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台湾の先住民族とその権利保障状況
京都大学 法学部3回
吉村 政龍
2011年4月15日(金)
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目次
� いくつかの前提
� 第1部:台湾の概要とその先住民族について
� 第2部:先住民族の諸権利と台湾における権利保障状況
� 結論
いくつかの前提
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前提1:本論の目的
� 少数民族の権利保障という観点から台湾の先住民族に着目し、 2007年に採択された「先住民族の権利に関する国際連合宣言」に照らして、彼らの諸権利、特に「集団としての権利」が台湾国内でどこまで制度的に保障されているかを考察する。
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前提2:「民族」とは
� 2つの定義1. 近代国家における政治的共同体(ネーション、nation)
2. 同一の文化習俗を有する集団(エトノス、ethnicgroup)
� 本論における「民族」は、主に後者を指す。� その中でも先住民族(indigenous people)は、元来から特定の土地に居住し、かつ所属する国家において主導的地位を握る集団とは異なった集団のことを意味する。
第1部:台湾の概要とその先住民族について
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台湾の地理関係
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台湾の概要
� 正式国名:中華民国
� 首都:台北
� 総人口:約2,312万人(2009)
� 公用語:中国語(北京語)
� 国旗:
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台湾の民族構成
� 台湾原住民(後述)� 漢民族
� ホーロー人(本省人)� 来歴:明朝末期に主に福建省南部から移住してきた経済移民と原住民の混血� 言語:台湾語� 総人口に占める割合:約74%
� 客家人(本省人)� 来歴:清朝時代に主に広東省東部から移住してきた経済移民と原住民の混血� 言語:客家語� 総人口に占める割合:約12%
� 外省人� 来歴:国共内戦に敗れた国民党政府とともに、1949年に大陸から移住してき
た政治難民� 言語:北京語� 総人口に占める割合:約12%
� 「新移民」→台湾男性と結婚した東南アジア女性およびその子女
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先住民族:台湾原住民
� 主にマレー・ポリネシア系
� 言語: 共通言語なし;部族ごとで異なる
� 人口: 約51.4万人(2011,総人口の2%)
� 平埔族(平地原住民)約24.2万人: 台湾西部の平野地帯に住み、漢族との通婚・同化が進んでいるとされている
� 高砂族(山地原住民)約27.2万人: 漢民族の入植に伴い台湾東部の山岳地帯に移住してきた。台湾政府が認定する「原住民族」はこちらのほう。
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台湾原住民の分布
� 2011年現在、台湾政府は14部族を(主に山地原住民)を 「原住民族」に認定している。
� 彼らが、政府による各種の権利保障政策の対象となる。
第2部:先住民族の諸権利と台湾における権利保障状況
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先住民族の諸権利に関する国際的な取り決め
1. 世界人権宣言(1948年採択)
2. ジェノサイド条約(1948年採択)
3. 土民及び種族民条約(1957年採択)
4. 植民地独立付与宣言(1960年採択)
5. 人種差別撤廃条約(1966年採択)
6. 国際人権規約(1966年採択)
� 社会権規約(A規約)
� 自由権規約(B規約)
7. 原住民及び種族民条約(1989年採択)
8. 先住民族の権利に関する国際連合宣言(2007年採択)
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なぜ先住民族の権利を保障しなければならないのか?� 政治的な力量が弱いことから、先住民族のような少数民族(minority
group→必ずしも文字通り人数が少ないとは限らないことに注意)は、往々にして多数民族(majority group)からの不当な支配・搾取を受けてきた。
� 近代以降の植民地統治や同化政策による、固有の土地、文化、社会の奪取など
� それによって、今日では彼ら先住民族はすでに多くを失ってしまっており、一般の人と同じような普遍的人権(個人権)を保障するだけでは十分であるとはいえない。
� そのため、失われたものを回復・補償するには、より積極的に権利保障を行う必要があり、その一環として近年注目を集めているのが、「集団としての権利」(collective rights)である。
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具体的にどのような権利を保障すべきか?
