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Hospitalist VOL.4 NO.2 2016.6 187 2188-0409/16/ ¥ 250/電子:¥ 500/ 論文/JCOPY 特集 周術期マネジメント 東京ベイ・浦安市川医療センター 総合内科 平岡 栄治 HIRAOKA, Eiji 周術期には 臓器横断的に診療する エキスパートが必要である 周術期におけるホスピタリストの役割 最近の超高齢化を反映し内科疾患を多数合併し た患者の手術症例が増加している今まで通院歴 がなくても術前評価でさまざまな合併疾患が判 明することもある術前評価は一般的には手術 のための評価として行われるが長期予後改善の 良いチャンスとなるともいわれている例えば喫煙者であれば手術を無事終えるた めにすぐに禁煙してもらう必要があるがそれを きっかけに継続的な禁煙に成功し長期予後が改 善することも期待できる今まで判明していなか った労作性狭心症が病歴聴取で判明しより厳格 なリスク因子の治療やアスピリンスタチン導 入のチャンスになるといったこともあるこれ は周術期リスク評価とマネジメントだけではなく長期予後を見据えることになるつまり周術期 マネジメントにおいては外科と麻酔科だけでな 内科にも大きな役割があるといえる筆者の米国内科研修中には周術期マネジメント についての講義がありホスピタリストサービス のローテーション中に多くのコンサルトを受けそのトレーニングを受けた。ACP *1 の年次集会 では多くの周術期マネジメントに関するセッショ ンがある一方日本に目を転じてみると内科 医に対する周術期トレーニングはほとんどなされ ていないのが現状であるさまざまな慢性疾患が あれば外科から術前に循環器内科呼吸器内科腎臓内科糖尿病内科にコンサルトするといった 事態となり得るしかしこういった症例でこそ周術期の知識とスキルを身につけたホスピタリス トによる臓器横断的マネジメントが必要になるは ずである本特集では全人的周術期ケアにおけるホスピ タリストの役割と題し周術期マネジメントに あたって知っておくべき知識をまとめた内科医 が周術期の知識スキルを身につけその役割を 果たせることが患者ならびに医療全体のために 必要であるその一助となる特集を目指した各項目の解説 それぞれゴールに掲げたことをルーチンに考 えることが必要である(表 1。「手術が必要な疾 患を診断したら外科医に紹介して仕事は終了としてはならない周術期内科コンサルトのこころえ まずは一般論としてコンサルトの意味コンサル トをするときされるときの注意点を解説いただ いたさらにコンサルトを成功させるコツとし 本章では十戒とする心構えが紹介されこういったコミュニケーションの基礎が説明され はじめに *1 ACPAmerican Col- lege of Physicians

はじめに 周術期には 臓器横断的に診療する エキス …...189 Hospitalist VOL.4 NO.2 2016.6 周術期には,臓器横断的に診療するエキスパートが必要である

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Hospitalist VOL.4 NO.2 2016.6187

2188-0409/16/¥250/電子:¥500/論文/JCOPY

特集 周術期マネジメント

*東京ベイ・浦安市川医療センター 総合内科

平岡 栄治*HIRAOKA, Eiji

周術期には,臓器横断的に診療するエキスパートが必要である

周術期におけるホスピタリストの役割

最近の超高齢化を反映し,内科疾患を多数合併した患者の手術症例が増加している。今まで通院歴がなくても,術前評価でさまざまな合併疾患が判明することもある。術前評価は,一般的には手術のための評価として行われるが,長期予後改善の良いチャンスとなるともいわれている。例えば,喫煙者であれば,手術を無事終えるためにすぐに禁煙してもらう必要があるが,それをきっかけに継続的な禁煙に成功し,長期予後が改善することも期待できる。今まで判明していなかった労作性狭心症が病歴聴取で判明し,より厳格なリスク因子の治療や,アスピリン・スタチン導入のチャンスになる,といったこともある。これは周術期リスク評価とマネジメントだけではなく,長期予後を見据えることになる。つまり,周術期マネジメントにおいては,外科と麻酔科だけでなく,内科にも大きな役割があるといえる。筆者の米国内科研修中には周術期マネジメント

についての講義があり,ホスピタリストサービスのローテーション中に多くのコンサルトを受け,そのトレーニングを受けた。ACP*1の年次集会

では多くの周術期マネジメントに関するセッショ

ンがある。一方,日本に目を転じてみると,内科

医に対する周術期トレーニングはほとんどなされ

ていないのが現状である。さまざまな慢性疾患があれば,外科から術前に循環器内科,呼吸器内科,腎臓内科,糖尿病内科にコンサルトするといった事態となり得る。しかし,こういった症例でこそ,周術期の知識とスキルを身につけたホスピタリス

