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58 · 日経情報ストラテジー July 2013 成果出すIT革新の現場 コクヨが IT(情報技術)をフル活用し、ワークスタイ ルの変革を進めている。クラウドサービスやタブレッ トといった最新のITツールを導入し、フリーアドレス や在宅勤務を実現。場所や時間にとらわれない、新た な働き方を模索中だ。既に業務効率の向上や、ペーパ ーレスによるコスト削減といった効果も出ている。 東京・品川にあるコクヨのオフィス。 5 階にある「エ コライブオフィス品川」では、情報システム部の担当 4 人が集まり、同階の屋外スペースに出て、青空の 下で議論を始める(下の写真)。 議題は「システム保守の品質向上について」。進行 役が「本日の打ち合わせの目的は…」と切り出すと、4 人は立てかけたタブレットの画面を眺めながら、取り 組みの狙いなどを確認する。必要な資料は無線 LAN 経由で、すぐさま参照できる。 こうした“青空会議”がコクヨでは日常化しつつあ る。 IT をフル活用したワークスタイル変革の成果だ。 クラウドやタブレット、スマートフォンといった最新 IT ツールを導入し、フリーアドレスや在宅勤務を実 現している。 ワークスタイル変革の途上段階だが、成果も出始め たという。先行した情報システム部では、「定量的な効 果はまだ算出していないが、日々の 業務効率が確実に高まっていること を実感している」とコクヨの土山宏 邦情報システム部ワークスタイルソ リュ ーション グ ループ グ ループ リー ダーは言う。 ワークスタイル変革で導入した新 たなクラウド型情報共有サービス は、従来システムに比べて操作性が 高まった。利用部門から情報システ ム部に入る問い合わせ件数は 5 割以 上減り、システム部門の問い合わせ 対応業務の負担は軽くなった。フリ ーアドレスの導入により、一部でペ “青空会議”が日常に 報・連・相は対話から 情報システム部の“青空会議”の様子。 5階のオフィスに庭がある コクヨ

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58 · 日経情報ストラテジー July 2013

成果出すIT革新の現場

 コクヨがIT(情報技術)をフル活用し、ワークスタイルの変革を進めている。クラウドサービスやタブレットといった最新のITツールを導入し、フリーアドレスや在宅勤務を実現。場所や時間にとらわれない、新たな働き方を模索中だ。既に業務効率の向上や、ペーパーレスによるコスト削減といった効果も出ている。

 東京・品川にあるコクヨのオフィス。5階にある「エコライブオフィス品川」では、情報システム部の担当者4人が集まり、同階の屋外スペースに出て、青空の下で議論を始める(下の写真)。

 議題は「システム保守の品質向上について」。進行役が「本日の打ち合わせの目的は…」と切り出すと、4

人は立てかけたタブレットの画面を眺めながら、取り組みの狙いなどを確認する。必要な資料は無線LAN

経由で、すぐさま参照できる。 こうした“青空会議”がコクヨでは日常化しつつある。ITをフル活用したワークスタイル変革の成果だ。クラウドやタブレット、スマートフォンといった最新のITツールを導入し、フリーアドレスや在宅勤務を実現している。 ワークスタイル変革の途上段階だが、成果も出始めたという。先行した情報システム部では、「定量的な効

果はまだ算出していないが、日々の業務効率が確実に高まっていることを実感している」とコクヨの土山宏邦情報システム部ワークスタイルソリューショングループグループリーダーは言う。 ワークスタイル変革で導入した新たなクラウド型情報共有サービスは、従来システムに比べて操作性が高まった。利用部門から情報システム部に入る問い合わせ件数は5割以上減り、システム部門の問い合わせ対応業務の負担は軽くなった。フリーアドレスの導入により、一部でペ

