9
41 要旨 VCPValosin-containing protein)は、二つの特徴的な ATP 結合領域をもつ ATPase であり、タンパク質恒常性を保つ重要な因子である。小胞体においてタンパク質が正し く折り畳まれなかったとき、VCP が、ユビキチン化された正しく折り畳まれなかったタ ンパク質基質を小胞体膜から細胞質に存在する26S プロテアソームへと運び基質は分解 される。癌では VCP が過剰に発現しており、その過剰発現は、転移や予後と相関があ るとされている。本稿では、VCP を直接的に阻害する抗癌剤 Eeyarestatin I (Eer I) 膵癌細胞株における細胞増殖抑制効果を検討し、さらに健康増進作用もしくは抗腫瘍剤 としてのビタミンとの併用効果についても検討を加えた。その結果、Eer I およびビ タミンは単剤で癌細胞株の増殖抑制作用を有することが示された。また、低濃度のビ タミンでは Eer I の細胞増殖抑制作用を阻害し、高濃度のビタミンでは Eer I と相 乗的に働くことが示唆された。 キーワードEeyarestatin I, Vitamin C .はじめに VCPValosin-containing proteincdc48p97とも呼ばれる)は、細胞周期、アポトーシス、 遺伝子の転写、タンパク質の恒常性、DNA 障害に対する反応など、様々な細胞応答に関わる分 子である 1-3。そして、 VCP は、二つの特徴的な ATP 結合領域をもつ AAA (ATPase associated with various cellular activities) ファミリーに属する ATPase であり、タンパク質恒常性を保つ 重要な因子である 。小胞体においてタンパク質が正しく折り畳まれなかったとき、ユビキチンリ ガーゼ(E3)によってユビキチン化される。すると、細胞質側で働く VCP が、ユビキチン化 された基質を小胞体膜から細胞質に存在する26S プロテアソームへと運び(つまり小胞体から引 きずりだし)、基質は分解される。この現象は、小胞関連分解(ERAD)と呼ばれる この VCP は、様々な細胞の働きに関わる因子であり、また種々の病気の発生に関わっている。 神経変性疾患(アルツハイマーやパーキンソン病) 、肺疾患 、そして癌である。癌において は、 VCP の過剰発現と予後、転移との間に相関があるとされており、食道癌 、大腸癌 10、膵癌 11等様々な癌で報告されている。さらに、膵癌においては、SAGESerial analysis of gene expression)法を用いた遺伝子発現プロファイリングにより VCP の過剰発現が確認されている 12また、骨肉腫細胞株 Dunn およびその高転移亜型の LM8を用いたサブトラクション法で、LM8 膵癌細胞株における Eeyarestatin I と ビタミン C の併用による抗腫瘍効果の検討 06友枝美樹④.indd 41 2015/12/09 15:12:05

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膵癌細胞における Eeyarestatin I とビタミン C の併用による抗腫瘍効果の検討

