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556 日本建築学会技術報告集 第 27 巻 第 65 号,556-561,2021 年 2 月 AIJ J. Technol. Des. Vol. 27, No.65, 556-561, Feb., 2021 DOI https://doi.org/10.3130/aijt.27.556 日本の文化財保護政策における 近代建築資料 −建造物指定に伴う附に含まれる建築 資料を中心に MODERN ARCHITECTURAL RECORDS IN JAPANESE POLICY ON THE PROTECTION OF CULTURAL PROPERTIES Focusing on architectural records designated as Tsuketari 藤本貴子ーーーー *1 キーワード: 近現代建築資料,アーカイブズ,文化財,附 Keywords: Modern architectural records, Archives, Cultural properties, Tsuketari Takako FUJIMOTOーーー *1 This paper aims to clarify what kind of modern architectural records have been included as cultural properties in Japanese policy on the protection of cultural properties after Meiji Era. Modern architectural records have been gradually included along with the designation of modern structures. Today, they are included as Designated Tangible Cultural Property and Registered Tangible Cultural Properties as Historic Resources , and Tsuketari of designated Structure . This paper also investigates the beginning of Tsuketari designation and its range. *1 法政大学デザイン工学部建築学科 教務助手 (〒 162-0843 新宿区市谷田町 2-33) *1 Research Assoc., Dept. of Architecture, Faculty of Engineering and Design, Hosei Univ. 1.はじめに 1.1 研究の背景と目的 近年,日本の近現代建築に関する大規模な展覧会が国内外で多く開 催されており 注 1) ,建築資料に関する関心もますます高まりつつある。 一部の近代建築資料は文化財保護法による保護の範囲にも含まれて おり,その数も増加している。明治以降の文化財保護政策における建 築保存については様々な観点から研究がなされているが,建築資料 の扱いについては明らかにされていなかった。 2020 年 5 月 1 日現在,文化財保護法下においては,歴史資料として の指定・登録の対象として,或いは建造物の指定に伴う附(つけたり) として,建築資料を見出すことができる。本稿では,近代建築資料が 指定・登録文化財の範囲に含まれるようになった現在の状況に至る までに,明治以降の文化財保護に関する法律のもと,どのように近代 建築資料が保護対象に含まれてきたか,その内容と変遷を明らかに することを目的とする。法律上の定義が見当たらない「附指定」につ いては,その内容と運用の開始時期の検証も併せて行う。 1.2 研究対象と方法 本稿では,明治以降に建設された建築を「近代建築」,第二次世界大 戦後に建設された建築を「現代建築」とする。「建築資料」の種別に ついては予め設定しない。 まず,国指定文化財等データベース 1) より,文化財に指定・登録さ れている歴史資料のうち建築に関するものの抽出を行った。2019・ 2020 年指定のものについては,文化庁報道発表にて確認を行った。 附指定については,まずその開始時期を特定するために,古社寺保 存法下における特別保護建造物および国宝の附指定とその内容の抽 出を行った。特別保護建造物については,『旧国宝建造物指定説明』 2) より,古社寺保存法下において附指定のある建造物とその内容を抽 出した。そのうえで,指定建造物の官報告示 3) における掲載情報を確 認した。国宝については,『国宝・重要文化財総合目録 美術工芸品編』 4) より,古社寺保存法下において附指定のある国宝を抽出し,その後 『旧国宝建造物指定説明』で確認できる建造物指定のある日付の官 報においても,指定内容を確認した。なお,「国宝」という言葉は国 宝保存法及び文化財保護法下での「国宝」と混同する恐れがあるため, 古社寺保存法及び国宝保存法下で国宝指定を受けた美術工芸品は, 以下「宝物類」と表現する。 国宝保存法下の建造物に関わる附指定については,『旧国宝建造物 指定説明』より,附指定のある建造物とその内容を抽出した。そのう えで,指定建造物の官報告示における掲載情報を確認した。 文化財保護法下の建造物に関わる附指定については,『国宝・重要文 化財建造物目録』 5) から,建設年代が明治以降のもののうち,附指定 があるものを抽出した。 2.建築資料の指定・登録 2.1 歴史資料としての指定 1975 年の文化財保護法改正で,有形文化財の美術工芸品の枠内に歴 史資料という種別が新たに設けられた。歴史資料に分類されている 指定文化財のうち,建築に関するものは計 11件みられる(表 1) 注 2) 「普広院指図」と「鶴岡八幡宮指図」の 2 件は,古社寺保存法下に おいて宝物類として指定されている。これらがめて文化財指定さ れた建築資料といえる。 近代建築に関する資料については,「ジョサイアコンドル建築図最初で,現在のところ唯一の指定といえる。このか,近代の歴史 資料に建築に関わるものが含まれている合もある。 ,1998 6 30 日付指定の「文録(図表並索引」は,国立公書館の明治時代期の新政政策等についての類等をした原簿であるが,その一部である「文附の図」には,コン

