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大賞論文 28 大賞論文 竜山石が教えるマグマの状態変化 29 竜山石が教えるマグマの状態変化 (原題:マグマ分化末期の流体相の状態を推定する 〜凝灰岩の加熱実験から、その赤色化を指標にして〜) 兵庫県立加古川東高等学校 地学部 池田  志保 井上  仁美 今村  柾美 梅田  剛志 梅田  将志 大西  慶子 岡本  裕貴 角山  怜祐 黒田  絢香 小林  愛理 陳東  あかね 沼田  聡子 野高  緑 原  由洋 山口  航輝 横山  朋弘 井上  紗智 江草  麗子 江籠  徳行 近江  毅志 角田  優貴 田村  優季 十倉  麻友子 福本  美南 はじめに 兵庫県南東部高砂市─加古川市に分布する凝灰岩は、その美しさと硬度 などの物理的性質の均質性、さらに軟質で加工がしやすいために、古墳時 代から畿内の大王の墓石などの石材として利用されていた。鎌倉〜室町時 代には五輪塔として、また江戸時代には姫路藩の専売品としての地位を与 えられ、全国に出荷された。姫路城の石垣や旧造幣局鋳造所、住友ビル本 店ビルや京都ホテル旧館、さらに近年では皇居や国会議事堂の壁材などに 利用されている。石材としての加工販売は、地元高砂市の生活に密着した 産業となっている。 「竜山石」には、大きく分けて淡青色の青竜石、淡黄色の黄竜石、淡赤色 の赤竜石がある。淡青色は建物の土台に、淡黄色は壁材に、また淡赤色は 装飾用として用いられることが多い。この不思議で魅力的な色相変化のメ カニズムについては、兵庫県立加古川東高等学校地学部(2008) 2) が定性的 に明らかにした。本研究では、その条件を定量化するために、赤鉄鉱をま ったく含まない淡青色凝灰岩を加熱炉を用いて加熱する実験を行った。ど のような温度条件で酸化が起こったのかを明らかにすることによって、マ グマ分化末期の熱水流体相の様子を推定することができる。 地質概説 西南日本内帯に区分される兵庫県南東部加古川市─高砂市には、白亜紀 後期の流紋岩〜流紋岩質火砕岩や凝灰岩類を、白亜紀後期〜古第三紀後期 の花崗閃緑岩(播磨花崗岩体)が貫いている(兵庫県立加古川東高等学校 地学部、2008) 2) 。この花崗閃緑岩は巨大なバソリスの一部を構成している が、地表に現れているのはその一部で、点々と島状の小岩体として見られ る。竜山石は層状ハイアロクラスタイトとして産しており、流紋岩溶岩と 漸移している。露頭による観察から、火砕流堆積物が堆積した後に流紋岩 溶岩が流出し、これとほぼ同時期にハイアロクラスタイトが形成されたと 考えられる(兵庫県立加古川東高等学校地学部、2009) 3) 。流紋岩溶岩が自 破砕であることや、ハイアロクラスタイトが層状であることなどから、こ れらの活動は水底で起こったと考えられる。今回の加熱実験で用いた試料 の詳細は表1 にまとめた。また、本地域の地質図を図1 に、また形成史モ 表 1 加古川市─高砂市の露頭から採取した岩石試料(今回実験使用分) 試料番号 地 質 岩 相 岩石の特徴 070606-1 層状ハイアロク ラスタイト 火山礫凝灰岩 ・青〜黄色のものが目立つ ・部分的に節理に沿って赤色化 ・数 cm 大の流紋岩片が多く目立つ ・斜長石多い ・数 mm の軽石を多く含む ・流離構造が顕著で節理が多い 2 層状ハイアロク ラスタイト ガラス質結晶 凝灰岩 ・黄褐色 ・数 mm の流紋岩片を多く含む 3 層状ハイアロク ラスタイト ガラス質結晶 凝灰岩 ・淡青色 ・数 mm の流紋岩片を多く含む ・流離様構造が見られる ・一部に緑色ガラスを含む ・露頭では節理が多い ・節理は N10°E80°E と N82°W70°N の 2方向 080606-2 層状ハイアロク ラスタイト ガラス質結晶 凝灰岩 ・淡青色と淡赤色部分が直接節理面で接している ・数 mm 程度の流紋岩片や軽石が赤く焼けただれている

