12
2009年6月24日、文部科学省はiPS細胞の実用化に向け て今後10年で達成すべき研究目標を定めたロードマップ (工程表)を公表した。その概要を紹介する。 研究予算 平成20年度本予算;約 30億円 (前年比約10倍) 同補正予算;約 15億円 平成21年度本予算:約 45億円 同補正予算:約100億円 目標1.初期化メカニズムの解明(基礎・基盤的研究) 【5年以内】 • iPS細胞の初期化の分子メカニズムの解明 • iPS細胞とは異なる新たな多能性幹細胞の樹立 目標2.標準iPS細胞の作製と供給(標準化) 現在、世界各国の研究者によって様々な方法(ウイルス・ タンパク質・化合物等)を用いてiPS細胞が作製されている が、基本的概念である明確なiPS細胞の定義、ES細胞・体 性幹細胞等の先行技術との正確な比較研究、作製された iPS細胞及びそれらから分化誘導された細胞の有する性 質の客観的な評価方法等は未だ明らかになっていない。 これらは、臨床応用や産業利用を見据え、喫緊に対応す べき重要な課題である。そのため、高品質でリスクの少ない iPS細胞の確実な作製方法や、その評価方法の確立に向 けた研究開発は、iPS細胞ネットワークを通じて複数の研 究機関において連携協力して進める。 同時に、iPS細胞の体系的な評価結果に関する情報の 蓄積・解析は、京都大学・iPS細胞研究センター(「CiR A」)において集約的かつ公正に行う。 【1年以内】 • iPS細胞の性質を明らかにするための評価項目の策定 • 様々な作製方法によるiPS細胞の特性比較 【2年以内】 • 高品質でリスクの少ないiPS細胞の作製方法の確立と その最適化 • 高品質でリスクの少ないiPS細胞の評価方法の確立 •iPS細胞の体系的な評価結果に関する情報を蓄積・解 析する体制の構築(CiRA) 【3年以内】 • 高品質でリスクの少ないiPS細胞を国内外に安価かつ 同条件で配布する体制の構築(理化学研究所筑波 研究所バイオリソースセンター(「理研BRC」) 【3年後以降】 • 高品質でリスクの少ないiPS細胞を国内外に安価かつ 同条件で配布 目標3.疾患研究・創薬のための患者由来のiPS細 胞の作製・評価、バンクの構築 ある疾患をもつ患者の細胞から疾患の特徴を有するiPS 細胞(「疾患特異的iPS細胞」)を作製し、その細胞を目的 の細胞・組織に分化誘導させることによって、その疾患の 発症や治療方法の研究、創薬開発に資することが期待さ れている。 また、健常者や患者の細胞から作製したiPS細胞を目的 の細胞・組織に分化誘導させ、これらを創薬における毒性 評価や有効性評価に使用することも可能である。 こうした研究開発は、ヒトの体内に細胞等を移植すること がないため、目標4で示す再生医療よりも早期に実現する 可能性が高く、再生医療に用いる場合とは異なる観点で、 iPS細胞の作製に当たっての最適な方法や評価方法を確 立することが必要である。 【進捗中】 • iPS細胞を作製すべき疾患の整理と作製 • 各疾患の研究者へのiPS細胞に関する技術講習 • 創薬に利用できる毒性評価系の産業応用 【2年以内】 • 疾患研究用iPS細胞の作製方法の確立とその最適化 • 疾患研究用iPS細胞の評価方法の確立 • 疾患特異的iPS細胞バンクを整備(理研BRC) 【2年後以降】 • 疾患特異的iPS細胞の国内外研究者への配布 (理研BRC) 【5~10年】 • 先天性疾患(遺伝病等)の患者の細胞から作製された iPS細胞を用いた病態の再現と解明 • 後天性疾患(加齢や環境要因等)の患者の細胞から 作製されたiPS細胞を用いた病態の再現と解明 目標4. 再生医療 (iPS細胞から分化誘導された細胞・組織を 用いた細胞・組織移植等の治療技術の前臨 床研究と臨床研究) iPS細胞は、体のあらゆる細胞に分化する能力(多分化 能)を有することから、目的の細胞・組織に分化誘導させ、 移植するという再生医療の実現により、難病や生活習慣病 等の根本治療につながることが期待されている。 〔資料1〕 iPS細胞研究 ロードマップ 2009年6月 文部科学省 13

〔資料1〕 iPS細胞研究 ロードマップ„Š髄性筋萎縮症(SMA)は、生存運動ニューロン1遺伝子 (SMN1)の変異による常染色体性劣性遺伝疾患3)一つであ

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Page 1: 〔資料1〕 iPS細胞研究 ロードマップ„Š髄性筋萎縮症(SMA)は、生存運動ニューロン1遺伝子 (SMN1)の変異による常染色体性劣性遺伝疾患3)一つであ

2009年6月24日、文部科学省はiPS細胞の実用化に向け

て今後10年で達成すべき研究目標を定めたロードマップ

(工程表)を公表した。その概要を紹介する。

◆研究予算

平成20年度本予算;約 30億円 (前年比約10倍)

同補正予算;約 15億円

平成21年度本予算:約 45億円

同補正予算:約100億円

◆目標1.初期化メカニズムの解明(基礎・基盤的研究)

【5年以内】

• iPS細胞の初期化の分子メカニズムの解明

• iPS細胞とは異なる新たな多能性幹細胞の樹立

◆目標2.標準iPS細胞の作製と供給(標準化)

現在、世界各国の研究者によって様々な方法(ウイルス・

タンパク質・化合物等)を用いてiPS細胞が作製されている

が、基本的概念である明確なiPS細胞の定義、ES細胞・体

性幹細胞等の先行技術との正確な比較研究、作製された

iPS細胞及びそれらから分化誘導された細胞の有する性

質の客観的な評価方法等は未だ明らかになっていない。

これらは、臨床応用や産業利用を見据え、喫緊に対応す

べき重要な課題である。そのため、高品質でリスクの少ない

iPS細胞の確実な作製方法や、その評価方法の確立に向

けた研究開発は、iPS細胞ネットワークを通じて複数の研

究機関において連携協力して進める。

同時に、iPS細胞の体系的な評価結果に関する情報の

蓄積・解析は、京都大学・iPS細胞研究センター(「CiR

A」)において集約的かつ公正に行う。

【1年以内】

• iPS細胞の性質を明らかにするための評価項目の策定

• 様々な作製方法によるiPS細胞の特性比較

【2年以内】

• 高品質でリスクの少ないiPS細胞の作製方法の確立と

その 適化

• 高品質でリスクの少ないiPS細胞の評価方法の確立

•iPS細胞の体系的な評価結果に関する情報を蓄積・解

析する体制の構築(CiRA)

【3年以内】

• 高品質でリスクの少ないiPS細胞を国内外に安価かつ

同条件で配布する体制の構築(理化学研究所筑波

研究所バイオリソースセンター(「理研BRC」)

【3年後以降】

• 高品質でリスクの少ないiPS細胞を国内外に安価かつ

同条件で配布

◆目標3.疾患研究・創薬のための患者由来のiPS細

胞の作製・評価、バンクの構築

ある疾患をもつ患者の細胞から疾患の特徴を有するiPS

細胞(「疾患特異的iPS細胞」)を作製し、その細胞を目的

の細胞・組織に分化誘導させることによって、その疾患の

発症や治療方法の研究、創薬開発に資することが期待さ

れている。

また、健常者や患者の細胞から作製したiPS細胞を目的

の細胞・組織に分化誘導させ、これらを創薬における毒性

評価や有効性評価に使用することも可能である。

こうした研究開発は、ヒトの体内に細胞等を移植すること

がないため、目標4で示す再生医療よりも早期に実現する

可能性が高く、再生医療に用いる場合とは異なる観点で、

iPS細胞の作製に当たっての 適な方法や評価方法を確

立することが必要である。

【進捗中】

• iPS細胞を作製すべき疾患の整理と作製

• 各疾患の研究者へのiPS細胞に関する技術講習

• 創薬に利用できる毒性評価系の産業応用

【2年以内】

• 疾患研究用iPS細胞の作製方法の確立とその 適化

• 疾患研究用iPS細胞の評価方法の確立

• 疾患特異的iPS細胞バンクを整備(理研BRC)

【2年後以降】

• 疾患特異的iPS細胞の国内外研究者への配布

(理研BRC)

【5~10年】

• 先天性疾患(遺伝病等)の患者の細胞から作製された

iPS細胞を用いた病態の再現と解明

• 後天性疾患(加齢や環境要因等)の患者の細胞から

作製されたiPS細胞を用いた病態の再現と解明

◆目標4. 再生医療

(iPS細胞から分化誘導された細胞・組織を

用いた細胞・組織移植等の治療技術の前臨

床研究と臨床研究)

iPS細胞は、体のあらゆる細胞に分化する能力(多分化

能)を有することから、目的の細胞・組織に分化誘導させ、

移植するという再生医療の実現により、難病や生活習慣病

等の根本治療につながることが期待されている。

〔資料1〕

iPS細胞研究

ロードマップ

2009年6月 文部科学省

13

Page 2: 〔資料1〕 iPS細胞研究 ロードマップ„Š髄性筋萎縮症(SMA)は、生存運動ニューロン1遺伝子 (SMN1)の変異による常染色体性劣性遺伝疾患3)一つであ

