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川崎市外国人市民代表者会議の 10年 議事録から読み取れること はじめに 代表者会議の設置目的と代表者の意識 議事録から読み取れること 代表者会議の現状と課題 はじめに 外国籍市民に「市政参加の権利を実質的に保障」 (1) することを目的とし て構想された川崎市外国人市民代表者会議 (以下「代表者会議」) が、1996年 12月に設置されて 10年が経過した。条例によって設置された初めての外 国籍住民の市政参加制度ということもあり、代表者会議は設置当初から広 く話題となり、設置までの経緯、制度の概要、その意義と課題についての 研究は数多く発表されている (2) 。また、代表者会議を素材として外国人の 政治・行政参加を理論的に考察する研究も行われ始めた (3) 。例えば、樋口 直人は2000年の段階で、「外国人市民はどのような『対抗と協力』の関係 を築きうるのか このような課題に対して、社会科学的な現状分析にも とづいた議論が求められる段階にさしかかっている」 (4) として、理論的研 究の必要性を強調している。 これに対し本稿は、代表者会議の 10年間を議事録 (「会議経過」) をもとに 39

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駒澤法学第7巻1号

川崎市外国人市民代表者会議の10年議事録から読み取れること

中 野 裕 二

はじ め に

Ⅰ 代表者会議の設置目的と代表者の意識

Ⅱ 議事録から読み取れること

Ⅲ 代表者会議の現状と課題

は じ め に

外国籍市民に「市政参加の権利を実質的に保障」(1)することを目的とし

て構想された川崎市外国人市民代表者会議(以下「代表者会議」)が、1996年

12月に設置されて10年が経過した。条例によって設置された初めての外

国籍住民の市政参加制度ということもあり、代表者会議は設置当初から広

く話題となり、設置までの経緯、制度の概要、その意義と課題についての

研究は数多く発表されている(2)。また、代表者会議を素材として外国人の

政治・行政参加を理論的に考察する研究も行われ始めた(3)。例えば、樋口

直人は2000年の段階で、「外国人市民はどのような『対抗と協力』の関係

を築きうるのか このような課題に対して、社会科学的な現状分析にも

とづいた議論が求められる段階にさしかかっている」(4)として、理論的研

究の必要性を強調している。

これに対し本稿は、代表者会議の10年間を議事録(「会議経過」)をもとに

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四六

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して振り返ろうとするものである。代表者会議の設置にあたって目標とさ

れたことは、この10年で実現したのか、代表者会議設置当初参加した外国

人市民が期待したことは達成されたのか、または、外国人市民の意識に変

化が見られたのか、そして、10年を経た今日、代表者会議は何を課題とす

るのか。こうした一連の問いに答えることが本稿の目的である。

そのために本稿では、まず代表者会議の設置目的が何であるのか、さら

には、初期に参加した外国人市民が代表者会議に何を期待したのかを、先

行研究および外国人市民自身の言葉から明らかにする(Ⅰ)。次に、設置目

的や外国人市民の期待に代表者会議の活動が応えているのか、代表者の意

識はどのように変化したのかを議事録の中から読み取る(Ⅱ)。そして、議

事録の中から見えてくる代表者会議の現状を明らかにしたうえで、代表者

会議のこれからの課題について、筆者なりにまとめてみたい(Ⅲ)(5)。

Ⅰ 代表者会議の設置目的と代表者の意識

1 代表者会議の設置目的

川崎における外国人市民との共生に着目し、その現状と課題を明らかに

した山田貴夫および樋口直人の研究に基づけば、川崎市の外国人施策はい

くつかの時期に区分して考えることができる。

まず、1970年前後までの、生活保護や失業対策を中心とした「生活の最

低保障」の時期である。次は、1970年の在日市民に対する就職差別訴訟を

発端とした「個別課題の解決」の時期である。就職差別裁判の支援集会の

中で「市役所も差別している」との声があげられ、市営住宅入居や児童手

当支給に関する国籍条項が差別であると非難される。市は市営住宅入居の

国籍条項を廃止し、市の全額負担で児童手当を支給するなど、川崎市独自

の外国人施策を実施するようになる。そして次に、1980年半ばからの「施

策の総合化」の時期である。公立学校に在籍する在日外国人教育基本方針

川崎市外国人市民代表者会議の10年(中野)40

四五

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が決定され(1986年)、交流施設「ふれあい館」(6)が建設される。市では、

