4
たより 創刊号 2014.9.20 亀岡市東本梅町大内大坪 101-35 TELFAX(0771)-26-2015 運営法人 ㈱みんなではたらく 今回のみ編集者:塩谷隆好 昨年の5月に亀岡市で、初めての就労継続支援 A型事業所としてスタートした「たのしくはた らく」も1年余りが経過しました。この間には いろいろなことがありました。過去農業経験の あったのは仲間のひとりのみ。全員素人集団だ が農薬不使用を貫き、しかも多くの方々より 「美味しかった」と云われたことが励みになり、 今2年目の夏もすでに終えました。 最近皆で話し合うことは「夏って毎年同じでは ないんだね!」 たった2回だけの夏でもそう 感じます。昨年は稼ぎ頭であった野菜が、同じ 作り方なのにその半分は大きく育つ前に枯れ てしまい、大きかったシャガイモがすべて小粒 になったり・・・ 夏の天候・日照時間・気温・ 湿度などの違いが大きく左右されるのだろう。 そういう思いなども順次お伝えしたい。本来は 双方向でのやりとりが理想ですが、当面は私ど もの思いを一方的に述べることになるでしょ う。また今後の編集予定者も慣れない試みに参 加しており、その意が十分伝わらず繋がりのな いことになるやもしれません。 でも懸命に回を重ねてゆきたいと祈念します。 過去こんな催しが想い出として全員に残っています 初めての地で構えた事務所をより知って頂こうと、地域の方々ともといろんな繋がりを持ちました。 ●夏には亀岡地区の福祉事業者・その他ともバーベキュー ●10月には近くの園児とともにお芋 掘り●12月には地元への感謝も含め、餅つき大会も企画し多くのお餅を各ご自宅に持って帰って 貰いました。●そして今年は念願のイベント・南丹市の花火大会に出展しました。他にもまだまだ してきたこともありますが、今後とも私たちの思いを各方面に伝えたく積極的に企画してゆきます。 また私たち自身に目を移すと、●仲間の「仕事以外で、旅行などもしてみたいネ」との一言から、 今年の3月7日~8日に1泊2日で四国方面を橋で繋ぐ旅行も実現でき、全員感激しました。 次回以降も知って欲しいことを一方的に掲載しますのでご容赦ください。 創刊号の発刊にあたって・・・・・ ついに機関誌ができました 今後いろんなこと伝えます

º ã å - tanoshiku.kyoto.jp · º ã å > í ¬ ª « ® ¨ ³ ¨ ¬ ª ¸ w ¾ u#ë ± Æ ± ¤ 7(/ > )$; 4 2 Ç;Èܳ°¸¨Ò Ò G bs) 7 * >8 71Â7o ò