そのためには、目的の細胞・組織のみに分化誘導させる

こと、腫瘍化しないなどの安全性が確保されていること、さ

らには疾患及び組織・臓器の特性を考慮した効果的な移

植方法等の技術が確立されていることなどが必要である。

これらの技術の確立に向けて、細胞・組織移植等の安全

性・有効性を確認し、治療技術開発をより一層加速すべ

く、中型以上の動物やサル等の霊長類動物を用いた前臨

床研究を速やかに実施するとともに、再生医療への応用を

考慮したiPS細胞バンクの整備等を行うため、以下の達成

目標を設定する。

① 再生医療用iPS細胞バンク

【5年以内】

• 再生医療への応用を考慮したiPS細胞バンクの構築

【4年後以降】

• 前臨床研究用として再生医療用iPS細胞の分配

② 再生医療研究

1. 中枢神経系

• iPS細胞から神経細胞への分化誘導技術の確立

【2~4年】

• 霊長類への前臨床研究 【3~5年】

• ヒトへの臨床研究 【7年後以降】

2. 角膜

• iPS細胞から角膜細胞への分化誘導技術の確立

【2~4年以内】

• モデル動物への前臨床研究 【5年以内】

• ヒトへの臨床研究 【7年以内】

3. 網膜色素上皮細胞

• iPS細胞から網膜色素上皮細胞への分化誘導技術の

確立 【2年以内】

• モデル動物への前臨床研究 【2年以内】

• ヒトへの臨床研究 【5年以内】

4. 視細胞

• iPS細胞から視細胞への分化誘導技術の確立

【4年以内】

• モデル動物への前臨床研究 【3~4年】

• ヒトへの臨床研究 【7年以内】

5. 血小板

• iPS細胞から血小板への分化誘導技術の確立

【3~5年以内】

• モデル動物への前臨床研究 【3~5年】

• ヒトへの臨床研究【5~8年】

6. 赤血球

• iPS細胞から赤血球への分化誘導技術の確立

【3~5年以内】

• モデル動物への前臨床研究 【5年後以降】

• ヒトへの臨床研究 【10年後以降】

7. 造血幹細胞

• iPS細胞から造血幹細胞への分化誘導技術の確立

【4~5年以内】

• モデル動物への前臨床研究 【2~3年後以降】

• ヒトへの臨床研究 【7年後以降】

8. 心筋

• iPS細胞から心筋への分化誘導技術の確立 【3年】

• モデル動物への前臨床研究 【3~5年】

• ヒトへの臨床研究 【5~7年程度】

9. 骨・軟骨

• iPS細胞から骨・軟骨への分化誘導技術の確立

【3~5年】

• モデル動物への前臨床研究 【5~10年】

• ヒトへの臨床研究 【10年後以降】

10. 骨格筋

• iPS細胞から骨格筋への分化誘導技術の確立

【3~5年】

• モデル動物への前臨床研究 【4~10年】

• ヒトへの臨床研究 【10年後以降】

11. 内胚葉系細胞 (肝臓細胞、膵ベータ細胞等)、

腎臓細胞

• iPS細胞から内胚葉系細胞への分化誘導技術の確立

【5~10年】

• モデル動物への前臨床研究 【5~10年後以降】

• ヒトへの臨床研究 【10年後以降】

* なお、ここで示した「ヒトへの臨床研究」の開始は、ヒト

において、安全性を確認するための実験を初めて開始で

きる段階を想定している。

(2009年6月25日、読売新聞)

〔資料1〕 iPS細胞ロードマップ

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Page 3: 〔資料1〕 iPS細胞研究 ロードマップ„Š髄性筋萎縮症(SMA)は、生存運動ニューロン1遺伝子 (SMN1)の変異による常染色体性劣性遺伝疾患3)一つであ

脊髄性筋萎縮症(SMA)は、生存運動ニューロン1遺伝子

(SMN1)の変異による常染色体性劣性遺伝疾患3)一つであ

り、このSMN1の変異は、SMNタンパク質の発現を著しく減少

させ1, 2)、その結果下位アルファ運動ニューロンの部分的変

性を引き起こす。臨床的に見ると、SMA1(spinal muscular

atrophy 1:乳児脊髄性筋萎縮症,ウェルドニッヒ・ホフマン

病) 患者では、一般的に生後6ヵ月で症状が現れ、2歳(文献

4)までに死に至る。SMN2遺伝子は、SMN1とほぼ同一である

が、1塩基が異なっており、このために全長タンパク質を

10%しか産生せず、切断されて不安定なエクソン7欠失タン

パク質(エクソン△7)5)を大量に生じる。しかし複数個のSMN2

コピーを有する患者は、より多くの全長タンパク質を産生し、

表現型はさほど重度ではない6)。

ぜん虫、ハエやマウスを用いる現在のモデル系は、SMA

の遺伝学的原因、運動ニューロン死のメカニズムや薬物療

法の可能性に関する貴重なデータを提供してきたが7)、こ

れらのモデル系には重大な制限がある。例えば、マウス、

ハエやぜん虫はSMN2遺伝子を有しないため、動物モデル

にはノックアウトや過剰発現の複雑な計画が必要である8-

12)。いくつかの療法は、潜在的な症状の緩和としての内因

性SMN2の活性化を標的としているため、ヒト細胞ベースの

アッセイ系〔評価系〕は非常に有益であろう。SMA患者線維

芽細胞は研究において利用可能であるが、線維芽細胞は

運動ニューロンと同じ脆弱性を示さない。しかし、SMNタン

パク質の処理と機能は、おそらく神経構成の中で疾患機序

の理解と密接な関連を持つユニークな特徴を有しているで

あろう。

胚性幹細胞〔ES細胞〕との顕著な類似点を示す人工多能

性幹(iPS)細胞は、今日成人の体性組織より作製すること

ができ13-17)、 近の研究では筋萎縮性側索硬化症〔AL

S〕、筋ジストロフィーやハンチントン病などの様々な疾患の

患者特有のiPS細胞の作製に成功している18, 19)。しかし、こ

れらの研究はいずれも細胞生存や細胞機能においての疾

患特異的な変化を示していない。

本研究で我々は、タイプ1SMA患児とその健常な母親か

らiPS細胞を樹立することに成功した。そして、SMN1発現の

欠損と部分的運動ニューロン死の疾病表現型とを保持しな

がら、これらの細胞が分化した神経組織と運動ニューロンと

を産生する能力を有することを示した。また、これらの細胞

はSMNタンパク質を増加することで知られる化合物と反応

した。これらの結果は共に、より関連する系におけるSMA疾

患モデリングと薬剤スクリーニングとを可能にするであろう。

iPS細胞の特性付け

我々は、タイプ1のSMA患児とその健常な母親の初代線

維芽細胞から、OCT4(POU5F1としても知られる)、SOX2、

NANOGおよびLIN28(文献16)にコード化されているレンチ

ウイルス構造への感染後、それらのiPS細胞を作製した(図

1)。2つのSMAクローン(3.5と3.6)と1つの野生型クローン

(4.2)は、マウスの胚性線維芽細胞中で保持された際、強

靭に繁殖した。逆転写定量PCR(qRT-PCR)、奇形腫形成、

DNAフィンガープリント法*とマイクロアレイ解析*はすべ

て、野生型〔WT〕とSMA双方の線維芽細胞を多能性化する

ための再プログラムが外因的導入遺伝子の抑制に沿って

生じたことを示した(図1f-j、付録表1-3と付録図2-4)。3.6ク

ローン(iPS-SMA)と4.2クローン(iPS-WT、 図1a-c)のみを本

研究のさらなる評価のために用いた。iPS-SMA細胞とiPS-

WT細胞は双方とも、同様の速度で増殖し、正常核型を少

なくとも12週間保持した(図1d,e)。

SMA患児から採取した細胞は、SMN1遺伝子1, 2の損失

により、9つ全てのエクソン(全長転写)を含むSMN転写産物

レベルを著しく減少した。iPS細胞の誘導が、SMN産生に影

響したかどうかを検査するために、iPS細胞と線維芽細胞

SMN RNAを解析した。RT-PCR(逆転写PCR) 解析は、

iPS-SMAがFib-SMA細胞と同様の低レベルを有する一方、

iPS-WTは野生型線維芽細胞(Fib-WT)に匹敵するSMNレ

ベルを有することを示した(図2a)。

予想通りこの異常1, 2が生じても、SMN2の機能を保持で

きたため、いくつかの全長SMNとエクソン7欠失(△7)の選

択的スプライスされた転写物は、すべてのサンプルで同定

された(図2a)。さらに、全長バンドの特異的分解は、すべ

てのサンプルにおいて期待されたSMN2開裂産物を生産

し、SMN2が野生型細胞とSMA細胞との双方で全長SMNを

産生することを確認した(図2b)。損傷のないSMN1は、野生

型細胞中でのみ検出されており、SMA細胞、反復SMAと保

因者転写パターン21でのSMN1の欠損を立証した(図2b)。

qRT-PCRはさらに、SMA細胞中で、著しく減少した全長

SMN転写物レベル(野生型と比較して32%-39%減少、図2c)を確

認した。これらのデータは、SMA末梢血単核球で観察された、

全長SMN mRNAレベルと一致する22)。

以上からこれらのデータは、健常および疾患特異的な状

況においてiPS細胞の作製は、重大な遺伝子発現プロ

フィールやSMN1とSMN2の選択的スプライスを変更しない

ことを立証している。

15

〔資料2〕

脊髄性筋萎縮症患者

から採取したiPS細胞 〔翻訳:赤十字語学奉仕団 伊与田正晃、上田麻貴、

桑原真里子、高石那美、中久保慎一、横山和絵〕

Induced pluripotent stem cells from a spinal muscular atrophy patient Nature 15 Jan 2009 pp277-280

