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研究紀要第236号 I1-01 軽度の発達障害児への支援に関する研究 -校内における支援の充実のために- 平成14年2月 岡山県教育センター

橡 Taro10-ikemoto1 · 障害の周辺の障害として扱われることが多く,学習障害に含めて考えられていたからです。しかし, これからは,学習障害だけでなくそれぞれの障害の特性を踏まえ,一人一人のニーズに応じた多様な

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研 究 紀 要 第 2 3 6 号

I1-01

軽度の発達障害児への支援に関する研究-校内における支援の充実のために-

平 成 14 年 2 月

岡山県教育センター

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ま え が き

岡山県教育センターでは,教育に関する専門的,技術的事項の調査研究,教育関係職員の研修,教

育相談,教育情報の収集・蓄積・発信等の諸事業を行っております。特に,調査研究におきましては,

国の教育改革の動向と本県の教育課題を踏まえ,幾つかの研究主題を設定し,共同研究・個人研究・

プロジェクト研究を行い,その成果の提供と普及に努めております。

平成14年度から,完全学校週5日制が実施されます。新学習指導要領には,新たな教育の方向性が

示され,その実現に向けて,各学校で新しい学校づくりの取り組みが推進されています。新教育課程

では,「ゆとり」の中で「特色ある教育」を展開し,児童生徒に豊かな人間性や自ら学び自ら考える

力などの「生きる力」を育成することが課題となっています。

特殊教育におきましても,平成13年1月に「21世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究協力者会

議」の最終報告が出され,今後の特殊教育の在り方についての基本的な考え方と幾つかの提言が示さ

れました。その中では,「障害の重度・重複化や多様化を踏まえ,盲・聾・養護学校等における教育ろ う

を充実するとともに,通常の学級の特別な教育的支援を必要とする児童生徒等に積極的に対応する」

ことが求められています。

「通常の学級の特別な教育的支援を必要とする児童生徒等」とは,具体的には学習障害児,注意欠

陥/多動性障害(ADHD)児,高機能自閉症児等が挙げられています。以前はこの三つが並記され

ることはほとんどありませんでした。注意欠陥/多動性障害(ADHD)や高機能自閉症等は,学習

障害の周辺の障害として扱われることが多く,学習障害に含めて考えられていたからです。しかし,

これからは,学習障害だけでなくそれぞれの障害の特性を踏まえ,一人一人のニーズに応じた多様な

対応がこれまで以上に求められるようになると思われます。

当教育センター障害児教育研究室では,学習障害児や注意欠陥/多動性障害(ADHD)児,高機

能自閉症児等への支援は,学級担任がそのような児童の存在に気付くことが出発点であると考え,校

内研修や校内支援体制づくりに関する研究を進めてまいりました。実態把握のためのチェックリスト

や校内研修の進め方,体制づくりの手順などを具体的に提案しています。

御高覧の上,御意見,御批判をいただくとともに,日々の教育実践の中に取り入れていただき,御

活用いただければ幸いです。

終わりになりましたが,この研究を進めるに当たり,御協力をいただきました協力委員の先生方並

びに関係各位に厚くお礼申し上げます。

平成14年2月

岡山県教育センター所長

門 野 八 洲 雄

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目 次

Ⅰ はじめに……………………………………………………………………………………………………1

Ⅱ 研究の目的…………………………………………………………………………………………………2

Ⅲ 研究の内容…………………………………………………………………………………………………2

1 通常の学級の「気になる児童」の現状と学級担任の意識…………………………………………2

(1) 調査の目的及び対象等………………………………………………………………………………2

(2) 調査の結果……………………………………………………………………………………………2

(3) 調査のまとめ…………………………………………………………………………………………8

2 軽度の発達障害の理解…………………………………………………………………………………9

(1) 学習障害(LD)……………………………………………………………………………………9

(2) 注意欠陥/多動性障害(ADHD)………………………………………………………………10

(3) 高機能広汎性発達障害………………………………………………………………………………11

3 校内における支援の基本的な考え方…………………………………………………………………12

(1) 全校的な支援体制の必要性…………………………………………………………………………12

(2) 学校全体で取り組むよさ……………………………………………………………………………13

(3) 校内における支援の構造……………………………………………………………………………14

4 校内支援体制づくり……………………………………………………………………………………15

(1) 校内の組織づくりの手順……………………………………………………………………………15

(2) 協力体制づくり………………………………………………………………………………………16

5 校内研修の充実…………………………………………………………………………………………17

(1) 校内研修の進め方……………………………………………………………………………………17

(2) 校内研修の内容………………………………………………………………………………………17

Ⅳ 実践例………………………………………………………………………………………………………22

1 障害児学級のある学校における支援…………………………………………………………………22

2 通級指導教室のある学校における支援………………………………………………………………28

Ⅴ おわりに……………………………………………………………………………………………………33

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研究の概要

通常の学級に在籍する軽度の発達障害児への支援は,学校全体で取り組むことが大切で

ある。学級担任一人では,児童の問題に気付いたり適切な支援をしたりする上で限界があ

るからである。本研究では,校内における支援を充実させるために校内組織づくりの手順

と校内研修の進め方について提案した。実践例では,障害児学級のある学校と通級指導教

室のある学校における校内支援体制づくりと軽度の発達障害児への支援の例を紹介した。

キーワード 軽度の発達障害,学習障害,注意欠陥/多動性障害(ADHD ,高機能広)

汎性発達障害,校内支援体制,校内研修

Ⅰ はじめに

学習障害が,学校教育の中で大きく取り上げられ

るようになって10年近くなる。この間に学習障害と

いう言葉は,通常の学級の担任にもかなり知られる

ようになってきた。平成10年7月の教育課程審議会

答申には学習障害児への対応が盛り込まれ,同年12

月に告示された小学校学習指導要領には「障害のあ

る児童などについては,児童の実態に応じ,指導内

容や指導方法を工夫すること」と明記された。しか

し,各学校の通常の学級で学習障害児への支援が大

きく前進したかというと,そうでもないように思わ

れる。

その背景には,学習障害の概念のとらえにくさと

判断の難しさがある。気になる児童がいても,学習

障害かどうかの判断ができないために,指導の出発

点にすら立てないという問題がある。さらに,学習

障害であることが分かっても,学級全体の授業を進

めながら,その一方で学習障害児の個別の教育的ニ

ーズに対応しなければならないという難しさがあ

る。通常の学級の担任にとっては,取り組みにくい

課題なのである。

にもかかわらず,これまで学習障害児に対する指

導は基本的に学級内の問題ととらえられ,学級担任

個人に任せられていた。これでは,出発点でつまず

いたり,指導に限界があったりしてもやむを得ない

であろう。学校全体の問題としてとらえ,全教職員

でかかわるという視点が不可欠なのである。

平成11年7月に出された「学習障害及びこれに類

似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に

関する調査研究協力者会議」の報告書には,学習障

害の判断・実態把握基準(試案)が示されている。

そこでは,学校における「校内委員会」が,都道府

県又は政令指定都市の教育委員会に設けられた「専

」 , ,門家チーム と連携し 学習障害の判断を求めたり

コンサルテーションを受けたりするという方法が提

。 , ,案されている 現在 その有効性を検証するために

全国でモデル事業が実施されている。本県において

も,平成12年度から巡回相談事業と併せて実践研究

が行われている。

このシステムは,専門家チームや巡回相談員など

学校外の専門家が学校や学習障害児を支援するとい

うものであるが,同時に,学校に対して校内支援体

制の整備を求めるものでもある。専門家チームなど

による支援がうまく機能するためには,学校の中に

その受け皿が必要だからである。学校全体で取り組

むことの重要性が,ここでも取り上げられているよ

うに思う。

ところで,学習障害と並んで通常の学級で対応し

ていかなければならないものに,注意欠陥/多動性

障害(以下「ADHD」と言う )や高機能広汎性。は ん

発達障害がある。どちらも学習障害の周辺の障害で

あると言われるが,学習障害が学習能力の困難であ

るのに対して,これらは行動上の困難や社会性の困

難を特徴としており,それぞれに異なった課題を持

っている。しかし,学校生活においてこの三つは,

相互に密接に関連し合うものである。学習面のつま

ずきが自信や意欲の低下をもたらし,生活全般に悪

影響を及ぼすこともあれば,生活面のつまずきが学

業不振を引き起こすこともある。学級担任にとって

は,原因が何であれ,これらの問題のある児童はす

べて気になる存在である。

そう考えると,支援の必要な児童に気付き,確実

な支援へとつないでいくためには,学習障害だけに

焦点を当てるよりも,周辺の障害を含めて「軽度の

発達障害」という枠組みでとらえる方が,より現実

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に即しているように思われる。中心となる問題は障

害によって異なるが,学校生活に困難があるという

共通点を軸に,まず,校内の全教職員で支援する体

制を整えることが求められるのではないだろうか。

もちろん,それぞれの障害に対する正しい知識と

理解は必要である。実際に指導する次の段階では,

軽度の発達障害という枠組みで一律に対応するので

なく,それぞれの障害に応じた指導方法の工夫が求

められる。

これらのことを踏まえ,本研究では,軽度の発達

障害のうち主なものの概要を示すとともに,通常の

学級に在籍する軽度の発達障害児を支援するため

に,学校内の体制をどのように整えていけばよいか

を研究することにした。

Ⅱ 研究の目的

本研究の目的は,次の3点である。

1 通常の学級の「気になる児童」の現状と学級担

任の意識について調査する。

2 気になる児童の中に含まれている軽度の発達障

害児への理解を深めるために,障害の特徴や対応

の仕方についてまとめる。校内研修の資料として

使えるように,簡潔なまとめ方をする。

3 校内の支援体制づくりの手順や配慮点,校内研

修の進め方などを提案する。

Ⅲ 研究の内容

1 通常の学級の「気になる児童」の現状と学級担

任の意識

(1) 調査の目的及び対象等

① 目的

通常の学級では,軽度の発達障害の児童がいる

かどうか把握されていないことが多い。そこで,

学級担任が気になる(特別な配慮が必要)と感じ

る児童について調査し,軽度の発達障害児の課題

を知るための手掛かりを得る。

② 対象

研究協力委員が所属する小学校3校に勤務する

通常の学級の担任42名に回答を求めた。対象の学

級に在籍する児童数の合計は,1,407名である。

③ 実施時期

平成13年1月

④ 手続き

質問紙により回答を求めた。質問紙は多肢選択

法を中心とした。

内容は,学級内の気になる児童の有無,該当児

童の学習面や生活面の状況,現在の対応の仕方,

軽度の発達障害に対する認識度,今後の支援の在

り方についての考えなどである。

(2) 調査の結果

① 気になる児童の有無

図1は,学級内に気になる児童がいるかどうか

を尋ねた結果である。42名の学級担任のうち37名

(88%)が 「いる」と回答している。,

図1 気になる児童の有無

図2は,全児童数(1,407名)に対する気にな

る児童の割合である。学級担任が気になると回答

した児童の数は,183名(13%)だった。

図2 気になる児童の割合

いる

88%

いない

12%

気掛かりな

  児童

13%

全児童数

 1,407名

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表1 気になる児童の内訳

調査対象の全児童児童の様子 児童数

数に対する割合

医療機関で学習障害,ADHD,高機能自閉症と診断されている 4 0.3%

診断はされていないが,学習障害かADHDではないかと思う 8 0.6%

その他の障害(軽度精神遅滞,脳性麻痺など)と診断されている 7 0.5%

障害の有無は分からないが,学習面,生活面で配慮が必要である 163 11.5%

その他 1 0.1%

合 計 183 13.0%

② 気になる児童の内訳

学級担任が気になると回答した児童の中には,

様々なタイプの児童が含まれている。表1は,そ

の内訳である。

学習障害やADHD,高機能自閉症であると診

断されている児童は 非常に少ない 0.3% 診, ( )。「

断はされていないが,学習障害かADHDではな

」 ( ) 。いかと思う という児童は8名 0.6% である

「障害の有無は分からないが,配慮が必要」な児

, ( ) 。 ,童は 163名 11.5% と最も多い この中には

心理的,環境的な要因で学習面や生活面に課題の

, ,ある児童だけでなく 境界線児や軽度の知的障害

学習障害やADHD,高機能広汎性発達障害など

の児童も含まれていると思われる 「その他」の。

1名は 「家庭環境が複雑なため配慮が必要」と,

いうものだった。

③ 軽度の発達障害についての認識度

図3は,学級担任が軽度の発達障害について,

どの程度知っているかを尋ねた結果である。

学習障害とADHDでは「少し知っている」が

最も多く,60%前後を占める 「大体知っている。

(障害の特徴を大体言える 」は学習障害では41)

%,ADHDでは36%である。知識の程度には差

, ,があるものの 学習障害やADHDという言葉は

通常の学級の担任にもかなり浸透しているようで

ある。しかし,自分の学級に該当児童がいるかど

うかを判断できるほどではないと思われる。

,「 」高機能広汎性発達障害については 知らない

が72%と大変多い。自分の学級に診断を受けた児

童がいる学級担任は 「よく知っている」と答え,

ているが,そのような障害があることすら知らな

い学級担任の方が多い。

④ 学習面で気になるところ(複数回答)

図4は,学習面で気になるのは,どのようなと

ころかを尋ねた結果である。

「国語や算数などの基礎学力の遅れ 「正しく」

聞き取れない 「学習意欲や主体性の乏しさ」な」

どが,多く挙げられている。学習の遅れがかなり

目立ったり,学習態度に問題があるためにみんな

と同じペースで学習が進まなかったりする場合

に,問題として把握されるようである。

「全般的な遅れはないが,拾い読みや読み間違

図3 軽度の発達障害に対する認識度

7

36

41

19

64

57

722

2

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

高機能広汎性発達障害

ADHD

学習障害

よく知っている 大体知っている 少し知っている 知らない

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図4 学習面で気になるところ(複数回答)

図5 生活面で気になるところ(複数回答)

