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におけるモジュール におけるモジュール におけるモジュール におけるモジュール : システム ヒエラルキー システム ヒエラルキー システム ヒエラルキー システム ヒエラルキー FinalDraft:2/1/2001 (一 大学) 大学) 大学)

自動車産業におけるモジュール化自動車産業におけ … This paper analyzes the modularization in the world auto industry. The modularization in the industry has

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自動車産業におけるモジュール化自動車産業におけるモジュール化自動車産業におけるモジュール化自動車産業におけるモジュール化:::: 製品・生産・調達システムの複合ヒエラルキー製品・生産・調達システムの複合ヒエラルキー製品・生産・調達システムの複合ヒエラルキー製品・生産・調達システムの複合ヒエラルキー

Final Draft: 2/1/2001

武石 彰(一橋大学)

藤本隆宏(東京大学)

具 承桓(東京大学)

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ABSRACT This paper analyzes the modularization in the world auto industry. The modularization in the industry has been involving architectural changes in product, production, and supplier systems, with each region (Japan, Europe, and the U.S.A.) emphasizing different purposes and aspects. As an attempt to understand such multi-faceted, complex processes coherently, this paper proposes a conceptual framework that sees development-production activities as multiple hierarchies of products, processes, and inter-firm boundaries. With this framework, drawing on case studies and questionnaire survey data, the paper examines the on-going processes of modularization. It is argued that there are some tensions among the three hierarchies, and such tensions may lead to further changes in product, production, and supplier-system architectures in the industry in a dynamic and path-dependent manner.

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1 はじめに

自動車産業ではここ数年「モジュール化」という考え方が注目を集めている。地域

や企業によって異なる意味やねらいで語られている面もあり、業界内でモジュール化

に関する定まった定義があるわけではないが、比較的共通した傾向を見い出すことは

できる。それは生産プロセスにおいて従来より大きな単位でサブアッセンブリーを行

なうことであり、なおかつしばしば(特に欧州の自動車産業にみられる傾向であるが)

これを外部のサプライヤーに任せることを指している。

このことは、「モジュール化」あるいは「モジュラー化」と呼ばれている現象には、

少なくとも、(1) 技術管理論などで盛んに議論されている「製品アーキテクチャのモジ

ュール化」(製品開発におけるモジュール化)の他に、(2)「生産のモジュール化」、

(3)「企業間システムのモジュール化」(調達部品の集成化)というものがあることを

意味している。これら3つの異なるモジュール化がしばしば混同されることが、議論

の混乱を招いてきた。欧米の自動車産業では、(3) のアウトソーシングが先行し、日

本では (2) 生産のモジュール化への取り組みが先行しており、これらはいずれも、

(1)「製品アーキテクチャのモジュール化」とは似て非なるものである。ただし、より

詳細に自動車業界の動きを探っていくと、そこには製品アーキテクチャとしてのモジ

ュール化に結びつく動きも見えてくる。

このように、モジュール化をめぐって複雑な動きが観察されるのが、自動車産業

である。したがって、この業界の動向を共通の枠組によって理解することができれば、

それはモジュール化という概念を理解する上で一歩前進となろう。本論で自動車産業

を取り上げるねらいはそこにある。また、自動車産業の動きをみていくことで、生産

システムや企業間システムのあり方と製品のアーキテクチャとの間に相互に作用する

ダイナミズムについて考えてみたい。自動車産業のモジュール化は流動的、経過的な

段階にあるが、まさにそうした変化の渦中にあるプロセスをリアルタイムで観察する

ことによってアーキテクチャをめぐるダイナミックな相互作用を垣間見ることができ

るという意味で、興味深い材料を提供してくれるのである。

以下、まず議論の土台として、自動車の開発・生産システムを、製品システム、

生産システム、企業間システムをめぐる複合的な階層構造としてとらえる枠組みを提

示する。その上で、自動車業界におけるモジュール化の動向を記述する。欧米と日本

の実情を比較しながら、実際にどのようなことが起きているのか、その背景にはどの

ような事情があるのかを明らかにする1。そして、生産システムや企業間システムの見

1本論のベースになっているインタビュー調査は、マサチューセッツ工科大学の国際自動車研究プログラム(IMVP: International Motor Vehicle Program)におけるモジュール化とアウトソーシングに関する研究プロジェクトの一環として、1999年から2000年にかけて行ったものである。国内外の自動車メーカー、部品メーカーを対象としている。また、国内の部品メーカーを

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直しを軸とした取り組みが、製品アーキテクチャの見直しにつながっていくメカニズ

ムについて検討していく。

2 分析の枠組み:複合ヒエラルキーとしての自動車の開発、生産システム

自動車産業のモジュール化をめぐる具体的な動きをみていく前に、まずその前提

となる分析の枠組みを提示しておきたい。本論の目的の一つは、「製品アーキテクチャ」、

「生産」、「企業間システム」という3つのモジュラー概念を統一的な枠組のもとで理解し、その

相違と関連性を明らかにすることである。そのための枠組として、「複合ヒエラルキー」という考

え方を示したい。それは、自動車の開発、生産システム(製品、工程、製品・工程設計な

どの体系)を、複合的なヒエラルキ (階層構造)、すなわち、生産・開発の各段階の

階層構造と企業間システムの階層構造がそれぞれお互いに対応し合う、複合化した体

系を形成しているというとらえ方である(ベースになる議論は藤本(1997)参照)。

「複合ヒエラルキー」の概念を用いて、3つのモジュラー化概念を説明してみよう。

まず、「製品アーキテクチャのモジュール化」であるが、これは「製品機能ヒエラルキ

ー」と「製品構造ヒエラルキー」の相互関係の上に定義される。視覚的には、図 1 (1)

