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2017 年版 Cognizanti Journal Vol. 101 Cognizanti 論説 「デジタル化」が必ずしも 「成功」をもたらすとは 限らない

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2017年版 Cognizanti Journal Vol. 10、第 1 号

Cognizanti論説

「デジタル化」が必ずしも「成功」をもたらすとは

限らない

「デジタル化」が必ずしも「成功」をもたらすとは限らないゲイリー・ビーチ(Gary Beach)

「デジタル・ジャーニー」をより効果的に進めるために、CIO は新しいアプローチとともに、その重要性が再認識される旧来の考え方も取り入れる必要があります。

「�半世紀前には、フォーチュン500 企業の寿命は約75年と言われていました。それが現在では15年以下と言われるようになり、短命化は日々進行しています」1��

それだけではありません。先日、スイスのダボスで開かれた世界経済フォーラムでは、米シスコのジョン・チェンバース(John Chambers)会長は参加者を前に、全企業の 40% は 10 年以内に姿を消すだろうと警告しています。さらに生き残れる企業でも、「彼らはこぞってデジタル化や新しいテクノロジーの導入を推し進めるだろうが、その試みの 70% は失敗に終わる」2 とも予想しました。

このチェンバース会長が予測した失敗率の数値は、米スタンディッシュ・グループ(The Standish Group)の『CHAOS Report 2015』が示す「既存企業のデジタル化プロジェクトのうち、71% は成功に至っていないと評価される」3 という数値と一致していることには驚かされます。

それでは、このような状況下で、CIO はどうすればデジタルトランスフォーメーションを成功に導くことができるでしょうか? 私は最近、さまざまなグローバル

企業の CIO の方々と話をする中で、彼らの叫びが、イギリスのロックバンド The Who ( ザ・フー ) の

「Won’t Get Fooled Again(邦題:無法の世界)」にある1フレーズ、「Meet the new boss, same as the old boss.(新しいボスに会ってみな、前のボスと変わりゃあしない)」を思い浮かべながら、彼らの言いたいことは、少なくとも1つの成功要因は、過去に学んだ教訓から受け取れるもので、事を始める前に

「成功」がどのように見えるかを知ることができるのではないかと。

米メジャーリーグでデジタル化の先端にあるサンフランシスコ・ジャイアンツの上級副社長兼 CIO ビル・シュラウ(Bill Schlough)氏は、私に次のように語っています。「そもそも“成功”が何であるかの定義もしていないのに、デジタルトランスフォーメーション・プロジェクトの成功について語れない。定義がないまま成功を収めたとしても、それは単に幸運だったというだけの話だ」と。

つまり、例えばビリヤードで、7 番ボールをコーナーポケットに入れると宣言しておきながら、サイドポケットに入れてしまったようなものです。現実的には、初めに製品の品質を向上させようという目的があって、デジタル化プロジェクトが企業の新しいビジネスラインへの移行を助ける補助的な利益を提供するものならば、ここでもビリヤードと同じ論理が適用される。結果としては、どちらのケースでも、出番はなくなるけどねとシュラウ氏は語っています。

最近私が参加した、オハイオ州立大学のフィッシャー経営学院でのカンファレンスでも、あるグローバルな製造メーカーの CIO が「成功への唯一の道は、まず目的を定めることだ」と同様のことを話していました。

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論説

明確な目的を定め、成功を定義する。これはアプローチの王道です。たとえば、ある大手公益企業のCIO は、自社のデジタルトランスフォーメーション・プロジェクトの成功度を測る指標として、以下の 4 つの KPI(重要業績評価指標)を定めています。

OO 収益の拡大またはコスト削減(前回予算との比較で)

OO 部分的なコスト削減またはコストの回避

OO プロセスの効率性または有効性の改善(金額では測れないもの)

OO 企業イメージの向上など、より定性的なゴール

なぜ、この CIO は現代的な「デジタル」指標、たとえばウェブサイトのクリック数やオンラインの決済数といった指標を用いないのでしょうか? その理由は、これらの指標はあくまで目的のための手段に過ぎず、実際、チームの取り組みの成果は上記の 4 つのベンチマークを基にマッピングすることで評価できるからだと言います。

