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340 公募研究:20002004年度 シロイヌナズナDNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現解析 ●関 原明       独立行政法人理化学研究所 植物分子生物学研究室 〈研究の目的と進め方〉 本研究では実験対象植物としてモデル高等植物のシロ イヌナズナを用い、DNAマイクロアレイ解析により、 種々のストレス(乾燥、低温、塩など)、ホルモン(ABA など)などに応答する遺伝子や種々の植物組織(葉、花、 根など)特異的に発現する遺伝子などを網羅的に単離、 同定し、同定された遺伝子に関して全長cDNAの塩基配 列決定およびプロモーター解析(シス配列の検索など) を行う。同定された遺伝子の内、制御遺伝子(protein kinase、転写因子など)や興味深い発現パターンを示す ものに関しては、レポーター(GUS)遺伝子を用いたトラ ンスジェニック植物の解析により、遺伝子の植物体内で の発現パターンを調べる。 〈研究開始時の研究計画〉 1)ビオチン化cap trapper法によりシロイヌナズナの完 全長cDNAライブラリーを新たに数種類作製する。独 立した1万個以上の完全長cDNAクローンを収集する。 2)これまでに単離済みのシロイヌナズナ完全長cDNA クローンを用いて完全長cDNAマイクロアレイを作製 する。種々のストレス(乾燥、低温、塩、傷害など)、 植物ホルモン(ABA、エチレンなど)処理した植物体や 種々の植物組織(さやなど)などより調製したmRNA を用いてプローブを作製する。 3)作製したプローブを完全長cDNAマイクロアレイと ハイブリダイズさせて、種々のストレス、植物ホルモ ンに応答する遺伝子や植物組織特異的に発現する遺伝 子などを単離、同定する。 4)cDNAマイクロアレイ解析により同定された遺伝子 に関して、全長cDNAの塩基配列を決定する。それら をゲノム塩基配列データと比較し、遺伝子の染色体上 の位置の決定およびプロモーター解析(シス配列の検 索)を行う。 5)同定された遺伝子の内、制御遺伝子(protein kinase、 転写因子など)や興味深い発現パターンを示す遺伝子 に関しては、プロモーター+レポーター(GUS)遺伝子 のトランスジェニック植物を解析するなどして、遺伝 子の植物体内での発現パターンを調べる。 〈研究期間の成果〉 1. シロイヌナズナ完全長cDNAの大量収集 (高等植物に おいて世界で初めて完全長cDNA情報を大量公開) (論文1,7,9, 22) 種々のストレスやホルモン処理した植物体や種々の植 物組織などを出発材料として、ビオチン化キャップトラ ッパー法により19個のシロイヌナズナ完全長cDNAライ ブラリーを作成した(論文1,7)。それらより、224,530のシロイヌナズナ完全長(RIKEN Arabidopsis Full-Length; RAFL) cDNAクローン(約18, 000種の独立グループに相 当;シロイヌナズナ全遺伝子の約70%; シロイヌナズナに おける世界最大の完全長cDNAのコレクション)を単離し た(論文1,7)。単離した完全長cDNAの中に、新規に単離 された遺伝子は2 , 400 個以上存在していた。また、約 18,000種のシロイヌナズナ遺伝子について5’末端の端読 み配列データをゲノム上にマッピングさせることにより、 遺伝子の発現制御に働くプロモーター配列情報を獲得し、 プロモーターデータベース(DB)を構築した(論文1,9)。 完全長cDNAは、タンパク質を合成するための設計 情報をすべて有し、タンパク質そのものを合成すること ができることから、本研究で単離されたシロイヌナズナ 完全長cDNAは、植物ゲノム機能研究における非常に重 要な「基盤ツール」となるものである。今回、約18, 000 種という大量のシロイヌナズナ完全長cDNAについて、 配列情報、機能情報だけでなく、プロモーター情報をも 付加したことは、「基盤ツール」としての価値を飛躍的に 高め、今後の植物ゲノム機能研究の効率的推進に大きく 貢献するものである。また、遺伝子組み換え作物の作製 に用いる導入遺伝子としても、完全長cDNAであれば、 その遺伝子の機能を正確に個体で発現することができる。 cDNA情報は、同研究グループのホームページ (http://rarge.gsc.riken.go.jp/cdna/cdna.pl)から公開し ている。単離されたシロイヌナズナ完全長cDNAクロー ンは、理研BRCから分譲可能になっている。理研BRCか らこれまでに世界の約500の研究グループに合計約14,000 個のcDNAクローンが分譲されており、我々が単離した シロイヌナズナ完全長cDNAは、世界の植物研究の標準 リソースになっている。同定された遺伝子、および遺伝 子(またはプロモーター)の配列情報は、将来の有用作 物の生産性向上、環境ストレスに耐性を持つ有用作物の 作製などへの応用が期待される。 2. シロイヌナズナDNAマイクロアレイを用いた遺伝子発 現解析 これまでに単離した約7000個のシロイヌナズナ完全長 cDNAクローンを用いてシロイヌナズナ完全長cDNAマイ クロアレイ(7K RAFL cDNAマイクロアレイ)を作製した。 RAFL cDNAマイクロアレイを用いて、乾燥(論文2612)、低温(論文26)、塩(論文212)、強光(論文11)、傷 害(論文16)などの種々のストレスまたはABA(論文3), サ リチル酸(論文16)、ジャスモン酸(論文16)などの種々の ホルモン処理、再吸水によるストレスからの回復過程 (論文14)、培養細胞(論文31)、シロイヌナズナの近似種 (論文23)、種々の変異体(論文1617)やトランスジェニ ック植物(論文(5681024262728)など200 種類以上の異なる条件下での発現プロファイル解析を行 った(下記参照;論文15, 19, 20)。その内、論文発表した ものに関しては発現データを公開した。 a) 乾燥・低温・塩ストレス条件下での遺伝子発現プロフ ァイル解析 (論文2,6) 植物は移動の自由をもたないため、乾燥、土壌中の塩、 低温などのさまざまなストレスに適応しなければならな い。近年の分子生物学の進歩により、乾燥・低温・塩な どのストレスにより特異的な遺伝子の発現が誘導される