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要旨

 VCP(Valosin-containing protein)は、二つの特徴的なATP結合領域をもつATPase

であり、タンパク質恒常性を保つ重要な因子である。小胞体においてタンパク質が正し

く折り畳まれなかったとき、VCP が、ユビキチン化された正しく折り畳まれなかったタ

ンパク質基質を小胞体膜から細胞質に存在する26S プロテアソームへと運び基質は分解

される。癌では VCP が過剰に発現しており、その過剰発現は、転移や予後と相関があ

るとされている。本稿では、VCP を直接的に阻害する抗癌剤 Eeyarestatin I (Eer I) の

膵癌細胞株における細胞増殖抑制効果を検討し、さらに健康増進作用もしくは抗腫瘍剤

としてのビタミンCとの併用効果についても検討を加えた。その結果、Eer I およびビ

タミンCは単剤で癌細胞株の増殖抑制作用を有することが示された。また、低濃度のビ

タミンCでは Eer I の細胞増殖抑制作用を阻害し、高濃度のビタミンCでは Eer I と相

乗的に働くことが示唆された。

キーワード:Eeyarestatin I, Vitamin C

I.はじめに

 VCP(Valosin-containing protein、cdc48や p97とも呼ばれる)は、細胞周期、アポトーシス、

遺伝子の転写、タンパク質の恒常性、DNA 障害に対する反応など、様々な細胞応答に関わる分

子である1-3)。そして、 VCPは、二つの特徴的なATP結合領域をもつAAA (ATPase associated

with various cellular activities) ファミリーに属する ATPase であり、タンパク質恒常性を保つ

重要な因子である4)。小胞体においてタンパク質が正しく折り畳まれなかったとき、ユビキチンリ

ガーゼ(E3)によってユビキチン化される。すると、細胞質側で働く VCP が、ユビキチン化

された基質を小胞体膜から細胞質に存在する26S プロテアソームへと運び(つまり小胞体から引

きずりだし)、基質は分解される。この現象は、小胞関連分解(ERAD)と呼ばれる5・6)。

 この VCP は、様々な細胞の働きに関わる因子であり、また種々の病気の発生に関わっている。

神経変性疾患(アルツハイマーやパーキンソン病)7)、肺疾患8)、そして癌である。癌において

は、VCP の過剰発現と予後、転移との間に相関があるとされており、食道癌9)、大腸癌10)、膵癌11)

