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378 22 ─小特集 界面活性剤─ 1.はじめに リン脂質,脂肪酸,ステロール類およびセラミド類などの生 体脂質や界面活性剤は,一つの分子構造の中に親水性の部分 (親水基)と親油性の部分(親油基)を併せもった両親媒性の 化合物である。このような物質は水中において自発的に集合 し,ミセルや液晶あるいはゲルなどの規則的な構造をもった分 子集合体(自己組織体)を形成する。これが,両親媒性物質の 自己組織化現象である。近年,皮膚外用剤やスキンケア化粧料 の分野において,両親媒性物質の自己組織化を乳化などに応用 する研究がなされ,D 相乳化法 1,2や液晶乳化法 3として実用 化されてきた。これらは,両親媒性脂質や界面活性剤の溶存状 態を制御することで液晶やゲルなどの分子集合体(自己組織 体)を形成させ,そこに多量の分散質を可溶化あるいは微細分 散させる技術である。さらには,自己組織体を用いて,皮膚保 湿作用,荒れ肌改善機能および薬効成分の経皮貯留効果などの 製剤としての機能を向上させる試みがなされている。そこで本 稿では,両親媒性脂質の自己組織化とそれらの皮膚外用剤やス キンケア化粧料への応用について解説する。 2.両親媒性物質の自己組織化 2.1 臨界充填パラメーター(critical packing parameter CPP両親媒性物質や界面活性剤(以下,両親媒性分子)は水中で 分子会合し,球状ミセル,棒状ミセル,ヘキサゴナル液晶,ラメ ラ液晶,キュービック液晶などの多様な自己組織体を形成する。 これら自己組織体の構造(幾何学構造)は,両親媒性物質や界 面活性剤の分子構造,濃度および温度によって決まり,与えら れた条件の中で最小面積となる幾何学形状をとる。ここで両親 媒性分子の構造と自己組織体の形状との関係は,臨界充填パラ メーター(critical packing parameter CPP)によって考察する ことができる 4。この CPP は,自己組織体の界面における両親 媒性分子の疎水基と親水基のそれぞれの占有空間の幾何学バラ ンスを示す無次元の数値であり,自己組織体の疎水部と親水部 の界面において,両親媒性分子 1 個が占める面積(ao)と疎水 部の長さ(lc)およびその体積(V)を用いてCPP V/ aoLc)で 定義される。すなわち,CPP は,親水部断面積と疎水部の長さ からなる円筒の体積に対する,疎水部の体積比で定義されるパ ラメーターである(-1)。 CPP の計算において,疎水部の長さ(Lc)およびその体積 V)に対し,下記式がそれぞれ与えられている 4··················································· 1····················································· 2ここで,nc は,炭化水素鎖中の炭素の数である。また,両親媒性 分子が占める面積(ao,両親媒性分子の極性基当たりの断面積) は,おもに両親媒性分子間の相互作用によって決まる。すなわ ち,ファンデルワールズ引力 γ ao と静電的な反発力 e 2 D/ 2εaoL . . nc c Å ( ) = + 15 1 265 V . . nc Å 3 27 4 26 9 ( ) = + 両親媒性物質の自己組織化とその応用 橋本 悟 ,† ニッコールグループ㈱コスモステクニカルセンター 東京都板橋区蓮根3-2-4-3(〒174-0046†Corresponding Author, E-mail: [email protected] 2012 6 7 日受付;2012 8 16 日受理) 要    旨 生体脂質や界面活性剤などの両親媒性物質は,水中において自発的に集合し,それらの臨界充填パラメーター(critical packing parameter CPP)に従った種々の幾何学構造をもつ分子集合体(自己組織体)を形成する。これらの自己組織体は,高内相比乳化機 能(high internal phase ratio emulsification),薬効成分の経皮貯留効果,皮膚保湿作用および荒れ肌改善機能を示し,化粧料や軟膏など の皮膚外用剤の機能を向上させることができる。 キーワード:両親媒性物質,自己組織体,逆ヘキサゴナル型自己組織体(H2),ラメラ液晶,皮膚外用剤 総  説 J. Jpn. Soc. Colour Mater., 859〕,378–3832012-1 両親媒性分子の臨界充填パラメーター(critical packing parameter CPP〔氏名〕 はしもと さとる 〔現職〕 ㈱コスモステクニカルセンター 取締役製品開発部長 〔趣味〕 スキー 〔経歴〕 1980 年群馬大学工学部合成化学科卒業。2003 年博士(工学)取得(東 京理科大学)。2002 年より現職。専門:コロイド化学(界面活性剤の溶 液物性)。

総 説 - 一般社団法人 色材協会-Japan Society of Colour …“のCPPは,自己組織体の界面における両親 媒性分子の疎水基と親水基のそれぞれの占有空間の幾何学バラ