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公募研究:2000~2004年度

シロイヌナズナDNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現解析

●関 原明      

独立行政法人理化学研究所 植物分子生物学研究室

〈研究の目的と進め方〉本研究では実験対象植物としてモデル高等植物のシロ

イヌナズナを用い、DNAマイクロアレイ解析により、種々のストレス(乾燥、低温、塩など)、ホルモン(ABAなど)などに応答する遺伝子や種々の植物組織(葉、花、根など)特異的に発現する遺伝子などを網羅的に単離、同定し、同定された遺伝子に関して全長cDNAの塩基配列決定およびプロモーター解析(シス配列の検索など)を行う。同定された遺伝子の内、制御遺伝子(proteinkinase、転写因子など)や興味深い発現パターンを示すものに関しては、レポーター(GUS)遺伝子を用いたトランスジェニック植物の解析により、遺伝子の植物体内での発現パターンを調べる。

〈研究開始時の研究計画〉1)ビオチン化cap trapper法によりシロイヌナズナの完

全長cDNAライブラリーを新たに数種類作製する。独立した1万個以上の完全長cDNAクローンを収集する。

2)これまでに単離済みのシロイヌナズナ完全長cDNAクローンを用いて完全長cDNAマイクロアレイを作製する。種々のストレス(乾燥、低温、塩、傷害など)、植物ホルモン(ABA、エチレンなど)処理した植物体や種々の植物組織(さやなど)などより調製したmRNAを用いてプローブを作製する。

3)作製したプローブを完全長cDNAマイクロアレイとハイブリダイズさせて、種々のストレス、植物ホルモンに応答する遺伝子や植物組織特異的に発現する遺伝子などを単離、同定する。

