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315 美術教育学(美術科教育学会誌),第 35 号(2014 3 月) 1)研究目的及研究方法 本研究において,幼児描画活動における キャラクター表現,描画発達促進創造 性・独創性発現等,造形的価値むとして研究推進しているしかし,単がキャラクターをければそのよう びやちがまれるではないとえら れるこれまでキャラクター 表現 研究対象 にしているのはH.GardnerHaword Gardner1980),辻政博(2003),栗山誠 2007)等 である 1) これらの 研究 におい キャラクター表現3 4 幼児うものであることがされてきたしか ,本研究観察対象とした男児 A 1 9 から見立てによるキャラクター表現,意図的にキャラクターをめたの 1 10であることから,先行研究おける発現年齢とのいがられるこれ ,幼児描画能力やキャラクター商品している程度だけでなくこの表現幼児する指導環境影響している えられるそこで本研究では,観察対象 本研究,保育施設におけるキャラク ター表現する保育者指導について 考察することを目的とする。観察対象児 (男児 A1 9 から 3 3 までに,家庭保育施設いた作品収集とキャラクター描画観察キャラクター表現変容整理この表現における発達論述したれを,各変容場面における指導するキャラクター幼児造性独創性発現させるにはキャラ クター表現特別視することなく,保育 表現受容,変容精神的余 つことが重要であることが判明しかしこの表現する指導一般的描画指導きくわらないこ とから,逆説的にキャラクター表現造形的価値むと結論した幼児描画活動におけるキャラクター表現受容指導 Accepting and Guiding Character Depictions in Children’s Drawing Activities * 青陽 結 SEIYO Yui ** 髙橋敏之 TAKAHASHI Toshiyuki * 青陽結/岡山大学大学院教育学研究科発達支援学専攻幼児教育 コース SEIYO, Yui Okayama University Graduate School of Education Masters Program E-Mail: [email protected] ** 髙橋敏之/岡山大学大学院教育学研究科 TAKAHASHI, Toshiyuki Okayama University E-Mail: [email protected] 1キャラクター表現する指導 必要性 Art Education Association NII-Electronic Library Service

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315美術教育学(美術科教育学会誌),第 35号(2014年 3月)

(1)研究目的及び研究方法 本研究において,幼児の描画活動におけるキャラクター表現は,描画発達の促進や創造性・独創性の発現等,造形的価値を含むと仮定して研究を推進している。しかし,単に幼児がキャラクターを描き続ければ,そのような学びや育ちが生まれる訳ではないと考えられる。 これまでキャラクター表現を研究対象に し て い る の は,H.Gardner(Haword

Gardner,1980),辻政博(2003),栗山誠(2007)等である 1)。これらの研究において,キャラクター表現は 3 ~ 4 歳の幼児が行うものであることが示されてきた。しかし,本研究で観察対象とした男児Aは, 1 歳

9 か月から見立てによるキャラクター表現を始め,意図的にキャラクターを描き始めたのは 1 歳10か月であることから,先行研究における発現年齢との違いが見られる。これは,幼児の描画能力やキャラクター商品が普及している程度の差だけでなく,この表現を行う幼児に対する指導の環境も影響していると考えられる。そこで本研究では,観察対象

 本研究は,保育施設におけるキャラクター表現に対する保育者の指導について考察することを目的とする。観察対象児(男児A)が 1 歳 9 か月から 3 歳 3 か月までに,家庭や保育施設で描いた作品の収集とキャラクター描画の観察を通して,キャラクター表現の変容を整理し,この表現における発達を論述した。それを基に,各変容場面における指導を検討する中で,キャラクター画に幼児の創造性や独創性を発現させるには,キャラクター表現を特別視することなく,保育者が表現を受容し,変容を待つ精神的余裕を持つことが重要であることが判明した。しかし,この表現に対する指導は,一般的な描画指導と大きく変わらないことから,逆説的にキャラクター表現は,造形的価値を含むと結論した。