数字の先にあるもの:デジタルトランスフォーメーションの失敗理由デジタルトランスフォーメーション・プロジェクトの成功の度合いを測る方程式が同じで、また定量化できるのであれば、なぜプロジェクトの 70% が失敗に終わるのでしょうか? これには次の 4 つの理由が考えられます。

OO リーダーシップの欠如

CIO という役職が誕生してから、すでに約 30年が経過しています。しかし、CIO の多くはいま

だにビジネスリーダーではなくテクノロジーマネジャーであり、レガシーシステムのデジタル化と既存のオペレーションのバランスを図ることに多くの労力を費やしています。ほとんどの CIO には、顧客の課題を突き止めて、その解決に向けたソリューションを開発する時間はありません。彼らの大半は、執行役員の座を射止めることで頭がいっぱいになっているのが実情です。

かつてハーバード・ビジネス・スクールで上級副学部長を務めたドクター・ジェームズ・I・キャッシュ

(Dr. James I. Cash)は、ボストンで開かれたテクノロジー・カンファレンスの基調講演で、このような CIO の姿勢は間違っていると指摘しています。「信頼に値する CIO」となるためには、CIO はより重要な「椅子」、すなわち別の C (Customer:顧客)「お客様側の椅子」を求めるべきであり、そして優れた CIO は少なくとも業務時間の 30% を顧客との関係構築に費やすべきだと、彼は主張しています。

OO デジタルのユビキタス性

今さらではありますが、すべての従業員、部門や部署、そして事業にとって、IT の活用は欠かせません。デジタルトランスフォーメーションの初期の段階では、多くの CIO が「BYOD(bring your own device)戦争」で奮闘し、そして苦杯を舐めさせられたことは記憶に新しいと思います。今思えば、これは他愛のない戦争でした。AI(人工知能)を搭載した新たなマシンが台頭し、地上にくまなく IP アドレスが付与され、至るところでテクノロジーとビッグデータが活用される現在、多くの CIO は自社のデジタル環境から生じる排気ガスに窒息しかけています。さらに、現代のデジタルツールはかつてないほど重要なテクノロジースタックと言われ、CIOの苦悩は増すいっぽうです。

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CIOという役職が誕生してから、すでに約30年が経過しています。

しかし、CIO の多くはいまだにビジネスリーダーではなくテクノロ

ジーマネジャーであり、レガシーシステムのデジタル化と既存のオ

ペレーションのバランスを図ることに多くの労力を費やしています。

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OO 全米テニス協会の CIO を務めるラリー・ボンファンテ(Larry Bonfante)氏も、先だって次ように述べています。「デジタルは、CIO や CDO(最高デジタル責任者)、CMO(最高マーケティング責任者)といった一部の経営幹部が支配できるものではない。デジタルはビジネスにおける総合的なアプローチそのものであり、役職でもなければ、モノでも、部門でもない」4 。デジタルトランスフォーメーション・プロジェクトの多くが失敗に終わるのは、社内に「バージョン違いの真実」を数多く生み出してしまうためです。社内の至るところでデジタル・プロジェクトが推進される結果、トラブルが発生した際に明確な責任の所在がわからなくなってしまうからです。

OO 人材のギャップ

CIO は今や、ベビーブーマーからジェネレーション Z に至る 4 つの世代の人材を管理しなければなりません。一方で、大手企業のデジタルトランスフォーメーション・プロジェクトは、伝統的なCOBOL 言語のメインフレームに縛り付けられている現状があるからといって、大ベテランの IT スタッフに「もう1 年だけ働いてもらえないか」と説得するのも難しいことです。また、ミレニアル世代とジェネレーション Z の間では、STEM(科学・技術・工学・数学)教育のギャップから、スキルの格差による、デジタルトランスフォーメーションに向けた施策のスピード決定や実践を行えないケースもあります。それに加えて、IT 系の人材は転職を好む傾向があり、CIO にとって優秀な人材を引き止めておくことが難しいといった問題点もあります。