2

2

3

3

3

3

5

12

15

16

18

18

24

30

0

0 5 10 15 20 25 30 35

全般的な遅れはないが,計算ができない

全般的な遅れはないが,文章の内容の理解が難しい

全般的な遅れはないが,算数の文章題が解けない

ルールの理解が苦手で,みんなと楽しく体育ができない

全般的な遅れはないが,文字が不ぞろいで不正確である

全般的な遅れはないが,拾い読みや読み間違いがある

他の教科の理解力はあるが,国語だけが遅れている

他の教科の理解力はあるが,算数だけが遅れている

指先の動きや全身運動が不器用でうまくできない

興味のあることはするが,学習態度にむらがある

同年齢の児童に比べて話す内容や話し方が幼稚である

主体性が乏しく,一つずつ指示されないと学習が進まない

学習意欲が乏しく,課題に取り組もうとしないことが多い

聞き違いや聞きもらしが多く,一度で正しく聞き取れない

国語や算数などの基礎学力が全般的に遅れている

(人)

3

3

5

5

6

8

10

10

12

13

15

16

18

19

22

25

30

0 5 10 15 20 25 30 35

高いところに上がったり危険なことを平気でしたりする

非行などの行動上の問題がある

一つのことに固執して,気持ちの切り替えができにくい

いきなり友達に乱暴したり物を投げたりする

しばしば教師の指導や注意に反発する

不登校(ぎみ)になっている

学校の決まりが守れない

友達の中に入ろうとせず,一人でぽつんといることが多い

動作が遅い

人の嫌がることを言ったりしたりする

さ細なことでトラブルを起こす

みんなに合わせて行動することができにくい

ちょっとしたことで泣いたり怒ったりする

忘れ物が多い

整理整とんができにくい

集中時間が短く,少しのことで気が散りやすい

落ち着きがなくじっとしていられない

(人)

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いが多く,読むことにつまずきがある」といった

学力の部分的な遅れを,気になるところとして指

摘する学級担任は少数である。そのような児童が

少ないということかもしれないが,学習の遅れが

部分的な場合は,学級担任に注目されにくいとい

うことも考えられる。

⑤ 生活面で気になるところ(複数回答)

図5は,生活面で気になるのは,どのようなと

ころかを尋ねた結果である。

生活面の気になるところは,学習面よりもたく

さん選択されている。一人の児童が複数の気にな

る行動を示す場合があることや,生活面の方が他

の児童に与える影響が大きいために,気になると

ころとして目に付きやすいことによると思われ

る。

気になるところとしては 「落ち着きがなくじ,

っとしていられない 「集中時間が短く,少しの」

ことで気が散りやすい」など落ち着きのなさや集

中力不足にかかわるものが多い。次に「整理整と

んができにくい 「忘れ物が多い」のように基本」

的な生活習慣にかかわるものが多い 「ちょっと。

したことで泣いたり怒ったりする 「みんなに合」

わせて行動することができにくい 「些細なこと」さ

でトラブルを起こす」など感情の不安定さや対人

関係にかかわるものも多い。

いずれも,学習障害やADHD,高機能広汎性

発達障害に見られる行動特徴でもある。このよう

, ,な行動は 学校生活で適応上の困難を生じやすく

学級担任にとって気になるところとなるようであ

る。

( )⑥ 学習面で気になる児童に対する指導 複数回答

図6は,学習面で気になる児童に対して学級担

任が通常行っている指導について尋ねた結果であ

る。

机間指導で個別に指導したり,授業中の気にな

る場面で励ましたりすることが中心となってい

る。学級担任が,学級全体の授業を進めながら,

できるだけ個別的な配慮をするという形態が一般

的であることがうかがえる。

授業以外の時間に個別指導をしたり,授業中に

別の課題を与えたりすることは少ない。気になる

児童がいても,学級担任が個別指導の時間や場を

設定するのは難しいことを示している。

少数ではあるが 「ティーム・ティーチングな,

ど他の教師と協力して,授業中個別指導をする」

や「教室とは別の場所で,学級担任以外の教師が

個別に指導する」という回答がある。校内の連携

が,一部では行われているようである。

( )⑦ 生活面で気になる児童に対する指導 複数回答

図7は,生活面で気になる児童に対して学級担

任が通常行っている指導について尋ねた結果であ

る。

「気になる場面ごとに本人と話し合ったり注意

を与えたりする」が最も多い 「グループ活動の。

メンバーの構成や座席の位置を配慮する 「放課」

図6 学習面で気になる児童に対する指導(複数回答)

2

4

5

5

7

8

26

30

0 5 10 15 20 25 30 35

学校で特別な指導するのは困難なので,家庭に協力をお願いする

授業中,本人の習熟度に合わせて別の課題を与える

ティーム・ティーチングなど他の教師と協力して,個別指導をする

放課後,残して個別に指導する

教室とは別の場所で,担任以外の教師が個別に指導する

休み時間に個別に指導する

授業中,気になる場面で声を掛け励ます

授業中,机間指導で個別に指導する

(人)

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図7 生活面で気になる児童の指導(複数回答)

1

5

6

11

16

17

20

21

28

0 5 10 15 20 25 30

その他

家庭に連絡して,しつけの徹底をお願いする

特別な時間を設けて本人の気持ちや願いをじっくり聞く

学級全体の問題として話し合う

学級担任だけでなく他の教師と協力して指導する

電話や連絡帳で家庭に連絡したり,家庭訪問をしたりする

放課後や休み時間に,一緒に話したり遊んだりする

グループ活動のメンバーの構成や座席の位置を配慮する

気になる場面ごとに本人と話し合ったり注意を与えたりする

(人)

後や休み時間に一緒に話したり遊んだりする」と

いう回答も多い。即時的な指導,個別のかかわり

による信頼関係の形成,環境調整などが重視され

ているようである。

学習面の指導に比べて,家庭と連携したり,他

の教師と協力したりするという回答が多い 「そ。

の他」は 「よいところを見付け,みんなの前で,

褒める」というものだった。

⑧ 指導上大切だと考えていること

図8は,学習面や生活面で気になる児童の指導

をする場合に,最も大切にしている(したい)こ

とを尋ねた結果である。

「校内の先生に相談したり協力を得たりする」

(55%)が半数を超える。次いで 「保護者に家,

庭での協力をお願いする」が17% 「自分なりに,

指導法を工夫する」が14%と続く。専門機関に相

談(9%)したり,紹介(4%)したりすること

は順位が低い。

半数以上の学級担任が,まず校内で協力して指

導することが大切だと考えており,校内の教職員

からの支援を最も期待しているように思われる。

⑨ 指導する上で困ること

図9は 「学習面や生活面で気になる児童を指,

導する場合,困るのはどんなことですか」という

設問に対する回答である。

「学級担任一人だけでは対応できない 「個別」

指導の時間の確保が難しい」は 「とてもそう思,

う 「どちらかと言えばそう思う」とする回答が」

非常に多い 「個別指導をしても効果が上がらな。

い 「指導方法が分からない」という回答も70%」

図8 指導上大切にしている(したい)こと

14% 55% 9% 17% 5%

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

それまでの経験や書物からの情報を基に,自分なりに指導法を工夫して対応する

校内の先生に相談したり協力を得たりする

相談機関に相談する

保護者に家庭での協力をお願いする

保護者に専門の医療機関や相談機関を紹介する

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程度ある。反対に 「学級での個別指導は一人だ,

け特別扱いするようで指導しにくい」という個別

指導に対する消極的な回答は少ない。

通常の学級でも個別指導をしたいと考えている

が,学級担任一人では時間を確保することが難し

く,指導方法にも自信がない。そのため,実際に

は十分な効果が上がるほどの実践はできていない

のではないかと思われる。

「気になる児童の指導について相談できる人が

身近にいない」に対しては 「そう思わない」と,

する回答が90%近くを占め,校内に信頼できる相

談相手がいることをうかがわせる 「保護者の協。

力を得にくい 「適当な手引き書や参考文献がな」

い 「気軽に相談できる機関がない」は 「そう思」 ,

わない」がいずれも約60%である。これらについ

ては,半数以上の学級担任があまり問題ではない

と感じている。

気になる児童の個別指導をする上で最も大きな

問題は,時間的な制約があるために効果的な指導

方法を見付けることができないということではな

いかと思われる。

⑩ 今後の支援の在り方

表2は 「通常の学級に在籍する学習面や生活,

面で特別な配慮の必要な児童(学習障害やADH

Dなど軽度の発達障害を含む)への支援は,今後

どのように進んでいくのがよいと思いますか」と

いう設問の回答を集計したものである。図10は,

それを基にグラフに示したものである。

「通常の学級に在籍する児童の問題なので,学

級担任が指導する 「学習障害やADHDなどは」

障害なので,障害児教育の担当者が指導する」と

いう回答はなかった。

「基本的には通常の学級の担任が中心となり,

他の教師と協力して対応する」が43% 「通級指,

導教室のような特別の指導の場を設け,個別のプ

ログラムに基づいて特別の指導をする」が38%だ

った。教師間の連携を深めることによって,通常

の学級の中で個別のニーズにこたえようとするグ

ループと,通常の学級の枠組みの中だけで対応す

ることに限界を感じるグループがほぼ同数だっ

た。

両者とも,学級担任だけが抱え込んでいたので

図9 指導する上で困ること

5

15

7

18

40

73

65

38

35

12

28

5

20

50

30

22

35

40

38

33

40

28

30

17

18

5

20

22

55

17

65

43

15

12

2

2

0% 20% 40% 60% 80% 100%

気軽に相談できる機関がない

適当な手引き書や参考文献がない

指導について相談できる人が身近にいない

保護者の協力を得にくい

他の先生がどう思っているか気になり,自信を持って指導できない

学級での個別指導は一人だけ特別扱いするよう指導しにくい

指導方法が分からない

個別指導をしてもなかなか効果が上がらない

個別指導の時間の確保が難しい

学級担任一人だけでは対応できない

とてもそう思う どちらかと言えばそう思う どちらかと言えばそう思わない そう思わない

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は解決できないと考えている点では共通してい

る。6ページの「指導上大切にしていること」の

設問と比較してみると,他の教師との協力にかか

わる項目は55%から43%に減っている。現在は校

内で協力して対応している学級担任の中に,将来

的には通級指導教室に類似する指導の場が設置さ

れることを期待する意見があると推測される。通

常の学級で大部分の指導をしながら,必要な部分

だけ個別のかかわりのできる場を確保することに

よって,よりよい支援ができると感じているので

あろう。

表2 今後の支援の在り方

内 容 人数(%)

通常の学級に在籍する児童の問題な 0(0%)ので,学級担任が指導する

学習障害やADHDなどは障害なの 0(0%)で,障害児教育の担当者が指導する

( )まず医師などの専門家による診断を 6 14%行い,その指導や助言に従って対応する

( )基本的には通常の学級の担任が中心 18 43%となり,ティーム・ティーチングなど他の教師と協力して指導する

( )通級指導教室のような特別な指導の 16 38%場を設け,個別のプログラムに基づいて指導する

分からない 2(5%)

その他 0(0%)

図10 今後の支援の在り方

他の教師と協力43%

専門家の診断14%

分からない5%

特別な指導の場

38%

(3) 調査のまとめ

調査の結果をまとめると,次のとおりである。

○ 大部分の学級担任が,自分の学級に気になる

児童がいると感じている。一つの学級に5人以

上の気になる児童がいる場合もあり 「学級担,

任一人だけでは対応できない」とする回答が多

いのもうなずける。

○ 学習面では,基礎学力の全般的な遅れや学習

に取り組む態度が身に付いていないことが多く

挙げられている。生活面では,集団行動の取り

にくさや対人関係の未熟さが挙げられている。

○ 学習面や生活面で気になるとされる児童の様

子は,軽度の発達障害のある児童が示す特徴と

共通するところがある。軽度の発達障害の認知

や行動の特性について理解を深めることによ

り,対応の手掛かりが得られると思われる。

○ 学習面の指導では,学級担任が学級全体の授

業を進めながら,可能な範囲で個別の配慮をす

るのが大部分である。他の教師と協力して指導

することはあまり行われていない。生活面の指

導では,気になる児童との個別のかかわりを深

めながら,他の教師との協力や保護者との連携

にも努めている。

○ 「個別指導をしても効果が上がらない 「指」

」 ,導方法が分からない と考えている学級担任が

約7割いる。現状では,学習や生活に困難のあ

る児童に対して,通常の学級で十分な時間を掛

け,継続的に個別指導を行うことは難しい。学

級担任が,日常の授業の中で無理なく行うこと

のできる指導のポイントや配慮事項を示す必要

がある。

○ 指導に当たっては,校内の協力を大切にした

いと考える学級担任が半数を超える。9割近く

の学級担任が身近に相談相手がいるとしている

が,ティーム・ティーチングや他の教師による

個別指導はあまり行われておらず,共通実践に

は至っていない。協力体制が組織として位置付

けられていないために,ばらばらな取り組みと

なっているのではないかと思われる。

○ 実際の指導場面で教職員が協力し合えるよう

にするためには,校内の協力体制をつくる必要

がある。

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2 軽度の発達障害の理解

発達障害の中には知的障害を伴わないものがあ

る。知的発達に遅れがないので,通常の学級に在

籍するのが普通である。学習や生活に問題があっ

ても,環境的,心理的な原因との見分けが付きに

くい。保護者でさえ障害があることに気付いてい

ない場合がある。

軽度の発達障害のうち,知的障害を伴わない主

なものを次に挙げる。

(1) 学習障害(LD:Learning Disabilities)