トによる臓器横断的マネジメントが必要になるは

ずである。本特集では「全人的周術期ケアにおけるホスピ

タリストの役割」と題し,周術期マネジメントにあたって知っておくべき知識をまとめた。内科医が周術期の知識,スキルを身につけ,その役割を果たせることが,患者ならびに医療全体のために必要である。その一助となる特集を目指した。

各項目の解説

それぞれ「ゴール」に掲げたことをルーチンに考えることが必要である(表 1)。「手術が必要な疾患を診断したら,外科医に紹介して仕事は終了」としてはならない。

周術期内科コンサルトのこころえ

まずは一般論としてコンサルトの意味,コンサルトをするとき・されるときの注意点を解説いただいた。さらに,コンサルトを成功させるコツとして,本章では「十戒」とする心構えが紹介され,こういったコミュニケーションの基礎が説明され

はじめに

*1 ACP:American Col-lege of Physicians

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特集 周術期マネジメント

いたことに実は落とし穴があるかもしれないと考

えるきっかけになればと思う。

ゴール

術前評価として病歴聴取と身体診察を行う。

では,ルーチン検査をしなければならない/

しなくてもよいのはどのようなときかを知る。

ルーチン検査の悪影響のエビデンスも知る。

今後,日本でもルーチン検査のガイドライン

を作成し,教育し,麻酔科・外科・内科の共通認識にしていく必要があることを知る。

ミニコラム:ASA-PS分類

周術期のリスク評価として ASA-PS分類*3がし

ばしば使用される。周術期リスク予測モデル*4

でも,ASA-PSを記入しなければならない。本章では,ASA-PSの臨床的意義と問題点を解説いただいた。ASA-PSの欠点は,同一患者でも評価者間でばらつきが出ることであるが,本章で紹介されている表には多くの例が挙げられており,非常にわかりやすく,分類の助けになる。ぜひ参考にしてほしい。

ゴール

ASA-PS 分類の臨床的意義として,ASA-

PSⅠからⅤにかけて次第に周術期リスクが

上昇することを知る。

ASA-PS 分類は,評価者間でばらつきがあ

ることを知る(本章の例を参考にするとわか

りやすい)。

循環器リスクのステップワイズアプローチに基づく評価と介入

循環器医が十分にいる都市部の一部の病院では,循環器の術前評価がホスピタリストに委ねられる

ことは少ないが,循環器医が不在または非常勤の地方の病院では,ホスピタリストが行わなければならない。筆者の米国内科研修中も,ホスピタリストサービスでは多くの術前評価のコンサルトを

受けた。どこまでをホスピタリストが行ってもよいか,どこからは循環器医を含めたチームアプローチをすべきかを知り,院内のリソースを有効利用するためにも,それぞれの病院で循環器医,外科医,麻酔科医,ホスピタリストが共通のプロト

ている*2。「主治医に断らずに患者に説明してよいか?」「主治医に断らずにオーダーしてよいか?」「手術は安全です,などと答えてもよいか?」これらに的確に答えることができるよう,ぜひ熟読してほしい。

ゴール

コンサルトのゴール,コンサルトを成功させ

るためのコツを知る。

術前コンサルトの注意点を知る。

コラム:術前ルーチン検査

術前評価の基本は,病歴と身体所見である。さらにルーチンに,つまり病歴と身体所見にまったく異常がないにもかかわらず,採血,胸部X線,心電図,血液ガス,呼吸機能検査がなされていることが多い。高リスク手術では,検査データや心電図などが必要になるものもあるが,低リスク手術でも,これらはルーチンに必要なのだろうか? ルーチンに術前検査を行うと何らかの異常が見つ

かる場合が多いが,そのために不適切に手術が延期され,不適切な介入が行われ,余分に医療費がかかるといった負の側面も見逃せない。日本でも医療費の高騰が問題になっている。本章でぜひルーチン検査の問題点を知り,今まで当然と思って

*2 例えば,外来や病棟では,顧客は患者だけだが,コンサルトでは,患者だけでなくコンサルトしてきた医師(コンサルティー)も顧客となる。患者とコンサルティーの双方の利益になるように診療しなければ「良質なコンサルト」とはならない。決して,コンサルトしてきた医師と患者の関係を破壊するような言動をしてはいけない。患者だけでなく,コンサルティーの解釈モデル,つまりコンサルト理由を明確にすることが重要である……(続きは本文参照)。

