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ハンガリー語の受動構文に関する研究: 受動の意味解釈と動詞の他動性に関連して 野瀬昌彦 東北大学大学院文学研究科 博士後期課程日本語学専攻 言語学専攻分野

081118 Nose 2003 Dissertation

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Passive constructions in Hungarian with a special attention to verbal transitivity,

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ハンガリー語の受動構文に関する研究:

受動の意味解釈と動詞の他動性に関連して

野瀬昌彦

東北大学大学院文学研究科

博士後期課程日本語学専攻

言語学専攻分野

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はしがき

本論文の執筆にあたっては, 多くの方々の協力と励ましに支えられた. 博士課程での研究全般,

本論文の草稿の段階及び大学院での研究において,指導,批判そして激励を下さった言語学研究

室の千種眞一先生,後藤斉先生,小泉政利先生,黒田成幸先生,そして平野日出征先生に感謝を

申し上げます.特に平野先生には厳しい指導ながらも,研究に対する非常に熱い情熱の姿勢を教

えて頂きました.修士課程時代にお世話になった小泉保先生及び徳永康元先生にはフィン=ウゴ

ル語研究に関して教えて頂きました.博士課程期間での 3 年間の留学に関しては,ハンガリー留

学に際してその機会を作ってくれたミシュコルツ大学工学部の Kékesi Tamás 先生,ハンガリー

留学中にはミシュコルツ大学ハンガリー語科の Gergely Piroska 先生と Nagy Judit 先生, 及びコ

ッシュート=ラヨシュ大学(現デブレツェン大学)フィン=ウゴル語科の Keresztes László 先生

と Kiss Antal 先生にお世話になり指導を頂いた.さらに 1 年間のフィンランド留学中には,タン

ペレ大学の Tanja Kyykkä(及びハンガリー留学時代からの友人である Johanna Kiuru, Niina

Nisula, Riina Korpinen), Heikki Kangasniemi 先生と Virpi Masonen 先生に指導を頂いた.

本論文の ハンガリー語の例文のチェックについては,Németh Szabolcs, Szendi Attila,

Csereszny Erzsébet, Tóth Krisztína, Hegedűsz Attila, Szekeres Valéria, Veresegyhágy Zsolt,

Tóth Ildikó, Sztraszer Boglárka, Győrfi Nikoletta, Szabó Melinda にお世話になった.執筆にあ

たり,他にも多くの人々(日本人,ハンガリー人,フィンランド人等)に批評や激励,データの

提供を頂き,全員に心より御礼申し上げたい.Köszönöm, Kiitos, そしてありがとう.

最後になったが,筆者に対して留学及び研究に多大な援助をしてくれた両親に大いなる謝意を

表したい.

2002 年 11 月下旬 冬の仙台にて

野瀬昌彦

2005 年度となり,新研究室に日本学術振興会特別研究員として異動したことを機に,誤字脱字

の訂正を中心とした改訂版をお送りします.

2005 年初夏 仙台

野瀬昌彦

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目次

はしがき

第 1 章 はじめに............................................................................................ 1

第 2 章 先行研究と理論的前提 .................................................................... 9

2.1. この章の目的と導入 .................................................................................................9

2.2. 機能主義的文法観 ...................................................................................................12

2.3. 機能主義からの受動の定義....................................................................................16

2.4. 受動プロトタイプ ...................................................................................................22

2.5. 動詞の他動性のプロトタイプ................................................................................29

2.6. 先行研究と受動に関する歴史的背景 ....................................................................33

第 3 章 英語受動文との対照研究から見たハンガリー語の受動............ 39

3.1. 英語受動文とハンガリー語翻訳文の調査.............................................................39

3.1.1. 自動詞接辞 1 42

3.1.2. 自動詞接辞 2 43

3.1.3. 名詞化 43

3.1.4. 明示的な動作主がある文(能動文) 44

3.1.5. 1人称複数形動詞 45

3.1.6. 3人称複数形動詞 45

3.1.7. 使役動詞形 46

3.1.8. 副動詞形 47

3.1.9. 可能動詞形 48

3.1.10. 語彙的な解決とその他 48

3.2. 対照研究からの問題提起 .......................................................................................51

第 4 章 データの提示と解釈:受動に関連する現象 ............................... 53

4.1. 語順交替による話題化と焦点化 ............................................................................53

4.1.1. はじめに 53

4.1.2. 語順交替とトピック,フォーカス 55

4.1.3. 語順交替と受動の関係 57

4.1.4. まとめ 60

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4.2. 3人称複数形動詞及び 1人称複数形動詞による非人称受動構文 ........................61

4.2.1. はじめに 61

4.2.2. 動詞の 3人称複数形による非人称受動構文 62

4.2.3. 動詞の 1人称複数形による非人称受動構文 68

4.2.4. 議論:3人称複数形/1人称複数形から非人称受動へ 70

4.2.5. 結論 72

4.3. コピュラと副動詞からなる受動構文 ....................................................................73

4.3.1. はじめに 73

4.3.2. 結果相による受動構文の性質 75

4.3.3. 動詞から見た結果相構文と副動詞受動 77

4.3.4. 議論 82

4.3.5. 結論 84

4.4. 非人称可能受動構文と可能動詞現在分詞形.........................................................85

4.4.1. はじめに 85

4.4.2. 可能接辞による受動の用法 85

4.4.2.1. 非人称可能構文 86

4.4.2.2. 可能動詞現在分詞形 89

4.4.3. 可能受動の形式と意味 92

4.4.4. 結論 94

4.5. 再帰,中間構文における受動の含意 ....................................................................95

4.5.1. はじめに 95

4.5.2. ハンガリー語の態と他動性を下げる派生接辞 96

4.5.3. データとその検証 99

4.5.4. 結論 105

4.6. 過去分詞形を使用した受動:「太郎によって殺された花子」型の名詞句.......106

4.6.1. はじめに 106

4.6.2. 「太郎によって殺された花子」型の名詞句の形式と意味 107

4.6.3. 名詞句に現れる受動分詞 111

4.6.4. 議論:「太郎によって殺された花子」型名詞句の文法的特徴 113

4.6.4.1. 受動分詞が名詞句で現れ,受動文にはならない点 114

4.6.4.2. 受動分詞が指示する「出来事」 116

4.6.4.3. 関係詞を伴う能動形での表現 119

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4.6.4.4.「太郎が殺した花子」型の名詞句 123

4.6.4.5. フィンランド語の動作主分詞について 124

4.6.5. 結論 127

第 5 章 分析と議論:受動構文の相互関係と他動性 ............................. 129

5.1. 様々な受動構文の形式と意味..............................................................................129

5.2. 受動構文が使用される条件と理由 ......................................................................133

5.3. 受動プロトタイプと周囲に位置する受動構文 ...................................................138

5.4. 受動構文と動詞の他動性 .....................................................................................141

第 6 章 結論 ............................................................................................... 148

図1,ハンガリー語における受動を意味する構文,形式の分布...エラー! ブックマークが定義されていません。

略号................................................................................................................................152

* ハンガリー語の場所格の体系 .................................................................................152

参考文献 ....................................................................................................... 153

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第 1 章 はじめに

本研究では,ハンガリー語において受動の意味を表すとされる構文と形式について,

受動という文法カテゴリーの観点から説明することを試みる.受動の意味を有する形

式を受動構文(passive construction)と呼び,その振る舞いを形式と伝達する意味の関係

に注目し記述する.特に,ハンガリー語で出現する受動構文は,文中に動作主の現れ

ない,非人称構文で表現する傾向がある.まず,受動の意味を表すとされる幾種類か

の構文や形式を提示する.受動の意味を指し示すとされる文法形式が受動の文法カテ

ゴリーを構成すると主張し,その根拠を示す.いくつかの種類の受動構文が相互にど

のような関係にあるかを議論し,受動カテゴリーで捉えることができると主張する.

本研究が取り上げるハンガリー語の形式や構文は,受動文(passive sentence)とは言わ

れない,または言い難い.そのため,受動の意味を表しうる形式一般を受動構文と呼

んでいる.受動構文とは,受動文であるとは言い難いが,受動の意味を持つと考えら

れる構文のことである.受動文では,受動形と受動の意味が 1 対 1 の対応をなすが,

受動構文では別の文法形式と受動の意味という関係が成立する.

受動構文及び受動の意味一般について議論する前に,受動に相対する形式について

述べる.それは能動(active)である.受動文に対する形式として,能動文がある.ハン

ガリー語の能動文の例を以下に示す.

(1) Egy tolvaj el­lop­ta az autó­m­at.

一人の 泥棒 接­盗む­過 3単 その 車­所­対

「一人の泥棒が私の車を盗んだ」

例文(1)は,主語として"egy tolvaj"「一人の泥棒」,直接目的語として"az autóm"「私の

車」と,2つの参与者を持ち,「泥棒が車を盗む」という他動的行為を表現している,

これは, 能動態(active voice)と呼ばれる表現形式である. 受動態(passive voice)は通常,

能動態から形成される通常とは異なる形式である.能動文が通常の表現である無標

(unmarked)の構文であるのに対して,受動文は有標な(marked)構文である.有標であ

るとは統語的,形態的,意味的,そして語用論的に特殊であることを意味する.

現代ハンガリー語には,能動態のみを持つ.つまり,受動態が存在しない.そのた

め,例(1)の能動文を受動文にする文法的手段が存在しない.ただし,ハンガリー語に

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は古体形の受動形態素"­(t)atik/ ­(t)etik" 1 があり, この形式を使用して受動文を作ること

が可能である.20世紀初頭までは,この形式が受動態とされていた.

(2)* Az autó­m el­lop­atat­ott egy tolvaj által (el­lop­tatik).

その 車­所 接­盗む­受­過 3単 一人の 泥棒 後 (接­盗む­受)

「私の車が泥棒によって盗まれた」

しかしながら,古体形の受動形態素を使用した受動文(2)は,現代ハンガリー語では使

用されない 2 .現代ハンガリー語は,受動接辞が既に衰退してしまっていて,その結

果, 受動態を持たない言語となっている. その代わりとして, 現代ハンガリー語には,

「受動形」を使用するのではなく,他の文法形式を使用することにより,受動の意味

を指し示す傾向がある.本研究では,そのような受動の意味を表しうる別の文法形式

を受動構文と呼ぶ.そのような受動構文の例を(3)と(4)に示す.

(3) Egy tolvaj el­lop­ta az autó­m­at, és

一人の 泥棒 接­盗む­過 3単 その 車­所­対 そして

「泥棒が私の車を盗んだ,そして」

a. Az autó­m­at el­lop­ták.

その 車­所­対 接­盗む­過 3複

「私の車が盗まれた/彼らが私の車を盗んだ」

b. Az autó­m­at el­lop­tunk.

その 車­所­対 接­盗む­過 1複

「私の車が盗まれた/我々が私の車を盗んだ」

c. Az autó­m el van lop­va.

その 車­所 接 ある 盗む­副

「私の車が盗まれてしまった」

1 受動接辞の"­(t)atik/ ­(t)etik"両者の交替は母音調和によるものである. 2 ハンガリー語の文法書には,受動の例として,(2)のような例文が登場する.(2)の受動文の例は

文法的には容認不可能とは言えないという見解が考えられる.しかしながら,現代ハンガリー語

での実際の会話やテクストで受動接辞が全く使用されることがない.そのため,本論では容認不

可(*印を付加)とする.

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d. Az autó­m el­lop­hat­ó vol­t.

その 車­所 接­盗む­可­分 ある­過

「私の車が盗まれることができた/盗まれる可能性があった」

例文(3)では,例(1)で示した能動文に続いて,(3a­d)で示された文法形式で,受動また

は受動に相当する意味「盗まれる」(“be stolen”)を表している.ただし,これらが表す

受動の意味は限定的であったり,動詞の制限があったりする.これらの制限や特徴を

述べるのは,本研究の目的であり,後(第 2, 4, 5章)に議論する.

(4) Péter ki­tör­te az­t az ablak­ot, tehát

ペーテル 接­壊す­過 3単 あの­対 その 窓­対 そうして

「ペーテルがあの窓を壊した,そうして」

a. az az ablak­ot ki­tör­ték.

あの その 窓­対 接­壊す­過 3複

「あの窓が壊された/彼らがあの窓を壊した」

b. * az az ablak­ot ki­tör­tünk 3 .

あの その 窓­対 接­壊す­過 1複

「あの窓が壊された/我々があの窓を壊した」

c. az az ablak ki van tör­ve.

あの その 窓 接 ある壊す­副

「あの窓が壊れてしまった」

d. az az ablak ki­tör­het­ő vol­t.

あの その 窓 接­壊す­可­分 ある­過

「あの窓が壊れることができた/壊れる可能性があった」

同様に例文(4)では,主語ペーテルが窓を壊したという能動文に対する,受動の意味解

釈「壊される」を有する様々な表現の可能性を示した.

例文(3), (4)両方において,行為者である動作主(agent)は,それぞれ「泥棒」(3)であ

3 ペーテルが窓を壊したのが明らかなので,動作主として「我々」が含意されることがありえな

い.そのため,この文は容認されない.ただし,動作主であるペーテルが何らかの形で「我々」

の中に属するという前提がある場合,1 人称複数の解釈が容認可能となるだろう.

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4

り,「ペーテル」(4)である.動作の行為者である動作主に対して,動作の受け手であ

る「私の車」(3),「あの窓」(4)は,被動作主(patient)と呼ばれる.能動文では,動作主

が主語であり,動作主が被動作主に影響を及ぼすという観点で構文が形成されている.

それでは,(3)と(4)において能動文の後に続く受動構文で,どのようにして受動によ

る意味伝達を実現しているかを簡単に説明する.(3a, 4a)では,動詞に 3人称複数の屈

折形を付加することで,非人称の構文を形成している.非人称と記したが,文法的に

は 3人称複数の屈折形であるため,字義どおりには「彼らが盗んだ」「彼らが壊した」

という意味になる. ところが, その 「彼ら」 は不特定または不明の動作主である場合,

非人称の行為という意味解釈が可能となる.(3b, 4b)では,動詞部分に 1人称複数の屈

折が使用されている.通常の意味は「我々が盗んだ」「我々が壊した」である.この

場合も 3人称複数形と同様,その「我々」が不特定の場合,非人称の解釈が可能であ

る.ただし,1 人称複数形の非人称の行為者に「我々」が含まれる点で,総称的な意

味解釈を持つことになる.次に(3c, 4c)は,コピュラと副動詞形から構成される結果相

の構文である. この結果相構文では, 被動作主が主語となり, 被動作主の結果状態 「盗

まれた,盗まれてしまった」や「壊された,壊されてしまった」が述べられる.最後

に(3d, 4d)では,可能接辞の現在分詞形”­ható, ­hető”が使用されている.可能接辞が動

詞に付加され可能動詞となり,さらに可能動詞の現在分詞形でもって「盗むことがで

きる, ありうる」,「壊すことができる, ありうる」 という可能性や能力の意味を表す.

そこから,「盗まれる」,「壊される」という可能受動の意味が示される.

さらに受動の意味を表す形式として,他動詞に再帰/中間接辞"­ódik, ­ődik"を付加

させる手段がある.ただし,この再帰/中間接辞はすべての他動詞に付加できるわけ

ではない. この手段は, 動詞の他動性を下げることで, 受動の意味を有する文を作る.

本研究では,この種の構文を再帰/中間構文と呼ぶ.再帰/中間構文は,受動構文の

一つである. 以下の(5)と(6)に, 再帰/中間構文で受動の意味が観察される例を示す.

(5) Attila meg­old­ja a feladat­ot és

アッティラ 接­解く­3単 その 問題­対 そして

a feladat meg­old­ódik.

その 問題 接­解く­中

「アッティラがその問題を解き,その問題が解かれる」

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5

(6) Péter meg­ír­ja a könyv­et, tehát

ペーテル 接­書く­3単 その 本­対 そうして

a könyv meg­ír­ódik.

その 本 接­書く­中

「ペーテルが本を書き,その本が書かれる」

例文(5)では,前半部分が他動詞"megoldja"「解く」を使用した能動の他動詞文で,後

半部分が受動の意味を持つ再帰/中間構文となっている. (5)の後半部分で再帰/中間

形”meg­old­ódik”を使用して,「問題が解かれる」という受動の意味が観察される.同

様に例(6)では,前半部分が他動詞形”megírja”「書く」という能動文で,後半部分が形

式” meg­ír­ódik”を持つ再帰/中間動詞である.この場合,後半部分は「本が書かれる」

という受動の意味解釈となる.再帰/中間構文では,「解く」や「書く」という動作

の意味ではなく,むしろ「解かれた状態になる」や「書かれた状態になる」という状

態の意味を指し示している.これは,再帰/中間動詞が自動詞であることから,他動

詞から自動詞へと他動性を下げることによって,動詞の表す意味が行為から状態へと

変化しているのである.

最後に, ハンガリー語には名詞句に現れる, 明白な受動表現があることを例示する.

これは動詞が,3 人称単数過去形の不定活用の形式を持つものであり,この形式は過

去分詞(past participle)と呼ばれる.この例を以下の(7)と(8)に示す.

(7) Egy tolvaj által el­lop­ott az autó­m

一人の 泥棒 後 接­盗む­分(過 3単) その 車­所

「泥棒によって盗まれた私の車」

(8) Péter által ki­tör­ött az az ablak

ペーテル 後 接­壊す­分(過 3単) あの その 窓

「ペーテルによって壊されたあの窓」

この過去分詞形を使用した名詞句で特徴的な点は,動作主が後置詞"által"で示される

点である.他の文法形式による表現では動作主が明示されないのに対して,この名詞

句では,動作主を後置詞で明示的に標示する.そうした上で,過去分詞が受動の意味

を持って被動作主を特徴付けている.例の(7)では,動作主である"egy tolvaj"「泥棒」

が後置詞”által”で最初に示されて,過去分詞”ellop­ott”が「盗まれた」という受動の意

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味を表す.同様に例(8)でも,動作主であるペーテルが後置詞で現れ,その後に,過去

分詞"kitör­ött",そして被動作主である窓”ablak”が来ている.その意味は「ペーテルに

よって壊されたあの窓」という明白な受動の意味を表す.この受動形式は文レベルで

は現れず,名詞句のみで現れる.そのため,本研究が取り組む受動構文に相当すると

は言えない.しかしながら,明白に受動の意味を持つ受動形であり,本研究でその特

徴を考察するに値する.

このように,現代ハンガリー語において受動の意味を伝達する手段(形式)が存在

することが明らかとなった.これらの受動の意味を表す形式は,本来の受動形ではな

く,屈折形式や副動詞,可能接辞と言った別の文法形式である.そのため,衰退して

しまった受動形の代替物として,これらの文法形式が使用されているに過ぎないと言

えなくもない. しかしながら, 受動を含意するという点において, 上の例(3), (4), (7), (8)

で取り上げた形式は,受動構文(または受動形式)であると解釈する.受動構文が表

す受動の意味は,特定の動詞,状況において成立する.この受動構文は意味的,統語

的な制限が多いため,受動文とは言えない.受動文とは,能動文とは異なる形式で,

意味的な特徴づけを被動作主に行なう表現形式である.被動作主の特徴づけとは,通

常,動作により被動作主がなんらかの影響を被るという解釈が成立することである.

受動文は日本語の「殺さ­れ­る」や英語の”be + kill­ed”のように,何らかの有標な受動

形態素(passive morpheme)を持たなければならない.ハンガリー語では,そのような理

想的な受動形態素である,受動形”­(t)atik, ­(t)etik”が既に衰退してしまっている.その

ため,受動文は存在しない.ただし,受動文における被動作主の特徴づけが受動構文

でも実現されている.そういう意味では,本研究が取り上げる受動構文が,受動の範

疇に属する 4 と言える.この受動の文法カテゴリー認識に関しても本研究で定義,議

論すべき事柄である.

上で示したハンガリー語の受動構文と分類される例では,能動文の直接目的語であ

った被動作主が主語にするか,話題化や焦点化による語用論的な操作でもって被動作

主の意味的地位を上げる手段がなされている.一方で,能動文において主語であった

動作主は文上に現れていないか(結果相構文,可能接辞現在分詞形),その存在が動

詞屈折で指し示されている(非人称構文).このため,文上に動作主を欠く非人称の

受動構文であると言える.動作主が文上に現れない点で非人称ではあるが,これらは

受動の意味を指し示すことができる.なぜなら,被動作主が統語的に,または意味的

4 これは受動態をなすことは必ずしも意味しない. 受動態に関する捉え方, 議論は第 2章で行う.

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に昇格されており,その結果として,被動作主が特徴付けられているからである.そ

れと同時に,動作主が何らかの手段で降格されている.すなわち,受動構文は能動文

と異なる視点で語られていると言える.しかしながら,上に示したこれらの受動構文

は,動詞の屈折形,結果相,中間構文,そして可能動詞を使用した手段である.これ

らの形式は純粋な「受動形態素」ではなく,ハンガリー語文法において「受動を指し

示す形式」ではない.つまり,受動という「意味」とそれが使われる「形式」との間

に差異がある.本研究の理論的な貢献部分は,受動の文法現象に関して,機能主義的

な観点, つまり, 形式と意味の関係について考察する点である. 特に, 受動に関して,

形式と受動の意味には様々な関係の仕方があり,それを捉えるには,受動を統語的そ

して意味的,語用論的と総合的な観点から捉えることが必要である.

本研究の構成を以下に示す.第 2章ではハンガリー語の考察を始めるにあたり,受

動一般に関する理論的前提を示す.特に,本研究の理論的前提について,機能主義的

な文法観から, 受動及びその周辺の文法事項の定義を示す. 機能主義的な文法観とは,

文法記述や文法観察において,言語の形式的な部分のみならず,その意味的な部分や

談話,語用論の介在する部分を含めて記述を行う観点である.受動に関しては,その

形式(具体的には「受動構文」や「受動形態素」)と共に,その意味(具体的には「被

動作主が影響を受けている」や「話し手のトピックの変異」)両面に定義づけを与え

る必要がある.次章からのハンガリー語の具体的な構文や形式を機能主義的な文法観

の下で分析する際に,この章でいくつかの文法概念を理論的前提として提示する.例

えば,動詞の他動性,それに関連して,動作の動作主,被動作主の文法関係,さらに,

話し手の視点の存在である.そのような概念を形式的,意味的に統合して,本研究の

受動のカテゴリーの定義を行う.それは,典型的な受動とそれを取巻く典型的でない

受動からなるプロトタイプの考え方である.このプロトタイプによる考え方が,本研

究の受動という文法カテゴリーに対する認識である.

第 3章では本論の導入部として,現代ハンガリー語に文法形式としての受動形,受

動態がないことを再確認する.その代わりとして,受動を意味する表現があることを

英語との対照研究を通して指し示す.英語テクストとそれが翻訳されたハンガリー語

文献で,英語の受動文がハンガリー語ではどのように表現されているかを観察した.

その調査の結果,ハンガリー語翻訳文において,多くの英語受動文が単なる能動文で

表現された.これは,現代ハンガリー語に,明確に受動を表す受動形態素や受動文が

存在しないため,英語の受動文をハンガリー語ではそのまま能動文で翻訳したと考え

られる.さらに,「殺される」を「死んだ」にしたり,「与えられる」を「受け取る」

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に語彙的に言い換えたりするという,語彙的な解決で翻訳を施した手段が存在した.

加えて,幾種類かの文法的手段による言い換えがあったことに注目しなければならな

い.この文法的手段による受動の言い換えこそが本研究が注目する受動構文である.

第 4章では,第 2章で行った方法と受動のカテゴリー定義の観点から,ハンガリー

語における受動表現の例を実際のデータを示し,その形式と意味を記述する.さらに

第 3章で行った英語との対照研究のデータを考慮に入れて,語彙的ではなく文法的な

手段で受動の意味を表しうる形式に注目する.文法的手段で受動の意を表す形式こそ

が,本論が取り上げる受動構文に相当する.ここで取り上げるのは,1: 明確に動作主

があり,単なる能動文である場合,そして語順交替による話題化や焦点化,2: 1人称

複数形の動詞屈折と 3人称複数形の動詞屈折の非人称構文, 3: コピュラと副動詞から

成る結果相構文と,そして 4: 可能接辞を使用した可能受動の構文である.加えて,

英語との対照研究では言及されていないが, 5: 他動性を下げる手段である再帰/中間

構文と,6: 「太郎によって殺された花子」型の過去分詞を使用した名詞句について取

り上げる.「太郎によって殺された花子」型名詞句の用法は,文としては表現されな

いが,名詞句の形式で観察される.この名詞句の形式は明らかに英語の受動文の形式

と類似しており,なぜこのような形式がハンガリー語で許されるのかを考察する.

第 5章では,全体的な分析と議論を行う.第 3章で受動について定義し,その定義

の下で, ハンガリー語の受動表現の語彙的な解決法を除く手段と例を第4章で示した.

ここで,それらの受動構文と受動形式が受動の文法カテゴリー上にて認識されること

を主張する.それらは文法的には他の文法情報を伝達する形式である.しかしある条

件のもとでは,受動と解釈されるわけである.条件付きの受動構文を受動のカテゴリ

ーで認識することが可能であり,ハンガリー語には受動を指し示す形式が複数存在し,

それぞれが特定の受動の状況を指し示すのに使用されると主張する.同時に,受動構

文に使用される際の動詞の特徴について,他動性の観点から議論する.

第 6章では,結論をまとめる.現代ハンガリー語には意味的に異なる形式を使用す

る数種の受動構文が存在する.受動の意味が単一の受動形で表現されずに,いくつか

の形式で現れていると文法に記述されるべきであると主張する.それらの形式は,理

想的な受動ではないため,受動のプロトタイプとは言えない.しかし,受動という文

法カテゴリーにおいて,受動のプロトタイプの周辺に受動構文や受動表現が位置する.

ハンガリー語では,受動プロトタイプの中心が空でその周囲の部分で幾つかの形式が

存在するという図式でもって,受動というカテゴリーが認識される.そのようなカテ

ゴリー化の状況が,ハンガリー語の受動の特徴であると主張し,結論とする.

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9

第 2 章 先行研究と理論的前提

2.1. この章の目的と導入

フィン=ウゴル語の中の一言語であるハンガリー語には,受動文や受動態が存在し

ないと先行研究では主張されてきた(小泉 1994, Dezső 1988, É. Kiss 2002, Groot 1989,

Keresztes 1995a, 1995b).フィン=ウゴル語の中でも,フィンランド語やエストニア語

等のフィン語系には受動形があり,ウゴル語系のヴォグル語やオスチャーク語にも受

動形が存在する 5 .ハンガリー語はウゴル語系に属するが,ヴォグル語やオスチャー

ク語と異なり受動形を持たない.正確に言えば,ハンガリー語には受動接辞"­(t)atik,

­(t)etik"が存在した.しかし,現代ハンガリー語では,この受動接辞は既に衰退してし

まって古体形(archaic form)となっている. 古体形の受動形態素は 20世紀初頭まで主に

文語で使用されてきたが,現代ハンガリー語において生産的に使用されることはもは

やない 6 .古体形の受動形態素は,特に古い資料や文語 7 ,法律文書等の公式的な書類

に見出されるが,口語で使用されることは稀であったようである(著者注:先行研究

で,誰かによる指摘があるか,どのような根拠で「稀であった」と言えるのか).古

体形の受動形態素を使用した受動文においては,行為の動作主つまり能動文での主語

が,それに対応する受動文では基本的に現れることが少ない.古体形の受動形態素を

使用した受動文では,動作主が明示されない非人称の受動が通常であった.その点か

5 詳しくは,Dezső (1988), Keresztes (1995a), MMNy, MG, Szili (1999),小泉(1994)等での記述を参照

のこと.特にヴォグル語とオスチャーク語の受動に関しては,Kulonen (1986, 1989), Honti (1983) の研究が存在する.なお,サモエード語系は受動形が未発達であるとされる.ただし,フィン=

ウゴル語一般において,受動態はそれほど発達しているとは言えない. 6 多くの文法書では「めったに使用されない」と書いてあるが,現代ハンガリー語において,文

語においても口語においても使用されることはないので,使用されないと言える.そのため,受

動文は容認不可である.ただし,ハンガリー人の学生のための文法書や教科書で受動接辞の用法

が示され,説明されている. 7 Rónai (1997: 118)では,いくつかの文学作品で使用された受動形の例が示されている.

Lelke­m oszlop, egy kősziklaoszlop, Mely soha meg 魂­所 柱 一つの 岩の柱, それ 決して 接 nem rendit­tet­ett. ない 粉砕する­受­過 3 単

「私の魂は柱であり,それは岩の柱であるのだが,決して粉砕されなかった」 (Petőfi: Arcképemmel ...) (著者注:ラテン語の受動”passive”を無理矢理ハンガリー語で表

現しようとしたとの見解がある)

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10

ら,能動/受動の態(ヴォイス)としての対立が明確に存在しているとは言えないと

いう主張がある(Groot 1989).以上のような理由から,ハンガリー語の文法書や言語学

の本,論文で,通常「ハンガリー語には受動がない,受動態を欠いている」と記述さ

れてきたのである 8 .ハンガリー語に受動がないと記述されるが,他のフィン=ウゴ

ル語では,いくつかの言語で明確な受動文が観察される.中でも,ハンガリー語と同じ

ウゴル語派に属するヴォグル語やオスチャーク語は,受動形態素(ヴォグル語では,

­we­要素,オスチャーク語では,­j­要素)を持ち,受動態を有する(cf. Kulonen 1986).

また,ハンガリー語と親縁関係にあるフィンランド語にも受動形”­taan, ­tään”を持ち,

それを使用した受動文が存在する.

本研究の目的は,ハンガリー語に観察される受動を意味する形式及び受動構文につ

いて,受動に関する類型論的な研究の観点から分析を行うことである.その際,受動

という文法カテゴリーに関して,言語外的な観点に特に注目する.それは受動の意味

論的及び語用論的な面に着目することである.つまり,統語的には受動文とは言えな

い受動構文や受動を含意する表現をも,受動の範疇であるとみなすことを許容する.

ハンガリー語に受動文が存在しないという先行研究でなされた事実に関して,先行研

究や他言語との対照研究の成果を含めて議論する.まず自然言語において,どこまで

が受動であり,どこからが受動でないかという受動の定義自体を再考察する.受動に

関する議論は,Givón (1979, 1985), Keenan (1985), Shibatani (1985, 1988), Fox & Hopper

(1994)等でなされた受動及びヴォイスに関する類型論的,そして機能主義的なアプロ

ーチに基づく.そのような言語理論上の先行研究を参考にして,ハンガリー語文法及

び動詞を中心とする現象をもう一度検討し,ハンガリー語に現れる「受動」を観察す

る.受動態を欠くハンガリー語において,受動を分析するというのは,一見奇妙に聞

こえる.これについては,受動という文法カテゴリーをどのように捉えるかという,

カテゴリー化の問題と関連する.本研究では,受動カテゴリーに関して,以下の 4点

について論じる.

1. 受動をプロトタイプの考え方から捉え,言語によって,典型的な受動とそうでな

い受動が存在すること(受動カテゴリーの存在)

2. 受動の統語的,意味的そして語用論的側面

8 その一例として,以下のような文法記述がある. “Hungarian does not have voice differences. There is just one voice. In other words, Hungarian does not have a passive voice corresponding to the English ‘the car was ordered by the man’.” (Groot 1989: 18)

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11

3. 受動の形式と意味の関係(受動の意味を表す受動形態素の存在)

4. 能動,中間,受動をヴォイスではなく,他動性で捉えること

ハンガリー語の記述文法については,主に Keresztes (1995a)や Dezső (1988)の論文と,

MMNy, MG, UMNy, MnyK, LH 9 の文法書による.これらには,受動に関する記述や議

論がある.これらハンガリー語文法の先行研究の成果や記述に加え,以下の現象につ

いての記述及び分析を行う.

1. 英語の受動文とそれに対応するハンガリー語翻訳文の表現法(対照)

2. 1人称複数形動詞と 3人称複数形動詞のいわゆる非人称構文

3. 副動詞を使用した結果相構文

4. 可能接辞を使用した可能動詞による可能受動

5. 再帰/中間構文による受動の含意

6. 過去分詞を使用した受動を意味する名詞句

以上の 6つの現象は,先行研究においては多くは無視されてきたり,ほとんど指摘さ

れていなかったりした.上の 2­6の形式はそれぞれ主要な意味は異なり,受動を意味

する(と考えられる)点でゆるやかな共通部分を形成していると考えられる.これら

の受動を共通部分とした形式間の相互関係についても 1と関連させて,議論する必要

がある.

先行研究では,統語的に受動を構成する文法的手段が存在しないという点で,「ハ

ンガリー語には受動態,受動形態素がない」という事実のみ 10 が強調されてきた.そ

の場合,他言語の受動文や受動形がハンガリー語ではどのように翻訳され,表現され

ているかが問題となる.ハンガリー語では受動態を欠くため,受動の意味を何とか翻

訳し表現しようとする手段が存在する.本研究では,英語の受動文が対応するハンガ

リー語の翻訳文で,どのように表現されているかを観察する.この対照研究を出発点

として, ハンガリー語で表される 「受動の意味」 を, その形式と共に改めて検証する.

この章では,ハンガリー語の受動表現を調査するための準備段階として,受動一般

に関する理論的前提とハンガリー語での調査の方法を示す.特に,理論的前提に関し

9 MMNy: Mai Magyar Nyelv (1968), MG: Magyar Grammatika (2000), UMNy: Új Magyar Nyelvtan (1998), MnyK: A Magyar Nyelv Könyve (1999), LH: Learn Hungarian (1965) 10 小泉(1994)では,ハンガリー語は「受動形が未発達な言語」と称されている.

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12

て,機能主義的な文法観からの受動及びその周辺の文法事項(態,他動性,動詞形態

論など)の定義を明確にする必要がある.最初に,機能主義的な文法観について説明

を与える.そうした上で,機能主義的な文法観での受動の定義を行う.次に本研究の

目的であるハンガリー語の受動表現に関する先行研究について.他のフィン=ウゴル

語の研究と関連させながら紹介する.最後に,受動に関する先行研究でなされたこと

に対して,本研究の方向性を指し示す.それと共に,本研究がどのような点で貢献で

きるかについて明らかにする.そうした上で,次章での受動に関する英語とハンガリ

ー語との対照研究を進める準備とする.

というわけで,以下のような構成で本章の議論を進める.最初に,受動研究につい

ての理論的な背景を先行研究と関連させて行う.そこで,本研究の観点からの「受動」

を定義する.それは単に形式的な観点ではなく,機能主義的な観点からの受動の機能

に着目する.それは受動のプロトタイプを形成するに至る.この機能的な観点及びプ

ロトタイプの考え方において,ハンガリー語に受動の機能を有するいくつかの構文が

存在することを指摘する.最後に,ハンガリー語における受動表現や受動構文に関し

て,先行研究の紹介を行う.

2.2. 機能主義的文法観

最初に, 本研究で採用する機能主義的な文法観について説明する. 言語学において,

文法分析に対するアプローチは幾種類に渡り,様々な理論や概念が提案され,その枠

組みにおいて,個別言語が記述され,言語理論展開が行われてきた.そのようなアプ

ローチの一つに機能主義的アプローチがある.一般言語学では,機能主義

"Functionalism"と呼ばれている学派 11 がこれに相当する.

機能主義的な文法観とは,文法記述や文法観察において,言語の形式的な部分のみ

ならず,意味的な部分や語用論的な部分も含めて行うという観点である.機能主義は

よくそれに対立する考えとして,形式主義"Formalism"と比較される.この両者の違い

に関して,高見(1995: 3­4)は,「形式主義は,言語を人間の心理現象として捉え,言語

は文の集合であり,その主たる働きは思想の表現であると考える」と述べている.加

えて機能主義については,「機能主義は,言語を人間の社会現象として捉え,言語は,

人間が社会的相互活動を行なうための道具であり,その主たる働きは伝達である」と

11 機能主義に関する言語研究としては,Givón(1995),高見(1995)及び久野(1978)を参照のこと.

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13

述べている.また,形式主義は,言語の文法が自律的であると主張するが,機能主義

は自律的ではないという見解を取る.

機能主義の考え方では,言語コミュニケーションを円滑にするために文法が存在す

るという前提がある.そして,ある意味を伝達するために,それを示す文法形式が存

在するのである.つまり,形式と意味の関係が重視される.最初に表現したい意味が

あり,そこに形式が付随してくるのである.そうして,コミュニケーションをうまく

成立させる手段の根底に,機能があると言えるだろう.その機能とは,トピック/フ

ォーカス,情報の新旧,情報の前景/後景(foreground/ background)であったり,他動

性(transitivity)やイコン性(iconicity)であったりするわけである.機能主義は,言語の文

法の説明に,このような言語外の概念や手段を使って説明を加えることになる.その

ため,言語の文法は自律的ではなくなる.このような機能主義の考え方は,言語を形

式として捉え,統語操作を主とした内的な部分で説明を加える形式主義とは異なる.

曖昧として定義困難な意味/機能を扱う点で,機能主義の文法は構造が形式主義に比

べて複雑化し,結果的に厳密に定義されない概念で説明を加えた.基本的に実際に使

用される文や談話を対象とするため,形式主義のように体系的に文法を説明できなか

ったりする短所 12 が存在する.このような短所に関して,機能主義の主張としては,

形式よりも意味の方がより重視されるべきであり,様々な文法現象やカテゴリーがは

っきりと二分せずに,意味用法を含めて捉えることを目指す.さらに文法記述におい

ては,実際に使用される文や談話を重視し,言語外の状況を考慮に入れる.ここで,

言語を形式的ではなく機能的に捉える長所を示す必要がある.

機能主義的な考え方の一例として,ハンガリー語の語順交替を紹介する.ハンガリ

ー語の基本語順は,「主語­目的語­動詞」の順で,SOVである.(1)では,「ドイツ人旅

行者が,地図を,買う」となっている.

(1) A német turista térkép­et vesz.

その ドイツ人の 旅行者 地図­対 買う 3単

「ドイツ人の旅行者が地図を買っている」

しかしながら,ハンガリー語は完全に自由ではないが語順の交替が可能である.例え

12 機能主義的な短所に関して,高見(1995)では,形式主義と機能主義の両方を使用して,日英語

の受動文を説明しようとする試みを実行している.本論は形式的な部分は重視していない.

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ば,上の文(1)は,以下の様に語順交替が可能である.

(2) a. A német turista vesz térképet. (Keresztes 1995a)

「地図を買っているのはドイツ人の旅行者である」

b. Térképet a német turista vesz.

「地図といえば,ドイツ人の旅行者が買っている」

c. ? Vesz térképet a német turista.

「買うものといえば,地図というのがドイツ人旅行者である」

(1)を語順交替させた例文の(2)を観察すると,語順により自然,不自然の差が存在し

た.(2a), (2b)の語順は自然に聞こえ,(2c)は不可能ではないが,不自然に聞こえる.

この(2c)が不自然に聞こえる理由を機能主義的な観点から説明する 13 . ハンガリー語で

は語順交替に関して,以下のような機能が付加されていると考える.文の先頭に,ト

ピック(既知の情報)が現れ,後方にコメント(新情報)が現れる.さらに,動詞や

コピュラの述部の前に,最も重要な情報であるフォーカスが現れる.このような機能

的な枠組みがハンガリー語の語順に存在する.その上でもう一度上の例文を検討する

と,(2a)では,ドイツ人の旅行者が動詞の前に来ているので,これがフォーカスとな

っている.(2b)では,地図が文頭にトピックとして現れている.(2c)は文頭に動詞が来

ているため,動詞の後方にある地図とドイツ人旅行者が新情報となってしまい,不自

然に見える.動詞が文の先頭に来ることが不可能というわけではないが,かなり特殊

な状況でしかこのような語順は考えられない.ハンガリー語では,「トピック­(フォ

ーカス)­動詞」という機能的観点からの語順の枠組みでもって,文の自然さ不自然

さを判断することができる.この場合,文で必ずフォーカスがある必要はないので,

何かの要素を強調したい場合,それをフォーカスの位置に移動させることができるこ

とになる.この枠組みは,形式主義で行うような厳密な語順の容認性の判断とは根本

的に異なる.

次に機能主義的な文法観の概念について,別の例,統語論におけるイコン性

(iconicity) 14 が存在する例を挙げる.以下の文(3a)は,カエサルの有名な言葉をハンガ

13 語順交替の自由さを形式主義では,SOVの支配関係(統率,束縛)で説明することになるだろ

う.ハンガリー語では É. Kiss (2002)のアプローチが形式主義的な例である. 14 統語論におけるイコン性に関する研究は,Haiman (1985)に詳しい.

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リー語で表現した例である.

(3) a. Jö­tt­em, néz­t­em, és nyer­t­em.

来る­過­単 1 見る­過­単 1 そして 勝つ­過­単 1

「(私は)来た,見た,そして勝った」

b. Néztem, nyertem, és jöttem.

「見た,勝った,そして来た」

c. Nyertem, jöttem, és néztem.

「勝った,来た,そして見た」

d. Néztem, jöttem, és nyertem.

「見た,来た,そして勝った」

e. Jöttem, nyertem, és néztem.

「来た,勝った,そして見た」

f. Nyertem, néztem, és jöttem.

「勝った,見た,そして来た」

上の例文(3)では,「ある場所へ来ること(jönni)」,「ある場所を見ること(nézni)」,そし

て 「ある場所で戦いに勝つこと(nyerni)」 を表す. この 3つの行動を文で表現するとき,

(3a­f)の 6通りの手段が考えられる. しかしその中でも, (3a)の文が一番自然とされる.

(3b­f)の文も文法的に正しい文であるのに,特に(3a)が好まれる理由を考える際,イコ

ン性の概念を使って説明することができる.(3a­f)のどの文も文法的には正しい文で,

ハンガリー語の語順交替の規則にも違反していない.(3a)の文では,実際の出来事の

順番である「来て,見て,そして勝つ」という行動順序と,言語表現の"Jöttem, néztem

és nyertem"の語順がイコン的に動機づけられている.それゆえに,(3a)の文が,形式

的な理由ではなく,機能的な理由で自然であり好まれるわけである.これは,実際の

出来事の順と同じ順序で表現する方が,コミュニケーション上わかりやすく,語用論

的にも納得できる.この統語論に現れるイコン性は,文法の外から文法現象を説明し

ようとする手段であり,機能主義的な文法観の一例である.

次に,機能主義的なアプローチを採用するにあたり,受動についての機能主義的な

点を論じる必要がある.機能主義的観点から,受動を説明し定義づけることにする.

加えて,受動を定義する際に関連する用語(受動形態素,ヴォイス,そして他動性)

について説明する.本論のハンガリー語における受動表現についての分析では,次に

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16

定義される機能主義的な受動の観点で,その判断と議論考察がなされる.

2.3. 機能主義からの受動の定義

受動態をはじめとして,受動文,受身文や受動構文で言い表される文法現象を広義

の意味で「受動」(passive) 15 と名づける.文法カテゴリーに受動と呼ばれる概念が存在

することを示す.この受動の概念について,機能主義的な観点からの定義を行う.受

動文とは有標な文の状態であり, 無標な能動(active)と対立させて考えることができる.

受動と関連する文法として,能動,そして中間(middle)または中動(medio­passive)が挙

げられる.ここでは能動や中間については本研究では周辺的に扱い,主要な議論は行

わない 16 . 受動を表す受動文について, 機能主義観点から及び言語類型論の立場から,

多くの研究がなされている(cf. Andersen 1991, Croft 1994, Fox & Hopper 1994, Givón

1990, Keenan 1985, Langacker & Munro 1975, Shibatani 1985, 1988, Siewierska 1984). 以下

では,先行研究で指摘された受動の条件をいくつか提示する.