外国人施策に関する24項目の検討課題を自ら提示し、それらを1つ1つ解

決していく。そして、1990年代に入って、外国人施策の総合化が具体的に

体系化・制度化へと向かう。

1980年代半ば頃までの施策は、主に在日韓国・朝鮮人のいわゆるオール

ドカマーを対象にしたものであったが、1980年代後期になってニューカ

マーの増加が川崎市でも見られるようになり、ニューカマーも視野に入れ

た施策づくりが検討されるようになる。また、それまでの外国人市民の市

政参加の試みは、市政モニター、区民懇話会、審議会への参加というかた

ちでは存在したが実績に乏しく、新しい参加の形態が求められていた。そ

こで、市は外国籍市民意識実態調査研究委員会を設置し、アンケート調査

(1993年)と個別面接調査(1995年)を行っている。また、外国人市民施策

調査委員会は「国際化政策づくりのための53項目の提言」(1993年)を提出

している(7)。代表者会議は外国人市民に関する「施策の総合化」の結果と

位置づけることができよう。

代表者会議が市長の諮問機関というかたちで構想されるきっかけとなっ

たのは、1994年2月の川崎市「地方新時代市町村シンポジウム」である。

このシンポジウムでは、ドイツ・フランスの外国人市民代表者会議が紹介

され、会場から「川崎市でもこのような仕組みを作ってほしい」との意見

が出される。翌月の市議会で当時の高橋市長は、「外国人市民の地方参政権

付与を国に要望する。(中略)それに代わる外国人市民の市政参加のあり方

を外国の事例から検討したい」と答弁している。実際、川崎市議会は「定

住外国人の地方参政権の確立に関する意見書」を1994年10月に採択し、

同月「仮称・外国人市民代表者会議調査研究委員会」が設置される。同委

員会は、1996年4月に報告書を提出し、同年12月に代表者会議が設置され

ることとなる(8)。

同委員会によれば、代表者会議は「地方自治の本旨に基づき、川崎市の

住民としてともに生きる外国人市民が地域社会の構成員として地域の発展

四四

川崎市外国人市民代表者会議の10年(中野) 41

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駒澤法学第7巻1号

に寄与することにより共生の街づくりを推進し、民主的な地方自治の確立

と国際化に資することを目的」とし、「外国人市民の声を行政施策に反映さ

せるためにつくられる定住外国人の地方参政権に代わる市政参加の仕組

み」として構想された(9)。「川崎市外国人市民代表者会議条例(以下「条

例」)」(1996年)においても、代表者会議の設置目的は、「外国人市民の市政

参加を推進し、もって相互に理解しあい、ともに生きる地域社会の形成に

寄与する」(条例1条)こととされる。

以上のことから、代表者会議設置の目的は、①外国人市民の市政参加の

推進、②共生の街づくりへの寄与といえるだろう。「外国人市民の市政参

加」がどれだけ推進されたのかを論じる場合、代表者会議の設置それ自体

が市政参加の推進であると考えることもできるが、代表者会議の活動が川

崎市の外国人施策に影響を与えるものであることから、代表者がどれだけ

川崎市在住の外国人市民を代表しているのかという「代表性」も論点とな

ろう。また、地方参政権、住民投票権、審議会等への参加がどれだけ実現

しているのかという視点も重要だろう。

「共生の街づくりへの寄与」に関しては少し議論が必要である。なぜな

ら「共生の街づくり」や「ともに生きる地域社会」が何を意味しているか

明確でないからである。代表者会議の設置に深く関わった社会学者の宮島

喬は、日本の「多文化共生」の経験と努力を総括した本の中で、「共に生き

られる社会」への構想力として、以下の4つの点を強調している。第1は、

緊急時の生存の必要が国籍、経済能力の大小にかかわらず保障されるこ

と、第2は、斉一的平等(イクオリティ)にとどまらない、文化的・社会的

ハンディを考慮した平等の補正(エクイティ)である。第3は、文化におけ

る固定された規範を問い直し、相互作用を経て、文化の組み換えに進む用

意である。そして第4は、社会のメンバーシップ、シティズンシップを開

くことである(10)。ここでは、宮島の研究に依拠して、この4点の進展が「共

生の街づくり」や「ともに生きる地域社会」への接近と捉えることとする。

すなわち、代表者会議の活動によって、ア緊急時の生存権が国籍や経済的

四三

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駒澤法学第7巻1号

能力の大小にかかわらず保障されるようになったか、イイクオリティのみ

ならず、外国人市民が市民生活に困難なく参加できるための制度がコス

ト・人的資源を投入して整備されているか、ウ多文化社会という現実に即

した文化の組み換えの必要性がどれだけ認識されているかに注目する。第

4の点は、上の「外国人の市政参加」と重なる部分もあるので、ここでは

まとめて、エ外国人市民の地域の政治や行政そして社会への参加がいかに

進んでいるかに注目することにする。以上のア~エの観点から、代表者会

議設置の成果を見ていきたい。

2 代表者の意識

それでは、外国人市民は設置された代表者会議に何を期待したのだろう

か。当然、「外国人の市政参加」と「共生の街づくりへの寄与」という点で

は共通するだろうから、ここでは初期の代表者会議に参加した外国人市民

の発言から、彼らが代表者会議に何を期待したのかを引き出していく。

第1期(1996年12月~1998年3月)および第2期(1998年4月~2000年3

月)の委員長李仁夏氏と第1期の副委員長マウゴジャータ・ホソノ氏が当時

の高橋市長と対談したものが発表されている(11)。第1期を終えた段階で、

李氏は、代表者会議の提言に対する行政の速やかで誠実な対応を評価して

いる。「会議で発信したものは、行政のなかで速やかに具体化されます。(中

略)行政が誠実に対応してくれています。このようなことから、会議を運営

していて、手応えは十分に感じています」(12)。市の対応に関して、李氏は、

代表者会議の提言に対して、市で実行できるものは実行し、市の権限を越

えるものは県や国に働きかけてくれるという点を評価し、満足している。

こうした満足感は、市に対する満足感でもあり、李氏の言葉にもあるよう

に代表者会議それ自体に対する満足感でもあろう。10年を経た今日でも、

この満足感は変わらないだろうか。

ホソノ氏は、会議を通した外国人市民同士の連帯感の醸成を述べてい

る。「最初の会議の時は、いろいろなことがあってビックリしました。でも、

四二

川崎市外国人市民代表者会議の10年(中野) 43

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外国人が日本で生活していると、悩みなど共通点が多く、みんな仲良くな

りました」(13)。「いろいろなこと」とは、韓国籍と朝鮮籍の議席の差をめぐ

る代表者間の対立(14)などを指していると推測されるが、こうした対立を越

えた結束が見られたとホソノ氏はいうのである。李氏は別の論文で第2期

1年目を終えた段階での感想を述べているが、その中で「時間と地理的東

西を問わず、誰もが日本社会の持つ閉鎖性からくる被差別体験を持ってい

る。それを克服する施策提言を作成する時には一種の一体感が作動す

る」(15)として、オールドカマーとニューカマーの経験と文化的価値観の違

いが、代表者会議を運営するにあたって大きな問題とはならなかったと述

べている。川崎市の「すべての外国人市民の代表として、職務を遂行しな

ければならない」(条例5条)代表者にとって、国の違い、オールドカマー

とニューカマーの利害や関心の違いは、それからも問題とはならなかった

のだろうか。

また、ホソノ氏は、「ボランティアをやりたという意欲も多くあることが

わかった」(16)と発言している。外国人市民は、代表者会議に社会参加や社会

への貢献のきっかけを探していたのだろうか。彼らの参加意欲はどのよう

に変わったのか。

さらに、李氏は、代表者会議が日本社会に定着するために「個別と普遍」

というキーワードを強調したと振り返っている。李氏によれば、「多文化社

会状況で、それぞれの文化の個別の背景・現象・ニードの理解が尊重され

つつも、それが多文化を構成する社会に向かっては、普遍的次元の発信に

ならなくてはならない」(17)とし、代表者会議の審議・提言作成の際の方向性

を示している。この「個別と普遍」というキーワードは、代表者会議にど

れだけ定着したのだろうか。

以上、初期の代表者会議に携わった代表者の言葉から、彼らが代表者会

議に何を期待していたのかを引き出した。代表者は、⒜行政の誠実な対応

に満足を覚え、代表者会議の有効性にも満足し、⒝代表者同士の結束を実

感し、オールドカマーとニューカマーの関心等の違いを乗り越えられると

四一

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感じていた。さらに、代表者は、⒞高い参加意欲を持ち、社会に貢献すべ