のように、二つのヒエラルキーを、いわば「鯵の干物」のように左右に展開したダイア

グラムが用いられることがある(例えば Goepfert and Steinbrecher 1999)。上の図

は、いわゆるインテグラル・アーキテクチャの製品である。製品機能(左半分)と製品

構造(右半分)それぞれの構成要素が互いに多対多で絡み合っているため、例えば部品

S1の設計者は、次の要素を考慮する必要がある:(1) 他の部品との機能的相互依存性

(s1←f1←s2、s1←f2←s2など);(2) 他の部品との構造的な相互依存性(例え

ば部品干渉;s1←s2);(3) 製品全体の設計との相互依存関係(例えば製品デザイン

との整合性;s1←S1←Sなど);(4) サブ機能間の相互依存性(f1⇔f2、F1⇔F2

など)。

こうした相互依存性を低減することが、「製品アーキテクチャのモジュール化」で

ある。その結果、下の図のように、部品と機能の間に1対1の対応が確保されやすく

なり、部品 S1の設計者は、とりあえず機能 f1と全体設計 S に集中して設計を行なえ

ばよい。つまり、この部品が「機能完結モジュール」となり、部品設計の自律性が高ま

る。さらに、以上の処置の後、さらに残った相互依存性は、できるだけ簡略化・標準

化した部品間インターフェースで処理すれば良い。

次に、「生産のモジュール化」を、同じようなダイヤグラムで示そう。図 1 (2)で

は、「製品構造ヒエラルキー」が右半分、「生産工程のヒエラルキー」が左半分に展開

対象にアンケート調査も別途おこなった。インタビュー、アンケートにご協力いただいた企業の方々に感謝する。

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されている。単純化のため、生産工程としては組立作業に焦点を絞る。ここで注意す

べきは、前述の「製品機能・構造の複合ヒエラルキー」と、この「製品・工程の複合ヒ

エラルキー」とでは、右半分の「製品構造ヒエラルキー」の形が異なる可能性があると

いう点だ。すなわち、前者の場合は、製品機能との関係を意識しつつ、各部品ができ

る限り「機能完結」を目指す結果、階層構造が出来上がるのに対して、後者の場合は、

生産工程との関係を意識しつつ、「構造一体」という基準で部品の階層構造を組む。つ

まり、物流・搬送や作業性、製造品質管理などの点で扱いやすい「構造一体モジュー

ル」を指向するのである。このため、二つのヒエラルキーは形が異なる可能性が高い。

「設計の部品表と生産の部品表は別途用意する」という言い方もできる。

こうした観点から見て、上の図は、生産のモジュラー化の程度が低いケースであ

る。製品を構成するすべての小モジュール(s1 s8)が、いわば横並びとなっており、

中間レベルの「構造一体の大モジュール」が想定されていない。この場合、生産工程(左

半分)においては、小モジュールから一気に製品を組み上げる、1本の長いメインライ

ンが対応することになる。これに対して下の図では、中間に構造一体モジュール(S1

と S2)が想定されており、生産工程の側では、これに対応する2本のサブ組立ライン

と1本の短いメイン組立ラインが準備される(有名な Simon (1969)の時計職人の例を

参照されたい)。このように、「構造一体モジュール」による製品構造ヒエラルキーは、

メインラインとサブラインからなる「工程の階層構造」に翻訳されるわけである。

最後に、「企業間システムにおけるモジュール化」、すなわち部品サプライヤーか

らのサブアセンブリーでの納入について説明しよう。既に述べたように、企業間での

開発・生産活動の分業(自動車企業から見れば内外製区分)は、製品機能設計、製品構

造設計、工程設計、工程準備、生産の各ステップごとに定義することができるが、通

常、内外製区分と行った場合には、生産活動の分業、すなわち生産工程の企業間での

配分を指す。つまり、前図の左半分に登場した工程ヒエラルキーの上に企業の境界線

を引く作業に他ならない。これを図 1 (3)で示す。ここで、部品をかなり大きな塊(集

成度の高いモジュール)でサプライヤーにアウトソース(外注)することが、欧米の自

動車メーカーで注目されている「調達のモジュラー化」である。上の図は、組立メーカ

ーの内製度の高いケースで、サプライヤーからの部品は小モジュール(s1 s8)とい

う荷姿で納入される。これに対して、下の図は、部品メーカーがサブ組立ラインを担

当し、集成度の高い大モジュール(S1、S2)を組立メーカーに納入するケースであり、

ここでの定義によれば「調達のモジュール度」が比較的に高いケースといえる。製品設

計のアウトソーシング(いわゆる「承認図方式」)についても同様のとらえ方ができる。

以上のように、3つのモジュラー化の関係は、複合ヒエラルキーの概念を使って、

統一的に示すことが出来る。以上に示した3枚の図がそれである。それぞれの局面に

おいて、製品技術者、工程技術者、調達担当者などは、製品や工程のヒエラルキーの

形態やその上に引く境界線について、一連の意思決定とその相互調整を行なう必要が

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ある。こう考えれば、本論で取り上げた「3つのモジュール化概念」は、決して混同さ