受動の条件を提示する前に,受動に関わる者,すなわち参与者について論じる.受

動という現象では,何者かが対象に対して行為を起こし,その結果,何者かが何らか

の影響を被る.多くの場合,その参与者は人間であるが,物であったり出来事であっ

たりする場合もある.そして,行為を行う者が動作主(Agent)と呼ばれ,行為を被る者

が被動作主(Patient)と呼ばれる.動作主と被動作主の参与者が受動では必要とされる.

その動作主と被動作主の関係について,日本語の能動と受動の例を以下に示す.

(4) a. 太郎が花子を殺した.

b. 花子が太郎に殺された.

日本語で(4a)は能動文で,(4b)は受動文である.この場合,太郎が殺し手である動作主

で,花子が殺されて影響を被る被動作主である.太郎の動作「殺す」により影響を及

ぼし,その結果花子が「死ぬ」という影響を被っている.ここで重要な点は,能動文

(4a)の場合,動作主が主語(ガ格)になり,被動作主が直接目的語(ヲ格)で現れて

いる.一方の受動文(4b)では,被動作主であった花子が主語となっており,動作主で

15 本論の調査対象の言語であるハンガリー語は,典型的な対格言語である.特に,能格言語に観

察される逆受動(Antipassive)については,本論では考察を行わない. 16 中間については,ハンガリー語の再帰/中間構文についての項で,言及する(第 4 章 5項).

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17

ある太郎は,いわゆるニ格,つまり斜格で標示される.能動と受動の間では,このよ

うな動作主と被動作主の格標示が異なるという形式的な相違がある.さらに,受動に

おいて被動作主が影響を被るという意味的な特徴づけが行われる.花子は動作主太郎

の「殺す」という行為の結果,死んでしまうのである.ここで,花子は意味的に影響

を受けている.(4b)で,被動作主花子が影響を被ることが受動で「殺される」と表現

され,能動文とは異なる意味的特徴づけが行われていると考えられる.

それでは先行研究の成果を通して,受動の統語的,形態的,意味的,そして語用論

的な条件を整理する. まず, それらの諸条件を挙げる. これらの条件は, Shibatani (1985:

837)や Taylor(1989),吉川(1995)で提案された,受動をプロトタイプの点から考えるア

プローチと密接に関連している.この受動プロトタイプについては後述する.これら

の諸条件はすべてが必要条件とは限らない.これらの条件がいくつか欠ける受動もあ

りうる.最初に,統語的条件について述べる.能動文で直接目的語であった被動作主

が,受動文では主語になり,結果的に目的語の地位から昇格 17 することになる.一方

の動作主は主語の位置から降格する.この降格は,日本語のようにニ格やその他の斜

格になることも降格であるし,文上に現れなくなる場合もある.受動文で動作主が削

除されるのも降格に含まれることとする.そのような動作主が文上に現れない,また

は文法の制約上現れることのできない受動文を,非人称の受動と呼ぶ.すなわち,受

動文では相当する能動文と比較して,その行為の参与者が 1人,つまりは動作主が減

ると考えてよい.そのため,通常,受動文は他動性を下げる構文であると考えられて

いる.

次に,受動の形態的条件を考える.既に述べているように,受動は能動と比較する

と有標な構文形式である.形態的な条件としては,能動の形式と比較して,受動を表

す何か有標な形式が付加されなければならない.例えば,日本語で能動の他動詞「殺

す」は,受動では受動の要素である「れ」が付加され,受動動詞「殺される」となる.

また英語では,能動の他動詞"kill"は,受動では受動形"be killed"とコピュラと動詞の

過去分詞形で形成される.ハンガリー語の場合においても,他動詞"megöl"(殺す)

が受動接辞 (古体形) が付加され, 受動形"megöl­etik" (殺される) と形態変化を伴う.

能動他動詞へ受動形態素を付加するという形態変化は,受動が意味的に有標であるた

め, 形態的にも有標な文法形式でなければならないという, イコン的動機づけ(Haiman

17 この昇格,降格という考え方は,「主格>対格>与格>斜格」という文法関係の階層の存在が前

提となっている.これについては,角田(1991)や Comrie (1989)を参照のこと.

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18

1985)が反映されているのである.さらに,受動というカテゴリーが名詞ではなく動

詞に関連するものであるというイコン的関係をも示している(Andersen 1989, Bybee &

Dahl 1989, Haspelmath 1990).本論では,このような受動を表す形式を受動形態素

(passive morpheme)と呼び, この受動形態素の存在こそが受動には不可欠であると主張

する.

続いて,受動の意味的条件を考察する.まず Shibatani (1985)は意味上の参与者,つ

まり動作主と被動作主が必要であると主張している.その上で,主語となる被動作主

が影響を被る(affected)状況でなければならないとしている.この「影響を被る」こと

に関して,本研究の立場としては,能動文とは違った被動作主への「特徴づけ」がな

されると解釈する.その特徴づけは,話者の視点の移動を伴うことになる.受動での

視点に関して,久野(1978: 163)は「受身文では,わざわざ行為主体を主語の位置から

外し,行為対象を主語の位置にすえるのであるから,話し手は,この構文パターンを

用いる時は,何か特別な理由,即ち,行為対象に対する視点的接近が無ければならな

い」と述べている.話者の視点移動により「被動作主への特徴づけ」 18 がなされるこ

とになる.この特徴づけに加え,吉川(1995)及び Andersen(1991)は,意味的条件に動

詞の相に関する事柄に注目している. 受動文において, 述部が 「動作/作用の結果相,

または(結果の)状態相に視点を置く」という点である.この相の問題は,受動で被

動作主の結果状態に視点が当たるわけで,相のレベルで被動作主の特徴づけが行われ

ているとみなすことができる(cf. Comrie 1976, Bybee & Dahl 1989).

最後に,受動の語用論的条件について考察する.語用論的な条件は,言語外の現象

とも多く関連するため,先行研究において多く議論されている.Shibatani(1985: 837)

は,語用論的な条件または機能こそが受動の最も重要であるとしている.受動の語用

論的な機能とは,"Defocusing of agent"であり,動作主をフォーカスの位置から外すこ

とこそが最も重要な機能であると彼は主張した 19 .これは同時に,動作主が主語から

18 この「特徴づけ」の考え方は高見(1995, 1997)によるものである.高見(1997: 53, 54)では,特徴

づけの種類を挙げている. a. 主語(の指示物)が本来持っている性質や属性が述べられている場合(永続的特徴づけ) b. 主語(の指示物)を他の物や人から際立たせるような顕著な習慣的出来事や継起的状態が述べ

られている場合(習慣的特徴づけ)

c. 主語(の指示物)を他の物や人から際立たせるような顕著な一時的出来事や状態が述べられて

いる場合(一時的特徴づけ) 19 この”Defocusing of agent”「動作主を焦点から外すこと」については,反論が Andersen (1991)他

によりなされている.特に,意味的条件の相について,この動作主を焦点から外すこととの関連

が見られないためである.

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降格されるという統語的な条件をも内に含んでいる.Shibatani (1985)の簡潔な条件付

けに比べて,吉川(1995: 116­119)は,語用論的な条件付けに,多くの条件を与えてい

る.まず,文の情報構造上の条件として,トピック,コメントの情報提示の下で焦点

を作ること,そして,動作主以外の客体が既出/既知の旧情報,伝えたいメッセージ

が新情報で,「旧­­>新」へという情報の自然な流れに従うことを明示している.加え

て,談話文法上の制約として,文を包む前後の文脈や発話の場面において,話し手の

視点が不定/不明/不問/自明の動作主よりも,共感度の高い特定の客体にあること

を挙げている.最後に,受動文の権威性/責任回避性/婉曲性というような表現緩和

の機能についても言及している.また,本研究が意味的な条件で挙げた「被動作主の

特徴づけ」も,語用論の条件と関係するだろう.

このように受動に関して,その統語的,形態的,意味的,そして語用論的条件を列

挙した.このすべての条件を満足させる構文が理想の受動文と言える.実際の日常会

話や書き言葉で使用される受動文においては,このすべての条件を満たすような受動

文は多くは出てこないだろう.多くの言語に見られる受動文や受動形についても,す

べての条件を満たす形式はほとんどないと思われる.実際に使用される受動文では,

いくつかの典型的な受動文が観察されるかもしれないが,意味的または語用論的に不

十分である例が多いと考えられる 20 .日常会話や実際の談話では前後の文脈や状況に

依存する面が多いため,動作主が省略され,意味的な部分で理想的に「影響が及ぼさ

れる」例が少ない.本論が扱うハンガリー語の受動構文に至っては,受動と判断され

る例は日本語や英語に比べると,さらに限定されてくる.ハンガリー語の受動構文に

おいては,典型的とされる例はほとんど観察されないだろう.類型論的観点から見て

も,典型的な受動文や受動形態素を持つ言語 21 は多くない,またはほとんど存在しな

い.この事実は,受動を言語内のみで受動を論じようとする立場では,限界があるこ

とが明らかとなる.受動は単に能動から発した文法カテゴリーではなく,意味論と語

用論を含んだ,ある認知的な状態を表す現象である.受動の意味は典型的な影響の及

ぼし方が強いものからほとんど影響がないものまで様々である.さらに,実際使用さ

れる受動文やハンガリー語の受動構文は必ずしも典型的で受動ではない.それらは,

言語内部では説明が不十分であり,能動と受動と容易に二分できるカテゴリーではあ

20 例えば英語の書き言葉では,8 割以上の受動文が動作主のない agenless passiveである(Dixon 1992: 298). 21 例えば,フィンランド語の受動文の場合,受動文で動作主が現れない非人称の受動しか許され

ない.さらに,被動作主が必ず影響を受けているとは言い難い受動文の例が多い.

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20

りえなくなる.そこで,言語外の概念を使用して受動の機能を考察する必要がある.

言語外的に見たとき,受動がどのような機能を有しているかについて考察してみよ

う.Fox & Hopper (1994: introduction, 6)では,受動の機能として,以下の 3つを挙げて

いる.

(5) a. topicalizes the patient,

b. defocuses the agent,

c. stativizes the event

(5)で示した受動の機能は,これだけで統語的な条件や意味的な条件,語用論的な条件

を内に含んでいる 22 .特に(5c)が受動における相の問題を明確に述べている.これと類

似して,Dixon (1992: chapter 9)が以下のような受動の性質 23 を提示している.

(6) a. To avoid mentioning the subject

b. To focus on the object, rather than on the subject

c. To place a topic in subject relation

d. To focus on the result of the activity

(6)で着目すべき点は,受動文を使用することで,(能動文の)主語を直接に言及する

ことを避けるという性質である.これは,語用論または言語外の観点からの指摘であ

る.また,(6d)の活動の結果にフォーカスをあてる性質は,(5c)のイベントを状態化さ

せる機能と同等であるとみなすことができる.

Dixonの主張も,ほぼ Fox & Hopper (1994)の主張と同じである.そういうわけで,

機能主義的な観点での受動は,本研究の見解では,以下のように総括する.

(7) a. 被動作主が話題化または焦点の位置に来ることで,被動作主の特徴づけがさ

22 例えば,被動作主を話題化させるには,被動作主を統語的に主語にしなければならない.同様

に動作主を焦点から外すために,主語の位置から降格させる.イベントを状態化するのは,被動

作主の特徴づけに関連する. 23 Dixon (1992)の受動の性質は英語文法のものであるが, 他言語にも適用可能な性質であると思わ

れる.

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21

れること(cf. 主語)

b. 能動文での主語である動作主が,なんらかの形で降格されること(動作主が

削除されることを含む)

c. 行為の結果状態を表すこと

よって,(7)の 3点を受動の機能的な定義とする.この機能的な定義をすべてではなく

とも何点か満たす要素が受動の範疇に入る可能性がある.ただし,一つだけ満たして

いる 24 ,または二つ満たしているからと言って,受動とは限らない.さらに,受動の

必要条件と十分条件について考察を進める.(著者注:進めていない)

(7)の 3つに加えて機能主義の観点では,形態的な条件が付加されていない.そこで

本論では,受動の意味と形式の関係を強調し,この機能的定義に受動形態素の存在を

加える.受動は能動と比較すると,有標な文法形式である.形態的に何か有標な形式

があり,それが受動形態素である.受動の意味を示す受動形態素が存在して,はじめ

て受動と言えるわけ 25 である.そういうわけで,受動の定義に,必須の条件として以

下(7d)を追加する.

(7) d. 受動の意味を表す何らかの形式が付加されること(受動形態素の存在)

この受動を表す文法形式,受動形態素は動詞の部分に現れる.例えば,日本語では.

「殺さ­れ­る」の「れ」(または,「られ」),フィンランド語では,"opiskel­laan"(学

ばれる) の"laan"のように, 受動形態素が動詞の中にある, また, 英語では, "be kill­ed"

(殺される)のように,コピュラと動詞の部分が関係してくる(cf. 受動分詞).いず

れにせよ,能動とは違って,何らかの有標的な手段が使用される.実際,ハンガリー

語の古体形の受動接辞も,動詞に付加されていた(“olvas­tatik”「読まれる」).

本研究がハンガリー語の受動表現の分析を行う際問題となるのは,受動を表す形式

が他の文法形式である場合である.本来,別の文法範疇に属する形式が,偶然か必然

か上記の受動の機能を何らか有している場合,受動とみなせるかどうかが問題となる.

24 一つだけ満たす, 例えば, 話題化や焦点化だけを満たした文が, 受動文に属するとは言えない.

逆にすべての条件を満たさなくても,何らかの条件を満たす際は受動構文とみなされる可能性が

ある.この受動の条件については,アイルランド語の受動の議論であるが,Noonan (1994)にも観

察される. 25 受動形態素の存在と受動の関係については, Haspelmath (1990), Andersen (1989, 1991)の議論によ

るものである.

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22

その場合,対応する能動文を考えてみよう.能動文の場合,問題の文法形式は現れな

い無標の形式(通常は他動詞文)である.別の文法形式でもって受動の意味を表す,

または受動の意味を表すのに別の文法形式が使用されるのは,珍しいことではない.

受動形態素は,人称や数といった動詞屈折であったり,自動詞化の要素であったり,

可能接辞であったりする.これらの別の形式がその本来の性質を失い,受動形態素に

なる過程がある.それは文法化(grammaticalization/ grammaticization)と呼ばれる現象で

ある.受動の意味の多重性 26 や文法化について,本論では後に参照し議論する.

2.4. 受動プロトタイプ

上の項で,統語的,意味的,形態的,そして語用論的な受動の条件付けを行った.

多くの言語で,この条件をすべて満足させるような受動文や受動形がそれほど存在し

ないことが諸条件の考察において判明した.例えば,学術的なテクストや公式文書で

多くの受動文が観察される 27 .この学術論文等で観察される受動文は,動作主である

著者をフォーカスの位置から外す目的のために使われる.そのため,被動作主が何ら

かの影響を被るわけではない.受動文を使うことで,行為の結果状態を示すわけでも

ない(ただし,実験の結果を報告するような場合,実験の結果状態に着目する可能性

があるだろう.「以上の実験で,このような結果が得られた」).

実際,日常観察される多くの受動文において,動作主が不明または動作主が現れな

い非人称の受動文の割合が多い.その場合,明確な動作主を認定できない受動文にな

る.例えば,以下の日本語の受動文を考えてみよう.

(8) 昨日,家の近くで私の車が盗まれた.

(8)の日本語の受動文において,車を盗んだ動作主は不明である.車を盗んだ犯人が不

26 Haspelmath (1990:32)では,”In many languages, the grammatical morphemes that mark the passive are not restricted to this function but can have other uses, such as reflexive, reciprocal, anticausative and potential passive.”と述べており,この受動形態素の多義性(polysemy: cf. Taylor 1995: ch, 6)は驚くべ

きことではないと主張している. 27 例を挙げるまでのないが,鷲尾(1997: 2)において,冒頭に“ 「ヴォイス」(Voice)という文法用語

は,日本語では一般に「態」と訳される”と,受動文が使用されている.この場合,受動文の主

語である, “ 「ヴォイス」という文法用語”は何の影響も受けていない.ただし,日本語で「態」

と訳されることという情報で,特徴づけられているとは言えるかもしれない.

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23

明である場合,(8)の受動文はまったく自然である.不明の動作主を「誰か」や「盗人」

という主語にして,この例文を能動文にした場合,次のような例になる.

(9) a. 昨日,家の近くで誰かが私の車を盗んだ.

b. 昨日,家の近くで盗人が私の車を盗んだ.

例文(9)では,受動文で不明であった動作主を「誰か」や「盗人」に表現して,能動文

を実現している(著者注:Péter等,具体的人物を主語に建てることができない).し

かしながら,受動文では実際の動作主が指し示されていない,車を盗んだ犯人が不明

であるため,動作主を指し示すことができない 28 .具体的な動作主が想定できない(8)

のような受動文では,それに対応する能動文があるとは言い難い.その際,(9)のよう

な能動文を想定することは可能であるが,主語となる動作主として「誰か」や「盗人」

を加えなければならない.(8)の受動文は自然で,典型的な受動文に見えるが,動作主

不明の非人称受動である.そのため,具体的な動作主が同定できないため,(9)の例で

相当する能動文を作る際,「誰か」や「盗人」を付加することとなった.これは,能

動文と受動文が同一の状況や意味を厳密に表すとは言い難い.能動文との意味対応が

厳密にはなされない点で.(8)の例は上記の受動の条件(特に統語的と意味的条件(動

作主の存在))を完全に満足させるとは言えなくなる.

本研究で列挙したような受動の条件に基づいて実際の受動文を観察すると,受動の

程度に差が出てくることがわかる(著者注:さらに,能動と受動の境界分けさえ,怪

しくなる).それは,被動作主が影響を受けるか受けないか,動作主が不明であるか

明白であるか等の差異である.本研究では,受動文には典型的な受動とそうでない受

動が存在すると考える.受動の条件や機能をよりよくより多く満足させる形式が典型

的な受動であり,条件を限定的に部分的にしか満たさない形式が典型的でない受動と

なる.このような受動の典型性を受動の文法カテゴリー把握とプロトタイプの点から

説明する.これは,Shibatani (1985)の提案する受動プロトタイプ論 29 に多く関係して

28 意図的に動作主を配した受動文,例えば,「私の車が誰かによって盗まれた」や「私の車が泥棒

によって盗まれた」 を作成できなくもないが, 自然であるとは言えない. この可能性については,

当面考えない.ここでは,動作主不明の非人称受動文には対応する能動文が想定しにくい,また

は想定不可能であることを示した.本論の見解では,受動文の主な機能は被動作主の特徴づけで

あり,動作主が非人称であることは問題とならない.(著者注:フィンランド語の受動は必ず非人

称である) 29 ハンガリー語の受動に関して,Dezső (1988)が受動性(passiveness)の観点から説明しようとして

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24

いる.プロトタイプ(prototype)という概念は認知科学や認知心理学,及びそれに関連

した認知言語学や認知文法の分野に由来している 30 .

言語学の分野では,特に認知文法や認知言語学の分野でプロトタイプの概念が使用

される 31 .ここでは,認知文法におけるプロトタイプの捉え方から,受動のプロトタ

イプの解説をする.まずプロトタイプについて,例えば「自動車のプロトタイプ」を

考える.自動車には様々な特徴がある.タイヤが(通常4つ)ある,ガソリンで動く,

運転する人が必要である, エンジンがある, ハンドルがある等の特徴が考えられる 32 .

これらの特徴から,自動車という概念のカテゴリーをある程度形成することができる.

しかしながら,あらゆる種類の自動車が上の自動車の特徴すべてを有するわけではな

い.乗用車のように上の条件をほとんど満たす自動車があれば,クレーン車や戦車の

ように自動車ではあるが,上の条件の自動車とは異なる例も存在する.自動車の条件

を多く満たす典型的な自動車と典型的ではない自動車という程度の差が考えられる.

自動車と自動車でないかを考えるために,自動車の条件において必須な特徴と必須で

ない特徴を見分ける必要がある.必須な特徴としては,ガソリンで動くエンジン 33 が

あり,タイヤがあるという条件が考えられる.それでは,タイヤが存在しない車や電

気で動く自動車は,自動車ではありえないかと言えば,自動車ではあるだろう.その

ような車は,車でありながら典型的な車のカテゴリーからは逸脱する.また,自動車

でも特定の目的を持つ車,例えば空港にある飛行機の牽引車,消防車,戦車,F1(フ

ォーミュラ1)の車(F1 のサーキットでのみ走行可能なため)など,これらもまた

車のカテゴリーに含まれる.しかし,典型的な自動車とは言えないだろう.このよう

に,自動車というカテゴリーにおいて,自動車であるか自動車でないかという区別で

はなく,典型的な車と典型的でない車とに分かれる.自動車の典型性の違いは程度の

問題であり,二分して分類することができない.典型的であるにせよ典型的でないに

いる.この受動性も受動プロトタイプと通じるものがある. 30 言語学のプロトタイプ及びカテゴリー化については, Taylor (1995)に詳しい. なお, Taylor(1995) では,受動のプロトタイプに関してはほとんど議論していない. 31 河上(1996: chapter 2)では,プロトタイプ理論を使った分析として,他動性,曜日のプロトタイ

プを挙げている. 32 「車」のプロトタイプと「自動車」のプロトタイプは厳密には異なるだろう.ここでは,「自動

車のプロトタイプ」とする.「車」のプロトタイプであると,馬車や人力車,荷車等の自動車以前

の「車」もプロトタイプに含まれてしまうだろう.なお,このような,車を認知するための車に

関する知識をまとめたものを「スキーマ」と呼ぶ.車のカテゴリー化については,Enger & Nesset (1999: 29­30)においても議論されている. 33 最近では,ガソリンと電気で動くハイブリッドカーやすべて電気で動く車が存在するが,プロ

トタイプからは外れるように思われる.(著者注:太陽電池で動く車)

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25

せよ,例で挙げた車はやはり車のカテゴリーに属する.車のカテゴリー化に関して,

プロトタイプの点から観察する.プロトタイプの位置に典型的な自動車を置く.それ

は車のカテゴリーにおいて, 必要十分な条件を持つ. プロトタイプから離れるに従い,

必要条件を満たさない車や車と関連するモノ(ミニカーや自転車,バイク)までも,

車のカテゴリーに配置されるようになる.実際には,一般的な乗用車 34 が典型的な車

に相当し,プロトタイプの中心に位置する一方,一人乗り乗用車や無人自動車,電気

自動車や飛行機の牽引車は典型的でないプロトタイプの周辺部に位置することにな

る.さらに,車のカテゴリーから拡張された例もカテゴリーの周辺部に位置する可能

性がある.ここで重要なのは,自動車を観察するとき,車か車でないかという分類で

はなく,典型的な車か典型的でないかという程度の問題(またはプロトタイプによる

カテゴリー化の問題)が発生することである.この程度の問題は,自動車のプロトタ

イプを設定することにより,カテゴリー化が可能となる 35 .さらに,ミニカーや自転

車など,車ではないが,車から拡張された例についても,カテゴリー化において捉え

る事が可能となる(著者注:ただし,どこかに「車」と「車でないもの」との間に境

界が存在しそうである).

プロトタイプの考え方は,言語学では認知文法,認知意味論の分野に適用された.

認知文法の分野では,プロトタイプでもって,様々なカテゴリーを「あるかなしか」

という絶対的な区別ではなく,「典型的かそうでないか」という程度の問題で扱うこ

とを可能にした. 具体的には, 色のプロトタイプとカテゴリー化(Taylor 1995: chapter 1),

他動性の研究 (Hopper and Thompson 1980, 角田 1991: chapter 5), 主語のプロトタイプ

論(Keenan 1976, 角田 1991: chapter 8)等がある.このプロトタイプの考え方を受動の

カテゴリー化に使用するわけである.

34 「カローラ」や「フォルクスワーゲン」のような乗用車が自動車の典型例だと言えよう.一方

で,F1 カーのような車は典型例とはならない.ただし,F1 ドライバーやメカニックの人にとって

は,自動車の典型例が F1 カーになる可能性がある.(著者注:認識する人々の違い/言語を使用

する人々の違い) 35 この自動車のプロトタイプの考え方に従えば,一見,車に見えない,電車やブルドーザー,飛

行機までをも,なぜ,車とみなせ,または,みなせないかを説明することができる.電車は台車

に車輪がついていることから,典型的ではないが車に属することがある.また,ブルドーザーは

キャタピラで動くため,車輪を持たないものの,ハンドルがあり,車道を走ることから,車に属

することになるだろう. ただし, 戦車については, 英語では”tank”と呼ばれるため, 自動車(car, auto) のカテゴリーから逸脱しているかもしれない.最後に,飛行機は,ハンドル(操縦桿)があり,

車輪があるものの,空を飛ぶ特徴から,もはや車ではなく,飛行機という別のプロトタイプのカ

テゴリーで考えられるべきである.しかし,空港で地面を動いている飛行機は,典型的ではない

が, 車と認識できるかもしれない. このように, カテゴリー化は言語や属する文化により異なる.

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26

プロトタイプで受動の文法カテゴリーを論じる研究に,Shibatani (1985)による受動

プロトタイプ論がある.この受動プロトタイプ論が提案されるまでは,受動に関する

研究は,変形文法から発する能動と受動の関係を論じる統語的な研究が主であった.

受動やヴォイスを語る際に,能動と受動の関係に着目するのは重要である.しかしな

がら,ハンガリー語のような,受動形が未発達な言語を分析する際,受動プロトタイ

プの考え方が非常に都合がよい.これまでの受動に関する理論では,能格言語におけ

る逆受動(antipassive)に関して, 対格言語の受動と同等に議論することに困難があった.

この逆受動の現象に関しても,受動プロトタイプから観察することで,受動と同様の

枠組みで議論できることを可能にした.受動プロトタイプを適用することで,世界の

言語の受動に関する類型論を構築することができた.その成果が Shibatani (1988)や

Fox & Hopper (1994)である.それでは(10)に,Shibatani (1985)が定義した受動のプロト

タイプを示す.

(10) The Passive Prototype 1: (Shibatani 1985: 837)

Characterization of the passive prototype

a. Primary pragmatic function: Defocusing of agent.

b. Semantic properties:

(i) Semantic valence: Predicate (agent, patient).

(ii) Subject is affected.

c. Syntactic properties:

(i) Syntactic encoding: agent →φ(not encoded).

patient → subject.

(ii) Valence of P [redicate]: Active = P/n

Passive = P/n­1.

d. Morphological property:

Active = P;

Passive = P [+passive].

このような受動のプロトタイプに関して,Shibatani (1985)では,プロトタイプに属す

る受動文の例を提示している.それが例(11)である.

(11) The passive prototype 2 (Shibatani 1985: 837)

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27

a. Many soldiers were killed.

b. 多くの兵士が殺された

(11a, b)で注目したいのは,典型的な受動文とされる英語と日本語の受動文において,

動作主の存在が標示される部分,つまり,英語では"by someone",日本語では「誰々

によって」で表される句が見当たらない点である.これは,動作主の標示が必ずしも

必要ではないということを示す.動作主が文上に現れなくとも,主語の位置から降格

されてさえいれば典型的とされるわけである.「殺す」や「壊す」など,動詞の他動

性が高いとされる他動詞を受動化した場合が,より典型的な受動となる.この

Shibatani(1985)の受動のプロトタイプ例(10), (11)は, 本研究の機能主義的観点からの受

動の条件とほぼ一致する.

本論では,基本的にこの受動プロトタイプのモデルを採用する.採用に際して,何

点か特に意味的,語用論的な部分に関して,この受動プロトタイプに補足と修正を加

える.以下では,受動プロトタイプの考え方でもって,ハンガリー語の受動表現を評

価する.その際,ハンガリー語には受動態がないために,典型的な受動という形式が

存在しないこととなっている 36 .その際に,問題となるのが,典型的でない受動にお

いて, どこまでが受動(passive)と解釈でき, どこからが単なる受動代替文(equivalents of

the passive: Kepecs 1986: 49)となるのかという点である.これは受動のカテゴリー化の

問題である.例えば,英語の受動文がハンガリー語に翻訳された場合,その翻訳され

た形式や構文がすべて受動の意味を有するわけではない.詳しくは次章で説明するが,

英語受動文が対応するハンガリー語翻訳では,単なる能動文となっている場合,例え

その構文が意味的に受動のごとく解釈できるとしても,受動のカテゴリーに当てはま

るとは考えられない.Shibatani(1985)の提案した受動プロトタイプ論において,典型

的でなくとも受動文のカテゴリーに入る形式と,単なる受動代替文に過ぎない形式と

の基準を設定しておく必要がある.Shibatani(1985)及び本論が提示してきた受動の統

語的,形態的,意味的,語用論的条件(または機能)において,受動と解釈するのに

不可欠な条件と,欠けても構わない条件があるはずである.受動のカテゴリーに不可

欠な要素として,語用論的条件と意味的条件,形態的条件が当てはまることを主張す

る.統語的な条件に関しては,能動と受動の関係においては不可欠であるが,受動を

36 ハンガリー語の古体形の受動形態素を使用した受動文が典型的になると考えられる.(著者注:

この辺りの基準を明確にしておかないと,論の進め方によっては,「やはりハンガリー語に受動が

ない」との結論付けをすることも可能になる.注意)

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28

意味的な点から考える際,無視できるとする.本論の主張では,動作主が降格され,

被動作主の特徴づけがなされ,その際に形態的に有標なマーカーが存在するとき,そ

の形式または構文が受動のカテゴリーに含まれる.被動作主と動作主の統語関係が能

動型だとしても,語用論的または意味的に条件が満たされていて,形態的に有標であ

れば, 受動のカテゴリーに属するとみなす. さらに統語的条件が満たされていた場合,

より典型的な受動に近づく.本論では,統語的な条件まで満たされた受動を受動文,

統語的な条件を除外しても受動の意味を伝達する形式を受動構文としてすでに分類

した.議論すべき点は,そのような受動構文が受動の文法カテゴリーにおいて,どの

ように位置するか(カテゴリー化されているか)という点である.

意味的なプロトタイプについて,補足しておくべき点がある.Shibatani (1985)の受

動プロトタイプ論では,意味的な条件として"affected"「影響を受けた,被った」と記

述されている,彼は受動文の主語である被動作主が何らかの影響を被ることを主張し

た.そのため,「殺される」や「破壊する」などの明らかに対象に物理的に影響を及

ぼすような動詞 37 において,典型的な受動が観察されることになる.しかしながら,

受動文であれば,必ずしも被動作主が明確に影響を被るとは限らない.例えば,学術

論文や文法書,公式文書には,多くの受動文が観察される.以下に,そのようなアカ

デミックなテクストに観察される日本語と英語の受動文の例を示す.

(12) 格の階層を覆すに足る主語昇格の条件として,1直接的受影性,2意中の目標性

という条件が考えられる.(吉川 1995: 129)

(13) The perfect tense is used very much in the same way in Finnish as in English.

「完了の時制は英語で見られるように, フィンランド語のでも同じように使用さ

れる」(Aaltio 1984:166)

このようなアカデミックな状況で現れる日本語と英語の受動文 38 では,被動作主であ

る「1直接的受影性,2意中の目標性という条件」(12)や「完了の時制(“The perfect

tense”)」(13)が何らかの影響を被っているとは言えない.この場合,被動作主の特徴

づけが受動文によってなされているとは言える.受動文を使うことで,話者の客観性

を保ち,話者の存在があまり出て来ないようにする効果がある.この種のアカデミッ

37 これは他動性のプロトタイプで,典型的な他動詞に属するものである. 38 このアカデミックな受動は日本語他,多くの言語で現れる.ハンガリー語では受動形が使用さ

れないが,その代わりにこのような状況でどんな形式が使用されるか,非常に興味深い.

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29

クな状況での受動文は,多くの言語で頻繁に観察される.特定の目的に現れる頻度の

点では,アカデミックな受動はむしろ典型的な受動に属するとも言える.本研究では

意味的な条件として,影響を被るという点よりも,被動作主を特徴づけ 39 る点を重要

視する.特徴づけは,「特に被動作主について述べられる,語られる」ことである.

そうすると,このアカデミック受動は受動のカテゴリーにおいて比較的典型的な部類

に属することになる.

2.5. 動詞の他動性のプロトタイプ(著者注:受動に使用される動詞に関する規定)

受動のプロトタイプに加え,動詞の他動性に関するプロトタイプについて説明する.

この他動性のプロトタイプの概念は,Hopper & Thompson (1980), 角田(1991), Givón

(1990)や吉村(1995)の先行研究に基づく.言語類型論での他動性に関する研究をハン

ガリー語の動詞に適用して基礎付ける.動詞は,通常は自動詞と他動詞と分類して考

えられるが,他動性を用いることで,単に動詞を自動詞と他動詞の二種類に分類する

のではなく,程度の問題として扱う.動詞の他動性は通常,他動性が高い,低いと高

低で判断される.他動詞は他動性が高いと判断され,他動性が高くなるほど,他動詞

のプロトタイプに近くなり,他動性が低くなるにつれ,自動詞に近くなる.他動性の

プロトタイプでは,動詞を他動詞と自動詞と明確に二分せず,他動詞から自動詞へと

連続的につながっているとされる. ただし本論では, 直接目的語を取る動詞を他動詞,

取らない動詞を自動詞と呼ぶ.この理由については,後に説明する.

それでは, 動詞の他動性が高い, 低いとはどういうことであるかを説明する. Hopper

& Thompson (1980: 251­255)は,動詞の他動性の高低に関する要素として以下の仮説

(14)を提案している.

(14) 他動性仮説 (Hopper & Thompson 1980)

Transitivity HIGH LOW

A. PARTICIPANTS 2 or more participants, 1 participant

B. KINESIS action non­action

39 この「特徴づけ」は,高見(1995: ch, 2)から採用した.高見(1995)では,受動文は大きく分類し

て,影響性に関わるもの(高見の用語では「インヴォルヴメント」)と特徴づけに関わるものの 2 種類があるとしている.

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30

C. ASPECT telic atelic

D. PUNCTUALITY punctual non­punctual

E. VOLITIONALITY volitional non­volitional

F. AFFIRMATION affirmative negative

G. MODE realis irrealis

H. AGENCY A* high in potency A* low in potency

I. AFFECTEDNESS OF O* O* totally affected O* not affected

J. INDIVIDUATION OF O* O* highly individuated O* non­individuated

*: A(­gent) and O(­bject)

(14)で挙げられた要素 A­J は,角田(1991)や Givón(1990)ではすべてが他動性に関わる

と承認されたわけではない.本研究では,主に角田の指摘を採用し,特に Hopper &

Thompson の他動性仮説(14)において,A.の参与者の要素,I.及び J.の直接目的語が影

響を受け,特徴付けられる要素,そして,C.のアスペクトの要素を,他動性の高低を

明白に決定する要素であるとする.(15)で本論の立場からの,動詞の他動性をはかる

3つの特性を挙げる.

(15) 動詞の他動性をはかる 3つの特性

1, 2つ(2人)の参与者(動作主と被動作主)

2, 被動作主への強い受影性 (affectedness) cf. Patient の特徴づけ

3, 完了的な動作(ハンガリー語では動詞接頭辞が担う)

他動詞であるために,動詞は少なくとも 2つの参与者(participant)を必要とする.この

参与者の存在は,「行為者­行為­対象」というスキーマ(吉村 1995: 75, 76)で捉えら

れる.他動性の高い他動詞文ではこのスキーマが実現され,参与者が格標示をなす.

参与者を吉村のスキーマでは行為者と対象としているが,本論の考察では,行為者を

動作主に,対象を被動作主(動作の対象)に言い換えることができる.ハンガリー語

では,動作主(行為者)と被動作主(対象)は,それぞれ主語と直接目的語として現

れる.自動詞”elutazni”(旅行する)は 1つの参与者(旅行する人:主語)だけを必要

とする.自動詞の主語は動作主か被動作主のどちらかがなりうる.2 つの参与者を持

つことは,より高い他動性を示すことになる.

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31

次に,他動性が高い動詞は被動作主に何か物理的または直接的な影響を与える.こ

れは,(14)の”J, INDIVIDUATION OF O”にも関連する.具体的な例としては,「殺す

(”megölni”)」「壊す(”kitörni”)」や「撃つ(”lelőni”)」のような他動詞が相当する.動

詞”megölni”(殺す)は動作主が被動作主を殺してしまうため,被動作主に物理的に決

定的な影響を及ぼす.比較的他動性が低いとされる動詞” kikölcsönözni”(借りる)は

他動詞であるが,その行為には被動作主(借りられるモノ)に対して,それほど強い

影響は与えない.少なくとも,借りるという行為で被動作主は物理的な変化を被るこ

とはない.自動詞”elutazni”(旅行する)については,影響を与えるべき対象が存在し

ない.さらに,旅行することにより,旅行者たる参与者が目に見える影響を何か(旅

行先に)与えるとも考えられない 40 .

最後に,完了的な動作がより他動性が高いことを示す性質である.これは,アスペ

クトの問題と関連する.ハンガリー語のアスペクトについては,動詞に付加する動詞

接頭辞 41 でもって表現する.通常,動詞接頭辞が動詞に付加する場合,その動詞の意

味するアスペクトが完了的(perfective)であるとされる.以下の(16)で,動詞接頭辞あ

りの動詞(完了的)となしの動詞(非完了的)との違いを示す.

(16) a. Péter meg­öl­t­e Évá­t,

ペーテル 接­殺す­過­3単 エーヴァ­対

és Éva meg­hal­t

そして エーヴァ 接­死ぬ­過­3単

「ペーテルがエーヴァを殺した,そしてエーヴァは死んでしまった」

b. Péter öl­t­e Évá­t,

ペーテル 殺す­過­3単 エーヴァ対

de Éva nem hal­t meg.

しかし エーヴァ ない(否定) 死ぬ 接

40 吉村(1995: 77-78)では,対象への影響に関して,「因果関係(causation)」のモデルで説明するこ

とを試みている.本論ではこの因果関係については扱わないが,筆者のハンガリー語の使役文の

研究(野瀬 1997a, 1997b)において,因果関係の観点から使役文を分析した. 41 動詞接頭辞はハンガリー語では"igekötő"と呼ばれる. これについては, 接頭辞であるのか, 接辞,

接頭詞であるのか,現在でも多くの議論がなされている.日本語では,「接動詞」と呼ぶ研究者が

いる. 接動詞には, 文法的な形式に加え, 語彙的なもの"haza­, ide­, oda­"という接頭辞 (それぞれ,

「家へ」「ここへ」「あちらへ」)も存在する.その中でも,"be­, ki­, meg­, le­, fel­"は比較的完了的

な意味(アスペクト)を有すると言える.と,同時に,場所的な意味も有する.そういうわけで,

動詞接頭辞は,文法的意味も語彙的意味も持つカテゴリーである.

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32

「ペーテルがエーヴァを殺した,しかし,エーヴァは死ななかった」

例文(16)では,動詞”ölni”(殺す)に接頭辞”meg”がついた(16a)とつかない(16b)を示し

た.(16a)は動詞に動詞接頭辞を付加することで,完了的(perfective)意味を指し示すこ

とができ,(16b)の接頭辞のない動詞は非完了的(imperfective)動作を表す.動詞接頭辞

を付加しない(16b)では,ペーテルがエーヴァを殺した(殺そうとした)のにも関わら

ず,エーヴァが死ななかったという解釈が可能となる.動作が非完了なため,動作の

キャンセルが後半の部分で可能となるのである.完了的な動作である(16a)では,「殺

す」という動作を,後の部分でキャンセルすることはできない.「殺す」行為が完了

してしまったため,被動作主が死ぬことがもはやキャンセルすることができない.す

なわち,キャンセルが不可能である完了的な動作の方がより影響を受けていると判断

でき,高い他動性を示すわけである.このようにハンガリー語では,アスペクトに関

連する要素は動詞接頭辞の有無が関係している.本論では,すべての動詞に動詞接頭

辞を付加することで,すべての動詞を完了的にした.そうして,この部分(完了的/

非完了的)で他動性の高低の相違が出ないようにした.また,後の第 4章に議論する

ハンガリー語の結果相構文が結果相(resultative)というアスペクトの問題と関連する.

動詞の他動性に関連して,動詞は自動詞と他動詞に二分するのではなく,プロトタ

イプで捉えることを示した.しかしながら本論では,直接目的語のあるなしで,他動

詞と自動詞を区別する.その理由を述べるために,まずハンガリー語の動詞の 2種類

活用について取り上げる.ハンガリー語は,直接目的語が不定であるか定であるかに

より,動詞の活用が異なる.直接目的語が定である場合,直接目的語の特徴づけが高

いということで,他動性がより高いと考えられる.それは,他動性仮説 (14)の

"AFFECTEDNESS OF O"や"INDIVIDUATION OF O"に関わる.ハンガリー語の他動詞

文において,直接目的語が定であるか,不定であるかにより,動詞の屈折が異なる.

自動詞の活用を(17)に,そして他動詞の活用を(18)に示す.

(17) 自動詞(常に不定活用)

Péter meg­hal.

ペーテル 接­死ぬ(3単)

「ペーテルが死ぬ」

(18) a. 他動詞(定活用:直接目的語が定)

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33

Én olvas­om a könyv­et.

私 読む­1単 その本­対

「私がその本を読む」

b. 他動詞(不定活用:直接目的語が不定)

Én könyv­et olvas­ok.

私 本­対 読む­1単

「私が(不定の)本を読む」

例(17)は自動詞文であり,自動詞の場合は直接目的語を持たないため,常に不定活用

を行う.例(18)は他動詞文である.その動詞屈折は,直接目的語が定の場合は定活用

(18a),不定の場合は不定活用(18b)を行う.

他動性のプロトタイプでは,自動詞と他動詞が二分されるものではなく,程度の問

題であると既に述べた.再帰文等の自動詞文と他動詞文の区別が難しい例がハンガリ

ー語に存在し,そのような例を分析する際,自動詞と他動詞を二分する方策はふさわ

しくない.ただし,本論での目的は受動構文を論じることである.能動文では,動作

主が被動作主に影響を与える, つまり, 主語と直接目的語が存在する. 受動構文では,

主に被動作主が主語となり,動作や状態が述べられる自動詞文となる.本論が扱う受

動構文の中には,直接目的語が現れる構文が存在する.その場合,その受動構文は他

動詞文のままである.受動構文での分析では,直接目的語の存在及びその特徴づけが

重要な要素となる.その際,自動詞と他動詞を直接目的語のあるなしで区別する必要

がある.そのため,対格で標示される直接目的語を持つ動詞を他動詞,持たないのを

自動詞と呼ぶことにする.また,自動詞と他動詞の対立にはいくつかのパターンがあ

る.語彙的な対立,または語根は同じものの,語尾に付加する接辞により区別される

対立,自動詞化接辞や他動詞化接辞による対立がある.これらの自動詞と他動詞の関

係は他動性の問題であるが,参与者の数そのものに関わる.さらに,受動構文に使用

される動詞に着目する際,その動詞のアスペクトや意味が重要であると同時に,直接

目的語の存在や特徴づけが受動構文の意味解釈に決定的な役割を果たす.そのため本

研究においては,自動詞と他動詞を分けて考える必要がある.

2.6. 先行研究と受動に関する歴史的背景

この章ではここまで,ハンガリー語の受動構文を分析する上で,機能主義の立場か

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34

らの受動一般に関する定義と,受動構文において注目すべき動詞について他動性の観

点からの導入を行ってきた.本研究の観点からハンガリー語のデータの検証に入る前

に,ハンガリー語及びフィン=ウゴル語における受動及びヴォイスに関する先行研究

と歴史的背景についてまとめておく.

