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年、少年から青年にさしかかる十五年ほど
は邦画も洋画もたくさん見た記憶がある
が、記す誌面が足りない。ただただターザ
ンに憧れた少年時代が思い出される。目の
眩くら
む高所からのダイヴィングや原始的な生
活の背景に馴な
じ染んだターザンは、男性の魅
力の全てを併せ持った人物として描かれた
のだ。これは洋の東西に関わらず、男の生
き方の一つの典型として私達に教えたこと
なのだろう。
何人もの俳優が「ターザン」を演じた中
で、生まれた時代の影響もあり、オリンピッ
クの水泳選手として活躍したジョニー・ワ
イズミュラーが私にとって、唯一無二の
ターザンである。そして彼はルーマニア系
アメリカ人である。水泳で鍛え抜かれた筋
肉は引き締まり、後に続出するマッチョの
ムキムキマンとは本質的に違うバネが感じ
雄おたけ叫びとともに現れて木から木を跳び、
これらから垂れ下がる蔓つ
る
を伝わり、猿のよ
うに移動する。危機が迫れば心を通じ合え
る象を呼び寄せ、チータなどチンパンジー
の仲間と行動を共にする野人。象に跨ま
たがっ
て
その一群と共に窮地に落ちた者を助け、密
林の王者として生きる。妻は好んで密林に
入った白人女性ジェーン、子供は二人の実
子ではなく、やはりジャングルの中で拾っ
た男児はボーイと名付けた。
ターザン映画はたくさん見た。敗戦後の
日本の子供たち、特に少年に与えた影響は
大きかった。私の少年時代の山野との深い
関かか
わりは「野生の中で力強く生き抜く」と
いう、短文で表すことのできるそのことへ
の、強い憧れだったのかと、今では客観視
する自分が居る。
紙芝居とラジオくらいが娯楽であったそ
のころは、映画全盛の時代で、子供から少
一九四二年、いわき市平
生まれ。石川紋店代表。
家業のかたわら、幼少か
ら書に親しむ。書の世界で
培った点・線・面と墨・紙・
水の生理を追求し、石刻に
よる印とのコラボによる抽
象、具象の絵画表現を展開。
書学書道史学会会員、書
法探求顧問
いしかわ
・
すすむ
書いている人
石川 進
られ、子供心を夢中にさせ、私にとっては
憧れの的だった。
何もない敗戦後間もないころ、何をする
にも人力だけが力の源だったころ、私はた
だ体を鍛えることを念頭に置き、能動的に
筋力を養うことを実行していた記憶が今で
も鮮明である。
密林の王者は財産も地位も名誉もなく、
あるのは妻のジェーンと息子のボーイだ
け。革製の褌
ふんどしと大型のナイフのみが全てだ。
ジェーンもボーイも同様で、何とか最小限
の革が身を包んでいる。しかし、貧しさな
どは微み
じん塵も感ずることはなく、健康美が突
「ターザン」
出して光る。樹上の小さな小屋は起居する
ためだけの極めて小さな空間だけだ。外へ
目を転じて見ると、樹じ
ゅかん冠からの景色は美し
い。現
代の社会で生きる私たちは、コンク
リートの箱の中で、身動きもままならない
服を着て、首を締めつける紐ひ
も
が巻かれて生
活するのは慣れない人には辛つ
ら
かろう。
電子機器の命ずるままの生活は全ての
人々に便利を与えてくれる。がしかし、幸
せの本質はその延長線上に在るのだろう
か?
私自身は杞き
ゆう憂を持たずに生きること
を指針とする。
過去の私達の記憶に刻み込まれた、人じ
んち智
を超える天災は時を切らずに襲来する。そ
のような事態が起きた場合には、博物学者
の荒俣宏氏が言う「今丸裸で放り出されて
も生きることができることを本当の教養で
ある」との一文が私の脳を出入りしている。
憂事が起きた場合を想像すると、書き出
しのターザンにならざるを得ない。射幸心
や拝金主義に駆りたてられる人間の後姿
は淋さ
び
しく、美しくもない。一抱えの果物
と数尾の魚やわずかな獲物を土産として、
ジェーンとボーイの待つ樹上の小屋へ帰っ
て行くターザンは自信に満ち、とても美し
いのだ。
私の心の底に在あ
る何ものにも代替できな
いものの一つが、「ターザン」だ。
第八十三回
題字=石川進
一九三二年から四八年までターザンを演じたジョ
ニー・ワイズミュラーが、私にとっては唯一のター
ザンだった