  • Upload
    others

  • View
    4

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

たより

創刊号 2014.9.20

亀岡市東本梅町大内大坪 101-35 TEL・FAX(0771)-26-2015 運営法人 ㈱みんなではたらく 今回のみ編集者:塩谷隆好

昨年の5月に亀岡市で、初めての就労継続支援

A型事業所としてスタートした「たのしくはた

らく」も1年余りが経過しました。この間には

いろいろなことがありました。過去農業経験の

あったのは仲間のひとりのみ。全員素人集団だ

が農薬不使用を貫き、しかも多くの方々より

「美味しかった」と云われたことが励みになり、

今2年目の夏もすでに終えました。 最近皆で話し合うことは「夏って毎年同じでは

ないんだね!」 たった2回だけの夏でもそう

感じます。昨年は稼ぎ頭であった野菜が、同じ

作り方なのにその半分は大きく育つ前に枯れ

てしまい、大きかったシャガイモがすべて小粒

になったり・・・ 夏の天候・日照時間・気温・

湿度などの違いが大きく左右されるのだろう。 そういう思いなども順次お伝えしたい。本来は

双方向でのやりとりが理想ですが、当面は私ど

もの思いを一方的に述べることになるでしょ

う。また今後の編集予定者も慣れない試みに参

加しており、その意が十分伝わらず繋がりのな

いことになるやもしれません。 でも懸命に回を重ねてゆきたいと祈念します。

過去こんな催しが想い出として全員に残っています

初めての地で構えた事務所をより知って頂こうと、地域の方々ともといろんな繋がりを持ちました。

●夏には亀岡地区の福祉事業者・その他ともバーベキュー ●10月には近くの園児とともにお芋

掘り●12月には地元への感謝も含め、餅つき大会も企画し多くのお餅を各ご自宅に持って帰って

貰いました。●そして今年は念願のイベント・南丹市の花火大会に出展しました。他にもまだまだ

してきたこともありますが、今後とも私たちの思いを各方面に伝えたく積極的に企画してゆきます。

また私たち自身に目を移すと、●仲間の「仕事以外で、旅行などもしてみたいネ」との一言から、

今年の3月7日~8日に1泊2日で四国方面を橋で繋ぐ旅行も実現でき、全員感激しました。 次回以降も知って欲しいことを一方的に掲載しますのでご容赦ください。

創刊号の発刊にあたって・・・・・ ついに機関誌ができました 今後いろんなこと伝えます

A耕地 ⇒ 昨年より使用中の畑 2反 ここは私たちの最初の耕作地であり野菜作りの原点。今ま

ではいろんな夏野菜:トマト・なす・きゅうり・坊ちゃん

カボチャ・小玉スイカ・万願寺とうがらし・じゃがいも・

さつまいも等を植えていましたが、ほぼ今月半ばから秋・

冬野菜にシフト。鍋物に適す

る:ねぎ・水菜・菊菜そして幾

つものの畝に3種類のほうれん

そう・にじいろ菜・ラディッシ

ュなどを植えました。 この畑は全員が「ほっとする」

と云います。11月からの収穫

を予定しています。

E耕地 ⇒ 昨年より使用中 0.5反 都会部で云えば家庭菜園的な畑ですが、約 150 坪。春にはスナッ

クえんどう・そらまめなど。夏にはズッキーニ・パプリカ各種・

その他。現在はカブ・聖護院大根・

おでん大根などさらには仲間の作

りたい野菜(今回は“たあさい”な

ど)も植えてゆきます。各種野菜も

やっと芽吹きです。そして今年も園

児の芋ほり会場にも使用予定。

< 上記2ヵ所は昨年からの畑 >

B耕地 ⇒ 昨年末に「ここを使われませんか?」と

お誘いを受けました 2反 現在ある農家さんとのコラボ農園に利用

しています。相手の指定の野菜を、仲間の

労働力を結集して作り始めました。ちょっ

と違うが契約農家的な様相あり? おく

ら・ピーマン各種・万願寺とうがらし・ア

ンデスレッド(じゃがいも)・人参などA耕

地とダブル野菜も作っています。 個人宅配やレストランなどにも販売されています。私たちもいずれは・・・・・

私たちの農場は、全て休耕地をお借りしています。亀岡地区でも毎年休耕地が増え続けています。

それだけ高齢化が進んでいる証拠でしょう。 最初の年は、2反の耕地と0.5反の京都市内で

云えば家庭菜園のような畑で創業しました。 その後昨秋には、水田をやろうと地元の方を介し

て耕作地をお借りしました。その後も順次増えてきて結果的に6箇所になり1町歩になりました

が、事務所内の呼び名がばらばらであったのを、今春から上から配置順に統一しました。私たち

の耕作地での活動を知って貰えるよう、畑の特徴などその概略を説明します。 (記事:塩谷)