れるべきではないが、同時に相互に関連しあった意思決定であることが分かるだろう。

これらは、製品機能・製品構造・生産工程という相互に連関しあったヒエラルキーに

関する一連の意思決定なのである。したがって、これら決定の間には、常に相互に乖

離し矛盾する可能性がある。この乖離を、どのように調整するかが、モジュラー化と

いう問題の本質的な部分だと言っても過言ではなかろう。

また、ここまでは3つの意思決定を、やや静態的な観点から捉えてきたが、現実

には、企業によるこれらの意思決定は、時間軸にそって累積的に行なわれる可能性が

高い。さらに、どんな順序で意思決定がなされたかにより結果が異なる可能性、すな

わち「経路依存性」も視野に入れておく必要がある。

以上を念頭に、日米欧の自動車企業で実際に展開されている「モジュール化」の実

態を検討していくことにしよう。結論を先取りして言えば、欧米企業では「企業間関係

のモジュール化」すなわちアウトソーシングが先行する傾向があり、「生産のモジュー

ル化」がこれに対応する形で進んでいるようだが、これと「製品アーキテクチャのモジ

ュール化」とはある種の矛盾や緊張関係が発生する傾向もみられ、それへの対処が注目

される。逆に日本では、今のところ自動車企業内での「生産のモジュール化」の取り組

みが活発であり、欧米のようなアウトソーシング傾向はあまり見られない。むしろ、

サブラインでの機能保証・品質保証の必要性から、「製品アーキテクチャのモジュール

化」へと向かう圧力がかかっているかもしれない。この結果、欧米企業と日本企業では、

モジュール化の経路が異なり、その結果、出現する製品アーキテクチャ、工程の階層

構造、内外製区分などが異なる可能性もある。

3 自動車産業におけるモジュール化の動向と背景

3.1. 欧米の状況

自動車業界におけるモジュール化の動きは、ふたつのドイツ自動車メーカー、フ

ォルクスワーゲン(VW)とダイムラー・ベンツ(現ダイムラー・クライスラー)によっ

て 90年代半ば前後から本格化し始めたといえる。VW社のブラジルの Resende 工場、チ

ェコの Boleslav 工場、旧東ドイツの VW Mosel 工場、ベンツの米国 Vance 工場、フラン

スHambach工場が代表例としてあげられる。いずれも1996年から97年にかけてスター

トしている。

これらの工場は、基本的に二つの特徴をもっている。ひとつは自動車の部品をよ

り大きな単位でサブアッシーすることである。自動車は最終的にひとつのシステムと

してまとめられて、完成するが、まとめていく過程の中で、どのような中間的な管理

単位を設けるかについては様々な選択肢がある。これらの工場では、インスツルメン

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トパネル(インパネ)、メーター、ワイヤーハーネスといった個別部品を最終組立ライ

ンで車体に組み付けるのではなく、別の工程でこれら複数の部品群をインパネ・モジ

ュールとしてサブアッシーし、これを一括して最終組立ラインで車体に装着する方法

をとっている。これは、先ほどの枠組みでいえば、工程の階層構造を変更し、従来な

かった中間的な階層を加えることである(図 1 (2)の下のパターン)。これまでもある

単位で自動車が分割され、生産・開発が管理されてきたが、一部の自動車メーカーが

モジュール化によりこれを大幅に見直し始めたのを契機に、各社が新しい階層構造を

模索しているのが現在の状況である。

第二の特徴は、サブアッシーを外部のサプライヤーにまかせることである。これ

は、企業間システムの階層構造において、社内で担う作業の範囲を小さくする(ヒエラ

ルキーにおいてより高い位置で境界線を設ける)ことを意味している(図 1 (3)の下の

パターン)。ベンツとスイスの時計メーカーSMH 社との合弁企業 MCC 社の Hambach 工場

(二人乗り乗用車「スマートカー」の生産工場)が代表的な例である。システムパート

ナーと呼ばれるサプライヤーが MCC 組立工場を囲むように隣接し、コックピット・モ

ジュール、フロントエンド・モジュール、ドア・モジュールなどを組み立て、MCCの最

終組立ラインに直接供給している。車体溶接や塗装までもパートナーに任されている。

米国の自動車メーカーのモジュール化については、必ずしもドイツメーカーのような

大胆な動きはみられない。しかし、基本的な傾向として、より大きな範囲で、部品の

生産・開発をサプライヤーに任せていこうという考え方がやはり示されている。

自動車メーカーがアウトソーシングの範囲を拡大する理由は、第一に、部品メー

カーの相対的に安い労働コストを活用するという狙いがあるとみられている。第二に、

部品メーカーの役割を大きくすることによって、自らの投資負担、リスクを軽減する

という狙いも指摘されている2。第三に、直接取引をする部品メーカーの数を削減する

という購買方針もモジュール化を促している。サプライヤーの数を絞って、より多く

を任せていく考え方は、そもそも日本の自動車メーカーのアプローチから学んだもの

だが(Clark and Fujimoto 1991、Cusumano and Takeishi 1991、Nishiguchi 1994)、

欧州の場合、部品メーカーにまかせる範囲が従来の日本よりも大きなものになってい

る。この背後には、既存の自動車ビジネスのあり方では、なかなか利益が出にくいと

いう欧州の自動車メーカーの危機意識が働いているようである。つまり、「ビジネス・

2 例えば、モジュール生産を積極的にサプライヤーにまかせている組立工場では、自動車メーカーの投資負担が小さくなり、比較的少ない生産規模でも投資が回収できる体制になっているといわれている。ただし、こうした労働コスト、投資コストの節約はモジュール化のメリットしては必ずしも重要でない、との見方も欧米の自動車メーカーへのインタビューで指摘されている。自動車の生産コストにしめる労働コストのウエイトは決して大きくなく、工場が隣接していれば、賃金格差も縮小する可能性が大きい。部品メーカーが負担する投資コストも、結局は部品価格としてはねかえってくるし、相対的に規模の小さい部品メーカーは自動車メーカーよりも資本コストが高くつく可能性もある。

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アーキテクチャ」(藤本・武石・青島 2001)の建て直しの一環として、積極的なサプ

