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様式第19 別紙ロ 科学研究実践活動のまとめ 1. タイトル 長野県の里山で生じている問題その1 野生動物による食害の実態と保全状況 2. 背景・目的 長野県は自然豊かだといわれているが、自然環境、特に身近な里山で現在いろいろな問題が生じている と言われている。まず問題を「物理的問題」と「質的問題」に分けて考えてみると、「物理的問題」としては面 積の減少である。しかし長野県での森林面積の減少は見られず、1960 年と比較するとむしろ増加している ことが分かった。「質的問題」の「質」とは何であるのか。 平成 27 年度 10 月の安曇野環境フェアと松本消費生活 の来場者を対象に一般の方が問題だと思うことをアンケ ート調査すると図1のような結果になった。 安曇野環境フェアへの来場者と松本消費生活展への来 場者の回答は大体傾向が同じであったが、安曇野市は 1 位が松くい虫、2 位が野生動物、松本市は 1 位が野生動 物、2 位が松くい虫となっていた。 そこでまず野生動物の被害とはどういうもので、どうい 動物が被害をもたらしているのかその実態を明らかにし たいと考えた。またこれらの問題を生じさせている原因を見ることで、今後の里山のあり方や保全方法を考 えるヒントが得られると考えた。 3. 研究方法 (1)講師の先生による講義 年月日 講師名 所属 講義内容 2015/8/28 岡田充弘技師 長野県林務部 里山の実態と野生動物による問題 2015/9/19 近藤道冶館長 長野県林業総合センター 里山の歴史と問題 ・林業センター構内の踏査も含め 2015/11/9 竹田謙一准教授 信州大学 野生動物の習性と現在の問題状況 2015/9/25 山崎悟様 山崎商店(動物解体施設 しか肉の利用販売) 駆除された鹿の利用 2015/11/21 鈴木喜一郎様 寿さとやまクラブ 里山で起こっている問題 野生動物の実態と駆除後の利用 専門家(研究行政機関、大学)の他、実際に里山保全に取り組んでいる NPO 団体や個人の方の話をう かがうことで、より現実性のある状況把握が可能である。 また、(3)の動物センサー設置において、専門家の助言をいただくことで、設置場所や設置方法(高さや 角度など)を特定することができた。 (2)書籍やインターネットや新聞情報の整理 書籍やインターネット情報は日本全体のことが一般的に把握できるが、地方新聞や新聞の地方版は、身近な 整理番号 SG150003 活動番号 001 図1 長野県の里山で生じていると思う問題 野生動 物の被 24% 松くい 20% 不法投 15% 耕作放 棄地 13% 竹林荒 4% 生物多 様性の 減少 14% 森林減 5% 放射線 検出 4% その他 1%

図1 長野県の里山で生じていると思う問題 - JST · 書籍やインターネット情報は日本全体のことが一般的に把握できるが、地方新聞や新聞の地方版は、身近な

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様式第19 別紙ロ

科学研究実践活動のまとめ

1. タイトル

長野県の里山で生じている問題その1 野生動物による食害の実態と保全状況

2. 背景・目的

長野県は自然豊かだといわれているが、自然環境、特に身近な里山で現在いろいろな問題が生じている

と言われている。まず問題を「物理的問題」と「質的問題」に分けて考えてみると、「物理的問題」としては面

積の減少である。しかし長野県での森林面積の減少は見られず、1960 年と比較するとむしろ増加している

ことが分かった。「質的問題」の「質」とは何であるのか。

平成 27 年度 10 月の安曇野環境フェアと松本消費生活

の来場者を対象に一般の方が問題だと思うことをアンケ

ート調査すると図1のような結果になった。

安曇野環境フェアへの来場者と松本消費生活展への来

場者の回答は大体傾向が同じであったが、安曇野市は 1

位が松くい虫、2位が野生動物、松本市は 1位が野生動

物、2位が松くい虫となっていた。

そこでまず野生動物の被害とはどういうもので、どうい

動物が被害をもたらしているのかその実態を明らかにし

たいと考えた。またこれらの問題を生じさせている原因を見ることで、今後の里山のあり方や保全方法を考

えるヒントが得られると考えた。

3. 研究方法

(1)講師の先生による講義

年月日 講師名 所属 講義内容

2015/8/28 岡田充弘技師 長野県林務部 里山の実態と野生動物による問題

2015/9/19 近藤道冶館長 長野県林業総合センター 里山の歴史と問題

・林業センター構内の踏査も含め

2015/11/9 竹田謙一准教授 信州大学 野生動物の習性と現在の問題状況

2015/9/25 山崎悟様 山崎商店(動物解体施設

しか肉の利用販売)