幼児の描画活動におけるキャラクター表現の受容と指導

Accepting and Guiding Character Depictions in Children’s Drawing Activities

*青陽 結 SEIYO Yui

**髙橋敏之 TAKAHASHI Toshiyuki

*青陽結/岡山大学大学院教育学研究科発達支援学専攻幼児教育コース

SEIYO, Yui/ Okayama University Graduate School of

Education Master’s Program

E-Mail: [email protected]

**髙橋敏之/岡山大学大学院教育学研究科TAKAHASHI, Toshiyuki/ Okayama University

E-Mail: [email protected]

1. キャラクター表現に対する指導の必要性

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316 幼児の描画活動におけるキャラクター表現の受容と指導

児のキャラクター表現の変容を追跡し,この表現に対する保育者の指導について,描画作品の収集と保育実践を基に考察する。① 観察対象児 異年齢混合保育を行う事業所内保育施設(以下,「当該施設」と表記する)に在籍する男児Aを中心に観察を行った。男児Aは,家庭の協力を得ることができ,スクリブル以降の描画作品をほぼ全て収集が可能であったことに加え,男児Aが健常児であり,造形表現に対する強い指向性も,あるいはその逆の消極性も見られなかったこと,さらにキャラクターに一般的な幼児が示すような興味を示し,模写的表現を行ったことが選定理由として挙げられる。② 観察期間 2010年10月 1 日から2012年 4

月30日までの 1 年 7 か月間である。観察の頻度は,月によって週 4 ~ 5 日の時もあったが,少なくとも週 2 日を原則とした。また,午前 8 時から午後 7 時30分の開所時間のうち,約 9 時間を 1 回の観察時間とした。③ 観察条件 描画作品は,キャラクター以外を描いたものも含めて,自発自由画に限定して収集を行った。そのため,本研究で扱うキャラクター画は,幼児が自発的に描いたものである。男児Aが描いた描画作品の総枚数は277枚であり,そのうち,画面の一部に描かれた場合も含め,一部のみでもキャラクターを描いている作品は,211枚であった。男児Aの描画作品におけるキャラクター画の割合は,約76%であった。 用紙は,当該施設では,主にA 4 サイズに切った模造紙を,家庭では,主にB 5 サイズとB 4 サイズのお絵描き帳を使用していたが,その他の広告紙やメモ用紙等に描画したものも収集した。描画材料は,鉛筆,色鉛筆,水性ペン,ボールペン,クレヨン等から男児Aが自由に選べるようにした。④ 手続き 1  第一著者が,当該施設に補助者として参加する中で,男児Aが描画活動をする様子を観察し,作品を収集した。

⑤ 手続き 2  保育者が指導をするためには,幼児の発達を見通すことが重要である。そこで,観察対象児のキャラクター表現の変容を把握することを目的として,男児Aの家庭における描画作品も保護者の協力を得て収集した。(2)用語の定義と整理 本研究では,キャラクターを主題にした描画作品のことを「キャラクター画」,キャラクターを描画する行為や行動を「キャラクター描画」,描かれた表現内容を「キャラクター表現」と定義し表記する。(3) 保育施設で行うキャラクター描画の意義 幼児が主に描画活動を行うのは,家庭あるいは保育施設である。家庭での描画活動と保育施設における描画活動との相違点は,周囲の環境から受ける影響や刺激の豊富さであると考えられる。保育施設では,同年齢の幼児からだけでなく,年上・年下の幼児や保育者等,刺激となる人的環境が整っている。 栗山誠(2009)は,幼児の描画発達は個人の経験の積み重ねによる構造的発達ではなく,人との関係の中で様々な影響を受けながら形態概念が進められているという関係論的観点を示している 2)。つまり,保育施設で行うキャラクター描画は,その活動を行っている幼児自身が保育者や他の幼児からの影響をより多く受け,その幼児が周りの他の幼児に対する刺激となり,集団全体として描画発達を促進すると考えられる。