現代ハンガリー語では受動という文法カテゴリーは存在しないと言われている.本

研究の見解では,これは受動の意味を表す表現はいくつかあるが,受動態(voice)を構

成するものではないということである.以下に,文法書や個別言語に関する論文で示

されている,ハンガリー語の受動に関する記述や見解を挙げる.

n “Passive Verb: The subject receives the action expressed by its verb, "ad­atik" (it is

given, seldom used) 42 ”: Learn Hungarian (LH) (1965: 342)

n "In Hungarian, passiveness does not have a systematic formal expression, that is, there

are no passive constructions in which the verbal predicate manifests a specific passive

form." : Dezső (1988: 291)

n "Hungarian verbs lack inflectional passive, except for some fossilised forms." :

Keresztes (1995a: 98) “A practical Hungarian grammar”

n "A szenvedő ige képzője minden tárgyas, cselekvő igéhez kapcsolódhat. A képző

termékény, de nem gyakori." : É, Kiss, Kiefer & Siptar (1998: 257) Új Magyar

nyelvtan (UMNy)「受動動詞の接辞は他動詞,能動動詞に付加されることができ

る.その接辞は生産的であるが,常用されるものではない」(MN)

n "A szenvedő ige használata a mai nyelvben ritka.” : Balogh et al. (2000: 88) Magyar

Grammatika (MG)「受動動詞の使用は今日の言語ではほとんどない」(MN)

Keresztes (1995a)や UMNy (1998)のように, 現代ハンガリー語でも接辞として受動接辞

が存在するという主張がある.しかし,LH(1965), Dezső (1988), MG(2000)が指摘する

42 "Learn Hungarian"(1965)は外国人のためのハンガリー語の入門書である.ここでは,動詞の形式

の一つとして,受動動詞の例が示されている.ただし,めったに使用されないとの説明がなされ

ている.

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35

ように,受動接辞は現代ハンガリー語では口語においても文語においても使用される

ことはないとしている.つまり,古体形となってしまっていて現代では容認不可の形

式であるわけである. 古体形の受動形態素"­atik, ­etik, ­tatik, ­tetik"が文法上は存在する

が,新たに動詞に付加されるような生産性を完全に欠いている.古体形の受動形態素

があるということは,ハンガリー語で受動文が存在したことは確かである.古体形の

受動形態素は,18 世紀や 19 世紀までは使用されていたようである(Szili 1999: 351,

Simonyi 1896) 43 .受動形態素が使用されていたときは,ハンガリー語に受動態が存在

した.つまり,受動の文法カテゴリーが明確に存在していたと考えられる.受動形態

素がどのような理由で使用されなくなり,衰退したかについては先行研究では述べら

れていない(著者注:本論では考察しない,ラテン語の影響か,ただし,ドイツ語に

は受動が存在する点に注意).

次に,受動形がハンガリー語をはじめとするフィン=ウゴル語ではこれまでどう扱

われているかを述べる.フィン=ウゴル系の言語では,受動形を持つ言語と持たない

言語がある.特に受動形を持つ言語の中でも高度に発達した受動形を持つ言語と,限

定された,典型的でない受動を持つ言語がある.

小泉(1971, 1994)では,ウラル系の言語に関して,受動態を持つ言語と持たない言語

があることを示している.

(19) 小泉(1994)によるウラル語における受動形の分類

a. 発達したもの:ヴォグル語,オスチャーク語,ラップ語

b. 限定的に発達:バルト=フィン語(フィンランド語,エストニア語)

c. 未発達なもの:ネネツ語,ジリヤン語,マリ語,モルドビン語,ウドムルト

語,ハンガリー語

高度に発達した言語から未発達な言語も含め,小泉(1994)はウラル系言語の受動形に

関して,行為者不明(動作主不明,非人称(impersonal))が建前として存在すると主張

43 完全に生産性を欠く受動形態素であるが,高校生のハンガリー語文法の教科書である,"Éretségi témákörök, tételek: Magyar nyelv"(1996, Corvina, Szeged: 48)の動詞の形式に,受動についての例が存

在する.受動形態素の要素として,"­atik, ­etik, ­tatik, ­tetik"が挙げられ,例として,"keres­tetik"(探

される)"méltóz­tatik"(うれしく思う)が示されている.ただし,"méltóz­tatik"は現代ハンガリー

語の辞書にも掲載されている形式である.これは,受動接辞から語彙的に残存した特殊な形式で

ある.いずれにせよ,受動に関する事柄は学校では教えられている.しかし,実際に口語や文語

で生産的に使用されることはないようである.

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36

している.特に,フィンランド語やエストニア語のバルト=フィン語の受動は,動作

主不明に限定された形式である.受動形が発達したラップ語やヴォグル語,オスチャ

ーク語では,受動文において動作主が斜格によって示されることができる.受動文に

動作主が斜格で現れるという点で,小泉はこれらの言語で受動がより発達していると

分類している.これらは行為者明示の受動(personal passive)であると言える.ハンガリ

ー語の他に,ネネツ語,ジリヤン語,マリ語,モルドビン語,ウドムルト語は受動形

の未発達な言語に分類されている.本研究では,現代ハンガリー語が受動形を欠くこ

とを指摘してきたが,この事実(著者注:受動が未発達であること)はウラル語の中

では珍しいことではないことがわかる. 小泉(1994)は, このような未発達な言語には,

受動形の代用表現があると主張している.例えば,受動の代用表現として,総称主語

の能動文による手段,自動詞の使用,完了再帰形の使用,そして使役動詞派生形の使

用を挙げている.小泉(1994)の見解では,これらはあくまで「代用表現」であり,受

動形とは認めていない.本研究では,代用表現の中でも,程度の差こそあれ受動のカ

テゴリーで把握することができるという見解である.

次に,Hajdú (1976)によるウラル語の文法の類型論での,受動に関する記述をみて

みよう.(20)にウラル語での受動形の有無について示した表を示す.

(20) Hajdu (1976: 43)によるウラル語の受動形の存在

(Yは Yes, Nは No を表す)

Passive

Samoyed N

Ob­Ugrian Y

Hungarian Y

Permian N

Mordvin Y

Cheremis N

Finnish Y

Lapp Y

(20)の表では,ハンガリー語に受動形が存在するとしている点と,サモエード語,ペ

ルム語そしてチェレミス語に受動形が存在しないとしている点が注目に値する.ハン

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37

ガリー語に受動形が存在するというのは,古体形の受動接辞”­(t)atik, ­(t)etik”の存在を

指し示していると考えられる.ペルム語の一つがジリヤン語であり,チェレミス語と

同系統のボルガ=フィン語に属するモルドビン語であるから,小泉が(19)で指摘する

受動が未発達な言語と Hajdúの見解が一致している.小泉(1994)も Hajdú (1976)も,さ

らに Tauli(1966)も,ウラル語の中に受動が存在する言語と存在しない言語がある点を

認めているのは共通している.先行研究での見解では,ハンガリー語は受動が存在し

ないという,"No"と記すべきであろう.古体形の受動接辞をもはや生産性を持たず,

受動形と認められないからである.この点は Hajdúの解釈とは異なる.ウラル語にお

いて,受動形を持つ言語と持たない言語があるという指摘であるが,これは議論する

に値する.受動形が必ずしもすべてのウラル語に存在しない事実は,ウラル系及びフ

ィン=ウゴル系の言語において,受動形がウラル語共通の文法特徴ではなかったこと

を意味する.さらに,受動文の振る舞いが極端に発達したラップ語やヴォグル語,オ

スチャーク語がある一方,未発達な言語が多数存在する.受動形を持つ言語の受動形

態素は,それぞれ異なっていて,一つの祖形を想定することは難しい(cf. Tauli 1966)

(著者注:不可能である).そのために,ウラル語及びフィン=ウゴル語において,

受動は共通してカテゴリー化がなされなかった,または,多くのウラル語で受動とい

う文法カテゴリー自体が認識されていなかったのではないかと考えることができる.

この受動のカテゴリー欠如というのは,受動形が多くの言語で観察される印欧語の状

況 44 とは異なる.フィン=ウゴル語では.受動形が発達した言語と未発達な言語があ

る点で,印欧語と比べると議論するに値する文法カテゴリーであると言える.ウラル

語の中でも受動形が発達した言語に関しては,フィンランド語の受動に関して

Keresztes (1995b, 1996), Karlsson (1999), Löflund (1998), Pylkkö (1999), Shore (1986),ま

たヴォグル語,オスチャーク語の受動に関しては,Honti (1983), Kulonen (1986, 1989),

Csepregi (1998b)の先行研究がある 45 .一方,受動が未発達なはずのハンガリー語の受

動に関しては,Kepecs (1986), Keresztes (1995b), Nose (2000c)があるが,主として他言

語の受動との対照研究である.受動が未発達な言語に関しては,小泉(1994, 私信)も

指摘しているように,受動の代用表現にも注目すべきである.

次章では,Nose (2002a)で行った英語とハンガリー語の受動に関する対照研究の成

果を示したい.これは,ハンガリー語における受動の代用表現を探すことも含まれて

44 印欧語では,ラテン語に受動形が観察される.そのため,古くから受動形が使用されていたこ

とが判明している. 45 サモエード語のガナサン語の受動に関して,Nagy (1999)の研究がある.

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38

いる.この対照研究での成果に加え,ハンガリー語の受動へは,印欧語や日本語にお

ける受動の分析とは異なる手段で記述分析されるべきであることを主張する.それは,

現代ハンガリー語では, 古体形の受動形態素ではない, 他の受動の意味を持つ用法 (代

用表現)が観察されるからである.受動を欠くまたは未発達な言語で,受動の意味が

どのように表現されるか,そしてその受動を意味する形式がどのような種類に属し,

受動のカテゴリーでまとめられるか否かについて議論を進めて行く.

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39

第 3 章 英語受動文との対照研究から見たハンガリー語の受動

第 2章で,言語の機能主義的な観点から受動の条件を設定した.以下の章で,ハン

ガリー語において機能的な受動の条件を満たす表現や形式を調査,列挙して分析する.

調査において発見された幾種かの受動表現がどのようにして受動の意味を実現して

いるか,そしてそれらの形式が特にどのような受動の機能を果たしているかを考察す

る.この章では英語受動文とハンガリー語翻訳文の対照研究を行う.対照研究におい

て,現代ハンガリー語で,他言語(ここでは英語)の受動文がどのように表現されて

いるかを調査する.ハンガリー語では古体形の受動形態素はもはや使用されず,受動

形が存在しないとされている.そのため,ハンガリー語で受動を意味する表現を発見

する必要がある.英語受動文との対照研究を通して,ハンガリー語での受動表現や受

動を意味すると思われる形式を発見し列挙する.

対照研究の調査では,英語が原文でハンガリー語の翻訳文がある文献を使用し,英

語の文献から受動文を抽出し,その英語受動文に対応するハンガリー語の翻訳文を列

挙した.ハンガリー語翻訳文において,英語受動文がどのような形式で表現されてい

るかを観察し分類した.対照に使用するテクストの文体的な相違により,翻訳のされ

方が異なったり,使用される形式が異なったりする可能性が考えられる.そのため,

この対照研究のテクストとして,ひとつは小説,もうひとつは学術論文の 2点を選ん

だ.学術論文については,論文で物事を客観的に議論をする必要があり,客観性を保

つために受動文の使用される頻度が高いと考えられる.実際,学術的なテクストにお

いて,受動文が英語原文で多く観察された.その英語受動文に対応するハンガリー語

翻訳文では,英語同様に議論の客観性を保持するために,どのような表現や形式が使

用されているかを観察するのは興味深い.

3.1. 英語受動文とハンガリー語翻訳文の調査

ハンガリー語の中に受動を意味する形式を見つけるために,英語の受動文とハンガ

リー語の翻訳文を対照した調査を以下のように進めた.対照研究のために使用したテ

クストは下の 2つである.

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40

英語が原文のハンガリー語翻訳文献の調査(小説と学術論文)

n H. G. Wells. The Magic Shop. "A bűvészbolt" (translated by Lovik Károly, 2000)

Budapest: Noran.(以下,Wells) 46

n Chomsky, Noam. Syntactic structures. "Mondattani szerkezetek Nyelv és elme"

(translated by Zolyomi Gábor, 1995) Budapest: Osiris Könyvtár.(以下,Chomsky)

Wells(小説)と Chomsky(学術論文)の英語原文とハンガリー語翻訳文を対照研究

の題材として選んだ.両文献とも,英語の原文とハンガリー語の翻訳文を持つテクス

トである.

次に対照の方法を説明する.最初に英語文献の中の受動文を列挙し,その英語の受

動文がハンガリー語の翻訳文献でどのように表現されているかを観察した.その結果,

Wells の小説において,英語で 153 文,Chomskyの論文で 360 文の受動文を発見した

(ただし,”to be killed”のような不定詞内の受動は除く).これらの英語の受動文に相

当するハンガリー語の翻訳文を探した.その際,ハンガリー語テクストにおいて,ど

のように翻訳されたか不明である例と,翻訳文ではそれに相当する文を発見できなか

った文が幾つかあった.そのような不明,翻訳されない例(Wells では 7例,Chomsky

では 6 例)を除くと,Wells において 146 文,Chomskyにおいて 354 文の翻訳文を発

見することができた.その結果を(1)に示す.

(1) 英語の受動文の総数とハンガリー語翻訳文で実現された総数:

作品と受動文数 Wells Chomsky

英語受動文 153 360

ハンガリー語翻訳文 146 354

不明,翻訳されず 7 6

(1)で挙げた英語受動文の例文について,対応するハンガリー語翻訳文では,どのよう

に表現されているかを観察した.すると,ハンガリー語翻訳文で現れる形式や表現が

何種類かに分類できることが判明した. (2)にハンガリー語翻訳文で現れた形式や表現

46 Wells の本に関しては,ハンガリーで出版された英語学習者向けの本であり,両開きのページに

左側に英語のテクスト,右側に翻訳されたハンガリー語のテクストが書かれている.

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41

の分類とその数をまとめた.大きく分類すると,名詞化や語彙的解決で表す語彙的な

方法と派生接辞や別の文法形式で表す方法,そして能動文で表す方法がある.

(2) ハンガリー語翻訳文での受動表現の形式とその数

ハンガリー語での形式 Wells Chomsky

自動詞接辞 1 (­ik) 14 32

自動詞接辞 2 (­ul, ­ül) 9 10

名詞化した形式 2 13

明示的な動作主を伴う能動文 39 34

1人称複数形 3 76

3人称複数形 13 12

使役形 3 11

副動詞 (­va, ­ve) 15 5

可能接辞 (­hat, ­het) 3 111

語彙的解決,その他 45 66

合計 146 370*

* 幾つかの翻訳文で2つの形式が現れる例があった.例えば,可能接辞と 1人称複数

が共に現れる,“tekint­het­ünk”「みなすことができる」.そのために,(2)の表での合計

が 370となった.

(2)で示したように,英語受動文がハンガリー語に翻訳される際,その翻訳形が幾種

類かの形式や表現に分類できることが判明した.まず,名詞化する例(「払われた」

が「支払いがあった」と言い換える)や語彙的な解決やその他,比較的語彙的に翻訳

される場合がある.本論が注目するのは,英語受動文がハンガリー語においては,他

の文法形式で表されることである.それは以下のような形式である.2 種類の自動詞

接辞を使用する手段,主語はない 1人称複数形や 3人称複数形の動詞屈折で非人称の

構文を作る手段,受動形の代わりに使役形で能動文を作る手段,コピュラと副動詞か

らなる結果相,そして可能接辞を使用する手段である.また注意する点として,明示

的な動作主を伴う単なる能動文で受動を使用しない方策が多くある.これは,ハンガ

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42

リー語は形式的に受動形を作ることができないため,英語受動文を翻訳において能動

文にするという解決を行っている.以下に,この調査で出てきた例とそれがハンガリ

ー語の翻訳文でどのように受動の意味を伝達しているかを解説する.

3.1.1. 自動詞接辞 1

(3) Any scientific theory is based on a finite number of observations,

Minden tudományos elmélet véges számú meg­figyelés­en

すべての 科学的な 理論 有限の 数の 接­観察­場

alapsz­ik,

基づく­自

「すべての科学的理論は有限の数の観察に基づいている」(Chomsky: 57)

ハンガリー語には,自動詞を派生させる接辞が何種類かあり,その中でも動詞に接

辞"­ik"と"­ul/ ­ül"を付加することで自動詞を派生させることができる.ここでは,接

辞"­ik"を自動詞接辞 1,接辞"­ul/ ­ül"を自動詞接辞 2と呼ぶ.自動詞接辞 1は次章で議

論する再帰/中間構文を形成する再帰/中間接辞”­ódik/ ­ődik”,さらには古体形の受

動接辞”­(t)atik/ ­(t)etik”とも関係する要素である."ik"と"­ul/ ­ül"両方の接辞とも,現代

ハンガリー語ではそれほど生産的な接辞とは言えない.というのは,これらの自動詞

接辞 1,2は, 使役接辞”­(t)at/ ­(t)et”や再帰接辞”­kodik, ­kozik”や可能接辞”­hat/ ­het”ほど

の自由な生産性は持たず,付加可能な動詞がある程度限定されている 47 .それにも関

わらず,英語の受動文をハンガリー語に翻訳する際にこの接辞を持つ自動詞が使用さ

れる例がかなり存在した.自動詞接辞 1"­ik"でもって他動詞を自動詞化した形式で,

英語の受動動詞がハンガリー語では自動詞に翻訳される.例(3)では,他動詞"alap­ít"

(基礎を置く,配置する)が自動詞接辞を付加することで,自動詞"alapsz­ik"(基づ

く)になっている.これは,動詞の他動性を下げることにより,受動の意味を持たせ

ようとしていると考えられる(これに関連する議論を Károly (1982)でなされている).

47 ただし,名詞や形容詞から動詞を派生させる際,この自動詞接辞が生産的に使用されるようで

ある.kávé 「コーヒー」> kávézik「コーヒーを飲む」, unoka 「孫」> unokázik「孫に会う」, szép 「美しい」> szépül「美しくなる」.その点では,ある程度の生産性を持つと言える.

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43

3.1.2. 自動詞接辞 2

(4) and the transverse piece was armed with polished stone

amely­nek keresztszár­a csiszól­t kő­ből kész­ül­t.

それ­与(関係代名詞) 横軸­その 磨く­過 石­場 作られる­自­過

「その横軸は磨いた石から作られた」(Wells: 122, 123)

上の自動詞接辞 1 と同様に,自動詞接辞 2"­ul/ ­ül"を付加した自動詞で,受動の意

味を表現することができる.(4)では,他動詞"kész­ít"(作る)から自動詞"kész­ül"(作

られる)と派生し,自他の対立が存在する.この例も,他動性を下げることにより,

受動の意味を表現しようとする手段である. これと同様の自他の対立に, 他動詞"ép­ít"

(建てる)と自動詞"ép­ül"(建つ,建てられる) 48 ,他動詞"ker­ít" ((お金を)かけ

る)と,自動詞"ker­ül"((お金が)かかる)等の対立がある.この自動詞接辞が付加

可能な動詞の場合,この自動詞化の手段が優先されて使用されるようである.しかし

ながら,この自動詞接辞を使用した形式は,すべての動詞に付加するわけではない.

自動詞化の接辞が受動の意味を有する過程と理由については,次章の再帰/中間構文

の部分でさらに考察する.

3.1.3. 名詞化

(5) a matter of about five hundred pounds after all outgoing charges were paid.

ami körülbelül ötszáz fontsterling­et t­ett ki

そのこと 約 500 ポンド­対 する­過3単 接

az adósság­ok ki­fizetés­e után.

その 借金­複 接­払うこと­その 後

「その借金の支払いの後,約 500ポンドに相当したこと」(Wells: 6, 7)

名詞化とは,英語の受動文がハンガリー語の翻訳の段階で,統語構造自体が変更さ

れてしまって,名詞で表現されるタイプである.英語の受動動詞部分が名詞となって

48 Az Országház a századforduló­n épül­t. その 国会議事堂 その 世紀の変わり目­場 建つ­自­過

「国会議事堂は世紀の変わり目に建てられた」(Gerevich­Kopteff & Csepregi 1990:139)

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44

ハンガリー語で表現されている.(5)では,英語で"were paid"(支払われた)と受動文

になっている部分が,ハンガリー語の翻訳では,"kifizetése"(その支払い)と動名詞

で表現されている.この名詞化は(2)では,Wells と Chomsky で合わせて 15 例観察さ

れる.名詞化は統語上や意味上の操作というよりも,翻訳上の操作で行われたと考え

られる.そういうわけで,これは文法的な問題とは言えない.

3.1.4. 明示的な動作主がある文(能動文)

(6) He was interrupted by a cough.

Köhögés szakít­ott­a meg beszéd­e­t.

咳払い 引き裂く­過­3単 接 話­彼の­対

「咳払いが彼の話を引き裂いた」(Wells: 14, 15)

(7) as Adam was made of red ochre!

mint hogy Ádám­ot is vörös okker­ből teremt­ett­e Isten.

のように こと アダム­対も 赤い 土­場 創造する­過 3単 神

「神がアダムをも赤い土から創造したように」(Wells: 138, 139)

対照研究において最も多くの例が観察されたのは,英語の受動文がハンガリー語で

は単なる能動文で翻訳される例である.つまり,受動文が使用されないで.明示的な

動作主が存在する例である.実際,受動形を持たないハンガリー語においては,能動

文で表現することが一番自然な手段であるのかもしれない.(6)では,英語では「彼は

咳払いによって遮られた」と受動文であるが,ハンガリー語の翻訳では,「咳払い」

を主語とする能動文「咳払いが彼の話を引き裂いた」となっている.次に(7)では,英

語の受動文が動作主を持たない非人称受動「アダムが創造された」であるのに対し,

ハンガリー語の翻訳文では,能動文の主語にあたる動作主に,わざわざ「神"Isten"」

を付け足して能動文「神がアダムを創造した」にしている.

この能動文の用法は,ハンガリー語の語順交替と関連している.ハンガリー語は,

その語順をかなり柔軟に交替させることができる.ハンガリー語の語順は,英語やド

イツ語と比べるとより緩やかで,固定されていない.その代りに,談話語用論的な決

まりがある.文の前半部分に旧情報,後半部分に新情報を入れることを基礎として,

文頭にトピック,そしてフォーカスが動詞や述部の直前に置かれる.単なる能動文に

おいて語順交替を行うことで,被動作主を簡単にトピックの位置やフォーカスの位置

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45

に持ってくることができる.その結果,能動文ではあるが,語順交替による話題化や

フォーカス化でもって,動作主の降格や被動作主の昇格が語用論的に可能となる.次

の章では, 語順交替を中心に, この明示的な動作主がある能動文について議論を行う.

3.1.5. 1 人称複数形動詞

(8) A language is defined by giving its 'alphabet' and its grammatical sentences.

Egy nyelv­et úgy definiál­unk, hogy meg­ad­juk

1つの 言語­対 そのように 定義する­1複こと 接­与える­1複(接続法)

"ábécéj­e­t" és nyelvtanilag helyes mondat­ai­t.

ABC­対 そして 文法的に 正しい 文­複­対

「ある言語が ABCと文法的に正しい文を与えることとで定義される」

(Chomsky: 24)

英語の動作主を明示しない非人称の受動文をハンガリー語に翻訳した場合,主語な

しの 1人称複数形動詞や 3人称複数形動詞の屈折を使用して表される.この 1人称複

数動詞, 3人称複数動詞の例が多く観察された. 文上に現れない動作主の存在 (通常,

1 人称複数形では「我々」,3 人称複数形では「彼ら/誰か」)を動詞の屈折部分に示

すという手段である.この場合,主語の部分に 1人称複数の人称代名詞”mi”や 3人称

複数の人称代名詞”ők”は文上に現れない.これは統語的には能動文であるが,動作主

の存在が動詞屈折にのみ現れるという点で,動作主が主語の位置から降格されている

と解釈できる.1 人称複数形動詞と 3 人称複数形動詞の形式について,第 4 章でさら

なる例を挙げて,その形式と意味の関係を考察する.

特に Chomsky で見られたように,学術論文で使用されるアカデミック受動を翻訳

した際,この 1人称複数形動詞が主に使用された.(8)において,動作主は論文の著者

(Chomsky)であり,著者が論文の議論の客観性を出すために,英語では受動文を使用

した.対応するハンガリー語翻訳文では,「我々」という 1 人称複数の動詞屈折形を

使用して,英語受動文と同様の効果を与えようとしている.総称的な動作主による受

動の意味を表すとき,この 1人称複数形動詞が使用される.

3.1.6. 3 人称複数形動詞

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46

(9) Presently the body was carried away, and public interest departed with it.

A holttest­et hamarosan el­vi­tt­ék és

その 死体­対 すぐに 接­運ぶ­過­3複 そして

vele együtt el­tűn­t a közönség érdeklődés­e is.

それと共に 一緒に 接­消失する­過 3単 その公共の関心­所 もまた

「その死体はすぐに運び出され,その死体と一緒に,公共の関心もまた消えた」

(Wells: 106, 109)

動作主が「我々」や総称的でなく不明や不定の場合,1 人称複数形ではなく 3 人称

複数形の動詞屈折が使用される.(9)では,英語の受動文に対して,ハンガリー語の翻

訳文では,"elvinni"「運ぶ」の 3 人称複数形動詞で表現されている.ここでは,死体

を運び出したのは誰だか示されていない.英語ではその状況を動作主のない非人称受

動で表し,ハンガリー語では 3 人称複数形動詞屈折形で示している.この場合,3 人

称複数の屈折形は,具体的な「彼ら」ではなく,不明の動作主を表すために使用され

ている.

3.1.7. 使役動詞形

(10) From these considerations we are led to a picture of grammars as possessing a natural

tripartite arrangement.

Mind­ez­ek figyelembevétel­e ar­ra kész­tet

すべての­これ­複 考慮に入れること­所 あれ­場 引き起こす­使

mink­et, hogy a nyelvtan­ok természetes hármas

我々­対 こと その文法­複 自然な 3つの

tagoltság­ot tulajdonít­sunk.

区別­対 指定する­1複(接続法)

「これらすべてを考慮に入れることは, その文法が自然な3つの区別に帰するよ

うに,我々を導かせる」(Chomsky: 52)

ハンガリー語には使役接辞として,"­tat/ ­tet, ­at/ ­et"の形式がある.この使役接辞を

使用して使役動詞を派生することができる.一般に受動文とは動詞の他動性を下げる

構文であり,その受動文の翻訳に使役文が使用される例(10)は奇妙に聞こえる.例文

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47

(10)では,英語の受動文では「我々が 1 つの文法図式に導かれる」と受動になってい

るが, ハンガリー語翻訳文では使役文となっている. (10)は,「1つの文法図式へと我々

を導かせる」と使役の意味で翻訳されている.つまり,受動文「太郎によって花子が

殺された」を,被動作主である花子を「何者かが太郎に花子を殺させた」という使役

文の被使役者にする仕組みである.これは統語的には他動詞文になり,3.1.4.で示した

能動文で表す手段と似ている.ここでは,使役接辞を使用した使役動詞に注目した.

対照研究では,この使役文による翻訳はほとんど観察されなかった(Wells, Chomsky

合わせて 14例).しかしながら,使役文によって受動文を翻訳する例は興味深い 49 .

3.1.8. 副動詞形

(11) the blinds were closely drawn and …

a függöny­ök gondosan le vol­tak húz­va

その カーテン­複 注意深く 接 である­過 3複 引く­副

a hall­ban és …

その ホール­場 そして

「そのカーテンは注意深く引き降ろされていた」(Wells: 40, 41)

ハンガリー語では, コピュラ"van"と動詞の副動詞形"­va/ ­ve"を組み合わせることで,

結果相(resultative)の意味を表すことができる.この形式を結果相構文と呼ぶ.結果相

構文が英語の受動文の翻訳で使用される例がいくつか観察された.これは英語受動文

において行為の状態や結果を表す例が,ハンガリー語では副動詞による結果相構文に

相当するためである.(11)では「カーテンが引き下ろされている」結果状態が,英語

では受動文で,ハンガリー語では結果相構文で表現されている.この副動詞構文につ

いての詳細は次章で議論する.Alberti (1997)は,この結果相構文こそが新たに出現し

た受動文であると主張している.

49 Haspelmath (1980)や Andersen (1991)の研究では,受動への起点となる元の要素の一つに,使

役”Causative”の可能性を挙げている.ハンガリー語の古体形の受動形態素”­(t)atik, ­(t)etik”も,そ

の内部に使役形態素”­(t)at, ­(t)et”を含んでいる.そのため,受動文が使役文で翻訳される例は,受

動と使役の意味の間に何らかの関係があるという主張が他言語でもなされいる.特に間接的な受

動と使役についての研究がこの部分に大いに関連する.

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48

3.1.9. 可能動詞形

(12) Similarly, the set of 'sentences' of some formalized system of mathematics can be

considered a language.

Hasonlóképpen, valamely formálizál­t matematikai rendszer

同様に 何らかの 形式化する­過 数学の システム

"mondat­ai" is nyelv­nek tekint­het­ők.

"文­複" もまた 言語­与 みなす­可­複

「同様に, 何らかの形式化された数学の体系の文も, 言語とみなすことができる」

(Chomsky: 15)

例文(12)の"can be considered"のように助動詞”can”を伴う受動文が,特に Chomsky

で非常に多く観察された.この可能受動文は,ハンガリー語の翻訳で可能接辞"­hat/

­het"を使って表現される.動詞に可能接辞を付加した形式を可能動詞と呼ぶ.この可

能動詞でもって可能受動の意味を表そうとする形式が 2 種類ある.1つは,1 人称複

数形動詞と可能接辞,3 人称複数形動詞と可能接辞のように,2 つの形式を合わせる

手段で,これを非人称可能構文と呼ぶ.もう一つは,可能動詞の現在分詞形"­hat­ó/

­het­ő"を使用した用法である.この可能動詞現在分詞形が英語の可能受動文の翻訳で

多く観察された.この可能動詞現在分詞形では,動作の動作主は明示されないが,多

くの場合は総称的な動作主が暗示されている.可能接辞を有する非人称可能構文と可

能動詞現在分詞形における受動の意味については,次章で議論する.特に,可能動詞

現在分詞形の例(12)において,被動作主「数学の体系の文」が主格を取る主語で現れ

ている点に注目したい.

3.1.10. 語彙的な解決とその他

以上のような分類でハンガリー語での翻訳を観察してきたが,語彙的な手段その他,

分類できない手法で受動文を翻訳した例があった.それらを以下に示す.

(13) I was puzzled.

Sehogyan sem ért­ett­em a dolg­ot.

決して ない 理解する­過­1単 そのこと­対

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49

「私は決してそのことを理解しなかった(頭を悩ました)」(Wells: 30, 31)

例(13)では,英語の受動文で"be puzzled"(悩む,悩まされる)となっているが,ハン

ガリー語の翻訳では,"nem érteni"(理解しない)と語彙的な方法で受動文を翻訳して

いる.

(14) The machines were all noisy at work, and nothing seemed to be disarranged.

A dinamó­k mind működ­t­ek és az első

その 発電機­複 すべて 動く­過­3複 そして そのはじめの

pillanat­ban úgy látsz­ott, hogy minden

瞬間­場 そのように 見える­3単過 こと すべての

a legnagyobb rend­ben van.

その最も大きい 順序­場 ある

「その発電機はすべて動いていて, はじめの瞬間は最も大きいのはすべて正常で

あるように見えた(混乱していない)」(Wells: 104, 105)

例文(14)においては,英語で"not be disarranged"「機械が故障していない」を受動の否

定文で表現されている.それに相当するハンガリー語の翻訳では,"rendben van"「正

常である」と肯定文で表現されている.これも語彙的な解決で受動文の翻訳を実現し

ている例である.

(15) Now it must be remembered that for what follows we have only Harringay's word.

Nem szabad el­efelejte­ni, hogy ami most következik,

ない 許される 接­忘れる­不 こと そのこと 今 続く

tisztá­ra csak Harringay szavahihetőség­é­n alap­ul.

きれいな­場 ただ ハリンゲィ 信頼できること­その­場 基づく­自

「ただハリンゲィの信頼に基づくはっきりと今, その後に続くことを忘れること

は許されない(覚えておかねばならない)」(Wells: 144, 145)

例文(15)では,英語の受動文で,"must be remembered"「覚えられていなければならな

い」と,助動詞”must”を伴う構文である.それに相当するハンガリー語の翻訳では,

"nem szabad elfelejteni"「忘れることは許されない」のように,「覚える(emlékezik)」と

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50

「忘れる(elfelejt)」という語彙的な関係で翻訳の解決が図られている.

(16) which is all that we are required to give to account for the actually occurring sentences.

ami tökeletesen elég­endő ah­hoz,

そのこと 完全に 必要とする­未来分詞 それ­場

hogy szám­ot ad­junk a ténylegesen előforduló

こと 数­対 与える­1複(接続法) その現実に 起こる

mondat­ok­ról.

文­複­場

「その現実に起こっている文を報告することに完全に必要とされること」

(Chomsky: 85)

最後に(16)では, 英語の受動文に対してハンガリー語の翻訳文では, 未来分詞"­andó/

­endő"を使用した形式で「必要とされる」という意味が表されている.未来分詞は語

彙的な形式ではなく,比較的生産的な接辞である.しかしながら,未来分詞を使用し

た例は今回の調査(Wells & Chomsky)では一例(例(16))しか観察されなかった.未来

分詞を使用するのはほとんど観察されないため,今回の調査ではその他の用法として

分類した(このハンガリー語の未来分詞の受動の含意については,Haspelmath(1994)

でも指摘されている).

また,この対照研究による調査で,古体形の受動形態素(­tatik, ­tetik)を使用したハ

ンガリー語翻訳文は発見されなかった.古体形の受動形態素が現代ハンガリー語で,

もはや使用されないことがこの調査からも明らかとなった.受動接辞の代りに,上で

示したような別の文法的及び語彙的手段で,受動の意味を翻訳し表現していることが

判明した.特に 1人称複数形や 3人称複数形の動詞屈折や副動詞を使用する形式や可

能接辞の例は,受動の意味を表現するのに,別の文法的手段を使用している.これら

の形式について,受動形(passive form)か,受動相当物(passive equivalents)かという疑問

が出てくる.本研究の見解では,他の文法手段で受動文が翻訳されている手段(1 人

称複数形動詞,3 人称複数形動詞,副動詞,可能接辞)は何らかの点で,第 2 章で議

論した受動の条件を限定的ながら満たしていると考える.そのため,典型的とは言え

ないが,受動相当物ではない,受動カテゴリーで把握できるべきで,受動構文に相当

するとみなす.この点の考察と議論を次章以降で行う.加えて,語順交替のよる能動

文についても,受動が含意される理由を考察の対象とする.

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51

3.2. 対照研究からの問題提起

第 4章と第 5章での考察と議論の前に,この章で英語受動文と対応するハンガリー

語翻訳文との対照研究を行った.その結果,ハンガリー語では英語の受動文が様々な

方法で翻訳され表現されていることが明らかとなった.特に注目し議論するに値する

ハンガリー語の受動表現は,以下の通りである.これらはハンガリー語における受動

構文の資格があると考えられる.自動詞接辞 1, 2,明示的な動作主を持つ能動文,1

人称複数形と 3人称複数形動詞,副動詞使用の結果相構文,そして可能動詞を使用し

た構文である. これらの形式や構文は, 本来は受動の意味を表さない別の文法形式 (自

動詞化,能動文,人称と数の屈折,結果相,可能)である.これら別の意味を持つ形

式でどのようにして受動の意味を表すのかを詳しく検証する必要がある.加えて,こ

れらの形式がどのような状況において,どのような受動の意味を伝達するのかを記述

しなければならない.これらの形式が多かれ少なかれ受動の意味を伝達するとするな

らば,ハンガリー語は受動の意味をたった一つの受動形態素で表すのではなく,複数

の受動形態素で表現すると考えられる.

ここで「ハンガリー語は本当に受動を欠いているのか」という疑問を提示したい.

通常,この疑問に対してハンガリー語には古体形の受動形態素が存在したが,今は使

用されない.そのため,現代ハンガリー語には受動が存在しないと答えがなされる.

この疑問に関して,先行研究の Dezső (1988)と Andersen (1991)の見解を紹介する.「受

動を欠く」または「受動形が未発達」(小泉 1994)というのは,現代ハンガリー語に

受動態が存在しないこと,そして受動形態素が存在しない 50 ことである.それに対し

て,Dezső (1988)の見解は,以下の通りである.

'in Hungarian, passiveness does not have a systematic formal expression, that is, there are no

passive constructions in which the verbal predicate manifests a specific passive form.' (Dezső

1988: 291)

Dezső (1988)は,体系的で形式的な受動は存在しないと論じた.その上で,彼は受動

性(passiveness)という受動のプロトタイプに類似した概念を導入した.受動性という

50 “regular passive verb morphology is extinct in present­day Hungarian”(É. Kiss 2002: 226)

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52

概念を通して,彼は受動の意味を持つと考えられるいくつか形式を指摘した.その一

つに,コピュラと副動詞からなる結果相構文を挙げた.彼は,"Reggel a levél meg lett

írva." 「朝に,その手紙が書かれる」という例文で,この構文は形式的には受動では

ないが,幾分かの受動性を有すると論じた.しかしながら,この構文の意味する主た

る点は,結果相または同時的な行為であり,受動の意味は二次的である.そのため,

この構文が受動の意味合いを主たる意味として持つことはないと主張した.Dezső

(1988)は,ハンガリー語は能動と受動という二分法で態を観察するのではなく,能動

性と受動性という連続体で考えられるべきであり,受動を欠いているとは単純に言え

ないと論じている.

次に,Andersen (1991)の見解では,「ハンガリー語は受動を欠いていない」というこ

とになる.彼の受動及び受動態に関する類型論の研究(Andersen 1989, 1990, 1991)の立

場から,世界の言語で一般的に「受動形態素」とされるほとんど大多数の形式は,受

動文のみで使用されるとは限らないと主張している(実際,日本語の受動形「られ」

も, もっぱら受動の意味を表すのではなく, 尊敬や可能, 自発の意味を持つ点に留意).

彼の見解では,ハンガリー語の受動の意味を有するコピュラと副動詞から構成される

結果相構文を,(この形式が受動を意味する際)受動形とみなすべきである.受動形

態素や受動形はもっぱら受動を表すために使用されるのではなく,状況によっては他

の文法要素となる場合もありうる.それと同様に,他の文法要素が受動の意味を伝達

するという,多義の状態(polysemy)を認めている.彼の見解に従えば,ハンガリー語

翻訳文において,他の文法形式でもって受動の意味を伝達する形式や構文は,彼の定

義する「受動形態素」の候補でありうる.そうなると,現代ハンガリー語は,古体形

の受動形態素を欠くものの,新たな受動形態素を(ただ一つだけでなく)いくつか有

していると言えるだろう.

本研究は,この Dezső (1988)と Andersen (1991)の考えを尊重しつつ,次章からの問

題となる形式の検証と受動の意味についての議論を行いたい.すでに,受動プロトタ

イプを通して受動のカテゴリー化を行うという認知的視点に基づく見解を示した.こ

こで英語受動文とハンガリー語翻訳文との対照研究を通して,ハンガリー語で受動構

文の候補となる文法形式を発見した.本研究の次章以下では,受動形態素の存在を重

視しながら,問題となる受動を意味する構文が受動という文法カテゴリーでどう捉え

られるべきかを考察する.つまり,受動であるとカテゴリー化できる形式が受動形や

受動構文であるわけである.

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53

第 4 章 データの提示と解釈:受動に関連する現象

この章では,ハンガリー語の受動に関する構文や表現について,データとなる例文

を提示する.幾種類かの「受動の意味」を有する文法現象が,どのような場面や状況

で使用されるかを観察する.それらがどのように受動の意味が観察されるのかについ

て,そしてその形式と受動の意味の関係について記述する.

ここでハンガリー語に観察される以下の構文と形式について紹介,考察する.それ

は,語順交替による操作(単なる能動文),1 人称複数形動詞及び 3 人称複数形動詞,

副動詞を使用した結果相構文,自動詞接辞及び再帰/中間接辞による手段である.こ

れらは第3章での英語との対照研究で観察されたハンガリー語翻訳文に現れる例であ

る.これに加えて,受動の意味を表すとされる,過去分詞形式の用法を提示する.こ

れは名詞句で観察される形式で,前章の英語との対照研究では言及しなかった形式で

ある. この過去分詞形は, 明らかに受動の意味を持つ例と考えられる. 例えば, ”ránt­ott

hús”「フライした肉」という過去分詞を使用した名詞句がある.これは「フライした」

と能動の意味解釈と共に,「フライされた肉」という受動の意味解釈が可能である.

この過去分詞を使用した名詞句は,”anja által ránt­ott hús”「母によってフライされた

肉」 のように, 行為の動作主が後置詞”által”を伴って現れることができる. この場合,

意味は「母によってフライされた肉」と,明らかに受動の意味となる.この用法は,

新しく出現した形式ではなく,古くから使用され,現在でも使用されている.という

ことは,ハンガリー語は受動が未発達な言語であるという前提に疑問を呈することに

なる.本章では,特に”anja által ránt­ott hús”「母によってフライされた肉」のような,

確実に受動の意味を持ち,動作主が現れる過去分詞の用法について,その特徴と受動

プロトタイプでの位置付けに関して分析を行う.

4.1. 語順交替による話題化と焦点化

4.1.1. はじめに

ハンガリー語には,受動を表す生産的な文法形式が存在しないとされている.その

ため,他言語の受動文がハンガリー語に翻訳される際,受動文とならず,(動作主と

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54

被動作主がはっきりと現れる)能動文で示されることがある.ハンガリー語は,一定

の制限はあるが,かなり自由に語順を交替させることができる.通常,文の先頭に来

る要素が話題(トピック)となり,動詞の直前に焦点(フォーカス)の要素が来ると

いう規則があり,この規則の範囲内において,語順の交替が可能である.この場合,

明示的な動作主を持つ能動文でありながら,受動の意味解釈が観察される場合がある

(cf. 3.1.4節の能動文の翻訳).

例(1)では,動作主と被動作主がある能動文の語順を交替させてみる.

(1) a. Egy tolvaj el­lop­ta az autó­m­at.

一人の 泥棒 接­盗む­3単過 その車­所­対

「泥棒が私の車を盗んだ」

b. Az autómat el­lop­t­a egy tolvaj.

トピック

「私の車と言えば,泥棒が盗んだ」

c. Egy tolvaj az autómat lop­t­a el.

トピック フォーカス

「泥棒と言えば,盗んだのは私の車だ」

(1a)は通常の語順であり,「泥棒が私の車を盗んだ」という行為を表す.(1b)では,被

動作主である"az autó­m­at"「私の車を」が対格の標示を付加したままで,文頭に来て

いる.この場合,「私の車を」がトピックとなり,意味としては「私の車と言えば,

泥棒が盗んだ」となる.(1c)では,被動作主である"az autó­m­at"「私の車を」が対格

の標示を付加したままで,動詞の直前の位置にある.この場合,「私の車を」はフォ

ーカスとして機能する.その上で,動作主の"egy tolvaj"「泥棒」がトピックの位置を

占めている.この構文は,「泥棒と言えば,盗んだのは私の車だ」という意味となる.

このように, 動作主や被動作主の語順を交替させることで,「話題化」 "topicalization"

や「焦点化」"focusing"を実現することができる.ここでは,被動作主の話題化や焦点

化により,受動の意味を表現しうること示す.ただし,語順の交替に伴い,動詞形態

論に受動形態素を持たない点で,受動構文とはなりえないと指摘する.第 2節で語順

交替に関する文法的な前提を提示した上で,第 3節で,話題化または焦点化された被

動作主を持つ構文が,受動の含意を持つことを示す.

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55

4.1.2. 語順交替とトピック,フォーカス

この節では,ハンガリー語の語順交替に関する規則を提示する.ハンガリー語は語

順が自由な言語"free word order language"と言われるが,厳密には自由ではない

(Keresztes 1995a, É. Kiss 2002).例えば,例(1)の文において,以下の(2)のような語順は

容認されない.

(2) * El­lop­ta egy tolvaj az autó­m­at.