① 学習障害とは

「学習障害及びこれに類似する学習上の困難を

有する児童生徒の指導方法に関する調査研究協力

者会議」の報告書(平成11年7月)に示されてい

る学習障害の定義は,次のとおりである。

学習障害とは,基本的には全般的な知的発

, , , , ,達に遅れはないが 聞く 話す 読む 書く

計算するまたは推論する能力のうち特定のも

のの習得と使用に著しい困難を示す様々な状

態を示すものである。

学習障害は,その原因として,中枢神経系

に何らかの機能障害があると推定されるが,

視覚障害,聴覚障害,知的障害,情緒障害な

どの障害や,環境的な要因が直接の原因とな1 )るものではない。

( ) ,医学用語の学習障害 Learning Disorders は

同じくLDであるが,より狭義である。DSM-

Ⅳ(精神疾患の分類と診断の手引第四版:アメリ

カ精神医学会,1994)によると,下位分類は次の

三つである。

・読字障害

・書字表出障害

・算数障害

「聞く,話す」能力の障害が含まれていないこ

とが,教育における定義との違いである。

② 学習障害に見られる主な特徴

ア 特異な学習困難

○ 知能と学業成績がアンバランス。

○ 他の教科は特に問題ないのに,国語や算数な

どに著しい遅れがある。

○ 国語や算数のある部分だけが特にできない。

<例えば国語では>

話す力はあるのに,聞いて理解することがt

苦手。

指示されたことが覚えられず,何度も聞きt

返す。

平仮名や漢字が覚えられない(似た文字をt

, )。読み間違う 細かいところを書き間違う

句読点の使用や改行ができない。t

読んでもらうと理解できるが,自分では拾t

い読みをしたり,行をとばして読んだりし

て,意味が読み取れない。

心情の理解が困難。 などt

<算数では>

筆算のけたをそろえられない。t

数量の概念ができていない。t

計算はできるが,文章題ができない。t

図形が分からない。 などt

イ 行動の自己調整や対人関係などの問題

○ 学習面の障害に随伴して,行動や対人関係に

問題が見られる児童と,学習面のつまずきから

二次的に情緒不安定や不適応を起こしている児

童とがいる。

○ 学習障害の半数前後が,ADHDを合併する

とされている 高機能広汎性発達障害の特徴と。

よく似たところもある。

○ 行動や対人関係の問題を伴うことが多いが,

すべての学習障害児に見られるわけではない。

<よく見られる行動や生活面の問題>

注意散漫t

(気が散りやすい,話を聞けない,忘れ物

が多いなど)

落ち着きがない。動き回る。t

衝動的に発言したり行動したりする。t

順番を待てない。t

かっとしやすい。t

姿勢が崩れやすい。t

整理整とんができない。t

こだわりが強い。t

体の動きがぎこちない。指先が不器用。t

友達の中に入れない。トラブルが多い。t

など

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③ 学習障害児への指導で大切にしたいこと

~学習面への支援を中心に扱う~

学びにくさを補う工夫をする

聞いて理解することが苦手t

文字カード,絵,実物などを見せながらð

説明する。指示の内容を黒板に書く。

長い文章を読むことが苦手t

一行分だけ見えるようにくり抜いたシーð

トを利用する。

文節ごとに分かち書きした文章を用意すð

る。

バランスよく書くことが苦手t

升目の入ったノートを使用させる。ð

など

行動面や対人関係への支援

。Ü二次的な問題を防ぐため,早目に対応する

ADHDや高機能広汎性発達障害の項を参Ü

照(p.11,p.12)

(2) 注意欠陥/多動性障害(ADHD:Attentionー

Deficit / Hyperactivity Disorder )

① ADHDとは

○ ADHDとは,DSM-Ⅳの診断基準による

。 , 。診断名である ADHDの診断は 医師が行う

○ 「不注意 「多動 「衝動性」を主要3症状と」 」

する。不注意優位型,多動性-衝動性優位型,

混合型がある。

○ 出現率は諸説あるが,3~5%とするものが

一般的である。男児に多い障害とされる。

② ADHDに見られる主な特徴

ア 幼児期から小学校低学年にかけて

小学校の低学年ごろまでは,多動が目立つ時期

である。集団行動場面で勝手に動き回り,指示に

従えないことが多い。落ち着きがなく,人の話を

聞けなかったり,順番を待てなかったりする。

イ 学童期

【ADHDの基本症状プラス学習の遅れ】

中学年ごろから多動は少しずつ収まり,着席

できるようになってくる。知的に高い児童の場

合は,授業を聞いていないようでも,テストの

成績はよいこともある。しかし,学年が上がる

につれて,集中力が乏しいことや,うっかりミ

スが多いことから,学習に遅れを生じがちであ

る。

【二次的な問題の発生】

衝動性の高い児童は,集団行動を乱したり,

友達との間にトラブルを生じたりすることも多

い。注意を受けることが度重なり,周囲からの

評価も低くなりがちである。認められる場が少

なく,家庭や学級に居場所がない児童は,意欲

を失い投げやりになりがちである。障害から起

こる行動は悪意から出たものではないが,学校

生活を送る上で様々な摩擦の原因となり,周囲

のかかわり方によっては,反抗や乱暴といった

二次的な問題が目立つようになる。

ウ 思春期

【問題がこじれるタイプ】

学童期にうまく理解されず,自己肯定感を持

つことができなかった場合は,本人にとっても

周囲にとっても大変な思春期を迎えることにな

る。障害から生じる本来の困難に加えて,次の

ような二次的な問題が大きくなる。

・欲求不満から衝動的な行動や反抗的な言動

が増える。

・強い承認欲求がひずんだ形で現れ,非行グ

ループに入ることもある。

・意欲を失い,何事にも無気力になる。

・不登校や校内暴力,家庭内暴力などの深刻

な問題に発展することもある。

【よい方向に向かうタイプ】

小さいころから周囲に理解され,適切な対応

, 。を受けて育った場合は 思春期の混乱が少ない

障害そのものがなくなるわけではないが,成

長とともに,自分の欠点をわきまえて行動しよ

うとするようになる。落ち着きはないが行動力

はあるといったよい面が認められれば,学校や

社会に十分適応できる。

(p.9右下枠内参照)エ 行動や生活面の問題

③ ADHD児の指導で大切にしたいこと

~行動面への支援を中心に扱う~

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医療機関との連携

ADHDの症状には,薬物療法が効果的なÜ

場合がある。

保護者とよく話し合い,理解を得た上で,Ü

医療機関との連携を図る。

環境の調整,かかわり方の工夫

教室の刺激を減らす。Ü

座席の位置を工夫する。Ü

短い言葉で具体的に指示や説明をする。Ü

本人の集中できる時間に合わせた課題設定Ü

をする。

動きや変化のある学習活動を工夫する。Ü

情緒の安定を図る

褒める。Ü

注意やしっ責は必要最小限にする。Ü

一声掛ける。話を聞く。Ü

共感的に接する。Ü

自分への気付きを促す

自分のよいところに気付かせる。Ü

欠点や弱点をカバーする方法を具体的に教Ü

える。

自信や自尊心を育てる

級友から認められる場面をつくる。Ü

やればできるという体験をさせる。Ü

(3) 高機能広汎性発達障害

① 高機能広汎性発達障害とは

高機能とは,知的障害がないことを意味する。

広義には,精神遅滞ではないこと(IQ70以上)

と考えられるが,境界知能も除外してIQ85以上

を基準とすることが適当とする考え方もある。

一方,広汎性発達障害とは 「自閉症類似の,,

生来の社会性の障害を中心とする発達障害の総

称」 である。2 )

DSM-Ⅳによる広汎性発達障害の下位分類の

うち,高機能群を含むのは,自閉性障害,アスペ

ルガー障害,特定不能の広汎性発達障害(非定型

自閉症を含む)である 「高機能広汎性発達障害。

, 」 。は 0.4~0.5%程度の罹病率をもつ とされる3 )り

ア 高機能自閉症

高機能自閉症とは,知的な遅れを伴わない自閉

症のことである。

自閉症の特徴は 「社会性の障害,コミュニケ,

ーションの障害,想像力の障害とそれに基づく行

動の障害」 の三つの症状を持っていることであ4 )

る。自閉症の知的レベルは様々であり,知的障害

のある自閉症については,従来,特殊学級や養護

学校などの教育の場が用意されてきた。高機能自

閉症は,知的な面に限れば,通常の学級の授業を

受けることが可能なレベルである。しかし,知的

な遅れはなくても自閉症であることに変わりはな

いので,自閉症特有の症状が原因となって,学校

生活のいろいろな場面で適応上の困難がある。

イ アスペルガー症候群

自閉症の三つの症状のうち,幼児期に言語発達

の遅れがないことが特徴である。知的な遅れはな

いことが多い。

, ,しかし 自閉症特有の社会性の障害があるので

言語発達は順調でも,コミュニケーションにはつ

まずきが見られる。軽度であるがゆえに性格の偏

りとの区別が付きにくく,変わり者という印象を

持たれ,学校生活に不適応を起こしやすい。

ウ 特定不能の広汎性発達障害(非定型自閉症を含

む)

自閉症の特徴を持っているが,自閉症の診断基

準を完全には満たさないものである。

② 高機能広汎性発達障害の主な特徴

ア 社会性の障害

マイペースで人に合わせることが苦手。t

場面の状況判断や相手の心情理解が困難。t

対人関係をうまく築けない。t

新しい場面や予定の変更で不安定になる。t

イ コミュニケーションの障害

会話が双方向になりにくい。t

・言いたいことを一方的に話す。

・話がかみ合わない。

微妙な言い回しや冗談が分からない。t

話し方が不自然。t

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ウ 想像力の障害とそれに基づく行動の障害

同じことの繰り返しが多く,行動や思考がt

パターン化しやすい。

こだわりがあり,変更を嫌がる。t

別の視点から考えることが苦手。t

気持ちの切り替えが難しい。t

エ その他

知覚の過敏性があり,大きな泣き声や触れt

られることなどを嫌がる。

, 。t過去の嫌な体験を突然思い出し 混乱する

など

③ 高機能広汎性発達障害児の指導で大切にしたい

こと

~社会性の問題への支援を中心に扱う~

見通しの持てる生活,分かりやすい環境

一日の予定や活動内容を事前に知らせる。Ü

聞く力よりも見て理解する力の方が優れてÜ

いるので,絵カード,写真など視覚的な手

掛かりを活用する。

裏の意味のない簡潔な会話

あいまいな言い方をしない。Ü

, , 。Ü短く 具体的に 分かりやすい表現で話す

こだわりやその子なりのルールを知る

こだわりを利用して,指導の糸口にする。Ü

, 。Ü行動パターンを知り トラブルを回避する

強い刺激を避ける

強いしっ責は逆効果。穏やかに教える。Ü

パニックのときは,人の少ない静かな場所Ü

に移動させる。

医療との連携を図る

医療面からの対応が必要な場合がある。Ü

。Ü 診断を受け,障害の理解・受容に役立てる

3 校内における支援の基本的な考え方

(1) 全校的な支援体制の必要性

① 児童の問題への気付き

支援の出発点は,児童の問題に気付くことであ

る。そして,支援する必要があるという認識を持

つことである。

学習障害では,対人関係や行動上の問題が目立

, 。たず 学習面の問題だけがあるという児童がいる

おとなしく周りに迷惑を掛けない場合には,特別

な支援が必要であることを見落とされがちであ

る。学習障害児は教え方によっては理解できる力

を持っているにもかかわらず,そのことに気付か

れないために何の支援も受けられず,本来持って

いる能力を発揮できないままに自己不全感を募ら

せ,数年が過ぎてしまうこともある。

, ,また ADHDや高機能広汎性発達障害などで

不適応行動が目立っていても,学級担任に軽度の

発達障害に関する知識がない場合には,一時的な

問題と軽くとらえたり,自分勝手な行動,変わっ

た行動ととらえたりしがちである。順調に発達し

ている部分があるだけに,発達上の問題という見

方がされにくいのである。

学級担任が一人で児童を見ることには,危うさ

が伴うものである。軽度の発達障害は,通常の発

達と見分けがつきにくいので,困難さが気付かれ

にくく,見落とされやすい。児童にとっては,障

害に応じた指導や一貫性のある継続した指導を受

ける機会を得にくいということになる。

学校全体で児童を見守る体制があれば,異なる

経験や専門性を持った教職員が,児童に関する情

報を共有することができる。学級担任が気付かな

, ,かった視点で児童をとらえることができ 多面的

総合的に理解することができる。学級内の気にな

る児童について,学校全体で考えていこうとする

姿勢が,一人一人の児童の問題への気付きを確か

, 。なものにし 適切な対応を可能にすると思われる

② 二次的な問題の予防

適切な支援を受けることができないと,二次的

な問題を生じやすいことは,軽度の発達障害に共

通する。杉山(2000)は,通常の学級に通うアス

ペルガー症候群の71名についていじめの実態調査

を実施し 「彼らの79%は過去においていじめを,

受けていた。また現在いじめを受けている者も四

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割に達した (中略)小学校一年生までに約半数。

がすでにいじめを受けており,集団教育の開始と

同時にいじめを受ける傾向がある 」 と述べて。 5 )