駆除された鹿の利用

2015/11/21 鈴木喜一郎様 寿さとやまクラブ 里山で起こっている問題

野生動物の実態と駆除後の利用

専門家(研究行政機関、大学)の他、実際に里山保全に取り組んでいるNPO団体や個人の方の話をう

かがうことで、より現実性のある状況把握が可能である。

また、(3)の動物センサー設置において、専門家の助言をいただくことで、設置場所や設置方法(高さや

角度など)を特定することができた。

(2)書籍やインターネットや新聞情報の整理

書籍やインターネット情報は日本全体のことが一般的に把握できるが、地方新聞や新聞の地方版は、身近な

整理番号 SG150003

活動番号 001

図1 長野県の里山で生じていると思う問題

野生動

物の被

24%

松くい

20% 不法投

15%

耕作放

棄地

13%

竹林荒

4%

生物多

様性の

減少

14%

森林減

5%

放射線

検出

4%

その他

1%

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長野県での野生動物の被害状況や駆除動物の利用などを知る有効な媒体となった。

(3)動物センサーによる実態把握と現地踏査

長野県林業総合センター内と学校から3km山に入った入山辺地区の山林に赤外線センターを設置し、実

際にどのような動物がどのような頻度で現れているのかを観察した。

また、長野県林業センター構内での野生動物(特にシカ)対策事例を見学した。また松本市内田地区~中

山地区を歩き、シカによる被害の様子および林地や農地を保護するネットや柵の様子を見学した。

4. 結果

(1)野生動物による害の実態

食害状況を視覚的に抑えるため代表的な映像を講師の先生から提供された写真や新聞記事、および踏

査で確認した写真を次に示しておく。

写真1:サルに荒らされた大根畑。向こうに見えるの

は動物防護柵である。(写真提供:岡田充弘氏)

写真2:シカに皮を剥がれた雑木林。(松本市中

山奥で見られた状況)

写真3:2 年前までは林床に笹が覆っていた林。ここ

まで林床植生がなくなると土砂崩壊の危険がある。

(写真提供:岡田充弘氏)

写真4:高山帯でサルがライチョウを捕まえる場

面が確認され大きな話題になった。(信大 中村

浩志名誉教授撮影)

被害を及ぼしている動物種、そして被害内容(分野)による整理をして表にまとめた。

表1 野生動物の食害についてその被害内容分類

シカ イノシシ クマ サル ハクビシン タヌキ カモシカ

農業被害

(農地被害)

作物

作物・ヌタバ

養蜂

作物

作物

林業被害

(林地被害)

幹皮剥

新芽食害

キノコホダ場

幹皮剥

枝皮剥

新芽食害

キノコ被害

新芽食害

人的被害 ○ ◎ ◎ ○(糞尿) ○(糞尿)

生態系への影響 ◎ △ ◎

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(土砂崩壊含め) 高山植物 高山帯 ライチョウ

(2)野生動物による農林業被害額と対策

野生動物による農林業被害額を示すと次のグラフの様である。

図2 長野県の獣類の農林業被害額(岡田氏提供)

図3 全国の動物による農作物被害

全国の農業被害の1位はシカによるもので、76億円になっている。長野県でも農林業被害とも同じくシカ

による被害額が 1位になっている。

野生動物の被害を防ぐために、いろいろな防護対策がなされている。

ひとつは「電気柵」「ネット」などを設置することで、野生動物の侵入を防ぐ方法である。農業対策として用

いられている防護柵については一応の効果が見られる場合もあるが、動物によっては学習することで柵や

ネットを潜り抜け、対策がいたちごっこであり、何と言っても資料のように設置に費用がかかるので、農業意

欲の低下を招いている。防護柵は林業対策(特にシカ対策)にも設置される。シカ侵入対策として設置され

る防護柵付近を踏査した結果、写真1のように柵の内外で林床植生の様子が異なり、一応の成果を挙げて

いる場所もある。 しかし私たちが設置した動物センサーによる調査結果防護柵の内側を歩くシカの姿も毎

日観察され、防護柵の内側に動物が一旦入るとその効果がなくなることが分かる。また林業対策の柵を設

置するには広い範囲が対象になるため費用がかかる。したがって林業対策については、木にネットをまき

つけたり枝を使っての対策が主流である。もちろんこの対策についても費用がかかる。

写真4:防護柵の内外の様子(松本市中山)