日本の文化財保護政策における MODERN ARCHITECTURAL 近代建築資料 RECORDS …

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Page 1: 日本の文化財保護政策における MODERN ARCHITECTURAL 近代建築資料 RECORDS …

556

日本建築学会技術報告集 第 27 巻 第 65 号,556-561,2021 年 2 月AIJ J. Technol. Des. Vol. 27, No.65, 556-561, Feb., 2021

DOI https://doi.org/10.3130/aijt.27.556

日本の文化財保護政策における近代建築資料  −建造物指定に伴う附に含まれる建築

資料を中心に

MODERN ARCHITECTURAL RECORDS IN JAPANESE POLICY ON THE PROTECTION OF CULTURAL PROPERTIES− Focusing on architectural records designated as Tsuketari

藤本貴子ー ーーーー* 1

キーワード:近現代建築資料,アーカイブズ,文化財,附

Keywords:Modern architectural records, Archives, Cultural properties, Tsuketari

Takako FUJIMOTOーーーー * 1

This paper aims to clarify what kind of modern architectural records have been included as cultural properties in Japanese policy on the protection of cultural properties after Meiji Era. Modern architectural records have been gradually included along with the designation of modern structures. Today, they are included as Designated Tangible Cultural Property and Registered Tangible Cultural Properties as Historic Resources , and Tsuketari of designated Structure . This paper also investigates the beginning of Tsuketari designation and its range.

*1 法政大学デザイン工学部建築学科 教務助手 (〒 162-0843 新宿区市谷田町 2-33)

*1 Research Assoc., Dept. of Architecture, Faculty of Engineering and Design, Hosei Univ.

日本の文化財保護政策における近代建築資料―建造物指定に伴う附に含まれる建築資料を中心に

MODERN ARCHITECTURAL RECORDS IN JAPANESE POLICY ON THE PROTECTION OF CULTURAL PROPERTIES -FOCUSING ON ARCHITECTURAL RECORDSDESIGNATED AS TSUKETARI

藤本貴子 *1

キーワード: 近現代建築資料,アーカイブズ,文化財,附

Keywords: Modern architectural records, Archives, Cultural properties, Tsuketari

Takako FUJIMOTO **1

This paper aims to clarify what kind of modern architectural records have been included as cultural properties in Japanese policy on the protection of cultural properties after Meiji Era. Modern architectural records have been gradually included along with the designation of modern structures. Today, they are included as Designated Tangible Cultural Property and Registered Tangible Cultural Properties as Historic Resources, and Tsuketari of designated Structure. This paper also investigates the beginning of Tsuketari designation and its range.

1.はじめに

1.1 研究の背景と目的

近年,日本の近現代建築に関する大規模な展覧会が国内外で多く開

催されており注 1),建築資料に関する関心もますます高まりつつある。

一部の近代建築資料は文化財保護法による保護の範囲にも含まれて

おり,その数も増加している。明治以降の文化財保護政策における建

築保存については様々な観点から研究がなされているが,建築資料

の扱いについては明らかにされていなかった。

2020 年 5 月 1 日現在,文化財保護法下においては,歴史資料として

の指定・登録の対象として,或いは建造物の指定に伴う附(つけたり)