4)cDNAマイクロアレイ解析により同定された遺伝子に関して、全長cDNAの塩基配列を決定する。それらをゲノム塩基配列データと比較し、遺伝子の染色体上の位置の決定およびプロモーター解析(シス配列の検索)を行う。

5)同定された遺伝子の内、制御遺伝子(protein kinase、転写因子など)や興味深い発現パターンを示す遺伝子に関しては、プロモーター+レポーター(GUS)遺伝子のトランスジェニック植物を解析するなどして、遺伝子の植物体内での発現パターンを調べる。

〈研究期間の成果〉1. シロイヌナズナ完全長cDNAの大量収集 (高等植物において世界で初めて完全長cDNA情報を大量公開)(論文1,7,9, 22)種々のストレスやホルモン処理した植物体や種々の植

物組織などを出発材料として、ビオチン化キャップトラッパー法により19個のシロイヌナズナ完全長cDNAライブラリーを作成した(論文1,7)。それらより、224,530個のシロイヌナズナ完全長(RIKEN Arabidopsis Full-Length;RAFL) cDNAクローン(約18,000種の独立グループに相当;シロイヌナズナ全遺伝子の約70%; シロイヌナズナにおける世界最大の完全長cDNAのコレクション)を単離した(論文1,7)。単離した完全長cDNAの中に、新規に単離

された遺伝子は2 ,400個以上存在していた。また、約18,000種のシロイヌナズナ遺伝子について5’末端の端読み配列データをゲノム上にマッピングさせることにより、遺伝子の発現制御に働くプロモーター配列情報を獲得し、プロモーターデータベース(DB)を構築した(論文1,9)。

完全長cDNAは、タンパク質を合成するための設計情報をすべて有し、タンパク質そのものを合成することができることから、本研究で単離されたシロイヌナズナ完全長cDNAは、植物ゲノム機能研究における非常に重要な「基盤ツール」となるものである。今回、約18,000種という大量のシロイヌナズナ完全長cDNAについて、配列情報、機能情報だけでなく、プロモーター情報をも付加したことは、「基盤ツール」としての価値を飛躍的に高め、今後の植物ゲノム機能研究の効率的推進に大きく貢献するものである。また、遺伝子組み換え作物の作製に用いる導入遺伝子としても、完全長cDNAであれば、その遺伝子の機能を正確に個体で発現することができる。c D N A 情 報 は 、 同 研 究 グ ル ー プ の ホ ー ム ペ ー ジ

(http://rarge.gsc.riken.go.jp/cdna/cdna.pl)から公開している。単離されたシロイヌナズナ完全長cDNAクローンは、理研BRCから分譲可能になっている。理研BRCからこれまでに世界の約500の研究グループに合計約14,000個のcDNAクローンが分譲されており、我々が単離したシロイヌナズナ完全長cDNAは、世界の植物研究の標準リソースになっている。同定された遺伝子、および遺伝子(またはプロモーター)の配列情報は、将来の有用作物の生産性向上、環境ストレスに耐性を持つ有用作物の作製などへの応用が期待される。

2. シロイヌナズナDNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現解析これまでに単離した約7000個のシロイヌナズナ完全長

cDNAクローンを用いてシロイヌナズナ完全長cDNAマイクロアレイ(7K RAFL cDNAマイクロアレイ)を作製した。RAFL cDNAマイクロアレイを用いて、乾燥(論文2、6、12)、低温(論文2、6)、塩(論文2、12)、強光(論文11)、傷害(論文16)などの種々のストレスまたはABA(論文3), サリチル酸(論文16)、ジャスモン酸(論文16)などの種々のホルモン処理、再吸水によるストレスからの回復過程

(論文14)、培養細胞(論文31)、シロイヌナズナの近似種(論文23)、種々の変異体(論文16、17)やトランスジェニック植物(論文(5、6、8、10、24、26、27、28)など200