写真4の説明

松本市中山に設置された野生動物の防護柵の内

外の様子。

柵の山側は林床植物が全部食べられてしまってい

る。笹も芽の部分が食べられており、初夏に緑に

なっていない。

一方柵の外側(里側)では林床植生は繁ってい

た。

(3)野生動物の駆除対策とその利用

野生動物被害を防ぐ方向として「駆除」が上げられる。狩猟による駆除とくくり罠による駆除がある。そ

れぞれの方法でのメリットとデメリットがあるが、狩猟による駆除が有効であると考えられる。問題は猟師の

高齢化と人数減少である。狩猟免許取得の制限や維持の困難さが挙げられるが、猟師数の減少が野生動

物数の増加の一因になっている。さらに駆除された動物の利用販路が確立しておらず、現在駆除された動

物のほとんどが里に下ろされずに山の中に埋められたり放置されているのが実情である。

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長野県では平成 27年からイオン株式会社と提携して、通年しか肉が提供されるように提携し、解体施設な

どを指定してネットワークつくりを始めた。

(4)里山利用と被害の関連性

図4 里山環境の変化と動物の動き(提供 信大竹田謙一准教授)

図の説明

上の図はかつて人間生活が里

山にエネルギーを頼り農作物

や林産物を得るために里山を

十分に利用していた頃の模式

図で、その頃野生動物は生息

地は山の中に持ちながら、

時々里に下りてきていた。野生

動物も人が頻繁に利用してい

る場所までは降りてきにくかっ

た。一方下の図は現在、農地

や里山に人がほとんど入らなく

なった状況の模式図で、野生

動物たちは里の荒れた農地な

どをねぐらにしている。

野生動物の食害が増加した理由としてかつては「自然林が伐採されて野生動物が里に下りてこなくては食

料がないから」といわれたこともあったらしい。しかし野生動物の被害にあった場所を調べた研究結果②から

果樹が木や残されていたり農作物が農地に残されているところへの被害や耕作放棄地でクズが繁茂してい

る場所がねぐらや食事場所になって被害が見られる場合が報告されており、私たちの里山利用と野生動物

の害の密接な関係も分かってきた。

5. 考察

(1)里山の野生動物の被害をどの立場で考えるか

・野生動物は自らが人間に害を及ぼそうとしているわけではない。

・クマ(ツキノワグマ)は関西では絶滅危惧種で保護されている。

・30年前問題視されていたカモシカは長野県の天然記念物であり、現在カモシカを

(2)今後の里山保全について

・頭数制限と駆除動物の利用

・公的負担、協力

・一般人としての保全姿勢の必要性

6. 結論

(1)長野県里山での野生動物の問題とその解決にむけての提言

・被害→被害額や保全設備投資→農林業への意欲低下→山林の放置

・誰(何)にとっての「被害」なのか。

(2)今後の研究の展開と課題

今回里山で生じている問題の一つとして野生動物に注目して調査研究を行ってきた。学校と家の往復が

高校生の主な生活圏であり、今まで野生動物や里山の接点が少なく、ニュースで「クマが家屋に入り込み」

「サルが市街地にあらわれる」などを見ることはあっても、あまり身近に感じられなかった。したがって調

査に出かける機会も非日常で詳しく観察することができなかった。動物センサーを設置してカメラを通して

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どのような動物が現れるのかはその一端を見ることはできても、動物の姿と被害(問題)に直接つながる

ものではなかった。

今回の研究テーマが自然を扱ったものである一方、調査するうちに里山の問題は人間生活や社会との関

係で見ていく必要のある大きな問題であることに気づき、現状と問題の捉え方が難しかった。

研究を展開していく方向は多様な可能性が考えられるが、自然環境と人間生活の両側面からの研究接近

は大切にしていきたい。したがって自分達の踏査を基本としながらも、いろいろな立場の方からの情報提

供(講義も含めて)や基本的なデーターからの読み取りも大切にする必要がある。そして自分達はこうした

進路や職業を選択しなくても、自分の「生活の中」で野生動物の肉利用や自然利用を考えていきたいと思

う。

7. 参考文献等

① シカの脅威と森の未来(文一総合出版)

② 栃木県イノシシ被害地点と周辺環境特性(日本哺乳類学会誌)

8. 成果発表実績

・受賞

受賞はなし。

報道機関が研究活動に興味を持ち下記のように取材報道が行われた。

中日新聞 鳥獣被害の状況 鹿肉利用学ぶ 2015/9/26

市民タイムズ シカの有効利用考える 2015/9/27

中日新聞 環境問題の研究発表 2016/2/6

市民タイムズ 里山の環境 高校生が研究 発表会 2016/2/6

・成果発表の機会

2015年 12月 12日 長野県生徒研究発表会(長野県総合教育センター)

2016年 2月 5日 環境科学コース課題研究発表会(エクセラン高等学校)