として,建築資料を見出すことができる。本稿では,近代建築資料が

指定・登録文化財の範囲に含まれるようになった現在の状況に至る

までに,明治以降の文化財保護に関する法律のもと,どのように近代

建築資料が保護対象に含まれてきたか,その内容と変遷を明らかに

することを目的とする。法律上の定義が見当たらない「附指定」につ

いては,その内容と運用の開始時期の検証も併せて行う。

1.2 研究対象と方法

本稿では,明治以降に建設された建築を「近代建築」,第二次世界大

戦後に建設された建築を「現代建築」とする。「建築資料」の種別に

ついては予め設定しない。

まず,国指定文化財等データベース 1)より,文化財に指定・登録さ

れている歴史資料のうち建築に関するものの抽出を行った。2019・

2020 年指定のものについては,文化庁報道発表にて確認を行った。

附指定については,まずその開始時期を特定するために,古社寺保

存法下における特別保護建造物および国宝の附指定とその内容の抽

出を行った。特別保護建造物については,『旧国宝建造物指定説明』

2)より,古社寺保存法下において附指定のある建造物とその内容を抽

出した。そのうえで,指定建造物の官報告示 3)における掲載情報を確

認した。国宝については,『国宝・重要文化財総合目録 美術工芸品編』

4)より,古社寺保存法下において附指定のある国宝を抽出し,その後

『旧国宝建造物指定説明』で確認できる建造物指定のある日付の官

報においても,指定内容を確認した。なお,「国宝」という言葉は国

宝保存法及び文化財保護法下での「国宝」と混同する恐れがあるため,

古社寺保存法及び国宝保存法下で国宝指定を受けた美術工芸品は,

以下「宝物類」と表現する。

国宝保存法下の建造物に関わる附指定については,『旧国宝建造物

指定説明』より,附指定のある建造物とその内容を抽出した。そのう

えで,指定建造物の官報告示における掲載情報を確認した。

文化財保護法下の建造物に関わる附指定については,『国宝・重要文

化財建造物目録』5)から,建設年代が明治以降のもののうち,附指定

があるものを抽出した。

2.建築資料の指定・登録

2.1 歴史資料としての指定

1975 年の文化財保護法改正で,有形文化財の美術工芸品の枠内に歴

史資料という種別が新たに設けられた。歴史資料に分類されている

指定文化財のうち,建築に関するものは計 11 件みられる(表 1)注 2)。

「普広院指図」と「鶴岡八幡宮指図」の 2 件は,古社寺保存法下に

おいて宝物類として指定されている。これらが初めて文化財指定さ

れた建築資料といえる。

近代建築に関する資料については,「ジョサイア・コンドル建築図面」

が最初で,現在のところ唯一の指定といえる。このほか,近代の歴史

資料に建築に関わるものが含まれている場合もある。例えば,1998年

6 月 30 日付指定の「公文録(図表共)並索引」は,国立公文書館保

管の明治時代初期の新政府の諸政策等についての原義書類等を収録

した公文原簿であるが,その一部である「公文附属の図」には,コン

*1 東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究専攻 大学院生・博士課程

(〒113-0033 文京区本郷 7-3-1)

* 1 Ph.D. student, Cultural Resources Studies, Graduate Scholl of

Humanities and Sociology, The University of Tokyo

Page 2: 日本の文化財保護政策における MODERN ARCHITECTURAL 近代建築資料 RECORDS …

557

表 1 建築資料の指定有形文化財(歴史資料)

ドルの署名のある「上野公園地内博物館建築図」や,「澳地利国博覧

会工業館図」などが含まれている。また,資料に記録された対象は近

世以前に建設された建築であっても,近代に作成された記録資料と

いう意味では,「旧江戸城写真帖」(2000 年 6月 27 日付指定),「旧江

戸城写真ガラス原板」(2001 年 6月 22 日付指定),壬申検査関係の資

料である「壬申検査関係写真」(2003 年 5 月 29 日付指定),「壬申検

査関係ステレオ写真ガラス原板」(2004年 6月 8日付指定),「壬申検

査関係資料」(2005 年 6月 9 日付指定)などがある。

2.2 歴史資料としての登録

2004年の文化財保護法改正に伴い,美術工芸品の登録制度が始まっ

た。現在の登録件数は 16件(うち歴史資料 8件)であり,建築に関

わるものが 4件みられる(表 2)。

表 2 建築資料の登録有形文化財(歴史資料)