種類以上の異なる条件下での発現プロファイル解析を行った(下記参照;論文15, 19, 20)。その内、論文発表したものに関しては発現データを公開した。

a) 乾燥・低温・塩ストレス条件下での遺伝子発現プロファイル解析 (論文2,6)植物は移動の自由をもたないため、乾燥、土壌中の塩、

低温などのさまざまなストレスに適応しなければならない。近年の分子生物学の進歩により、乾燥・低温・塩などのストレスにより特異的な遺伝子の発現が誘導される

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ことが明らかにされ、多くの乾燥・低温・塩ストレス誘導性遺伝子がディファレンシャルスクリーニングなどの手法でクローニングされてきている。しかしながら、26,000個存在すると予想されているシロイヌナズナ遺伝子の内、これまでに乾燥、低温、塩ストレス誘導性遺伝子であることがわかっているのはほんの一部にしかすぎず他に多くの乾燥、低温、塩ストレス誘導性遺伝子が存在することが予想されている。そこで、7K RAFL cDNAマイクロアレイ解析により、新規な乾燥、低温、塩ストレス応答性遺伝子の同定を試みた。

各ストレス処理は,1,2, 5, 10, 24時間の5つのタイムコ‐スについて行った。乾燥、低温、塩ストレス処理した植物体より調製したmRNA由来のcDNAをCy3-dUTPで標識し、無処理のコントロールの植物体由来のものをCy5-dUTPで標識し、それらを混ぜ合わせた後,完全長cDNAマイクロアレイとハイブリダイズし、洗浄後scanを行った。各処理実験について、再現性を確認するため3回の繰り返し実験を行った。今回のマイクロアレイ解析では、各乾燥、低温、塩ストレス処理により、無処理の時に比べて発現レベルが5倍以上誘導された遺伝子を乾燥、低温、塩ストレス誘導性遺伝子として調べた。その結果、乾燥、低温、塩ストレス誘導性遺伝子をそれぞれ、合計277個、53個、194個同定した(図1)。

今回同定された誘導性遺伝子の中には転写因子と相同性をもつものが40個存在しており、乾燥、低温、塩ストレスのシグナル伝達経路には多くの遺伝子発現制御機構が存在することが明らかになった。同定された誘導性の転写因子の中には、NACファミリーやWRKYファミリーなどの植物特異的な転写因子も存在していた。また、同定された乾燥、低温、塩ストレスの重なり具合について調べたところ、乾燥と塩ストレスの両方により誘導される遺伝子は、乾燥と低温ストレスの両方により誘導される遺伝子や低温と塩ストレスの両方により誘導される遺伝子よりもはるかに多く存在していた(図1)。これらの結果は、乾燥と塩ストレスのシグナル伝達経路は、低温ストレスのシグナル伝達経路よりもよりクロストークしている、という我々の研究室でこれまでに考えていた乾燥、低温、塩ストレスのシグナル伝達経路に関するモデル

(図1)と一致していた。さらに、同定された低温誘導性遺伝子のプロモーターについて解析したところ、これまでに報告されている低温誘導性の遺伝子発現に関与するシス配列DREをプロモーター領域に持たない遺伝子が存在しており、低温誘導性の遺伝子発現に関与する新規なシス配列の存在が示唆された。

b) ABA処理条件下での遺伝子発現プロファイル解析(論文3)

7K RAFL cDNAマイクロアレイを用いてABAに応答する遺伝子の同定を試みた。その結果、ABA誘導性遺伝子を245個同定した。ABA誘導性遺伝子の多くは乾燥および塩ストレス処理により誘導され、ABAと乾燥ストレスの両方により誘導される遺伝子は、ABAと低温ストレスの両方により誘導される遺伝子よりもはるかに多く存在していた。これらの結果は、これまでに考えられていた乾燥、塩ストレスやABAのシグナル伝達経路に関するモデルと一致した(図1)。さらに、同定されたABA誘導性遺伝子のプロモーターについて解析したところ、ABA誘導性の遺伝子発現に関与する既知シス配列をプロモーター領域に持たない遺伝子が10個存在しており、ABA誘導性の遺伝子発現に関与する新規なシス配列の存在が示唆された。