2. 保育者の描画指導に対する 消極性

 研究の前提として,キャラクター描画に限らず,保育施設で行われる描画指導の課題を捉える必要がある。描画活動に対する保育者の指導は,幼児の描画発達を促すために重要である。しかし実際には,保育者が描画指導に消極的な場合もある。その要因として,以

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317美術教育学(美術科教育学会誌),第 35号(2014年 3月)

下の 2 点が挙げられる。 1 点目は,保育者自身の造形活動に対する苦手意識である。このような意識は,小学校図画工作科や中学校美術科の授業において,否定的な自己評価や教師等の他者から低い評価をされた経験によって形成されたものであろう。 2 点目は,造形教育の研究分野においても,具体的にどのような指導をすればよいかが,十分に明らかになっていないことが原因である。言葉かけ,見守り,環境設定等,保育の実践における大きな枠組みは確立されているが,描画活動の場面での具体的な指導方法は,保育者に委ねられている。そのため,描画活動の指導を行う際,保育者が本来,指導の目的としていたことと異なる捉え方を幼児がしている場合もある。 例えば,髙橋敏之(2001)は,幼児が描いた描画主題の大きさに着目した何気ない賞揚の言葉かけが,幼児には大きく描くことが良いことであると受け止められることを事例として挙げている 3)。幼児の作品を褒めることで描画意欲を高めることを目的として行った言葉かけが,結果として他者に認められる評価規準を幼児に示すことに繋がった。このように,保育者の不用意で不十分な指導は,幼児の発達を妨げる危険性がある。

3.キャラクター表現活動の各変容 場面における指導と表現の分析

 資料 1 は,男児Aの描画作品をキャラクター表現の発現と変容という観点から,筆者らが抜粋したものである。このデータを基に,造形的価値を踏まえながら,各変容場面における指導に必要な視点を述べてみよう。(1)見立ての段階 キャラクター表現の最初の契機となるのは,偶然組み合わされた図形をキャラクターに見立てることである。図 1 は,男児Aが初めてキャラクター(バイキンマン)に見

立てた作品である。幼児期の描画活動に焦点を当てて研究を行ったR.Kellogg(Rhoda

Kellogg,1969)は,「幾何的に整った矩形(正方形を含む)」「卵円形(円をも含む)」「三角形」「十字形」「斜め十字」と,「不規則な領域を取り囲む線」の 6 種を「ダイアグラム」であると述べ, 3 つ以上のダイアグラムが結合したものを「アグレゲイト」であるとしている 4)。そして,「アグレゲイト(中略)を作り始める時期になると,彼らは視覚的なアイデアの蓄積をもった小画家として行動し始める」5) と述べ,その後の描画発達や創造力の基盤となることを示唆している。このことから,スクリブル等を行う低年齢児においても自由に描画活動ができる環境を整備する必要があり,偶然できた形の組み合わせを何かに見立てた場合,描画意欲を高めるような言葉かけをすることが望ましいと考えられる。 キャラクター表現は,描画発達の一過程であるが,発達課題ではない。そのため,スクリブルをしている幼児に対して,キャラクターに見立てるように,指導や援助をする必要はない。しかし,幼児がキャラクターに見立てた場合に,一般的な描画主題と同様,肯定的な立場での言葉かけや,幼児の描画作品を介して周囲の大人と関わろうとする姿を受け止める保育者の姿勢が,その後の描画発達において重要であると言える。(2) 幼児のキャラクター表現と原画との類似

性 見立ての段階で自分の描画作品を認められた幼児は,その後,キャラクター表現を続け,徐々に原画に近いキャラクターを描くようになる。図 2 ・ 3 は「バイキンマン」を描いており,徐々に作品が原画に近付いている様子が確認できる。幼児のキャラクター画が原画に近付く要因は,以下の 2 点が考えられる。 まず,幼児のキャラクターに対する認識が

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318 幼児の描画活動におけるキャラクター表現の受容と指導