きだと考え、⒟提言は「日本人市民との共生をも方向付ける普遍的内容を

持たねばならない」(18)と考えていた。代表者会議の初期のメンバーが、代表

者会議を通して感じ、考えていたことは、10年経った今日でも変わってい

ないのだろうか。

本章の1で示したア~エは、代表者会議設置後10年の成果を評価する指

標であり、2で示した⒜~⒟は、代表者の意識の変化を見るための指標で

あるといえるだろう。次章では、ここに示したそれぞれの項目について、

議事録の中から何が読み取れるかを明らかにしたい。代表者会議10年の成

果を考察するには、本来ならば川崎市の施策を詳しく検討することが必要

となろうが、それは筆者の能力を超える。それゆえ、本稿では議事録から

何が読み取れるかという点に絞って検討する。本稿の関心は、「代表者会議

の成果を代表者がどのように捉えているか」という点に絞られる。

Ⅱ 議事録から読み取れること

1 代表者会議設置10年の成果

⑴ 緊急時の生存権の保障

代表者会議の中では、緊急時の生存権については医療、医療情報、医療

通訳などをテーマとして議論されている。代表者は各年度(第4期(2002年

4月~2004年3月)以降は各期)のはじめに、自分が話し合いたいテーマを

述べているが、医療関係のテーマは毎回のように出される。しかし、医療

に関して提言にまで至ったことはない。例えば、「オーバーステイ外国人の

緊急医療が病院で拒否される」(1999年6月27日、2001年4月15日)(19)、外

国人市民にとって「日本の医療保険制度がわかりにくい」、「病院では言葉

が通じないためのトラブルが生じている」ことが問題として提起されてい

四〇

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駒澤法学第7巻1号

る(1997年1月12日、2002年5月19日、2002年6月23日)が、それらは他

の生活情報と同じく、多言語情報の提供システムの構築や通訳ボランティ

ア制度とまとめて議論されている。審議の過程で、東京の「ひまわり」と

いう電話のボランティア通訳制度や神奈川県が作成した多言語問診票が紹

介され(2001年5月13日)、神奈川県内の医療通訳のモデル事業の実験(2002

年6月23日)、神奈川県とNPO MICかながわ>の協力によって試験的に

行われている医療通訳派遣事業(2005年1月23日)が紹介されている。代

表者は、とりわけニューカマーにとって日本の医療制度がわかりにくいこ

と、言葉が通じないことによる医療に関する不安を抱えているが、行政に

対してどのように要求するかまとめる段階のようである。

⑵ イクオリティ

日本人市民と外国人市民の平等(イクオリティ)に関しては、住居差別、

地方参政権、年金制度などをテーマとして審議された。

① 住居差別

住居差別に関しては第1期から中心的に議論された。地域生活部会にお

いて、「民間賃貸住宅の入居で、外国人であるという理由で拒否される例が

多くある」ことが指摘され、「東京都や新宿区では住宅条例がある。川崎市

でもあらゆる入居差別をなくすための条項を盛り込んだ条例を定めること

が考えられないか、検討していただきたい」(1997年1月12日)との問題提

起がなされた。その後の審議を経て、1996年度に「入居差別を禁止する条

項を盛り込んだ『仮称・川崎市住宅条例』を制定する」ことが提言された。

1997年度には不動産業者に対する啓発活動や、外国人市民にとって保証人

探しがネックになっている実態を踏まえて、公的保証人機構設立の検討が

1996年度提言の補足意見として出されている(1998年2月15日)。

こうした提言を受けて、市では2000年4月に川崎市住宅基本条例を施行

し、「何人も、正当な理由なく、高齢者、障害者、外国人等であることをもっ

て市内の民間賃貸住宅の入居機会の制約、居住の安定が損なわれることが

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駒澤法学第7巻1号

あってはならない」(14条1項)と定めた。本条例では、入居機会が制約さ

れ、居住の安定が損なわれたときに、市長が、関係者の協力または改善を

求める(14条2項)という、行政の積極的取組が規定された点が特徴的であ

る。条例制定後には、条例の周知・徹底、協力不動産店への登録の推進、

相談業務などを行っている(20)。ただし、住宅問題に関しては、第4期で、

入居差別の実例が紹介され、制度の実効性に対する疑念が示されている

(2002年9月8日)。

② 地方参政権

地方参政権についても第1期から取り上げられている。しかし、「外国人

の法的地位の問題として話し合うべきことという意見と、まず、基本的な

生活の問題の話し合いを優先し、それらが解決した後に考えるべきだろう

という、2つの意見が出されている」(1997年1月12日)ように、テーマと

して取り上げるかどうかについて代表者の間で意見が分かれている。この

問題は第4期の2年目に本格的に審議されているが、その際にも「外国籍

の人が市政に対してああだこうだというのは、その国の内政干渉になる」、

「オールドカマーの人たちの問題は参政権を取得したら変わるのか」(2003

年4月20日)、「地方参政権の前に、本当に困っている人たちのために何が

できるかを考えなければいけない。地方参政権どころではない人もいる」

(2003年10月19日)と、地方参政権について審議することへの反対意見も

出されている。結局、市が検討していた住民投票制度への外国人市民の平

等な参加を求める提言内容となった(2003年度提言)。

川崎市の住民投票制度を検討した委員会は、代表者会議のこの提言を検

討し、さらに2006年1月29日には、代表者会議代表者および「経験者の

会」(後述)と意見交換をしている。検討委員会は、常設型住民投票制度を

提案した報告書の中で、投票資格者に「満18歳以上で、永住者、特別永住

者及び日本に在留資格をもって3年を超えて在留している者で、引き続き

3か月以上本市に住所を有する」定住外国人を含めている(21)。

③ 年金制度

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年金制度については、第2期において、川崎市の外国人高齢者福祉手当