*3 ASA:American So-ciety of Anesthesiologists,PS:physical status classi-fication*4 ACS NSQIP MICA R isk Ca lcu la to r,ACS NSQIP Surgical Risk Cal-culator(次章参照)

表 1 術前評価の際に考慮すべきこと

手術がどれくらい緊急かを知る:emergency,urgent,time-sensitive,elective

どれくらい術前リスク評価に時間がとれるか知ることは大切である。

手術リスク評価,リスク軽減法:まずは病歴,身体所見。今まで診断がついていないものが見つかる可能性がある。

・循環器:虚血性心疾患,心不全,弁膜症,不整脈など,抗血栓薬の取り扱い,運動耐容能・呼吸器:禁煙指導,肺炎,抜管困難,無気肺などの合併症リスク評価,睡眠時無

呼吸の評価,インセンティブ・スパイロメトリーや腹式呼吸などの肺理学療法の適応の吟味・腎臓:腎疾患の手術アウトカムへの影響,手術の腎機能への影響・肝臓:肝硬変 (Child 分類,MELD score 評価)・神経:脳梗塞,一過性脳虚血発作(TIA)の既往,抗血栓薬の取り扱い・surgical site infection(SSI)予防・感染性心内膜炎予防・深部静脈血栓症(DVT)・肺血栓塞栓症(PTE)の予防・血糖コントロール・内服薬:中断しないほうがいい薬の吟味,抗血栓薬の取り扱い

手術リスクがあまりに高い場合,手術以外の代替案を吟味することもある。

チームアプローチの必要性を吟味する。

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Hospitalist VOL.4 NO.2 2016.6189

周術期には,臓器横断的に診療するエキスパートが必要である

消化管手術などで経口投与が不可能になった

ときの対処法を知る。

ミニコラム:術前心エコー図検査は必須か?

検査には,手術を施行する/しないにかかわらず,病歴や身体所見などから心疾患が疑われ,医学的必要性で行われる検査と,ほかに理由はないが,手術のために施行される検査,すなわちルーチン検査がある。術前にルーチンの心エコー図検査は必要か? つまり運動耐容能は十分あり,身体所見で心雑音も頸静脈怒張もなく,弁膜症も心不全も普段なら疑わない患者に,手術を行うためにルーチンに心エコーを施行すべきだろうか?心不全は Stage A~Dに分けられる。術前の問

診や身体所見で心疾患を疑えば心エコーをとるだ

ろう。一方,それらに問題がない心機能障害,つまり Stage B*6は周術期のリスクになるのか?マネジメントは変わるのか? といった疑問が生じる。本章ではこれらの点についてまとめていただいた。

ゴール

術前にルーチンに心エコーをとると,さらな

るリスク層別化ができるのかを知る。

Stage B心不全は,周術期の心臓イベントの

リスクになるのかを知る。

術前ルーチンエコーは周術期へのマネジメン

トに影響があるかを知る。

ミニコラム:高血圧症の周術期リスクと マネジメント

術前に初めて高血圧と診断されるケースもあり,内科に手術を延期すべきか相談される症例がある。高血圧症は周術期のリスクになるか? 脳卒中が起きやすくなるのか? 血圧は,ニカルジピン,ニトロプルシドを使用すれば,多くの場合すぐに低下させることはできる。それでリスクは下がるのか? 急激に下げることによるリスクは? 血圧コントロールのために手術を延期するべきか? 高血圧患者の術前に,虚血性心疾患スクリーニングのための負荷試験は必要か? など,さまざまな疑問が生じる。これらの点について解説いただいた。

コルを理解し,使用することが重要である*5。

ゴール

Stepごとのアプローチを知る。どこまでを

ホスピタリストが行うか,どこからは循環器医に相談し,外科医,麻酔科医とチームアプローチをすべきかを知る。

以下について答えることができる。

・術前の虚血性心疾患スクリーニングのため

の負荷試験の適応は?

・虚血性心疾患があれば,常に血行再建するほうが周術期のリスクが低くなるか?

・虚血性心疾患と判明した場合,リスクを下げるためにβ遮断薬を術前に開始したほう

がよいか?