c) 再吸水による乾燥ストレスからの回復過程における遺伝子発現プロファイル解析(論文14)植物は移動の自由を持たないため、乾燥ストレスに適

応する機構や降雨などにより乾燥ストレス状態から回復する機構を備えている。乾燥ストレスからの回復過程における植物の応答機構に関しては、重要であるにもかかわらずこれまで分子生物学的な解析は、ほとんどなされていなかった。そこで7K RAFL cDNAマイクロアレイを用いて乾燥ストレスおよび再吸水による回復過程における網羅的な遺伝子発現プロファイル解析を行った。

その結果、乾燥2時間後の再吸水処理により発現レベルが5倍以上上昇した遺伝子を152個同定した。同定した再吸水誘導性遺伝子の産物を機能分類すると大きく3つのグループが存在していることが明らかになった。1つは、制御タンパク質であり、この中には回復過程で機能する遺伝子の発現調節に関与する転写因子、シグナル伝達に関与するプロティンキナーゼ、乾燥ストレス時に蓄積したタンパク質の分解に関与するF-boxタンパク質などが存在していた。2つめは、修復や回復に関わるタンパク質であり、この中には乾燥ストレス時に蓄積するABAやプロリンの分解に関与するタンパク質が存在していた。そして3つめは、植物の生長に関わる機能タンパク質であり、この中には光合成や糖代謝に関与するタンパク質が存在していた。

同定された再吸水誘導性遺伝子に関して、再吸水過程のタイムコースでの発現変動について解析した (図2)。再吸水処理直後には、ABA分解酵素やLEAタンパク質などの遺伝子の発現が誘導され、その後しばらく経ってから、光合成や糖の代謝に関わる機能を持つ遺伝子の発現の誘導が見られた(図2)。

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この結果より、再吸水による回復過程では、再吸水処理直後に、乾燥ストレスで生じた傷害からの回復や、耐性獲得のために蓄積された物質の分解など、“細胞の乾燥ストレス状態からの解放”に関わる遺伝子が機能し、やがて、後期になって、”光合成や植物の生長再開“に関わる遺伝子が機能していることが明らかになった(図2)。

再吸水処理により発現誘導される遺伝子と無処理植物体を単に水に移すという処理で発現誘導される遺伝子とをベン図解析したところ、再吸水処理により誘導される遺伝子の中には、1)単に水に移すという処理でも発現誘導される遺伝子(ProDH遺伝子など)と、2)単に水に移すという処理では発現誘導されない遺伝子(ABA分解酵素のCYP707A3遺伝子など)、の2つのグループが存在していることが明らかになった。前者の遺伝子は、細胞内の浸透圧変化の調節に関与し、また、後者の遺伝子は乾燥ストレスにより生じたダメージの修復に関与するものと思われる。

また、再吸水誘導性遺伝子のプロモーター配列を解析したところ、再吸水誘導性の遺伝子発現に関与する既知シス配列であるACTCATの配列(論文4)がプロモーター中に存在しない再吸水誘導性遺伝子(CYP707A3遺伝子など)が存在することが明らかになった。この事より、ACTCAT以外の再吸水誘導性の遺伝子発現に関与する新規なシス配列が存在することが示唆された。

d) 種々の変異体やトランスジェニック植物における遺伝子発現プロファイル解析乾燥、低温、塩などのストレスにより誘導される転写

因子である、DREB1A(論文6、26)、AtMYC2(論文10)、AtMYB2(論文10)、RD26(論文27)などの遺伝子に関して、過剰発現トランスジェニック植物を用いたマイクロアレイ解析を行い、ストレス誘導性転写因子のターゲット遺伝子を同定した。