(当時月額18,000円)が取り上げられている。市は、この手当は高齢福祉年

金の代替措置ではないと説明していたが、代表者としては、1982年の日本

における難民条約発効に伴って国民年金法から国籍要件が撤廃され、定住

外国人も国民年金加入が可能になったが、経過措置が行われなかったた

め、高齢者が無年金のまま放置されている事実を差別であると捉え、「外国

人高齢者に高齢福祉年金と同じような制度をつくることを国に働きかけ

る」とともに、「法改正までの間、高齢福祉年金額を目標に、外国人高齢者

福祉手当の支給額」の増額を提言している(1998年度提言)。2000年度には、

介護保険制度導入による負担増を受けて再度手当の増額を求める提言が出

されている(2000年度提言)。こうした提言を受けて、市では、他の政令指

定都市とともに、外国人高齢者の無年金問題に対する救済措置を講じる要

望も含めた「国民年金に関する要望書」を社会保険庁に提出するとともに、

外国人高齢者福祉手当を2002年度には月額21,500円に引き上げている。

しかし、2002年度の会議において手当の引き上げを求める声があげられ

ている。「在日1世は、強制連行されて、想像もできないような苦しい生活

をしてきている。市や国が補償するべきなのに、1万円、2万円のお金で

なぜこんなに時間がかかるのか」(2002年7月14日)という発言は、オール

ドカマーの高齢者を制度的に排除し続けている日本社会への怒りさえ感じ

られる。

本国への帰国、第三国への移住もあり得るニューカマーにとって、年金

制度の問題点は脱退一時金制度にある。外国人市民が日本で年金に加入し

ても、途中で帰国すると脱退一時金として最高で掛け金の3年分しか戻っ

てこない点が、日本人との差別として捉えられている(2003年4月20日)。

年金制度が強制加入である以上、差別がないように市から国へ要望するこ

とで提言が出されている(2003年度提言)。

三七

川崎市外国人市民代表者会議の10年(中野)48

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駒澤法学第7巻1号

⑶ エクイティ

エクイティについては、主に情報と学校教育が関係する。

① 情 報

外国人市民、とりわけ日本語のよく理解できないニューカマーは、生活

のあらゆる場面における理解可能な情報が不足していると感じている。

1996年度には、外国語による広報を充実し、外国人市民向けの情報コー

ナーを設置することが提言されている。さらに、1997年度には、代表者会

議のメンバーは、外国人市民向けのガイドブックのダイジェスト版「新し

く登録された方及び転入された外国人の皆さんへ」(通称:チェックリス

ト)を事務局と協力しつつ作成し、ボランティアで多言語への翻訳を行い、

外国人登録窓口での配布など、その活用を求めている(1997年度提言)。こ

うした提言を受けて、市では、1998年度に各区の区役所、市民館、図書館

に「外国人市民情報コーナー」を設置し、外国語による資料の配付・掲示

を始めている。

しかし、情報の不足についての不満は変わっていない。第2期には、学

校や保健所からの通知にルビが振っていないため理解できないことが問題

として提起され、代表者会議として通知の日本語にルビを振るよう教育委

員会と健康福祉局に申し入れをすることを決議している(1998年7月12

日)。また、2001年度には、「第1期のときにチェックリストを作って外国

人登録窓口で渡すようになっていたはずだが、実際にはできていない」「い

ろいろな情報があっても、必要としている人に届いていないのが問題」

(2001年5月13日)との意見が出され、「多言語情報を集めたインターナ

ショナル・インフォメーション・センターが駅や市役所にあるとよい」(2001

年10月14日)など、効果的な情報提供について審議されている。その後も、

「実際にどこまで市民に情報が届いているかわからない」(2002年9月8

日)という意見が出されるなど、情報不足という問題は残されており、2005

年度においても情報提供の方法について見直しを行うよう提言が出されて

いる(2005年度提言)。

三六

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② 学校教育

日本語の不自由な子どもたちに対する母語教育や学習支援が徐々に議論

されるようになっている。第1期1年目の教育部会では「違いを認め合い、

人権が尊重される教育」がテーマとされ、「教育委員会に、外国人と日本人

の子どもの相互理解を深める教育を、総合的に推進する体制を整備する」

という提言が出されている(1996年度提言)。その後も、教育部会では、川

崎市外国人教育基本方針の見直しについて(1997年4月27日)や放課後の

子どもたちの過ごし方に関する審議(第2期)が行われていった。第3期

(2000年4月~2002年3月)になり、「川崎市の外国人教育について」という

学習会を経て、母語教育、日本語教育等のニューカマーの子どもに対する

支援措置の強化、教育者の国際化の3点について話し合うことが確認され

ている(2000年10月22日)。

2000年度では主に母語教育を中心として審議が進められ、公立学校で母

語教育を行わないという実態や代表者がボランティアで母語教育を行って

いるという経験から、提言では、「母語を学ぶ機会を保障する」ことを掲げ

ながらも、母語を教えるボランティア活動への支援を中心にまとめられ

た。しかし、提言をまとめる段階で、「川崎市子どもの権利に関する条例」

(2000年)の「子どもは、その置かれた状況に応じ、子どもにとって必要な

支援を受けることができる。そのためには、主として次に掲げる権利が保

障されなければならない。⑷国籍、民族、言語等において少数の立場の子

どもが、自分の文化等を享受し、学習し、又は表現することが尊重される

こと」という16条4号の規定を根拠として、「市が権利として条例に掲げ

ておきながら、ボランティアに頼るのはおかしい」「市として何か主体的に

行うべきという視点も入れたい」「教員の確保を提言したい」などの意見も

出されている(2001年2月4日)。

第3期2年目の2001年度では、外国人保護者・児童生徒への支援がテー

マとして取り上げられている。そこでは、日本語指導等協力者派遣事業、

保護者に対する通訳サービス、外国人保護者のネットワーク立ち上げなど

三五

川崎市外国人市民代表者会議の10年(中野)50

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駒澤法学第7巻1号

が議論されている。第5期(2004年4月~2006年3月)では、再度、日本語

の不自由な子どもに対する学習支援が話題となっている。日本語指導等協

力者派遣事業の派遣期間が適切かどうか(2005年1月23日)といった点の

ほか、「生活言語」と「学習言語」という概念を用いて、日本語指導と学習

支援への連携が議論されるようになった(2005年5月22日)。また、高校入

試の外国人枠について言及され(2005年1月23日)、高校入試等の受験につ

いても話し合われ始めている(2005年7月3日)。高校入試については、現

在第6期(2006年4月~2008年3月)においても審議されている。

⑷ 多文化社会に即した文化の組み換えの用意

文化の組み換えに進む用意の問題が最も試されているのは学校教育であ

る(22)。こう指摘する宮島喬は、指導要領、教科書、学校教育の中に、「日本

的な文字と知の文脈を壊してはならない、子どもたちは努力してその中に

わが身を置き入れなければならない」という「日本的モノカルチュラリズ

ム」を見出し、それが「教育マイノリティ」(教育的社会化において属性的要

因(本人の努力によっては容易に克服できない文化的諸条件)によって不利をこ

うむっている諸個人)を生み出していると指摘している(23)。外国人および外

国文化を背景に持つ数多くの子どもたちを受け入れている公立学校は、彼

らに対して教育の使命を果たしているのかが問われているのである。

こうした「教育マイノリティ」の問題が具体的かつ切実なこととして表

れているのが、子どもたちの高校入試に関してであるが、学校教育におけ

る「日本的モノカルチュラリズム」の問題は「国際理解教育」にも表れて

いる。

すでに述べたとおり、第1期の教育部会では「違いを認め合い、人権が

尊重される教育」がテーマとされ、外国人の受け入れ、理解、コミュニケー

ションのためのガイドライン作成の必要性が議論されているが、その中