マツダ

“青空会議”が日常に報・連・相は対話から

情報システム部の“青空会議”の様子。5階のオフィスに庭がある

コクヨ

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July 2013 日経情報ストラテジー · 59

ーパーレス化が進み、紙の資料を枚数ベースで6割以上削減できている。 ワークスタイル変革の効果を実感する1人が、吉城基裕情報システム部東京ビジネスシステムグループグループリーダーだ。特に同僚との資料の共有で、メリットを感じているという。従来は「資料をメールで互いにやり取りすることが多く、最新版がどれか分からなくなるケースが少なくなった」(吉城グループリーダー)という。 現在は、資料のやり取りをメールではなく、クラウド型情報共有サービスが備える文書共同編集機能を利用することで、複数の担当者が共同で資料を作成し、効率を高めている。「従来なら1日がかりだった資料作成作業が、半日でできる場合もある」と吉城グループリーダーは話す。 同僚との情報共有の場面でも、移動時間などにスマホでメールを確認できるようになり、帰社後にすぐにアクションを起こせるようになった。それまでは、メール送信者から催促され、「今からパソコンで見ます」と応じていたのが、「先ほどのメールの件なんですが」と自ら切り出せるようになったわけだ。吉城グループ

リーダーは「すき間時間に考えをまとめられるため、業務効率が高まっている」と語る。

パソコン依存から脱却、タブレット活用へ

 コクヨはワークスタイル変革の一環で、パソコン(PC)に依存した仕事の進め方からの脱却に取り組む。業務効率を高めることが狙いだ。 1人1台PC体制は今や当たり前。だがコクヨは、社員のPC依存が進みすぎ、社内会議用の資料を過剰に

●コクヨが進めるワークスタイル変革の効果

ビフォー

ITを使ったワークスタイル変革を推進

アフター

システムの使い勝手やレスポンスに対する問い合わせ・クレームが増加

働く「場所」や「時間」に制約

報・連・相にパワーポイントを多用

従来のグループウエアが老朽化

新システムの導入で、現場からの問い合わせを 5割以上削減

スマートフォンやタブレットでフリーアドレスを実現。一部で紙の資料を6割以上削減

手書きメモでの報・連・相を徹底

クラウド型情報共有サービスを導入

東京・品川のオフィス内にある「エコライブオフィス品川」

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60 · 日経情報ストラテジー July 2013

作成したり、大量に印刷したりするといったケースが増え、かえって業務効率が低下していることを問題視した。土山グループリーダーは「PCの前に座っているだけで、仕事をしている気になる社員が増えていた」と打ち明ける。 こうした状況を変えようとコクヨは、チームワークを醸成するため、できるだけ社員同士の対話が増えるような働き方に変えようと考えた。ただし、全社員からPCを取り上げてしまえば、逆に業務効率は落ちてしまう。 そこでコクヨは、PCの「利用頻度」と「移動の多さ」に応じて、PCが必要な業務かどうかを区分。外出の多いルート営業の担当者の場合は、営業先で顧客と一緒に資料を作成するケースが多いためノートPCを携帯させる。一方、完成した資料で大企業に提案する営業担当者については、ノートPCではなくタブレットを配布するといった具合だ。 約60人が所属する情報システム部の場合、個人専用のPCを利用しているのは、長期の海外勤務や事務作業中心の数人ほどの社員である。ほとんどの社員が米アップルのタブレット「 iPad」で業務を進めている。資料作成が必要になった場合は、「共有PC」を利用するルールだ。共有PCについては、あらかじめ予約が必要なものと、空いていれば自由に使えるものの

2種類を用意。共有PCの順番待ちで、仕事の効率が落ちないよう配慮した。 脱PCと並行して、フリーアドレス制度も導入した。なるべく電子メールに頼らず、社員同士が対面でコミュニケーションするよう促すためだ。 情報システム部が率先して脱PCに取り組み、順次対象部門を広げていく計画である。土山グループリーダーは、「まずは我々が体感し、その経験をきっちりと伝えないと、利用部門に納得してもらえず、脱PCが進まない」と強調する。 脱PCを打ち出した当初は、PCを取り上げられるという危機感から、利用部門の抵抗は強かった。それもシステム部門の状況が知られるにつれ、徐々に減ったという。 現在コクヨは、社内パソコンのOSを「Windows