ライヤーの活用が模索されているのである。

自動車メーカーのこのような考え方を受け、さらにはそれをうながすように、欧

米では部品メーカーの間での買収や合併が増加している。複数の部品をモジュールと

して一括して、開発と生産を担うことで自動車メーカーとの取引を拡大することを目

指した展開である3。

ただし、モジュールを引き受けた部品メーカーは実はサブアッシーを請け負って

いるだけで、モジュールを構成する下位の部品の生産については既存のサプライヤー

が担当し、各部品のサプライヤーの選定、購入価格の決定、品質管理、設計管理など

は依然として自動車メーカーが握っているというケースもある。部品メーカー側に任

せるに足る実力がないという事情もある。全てを隣接する部品メーカー一社に任せて

しまっては、技術、コストのブラックボックス化を招き、部品メーカーへの競争圧力

も低下して、交渉力が低下してしまうことを懸念しているむきもある。だからといっ

て、単に組立を任せるだけで細かな管理作業を自社でやっていては、自動車メーカー

にとって労賃格差の活用以上のメリットは期待できない。部品メーカーとしても単な

る下請けに過ぎず、付加価値の小さな、しかし投資規模とリスク負担の大きな事業に

なり、魅力に乏しい。一体どこまでを外部に任せればいいのか模索が続いている。

3.2. 日本の状況

欧米に比べると、日本の自動車産業ではいまのところ目立った動きがみられない。

アンケートやインタビューで確認していくと、モジュール化について欧米とは異なっ

た狙い、形で取り組んでいることがわかる。

まず、部品メーカーへのアンケート調査の結果をみてみよう4。一次部品メーカー

を対象に 1999年 2 3月にかけて実施し、153社から回答をえた。このアンケートでは、

業界内で定義の定まらない「モジュール化」という用語を直接用いずに、それに関連す

ると思われるいくつかの指標について、最近の変化を確認していくという方法をとっ

た。部品の設計や生産について合計 19 の項目を設定し、4 年前(典型的なモデルチェ

ンジサイクル)に比べてどのような変化があったかを尋ねた。

回答結果を因子分析すると、次の四つの因子が抽出された:①納入先自動車メー

カー内の部品標準化、②アーキテクチャの統合化、③機能完結化/接点の簡素化、④

サブアッシー化。モジュール化に関して、ひとくくりでは把握できない、多面的な次

3 たとえば、Automotive News (1998 年 6 月 22 日)参照。代表的な例をひとつ挙げれば、米国の Lear Corporation がある。同社はシートメーカーであるが、1993 年にフォードのシート部門を買収して以来、米欧を中心に 12 の部品メーカーを買収し、製品分野をインパネ、ドアトリム、成形天井、ルームミラー、フロアカーペット、エアコンシステムまで拡張し、車両の内装関係部品・システムの生産開発にはばひろく対応できる体制を確立しつつある。 4 アンケートの詳細については、藤本・松尾・武石(1999)、具(2000)参照。

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元が存在することをこの結果は示唆している。

回答スコアの平均値を示したのが表 1である。過去四年間で一番進んだ(スコアが

高い)のは製品アーキテクチャの統合化である。個々の部品に求められる機能がより複

合化し(項目 17)、他の部品との構造的、機能的な調整が以前に増して求められてい

る(項目 18、19)。製品アーキテクチャのモジュール化には逆行する流れといえる。

ただ、顧客企業内の部品共通化はある程度進行しており(項目 6、7、13、14)、この

点で、製品アーキテクチャとしてのモジュール化の兆しもみられる。ただし、共通化

といっても特定モデル内のバリエーション間であったり、個別自動車メーカー内のモ

デル間のそれであり、企業を超えた共通化はほとんど進んでいない(項目 8、15)。機

能が完結化したり、接点が簡素化したケースや(項目 11、12、16)、あるいはより大

きな単位で部品のサブアッシーを任されるようになったというケースも少ない(項目 2、

3、4)。要するに、一部で部品・接点の共通化という動きもみられるものの、製品シス

テムのアーキテクチャとしてはむしろ統合化の傾向の方がより顕著であり、他方、 欧

米にみられる、より大きな単位でのサブアッシ を部品メーカーに任せていく動き

は ほ と ん ど 進 ん で い な い 、 と い え よ う 。

しかし、これは部品メーカーからみた状況である。観察の対象を自動車メーカー

の内部に転じると、異なった状況がみえてくる。図2は、日本の自動車メーカー8社の

聞き取り調査(1999 年 3 7 月)に基づいて作成したものである。各社のいくつかのモ

デルについて、インパネまわりでサブアッシ されている部品の種類数(タテ軸)とモ

デルの発売年(ヨコ軸)について、当該自動車メーカーの平均値からの差

(mean-centering)をとって相対化したスコアをプロットした。右上がりの傾向がみえ

る。各企業とも、新しいモデルほどサブアッシー部品の範囲がひろがっていることが

わかる。つまり、自動車メーカーの内部では、日本でも、より大きな単位でのサブア

ッシー化は進展しているのである。

では、どのような理由で、日本のメーカーは社内でサブアッシー化を進めている

のであろうか。積極的にモジュール化をすすめる欧米メーカーの刺激もあるが、異な

る考えからモジュール化に取り組んでいる動きもある。それは組立ラインを自律完結

型に変えていくという考え方である。

トヨタ生産方式に代表される日本の自動車の組立ラインは、作業効率の最大化を

目的に、きわめてタイトで、統合的なラインを構築してきた。作業者に手待ち時間(ム

ダ)がないように、作業を柔軟に組み合せ、ライン全体として効率を高めることが最優

先課題であった。作業者が多様な作業をこなせるよう訓練されてきた(多能工化)のも、

そのためであった。前掲図 1 (2)でいえば、上段のタイプのヒエラルキーが好まれてい

た。状況に応じて、工程の順序や作業者の配置を組み替えながら効率化を追求してい

たのである。下段のような、サブアッシー・ラインの導入は、特定の作業群を一括し

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てメインラインから分離してしまい、全体最適のための柔軟な作業の組み直しを妨げ