接­盗む­3単過 一人の 泥棒 その車­所­対

「泥棒が私の車を盗んだ」

語順(2)が許されないのは, ハンガリー語の語順交替に一定の規則が存在することによ

る.この場合,文においてトピックが存在せずに,動詞の後に,動作主と被動作主が

続いている.なお,動詞の直前の部分には,動詞接頭辞である"el"が占めている.動

詞接頭辞がフォーカスの場所を占めることで,動詞接頭辞"el"の伝達する完了的な意

味合いに焦点があたると考えられる.しかし,動作主と被動作主の要素が共に,トピ

ックとフォーカスの圏外に位置することが問題となる.それゆえに,例文(2)は容認さ

れない.そういうわけで,ハンガリー語が完全に語順交替が自由な言語ではない.語

順の交替や決定に関しては,語順とトピック,フォーカスという談話の要素が関係し

ている.Radics (1982: 472)は,ハンガリー語の語順として,以下のようなモデルを提

案している.

(3) ハンガリー語の語順 (X:他の名詞句要素)

Topic X Focus Verb X...

「トピック,X,フォーカス,動詞,X ...」

(3)のモデルは,文の先頭にトピック,そして動詞の直前にフォーカスといった談話的

な要素が配置されている. ただし, すべての文にトピックが想定されるとは限らない.

話者が何らかの要素をトピックにしたいとき,それを文頭に持ってくることにより,

話題化をすることができる.フォーカスは,話者が最も言いたい重要な情報であり,

これは動詞の直前に来る. このフォーカスの位置は, 動詞接頭辞(meg, be, ki, el, ide, oda

など)が占めることができる.Radics (1982: 472)はこのトピックとフォーカスに関して,

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56

以下のような例を示している.

(4) TVX:

A kenyer­et meg­ett­e Péter.

そのパン(トピック) 接­食べる­3単過 ペーテル

「そのパンと言えば,ペーテルが食べた」

(5) TFVX:

A kenyer­et a konyhá­ban ette­meg Péter.

そのパン(トピック) その台所­場(フォーカス)

「そのパンと言えば,ペーテルがそれを食べたのは台所である」

(4)の文では, トピックとして,「パンを」 "a kenyer­et"が文の先頭に来ている. そして,

その文は「そのパンと言えば,ペーテルが食べた」という意味になる.この場合,語

順は,TVX となる.一方(5)では,フォーカスの部分を場所格を取る「台所で」"a

konyhá­ban"が占めている.この場合の語順は,TFVXとなる.このようなトピックと

フォーカスから成る語順交替は,日本語の「は」と「が」の関係に似ている(cf. 深

谷 1986).ただし,ハンガリー語では,文中の場所で話題や焦点が指定されていて,

日本語のように話題や焦点のマーカー(すなわち,「は」や「が」)は存在しない.例

えば,日本語の「昨日私はパンを食べた」という文と,「パンは昨日私が食べた」と

いう「パン」を話題化した文は,ハンガリー語では以下の(6)のようになる.

(6) a. Tegnap én kenyer­et e­ttem.

昨日 私 パン­対 食べる­1単過

「昨日私はパンを食べた」

b. Kenyer­et én e­tt­em tegnap

パン­を(トピック)

「パンは昨日私が食べた」

日本語では「パンは」とトピックマーカー「は」が付加するが,ハンガリー語では,

対格を伴う直接目的語が”kenyer­et”「パンを」が文頭のトピックの位置に来る.

以上,ハンガリー語の語順の基本的な役割を例示した.次から問題となるのは,こ

の能動文の語順交替と受動の意味との関係である.語順交替により,受動の意味を表

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57

現することができるかについて議論する.

4.1.3. 語順交替と受動の関係

本節では,語順交代による話題化や焦点化という語用論的な文法的特徴づけが受動

の意味を有するかについて検討する.話題化や焦点化は,前後の文脈や前提など,談

話的な部分が関係する.談話上の前提を考慮するために,以下の例(7)では,最初に導

入的な談話を加えてある.

(7) Ott van szép Toyota autó! De az ajtó­ja

あそこ ある 美しい トヨタ 車 しかし そのドア­所

nyit­va van.

開いている­副 ある

「あそこにかっこいいトヨタの車がある,でも,車のドアが開いている,」

a. Egy tolvaj el­lop­ja az­t az autó­t.

一人の 泥棒 接­盗む­3単 あの­対 その 車­対

「泥棒があの車を盗むだろう」:通常の語順

b. Az­t az autó­t egy tolvaj el­lop­ja .

あの­対 車­対(トピック) 一人の 泥棒 接­盗む­3単

「あの車と言えば,泥棒が盗むだろう」:車が話題化

c. Egy tolvaj az­t az autó­t lop­ja el.

一人の 泥棒 あの­対 その車­対(フォーカス) 盗む­3単 接

「泥棒が盗むのはあの車だ」:車が焦点化

(7)では,最初の部分で,トヨタの車があり,その車のドアが開いているという前提が

与えられている.後半の部分で,この車が泥棒に盗まれるだろうということを述べて

いる.その際,話題化や焦点化をする文や中立な文を作ることができる.(7a­c)のす

べては能動文であり,単に語順交替により話題化や焦点化がなされている.語順交替

において,動詞屈折派生部分には一切の変更がない.まず(7a)は,通常の語順で,動

作主「泥棒」と被動作主「車」の間に,意味的及び語用論的な特徴づけは存在しない.

そういう点で,(7a)は特に語用論的な特徴づけのない能動文と言える.(7b)では,被動

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作主である「車」が話題化されて,文の先頭に来ている.この場合,意味が「あの車

と言えば,泥棒が盗む」ということになる.ここで,被動作主が話題化され,語用論

的な面では,動作主「泥棒」が典型的な意味上の主語の位置から落ちる(降格する)

ことになる.その結果,「あの車が泥棒に盗まれる」という受動の意味が想定できる.

最後に(7c)では,被動作主「車」が焦点化されている.「車」が焦点化されたため,文

の意味としては「泥棒が盗むのはあの車だ」となる.この場合においても,文の焦点

が主語である「泥棒」ではなく,直接目的語「車」に当たることで,被動作主が話題

の中心となっている.この文も(7b)の話題化と同様に,話者の情報伝達が被動作主中

心になされるため,結果的に「あの車が泥棒に盗まれる」という受動の意味解釈が想

定される.いずれの例も,語順交替のみがなされるのみで,動詞に受動形態素の標示

は一切現れないのと,語順が交替された後も,"egy tolvaj"「泥棒」は形式的に主格を

取る主語であり,"az az autó"「あの車」は対格を取る直接目的語である.つまり,動

作主と被動作主の文法関係が一貫している.語順交替に伴い,何らかの文法関係の変

化や動詞形態論の変化が存在しない.つまり,語順交替とは単なる語用論的な操作で

あり,統語的及び形態的には一切痕跡が存在しないわけである(もっとも,語順,つ

まり統語論の変化は生じているといえるかもしれない).

もう一例,典型的な他動詞"megölni"「殺す」を使用した能動文での語順交替を観察

する.下の例(8)では,前提としてヤーノシュとエーヴァという 2人の参与者が存在す

るという情報を与えている.そして,結果的にヤーノシュがエーヴァを殺すことにな

り,ここで,主語が動作主ヤーノシュ,そして直接目的語が被動作主エーヴァという

文法関係で能動文が構成される(8a).

(8) János és Éva gyönyörű házas pár,

ヤーノシュ と エーヴァ すばらしい 家の カップル

de mostanában nek­ik vol­t valami baj.

しかし 最近 与­所 ある­過 何か 問題

「ヤーノシュとエーヴァはすばらしい夫婦であったのだが,最近,彼らには何ら

かの問題があった」

a. János meg­öl ­te Évá­t.

ヤーノシュ 接­殺す­3単過 エーヴァ­対

「ヤーノシュがエーヴァを殺した」普通の語順

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b. János öl ­te meg Évá­t.

ヤーノシュ(フォーカス)

「エーヴァを殺したのはヤーノシュだ」

c. Évá­t öl ­te meg János.

エーヴァ­対(フォーカス)

「ヤーノシュが殺したのはエーヴァだ」

d. Évá­t János meg­öl­te.

エーヴァ­対(トピック)

「エーヴァと言えば,ヤーノシュが殺した」

前提部分で,ヤーノシュとエーヴァという夫婦がいることが提示されていた.その上

で,(8a)ではヤーノシュがエーヴァを殺したという能動的行為が表現されている.

(8b­d)では,語順交替をさせることで,動作主と被動作主の語用論的な情報の位置付

けが異なってくる.(8b)では,動作主であるヤーノシュが動詞の直前のフォーカスの

位置にある.この場合,「エーヴァを殺したのはヤーノシュだ」というニュアンスに

なる.この場合は,動作主が焦点になっているが,被動作主はトピックでも何でもな

く,単に動作主がヤーノシュであることが重要な情報となっている.次に(8c)では,

被動作主であるエーヴァが焦点の位置にある.この場合,意味としては「ヤーノシュ

が殺したのはエーヴァだ」となり,被動作主が重要な情報となっている.その結果,

主格を取る動作主ヤーノシュは相対的に情報の重要度が落ちる.最後に(8d)では,被

動作主のエーヴァが文の先頭のトピックの位置にある.この場合,直接目的語である

被動作主が話題化されることになり,「エーヴァと言えば,ヤーノシュが殺した」と

いう意味になる. この場合, 殺された被動作主エーヴァの方が話題化されているので,

情報が提示される視点は,動作主ではなく被動作主からの視点であると言える.この

場合,被動作主への情報度が高くなる(8c)と(8d)において,受動的な意味解釈「エーヴ

ァがヤーノシュに殺された」がなされる可能性がある.しかしながらこの場合,どの

ように語順を交替させても, 動詞形”meg­ölte”に形態的な変更が存在しない (ただし,

焦点化により,動詞接頭辞 megの移動が発生する点に注意).

ハンガリー語では語順交替がかなり自由な言語である.語順交替することで,主語

である動作主と直接目的語である被動作主をその文法関係を保持したままで,動作主

や被動作主に語用論的な情報付けを与える.この語用論的な情報付けとは,話題化と

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60

焦点化である.ここでは,被動作主が話題化または焦点化されることで,相対的に動

作主の情報上の重要度が下がり,被動作主の語用論的な特徴づけがなされることを示

した.この被動作主の話題化や焦点化は,受動文において被動作主が主語になり,動

作主が降格される操作と類似している.そういう意味で,語順交替で被動作主が話題

化,または焦点化される際,受動に類似した意味が出現することを例示した.

しかしながら,この語順交替が受動構文に相当するかは疑問である.というのは,

語順交替するだけで動作主や被動作主の文法的標示がそのままである.語順交替され

たとしても,動作主や被動作主の統語関係に変わりはない.さらに,動詞の部分は語

順交替の前後で一切変化がない.つまり,動詞に何らかの形式(受動形態素)が一切

付加しない.そのため,動詞の他動性にはほとんど変化がないことになる.結局,語

用論的な操作による被動作主の特徴づけのみでは受動のカテゴリーに属するとは考

えられず,語順交替による話題化と焦点化は本稿の観点から見た受動構文に属さない.

4.1.4. まとめ

ハンガリー語の語順は話題化や焦点化に限り自由な言語である.そのため,語順交

替により様々な要素を話題や焦点の場所に移動させることが可能であることを示し

た.そして,典型的な他動詞文において,直接目的語である被動作主が話題化,焦点

化されることで,受動に似た意味が観察されることを示した.

確かに,語順交替で被動作主がトピック,またはフォーカスの位置に来ることで,

被動作主が話題化,焦点化される.つまり,話題化や焦点化により,動作主や被動作

主を語用論的に特徴づけることができる.その語用論的特徴づけは,受動文による被

動作主の話題化や動作主の主語位置からの降格という現象と類似している.そのため

に,語順交替による被動作主の話題化や焦点化が受動のような意味解釈を持つわけで

ある.しかしながら,動詞形態論には一切の変化がなく,動詞に受動形態素に相当す

る形式が付加しない.語順交替してもその文法関係が,動作主は主語のままであり,

被動作主は直接目的語のままである.そうして,動詞には形式的に変化がなく,さら

に動詞の他動性にはほとんど影響がない.つまり,意味的語用論的には,語順交替で

受動のような意味解釈を与える場合があるのだが,それを指し示す形式的な証拠が欠

如している.ハンガリー語は受動態を欠く言語であり,受動形が使用されない.その

分, 語順交替による被動作主の特徴づけで, 受動の意味合いを表現することができる,

すなわち受動形を使わず能動文だけで済む文法になっていると考えられる.

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4.2. 3 人称複数形動詞及び 1 人称複数形動詞による非人称受動構文

4.2.1. はじめに

ハンガリー語には,受動態または受動をもっぱら表す文法形式が存在しない.受動形を

欠くために,動詞に3人称複数形(及び,1人称複数形動詞)の屈折語尾を使用することで,

受動の意味を伝達する手段がある.例文(9a)は,通常の能動の文である.(9b)は 3人称複数

の人称代名詞”ők”を主語に持ち,動詞がそれ(3 人称複数)に一致している文である.(9c)

は動詞に3人称複数形の屈折語尾を使用するものの,主語に人称代名詞を伴わない,いわ

ゆる非人称の構文 51 である.

(9) a. Egy tolvaj el­lop­ta az autó­m­at.

一人の 泥棒 接­盗む­3 単過 その 車­所­対

「泥棒が私の車を盗んだ」

b. Ők el­lop­ták az autó­m­at.

彼ら 接­盗む­3 複過 その車­所­対

「彼らが私の車を盗んだ」

c. El­lop­ták az autó­m­at.

接­盗む­3 複過 その車­所­対

「私の車が盗まれた」

(9c)において,動詞は 3人称複数形の屈折をしているので,(9b)と同様に,「彼らが盗んだ」

ことを意味するはずである.しかしながら(9c)は(9b)とは異なり,主語「彼ら」“ők”が文中にあ

らわれないため,不明または不特定の動作主による行為「誰かが盗んだ」を表すことができ

る.このような非人称構文において,動詞が他動性の高い動詞である場合,不明または不特

定の動作主による被動作主への行為,すなわち受動の意味が出現する.人称代名詞を伴

51 このような動詞の屈折語尾による受動形や非人称受動は他の言語でも多く存在する(Frajzyngier 1982, Haspelmath 1990: 49). Frajzyngier (1982)は, この種の受動形を”impersonal passive”としている.

一方,Haspelmath(1990)では,”generalized­subject constructions”と呼んでいる.本研究では,非人称

構文と呼ぶ.

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62

わない 3 人称複数形の動詞による受動 52 の表現は,ハンガリー語の特徴の一つである.この

非人称構文は,3 人称複数形に加えて,1 人称複数形が使用される例 53 が存在する.

ここでは 3 人称複数形及び 1 人称複数形の屈折語尾の非人称受動表現について,その

特徴と受動の意味を明らかにする.受動形や受動態が形式として存在しないハンガリー語

において,受動の意味が 3 人称複数形動詞,または 1 人称複数形動詞の非人称表現によ

って表されることができる.それらが非人称受動(impersonal passive)として機能していること

を示す.

4.2.2. 動詞の 3 人称複数形による非人称受動構文

この節では,3 人称複数形動詞を使用した非人称構文の例を観察し,その特徴を分析す

る.3 人称複数形動詞を持つ文には,主語に人称代名詞”ők”を持つ文と,人称代名詞を持

たない文とがある(例 10).

(10) a. Ők meg­öl­ték Évá­t.

彼ら 接­殺す­3 複過 エーヴァ­対

「彼らがエーヴァを殺した」

b. Évá­t meg­öl­ték.

エーヴァ­対 接­殺す­3 複過

「彼らがエーヴァを殺した/誰かがエーヴァを殺した/エーヴァが殺された」

(10a)では,人称代名詞”ők”「彼ら」が主語として表出している.その意味は「彼らがエーヴァ

を殺した」であり,明らかに3人称複数の人物「彼ら」が行なった行為である.しかし(10b)では,

主語の人称代名詞”ők”を欠いている 54 .(10b)は,(10a)と同じように「彼らが殺した」という意

味を伝達する他に,不特定の誰かまたは,不明の誰かがエーヴァを殺したという意味をあら

52 受動の 「同等物」 (equivalents)という表現は, Keenan (1985)や Kepecs (1986)に基づく. なお, Dezső (1988)では, 「受動性」(passiveness)という語を使用して議論している. 53 1 人称複数形動詞の場合,主語が”mi”「我々」となるため,通常,総称的な受動の意味合いを

持つ.A könyvet olvas­sunk. 「我々がその本を読む,その本が読まれる」 54 ハンガリー語では,主語が人称代名詞の場合,その人称代名詞を省略することができる.その

代わりに,動詞の人称と数の屈折部分で,何が主語かを判断することができる.そのため,3 人

称複数の人称代名詞の主語”ők”が現れていない場合,非人称構文の可能性があるが,具体的な 「彼

ら,彼女ら」が行なった人称的な行為である場合もありうる.

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わす場合がある.ここでは特に,この不定または不明の動作主の行為という解釈に注目した

い.例文(10)の動詞”megölni”(殺す)は,他動性が高い他動詞である.そして(10b)において,

主語である動作主が人称代名詞で示されない.ここでは語順も変化して,被動作主である

エーヴァのほうがトピックとなっている.そこで(10b)は,文脈において,この主語である「彼ら」

が具体的に明示されない場合(または,話者が明示したくない場合),不特定または不明の

動作主による,非人称の行為が指し示される.その結果,(10b)の人称代名詞を伴わない 3

人称複数形動詞の文は,受動の意味解釈(「エーヴァが殺された」)が可能となる.ここで強

調しておくべき点として,(10b)のような,主語の人称代名詞”ők”を欠く,3 人称複数形動詞

の形式が,その文脈に動作主に関する情報が一切ない状況で使用される点である.以下の

談話(10c)での 3 人称複数形動詞の使用例に注目したい.

(10) c Tegnap én találkoztam Évával az egyetemen. Tegnap este Évát megölték. Ma

reggel amikor idejöttem az egyetemre, a kollégám mondta hogy tegnap este Éva

meghalt.

「昨日,私は大学でエーヴァと会った.昨日の夕方,エーヴァが殺された.今朝,私が

大学に来たとき,私の同僚が,エーヴァが死んだと言った」

(10c)において,主人公である「私」は,昨日大学でエーヴァに会ったのだが,その日の夕方

にエーヴァが何者かに殺され,今朝大学に来たときに,同僚からエーヴァが死んだと聞かさ

れる.ここで,昨日の夕方「エーヴァが殺された “Tegnap este Évát megölték”」わけである.こ

こで,3人称複数形動詞の形式が使用されている.しかしながら,この談話において,エーヴ

ァを殺した動作主である 3人称複数の人称代名詞「彼ら」については,まったく言及されてい

ない(または動作主不明であるため,言及できない).つまり,3 人称複数形動詞は,この場

合,人称を指示するために使用されているのではなく,不明である動作主を指示するのに使

用されているわけである.この場合,3 人称複数形動詞が非人称構文として機能していると

解釈できる.

非人称構文では,(11)のように,具体的な動作主,いわゆる受動文の動作主を後置詞

句”Péter által”で明示することはできない.

(11)* Évá­t meg­öl­ték Péter által.

エーヴァ­対 接­殺す­3 複.過 ペーテル 後

「ペーテルによってエーヴァは殺された」

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(11)は受動の意味をあらわすが,この構文の動詞の部分は 3 人称複数の屈折形である.こ

れは専ら非人称の受動を表し「ペーテルによって」という明示的な 3 人称単数の動作主を文

中に表出させるのは,統語的に不可能である.(11)では,被動作主であるエーヴァが対格で

標示されていて,統語的には「彼らがエーヴァを殺した」と能動の形式である.

非人称構文に具体的な動作主は現れないが,(12)や(13)のように,前の文脈で動作主が

明らかな 3 人称単数であり,3 人称複数の動作主でないと判明している場合でも,3 人称複

数動詞による非人称受動構文が可能である.

(12) Egy tolvaj el­lop­ta az autó­m­at, ezért az

一人の泥棒 接­盗む­3単過 その車­所­対 そうして その

autóm­at el­lop­ták.

車­所­対 接­盗む­3複過

「 (一人の)泥棒が私の車を盗んだ,だから私の車が盗まれた」

(13) Ő meg­rúg­ta a kutyá­t, ezért a kutyá­t

彼 接­蹴る­3単.過 その犬­対 そうして その犬­対

meg­rúg­ták.

接­蹴る­3複過

「彼がその犬を蹴った,そのために犬が蹴られた」

(12)では,文の前半部分で一人の泥棒が車を盗んだことが述べられている.このとき,主語

である動作主は 3 人称単数の「一人の泥棒(”egy tolvaj”)」である.後半部分では,3 人称複

数形の屈折が使用されている.そのため,後半部分の意味は基本的に「彼らが私の車を盗

んだ」と複数の動作主の動作を指し示すはずである.そうなると,動作主が前半部で一人の

泥棒であるのに,後半部で複数の人になってしまう.しかし,この例(12)は容認可能である.

動作主が明らかに 3人称単数(一人の泥棒)でも,3人称複数形で受動の意味「私の車が盗

まれた」を伝達することができる.(13)においても,前半部分の文の主語は 3 人称単数の人

称代名詞「彼」(”Ő”)であるが,それを受けている後半では,3人称複数の屈折を使用し

た文である.この(13)も容認可能であり,非人称の受動「犬が蹴られた」を意味する

ことが可能である.これは,3 人称複数形動詞が,もはや人称や数の一致ではなく,

非人称の動作(もしくは非人称の受動の意味)を表すために使用されているという証

拠となる.

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(14) Te meg­rúg­tad a kutyá­t, ezért a kutyá­t

君 接­蹴る­2単過 その犬­対 そうして その犬­対

meg­rúg­ták.

接­蹴る­3複過

「君がその犬を蹴った,そのためにその犬が蹴られた」

また(14)では,主語が 2 人称単数の人称代名詞「君」”Te”で,意味は「君がその犬を蹴った」

となる.それにもかかわらず,後に続く文で,その動作主”Te”の行為を,3 人称複数形を使

用した非人称受動「犬が蹴られた」の意味を表すことが可能である.この事実は,3人称複数

形の動詞は,屈折によってもはや単に人称と数だけを示しているのではない.具体的な動

作主の存在を希薄にする役割をし,直接目的語のままの被動作主をトピックに持ってくる役

割をしている 55 .

このように,3 人称複数形の屈折は,単なる人称と数の一致を表すのではなく,非人称の

行為,さらには非人称受動の意味を表す役割を果たす.この構文を,3 人称複数形の屈折

語尾を使用した非人称受動構文と呼ぶ.非人称受動構文は,主語に 3 人称複数の人称代

名詞”ők”を持たず,動詞に 3 人称複数形の屈折語尾を持つ.そして,非人称受動構文はあ

らゆる時制,あらゆる法において存在する((15)を参照).

(15) a. Az autómat ellopták. 「盗まれた(過去形)」

b. … ellopják. 「盗まれる(現在形)/盗まれろ(命令法)」

c. … el fognak lopni. 「盗まれるだろう(未来形)」

d. … ellopnének. 「盗まれるなら(条件法)」

e. … el kell lopni/ lopniuk. 「盗まれねばならない(人称不定法)」

すべての時制,法において非人称受動構文の意味解釈が可能であるのは,非人称受動

の形式が,動詞屈折中の人称と数の部分にあるからである.動詞の人称と数の屈折以

外の部分,例えばアスペクト,時制,法の部分は自由に交代できる.そのため,(15)

のように様々な時制や法で,3人称複数形を用いて非人称受動構文を形成できる.

さらに,実際の例をいくつか観察する.

55 ただし,直接目的語である被動作主をトピックの位置に持ってくるのは必須の操作ではない.

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66

(16) Oroszország­ban a láthatatlan kishivatalnok­ok­at

ロシア­場 その 目に見えない小さい公務員­複­対

csinovnyik­ok­nak nevez­ték.

チノヴニク­複­与 名づける­3複過

「ロシアでは目に見えない小さな公務員がチノヴニクと名づけられた」

(Pivárcsi István 1998. Jónas Töke: 36)

(17) Kap­ták is vagy két ezer neve­t,

獲得する­3複過 もまた およそ 二千 名前­対

de az aktá­k­a csak

しかし そのファイル­複­対 ただ

a Washington melletti CIA­központ­ban tanulmányoz­hat­ták.

その ワシントン そばの(後) CIA­センター­場 調査する­可­3複過

「およそ 2 千の名前が受け取られた,しかしそのファイルはワシントン近郊の

CIA本部でのみ調査されることができる」(Dunántúli Napló 22. 4. 1998: 2)

(18) A t többes jel­et csak a névszó­k nominativusá­ban

その t 複数の 標示­対 ただ その 名詞­複 主格­所­場

és accusativusá­ban használ­ják.

そして 対格­所­場 使用する­3複

「t の付く複数形の標示は名詞の主格形と対格形のみに使われる」

(Karanko, Keresztes and Kniivilä 1985:199)

(19) Mintha a város­t be­szorít­ották vol­na

まるで その町­対 接­圧縮する­3複過 ある­条 3単

a hegy és a tenger közé.

その山 と その海 間に

「まるでその町が山と海の間に圧縮されたようだった」

(Az Utazó 1999 Május: 20)

このように実際の例において,小説(16),新聞(17),文法書(18),そして,旅行雑誌(19)に 3

人称複数形動詞による非人称受動構文が使用される 56 .とりわけ,3人称複数形の動詞が受

56 書き言葉同様,話し言葉でもこの 3 人称複数形動詞(または,1 人称複数形動詞)が,不定/

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67

動の意味合いを出すために使用されていることに着目したい.それは,3 人称複数形動詞を

使用することで,以下のような意味論的含意を期待することができるからである.主語である

動作主の存在を 3人称複数形の屈折のみであらわすことで,動作主が不明や不特定である

こと,または被動作主たる直接目的語の部分が重要であるという含意を示す.

ここまでは,問題となる動詞が他動詞である場合を見てきた.それでは,3 人称複数形の

動詞が自動詞の場合,非人称構文が受動の意味を持つかどうかを考察する.自動

詞”menni”(行く)と”járni”(通う)を使用した文を見てみる.

(20) a. Ők men­nek a mozi­ba.

彼ら 行く­3 複 その映画館­場

「彼らは映画館へ行く」

b. Men­nek a mozi­ba.

行く­3 複 その映画館­場

「映画館へ(彼ら/誰か)が行く」

(21) Mindennap jár­nak az egyetem­en.

毎日 行く­3 複 その大学­場

「毎日,(彼ら/人々が)大学に通う」

(20a)は 3 人称複数の人称代名詞”ők”を主語に持ち,「彼らは映画館へ行く」という意味であ

る.(20b)や(21)は主語に人称代名詞を持たずに,動詞が 3 人称複数の屈折形を持っている.

これらは 3 人称複数の屈折をするため,「彼らが行く,通う」ことを意味する.それと同時に

(20b)や(21)は,非人称構文として,不特定の動作主による動作という解釈(「誰かが,人々が

行く,通う」)も可能である.つまり,3 人称複数形の屈折を伴う自動詞の文も.非人称の行為

を表すことができる.ただし,自動詞の”menni”「行く」や”járni”「通う」は,被動作主を持たな

い.そのため,これらの文は受動を含意しない.これらは非人称構文ではあるが,非人称受

動構文であるとは言えない 57 .ハンガリー語の3人称複数形動詞による非人称構文において,

不明の動作主の行為を表すために使用される.さらに,他動性の高い他動詞において,非人称の

受動を表すために広く使用される. 57 ハンガリー語と同系統の言語であるフィンランド語では,自動詞を受動化することができる.

下のフィンランド語自動詞による受動文は,不特定の動作主の動作を表すことができると共に,1 人称複数形の一致として,勧誘の意味を表すことができる.

フィンランド語: Men­nään yliopisto­on.

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動詞が他動詞であるか自動詞であるかの違いにより,非人称受動構文と非人称構文の解釈

が違いが存在すると考えられる.両者の構文に共通する特徴として,3人称複数形動詞が使

用されること,そしてそれは,具体的な「彼ら」の動作ではなく,不特定または不明の動作主

主語の動作(非人称)であるという点である.

4.2.3. 動詞の 1 人称複数形による非人称受動構文

3 人称複数形を使用した非人称構文及び非人称受動構文と同じ用法として,動詞の 1 人

称複数形を使用する手段(1 人称複数形動詞)がある.この場合,1 人称複数の人称代名

詞”mi”「我々」を主語に使用せず,1 人称複数形の屈折形を利用して非人称や非人称受動

の意味を出すことが可能である 58 .

(22) Ismét össze­állít­juk a DVD­lejátszó toplist­á­t.

再び 接­置く­1複 その DVDプレイヤー 人気リスト­所­対

「再び DVDプレイヤーの人気リストが書き出される」(Cinema április 2000: 9)

(23) Nem talál­unk határozói igenévi állítmányfajt­á­t

ない 見つける­1 複 副詞的 動名詞の 述語タイプ­所­対

a Deme László 1980­ig tart­ott egyetemi előadás­t

その デメ=ラースロー 1980­まで 続ける­分 大学の 講義­対

össze­foglal­ó Mondattan­ban,

接­まとめる­分 統語論­場

「デメ=ラースローが 1980 年まで続けた大学の講義をまとめた統語論の本の中で,副

詞的動名詞の述語タイプが見つけられない」(Uzonyi & Tuba 1998: 161)

例文(22)や(23)で観察されるように,1 人称複数形動詞が非人称受動構文として使用するこ

とができる.(22)では,我々がDVDプレイヤーの人気リストを書き出すのであるが,実際には

行く­受 大学­場

「大学へ誰かが行く/大学へ行こう」

また,ハンガリー語とフィンランド語の受動文の対照として,Karanko, Keresztes & Kniivilä (1985), Schiefer (1986), Csepregi(1991), Keresztes(1995)がある. 58 ハンガリー語の 1 人称複数形による「私たち」の受動(総称受動)については,Dezső(1988), Kepecs(1986), Keresztes (1995), 小泉(1994)でも指摘されている.

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雑誌で人気の DVD プレイヤーの紹介が我々の視点を考慮してなされている.(23)は,学術

論文(Uzonyi & Tuba 1998)からの例である.副詞的動名詞の述語タイプ(副動詞形)がハン

ガリー語の統語論の本で取り上げられていない事実を 1 人称複数形でもって述べた文であ

る.この場合も,動作主である著者を非人称にすることで,受動の意味解釈が可能となる.こ

れに代表されるように,学術論文や客観性を必要とする文では,(例え著者が一人だったと

しても)1 人称複数形動詞を使用した非人称受動構文が観察される.非人称受動構文の例

として,3 人称複数形動詞と 1 人称複数形動詞を紹介した.ここで,両者の違いについて説

明する必要がある.次の例文(24)で 3人称複数形を使用する非人称受動構文と 1人称複数

形を使用する文とを比較する.

(24) a. Magyarország­on beszélget­ünk magyarul.

ハンガリー­場 話す­1複 ハンガリー語で

「ハンガリーではハンガリー語が話される(我々によって話される)」

b. Magyarország­on beszélget­nek németül.

ハンガリー­場 話す­3複 ドイツ語で

「ハンガリーではドイツ語が話される(不特定の人々(彼ら)によって話される)」

例文(24)では,両方とも非人称受動の意味解釈「ハンガリー語/ドイツ語が話される」が可能

である.(24a)では,「ハンガリーでハンガリー語が話される」となる.(24a)で 1 人称複数形の

屈折を使用することで,動作主に「私たち」が含まれる.一方の(24b)では「ハンガリーではド

イツ語が話される」となる.3 人称複数形動詞が使用されているので,動作主に「彼ら」が含ま

れることになる.両者とも非人称受動構文であるが,使用される屈折形の意味を保持してい

る.そのため,(24a)では,ハンガリーで「私たちハンガリー人」がハンガリー語を話し,(24b)で

は,ハンガリーで不特定の人々「彼ら」がドイツ語を話すという意味的な相違を持つことにな

る 59 .1 人称複数形の一致を使用した非人称受動構文は,不特定の動作主の中に「私たち」

が含まれる際に使用される.そのため,非人称であると共に,総称的な意味を持つ場合があ

る.特に,この 1 人称複数形動詞は,学術論文等の主観を排した文や例文(22), (23), (24a)

59 結局のところ,1 人称複数形による総称的な受動と 3 人称複数形による非人称の受動の相違で

ある.(24b)では,「ハンガリーでは,ドイツ語を話す人々も存在する」というニュアンスである.

実際,ハンガリー出身の音楽家であるリスト(Liszt)はハンガリー人でありながらも,ハンガリー語

は解さず,ドイツ語を話していたという逸話がある.さらに,現代においてもハンガリーでドイ

ツ語を話す人は結構多いようである.

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70

のように,「私自身」または「我々」を含む動作主の視点から述べる文に観察することができる.

3 人称複数形を用いた例では,動作主が「私たち」以外の「彼ら」の行為,非人称の意味の

みを持ち,総称的な動作主の解釈はない.

4.2.4. 議論:3 人称複数形/1 人称複数形から非人称受動へ

この節では,受動の意味を持つ非人称受動構文について,3 人称複数形(及び 1 人称複

数形)の動詞が非人称受動構文になる理由と過程を明らかにする.既に指摘したように,ハ

ンガリー語の 3人称複数形は,それが指示する動作主が必ずしも 3人称複数でなくてもよい 60 .これは 3 人称複数形が人称や数の指示ではなく,非人称受動を表すマーカー,すなわ

ち受動形態素としての機能を果たしている証拠である.

(25) Péter meg­öl­te Évá­t, ezért rádió­ban

ペーテル 接­殺す­3単過 エーヴァ­対 そうして ラジオ­場

mond­ták, hogy Évá­t meg­öl­ték.

言う­3複.過 ということ エーヴァ­対 接­殺す­3複過

「ペーテルはエーヴァを殺した, そのためにエーヴァが殺されたとラジオで報道

された」

(26) Én meg­rúg­tam a kutyá­t, ezért

私 接­蹴る­1 単過 その犬­対 そうして

a kutyá­t meg­rúg­ták.

その犬­対 接­蹴る­3 複過

「私はその犬を蹴った,そのためにその犬は蹴られた」

例(25)や(26)のように,具体的な動作主が 3 人称の単数((25)では”Péter”,(26)では 1 人称

単数の「私」“Én”)であったとしても,後半部分では,3 人称複数の動詞を使用した形式でも

って,「殺された」,「蹴られた」という非人称受動の意味を表すことができる.この場合,もは

や 3 人称複数の動詞は人称と数を指示するために屈折しているわけではない.むしろ非人

称の動作主の行為を指し示すために使用されている.このとき,3 人称複数形動詞は受動

60 1 人称複数形動詞については,動作主が「私」自身を含む必要がある.

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形態素として機能していると言える 61 .

3 人称複数形の動詞を持つ構文は,動作主を具体的に表示させずに,受動の意味を伝

達することができる.ただし,この構文では,英語や日本語のような動作主を明示することは

許されないと指摘した(例文(11)参照).それゆえ,動作主を示したい場合は,明示的な主語

を持つ能動文を使用するか,あるいは重文等で動作主を明示する.3 人称複数形の動詞に

よる受動は,専ら非人称,そして非人称受動を意味する機能 62 がある.これは,1 人称複数

形動詞の場合も同様である.1 人称複数形動詞を使用した例を見てみよう.

(27) Én meg­talál­tam új szerkezet­et a magyar nyelv­ben,

私 接­発見する­1 単過 新しい 構文­対 そのハンガリー語­場

tehát új szerkezet­et meg­talál­tunk a magyar nyelv­ben.

そうして 新しい 構文­対 接­発見する­1 複過 そのハンガリー語­場

「私は,ハンガリー語に新しい構文を発見した,そうして,ハンガリー語に新しい構文が

発見された」

(27)では,「私がハンガリー語に新しい構文を見つけ出し」,その事実を(27)の後半部分で 1

人称複数形動詞を使用した非人称受動構文で表現されている.この場合,明らかに動作主

は構文の発見者である「私自身」であるのだが,動作主である「私自身」の存在を強くは明示

せず,1 人称複数形動詞を使用することで「新しい構文」の発見が客観的に述べられている.

この場合,非人称受動構文というより,総称的受動構文と呼ぶべきであろう.

次に非人称受動構文の統語的特徴について見てみよう.

61 形態論的には 3 人称複数形の一致の形式が,意味機能上には受動形態素としての機能を担って

いる.この 3 人称複数形の動詞の用法は,非人称受動の表現に限定される.動作主を明示して

英語に見られるような受動文を作ることは 3 人称複数形動詞や 1 人称複数形動詞の手段では不可

能である.日本語で「花子が太郎に殺された」のような,動作主を明示する人称的な受動は,3 人称複数形の一致の形式では表現できないわけである.ただし,前後に明らかな動作主が述べら

れている場合,3人称複数形を使用した非人称受動構文が使用されたときでも,「その少年によっ

て殴られた」という解釈が可能となる.これは談話語用論の問題になるので議論しない. Egy fiú be­men­t a Maria haz­á­ba, 一人の少年 接­行く­3 単過 その マリア 家­所­場 és Mariá­t meg­ver­ték. そして マリア­対 接­殴る­3 複過

「一人の少年がマリアの家へ入った,そしてマリアは殴られた」

このような文の非人称受動構文では,前の文脈により動作主が少年であると特定できるだろう. 62 このような文法形式を Haspelmath (1990: 49)は,”desubjective marker”と呼んでいる.つまり,受

動の意味を表す場合,3 人称複数形動詞は,既に脱主語標示化されている.

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(28) Az Operaház­ban a Pillangókisasszony­t játssz­ák.

その オペラハウス­場 その 蝶々夫人­対 演じる­3複

「オペラハウスで“蝶々夫人”が演じられる」

(Bencédy, Fábián, Rácz, & Velecsov 1968: 184)

通常,能動文から受動文が形成されるとき,文法関係の操作が行なわれる.受動文では,能

動文の動作主が主語の地位から降格または消去され,被動作主が直接目的語の地位から

主語へと昇格される.(28)の文は,3 人称複数形の動詞”játssz­ák”を使用した非人称受動構

文である.この文の文法関係を観察してみると,本来の受動文では主語へと昇格される被動

作主の「蝶々夫人」 ”a Pillangóasszony­t” が,対格を伴った直接目的語のままである.また,

3人称複数形動詞の非人称受動構文において,その主語は明示されないが,3人称複数動

詞の屈折を持つため,文法上は 3 人称複数形の人称代名詞”ők”である.これはハンガリー

語の非人称受動構文では,統語上表示されない.しかしながら,被動作主である直接目的

語が,主語に昇格しないため,統語的な操作が行なわれたとは言えない.このような操作を

欠くため,(28)の例では,統語的にはこの非人称文は能動文法関係を保持している 63 .

4.2.5. 結論

本節では,ハンガリー語の 1 人称複数形と 3 人称複数形の他動詞が非人称受動の意味

を表すことを示した.ハンガリー語は受動文,受動態を持たないが,受動を表現するための

一つの手段として,1人称複数及び 3人称複数の動詞を使用した非人称受動構文を使用す

るようになったと主張した.これらの複数形の屈折が非人称受動構文において受動形態素と

して機能することを示した.これにより,行為の動作主である主語の降格,または消去をもた

らした.これは受動の特徴の一つである.3 人称複数形及び 1 人称複数形の動詞は,それ

ぞれ 3人称複数/1人称複数の動詞屈折で表す形式であるのだが,状況によりそれは他動

性の高い動詞の場合,非人称受動を,そして他動性の低い動詞の場合,単なる非人称の

63 Kharakovsky (1973 :69)の受動の定義では,このように統語的にはそれほど文法化されていない

形式も,受動構文に含まれると論じている.また,統語的には能動でも,被動作主である直接目

的語がトピックになることで,ある程度の主語性を持つと考えることもできる.そのため,統語

的には能動であるが,意味的及び語用論的に,受動構文たる資格を持ちうる(Kharakovsky 1973; Haspelmath 1990: 50, Siewierska 1984: 93­95, impersonal passive).

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行為を表すことができる.また,1 人称複数形動詞が使用される際は,不明または不定の動

作主の中に「私自身」が含まれる.この場合,非人称ではなく,むしろ総称的な受動の解釈

となる.

4.3. コピュラと副動詞からなる受動構文

4.3.1. はじめに

ハンガリー語には結果相 64 の意味を表す構文がある.この結果相構文”resultative

construction”は,コピュラである”van”と副動詞 65 の形式”動詞語幹­va/ ­ve”から構成さ

れる.この構文を使うことで,以下の(27)や(28)のように,結果相の意味を表すこと

ができる.

(29) Az ablak ki van nyit­va.

その窓 接 ある(コピュラ)­3単 開ける­副

「その窓が開いている」

(30) Be­zár­t­am az ajtó­t tegnap,

接­閉める­過­1単 そのドア­対 昨日

és az ajtó még be van zár­va.

64 結果相は英語では”resultative”と呼ばれるものである.Nedjalkov & Jaxontov (1988: 6)によると結

果相は, ”The term resultative is applied to those forms that express a state implying a previous event”と定

義されている.結果相と似たものに状態相(stative)があるが,状態相は,以前のイベントに関する

含意を持たない.ハンガリー語での両者の相違を示す.

状態相: Tamás meg­hal­t. タマーシュ 接­死ぬ­過 3 単

結果相: Tamás meg van hal­va. タマーシュ 接 ある 死ぬ­副

前者の状態相では,「タマーシュが死んだ」という状態だけを描写している.つまり,生から死へ

の状態変化を表す.それに対して,後者の結果相では,「タマーシュは死んでいる」という結果を

描写しうる.これは,死んでしまってその結果が持続している,結果持続を表す. 65 副動詞はハンガリー語では"határozói igenév"と呼ばれる.そのまま日本語訳すると,「副詞的分

詞」となるが,本論では「副動詞」と呼ぶことにする.この副動詞は"converb"と呼ばれて,最近

特に類型論の分野において幅広く研究されている. 副動詞に関する一般的な考察は, Haspelmath & König (1995) から,特にハンガリー語の副動詞については,Groot (1995) から参照した.Groot (1995) は,コピュラと副動詞からなる構文を"periphrastic construction"と呼んでいる.

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そして そのドア まだ 接 ある­3単 閉める­副

「私は昨日そのドアを閉めた,そしてそのドアは今もなお閉まっている」

例文(29)と(30)で,このタイプの構文は「開いている,閉まっている」というように,

動作や行為の結果状態を表すことがわかる.この結果相の構文において,受動の結果

状態を表す例が観察される.

(31) A ház ki van ad­va (külföldi­ek­nek).

その家 接 ある­3単 与える­副 (外国人­複­与)

「その家が(外国人に)貸された」 (Alberti 1997)

(32) A levél meg van ír­va.

その手紙 接 ある­3単 書く­副

「その手紙が書かれた」 (Uzonyi & Tuba 1998: 164)

例文(31)と(32)では,それぞれの動作に暗黙の動作主.(31)では家の貸し手,(32)では

手紙の書き手の存在が含意される.このように,暗黙の動作主が結果相構文に含意さ

れるとき,これらは受動の結果相として解釈できる.このような受動の意味を持つ結

果相構文を,副動詞による受動,または結果相による受動と呼ぶことにする 66 .

ここでは.副動詞による受動の性質を明らかにすることを試みる.最初に,副動詞

受動の例を通して,その受動の意味や性質をまとめる.結果相構文が受動の意味を持

つ理由について,機能的観点から説明する.特に,結果相構文における受動の含意の

有無に,動詞の他動性が関係すると主張する.そのことを明らかにするために,4 つ

の他動詞と 1つの自動詞を使って結果相構文を作った.それらの構文に,受動の意味

が存在するかを検証した.最後に,結果相構文は他動性の高い動詞において,受動の

意味が付加されやすいと主張する.結果相構文が伝達する受動の意味に関して,3 人

称複数形の動詞屈折による非人称受動構文との違いを明らかにする.