で、「ガイドライン作成に外国人保護者がどのように係わっていくのかの視

点が大切」(1997年2月16日)という意見が出され、日本人だけで基準を定

三四

川崎市外国人市民代表者会議の10年(中野) 51

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駒澤法学第7巻1号

めないことの重要性が提起されている。第2期の教育部会の冒頭、代表者

が応募動機や話し合いたいテーマを述べており、その中でも、「学校の書類

の多言語化、ルビ振り」「先生自体が多文化をわかっていない」「お母さん

たちも多文化をわかってもらいたい」(1998年7月12日)という声があがっ

ている。その後の期でも同様の意見が多々出されている。そこで第2期で

は「学校や保護者、地域住民、並びに市民の多文化理解を推進する」(1999

年度提言)、第3期には「学校における外国人保護者と児童生徒に対する支

援を充実させる」(2001年度提言)という提言の中で「言葉や文化など一人

一人の背景に違いがあることを尊重した教育」の推進について触れられて

いる。

しかし、第4期には再び同じ問題が取り上げられている。前期の提言で

触れているので審議テーマとするかどうかが問題となったが、「市は一生懸

命やっていると思うが、問題が毎回出てくるのは解決していないからだと

思う」「国際理解や学校の環境整備など、いつも同じことを繰り返している

が全然解決されていない」(2003年5月18日)など、代表者は改善が見られ

ないと感じている。そして第4期でも「市立小学校、中学校、高校等で、

子どもと教職員の国際理解を深めるとともに異なる文化を認め合える環境

整備を図る」という提言を出している。

川崎市では、1986年に制定した「川崎市外国人教育基本方針」を1998年

度に改訂し、主に在日韓国・朝鮮人を対象とした内容をすべての外国人を

対象としたものに拡大している。さらに、1997年5月には、国際理解教育

の一環として外国人市民が学校を訪問し、出身国について紹介するなどし

て児童生徒との交流を図る「民族文化講師ふれあい事業」をスタートさせ

ている。しかし、国際理解教育は総合的な学習の時間で行われ、その中で

何をテーマとするかは各学校の自主性に任されている点、民族文化講師の

招聘も予算の関係で学校によってまちまちである点など、市としての一貫

性がない点が代表者からは問題点として指摘されている(2005年4月17

日)。

三三

川崎市外国人市民代表者会議の10年(中野)52

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駒澤法学第7巻1号

川崎市が種々の取組を行っているにもかかわらず、「問題が毎回出てく

る」「いつも同じことを繰り返している」という反応が代表者から出される

のは、学校教育における「日本的モノカルチュラリズム」に対する外国人

市民の違和感の表れなのかもしれない。

⑸ 参 加

外国人市民の市政参加については、⑵②で述べたので繰り返さない。後

で詳しく述べるが、代表者の参加意欲は相当に高い。それに応えるだけの

準備が日本社会の側にあるのかが問題となろう。ただ、代表者会議が設置

されて、代表者会議に対し、他の審議会等から委員の依頼が来るようになっ

たのは事実である。第5期だけを取り上げても、川崎市文化財団評議員、

川崎市民祭り実行委員、多文化フェスタみぞのくち実行委員、川崎市市民

活動センター評議委員、青少年問題協議会委員、成人式企画実行委員会委

員、国際交流協会評議員を出している。しかし、代表者が審議会等に十分

参加しているという認識を持っているわけではない。地方参政権について

審議する過程で、住民投票制度検討委員会から委員の依頼がなかったこと

が話題となった。住民投票制度検討委員会は有識者による委員会であるこ

とが事務局から説明されたが、代表者から「他のいろいろな行事には委員

の要請があって、実際に我々が議論しているテーマに関しての委員会には

そうした要請がないのはなぜか。わざと排除しているのではないか」「外国

人市民が重要な決定に参加できないというのが現状ではないか」(2005年6

月12日)という不満が出されている。その後、市政参加をテーマとする中

で、審議会等への参加もその1つとして取り上げられ、「外国人市民が幅広

い分野で意見を表明・貢献することができるよう、市の各種審議会等に参

加しやすくするなど、環境整備に努める」というかたちで提言されている

(2005年度提言)。

2006年度現在、川崎市の7つある区民会議のうち2つで、元代表者と現

代表者がそれぞれ公募と区長推薦で委員を務めている。また、川崎市多文

三二

川崎市外国人市民代表者会議の10年(中野) 53

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駒澤法学第7巻1号

化共生施策検討委員会には代表者会議の元委員長が委員として参加してい

る。代表者会議をきっかけとして、また代表者会議の経験を生かして、外

国人市民の他の分野の審議会等へのより一層の参加が期待される。

以上、代表者会議の成果について代表者がどのように捉えているのかを

項目毎にまとめた。代表者会議では、代表者自らが問題点を出し合い、提

言をまとめる作業を続けてきた。出された提言に対し行政が実現へ向けて

取り組んでいるのであるが、代表者がいまだ多くの問題点が残されている

と捉えているのも事実である。

2 代表者の意識の変化

⑴ 行政に対する満足度と代表者会議の有効性

この点に関していえるのは、期を経るにつれて、すでに提言を出してい

るにもかかわらず、同じ問題を議論せざるを得ないということへの不満が

表明されるようになっているということである。例えば、第3期では、す

でに紹介した学校における外国人保護者・児童生徒への支援に関して、「こ

れまでの5年間で、市でできる範囲の問題はもうたくさん出ているが、そ

れがまだ徹底されていない部分があるので、同じような問題が繰り返し出

てくる」(2001年10月14日)という意見が出されている。同様の意見は、住

居問題や国際理解教育についても出されていることはすでに述べたとおり

である。市では、提言の取組状況を自己評価しているが、行政側とは別に、

代表者会議として提言に対する市の取組状況をチェックする必要性が認識

され始める(2002年1月20日)。第4期の冒頭、各代表者が話し合いたい

テーマを述べた際に、「過去の提言のチェックから問題点を絞り出す」「こ

こで話し合われた問題がきちっと反映されるシステムを明白にしたい」

(2002年5月19日)という意見が出されるなど、代表者会議の提言がどれだ

け実行に移されるかという点にも関心が向けられる。それは、提言を出し

ても問題が解決されないという一種の不満に基づくものであり、元委員長

三一

川崎市外国人市民代表者会議の10年(中野)54

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駒澤法学第7巻1号

の李仁夏氏が第1期を終えた段階で述べた感想とは大きく異なっている。

第5期の冒頭でも、「代表者会議でも、過去の提言の取り組み状況を

チェックする制度を作るべき」(2004年5月16日)という意見が出され、各

部会で審議テーマに合わせて、提言の取組状況を確認するよう申し合わせ

ている(2005年1月23日)。現在の第6期においては、取組状況を評価する

部会をつくるかどうかが話題にさえなっている(2006年6月18日)。

ただ、この点について強調しておかなければならないのは、代表者が行

政の取組が不十分であると一方的に不満を述べているわけではなく、審議

の中で常に外国人市民の側の問題点や努力の必要性が述べられているとい

う点である。例えば、住居差別が話題になったとき、外国人の入居を拒否

する者に対する罰則制度を設けてほしいという意見が出されたが、その直

後に別の代表者から、家主がなぜ外国人に部屋を貸したがらないかを考

え、「外国人も、もっと日本人の習慣について勉強しなければいけないと思

う」(1999年5月16日)という意見が出されている。また、介護保険制度に

関する情報提供の仕方が問題にされた際にも、「私たちの情報収集にも問題

があるかもしれない」(2000年10月22日)という反省が述べられている。第

4期の提言である「外国人保護者が日本の教育について理解を深め、保護

者として自立できるように支援する」(2003年度提言)は、外国人保護者も

自分から参加しないといつまでも日本を理解できない(2003年6月15