Allison D. Ebert1) , Junying Yu, Ferrill F. Rose Jr, Virginia B. Mattis, Christian L. Lorson, James A. Thomson & Clive N. Svendsen

1) The Waisman Center University of Wisconsin-Madison

アリソン・エバートら Nature 2009年1月15日号

Page 4: 〔資料1〕 iPS細胞研究 ロードマップ„Š髄性筋萎縮症(SMA)は、生存運動ニューロン1遺伝子 (SMN1)の変異による常染色体性劣性遺伝疾患3)一つであ

iPS細胞の神経細胞分化

この新しいモデルにおいてSMN1の欠如が、ニューロンの

分化あるいは生存に影響するかを見極めるために、我々は

次にiPS-SMAとiPS-WTの両方の細胞からニューロンと星

状膠細胞を作製した(図.1)。

従来の胚様体形成ではiPS細胞培養からのニューロン分

化が非効率であることが分かったので、代替のプロトコール

を開発した。 初にiPS細胞培養を支持細胞層から分離

し、少なくとも2週間にわたり規定培養液の中で浮遊iPS細

胞塊として培養した。

今回、チョップ方式を使うことにより、細胞間接着を失うこ

となく継続的に培養を行うことができた。細胞間接着は、神

経幹細胞と胚性幹細胞の両方の増殖を維持するのに重要

であることが知られている23, 24)。これらの培養細胞をその後

分離し、ラミニンコートしたカバーグラスで培養した。

iPS-SMA細胞塊とiPS-WT細胞塊は、神経幹細胞が表現

型25)であることを示すネスチン陽性細胞を作製した。(図

3a,b)。更に分化が進むとTuj1陽性ニューロンとGFAP陽性

星状膠細胞が現れた(図 3c,d)。iPS細胞塊は容易に拡大

し、極めて安定的に推移し20継代以上もの神経子〔neural

progeny〕培養能力を保持した。

SMAは運動ニューロンに有害作用を及ぼすので、我々は

次に、iPS細胞が運動ニューロン破壊に向けて系統的に限

定されるかどうかを調べた(付録図 1)。

我々の分化モデルは、前回発表したヒトの胚性幹細胞26)

を使った報告を基本としており、iPS細胞塊をレチノイン酸を

含む神経誘導培地の中で1週間培養し、さらに次の1週間

はレチノイン酸とソニックヘッジホッグ(SHH)を含む培地で

培養した。

細胞塊を、さらに次の2-6週間ラミニンコートしたカバー

グラスに播種し(全部で4-8週間の分化期間となる)、レチノイ

ン酸、SHH、環状AMP、アスコルビン酸、グリア細胞株由来

神経栄養因子および脳由来神経栄養因子の中で培養した。

この播種の1週間後、神経軸索に似た長く細い突起が観

察され、神経状の細胞が細胞塊から移動するのが見られ

た。iPS-SMA細胞塊とiPS-WT細胞塊は分化の過程で運動

ニューロン転写因子のHOXB4、OLIG2、ISLET1(ISL1として

も知られる)およびHB9(文献27、28)を発現させる細胞を作製

した(図3e, fおよび付録図 5)。

推定(presumptive)運動ニューロンは、そこで成熟運動

ニューロンのために確立されたマーカーであるSMI-32およ

びコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)を用いて免疫染

色29)した。SMI-32とChATによる染色はいずれも分化4週

間後、全ての培養物で陽性ニューロンが存在することを示

した(図 3e-h)。この時点でiPS-SMAとiPS-WTとの培養物間

図1 【新たに作製したiPS細胞は完全に再プログラムされた】

a-c: iPS-WT細胞とiPS-SMA細胞は線維芽細胞の紡錘状形

態とは対照的に、密なコロニーを形成した。d,e:核型の異常は

観察されなかった。f-i: 移植後、すべてのiPS細胞が (f)神経組

織(外胚葉)、(g)原腸(内胚葉)、(h)軟骨(中胚葉)、(i)骨組織

(中胚葉)に示されている奇形腫を産生した。

J:qRT-PCRは、OCT4、SOX2、NANOGとLIN28の内因性転写

物の導入を示した。

“total”が内因性と外因性に発現した導入遺伝子の双方を同

定し、“endogenous”は3位の非翻訳領域を認識しているプライ

マーを示している。ESC=胚性幹細胞。データ:平均値±標準誤

差。スケールバー:50μm。

図2 【iPS-SMA細胞ではSMN転写の減少が見られる。】

a:iPS-WT細胞とiPS-SMA細胞において、全長(FL)と切断され

たエクソン7欠如(Δ7)のSMN転写物のいずれのレベルも、各々の

線維芽細胞系(Fib-WTとFib-SMAのレベル)と似ている。

b:更に、Fib-SMA細胞とiPS-SMA細胞のいずれについても、

SMN2全長とΔ7転写物は依然全てのサンプルに存在はしていた

が、SMN1の特定の欠如が見られた。

c. qRT-PCRは、野生型培養に比べ、全長SMN転写物が線維芽

細胞内で減少し(61.1%±0.6 reduced)またiPS細胞内でも減少(67.4%±

0.8 reduced)していることを示した(p<0.001, Student’s t-test)。データは

平均値±標準誤差(mean±s.e.m.)で表されている。

16

〔資料21〕 SMA患者から採取したiPS細胞

Page 5: 〔資料1〕 iPS細胞研究 ロードマップ„Š髄性筋萎縮症(SMA)は、生存運動ニューロン1遺伝子 (SMN1)の変異による常染色体性劣性遺伝疾患3)一つであ