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378

-22-

─小特集 界面活性剤─

1.はじめに

リン脂質,脂肪酸,ステロール類およびセラミド類などの生

体脂質や界面活性剤は,一つの分子構造の中に親水性の部分

(親水基)と親油性の部分(親油基)を併せもった両親媒性の

化合物である。このような物質は水中において自発的に集合

し,ミセルや液晶あるいはゲルなどの規則的な構造をもった分

子集合体(自己組織体)を形成する。これが,両親媒性物質の

自己組織化現象である。近年,皮膚外用剤やスキンケア化粧料

の分野において,両親媒性物質の自己組織化を乳化などに応用

する研究がなされ,D相乳化法 1,2)や液晶乳化法 3)として実用

化されてきた。これらは,両親媒性脂質や界面活性剤の溶存状

態を制御することで液晶やゲルなどの分子集合体(自己組織

体)を形成させ,そこに多量の分散質を可溶化あるいは微細分

散させる技術である。さらには,自己組織体を用いて,皮膚保

湿作用,荒れ肌改善機能および薬効成分の経皮貯留効果などの

製剤としての機能を向上させる試みがなされている。そこで本

稿では,両親媒性脂質の自己組織化とそれらの皮膚外用剤やス

キンケア化粧料への応用について解説する。

2.両親媒性物質の自己組織化

2.1 臨界充填パラメーター(critical packing parameter:

CPP)

両親媒性物質や界面活性剤(以下,両親媒性分子)は水中で

分子会合し,球状ミセル,棒状ミセル,ヘキサゴナル液晶,ラメ

ラ液晶,キュービック液晶などの多様な自己組織体を形成する。

これら自己組織体の構造(幾何学構造)は,両親媒性物質や界

面活性剤の分子構造,濃度および温度によって決まり,与えら

れた条件の中で最小面積となる幾何学形状をとる。ここで両親

媒性分子の構造と自己組織体の形状との関係は,臨界充填パラ

メーター(critical packing parameter:CPP)によって考察する

ことができる 4)。このCPPは,自己組織体の界面における両親

媒性分子の疎水基と親水基のそれぞれの占有空間の幾何学バラ

ンスを示す無次元の数値であり,自己組織体の疎水部と親水部

の界面において,両親媒性分子1個が占める面積(ao)と疎水

部の長さ(lc)およびその体積(V)を用いてCPP=V/(aoLc)で

定義される。すなわち,CPPは,親水部断面積と疎水部の長さ

からなる円筒の体積に対する,疎水部の体積比で定義されるパ

ラメーターである(図-1)。

CPPの計算において,疎水部の長さ(Lc)およびその体積

(V)に対し,下記式がそれぞれ与えられている 4)。

···················································(1)

·····················································(2)

ここで,ncは,炭化水素鎖中の炭素の数である。また,両親媒性

分子が占める面積(ao,両親媒性分子の極性基当たりの断面積)

は,おもに両親媒性分子間の相互作用によって決まる。すなわ

ち,ファンデルワールズ引力 γaoと静電的な反発力 e2D/(2εao)

L . . ncc Å( ) = +1 5 1 265

V . . ncÅ3 27 4 26 9( ) = +

両親媒性物質の自己組織化とその応用

橋本 悟*,†

*ニッコールグループ㈱コスモステクニカルセンター 東京都板橋区蓮根3-2-4-3(〒174-0046)†Corresponding Author, E-mail: [email protected]

(2012年6月7日受付;2012年8月16日受理)

要    旨

生体脂質や界面活性剤などの両親媒性物質は,水中において自発的に集合し,それらの臨界充填パラメーター(critical packing

parameter:CPP)に従った種々の幾何学構造をもつ分子集合体(自己組織体)を形成する。これらの自己組織体は,高内相比乳化機

能(high internal phase ratio emulsification),薬効成分の経皮貯留効果,皮膚保湿作用および荒れ肌改善機能を示し,化粧料や軟膏など

の皮膚外用剤の機能を向上させることができる。

キーワード:両親媒性物質,自己組織体,逆ヘキサゴナル型自己組織体(H2),ラメラ液晶,皮膚外用剤

総  説J. Jpn. Soc. Colour Mater., 85〔9〕,378–383(2012)

図-1 両親媒性分子の臨界充填パラメーター(critical packingparameter:CPP)

〔氏名〕はしもと さとる〔現職〕㈱コスモステクニカルセンター取締役製品開発部長〔趣味〕スキー〔経歴〕 1980年群馬大学工学部合成化学科卒業。2003年博士(工学)取得(東

京理科大学)。2002年より現職。専門:コロイド化学(界面活性剤の溶液物性)。