66 ハンガリー語の副動詞受動については,Alberti (1997), Dezső(1988), Groot (1995) や Nose (2001) が既に指摘している. この種の結果相構文による受動はハンガリー語だけではなく, 他の言語 (例

えば,デンマーク語, Haspelmath 1990: 33)にも観察される現象である.結果相と受動の意味の関

連性について,Haspelmath (1990) と Nedjalkov & Jaxontov (1988) に詳しい.そういうわけで,ハ

ンガリー語の副動詞による受動は,世界の言語の中においては,特別な事例ではない.

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4.3.2. 結果相による受動構文の性質

本節の導入部分では,ハンガリー語の結果相構文が能動と受動の意味を表すことを

示した(cf. (29)­(32)).特に結果相構文が受動の意味を伝達する点に注目し,コピュ

ラと副動詞の組み合わせによる受動の性質を明らかにする.まず,以下の結果相構文

の例文(33)を見てみよう.

(33) Péter ki van rúg­va (a munkahely­ről).

ペーテル 接 ある­3単 蹴る­副 (その職場­場)

「ペーテルが(職場から)解雇された」(Alberti 1997)

(33)では,被動作主であるペーテルは,彼が職場から解雇されたという結果状態を述

べている.ペーテルは解雇されるということで,影響を受けている.この文は形式的

には結果相構文であって,意味的には結果相であり,同時に受動の含意を持つ.この

結果相の受動に関して,Nedjalkov & Jaxontov (1988: 17)が主張したのは,結果相と受

動の用法の間に意味的に関連する部分がある.というのは,受動はその機能の1つと

して,動作の結果を示すことが,Haspelmath (1990: 33)や Nedjalkov & Jaxontov (1988:

17)で指摘されている.これは結果相の動作の結果状態に相当し,被動作主に受動的

な影響を及ぼされた結果状態が述べられるわけである.そのため,例文(31), (32)に見

られるように,ハンガリー語の結果相構文において受動の意味解釈が可能となるのは,

不自然な現象ではない.

ハンガリー語において,結果相構文が受動の意味解釈を持つときの動作主の地位に

ついて述べる.副動詞受動において,実際の動作主は文の表面に現れることはできな

い.以下の例では,受動の意味を持つ結果相構文に後置詞を取る動作主を加えた.

(34)* Péter ki van rúg­va a főnök­e által.

ペーテル 接 ある­3単 蹴る­副 そのボス­彼の 後

「ペーテルが彼のボスによって解雇された」

例文(34)で,ペーテルを解雇する動作主たる「彼のボス(a főnöke)」が後置詞”által”を

伴って,文の表面に出した.この(34)は容認不可能である.副動詞受動において,暗

黙の動作主は含意される,または,動作主が文脈で推定されることは可能である.し

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76

かし,実際の結果相構文に具体的な動作主が出現することは許されない.

結果相構文の形式は,1 つの形式(コピュラ+副動詞形)で,能動と受動の両方の

意味を表す可能性がある.そのため,少なくとも結果相構文自体からは,その意味が

能動であるか,受動であるか判断できない.それでは,結果相構文が受動の意味を持

つ条件は何であるかという疑問が出て来る.この疑問に対して本論は,結果相構文に

おいて, 副動詞形に使用される動詞が能動と受動の相違を決定すると考える. つまり,

他動性が高い動詞で副動詞形が形成されるとき,受動が含意され,他動性の低い動詞

からなる副動詞形では,能動の結果状態の意味になる.これは,他動性が高い動詞,

すなわち他動詞の表す状態変化が,動作主の具体的な動作の結果を表し,被動作主に

強い影響を与える. その結果, 結果相構文が受動の意味合いを持つとの仮説を建てる.

この仮説を検証するために,次のような調査を行なった.まず,他動性の高低の異

なる,合計 5つの動詞を選んだ.以下の(35)に挙げた動詞である.

(35) この調査に使用した 5つの動詞

‘meg­öl­ni’ (殺す:他動詞)

’el­pusztíta­ni’ (壊す,破壊する:他動詞)

‘le­lő­ni’ (撃つ,射撃する:他動詞)

’ki­kölcsönöz­ni’ (借りる:他動詞)

’el­utaz­ni’ (旅行する:自動詞)

「殺す」「壊す」「撃つ」「借りる」の4つが直接目的語をとることができる他動詞で,

「旅行する」が自動詞である 67 .他動詞の方が,自動詞よりも他動性が高いことにな

る.他動詞であるために,動詞は少なくとも 2つの参与者を必要とする.その参与者

とはこの場合,動作主と被動作主である.ハンガリー語の他動詞文では,動作主と被

動作主はそれぞれ主語と直接目的語として現れる.自動詞”elutazni”(旅行する)は 1

つの参与者(旅行する人)だけを必要とする.自動詞文での 1つの参与者は,動作主

と被動作主の両方の可能性があるだろう.自動詞文では,この参与者が主語として現

れる.次に,他動性の高い他動詞は動作主が被動作主に何か物理的,または直接的な

影響を与える.具体的には(35)で挙げた,「殺す」「壊す」や「撃つ」のような動詞で

67 自動詞は比較対照の目的のために選んだ.筆者が最初に行なった調査では,無作為の 10 の動詞

について,結果相構文を作成した.本論ではその中の 5 つの動詞を選んだ.

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77

ある.他動詞”megölni”(殺す)は動作主が被動作主を殺してしまうため,対象の全体

に変化及ぼしてしまう.一方で,動詞” kikölcsönözni”(借りる)は他動詞であるが,

動作主が被動作主(借りられるモノ)に対して,所有権の移動を意味し,それはそれ

ほど影響を与えない.自動詞”elutazni”(旅行する)については,対象となる直接目的

語が存在しないため,目に見える影響はないと考えられる.

本調査では,(35)で示した 5 つの動詞を使用して,結果相構文を作成した.作成し

た構文をハンガリー語話者のインフォーマントを使って,以下の点から観察,調査し

た.まず,それらの結果相構文は副動詞受動として容認可能かそうでないかという点

である.もう一つの注目すべき点は,それらの結果相構文が動詞の他動性と受動の意

味解釈とが関連しているかどうかである.

4.3.3. 動詞から見た結果相構文と副動詞受動

この節では,(35)で挙げた 5 つの動詞を使用した結果相構文を例示し,それらの意

味的側面を検討する.(34)で指摘したように,結果相構文では実際の動作主は表面の

文に現れることができない.そこで以下の例では,すべての文を結果相構文とその文

脈を説明する文との2つの部分から構成されるようにした.結果相構文でない部分に,

実際の動作主を表現したり,結果の原因を述べたりした.そうすることで,動作主の

存在や文脈を想定しやすいようにして,結果相構文において受動の意味解釈ができる

よう留意した.以下に,5つの動詞を使用して作成した例文を列挙する.

(36) Tamás meg­öl­t­e Évá­t,

タマーシュ 接­殺す­過­3単 エーヴァ­対

azért Éva meg van öl­ve.

だから エーヴァ 接 ある­3単 殺す­副

「タマーシュがエーヴァを殺した,だからエーヴァが殺された」

例文の(36)では,まず,動詞“megölni”(殺す)は極めて高い他動性を示す.それを使

用した例文では,動作主タマーシュがエーヴァを殺す,その結果として,被動作主エ

ーヴァが殺された状態にある.文の前半部分で,タマーシュが明らかな動作主である

ことが指し示されている.そうして,後の部分の結果相構文において,タマーシュが

明らかな動作主であるが,動作主の現れない非人称受動「殺された」として解釈可能

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78

となる.その際,結果相の意味,エーヴァが殺されて今や死んでいるという結果状態

の事実が含意される.つまり,結果相受動の意味解釈である.

(37) Katoná­k el­pusztít­ott­ák ez­t a város­t,

兵士­複 接­壊す­過­3複 この­対 その 町­対

tehát most ez a város el van pusztít­va.

そうして 今 この その町 接 ある­3単 壊す­副

「兵士たちがこの町を破壊した,そうして今,この町が破壊された」

次に例(37)では,動詞”elpusztítani”(壊す,破壊する)が結果相構文で,副動詞形と

なって現れている.この動詞「破壊する」も高い他動性を示す.何かを壊す行為は,

直接目的語である被動作主に物理的に強く影響を与えるからである.結果相構文はこ

の場合,結果相の意味とともに,「町が破壊された」という受動の意味を表すことが

できる.ただし,ハンガリー語話者で,この”el van pusztítva”の副動詞受動を使用した

がらない者がいた.(37)を好まない者は,代りに動詞“lerombolni”(壊す,崩壊させる)

を使用する文(38)を好んだ.例文(38)も受動の意味解釈が可能である.両者の違いは

使用される2つの動詞であるが,それぞれの動詞の語彙的意味に違いがあると考えら

れる 68 .

(38) A város le van rombol­va.

その町 接 ある­3単 壊す­副

「その町が破壊されている」

次に,動詞“kilőni”(撃つ,射撃する)について見てみよう.この動詞も動作主が射

撃して被動作主にケガをさせたり,殺したりするので,他動性が高い.

(39) A miniszterelnök le van lő­ve,

その首相 接 ある­3単 撃つ­副

68 ハンガリー語/英語辞典(Ország László. 1963. Magyar­Angol szótár, Budapest: Akadémiai Kiadó)

によると,"elpusztítani"と"lerombolni"の違いは,前者が「国を,町を破壊する」と比較的抽象的な

行為の意味を有し,後者が「建物を壊す,町を壊して廃墟にする」のような具体的な行為の意味

を表すという違いがある.

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és emiatt ő meg­hal­t.

そして そのために 彼 接­死ぬ­過­3単

「その首相が撃たれた,そして彼はそのために死んでしまった」

例文(39)では,首相が何者かに狙撃されて,ケガをして,それが原因で死亡したこと

を表現している.ここでは,首相を狙撃した動作主は不明であるが,結果相構文にお

いて,動作主不明の受動「何者かに撃たれた」としての意味解釈が可能である.動詞

“kilőni”が,その行為により被動作主である首相に致命的な影響を与えるため, 受動

の意味が含意される.

(40) A 'János Vitéz'­t akar­t­am ki­kölcsönöz­ni

その ‘Janos Vitez’­対 望む­過­1単 接­借りる­不

a könyvtár­ban, de az a könyv már ki van

その図書館­場 しかし あのその本 すでに 接 ある­3単

kölcsönöz­ve.

借りる­副

「私はヤーノシュ=ヴィテズをその図書館で借りたかった, しかしその本はすで

に借りられていた」

例文(40)では,動詞“kikölcsönözni”(借りる)を使用する.この動詞はそれほど高い

他動性は指し示さない.何かを借りるという行為は,直接目的語たる被動作主にそれ

ほど強い影響や何らかの変化を及ぼさないからである.この動詞は他動詞であるため,

(40)では,主語として,借り手たる「私」,直接目的語として借りる対象である「本(ヤ

ーノシュ=ヴィテズ:ハンガリーの有名な昔話)」を必要とする.後半部分で作られ

た結果相構文は受動の意味「借りられた」というより,むしろ結果相の意味「借りた

という結果状態:貸し出し中」の方が強い.というのは,例文(40)の結果相構文では,

誰がその本を借りたか不明であり,不明の動作主についての含意がそれほど強くない.

そして,問題の本が貸し出し中で,今ここにはないという結果状態に注目している.

つまり,その本が「借りられている」ということで,誰かがそれほど影響を受けてい

るわけではない.これは,暗黙の動作主の想定が困難であると言える.むしろ,その

本が「貸し出している,貸し出してある」という能動の状態を指し示している.この

場合,受動の含意は弱いと思われる.

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最後に,唯一の自動詞である,“elutazni”(旅行する)を見てみよう.これは自動詞

であり参与者は家族”család”だけ,そして旅行することで他の者に影響を与えること

もない.そのため,他動性は低い.

(41) Az a család el van utaz­va,

あの その 家族 接 ある­3単 旅行する­副

és most Görögország­ban van.

そして 今 ギリシャ­場 ある­3単

「あの家族が旅行している,そして今ギリシャにいる」

この動詞を使用した結果相構文(41)は容認可能である.しかし,すべてのインフォー

マントがこの結果葬構文について,奇妙に聞こえる,または,めったに使用しないと

指摘した 69 .ハンガリー語話者は,このような場合,例文(41)の結果相構文より,例

文(42)に示される,単純過去時制の文を好んだ(ただし,例文に現れる動詞にアスペ

クトを表す動詞接頭辞”el”が付加しているため,厳密には”perfective”).加えて,例文

(41)は受動の意味を表さない.これは単に能動の結果相であり,それと同時に完了的

な意味として解釈される.その家族は,「旅行してしまっている」状態であり,今現

在はギリシャにいるわけで,いかなる暗黙の動作主 70 も存在しない.

(42) Az a család el­utaz­ott,

あの その 家族 接­旅行する­過­3単

és most Görögország­ban van.

そして 今 ギリシャ­場 ある­3単

「あの家族は旅行してしまっている,そして今ギリシャにいる」

この節では,上で選んだ5つの動詞から成る結果相構文を観察し,その中に受動の

意味が付加されるかどうかを調査した.ハンガリー語では,結果相構文は他動性の高

い他動詞から作りやすく,受動の意味解釈がなされやすい.一方で,自動詞からの結

69 これは,結果相に前のイベントとの関連が必要なのであるが,そのような情報や文脈がないた

め,奇妙に聞こえるものと思われる. 70 この場合,自動詞”utazni”「旅行する」の動作主は, 自動詞文の主語である「その家族」になる.

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果相構文においては, その容認性に何らかの問題か制限があるような結果となった 71 .

最後にこの調査では,5 人のハンガリー語母語話者にインフォーマントとして例文

のチェックをしてもらった.以下の表 1 において,5 人のインフォーマントが例文を

どのように評価したかをまとめる.

表 1. 結果相構文のインフォーマントによる文の判定

(Y:文法的に OK,N:文法的にアウト,?:不確か,または奇妙に聞こえる)

例文,副動詞形 / インフォーマント 1E 2M 3SZ 4A 5I

(36): megölve Y Y N Y N?

(37): elpusztítva Y Y N N? Y?

(39): kilőve Y Y N Y? Y?

(40): kikölcsönözve Y Y Y Y Y

(41): elutazva N Y N N? Y?

表 1において,いくつか指摘すべき重要な点がある.最初に,すべてのインフォーマ

ントが例文(40)を容認可能としている.(40)の例文は,受動構文ではなく,能動の結

果相として解釈したと考えられる.他動詞の結果相構文である(36), (37)と(39)では,

文は文法的で,受動の意味解釈も容認可能と観察される.ただし,積極的に容認可能

な者(1E, 2M)と頑なに使用しない者(3SZ)が存在する.また(41)については,ただ一人

のインフォーマント(2M)だけが容認可能と判断し, 残りの 4人の容認性は完全にノー

または不確かであった.これは自動詞の結果相構文の容認性が低いと判断する証拠と

なる.結果相構文の調査全般において,インフォーマント(1E), (2M)と(5I)は多くの例

にイエスと判断している.その一方で,インフォーマント(3SZ)と(4A)はどうも結果相

構文自体を使用すること, 受動の意味解釈をすることに難色を示した. 特に(3SZ)は,

他動詞からなる結果相構文(36), (37)と(39)は文法的ではないと主張した.コピュラと

副動詞から構成される結果相構文は,まだ議論の多い文法事項であり,話者の好みの

71 Alberti (1997) によれば,結果相構文の形式は他動詞と非対格動詞からのみ形成されることがで

きる.だから,非対格の自動詞(例えば,'leesni'落ちる,降る)からなる結果相構文は容認可能

である. (i) Le volt es­ve a levél.

接 ある­過­3 単 落ちる­副 その手紙

「'その手紙が落ちている(それは地面にあった)」(Alberti 1997: 4)

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問題が存在する(Uzonyi & Tuba 1998).その好みの問題 72 は,結果相構文が主に話し言

葉や軽い文体の書き言葉に多く観察される形式であり,Jászó et al. (1999: 220)で観察

されるように,その文法的な位置付けがはっきりしない点に起因すると考えられる.

その代りに,(3SZ)は受動の意味を伝達するために,別の手段を好んだ.この別の手

段とは,3人称複数形動詞である(4.2節参照).

4.3.4. 議論

本論では,ハンガリー語のコピュラと副動詞からなる結果相構文について,受動の

意味の有無と動詞の他動性との関係について調査,記述を行なった.この構文は結果

相の意味を表すのであるが,特にこの構文が受動の意味を伝達する場合に注目した.

これは,結果相と受動に何らかの意味的な接点があることに発する.そして,結果相

構文が受動の意味を表すのは,他動詞,それも他動性が高い動詞において現れやすい

と考え,他動性の異なる 5つの動詞を使用して結果相構文を作成し,それらが受動の

意味を有するかを調査した.

例文(36)­(41)の検討から,以下の事実が明らかとなった.他動性が高い他動詞から

なる結果相構文は受動の意味を含意することができる.その場合,結果相受動

(resultative­passive)と呼ばれる意味を有する.結果相受動は,受動の意味,特に受影性

が動作の結果状態と関連しているため生じた構文である.結果相構文が受動の意味を

含意するとき,構文上で動作の動作主が文上に現れることは決してない.ただし,構

文が暗黙の,または不明の動作主の存在を含意することは必要である.一方,他動性

の低い動詞,特に自動詞では,結果相構文が受動の意味を表すのは不可能である.こ

れは, 結果相構文の主語が動作により, 何らかの影響を被ることがほとんどないこと,

暗黙の動作主の存在を想定できないことからも明らかである.この場合,受動ではな

く,能動の単なる動作の結果状態を表すことになる,今回の調査では,例文(41)がイ

ンフォーマントによる支持がなく,彼らは自動詞からなる結果相構文を使用すること

自体を好まなかった.これは,動詞の表す変化の前の状態や動作の含意が存在しない

72 コピュラと副動詞から成る結果相構文を学校文法や標準文法でも記述及び教育すべきであると

いう議論を Uzonyi & Tuba (1998) が行なっている.この構文は,インド=ヨーロッパ語族に見ら

れる,be動詞と分詞からなる構文と相似している.実際,ドイツ語から構文形式が借用されたと

も考えられている.この結果相構文で受動の意味を表現するのを容認しないのは,文法に関して

保守的と言える人々なのかもしれない.

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ため,結果相構文を認めないと考えられる.

ここで特に,結果相の受動の意味的側面について考える.一般に,受動がその機能

として, 動作の結果や状態化させる働きを持つことは既に第2章で指摘した. そして,

ハンガリー語の結果相構文が受動の意味を持つことは, Alberti (1997), Dezső (1988) や

Nose (2001)が既に指摘し,考察している.そのため,この結果相構文は受動構文であ

ると言える.本論の調査において,この結果相構文を使用するのではなく,3 人称複

数の動詞屈折を使用して非人称受動で受動の意味を伝達することに固執したインフ

ォーマントが存在した. この 3人称複数動詞の形式は, 既に本論 (4.2節) や Nose(2001)

でも指摘した.彼らハンガリー語インフォーマントは,前節の結果相構文を使用した

(36)と(39)の代わりに,この 3 人称複数形の動詞屈折を使用した(43)と(44)の例を受動

の意味を表す構文として挙げた.

(43) Tamás meg­öl­t­e Évá­t,

タマーシュ 接­殺す­過­3単 エーヴァ­対

azért Éva meg­öl­tet­ték.

だから エーヴァ 接­殺す­過­3複

「タマーシュはエーヴァを殺した,だからエーヴァが殺された」

(44) A miniszterelnök le­lő­tt­ék,

その首相 接­撃つ­過­3複

és emiatt ő meg­hal­t.

そして そのために 彼 接­死ぬ­過­3単

「その首相が撃たれた,そしてそのために彼は死んだ」

それでは,結果相構文と 3人称複数形動詞の受動構文の違いとは何であるかという疑

問が出てくる.それは,両者が表す受動の意味の違いである.3 人称複数形動詞を使

って受動の意味を表す場合,3 人称複数の主語が,非人称,または不明の動作主を指

し示している.文上に現れない非人称の動作主を 3人称複数形の動詞屈折で表すこと

で,非人称受動の行為を意味する.一方,結果相構文で受動の意味を表す場合,結果

相の意味と受動の意味が関連している.つまり,行為の後の(被動作主の)結果状態

に注目される,結果相受動を意味する.結果相構文を使用した例文(36)と 3 人称複数

形の動詞屈折を使用した(43)の違いは,エーヴァが殺された結果,死んだという被動

作主の状態に注目するか,それとも,誰かがエーヴァを殺したという不定の動作主の

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行為に注目するかの違いがある.3 人称複数形動詞の場合,動作の結果ではなく,動

作自体を描写しているため,進行中の動作を表す副詞を付加した場合,進行相の解釈

が可能となる.

(45) a. Tegnap este óta a város­t el­pusztít­ják.

昨日 夕方 以来 その町­対 接­破壊する­3複

「昨日の夕方以来, その町が破壊されている (そして今も破壊されている)」

b. Tegnap este óta a város el van pusztít­ve.

昨日 夕方 以来 その町 接 ある破壊する­副

「昨日の夕方以来,その町が破壊されている(今破壊された結果が持続し

ている)」

このように,(45a)の 3 人称複数動詞の形式では,進行相の解釈を可能とする副

詞”tegnap este óta”「昨日の夕方以来」を伴った文で,「破壊する」動作が進行してい

る意味解釈を持つ.それに対して,結果相構文の(45b)では,「壊された」結果状態が

続いているという解釈になる.

4.3.5. 結論

本節では,副動詞を使用した結果相構文が,被動作主の結果状態に注目した受動の

意味を表すことを主張した.さらに,この構文における受動の意味の出現が動詞の他

動性と関連があることを示した.その検証に,他動性の異なる 5個の動詞を選び,そ

の動詞からなる結果相構文を作成し,受動の含意について調査した.その結果,以下

のことが判明した. 結果相/受動の意味を持つ副動詞の構文は, 特に典型的な他動詞,

他動性の高い動詞で観察される.他動性が低くなるにつれて,結果相/能動の意味を

表し,他動性が低い自動詞では,結果に至る過程を捉え難いため,結果相構文が使用

されないことが判明した.

このコピュラと副動詞からなる結果相構文は,ハンガリー語文法においては比較的

新しい用法で,主に話し言葉で使用される.まだ,話者によりその文法性に揺れが存

在することが明らかとなった.

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4.4. 非人称可能受動構文と可能動詞現在分詞形

4.4.1. はじめに

ハンガリー語では,動詞語幹に"­hat/ ­het"という可能接辞を付加することで,可能

動詞を形成することができる.可能接辞はすべての動詞に付加することができ,可能

動詞は屈折可能な派生動詞である.この可能動詞において,主語を明示せずに,1 人

称複数形,または 3人称複数形の屈折をする場合,動作主不明の非人称可能構文を形

成する 73 .さらに,可能動詞に現在分詞が付加した可能動詞現在分詞形において,受

動の意味が観察される.

本論は受動を意味するとされる 2 つの可能動詞の用法に注目する 74 .まず,この可

能動詞の用法に,受動の意味が観察されることを観察する.特に,可能動詞現在分詞

形が統語的条件を満足させる明白な受動文形成の要素,受動形態素として機能すると

主張する.

4.4.2. 可能接辞による受動の用法

可能動詞は,動詞語幹に可能接辞"­hat/ ­het"を付加することで形成される.動詞語

幹に可能接辞を加えることで, (46)で示すように, 可能性や能力の意味を付加する 75 .

その点で,可能接辞はムードに関する情報を持つ接辞である (Keresztes 1995a: 62).

(46) 可能動詞の形成

ad­ni > ad­hat (与えることができる)

lő­ni > lő­het (撃つことができる)

73 1 人称複数形動詞及び 3 人称複数形動詞が非人称の受動を表すことは既に前の項で示した.こ

こでは,可能動詞においてもこの非人称受動が使用される例を参照することになる. 74 本論で取り上げる2つの用法に加え,”­hat/ ­het”の後に,「―を欠く」という意味を持つ形容詞

を形成する接尾辞”­t(a)lan/ ­t(e)len”を付加した, "­hatalan/ ­hetelen"の用法がある (cf. MMNy: 138).

これは,例えば,”használ­hatatlan”(使用できない,使用されない)”megold­hatatlan”(解決でき

ない.解決されない)と受動の意味を含意する場合がある.これらの形式は本論では扱わない. 75 Kiefer (1981)では,動詞接尾辞”­hat/ ­het”の用法を意味的には,Epistemic possibility, Subjective possibility, Deontic possibility, Circumstantial possibility, Boulomaic possibility, Dispositional possibility, Dissociating possibilityという 7 種類のモダリティの意味を持つと論じている.

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さらに可能動詞がそれ自体で可能動詞語幹となり,人称,数,時制等の屈折をする.

ここでは,この可能動詞が受動の意味を有する例があることを指摘する.可能動詞が

受動の意味を有すると思われる現象は以下の 2点である.第一は,屈折部分を明確な

主語を伴わずに,1 人称複数形,または 3 人称複数形にすることで,非人称可能構文

を形成する場合である.第二は,可能動詞の現在分詞形の場合である.可能動詞の現

在分詞形とは,可能接辞に現在分詞の形式"­ó/ ­ő"が付加される形式である.次に,こ

の 2つの可能動詞の用法がどのように受動の意味を表すかを示す.

4.4.2.1. 非人称可能構文

はじめに,可能動詞が 1人称複数形や 3人称複数形の屈折を行う非人称可能構文に

ついて見ることにする.この形式は「動詞語幹+可能接辞+屈折(1 人称複数形/3

人称複数形)」である.この構文では主語である人称代名詞 "mi"(1人称複数:我々)

"ők"(3 人称複数:彼ら)が文上で現れずに,動詞屈折にだけ示されることが重要で

ある.以下に 1人称複数形の場合(47)と 3人称複数形の場合(48)の例を示す.

(47) a. Mi olvas­hat­unk ez­t a magazin­t.

我々読む­可­1複 これ­対 その 雑誌­対

「我々がこの雑誌を読むことができる」

b. Ez­t a magazin­t olvas­hat­unk.

「この雑誌が読まれる(我々によって)」

(48) a. Ők talál­hat­nak az­t a bár­t

彼ら 見つける­可­3複 あの­対 その バー­対

「彼らがあのバーを見つけることができる」

b. Az­t a bár­t talál­hat­nak.

「あのバーが見つけられる(不特定の人によって)」

例文の(47b)や(48b)で示したように,動詞屈折部分に 1 人称複数や 3 人称複数の屈折

形式があるため,(47a)や(48a)のように主語の部分の人称代名詞,"mi"(我々)"ők"(彼

ら)が必ず文上で現れる必要がない.特に,話者が動作主である主語を明示したくな

い場合や, 不明である場合, または総称的である場合 (1人称複数形動詞), (47b)や(48b)

のように,主語が文上に現れない非人称可能構文となる.非人称可能構文は,動詞の

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屈折部分に,1 人称複数形,または 3 人称複数形でもって,暗黙/不明,または総称

的な動作主を暗示させる 76 .動詞が他動詞の場合,非人称可能構文に受動の意味が観

察されることになる.それらは可能の意味を持った非人称受動構文である.さらに,

実際の使用例を観察する.

(49) A mássalhangzós tö­ve­t legbiztosabban a 3. szótári

その 子音の 語幹­複­対 最も確実に その 3番目の 辞書の

alak­ból (egy partitivus) állapít­hat­juk meg.

形式­場 (1つの 分格) 決定する­可­1複 接

「子音語幹を 3番目の辞書形(分格)から最も確実に決定することができる(子

音語幹が決定される)」(1人称複数形)

(Karanko, Keresztes & Knivilä,1985: Finn Nyelvkönyv: 79)

(50) A kompatibilitási kapcsolat kidolgozás­a­kor rész­ben

その 適合性の 関係 作成­所­とき 部分­場

az egyeszerőség szempont­jai­t is figyelem­be ve­het­jük.

その 簡素さ 視点­複所­対 もまた 考慮­場 入れる­可­1複

「その適合性の関係の作成の際に, 部分的にその簡素さの視点をも考慮に入れる

ことができる(簡素さの視点が考慮に入れられる)」(1人称複数形)

(Chomsky, 1995: Mondattani szerkezetek: 65 77 )

(51) a mód­ot, ahogy az ilyen tipusú példány­ok­at

その 方法­対 のような そのそのような タイプの 例­複­対

használ­ják (vagy használ­hat­ják),

使用する­3複 (それとも 使用する­可­3複)

76 非人称可能構文に関して,筆者の調査では,1人称複数形の例が圧倒的に多く,3 人称複数形の

例はあまり観察されなかった.一方,可能接辞を伴わない通常の非人称構文では,3 人称複数形

の例の方が多数観察される.3 人称複数形の非人称可能構文が少ない理由として,可能接辞が有

するモダリティの意味に,話者の主観的な態度が含まれる点があると思われる.つまり,動詞屈

折形の部分での 1 人称と 3 人称の違いが残っているため,話者や動作主に 1 人称の「私」が含ま

れる場合,1 人称複数形動詞が好んで使用され,話者や動作主に「私」が含まれない場合,3 人称

複数形動詞が使用されることとなる. 77 これは正確には”Chomsky, Noam (translated by Zólyomi Gábor). 1995: Mondattani szerkezetek. Budapest: Osiris­Századvég”は,”Chomsky, Noam. 1957. Syntactic Structures. The Hague: Mouton” のハ

ンガリー語の翻訳版である.この翻訳において,多くの英語の受動文が,非人称可能構文や可能

動詞現在分詞形として現れている.

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「そのようなタイプの例を使用する,または使用することができる方法を(その

ような例が使用される)」(3人称複数形)

(Chomsky, 1995: Mondattani szerkezetek: 111)

例文(49)はハンガリー人のためのフィンランド語の教科書での文法説明の部分,(50)

と(51)は,言語学についての英語論文のハンガリー語訳である.これらの例に現れる

可能動詞の 1人称複数形及び 3人称複数形の文が,受動態を持たないハンガリー語で

は頻繁に観察される.これらの非人称可能構文の例では,明確な動作主を同定するこ

とが不可能か「我々」という総称的な存在となる.不明や総称の動作主を表す手段と

して,1 人称複数形や 3 人称複数形の動詞屈折が使用されている.しかし,これらの

例文の前の部分または文脈で,動作主である 1 人称複数である具体的な「我々」や 3

人称複数である具体的な「彼ら」は現れることはない.これは,4.2.で観察した非人

称受動構文と同じ特徴を示す.文脈を含んだ例(52)で検討してみよう.

(52) Az autó­m új Mercedes­Benz.

その クルマ­所 新しい メルセデスベンツ

Az autó­m­at el­lop­hat­juk/ ­ják

その クルマ­所­対 接­盗む­可­1複/3複

mert itt külváros veszélyes.

なぜなら ここ 郊外 危険

「私の車は新しいメルセデスベンツだ.ここ郊外は危険なので,私の車が盗まれ

るかもれしれない,盗まれることができる(「我々が/彼らが」私の車を盗むか

もしれない)」

例文(52)では,前半部分の文脈において「我々」や「彼ら」の存在は一切出ていない.

しかしながら,そのような文脈や前の部分の指示がない上で,1 人称複数形動詞や 3

人称複数形動詞の屈折形を使用して非人称可能構文を作ることができる.私の車であ

るメルセデスベンツに関して,郊外に放置しておくのは危険である.そのために,そ

のクルマが盗まれる可能性がある.その潜在的な盗み手である動作主は具体的な

「我々」や「彼等」ではありえない.このタイプの構文では,潜在的な動作主として,

1 人称複数動詞や 3 人称複数動詞の形式が不定の動作主を示すために使用されている.

(52)の場合,動詞屈折形は,具体的な動作主主語である「我々」や「彼ら」を指し示

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89

すのではなく.むしろ,非人称という解釈が妥当である.

この非人称可能構文は通常,動作主が不明の場合は 3人称複数形の屈折で,総称的

な動作主の場合は 1人称複数形で表される.文法関係については,被動作主は対格を

取る直接目的語で表される.つまり,動作主の存在が屈折形でほのめかされるが,主

語として明示されないことで,動作主が文上から意味的に排除されることになる.そ

の結果,被動作主が着目されることで,受動を含意する.しかしながら,この非人称

可能構文では被動作主が対格で標示される点で,統語的には能動であると言える.

4.4.2.2. 可能動詞現在分詞形

次に, 可能動詞に現在分詞形"­ó/ ­ő"を付加した可能動詞現在分詞形”Verb­ható/­hető”

について論じる.この形式”­ható/ ­hető”が受動の意味を表すことを示すのであるが,

形式の中に可能接辞があるため,正確には可能受動の意味を指し示す.可能動詞現在

分詞形は,文法書でも受動の意味を表すことが指摘されている 78 .具体的には以下の

ような記述である.

“Többnyire szenvedő jelentésű származékokat képez,” (ほとんどの場合 79 ,受動を意味

する派生を形成する: MN)(MMNy: 138)

“Verbs formed with the modal suffix "­hat/ ­het" have regular present participle forms,

whose meaning is, in most cases, passive.” (Keresztes 1995a: 55) (ムードの意味を持つ

接尾辞”­hat/ ­het”を伴って形成された動詞は規則的な現在分詞形を持ち,その現在

分詞形はほとんどの場合,受動の意味を持つ: MN)

このように,受動の意味を有することが既に文法書で示されているが,それ以上の検

討が(特に構文レベルにおいて)なされていない.本論では,この形式が受動を表す

78 可能動詞の分詞形には,本節で示した現在分詞形の他に,過去分詞形"­ott/ ­ett"と未来分詞形 "­andó/ ­endő"が存在する.現在分詞形に加えて,過去分詞形や未来分詞形でも受動の意味が観察

される例がある.しかし,過去分詞形は主に名詞句を修飾するのに使用(本論 4.6 節)され,未

来分詞形は極めて例が少ないということで,本節の考察では扱わない. 79 多くの可能動詞現在分詞形において,受動の意味が観察されると指摘されているが, これは動詞

が他動詞である場合に限る.動詞が自動詞の場合,単なる能動の意味のみが観察され.”sétál­ható” (散歩すことができる)”elér­hető”(到着することができる,達することができる)”le­hető”(あ

りうる).つまり,動詞の他動性が高いとき,被動作主をたる直接目的語を有するとき,受動の意

味解釈が可能であると言える.

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90

のは,これが受動形態素であるからであると主張する.ここでは,この可能動詞現在

分詞形に関して,受動をどのように含意するか,そしてその際の文法的特徴について

観察する.可能動詞現在分詞形は,「動詞語幹+可能接辞+分詞」で形成される.下

の(53)に具体的な分詞形の例を挙げる.この現在分詞形は人称の屈折は持たない 80 .

(53) 可能動詞現在分詞形

vár­hat > vár­hat­ó (待つことができる,待たれる)

olavas­hat > olvas­hat­ó (読むことができる,読まれることができる)

kap­hat > kap­hat­ó (得ることができる,得られる)

(53)で注目すべき点は,他動詞において,能動と受動の両方の意味解釈の可能性があ

る点である.それでは,可能動詞現在分詞形を使用した例で,受動の意味解釈が可能

な例を実際の用法から観察してみよう.

(54) Néhány kilométer­re talál­ható Makarská­tól Omis,

いくつかの キロ­場 見つける­可分 マカルスカ­場 オミス

itt ömlik a tengerbe a Cetina.

ここで 注ぐ その海­場 その ツェティナ

「数キロにマカルスカからオミスが見られる,ここでツェティナ川が海へ注ぐ」

(Az Utazó, 1999 Május: 22)

(55) Több légitársaság különjárat­ai­n lehetőség van

多くの 航空会社 チャーター­所複­場 可能性 ある

mini­ital­ok, pezsgő vásárlás­á­ra, illetve sok eset­ben

ミニ飲み物­複 シャンパン 購入­所­場 または 多くの場合­場

a fedélzet­en vámmentes áru (tax­free) is kap­ható.

その デッキ­場 免税の 品物 もまた 獲得する­可分

「より多くの航空会社のチャーターフライトで, 飲み物やシャンパンの購買の可

能性がある,または多くの場合,デッキで免税品も手に入れられる」

(Az Utazó, 1999 Május: 46)

80 可能動詞現在分詞形は,その語尾に人称の屈折を持つことはない,しかし,”adható volt”「与え

られた」, “adhaó lesz”「与えられるだろう」のように,時制による屈折が可能である.さらに,数

において屈折し,複数の場合,”olvas­ható­k”のように,複数のマーカーである”k”要素を持つ.

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91

(56) Hasonlóképpen, valamely formalizál­t matematikai rendszer

同様に 何らかの 形式化する­過 数学の システム

“mondat­ai” is nyelv­nek tekint­hető­k.

“文­複” もまた 言語­与 みなす­可分­複

「同様に,何らかの形式化された数学の体系の文も,言語とみなされる」

(Chomsky, 1995: Mondattani szerkezetek: 15)

(57) Ha az általános alanyú kifejezés­be valamiképpen a beszélő is

もし その 総称の 主語の 表現­場 何らかの その話者 も

bele­ér­hető, magyar­ra többes szám 1. személl­yel fordit­ható.

接­及ぶ­可分 ハンガリー語­場 複数 1人称­具 翻訳する­可分

「もし総称主語の表現に何らかの話者も及ぶなら, ハンガリー語には1人称複数

でもって翻訳される」(Karanko, Keresztes & Knivilä,1985: Finn Nyelvkönyv: 184)

(58) Módhatározó ki­fejez­hető ez­en kivül esetrag­gal is.

様態の副詞 接­表現する­可分 この­場 以外 格­具 もまた

「様態の副詞がこれ以外の格とも表現される」

(Karanko, Keresztes & Knivilä,1985: Finn Nyelvkönyv: 221)

(59) A városnév­ek­ben a magyar­hoz hasonló

その 町の名前­複­場 そのハンガリー語­場 似た

ingadozás tapasztal­ható,

変異 経験する­可分

「町の名前では,ハンガリー語に似た変異が経験される」

(Karanko, Keresztes & Knivilä,1985: Finn Nyelvkönyv: 56)

(54)­(59)の例文でまず着目すべき点は,可能動詞現在分詞形が述部として現れる点で

ある.現在分詞形はもう一つの用法に名詞を修飾する働きがある 81 .次に,可能動詞

現在分詞形が使用されている文で,被動作主が主格を取る主語として現れる点である.

一方で,動作主は通常,文上に現れることはできない(cf. (60b)).つまり,能動文と対

照した以下の例で説明する.

81 可能動詞現在分詞形が名詞を修飾する例としては,以下のようなものがある. a száll­ható szálloda 「宿泊することができるホテル,宿泊可能なホテル」 a megöl­hető lány 「殺すことができる少女,または,殺されるかもしれない少女」

ここでは,可能動詞現在分詞形が節レベルで使用される例のみを扱う.

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(60) a. Én olvas­hat­om a mai újság­ot.

私 読む­可­1単 その 今日の 新聞­対

「私は今日の新聞を読むことができる」

b. A mai újság olvas­ható *által­am

その 今日の 新聞 読む­可分 (私によって)

「今日の新聞が読まれることができる/読まれる」

例(60a)は単なる能動文である.ここで,私が新聞を読むことができるという文で,動

作主である「私」が主語で,被動作主である動作の対象「新聞」が対格を取る直接目

的語で現れている.これに対し(60b)は,可能動詞現在分詞形を使用して表現した.こ

こで両者の例の対照から,以下の事実が明らかとなる.(60b)において,被動作主であ

る「新聞」"újság"が対格を伴った直接目的語ではなく,可能動詞現在分詞形の構文で

は, 主格の主語として出現する点である. また, 例(60b)では, 動作の動作主である 「私」

"én"は文上に現れることができない.従って(60b)では,「私によって読まれる」とい

う意味解釈をすることは許されない.(60b)に統語的に”általam”(後置詞”által”+所有

接辞「私によって」)のような後置詞付加が許されない(例(62)参照).通常,可能動

詞現在分詞形では,総称的な「我々によって」という総称的な動作主の意味解釈のみ

許される.この場合,可能動詞現在分詞形には,非人称可能構文のような 1人称複数

や 3人称複数の動詞屈折形が付加しない.つまり,動作主に関する情報が(動詞屈折

の中に)形式的には一切明示されない 82 .

4.4.3. 可能受動の形式と意味

ハンガリー語の可能接辞を伴う可能動詞で,受動が含意される形式について,例を

挙げて観察してきた.ここでは,上で指摘した 2つの形式をまとめ,統語的,意味的

に受動が表される理由を論じる.

ここではまず,非人称可能構文と可能動詞現在分詞形との相違を指摘したい.以下

に例を示す.

82 それゆえ,可能動詞現在分詞形は,総称的可能受動を表すと言えるだろう.

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(61) a. Ez­t a CD­t ab­ban az bolt­ban kap­hat­unk.

これ­対 その CD­対 あの­場 その店­場 獲得する­可­1複

「この CDをあの店で手に入れることができる:この CDはあの店で手に入

れられる」

b. Ez a CD ab­ban az bolt­ban kap­ható.

このその CD あの­場 その店­場 獲得する­可分

「この CDはあの店で手に入れられる」

非人称可能構文(1 人称複数形動詞)(61a)について,これは被動作主「この CD」が

主格を取る主語とならず,直接目的語で標示される点で,統語的には能動である.し

かし,この構文は,英語の受動文からハンガリー語への翻訳において,受動文の代替

表現となりうる.意味的には,「我々が手に入れることができる>手に入れられる」

というように可能の意味を持った受動を含意することが可能であるからである.これ

は,動詞の屈折部分に 1人称複数形や 3人称複数形を持ち,明白な主語を伴わない場

合,非人称の可能構文となっている.非人称可能構文では,動作の動作主が明確に示

されず,動詞の屈折部分で示されることになる.その結果,意味的に動作主の降格が

実現されることになり,受動の意味が現れるわけである 83 .次に,可能動詞現在分詞

形(61b)について,これは被動作主「この CD」”ez a CD”が主格を標示して主語で現れ

る点で,統語的に受動の条件を満たしている.同時に,動作主が主語の位置から降格

されて,削除されていることになる.意味的には,「手に入れることできる状況にあ

る>手に入れられる」というように可能受動を含意する.しかし,非人称可能構文と

異なり,可能動詞現在分詞形は人称の屈折はしないため,動作主の存在は不明(もし

くは総称的)である.また,文上で動作主が格や後置詞を伴って現れることは通常な

い.この構文においては,被動作主が主格を取る主語で現れる点で,被動作主の昇格

が実現されることになり,受動の意味が現れるわけである.ただし,降格された動作

主は文中に現れることができない 84 .

83 加えて,例文(61a)では,被動作主である「この CD」が直接目的語でありながら,文頭のトピ

ックの位置にある.このため,形式的は直接目的語であるが,意味的にはトピックでありうるた

め,意味的な主語性(主題)を有しているとも解釈できる. 84 非人称可能構文においては,1 人称複数動詞の場合,動作主に「私」が含意される.逆に 3 人称

複数動詞の場合は,動作主に「私」が確実に除外される.これは,両者ともすでに非人称受動で

あるのだが,1人称と 3人称動詞屈折で,「我々」と「彼ら」という意味的な相違が非人称構文で

も維持されているからである.­ható/ ­hetőの可能動詞現在分詞形においては,動作主は不定なも

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(62)* Ez a könyv olvas­ható okos diák által / okos diák­nak

このその本 読む­可分 賢い 学生 後/ 賢い 学生­与

「この本は(賢い学生によって/賢い学生に)読まれる」

例文(62)では,本を読む動作主を,後置詞,そして与格で標示した例であるが,いず

れの場合も容認不可能である.この場合,この本は「皆によって」読まれるという総

称的な受動の解釈が妥当である 85 .