日)、日本の文化・法律を勉強することが必要だ(2003年10月19日)という

考え方に基づいている。

代表者会議の有効性については、上で述べた提言内容の実現に関しての

みでなく、代表者自らの「代表性」に関しても疑問が投げかけられている。

代表者会議は、代表者の選考に関して公募制を採用しており、出身、居住

地、男女比などを考慮して選考委員会が選任している。その意味で代表者

は形式的には川崎市の外国人市民を「代表」しているわけではない。しか

し、ここで問題となるのは、代表者が川崎市の外国人市民の利害、関心、

意見を反映して会議を行っているかどうかについての代表者自身の認識で

三〇

川崎市外国人市民代表者会議の10年(中野) 55

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駒澤法学第7巻1号

ある。話し合いたいテーマを述べ合い、その中から審議するテーマを絞り

込む際に、「一人一人が頭の中で考えたものなので、本当にどこまでみんな

の問題かどうかわからない」(2001年5月13日)という意見が出されたり、

「我々は恵まれた環境にいるので、本当に問題を抱えている人の気持ちや、

実際の現場の声を話し合いに反映しているのか疑問に感じる」(2002年1月

20日)という意見が出されるなど、代表者と一般の外国人市民との乖離を

問題視する委員も現れている。

⑵ 代表者同士の結束とオールドカマーとニューカマーの関心の相違

各期の最後の会議で代表者が感想を述べている。第2期と第5期の議事

録に発言が記録されているので、代表者同士の結束に関しては、ここから

引き出してみたい。そこでは、「この会議で、他の外国人と友達になれたこ

とも大変嬉しいことです」「私よりもっと悩みの多い外国人がたくさんいる

ことを知りました」(2000年2月20日)、「以前は友達がいなかったが会議に

参加して友達が増え、私の後ろには2万7千人の外国人市民がいると思う

ようになった」(2006年2月19日)という感想が述べられている。第6期の

ある代表者は、川崎市内に同国籍の人が何人住んでいるのかさえ知らず、

会議で初めて会う人ばかりだったと述べている。代表者会議それ自体が外

国人市民の出会いの場になっている。

また、2年間または4年間のつながりを維持したいという思いから、第

2期にはOB会設立の話が持ち上がり、結果、「川崎市外国人市民代表者会

議経験者の会」が設立され、国際交流協会のボランティア団体として登録

されている。

オールドカマーとニューカマーの関心の相違はいくつかの点で確認でき

る。それは、オールドカマーが戦中・戦後の歴史によって形成された差別

の問題に関心を向けるのに対し、ニューカマーは言語や文化の相違からく

る日常生活や子どもの学校教育における困難に関心を向けるという違いで

ある。当然、共通して関心を向ける事柄も多くある。しかし、例えば、市

二九

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駒澤法学第7巻1号

職員採用の国籍条項の問題について、ある代表者はいう。「私は市の職員に

なりたかったのですが、その道は受け入れてもらえず仕方なく商売をして

います。ニューカマーの人はあまり痛切に感じないかもしれませんが、在

日韓国・朝鮮人は長い間苦しんできたので、(国籍条項の問題に)どうしても

力が入ってしまいます」(1999年11月28日)。また、ニューカマーに比べ高

齢者が多いことから、「オールドカマーの場合は、介護や福祉手当、ヘルパー

の問題が切実」だとの意見が出されている(2001年4月15日)。

このような関心の相違は、それぞれの外国人市民が置かれた状況によっ

て生じるものであり、それ自体は当然であるといえよう。さらに、議事録

を読む限り、関心の相違が代表者会議の審議に大きな影響を与えているわ

けではない。

⑶ 代表者の参加意欲

代表者の参加意欲は高い。第1期の街づくり部会の審議の中心は、外国

人市民がいかに貢献できるかということでもあった。具体例としては、す

でに紹介した「チェックリスト」の翻訳ボランティアがあるが、それは現

在も続いている。第1期の最後には、代表者会議それ自体が団体としてボ

ランティアに参加することまで提案されている(1998年2月1日)。代表者

会議が諮問機関であることなどから実現しなかったが、第2期の最後に

は、「外国人市民自らが何かをしなければならない」として、「私たちは川

崎市外国人市民ボランティアという団体を作ろうと考えています」(2000年

2月20日)と、代表者経験者を中心としてKFVという団体が設立されてい

る。KFVのホームページによれば、KFVは2000年2月に任意団体として

設立され、その5年後にNPO法人となっている。主な活動内容は、学校で

の国際理解教育のプログラムの企画と講師選定、外国人講師による自国文

化の紹介、市内小学校の英語授業実践の推進などである(24)。

このように団体を作って活動を行うほかにも、代表者会議や代表者がい

かに貢献できるかという視点での発言も目立つ。第3期に母語教育の必要

二八

川崎市外国人市民代表者会議の10年(中野) 57

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駒澤法学第7巻1号

性が議論された際に、代表者が母語教育についてボランティア活動をする

ことが提案されている。「行政からこたえが返ってくるまでの間は、予算が

なくても、本当に必要だと思うのであれば、我々ができることからでも実

行したらよいのではないか。そういう気持ちが大切だと思う」(2001年1月

21日)。また、医療通訳システムが話題になったときにも、「日本語がわか

らない同じ国の人が、私たち代表者に聞けば情報がもらえる、というよう

な形で代表者が役立てればよいと思う」(2001年5月13日)という意見が出

されている。

また、期を経るにつれて、すでに日本語指導等協力者、民族文化講師、

さらにはボランティアでの母語教育の経験を持つ人たちが代表者になるよ

うになった。参加の意欲だけでなく実際の参加の場面が広がりつつあるの

かもしれない。ただ、すでに述べたとおり、こうした参加の広がりが、日

本人市民と同様の川崎市民としての参加機会の広がりを意味しているのか

どうかは、注意して見なければならないだろう。

⑷ 個別と普遍

李元委員長が、「多文化社会状況で、それぞれの文化の個別の背景・現象・

ニードの理解が尊重されつつも、それが多文化を構成する社会に向かって

は、普遍的次元の発信にならなくてはならない」(25)という言葉で説明して

いる「個別と普遍」が最もはっきりと表れたのは、第1期の住宅問題に関

する審議だろう。当初、外国人に対する入居差別が議論されていたが、そ

の過程で高齢者や子どものいる家族の入居拒否等も問題にされるようにな

る(1997年2月16日)。その結果、「民間賃貸住宅の入居に関して、外国人

など誰・に・対・し・て・も・入居差別を禁止する条項を盛り込んだ『仮称・川崎市住

宅条例』を制定する」ことが提言される(1996年度提言。傍点引用者、以下

同)。第2期では、教育部会で学童保育が審議されている。両親がともに働

いている外国人の子どもたちが安心して過ごせる放課後施設という観点か

ら、市が行っている種々の事業に外国人を受け入れる際の改善点などが話

二七

川崎市外国人市民代表者会議の10年(中野)58

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駒澤法学第7巻1号

し合われている。提言としては「外国人のこどもたちを含む、す・べ・て・の・子・

ど・も・た・ち・が、安心して豊かな放課後を過ごせる場を保障する」(1998年度提

言)が出され、「個別と普遍」が強く意識されていることがわかる。

第1期と第2期は李氏が委員長を務めていたこともあり、「個別と普遍」

が強調されたことはわかるが、第3期以降はどうなのだろうか。代表者会

議の性格として、外国人市民に関係することを扱うので、すべてのテーマ

が、日本人市民にも共通するわけでもなく、普遍的表現に適しているわけ

でもない。それでも、第3期に「川崎市の外国人教育について」の学習会

の際や母語教育の必要性が審議された際には、ダブルの子ども(26)も含めた

議論が行われている。結果として、「外・国・人・の・保・護・者・を・持・つ・子・ど・も・な・ど・が母

語を学ぶ機会を保障する」(2000年度提言)という表現で、国籍にかかわら

ず、「長く海外にいた子どもや帰化した人の子どもなど」(2001年2月4日)