資料 1  男児 Aのキャラクター表現の発現と変容

図 キャラクター表現 関連事項

1

2010年10月15日

1 歳 9 か月

16枚目

2

2010年10月26日

1 歳10か月

20枚目

3

2010年10月29日

1 歳10か月

21枚目

4

2010年12月10日

1 歳11か月

42枚目

5

2011年 1 月17日

2 歳 0 か月

49枚目

6

2011年 1 月30日

2 歳 1 か月

51枚目

図 キャラクター表現 関連事項

7

2011年 7 月30日

2 歳 7 か月

91枚目

8

2011年10月 4 日

2 歳 9 か月

135枚目

9

2011年10月18日

2 歳 9 か月

143枚目

10

2011年11月 9 日

2 歳10か月

188枚目

11

2011年12月13日

2 歳11か月

204枚目

註 1 )関連事項の枚数は,調査を開始してからの通算描画枚数である。

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319美術教育学(美術科教育学会誌),第 35号(2014年 3月)

深まることである。図 2 ・ 3 を比較すると,バイキンマンの歯と角を新たに認識していると判断できる。 このように,年齢が上がるにつれてキャラクターをより正確に捉えることができるようになるために,原画に近付くと考えられる。 一方,幼児は,もともとキャラクターをほぼ正確に認識できるが,目と手の協応を含む描画能力が発達したことによって,イメージを描き表すことができるようになったとも考えられる。これは, 1 枚の用紙の中に試行錯誤しながらキャラクターを描いた女児Bを事例に挙げられることからも推察できる。この幼児が同じキャラクターを何度も描き直すのは,自分のイメージを上手く描き表せていないためであると考えられる。男児Aは,図

3 に至るまで何度もバイキンマンを描いており,長期的な視点で見ると前述の女児Bと同様に,試行錯誤していると判断できる。 幼児がキャラクターをどのようにイメージしているかということを解明することは,非常に難しいだろう。しかし,幼児のキャラクター画と原画との類似性が高まる 2 つの要因のどちらにも共通しているのは,幼児はキャラクター描画をする際,原画通りに描こうとはしていないということである。原画通りに描くことは,複製が目的ではないため,幼児の意識に反しており,幼児期の描画活動においてもふさわしくないと考えられる。キャラクター表現に対して否定的な立場の保育者が懸念しているのは,幼児の創造性や独創性が表現されないことである。しかし,それは原画との類似性を重要視して言葉かけをしてしまうことによって導かれるものであり,保育者の適切な指導によって,幼児の創造的・独創的な表現を発現させることができる。(3)キャラクターに対するアレンジメント 見立てや試行錯誤の段階で自分の描画作品を認められる経験をした幼児は,キャラクターを頭の中で思いのままに動かし,それを表

現するようになる。図 5 の左側の「アンパンマン」は,本来生えていない触角を付けた付属型のアレンジメントであり,右側にはアンパンマンとバイキンマンそれぞれと風船を組み合わせた合体型アレンジメントが見られる。原画では描かれていないことから,このようなアレンジメントは,幼児の創造性が表現されたものと考えられる。キャラクターと風船の合体型アレンジメントは,以降何度も繰り返され,後に示す図12を描いた 3 歳 3

か月の頃にも見られる。このような創造的な表現に焦点を当てて言葉かけをすることで,幼児は,自分の好きな表現を見付けることができる。そして,好きな表現を繰り返すことが,幼児独自の表現に繋がるため,幼児期の描画活動の目的を達成できると考えられる。(4)オリジナルキャラクターの発現 幼児は,アレンジメントの繰り返しによって,独自のイメージを表現する場合がある。図 7 のアンパンマンの下に描かれている「おばけ」は,生活の中で絵本や紙芝居等からイメージして描いたものであると考えられるが,図 8 には,男児Aが考案したオリジナルキャラクターが描かれていた。幼児は,言語発達が未熟であるため,オリジナルキャラクターに対して命名できないことが多い。指導の際には,独創的な表現が発現したことを認める言葉かけをし,自分独自のイメージを表現する楽しさを感じる,あるいは自信を持つことができるようにすることが重要であると考えられる。しかし,創造的な表現と異なり,オリジナルキャラクターに対して質問し,過度に幼児の描画世界を引き出そうとすると,幼児は言葉で説明することが難しいためにこのような表現を避けようとすることが予想できる。 また,キャラクター表現をしている幼児に対する言葉かけで注意しなくてはならないのは,保育者がオリジナルキャラクターを既存のキャラクターであると思い込む傾向にある