る。サブアッシーラインの作業者が、問題が生じたメインラインの作業者の手助けを

する、といった臨機応変なやりとりもできなくなる。従来の考え方ではサブアッシー

ラインは受け入れにくいものであった。ところが、90 年代に入って、新しい考え方が

でてきた。

第一に、作業者の満足度が重視されるようになった。これはバブル時代に人手不

足に苦労した自動車メーカーの経験に端を発している(藤本・武石 1994)。増加する

高齢・女性労働者への配慮も影響している。サブアッシ 化は、ふたつの点で作業者

の満足度アップに寄与する。ひとつは、作業姿勢が楽になる。インパネ回りを例にと

れば、メインラインで部品を車体に順次組み付ける場合、作業者は車体内部に身をこ

ごめた苦渋姿勢を続けながら作業することを強いられる。しかし、インパネ回りの部

品を、サブアッシ ラインで一括して組み付ける場合には、立ったまま相対的に楽な

姿勢で作業をすることができる。もうひとつは、あるまとまった作業をすることで、

作業の「意味」がより明確になるという効果がある。これは作業者の動機付け、作業内

容への満足度の向上につながる。

第二に、自己完結型品質管理が重視されるようになった。これは、ある部品の固

まりごとに製造品質のチェックを完結していく、という考え方である。個々の部品を

車体に組み付けていって、最後の検査ラインで車両全体としての品質をチェックする

のではなく、一定の固まり毎に品質を確認して、不良をより早い段階で防ぐことを重

視する。この考え方に立てば、サブアッシーとして作業して、その段階で品質をチェ

ックする、という工程が採用されやすくなる。完結した品質チェックが可能になれば、

作業者にとっての作業の意味も明確にしやすい。

こうして、作業者の満足度、自己完結型品質管理を重視するようになったのを背

景に、組立ラインが従来の統合型から自律完結型になり、サブアッシ 化が進んでい

るのである5。ただし、サブアッシーをアウトソースすることには、日本の自動車メー

カーは消極的である。これは先のアンケート結果にあらわれていた。自動車メーカー

へのインタビューでも確認された。しばしばモジュール化とアウトソーシングが対に

なって進められている欧州と異なる点である6。

これにはいくつかの理由がある。欧州に比べて、自動車メーカーと部品メーカー

の賃金格差も小さく、外部にまかせるメリットが小さい。大きな単位のサブアッシー

5 サブアッシーラインの拡充だけではなく、メインライン自体もいくつかのサブブロックにわけて、それぞれで完結性をもたせる取り組みが進んでいる。こうした組立システムの新しい考え方については藤本(1997)参照。 6 なお、欧州の自動車メーカーでも自社内でのモジュール化を重視しているケースもある。 VW グループに属するアウディ社のイングルシュタット工場ではモジュール化を内製主体で進めることを基本方針としている。一部アウトソースしているサブアッシーも内部に取り込むことを予定している(業界調査)。

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を担当するサプライヤーは工場を隣接する必要があるが、そうした投資機会は現在の

日本では限られている。仮にそれが可能だとしても、工場単位で特定のサプライヤー

への依存度が高まると、部品メーカーへの競争圧力が減退するという懸念もある。従

来個別部品単位で専門メーカーとして生産、開発に従事してきた部品メーカーはより

大きな単位での生産や開発について自動車メーカー以上の能力はもっていないとの認

識も強い。一般に、日本の自動車メーカーは部品の技術やコストがブラックボックス

化することを嫌う傾向が強いこと、欧米のようにモジュールの生産開発を担うことを

目的に買収や合併を進める部品メーカーがなく、受け皿もないことも、日本の自動車

メーカーの内製重視の考え方の背後にあると考えられる。

4. 製品アーキテクチャの見直し

以上みてきたように、今のところ、自動車産業のモジュール化の問題の中心は、

生産システムと企業間システムの階層構造の見直しにある。前者はサブアッシー化で

あり、これは日米欧共通してみられる変化である。後者はアウトソーシング化である。

これは主として欧米にみられる変化で、日本は今のところ慎重である。

生産システムと企業間システムの階層構造の見直しは、製品アーキテクチャのモ

ジュール化(図 1(1))とは異質な問題である。そもそも、自動車は、製品アーキテク

チャとしては統合型に分類される製品であり(藤本 2001)、モジュール化を進めにく

いところがある。しかし、もう少し詳細にみていくと、生産と企業間システムの見直

しが、製品アーキテクチャのモジュール化につながる動きがみられる。

日本の自動車メーカーでみられる、サブアッシー化に伴う、設計の見直しの動き

がそのひとつである。サブアッシー化に様々な問題がある。より多くの部品をサブア

ッシーすると、重量・サイズの増大によりモジュールのハンドリングの負担が大きく

なるし、複数の部品をサブアッシーしてから組み付けようとすると、単品部品の場合

に比べて組付け精度が出しにくくなる。ハンドリングや精度確保のために余計な補助

部品をつけるようでは、コスト、重量増につながってしまう。さらに、モジュール単

位で品質チェックを完結させるには、機能と構造の割り付けを変える必要がでてくる7。

サブアッシー化にともなうこうした問題を解決するために、各社が取り組んでい

るのが、設計の見直しである。単にサブアッシー単位を大きくするだけでなく、

7 この他、「混流ライン」(ひとつのラインで複数のモデルを一緒に流すこと)故の難しさという問題もある。ひとつの車種だけサブアッシ 化を進めると、メインラインにおいてモデル間で組立作業工数のバランスが崩れるからである。ただし、これは時間が解決する問題である。