いる。

集団の中では,軽度の発達障害に特有のアンバ

ランスな発達は,異質なものとして目立ってしま

いがちである。通常の学級でいじめの対象になっ

たり,不登校に陥ったりしている児童の中には,

軽度の発達障害の児童が少なからず含まれている

と思われる。軽度の発達障害への気付きを促し,

支援を充実させることは,極めて重要である。

いじめなどの問題が起きたときには,学級担任

が指導の中心となりながらも,学校全体で取り組

んでいる例が多いと思われる。指導の効果を上げ

るためには,校内の体制を整え,全教職員の共通

理解の下に協力して指導に当たる方がよいという

ことが,広く認識されているからである。

軽度の発達障害に起因するいじめや不登校など

に対しては,表面的な問題に目を向けるだけでな

く,背後に障害による困難さが潜んでいることを

理解して対応する必要がある。また,いじめなど

の問題が起きたときにだけ全校体制を敷くのでな

, ,く できるだけ早い時期から適切な対応を心掛け

二次的な問題に発展させないようにすることが重

要である。

早期に障害に気付き,障害に配慮した指導をす

るためには,学級担任が何もかも一人で抱え込ん

だり,学校の中で孤立したりしていたのではいけ

ない。校内の教職員がそれぞれの立場から全校の

児童を見ると同時に,指導面,精神面の両面から

学級担任をサポートすることが大切である。

(2) 学校全体で取り組むよさ

学校全体で取り組むよさを次の五つの観点から

述べていきたい。

① 多様な人材の活用

学校全体の支援体制があると,校内の多様な人

材を活用することができる。

校内には,障害児教育に詳しい教員がいるはず

である。彼らは,学習のつまずきや社会性の未熟

さのある児童に対する指導や援助のアイディアを

豊富に持っている。児童を理解するための別の視

点を示したり,効果的な指導法を一緒に考えたり

することができるだろう。さらに,保護者に対し

て,専門的な観点から情報を提供することもでき

ると思われる。

また,学校全体で取り組んでいると,個別の支

援が必要な場合に,学校の実状に応じて,いろい

ろな個別指導のバリエーションを工夫することが

可能になる。

障害児学級の担任や通級指導教室の担当者が,

可能な範囲でその機能を拡大し,柔軟に受け入れ

ることもできるだろう。担任を持たない教員が,

空き時間を利用して,通常の学級にティーム・テ

ィーチングの形態で入ることもできる。空き教室

などを利用して個別指導のための時間や場所を設

定することも考えられる。

② 一貫した指導

ADHDや高機能自閉症などの児童は,授業中

に勝手に教室から出てしまったり,学校行事など

の集団活動場面で不適応行動を起こしたりするこ

とがある。その児童についての共通理解ができて

いると,学級担任の目の届かない場面でも,いつ

でも,どこでも,だれでも適切な指導ができる。

教師によって対応が変わらなければ,軽度の発達

障害のある児童を混乱させることもない。望まし

い行動を身に付けさせやすいという効果も期待で

きる。

③ 次学年への継続性

たとえ軽度の障害であっても,障害による困難

, 。は 発達の各段階で形を変えて現れるものである

障害のある児童の指導は長いスパンで取り組んで

いかなければならない。一貫した指導方針に基づ

いて,発達段階に応じた指導を積み重ねていく必

要がある。学校全体で取り組んでいると,次学年

への引き継ぎがスムーズに行われ,指導の継続性

が確保される。

④ 関係機関との連携

関係機関との連携とは 「学校で困っているか,

ら,どこかに紹介して解決してもらう」というも

のではない。学校におけるよりよい支援を目指し

て行われるものである。どの機関と連携すべきか

の選択,保護者への紹介の仕方,学校でできるこ

ととこれから努力していくべきことの明確化,相

手機関との役割の分担,継続的な情報交換など,

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関係機関との連携は息の長いものである。

学校全体で取り組んでいると,管理職や教育相

談の担当者,養護教諭などが,連携の窓口や調整

役になることができ,学級担任の負担を軽くする

ことができる。

⑤ 学級担任への精神的な支え

軽度の発達障害があることに気付かないままで

いると,児童の行動の意味が読み取れず,うまく

信頼関係を築けないことがある。また,多動や衝

動的な行動をする児童の影響で,学級が落ち着か

ない雰囲気になったり,頻繁にトラブルが起きた

りすることもある。

このような状況が続くと,学級担任の指導力が

問題とされたり,担任自身も周囲の評価を気にし

て萎縮したりしがちである。また,それまでのかい

かわり方や指導技術が通用せず,教師としての自

信が揺らぎ,孤立を深める場合もある。

知的な遅れのない児童の中にも発達障害の児童

がいることを,学級担任を始め学校内の全教職員

が認識していることは,学級担任の孤立や孤独感

を防ぐ上でとても大切である。自分の立場が理解

されていると感じるとき,学級担任は大きな精神

的な支えを得ることになる。それが,児童へのよ

りよい対応につながっていくのである。

(3) 校内における支援の構造

図11は,校内における支援のイメージを図示し

たものである。校内で効果的な支援をするために

は,二つの要素が必要だと考える。

一つは,児童及び学級担任を支援する体制を整

。 ,えることである 学校全体で取り組もうとしても

その仕組みがなければ動くことはできない。推進

役(キーパーソン)を決め,軽度の発達障害の問

( 「 」 。)題に取り組む委員会 以下 校内委員会 と言う

を組織して,校内の中心スタッフを明確にする必

要がある。

, ,校内委員会では 気になる児童の情報を収集し

軽度の発達障害の問題があるのかどうかを見極め

る。その際,必要に応じて外部の専門機関等と連

携する。そして,だれがいつどんな場面でどのよ

うな支援をするのかを検討し,全校的な支援がで

きるように協力体制をつくる。協力体制は,児童

の状況に応じて,同学年で協力する場合,学年の

枠を越えて校内委員会のメンバーが中心になる場

合,学校全体で支援する場合などいろいろな形態

が考えられる。

組織をつくり協力体制をつくることによって,

軽度の発達障害のある児童は,校内のいろいろな

教職員から支援を受けることができる。それが,

指導の中心となる学級担任を支えることにもつな

がる。

もう一つは,校内研修の充実である。学習障害

やADHDに関する理解は,徐々に深まってきて

いるが,まだ十分とは言えない。高機能広汎性発

達障害については,更に知られていない。

学校全体で支援するためには,全教職員が軽度

の発達障害について,正しい知識を持ち,理解を

深める必要がある。そして,気になる児童の情報

を交換したり,支援の在り方を研究協議したりし

て,効果的なかかわり方や校内の支援体制につい

て共通理解を図らなければならない。そのために

は,校内研修の充実が欠かせない。支援体制・協

力体制を支える人づくり・環境づくりをするのが

校内研修の役割である。

さらに,この二つの要素を支えるものが,校内

。 ,の協力的な雰囲気である 気になる児童がいれば

小さなことでも気軽に話題にすることができ,そ

の場にいる教職員がいろいろな考えを出し合える

ことが大切である。児童の様子がオープンになっ

ていれば,学級担任と周囲の教職員とが共通の問

題意識を持つことができる。児童への新たな気付

きも生まれやすい。協力的な温かい雰囲気がある

ことが,校内における支援の基盤となる。

図11 校内における支援のイメージ

校内における支援

校内委員会(キーパーソン)

全 校 的 な 協 力 体 制 づ く り

同学年中心

校内委員会中心

学校全体

中心スタッフづくり

児 童 及 び 学 級 担 任 支 援の体制づくり

校 内 研 修 の 充 実

障害の理解

児童への気付き

共 通 理 解 ・共 通 実 践

よりよいかかわり

協力体制の強化

学校全体の協力的な雰囲気

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4 校内支援体制づくり

(1) 校内の組織づくりの手順

児童及び学級担任支援の体制づくりには中心ス

タッフづくりの段階と全校的な協力体制づくりの

段階があることを述べた。組織づくりに当たって

は,まず校内委員会の設置に向けて準備すること

になる。組織づくりの手順を図12に示す。

図12 校内の組織づくりの手順

① キーパーソンの決定

ア キーパーソンの人選

校内委員会を機能させ,軽度の発達障害児への

支援が形骸化しないようにするためには,推進役が い

となるキーパーソンが必要である。

キーパーソンは,軽度の発達障害に詳しいこと

も大切だが,通常の学級の教育についての理解が

あり,生徒指導上の問題に対応できることも大切

である。学校全体の体制にかかわるので,校内の

人望が厚いことも大切である。

候補者として,次のような人材が考えられる。

(ア) 障害児教育の担当者

障害児学級担任や通級指導教室担当者は,軽度

の発達障害について多くの情報を持っている。教

職員の理解・啓発や児童の支援方針の検討などに

貢献できると思われる。

(イ) 生徒指導担当者(教育相談担当者)

軽度の発達障害児は,表面に現れる問題として

は集団場面での不適応行動が多い。いじめの対象

となったり不登校になったりすることもある。生

徒指導や教育相談の担当者は,全校児童や教職員

全体にかかわる仕事が多いので,キーパーソンと

キーパーソンの決定

校内委員会のメンバーの決定

校内委員会の学校組織への位置付け

校内委員会の役割について共通理解

教職員の役割分担による校内の協力体制

して動きやすい。

(ウ) 養護教諭

校内に障害児教育の担当者がいない学校では,

。 ,養護教諭の存在を考えてみる 養護教諭の中には

発達障害についてよく勉強している人がいる。ま

た,全校の児童と接する立場にいるので,校内の

気になる児童に出会う機会も多い。学級担任とは

別の視点から児童を理解することができる利点も

ある。

(エ) 複数で担当

一人でキーパーソンになれる人材を見付けにく

い場合は,複数でキーパーソンを務めるようにす

るとよい。その際,責任の所在があいまいになら

ないように二人ぐらいの人数に抑えることが大切

である。

イ キーパーソンの役割

キーパーソンの役割には,次のようなものがあ

る。

○ 軽度の発達障害児について,学級担任の相談

を受ける窓口となる。

○ 校内委員会の企画・運営をする。

○ 校内研修の計画や実施の中心になる。

○ 障害理解や指導方法などに関する情報を収集

・提供したり,校内研修で使用する資料を作成

したりする。

○ 軽度の発達障害児への支援が円滑に行われる

ように,校内の連絡・調整の中心となる。

② 校内委員会のメンバー

学校によって教職員の人数や構成が異なるの

で,一律には考えられない。次に挙げるのは,一

例である。

・校長 ・教頭 ・教務主任

・障害児教育担当教諭

・生徒指導担当教諭(教育相談担当教諭)

・学年主任 ・同和教育主事 ・養護教諭

・軽度の発達障害児の担任教諭 など

学校全体で取り組むためには,管理職の参加は

欠かせない。教務主任の協力は,個別の支援をす

るための時間や人の調整をするときに必要であ

る。

それぞれの立場の特質を踏まえながら,学校の

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, ,規模に応じて この中の何人かを組み合わせたり

別の人を加えたりするとよい。

ただし,校内委員会は定例の開催だけでなく,

臨時に召集して開催することもあると思われるの

で,あまり人数が多くなりすぎないようにするこ

とが大切である。

③ 校内委員会の学校組織への位置付け

校内委員会は,新たに編成してもよいが,既に

ある組織を活用したり一部を修正してその機能を

持たせたりすると無理がない。キーパーソンのポ

ジションに合わせて,校内就学指導委員会や生徒

指導委員会,教育相談委員会などを母体として,

構成員や仕事の範囲を拡大,発展させることが考

えられる。

その際,気を付けなければならないのは,前の

組織との違いが全教職員に共通理解されるように

することである。例えば,障害児教育の担当者が

単独でキーパーソンになり,校内就学指導委員会

を発展させて校内委員会をつくると,障害児教育

の色合いが濃くなりすぎて,通常の学級の担任が

自分の問題としてとらえにくくなることがある。

既にある組織を発展させるときには,この委員

会の内容や性格を明確にして,校内の共通理解を

図るとともに,構成員や委員会の名称などを慎重

に考える必要がある。

④ 校内委員会の役割

, 。図13は 校内委員会の役割を示したものである

, 。校内委員会には 大きく分けて二つの仕事がある

「気になる児童に対する支援の推進」と「軽度の

」 。発達障害に関する校内研修の推進 の二つである

学級担任から気になる児童について相談を受け

たキーパーソンは,学級担任と協力して情報を収

, 。 ,集・整理し 校内委員会に諮る 校内委員会では

児童の問題の背景に発達障害が潜んでいないかど

うか慎重に検討する。必要に応じて保護者の理解

, 。を得ながら 医療機関や相談機関との連携を図る

児童の状態についてある程度見極めが付けば,学

校としてどう取り組むか,全校的な視点で支援方

針を検討する。教職員の役割分担や支援方法につ

いて原案を作成し,教職員に提案する。校内の共

通理解を図りながら,協力体制づくりをする。

校内研修を推進するに当たっては,校内研修の

年間計画を作成し,計画的に進められるようにす

る。このほかに,学年が上がっても継続的に児童

の成長を支援するために,資料の保管をする。

図13 校内委員会の役割

(2) 協力体制づくり

① 教職員の役割分担と協力体制

児童の実態や学校の状況によって,必要な支援

や協力体制はいろいろなパターンが考えられる。

次の三つのパターンの中で,教職員が分担できる

支援の例を挙げる。

ア 同学年が中心となる場合

○ 同学年で時間割や授業の形態を工夫し,ティ

ーム・ティーチングを行う。

イ 校内委員会が中心となる場合

○ 軽度の発達障害に関する理解や指導方法につ

いての情報を学級担任に提供する。

○ 関係機関との連携を図ったり,学級担任と保

護者との連携をバックアップしたりする。

○ 保護者に軽度の発達障害に関する情報を提供

し,相談に応じる。

ウ 学校全体で指導にかかわる場合

○ 空き時間のある教員が,ティーム・ティーチ

ングに入る。

○ 空き教室や教育相談室などを使って,空き時

間のある教員が個別指導をする。

○ 教室でパニックを起こしたり,教室外に飛び

出したりして学級担任が対応に困るような問題

行動が起きたときに,あらかじめ決めておいた

対応マニュアルに従って,職員室にいる教職員

が補助に入る。

     

学級担任

キーパーソン

校 内 委 員 会

協 力 体 制 に 基 づ く支 援

関係機関

保護者

気になる児童

校内研修の計画

資料の保管

・問題の見極め     ・支援方針の検討   ・協力体制づくり(役割分担表 対応マニュアル)

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○ 障害児学級や通級指導教室での指導が適切と

思われる場合は,保護者とよく話し合いながら

入級を検討する。対応を急ぐ場合,暫定的に障

害児学級などの機能を拡大して,受け入れ体制

をつくることも考えられる。

② 役割分担表や対応マニュアルの作成

,「 」「 」「 」支援に当たっては だれが いつ どこで

「何をするのか」が具体的に示されていることが

重要である。特に,問題行動への対応は,緊急性

を要するときもある。

日常の行動観察をきめ細かく行っていると,ど

のような状況で問題行動が起こりやすいかが見え

。 , ,てくる それを基に あらかじめ場面を想定して

役割分担表や対応マニュアルを作成しておくとよ

い。

③ 学校全体の協力的な雰囲気

校内の協力体制は,無理のないものをつくるこ

とが大切である。学校の規模や教職員の人数など

学校の実状に合わせて,息の長い取り組みができ

る方法を探すことが大切である。

校内の協力体制の最も基本となるのは,学級担

任が気になる児童のことを気軽に相談できる雰囲

気があることである。自由な話し合いの中から,

児童への理解が深まり,みんなで育てていこうと

する気運が高まる。ティーム・ティ-チングによ

る個別指導ができなくても,支援の第一歩は確実

に踏み出せている。

5 校内研修の充実

(1) 校内研修の進め方

校内研修は,実践に結び付くような内容を計画

する必要がある。基本的な内容の研修を基に,具

体的な事例を通してより実践的な内容の研修を行

う(図14 。)