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320 幼児の描画活動におけるキャラクター表現の受容と指導

ということである。「この子は,いつもあのキャラクターを描く」という先入観を持って作品を見ると,突然発現する独創的な表現を見落としてしまう可能性がある。後に示す表

1 において,男児Aのキャラクター表現の発生順序と頻度を見ると分かるように,独創的な表現は,描画活動をする中で頻出するものではない。そのため,数少ない機会を見逃さず,適切な指導をする必要がある。保育者は何を描いているかという描画主題に意識を向けるのではなく,既存のキャラクターをどのように描いているか,作品にどのような変容が見られるかを把握することが,指導を行う上で重要である。(5)人物表現への移行 キャラクター表現は,描画発達における一過程であるため,幼児の描画活動は,キャラクター表現から人物表現へと移行する。幼児画における初期の人物表現は,頭足人型がよく知られている。キャラクター画の中にも,図 4 のようなアンパンマンの頭足人型が見られた。男児Aは,頭足人型を描きながら図

5 のような風船型アレンジメントが繰り返し描いた。図 5 は,単に幼児の創造性が表現されたものであると考えることもできるが,この風船型アレンジメントを契機に人物表現へ移行した幼児がいたことから,頭部の下には人体の他の部分があるという認識が表現されたと捉えることができる。 図 4 で初めて頭足人型が見られて以降,図 6 のバイキンマンや図 8 のオリジナルキャラクター,図 9 のアンパンマンも同様に頭足人型で描かれている。これまで頭足人型で描かれていた胴体を原画に似た表現で描いた作品が,図10の左端のアンパンマンである。頭足人型とは異なり,ふくらみのある胴体及び手足が描かれているが,アンパンマンの左腕は,画面の中央及び右端のキャラクターと同様に,頭部から伸びている。その後,同様の表現を続け,胴体から腕が伸びたキ

ャラクターを初めて描いたのは20日後である。このことから,男児Aの場合,腕に関しては描画能力が伴っていないのではなく,認識が不十分なために頭足人型で描くと推察できる。このように,幼児がどの程度,人体を認識でき,それを描画にどのように再現できるかについても,幼児が描くキャラクター画によって把握できる。 また頭足人型は,人物表現において胴体を描く前段階となり得ることから,キャラクター表現にも使われると推察される。男児Aは,頭足人型を描き続け,図11を描いた 2

歳11か月の時には,胴体のある人物を描いた。これまで人物の顔を頭足人型によって表現したことはないが,キャラクターの顔を用いて頭足人型を描いた結果,胴体を含めた人物表現に発展したと判断できる。そのため,キャラクター描画をしている幼児に対して,人物表現をするように強制的に指導することや,人物表現の方が良い表現であるということを幼児が感じるような指導をするのではなく,キャラクター表現をする幼児の描画意欲を高めることで,人物表現へと発展させるのが望ましいと考えられる。

4.描画活動の特徴を活かした保育 形態と環境構成

(1)幼児間の発想の模倣 これまで男児Aの作品を取り上げ,キャラクター表現が変容する過程を述べたが,一方で,キャラクター表現に変容が見られない幼児も存在する。例えば,男児Aと同じ保育施設に在籍している女児Cは,意欲的にアンパンマンシリーズのキャラクター描画をしていたが,顔のみを描くことが特徴だった。男児Aのように,胴体を描く様子やアレンジメントを加える様子は,見られなかった。 このように,キャラクター表現の一段階から発展が見られない幼児に対して,描画活動