ミニコラム:周術期急性心筋梗塞

ゴール

周術期の急性心筋梗塞には,プラーク破裂

〔いわゆる急性冠症候群(ACS)〕,酸素の需要供給のアンバランスによる虚血,ステント血栓症があることを知る。

ミニコラム:長期投与中のβ遮断薬の 周術期の使用法

①今まで服用していない患者で術前に虚血性心

疾患と判明し,β遮断薬を開始すると周術期のリスクが減るか? ②長期間服用していたβ遮断薬を周術期の絶食のため中止すべきか? といった問題がある。①に関しては前章で説明されているとおり,手術当日に開始してはならない,数日以上前から開始し,血圧・脈拍をみながら量の調節を行うことが重要で,もしそれが時間的に不可能であれば開始しない,②に関しては,長期間服用中のβ遮断薬は周術期も中止してはならない,とされる。突然の中止は心血管イベント増加のリスクである。では,消化管手術などで消化管が使用できず,経口薬を中止せざるを得ないときはどうするか? この点について解説いただいた。

ゴール

長期服用中のβ遮断薬を突然中止してはいけ

ないこと,その理由を知る。

*6 心機能低下,弁膜症,心肥大など異常はあるが,まだ 1 回も症状が出たことがない。

*5 「循環器リスクのステップワイズアプローチに基づく評価と介入」の,MEMO②「術前虚血評価におけるホスピタリストの役割:臓器リスク評価をホスピタリストが行ってもよいのか?」(233ページ)で取り上げる。

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特集 周術期マネジメント

ASへの介入を先行させたほうがよいかどうかについては,これらをせずに非心臓手術を行うリスクと,AVR/TAVI/BAV自体のリスクを吟味する必要がある。患者とともに治療のゴール設定(歩けるようになる,痛みがなくなる,など)を行い,循環器医,外科医,麻酔科医との議論に入れるよう,ホスピタリストはこれらの点について十分な知識をもたなければならない。

ゴール

重症ASの非心臓手術:「無症状AS」であれば,

リスクは高くならないことを知る。ただし,そのなかでもどういった患者のリスクが高い

かを知る。

AVR,TAVI,BAV自体のリスクを知り,非

心臓手術のリスクやベネフィットと比較する

ことが,治療の順序を決定するのに重要であることを知る。

ベネフィットとリスク,代替案,患者の価値

観,患者が期待しているゴールを考える。個々の症例で患者にとってのベストは何かを

考え,チームでアプローチすることが重要である。

周術期の抗血栓薬の扱い

機械弁で抗凝固薬を服用していたり,ステントを留置され抗血小板薬を服用している患者が手術を

受ける機会が増加している。少し前までは「ワルファリンは 5日前に中止し,ヘパリンブリッジ,アスピリンやクロピドグレルは 7日前に中止」であったが,最近のさまざまなエビデンスから,必ずしも抗血栓薬を中止することが「周術期の安全」につながるわけではないことがわかってきた。