も含めた視点で提言が出されている。現在でも、「個別と普遍」は代表者会

議の3つのキーワードの1つ(他の2つは「要求から参加へ」と「相互理解と

共生」)とされており、実際にも定着しているといえよう。

以上、代表者会議の成果を代表者がどのように捉えているのか、代表者

の意識がどのように変化しているのかについて、議事録の中から読み取れ

ることをまとめた。次章では、これまでの考察を踏まえて、代表者会議の

現状を明らかにし、そこから代表者会議の課題を引き出してみたい。

Ⅲ 代表者会議の現状と課題

1 代表者会議の現状

ここで注目すべきは、審議内容に過去の提言との重複が徐々に見られる

ようになり、違いを出すことに時間が割かれるようになった点である。

第4期の教育部会の審議テーマの1つに留学生の支援があった。川崎市

二六

川崎市外国人市民代表者会議の10年(中野) 59

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駒澤法学第7巻1号

の留学生数と支援について事務局から説明があった後、代表者から各種奨

学金支給の基準が不明等の意見が出されたが、部会長から「留学生に関し

ては、1997年に奨学金、住宅、生活情報の支援などの提言が出ている。同

じことを繰り返すのは時間がもったいないので、もっと詰めて話をもって

いきたい」(2002年9月8日)との意向が示された。その後、留学生の支援

については独立のテーマとしては話し合われなかった。

また同じく第4期の市民生活部会では、情報伝達が審議テーマに取り上

げられている。各代表者から情報伝達についての問題点が述べられたが、

事務局から「情報に関しては、2001年度の提言では足りなかったことにつ

いて意見を出してほしいと委員長から説明があったはず。既に提言が出て

いるものについては、今、市の方で取り組みをしているところなので、そ

れを念頭に置いて意見を出してほしい」(同上)との注文が出されている。

委員長も、「いろいろなテーマの中でどのテーマを優先するか、早く決めな

いと調査審議の時間がなくなってしまう。部会長に協力してほしい」(同

上)と発言している。期を経て提言が積み重なるにつれて、代表者はこれま

での提言内容と提言に対する市の取組状況を把握しておくことが必要とな

る。同じことは提言できないとすると、細かな点に立ち入った審議が必要

となり、そのためにもできるだけ早くテーマを決定する必要が出てくる。

実際に、過去の提言との違いを出すだけの審議ができず、提言を見送っ

たものもある。第5期の教育部会は異文化理解教育(多文化理解教育)につ

いて審議することを1年目の2004年7月の段階で決定している。その後も

審議を続けたが、提言をまとめるときに、「多文化理解教育の現状は質的に

も量的にもまだまだ足りないかと思うが、既に提言が出されており、私た

ちの審議はまだ提言を出すまでには深く掘り下げていないので、あと2回

の審議で提言をまとめるのは難しいと思う」という意見が出され、結果、

審議が打ち切られている(2005年11月27日)。

期を経るにつれて、過去に提言した内容を何度も議論しなければならな

い状況に不満が表明されるようになってきていることは、前章で繰り返し

二五

川崎市外国人市民代表者会議の10年(中野)60

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駒澤法学第7巻1号

確認してきたとおりである。代表者が自らテーマを設定し、審議し、提言

をまとめるという方法で会議が10年間続けられてきたわけだが、議事録か

ら読み取れるのは、提言に対し行政は取り組んでいるが、問題は解決され

ておらず、何度も同じテーマが繰り返されること、それゆえ過去の提言と

の違いが問題となるということである。同じテーマの繰り返しの議論が、

行政の取組に対する不満、代表者が川崎市の外国人市民の意見を代表して

いるのかという自らの「代表性」に対する疑念を生んでいる。さらに、そ

れは代表者会議の有効性に対する疑念を生み、提言を通して「共生の街づ

くり」に寄与するという代表者会議の設置趣旨とは別の活動も生じさせつ

つあることも確認できる。

代表者会議は、その設置目的を達成するために、「調査審議し、市長に対

し、その結果を報告し、又は意見を申し出る」(条例2条)ことを活動内容

とする。年次報告書を市長に提出し、提言を出すことが活動の内容である

といえるだろう。代表者が市の行政や国の政策に問題があると判断したな

らば、それを提言としてまとめ、市長を通して、または市長から報告を受

けた市議会を通して問題の是正や解決を図るのが、条例が想定するプロセ

スである。

しかし、このプロセスを外れ、代表者会議が直接行政に働きかけた場面

があった。それは、学校・保健所の通知にルビを振ることを教育委員会と

健康福祉局に申し入れをした事例である(1998年7月12日)。この申し入れ

は何を根拠とした行為であるのか不明である。いまひとつの事例は第5期

に見られる。1996年度提言に基づいて1998年度に設置された「外国人市民

情報コーナー」の管理体制が問題となった際に、「みんなで協力して3・4

人のグループで各区の施設に行って、話をするのがよい」(2005年4月17

日)、「できれば代表者が情報コーナーを見に行って、職員との意見交換をし

たり、アドバイスをした方がよい」(2005年5月22日)との意見が出され

た。実際には行われなかったようであるが、代表者会議が行政に対し直接

働きかける行為は、代表者会議の圧力団体化であり、調査審議機関として

二四

川崎市外国人市民代表者会議の10年(中野) 61

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の設置の趣旨から外れることになる。

先にも述べたが、代表者の社会貢献意識は高い。提言を通した問題の解

決が滞る状況に社会貢献意欲が相まって、代表者または代表者会議の直接

の行動によって問題の解決を図りたいという方向に向かわせているのでは

ないだろうか。しかし、決定権を持たない個別の部局に働きかけ、肯定的

な回答が得られたとしても、それは非公式なものでしかありえず、時間と

ともにうやむやになるおそれもある。それよりは、提言を出すことで公式

な施策として決定へと導くことの方が効果的であるように思われる。

2 代表者会議の課題

代表者会議は10年間で会議として確立し、行政の中で認知され、提言を

積み重ねてきた。しかし、それが同時に課題も生み出している。

被差別体験やボランティアとしての経験等を踏まえた何らかの問題意識

に基づいて代表者に応募するとしても、一市民である外国人が過去の提言

内容とそれに対する行政の取組状況を事前に把握しておくことは困難だろ

う。過去に提言が出され、仮に行政の取組が十分であったとしても、代表

者がその事実を知らなければ、取り組まれていないと認識し、差別されて

いると受け取るかもしれない。会議における事務局からの説明や学習会に

よって、行政の取組を知ることで問題が解決される、または、市の制度や

施策について学び、それを通して川崎市民としての意識を持つことも代表

者会議の意義の1つである。

これに対し、効果的な提言を出すことに主眼をおくならば、審議内容の

過去の提言との重複は大きな問題である。2年間、計16日という時間の制