群としての近代建築資料がコンドルの図面群しかない指定の歴史

資料と比べ,登録においては建築資料が歴史資料の登録件数の半分

を占めている。作成年代はいずれもほぼ戦前で,現代建築に関するも

のはみられない。

登録対象の想定例としては「近代以降に作成され,歴史的または系

統的にまとまって残っているものや,系統的または網羅的に収集さ

れたもの」が挙げられており 6),登録制度は,群として残されている

近現代建築資料にふさわしい区分といえる。

3.文化財指定における附

3.1 附とは何か

指定有形文化財において近代建築資料と呼べるものが最も多く含

まれているのは,建造物の指定に伴う附である。内容の分析に入る前

に,附とはどのような文化財を指すのか,明らかにしておきたい。

附とは,文化財指定の際に,指定文化財と一体をなすものとして指

定されるものの呼称である。美術工芸品においては,当該文化財が収

められている厨子や,箱等の包材,当該文化財に関する寄進状などの

由来を示すものや,当該文化財と対になっている絵画などが指定さ

れることもある。建造物においては,玄関や廊下といった建築の一部

や,柵や塀,灯籠のような外構まわりの工作物,そして棟札や図面な

どの建設時期の根拠となり,歴史を伝えるものなどが含まれる。附に

着目した統計は管見の限り見当たらないため,指定有形文化財にお

ける総数は不明であるが,その数は非常に多く,種類も多様である。

古社寺保存法以来の文化財保護に関係する法令や関連する施行令・

施行規則・告示・通知・通達において,附の定義は見当たらない。附

という文言が初めて確認されるのは,1975 年 9 月 30 日付の通達にお

いてである。1975 年の文化財保護法改正にあたり,有形文化財の定

義において,対象となる有形文化財と「一体をなしてその価値を形成

している土地その他の物件を含む」ことが規定された注 3)。この定義

の拡大に関して,通達「文化財保護法の一部を改正する法律等の施行

について」7)の第一総則関係(一)における(注)には,「これらのう

ち一部のものは重要文化財に指定するに当たって「附」として運用さ

れてきた」という記述がある注 4)。この記述からは,附とは「重要文

化財と一体をなしてその価値を形成している物件」であると解釈で

きるが,実際には附指定の運用は「重要文化財」の指定制度,すなわ

ち文化財保護法制定以前の古社寺保存法時代から行われている。一

方,「これらのうち一部のもの」が「附として運用されてきた」ので

あれば,附はこの定義よりも狭い範囲を示していると解釈すること

ができるが,実際に土地については附指定された事例はみられない。

『文化財保護の実務』8)における有形文化財の解説では,「一体をな

してその価値を形成している物件」の説明として,「磨崖仏とその所

在する土地,民家建築と庭等を含む屋敷地,社寺建築と境内地等」が

例に挙げられている注 5)。実際に指定されている附は物理的に特定で

き,数えることのできる物件であるため,これらは確かに性格が異な

っている。その違いを建築を例に考えると,当該建築と一体として評

価すべき建築やその他工作物などは附,当該建築に関わる景観を形

成するものまで含めるのが「一体としてその価値を形成している土

地その他の物件」と区別して解釈できる。

同年の文化財保護法改正により,集落や町並みを対象とする「伝統

的建造物群」の保護制度が新設された。これは,改正前の制度では建

築単体を保護の対象としていたのに対し,群として把握しようとし

たものである。市町村による伝統的建造物群保存地区決定にあたっ

ては「伝統的建造物群及びこれと一体をなしてその価値を形成して

いる環境を保存する」注 6)(下線部引用者)ために定める地区を保存

地区と定義づけることとされている。同じ文言が用いられているこ

とから,有形文化財の定義の拡充も,文化財の保護を包括的に行うと

いう考え方に則った結果であり,附の運用との整合性が考えられて

いたわけではないとも推察できる。

『文化財保護法五十年史』9)では,1975 年の文化財保護法改正にふ

れ,「従来「附指定」として慣例的に保護の対象とされていた付属的

な建造物や建立・年代を示す歴史資料などの物件についても,「その

他の物件」として明確に位置付けられることとなった」と説明してい

る注 7)。つまり,それまでは曖昧な位置づけであった附は,この改正