ゴール

一般的な抗血栓療法について知る。深部静脈

血栓症(DVT)・肺血栓塞栓症(PTE)の抗凝

固薬とその期間,ベアメタルステント(BMS)・薬剤溶出ステント(DES)留置後の

2剤併用抗血小板療法(DAPT)の期間,心房細動の抗凝固薬,機械弁・生体弁のワルファリンの適応について答えることができる。

機械弁の場合,駆出率(EF)低下,塞栓症の

既往,心房細動,僧帽弁置換などで特に血栓塞栓リスクが高いことを知る。

ゴール

術前に高血圧が判明した場合,180 /110

mmHg以上で脳卒中リスクが上昇すること

を知る。

高血圧患者は術中の血圧変動が大きくなりや

すく,その変動が大きいと脳梗塞が生じやすいことを知る。周術期の血圧の 30%以上の

変動を避ける。

もし術後,意識の変容などの神経所見が出現

したら hemodynamic stroke(血行力学性脳

梗塞)が鑑別になる。画像診断のほか,術中記録で血圧の変動を確認することも重要であ

る。

コラム:重症 AS(大動脈弁狭窄症)の 治療と非心臓手術

術前検査で重症 ASと判明する高齢患者が多い*7。通常,有症状 ASは突然死のリスクであり,すぐに弁置換などの手術が原則である。では,非心臓手術のリスクはどうか? このコラムで紹介されているような,高齢者の大腿骨頸部骨折患者に重症 ASが見つかった場合は,AS手術と股関節手術のどちらを優先するのか,リスクが高いからどちらも行わないのか,いずれか 1つしか行わないのか,非常に悩ましい。大腿骨頸部骨折の 1年以内の死亡率は 20 ~ 30%とされ,そのリスクを低下させ,再び歩行できるようにするには,なるべく早期の手術が必要である*8。ASの手術を先行させれば,股関節手術が延期され,結果として寝たきりになるリスクがある。股関節の手術を優先し,活発に歩けるようになってから ASの手術を考慮するというのも選択肢になる。 本コラムでは「無症状なら重症 ASでも非心臓手術のリスクは AS のない対照群と差がなかった」という論文が紹介されている。これらもふまえて,股関節手術のタイミングを考えなければならない。 非心臓手術前に ASへの介入を行う場合は,大動脈弁置換術(AVR),経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI),バルーン形成術(BAV)がある。AVR,TAVIは根治的であるが,BAVの効果は一時的で,早期にもとに戻る症例があるため,BAV後はなるべく早期に非心臓手術を行わなければならないことも知っておく。さらに,本当に

*7 転倒,大腿骨頸部骨折で来院。術前診察で収縮期雑音が聴取され,重症 ASと診断…といったケースである。

*8 「整形外科手術における内科医の役割」で取り上げる。

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周術期には,臓器横断的に診療するエキスパートが必要である

息切れがある。痰が多い……こういった患者の術前コンサルトについて解説いただいた。繰り返しになるが,循環器・呼吸器・肝臓・腎臓の評価,SSI予防*9,血糖,DVT予防,薬物の中断の是非,と決まったアプローチで考えることが重要である。息切れは虚血性心疾患の可能性もあり,運動耐容能が 4 METs未満であれば,心臓負荷試験を行うかどうかを考慮すべきである。さらに呼吸器のリスク評価を行い,そのリスクを軽減させる方法を考えなければならない。

ゴール

周術期の呼吸器合併症(肺炎,無気肺,人工

呼吸器離脱困難)のリスク評価を知る。

リスクには患者側の因子,手術側の因子があ

ることを知る*10。

COPD増悪状態であれば,治療により患者

本人のベストな肺機能を術前に目指す。

腹式呼吸やインセンティブ・スパイロメトリ

ーなどを術前から導入し,周術期呼吸器合併症リスクを軽減させる。

手術が必要な疾患が見つかれば,まだ喫煙中

ならば,せめて術後に退院できるまで,すぐに禁煙させる。できればそのまま一生禁煙さ

せる。

ミニコラム:閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)の周術期マネジメント

OSA患者が手術を受けることもあれば,術前評価で OSAが判明する場合もある。周術期の注意点を解説いただいた。

ゴール

OSAに関する問診を知る。

OSA患者の周術期合併症を知る。

OSA患者の周術期マネジメントを知る。

ミニコラム:「重症」COPDでも安全に 手術を行えるか?

1秒率(FEV1.0%)<50%の重症 COPDの患者に胃癌が見つかったとする。この場合,手術がどれくらい安全に行えるかについて解説いただいた。もし手術があまりにも高リスクであったり,COPD自体の予後が悪ければ,手術自体をしな

抗血栓薬を要する期間に非心臓手術が必要な

場合のマネジメントについて知る。

心房細動におけるワルファリンの休薬に対す

るヘパリンブリッジについてのエビデンスを

知る。

抗血栓薬を継続したままで手術をするかどう

かは,以下の要素が重要であることを知る。・抗血栓薬を中止したときの血栓症リスクの

吟味(可能性,アウトカム)・抗血栓薬を継続したまま手術したときの出

血のリスク(可能性,アウトカム)

ミニコラム:植込み型除細動器, ペースメーカの周術期の取扱い

ペースメーカ,植込み型除細動器(ICD)などが留置された患者で,内視鏡,電気メスを使用する処置(内視鏡,外科手術)が必要な場合の周術期の注意点を知り,必要な連絡をすることは非常に重要である。消化管内視鏡の際にも注意が必要で,ペースメーカ,ICDが留置されていることを事前に術者,循環器医に伝えておかなければならない。