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321美術教育学(美術科教育学会誌),第 35号(2014年 3月)

における幼児間の模倣が起こることを予測して指導を行った。男児Aと女児Cが在籍している保育施設では,描画活動をしている時は集中できる環境を用意するため,幼児同士が離れた位置でそれぞれに描画活動を行っている。しかし,幼児が他の幼児の描画作品が見える場所で描画活動を行った場合,一般的な描画において幼児間の模倣が起こることは,奥美佐子(2012)によって明らかにされている 6)。幼児間の模倣に対して否定的な立場の保育者もいるが,奥(2012)は,子ども間の模倣の効果として,創造的な表現へ向かう刺激が得られることを挙げている 7)。 そこで,男児Aと女児Cが,ほぼ同時にキャラクター描画を始めた際,男児Aの隣に女児Cの描画環境を設定した。このような環境で描かれたのが図12・13であり,前者が男児Aの作品,後者が女児Cの作品である。

  2 つの作品は,よく似ており,幼児間の模倣があったことは,明らかである。女児C

は描画中,これまでと同様にアンパンマンとバイキンマンの顔のみを描いて満足していた。しかし男児Aが,自分が好んでいるキャラクターと風船を組み合わせたアレンジメントを描画した後,それを見た女児Cも同様にキャラクターそれぞれに風船のひもを付け加えた。当該施設の保育者は,描画中の幼児に言葉かけをすることはないため,男児A

を賞賛し女児Cにアレンジメントが良いことだという印象を与えた訳ではない。女児C

は,男児Aの発想によって描画意欲が刺激され,自発的に模倣が行われたと考えられる。

 女児Cが描いた図13は,作品を見ればキャラクターにアレンジメントを加えたものと捉えられるが,実際は模倣の結果である。そのため,女児Cの創作的な表現であるとは言えない。しかし,この模倣が行われた 3

日後には,アンパンマンの顔を用いた頭足人型と人物の顔を用いた頭足人型が見られた。このことから,模倣によって得られた発想が,その幼児の描画発達を促進させる可能性を指摘できる。キャラクター表現の指導において,描画をする際の幼児同士の位置関係は非常に重要であり,描画作品や描画中の姿から判断し,発達が停滞している幼児には,他の幼児の発想を模倣できる位置に描画環境を整えることが,具体的な 1 つの指導法として考えられる。(2) 異年齢児との交流による描画意欲の向上 当該施設は,異年齢混合保育であるため,異年齢児交流が日常的に行われている。描画活動においても,異年齢児が交流することで相互に影響を受けている様子が見られた。

  1 歳 8 か月の女児Dは,キャラクターを描画に取り入れることに興味を持っているが,自分で描くことよりも保育者に描いてもらい,自分の作品にキャラクターが描かれていることを楽しんでいた。図14右辺のスクリブルの後も,女児Dは保育者に「アンパン」と言いながら鉛筆を渡し,キャラクターを描くことを求めた。しかし,その場面で 3

図 14  1 歳 8 か月の女児 Dと 3 歳 3 か月の男児 Aの作品 (2012. 4 . 2 )

図 12  3 歳 3 か月の男児 Aの 作品(2012. 4 . 2 )

図 13  3 歳 3 か月の女児 Cの 作品(2012. 4 . 2 )

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322 幼児の描画活動におけるキャラクター表現の受容と指導

歳 3 か月の男児Aが「A,かいてあげる」と言い,図14の中央下に「アンパンマン」「バイキンマン」「メロンパンナちゃん」「ドキンちゃん」を描いた。男児Aが描くたびに,女児Dがキャラクターの名前を呼びながら喜ぶ姿を見ることで,男児Aも「もっとかいてあげるよ」と言いながら,意欲的にキャラクター表現を行っていた。 男児Aにとって,自分より年下の幼児に頼られ,自分が描いたキャラクターが喜ばれる経験は,描画活動に対する自信や意欲に繋がっていた。女児Dは,男児Aのキャラクター描画を見て楽しみ,自分の作品に好きなキャラクターが描かれることで満足感を得ていた。そして,その後も保育者や男児Aにキャラクターを描いてもらう体験を積み重ねることで, 2 歳 3 か月になった頃には,女児Dは自分が描いたスクリブルをキャラクターに見立てるようになった。このように,キャラクター表現における異年齢児の交流によって,男児Aは,描画に対する自信を持ち,女児D