C耕地 ⇒ 現在は黒豆専用の畑 2反 「この黒豆は良いですね!1級品ですよ」と京都府の

農業指導者に云われたことに気を良くして、全面黒豆

だらけのこんな畑に・・・・・ 俗に云う丹波黒とこの地でも殆んど作られない小黒

豆の専用畑にしています。この種は同業の城山作業所

から・・・昨年一緒に作ろうと分

けて貰いました。 「城山こまめ

っこ」として新聞を賑わわせて

いますが、当事業所の小黒豆は

「みんなで・こまめっこ」と命

名しました。この需要も多く「口

丹地区の障害関連施設のヒット

商品にしたい」とは両者の思い。 今年もいっぱい採れそうです。

D耕地 ⇒ 玉ねぎ・大蒜畑の予定 1.5反 ここだけはなにも植わっていません。理由は他

の耕作地が忙しくて、一度堆肥を入れ、鋤いた

だけでまだほったらかし。玉ねぎ・ニンニクの

植え付け場所予定なので、それまでにきっちり

すれば・・・などと言い訳ばかり。ある人から「早

く植えんとあかん」と尻を叩かれ再度鋤きこみ

を大至急始めましたが・・・・・ 害獣除けのネッ

ト張り、その他することは一杯あります。

F耕地 ⇒ 畑ではなく水田 2反2畝 百姓をするからには「やっぱり米も作りたいね」

私の勝手な提案から稲作開始。 畑のこともよく分からないのに、水田のことはまっ

たくの無知。A・E耕地の地主さんに「いろいろ教

えて・・・」と甘えつつ、田植えをして貰いました。

周りで一番遅く植えたので、刈り取りもほぼ一番後。

地主さんに刈り取り、その他も再度甘えます。

新米予約票も本機関誌に同封。

ご協力よろしく・・・・・

社員は9時からだけど、8時45分には職員

朝礼。内容は今日の行事予定・農作業につい

て・明日からの仕事・昨日の反省点・体のこ

と・そして大切な報告

事項などなど・・・ そ

の後私は千代川駅まで

仲間を迎えに行きます。 9時15分くらいから、仲間が徐々に出勤し

てきます。そして30分後には、全員で職員

朝礼の必要事項も含め、

今日の農作業を中心に

段取りなど、ホワイト

ボードを使って入念に

打ち合わせ。10時に

は軽トラとワンボックスで畑に向かうが、2

階のベランダから内勤が「いってらっしゃい」 3時半までが勤務時間。真夏なんか農家さん

が朝の作業が終り、夕方再度畑にという休息

の時間が、仲間の仕事時間。まるで道路作業

員と同じみたい。夕礼は3時40分くらいか

らで「・・・・・終わります。また明日も元気で」

塩谷さんの声。 それを聞いて、また駅まで送ります。 みんなが出たら、私たちの時間。何をしても・

サボっても・どこに行こうと解らないんだ。 でもしないけど・・・ 仕事は指示されたやる

ことは一杯あるけど、時が経つと忘れてしま

う。これも脳梗塞の後遺症のゆえんかなぁ。

でも自分で出来る範囲のことは十分やろうと

努力はしてるんだけど・・・塩谷さんにはまだ

まだ感と云う表情がありあり。 出来る範囲のことって? 掃

除は結構してる。箒を持つの

はしんどいけど、拭き掃除は

やっている。こんな風に・・・・・

でもね! 1階の作業場は汚

いきたない。収穫して売れ残っ

た野菜はほったらかしで、カビ

の生えてるものもあったし・種捕り用にする

と巨大なズッキーニが

何本も放ってあるし、床

には田んぼ用の長靴も

散らばっているしね。

「そういうところこそ

掃除せんと・・・」とまた小言?再度でもね!! 私の右上下肢マヒの障害内容では、この場所

の掃除は正直きついなぁ ただ3階の来客スペ

ースは綺麗で整って

る。よその事務所みた

い。また法人の書類庫

も同様。貰いものの箪

笥の中には、個人別フ

ァイルやマル秘関係

品も。塩谷さんのTシ

ャツや下着も結構入

ってるし。なんか変。

初めての機関誌なので、前ページが耕作地の様子だったから、私たちの日常生活のことも少し

ご紹介。 あぁっ! 私は次回以降「この編集長をせえよ」と塩谷さんから厳命を受けた「たの

しくはたらく」の職員 前田徳宏です。 えぇっ! 写真だけは勘弁して・・・・・

編集後記

(最後に彼はこうも綴っています)塩谷さんと知り合って、また障害者の施設で働く喜びを感じてる。

病気前は、亀岡市の障害施設で働いていたらしい。・・・・・・・らしいとは、病後以前の記憶が全て

飛んでしまった。思い出せないが、当時を知る人から声をかけて貰うと、やっぱり嬉しいな。

そういう者でも一般就労を目指したがった。ここにこそ私たちの存在意義があるのかな (S.T)