ゴール

電気メスの使用で,その信号を心室リードが

心臓からの信号と誤認識し,ペースメーカがペーシングしなくなるリスクがあることを知

る。心房リードがその電気信号を感知すると

トリガーとなり,心室刺激が開始されるリスクがあることを知る。

ペースメーカに完全に依存しているのか,ほ

とんどペーシングせずバックアップだけなの

かによっても,その影響は異なることを知る。電気メスの信号を頻脈発作と誤認識し,ICD

が誤作動するリスクがあることを知る。

ペースメーカや ICDが周術期に感染する可

能性があることを知る。

術後,すぐにデバイスが問題なく作動するか

を確認する必要があることを知る。

術後肺合併症(PPCs)のリスクと 周術期マネジメント

55歳の男性。慢性閉塞性肺疾患(COPD)で外来加療中。食道癌手術が必要になった。階段歩行で

*10 例えば,患者側の因子としては喫煙,C O P D,OSAが,手術側の高リスク因子としては,胸部手術や上腹部手術が挙げられる。

*9 コラム「surgical site infection(SSI)予防」で取り上げる。

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特集 周術期マネジメント

ミニコラム:肝切除における 適応・術式判断ツールとしての ICG

ICG(indocyanine green clearance test)は,筆者は米国研修中には一度もみたことがなかったが,日本ではしばしば行われている。Child 分類,MELD scoreによるリスク層別化に,さらにこのICGが役立つか,肝切除術,非肝臓手術について解説いただいた。

ゴール

ICGテストの原理を知る。

非心臓手術,心臓手術,肝切除のリスク評価

に関するエビデンスとその妥当性を知る。

腎疾患の周術期リスクとマネジメント

非透析慢性腎臓病(CKD)患者の周術期リスク,透析患者の周術期リスクについて解説いただいた。もともと腎障害がある場合の,腎疾患による手術アウトカムへの影響,手術の腎機能への影響を知っておくことは重要である。

ゴール

非透析腎障害患者の手術リスクを知る。

透析患者の手術リスクを知る。特に長期透析

患者は弁膜症,冠動脈疾患罹患率が高い。心臓手術のリスク(死亡率,合併症発症率)が高いことを知る。

周術期の管理として,血管内ボリュームや血

行動態の最適化の重要性を知る。

特に非透析患者の場合,腎臓に悪い薬物はな

るべく使用しない。薬剤投与量は腎機能に見

合った量を使用する。

非透析腎障害患者,透析患者の周術期の栄養

管理について知る。

内分泌疾患の周術期

周術期の血糖異常マネジメント,下垂体手術,副腎手術,甲状腺疾患患者の非甲状腺手術,甲状腺疾患の甲状腺摘出手術,副甲状腺機能亢進症の副甲状腺摘出手術について解説いただいた。

いといった選択肢もある。ホスピタリスト,外科医,呼吸器内科医,麻酔科医でのチームアプローチが必要な状態である。

ゴール

重症 COPD患者に手術が必要な疾患が見つ

かった際,手術すべきか,手術せずにそれ以外の治療を選択するかの判断に必要な因子を

知る。

すなわち,[周術期リスク評価,COPD自体

の予後推定,手術の対象になった疾患の予後(手術をした場合の予後,手術をしなかった場合の予後),代替案を選択した場合の予後]など。

ホスピタリスト,外科医,呼吸器内科医,麻

酔科医でのチームアプローチが重要であるこ

とを知る。

肝障害を有する患者の手術

アルコール性肝障害,ウイルス性慢性肝炎などの肝硬変患者で,心臓手術や胃癌・大腸癌手術などが必要になることがあるため,周術期のリスク評価を知っておくことは重要である。肝硬変自体の予後が,手術の対象になった疾患の予後よりも悪ければ,手術をしないという選択肢も出てくる。こういったリスクの層別化について解説いただい

た。

ゴール

Child分類 *11,MELD*12scoreによる肝硬

変患者の周術期リスク評価を知る。

Child Cの周術期リスクが非常に高いことを

知る。

肝硬変自体の予後予測を知る。

コラム:術後肝障害のワークアップ

ゴール

術後肝障害で,臨床的に大切なものとして,

敗血症・虚血性・薬剤性のほか,術後黄疸があることを知る。

*11 Child-Pugh classifi-cation と,その変法であるChild-Turcotte-Pugh (CTP) classification*12 MELD:Model for End-Stage Liver Disease

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Hospitalist VOL.4 NO.2 2016.6193

周術期には,臓器横断的に診療するエキスパートが必要である

る。甲状腺の治療を優先させるかどうかを知

る。

ミニコラム:副腎不全の周術期の問題点

ゴール

もともと ACTH欠損症や汎下垂体機能低下

症で副腎不全があり,慢性的に副腎皮質ホルモンを服用している場合のステロイド補充に

ついて知る。

ステロイドを長期服用している患者の場合の

ステロイド補充について知る。

下垂体手術,副腎 Cushing病の摘出手術後,

副腎機能不全のリスクがあるが,何をどのようにモニタリングして,どのタイミングでステロイドカバーをするかを知る。

神経疾患の周術期マネジメント

脳梗塞の既往がある患者の手術では,周術期に脳梗塞のリスクはあるのか? そのリスクを低下させるためのポイントについて解説いただいた。また,心臓手術の術前にルーチンで行われる頸動脈エコーや脳MRI,MRAが周術期マネジメントに与える影響も解説していただいた。また,MEMOでは脳血流の自動調節能につい