では、運動ニューロンの数に大きな差異はなく(各々12.6%

±2.2と9.5%±2.4)、また大きさにおいても著しい差異は見ら

れなかった(各 々 641.0 μ ㎡ ± 81.3 と 669.8 μ ㎡ ± 59.1 図

3k,l)。このことは、iPS-SMA細胞は運動ニューロンを作製

する能力を持ち、かつヒトの体内やマウスモデルと同様に

早い発達の段階で機能的運動ニューロンを作製することを

示している30)。

このシステムをもう一歩発展させ、我々は細胞を更に2週

間培養した後に再度運動ニューロン数と大きさを分析し

た。今回は明らかにiPS-WT培養体(24.2%±4.0, 654.8μ㎡

±32.6) に比べ、iPS-SMA培養物は運動ニューロン数が著

しく少なく、かつ大きさも小さくなった(4.3%±2.0, 383.1μ㎡

±38.6 図3k,l ) 。

しかしながら、合計6週間分化後のこの時点で、iPS-WT

細胞とiPS-SMA細胞との間で全Tuj-1陽性ニューロン数に

差異は無く(各々15.78%±2.9と15.55%±2.8)、このことはSMA

表現型の特定の影響が運動ニューロンに及んでいることを

示している。

総合的に見てこれらのデータは、初期にはiPS-SMA細胞

はほぼ同数のニューロンと運動ニューロンを作製すること

ができるが、後に疾病表現型が部分的に運動ニューロン

の作製を妨害したり、あるいは運動ニューロンの退化を促

進したりする、ということを示している。分化後6週間の時点

ではシナプスは観察されなかったが、8週間後までには

iPS-WT SMI-32陽性運動ニューロンと非運動ニューロン上

の点状のシナプシン染色によりシナプスが確認された(図

3iおよび付録図 6)。

このことはこのシステム内で前シナプスのニューロン成熟

が起きていることを示している。点状のシナプシン染色は

SMI-32陰性の細胞上にいくつか観察されてはいるが(図

3j)、iPS-SMA SMI-32陽性運動ニューロン上のシナプシン

染色は明らかに拡散し続けており、これはSMA培養物の中

における特定の運動ニューロンの欠乏を示している。

SMNタンパク質の薬剤(誘発)性増加

後に、SMN誘導化合物がiPS-SMA細胞の中でSMNタ

ンパク質レベルを増加させるかを評価した。何故ならこれ

は、薬物スクリーニングの更なる開発へ向けた重要な原理

の証明になる可能性があるからだ。SMNタンパク質は、細

胞質とジェムと呼ばれる核の凝集構造の中で発見されて

おり、ジェムの存在数は、疾患の重症度に反比例する2)。

そこで我々は、1mM中のバルプロ酸及び、320μMのトブ

ラマイシンにおいてiPS-SMA、iPS-WT由来ニューロンと星

状膠細胞における核ジェムの局在性を検証した。

その結果、これら2つの化合物はSMNタンパク質レベル

を増加させることを示した31-33)。SMNに抗体を用いると、未

処理のFib-WT細胞とiPS-WT細胞はこのタンパク質を特徴

付ける正規分布を持つ多量の核ジェムを示した(図4a, c)。

未処理のFib-SMA細胞とiPS-SMA細胞は、予想通り核

ジェムの欠乏を示した(図4b, d)。更にiPS-SMA細胞を用い

た信頼性の高い疾患モデルにサポートを行った。薬物処

理2日後、未処理のiPS-WT細胞(図4c, i)と比較したとこ

ろ、処理済みのiPS-WT細胞(図4e,g, i)では、ジェムの局在

性に著しい変化は見られなかった。しかし未処理のiPS-

SMA細胞(図4d, f, h, i)と比較した結果、バルプロ酸とトブラ

マイシンは、処理済みのiPS-SMA細胞内でジェムの数を著し

く増加させた。

我々はウエスタンブロット解析を行い、SMNタンパク質を

検出することにより、この増加を更に検証した。薬物処理か

ら2日経過後、iPS-SMA細胞においては、SMN1の発現が

見られなかったため(図2b)、 総SMNタンパク量はiPS-

SMA細胞よりも、iPS-WT細胞内ではるかに高かった(図4j,

k)。バルプロ酸かトブラマイシンのいずれかで処理を行っ

たiPS-SMA細胞は、未処理のiPS-SMA細胞と比較したとこ

ろ、SMNタンパク質レベルでそれぞれ2~3倍の著しい増加

を示した(図4j, k)。我々は目下、運動ニューロンを分化す

る際のジェムの形成について評価中だが、実際、運動

ニューロンの分化を認めるのが可能であるという結論に達

した。(付録図7)。こういったデータは、iPS-SMA細胞が、

Fib-SMA細胞と類似したかたちで薬物処理に反応し、今

後の研究において、特に運動ニューロンの新薬スクリーニ

図3 【iPS-WT細胞とiPS-SMA細胞は

神経系統において細胞を作製できる。】

a.b.:iPS-WT細胞とiPS-SMA細胞はネスチン陽性の神経前

駆細胞(緑色)を作製した。

c.d.:Tuj-1陽性ニューロン(緑色)とGFAP陽性星状膠細胞

(赤色)が現れる。

e-h.:4-6週間の分化の時点で、HB9(緑色)とChAT(赤色)

の二重陽性運動ニューロン(e,f)、およびSMI-32陽性(赤色)運

動ニューロン(g,h)が現れる。拡大図参照。

e,g,i.:8週間後、点状シナプシン(緑色)がSMI-32陽性運動

ニューロン(赤色)に染色していることがiPS-WT細胞(矢印)上

で確認された。

j.:しかしながら、拡散したシナプシン(緑色)染色はiPS-SMA

細胞(矢印)内の SMI-32陽性運動ニューロン上のみに観察され

た。図i, jの矢印先端はSMI-32陰性細胞上の点状シナプシン染

色を示す。核はHoechst核染色(青色)により標識化されている。

k.l.:6週間後の時点では、iPS-WT細胞に比べ、iPS-SMA由

来からの運動ニューロン数は著しく少なくかつ大きさも小さくなっ

ている。(n=3, p<0.05, 分散分析(ANOVA))

データは平均値±標準誤差(mean±s.e.m.)で表されている。

スケールバーは50μm(a‐h)と25μm(i,j)。

17

〔資料2〕 SMA患者から採取したiPS細胞

Page 6: 〔資料1〕 iPS細胞研究 ロードマップ„Š髄性筋萎縮症(SMA)は、生存運動ニューロン1遺伝子 (SMN1)の変異による常染色体性劣性遺伝疾患3)一つであ

ングに有用な手段を提供できることを示唆している。

考 察 ヒト組織に存在するSMAの機序の解明を試みる以前の研

究では、SMA患者の線維芽細胞か、非運動ニューロンの

不死化細胞系に依存していた。しかし、この疾患の も興

味深い側面の一つは、体中の全細胞のSMNタンパク質が

至るところで喪失し、特異な運動ニューロンの変性をもたら

すということである。SMNは、スプライセオソームを構成する

低分子核内RNAタンパク質の生成に関与する複合体を形

成することが明らかになっている34-36)。つい 近では、SMN

が運動ニューロンの神経突起へ行き来することも分かり、運

動軸索におけるまだ十分に解明されていない他の重要な役

割を担っていると考えられる37,38)。本論文で記述されている、

実質上無限のiPS細胞源から作製したSMA表現型を持つヒ

ト運動ニューロンを使用することにより、疾患の発現と進行

においてSMNのこの新しい役割をより明確にするだろう。

本論文は、我々の知る限りヒト運動ニューロンの生存と抗

体の薬剤性増加における疾患に特異的な効果を観察した

紛れもない 初の報告書であり、このことはiPSモデルが、

この遺伝性疾患が持つある側面を少なくとも反復できることを

実証している。 新の研究で作製された運動ニューロンは

適切な形態学、特定のマーカーやシナプス染色を示して

いるが、筋線維を使った電気生理学や共培養を含む機能

をもっと詳しく評価するための実験は、現在進行中である。

また、様々な患者細胞源から作製されるより多くのクローン

も研究される必要がある。こういった取り組みは、再プログラ

ムが正常に機能するために、運動ニューロンの能力に何の

影響も及ぼさないことを確実にする次の重要なステップで

ある。しかし、この新しいモデルは、運動ニューロンの機能

障害と死につながるSMA疾患の機序を理解し、この重篤な

疾患を治療する新薬物化合物の発見を目的とした研究に

ユニークなプラットフォームを提供するはずだ。それはま

た、その他複数の遺伝性疾患の治療法を深く理解し、開発

するためにiPS細胞技術が使われる将来を示唆している。 <方法の詳細は、www.nature.com/nature 参照>

図4 【iPS-WT細胞とiPS-SMA細胞は、

薬物処理に反応しSMNタンパク質を増加させた】

a-d:未処理のFib-WT細胞とiPS-WT細胞は、核ジェムの局在性

を示している(a, c; 矢印で示されたジェム)。一方、未処理のFib-

SMAとiPS-SMAには核ジェムの欠乏を示した(b, d)。

e-i:バルプロ酸(e, f)もしくは、トブラマイシン(g, h)を用いた薬物

処理後、iPS-SMA細胞はジェムの数を著しく増加させた (P<0.05,

ANOVA, i)。

j.k:ウエスタンブロット解析を用いたところ、未処理のiPS-SMA細

胞と比べ、バルプロ酸やトブラマイシンで処理したiPS-SMA細胞内

のSMNタンパク質は、2~3倍の著しい増加を示した(n=3, *P<0.05,

**P<0.01, ANOVA)。任意単位用〔a.u.〕。データは平均値±標準

偏差(mean±s.e.m.)で表されている。スケールバーは、50μm。

18

〔資料2〕 SMA患者から採取したiPS細胞

Page 7: 〔資料1〕 iPS細胞研究 ロードマップ„Š髄性筋萎縮症(SMA)は、生存運動ニューロン1遺伝子 (SMN1)の変異による常染色体性劣性遺伝疾患3)一つであ

▼ 医療の世界は新たな章に突入した ―― そこでは錠

剤ではない、もう一つ上のレベルでの治療が可能となる :