7」へ移行中である。このタイミングに合わせて、5月からほかの部門にも働きかけ、脱PCを順次進めていく予定だ。 脱PCはコクヨにとって、新たなビジネスチャンスを生む可能性がある。PCに依存しない新しい働き方を自ら実践することで、従来の発想にとらわれないオフィス関連製品・サービスを生み出せる可能性も高まる。

「報・連・相」ではパワポ利用を制限

 フリーアドレス、在宅勤務、脱PCといった取り組みを進めるだけでは、社員同士が活発にコミュニケーションするというワークスタイルは根付かない。現場の意識改革も必要になる。 その取っ掛かりとして、コクヨの情報システム部は、上司への「報・連・相(報告・連絡・相談)」のルールを変更した。具体的には、上司と会話する前に「パワーポイント」で資料を作成することを禁止したのだ。

1人1台のノートPC

1人1台のノートPC

全社員

PCの利用頻度が低い社員

PCの利用頻度が高い社員

タブレット端末 共有PC

●コクヨは“PC依存症”からの脱却を進める

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July 2013 日経情報ストラテジー · 61

成果出すIT革新の現場

 「口頭であればすぐに済むような報告内容にもかかわらず、時間をかけてパワポで資料を作成する社員が少なくなかった。これは時間の無駄使い。まずは会話。それから資料を作った方が効率がいい」。土山グループリーダーはこう話す。 新たな報・連・相の流れをこうだ。まずは手書きのメモで上司と議論する。資料を作成する必要があれば、内容の方向性や骨子を固める。 こうしたルールにしたことで、以前に比べ、部内でやり取りされる資料そのものの量が減った。資料を作成するにしても、上司と内容を詰めてから作業に取り掛かるので手戻りもなくなり、部員の業務効率も上がった。情報システム部は脱PCと併せて、パワポの利用制限ルールの導入をほかの部門にも展開していく考えだ。

クラウドで現場の不満を解消

 ワークスタイル変革の裏には、情報共有システムの老朽化という差し迫った課題もあった。コクヨは市販の情報共有ソフトを導入し、自社で運用していたが、様々な課題があり、更新の時期を迎えていたのだ。 「メール容量50Mバイト制限があるのはどうにかならないか」「学生時代に使っていたシステムの方が使い勝手が良かった」などのクレームが現場から出ていた。経営陣からも、次世代の情報共有システムの再構築プランを早急に練るよう迫られていたという。 利用部門の利便性を高めるには、システムの拡張性や操作性、レスポンスなどに優れたツールが必要だった。そこで目をつけたのがクラウドサービスだ。クラウドであれば、「利用者数の増減やメール容量の拡張、機能の追加にも柔軟に対応でき、システム基盤の保守・運用の手間も省ける」(土山グループリーダー)。 グローバル化に対応するためにも、クラウドサービスの利用が得策と考えた。2020年に、売り上げの3割

を海外で稼ぐという計画を打ち出し、海外でのM&A

(合併・買収)を加速させているコクヨ。海外と国内の拠点のワークスタイルを統一し、密にコミュニケーションを図るためには、システムの標準化が欠かせない。標準システムを素早く展開する手段として、クラウドサービスの導入を決めた。 クラウドサービスの導入にあたっては、先進事例を研究した。システム部員は、小売業や旅行業、中古車業界の大手企業を訪問し、導入効果や課題を聞いた。 こうした活動を通じて、米グーグルの企業向けの電子メールや文書共有ツール「Google Apps for Busi-

ness」の導入を決めた。「システム管理機能が整い、電子メールだけでなく、ファイル共有や文書の共同編集機能も充実していた」と土山グループリーダーは採用利用について話す。 コクヨは2012年7月にGoogle Appsの利用を開始した。現在、約6500人の社員が利用している。これとは別に、1500を超える業務システムのクラウド化も終えた。今後も、システムコストを抑制しつつ、クラウド、タブレットの積極活用で、ワークスタイルの変革を加速させる計画だ。 (山端 宏実)

ワークスタイル変革の推進メンバー。左から情報システム部の吉城基裕グループリーダー、土江快知氏、土山宏邦グループリーダー