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●大賞論文

28 大賞論文 竜山石が教えるマグマの状態変化 29

竜山石が教えるマグマの状態変化(原題:マグマ分化末期の流体相の状態を推定する〜凝灰岩の加熱実験から、その赤色化を指標にして〜)

兵庫県立加古川東高等学校 地学部池田 志保 井上 仁美 今村 柾美 梅田 剛志 梅田 将志

大西 慶子 岡本 裕貴 角山 怜祐 黒田 絢香 小林 愛理 陳東 あかね沼田 聡子 野高 緑 原 由洋 山口 航輝 横山 朋弘 井上 紗智江草 麗子 江籠 徳行 近江 毅志 角田 優貴 田村 優季

十倉 麻友子 福本 美南●

はじめに

 兵庫県南東部高砂市─加古川市に分布する凝灰岩は、その美しさと硬度などの物理的性質の均質性、さらに軟質で加工がしやすいために、古墳時代から畿内の大王の墓石などの石材として利用されていた。鎌倉〜室町時代には五輪塔として、また江戸時代には姫路藩の専売品としての地位を与えられ、全国に出荷された。姫路城の石垣や旧造幣局鋳造所、住友ビル本店ビルや京都ホテル旧館、さらに近年では皇居や国会議事堂の壁材などに利用されている。石材としての加工販売は、地元高砂市の生活に密着した産業となっている。 「竜山石」には、大きく分けて淡青色の青竜石、淡黄色の黄竜石、淡赤色の赤竜石がある。淡青色は建物の土台に、淡黄色は壁材に、また淡赤色は装飾用として用いられることが多い。この不思議で魅力的な色相変化のメカニズムについては、兵庫県立加古川東高等学校地学部(2008)2)が定性的

に明らかにした。本研究では、その条件を定量化するために、赤鉄鉱をまったく含まない淡青色凝灰岩を加熱炉を用いて加熱する実験を行った。どのような温度条件で酸化が起こったのかを明らかにすることによって、マグマ分化末期の熱水流体相の様子を推定することができる。

地質概説

 西南日本内帯に区分される兵庫県南東部加古川市─高砂市には、白亜紀後期の流紋岩〜流紋岩質火砕岩や凝灰岩類を、白亜紀後期〜古第三紀後期の花崗閃緑岩(播磨花崗岩体)が貫いている(兵庫県立加古川東高等学校地学部、2008)2)。この花崗閃緑岩は巨大なバソリスの一部を構成しているが、地表に現れているのはその一部で、点々と島状の小岩体として見られる。竜山石は層状ハイアロクラスタイトとして産しており、流紋岩溶岩と漸移している。露頭による観察から、火砕流堆積物が堆積した後に流紋岩溶岩が流出し、これとほぼ同時期にハイアロクラスタイトが形成されたと考えられる(兵庫県立加古川東高等学校地学部、2009)3)。流紋岩溶岩が自破砕であることや、ハイアロクラスタイトが層状であることなどから、これらの活動は水底で起こったと考えられる。今回の加熱実験で用いた試料の詳細は表 1にまとめた。また、本地域の地質図を図 1に、また形成史モ

表 1 加古川市─高砂市の露頭から採取した岩石試料(今回実験使用分)

試料番号 地 質 岩 相 岩石の特徴070606-1 層状ハイアロク

ラスタイト火山礫凝灰岩 ・青〜黄色のものが目立つ

・部分的に節理に沿って赤色化・数 cm 大の流紋岩片が多く目立つ・斜長石多い・数 mm の軽石を多く含む・流離構造が顕著で節理が多い

2 層状ハイアロクラスタイト

ガラス質結晶凝灰岩

・黄褐色・数 mm の流紋岩片を多く含む

3 層状ハイアロクラスタイト

ガラス質結晶凝灰岩

・淡青色・数 mm の流紋岩片を多く含む・流離様構造が見られる・一部に緑色ガラスを含む・露頭では節理が多い・節理は N10°E80°E と N82°W70°N の 2 方向