ヒトES細胞から作られた健康で機能的な代替細胞の注入

による組織機能の回復を達成した。

1. ヒトES細胞

ヒトES細胞 (ヒト胚性幹細胞/hESCs) は、自然界の万能

幹細胞である――この細胞は自己複製が可能であり、身

体の全ての組織と臓器の再生を可能とする、機能回復細

胞を作製する拡張性のある源となる。

Geron 〔ジェロン社〕 が今回の治験で使用するヒトES細

胞 は、体外受精の過程で生じた余剰胚である。これらの余

剰胚は、研究に使われることがなければ破壊されるもので

あり、インフォームドコンセントのもと、胚の親から研究のた

めに提供されたものである。GRNOPC1を作成するために

使用されているヒトES細胞 は、H1ラインのものであり2001

年8月9日以前*に生成されたものである。このライン〔株〕を

使用した研究は連邦政府による援助金を受けることができ

るが、製品の製造にも、治験の援助にも該当することはな

かった。 *:ブッシュ前大統領の禁止令の前に作成された21株。

ヒトES細胞には、他の幹細胞と異なる性質が2つ存在す

る。1つは、これらは不死身であると言うこと――細胞が途

切れることなく、組織培養において分裂を起こし続けること

を可能とする酵素テロメラーゼ*の存在を示している。これ

により、万能細胞バンクから生成された機能回復細胞の拡

張性のある作成が可能となります。

2つ目には、ヒトES細胞の、身体を形成する組織や臓器

のうち、200以上の機能と独自性を持つ細胞へと分化する

能力が挙げられる。Geronの科学者らは、未分化のヒトES

細胞を生成する方法を発見し、数的に拡張性を持つ巨大

な細胞バンクを製造することに成功している(何百ものバイア

ル瓶/気密容器に冷凍未分化ヒトES細胞 が入れられている)。

これにより、膨大な数の機能回復細胞を未分化細胞から

分化させる製造過程の安定化を可能としている。Geronの

科学者は、7種類の機能回復細胞をヒトES細胞から分化さ

せる方法を知るに至った。

・神経系細胞:神経系の慢性変性疾患の治療

・心筋細胞:うっ血性心不全と心筋梗塞の治療

・膵島:糖尿病の治療

・樹状細胞:癌免疫療法

・骨芽細胞:骨粗鬆症と骨折

・軟骨細胞:関節炎の治療

・肝細胞:創薬研究と肝疾患治療

これらの治療用幹細胞は、ヒトES細胞を融解させ未分

化状態まで数値的に拡張され、特殊な生物学的製剤と成

長因子を供給される行程を経て、上記の異なる機能回復

細胞へと分化され治療に応用される。それぞれの細胞へと

分化するには、それぞれの行程を経なければならない。全

ての機能回復細胞は、正常、健康な細胞であり、元々体内

にある自然の細胞と似ていて同等の性質を持っている 。

2.オリゴデンドロサイト前駆細胞(GRNOPC1) Geronが 初に治験を開始するヒトES細胞から製造され

た商品がGRNOPC1である。これは、オリゴデンドロサイトの

前身である生きた細胞の集合体であり、別名オリゴデンドロ

サイト前駆細胞(OPC)として知られている。

オリゴデンドロサイトは、通常体内でも神経系内に生成さ

れる細胞で、幾つかの機能を持つ。オリゴデンドロサイトは、ミ

エリン(細胞膜の絶縁層。髄鞘)を生成し、ニューロンの軸索

を覆い効果的な電気的インパルスの誘導を可能とする。ミ

エリンは、絶縁体が電線のショートを防ぐように、神経インパ

ルスの効果的な誘導を助ける。ミエリンのない状態では、脳

と脊髄の神経は正常に機能することができない。

さらにオリゴデンドロサイトは、神経栄養因子(神経の生存

と機能を促進する生物学的製剤)を生成し、神経細胞のメンテ

ナンスを援助する。脊髄損傷では、オリゴデンドロサイトが

欠落する。その結果、ミエリンとニューロンの減少による麻

痺が多くの患者の生活を困難なものするのである。

前臨床研究では、GRNOPC1が脊髄損傷を負った動物

の損傷部位に注入されると損傷部位全体に広がり、機能的

なオリゴデンドロサイトへと成長し、軸索のミエリンを再生す

ると共に神経栄養因子を生産する(Stem Cells and Develop-

ment, Vol.15, 2006)。その結果、動物の運動機能は回復する。

GRNOPC1の人間への臨床応用の最も重要な目的は、

脊髄損傷の部位に直接注入することで脊髄の復元を可

能にすることである。 急性脊髄損傷の病理学 多くの脊髄損傷の原因は外傷

であり、脊髄自体への直接的な分断ではない。自動車、ス

ポーツ、労災事故による頸部や胸部の椎骨部の圧迫損傷

が起こり、脊髄を傷つけ、デリケートな神経組織を破砕して

しまう。脊髄損傷では損傷部位内で炎症を起こすことが、

特に脊髄内のオリゴデンドロサイトにとって有害なのである。

GRNOPC1が齧歯類モデルの運動機能を回復 Geronの

科学者とカルフォルニア大学のハンス・キーステッド准教授

〔資料3〕

ジェロン社はFDAから

世界初のヒトES細胞由来の臨床試験の

承認を得た

2009年1月のジェロン社のHPより (翻訳:村上 智章)

19

Page 8: 〔資料1〕 iPS細胞研究 ロードマップ„Š髄性筋萎縮症(SMA)は、生存運動ニューロン1遺伝子 (SMN1)の変異による常染色体性劣性遺伝疾患3)一つであ

の研究所による共同研究により、オリゴデンドロサイト前駆

細胞をヒトES細胞から生成させる方法を開発した。これらの

細胞は、有効な齧歯類モデルに対し試された。麻酔をしてこ

れら動物は脊髄へ打撲損傷を与えられ、人間が脊髄損傷を負

った状態と同様の状態にされた。この損傷により、動物は体

幹の筋肉機能、膀胱機能、後肢機能が失われた。これら損傷

を負わされた動物は、全く治療をされないグループ、コント

ロールされた細胞や媒体を与えられたグループ、損傷7日以

内にGRNOPC1を一度注入された、のいずれかのグループに

分けられた。その後、動物は注意深く観察され、運動機能の

回復が観測された。

GRNOPC1による治療を受けた脊髄損傷モデルでは、そ

の他2つのコントロール群と比べ、飛躍的な回復を様々な

機能回復数値で示した。GRNOPC1による治療を受けた動

物群は後肢運動の機能と制御が向上している。後肢の接

地、歩幅、後肢の回転の全てが飛躍的な回復をコントロー

ル群に比べ示している。

GRNOPC1による治療を受けた脊髄損傷モデルを組織学

的に調べると、損傷部位での軸索の再ミエリン化がコントロ

ール群と比べ多く確認されている。軸索の生存率と発達も

損傷部位内と近辺で確認されている。

これの動物実験は、Journal of Neuroscience、Vol.25,

2005:3に掲載されている。追加研究において、動物の損

傷部位に損傷後9ヶ月後にさらにGRNOPC1の注入を行っ

たら、損傷部位はGRNOPC1で満たされており、軸索の再ミ

エリン化が部位全体に及んだ。これら動物に対し行われた

実験は、GRNOPC1による治療を人に対し行うための論理

的根拠となる。

3.前臨床安全試験

GRNOPC1の動物に対する毒性試験 Geronは、人への

臨床応用を目的とした治験の実現のために、GRNOPC1の

安定した生産システムを構築している。このシステムにより

生産されたGRNOPC1は、IND(新薬研究)要項を満たすた

め、また、人への臨床応用治験のため、広範囲に及ぶ毒

性試験を受けている。

IND要項では、24種の異なる研究を動物モデルに行うこ

とを必須とされ、それには50億個のGRNOPC1細胞が使用

された。IND要項には21,000頁に及ぶ動物試験・試験管

内での細胞試験データが添付され、人への治験の実施の

前に可能な限り厳しい安全基準を通過する必要がある。

奇形腫形成の不在 ヒトES細胞を基盤とする治療法の

も重大な不安要素は、奇形腫の形成の可能性(恣意的で

はない発生による、望まれない細胞)が回復治療細胞の注入

により引き起こされる可能性である。奇形腫は、生きた未分

化ヒトES細胞に汚染された、回復治療細胞の集合体の中

から生まれてしまうのだと考えられている。

12ヶ月に渡る奇形腫調査が生存中に行われ、臨床応用

レベルのGRNOPC1が生体内で奇形腫を形成するかが、

調べられた。脊髄損傷動物群と非脊髄損傷動物群が、一

度の臨床レベルGRNOPC1の接種後、12ヶ月間観察され

た。動物の犠牲的死後、厳密な管理のもと神経病理学の

専門家により、脊髄内の奇形腫出現が慎重に観察された。

臨床レベルGRNOPC1が脊髄に接種された全ての動物が

観察されたが、奇形腫は一切形成されていなかった。

積極的にコントロールされていた動物群の内、奇形腫が

発現していたグループには、純正の未分化ヒトES細胞、も

しくは、恣意的に5%の生きた未分化ヒトES細胞に汚染さ

れたGRNOPC1の接種を受けていた動物が含まれている。

これらのデータは、臨床レベルのGRNOPC1を接種後1年

の期間内は、奇形腫の発現がないことを示している。

急性及び慢性の標準毒性検査がGRNOPC1を接種した

ラットとマウスに対し行われた。この調査は、GRNOPC1とそ

れの脊髄損傷に対する効果の双方に着目し行われてい

る。複数の血液学的検査、臨床化学検査、尿検査、巨視

的・微視的病理学検査が、GRNOPC1の接種を脊髄に受け

たラットに対し行われた。

目立った神経系への毒性は見られなかった。脊髄に接種

を受けた動物の中枢神経外ではGRNOPC1は一切確認さ

れなかった。損傷箇所においてヒト非神経系分化細胞が観

察されたが、これによる悪影響が確認されることはなかった。 異痛症の不在 GRNOPC1を接種したラットには、異痛

症(アロデニア:通常有害ではない刺激による痛みを起こす症状)