等様々な癌で報告されている。さらに、膵癌においては、SAGE(Serial analysis of gene

expression)法を用いた遺伝子発現プロファイリングにより VCP の過剰発現が確認されている12)。

 また、骨肉腫細胞株 Dunn およびその高転移亜型の LM8を用いたサブトラクション法で、LM8

膵癌細胞株における Eeyarestatin I とビタミン C の併用による抗腫瘍効果の検討

友 枝 美 樹

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- 42 -

『神戸国際大学紀要』第89号

細胞株には VCP が高発現していることが示された。VCP は、癌の転移に密接な関連のある転写

因子 NFκB の阻害因子である IκB のユビキチン化プロセスに関わっており、VCP 高発現亜型

では IκB が効率的に分解されてしまい、NFκB の発現が上昇している13)。膵癌でも同様で、膵

癌の転移には NFκB の恒常的発現が関与しており、NFκB 阻害薬である PS-341(別名ボルテゾ

ミブ)が TNF- α誘導性の血管増生や IL8の発現を抑制し、マウスのモデルで肝臓への転移を防

いだと示されている14)。

 我が国のがん統計によると、膵癌の罹患数は年間29.025名(2007年)、死亡数は年間28,829(2011

年)であり、依然増加傾向にある。また、罹患数と死亡数がほぼ同数であること、切除例も含め

た5年生存率が10%以下であることなど、膵癌は極めて予後不良である。現在、切除手術が唯一

膵癌に対する根治治療であり、早期診断の確立が望まれるが、未だ多くが切除不能の状態で診断

されている。切除不能例に対する化学療法として、日本では2001年よりゲムシタビン(GEM)単

独療法が用いられてきた。その後、EGFR 阻害薬エルロチニブが併用されるようになった。2013

年改訂ガイドラインでは、治療切除後の補助療法はS-1が第一選択とされているが15)、依然と

して治療成績の大幅な向上には至っていない。

 Eeyarestain I(EerI)は、小胞体(Endoplasmic Reticulum:ER)関連タンパク質分解を阻

止する化学的阻害剤(抗癌剤)であり、VCP を直接的に阻害するという報告がある16)。本研究で

は、EerI の膵癌細胞株における細胞増殖抑制作用について検討し、さらに健康増進作用もしくは

抗腫瘍剤としてのビタミンCとの併用効果についても検討した。

Ⅱ.材料および方法

1.細胞培養

 ヒト膵癌細胞株(PSN)は10%ウシ胎仔血清(以下 FCS と略す:JRH Biosciences, Lenexa,

KS, USA)含有ダルベッコ変法イーグル培地(以下 DMEM と略す:Sigma-Aldrich, St. Louis,

MO)中で37℃、二酸化炭素5%、湿度95%の気相下で培養した。

2.薬剤

 抗腫瘍剤として、抗癌剤である Eeyarestatin I(R & D systems, MN, USA)とビタミンC

(和光純薬株式会社)を用いた。Eer I は、DMSO にて溶解し DMEM で目的濃度に希釈した。ビ

タミンCは DMEM で溶解し、NaOH で中性に滴定の後、DMEM を用いて目的濃度に希釈した。

3.生存細胞数の測定

 PSN を白色の96ウェルプレート(Corning Inc., NY, USA)に7.2x103細胞/ウェルの細胞密

度で培養し、4時間後に Eer I およびビタミンCで刺激した。刺激濃度は、Eer I では0, 2, 4, 6μ

M とし、ビタミンCでは0, 0.5, 1mM とし、同様の実験を3回行った。その後、EerI を0, 1, 2, 4,

6, 8, 10μM とし、ビタミン C を0, 0.02, 0.05, 0.1, 0.5, 1, 2, 5, 10, 20, 50, 100mM として刺激した。

48時間後、PBS にて二回洗浄し、CellTiter Glo Luminescent Cell Viability Assay(Promega,

WI, USA)を用い、付属のプロトコールに従いルミノメーターを用いて発光シグナルを測定した。

細胞における IC50濃度は Graph Pad Prism 6 software を用いて決定した。また、併用効果は解

析ソフト CalcuSyn 2.0(BIOSOFT, Cambridge, UK)を用いた Median Effect Analysis の

Combination Index (CI) で評価した。CI=0.8~1.2ならば相加的であり、CI<0.8は相乗的であるが

CI の値が小さいほど相乗効果が強いと考えられる。CI>1.2であれば2剤併用は拮抗的と評価され

る。

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膵癌細胞における Eeyarestatin I とビタミン C の併用による抗腫瘍効果の検討

- 43 -

Ⅲ.結果

 PSN 細胞を、EerI:0, 2, 4, 6μM、ビタミンC:0, 0.5, 1mM を用いて単剤および両薬剤併用

で刺激し、生存細胞を計測し、薬剤非添加の生存細胞数を対象として各薬剤濃度における生存細

胞率を算出した。それぞれ、単剤および併用において濃度依存的に抗腫瘍効果が認められた(図

1)。そこで、さらにそれぞれの薬剤の IC50を求め、また併用効果を解析するために、濃度を細か

く設定して実験を行った。

 PSN 細胞を、EerI:0,1,2,4,6,8,10μM、ビタミンC:0, 0.02, 0.05, 0.1, 0.5, 1, 2, 5, 10, 20, 50,

100mM として刺激し、生存細胞率を求めた(図2a)。Graph Pad Prism 6 software を用いて

単剤における IC50を求めたところ、Eer I 2.651μM、ビタミンC 0.2532mM であった(図2b)。

 Eer I とビタミンCの併用効果を Calcusyn 2.0にて解析した。Eer I の全ての濃度において、ビ

タミン C0.02, 0.05, 0.1, 0.5mM においてはその効果は相加的、または拮抗的であった。また、ビ

タミン C1mM 以上ではほぼ相乗的な効果が得られた(表1)。

図1 膵癌細胞株 PSN における Eer I およびビタミン C の細胞増殖抑制効果

図1 膵癌細胞株PSNにおけるEer IおよびビタミンCの細胞増殖抑制効果

EerI (μM)0

20

40

60

80

100

120

0ave 0.5ave 1ave 0ave 0.5ave 1ave 0ave 0.5ave 1ave 0ave 0.5ave 1ave

PSN

ビタミンC (mM) 0 0.5 1

0 0 0

0 0.5 1

2 2 2

0 0.5 1

4 4 4

0 0.5 1

6 6 6

Surv

ival

Cel

ls (%

)