4.4.4. 結論

ここでは,可能接尾辞を伴う可能動詞において,受動の意味を表す表現として,非

人称可能構文と可能動詞現在分詞形の用法があることを示した.特に,可能動詞の現

在分詞形に関しては,統語的にも意味的にも受動であると主張した.なぜなら,被動

作主の昇格を伴い,被動作主が主語となっているからである.意味的には,可能の意

味を引き継いだ上で,”talál­hat > talál­hat­ó”「(被動作主を)見つけることができる」

>「見つけることができる状況にある」>「(被動作主が)見つけられる 86 」)という

含意から,受動の意味への解釈を許す.その場合,可能動詞現在分詞形"­ható/ ­hető

は,受動を形成する要素,つまり受動形態素であると言える.この形態素は中に可能

接辞を含んでいるため,可能受動の意味を持つ.

のか,総称的な場合に限定され,「私」の含意または除外は存在しない.ただし,”szerintem”(私

によれば)などの話者または経験者の存在を示す後置詞が文中にあると,話者または経験者を明

示することが可能である.”Szerintem ez a dolog csinál­ható.”「私によればこの仕事がなされること

ができる(私によって) 」

85 「誰でも読める」という総称的な動作主の解釈と共に,「誰かに読まれる可能性がある」という

不定の解釈も十分可能と考えられる.これは話者の視点やモダリティの問題と関連するだろう. 86 可能動詞現在分詞形は受動の意味を持つと共に,英語や日本語に観察される,いわゆる「中間態 (middle)」の意味を指し示すためにも使用される.

a. This book sells well. b. この本はよく売れる. c. Ez a könyv jól el­ad­ható

この その 本 よく 接­与える­可分

「この本はよく売れる」

この可能動詞現在分詞形と中間構文の接点に関しては,次の節(4.5)で議論する.

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4.5. 再帰,中間構文における受動の含意

4.5.1. はじめに

ハンガリー語では,動詞に幾種かの派生接尾辞を付加することで,自動詞や他動詞

を派生させる.その一つに,再帰/中間接辞 87 の形式"­ódik, ­ődik"がある.これは,他

動詞を自動詞にする,他動性を下げる要素である.ここでは,再帰/中間接辞を使用

した構文に,受動の意味が観察される例があることを示す.再帰/中間構文が受動を

含意する理由について,他動性を下げる過程から発していることを主張する.再帰/

中間構文が受動を含意する例は,以下のような構文である.

(63) Attila meg­old­ja a feladat­ot és a feladat

アッティラ 接­解く­3単 その問題­対 そして その問題

meg­old­ódik.

接­解く­中

「アッティラがその問題を解き,その問題が解かれる」

受動を含意する再帰/中間構文に関しては,先行研究やハンガリー語の文法書にお

いても指摘されてきた(MMNy: 234, MG: 86, Keresztes 1995a: 43, Kepecs 1986, Szili

1999).しかしながら,再帰/中間接辞の形態論レベルの記述や説明が多い一方,受

動を含意する構文に関する事柄や受動の意味解釈の特徴については詳しく述べられ

ていない.本論では,再帰/中間構文が受動の含意を有す例を統語的意味的に示し,

87 Keresztes (1995a), MMNyでは, 形式"­ódik, ­ődik"が再帰形とされている. また, Károly (1982: 216)

や MG では,中間と再帰両方の用法を主張している.意味的には,下に示すように,受動と再

帰の間に入る要素と考えられる.このため本論では,この形式を再帰/中間接辞と呼ぶ.この

形式は受動,中間と再帰の 3つの意味を表す可能性がある.

受動 "intéz­tetik" 「手配される」

再帰/中間 "intéz­ődik" 「気を配る」

再帰 "intéz­kedik" 「手配する」

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その受動の意味獲得について他動性の観点から説明を加える.

4.5.2. ハンガリー語の態と他動性を下げる派生接辞

ここでは,再帰/中間構文の分析において必要な,ハンガリー語の文法的な特徴,

態の体系と動詞の他動性を下げる接辞に関する説明をする.

まず,ハンガリー語の他動性と態に関する前提を述べる.

(64) ハンガリー語の態の体系 88

能動態: István meg­öl­i Évá­t.

イシュトヴァーン 接­殺す­3単 エーヴァ­対

「イシュトヴァーンがエーヴァを殺す」

中間態: A könyv meg­ír­ódik. (* Éva meg­öl­ődik 89 .)

その本 接­書く­中 / エーヴァ 接­殺す­中

「その本が書かれる」(「エーヴァが殺される」)

受動態: * Éva meg­öl­tetik István által.

エーヴァ 接­殺す­受 イシュトヴァーン 後(によって)

「エーヴァがイシュトヴァーンによって殺される」

(64)に示したように,ハンガリー語における態としては,(64)に示すように,能動,

中間と衰退した受動の 3つが考えられる.文法の上では,受動態が存在することにな

っている.しかしすでに指摘したように,受動態を形成する古体形の受動形態

素”­(t)atik, ­(t)etik”は現代ハンガリー語では容認されない.それゆえ,現代ハンガリー

語は受動態を持たない言語,もしくは受動形が未発達な言語(小泉 1994: 113­116)で

ある.ここで注目するのが中間態である.

ハンガリー語の態の中で, 中間態 90 を形成するとされる, 再帰/中間接辞について,

88 ハンガリー語の他動性とヴォイスの関係は,Károly (1982)においても述べられている.本論の

議論は受動を中心とした他動性を下げる方向の形式を問題としているため,反対方向の他動性を

上げる形式については省略した簡略化したモデルを指し示す. 89 動詞"megölni"「殺す」に再帰/中間接辞を付加する例は容認されなかった.再帰/中間接辞に

は, 付加可能な動詞とそうでない動詞が存在する (日本語の中間的なヴォイスに関して, 野田(1991) に議論あり).この派生可能かそうでないかに関して,意味的,語彙的な制限がある.また, gúnyol>gúnyol­ódik「あざける」のように,派生に際して受動の含意を有さない例もある.

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97

文法書による説明を加える.

再 帰 / 中間 接辞 : "­ódik, ­ődik" (Magyar Grammatika: 86: mediális­szenvedő/

mediopasszív), "A szenvedő igékhez hasonló jelentésű mediális igék ­ódik/ ­ődik képzések,

például a könyv megíródik; a leggömb felfújódik; az ügy elintéződik. Ezeknek az igéknek az

alanyi az igei cselekvés elszenvedőit jelölik, egyben olyan személyeket, dolgokat,

melyekkel állapotváltozás történik. A fenti igéket mediális­szenvedő jellegük alapján

mediopasszív igének szokás nevezni."

(受動動詞に似た意味の中間動詞の形式"­ódik/ ­ődik", 例えば,「その本が書かれる」,

「その気球が爆破される」,「その事柄が決められる」.これらの動詞の主語がその

動詞の行為を被ること(受動の含意)を示す.同時に,その行為でもって状態変化

が起こる人や物がある.上のような動詞を中間/受動の性質に基づき,

"medio­passive"と通常呼ぶ:MN)

例文(65)に見られるように,再帰/中間接辞を付加することで,動詞の他動性を下げ

ている. 通常, 再帰/中間動詞は自然な状態変化 (ドアが自然に閉まる) を意味する.

“bezár > bezár­ódik”(閉める/閉まる)

(65) Tamás be­zár­ja az ajtó­t és az ajtó be­zar­ódik.

タマーシュ 接­閉める­3単そのドア­対 そして そのドア 接­閉める­中

「タマーシュがそのドアを閉めて,そのドアが閉まる」

次に,語彙的ではなく,生産性をある程度持つ自動詞化の要素について述べる.以

下で問題となるのは,動詞本来の性質から自他の対立をなすのではなく,動詞を自動

詞にする派生接辞を伴う形式である.この派生接辞を他動詞から自動詞を形成する接

辞(自動詞化接辞)と自動詞から他動詞を形成する接辞(他動詞化接辞)に分類する

90 中間態の定義を以下のようなものとする.中間態とは,形式の方は能動態と同じである一方,意

味の方は受動態と酷似している. "Detransitivization is thus part of the domain of middle diathesis. The construction is active and the subject is affected by the action." (Arce­Arenales et al. 1994:6) その際,ハンガリー語では,再帰/中間接辞を使用するもの,あと,自動詞化接辞(第 3章で指

摘した,”­ik, ­ul/ ­ül”の形式)が中間態を形成するものに分類できる.

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98

91 .なお,動詞派生接辞は,名詞から動詞を形成したり,形容詞から動詞を形成した

りする,名詞派生及び形容詞派生の動詞派生接辞については本論の議論と関係がない

ため,その説明を行なわない.再帰接辞,再帰/中間接辞や受動接辞は自動詞化接辞

に含まれる.

それでは, 他動性を下げる方, つまり他動詞から自動詞を派生させる手段を挙げる.

それは,ほぼ語彙化してしまった自動詞化接辞(“­ul, ­ül, ­ik”)と,再帰接辞である.再

帰/中間接辞をはじめ, これらの接辞は, 他動詞から自動詞を派生することができる.

それぞれの例を示す.

自動詞化接辞1:”­ul, ­ül”, “ép­ít > ép­ül”(建てる/建つ)

(66) A kőművés­ek fel­épít­et­ték a klub­ot és

そのレンガ職人­複 接­建てる­過­3複 そのクラブ­対 そして

a klub fel­ép­ül­t.

そのクラブ 接­建つ­自­過

「レンガ職人がそのクラブを建てて, そのクラブが建った」 (Dezső 1988: 292­293)

自動詞化接辞 2:”­ik”, “betör > betör­ik”(壊す/壊れる)

(67) Attila be­tör­t­e az ablak­ot és

アッティラ 接­壊す­過­3単 その窓­対 そして

az ablak be­tör­ött.

その窓 接­壊す(自)­過 3単

「アッティラがその窓を壊し,その窓が壊れた」

再帰接辞 92 :”­ködik”, “fésül > fésül­ködik”(髪を櫛ですいてやる/髪を櫛ですく)

(68) a. A nő fésül egy gyermek­et.

その夫人 櫛ですく ひとりの 子供­対

「その夫人が子供を櫛ですいてやる」

91 本論では他動詞化接辞については述べない.代表的な他動詞化接辞としては,使役接辞”­(t)at/ ­(t)et”がある. 92 ハンガリー語の再帰接辞は他にも,"­kodik, ­kedik, ­kozik, ­kezik, ­közik, ­kózik, ­kőzik"等の形式

が存在する(Keresztes 1995: 61, 62). これらの違いは母音調和や動詞語幹の形式で変化する. また, "gondol­kozik/ gondol­kodik"「考える」のように,再帰接辞選択の揺れが観察される例がある.

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b. A gyerek fésül­ködik.

その子供 櫛ですく­再帰接辞

「子供が櫛で髪をすく」(Comrie 1985: 327)

最後に,他動性を下げる要素として,もはや生産性を持たないが,受動接辞の使用

例を示しておく.

受動接辞(Passive): "­(t)atik, ­(t)etik"

"kimond > kimond­atik" (言う/言われる)

(69) Az igazság ki­mond­atik.

その 真実 接­語る­受

「その真実が明かされる」(MG: 88)

4.5.3. データとその検証

ここで,再帰/中間接辞が受動を含意する例を示し,構文レベルでの意味解釈の検

証を行う.比較的生産性の高い再帰/中間接辞"­ódik/ ­ődik"を使用した再帰/中間動

詞において受動の意味が観察される例を見ることにする.この再帰/中間接辞の形式

は,他動性を下げる要素であるが,そこから派生される動詞では,"kezd­ődik"(始ま

る)のように,中間的な,あるいは単なる自動詞になる例もあれば,"készül­ődik"(自

身を準備する,覚悟する)のように,再帰の意味を持つ動詞も存在する.以下では,

特に派生した再帰/中間動詞を使用した再帰/中間構文において,受動を意味する例

(70)を示す.

(70) A főnök­öm ma ad nek­em új munká­t és

そのボス­所 今日与える(3単)与­所 新しい 仕事­対 そして

még el sem tud­om képzel­ni, hogy

まだ 接 ない できる­1単 想像する­不 ということ

milyen munka ad­ódik az új munkahely­em­en nek­em.

どんな 仕事 与える­中 その 新しい 職場­所­場 与­所

「ボスが今日,私に新しい仕事を与えるのだが,私はまだどんな仕事が新しいに

職場で与えられるかを想像できない」

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100

例文(70)において,前半部の能動文では,動作主たる「ボス」"a főnök"が主語で,被

動作主である「新しい仕事」"új munka"が対格を取る直接目的語で表現されている.

一方,後半部の再帰/中間構文では,被動作主である「仕事」”milyen munka”が主語

に昇格し,動作主が文から削除されている.そして,動詞「与える」"adni"が再帰/

中間接辞"­ódik"と共に形式"ad­ódik"として現れている.この場合,動詞の形式は再帰

/中間動詞であるにも関わらず,例(70)は受動の意味解釈が可能である.このような

再帰/中間構文に関して,Szili (1999)は「古体形の受動形態素の役割をこの再帰/中

間接辞による形式が果たしている」という主張をしている.

この受動の含意を持つ再帰/中間構文に関して,その特徴を何点か挙げる.

(71) a. Attila ma 2 óra óta meg­old­ja a feladat­ot.(”ma 2 óra óta”: 「今日の 2時以来」)

「アッティラが今日の 2時以来その問題を解いている」

b. * A feladat ma 2 óra óta meg­old­ódik.

「その問題が今日の 2時以来解かれている」

c. * A feladat meg­old­ódik Attila által.(”Attila által”: 「アッティラによって」)

「その問題がアッティラによって解かれる」

例(71a)の能動文では,「今日の 2 時以来,問題を解いている」という進行相の解釈が

可能であるが,(71b)の再帰/中間構文では,進行相の解釈を許さない.これは,能動

文では,動詞の行為を表しているが,再帰/中間構文では,動詞の行為よりも,状態

に焦点があることを指し示す.そのため,状態が進行するという解釈ができない.他

動詞に再帰/中間接辞を付加することで,"anticausative" 93 という他動性を下げる現象

が生じる.他動詞が再帰/中間動詞になる過程を通して,「(問題を)解く」という他

動詞が活動的な意味から,自動詞で状態的な意味「解いた状態になる」を持つように

なる.その結果,部分的に受動の意味「解かれる,解ける」を獲得する.また(71c)

で,再帰/中間構文において,被動作主である「その問題」が主格を取る主語で現れ

ている.一方,動作の動作主である「アッティラ」を斜格で標示することはできない

(一部,動作主含意が可能な例あり 94 : Kepecs 1986: 46).再帰/中間構文は基本的に

93 "Anticausative"とは,何らかの動作主の存在を含意することなく,自発的な動作の過程を指し示

す.受動が動作主の存在を必要とする点で異なる(Comrie 1985, Haspelmath 1990: 33). 94 A fény vissza­ver­ődik a tükör­ről.

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101

受動を含意する際, 構文上は動作主のいない, 非人称受動でなければならない. 実際,

まったく動作主の存在しない例が再帰/中間構文では可能である.というのは,むし

ろ再帰/中間構文とは本来,以下の(72)のような動作主の介在のない自然現象の表現

が圧倒的に多いからである.

(72) Az ajtó zár­ódik természetesen.

その ドア 閉める­中 自然に

「そのドアが自然に閉まる」

例(72)の再帰/中間構文では,”természetesen”「自然に」という副詞を付加すること

で,ドアが動作主の介在がなく閉まる様子を表現している.再帰/中間動詞は自動詞

であるため,動作主の存在は必ずしも必要ではない.それゆえ,動作主が存在がほの

めかされるのは,状況に依存される場合であり,再帰/中間構文の特徴ではない.た

だし, 受動の含意を持つには, この動作主の存在が重要な要因になる. 動作主の存在,

または暗示と言うのが,再帰/中間構文における受動の意味解釈に決定的な要因であ

る.

再帰/中間の形式"­ódik. ­ődik"は,従来のハンガリー文法では「再帰」(reflexive),

または中間(middle)と分類されている.しかしながら,この接尾辞を伴う構文は,意

味的には,再帰構文とも,中間構文とも言える.それは,ハンガリー語の再帰/中間

構文には通常の中間構文となる性質と,それとは異なる性質がある.例えば,英語や

フランス語,日本語に見られる中間構文は容認されない点に注目したい(cf. 山田

1997: 99­100).

(73) a. This book sells well.

b. Ce livre se vend bien.

c. この本が 95 よく売れる

その光 接­反射する­中 その鏡­場

「光は鏡から反射される」 (Simonyi 1896: 25) この例文は 19 世紀の文法書からのものである.文献としては古いが,再帰/中間接辞が受動接辞

と同様に機能していることを表す例である.特にここでは,動作主である「鏡」が場所格”­ról”を

伴って文上に現れている. 95 日本語の場合,「この本がよく売れる」よりも「この本はよく売れる」と「は」で標示した方が

自然に聞こえるかもしれない.しかし,「は」はいわゆるトピックマーカーであるため,(12)にお

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102

(74) a. *Ez a könyv el­ad­ódik jól.

b. Ez a könyv jól el­ad­ható.(”­ható”:可能動詞現在分詞形 96 )

「この本がよく売れる」

例文(73)において,日本語や英語,フランス語で典型的な中間構文が「本がよく売れ

る」という意味で使用されることを示した.これらの中間構文は可能受動の意味を表

す.しかしながら,ハンガリー語の再帰/中間構文(74a)は容認不可である.この再帰

/中間形”elad­ódik”は「売れる」という可能受動の意味を表すことができない,ハン

ガリー語で可能受動を意味したいときは,可能動詞の現在分詞形が使用される.それ

ゆえに,再帰/中間形式が純粋な中間的な意味を持つとは考えられない.そういう点

で,ハンガリー語の再帰/中間構文は,他言語に観察される中間構文と同様であると

は言えない.本論で特に再帰/中間構文と呼んで,中間構文とは別に分類する.

最後に議論すべき点に,再帰/中間構文はどのような動詞において発生し,受動が

含意されるのかについてである.つまり,受動の含意が発生する条件(動詞,意味)

を明らかにすることである.ここまでの議論で,再帰/中間接辞を取る動詞が受動の

意味解釈を有することが明らかとなった.ここでは,その再帰/中間構文による受動

構文が発生する条件について特に動詞の点から議論する.

再帰/中間動詞派生に関して,他動性が下がることで動作主が不明の受動の意味が

観察されることが示されたが,これはすべての動詞で観察されるわけではない.本論

では,意味的に他動性が異なる 6つの動詞に,再帰/中間接辞を付加して,それが可

能かどうかのテストを行なった.

(75) 6つの動詞に再帰/中間接辞を付加するテスト

megölni (殺す) > *megölődik

ellopni (盗む) > *ellopódik

いてハンガリー語の同じ意味の文と対照する際,トピックのある,なしが意味解釈に影響を及ぼ

す可能性がある.そのため,ここでは,トピックではない「が」を使用した日本語の例文を採用

した. 96 ハンガリー語では可能動詞現在分詞形"­ható, ­hető"を使用して,「受動的可能表現」(potential passive)を表す(cf. 中右 1991).再帰/中間構文では,この受動的可能を意味することができな

い. (i) Az táská­m el­lop­hat­ó. その カバン­所 接­盗む­可能接辞­現在分詞形

「私のカバンが盗まれる」(可能受動)

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elpusztítani (破壊する) > elpusztitódik 「破壊される,壊れる」

lelőni (撃つ) > * lelődik, lelőkődik :再帰接辞だと可能「自身を撃つ」

kikölcsönözni (借りる) > *kikölcsönöződik

elutazni (旅行する) > *elutazódik :自動詞なので不可

(75)では,他動詞から自動詞にかけて 6 つの動詞を選択し,それぞれの動詞に再帰/

中間接辞を付加した.このテストによると,"megölni"「殺す」や"ellopni"「盗む」の

他動性が高い動詞への付加は許されなかった.この 2 つは典型的な他動詞であるが,

再帰/中間接辞の付加を許さないのは興味深い点である.それゆえに,以下の(76),

(77)のような再帰/中間構文はアウトとなる.

(76) * Péter meg­öl­i János­t, tehát

ペーテル 接­殺す­3単 ヤーノシュ­対 こうして

János meg­öl­ődik.

ヤーノシュ 接­殺す­中

「ペーテルはヤーノシュを殺す,それで,ヤーノシュが殺される」

(77) * Parkol­ok az autó­m­at a rossz hely­en, és

駐車する­1単 その 車所­対 その 悪い 場所­場 そして

az autó­m el­lop­ódik.

その 車­所 接­盗む­中

「私の車を悪い場所に駐車するので,私の車が盗まれる」

次に,他動詞"elpusztítani"「破壊する」は再帰/中間接辞を付加することができる.

さらに,"lelőni"「撃つ」に関しては,再帰/中間接辞は付かないが,「(自分自身を)

撃つ」という意味で,再帰接辞を付加することができる."kikölcsönözni"「借りる」

は同じ形式で自動詞,他動詞ともに表現できるために,他動詞にもなりうる動詞であ

るが, 再帰/中間接辞を付加することができない. 最後に, 自動詞である"elutazni" 「旅

行する」がこれ以上他動性を下げることができないので不可となる.

(75)のテストから引き出される観察は,再帰/中間接辞の付加に関して,何らかの

語彙的な制限があり,すべての他動詞で再帰/中間形が許されるわけではないという

ことである.少なくとも,すべての他動詞において,自由に再帰/中間接辞を付加で

きるわけではない.特に,典型的な他動詞であっても,再帰/中間接辞が付加できる

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とは限らないと判明した.自動詞接辞(­ik, ­ul/ ­ül),再帰接辞(­kozik, ­kodik)等,他の

手段で他動性を下げることができる動詞にも,再帰/中間接辞が付加できそうにない.

ここで再帰/中間接辞付加が可能な動詞の条件を考える必要がある.

野田(1991)が論じているように,動詞の派生(またはヴォイス変更)に関して,語

彙的なヴォイス関係(殺す/死ぬ,勝つ/負ける)が中間的なヴォイスに優先するよ

うである.これは,「殺す(megölni)」の他動性を下げる際に,「殺される(*megölődik)」

ではなく,「死ぬ(meghalni)」という語彙的な手段で他動性を下げることがでるわけで

ある.そのため,わざわざ中間的な手段,すなわち再帰/中間接辞を付加する必要が

ない.同様に,「盗む(ellopni)」は,「盗まれる(*ellopódik)」という中間的な手段では

なく,語彙的な手段で,例えば「なくなる/消失する(eltűnni)」というような動詞で

表現されることになる. このように, 語彙的に他動性を下げる手段がより有効な場合,

中間的な手段(ハンガリー語では再帰/中間接辞の付加)はなされない.(75)のテス

トでは,「破壊される(elpusztitódik)」だけが再帰/中間接辞の付加を許した.他には,

「解く(megoldódik)」「書く(iródik)」「与える(adódik)」に加え,「惹かれる(vonzódik)」

「混乱する(felidéződik)」「驚く(meglepődik)」のような何らかの感情を表す動詞に観察

されたが,これらの動詞に共通するような意味は見出しにくい.また,「破壊される

(elpusztitódik)」「創られる(megteremtődik)」のような生産や創造行為に関する動詞に再

帰/中間接辞の付加が多いようである(cf. 山田 1997).

Károly (1982)は,この再帰/中間動詞が動作が内的な方向(inward direction)と外的な

方向に向かう動詞に観察されると主張している.つまり,動作の方向性が内的または

外的に向う際に,再帰/中間接辞の付加が可能であるとした.

内的な方向の動作:

(78) Egy gondolat fel­idéz­ődik

1つの 考え 接­思い出す­中

「1つの考えが思い出される」

外的な方向の動作:

(79) Ez az ásvány nem képz­ődik ilyen környézet­ben.

このその 鉱物 ない 構成する­中 このような 環境­場

「この鉱物はこのような環境では,構成されない」

(78)では内的な動作の例, (79)では外的な方向の動作の例を示したが,これもすべて

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の動詞がこの分類で整理し説明できるわけではない.本論の見解では,動作の方向性

が内的であれ,外的であれ,動作主から被動作主への動作が明白には目に見えない動

詞に, 再帰/中間接辞が付加されやすいようである. 一見, 動作が明白に見える動詞,

例えば"megír­ódik"「書かれる」についても,再帰/中間形においては,「書く」とい

う動作に注目しているのではなく,「本が書かれる」という過程に注目があるという

点で,動作には明白には関わっていないと考えることができる.「破壊される

(elpusztitódik)」 についても, 意味する破壊行為が比較的抽象的な意味合いを持つため,

再帰/中間動詞が可能であるとも考えられる(77 ページの脚注参照).その一方で,

動作が明白に目に見える"megölni"「殺す」等の典型的な他動詞で,再帰/中間接辞の

付加が許されない点を説明することができる.心的な感情や創造行為についても,動

作主の動作が明白に見えないという点で共通している.さらに,(78)の"felidéz­ődik"

「思い出される」や(79)の"képz­ődik"「構成される」に関しても,動詞の表す動作が,

明白には目に見えない種類であり,動作の方向性で説明する必要がなくなる.

4.5.4. 結論

ここでは,動詞の他動性を下げる手段で,つまり他動詞から自動詞へと派生させる

ことにより,受動の意味を持つようになる要素を,再帰/中間構文の例を中心に観察

した.

まず,再帰/中間構文に受動の含意を持つ場合が存在する理由については,以下の

ように解釈する.他動性を下げる形式,再帰/中間接尾辞"­ódik/ ­ődik"の形式が受動

の意味を表す例が存在する.ただし,意味的に可能受動を許さない等,他言語に見ら

れる中間構文とは異なる振る舞いを示す.現代ハンガリー語では,受動形が存在しな

い点も,再帰/中間接辞が受動の含意を持つ一因と考えられる.

次に,再帰/中間構文に受動の含意が発生する過程であるが,これは動詞の他動性

が関連する. 動詞に再帰/中間接辞を付加することで, 他動性を下げる現象が生じる.

その過程を通して,動詞が意味的に「状態的」(inactive 97 )に向かう.その結果,受動

の意味を獲得する. ただし, 再帰/中間接辞の派生が自由な生産性を持つとは言えず.

受動の意味用法が散発的で限定的である.その点で,Szili (1999)の「古体形の受動形

97 再帰/中間接辞を付加することで,日本語で言う「する」から「なる」に相当する意味変化が発

生していると解釈できる(zár「閉める」> zár­ódik「閉まる」, meglep「驚かせる」> meglep­ődik 「驚く」).この「する」と「なる」の関係については,池上(1981)に詳しい.

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態素の役割を果たしている」という主張には賛同できない.再帰/中間接辞の派生が

自由な生産性を持つとは言えず.受動の意味解釈が散発的で限定的であるからである.

加えて,再帰/中間接辞が付加可能な動詞に関しても動詞の表す意味的な制限がある

ことが判明した.

4.6. 過去分詞形を使用した受動:「太郎によって殺された花子」型の名詞句

4.6.1. はじめに

現代ハンガリー語では古体形の受動形態素はもはや観察されることがない.その代

わりとして,いくつかの受動の意味を有する構文や表現がある.これらを受動構文と

呼び,受動構文の例をこの章で取り上げてきた.さて本項では,受動の意味を持つ表

現,特に例(80), (81)のような名詞句中に観察される形式を考察する.この過去分詞を

使用した名詞句が動作主を含んだ人称的な受動の意味を表現することと,名詞句の中

の過去分詞形,つまり 3人称単数過去形の動詞が受動分詞(passive participle)として機

能していることを主張する.(80)や(81)の形式は一見すると英語やフランス語等,印

欧語に見られる受動形の用法 (過去分詞を使用した用法, 例えば, ”Mary, killed by John”

「ジョンによって殺されたメアリー」)とほぼ同じである.しかし,ハンガリー語の

この形式の分析を通して,これが印欧語の受動形式を文法借用したのではなく,フィ

ン=ウゴル語特有の分詞の用法に由来すると考え,その根拠を示す.

(80) Péter által meg­öl­ött Éva.

ペーテル 後 接­殺す­過 3単(分) エーヴァ

「ペーテルによって殺されたエーヴァ」

(81) A tolvaj által el­lop­ott az autó­m

その 泥棒 後 接­盗む­過 3単(分) その 車­所

「泥棒によって盗まれた私の車」

本論では,この(80)と(81)に示された形式を「太郎によって殺された花子」 98 型の名

98 日本語は受動形を持つ言語であるが,このような名詞句を形成するとき,受動形をそのまま使

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詞句と名づけ,上で主張した内容を考察する.また,このタイプの名詞句に受動形に

相対する能動形(「太郎が殺した花子」型)があることを指摘する.ハンガリー語の

過去分詞形(3 人称単数過去形)は,能動と受動の両方の意味を有するのである 99 .

最後に, この 「太郎によって殺された花子」 型名詞句が, 受動の動作としてではなく,

出来事として捉える機能があることを示す.受動文を持たないハンガリー語が「太郎

によって殺された花子」型の名詞句を持つことで,受動形が存在することを主張し,

このような受動形が存在する理由について考察する.

4.6.2. 「太郎によって殺された花子」型の名詞句の形式と意味

ここでは「太郎によって殺された花子」型名詞句について,基本的な特徴と用法を

まとめる.特にハンガリー語動詞の過去分詞の振る舞いと後置詞"által"について説明

を加える必要があるだろう.

最初に述べなければならない点は,この型の名詞句に出てくる動詞の形式である.

これは,動詞の 3人称単数の過去形で不定活用の動詞語尾であり,ハンガリー語の文

用したものとなる. (i) a. 太郎が花子を殺した

b. 花子が太郎によって殺された c. 太郎によって殺された花子

(ii) a. 泥棒が車を盗んだ b. 車が泥棒によって盗まれた c. 泥棒によって盗まれた車

日本語にも(ic), (iic)の名詞句の形式が存在するため,ハンガリー語と対照する価値がある.ハンガ

リー語には(ia), (iia)に相当する受動文(ib), (iib)が存在しない.それにも関わらず,(ic), (iic)の形式

が存在する点が興味深く,考察する必要がある. 99 ハンガリー語の現在分詞や未来分詞の用法においても,過去分詞のように受動の意味が現れる

場合がある.この場合も,過去分詞の形式と同様に,現在分詞や未来分詞の 1 つの形式で,能動

と受動の両方の意味を持つ. しかしながら, 本論では過去分詞のみの分析だけを行うこととする.

現在分詞: Péter által meg­öl­ő Éva ペーテル 後 接殺す現在分詞 エーヴァ

「ペーテルによって殺されているエーヴァ」

未来分詞: Péter által meg­öl­endő Éva ペーテル 後 接­殺す­未来分詞 エーヴァ

「ペーテルによって殺されるであろうエーヴァ」

なお,未来分詞の形式は,"­andó, ­endő"である.また,現在分詞形が受動を含意する点に関して

は,可能動詞が受動を意味する部分の議論でも述べている.過去分詞形,現在分詞形と未来分詞

形の違いは時制上のことのみだと考えられるため,本節では過去分詞の用法の分析のみを行う.

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法では,過去分詞形と呼ばれる.過去分詞形は,能動と受動の両方の意味を持つこと

が可能である.特に他動性の高い動詞において,受動の意味を表す傾向がある.以下

に受動の意味が観察されやすい動詞(82)と能動の意味が観察されやすい動詞の例(83)

を挙げる.

(82) 主に受動の意味を持つ動詞

meg­öl­ött(殺された)/(殺した)という能動の意も可能

foglal­t (占められた)/(占めた)「占拠された」や「部屋が満室である」

el­tör­t (壊れた)/(壊した)「壊された」も可能

keszít­ett (作られた)/(作った)「既に作られた,既製の」

(83) 主に能動の意味を持つ動詞

kölcsönöz­ött (借りられた,借りた:能動/受動両方可能)

alud­t (眠った)/能動のみ, 「眠った赤ちゃん」>赤ちゃんが眠った

sétál­t (散歩した)/能動のみ,「散歩した犬」>犬が散歩する

utaz­ott (旅立った)/能動のみ,旅人が動作主

(82)と(83)で示したように,他動性の高い他動詞で受動の意味(または受動と能動の

両方の意味) が観察され, 他動性の低い自動詞では能動の意味のみが観察された. (82)

において,分詞形の修飾する名詞が被動作主である場合,受動の意味が観察される.

(83)の場合,実際に動作を起こす動作主が修飾される名詞である場合,能動の意味に

なる.つまり,受動と能動の意味の違いが,被動作主が修飾されるか,動作主が修飾

されるかの違いである.能動と受動の意味解釈の相違は,分詞形周辺の意味役割によ

り決定される.過去分詞形を使用することで,以下の(84)のように名詞を修飾するこ

とができる.これは実際に使用された受動の意味を持つ名詞句の例である.

(84) 受動の意味を持つ名詞句の例:

ránt­ott csirke (フライドチキン,フライされた,した)

tölt­ött káposzta (ロール(した,された)キャベツ)

elvesz­ett világ (失われた世界,映画”Lost World”(ジュラシックパーク)」)

használ­t autó (中古車,使った車,使われた車)

ajánl­ott levél (書留 “registered letter”)

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(84)では,料理の名前や映画名に過去分詞を使用した名詞句が使用されている.ただ

し,料理名”ránt­ott csirke”の場合,「(シェフが)フライしたチキン」という能動の解

釈と,「(シェフによって)フライされたチキン」という受動の解釈両方の可能性があ

る.映画の名前に現れる形式”elvesz­ett világ” 「ロストワールド」では,英語の翻訳

そのままハンガリー語に表現したと考えられる.次に,料理名の特に同一の動詞に能

動と受動の両方の解釈が現れる例について考察する.

(85) 能動と受動の意味の相違:

a. olvas­ott ember (読んだ人(動作主):能動)

olvas­ott könyv (読まれた本 (被動作主):受動) (Csepregi 1991: 193)

b. meg­öl­ött lány (誰かを殺した少女(動作主):能動)

meg­öl­ött lány (誰かによって殺された少女(被動作主):受動)

c. ránt­ott sajt (フライしたチーズ:能動)

ránt­ott sajt (フライされたチーズ:受動)

(85a)では,動詞の過去分詞形は同一であるが,修飾される名詞の意味役割が異なって

いる.修飾される部分が「(読む)人」(動作主)であるか,「(読まれる)本」(被動

作主)であるかによって,能動か受動かの意味判断が異なる.次の(85b)においても,

修飾される名詞が「少女」であるが,この少女が誰かを殺したという動作主の解釈の

場合, 能動を意味し, この少女が被動作主の場合, 殺されたという受動の意味を示す.

(85c)については,「チーズ」が修飾されているわけであるが,これは動作の影響を受

ける被動作主である.この場合,動作主がフライした(能動)のか,動作主によって

フライされた (受動) のかという状況により意味解釈が異なることになる. その点で,

(85a,b)と異なる.ここでは,動作主の行為(または動作主の視点)が述べられていな

いため,能動と受動両方の解釈が考えられるわけである.(85a)と(85b)の例から,同じ

動詞からなる過去分詞形において,修飾される名詞句の意味役割により,能動の意味

解釈または受動の意味解釈になる可能性があることが判明した.この場合,過去分詞

形は一つの形式("olvas­ott"や“megöl­ött”)で能動と受動の2つの意味解釈を持つ可能

性があると言える.能動か受動かという意味解釈の判断は,修飾される名詞が動作主

であるか被動作主であるかという点と,(85c)のように被動作主が修飾されるが,動作

主の行為や視点の記述によって決定される場合がある.動作主の行為の記述に関して,

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例の(80)や(81)で注目すべき点は,動作主が"által"という後置詞が過去分詞形と共に出

てくる点である. "által"という後置詞は,「によって」 という意味を持つ. 動作主が”által”

を伴って現れるとき,(85c)は確実に受動の意味解釈となる.

次に,動作主を標示する後置詞”által”について述べる.まず,例文(86)に古体形の受

動接辞を使用した受動文を示す.現代では(86)はもはや使用されない.

(86) * A levél a postás által át­ad­atik.

その 手紙 その 郵便配達人 後 接­与える­受

「その手紙がその郵便配達人によって配達される」(MG: 88)

この受動文(86)において,後置詞"által"が行為の動作主である「郵便配達人」と共に現

れる.つまり,"a postás által"(郵便配達人によって)は,受動文における「降格され

た動作主」に相当する.つまり,後置詞"által"は,降格された動作主を標示するのに

使用されるわけである 100 .最初の例(80)と(81)においても,この後置詞と共に動作主

が配置されている.動作主が後置詞と共に現れることで,動作主が明らかに「降格」

し,名詞句の主要部である被動作主を修飾する構造となる.その結果,過去分詞形が

受動の意味解釈のみを持つことが可能となる.以下に,受動の意味を持つ構造(87)と

能動の構造(88)とを対照させる.

(87) a. Tamás által olvas­ott könyv

タマーシュ 後 読む­過 3単(分) 本

「タマーシュによって読まれた本」

b. Küllikki által mos­ott ing

キュリッキ 後 洗う­過 3単(分) シャツ

「キュリッキによって洗われたシャツ」

(88) a. Tamás olvas­ta könyv

タマーシュ 読む­過 3単 本

100 降格された動作主を標示する形式として,後置詞"által"の他に,"­ról/ ­ről"や"­tól/ ­től"の場所格

が使用される場合もある. A katona meg­öl­et­ett a terroristá­tól その 兵士 接­殺す­受­過 3 単 その テロリスト­場

「その兵士がテロリストによって殺された」(Forgács1994: 145)

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111

「タマーシュが読んだ本」

b. Küllikki mos­ta ing

キュリッキ 洗う­過 3単 シャツ

「キュリッキが洗ったシャツ」

(87)が明らかに受動の意味を持つといわれる形式,「太郎によって殺された花子」型で

あることは既に指摘した.一方で(88)が能動の意味を持つ「太郎が殺した花子」型の

名詞句である.(88)では,過去分詞の部分が定活用の形式となっており,動作主であ

る「タマーシュ」や「キュリッキ」が主格で現れている 101 .ここでは,「太郎によっ

て殺された花子」型名詞句には,受動の意味が存在する.それに対して,積極的に能

動の意味を示す動名詞形が存在することを示した.

4.6.3. 名詞句に現れる受動分詞

次に,「太郎によって殺された花子」型名詞句の実際の使用例を示し,受動の意味

の特徴を記述する.その際,名詞句内の動詞の過去分詞形が受動の意味を伝達する受

動分詞(passive participle)として機能していると主張する.まず,以下に「太郎によっ

て殺された花子」型名詞句の実際の例を示すことにする.

(89) Szerb­ek által ki­végz­ett

セルビア人­複 後 接­処刑する­過 3単(分)

koszovoi­ak 1999 január­ban.

コソヴォ人­複 1999 1月­場

「セルビア人によって処刑されたコソボ人,1999年 1月」

(HVG 1999 December 25: 76)

例(89)では,動詞"kivégezni"(処刑する)の過去分詞形があり,参与者に動作主であ

るセルビア人と被動作主であるコソボ人が存在する.被動作主コソボ人が名詞句の主

101 ハンガリー語の文法書(MnyK)では, (87)のような形式を分詞形(Melléknévi igenév)と呼んでいる.

一方,(88)の形式に関しては分詞形ではなく,動名詞形(Ige­igenév)として区別している.両者には

形式上の相違がある.分詞形が過去分詞の 3 人称単数形の不定活用で現れるのに対して,動名詞

形は過去形の定活用で現れる.さらに,この動名詞形は人称変化をする(cf. MnyK: 269).

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112

要部として現れている一方,動作主セルビア人は後置詞"által"を伴って現れている.

その結果,「セルビア人によって処刑されたコソボ人」となり,受動の意味解釈が可

能となる. その他の例として以下の(90)と(91)がある. いずれも, 動作主が後置詞"által"

と共に現れ, 被動作主が名詞句の主要部となっている. 過去分詞形をなす動詞"vezetni"

(催す)"megnyitni"(開く)は他動詞である.

(90) A Miskolci Egyetem oktatói által vezet­ett

その ミシュコルツ大学 先生達 後 催す­過 3単(分)

nyelvtanfolyamok­ra folyamatosan lehet jelentkez­ni.

語学コース­場 連続的に 可能な 申し込む­不

「ミシュコルツ大学の先生によって行われた語学コースに連続的に申し込むこ

とができる」(Miskolci műsor: 1999 Április: 27)

(90)では,動作主がミシュコルツ大学の語学の先生で,被動作主が語学コースにあた

る.そして,受動の意味を持つ過去分詞形の"vezetett"(行なわれた)を使って,「ミ

シュコルツ大学の先生によって行なわれた語学コース」となる.なお,「語学コース」

が主要部となっているため,その後に場所格”­ra”を付加することができる.

(91) a. az elnök által meg­nyit­ott ülés.

その 議長 後 接­開く­過 3単(分) ミーティング

「その議長によって開催されたミーティング」(Gerevich­Kopteff & Csepregi

1990: 129)

b. Az elnök által meg­nyit­ott ülés­ben volt­am

その 議長 後 接­開く­過 3単(分) ミーティング­場 ある­過 1単

「その議長によって開催されたミーティングに私は出た」

例(91a)では,動作主の議長によって開催された,被動作主であるミーティングについ

て表現した例である.例文(91b)では,(91a)の主要部名詞句「ミーティング」がトピッ

クとして現れる例である.この場合,名詞句「その議長によって開催されたミーティ

ング」は,場所格”­ben”を伴い1つの具体的出来事として扱われる.このタイプの「太

郎によって殺された花子」型名詞句において,受動の意味を表すのは名詞句内に現れ

る過去分詞形である.つまり,過去分詞形”­ott, ­ett”こそが受動の意味を持つ要素,つ

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113

まり受動形態素であると言える.動詞と受動形態素からなる受動分詞 (passive

participle)とみなすことができる.

以上の名詞句のいずれの例においても,被動作主が名詞句の主要部となり,動作主

が後置詞"által"を伴って現れ,過去分詞形が受動の意味解釈を持つ点で共通している.

特に動作主が後置詞"által"「によって」を伴って現れる点において,統語的にも理想

的な動作主の降格が実現されている.これは動作主の存在が明らかである人称的な受

動形(personal passive)である.この人称的な受動形の存在は,受動態や受動文を欠く現

代ハンガリー語においては注目すべき事実である.なお,Csepregi(1991: 194)は,この

「太郎によって殺された花子」型名詞句の形式が,特に書き言葉に多く現れると主張

している 102 .口語ではこの形式を能動的に表現した,関係代名詞を伴う形式(4.6.4.3

紹介する)で表現される傾向がある.

4.6.4. 議論:「太郎によって殺された花子」型名詞句の文法的特徴

ここでは「太郎によって殺された花子」型名詞句について,全体的な文法的特徴に

関して議論する.この形式は受動分詞を有する受動形であると主張したが,過去分詞

を使用する形式は英語等の印欧語の受動形式に類似している.つまり,印欧語の形式

から,その文法を借用したとも考えることができる.しかしながら,ハンガリー語で

は英語とは異なり, この名詞句型を使用した受動文を作れないことを示す. そのため,

この受動分詞が受動文に使用されることがなく,このタイプの名詞句にのみ現れる理

由について考察する 103 .また,この形式が表す主な機能は,受動の動作の描写ではな

く,主要部である被動作主を特徴付けることである.受動分詞が表す意味が動作とい

うよりはむしろ「出来事」(event)を指し示していると主張する.この出来事描写が名

詞句の形式のみで使用され,文レベルの表現を許さない理由になると考えられる.次

に,「太郎によって殺された花子」型名詞句が口語よりも,文語で多く使用されるこ

とを指摘した.口語ではこのタイプではなく,関係詞を伴う能動形で表現される.分

詞を使用した名詞句の形式と関係詞との違いについて考察する.また,「太郎によっ

て殺された花子」型の名詞句に対して,「太郎が殺した花子」型の名詞句(例(88))が

102 筆者がハンガリー語のこのタイプの例文を調査した際,雑誌の記事や新聞記事,さらには,ハ

ンガリー語の文法書に多く観察された. 103 受動接辞は使役+自動詞化接辞の組み合わせで, 他動性の低下から 「文法化」 したものであり,

受動分詞は過去形または完了形のアスペクトの面から「文法化」したものと考えられる.