第一段階は,障害理解と障害に対する気付きを

促す段階である。第一段階の要素としては 「軽,

度の発達障害についての理解 「学級の児童の問」

題への気付き 「かかわり方の基本についての理」

解 「保護者との連携についての理解」などが考」

えられる。

第二段階は,事例研究を通して児童理解の深化

と実践の共有化を図る。互いの事例を検討するこ

とにより,児童理解を深め,対応の仕方を協議し

たり,指導方針の修正をしたりする。また,校内

支援体制についての共通理解を促進し,協力体制

の強化を図る。

校内研修を進めるに当たっては,一般的な理解

にとどまるのでなく,自分の問題としてとらえる

ことができるようにすることが大切である。その

ためには,第二段階のウェイトを重くすることが

望ましい。事例研究の回数をできるだけ多く確保

することができれば,校内研修の効果は高まると

思われる。

忙しい学校現場で,軽度の発達障害に関する校

内研修の時間を新たに設けるのは難しい場合もあ

る。教育相談や同和教育の研修の一環として,軽

度の発達障害の講義を位置付けたり,定例の職員

会議の時間の一部を利用して事例の検討をしたり

することから始めてもよい。年間に最小限の回数

しかとれない場合でも,各段階の内容を入れて,

学期に1回ずつは確保したいものである。

図14 校内研修の進め方

(2) 校内研修の内容

軽度の発達障害の理解①

「力はあるはずなのに,どうしてできないのか

分からない 「なぜそんな行動をするのか理解で」

きない」などの思いから,本人の努力不足や家庭

のしつけに原因を求めたくなるような児童がい

る。そのような児童の中に,軽度の発達障害の児

童が含まれている可能性があることを理解する段

階である。

外部の専門家を招いたり,分かりやすくまとめ

第二段階  児童理解の深化と実践の共有化

軽度の発達障害についての理解

児童の問題への気付き

かかわり方の基本についての理解

第一段階  障害理解と気付き 

                       事例研究児 童 理 解   対 応 の 仕 方 の 検 討

  実 践 の 評 価   指 導 方 針 の 修 正協 力 体 制 の 強 化  

保護者との連携についての理解

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た資料を使ったりして,正しい知識を身に付ける

ことを目指す。本研究紀要の「2 軽度の発達障

害の理解 (p.9~p.12)の部分は,校内研修の」

資料として使えるように,障害の特徴や対応の仕

。 。方をまとめたものである 活用していただきたい

児童の問題への気付き②

学習につまずいたり問題行動を起こしたりする

, 。 ,のは 外に現れた問題である それをどうとらえ

どのように対応するかは,児童をとらえる視点を

どれだけ持っているかにより左右される。ややも

すると,それまでの経験にとらわれた一面的な見

方に陥りやすいものである。チェックリストを利

用することで,今までとは違う児童の見方に気付

いたり,見過ごしていた問題が見えてきたりする

ことがある。

チェックリストには,学習障害のスクリーニン

グ・テストなどを使うことができる。市販のもの

では,PRS(LD児診断のためのスクリーニン

グ・テスト:文教資料協会)がある。このほかに

もチェックリストは数多く開発されており,学習

障害関係の本の中などで紹介されている。

ただ,ここでは軽度の発達障害の視点から児童

の問題に気付くことを目的としているので,特定

の障害をスクリーニングするための既成のテスト

では使いにくいところがある。そこで,この目的

に合うようにチェックリストの試案を作成し 気,「

」 ( )。になる児童のチェックシート と名付けた 表3

チェック項目は,軽度の発達障害の観点から構

成している。通常の学級の担任が抵抗なく記入で

きるように,チェック項目はできるだけ少なくし

た。3段階の評定尺度になっているが,点数化し

て障害児を見付け出すためのものではない。気に

なる児童に用いて実態把握をし,児童理解や指導

に生かすためのものである。該当項目の多い児童

は,特別な配慮の必要な児童であると理解して,

対応を工夫してみることが大切である。その過程

で,軽度の発達障害の疑いがあれば,関係機関と

の連携や障害に応じた支援につながっていけばよ

いと考えている。

チェックリストを毎年継続的に付けていると,

児童の変化や成長が見えてくる。チェックリスト

の利用を通して,児童理解の視点が広がることを

期待したい。

かかわり方の基本についての理解③

学校内の支援体制や協力体制が整備されても,

児童とのかかわりの中心は,やはり学級担任であ

る。学級担任が,児童の特徴に合ったかかわり方

のポイントを知っておくことは大切である。

表4は,学級担任が学級全体の指導の中で,軽

度の発達障害児に対して日常的に心掛けるとよい

ことをまとめたものである。軽度の発達障害児に

とって効果のあるかかわり方は,障害のない児童

にとっても分かりやすく,役に立つものである。

図15は宮本 2001 が 学習障害児に対して 学( ) , 「

校教師がしてはいけないこと」としてまとめた表

である。軽度の発達障害児への対応に共通すると

思われるので,次に引用する。

子どもの物理的・精神的負担を増加させる1

言動

1) 物理的負担を増加

・できない部分のプリント,宿題を増やす

・学力面の向上だけを目指す

2) 子どもの気持ちを傷つける言動

・できないところだけ何度もやらせる

・できないことを叱責する

・否定的な言葉を使う

(だめねえ,できないわねえ,など)

・前のことを持ち出して叱責する

(いつもこうなんだから,前もこうしたで

しょう,など)

・感情的な言葉・態度で接する

・他の生徒の前で,その子のことを悪く言う

保護者の情緒面を不安定にさせる言動2

1) 子どもの問題点を指摘し続ける

・子どものできないところを週に3日以上連

絡帳に書くなど

2) 保護者の養育状況への非難

・保護者のしつけの問題を強調する

・過保護,甘やかしという言葉を何度も保

護者に言う

・ひとり家庭など,家庭の問題を強調する

6 )図15 教師がしてはいけないこと(宮本,2001)

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表3 気になる児童のチェックシート

児童名 記入日 平成 年 月 日

担任名 学年・組

身体の状況

出席の状況

行 動 の 様 子

よくある 時々ある あまりない

1 気が散りやすい,集中できる時間が短い。

2 落ち着きがなく,動き回る。

3 話や指示をうまく聞き取れない。

4 新しいことをするのを嫌がる。

5 自分の好きなことを始めると,やめられない。

6 周囲の状況に合わせて行動することができない。

7 思い通りにならないと,泣いたり怒ったりする。

8 暴力をふるったり物を投げたりすることがある。

9 学級の友達と一緒に活動することに関心がない。

10 会話が一方的でうまく続かない。

学 習 の 様 子

1 新しいことの理解や記憶に時間が掛かる。

2 抽象的な思考ができない。

3 学習にむらがある。

4 課題が途中やめになる。

5 集団の中で話や指示が聞けない。

6 視覚的に提示されると注意集中できる。

7 拾い読みをしたり,文字や行を飛ばして読んだりする。

8 読んだ内容を理解できない。

9 漢字や平仮名が正確に書けない。

10 文法的な誤りが多い。

11 筆算のけたをそろえることができない。

12 計算ミスが多い。

運 動 や 動 作 の 様 子

1 バランスが悪く,動きがぎこちない。

2 なわとびやボール運動などが苦手である。

3 指先が不器用で,ひも結びやはさみの使い方が下手である。

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表4 学級全体の指導の中で日常的にできる配慮

配 慮 具 体 例

話し方の工夫 分かりやすい言葉で,簡潔に話す。t一度に二つ以上のことをだらだらと言わない。t具体的に指示する。t

「行儀よくしなさい 」 「手をひざの上に置きなさい 」。 。Ü名前を呼び,注意を向けさせてから話をする。t

「○○さん,大切なことを言いますよ 」ð 。

しかるのではなく,行動の仕方を教える。t「うろうろしないで 」 「白線の中で待ちなさい 」。 。Ü「何回言ったら分かるの 」 「黒板の目当てを読んでごらん 」。 。Ü

視覚的な手掛かりの活用 言葉だけでなく,文字で示したり,絵や写真を見せたり,やってみせたりする。t

刺激の少ない教室環境 座席の位置を配慮する。t集中しやすい場所,担任が個別に対応しやすい場所,周りに座る子どもの配置ðなどに配慮

机の上に不要なものを出させない。t必要のない掲示物は外し,落ち着いた環境づくりをする。t

補助手段の活用 掛け算カード,語いカード,漢字カードなど,必要に応じていつでもだれでも使えるtように置いておく。

読みの苦手な子どもがいる場合,物語教材の導入時に読み聞かせをしたり,教材の録t音テープを聴かせたりして,全体像をつかませる。

見通しを持たせる工夫 時間割や活動内容をあらかじめ知らせておく。急な変更をしない。tどこまですれば終わるのかをはっきりさせる。t

「あと3回書いたら終わりです 「10時まで頑張りましょう 」ð 。」 。

トラブルが起きたときは指 学級担任が間に入って,双方の気持ちを代弁したり状況を説明したりして,子ども同t導のチャンス 士の理解を深める。

トラブルの処理の仕方や対人関係の持ち方を体験を通して教える。t

対 応 の 仕 方

○ 危険なときはその場で強く短くしかる。

○ それ以外は,頭ごなしにしからない。

○ 本人なりの理由や気持ちを聞く。

○ くどくどとしからない。

○ 興奮しているときは,静かな場所で落ち着かせる。

○ 教師まで興奮しない。

○ 気持ちが収まったら,どのように行動すればよかったかを

具体的に教える。

当番や係の仕事は達成可能なものを分担させ,責任感や成就感を味わわせる。学級の仕事の役割分担 t

学級経営の充実 学級の子ども全員に活躍の場を設け,チャンスを逃さず褒める。t互いのよさに気付き,褒めたり認めたりすることのできる学級づくりをする。tどの子どもにも居場所のある学級づくりをする。t

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④ 保護者との連携についての理解

一人の児童だけに個別の支援をしたり,関係諸

機関と連携したりするためには,保護者の了解が

必要になる。児童の状態について保護者に気付き

, ,があるときには 比較的意思の疎通がうまくいき

前向きな話し合いが可能である。しかし,軽度の

発達障害に見られる行動や社会性の障害は,集団

場面で問題が目立っても,家庭ではあまり問題が

ないことがある。そのため,学校での子どもの様

子を伝えても保護者の理解を得にくいことも多

い。保護者との連携を図る上での配慮点を知って

おくと,問題がこじれるのを防ぐことができる。

基本的には,図16に示すような対応をする。

○ 時間を掛けて丁寧に対応する。

・よい面と心配な面をバランスよく伝える。

・学校で試みたことを伝える。

・家庭での様子を聞く。

○ 保護者の思いや願いをよく聞く。

・一緒に考える姿勢を持つ。

○ 焦らない。

・分かってほしいからと,学校で困っているこ

とを並べ立てるようなことをしない。

○ 学校での様子を保護者に見てもらう。

図16 保護者との連携で配慮すること

保護者が児童の状態を真に理解し,将来のため

に学校でどのような支援が必要かを考えていける

ようにするためには,保護者にも支援が必要であ

る。学校でできることは,保護者の気持ちや願い

をしっかり聞くことではないだろうか。

表5は,保護者の思いに配慮した話し合いの進

め方をまとめたものである。このような資料を参

考にしながら,校内研修では実際のケースを取り

上げ,よりよい連携ができるように理解を深める

のがよい。

⑤ 事例研究

事例研究は第二段階である。実践したことや具

体的な事例の報告・検討を通して,自分の問題と

してとらえることができるようにする。

児童に対する理解は適切であるか,対応の仕方

, ,に問題はないか 更にどのような工夫ができるか

指導方針の修正の必要があるか,校内の協力体制

はうまく機能しているか,どのように改善すれば

よいかなどを検討する。

事例研究の過程で,軽度の発達障害に対する理

解がより深まり,新たな支援のアイディアが参加

者から提案され,校内支援体制も整っていく。

できれば第一段階の研修は年度の前半に済ませ

て,第二段階の研修をできるだけ回数多く取りた

い。一人でも多くの学級担任から事例が提出され

るようにしたいものである。

表5 保護者の思いに配慮した話し合いの進め方

保護者の思い 保護者との話し合いの進め方

援助が必要なので配慮してほしい。 ・話し合いを通して「保護者の希望」と「学校ができること」

学校が配慮するのは当然。 の接点を見付ける。

障害があることは分かっているが,通常 ・話し合いを重ねて「保護者が学校に求めていることは何か」

の学級で教育を受けさせたい。 「児童の状態をよく理解した上での希望か」を知る。

。 , 。(強い信念がある ) ・保護者の考えを尊重しながら 何を支援するのか明確にする

うすうす感じているが,障害を認めたく ・保護者の思いをよく聞く。

, 。ない。 ・現実を直視できるように 学校での児童の様子を見てもらう

・根気よく話し合う。

一人だけ特別扱いされるのは嫌だ。 ・個別の援助が必要であることを知ってもらう努力を続ける。

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Ⅳ 実践例

1 障害児学級のある学校における支援

(1) 学校の概要

本校は,児童数529名,障害児学級3学級を含

む20学級の中規模校である。障害児学級は,知的

障害が2学級,情緒障害が1学級で,計14名の児

童がいる。岡山市内でも障害児学級の在籍児童の

多い学校である。

さらに,本校には同和教育主事2名,生徒指導

員1名,日本語指導1名と学級を担任しない教員

が多く,それらの教員を中心にして,多種多様な

支援を必要としている児童の教育活動に取り組ん

でいる。

(2) 支援体制づくりの経緯

本校は,平成12・13年度の2年間,学習障害モ

デル事業の研究協力校になっている。この研究を

受ける前年は,学習障害児の調査研究協力者会議

のまとめが出た年である。本校では,その資料を

基に障害児学級の担任が中心となって,初めて学

習障害についての研修を行っていた。

研究協力校となったことで,学習障害の研修を

更に計画していくことになったが,校内には,気

になる児童を支援する体制が整っておらず,教職

員の学習障害についての理解・啓発と支援体制づ

くりが当面の課題であった。また,この研究を受

けたことを契機に,本校ではどのような児童を研

究の対象としていくかを考えることになった。そ

れは,校内の気になる児童を学習障害という新た

な視点から見直すことであり,本校の実情に合っ

た支援の在り方を探る第一歩になった。

(3) 校内の支援体制づくり

① 校内の組織づくり

研究協力校となった1年目は,講話中心の学習

障害の研修を数回経て,専門家チームにより作成

されたチェック項目に従って,学級担任による学

。 ,習障害児のスクリーニングを行った それを基に

専門家チームから数名の児童が「要面接」と判断

された。しかし,この段階では面接をした児童の

その後の展望が持てず,保護者に面接を勧めるこ

とには,校内のだれもがためらいを感じた。学習

障害についての保護者の意識も,本校においては

まだ希薄だった。

このように,一部の児童に最初から限定した研

究は本校の実情に合わなかったが,学習障害と思

われる児童がいるにもかかわらず,何ら取り組み

ができていないという実態も明らかになった。

本校には,生徒指導委員会や就学指導委員会は

常設されていたが,特別な支援が必要な児童の指

導に関して相談する機能は果たしていなかった。

研究協力校となった2年目,その機能を持つ組織

として,気になる児童の校内委員会を設置した。

メンバーは,校長,教頭,教務主任,研究主任,

研究副主任2名,障害児学級担任の7名とした。

そして,この校内委員会が,研究に関しては,学

習障害モデル事業のために設置された県の専門家

チームの指導を受けるようにした。さらに,校内

において,この委員会が,同和教育部,教育相談

部,生徒指導部,教科指導部,学年部と連携を取

るようにした(図17 。)