により「一体をなしてその価値を形成しているその他の物件」の一部

とされたと理解できる。

以上をまとめると,事後的な定義ではあるが,附とは「指定物件と

一体をなしてその価値を形成している土地以外の物件」というのが,

文化財保護政策における建造物の附指定についての一般理解とみる

のが妥当であろう。

Page 3: 日本の文化財保護政策における MODERN ARCHITECTURAL 近代建築資料 RECORDS …

558

3.2 附指定の始まり

最初の附指定は,日本における初めての文化財保護に関わる法律で

ある古社寺保存法下で,特別保護建造物においては1899年 4月5日,

宝物類においては 1900 年 4月 7 日付に確認できる。建造物における

指定が 1 年先行しており,運用の始まりは建造物分野からであった

と考えられる。しかしその後,附指定件数は宝物類分野において大幅

に増えている(図 1)。古社寺保存法下の宝物類における附指定総数

は 121 件で,建造物の 13件と比較すると,件数だけでみると約 9倍

である。総指定における割合でみても,宝物類は 3,926件のうちの約

3%,建造物は 845 件の約 1.5%で,宝物類への附指定が倍である注 8)。

図 1 古社寺保存法下の附指定件数

宝物類における附指定の内容は多岐にわたっており,1905 年 4月 4

日付の徳本寺(東京都)の絹本著色本多正信像に対する「同夫人像 1

幅」のような指定絵画と対になっているようなものや,1902 年 4 月

17 日付の東大寺(奈良県)の金銅誕生釈迦仏立像に対する「灌仏盤」

などのように指定彫刻に付随するもの,1903年 4月 15 日付の神護寺

(京都府)の紙本墨書灌頂暦名に対する「後宇多法皇宸翰入状」のよ

うに年代特定や由緒に関係するものもみられる。

4.建造物指定における附

4.1 古社寺保存法時代(1897.12-1929.6)

古社寺保存法下においては,建造物 845 件(1,081 棟)が指定され

た。附指定については,古社寺保存法が運用された 33年間で計 13件

(指定件数,棟数では 14件)確認できる(表 3)。初の附指定は,1899

年 4 月 5 日付の延暦寺根本中堂(滋賀県)についての「回廊」であ

る。古社寺保存法下における附指定の対象は全て建築の一部であり,

資料といえるようなものは含まれていない。その内容は,玄関,廊下,

門といった建築である。

延暦寺根本中堂および附指定の回廊は,いずれも建設年代が 1640

(寛永 17)年であり,建設年代による評価の差ではなく,建築本体

とそれに付随する建築ということで区別が図られたようである。な

お,文化財保護法下では,延暦寺根本中堂は 1953 年 3 月 31 日付で

国宝指定され,回廊は独立して「延暦寺根本中堂回廊」として重要文

化財に指定されている。宝厳寺観音堂における「向唐門,渡廊」,本

願寺黒書院における「伝廊」,法華経寺法華堂における「四足門」も

同様で,文化財保護法下では独立するか並列する形で重要文化財に

指定されている。宝厳寺唐門については,観音堂は重要文化財である

のに対して唐門は国宝に指定されている。この時期には,指定建造物

と切り離せず同等の価値を持つものの,付属的であるとみなされた

部分が附とされていたようである。

美術工芸品に先行して附指定が始まった建造物分野であるが,件数

や総指定に対する割合が大幅に変化した傾向はない。先述のように,

美術工芸品における附内容が多様であったのに対し,この時期の建

造物における内容は限定的であった。

4.2 国宝保存法時代(1929.7-1950.8)

国宝保存法下において国宝となった建造物は 1,115 件(1,871 棟)

であった注 9)。国宝保存法により新たに指定された建造物は 22 年間

に 277 件であり,そのうち 77 件(棟毎では 139 件)の附指定が確認

できる。古社寺保存法時代と比較して格段にその数が増えており,総

指定件数における割合も 3 割近くを占めるようになった。建造物の

指定件数は,1939 から 1940 年には極端に減っていたり,1932 年に

は指定自体がみられないなど,時期によってかなりばらつきがある。

これに対して附指定は,後期に比較的多くみられ,特に追加指定にお

いては,かなりの割合となっている(図 2)。

図 2 国宝保存法下の附指定件数(建造物)