て解説いただいた。血圧が変動しても,脳への血流が一定に維持される自動調節機構がある。また血管に狭窄があっても,末梢血管抵抗を下げることで血流を一定に維持する機構もある。しかし,もしその維持機能を使い切ると,少しの血行動態の破綻で脳血流は低下する。ここに記載された脳血流を維持する生理を十分に理解して,周術期の血行動態管理を行うことが大切である。

ゴール

以下の質問に適切に答えることができるよう,本文を熟読してほしい。

脳梗塞

脳梗塞の既往は周術期の脳梗塞のリスクにな

るか? 脳梗塞からどれくらい期間が過ぎる

とリスクが低下するか?

脳梗塞の再発予防目的の抗血栓薬を術前,常

に中断すべきか?

ゴール

糖尿病・血糖コントロール

血糖が高いと周術期のアウトカム(死亡率,

合併症発症率)が高いことを知る。

周術期血糖ゴール:血糖を 80~110 mg /dL

と厳格にコントロールすると,低血糖のリスクが増加し,周術期のリスクが増加する。

180 mg/dL以下程度を目安にコントロール

する。

1型糖尿病の場合,絶食時にインスリンを中

止してはいけない。つまり,目の前のインスリン加療中の患者は,1型か 2型かを知って

おくことは重要である。

スライディングスケール法は,ベネフィット

が少なく,高血糖・低血糖リスクが高いことを知る。

褐色細胞腫の手術

非褐色細胞腫の手術はリスクが高く(血圧の

急激な上昇や低下),できれば褐色細胞腫の手術を先行させる。

術前に α遮断薬を導入し,さらに輸液で血管内脱水を補正しておくことが周術期の血圧の

安定化に重要である。

術後,リバウンド低血糖があり得るため,術

後 24~48時間は血糖モニタリングが必要で

あることを知る。

褐色細胞腫がある患者では避けたほうがよい

薬物・食事を知る。

下垂体手術

下垂体腺腫の手術:ホルモン低下〔副腎皮質

刺激ホルモン(ACTH),コルチゾール,成長ホルモン(GH),甲状腺刺激ホルモン(TSH)〕

の発症率,発症時期,モニタリング法について知る。

TSS *13のリスク(髄液漏,髄膜炎,副鼻腔炎)を知る。

低ナトリウム血症(ADH分泌不適合症候群,

甲状腺機能低下症,副腎機能低下),高ナトリウム血症(尿崩症)のリスクを知る。

甲状腺疾患の非甲状腺手術,甲状腺摘出後,副甲状腺摘出後

hungry bone症候群のリスク因子,治療,

予防について知る。

非甲状腺手術術前評価で甲状腺機能低下,機

能亢進が判明した場合の周術期のリスクを知

*13 経蝶形骨洞的下垂体腫瘍摘出術 transsphenoidal surgery(TSS),いわゆるHardy手術

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特集 周術期マネジメント

ゴール

高齢者の大腿骨頸部骨折の予後が悪いことを

知る。

予後を改善するには早期の手術が重要である

ことを知る。

術前検査に時間を費やすと害になる可能性が

あることを知る。つまり,準緊急手術である。大腿骨骨折において,以下のマネジメントが

特に大切であることを知る。

[抗凝固薬,抗血栓薬の取り扱い,DVT予防

の重要性,譫妄,疼痛コントロール]多くの高齢者にとって,歩けること,痛みが

ないことは大切なアウトカムである。

コラム:全身麻酔と局所麻酔

漠然と,リスクが高い患者には,「脊髄麻酔で」と考えがちである。麻酔科医がどのように使い分けているかを知ることは非常に重要である。本章はその知識の整理に有用である。

ゴール

麻酔の種類〔静脈麻酔(プロポフォール,ケ

タミン),揮発性麻酔薬,脊髄麻酔〕について,それぞれの血行動態への影響を知る。

脊髄麻酔のメリットとして,挿管が不要であ

り,呼吸器合併症が減少する可能性があることを知る。

脊髄麻酔では,血管拡張により低血圧が生じ

る。血行動態への影響が予測できず,心機能が悪く,余力がない患者では,全身麻酔よりリスクが高くなる可能性があることを知る。

コラム:中断してもいい薬,中断しては いけない薬

手術当日は絶食になることが多い。そのとき,維持療法で服用している薬のうち,中断するとリスクが高い薬物がある。適切に周術期を乗り切れるよう,ホスピタリストは正しい知識をもち役割を果たさなければならない。「周術期=絶食し,すべての薬を中止」といった短絡的思考はしてはならない。

術前の診察で認められた頸動脈 bruit(収縮期

雑音)の頸動脈狭窄に対する感度,特異度は?