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114

存在することは既に指摘した.さらに,この能動の分詞形について詳述し,ハンガリ

ー語には過去分詞形が能動分詞と受動分詞両方を意味することを確認する.両者の用

法は,他言語からの文法借用ではなく,分詞形に豊富なフィン=ウゴル語の固有の用

法であると結論付ける.その根拠として.フィンランド語の動作主分詞形との対照を

行う.

4.6.4.1. 受動分詞が名詞句で現れ,受動文にはならない点

ここで考察するのは,受動分詞の形式を使って,英語のような受動文を作ることが

できない点である. ハンガリー語では 「太郎によって殺された花子」 型の名詞句から,

受動文を作成することは不可能である.例えば英語では,例の(92)において,(92a)の

受動文と(92b)の受動分詞(過去分詞形)の名詞句"The stolen money (by the banker)"が

両方容認可能である(訳文の日本語においても両方容認可である).これは,受動文

で使用される受動動詞"stolen"が名詞句の中で受動の意味を持つ過去分詞"stolen"とし

て使用できるからである.同様に,名詞句(過去分詞)から受動文(受動形)への書

き換えが可能である.

(92) a. The money was stolen by the banker.

「その金が銀行家によって盗まれた」

b. The stolen money (by the banker) was found yesterday.

「(銀行家によって)その盗まれた金が昨日発見された」

(Haspelmath 1994: 151)

それでは,ハンガリー語の受動分詞の名詞句で受動の意味を持つ過去分詞がそのまま

受動文にして容認できるかといえば,それは不可能である.

(93) a. A tolvaj által el­lop­ott az autó­m.

その 泥棒 後 接­盗む­過 3単(分) その 車­所

「泥棒によって盗まれた私の車」

b.* Az autó­m el­lop­ott a tolvaj által.

過去分詞

c.* Az autó­m el volt lop­ott a tolvaj által.

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volt: ある­3単過

「私の車が泥棒によって盗まれた」

d. * Az autó­m el­lop­tat­ott a tolvaj által.

その車­所 接­盗む­受­過 3単 その 泥棒 後

「私の車が泥棒によって盗まれた」

e.* A tolvaj által el­lop­tat­ott az auto­m.

その 泥棒 後 接­盗む­受­過 3単 その 車­所

「泥棒によって盗まれた私の車」

(93a)の名詞句「泥棒によって盗まれた車」を,以下(93b, c)で,過去分詞形(受動分詞

形)”el­lop­ott”は変更せずに文レベルで受動の意味を表す受動文にしようと試みた.

(93b)は語順交替させた 104 だけであるので,名詞句としては容認できるが,受動文には

ならない.(93c)は,過去分詞の前に英語の形式のように,コピュラを加えた形式であ

るが,容認不可である 105 .結局,ハンガリー語では,受動分詞を使用した用法は名詞

句においては可能であるが,受動文を構成することができないわけである.(93d, e)

の例は,古体形の受動接辞”ellop­tatik”「盗まれる」を使用した形式である.(93d)は,

古体形受動接辞を使用した受動文である.この場合,受動動詞” el­lop­tat­ott”は形式的

には容認可能であるが,現代ハンガリー語では容認不可である.さらに,その古体形

受動文の形式で,「太郎によって殺された花子」 型の名詞句にしたのが, (93e)である.

これも形式” el­lop­tat­ott”は受動分詞としてみなすことができるが, この受動接辞はも

はや使用されないということで,容認不可である.(93b, c)のように,過去分詞の形式

を受動文にすることはできないが,古体形の受動文(93d)は,過去分詞の形式(93e)に文

法上は形成可能であったと考えられる.

それでは逆に,(93a)の名詞句の形式「泥棒によって盗まれた私の車」が,「私の車

が泥棒によって盗まれた」という意味を持つ受動文にするにはどうすればよいかにつ

いて考える.(93a)の名詞句に現れる受動分詞の形式が意味する受動の状況「私の車が

104 (93a)の名詞句の形式を語順交替させるのは文法的には可能であるが, 筆者が調査した限りでは,

「動作主 által 過去分詞 被動作主」(動作主によってなされて被動作主)の順序で通常現れる. 105 ただし, 結果相構文 (コピュラ+副動詞形) の場合, 受動の意味解釈が可能となる. この場合,

動詞は過去分詞形ではなく, 副動詞形である. その際は, 動作主が文上に現れることができない. Az autó­m el van lop­va. その 車­所 接 ある 盗む­副

「私の車が盗まれてしまった」

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泥棒によって盗まれた」を受動文にて表現しようとした例が以下の(94)である.

(94) a.* Az autó­m el­lop­tat­ott a tolvaj által.

その車­所 接­盗む­受­過 3単 その 泥棒 後

「私の車が泥棒によって盗まれた」

b. Az autó­m­at el­lop­ták.

その 車­所­対 接­盗む­過 3複

「彼らが私の車を盗んだ,私の車が盗まれた」

c. Az autó­m el van lop­va.

その 車­所 接 ある 盗む­副

「私の車が盗まれた(結果)」

まず,古体形の受動形態素を使用した受動文が(94a=93d)である.しかしながら,この

形式は現代ハンガリー語ではほとんど使用されない.よって,ここでは容認不可の非

文としておく.その代りとして受動の意味を表すために使用されるのが,(94b)の 3人

称複数形動詞を使用した形式である.これは被動作主である「私の車」"az autóm"が

対格を伴う直接目的語のままで現れる点で,統語的には能動である.また,(94c)のよ

うに,コピュラと副動詞を使った結果相で表現する手段がある.この形式はコピュラ

と副動詞を組み合わせて受動の意味を表現するという点で,英語の手段と類似してい

る.しかしながら,ハンガリー語では副動詞形が使用されるのであって,これは過去

分詞とは異なる.(94b, c)の両方の手段とも,「泥棒によって」という動作主を文上に

出すことができない点で,(93a)の状況(人称的な受動)を表しているとは言えない.

4.6.4.2. 受動分詞が指示する「出来事」

4.6.4.1.で,「太郎によって殺された花子」型名詞句が,過去分詞の形式を使用した

ままで,「花子が太郎によって殺された」という受動文へは書き換えることができな

いことを示した.これは,名詞句が表す受動の意味特徴と関係があると考えられる.

ここでは, 「太郎によって殺された花子」型の名詞句が受動の動作ではなく,出来事

や状況,場面を表すことを示す.特に,名詞句の主要部である被動作主に関する描写

(特徴づけ)を行っていると主張する.そのために,動作や結果状態を表す文レベル

では現れないと結論付ける.

まず,現代ハンガリー語では典型的な受動文が存在しないため,能動文とそれに相

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117

対する 「太郎によって殺された花子」 型名詞句を対照する. 以下の例では, 副詞"lassan"

「ゆっくりと」との共起に注目する.

(95)a. Péter meg­öl­te Évá­t lassan.

ペーテル 接­殺す­過 3単 エーヴァ­対 ゆっくりと

「ペーテルがエーヴァをゆっくり殺した」

b.* Péter által lassan meg­öl­ött Éva

ペーテル 後 ゆっくりと 接­殺す­過 3単(分) エーヴァ

「ペーテルによってゆっくり殺されたエーヴァ」

(95a)の能動文では,"lassan"「ゆっくりと」という動作の様子を表す副詞を付加する

ことが可能である.その結果,「ゆっくりと殺した」という行為について述べること

ができるからである.(95b)の名詞句では「ゆっくりと」という意味の副詞を付加する

ことができない.これは,能動文では「ゆっくりと殺す」という動作を述べることが

できるが,(95b)では受動分詞が意味するのが具体的な動作や行為ではないため,「ゆ

っくりと」という副詞と共起できないのである.同様に,進行形の解釈においても差

異が存在する.

(96) a. Péter tegnap 2 óra­óta olvas­ta a könyv­et.

ペーテル 昨日 2 時­以来 読む­過 3単 その 本­対

「昨日の 2時以来ペーテルはその本を読んでいた」

b.? Tegnap 2 óra­óta Péter által olvas­ott könyv.

昨日 2 時­以来 ペーテル 後 読む­過 3単(分) 本

「昨日の 2時以来ペーテルに読まれていた本」

ハンガリー語には形式的に進行相を表現する手段が存在しないため,時の副詞を使用

して語彙的な手段で進行相の意味解釈を与える.(96a)の能動文では"tegnap 2 óra óta"

「昨日の 2時以来」という進行的な意味解釈を可能とする時間の表現を使った文であ

る.これは能動文においては容認可能である.しかしながら,(96b)の名詞句にこの時

間表現を入れた例は,容認不可能ではないにしろ,不自然に聞こえる.これは,受動

分詞が進行相の動作という解釈を許すのが難しいことを意味する.「ゆっくりと」を

意味する副詞との共起が不可である点と,進行相の解釈が不自然という点から,「太

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118

郎によって殺された花子」型名詞句において,名詞句内の過去分詞が動作や行為を表

さないことが判明した.この型の名詞句では,主要部である被動作主の修飾,つまり

被動作主の特徴づけが主な機能であると考えられる.この場合,名詞句に現れる受動

分詞が動作ではなく,むしろ完了した状態もしくは出来事を表すと想定される 106 .出

来事を表すということに関して,証拠を提示する必要がある.以下に,能動文と「太

郎によって殺された花子」型の名詞句それぞれに,"Én fényképeztem"「私が写真を撮

った」という文を加えて検討する.これは,ヴィデオカメラで「連続的に」撮影する

のではなく,カメラで「一場面」を撮る解釈となる.

(97) a. Én fényképez­tem az­t,

私 写真を撮る­過 1単 あれ­対

hogy Péter meg­öl­te Évá­t.

ということ ペーテル 接­殺す­過 3単 エーヴァ­対

「私はペーテルがエーヴァを殺したのを写真に撮った」

b. Én fényképez­tem Péter által meg­öl­ött Évá­t.

私 写真を撮る­過 1単 ペーテル 後 接­殺す­過 3単(分)エーヴァ­対

「私はペーテルによって殺されたエーヴァを写真に撮った」

c. Én fényképez­tem Évá­t,

私 写真を撮る­過 1単 エーヴァ­対

aki­t Péter meg­öl­ött.

関(関係詞)­対 ペーテル 接­殺す­過 3単

「私はペーテルが殺したエーヴァを写真に撮った」

例文(97a)は能動文「ペーテルがエーヴァを殺した」に「写真を撮った」という文を付

加した形式である.この場合,殺すという行為のある瞬間,つまり「殺人の瞬間」を

撮影したという解釈となる.次に(97b)では,これは名詞句の主要部であるエーヴァを

106 この点に関連して,影山(2001: 258)に日本語と英語の対照研究で「受身を含む複合語」という

項での議論がある.日本語の「手作りのドレス」や英語の”a pen­written answer”は,結果状態を前

景化し, 動作を背景化する働きをすると主張している. 特に英語に関して, 受身の接辞”­ed”が 「動

作の背景化」や「動作状態の焦点化」の機能を果たすのは,ハンガリー語の例と類似している.

さらに,日本語では,「*子供作りの小屋」「*職人焼きのピッツア」「*母親作りのドレス」のよう

に,動作主主語は現れることができない.一方の英語では,受身化で動作主主語が降格して付加

詞になって現れる, ”child­constructed shelter, shelter constructed by a child”.

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119

写真に撮ったことになる.この場合,すでに殺されてしまったエーヴァの状況,出来

事を撮影した解釈となり,殺人行為の途中で撮影したという解釈は許されない.最後

に,(97c)は関係詞を使って能動的に表現した形式である(この関係詞の形式について

は,次項で議論する).この場合,(97a)の一連の動作におけるエーヴァを撮影したと

も解釈できるし,(97b)と同様にペーテルが殺したエーヴァを後に撮影したという,両

方の解釈が可能となる.「太郎によって殺された花子」型名詞句は,受動の動作後の

状況や場面を述べていると言える. さらに, (97b)の例はカメラで撮った写真において,

被動作主であるエーヴァが写真となるわけで,被動作主の特徴付けが主な表現の目的

であることがわかる.

このように「太郎によって殺された花子」型名詞句は,動作そのものや結果状態に

注目するのではなく,結果的に生じた被動作主の特徴づけが行われることが判明した.

そのため,行為や結果記述の動詞部分に注目が集まる文レベルにおいては使用されな

いと考えられる.

4.6.4.3. 関係詞を伴う能動形での表現

次に議論すべき点は,「太郎によって殺された花子」型名詞句のような,被動作主

を特徴付ける形式が,関係詞を用いて能動文で表現可能な点である.Csepregi (1991:

194)によれば,過去分詞を使用した形式は書き言葉に特に現れ,口語では能動的に表

した関係詞の形式で表現される傾向がある.以下では「太郎によって殺された花子」

型名詞句とそれとほぼ同じ意味を表す関係詞節を対照する.両者が表す意味にどのよ

うな相違があるかを考察する.まずその関係詞の形式の例(98)を示す.

(98) Éva, aki­t Péter meg­öl­ött.

エーヴァ 関­対 ペーテル 接­殺す­過 3単

「ペーテルが殺したエーヴァ」

例(98)の関係節の意味は「ペーテルが殺したエーヴァ」となり,能動の意味となる.

関係節内の動詞” meg­öl­ött”は 3 人称過去不定活用形であるが,過去分詞形ではない

(3 人称単数は動作主であるペーテルを指し示す).この(98)は能動形であるが,「太

郎によって殺された花子」型の名詞句,つまり"Peter által megöl­ött Éva"とほぼ同じ状

況を表す.そして,被動作主が主要部となっている点で,被動作主であるエーヴァを

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120

特徴付けている関係節であると言える.以下に,受動の意味を表す分詞の形式と関係

詞を使用した能動形の形式を比較対照する.

(99) a. az elnök által meg­nyit­ott ülés.

その 議長 後 接­開く­過 3単(分) ミーティング

「その議長によって開催されたミーティング」

b. Az ülés, mely­et az elnök nyit­ott meg.

その ミーティング 関­対 その 議長 開く­過 3単 接

「その議長が開催したミーティング」 (Gerevich­Kopteff & Csepregi 1990: 129)

例(99a)の受動の意味を持つ過去分詞を使用した形式は,(99b)のように,関係詞を使用

した能動形式に書き換えることが可能である.ここでは,この能動の関係節の形式と

受動の意味を持つ分詞形式との相違について議論する. (99)では, (99a)で後置詞”által”

と共に現れる 「議長」 が, (99b)では関係節中の主語になっている. 関係節の意味は 「そ

の議長によって開催されたミーティング」ではなく,「その議長が開催したミーティ

ング」 と能動の意味を表す. 両者の例を対照すると, 動作主と被動作主の存在, 能動,

受動ともに何らかの動作が及んだという事実は共通している.その点で,表す意味が

能動と受動とで異なるが,それぞれの表す状況はほぼ同じである.しかしながら,「太

郎によって殺された花子」型の名詞句では,動作主が後置詞と共に現れ,関係節の能

動形では,動作主が主語として現れる点で,動作主の文法役割が異なるわけである.

現代ハンガリー語の口語では,「太郎によって殺された花子」型名詞句の分詞形で

はなく,関係詞を使用した能動形式の方が好まれる 107 .通常,新しい語法や用法は,

口語から始まり,その後で文語でも使用される傾向がある 108 .この関係詞の形式が文

107 この,受動形よりも能動形が好まれるというのは,ハンガリー語で受動態が未発達である点と

関係があると思われる.ハンガリー語の内部で受動形を使用しないようにする何らかの傾向が働

いている可能性がある. 108 ハンガリー語では,3人称複数形動詞や結果相構文(Uzonyi & Tuba 1998)を受動の意味を表すの

に使用するのは,口語から始まったものと考えられる.実際,3人称複数形動詞や結果相構文を

ハンガリー人のインフォーマントに示した際,口語では使用するが文語では使用しないというコ

メントがなされたときがあった.さらに,新たな用法が口語から始まる例として,フィンランド

語の受動接辞”­taan/ ­tään”が受動ではなく,1 人称複数の一致に使用される例を紹介する(Karlsson 1999: 248). a. Me sano­mme 「我々が言う」 :言う­1 人称複数の一致 b. Me sano­taan 「我々が言う」:言う­受動接辞

フィンランド語では,1 人称複数の動作「我々がする」を表現する際,動詞に 1人称複数の一致

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121

語よりも口語で特に使用されるというのは,関係詞の形式が新しい用法であると推測

される.「太郎によって殺された花子」型の名詞句は,新しく出てきた用法ではなく,

ハンガリー語の中でも比較的古く,定着した文法であると考えられる 109 .

次に,関係詞の用法と「太郎によって殺された花子」型名詞句に関して,主要部で

ある被動作主の位置付けを比較対照する.(100)では,主要部である被動作主「エーヴ

ァ」がどこに現れるかに注目する.

(100)a. "Éva", aki­t Péter meg­öl­ött

「ペーテルが殺したエーヴァ」

b. Péter által meg­öl­ött "Éva"

「ペーテルによって殺されたエーヴァ」

関係詞を使用した(100a)と「太郎によって殺された花子」型の(100b)では,主要部が現

れる位置が異なる.(100a)の関係詞の用法では,被動作主エーヴァが関係詞の先行詞

として,節の一番先頭に現れる.そして先行詞の後に関係詞,さらに能動文が続く.

一方の(100b)では,主要部であるエーヴァは名詞句の最後に現れる.つまり,両者で

被動作主の主要部が節や名詞句の先頭に現れるか,後方に現れるかに違いがある.他

言語の関係詞節において,主要部が前方に現れる言語と後方に現れる言語がある.

(101) "Mary", who was killed by John

(102) 太郎によって殺された"花子"

(101)の英語の関係節では,主要部である"Mary"は前方に現れている.一方,(102)の

日本語の名詞句(もしくは関係節)では,主要部である「花子」が後方に現れる.言

語によって分詞形や関係節において主要部の現れる位置が異なる(cf. Comrie 1989: ch.

7). ハンガリー語においては主要部を修飾する際, 関係詞の用法では主要部が前方に,

過去分詞の用法では主要部が後方に現れる.主要部が前方に現れるか後方に現れるか

形式”­mme”が使用される.しかしながら,口語では”sano­taan”という受動動詞が 1 人称複数の動

作を表すのに使用され,これはすでに文語でも使用されることがある. 109 実際,受動接辞"­atik, ­etik, ­tatik, ­tetik"に関しても,現代ハンガリー語において書き言葉で使用

される可能性はいくらかあるが,話し言葉で使用されることは決してない.この点からも,古い

用法や文法形式が,話し言葉よりも書き言葉で使用される傾向があるのは,確かだと思われる.

別の仮説として,「太郎によって殺された花子」型の名詞句が口語では使いにくい堅苦しい表現で

あるのかもしれない.

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122

について,類型論上の特徴や情報構造の原理が関係していると考えられる.「太郎に

よって殺された花子」型の名詞句や関係節の情報構造において,主要部は最も重要な

情報である. この重要な情報を先に提示するか, それとも後で提示するかというのは,

話者や聞き手の意図や情報の提示において重要な事柄である.重要な情報を先方で提

示するか後方で提示するかの違いは,英語と日本語のように言語による相違があれば,

ハンガリー語のように言語内による相違も存在する. ハンガリー語の例(100a, b)では,

関係詞において主要部を前方に置くか,受動分詞名詞句で主要部を後方に置くかによ

り,文や節での話題の扱い方が異なると考えられる.次の(103)に,”Itt van”「ここに

ある」という存在提示文を加えて,両者の用法を観察する.

(103)a. Itt van Péter által meg­öl­ött Éva!

ここ いる ペーテル 後 接­殺す­過 3単(分) エーヴァ

「ここにペーテルによって殺されたエーヴァがいる」

b. Itt van Éva, aki­t Péter meg­öl­ött!

ここ いる エーヴァ 関­対 ペーテル 接­殺す­過 3単

「ここにエーヴァがいる,彼女をペーテルが殺したのだが」

例文(103)は「ここに何々があるよ」,「ここに誰々がいるよ」という提示文となる.ハ

ンガリー語では両方の形式が可能で,両者が表す状況はほぼ同じである.もちろん,

両者に能動と受動の意味の相違があるが,ここでは当面無視する.重要である点は,

主要部エーヴァが後方(103a)に来るか,先方(103b)に来るかである.(103a)の「太郎に

よって殺された花子」型の名詞句では,主要部は文の最後にある.文の最後の部分ま

で来て,被動作主であるエーヴァのことが提示される.文の後方にある主要部エーヴ

ァに至る前に,「ペーテルによって殺された」という修飾部分(過去分詞)がある.

この場合,提示文の中で最も重要である情報である被動作主エーヴァに行き付くまで

時間がかかることになる.その点で,後方に向うに従って,情報の重要度が上がるこ

ととなる.一方(103b)では,関係詞の先行詞である主要部のエーヴァが文の先頭に存

在する.文の最初の部分で,何が起こったかは不明であるが,被動作主エーヴァが提

示されることとなる.その後に「ペーテルが殺したところの」という付加的な情報が

続く.この場合,提示文の最初の時点で,被動作主であるエーヴァが重要な情報とし

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123

て現れ,その後で付加的な情報が続くことになり,先方に情報の重要度がある 110 .両

者は意味的に能動(103b)と受動(103a)の違いがあるが,情報構造の点からも被動作主

(主要部)に対する情報への接近法が異なることが判明した.

4.6.4.4.「太郎が殺した花子」型の名詞句

「太郎によって殺された花子」型の名詞句に対する分詞形式として,「太郎が殺し

た花子」型の名詞句の形式が存在することは既に指摘した.ここでこの「太郎が殺し

た花子」型の名詞句について議論する.「太郎が殺した花子」型名詞句が能動の意味

があり,「太郎によって殺された花子」型の名詞句と同様に,主要部が後方に位置す

るハンガリー語の典型的な用法であると主張する 111 .

「太郎が殺した花子」型は,動作主が主格のまま現れ,動詞は 3人称単数の過去の

定活用,その後に被動作主である主要部が後方に来る.以下の(104)に「太郎が殺した

花子」型名詞句の例を示す.

(104)a. az én idéz­tem példa

その 私 引用する­過 1単 例

「私が引用した例」(MnyK: 196)

b. a víz mos­ta föld

その 水 洗う­過 3単 土地

「水が洗った土地」(LH: 409)

(104a)の意味は「私が引用した例」となり,動作主「私」が主格のまま現れている.

さらに,動詞部分 “idéz­t­em”の部分で,主格の「私」に 1 人称複数の一致を起こし

ている.そして,差後方に主要部である「例」が続く.(104b)は比喩的な表現である

が,動作主である"víz"「水」が被動作主である"föld"「土地」を洗ったわけで,主要

部は「土地」である.(104b)に現れる動詞"mos­t­a"「洗った」は 3 人称単数の過去形

である.ただし,「太郎によって殺された花子」型の名詞句の場合は 3 人称単数過去

110 書き言葉では,重要な情報を後方に提示する受動分詞の手段が好まれ,話し言葉では,まず最

初に重要な情報を提示する関係詞の形式が好まれるとも解釈することができる. 111 ただし,この能動分詞の用法はそれほど使用されない.むしろ,過去分詞を使用した形式,例

えば,"az indul­t vonat" 「出発した電車」や"a mos­ott autó"「洗った車」というような例が多い.

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124

形の不定活用の動詞であるのに対し,この「太郎が殺した花子」型の名詞句では 3人

称単数過去形の定活用の動詞で「その水」に 3人称単数の一致を起こしている.

(105)で「太郎によって殺されたエーヴァ」型名詞句と「太郎が殺したエーヴァ」型

名詞句を対照し,形式的意味的にどのような違いがあるかを議論する.

(105)a. Péter által "megölött" Éva

「ペーテルによって殺されたエーヴァ」

b. Péter "megölte" Éva

「ペーテルが殺したエーヴァ」

(105a)は「太郎によって殺された花子」型の名詞句であり,(105b)が「太郎が殺した花

子」 型の名詞句である. 両者を対照すると, (105a)では, 動作主ペーテルが後置詞”által”

と共に現れているが,(105b)では,動作主ペーテルが主格で現れている.分詞部分に

関しては,(105a)が受動分詞”meöl­ött”,(105b)が”megöl­te”の用法で,どちらも主要部

ペーテル(3 人称単数)に一致している.主要部の位置に関しては.(105a)では主要

部であるエーヴァが名詞句の一番後方に位置し,(105b)の能動の形式においても,主

要部のエーヴァが後方に存在する.(105a)と(105b)の形式では,重要な情報,つまりこ

こでは被動作主のエーヴァが名詞句の一番後方に来る点で共通している.これは,関

係詞の用法と情報上の特徴づけが異なると言える.このことから,ハンガリー語の分

詞形においては,意味的に能動用法であれ受動形であれ,主要部の特徴づけを名詞句

の後方で行うことが判明した.このような能動用法と受動分詞が両方存在することで,

名詞句の用法に関しては,能動と受動による態の相違が存在することが判明した.

4.6.4.5. フィンランド語の動作主分詞について

最後に,ハンガリー語と同系統のフィンランド語における分詞の使用例を示す.フ

ィンランド語には,動作主分詞と呼ばれる分詞の用法があり,これはハンガリー語の

「太郎によって殺された花子」型の名詞句に相当する.フィンランド語とハンガリー

語の形式を対照し,分詞形式がフィン=ウゴル語の文法に特徴的な用法であることを

示す.「太郎によって殺された花子」型の分詞使用の名詞句がフィン=ウゴル語特有

の用法であると主張する.

まず,フィンランド語にも分詞を使用して受動の意味を表す用法が存在することを

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125

示す. フィンランド語には動作主分詞(The agent construction: Karlsson 1999: 207)と呼ば

れる用法がある 112 .フィンランド語の動作主分詞の用法を(106)に示す.

(106) Äidi­n ompele­ma paita

母­属 編む­不 シャツ

「母の編んだシャツ」「母によって編まれたシャツ」(小泉 1994 :196­197)

(106)では,母がシャツを編んだという出来事を,分詞形を使用して表している.動作

主である母が属格で現れ,分詞形 113 が続き,主要部シャツが主格で表現されている.

これは意味は 「母が編んだシャツ」(小泉 1994) となっているが, 英語で翻訳すると,

"the shirt knotted by the mother"とむしろ「母によって編まれたシャツ」という受動の意

味となる(cf. Andersen 1991:83).ただし,動作主である「母」に関して,フィンランド

語では属格”Äidi­n”「母の」で標示される.そのため,”Az anja által”「母によって」

となるハンガリー語の形式とは異なる 114 .動作主の標示は異なるが,フィンランド語

の動作主分詞の形式はハンガリー語の「太郎によって殺された花子」型名詞句に類似

していると言える.実際,フィンランド語とハンガリー語のこのタイプの名詞句に関

して,Mantila (1997)が注目して研究を行っている.彼による対照の例が以下の(107)

である.

(107)a. Küllikki által mos­ott ing 「キュリッキによって洗われたシャツ」

b. Küllikki mos­ta ing 「キュリッキが洗ったシャツ」

c. Kyllikin pese­mä paita

「キュリッキによって洗われたシャツ」

「キュリッキが洗ったシャツ」(Mantila 1997:67­69)

112 フィンランド語にはまず,受動形が存在する.さらに,関係詞の用法も存在する.その前提を

考慮した上でここでの議論を行う. 113 フィンランド語の文法では, ”ompele­ma”の形式は, 分詞形ではなく, 第 3 不定詞(third infinitive) と呼ばれるものである.なお,フィンランド語には 4 種類の不定詞形がある. 114 この日本語の「母が編んだシャツ」と英語に基づいた翻訳の「母によって編まれたシャツ」の

違いに関して,小泉(1993, 1994, 私信)は,日本語のように能動的に翻訳した形式(自動詞の自発

的用法: 小泉 1993: 142)が通常であり,英語の受動のニュアンスを持たせる翻訳は不適切だと論

じている.これは,フィンランド語の文法形式を印欧語の文法形式で説明しようとする際に良く

起こることだとしている.この動作主分詞の用法に関する限り,日本語の視点で考えた方が正し

いし,文法現象をきちんと把握できると主張している.

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126

Mantila(1997)の主張では,ハンガリー語では,受動(107a)と能動(107b)の意味を表すの

に 2 つの用法が使用される.一方,フィンランド語では(107c)のように,動作主分詞

一つの形式で,能動にも受動にも使用されうるとしている.ただし,小泉(1994)は,

この(107c)の動作主分詞の形式は,能動の意味解釈「キュリッキが洗ったシャツ」で

のみ解釈されるべきであると主張している.つまり,小泉の見解では動作主分詞には

受動の意味が存在しない.そうすると,確実に受動の意味を有すハンガリー語の形式

(107a)とは異なることになる.

(107)において,主要部である「シャツ」"ing", "paita"が名詞句の後方に出現する.

(107a), (107c)はいずれも分詞を使用した形式で,受動の意味解釈が可能である 115 .動

作主である 「キュリッキ」 の文法的地位に関しては, ハンガリー語では後置詞標示で,

フィンランド語では属格で示されるため相違がある.動作主の文法的な位置付けは異

なるものの,両者の形式は類似している.これは偶然の類似ではなく,ハンガリー語

の 「太郎によって殺された花子」 型の名詞句とフィンランド語の動作主分詞の用法は,

フィンランド語等(エストニア語,ヴォグル語,オスチャーク語),他のフィン=ウ

ゴル語でも観察することができる(小泉 1994: 194­211;分詞に関する項) 116 .このよ

うな分詞による名詞句は文語で主に使用される比較的古い用法であり,フィンランド

語等フィン=ウゴル語に共通する特徴である.この事実から,「太郎によって殺され

た花子」型の形式は,英語やドイツ語に見られる受動形式の文法を借用したのではな

く,フィン=ウゴル語に由来する伝統的な形式だと想定できる 117 .とすると,「太郎

によって殺された花子」型の名詞句の存在は,ハンガリー語には受動形がないという

先行研究の主張を覆すこととなる.

115 フィンランド語の動作主分詞に関しては,受動の意味を表すのは疑問点がある.しかし, Karlsson (1999: 207)で, 動作主分詞の例”Kallen ostama auto” 「カッレが買った車」 を英語では”the car bought by Kalle”にしている.このことから,少なくとも動作主分詞は英語では受動を意味する過

去分詞を使って表現されうる. 116 フィン=ウゴル語の分詞形を使用した名詞句では,主要部が名詞句の一番後方に現れる.それ

に対して,印欧語の分詞形使用の名詞句の場合,主要部は名詞句の先頭に現れる.そのため,フ

ィン=ウゴル語の分詞形の類型は印欧語からの形式的な借用でないと考えられる. 117 もちろん,フィンランド語の動作主分詞が”­ma/ ­mä”要素であり,ハンガリー語の過去分詞

が”­ott/ ­ett/ ­ött”要素であって,形態的な相違が明白に存在する点を忘れるべきではないだろう.

また, ハンガリー語とフィンランド語の両形式がフィン=ウゴル語起源であるという主張は, Tauli (1966)では発見することができなかった.

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127

4.6.5. 結論

ここで結論として,ハンガリー語の「太郎によって殺された花子」型の分詞を使用

した名詞句に関する観察と議論を要約する.ハンガリー語では.過去分詞を使用して

「太郎によって殺された花子」型名詞句を形成することができる.この形式は受動の

意味を持ち,その際,過去分詞形が受動分詞(passive participle)として機能している.

この受動分詞は,名詞句の形式でのみ使用され,文レベルで使用されることはない.

つまり受動文にはならない.しかしながら,名詞句の内部で「動作主,被動作主,そ

して受動分詞」を持つ点で,受動態や受動形が未発達なハンガリー語の中で,理想的

な受動構造を構築している.

「太郎によって殺された花子」型名詞句が表す受動の意味には,幾つかの特徴があ

る.まず,受動分詞が表すのは,動作そのものではなく,状況や状態である.本研究

が扱っている他の受動構文と違って,動作主が後置詞"által"と共に現れる.この動作

主が現れる点で,人称的な受動(personal passive)であるのは注目すべきである.この形

式では, 被動作主が名詞句の主要部となり, この主要部が名詞句の一番後方に現れる.

これは,既に前の文脈や話者の見解等で確立された行為や状況を聞き手に提示する一

つの手段,すなわちグラウンディング 118 の一例に分類される.

この「太郎によって殺された花子」型の名詞句は,現代ハンガリー語では,口語よ

りもむしろ文語で多く観察される.これは口語においては,同様の事実行為を描写す

る際, 関係詞を使用した能動形の形式で表されることが多いからである. この点から,

文語で多く使われるのは,古くから使用されている形式ではないかと考えられる.こ

れは,通常,文法化が口語から始まるという仮説に基づいている.また,フィンラン

ド語にも動作主分詞の用法という類似の形式があることが判明した.フィン=ウゴル

語の分詞形を使用した名詞句では,主要部が名詞句の一番後方に現れる.それに対し

て,印欧語における分詞形使用の名詞句では,主要部が名詞句の先頭に現れる.この

ことから,「太郎によって殺された花子」型の名詞句は,一見,受動形の豊かな印欧

語の文法から借用した形式と考えられるがそうではなく,フィン=ウゴル語の文法の

中に存在した古い形式に属すると考えられる.分詞を多用するのは,フィン=ウゴル

語の文法の特徴でもあり,ハンガリー語においても古くから多数使用されている.そ

118 Haspelmath (1994: 166): Grounding: an NP, that is making its referent relevant for the hearer by relating to a discourse entity already established in the prior discourse. ここでは特に主要部である被動

作主への特徴づけを行う手段として,グラウンディングという操作を行うと解釈した.

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128

して,その分詞形の中に,明らかな受動形が存在することを示した.

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129

第 5 章 分析と議論:受動構文の相互関係と他動性

本章ではこれまでの観察と解釈をまとめる.ハンガリー語に現れる受動構文の全体

的な分析と受動構文間の関係について議論する.加えて,受動構文に使用される動詞

の性質に関して他動性の観点から議論を行う.まず,ここまでの分析の総括を簡単に

記す.第 2章で受動について機能的な観点から定義し,その定義の下で,ハンガリー

語の受動表現に関して,第 3章で英語受動文との対照研究を行い,第 4章で語彙的な

解決法を除く形式,構文を例示した.ハンガリー語に受動を意味する,または受動の

代用されるいくつかの手段があることを主張した.それらの形式は文法的には他の文

法情報を伝達する形式である.しかし,ある条件下では受動と解釈されうる.受動の

定義を少し広げて解釈することで,ハンガリー語の中に受動を意味する形式や構文を

発見することができた.さてこの章では,本研究の調査でハンガリー語において見出

された受動構文と呼ばれる形式について,受動と解釈される条件を明らかにする.受

動の意味を指し示す形式が複数存在し,それぞれが特定の状況を指し示すのに使用さ

れているのである.この幾種かの文法形式が受動を含意するという,ハンガリー語文

法の状況及び相互関係について述べる.加えて,受動が意味される条件に動詞の他動

性が関係すると主張する.

ハンガリー語において受動の意味解釈がなされる構文や形式について調査した結

果,以下の方法が受動構文としての候補に挙がった.それは,語順交替による話題化

と焦点化,1 人称及び 3 人称複数形動詞による手段,副動詞による結果相構文,可能

動詞現在分詞形,再帰/中間構文,そして「太郎によって殺された花子」型名詞句で

ある.これらの 6つの形式について第 4章にてそれぞれの例の検討と文法的特徴の記

述を行った.その結果,語順交替を除く 5 つの構文が受動構文,そして受動形(「太

郎によって殺された花子」型名詞句)と呼ぶに値すると主張した.以下ではそれぞれ

の形式について簡潔にまとめ,それぞれの相互関係について受動プロトタイプの観点

から議論することを試みる.それから,受動構文に使用される動詞の性質について,

他動性の観点から分析を加える.

5.1. 様々な受動構文の形式と意味

第 4章で取り上げた構文,形式に関して,それぞれどのようにして受動の意味を実

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130

現しているかを簡単に説明する.

語順交替による話題化や焦点化により,動作主を典型的な主語の地位から意味的に

降格させる.そして被動作主を話題化または焦点化される位置へと移動させ,語順を

変化させる.その結果,被動作主が意味的に昇格することになり,受動に似た意味効

果を実現する.これは,ハンガリー語は語順の交替がかなり自由な言語であり,語順

交替により様々な要素(特に被動作主を)を話題化したり,焦点化したりすることが

可能であることによる.確かに語順交替させることにより,被動作主がトピックまた

はフォーカスの位置に来ることで,被動作主が(動作主よりも)意味論的語用論的に

特徴付けられることが可能である.その際,被動作主が意味的に「昇格」していると

みなすことができる.この意味論的及び語用論的特徴づけは,受動文による被動作主

の話題化や動作主の主語位置からの降格という現象と類似している.しかしながら,

語順交替に伴い,動詞の形式には一切の変化がない.被動作主の意味的な昇格にあた

り,動詞に受動形態素に相当する形式が付加しない.統語的には,語順交替がなされ

たとしても,動作主は主格のままであり,被動作主は対格を取る直接目的語のままで

ある.そのため,通常の能動文と語順交替した受動を含意する(とされる)文の間に

は,動詞の上には形式的に変化(有標な特徴づけ)がない.そのため,語順交替は動

詞の他動性の変化にほとんど影響がない.意味的,そして語用論的には,語順交替で

受動のような意味解釈を与えるが,それを指し示す形式的な証拠がないわけである 119 .

この形式的な証拠(形態的条件)は受動の条件の必要条件と考えられ,それゆえに語

順交替は必要条件を満たしていないとされる.

次に,動詞の一致形式に 1人称及び 3人称複数の標示をすることで,非人称受動の

意味を表すことを示した.ハンガリー語は受動文,受動態を持たないが,受動を表現

するための一つの手段として,不明の動作主または不特定の動作主を示す 1人称また

は 3 人称複数の動詞屈折形の非人称構文を使用する.この場合,1 人称複数の場合は

「我々」という総称の意味を含意する.3人称複数の場合は.「彼ら」が不明または不

定の動作主を示す.前提のないまま 1人称複数形動詞や 3人称複数形動詞を使用する

ことができる点で,一致の形式ではあるが 1人称複数形や 3人称複数形の屈折が受動

形態素として機能することが可能となる.1 人称複数形及び 3 人称複数形の動詞を使

119 語順交替に関しては,受動の意味を表そうという機能的動機付けに欠ける(動詞形態論におけ

る反映がないという点).ハンガリー語において,受動形が未発達な指摘について,そもそもハン

ガリー語に「受動」というカテゴリーが存在していなかった(または,まだ存在していない)と

考えられる.

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131

った非人称構文に関して, 1人称複数及び 3人称複数の屈折で表す形式であるのだが,

他動性の高い動詞の場合非人称受動を,そして他動性の低い動詞の場合,単なる非人

称の行為を表すことが可能である.非人称という意味解釈は前後の文脈や状況に依存

する語用論的な解釈である.

次に副動詞を使用した結果相構文についての記述をまとめる.コピュラと動詞の副

動詞形を使用することで,結果相構文を形成する.結果相構文は特に他動性の高い他

動詞において受動の意味を表すことがある.これは,結果相の意味と動作の状態に注

目するという受動の機能に共通点があるからである.特に被動作主の動作の結果状態

について述べたいとき,結果相構文による受動構文が使用される.結果相構文におけ

る受動の意味の出現が動詞の他動性と関連がある.その検証に,他動性の異なる 5個

の動詞を選んだ.その動詞を使って結果相構文を作成し,受動の含意について調査し

た.結果相受動の意味を持つ副動詞の構文は,特に典型的な他動詞,他動性の高い動

詞で観察される.他動性が低くなるにつれて,結果相能動の意味を表し,最も他動性

が低い自動詞では,結果相構文自体の文法性が怪しくなることが判明した.

可能接辞"­hat/ ­het"を動詞に付加することで,可能動詞を形成する.可能動詞にお

いて受動の意味が観察されることを指摘した.一つは可能動詞に 1人称複数や 3人称

複数形の屈折が加わる手段(非人称可能構文)で,もう一つは可能動詞現在分詞形を

使用する手段である.特に,可能動詞現在分詞形は統語的にも意味的にも受動である

ことを示した.なぜなら,統語的に被動作主の昇格を伴い,被動作主が主格で標示さ

れる主語となる文法関係を形成するからである.ただし,降格された動作主が文上に

現れることは決してない.意味的には,可能の意味を引き継いだ上で"talál­hat >

talál­hat­ó"「(被動作主を)見つけることができる」>「見つけることができる状況に

ある」>「(被動作主が)見つけられる」)という意味解釈の変化が存在する.最終的

に可能受動の意味解釈を許すことになる. その場合, 可能動詞現在分詞形"­ható/ ­hető”

が,受動を形成する要素,つまり受動形態素として機能していると言える.動詞は典

型的な他動詞において受動の意味が観察され,他動性が低くなるに従って,単なる可

能の意味のみの解釈になる,(”mehető”「行くことができる」) .

現代ハンガリー語では,受動接辞はもはや使用されないが,再帰/中間接辞"­ódik/

­ődik"は現代でも使用される生産的な派生接辞である.再帰/中間動詞を使用した再

帰/中間構文において受動の意味が観察されることを示した.再帰/中間構文に受動

の含意をする理由は,動詞の他動性を下げることから発する.再帰/中間接辞は他動

性を下げる形式, もしくは他動詞を自動詞にする自動詞化の接辞(intransitivizer)である.

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132

他動詞を自動詞化する過程で動詞の意味が動作ではなく,むしろ状態を指し示すよう

になる.その結果,再帰/中間動詞の表す意味が行為ではなく状態となり,状態化の

受動の意味が観察されるようになった.ただし,意味的に可能受動の意味解釈を許さ

ない等,他言語に見られる中間構文とは異なる.現代ハンガリー語では受動形が存在

しない点も,再帰/中間接辞が受動の含意を持つ一因と考えられる.再帰/中間接辞

が付加可能な動詞の場合,再帰/中間構文による手段で受動が表現される.再帰/中

間接辞が付加できない他動詞においては別の方法,つまり 1人称複数形動詞や 3人称

複数動詞や副動詞による文法的な手段で受動の意味が実現されることになる(再帰/

中間接辞付加が 1 人称複数形動詞や 3 人称複数形動詞,結果相構文の文法的な形式

(「文法的なヴォイス」cf. 野田(1991))より優先される 120 ).また,他動性を下げる他

の形式として,再帰/中間接辞に加え,自動詞接辞"­ul/ ­ül, ­ik"の要素が受動の意味を

表す例が存在する.動詞にそのような再帰/中間接辞や自動詞接辞を付加することで,

他動性を下げる現象が生じる.それと同時に再帰/中間構文において,統語的に被動

作主が主語となる.ただし,再帰/中間接辞は,すべての他動詞に付加可能な,派生

が自由な生産性を持つとは言えず.受動の意味用法に関して限定的である.自動詞接

辞については,再帰/中間接辞以上に自由な生産性を持たず,今や語彙化している.

最後に,「太郎によって殺された花子」型名詞句について述べる.これは構文では

現れずに,名詞句のみで出現する.そのため,他の形式とは少し異なるのだが,受動

の意味を有することで特に取り上げた.名詞句のみに現れるという制限がつくが,こ

の「太郎によって殺された花子」型名詞句は,名詞句構造内部に「受動動詞,動作主,

被動作主」 を持つ. 動作主が後置詞で表され, 動詞が過去分詞を持つ点で, 英語の"Mary

killed by John"や日本語の「太郎によって殺された花子」と同様の人称的な受動表現で

あり,ハンガリー語に観察される典型的な受動形であると言える.受動文を持たない

ハンガリー語で,名詞句内でのみ受動形が存在するのは興味深い.名詞句内で被動作

主の主要部が後方に来る点で,後方に向かうに従い情報の重要度が上がる構造である.