内容は依然として建築の一部が多いものの,様々な種類がみられる

ようになった。建築の一部であっても「玉垣」「袖壁」といった外構

周りのものや,「石灯籠」のような庭園の一部を成すもの,「銅鐘」の

ような建築内部の美術工芸品にあたるようなもの,「棟札」や「古材」

といった資料・考古的価値を持つものなど,多岐にわたる附指定が行

われるようになった。附指定における種別の割合としては,建築の一

部は 92 件で約 66%,それ以外は 53件での約 38%である(棟毎の件数,

1 件の附指定に複数種類が含まれている場合もある,以下同)注 10)。

古社寺保存法下で建築の一部以外が附指定に含まれなかったことを

考えると,大きな変化といえる。

附指定がみられる年代としては,139 件の指定(棟数)のうち,1930

年代に指定されたものは 43件にとどまり,その他の 96件は 1940 年

代の指定である。1940 年代に附指定が増えた理由は明らかではない

が,この増加のうち 18件は輪王寺,13件は東照宮(いずれも栃木県,

1944 年指定)が占めているなど,同時期に同地域での指定が一挙に

行われており,調査体制に拠る可能性もある。

資料・考古的価値をもつものとしては,1942 年 12 月 22 日付の八幡

社境内神社高良社本殿(長野県)の附として,初めて「棟札」が指定

された(表 4)。資料的なものとしては,棟札以外では 1946年 11 月

Page 4: 日本の文化財保護政策における MODERN ARCHITECTURAL 近代建築資料 RECORDS …

559

表 4 国宝保存法下における附指定(建造物,建築の一部以外の附)

表 3 古社寺保存法下の附指定(特別保護建造物)

Page 5: 日本の文化財保護政策における MODERN ARCHITECTURAL 近代建築資料 RECORDS …

560

表 5 文化財保護法下における附指定(近代建築,建築の一部以外の附)

Page 6: 日本の文化財保護政策における MODERN ARCHITECTURAL 近代建築資料 RECORDS …

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29 日付の金剛寺不動堂,仁王門(東京都)に対する「勧進状 1 巻」

がみられる。棟札については計 29 件の指定が確認でき,このうち 15

件は年代特定の正式な根拠として挙げられている。

なお,棟札自体の宝物類としての指定は,現在に至るまで 1 件のみ

確認することができる。1934年 1 月 30 日付指定の仁科神明宮(長野

県)所蔵の木造棟札 27枚である。仁科神明宮は,創祀以来 20 年ごと

に式年遷宮が行われており,1376(永和 2)年からの式年遷宮の際の

棟札が欠かすことなく保存されている。そのうち,1858(安政 3)年

までの 27枚が国宝指定された。これは,建築に付随してその価値が

認められる附指定とは違い,式年遷宮が継続して行われてきたとい

う事実についての,モノとしての価値を認められての指定であると

いえる。当該棟札の現在の種別は「古文書」となっている。 4.3 文化財保護法時代(1950.9-)

文化財保護法下においては,近代建築の指定が進むようになり 10),

これに伴って近代建築に関する附指定も増加していく。近代建築に

関する附指定は,62 年間に 161 件(棟毎では 225 件)確認できる。

2019 年 3 月 1 日時点で近代の部の指定は 358 件である注 11)ため,少

なくとも 4 割以上の指定において附指定がみられることになる。

指定年代順でみると,近代建築資料といえるものの附指定は,1961

年 3月 23日付の宝山寺獅子閣(奈良県)における「設計図 7枚,棟

札 1 枚」が最初といえる(表 5)。近代建築の附は,初期は棟札や設

計図が数点だったものが,1969 年 3月 12 日付の慶応義塾大学図書館

(東京都)では図面 65枚,同日付の旧帝国奈良博物館本館(奈良県)