検査が行われた。コントロール群とGRNOPC1の接種を受

けた動物群に、低温刺激及び人工的刺激を損傷部位の上

下に与えたが、異痛症の症状は一切現れなかった。

GRNOPC1に対する直接的な同種免疫反応の不在

GRNOPC1は、脊髄の損傷サイトへの注入を対象として

おり、人に対しては同種移植となる。同種移植の拒絶反応

の可能性のため、GRNOPC1が体液性/細胞媒介性免疫

反応に対し、刺激もしくは標的となるか調査が行われた。

生体内研究では、ヒト同種異系免疫体、T細胞とNK細胞

のGRNOPC1に対する反応を調査した。

これらの研究において、GRNOPC1は、健全なボランティ

アから採取された血清と細胞サンプルと共に培養され、

GRNOPC1溶解もしくはT細胞拡散の調査対象とされた

(Journal of Neuroimmunology, Vol. 192, 2007)。

生体内での免疫学的データの集合を見ると、GRNOPC1

は、体液性もしくは細胞媒介の同種免疫による攻撃による

重大な影響を受け易いということがない。これらの結果は、

短期間内における少量の免疫抑制を実施するに当たり、

臨床試験計画に対する論理的根拠に該当する。

4.臨床試験計画

FDAに認可された治験は、複数機関で行われるフェーズ

1のものであり、ASIA-Aレベルの胸部脊髄損傷者に対し、

GRNOPC1の安全性と耐容性を評価するためにデザインさ

れている。脊髄損傷の重症度はASIAを基準とし、AISA-A

はその中でも も重度であり、運動機能と感覚機能の損傷

サイト以下での完全な損失を示す。このような重度の患者

は、外科治療でこれら機能の回復を見せたことはほとんど

ない。

臨床試験計画のもとGRNOPC1を 初に処方される被験

者は、胸髄損傷を負っていてT3~T10のASIA-A患者を対

象としている。

臨床試験計画の実施は、亜急性期の患者に限られ、損

傷後7日~14日までの患者を対象としている。動物モデル

に対して行われた研究から、損傷後3ヶ月が経過すると、

20

〔資料3〕 ジェロン社の臨床試験計画

Page 9: 〔資料1〕 iPS細胞研究 ロードマップ„Š髄性筋萎縮症(SMA)は、生存運動ニューロン1遺伝子 (SMN1)の変異による常染色体性劣性遺伝疾患3)一つであ

脊髄損傷による炎症反応が瘢痕化を起こし、GRNOPC1投

与を行っても効果がないことを示している。 GRNOPC1の投与は、認定された訓練を受けた外科医

が損傷後7日~14日に、インフォームドコンセントを得て、

研究所による診断とレントゲンによる損傷箇所と損傷度の

特定が行われた後に実施される。

GRNOPC1の投与は正確に制御されなければならないの

で、GERONは手術室の手術台に固定されることで、担当

医が損傷部位に対し、的確な注入位置と注入深度で制御

できる特殊な注射器を開発するに至った。治験で投与を行

う全ての担当医は、治験開始計画の一環として、この特殊

な注射器の使用訓練を受けることなる。

この治験の第一の目的は安全性の検証である。安全性

のデータを収集するために、標準化された健康診断と神経

系診断が、GRNOPC1の投与前と投与後の1年間、定期的

に行われる。

第二の目的である効果に対しても同様、感覚機能の回

復、足の運動機能の回復を投与後1年間にわたり観察する。

被験者は、投与後46日間、免疫抑制を目的とする少量

のタクロリムス*が投与され、その後徐々に投与量が減らさ

れ60日で投与量ゼロにする。被験者はGRNOPC1投与後

15年間に渡り観察される。

* 免疫抑制剤の一種で、臓器移植・骨髄移植を行った患者

の拒絶反応を抑制するため世界中で使用されている。

GENRONは7つの米国医療機関を臨床試験計画の治験

実施機関として選定している。これらの機関は神経外科の

権威であり、経験豊かで認定を受けている脊髄専門医によ

るGRNOPC1投与を可能としている。治験に参加する全て

の機関には、認定を受けている長期間型のリハビリ施設が

併設されており、ここで長期に渡る安全性と効果の調査が

リハビリ専門家により観察される。

各々の機関で治験を開始するには、幾つかの補足的要

素が必要となる。IRB (施設内審査機関)による、各機関に

おける治験評価と認可がその1つである。全ての機関の放

射線科医と神経外科医は、均一的な放射線解釈、GRN-

OPC1の投与、安全性と効果のフォローアップ調査が行うこ

とが出来なければならない。

脊髄外科医は特殊な固定注射針の訓練を受けなければ

ならない。全ての機関は、GRNOPC1の凍結保存気密容器

による受け取り、保存、準備に対する訓練を受け、認可を

得なければならない。 安全性がこの治験に参加された被験者の観察から確認

された後、GERONはGRNOPC1の投与量を増量させ、完

全頸髄損傷者やASIA-BやCの患者など、臨床的に許され

うる範囲内の全ての患者に対し安全性と効果を調査するた

め、FDAからの認可を目指している。

5.製造

GRNOPC1の製造と条件 GRNOPC1は、臨床用の条

件をクリアしているH1ライン未分化ヒトES細胞のマスター

セルバンクから特別な行程を経て生成された、オリゴデンド

ロサイト前駆細胞などの分化細胞が混合され、凍結保存さ

れた細胞集合体である。 GRNOPC1は、医薬品適正製造

基準(cGMP)のもとで、GERONの認可済み施設で製造され

ている。GERONのクリーンルーム・スーツを使用した製造

過程は、カルフォルニア州により検査され認定を受けてい

る。

製造過程は3段階に分けられている。

1) 臨床用の条件をクリアしているH1未分化ヒトES細胞

のマスターセルバンクから取得された未分化ヒトES細胞を

数的に増殖、

2)増殖されたhESCsをGRNOPC1へと分化、

3)GRNOPC1医薬品の培養、製剤、充てん、凍結保存。

この製造過程は、未分化ヒトES細胞をGRNOPC1医薬品

へと生成するための増殖と積極的分化を促進する、生物学

的製剤と成長因子の逐次付加を特定している。

GRNOPC1の製造ラインのうちの多くは、同一性、無菌性、生

存可能性、細胞構成を各製造ラインが保証するための広

範囲に及ぶ品質管理により保持・監視されてから、臨床応

用のために出荷される。

上記の全ての仕様を満たし出荷されるGRNOPC1医薬品

は、今回認可された治験に対する準備が整っている。現在

の製造規模は治験の全ての行程のために必要な量的な基

準を満たしている。現在の基準を満たしている未分化ヒトE

S細胞のH1マスターセルバンクは、アメリカ全土の脊髄損

傷市場を全て20年間にわたり賄えるだけのGRNOPC1医

薬品を供給することができる量に達している。

6.知的財産

GRNOPC1の製造と販売における権利は、3つの特許に

より守られており、それらはGeronによって保持されている

か、Geronに独占的権利を与えている。Geronはウィスコン

シン大学マディソン校でのヒトES細胞の誘導を成功させた

研究に対し出資を行っていた。

これに応じて、Geronは神経細胞、心筋細胞、膵島細胞

の臨床応用に必要な基礎的WARF特許〔ウィスコンシン大学

卒業生研究財団の特許〕の独占権を保持している。WARF特

許の正当性は、 近米国特許・商標局の再審査手続きを

経て認可されるに至った。

さらに、GRNOPC1医薬品は、ヒトES細胞からのオリゴデ

ンドロサイト前駆細胞生成に至ったGeronとカルフォルニア

大学の科学者らが行った共同研究を元に、カルフォルニア

州よりGeronへの独占的権利を授与している。

後に、この医薬品で使用されるhESC分化のための新

技術、増殖性細胞製造技術、治療回復細胞の製造法など

は、Geronが所有する出願中及び認可済み特許権の拡張

性特許財産権により守られている。

◇ ジェロン社について

Geronは、癌治療、と脊髄損傷、心臓疾患、糖尿病を含

む変性疾患治療を目的とした生物学的製薬の分野におい

て今なお成長を続けるリーディングカンパニーである。弊社

は、抗がん剤の開発、テロメラーゼ酵素を標的とした癌ワク

チンを複数の治験の中で臨床応用させようとしている。

Geronはさらに、ヒトES細胞を基盤とした臨床治療の分野

でも世界的に先陣を切っている企業である。Geronは世界

で初めて、ヒトを対象としたヒトES細胞治療の治験をFDAよ

り認可された:急性脊髄損傷のためのGRNOPC1。

さらなる情報を得たい方は、www.geron.comまで。

21

〔資料3〕 ジェロン社の臨床試験計画

Page 10: 〔資料1〕 iPS細胞研究 ロードマップ„Š髄性筋萎縮症(SMA)は、生存運動ニューロン1遺伝子 (SMN1)の変異による常染色体性劣性遺伝疾患3)一つであ