Response regulatorのARR4(論文5)やADR1(coiled-coilドメイン、nucleotide-binding site, leucine-rich repeat配列を含む;論文24)などの遺伝子の過剰発現植物や、erd5(プロリン分解系の律速段階の欠損変異体;論文17)やpad3-1(アブラナ科植物に感染する病原糸状菌であるAlternariabrassicicolaに対して感受性を示す変異体;論文16)などの変異体に関してもマイクロアレイ解析を行い、原因遺伝子により制御される遺伝子を同定した。

〈国内外での成果の位置づけ〉本研究で単離されたシロイヌナズナ完全長cDNAは、

理研BRCから分譲可能になっている。理研BRCからこれまでに世界の約500の研究グループに合計約14,000個のcDNAクローンが分譲されており、我々が単離したシロイヌナズナ完全長cDNAは、世界の植物研究の標準リソースになっている。

本研究で得られたマイクロアレイデータ(乾燥、低温、塩などのストレスやABA処理、再吸水処理の発現データ)に関しては、世界中からデータへのアクセスがあり、得られたデータは、植物のストレス応答を研究しているグループの標準データの1つとなっている。

また、DNAマイクロアレイ解析がストレス耐性関連の転写因子のターゲット遺伝子を同定する有効な方法であることを世界で初めて実証し、その後マイクロアレイを用いてストレス誘導性の転写因子を同定する研究が国内外で盛んに行われるようになった。

〈達成できなかったこと、予想外の困難、その理由〉約15,000個の独立したシロイヌナズナ完全長cDNAを1

枚のスライドグラスに載せたcDNAマイクロアレイを作製し解析を試みたが、うまくいかなかった(我々が使用していたアレイヤー装置の限界のため)。しかし、その後約22,000個の遺伝子を含むアジレント22Kオリゴアレイや全ゲノムタイリングアレイなどが作製されたので、現在はそれらアレイを用いてシロイヌナズナの全ゲノムトランスクリプトーム解析を行っている。

〈今後の課題〉シロイヌナズナでは、我々のマイクロアレイを用いた

解析等により、乾燥・低温・塩などのストレスやABAなどの植物ホルモン処理により発現誘導される遺伝子がこれまでに約1000個同定されている。しかしながら、まだアノテーションされていない領域などに,ストレスや植物ホルモンに対して応答する新規な機能性RNA(smallRNAを含む)が多く存在することが予想される。アノテーションされていない領域に存在する新規な機能性RNAを同定する一つの方法として全ゲノムタイリングアレイ解析がある。

そこで、ストレスやホルモン応答性の新規な機能性RNAを同定することを目指して、シロイヌナズナ全ゲノムタイリングアレイを用いて、乾燥・低温・塩などのストレスやABAなどのホルモン処理条件下で発現解析を行う。上記ストレスやホルモン処理条件下での選択的スプライシングパターンの解析や、センスーアンチセンス転写産物の同定も行う。新規に同定されたストレスやホルモン応答性の機能性RNA(small RNAを含む)に関しては、遺伝子破壊系統などを用いて遺伝子の機能解析を行う。上記の解析を通してシロイヌナズナにおける遺伝子発現制御ネットワークの全貌解明を目指す。

〈研究期間の全成果公表リスト〉1)論文1. 0204081322

Seki M, Narusaka M, Kamiya A, Ishida J, Satou M,Sakurai T, Nakajima M, Enju A, Akiyama K, Oono Y,Muramatsu M, Hayashizaki Y, Kawai J, Carninci P, ItohM, Ishii Y, Arakawa T, Shibata K, Shinagawa A,Shinozaki K Functional annotation of a full-lengthArabidopsis cDNA collection. Science 296, 141-145(2002)

2. 0208310935Seki M, Narusaka M, Ishida J, Nanjo T, Fujita M, OonoY, Kamiya A, Nakajima M, Enju A, Sakurai T, Satou M,Akiyama K, Taji T, Yamaguchi-Shinozaki K, Carninci P,Kawai J, Hayashizaki Y, Shinozaki K Monitoring theexpression profiles of 7000 Arabidopsis genes underdrought, cold, and high-salinity stresses using a full-length cDNA microarray. Plant J 31, 279-292 (2002).