表1 膵癌細胞株 PSN における Eer I およびビタミン C の併用効果(CI: Combination Index)

ビタミンC(mM)

EerI(μM)0.02 0.05 0.1 0.5 1 2 5 10 20 50 100

1 0.99 0.99 1.22 1.09 0.34 0.42 0.84 欠損値 欠損値 0.20 0.08

2 1.19 1.39 1.60 1.31 0.46 0.65 欠損値 0.86 0.20 0.07 0.06

4 1.42 1.35 1.42 1.18 0.71 0.53 0.20 0.16 0.17 0.14 0.10

6 1.02 1.06 1.20 0.94 0.33 0.25 0.24 0.25 0.26 0.15 0.12

8 0.97 1.01 1.05 1.11 0.34 0.32 0.33 0.33 0.34 0.24 0.12

10 1.11 1.20 1.17 1.34 0.41 0.42 0.44 0.42 0.43 0.33 0.09

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『神戸国際大学紀要』第89号

Ⅳ.考察

 タンパク質は、細胞・組織・酵素・臓器を構成する基礎となるものである。新しく産生された

タンパク質は、そのままでは機能できない。産生されたタンパク質が正常に機能するためには、

適切な3次元構造を示すように折りたたまれなければならない。真核細胞において、分泌タンパ

ク質は小胞体に結合したリボソームで合成され、小胞体を経由してゴルジ装置、リソソーム、細

胞表面などの最終目的地へ輸送される。分泌タンパク質の折りたたみは、小胞体内で行われ、正

しい立体構造を形成したもののみが選別されてゴルジ装置以降に進む。つまり、小胞体における

分泌タンパクの折りたたみは厳密に製品管理されており、異常な折りたたみ構造を持つタンパク

質は市場に出回らないようになっている。

 生体内のタンパク質の恒常性を保つためには、分泌されたタンパク質が分子シャペロンの助け

を受けて正常に折り畳まれることと、異常な折りたたみ構造となってしまったタンパク質を除去・

分解する機構が必要である。これらの作業もまた、小胞体内で行われる。異常な折りたたみ構造

のタンパク質が小胞体内に蓄積することを小胞体ストレス(ER stress:Endoplasmic Reticulum

stress)と呼び、それに対応してタンパク質の恒常性を維持する調節機構は小胞体ストレス応答

(unfolded protein response: UPR)と称されている。UPR は小胞体ストレスシグナリング(ER

図2 膵癌細胞株 PSN における Eer I およびビタミン C 併用による細胞増殖抑制効果と IC50

Vitamin C濃度 (mM)

Eer I濃度 (μM)

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

1.2

0 0.02 0.05 0.1 0.5 1 2 5 10 20 50 100

0

1

2

4

6

8

10

Surv

ival

cel

ls

a.

b. Eer I Vitamin C

IC50 2.651 μM 0.2532 mM

図2 膵癌細胞株PSNにおけるEer IおよびビタミンC併用による細胞増殖抑制効果とIC50

Vitamin C濃度 (mM)

Eer I濃度 (μM)

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

1.2

0 0.02 0.05 0.1 0.5 1 2 5 10 20 50 100

0

1

2

4

6

8

10

Surv

ival

cel

ls

a.

b. Eer I Vitamin C

IC50 2.651 μM 0.2532 mM

図2 膵癌細胞株PSNにおけるEer IおよびビタミンC併用による細胞増殖抑制効果とIC50

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膵癌細胞における Eeyarestatin I とビタミン C の併用による抗腫瘍効果の検討