〔資料4〕

DNAフィンガープリント法:生物種などに特異的なDNA配列

を検索することで個々の違いを検出する方法。フィンガープリント

=指紋。

GMP基準:製造管理と品質管理の基準

HGF(肝細胞増殖因子):成熟肝細胞に対する増殖促進因子

として中村ら(大阪大学)によって 発見・単離・クローニングされた

もの。HGFは肝細胞のみならず様々な細胞に対して、細胞増殖

促進、細胞運動促進、抗アポトーシス(細胞死)、 形態形成誘

導、血管新生など組織・臓器の再生と保護を担う多彩な生理活性

を有している。 リコンビナント――蛋白 遺伝子組み換え技術によって人

工的に作製されたタンパク質。 iPS細胞(人工多能性幹細胞):細胞にウイルスなどを使っ

て特定の因子を送り込んで作った細胞で、多能性がある。

PCR法:相補的な塩基配列を持つDNA 鎖を合成する酵素で

あるDNAポリメラーゼによる酵素反応を利用し、DNAのある一部

分だけを選択的に増幅させる方法。

ウィルスベクター:遺伝子を細胞内に運ぶウイルス

ウエスタンブロット解析:電気泳動によって分離したタンパク質

を膜に転写し、任意のタンパク質に対する抗体でそのタンパク質

の存在を検出する手法。 運動ニューロン:

αーー 脊髄から骨格筋に至る運動神経線維で直径の太

いアルファ(α)線維と細いガンマ(γ)線維がある。α

線維は筋線維を支配し実際の筋収縮に関与している。

下位―- 脊髄から筋肉にいたるニューロン

上位―- 脳から脊髄にいたるニューロン

エクソン欠失タンパク質:DNAに記録されている遺伝子には

必要な部分と必要ではない部分がある。 この必要な部分をエクソ

ン、必要でない部分をイントロンと呼ぶ。特定のエクソンの決失が

筋ジストロフィーなどの遺伝子疾患につながる。

オリゴデンドロサイト:中枢神経系に特異的な神経細胞の活

動をサポートするグリア細胞。オリゴデンドロサイトからはミエリンと

呼ばれる薄いシート上の構造物が伸び出しており、このシートで

神経軸索を何重にも巻くことで、軸索を部分的に絶縁している。こ

のミエリン鞘による部分的な絶縁によって、軸索内を伝搬する電

気的活動を飛躍的に速めることができる。 幹細胞:組織や臓器の基となる細胞を生み出す「母細胞」。自分

と同じ幹細胞を複製しながら、同時に組織や臓器を構成する細胞

を分裂によって生み出していく。例えば皮膚細胞は、表面から角

質化した細胞が剥がれる一方で、 深部にある皮膚の幹細胞か

ら、常に新しい細胞が生まれていく。

キメラ:キメラとは発生初期の実験的操作によってできた

2種あるいはそれ以上の別々のゲノムの細胞からなる生物。

スーパー医療特区:国の先端医療の早期実用化を促進する

政策で、2008年11月にIPS細胞をはじめ、5分野ある研究テーマ

から24の研究グループを選定した。日本が優位に立つ分野で新

薬や医療機器の審査を迅速化するなどして、国際競争力を強化

する狙いがある。

研究期間は5年間。複数の研究予算を統合的に使えるようにす

るほか、新薬の開発段階から厚生労働省などと優先的に相談で

きたり審査を受けられたりする。 (2008年11月18日 読売新聞)

スプライセオソーム:RNAとタンパク質から構成されて

いる、RNA-タンパク質複合体。

線維芽細胞:真皮にある細胞で、コラーゲン、エラスチン、

ヒアルロン酸などの真皮成分を生み出す。

テロメラーゼ:真核生物の染色体の末端部にある構造。テ

ロメアの長さが細胞の分裂回数を制限している。テロメアを

合成する酵素がテロメラーゼ。

胚:一般に、1つの受精卵が7~8回分裂(卵割)するまでの個

体発生の早期の諸段階を「胚」といい、妊娠8週末までの初期胎児

(胎芽)をいう。

胚細胞は、胚の成長(発生)に必要なプログラムすべてを実行

する能力(細胞分裂を推進する能力)と、身体細胞の全てのルー

ツになる増殖能力(どんな身体細胞にもなれる能力)を持つ。 胎

児段階では免疫システムが完成されておらず、移植による拒絶反

応が起きにくい。

初期―― 卵子の受精の結果できた着床前の細胞の固まり

をいう。

胚性幹細胞(ES細胞):体を構成するすべての細胞に分化で

きる特殊な性質を持った幹細胞。初期の胚が外胚葉・中胚葉・内

胚葉の3胚葉のいずれかが分化したものが各臓器の幹細胞であ

り、この幹細胞の基になる胚を作る幹細胞(=胚性幹細胞)。

――の3条件

① 着床前後の胚から採取した細胞由来であること。

② 未分化のまま培養が続けられること。

③ 培養後も、外胚葉・中胚葉・内胚葉という胚の3要素に分

化すること。

プラスミド:本来自ら複製を作ることができるヌクレオチド〔DNAや

RNAを構成する単位〕のこと。プラスミドは本来、多くの細菌の中

にあり、細菌はプラスミドを他の細菌に与えることにより他の細菌

に、自分が獲得した形質を与えることができる。プラスミドは目的

の遺伝子を組み込んでベクター(運び屋)として使われる。

マイクロアレイ:数万から数十万の区画に区切られた約 1cm

四方のスライドガラスまたはシリコン基盤の上に1本鎖DNAの部分

配列を固定したもの。全ての遺伝子の発現パターンを同時に知る

ことができる。

マウスとラットの比較 (http://www.yodosha.co.jp/bookdata/)

マウスの成獣 メス 16- 40g オス 22- 45g

ラットの成獣 メス200-400g オス300-700g

レトロウィルス:標的の宿主の細胞内に入ると、RNA〔リボ核

酸〕と逆転写酵素を放出し、ウイルスRNAを鋳型としてDNAをつく

り、そのウイルス由来のDNAを宿主細胞のDNAに組みこませま

る。この過程が、DNAを鋳型としてRNAをつくるという人間の細胞

で起こるパターンと逆であることから、逆向きを意味する「レトロ」と

名づけられている。

レンチウイルス:レトロウイルス (retrovirus) 科に属するウイル

スで、gag、pol、env の 3つの必須遺伝子以外にも、多くの遺伝子

をゲノム内に持っている。

レンチウイルス・ベクター:レンチウイルスのゲノム配列を利用

したベクターで、増殖中および増殖停止中の細胞に感染させるこ

とができる。目的の遺伝子は細胞の染色体に挿入されるため、細

胞を継体しても導入遺伝子の発現は安定している。

22

用語解説

ラット

マウス

Page 11: 〔資料1〕 iPS細胞研究 ロードマップ„Š髄性筋萎縮症(SMA)は、生存運動ニューロン1遺伝子 (SMN1)の変異による常染色体性劣性遺伝疾患3)一つであ

〔前史〕

1996年 H8――――――――――――――――――――

7月1日 脊髄再生研究の促進と脊髄損傷者の生活

の質の向上を考える会の発足

10月19日 日本せきずい基金設立準備会第1回会合

1998年 H10―――――――――――――――――――

9月 日本せきずい基金ニュース第1号発行

1999年 H11 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

2月19日 マイケル・ウインター講演会開催(米国連邦

公共交通局市民権室長)

6月6日 日本せきずい基金設立総会(大宮ソニックシ

ティー・ホール) NPO法人化を決定

第1回医学講演会 「脊髄損傷者の性」を同

時開催。 講師:牛山武久 ・小谷俊一 (日本

財団・ファイザー製薬・太陽生命ひまわり厚

生財団助成)

6月19日~20日 デンマークでの「国際パラプレジア学

会」参加 6月28日~7月4日 クリストファー・リーブ麻痺財団、米

国退役軍人まひ協会(PVA)と提携のため役

員2名を米国に派遣

10月2日 「Stand Up 21」開催。第2回医学講演会、

川口三郎京大教授「脊髄損傷の神経修復」

の講演等

10月25日 東京都よりNPO法人の認証を得る

2000年 H12―――――――――――――――――――

3月 『米国における脊髄損傷研究・資料集』

(翻訳)、『車椅子からの解放』、 『脊髄損傷

者の性」』 各1万部を無償頒布

6月2日 講演会「人工呼吸器使用者の自立に向けて」

開催(弘済会館)

8月 高位在宅頚椎損傷者の介護実態調査開始

社会福祉・医療事業団助成事業 9月17~11月19日の日曜日 「せきずい110番」実施

相談件数:95件 日本財団助成事業

11月 『人工呼吸器使用者のサヴァイヴァル・メー

ル』刊行(丸紅基金)、1万部無償配布

2001年 H13―――――――――――――――――――

3月 『高位在宅頚髄損傷者の介護実態調査報

告書』(福祉医療事業団)、『脊髄損傷患者

の受け入れに関する全国主要病院調査報告

書』(たばこ産業弘済会)刊行、1万部

7月 ボストン大学のS.デュシャーム博士の講演会

「脊髄損傷者のセクシュアリティ」を東京・福

岡で開催(ファイザーヘルスリサーチ振興財団)