3. 0212021432Seki M, Ishida J, Narusaka M, Fujita M, Nanjo T,Umezawa T, Kamiya A, Nakajima M, Enju A, Sakurai T,Satou M, Akiyama K, Yamaguchi-Shinozaki K, CarninciP, Kawai J, Hayashizaki Y, Shinozaki K Monitoring theexpression pattern of around 7,000 Arabidopsis genesunder ABA treatments using a full-length cDNAmicroarray. Funct Integr Genomics 2, 282-291 (2002).

4. 0212021501Satoh R, Nakashima K, Seki M, Shinozaki K, Yamaguchi-

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Shinozaki K ACTCAT, a novel cis-acting element forproline- and hypoosmolarity-responsive expression ofthe ProDH gene encoding proline dehydrogenase inArabidopsis. Plant Physiol 130, 709-719 (2002).

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6. 0212021606Seki M, Narusaka M, Abe H, Kasuga M, Yamaguchi-Shinozaki K, Carninci P, Hayashizaki Y, Shinozaki KMonitoring the expression pattern of 1300 Arabidopsisgenes under drought and cold stresses using a full-length cDNA microarray. Plant Cell 13, 61-72 (2001).

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13. 0303201345Dubouzet JG, Sakuma Y, Ito Y, Kasuga M, Dubouzet EG,Miura S, Seki M, Shinozaki K, Yamaguchi-Shinozaki KOsDREB genes in rice, Oryza sativa L, encodetranscription activators that function in drought-, high-salt- and cold-responsive gene expression. Plant J 33,751-763 (2003).

14. 0308271847Oono Y, Seki M, Nanjo T, Narusaka M, Fujita M, SatohR, Satou M, Sakurai T, Ishida J, Akiyama K, Iida K,Maruyama K, Sato S, Yamaguchi-Shinozaki K, Shinozaki

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15. 0308271859Seki M, Kamei A, Yamaguchi-Shinozaki K, Shinozaki KMolecular responses to drought, salinity and frost:common and different paths for plant protection. CurrOpin Biotechnol 4, 194-199 (2003).

16. 0308280738Narusaka Y, Narusaka M, Seki M, Ishida J, NakashimaM, Kamiya A, Enju A, Sakurai T, Satoh M, Kobayashi M,Tosa Y, Park P, Shinozaki K The cDNA microarrayanalysis using an Arabidopsis pad3 mutant reveals theexpression profiles and classification of genes inducedby Alternaria brassicicola attack. Plant Cell Physiol 44,377-387 (2003).

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30. 0602042034Narusaka Y, Narusaka M, Seki M, Umezawa T, Ishida J,Nakashima M, Enju A, Shinozaki K Crosstalk in theResponses to Abiotic and Biotic Stresses in Arabidopsis:Analysis of Gene Expression in Cytochrome P450 GeneSuperfamily by cDNA Microarray. Plant Mol Biol 55,327-342 (2004).

31. 0602042050Takahashi S, Seki M, Ishida J, Satou M, Sakurai T,Narusaka M, Kamiya A, Nakajima M, Enju A, AkiyamaK, Yamaguchi-Shinozaki K, Shinozaki K Monitoring theexpression profiles of genes induced by hyperosmotic,high salinity, and oxidative stress and abscisic acid

treatment in Arabidopsis cell culture using a full-lengthcDNA microarray. Plant Mol Biol 56, 29-55 (2004).

2) データベース/ソフトウェア1. No. 37(理研GSC 植物ゲノム機能情報研究グループ広報用サイトマイクロアレイデータベース)(http://pfgweb.gsc.riken.go.jp/projects/microarray_j.html)

2. No.38 (理研GSC 植物ゲノム機能情報研究グループ データサイトRARGE (RIKEN Arabidopsis GenomeEncyclopedia)のマイクロアレイデータベース(http://rarge.gsc.riken.go.jp/microarray/microarray.pl)

3) 特許など特になし