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構成する部品を一体化・統

合してコスト・重量の削減を進めたり、機能と構造の割り振りを変えて、品質機能完

結化を実現する(例えば、インパネ・モジュールとして電気系統の品質検査を完結でき

るようにする)、といった見直しが進んでいる。このような取り組みは、製品アーキテ

クチャの見直しに他ならない。部品一体化は、ある部品セットの内部で製品アーキテ

クチャをより統合的にすることであり、品質機能完結化は部品セットにより独立した

機能を割り当てて、モジュール化することを意味している。

これは、生産システムの階層構造の見直しからスタートして、製品アーキテクチ

ャの見直しにつながる流れである。さらに組織の境界の見直しに至るという経路(「生

産システムのモジュール化」→「製品アーキテクチャのモジュール化」→「企業間シス

テムのモジュール化」)もありうる(図 3)。藤本・葛(2001)が分析しているように、

「承認図方式」は、品質管理責任を明確に定められる部品について採用される傾向があ

る。つまり、機能的にまとめて任せられるものがアウトソーシングされているのであ

る。製品アーキテクチャの見直しによって、より大きな単位で品質責任を設定できれ

ば、その単位で生産開発の外注が容易になり、結果としてアウトソーシングが促進さ

れる可能性がある。

欧米でも「a testable set of components」という条件をモジュールの定義に含め

る自動車メーカーがある。アウトソーシングする上で、独立した機能を割り当てる

(testable)ことが重要になっていると考えられる。つまり「企業間システムと生産シ

ステムのモジュール化」が「アーキテクチャのモジュール化」をうながしていくという

経路である(図 3)。

その最も顕著な例が、前出の MCC 工場で生産されているスマートカーだろう。こ

の車は、「トリディオン車体フレーム」という独特の車体フレームに樹脂性のパネルが

装着されてできている。通常の乗用車のモノコック・ボディ構造による統合型アーキ

テクチャとは異なり、サプライヤーによるモジュール生産を前提とした製品アーキテ

クチャになっている。世界的な大手部品企業のボッシュは、サプライヤーによるモジ

ュール生産の成功の条件として、車の設計自体がそのために最適化されることを指摘

している。その事例として同社があげているのが、スマートカーである。外部企業と

の分業が、契約や評価基準の明確化のために構造と機能の割り付けの変更を促し、結

果として、製品アーキテクチャがモジュール化するというプロセスである。

製品アーキテクチャが見直されるという点では欧米も日本も同じだが、経路の違

いにより出現する製品アーキテクチャは異なるかもしれない(図3)。日本は複数の部

品メーカーとの協力をベースにしながらも、自動車メーカーが主導する形でアーキテ

クチャの見直しに取り組んでいる8。欧州などでは、まずある固まりの部品群を一括し

8 個別の部品の生産、開発については各部品メーカーが専門知識、能力を有しているため、部品メーカーの協力が必要となる。従来より大きな単位での部品群の開発を、自動車メーカーが

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て特定の部品メーカー(M&A などを通じてモジュール・サプライヤーとなった企業)に

外注し、その境界線を前提に製品アーキテクチャの見直しが進もうとしている。製品

のアーキテクチャの見直しを進めるためには、製品の全体を理解していることが重要

だとすれば、自動車メーカー主体の日本の方が優位かもしれない。他方で、欧米のよ

うに部品メーカーが主導した方が、従来の自動車メーカーの発想にはない画期的な製

品アーキテクチャが出現する可能性もあろう。

ただし、製品アーキテクチャのモジュール化といっても、自動車の場合、基本的

にモデル単位で進んでいる。欧米の自動車工場でも工場/モデル別に固有のモジュー

ルが導入され、他のモデルや、他メーカーへの適用は視野に入っていない。日本の自

動車メーカーの内部でのサブアッシ 化や設計合理化も同様である。つまり、クロー

ズなモジュール化である。コンピュータ、自転車、ステレオシステムなどでみられる

オープンなモジュール化とは、その点で根本的に異質である。ある部品メーカーが大

きな範囲で設計を任される場合、その部品メーカーの自由度が増し、構成部品の共通

化、標準化がしやすくなる可能性はある。しかし、個別モデルの最適化が重視されて

いるため、企業を超えて、モジュールそのものの共通化やインターフェースの標準化

は進んでいない9。

5. ディスカッション:自動車産業のモジュール化をめぐるダイナミクス

自動車産業のモジュール化はここ3、4年で本格化したものであり、まだ試行錯

誤の段階にある。地域や、企業によって取り組み方や考え方も異なっている。これか

らどのような形で進展するのか、どのような影響をもたらすか、不透明な点が多い。

したがって、憶測の域を出ないが、現在進行中のこうした動きは、アーキテクチャの

変化をめぐるダイナミクスを考える上で興味深いケースを提示しているとみることが

できそうである。 ダイナミクスの中心にあるのが、生産システム、企業間システム、そして製品ア

ーキテクチャの間にある相互作用である。生産システムのヒエラルキーの変更や企業

専門部品メーカーを複数巻き込んで共同で取り組むアプローチは、自動車業界では「協業」といわれる。ただし、あくまでも開発の主導権、とりまとめは自動車メーカーが握っている。協業によるモジュールの設計合理化の事例は、『日経メカニカル』1999 年 1 月号など参照。 9 自動車産業における標準化への抵抗の歴史は長い。1910 年、米国の自動車技術者協会(SAE: Society of Automotive Engineers)は、自動車用部品の業界標準化を提唱した。数多く存在した自動車組立メーカーの間で部品の互換性をもたせ、効率化を図ろうした。しかし、小規模なメーカーは賛同したものの、フォード、スチュードベーカー、ダッヂ、GM など大手の自動車メーカーの反対により、実現しなかった。大手自動車メーカーは既に確立していた自分達の優位(規模の経済)を失うことをきらい、各社独自の標準に固執し、SAE の提案に反対したのである(Langlois and Robertson 1992)。

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間システムのヒエラルキーの変更が製品アーキテクチャとの間に一種の緊張関係を生

み出し、結果として製品ア キテクチャの見直しを促すというメカニズムである。

Baldwin and Clark(2000)は、「設計のモジュール性(modularity in design)」

の他に、「使用のモジュール性(modularity in use)」、「生産のモジュール性

(modularity in production)」があると指摘している(彼等の議論の中心は設計にお

けるモジュール化であるが)。Sako and Murray(1999)はこれら三つのモジュール化

はそれぞれ最適のアーキテクチャが異なっており、全体のバランスをとりながらモジ

ュール化を進める必要があると指摘している。これは三つのモジュール化が相互に関

係し、相互の調整が必要であることを意味している。さらに、Sako and Murray(1999)