約、全く新しいテーマを見つけ出すことが難しい状況を考えれば、各期の

代表者が審議したいテーマを出し合い、決定し、意見を述べ合って提言を

作成するというこれまでの審議方法を見直すことが必要である。代表者の

経験から意見を積み上げる方法から、行政の取組の何が問題であるのか、

取り組んでいるにもかかわらずなぜ問題が解決しないのかに焦点を当てる

二三

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方法に変更するのである。

そのためには、行政の取組状況に対する代表者会議独自の評価が重要で

ある。第三者に評価を依頼し、それを参考にしつつ審議を進めるか、第6

期で提案されたように、取組状況を評価する部会を設けるか、いずれにせ

よ、行政の自己評価とは別に代表者会議としての評価を前提として、審議

を行うことがその方法である。そして、代表者会議としての評価に基づい

て、なぜ問題が解決しないかに焦点を当てる。そのとき、市の取組自体に

問題がある場合と、市がやろうとしてもできない場合が考えられる。前者

の場合、例えば、「川崎市自治基本条例」(2005年)、「区行政改革の基本方針」

(川崎市区行政改革検討委員会、2004年)に基づく「区行政改革の実行計画書」

(2005年)、さらには「川崎市多文化共生社会推進指針」(2005年)を根拠と

して審議し、市の取組を引き出す提言を作成することが考えられる。後者

の場合、他の自治体と協力しつつ国・県に政策変更を要望するのみならず、

権限移譲の要求、特区制度の活用など、様々な手段をもって関連分野を市

の権限とする方向も考えられる。

同一テーマの繰り返しと過去の提言との重複によって、行政への不満、

代表者会議の有効性への疑念を拡大させないため、すなわち、代表者会議

を形骸化させないためには、少しでも代表者の達成感の得られる提言にす

ることも大切である。そのためには、提言内容をより具体的にすることも

1つの方法である。仮に、特定区役所の対応に問題があるならば、行政の

対応に一般化せずに具体的な提言を行う方法も考えられる。しかし、その

ためには、具体的提言内容を支える客観的な調査データや情報が必要とな

るだろう。

市長の諮問機関でありながら、外国人市民の地方参政権に代わる市政参

加の制度という2つの趣旨を併せ持つ代表者会議の現在の形を維持してい

くならば、より効率的な審議方法・提言作成方法を見出す、それが、10年

の経験を踏まえた代表者会議の課題である。

二二

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(1) 分田順子「川崎市における外国籍住民の市政参加 在日市民の市民権

の現状とその確立要件」宮島喬編『地域社会における外国人労働者 日・

欧における受入れの現状と課題 』平成5~6年度科学研究費補助金(総

合A)研究成果報告書、1995年、57頁。

(2) 代表的なものとして、山田貴夫「川崎市外国人市民代表者会議の成立と

現状」宮島喬編『外国人市民と政治参加』有信堂、2000年、宮島喬・坪谷美

欧子「外国人住民のネットワークから見た市政参加 川崎市在住外国人へ

の調査を踏まえて」『都市問題』90巻8号、1999年、李仁夏「外国人市民と

の共生の街づくり 川崎市外国人市民代表者会議の設置経緯とその意義

」『中央大学政策文化総合研究所年報』4号、2000年(同論文は後に、

徐龍達編著『21世紀韓朝鮮人の共生のビジョン』日本評論社、2003年に納め

られている)、同「川崎市外国人市民代表者会議は何をめざすのか」『部落解

放』423号、1997年、早坂禧子「条例コーナー 川崎市外国人市民代表者会

議条例」『ジュリスト』1193号、2001年、藤間みゆき「要求から参加へ

川崎市外国人市民代表者会議からの発振」『季刊行政管理研究』79号、1997

年がある。筆者自身、フランスにおける外国人の市政参加制度と比較しつつ

代表者会議に触れたことがある(中野裕二「国民国家における定住外国人の

市政参加 日仏の事例から 」『駒澤大学法学部研究紀要』59号、2001

年)。

(3) 樋口直人「対抗と協力 市政決定メカニズムのなかで」宮島喬編『外

国人市民と政治参加』・前掲、同「外国人の行政参加システム 外国人諮問

機関の検討を通じて」『都市問題研究』92巻4号、2001年、加藤恵美「外国

人の政治参加 地域社会にみる権利保障の深化の諸相」打越綾子・内海麻

利編著『川崎市政の研究』敬文堂、2006年。

(4) 樋口「抵抗と協力」・前掲、21頁。

(5) 議事録には発言者の氏名が明記されていないので、発言者の国籍やオー

ルドカマー/ニューカマーの区別はわからない。また、代表者の経歴等につ

いて考慮していないので、本稿では、代表者は一市民という前提に立ってい

る。それゆえ、議事録から読み取れることと発言者の意図や発言趣旨が異な

る場合もありえる。その意味で、本稿はきわめて限定的な意義しかもたない

ことをあらかじめことわっておく。また、川崎市市民局人権・男女共同参画

室の代表者会議事務局からは、本稿執筆にあたり議事録の提供を受けた。こ

こに記して感謝の意を表したい。

(6) 「ふれあい館」建設をめぐる、在日市民、日本人市民、市の対立と対話

については、星野修美『自治体の変革と在日コリアン 共生の施策づくり

とその苦悩』明石書店、2005年が詳しい。

二一

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(7) ここまで、山田・前掲、同「川崎における外国人との共生の街づくりの

胎動」『都市問題』89巻6号、1998年、樋口「抵抗と協力」・前掲参照。

(8) 山田「川崎市外国人市民代表者会議の成立と現状」・前掲、45頁。

(9)『朝日新聞』1996年4月3日。

(10) 宮島喬『共に生きられる日本へ 外国人施策とその課題』有斐閣、2003

年、15-16頁。

(11) 高橋清編『川崎市長高橋清・対話集 21世紀へのメッセージ 川崎の挑

戦』日本評論社、1999年参照。

(12) 同上、35頁。

(13) 同上、36頁。

(14) 藤間・前掲、62頁。

(15) 李「外国人市民と共生の街づくり」・前掲、143頁。

(16) 高橋・前掲、36頁。

(17) 李「外国人市民と共生の街づくり」・前掲、144頁。

(18) 同上。

(19) 以下、議事録の内容を引用または参照する場合は、会議の開催年月日を

記す。

(20) 川崎市外国人市民代表者会議『川崎市外国人市民代表者会議年次報告

2004年度>』62頁。

(21) 川崎市住民投票制度検討委員会『住民投票制度の創設に向けた検討報告

書』2006年9月、21-23頁。

(22) 宮島『共に生きられる日本へ』・前掲、16頁。

(23) 同上、134頁。

(24) NPO法人KFVホームページ。http://www.kfv.jp/

(25) 李「外国人市民と共生の街づくり」・前掲、144頁。

(26) 川崎市教育委員会では、国際結婚により生まれた子どものことを両親の

2つの文化をあわせ持つ子どもという意味で「ダブル」と呼んでいる(1999

年1月31日)。

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