デジタルトランスフォーメーションにおける人材不足は、実のところ相当に深刻化しています。2016年末、テクノロジー分野において米国だけでも 55万 3,000 人の人材募集があり、その中には 90 日

以上も応募がないケースもありました 5。このデータに基づくと、IT の生産性は四半期ごとに 5,000万日分が失われる計算となります。

OO ソーシャル・コスト(社会的費用)

拡張エンタープライズにおける AI やアナリティクス、ロボティック・プロセス・オートメーションの急速な普及は、現在および未来の私たちの雇用に直接的な影響を及ぼします。多くの CIO が、業務改善や企業研修、スキル開発の重要性を強調してはいるものの、まだ実行段階には至っていません。

これに関して、驚くべき調査結果があります。フォレスター・リサーチの報告によると、米国の企業は 2017 年中にデジタル分野のマシンやソフトウェア、サービスに、合計 1 兆 5,000 億ドル(約165 兆円)の投資を行う見通しです 6。一方、IDCは従業員の研修費用として CIO が 2017 年末までに投じる予算を、わずか 84 億ドル(約 924 億円)/1 社当たり約 1,200ドル(約 13.2 万円)と予測しています 7。

仕事の定義、つまり機械が行う仕事と人が行う仕事の定義は、今後10 年間で大きく変化することでしょう。コグニザントのマルコム・フランク(Malcolm Frank)、ポール・ローリグ(Paul Roehrig)、ベン・プリング(Ben Pring)が、彼らの共著である『What to Do When Machines Do Everything(マシンがすべての能力を身につけたとき、私たちは何をすべきか?)』で指摘しているように、「そこでは血が流れることになる」8 のかもしれません。

ここではニュートンが唱えた運動の第 3 法則 ―「すべての行動には、大きさが等しく、方向が逆の反作用がある」―が大きな意味を持ちます。つまり、デジタルトランスフォーメーション・プロジェクトの投資に比例して、CIO はデジタル関連のトレーニングにも投資するべきだということです。

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同じ過ちを繰り返さない予測が得意な人たちは「先を見ること」を提案しますが、私たちにとっては、過去を振り返ることも同じように大切です。この観点から、Apple が 1997 年に出した広告キャンペーン「Think Different.」を思い出してみましょう。この広告は、CIO がデジタルトランスフォーメーション・プロジェクトを成功へと導く上で不可欠な、現在および未来の特性をよく表しています。

The�Crazy�Ones�(クレージーな人たちへ)クレージーな人たちがいる。はみ出し者、反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。四角い穴に丸い杭を打ち込むように、物事をまるで違う目で見る人たち。彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。彼らの言葉に心を打たれる人がいる。反対する人も、�賞賛する人も、けなす人もいる。しかし、彼らを無視することは誰にもできない。なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。彼らは人間を前進させた。彼らはクレージーと言われるが、私たちは天才だと思う。自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えているのだから。9

Apple が 1990 年代末に「Think Different.」に価値を見いだしたように、今日のデジタル・リーダーもまた、たとえ「厄介者」と言われようとも、「物事を変える」ことに大きなエネルギーを注がなければなりません。どこかのテクノロジー・カンファレンスに参加すれば、「クレイジーな人たち」は檀上にも、座席にもいるはずです。あるいは、こんな方法もあります。Twitter や LinkedIn の検索ボックスに「digital transformation(デジタルトランスフォーメーション)」と入力してみてください。すぐに数千人の、フォローするべき、あるいはつながるべき「クレイジーな人たち」と出会えると思います。

マッキンゼー・アンド・カンパニーは、彼らのことを「並み外れた大志を抱く」リーダーと呼んでいます。つまり、大きな目標を掲げ、「デジタルを、さまざまな行動を喚起するチャネルの 1つとしてではなく、新たな価値を創造するビジネスの1つとして見るように組織を導く」10 人々です。では、デジタルトランスフォーメーションにおいて、並み外れた目標とはどの程度の目標ことを指すのでしょうか? マッキンゼーは次のように