080606-2 層状ハイアロクラスタイト

ガラス質結晶凝灰岩

・淡青色と淡赤色部分が直接節理面で接している・数 mm 程度の流紋岩片や軽石が赤く焼けただれている

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30 大賞論文 竜山石が教えるマグマの状態変化 31

デルを図 2に示す。 加古川市─高砂市に分布する竜山石の露頭では、互いにほぼ直交する節理が発達している(図 3)。これらの節理は、露頭上部に地形面に沿うように見られる層状の節理とは容易に区別される。本調査地域の節理面の方位は、いずれも現在の山体の中央地中から放射線状に長柱を伸ばしており、

その伸びの方向は現在の山体の地形とよく合っている。節理の長柱の方向は、重力によってではなく、冷却時の等温線に垂直になる。本地域では、ガラス質結晶凝灰岩が厚い層状ハイアロクラスタイトとして堆積したときに、その内部に熱が閉じこめられたと考えられる。この表面が冷却する過程で節理が生じた。 直交する節理面の深部において、淡青色凝灰岩と淡赤色凝灰岩が直接接するように産している。浅所の節理面や節理面以外では、淡黄色凝灰岩に包まれるように淡赤色化しており、明らかに産状が異なる。本研究では、深部節理面に沿う淡赤色凝灰岩に着目した。節理面上部では、風化変質作用の影響を受けて淡黄色化しているが、深部においては風化作用の影響が及んでいない。 深部節理面では、幅 2 〜 6cm が淡赤色化しており、淡青色部分との境界部も明瞭である(図 4)。凝灰岩が完全に固結する以前の、冷却によって生じた節理面に沿って見られる淡赤色化は、後述するように、流紋岩質マグ

図 1 加古川市─高砂市の地質図(兵庫県立加古川東高等学校地学部、2009)3)

図 2 加古川市─高砂市の形成史モデル(兵庫県立加古川東高等学校地学部、2008)2)

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32 大賞論文 竜山石が教えるマグマの状態変化 33

マが凝灰岩類を噴出してハイアロクラスタイトを形成した直後の、マグマ残液が上昇したことを示唆している。

「竜山石」の岩石鉱物記載

 本調査地域に広く分布する流紋岩質凝灰岩のうち、ガラス片を 75 〜 50%含む流紋岩質ガラス質結晶凝灰岩が「竜山石」である。斑晶は粗粒斜長石(自形〜半自形で強い交代作用を受けている)と石英(融食状で自形〜半自形)、軽石の破砕片、流紋岩片である。基質は微晶質〜隠微晶質で、さまざまな程度に変質を受けている。 竜山石には大きく分類して、淡青色、淡黄色、淡赤色の 3 色があり(図5)、いずれも程度の差はあるが流理状組織を示す。淡青色凝灰岩は、風化変質作用や熱による影響を受けておらず、赤鉄鉱や水酸化鉄鉱物なども見られない。淡黄色凝灰岩には、褐鉄鉱などをはじめとする水酸化鉄鉱物が多量に生じている。一方、淡赤色凝灰岩は、鉱物が熱によって焼かれた影響を強く示しており、軽石や流紋岩片が焼けこげて黒くなったり、赤鉄鉱をはじめとする酸化鉄鉱物や、カルサイトや白雲母などといった鉱物が結晶化している。淡黄色凝灰岩に包まれる淡赤色凝灰岩は、強度が低くもろい。竜山石の全岩分析値(重量%)は表 2のとおりである(西村石材商店、

図 3 直交する 2方位の節理面をステレオネットで示す

図 4 深部節理面に見られる淡青色凝灰岩の淡赤色化(試料 070606-2)

表 2 竜山石の全岩分析値(重量%)(西村石材商店、2003)5)

SiO2 Al2O3 Fe2O3 Na2O K2O MgO76.9 10.9 2.3 3.2 3.5 0.0

図 5 �淡青色凝灰岩(試料 070606-2)(a)、淡黄色凝灰岩(試料 070606-2)(b)、淡赤色凝灰岩(試料 070606-2)(c)、(兵庫県立加古川東高等学校地学部、2009)3)

(a) (c)(b)