- 45 -

stress signaling)とも呼ばれる。小胞体ストレスが生じても、UPR が正常に機能している限り

は、細胞内のタンパク質の恒常性が保たれるため、小胞体ストレスは細胞毒性を発揮しない。適

応反応である UPR は、下流のターゲット分子であるアポトーシス促進分子とアポトーシス阻害

分子の正常なバランスを維持する必要がある。すなわち、細胞が小胞体ストレスに暴露されたと

しても、UPR が正常に機能していれば、細胞は小胞体ストレスによる障害を回避することができ

る。しかし、UPR が機能せず、アポトーシスに関わる因子が活性化してしまった場合には、細胞

は不可逆的な障害(アポトーシスシグナルの活性化)を受けて死に至る。これは、異常タンパク

質の分解にも多数の ATP を必要とすることから、多数の ATP を使って合成し折り畳もうとした

タンパク質をできるだけ巻き戻して使おうとし、どうしても巻き戻せない場合は分解すると考え

られる17)。一方癌において、UPR は、小胞体に変性タンパク質が蓄積することによって引き起こ

される細胞の適応反応であるので、一過性の小胞体ストレスのもとでは細胞の生存を促進するこ

とになる。

 つまり、癌において UPR はかえって抗癌剤の働きを弱める作用をしていることになる。そこ

で、この機構を利用した抗癌剤のターゲットになりうる分子として注目されているのが VCP

(valosin-containing protein)である。VCP は、先に述べた様に小胞関連分解(ERAD)に関わ

る分子である5・6)。ERAD の上流では様々なメカニズムが存在するのに対し、下流では VCP に

よる小胞体からの除去とプロテアソームによる分解が主であるとされている。18)。VCP は、異常

タンパク質を認識する部位を6カ所内在しており、6つの場所がどれだけ異常タンパク質で占拠

されているかによって、異常蛋白質の濃度を感知していると推測できる。つまり、異常蛋白質と

の結合の度合いに応じて、VCP の ATPase 活性が変わり、 VCP の機能変化が生じる可能性が推

測されている19)。また、この VCP の発現が抗アポトーシスに関与すること、転移と密接に関連

することが示されている13)。この VCP の過剰発現が、肝細胞癌、膵臓癌等の様々な癌において

転移、予後と関連した因子であることも示されている。11・ 12・ 20)