は設計のアーキテクチャと組織のアーキテクチャ(内部組織および企業間システム)に

も相互の調整が必要であると指摘している。本論のケースも、企業間システムが製品

アーキテクチャの変化を迫るという経路があることを示している。製品アーキテクチ

ャのモジュール化が分業構造を変える(垂直型から水平型へ)という議論はよく知られ

ているが(Fine 1998)、製品アーキテクチャと企業間システムの関係は、前者から後

者への影響だけではなく、後者から前者への影響もあるということだ。

冒頭の分析の枠組みで論じたように、製品設計のアーキテクチャ、つまり製品構

造と製品機能の階層構造は、生産システムの階層構造や企業システムの階層構造と相

互に対応する関係性をもっている。複雑なシステムの階層構造は、分業の合理化の一

手段として形成されるわけだが(Simon 1969)、開発、生産、企業間システムは、各々

固有の分業のロジックをもっている。生産システムや企業間システムの階層構造が、

それぞれ固有の事情(作業者の満足度の向上や、企業間の賃金格差の活用、リスクや投

資負担の分散化など)で変化することによって、結果的に製品設計のアーキテクチャの

変化をうながすという作用が働くのである。製品設計上の考慮だけが製品アーキテク

チャの変化を促すのではない。欧州の自動車メーカーの場合は、儲かる仕組作りを求

めて、企業間システム、生産システム、製品システムの全てにわたってアーキテクチ

ャの見直しを模索しているのである(その成果は疑問ではあるが)。

自動車産業のモジュール化は、今後、生産システム、企業間の境界、そして製品

のアーキテクチャが、それぞれの固有の事情と内在するロジックで変化しながら、同

時に相互作用を通じてお互いに影響し合いながら、進展していくことになると考えら

れる。だとすれば、自動車メーカーにとっては、開発部門、生産部門、購買部門、そ

してパートナーとなる部品メーカーが一体となって、相互調整しながらトータルなプ

ロセスとしてモジュール化に取り組んでいくことが鍵になるだろう。

異なる事業環境、企業の能力・戦略の違い、そしてモジュール化の経路の違いな

ど背景に、世界の自動車産業の中でいろいろなモジュール化のパターンが併存するか

もしれない。車種や市場セグメントによってアーキテクチャが使い分けられるという

シナリオもありうる。あるいは、異なるモジュール化のパターン間の競争の中から、

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ある特定のパターンがより優れた成果をだせるようになれば、いずれ一定のパターン

に収斂する可能性もある。どのパターンがユーザーにとってより価値のある車両の生

産、開発を可能にするかにその行方はかかっている。

中長期的な技術革新の影響も注目される。環境問題の深刻化を背景に現在自動車

業界ではガソリン(及び軽油)エンジンに代わる新たな動力源(ハイブリッド、燃料電

池など)の開発競争が加速化している。また、通信技術の高度化にともない ITS

(Intelligent Transportation System)の開発・実用化も進みつつある。自動車にお

ける情報技術の重要性の高まりは、ソフトウエアの重要性を高め、ソフトとハードの

分離という形で一種のモジュール化をうながすことも考えられる。新しい技術が本格

的に実用化されることになれば、自動車そのものの製品アーキテクチャも大幅に変化

し、生産システム、企業間システムにも影響を与えずにはおかないであろう。次世代

技術の行方と現行のモジュール化の動きが相互に作用しながら、自動車業界の新しい

アーキテクチャ(製品、生産、企業間システム)が形成されていくだろう。

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参考文献

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Nishiguchi, Toshihiro (1994). Strategic Industrial Sourcing: The Japanese Advantage. New York, NY: Oxford University Press.

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具承桓(2000)「日本自動車産業におけるモジュラー化の動向と企業間関係に関する研

究:モジュラー化に対する批判的検討を中心に」東京大学大学院経済研究科修士論文。

藤本隆宏(1997)『生産システムの進化論』有斐閣。 藤本隆宏(2001)「アーキテクチャの産業論」藤本隆宏・武石彰・青島矢一編『ビジネ

ス・アーキテクチャ』有斐閣、所収(予定)。 藤本隆宏・葛東昇(2001)「自動車部品のアーキテクチャ的特性と取引方式の選択」藤

本隆宏・武石彰・青島矢一編『ビジネス・アーキテクチャ』有斐閣、所収(予定)。

藤本隆宏・松尾隆・武石彰 (1999)「自動車部品取引パターンの発展と変容:我が国1次部品メーカーへのアンケート調査結果を中心に」東京大学経済学研究科ディスカッション・ペーパーCIRJE-J-17。

藤本隆宏・武石彰 (1994)『自動車産業 21 世紀へのシナリオ』生産性出版。 藤本隆宏・武石彰・青島矢一(2001)『ビジネス・アーキテクチャ』有斐閣。

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図 1 自動車の製品・生産・調達をめぐる複合ヒエラルキー

インテグラル・アーキテクチャ製品の設計 モジュラー・アーキテクチャ製品の設計

凡例:F=製品全体の機能  S=製品全体の構造 F1、F2=製品のサブ機能f1~f2=製品のサブサブ機能S1、S2=大モジュールs1~S4=小モジュール    =連結注:図の簡略化のため、FとS、およびF1、F2、S1、S2間の連結は省略した。

製品構造ヒエラルキー製品機能ヒエラルキー

(2)生産のモジュール化(製品構造・生産工程の複合ヒエラルキー)

モジュラー的生産(組立)工程

工程ヒエラルキー 製品構造ヒエラルキー

非モジュラー的生産(組立)工程

凡例:P=全体の生産(組立)工程 S=製品全体の構造 P1、P2=メインライン工程 p1~p2=サブライン工程 S1、S2=大モジュール s1~s4=小モジュール    =製品設計・工程設計上の連結    =工程フロー     =組立ライン