は,満足感と次の発達に繋がる描画活動への意欲を得られたと判断できる。(3)イメージの違いによる描画意欲の低下 キャラクターが描画主題である場合,他の主題と異なり,原画があるため完成形が決まっている。前述したように,保育者が幼児のキャラクター画に対して,完成度を基準にした声掛けをしないように留意していたとしても,他の幼児は率直に自分の意見を言ってしまうことが多い。実際に,男児Aがキャラクター描画をしている際,同年齢の男児Eが「これ,ちがうよ」「にてないー」と男児Aの作品に意見を言ったことで,その後,男児E

がいない時にのみ,キャラクター描画をする姿が見られた。 同年齢や異年齢の幼児と交流することで高め合う姿が見られることもあるが,幼児同士のイメージの違いによって,描画意欲を低下させてしまうこともある。このような場合に

必要となるのが保育者による適切な援助である。髙橋敏之(2006)は,造形活動に没頭している幼児への指導に関して「できるだけ邪魔しないように熱意をもって見守り,注意をそらすようなことを決してしないように気をつけるべきである」8) と述べている。このように,集中できる環境を設定することが,保育者の援助として重要である。 そして,集中力を低下させてしまうのは,保育者の言葉かけだけでなく,周囲で遊んでいる幼児の発言であることもある。周囲の幼児が,キャラクター描画をする幼児に対して発する言葉に悪意はなく,その子の率直な意見である。しかし,その意見には原画を基準にした作品の評価が含まれる場合が多い。集中力や意欲を低下させてしまうことがないように,キャラクター描画を行う幼児に対して,無理のない範囲で周囲の幼児が声を掛けないようにすること,あるいは話し掛けている幼児には,近くで一緒に描くように提案することで,集中して取り組むことができる描画環境を確保することが求められる。

5. 保育者に求められるキャラクター 表現に対する指導や援助

(1)応答的な関わり 幼児の描画作品には,独自の世界がある。例えば図 9 では,男児Aは最初にアンパンマンを描いていた。このアンパンマンは,手を曲げて表現されているため,「アンパンマン,何してるところ?」と尋ねると,「アンパンマンがダンスしてるところ」と答えた後,「ゆきのなかでダンスしてるんよ」と言い,上辺の雲や下辺の雪を描き足した。そして,雪というイメージから,画面の右端に「ゆきだるまのけいたい(携帯電話)」を描き加えた。 このように幼児は,描画の世界を広げながら自分のイメージを膨らませ,表現する。保

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323美術教育学(美術科教育学会誌),第 35号(2014年 3月)

育者が,幼児の作品に興味を持ち,描画主題に着目した言葉かけをすることで,幼児が持つ創造性が表現されると言える。保育者が問いかけや言葉かけをし,幼児が返答するという応答的な関わりを繰り返すことが,幼児の思考や内面世界にある独自のイメージを引き出し,明確にし,膨らませる。イメージが膨らむことによって,男児Aのように創造性・独創性が,作品に表現される場合がある。つまり,キャラクター描画を行う幼児に対する保育者の応答的な関わりの繰り返しは,豊かな表現へと導く指導になると指摘できる。(2)共感的理解と受容 表 1 は,男児Aのキャラクター表現の発生順序と頻度を整理したものである。男児A