 プロテアソーム阻害剤であるボルテゾミブ(ベルケイドTM

)は、多発性骨髄腫やマントル細胞

リンパ腫(MCL)の治療を目的に製造された薬剤である21)。腫瘍細胞は、正常細胞に比べてプロ

テアソームの機能が亢進されていることが報告されており22)、過剰な細胞増殖および浸潤能を維

持するためには、細胞内のタンパク合成・移動・機能が活発に行われる必要がある。それらによ

り発生する細胞内ストレスを緩和しアポトーシス誘導を阻止するためには、ミスフォールドタン

パクの再生・分解を効率よく行う必要があり、細胞内タンパク分解システムであるプロテアソー

ムへの依存度が高まっていると考えられる。とりわけ、腫瘍細胞のなかでも、骨髄腫細胞や膵が

ん細胞などの分泌タンパクの多い腫瘍細胞では上記のユビキチン・プロテアソーム系の依存度が

特に高いものと考えられる。そのため、プロテアソーム系の抑制は骨髄腫細胞等における異常タ

ンパクの蓄積を促し細胞内のホメオスタシスを崩すことで、アポトーシス誘導につながるものと

考えられる23)。さらに ERAD 特異的阻害剤である EerI においても、ボルテゾミブと類似のメカ

ニズムで血液系腫瘍細胞の細胞死を誘導する能力があることが示された24)。この EerI は、構造的

特性により、ベンゼン環により小胞体膜に局在し、また NFC 含有ドメインでは VCP に結合して

直接的に VCP の働きを阻害し、小胞体の恒常性を破綻させ細胞死を引き起こすことが明らかに

なった16)。

 ビタミンCは植物や動物に存在し、その生存に必要不可欠な水溶性のビタミンである。ヒトは、

ビタミンCを体内で生産することができず、果物や野菜もしくはサプリメントから摂取しなけれ

ばならない。平均的な成人における体内のビタミンC量は1.2~2.0g で、一日最低75mg のビタミ

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『神戸国際大学紀要』第89号

ンCの摂取により維持されている25)。厚生労働省による摂取基準では、一日あたり100mg とされ

ている。またサプリメントから摂取する場合は、1000mg を超えては推奨しないとしている26)。

 ところで、最初に高濃度のビタミンC(10g/日。最初の10日は静脈内注入で、その後は経口

投与。所要量の100倍)が末期がん患者の延命に効果があるという論文が発表されたのは1970年代

である27)。しかし、メイヨー・クリニックのグループが真っ向から反論する論文を出した。化学

療法を受けたことのない直腸癌患者を対象に二重盲検法で追試した結果(10g/日。経口投与)、

ビタミンC投与群と対象群の間に有意差は認められず、癌の縮小もなかったと報告している28)。

その後ビタミンCの抗がん作用については忘れ去られた。しかしこの相違は、投与方法によって

起こったと考えられる。ビタミン C1.25g を経口投与した場合と静脈注入した場合の血漿濃度の

最高値を比較したところ、それぞれ約135μM と890μM であった。ビタミンC3gを4時間ごと

に経口投与した場合は、約220μM であった。一方、静脈注入の場合は、3gで1.8mM、5gで

2.9mM、10g で5.6mM、50g で13mM であった。つまり、10g のビタミンCを静脈内注入で投与

すると、血漿中の濃度は、経口投与より25倍高くなる29)。

 2005年になって、高濃度ビタミンC療法が癌抑制に効果があるという可能性が再び示唆された。

アメリカ国立衛生研究所が、高濃度のビタミンCは正常細胞には細胞毒性を示さず、癌細胞に対

してだけ選択的に毒性を示すと発表したのだ30)。正常細胞ではビタミン C20mM で刺激しても影

響受けなかったのに対し、5つの癌細胞株では IC50<4mM と静脈注入によって達成可能な濃度

未満であった。また、ヒトリンパ腫細胞株では特に感受性が高く、IC500.5mM であった。作用機

序を調べたところ、細胞内ではなく細胞外のビタミンCが細胞死を引き起こすこと、それはビタ

ミンCがラジカルとなり、結果として H2O2が生成されるからであることが分かった。そしてビタ

ミンCの濃度、作用時間、血清(0.5% -10%)の存在が関与する。ビタミンCを血清存在下のメ

ディウムに添加すると H2O2生成が行われるが、全血中に添加しても生成されなかった。これは、

赤血球中では存在するカタラーゼやグルタチオンペルオキシダーゼなどが、発生した H2O2を消去

してしまうが、癌細胞ではそれら活性酸素消去系酵素が低下しているからであると考えられる。

よって、高濃度のビタミンC投与は、H2O2生成が生じるプロドラッグとして働き、正常細胞を攻

撃せず癌細胞にのみ作用する抗癌剤としての効果が期待され、臨床試験が行われることとなった。

 カナダの McGril 大学とアメリカの NIH が共同で実施していた高濃度ビタミン点滴療法の第一