言っています。「あなたの掲げる目標を知っても会社の大半の人が不安を覚えないようなら、それはまだ大志とは呼べるものではない」

あ るい はシスコ の ジョン・チェンバース(John Chambers)会長が指摘するように、「目下のデジタルトランスフォーメーション・プロジェクトにおいて汗をかいて取り組むほどのことがないなら、そのプロジェクトは見直すべき」11 です。そう遠くない昔、クライアントサーバーシステムや E コマースの導入においては、とてつもない大志を掲げ、多くの人が額に汗して目標の達成に取り組みました。そんな中では、時には「前のボス」のやり方に従うことで現状を打破できる場合もあります。いずれにしても、CIO は同じ過ちを繰り返してはならないのです。

方程式はある。しかし、それは魔法の方程式ではないデジタルトランスフォーメーションは、組織にとって目新しい取り組みなのでしょうか? そのとおりと言えます。成功を目指す CIO なら、前のボスのやり方に工夫を加えて、それを生かしていかなければなりま せん。

つまり、

OO 目的を定めて成功を定義すること

OO 最新テクノロジーの導入だけ目を奪われないこと

OO すべての部門/部署を横断したガバナンスのルールを策定すること

OO オフィスを離れ、顧客と直接合って話すこと

OO 顧客のペースに合わせてビジネスを展開すること

OO 従来の枠にとらわれない発想をすること

OO 大胆かつ明確な目標を掲げること

OO 計画を練り、それに沿って業務を進めること

これによって、デジタルトランスフォーメーション・プロジェクトで成功を収める 30% の企業の 1つになることができるはずです。

今日のデジタル・リーダーもまた、たとえ「厄介者」と言われよう

とも、「物事を変える」ことに大きなエネルギーを注がなければな

りません。

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出典1 Richard N. Foster, “Creative Destruction Whips through Corporate America,” Innosight, 2012,

https://www.innosight.com/insight/creative-destruction-whips-through-corporate-america-an-innosight-executive-briefing-on-corporate-strategy/.

2 Julie Bort, “Retiring Cisco CEO Delivers Dire Prediction: 40% of Companies Will Be Dead in 10 Years,” Business Insider, June 8, 2015, http://www.businessinsider.com/chambers-40-of-companies-are-dying-2015-6.

3 “CHAOS Report 2015,” Standish Group, http://blog.standishgroup.com/post/50.4 Larry Bonfante, “Who Owns Digital? The Whole C-Suite,” Heller Report, Jan. 18, 2017,

https://www.hellersearch.com/blog/who-owns-digital-the-whole-c-suite. 5 Gary Beach, “America’s Tech Talent Pool: Make It Great,” The Wall Street Journal, Jan. 20, 2017,

http://blogs.wsj.com/cio/2017/01/20/americas-tech-talent-pool-make-it-great/.6 Mike Wheatley, “Forrester: U.S. Tech Spending to Grow 5.1 Percent in 2017,” Silicon Angle,

Oct. 26, 2016, http://siliconangle.com/blog/2016/10/26/forrester-u-s-tech-spending-to-grow-5-1-in-2017/.

7 著者と IDC アナリストとの電話での会話。8 Malcolm Frank, Paul Roehrig and Ben Pring, What to Do When Machines Do Everything, Wiley, 2017,

https://www.amazon.com/What-When-Machines-Everything-Algorithms/dp/111927866X.9 Apple “Think Different” advertisement, YouTube,

https://www.youtube.com/watch?v=tjgtLSHhTPg. 10 “The Seven Traits of Effective Digital Enterprises,” McKinsey & Co., May 2014,

http://www.mckinsey.com/business-functions/organization/our-insights/the-seven-traits-of-effective-digital-enterprises.

11 Julie Bort, “Retiring Cisco CEO Delivers Dire Prediction: 40% of Companies Will Be Dead in 10 Years,” Business Insider, June 8, 2015, http://www.businessinsider.com/chambers-40-of-companies-are-dying-2015-6.

著者紹介『CIO』誌の名誉発行人であるゲイリー・ビーチ(Gary Beach)は、『ウォールストリート・ジャーナル』紙のゲストコラムニストも務め、著書『The U.S. Technology Skills Gap』はベストセラーとして多くの読者から評価されている。

連絡先: [email protected] | Twitter @gbeachcio.