� 「先住民族の権利に関する国際連合宣言」(以下、先住民族権利宣言)(2007年採択)には、次の権利が先住民族の主要な集団としての権利として挙げられている:
1. 被認知権2. 民族自決権3. 文化権4. 土地所有権5. 司法への権利6. 政治への権利7. 補償権
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1.被認知権
� 定義: 先住民族としての身分を公的に認められる権利
� 根拠: 先住民族権利宣言 第33条1項など
� 国内法規� 中華民国憲法 第168条
� 「辺境地区の民族」=原住民族も含む?� 修正第10条→原住民族の地位を保証
� 原住民身分法 第2条� 認知の要件: 本人あるいは直系尊属が、日本統治時代の戸籍資料に、「原住民」と記載されていたこと
� 自己認知は認められていない。
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2.民族自決権
� 定義: 自らの政治的地位を決定する権利
� 根拠: 先住民族権利宣言 第3条
� 国内法規� 中華民国憲法 第168条
� ここで保障されているのは国から与えられた自治権であり、分離独立も選択肢に入る自決権ではない。
� また、自治権を制度的に保障する具体的な国内法はなく、原住民族の自治区は存在しない。
� 国との対等な交渉相手として認められていないため、原住民が集団として国と締結した条約は当然存在しない。
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3.文化権
� 定義: 自らの文化や言語、教育やメディアを確立する権利
� 根拠: 先住民族権利宣言 第11条~16条など
� 国内法規� 中華民国憲法 修正第10条
� 原住民族教育法� 実態は、母語教育が小学校で毎週1時間施されるに留まっている。
� そもそも、原住民族の諸言語は公用語として認められていない。
� だが、原住民族のラジオやニュースなどの公共マスメディアは整備されている(第26条)。
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4.土地所有権
� 定義: 土地およびそれに付随する天然資源などを所有し、使用する権利
� 根拠: 先住民族権利宣言 第26条など
� 歴史的経緯� 戦後、日本統治時代の「高砂族保留地」を国有地化し、原住民族から土地所有権を剥奪した。
� だが、1960年代後半から所有権が認められるようになり、土地の一部が返却されるようになった。
� 2005年に制定された原住民族基本法は原住民の土地および天然資源に対する権利を認めたが(第20条)、後者の利用を非営利的なものに限定した(第19条)。
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5.司法への権利
� 定義: 裁判で自民族の慣習法に従って裁かれる権利
� 根拠: 先住民族権利宣言 第34,40条など
� 現在、台湾には原住民出身の最高裁判官はいない。
� 裁判で原住民族の慣習法が考慮されることもない。
� 原住民を対象とした特別裁判所は存在しない。
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6.政治への権利
� 定義: 政治的少数派であることについて、何らかの是正を受ける権利
� 根拠: 先住民族権利宣言 第18条など
� 立法院(日本の国会に相当)には、原住民族専門の委員会は置かれていない。� (現代の議会制度において、本議会で審議する議案は各分野ごとの常任委員会で事前に協議される。)
� 立法院では、原住民の枠が6席保障されている(総議席数111席)。
� 行政院(日本の内閣に相当)には、原住民族委員会が置かれている。� (行政委員会とは、技術や政治的中立性が求められる行政分野において、複数の委員による合議制からなり、かつ母体となる行政部門からある程度独立して行政権を行使する機関のことを指す。)
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7.補償権
� 定義: 過去に国家ないし多数民族によって行われた犯罪行為について公式な謝罪および補償を受ける権利
� 根拠: 先住民族権利宣言 第20条2項,21条2項など
� 国内法規: 中華民国憲法 修正第10条� 「原住民族の地位および政治的参加を確保し、彼らの教育、文化、福祉、及び経済的発展を促進する」よう、国に促している。
� 教育および雇用の分野において、優遇措置を取っている。� 教育:国費留学枠、高校・大学における加点(15~25%)など� 雇用:公共機関、公立学校および国営企業における最低雇用枠(100人に1人)など
� だが、台湾政府は今まで、長期にわたって不公正な待遇を受けてきた原住民に対して公式な謝罪を行ったことはない。
� また、何らかの金銭的補償も行っていないし、今後もその予定はない。
結論
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結論
1. 台湾の先住民族の集団的権利の中では、政治への権利がもっとも制度的に保障されている。
2. また、補償権も、教育と雇用における優遇措置という形で保障されている。
3. だが、民族自決権、文化権、土地所有権、そして司法への権利については改善の余地がある。
補論:日本の先住民族権利保障状況� 日本の先住民族: アイヌ民族、樺太民族、琉球民族など
� 日本政府が公式に認定しているのはアイヌ民族のみ
� 人口: 約24,000人(北海道のみ、平成11年)� これ以降、調査は行われていない。� より多くの人が東京周辺に住んでいるとされている。
� アイヌ文化振興法(1997年施行)� 目的: 「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する国民に対する知識の普及及
び啓発」(前文)→ 文化権
� 文化権以外の諸権利は十分に保障されていない。� 2008年に開催された「アイヌ民族政策のあり方に関する有識者懇談会」でそれらにつ
いて言及されたが、それ以降目立った動きはない。
� 生活保護世帯は平均の1.6倍、大学進学率は全体の約半分、差別を受けたことがある人は2割弱を占めるなど、問題点は多く、早急な対応が望まれる。
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今後の個人的な課題
� 人権先進国といわれる欧米諸国における先住民族に対する権利保障状況はどうなのか。
� 台湾において、原住民以外の少数民族の集団的権利はどういう状況にあるか(特に客家人→漢民族の中の少数派)。
� 権利保障制度の実態、すなわち実際はどのように運用されているのだろうか。また、先住民族自身はそれに対してどう考えているのか?
� 日本の少数民族(在日コリアン、アイヌ人、沖縄人など)の権利保障状況の実態はどうなっているのか?
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参考文献
� 施正峰(2010) 『台湾群族政策』 (新台湾文化教育基金會) 新台湾建構書 p.412
ご清聴ありがとうございました。