図17 校内組織図

② 校内キーパーソンの決定

本校では,学習障害の研究を受けたことで校内

委員会が新たな組織として発足し,その一員であ

る障害児学級の担任が,キーパーソンを務めるこ

とになった。

キーパーソンは,校内委員会で協議しながら支

援体制づくりを推進していくとともに,主に専門

家チームとの連絡調整の役割を受け持った。専門

家チームからは,S先生をスーパーバイザーに迎

えることが決まった。

市教育委員会 専門家チーム

校内委員会

生徒指導部

同和教育部

教育相談部

教科指導部

校長,教頭,教務主任,研究主任,研究副主任(2),障害児学級担任(1)

 計7名

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③ 校内委員会と学年部とのパイプづくり

キーパーソンの最初の役割は,校内委員会と学

年部とのパイプづくりであった。

本校では,まず1年目に学級担任によってスク

リーニングされた児童十数名について,指導の手

だてがすぐに見付かるかどうかは別として,継続

的に見ていこうと考えた。そこで,キーパーソン

である障害児学級の担任と一緒に,専門家チーム

の先生に授業の中での該当児童の様子を観察して

もらい,アドバイスを受けることにした。

当初は,児童の見方を研修する意味から,全校

で話し合いを持つようにした。しかし,学年が異

なると児童の様子が分かりにくく,時間的な面か

らも効率が悪かった。そこで,平成13年度は学年

部と専門家チームの先生と障害児学級の担任とで

話し合うようにした。

平成12年度は該当児童が在籍する学級に限って

授業の観察をしたが,平成13年度は全学級でその

取り組みを実施した。学期に1回のペースでその

会を計画したが,やっと軌道に乗り掛けてきてい

る。学級担任が替わっても,前年度から継続して

観察している児童については,その変化を確かめ

ることができたり,学級担任が学級の中でできる

配慮について積み重ねをしていくことができたり

した。何よりも,学級をオープンにしていくとい

う雰囲気ができつつあり,学校全体で,支援の必

要な児童を見ていくという体制づくりに役立った

のではないかと考えられる。

(4) 校内研修の充実

① 年間研修計画(平成13年度)

期 日 内 容

5月16日 ・気になる児童の情報交換会5月30日 ・医師による障害理解に関する

講義6月15日 ・専門家チームと共同で授業観

22日 察と効果的な指導法の検討会一 29日学 7月9日 ・先進校視察(神戸市星和台小期 学校)報告

8月1日 ・大学教授による学習障害の理解と教育に関する講義

8月6日 ・校内支援体制及び学校全体で支援する児童についての共通理解と情報交換

10月10日 ・専門家チームと共同で授業観12日 察と効果的な指導法の検討会

22日 (学級公開3日間,検討会1二 26日 日)学 11月14日 ・全校児童の実態把握のチェッ期 クリストの提案

11月30日 ・チェックリストの集計結果の報告・検討

12月4日 ・先進校視察(新潟県小千谷小学校)報告

三 2月中旬 ・学年部での授業実践学 3月上旬 ・実践のまとめと今後の方針の期 検討

② 校内研修の実際

ア 定例研修会について

本校は研究協力校だったので,専門家チームの

医師や大学教授から,医学的な面や心理学的な面

からの講義を受けることができた。また,教育の

面でも,児童理解や実際的な日々の学級運営に関

する研修を受けることができた。

イ 学年部との効果的な指導法の検討会について

学年部との話し合いは,授業観察の日とは別の

時間を取って行った。日程的にも,時間を生み出

すのはなかなか大変であったが,学級担任の立場

で気になる児童だけでなく,スーパーバイザーの

S先生の目から見た気になる児童について話し合

うことにより,児童の見方に新たな視点が生まれ

た。例えば,姿勢の保持ができているか,注意の

喚起に応じるか,達成感を持っているかなどの視

点である。

また,教室で配慮できることについても,机の

配置(カーテンや外の物音に影響を受けやすい窓

際の席は避けるなど ,教材の提示の仕方,教師)

の声掛け(子どもに上手に声を届かせる,子ども

に届く声の出し方の工夫など 注意の促し方 教), (

師の身のこなし,立つ位置,褒め方など)など,

具体的な話題が出てきた。これまでは,なかなか

話し合うことができなかったことである。

, ,これらの学年部の研修で 更によかったことは

1年前と比べて児童のどういうところが変容した

かを確認することができたり,教師の取り組みの

よいところを的確に褒め合うことができたことで

ある。これらは,今後に生かせることだと思う。

ウ 実態把握のためのチェックリスト作成について

学年部での検討会を重ねていくうちに,児童の

実態を新たな視点で見直す必要性が生まれた。

これまでの学習障害のスクリーニング・テスト

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のように,ある傾向の児童を特定するためではな

く,学校全体の児童の実態や傾向をつかんで授業

づくりに生かしていくためである。学習障害やA

DHD,高機能広汎性発達障害などの項目も大ま

かに含めて考え,学習面,運動面,対人面などに

分けて尋ねるのがよいと思われた。

児童の実態がよく分かってきた2学期ごろの時

期に毎年実態把握を行い,6年間という長い目で

変容を見ていけば,児童の問題が深刻になる前に

気付くことができるのではないか。さらに,毎年

チェック項目に沿って学級の児童を見ていけば,

支援が必要な児童に気付く視点を学級担任が意識

できるのではないかと考えた。

全児童に定期的(年1回)に,しかも継続して

実施するためには,学級担任が短時間で簡単にチ

ェックできるものでなくてはならない。チェック

リスト作成に当たっては,岡山市立西大寺小学校

で作成されたものをベースに検討し,一部手直し

をして本校の実態に合うものを作った(図18 。)

(5) 障害児学級の担任を中心とした校内支援

① 障害児学級で個別の支援をした事例

A児【対象児】

小学校第1学年(通常の学級)

【児童の様子】

1年生の1学期を終えて,学習障害児のスクリ

ーニング・テストの結果,学級担任から気になる

児童として挙がった。文字と音が一致しないため

平仮名が覚えられない。数と指が一致しない。こ

ちらが話すことの理解はできるが,構音障害があ

る上に幼い話し方をするので意味が伝わりにく

い。視写は得意である。以上のような特徴が認め

られた。

「 ,専門家からは 現状の観察やチェックだけでは

学習障害との判断はできにくい。構音障害や知的

障害との関係を視野に入れて,もう少し観察を続

けるように」というアドバイスがあった。家庭的

には,保護者が病弱なため,児童への援助をした

くてもほとんどできない状態にあった。

【支援の経過】

1年生の学級担任は,机に50音表をはり,学習

中の手掛かりになるようにしたり,個別指導がし

やすいように机の配置を考えたりした。しかし,

1年生の学年末近くなっても,自分の名前は書け

るが一字一字になると読めないなど,平仮名につ

いてはなかなか習得できず,算数についても,10

以下の足し算・引き算が指を使ってできるところ

までしか到達しなかった。言語面についても,発

音の不明瞭なところが残っていた。り ょ う

生活面ではほぼ問題ないまでに成長していた

が,国語・算数の一斉指導の学習になると表情が

乏しくなり,A児が大変困り,自信をなくしてい

る様子が見られた。

そこで,学校(1年生学級担任,校長,障害児

学級担任)と保護者で第1回の教育相談を実施し

た。その後,教育相談は2年生学級担任に引き継

がれ,保護者による障害児学級参観を含めて,合

計4回実施した。就学指導委員会を経て,国語・

算数を中心に2年生の6月から,障害児学級で指

導を開始した。

【児童の変容】

指導開始当初は,学習面でのつまずきだけでな

く知的な面の障害かと思われたが,発達検査を実

施しても,生活経験の乏しさによる語いや知識の

少なさ以外に大きな知的な遅れは認められなかっ

た。また,平仮名は三分の一以下しか読めないの

, ,に 1年生の漢字は半分以上読めていたことから

平仮名のように見て意味のない文字が,記憶しに

くいということが分かった。平仮名の習得が当面

の目標ではあったが,障害児学級での学習が楽し

くなることや 「できる」という体験を通して,,

自信を付けることにも重点を置いた。

そこで,平仮名については,本児専用の絵カー

ド(すべてA児の知っている単語を使用)と結び

付けた50音表を作って指導を開始した。まず,平

仮名の50音表の上に 「あさがおのあ」と言いな,

がら絵カードを順番に載せていき,次に,プリン

トの50音表を読みながらなぞって書いていくよう

にした。その活動を通して,音と文字が本児の中

で結び付くようにした。並行して1年生の漢字の

読みと書きの学習も行った。2年生の2学期末に

は,ほぼすべての平仮名の読み書きができるよう

になってきた。分からなくなった文字も,書くと

きに「あさがおのあだよ」と言うと,すぐに思い

出せる。読みについては,読みにくい文字を,一

度頭の中で50音表の位置に置き換えてから読んで

いるので,まだ時間が掛かり,すらすらとは読め

ないが,時折よいお姉さんぶりを発揮しながら障

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児童の実態把握のために

【記入の仕方】1 学級名簿を用意してください。2 各児童について,以下の項目のうちおおむね該当する記号を選んで,すべて記入してください。3 「⑧その他」の場合は,状態を記入してください。4 不登校,欠席が多い児童などは,記述で記入してください。

【記入例】No 氏 名 記 号1 ○○○○2 ○○○○ A-①②③④ B-②3 ○○○○4 ○○○○5 ○○○○ D-①②③④6 ○○○○ C-①②③

A 学ぶ力① 前学年までの学習が定着していないようだ。

(例:漢字,九九,計算のやり方など。1年生の場合は,前学年を1学期までの学習の様子と置き換えて考えてください )。

② 新しいことを理解したり覚えたりするのにとても時間が掛かる。③ 一斉授業の説明だけでは学習内容を理解できないようだ。④ 学習内容によっては理解の差が大きい。

(例:読むのはよいが書くことはできない。数字は読めるが計算はできない )。⑤ 作業が長続きせず,なかなか仕上がらない。⑥ 本読みをしても,言葉や行を飛ばすなど読み誤りが目立つ。⑦ 黒板を視写するのに時間が掛かったり,書き誤りが多かったりする。⑧ その他

B 体の動きを調整する力① 運動が苦手で,バランスが悪かったり,動きがぎこちなかったりする。

(例:縄跳び,鉄棒,ボール運動など)② 指先が不器用で,細かい作業が苦手である。

(例:はさみがうまく使えない,いくら練習しても笛の指使いがうまくできない )。③ その他

C 人の話を聞く力① 落ち着きがなく,席にじっとしていられないことが多い。② 物音やちょっとしたことにすぐ注意がそれる。③ 話や指示を聞けていないようだ。④ 注意されても,すぐにまた同じ行動をする。⑤ 自分の興味や関心のあることには集中するが,なかなかやめられない。⑥ 周りの状況を見て行動できないようだ。

(例:みんなが座っているのに一人だけ立っている。みんなが集合していても集まれない )。⑦ その他

D 人とかかわる力① 相手の気持ちを察することができないのかと思われるような言動が目立つ。

(例:いきなり遊びの輪に加わったり,出ていったりする。人を傷付けるようなことを平気で言ってしまう )。

② 自分勝手でわがままな行動がよく見られる。③ 思いどおりにならないと,すぐにかっとなったり泣いたりする。④ 自分の言いたいことは言うが,やり取りになると続かない。

(例:尋ねられたことにうまく答えられなかったり,話の内容が急に飛んだりする )。⑤ 自分の気持ちや要求を言葉で伝えるのが苦手なようだ。⑥ 友達から離れて一人でいることが多い。⑦ その他

図18 実態把握のためのチェックリスト

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害児学級の一員として,楽しく学習している。

② 他校の通級指導教室と連携した事例

B児【対象児】

小学校第3学年(通常の学級)

【児童の様子】

ADHDの可能性も考えられると専門家チーム

により判断された児童である。登校が遅れがちで

忘れ物が多いなど,家庭の養育にも十分に行き届

いていないところがある。学習意欲が乏しく,体

育や図工など好きな教科以外はやろうとしない。

文字を書くのも得意でなく,国語や算数など苦手

な教科のときは用具を出そうとせず,教室内をう

ろうろすることもあった。教室外に出たときは,

生徒指導の先生などが,B児の気持ちをくみ取り

ながら,教室に戻るように伝えていたが,戻れな

いこともあった。

【支援の経過】

2年生の学級担任から校内委員会に相談があ

り,校内委員会でB児の支援の方針について検討

した。教室の内外の様子から,B児の情緒的な安

定と保護者への継続的な相談が必要であり,その

ためには通級指導教室での指導が望ましいと判断

した。そこで,学級担任と障害児学級担任とで,

保護者への教育相談を行い,通級指導教室を紹介

した。保護者とB児は,通級指導教室に行って教

, 。育相談を受け 2年生3学期から通級を開始した

【児童の変容】

3年生の1学期は,教室外に出ることはなくな

。 , ,った 教室内では 体は黒板の方を向いていても

授業には身が入らないことが多かった。学級担任

はB児の気持ちを大切にしながら,学習意欲を起

こさせるために個別の配慮を続けた。通級指導教

室での一対一の指導は,B児の興味・関心や学習

,「 」のペースに合わせたものであり やればできる

ことや「できる喜び」を経験させる上で意味があ

った。この両面からの成果で,3年生の3学期を

迎える現在,B児は情緒的にも安定し,教室での

学習に落ち着いて参加できるまでになっている。

③ 関係機関と連携しながら保護者の相談に応じた

事例

C児【対象児】

小学校第4学年(通常の学級)