相試験の結果が2008年に発表されている31)。これまでに化学療法をおこなった進行癌ならびに悪

性血液腫瘍の患者にビタミンCを点滴で0.4, 0.6, 0.9, 1.5g/kg で週3回 x4週間投与した。1.5g/kg

まで投与量を増加しても、問題なく副作用も少なかった。しかし、4週間の投与では明瞭な抗癌

効果は認められなかった。2012年には、アメリカのトーマス・ジェファーソン大学と NIH の共同

グループから転移を有する膵臓癌患者に対する化学療法と高濃度ビタミンC点滴療法との併用に

ついて第一相試験の結果が発表された32)。転移を有する膵癌患者14名にビタミンCを点滴で週3

回 x8週間をゲムシタビンとエルロチニブと併用して投与した。有害事象については、ゲムシタビ

ンとエルロチニブに由来する事象であった。14例中9例がプロトコールを完了できた。9例中7

例は病状が安定し2例で進行した。原発巣の腫瘍サイズを観察したところ、8例が軽度縮小、1

例が不変であった。ゲムシタビンとエルロチニブによる有害事象をビタミンCが増悪することは

なく、第二相試験に進むべきとしている。

 しかしながらこれら第一相試験の効果をみると、高濃度ビタミンC点滴療法は、in vitro の結

果から期待される程の効果はあげられていない。細胞障害能が低下する原因は低酸素であると考

えたグループがある33)。ここでは60の癌細胞株を用い、ビタミンCの抗癌作用を検討している。

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膵癌細胞における Eeyarestatin I とビタミン C の併用による抗腫瘍効果の検討

- 47 -

8mM のビタミンCで刺激すると、アスコルビン酸ラジカルが発生し(FCS 非存在下から99%存

在下まで濃度依存性に)、8mM および16mM のビタミンCで刺激すると、全ての細胞株で H2O2

の発生が認められた。濃度をふって、ビタミンCで刺激し IC50を求めたところ、リンパ腫細胞株

ではμM レベルと低く(ビタミンC効果が高く)、肺や前立腺では高く、平均は4.5±3.6mM で

あった。低酸素の影響を検討するために、21%O2存在下、および0.1%O2存在下で刺激したとこ

ろ、全ての細胞株で IC50が増加した(平均2.2倍)。この抗腫瘍効果が半減した経路は HIF1αに依

存した。ビタミンCとグルコースの構造は類似しており、細胞内へのビタミンCの取り込みは、

GLUT-1によってグルコースと競合的に行われる。そこで、GLUT-1の発現との関係を調べたが、

相関はなかった。高濃度ビタミンC点滴療法では、有害事象があまり認められていないため、現

在日本でも実施されているが、より効果的な実施を研究していく必要がある。

 ビタミンCがボルテゾミブの抗腫瘍効果を抑制するという発表がある。34)。この論文中では、

62.5μM から500μM のビタミンCがボルテゾミブの誘導する腫瘍細胞の増殖抑制作用を阻害し

ている。このμM レベルのビタミンCは、経口投与にて達成される血漿濃度である。つまり、健

康増進のために摂取するビタミンCは、抗癌剤であるボルテゾミブの作用を抑制することが示唆

される34)。腫瘍組織では、酸化ストレスのためビタミンC濃度が低く、一方で組織における濃度

は、筋肉では1mM、白血球、脳、副腎、肺では>10mM である35)。正常組織におけるビタミンC

濃度は mM レベルと高いことは、ボルテゾミブが抗腫瘍効果を持ちながら、正常組織においては

細胞毒性や副作用から保護している可能性も考えられる。

 今回の結果から、Eer I とビタミンCはいずれも単剤で腫瘍細胞の増殖に抑制的に働くことが

示された。また、両薬剤併用時の抗細胞増殖作用は、ビタミン C濃度0.02, 0.05, 0.1, 0.5μM では

相加的もしくは拮抗的に働き、1mM 以上では、相乗的に働くことが明らかとなった。これは、サ

プリメントなどで得られるビタミンC濃度では、先の論文のボルテゾミブにおける結果と同様 Eer

I の抗細胞増殖作用を抑制する可能性を支持する結果となった。一方で、高濃度ビタミンC点滴

療法との併用では、EerI およびビタミンCの持つ抗細胞増殖作用が相乗的になることが示唆され

た。抗癌剤は一般的にその性質上細胞毒性が強く、Eer I と類似の薬効を示し臨床で使用されて

いるボルテゾミブにおいては、末梢神経障害、血小板減少、感染発現リスクがあり、薬剤の用量

規制要因となって治療継続困難になりうる36)。一方で、高濃度ビタミンC療法においては特筆す

べき副作用はないとされている。今回の結果から、高濃度ビタミンC療法の併用により抗癌剤の

使用量を減少できる可能性が示唆された。

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