘇山

マウナロア山

30 km厚さ

タム山塊

シャツキー海台

ハワイ

西 東

南 北 北西 南西 西南西 東南東