【支援の経過】

1年生から不登校になり,県教育センター(以

下「センター」と言う )で教育相談を週1回受。

けていた。2年生2学期から登校し始めたため,

教育相談は一時中断した。3年生2学期ごろから

再び不登校となり,センターでの教育相談を再開

し,現在に至る。相談員の勧めにより,センター

で行っている医師による相談を受け,アスペルガ

( )。ー症候群ではないかと言われた 3年生3学期

その後,医療機関の受診を勧めているが,保護者

にとっては抵抗が大きく,実現していない。

不登校が長期化しているので,保護者の精神的

な負担が大きい。それを軽減し,子どもへの適切

な接し方を助言すること,学校とのつながりを保

つことの二つを主なねらいとして,4年生の6月

から9月まで障害児学級担任が保護者(母親)へ

の教育相談を週1回実施した。通級による指導も

, 。勧めているが まだ1回見学に行ったのみである

一方,4年生の学級担任は,家庭訪問をしてC

児との関係づくりに努め,学校や友達への抵抗を

和らげるようにしている。C児は,夏休み前に母

親が相談のために来校したときに,弟と一緒につ

いてきたことがある。そのとき,障害児学級の担

任を交えて4人で遊んだことがきっかけとなり,

夏休み中にも2回弟と一緒に来校し,障害児学級

担任と3人で遊ぶことができた。現在は,土曜日

の放課後に事務連絡のために来校する父親につい

てきて,C児と障害児学級担任,学級担任,父親

の4人で遊ぶまでにはなっている。しかし,不登

校状態は変わらず,対人面では不器用なままで,

毎日C児と生活時間を共にする母親の心理的な負

担も変わらない。

これまで,保護者も学校も,C児の知的能力や

会話能力が高いために,精神的に幼い面があるこ

とに気付いていても,心理的な面のみに注目して

不登校への対応を考えていた。保護者の我が子へ

の理解と障害の受容のためにも,まず,医療機関

への受診がスムーズに運ぶように,センターと連

携して援助を行っている。

(6) 校内における支援の成果と課題

① 校内の組織づくり

本校の場合は,新たに校内委員会を設置して取

り組んだが,一般の学校では難しいことも考えら

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れる。新たに組織を作るのか,既にある組織を使

, 。うのかは 学校の状況によって異なると思われる

このような組織は,学級担任が孤立することな

く容易に相談ができ,そして相談したことがプラ

スとして働くような運営をすることが望まれる。

しかし,これが一番難しいことである。

② 校内研修の持ち方

本校は研究協力校となったことで,医師や大学

教授による専門性の高い講義を校内研修で実施す

ることができた。このような研修に加えて,本校

と実情がよく似ている学校の実践の紹介や児童相

談所や通級指導教室など連携の取れそうな関係諸

機関から,講師を招いての研修を計画できたらよ

かったと考えている。

さらに,学習障害に限らず,軽度の発達障害児

を持つ保護者の子育てに耳を傾ける研修も必要だ

と考えている。それらの現実を我々教職員が知る

ことによって,学級担任が一人で問題を抱え込ん

だり,児童の言動をこれまでの経験のみに基づい

て解釈してしまったりする弊害を取り除くことが

できるのではないかと考えている。

実態把握のためのチェックリストの作成と活用

については,まだ始まったばかりである。次年度

も継続して行うことができて初めて意味を持って

くると思われる。今年度は,本校の実態を知るこ

とができたことが大きな収穫であった。

③ 児童への支援の在り方

本校の場合は,専門家チームから信頼できるス

ーパーバイザーを迎えることができたことが,幸

運にも支援の幅を広げることにつながった。結果

的に,保護者の面接や児童の面接も実現した。

, ,本校には 支援の必要な児童はたくさんいるが

通級指導教室もなくティーム・ティーチングの加

配もない。新たに学習障害の視点から校内の全児

童を見直す体制をつくっても,校内に支援の幅や

受け皿がないと形式的な会になりやすい。これか

らは,校内にキーパーソンとなる人材を複数養成

し,校外にもボランティアティーチャーなど信頼

できる人材を求め,連携,協力することができれ

ば,もっと支援の幅を広げることができると感じ

ている。

④ 障害児学級の担任が校内における支援をするこ

障害児学級の担任ができる支援は,あくまでも

軽度の障害があると保護者に気付きがある場合で

あり,障害児学級で学習することが児童にとって

適切だと考えられる場合である。

例えば,A児のように障害児学級の授業を実際

に体験したり,保護者の不安を取り除くための話

し合いをしたりするなど,時間を掛けて適切な就

学指導を行うことである。その場合,通常の学級

の担任と保護者が一対一でなく,学級担任以外,

ここでは障害児学級の担任が同席するというよう

に複数で面接をしたことがとてもよかったと思っ

ている。

また,B児のケースのように,通級指導教室を

紹介するための保護者面接や相談も,障害児学級

の担任ができる支援だと思われる。

しかし,C児のようなケースでは,放課後の時

間の確保が難しく,障害児学級の担任に保護者や

児童の相談を引き受けるだけの心のゆとりがな

い。登校できなくなり始めた小学校1年生の時点

で,軽度の発達障害かもしれないという気付きを

持ち,保護者に対して,学校としての長期的な支

援の展望を示すことができていればと思うと残念

でならない。

本校の場合,障害児学級の担任が教育相談部の

。 ,一員でもあった 障害児学級の担任としてよりも

むしろ教育相談部の担当者としての立場の方が,

保護者との相談をスムーズに行うことができたよ

うに思う。保護者によっては,障害児学級担任と

いうと,入級を勧められていると考えてしまい,

信頼関係が結べず相談にまで発展しない場合もあ

る。研究協力校として学校全体で取り組んでいた

ことや,校内委員会のキーパーソンであったこと

も,支援のしやすさにつながったと思う。

学校の中には支援の必要な児童は多く,個別に

取り出しての支援だけを考え過ぎると,それに追

われて振り回されてしまう。リソースルームの運

営など,学校全体としての特別な取り組みが必要

になる。

だれもができる大切な個別支援は,どの学級も

, ,児童が生き生きとしていて 児童同士が学び合い

助け合うことのできる学級づくりをすることであ

る。

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2 通級指導教室のある学校における支援

(1) 学校の概要

本校は,知的障害の障害児学級を含む15学級,

全校児童449名の中規模校である。言語障害通級

指導教室が設置され,2名の担当で指導を行って

。 ,いる このほかに学級担任を持たない教員として

教務主任,専科担当,ティーム・ティーチングの

ための加配,少人数学級のための加配がそれぞれ

1名ずついるという環境である。

(2) 支援体制づくりの経緯

いわゆる個別の支援を必要とする児童とは,例

えば不登校傾向で個別の対応を必要とする児童,

行動上の問題があり集団に適応しにくい児童,学

習面で個別の支援を要する児童などである。本校

にもこのような児童はいる。

これらの児童への支援は,学級担任を中心に行

うことになるが,実際には学級担任だけでは支援

しきれない場合も多い。特定の児童に個別にかか

わる時間の確保が難しいからである。

従来,本校では二とおりのグループに分けて支

援体制づくりをしていた。一つは,教育相談部を

中心とした体制で,主に不登校,集団不適応と思

われる児童への対応を行ってきた。もう一つは,

校内就学指導委員会を中心として,主に知的発達

や学習の遅れ,健康面などで気になる児童につい

て,全教職員で考えてきた。軽度の発達障害と思

われる児童への対応もこの委員会で行ってきた。

校内就学指導委員会の年度当初の会は,気にな

る児童についての情報交換の場でもあり,教職員

の共通理解を図る上で大変意味があったが,年2

回の定例開催だったので,継続的な話し合いをす

ることができにくかった。一方,教育相談部は毎

月1回の定例会を実施しており,不登校傾向の児

童への支援を,ケースカンファレンスの形態で検

討する体制ができていた。

平成12年度からは,これら二つの機能を整理,

統合し,教育相談部が中心となって軽度発達障害

の児童を支援する体制づくりをした。

(3) 校内研修の充実

① 校内研修の内容

本校で,過去2年間に実施した軽度発達障害に

かかわる校内研修の内容と目的を表6に示す。

学校には多様な教育課題がある。総合的な学習

の時間に関する研究,基礎学力に関する研究,生

徒指導上の問題に関する研究などである。そのた

め,個別の支援を要する児童に関する研究にだけ

多くの時間を割くことが難しい。そこで,定例の

研修会以外に職員会議の時間を活用したり,教育

相談部会に担当者以外の教職員も自由に参加でき

るよう呼び掛けたりするなどの工夫をしている。

表6 校内研修の内容と目的

内 容 目 的

・講義「学習障害及びその周 ・講義や説明により辺の子どもたち」 軽度の発達障害に

・説明「ADHDの子どもた ついての理解を深ちについて」 める。

・PRS(LD児診断のため ・PRSの記入を通のスクリーニング・テスト して,学級内の軽)の記入 度の発達障害の児

・児童の実態把握や理解の仕 童への気付きを促方についての協議 す。

・事例研究 ・事例研究を通して「文字の定着が悪い1年生 児童理解や対応のの児童について」 仕方についての理知的な遅れを認めないが 解を深める。「 ,言葉に遅れがあり対人関

」係にも問題を持つケース

・学級担任による気になる児 ・気になる児童につ童の報告会 いての情報交換を

し,共通理解を図る。

② 校内研修における工夫

ア 講義や説明による研修ついて

軽度発達障害の児童についての理解を深めるた

めに,通級指導教室の担当者が,学習障害やAD

HDについての基本的な講義や説明(学習障害の

定義やDSM-ⅣによるADHDの診断基準な

ど)を行った。その後,実際の学校生活の中で見

られる児童の様子を幾つかの例を挙げて話し,具

体的なイメージが持てるようにした。

このような研修では,基本的な理解を深めるた

めの説明や医学的な面からの情報提供は必要であ

る。しかし,そこに重点を置きすぎると,児童に

対する単なるレッテルはりに終わってしまう恐れ

がある。具体的な児童の姿を通して,児童が困っ

ていることは何か,学校でできることは何かを考

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えることが重要である。そのような観点で研修を

進めている。

イ 気になる児童の報告会

本校では,この報告会で挙げられた児童の個別

ファイル(図19)を作成している。学級担任が児

童の実態を記入し,報告会で話し合われたことを

それに書き加えていく。児童の学年が上がるにつ

れて,ファイルの中身も増えていくシステムであ

る。学年の引き継ぎ時にも活用できる。記入に当

たり学級担任に過度の負担を掛けないように,簡

略な記録用紙を用いていることと具体的な支援の

内容を記入する項目を設けていることが特徴であ

る。

この会は学級担任全員が報告するので,一人当

たりの協議の時間が少ない。そのため,それぞれ

の児童の見方や学級での取り組みについて深めて

いくところまでは研修できていない。しかし,こ

れらの取り組みを地道に積み重ねることで,教職

員の間に児童を個別的に見ていこうとする雰囲気

が増してきたように思われる。また軽度の発達障

害に関しても,職員室で話題にのぼったり,教育

相談部や通級指導教室の担当者に相談が持ち込ま

れたりするようになってきた。

教職員の児童に対する見方が変化してきたこと

や,学級の枠を越えて校内のチームとして対応し

ていこうとする雰囲気が増してきたことは,校内

研修の大きな成果の一つだと思われる。

児童名( ) 記入者( )

記入年月日(平成 年 月 日)

これまでの経過

新学年になってからの状況

今後できそうなこと(担任として 他の教員と協力して),

図19 個別の配慮を要する児童のファイル(様式)

(4) 通級指導教室の特徴を生かした校内支援

D児【対象児】

小学校第4学年(通常の学級)