これは,分詞を多く使用するフィン=ウゴル語の分詞構造の典型例で,古い形式であ

ると考えられる.つまり,ハンガリー語には,受動形が過去分詞を使用する形で存在

したわけである.

120 語彙的なヴォイスが文法的なヴォイスに優先するというのは, 野田(1991)の主張によるものであ

る.

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133

5.2. 受動構文が使用される条件と理由

本研究では,ハンガリー語には受動態や受動形という具体的な唯一の文法形式を欠

く代わりに,数種類かの形式(受動構文と受動形)でもって様々な受動の意味を表す

ことを明らかにした.これらの受動構文や形式の相互関係について議論する.第 4章

及び 5.1.で指摘した受動を意味する形式は,本来別の文法形式であり純粋な受動形で

はない.そのため,それぞれに語彙的や意味的な制限が存在する.ここでは,それぞ

れの受動構文がどのような状況で使用されるか,そしてどのような制限があるかを指

摘し,受動構文間の相互関係を明らかにする.

(1)の能動文に対して, 幾種かの構文で受動の意味を表現することができる. (1)は,

典型的な他動詞"megöl"「殺す」を使用した能動文である.

(1) István meg­öl­te Évá­t.

イシュトヴァーン 接­殺す­ 3単過 エーヴァ­対

「イシュトヴァーンがエーヴァを殺した」

以下の(2)­(8)に示されるように,語順交替,1人称複数動詞,3人称複数動詞,結果相

構文,可能動詞現在分詞形,再帰/中間構文,そして受動分詞を使用した名詞句とい

う方法で,受動の意味を表す可能性がある.これらは形式的には能動である構文もあ

るし,または他の文法形式を使用する手段もある.これらは,受動の機能を何らかの

点で果たしている点で受動構文と呼ばれる.以下に例と共に説明する.(1)は,イシュ

トヴァーンがエーヴァを殺したという能動の意味を持つ.これに対して,エーヴァが

殺されたという受動の意味を表す手段を示す.

(2) István Évá­t ölte meg.

エーヴァ­対(フォーカス)

「イシュトヴァーンが殺したのは,エーヴァである」

(2)は,語順交替により被動作主がフォーカスの位置に来ている.その結果,被動作主

に対して語用論的な特徴づけが実現されている.この文の意味は「イシュトヴァーン

が殺したのは,エーヴァである」となり,被動作主であるエーヴァに焦点が当てられ

ている.この焦点化は単なる語順交替による手段であり,動詞形態論は(1)の能動文と

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134

変わりがない 121 . 受動を表す要素, 受動形態素となる形式が語順交替では存在しない.

そのため,これは受動構文であるとは言い難い.しかし,ハンガリー語は語順が比較

的自由な言語であり,このように語順交替させることで,あえて受動形を使用しない

で被動作主の語用論的な特徴づけを行う傾向がある 122 .

次に,3 人称複数動詞と 1 人称複数動詞の形式について述べる.これらの動詞屈折

形が使用される状況について論じる. 不定または不明の動作主がそれぞれ3人称複数,

1 人称複数の屈折で示される形式で,これらの屈折形を受動形態素としてみなすこと

ができる.

(3) Évá­t meg­öl­ték

エーヴァ­対 接­殺す­3複過

「エーヴァが殺された(彼らによって)」

(3)は 3人称複数形動詞を使用した非人称の受動構文である. この 3人称複数形動詞は,

動作主が明らかにイシュトヴァーンであると判明していたとしても,使用することが

できる.この場合,動詞に付加している形式は 3人称複数であることを伝達するので

はなく,動作主が不明であるまたは明示したくないという情報を伝達することになる.

また,3 人称複数形動詞は単なる一致の形式のため,動詞は状態ではなく「殺す」と

いう行為そのものを意味する.すなわち,非人称の動作主による行為である.3 人称

複数形は「彼ら」を意味するため,1 人称の「私」は動作主に含まれない.ただし,

動作主に「私」または「我々」が含まれる場合,1 人称複数形動詞が使用される(4).

(4) a. Évá­t meg­öl­tünk

エーヴァ­対 接­殺す­ 1複過

「エーヴァが殺された(我々によって)」

121 能動文で”megölte”であった動詞が,語順交替することで,”ölte meg”となっているが,形式的

には何も付加されていない. 動詞接頭辞である”meg”の移動はフォーカス位置の交替で語順交替に

含まれる. 122 Nose (2002a)及び本論の第 2 章においても,英語の受動文をハンガリー語に翻訳した際,語順交

替を主とする単なる能動文で表現される例が多く観察された.Wells では,146 文の例のうち,39 例が存在し,学術論文の Chomskyでは,379 例の翻訳文に 34 例の語順交替を主とする能動文が観

察された.

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135

b. * István meg­öl­te Évá­t és tehát

イシュトヴァーン 接­殺す­3単過 エーヴァ­対 そして そうして

Évá­t meg­öl­tünk.

エーヴァ­対 接­殺す­1複過

「イシュトヴァーンがエーヴァを殺して,そのため,エーヴァが(我々に

よって)殺された」

(4a)は 1 人称複数形動詞の非人称の受動構文である.これは動詞屈折部に 1 人称複数

形が付加するため, 動作主に 「我々」 という 1 人称複数の存在を含意する. そのため,

「我々によってなされた」という総称的受動の意味を表す.または,話者の視点から

述べるような状況でこの 1人称複数形動詞が使用されることが多い.そのために,学

術論文において観察されることが多い 123 .(4a)の例の場合,動作主が「我々自身」か,

「我々のグループに属する者」によりエーヴァが殺されたことを表す.そのため,明

らかに動作主としてイシュトヴァーンが判明している(4b)は非文となる.

次に,コピュラと副動詞から構成される結果相構文の例をみてみよう.

(5) Éva meg van öl­ve.

エーヴァ 接 ある殺す­副

「エーヴァが殺された(結果状態)」

(5)はコピュラと副動詞形という形式であるため, 英語やドイツ語の受動文の形式と類

似していると言われる(Alberti 1997, Groot 1995).そのため,これこそがハンガリー語

における受動文であると主張する研究がある.コピュラと副動詞形の組み合わせが意

味するのは結果相であり,動作というよりも行為の後の結果状態を表す.受動の機能

の1つである「(被動作主の)状態を述べる」という機能を反映している構文である

と言える.そのため,動作主の存在については含意されるものの,動作の結果状態を

述べることのほうが重要である.これは,非人称動作主の行為を意味する 3人称複数

形動詞の用法と受動の意味解釈が異なる.

さらに,可能受動を表す可能動詞現在分詞形の形式について述べる.非人称可能構

123 Nose (2002a)の英語との対照研究においても,学術論文である Chomskyにおいて,370 例の受

動の翻訳文で,76 例の 1 人称複数形動詞が観察された.

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136

文は,1 人称複数形動詞や 3 人称複数形動詞の用法と同様であるので,ここでは説明

しない.可能動詞現在分詞形を使った例を以下に示す.

(6) a. Éva meg­öl­het­ő vol­t.

エーヴァ 接­殺す­可­分 ある­過

「エーヴァが殺されることができた」

b. Éva könnyen meg­öl­het­ő vol­t.

エーヴァ 容易に 接­殺す­可­分 ある­過

「エーヴァは容易に殺すことができた,容易に殺せた」

(6a)は,ありえた可能性について可能受動の意味を示している.つまり,「エーヴァを

殺すことができる可能性があった」,または「エーヴァを殺すことができる状況があ

った」ことを意味する.そこから,可能受動の意味「殺された」の解釈が生じた.ま

た(6b)で,"könnyen"「容易に」というような副詞を付加することで,「容易に殺せる」

という中間的な意味を表すことができる.可能動詞現在分詞形の構文では,具体的な

動作主が文上に現れることがないが,主に総称的な動作主を含意する.そのため,こ

の形式は 1人称複数形動詞と同様に,学術論文に多く使用される 124 .可能受動を表す

際はこの形式が使用され,その際可能動詞の現在分詞形"­ható/ ­hető"は受動形態素と

して機能している.

再帰/中間構文による受動の意味伝達については,上に議論したように,"megöl"

「殺す」には再帰/中間接辞を付加することができない.そのため,(1)の能動文を再

帰/中間構文にすることができない.再帰/中間接辞は,付加可能な動詞と付加でき

ない動詞がある.動詞の意味に関する部分に制限があるためと考えられる.以下には

"fűz­ődik"「付加される」という再帰/中間動詞を使用した例文を使用する.

(7) A tó név­é­hez is érdekes történet fűz­ődik.

その 湖 名前­所­場 もまた 面白い 歴史 付加する­中

「その湖の名前にも面白い歴史が付加されている」

(Az Utazó, 1999 Május: 35)

124 Chomskyではハンガリー語の翻訳文の全370例のうち, 111例が可能動詞の1人称複数形動詞,

または可能動詞の現在分詞形が観察された(Nose 2002a).

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(7)の再帰/中間構文の例は, 受動が含意される. これは再帰/中間動詞派生に際して,

動詞の他動性を下げること(anticausative) により受動の意味を持つようになった(fűz

「付加する」> fűz­ődik「付加される」 ).このとき動詞”fűz­ődik”が意味するのは,行

為ではなく状態である.上でも指摘したように,動詞により制限があり,付加可能な

動詞では再帰/中間接辞が優先され,再帰/中間構文により受動が表される.一方,

付加できない動詞では,3 人称複数形動詞や結果相構文による受動構文で,受動を表

現すると考えられる.

最後に,「太郎によって殺された花子」型名詞句の例をみてみよう.

(8) István által meg­öl­ött Éva

イシュトヴァーン 後 接­殺す­過 3単(過去分詞) エーヴァ

「イシュトヴァーンによって殺されたエーヴァ」

(1)の能動文において,動作主はイシュトヴァーン,被動作主はエーヴァ,そして,「殺

す」という行為を示している.(8)では,被動作主で直接目的語であったエーヴァが主

要部となっている.この形式では,影響を受ける被動作主エーヴァの特徴づけを行っ

ている.使用される動詞形"megöl­ött"は 3 人称過去形の形式であるが,過去分詞であ

る.この過去分詞形は明白に受動の意味が表現されている点で,受動分詞形であると

言える. (8)では, 過去分詞形が”megöl­ött”という動詞接頭辞”meg”を伴っているため,

「殺されてしまった」という完了の意味を持つ受動となる.そして,この名詞句の形

式では.動作主であるイシュトヴァーンが後置詞”által”を伴って現れる点が特徴的で

ある.動作主の標示は,動作主の降格に際して,動作主不明または動作主が削除され

る他の受動構文とは異なる.その点で,この名詞句は他の受動構文とは異なる,人称

的な受動形であると言える.

(9)に,ここで取り上げた受動構文と受動形に関して,動作主がどのように降格され

ているか,受動の意味として可能受動の意味または結果状態を表現するか,そして形

態的な条件を備えているかをまとめた. 形態的な条件については, その形式を示した.

この表はそれぞれの受動構文の相互関係を概観することができる.ハンガリー語では

受動の意味を伝達するために, (9)のような構文や形式が状況や動詞に応じて選択され

て使用されていることが明らかとなった.そして,それぞれ表現しようとする受動の

意味解釈や動作主の降格のされ方が異なることが判明した.

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(9) ハンガリー語の受動構文の相互関係

動作主降格 可能受動 結果状態 受動形態素

語順交替 意味的降格 NO NO NO

1/3人称複数形 1PL/ 3PL屈折 YES NO YES(1/3PL)

副動詞形 削除 NO YES YES(­va)

可能動詞現在分詞形 削除 YES NO YES(­ható)

再帰/中間形 削除 NO YES YES(­ódik)

受動形名詞句 後置詞で標示 NO YES YES(­ott)

(9)に示したように,受動の条件(動作主を降格,行為と状態の受動,可能受動)をす

べて満足するような構文がない分,いくつかの形式が受動の機能を分担して果たして

いることがわかる.このような状況に応じて受動構文が使い分けされる点を,5.3 節

でプロトタイプの観点から解釈する.受動のプロトタイプの観点では,プロトタイプ

に近い場所に位置するのは,(10)のような古体形の受動形態素を使用した本来の受動

文になる.

(10) * Éva meg­öl­et­ött István által.

エーヴァ 接­殺す­受­過 3単 イシュトヴァーン 後

「エーヴァがイシュトヴァーンによって殺された」

本来,受動のプロトタイプに分類されるべき受動文(10)は現代ハンガリー語では使用

されない.この受動形態素は何らかの理由で衰退してしまって,今や使用されること

がない.次に,受動のプロトタイプと受動構文の関係について述べる.

5.3. 受動プロトタイプと周囲に位置する受動構文

本研究において,ハンガリー語において受動の意味を表すために別の文法形式が使

用され,その別の形式が伝達する受動の意味に制限(状態,可能,非人称)があった

り,例えば,再帰/中間接辞のように動詞によっては付加できないというような語彙

的な制限があったりすることを示した.これら複数の形式が受動を表すという点で,

受動構文と呼び,どのような状況で受動を意味するかを議論した.受動構文であると

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認めた形式は,受動の意味を表すという点で共通点を持つ.ただし,別の文法形式は

その別の文法の意味が主要な要素であるわけで,受動の意味はあくまでも二次的であ

る.例えば,1人称複数形動詞や 3人称複数形動詞は,人と数の一致が,副動詞形は,

結果相の意味が主要な意味である.本研究では,受動という文法カテゴリーが,受動

か受動でないかという二分法ではなく,典型的な受動とそうでないものが連続的に存

在するプロトタイプの観点で捉えることを提案した.受動をプロトタイプの点から見

たとき,ハンガリー語の受動構文と呼ばれる 1 人称複数形動詞や 3 人称複数形動詞,

副動詞による結果相構文,可能動詞現在分詞形や再帰/中間構文は,いずれも受動プ

ロトタイプのプロトタイプに近いとは言えない.それは,いずれの形式も統語的,意

味的または形態的な条件を考慮に入れた際,典型的であるとは言えないからである.

受動分詞の名詞句については,文レベルで受動文とならない点で,統語的な条件を欠

いていると考えられる.ただしこれらの構文や形式は,受動の含意を持つ,及び受動

形態素を持つという点で,受動ではないとは言えないだろう.このようなハンガリー

語の受動構文及び受動形を受動プロトタイプの点から捉えようとすると,受動構文は

典型的でない受動としてみなされる.現代ハンガリー語は,典型的な受動形を欠くた

め,典型的なプロトタイプが存在しない状態で受動がカテゴリー化されることになる.

つまり,受動のカテゴリーはプロトタイプの中心が空白で,その周辺部にいくつかの

受動形式や受動構文が位置する,いわゆるドーナツ型の状態であると言える(下の図

1参照).ここで主張したい点は,受動形が未発達とされる現代ハンガリー語におい

て,「受動(passive)」という文法カテゴリーの存在を示した点である.受動が存在しな

いのではなく,周辺部に位置する受動構文や形式が,受動という文法カテゴリーのも

とで認識されていると考えられる. そして, それぞれの形式や構文が相互関係を持ち,

受動というカテゴリーで集団で緩やかにまとまっている状態が想定できる.

受動のカテゴリーの必要条件に,受動の意味を表す形式的に有標なマーカー,受動

形態素の存在を挙げた.ここで,受動に関する形式と意味の関係について議論する必

要がある 125 .ハンガリー語において正式に受動形態素と言えるのは,古体形の受動接

辞"­(t)atik/ ­(t)etik"であるだろう.本研究では受動の意味を伝達するとされる形式の中

で,1 人称複数形及び 3 人称複数形の屈折形,副動詞形,可能動詞現在分詞形,そし

て再帰/中間接辞,過去分詞形を条件付きで「受動形態素」とみなすことができると

125 この受動形態素に関する議論は,Haspelmath (1990), Andersen (1991)の議論に負うところが多い.

本論の受動形態素の定義は Haspelmath, Andersenの考え方に従っている.つまり,"I claim that in general passive constructions without passive morphology do not exist"(Haspelmath 1990: 27)

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主張した((9)参照).これらの形式のすべては,ある条件や状況でのみ受動を伝達す

る,いわば,限定された受動形態素である.このような限定された受動形態素は,「形

式=受動の意味」という一対一の関係とは言えない.むしろ,例えば,「­nak, ­ják=3

人称複数形動詞であり,非人称受動の形態素」という一対複数という関係である.こ

のような限定された受動形態素の形式と意味の関係について議論する必要があるだ

ろう.ある 1つの形式について,例えば 3人称複数形動詞が 3人称複数の屈折形であ

り,かつ非人称受動を表す受動形態素である場合を考えてみよう.以下の例(11)は 3

人称複数形動詞を使用した文である.(11)の 3 人称複数形の屈折形が不明の動作主を

指し示す非人称の受動構文となることができる.

(11) Évá­t meg­öl­ték

エーヴァ­対 接­殺す­3複過

「エーヴァが殺された(彼らによって)」,「彼らがエーヴァを殺した」

確かに(11)は,特定の状況や条件や話者の立場や聞き手の解釈によって,受動の意味

「エーヴァが殺された」という解釈が可能である.しかし通常,例(11)は,3 人称複

数の人称代名詞"ők"「彼ら」が省略された文であり,その意味は「(具体的な)彼ら

がエーヴァを殺した」である.これは,動詞の形式”meg­öl­ték”が一つには「(非人称

の)受動」,一つには「3人称複数の人」という2つの意味を持つことになる.場合に

より,2 つの意味が使い分けられることとなる.これを受動形態素と言えるのかどう

かは受動の定義によって異なる. ここで, 被動作主であるエーヴァに注目してみよう.

(11)において,主語で動作主である「彼ら」が不明,または敢えて示されないことで,

被動作主のエーヴァが相対的に特徴付けられている.例(11)は統語的には能動文であ

るが,典型的な他動詞能動文である例文(1)とは明らかに異なる.(1)と比較すると,

この 3 人称複数形動詞の形式使用(11)は偶然ではなく,不定または不明の動作主を表

す非人称構文として意図的に使用されている.したがって,動作主が不明または不定

という特定の状況が想定され,3 人称複数形動詞が受動を含意する.そのとき,この

形式は受動形態素とみなせると主張する 126 .

126 日本語の受動形態素「られ」についても,受動の意味の他に,自発や尊敬,可能の意味がある.

日本語においても受動の意味が出現するのは,「ある状況において」起こると言える.また,別の

状況,「あの日のことが思い出される」では,自発の意味,「このパンはまだ食べられる」では,

可能の意味となる.「られ」はこのように状況により受動の意味は持たないが,(受動の意味を表

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同様に, 受動構文の動詞部分に単なる能動とは異なる形式, 一致形式 (1人称複数,

3 人称複数)や副動詞形,可能動詞現在分詞形が付加している構文がある.これらの

構文も,「ある状況において」受動を意味し,その際受動形態素として機能する.「あ

る状況」 が限定された状況であるとしても, 通常の能動文とは異なる有標的な手段で,

被動作主の特徴づけや,行為を能動とは異なる視点から描かれることになる.その場

合,「受動構文」はとなり,形式が受動の意味を持つと言える.

5.4. 受動構文と動詞の他動性

最後に,受動構文や受動形に使用される動詞について議論する.受動の意味と動詞

の性質について,他動性と関連させて考察する.通常,受動は他動詞で現れ,自動詞

では現れない 127 .そのため,受動化(passivization)が動詞の他動性を測るために使用さ

れることがある(角田 1991: 76­80).

ここでは,ハンガリー語の受動構文において,動詞の性質(他動性)と受動の意味

表出に関係があるかどうかを調査した.本研究では,これまで受動の意味を指し示す

構文や形式について議論してきた.しかし,受動形式や受動構文に使用される動詞の

性質については 4.3 節の結果相構文の部分を除いてあまり言及していない.受動文は

他動詞, それも典型的な他動詞 (もしくは, 他動詞のプロトタイプ, Hopper & Thompson

(1980)や角田 (1991)を参照)に観察される.以下に,ハンガリー語で他動詞と自動詞

でそれぞれ受動構文を作成し,両者でどのような違い,または適不適が現れるかを観

察した.他動詞と自動詞の対照には,典型的な他動詞である"kitörni"「壊す」と,他

動性の低い自動詞 "elutazni"「旅行する」を選び,これらの動詞を使用して,1人称複

数形動詞,3 人称複数形動詞,結果相構文と可能動詞現在分詞形の構文を作成した.

なお,語順交替に関しては,自動詞と他動詞で有意な違いが出現すると考えられない

ため,考察しない.再帰/中間構文については,動詞に再帰/中間接辞付加の制限が

あり,受動分詞を使用した名詞句は受動構文ではないため,それぞれ後に議論するこ

とにする.

す際は)受動形態素であることに変わりはない.つまり「られ」は多義であり,その意味の一つ

として受動の意味を持つわけである. 127 日本語では,「雨に降られた」 に代表される被害の受身が自動詞で形成することができる. また,

フィンランド語では,"Nuku­taan"「誰かが眠る」のように,自動詞でも非人称の構文を構成する

ことができる.ハンガリー語では 1 人称複数形及び 3 人称複数形の屈折形が自動詞の場合,非人

称構文を構成する.しかし,これは受動の意味を持たない.それゆえ,受動形態素ではない.

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以下の例(12)では,他動詞"kitörni"「壊す」を使用した文を作成しまとめた.まず,

最初に能動文(12)を示し,その後(12a­d)に受動構文で,受動の意味を表現しようとし

ている.

(12) Péter ki­tör­te az­t az ablak­ot, tehát,

ペーテル 接­壊す­過 3単 あの­対 その 窓­対 そうして

「ペーテルがあの窓を壊した,そうして」

a. az az ablak­ot ki­tör­ték.

あのその 窓­対 接­壊す­過 3複

「(彼らが)あの窓を壊した,あの窓が壊された」(非人称受動)

b. az az ablak­ot ki­tör­tünk.

あのその 窓­対 接­壊す­過 1複

「(我々が)あの窓を壊した,あの窓が壊された」(総称受動)

c. az az ablak ki van tör­ve.

あのその 窓 接 ある 壊す­副

「あの窓が壊された」(結果状態の受動)

d. az az ablak ki­tör­het­ő vol­t.

あのその 窓 接­壊す­可­分 ある­過

「あの窓が壊されることができた」(可能受動)

(12a)の 3人称複数形動詞では, 窓を壊したという非人称の動作主の行為が問題となっ

ており,一方(12c)の結果相構文では,動作主の行為ではなく,窓が壊されてしまった

という結果状態が重要な情報となっている.(12b)の 1人称複数形動詞の形式では,窓

を壊した動作主のペーテルが何らかの形で「我々」のグループに属する必要がある.

この総称的な動作主の解釈は(12d)も同様である.ただし,(12d)は,総称的な動作主

の解釈と不特定の動作主の解釈両方が可能である. (12d)は可能接辞を使用しているた

め,可能受動の意味解釈がなされる.(12a­d)のいずれの例文も何らかの点で受動の意

味を指し示しているが,それぞれが示す意味は異なる.他動詞"kitörni"「壊す」は十

分に受動の意味を表現できる動詞であることが判明した.

次に自動詞である"elutazni"「旅行する」を使って同じように構文を作成したのが例

文(13)である.

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143

(13) Péter el­utaz­ott Görögország­ba tehát,

ペーテル 接­旅する­過­3単 ギリシャ­場 そうして

「ペーテルがギリシャに旅に出た,そうして」

a. el­utaz­ták Görögország­ba.

接­旅する­ 3複過 ギリシャ­場

「(彼らが)ギリシャへ旅した,誰かがギリシャへ旅した」(非人称)

b. el­utaz­tunk Görödország­ba.

接­旅する­ 1複過 ギリシャ­場

「(我々が)ギリシャへ旅した」(総称)

c. el van utaz­va Görögország­ba.

接 ある 旅する­副 ギリシャ­場

「(彼が)ギリシャへ旅に出てしまった」(結果相)

d. el­utaz­hat­ó vol­t Görögország­ba.

接­旅する­可­分 ある­過 ギリシャ­場

「(彼が/皆が)ギリシャへ旅に出ることができた」(可能性)

(13)において自動詞を使用したとき, 3人称複数形動詞(13a), 1人称複数形動詞(13b),

結果相構文(13c),可能動詞現在分詞形(13d)の文自体はすべて容認可能である.ただし

(13)の場合,すべての例が受動の意味ではなく,本来文法形式が持つ意味(非人称の

行為,総称の行為,結果相,可能性)である 128 .(13a­d)すべて受動の含意を持たず,

例えば(13a)では,3人称複数形動詞の構文は誰か不定の人が旅をしたという非人称行

為の解釈のみが可能であり,非人称受動を意味しない.1人称複数形動詞の(13b)は非

人称や総称的な解釈さえできなくなり,「我々が旅した」という「我々の行為」と言

う意味解釈になる. (13c)の結果相構文では, 単なる結果相の意味 「旅立ってしまった」

になる.最後に可能動詞現在分詞形(13d)は,「彼が旅することができた」という可能

性の解釈と誰もができたという総称的な可能性の解釈のみを許す.いずれにせよ,

128 古体形の受動接辞を自動詞に付加した場合,容認不可になる. * "Elutaz­tatik" 旅行する­受 「*旅行される」

これは受動接辞が本来的な受動形で,他動詞から自動詞を派生させるわけであるからである.自

動詞から受動接辞付加で自動詞というのはハンガリー語では不可能である.そのため,受動接辞

は当該の動詞が自動詞か他動詞かを判断するテストに使用することができる(角田 1991: 72).

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144

(13a­d)の例文で自動詞の"elutazni"「旅行する」を使用した場合,受動を意味しないこ

とが判明した.すなわち,ハンガリー語の受動構文である,3 人称複数形動詞,1 人

称複数形動詞,結果相構文,可能動詞現在分詞形が受動の含意を持つためには,使用

される動詞が他動詞でなければならないわけである.

次に,再帰/中間構文における自動詞と他動詞の関係について述べる.再帰/中間

動詞を形成する再帰/中間接辞"­ódik/ ­ődik"は他動詞から自動詞を派生させる接辞で

ある.そのため,自動詞である"elutazni"「旅行する」に再帰/中間接辞を付加するこ

とはできない(*el­utaz­ódik).それゆえに,例文(14c)は容認不可である.

(14) a. * Az az ablak ki­tör­ődik.

あのその 窓 接­壊す­中

「あの窓が壊される」

b. Az az ablak ki­tör­ik.

あのその 窓 接­壊す­自動詞化

「あの窓が壊される」

c. * El­utaz­ódik Görögország­ba.

接­旅する­中 ギリシャ­場

「ギリシャへ旅に出られる」

例(14)で問題となるのは,典型的な他動詞である"kitörni"「壊す」に再帰/中間接辞を

付加した(14a)が非文となる点である.それは他動詞"kitörni"「壊す」に再帰/中間接

辞を付加した形式”ki­tör­ődik”が不可であるためである. 再帰/中間接辞は比較的生産

的な派生接辞であるが,すべての他動詞に付加できるわけではない.再帰/中間接辞

付加に関しては.語彙的制限及び動詞の語彙概念構造に関する制限が存在すると考え

られる.そのため,典型的な他動詞とされる,"megölni"「殺す」や"lelőni"「撃つ」に

接辞を付加できない.他動詞の"kitörni"「壊す」に関しては,語彙的な関係ではある

が, "kitör­ik" 「壊れる」 という自動詞がある (参照:自動詞接辞1の”­ik”). この"kitör­ik"

「壊れる」を使用して作成した例が(14b)で,これは容認可能である.ハンガリー語の

他動詞と自動詞の関係については,比較的生産的な派生接辞(再帰/中間接辞,自動

詞接辞,再帰接辞)を使用する種類と,既に生産性のない語彙的なもの,"megölni"

「殺す」と"meghalni"「死ぬ」のような完全に語彙的な関係にある種類等のヴァリエ

ーションがある.この接辞付加については,動詞の語彙概念構造に関係したり,動詞

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145

の語源や歴史的用法が関係したりしている.そのため,他動詞と自動詞の関係を簡単

に説明することは難しい 129 .

最後に,「太郎によって殺された花子」型名詞句で,他動詞と自動詞の対立,そし

て受動と能動の対立について議論する.下の(15)に他動詞"kitörni"「壊す」を使用した

形式と自動詞"elutazni"「旅行する」を使用した形式を示す.

(15) a. Péter által ki­tör­ött az az ablak

ペーテル 後 接­壊す­過 3単(分) あのその 窓

「ペーテルによって壊されたあの窓」

b. Görögország­ba el­utaz­ott Péter

ギリシャ­場 接­旅する­過 3単(分) ペーテル

「ギリシャへ旅立ったペーテル」

(15a)は他動詞"kitörni"「壊す」を使用した形式で,意味は「ペーテルによって壊され

たあの窓」となる.この場合,動作主であるペーテルが後置詞"által"と共に現れ,被

動作主の窓が主要部となっている.過去分詞である"kitör­ött"は「壊された」が受動の

意味を持つ.そういうわけで,(15a)の分詞は受動分詞であると言える.一方,(15b)

は自動詞"elutazni"「旅行する」を使用した形式である.自動詞であるため,関与者は

旅行する人であるペーテルと,場所格として旅行の目的地であるギリシャが存在する.

目的地ギリシャは場所格”­ba”で受ける付加詞である.名詞句において,旅行者ペーテ

ルが主要部となっている.過去分詞である"elutaz­ott"は「旅立った」は能動の意味を

持つ.したがって,(15b)の分詞は能動分詞である.ハンガリー語の過去分詞形は同じ

形式(­ott, ­ett, ­ött)で能動と受動の意味を表す.過去分詞に使用される動詞の他動性が

高い際,受動の意味を持つのである.

受動構文と動詞の他動性についての分析をまとめる.本研究で取り上げた受動構文

は「ある条件のもとでは」受動の意味が観察される.この条件には,動詞が他動詞で

なければならないという条件が含まれる.本研究が提示した受動構文で,1 人称複数

や 3人称複数の動詞屈折や結果相構文,可能動詞の現在分詞形は,通常は受動ではな

く,形式独自の文法的意味がある.これらの構文において,他動性の高い他動詞の場

129 Károly (1982)にハンガリー語の自動詞と他動詞の派生関係について,多くの派生接辞の解釈及

びそれに関する通時的な分析がなされている.本研究では,この動詞個々の接辞付加の問題につ

いては議論しない.

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146

合, 受動が含意されやすい 130 ことが判明した. これは特に他動性の高い動詞において,

物理的な影響や具体的な動作が及んだという意味が強く,そのような意味的な受影性

が受動の意味解釈に必須であるからと考えられる. 一方で, 自動詞に近づくにつれて,

受動の意味がなくなって来る.他動詞の関与者が動作主と被動作主の 2人必要である

のに対して,自動詞の関与者は 1人(これは動作主の場合もありうるし,被動作主の

場合もありうる)しかいない.つまり,受動と解釈されるためには,特徴付けられる

べき被動作主と,暗示されるべき,または削除されるべき動作主の存在が必要という

ことである.これは,動作主が降格され被動作主が昇格されるべきという受動の機能

で述べられている.ただし再帰/中間構文については,再帰/中間接辞が付加可能な

動詞でなければならないという語彙的及び意味的な制限がある.再帰/中間接辞は他

動詞から自動詞を派生させる接辞であるため,前提として派生前は他動詞でなければ

ならない.

最後に,非人称構文である 1人称複数形動詞及び 3人称複数形動詞に関して補足す

べき点がある.例えば,3 人称複数形動詞が他動詞の際は非人称受動の意味解釈が可

能となるが,自動詞の 3人称複数形では,いわゆる非人称の解釈にしかならない(例

16).

(16) a. A számitógép­et el­lop­ták

その コンピュータ­対 接­盗む­過 3複

「不定の人がそのコンピュータを盗んだ,そのコンピュータが盗まれた」

b. Alsza­nak.

眠る­3複

「不定の人が眠っている」

(16a)では,他動詞の"ellopni"「盗む」が使用されることで,単なる非人称の解釈「誰

かが盗んだ」そしてそこから「コンピュータが盗まれた」という非人称受動の意味解

釈が可能となる.これは盗み手の動作主を 3人称複数形の動詞屈折で指し示している

からである.一方(16b)では,自動詞の"aludni"「眠る」が使用された文であるが,こ

130 受動の含意がされやすいのであり,他動詞においてすべて受動を意味するとは限らない.受動

の意味解釈には個々人の解釈の揺れも存在し,ハンガリー語における受動のカテゴリー化も人に

より左右すると思われる.例えば,英語やドイツ語などの受動形を持つ言語に通じるハンガリー

人だと,受動の意味解釈をかなり認める傾向がある.

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147

の場合,3 人称複数の動詞屈折は「眠る人」を指し示す.そのため,意味としては非

人称の行為という解釈のみ可能で,「不定の人が眠っている」となる.ハンガリー語

では,決して「(どこそこで)眠られている」という非人称受動の解釈はありえない.

Groot (1989)によると,(16b)は「(ここで)寝ている不特定の人々がいる」という英語

の there構文のような提示機能を持つとしている 131 .

131 小泉(1994: 107)によると,フィンランド語の受動形で,自動詞に受動接辞を付加することで非

人称の行為を表現する. Maailma­ssa synny­tään ja kuol­laan. 世界­場 生まれる­受 そして 死ぬ­受

「この世では人が生まれたり,死んだりしている」

このフィンランド語の非人称の行為はハンガリー語では 3 人称複数形を使用して表現される. A világ­ban szült­nek és meghal­nak. その 世界­場 生まれる­3 複 そして 死ぬ­3 複

「世界では人々が生まれたり,死んだりしている」

つまり,非人称の行為をフィンランド語では受動形で,ハンガリー語では 3 人称複数で表し,受

動行為をフィンランド語では受動形で,ハンガリー語では 3 人称複数形で表す.

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148

第 6 章 結論

本研究では,ハンガリー語において受動の意味を伝達する単一の受動形が存在せず,

異なる形式を使用する数種の受動構文が存在し,それらが受動の意味を表していると

主張した.それぞれの受動形式に,異なる被動作主への特徴づけがなされ,受動とい

うカテゴリー化においてゆるやかな共通点を持つことを示した.これらの受動構文は

受動プロトタイプと言いがたい.むしろ,ハンガリー語では受動のプロトタイプの中

心が空になっていて,その周囲に受動構文や受動形が存在するドーナツ型のカテゴリ

ー化がなされていると提案した(図 1).ハンガリー語文法で受動という文法カテゴリ

ーを認知する際,典型的な 1つの形式(受動形)ではなく,プロトタイプの周囲に位

置する受動構文や名詞句に現れる受動形が想起される.それら幾種かの受動の意味を

表す形式がゆるやかに結びついた関係で受動のカテゴリーを形作っているわけであ

る.以下で本研究の成果と問題点,将来の展望を述べて結論とする.

本研究では,受動形を持たないとされる現代ハンガリー語において,受動の意味を

表すために別の文法形式が存在するのを示すことを目指した.その目的のために,受

動の形式そのものではなく,言語外の観点,つまりは受動が表す意味やその語用論的

な機能に注目した. そして機能主義的な観点から受動を定義し, 実際の例を観察した.

受動の文法カテゴリーには,目に見える形で,動作主の降格,被動作主の特徴づけ,

と受動動詞 (受動形態素) の存在が不可欠である. 能動形と比較すると, 受動形では,

動詞になんらかの有標の受動形態素がマークされる.そして,動作主ではなく,被動

作主に関する何らかの特徴づけ(主題化,焦点化等)が行なわれるという意味論的,

語用論的な条件に注目すべきである.このような機能主義的観点からの受動の定義で

もって,英語受動文とハンガリー語翻訳文との対照研究を行った.その結果,ハンガ

リー語には受動形を欠くどころか,受動の含意を持ついくつかの形式(受動構文)が

観察された.機能主義的な観点から受動とみなした形式は,通常,純粋な受動形とは

言われなかった形式である.しかしハンガリー語では,受動の意味を表すために,こ

のような受動構文の形式を使用しているわけである.本研究では,専ら受動のために

使用されるわけではない他の形式が,プロトタイプから外れているものの,受動であ

ると主張した.受動プロトタイプから外れた形式は,特定の状況や特定の動詞でのみ

受動を含意し,その受動の意味解釈自体が限定されている.ハンガリー語には,プロ

トタイプの中心にあるべき理想的な受動形が存在しない.

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149

ハンガリー語において受動のプロトタイプの周辺に位置する形式には,1 人称複数

動詞と 3人称複数動詞の非人称構文,副動詞を使用した結果相構文,可能動詞現在分

詞形を利用した可能受動文と再帰/中間構文,そして名詞句のみに使用される「太郎

によって殺された花子」型の受動分詞の形式がある.さらに,ハンガリー語は語順の

交替が比較的自由なため,被動作主を容易に主題の位置や焦点の位置に移動させるこ

とができる.その結果,被動作主の特徴づけが可能になる.しかしながら,語順交替

による手段は,動詞に何らかの受動形態素が付加されるわけではない.そのため,有

標な構文とは言えず,受動の定義からは外れることとなった.他の形式や構文(1 人

称複数形や 3人称複数形の一致形式,結果相構文や可能動詞現在分詞形,再帰/中間

構文,そして過去分詞)が受動の意味を伝達し,かつ受動形態素を有することを示し

た.そして,これらの形式は,他動詞であり,動作主と被動作主の存在があり,さら

に被動作主が何らかの形で特徴づけられる際,受動の意味解釈を持つ.動詞が他動性

の低い自動詞の場合,受動は含意せず,それぞれの本来の意味(非人称の行為,結果

相や能動分詞等)を表す.

本研究では,複数の受動形や受動構文の存在を,受動プロトタイプを使って捉えよ

うとした.ハンガリー語において,受動のプロトタイプの中心に位置すべき形式が存

在しない.その代わりにプロトタイプの周囲に,1 人称複数形動詞,3 人称複数形動

詞,結果相構文,可能動詞現在分詞形,再帰/中間構文,そして過去分詞という,受

動構文と受動形が取巻いている(図1参照).これらの形式は,統語的そして意味的

に制限を持ち,受動の意味解釈も限定的である,1 人称複数形動詞や 3 人称複数形動

詞では被動作主が対格を取る直接目的語で標示されているため,統語的には能動形の

ままである.これらの形式は,本来は 1人称や 3人称の主語の存在を表す屈折形であ

る.結果相構文では,動作の結果を述べることが問題であり,動作主の存在に関して

はほとんど考慮されない.可能動詞現在分詞形は,統語的には受動であるが,可能受

動しか表現できない.再帰/中間構文においては,再帰/中間接辞を付加できる動詞

に制限がある. 最後に, 過去分詞形に関しては, 名詞句においてのみ使用可能である.

しかしながら,受動のカテゴリーを考えた際,ハンガリー語の中でこれらの受動構文

や受動形が受動であると認識される.ハンガリー語には過去に受動形態素が存在し,

それが 19 世紀に衰退してしまった.その際に,受動というカテゴリーが一度消滅し

てしまった.本研究では,現代ハンガリー語ではそれほど認識されていなかった受動

カテゴリーをプロトタイプの観点から定義づけることにより,プロトタイプの周辺に

属する構文や形式を緩やかではあるがカテゴリー化することができることを示した.

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150

さらに,何らかの受動の意味表現可能ないくつかの形式が受動の意味を表す受動構文

または受動形式としてみなせることを示した.それぞれの文法形式には特別な特徴や

制限が存在し,いくつかの構文や形式が受動を表すために混在している現代ハンガリ

ー語の状況が明らかとなった.その状況をプロトタイプによる受動のカテゴリー化で

捉えた.しかしながら,受動のプロトタイプの中心に位置する古体形の受動形態素が

衰退した理由については考察しなかった 132 .プロトタイプの周囲に位置する形式がこ

れから受動プロトタイプに接近する(さらなる「受動」への文法化が進む)のか,そ

れともこの状態が続く (緩やかながら複数の受動構文が存在する) のかは疑問である.

また, 受動の意味に関して, 受動の意味的特徴の一つである受影性(Affectedness: 益

岡 1991)に関しては具体的な考察をしなかった.受影性とは,話者や動作主,被動作

主の被害や利害などに関する動作や作用の影響や変化(吉川 1995: 119),または,対

象が動作を被ること(角田 1991: 81)である.受影性は,日本語の間接受動文や自動

詞の受動文に顕著に観察される. 例えば,「私は太郎に花子を殺された」 133 (角田 1991:

77)や「先生が学生達に論文を批判された」(鷲尾 1997: 12)の間接受動文や「花子が

雨に降られた」の自動詞の受動文である.受動の意味特徴の一つである受影性が,ハ

ンガリー語の受動構文や受動形にどの程度観察されるかについては議論しなかった.

本研究では,受動が未発達であるとされてきたハンガリー語において,どのように,

そしてどのような手段で直接受動が実現されるのかを考察した.そのため,間接受動

の有無や受動に関する意味論的な詳細な分析については,考察の対象外となった.こ

れらの本研究の考察が及ばなかった点は,本研究に続く将来の課題とする.

132 先行研究では,この古体形の受動形態素が衰退し,使用されないことを述べているが,衰退の

理由についてはまったく述べられていない.これについては,書き言葉を中心とした歴史的な研

究(特に 18世紀から 20 世紀初頭)が必要かと思われる. 133 ハンガリー語では,「私は太郎に花子を殺された」 のような間接受動文の意味を伝達するのは,

難しい.幾つかの可能性として,次のような例が考えられる. (i) Hankó­m­at öl­te meg Taro.

花子-所-対 殺す-3 単過 接 太郎

「私の花子は太郎が殺した」

語順交替による話題化を利用して,「私の花子」 が話題として, 受動のニュアンスを出そうとした.

花子に 1 人称単数の所有接尾辞を付加し,「私の花子」とすることで,花子が殺されたことでの私

の被害の意味が出るように工夫した. (ii) Hanakó­m­at öl­ték meg Taro miatt.

花子-所-対 殺す-3 複過 接 太郎 後

「太郎のせいで私の花子が殺された」

これは 3 人称複数形動詞を使用した非人称受動構文である.この例では,動作主である太郎が文

中に出せないため,後置詞”miatt”「―のせいで」を使用して太郎を示した.私が被害を受けると

いう意味を出すには,「私の花子」と所有接尾辞を使用して表現した.

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151

図1,ハンガリー語における受動を意味する構文,形式の分布

(受動の文法カテゴリーの図式化と意味的な相関関係)

受動プロトタイプ(古体形の受動形態素:­(t)atik, ­(t)etik)

他動性を下げる(中間的なヴォイス)

動作に可能の意味付与(可能受動)

動作主を非人称に 動作主を総称に

被動作主に注目 被動作主の状況

動作主の明示

動作の結果状態に注目

「ハンガリー語の受動カテゴリー」:

ドーナツ型

プロトタイプが空でその周りに受動

を意味する形式が取巻いている

再帰/中間構文

「太郎によって殺さ

れた花子」型名詞句

副動詞とコピュラから

なる結果相構文

1 人称複数形動詞

3 人称複数形動詞

可能接辞 1,3 人称

複数形動詞 可能動詞現在分詞形

φ

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152

略号

対 対格 過 過去時制 不 不定詞形

与 与格 可 可能接辞 1 1 人称

具 具格 自 自動詞化接辞 2 2 人称

場 場所格 * 中 再帰/中間接辞 3 3 人称

所 所有接尾辞 受 受動接辞 単 単数形

関 関係詞 使 使役接辞 副 複数形

後 後置詞 副 副動詞形

接 動詞接頭辞 分 現在,過去分詞形 134

* ハンガリー語の場所格の体系

”ház­” 「家」

ház­ba 家の中へ ház­ra 家の上へ ház­hoz 家のそばへ

ház­ban 家の中で ház­on 家の上で ház­nál 家のそばで

ház­ból 家の中から ház­ról 家の上から ház­tól 家のそばから

134 現在分詞の形式は,”­ó/ ­ő”,過去分詞は”­ott/ ­ett/ ­ött”,それぞれ母音調和によるヴァリアント

である.

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