冠動脈バイパス術前の頸動脈狭窄のスクリー

ニングの適応は?

無症候性頸動脈狭窄の周術期のマネジメント

は?

Parkinson病

抗 Parkinson病薬を中止してよいか?

抗 Parkinson病薬の急な中止は,悪性症候

群のリスクになるか?

Parkinson病の患者は,周術期の誤嚥,肺合

併症が多いか?

経口摂取が不可になったときの代替薬は?

筋無力症

術前の治療薬の中止はクリーゼのリスクにな

るか?

筋無力症を悪化させる薬物は何か?

痙攣

抗痙攣薬を中断してもよいか? そのリスク

は?

脳血流維持の生理

脳血流の自動調節能とは何か?

整形外科手術における内科医の役割

「85歳の女性。転倒にて大腿骨頸部骨折と診断された。既往に冠動脈疾患〔経皮的冠動脈インターベンション(PCI)歴あり〕,COPD,糖尿病あり。手術してもいいですか?」といったコンサルトは近年増加している。漠然と「手術は危険としか言いようがない」などと考えていてはいけない。手術を延期すれば,生命予後・歩行予後が悪化する(つまり寝たきりになる)だけでなく,患者を疼痛に曝すことになる。 術後 1年以内の死亡率は 20~30%,歩行可能な状態への回復率は 1年で 67%と本章では説明されている。この手術の目的は,死亡率改善,歩行予後改善,疼痛コントロールである。多くの高齢者は「寝たきりになりたくない」と考えている。予後改善には 48時間以内の手術が必要であるが,内科合併疾患が多く,もともと周術期のリスクが高い高齢者のケアにおいてホスピタリストの果た

すべき役割は大きい。

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周術期には,臓器横断的に診療するエキスパートが必要である

適切な予防方法を知る。

予防的抗菌薬については,①創を汚染し得る

細菌に効果があること,②適切な量とタイミングで組織が十分な濃度に達していること,③安全であること,④副作用や耐性菌の発生やコストを抑えるために,必要最低限の期間だけ投与することを考慮する。

抗菌薬予防の開始タイミングについて知る。

長時間手術では,繰り返し投与する必要があ

る場合がある。

心臓外科手術の場合,鼻腔の黄色ブドウ球菌

キャリアがリスクであることを知り,キャリアであれば除菌する。

● ● ●以上,各章で強調されていること,ぜひ熟読して知ってほしいことをまとめた。特に高齢者は各臓器に疾患をもっていることが多い。臓器横断的ケアはホスピタリストの立場からこそ可能になり,ホスピタリストには大きな役割がある。その実践のためには専門家と対等にディスカッションでき

る知識を身につけ,スキルを磨き,外科医,麻酔科医と協力して,患者のアウトカムが改善するよう働きかけていく必要がある。そのプロセスにおいては,それぞれの地域・施設でのコンセンサスに基づいたチームアプローチで,周術期の問題に取り組んでいくことが重要となる。

ゴール

抗痙攣薬,β遮断薬,スタチン,抗 Parkin-

son病薬,抗うつ薬については,不用意に突然中止してはいけないこと,その理由を知る。

ミニコラム:眼科手術における内科医の役割

高齢化に伴い,心疾患,肺慢性疾患(COPDなど)患者の白内障手術が増加している。低リスク手術に採血,心電図などの検査をルーチンに行うべきか,また,これらが周術期のリスク層別化に役立つかを知らなければならない。

ゴール

白内障の術前で,通常,ルーチン検査は不要

であることを知る。

コラム:surgical site infection(SSI)予防

内科病棟に入院後,手術が必要であると発覚し,内科病棟から手術室に送り出すこともしばしば経

験する。ホスピタリストは SSI予防を目的とした術前のマネジメントを知っておく必要がある。

ゴール

SSIが合併すると,死亡率が上昇し,入院日

数が延長し,コストが増加することを知る。