2002年 H14―――――――――――――――――――

5月27日 第1回脊髄再生促進市民セミナー開催(こど

もの城) 講師:岡野慶大教授・S.イエスナー

5月 PVAの自己管理マニュアル『Yes, You Can!』

を5000部刊行、翻訳:赤十字語学奉仕団ほ

か(森村豊明会助成)

5月 バンクーバーでの国際脊髄障害医学会参加

11月10日 第2回脊髄再生促進市民セミナー

講師:本望 修・W.ヤング(後楽園会館)

<連合・愛のカンパ助成事業>

2003年 H15―――――――――――――――――――

3月 『在宅高位脊髄損傷者の介護システムに関する

調査報告書』刊行(社会福祉医療事業団助成)

3月12日 第2回日本再生医療学会において「再生医療

の社会的意義」と題して報告 (神戸)

6月4日 松沢成文神奈川県知事に面会。救急外傷セ

ンター整備等モデル事業を提言

6月9日 第3回脊髄再生促進市民セミナー

講師:岡野栄之(神奈川県民ホール)

7月22日 坂口厚生労働大臣に再生医療の促進を要望 10月3日 再生医療推進センター第2回講演会 「頸

髄・脊髄損傷と再生医療」で講演(京都) 10月4日 神戸製鋼ラグビー部より71万円の募金贈呈

11月16日 講演会「QOLを高める呼吸療法」 ジョン・バ

ック教授(オリンピック記念青少年センター)

2004年 H16―――――――――――――――――――

1月18日 関西医大での骨髄間質細胞移植に関する研

究者との懇談会を開催(目黒区身障センター) 2月8日 総合科学技術会議のヒトES細胞指針に関す

る意見陳述(虎ノ門パストラル)

2月 講演会報告書『QOLを高める呼吸療法』刊行

3000部無償頒布 <みずほ福祉財団助成>

3月23日 日本再生医療学会の市民講座にコメンテーター

として参加(幕張メッセ)

5月13日 厚労省で脊髄障害医学会とともに、イラン地

23

〔資料5〕

日本せきずい基金:この10年

1999-2009

Page 12: 〔資料1〕 iPS細胞研究 ロードマップ„Š髄性筋萎縮症(SMA)は、生存運動ニューロン1遺伝子 (SMN1)の変異による常染色体性劣性遺伝疾患3)一つであ

震救援記者会見 7月26日 厚生労働記者クラブで中国での嗅粘膜移植

に関して記者会見

9月5日 読売医療フォーラム「脊髄損傷について」

講師:柴崎啓一・中村雅也 (府中グリーンプラザ)

9月 『脊髄損傷に伴う異常疼痛に関する実態調

査報告書』刊行 3000部無償頒布 森村豊明会

10月6日 第4回脊髄再生市民セミナー 「関西医大での

骨髄間質細胞移植について」(こどもの城)

報告者:京大―鈴木義久 、井出千束 、福島

雅典、関西医大―中谷壽男 10月23日 米国San DiegoでのICCP Meetingに参加

脊髄再生の国際当事者組織のICCPに加盟

12月5~8日 第4回アジア太平洋神経再生シンポジウム (千里ライフサイエンスセンター )

2005年 H17 ―――――――――――――――――――

2月 『脊損ヘルスケア・基礎編』 13000部無償配布

編集委員:柴崎啓一・岩坪瑛二・芝啓一郎・玉

垣努・富田昌男、福祉医療機構助成事業

7月8日 「脊髄再生の臨床試験計画に関する懇談会」

関西医大の臨床試験計画の3度目の懇談会 8月25~26日 「第3回幹細胞研究に関するソウル・シ

ンポジウムに参加

10月9日 第1回脊髄損傷者支援イベントWalk Again開

催 講師:岡野慶大教授・位田隆一京大教授

司会・高橋真理子・朝日新聞科学部次長

ライブ:RAG FAIR (目黒パーシモンホール) <日本損害保険協会・自賠責運用益助成事業>

11月5日 「日本整形外科看護研究会」参加 広島大

11月13-16日 ICCP年次総会参加 (ワシントンDC)

12月17-20日 第1回脊髄損傷治療と治験の国際会議

参加(香港大学)

2006年 H18――――――――――――――――――― 2月 『脊損ヘルスケア・Q&A編』 13000部無償配布

編集委員:柴崎啓一・岩坪瑛二・石田喗・生方

克之・玉垣努・富田昌男 福祉医療機構助成 3月 ICCP脊髄損傷の臨床試験ガイドライン策定

基金から1万2000ドル(約140万円)拠出

3月7日 第5回日本再生医療学会・市民公開講座 で報告(岡山市) 5月20日 第5回脊髄再生研究促進市民セミナー「ES細

胞研究の現在」 講師:中辻憲夫京大教授・

松原洋子立命館大教授 司会:町亜聖・日

本テレビキャスター(日仏会館ホール)

7月29日 ヒトES細胞に関する文科省公聴会で意見陳述

(西日本会場・大阪科学技術センター) 9月2日 第8回日本褥瘡学会ワークショップ参加 10月9日 Walk Again 2006 「脳科学から運動機能再建

へ」 講師;川人光男・伊佐正・宮井一郎・横

井浩史 司会;東嶋和子 ライブ:川嶋あい

損保協会助成(横浜ランドマークホール)

10月12日 アトランタので開催のICCP総会、

及びNeuroscience2007に参加

11月 「再生医療」 Vol5 No.4「市民の声」欄に

「脊髄再生研究への期待と課題」を発表

12月8~10日 上海で開催された第5回アジア太平洋

神経再生シンポジウムに参加 (同済大学)

2007年 H19 ――――――――――――――――――― 2月 DVD『ステップ by ステップ;脊損在宅リハガイド』

作成・6000枚無償頒布 編集協力;里宇明元

慶大教授ほか 福祉医療機構助成

5月13日 第5回神経再生研究促進市民セミナー

「骨髄間葉系細胞を用いた神経・筋変性疾患

への再生医療への展望」 講師:出澤真理京大

准教授、国府田正雄・東金病院整形外科部

長(ヴィラフォンテーヌ汐留)

10月8日 Walk Again 2007 「神経再生研究に関する国

際シンポジウム」 講師:岡野栄之・H.キース

テッド、内田伸子・中村雅也・国府田正雄・森

啓太(東京国際交流館) 損保協会助成事業

10月 ICCP編『脊髄損傷の実験的治療』、1000部刊

赤十字語学奉仕団訳

11月 「nature」誌11月1日号の「社会貢献活動――

施しのない国」の記事で基金の活動を紹介

11月2日 San Diegoで開催のICCP総会、

及びNeuroscience2007に参加 12月 「脊椎脊髄ジャーナル」12月号の座談会「脊髄

再生研究・臨床応用へのロードマップ」に参加

2008年 H20 ――――――――――――――――――― 2月 『脊髄損傷者の社会参加マニュアル』 18000

部刊・無償配布 編集委員:住田幹男・徳弘

昭博・真柄彰・古澤一成 福祉医療機構助成

2月2日 シンポ「患者の手で再生医療の促進を」

講師:R. Goldstein・米国若年性糖尿病財

団科学部長、井上達夫・日本IDDMネットワーク

理事長、岡野慶大教授 司会:東嶋和子

7月 『私もママになる!』 6000部刊行・無償配布

編集委員:牛山武久・古谷健一・道木恭子・吉

永真理 森村豊明会助成

10月5日 Walk Again 2008 シンポ「患者に語る:iPS細胞」

講師:高橋和利・中内啓光・高橋政代・澤芳樹

・岡野栄之 司会・高橋真理子(東京国際交

流館) 協賛:科学技術振興機構

2009年 H21 ――――――――――――――――――― 2月3日 「幹細胞と社会」シンポジウムで「幹細胞ツー

リズム」に関して英文報告(理研神戸)

2月4日 慶応義塾先端技術シンポジウムにて「患者の

望むiPS細胞」をテーマに報告(慶応三田)

3月7日 毎日新聞・論点「iPS細胞研究支援をどうする」

に、「難病治療に道開け」として寄稿

3月 社会人ラグビー「トップリーグ・オールスター」

チャリティ・マッチから募金123万円贈呈

6月 「BIO INDUSTRY」7月号に「脊髄損傷者

から見た再生医療実用化への要望」を発表

9月19日 基金設立10周年記念・国際シンポジウム

「中枢神経系の再生医学」 講師:山中伸弥、

H.キーステッド、A.エバート、糸山泰人、岡野

栄之 司会:長谷川聖治・読売新聞科学部次長

24

〔資料5〕 日本せきずい基金:この10年