製品構造ヒエラルキー製品機能ヒエラルキー

SP

メイン組立ライン s1

s2

s3

s4

s5

s6

s7

s8

P1

P2

P3

P4

P5

P6

P7

S2

SP

メイン組立ライン

サブ組立ライン

p1

p2

p3

p4

p5

p6

P1

s1

s2

s3

s4

s5

s6

s7

s8

S1

工程ヒエラルキー 製品構造ヒエラルキー

(1)製品のモジュール化(製品構造・機能の複合ヒエラルキー)

F

f1

f3

f2

f4

F1

F2

s1

s2

s3

s4

S1

S2

SF

f1

f3

f2

f4

F1

F2

s1

s2

s3

s4

S1

S2

S

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図 1 自動車の製品・生産・調達をめぐる複合ヒエラルキー (続き)

凡例:P=全体の生産(組立)工程 S1、S2=大モジュール s1~s4=小モジュールP1、P2=メインライン工程 p1~p2=サブライン工程

工程フロー =組立ライン=取引関係 =工程の企業間分業

(3)調達のモジュール化(生産工程.取引関係の複合ヒエラルキー)

非モジュラー的調達システム モジュラー的調達システム

組立メーカー

メイン組立ライン

サブ組立ライン

p1

p2

p3

p4

p5

p6

P1

s1

s2

s3

s4

s5

s6

s7

s8

部品メーカー1

メイン組立ライン

サブ組立ライン

組立メーカー

部品メーカー2

p1

p2

p3

p4

p5

p6

S2

S1

P1

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表 1 日本の自動車産業における部品の設計、生産に関する最近の変化

(一次部品メーカーアンケート調査結果)

注:1999 年 2 3 月に実施した、日本の一次部品メーカー153 社に対するアンケート調査の結果による。回答企業の主力部品における、主要納入先との取引に関して、過去 4年間における各項目についての変化の動向を回答してもらった。スコアは次の通り:「そう変わった」= 2、「変わらず」= 0、「反対に変わった」= -2。表頭は因子分析の結果抽出された4つの因子。●は各因子との相関の高い項目を示す。最下段の平均は該当項目の平均スコア。アンケートの概要については藤本・松尾・武石(1998)、因子分析の結果などについては具(2000)参照。

資料:日本の一次部品メーカーアンケート調査(1999 年)。

自動車メーカー内の部品標準化

アーキテクチャの統合化

機能完結化/接点簡素化 サブアッシー化 スコア

1 部品の基本構成は変わらずに、サイズが小さくなった。 ● 0.31

2他の部品を取り込んだ結果、当該部品を構成する部品数が多くなった。 ● 0.02

3 当該部品のアッセンブリー工程が拡大した。 ● 0.09

4 他のサブアセンブリー部品の一部として取り込まれた。 0.07

5一体成形化などの結果、当該部品を作るための加工・組立の工数あるいはコストが減った。 0.47

6部品の本体部分の設計が、同じ取引先企業向けのモデルの間で共通化された。 ● 0.44

7部品の本体部分の設計が、対象モデルのバリエーション間で共通化された。 ● 0.57

8部品の本体部分の設計が、異なる取引先企業向けのモデルの間で標準化した。 0.19

9部品の本体部分の設計は、先代モデルと今回モデルとで同じ部品設計を流用した。 -0.11

10 対象モデル用の当該部品のバリエーションが減った。 0.19

11他部品や車体との接点(取り付け部分など)の数が減った。 ● 0.13

12他部品や車体との接点(取り付け部分など)の設計が簡素になった。 ● 0.19

13他部品や車体との主な接点(取り付け部分など)の設計が、同じ取引先企業向けのモデル間で共通化した。 ● 0.28

14他部品や車体との主な接点(取り付け部分など)の設計が、対象モデルのバリエーションの間で共通化した。 ● 0.40

15他部品や車体との主な接点(取り付け部分など)の設計が、異なる取引先企業向けのモデルの間で標準化した。 0.09

16当該部品の機能がより完結的になった(他部品との相互作用が減った)。 ● 0.11

17当該部品の機能がより複合的になった(要求機能の数が増えた)。 ● 0.62

18他の部品と連動して機能を達成する度合(他部品との機能的調整の必要度)が高まった。 ● 0.62

19他の部品との構造的な調整(部品干渉や建て付けのチェック)の必要度が高まった。 ● 0.63

平均スコア 0.42 0.62 0.19 0.05 0.28

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図 2 日本の自動車組立工場における

インパネサブアッシーの範囲の変化

注:モデル別に、インパネ回りのサブアッシー部品の数と当該モデルの発売年をプロットしている。スコアは自動車メーカー別に相対化してある。搭載モデル発売年は、各自動車メーカーのサンプルモデルの発売年の平均値と当該モデルの発売年の差をとったもの。値が大きいほど、その自動車メーカーのサンプルの中で相対的に新しいモデルであることを意味する。サブアッシー部品の数は、インパネ回りでサブアッシーしている部品の種類数について、同様に各自動車メーカーの平均からの差をとった。値が大きいほど、その自動車メーカーのサンプルの中で相対的にサブアッシーされる部品の範囲が大きいことを意味する。対象となっている部品は、インパネ、メーター類、メータパネル、グローブボックス、ワイヤーハーネス、ヒーター/エアコン・スイッチ、同ユニット、同ブロワー、同ダクト、吹き出し口、オーディオシステム、ナビゲーション・システム、ステアリングシャフト、同コラム、同スイッチ類、イグニッション・キー、コラムシフトレバー、エアバッグ(運転席)、同(助手席)、カップホルダー、灰皿、ペダル、クロスメンバーの計23種類。 資料:日本の自動車メーカー8社のインタビュー調査(1999年春 夏)。

-4

-2

0

2

4

-4 -2 0 2 4

搭載モデル発売年(メーカー別相対スコア)

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図 3 自動車産業のモジュール化をめぐるダイナミクス

製品 アーキテクチャ (製品開発部門)

生産システム (生産部門)

企業間 システム

(購買部門)

日本の経路

欧米の経路