【児童の様子】

言葉の遅れがあり,コミュニケーションがうま

くいかないなどの理由で,入学前に幼稚園から相

談を受けた。園に出向いて生活の様子を観察した

ところ,コミュニケーションの問題だけでなく,

工作や絵画といった活動,その他日常的な動作に

。 ,関しても過度に不器用との印象を持った そこで

D児には特別な配慮が必要になるかもしれないこ

とを新1年生の学級担任に伝えておいた。

入学後しばらくすると,学級担任から幾つかの

困った問題が報告された。

まず一つには,授業中うれしいことがあったり

して気分が高揚してくると,キー,キャーと奇声

を上げることだった。学級全体が落ち着かない雰

囲気になり,他の児童への影響が懸念されるとの

ことだった。

二つ目は,不器用なために給食中に食器をひっ

くり返すことが多く,食べ物をまき散らしてしま

, 。 ,うので 対応に追われるということだった また

図画工作,生活科などはさみやのりを使用する時

間には,目が離せないので個別のかかわりが必要

とのことだった。

学級担任からの訴えを受け,教頭,教務主任が

中心となって,必要な場合の個別対応をすること

になった。

【通級指導教室で指導を始めるまでの経緯】

最初は,学級担任が一人で対応しきれない部分

を他の教員が補うという形でD児への支援が始ま

った。しかし,そのようなかかわりを続けるうち

に,D児には個別に丁寧に指導し,育てていかな

ければならない面があるのではないかという声が

挙がってきた。

D児は,行動面はもちろんのこと,言葉による

コミュニケーションが少なく,自分の気持ちやそ

の場の状況をうまく説明できないところがある。

知的発達に遅れはないが,通常の学級の指導に加

えて,個別の指導が必要であると思われた。保護

者も,D児が学校で困っている場面があることを

知り,D児の行動を家庭でどのようにとらえれば

よいか,家庭では一体何をすればよいのか悩んで

いた。

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通級指導教室は,個別支援の場所である。一人

一人の児童の教育ニーズを把握し,個別の教育プ

ログラムを組めるところに特色がある。また,本

校は言語障害通級指導教室であり,言葉やコミュ

ニケーションの指導を個別に行うことができる。

さらに,保護者や学級担任と連携を取りながら指

導や支援を行える場所でもある。学級でできるこ

と,家庭でできること,通級による指導でできる

ことを整理しながら支援を行っていくことは重要

である。

D児への指導・支援だけでなく,保護者の相談

場所としての役割を果たすこともできることか

ら,通級による指導を開始することになった。

【支援の経過】

① D児への支援

ア 支援方針

, 。D児は 言葉でのやり取りが苦手な児童である

自分の感情をコントロールすることが難しい面も

あると考えられた。また,指先の細かい運動ある

いは,体をダイナミックに用いた大きな運動も苦

手であると考えられた。

そこで,通級による指導では,まず個別のかか

わりの中で,言葉を使って意思疎通する場面を設

定することにした。個別の場面であれば,言葉に

よるやり取りを楽しめるのではないかと考えたか

らである。やり取りを楽しめることは,言葉を使

ったコミュニケーションを円滑にすることにつな

がる。そのような活動を通して,やがて言葉で自

分の行動をコントロールすることもできるように

なると考えられる。さらに,体を動かして活動す

る場面も取り入れることにした。体を使って目的

行動を達成することは,運動面での発達を促進す

ることにつながると考えたからである。

指導方針は,次のとおりである。

○ 言葉でのやり取りをしながら短文を書くこ

とにより,言葉によるコミュニケーションの

力を高める。

○ 言葉でのやり取りを通して,言葉で行動を

コントロールする力を育てる。

○ マット遊びやボール遊びなどを通して,自

分の体を思いどおりに動かしている感じをつ

かめるようにする。

イ 支援の実際

最初に,その日のプログラムを提示し,D児が

活動の見通しを持ちやすいようにした。また,活

動時間に気を付けることをカードで提示した。

例えば,次のような表を授業の最初に作り,D

児のよく見えるところに置くようにした。

ルール① 一人でする。

だまってする。

ルール② わからないときもおこりません

イライラしません。

これらは,活動内容にかかわりなく,D児にと

っては大切な支援だと思われた。D児は活動の見

通しが持ちにくい上に,活動は自分が納得できる

ようにきっちりとやらねばならないと考えている

ようだった。その思いが強いために,うまくいっ

ていないと感じたときに不安やイライラが募ると

思われたからである。

活動内容としては,短文作り,ゆっくりとした

スピードの音読などを行った。

通級による指導は,個別の支援ができる。ゆえ

に,D児のペースに合わせた支援,D児のレベル

に合わせた支援が可能である。イライラせずに,

少しずつじっくりと学習を進めることを大切に考

えた。そのような学習場面は,D児にとっても楽

しい時間であったように思われる。好きな鉄道を

題材にした短文作りなどは,言葉のやり取りを楽

しめる時間にもなった。

次に,授業中にD児がイライラするような場面

を意図的に設定し,そのようなときの対処法を学

べるようにしたいと考えた。

例えば,プリントの問題の中に,意図的に少し

難しい問題を入れておく。すると,それまで楽し

く学習したD児が,途端に平常心を失い,不安げ

な表情を見せ始める。明らかにイライラし始めた

のである。

そこで,そのようなときは「難しいときには,

飛ばして次の問題を先にやろう」と言葉掛けをし

たり,教師が問題文を読み,D児に口頭で答えさ

せたりすることで,プリントにも取り組むことが

できるように支援した。

このように,対応を少し変えることや困ったと

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きの対処法を具体的に教えていくことなどによ

, ,り D児の自己コントロール力が少しずつ高まり

通常の学級の生活にも多少変化が見られるように

なってきたと感じている。

② 保護者への支援

保護者への支援は,D児の行動の意味を一緒に

考えていくこと,家庭でできることや子育ての方

向性を一緒に考えていくことなどを方針とした。

そこで,D児の通級開始と同時に,通級連絡ノー

トを介して保護者とのやり取りを始めた。また,

必要に応じて直接話をすることにした。

保護者から次のような悩みが出されたことがあ

る。それは,宿題などが自分の思うようにできな

いと,泣いたりかんしゃくを起こしたりすること

が多く,どう接していけばよいのか分からない,

ついつい怒ってしまうということだった。

まずその事態のとらえ方を考えてみようと,次

のモデル図を示した(図20 。)

思いできるようになりたい

↓うまくできない

↓泣く

かんしゃくを起こす↓

共感どうせできない

(あきらめ,悔しさ)

↓具体的な方法 ~のようにすればいいと思うよ

~してみよう

できるのにいい加減にしたとき,その「態度」はしかってもよいのではないか

図20 D児のとらえ方のモデル図

その後,母親との面接を通して,新たに一つの

提案をした。それは 「他からの働き掛けを受け,

止めて,努力していける子に育てよう」というこ

とである。そして,これは具体的には次のような

ことであると説明した。

○ 教えてくれる人の手を払いのけようとする

態度は注意する。

○ 泣いたり怒ったりする前に,言葉掛けをす

る。

・ 泣かないでやろう」「

・ 怒らずにやろう」「

・ 練習したら上手になるよ」「

・ ちょっとずつ上手になろう」「

○ 勉強ができたことよりも,頑張った態度を

褒める。

・泣かずにできたこと

・怒らずにできたこと

・努力したこと

面接相談の後,通級連絡ノートに保護者の感想

が記されていた。

いろいろ話を聞いていただき,私自身の焦り

や不安からくるイライラが解消し,すっきりし

た気持ちで帰ることができました。

ノートに分かりやすく説明していただいたの

で 「よーし,私もがんばるぞ」という気持ち,

になりました(また,力が入りすぎないように

冷静にならないといけませんが・・・ 。)

この感想から,保護者の思いをじっくり聞くこ

と,可能な範囲で具体的な方向性を提示すること

が重要であると改めて感じた。

D児と通級指導教室担当者,D児と保護者,通

級指導教室担当者と保護者の関係をつくっていく

上では,共通の話題が持てることが重要である。

共通の話題がなければ,話が広がっていきにくい

からである。

そこで,保護者にD児の好きなモノ・コト・場

所を尋ねてみた。するとD児は,鉄道,新幹線が

大好きであるとのことだった。この情報は,D児

との関係づくりや通級指導教室における指導内容

を考える上で役に立ったが,併せて保護者との関

係においても役に立つものだった。

保護者との間に共有される話題が 「D児の問,

題」や「悩み」だけであれば,D児の日常の暮ら

しぶりや家族の楽しいエピソードなどが保護者か

ら語られにくくなる。しかし,D児の言葉の発達

を促し,自己コントロールの力や全身の調整力を

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高めるものは,日常の暮らしの中にあるはずであ

る。ならば,日常の暮らしぶりが保護者との間の

話題になることが大切である。言葉の発達を含め

て児童の発達は,日常生活の豊かな経験に支えら

れていることを,保護者が自然に感じ取れるよう

にすることが重要だと思われる。

③ 学級担任及び教職員への支援

D児については,教育相談部会で支援の方法を

話し合ったり,その後の経過や通級指導教室での

指導の様子を全教職員に知らせたりして,共通理

解が図られるように努めた。全体で研修する時間

が取りにくいときには,職員会議の場を利用して

報告するようにした。校内で事例研修会を実施し

たときの参加者の感想を次に示す。

○ 短い言葉掛けで1回に一つのことだけをはっ

きり指示するなど,具体的にどのようにD児に

対応すればよいのかが分かった。

○ D児だけでなく,個別のかかわりの必要なほ

かの児童についても,このように支援の方向性

を考えていきたい。

○ D児のことだけでなく,それぞれが自分の学

級の児童のことを考えることができた。学級担

任として指導したり配慮したりする上で,参考

になる研修でよかった。

これらの感想は,D児に対する対応の変化だけ

でなく,他の児童の見方にも影響する視点が含ま

れたものだった。

この研修やその後のやり取りを通して,通級指

導教室担当者の視線が,D児の「問題」にのみ焦

点化してしまわないように意識した。学級担任と

の間で,D児の「問題」だけが話題になることを

危惧したからである。学級担任と通級指導教室担ぐ

当者は,児童の学校での暮らしを丸ごと見詰める

存在でありたいと考える。

幸いD児の学級担任とは,職員室でのちょっと

した合間の時間に,日ごろのD児のエピソードに

ついてしばしば情報交換ができた。それは,教育

的井戸端会議とでも呼びたい時間であった。そし

て,そのような時間から,D児への支援の原則や

方法が見えてきたように思うのである。

【児童の変容】

D児は,短文作りの活動を通して,言葉を文章

にすることへの苦手意識を少しずつ払拭していし ょ く

った様子であった。また,一対一の指導を続ける

ことにより,うまくいかないことへの不安やイラ

イラも少しずつ緩和されてきた。しかし,学級で

のトラブルは急には減少しなかった。配慮や指導

を行いつつ,ある程度D児の発達を待たなければ

。 ,解決しない問題もあると考えられた 学級担任は

D児だけでなく,周りの児童たちにも配慮して学

。 , ,級経営を行った その結果 4年生になった現在

D児は学級集団にネガティブな影響を及ぼす行動

はなくなっている。もちろん,コミュニケーショ

ン面,運動面での個別の支援を必要としているこ

とには変わりなく,現在も通級による指導などの

個別支援を行っている。

(5) 校内における支援の成果と課題

本校における校内支援体制づくりについて報告

してきた。その経過を通して感じたことを整理し

たい。

第一に,支援体制づくりには,キーパーソンが

重要だと思われることである。本校では通級指導

教室担当者がその任を果たしてきた。校内のキー

パーソンに加え,軽度の発達障害について専門家

から相談・助言が継続して受けられるシステムが

あれば,支援は更に充実すると思われる。

第二に,校内研修においては「しなければなら

ないから」ではなく 「~の研修がよかったから,

またしよう」や「~が大切だからまたしよう」の

声が教職員から出てくることが大切である。それ

が,個別の支援を継続していこうという力になる

と考えられるからである。

第三に,教育課題が山積みの現在,軽度発達障

害児の支援についての研修が必要であることを,

各学校がしっかりと認識する必要がある。本校で

は管理職や研究主任の理解によって,校内研修計

画に位置付けることができたと思う。

第四に,現状では,学習面で特別な配慮を要す

る児童に対して,個別支援の成果を上げることは

非常に困難である。行動上の問題の場合は,校内

の教職員からの応援が受けやすい。また,言語障

害や情緒障害がある場合は,通級指導教室の利用

, ,も考えられるが 学習面だけが問題になる場合は

学級担任の努力に任されるところが多く,現実問

題としてティーム・ティーチングの態勢も組みに

くい。何らかの制度的,人的施策が望まれる。

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Ⅴ おわりに

本研究では,軽度の発達障害のある児童を支援す

るためにはまず学校全体で取り組む姿勢が必要であ

ること,そのためには教職員が支援を必要としてい

る児童に気付くこと,学級担任が一人で問題を抱え

込まなくてもよいシステムがあることが大切である

と考えた。

本文中に紹介しているチェックリストは,軽度の

発達障害の観点から作成しているが,気になる児童

がいればいつでも利用し,児童が困っていることへ

の気付きを確かなものにしたり,児童への理解を深

めたりするために使ってほしいと思っている。チェ

ックリストの活用を通して,通常の学級の担任が,

支援の必要な児童に気付くための観点を知るととも

, 。に 児童の見方を広げる一助になればと願っている

実践を通して,校内における支援を充実させるた

めには多くの課題があることが分かった。軽度の発

達障害を取り上げる必要感を,校内で共有すること

の難しさ,忙しい学校現場で研修時間を確保するこ

との難しさ,通級指導教室などを利用せずに個別の

対応をすることの難しさなどである。

これらの課題を乗り越えられるかどうかは,校内

の雰囲気やキーパーソンの資質によるところが大き

いと思われる。管理職を含め通常の教育にかかわる

教職員への研修を充実させるとともに,この分野の

リーダーを育てるための研修の必要性を強く感じ

る。

今回,たまたま協力委員の所属する学校の一つが

学習障害モデル事業の研究協力校になった。このよ

うな枠組みや学校外の専門家による支援システムが

あれば,校内における支援が大きく前進し,質的に

も高まることが分かった。校内支援の充実のために

は,外部の専門家チームや関係諸機関との連携が重

要であることを改めて感じる。県教育センターとし

ても,今後学校を支援する機能を高めることができ

るように努めていきたい。

軽度の発達障害のある児童は,まだまだ見過ごさ

れていたり,二次的な問題に発展して周囲が対応に

苦慮するようになってから気付かれたりすることが

多い。この研究で明らかにしたことが,これらの児

童の理解に役立ち,各学校で対応を考える際の参考

になれば幸いである。

最後に,本研究を進めるに当たり,貴重な御意見

をいただいた協力委員の先生方並びに調査に御協力

いただいた先生方に心から感謝の意を表したい。

* 本文中の事例は,内容を損ねない程度に再構成していますが,

取り扱いには十分御留意をお願いいたします。

引用文献○

1) 学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に関する調査研究協力者会議:

学習障害児に対する指導について(報告 ,文部省,p.3,1999)

2) 杉山登志郎:高機能広汎性発達障害の青年期,月刊実践障害児教育Vol.343,学習研究社,p.2,2002

3) 同上書,p.2

4) 杉山登志郎,辻井正次編著:高機能広汎性発達障害,ブレーン出版,p.9,1999

5) 杉山登志郎:発達障害の豊かな世界,日本評論社,pp.108-109,2000

6) JSPP編集委員会:学校における子どものメンタルヘルス対策マニュアル,ひとなる書房,p.134,2001

参考文献○

・ アメリカ精神医学会編,高橋三郎ほか訳:DSM-Ⅳ精神疾患の分類と診断の手引,医学書院,1995

・ 牧野泰美:障害児・者の言語獲得への援助に関する理論的枠組の構築,国立特殊教育総合研究所,1996

・ 日本LD学会編:わかるLDシリーズ①~⑤,日本文化科学社,1996~1999

・ 埼玉県立南教育センター:学習障害(LD)児等の指導に関する調査研究,1999

・ 長畑正道ほか:ADHDの診断と指導・入門編,月刊実践障害児教育Vol.307,学習研究社,1999

・ バ-ンズ亀山静子:判定システムと教育体制,月刊実践障害児教育Vol.319,学習研究社,2000

・ 千葉市養護教育センター:学習障害児等の理解と支援の手引,2001

・ 安達潤ほか:高機能広汎性発達障害の子どもたち,岡山県高機能広汎性発達障害児・者の親の会,2001

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平成12・1 3年度岡山県教育センター個人研究

障害児教育協力委員会

協力委員

黒 住 由 加 岡山市立三勲小学校教諭

石 川 純 子 岡山市立財田小学校教諭

青 山 新 吾 備前市立伊部小学校教諭

なお,岡山県教育センターでは,次の者が本研究に当たった。

池 本 光 子 教育相談部指導主事

平成14年2月発行

軽度の発達障害児への支援に関する研究

-校内における支援の充実のために-

編集兼発行所 岡山県教育センター

〒703-8278 岡山市古京町二丁目2番14号

TEL (086)272-1205

FAX (086)272-1207

http://www edu-c pref okayama jp/URL . . . .