では図面 235 枚が含まれるなど,大量の資料の指定も行われるよう

になる。また,同日付の旧中込学校校舎(長野県)の附指定において

は請負書等の文書資料,1976年 5 月 20 日付の旧帝国京都博物館(京

都府)の追加指定では模型や木彫原型が含まれるなど,その種類も

様々に拡大していく。

附指定における種別の割合としては,全 225 件のうち,建築の一

部は 100 件で約 44%,それ以外は 154件で約 68%である。建築の一部

以外の附が建築の一部を上回っている。近代には近世と比べて資料

が残っている場合も多いと考えられ,古社寺保存法・国宝保存法当時

にはみられなかった図面資料が多く含まれるようになったことは,

近代建築の附の特徴といえる。建築に付随するものとして評価され

てきた附指定における建築資料が,近代建築の附指定において大き

な割合を占めるようになったことは,近代建築資料の保護を考える

うえで重要な点である。

なお,現代建築に関わる資料については,2012 年 12 月 28日付の日

土小学校中校舎における設計図面 42枚が唯一の附指定である。

5.まとめ 現在,文化財保護法下においては,1 件の歴史資料の指定,4件の歴

史資料の登録の近代建築資料が確認できた。これらの指定・登録は全

て 2000 年代になってからであり,近年になってその評価が進んでい

るといえる。また,近代建築の建造物指定に伴う附指定においては,

相当数の資料が含まれていることが判明した。

附指定の運用については,古社寺保存法早期から行われてきたこと

が判明した。明確な定義がなされていないため,附指定は指定の際の

現場の判断によって行われてきたと推測できる。古社寺保存法や国

宝保存法の時代において,特に建造物の指定では,保護すべき対象を

確定していくなかで,指定と未指定の区別を調整するような役割を

果たしていたとも考えられる。文化財保護法下においては,近代建築

の指定が増加するなか,附指定対象の数量や種類も拡大している。

本稿では取り上げなかったが,文化財保護政策遂行のために作成・

蓄積されてきた文化財調査に伴う記録や,保存図や修理工事報告書

といった指定建造物修理に伴う記録も,近代の文化財保護の歴史を

裏付ける貴重な資料である。また,現時点において文化財保護法の範

囲で保護されるもの以外にも,近代以降に作成された建築に関する

資料は数多く残っている。膨大に残され,かつ今後も作成し続けられ

る近現代建築資料の保存と継承は,今後の大きな課題といえる。

6.謝辞 本稿は,2019 年 12 月に東京大学大学院人文社会系研究科に提出し

た修士学位論文の一部を改稿したものである。執筆にあたっては,中

村雄祐,松田陽,藤井恵介,山﨑鯛介,長尾充,井川博文各氏のご助

言を得た。深く感謝いたします。

参考文献

1) 文 化 庁 . 国 指 定 文 化 財 等 デ ー タ ベ ー

ス,<https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/index>,(参照 2020-5-31)

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技術協会, 1982

3) 国 会 図 書 館 . 国 会 図 書 館 デ ジ タ ル コ レ ク シ ョ ン 官

報,<https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2964146>,(参照 2020-5-31)

4)文化庁:国宝・重要文化財総合目録 美術工芸品編,第一法規出版,1980

5)文化庁:国宝・重要文化財建造物目録,第一法規出版,2000

6)文化庁伝統文化課:文化財保護法の一部改正について,月刊文化財,491,42-

47,2004.8

7)文化庁文化財保護部:文化財保護関係法令集,ぎょうせい,1997

8) 児玉幸多,仲野浩:文化財保護の実務,翔文堂,1979

9)文化財保護法 50 年史顧問会議:文化財保護法五十年史,ぎょうせい,2001

10)井川博文:近現代建造物の保護―現況と展望―,建築史学,72,44-63,2019.3

注 1) 近年開催の大規模なものに,「ジャパン・アーキテクツ 1945-2010」(金

沢 21 世紀美術館,2014-15),「日本の家 1945 年以降の建築と暮らし」(MAXXI

国立 21 世紀美術館/バービカン・センター/東京国立近代美術館 巡回,

2016-17),’Japan-ness. Architecture and urbanism in Japan since 1945’

(ポンピドー・センター・メス,2017-18),「建築の日本展:その遺伝子のも

たらすもの」(森美術館,2018)などがある。

注 2)建設の過程に関わる図面や直接建築に関わる組織体に関する資料のみを

抽出し,建築の状況を記録した絵画や古文書,地図類は除外した。

注 3)文化財保護法,第 2条 1項

注 4)参考文献 7)p.270

注 5)参考文献 8)上 p.72

注 6)文化財保護法,第 142条

注 7)参考文献 9)p.145

注 8)総指定件数は参考文献 9)p.7

注 9)参考文献 2)序文

注 10)附の種別が建築であるか否かは,当該附の種類が指定有形文化財の種別

において建造物であるか美術工芸品であるかに従った。例えば,「燈篭」は

単体で建造物として指定があるため建築,「銅鐘」は美術工芸品として指定

があるため建築以外,など。 両種別にみられる場合は,建築の一部とした。

指定がみられない場合は,不動産/動産により区別した。

注 11)参考文献 10)p.47

[2020年 6月 3日原稿受理 2020年 7月 29日採用決定]