は,創造性・独創性が表現されるアレンジメントやオリジナルキャラクターを描く段階に至るまで,約 6 か月間,模写的表現を行った。この間,男児Aは,アンパンマンシリーズを中心に複数のキャラクターを描いている。このような表現をする幼児は,主題となるキャラクターを変えながら,長期間同じ表現を繰り返す場合がある。表 1 で示している通り,特に模写的表現は期間,枚数ともに,キャラクター表現において大きな割合を占めている。 キャラクターは既存のイメージであるため,キャラクターを描き続ける幼児の作品には,創造性が表現されていないと不安を感じる保育者もいるだろう。しかし,男児Aの作品には 2 歳 3 か月以降,オリジナル表現やアレンジメントが見られるように,キャラクター表現は,イメージを描く段階から創造的・独創的な表現へと変容し,豊かな描画表現へと深化・発展する。そのため,キャラクター表現の指導を行う保育者には,幼児の描画表現の変容を待つ精神的余裕が求められる。一方で,保育者が危惧しているように,キャラクター表現は描画発達の一過程であるため,この表現に拘泥・偏執することは避け

表 1  キャラクター表現の発生順序と頻度

註 1 ) *印は, 1 個が各表現作品 1 枚を示す。  2 ) 複数の表現が同一平面にある場合は,それぞれのパター

ンごとに枚数を数えた。  3 ) 年齢は簡略化して示しており,例えば「 1 .11」は 1 歳11

か月を意味している。

年齢 見立て 模写的表現アレンジメント(頭足人型表現を含む)

オリジナル表現

人物表現

他の主題

1 . 9 **

1 .10 ***** *****

1 .11 ******************

2 . 0 ****

2 . 1 ****

2 . 2 *

2 . 3 ** *

2 . 4 ***** *

2 . 5 ***

2 . 6 ****** ***

2 . 7 ********* *******

2 . 8 ***********

*

2 . 9 *****************************

***********************

****

2 .10***************************

***************

***

2 .11

************************************************

********** ** **

3 . 0 **************************

******** **

3 . 1 ***** *** * **

3 . 2 **** * *

3 . 3 ** * **

るべきである。 本研究で扱うキャラクター描画は自発的に描画を始め,幼児自身が主題を設定する自発自由画を描く活動に分類されるため,保育者等によって主題が設定された課題画よりも自由度の高い活動であると言える。 しかし,描画主題が偏向する場合は,自由

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324 幼児の描画活動におけるキャラクター表現の受容と指導

度が低い活動になっていると言える。幼児は本来,描画活動において人物,動物,植物等のような様々な主題を自分の興味に従って描く。つまり,キャラクターを幼児の身の周りにある環境として捉えた場合,幼児期には,他の環境にも目を向ける必要がある。このことから,描くキャラクターは異なっていても,大きく分類した場合に,長期間にわたって,既存のキャラクターしか描いていない幼児には注意しなければならない。どの程度の期間を長期間と規定するかは議論が分かれるだろう。しかし,他の主題を描くように強制的な指導をするのではなく,応答的な関わりやその幼児に適した描画環境を整備しながら,キャラクター表現を見守ることが重要である。(3)幼児独自の表現からの子ども理解 前述の通り,キャラクター描画をしている幼児は,正確に模写をして複製を作っている訳ではない。つまり,キャラクター表現は,幼児にとっては,能動的な模倣表現である。ここで問題になるのは,能動性を捉える指標であるが,キャラクター表現の場合,以下の

2 点を挙げることができる。 1 点目は,幼児は原画や手本を見ながらキャラクターを描かないことである。見立ての段階や,模写的表現の初期には,先に挙げた女児Dのように,保育者や保護者にキャラクターを描くことを求めることがある。しかし,試行錯誤する段階では,原画を見ることもなく, 1 人で集中して描く姿が見られた。キャラクター画にその子らしさが表れるのは,幼児の視覚と内面と思考のフィルターを通って,キャラクターのイメージが形成されるためである。これは,キャラクター表現が模写的表現である根拠になる。 2 点目は,幼児がキャラクターに対してアレンジメントを加えることである。イメージを描き表すだけでなく,キャラクターを自分の思い通りに動かしたいという感情がアレンジメントとして作品に現れる。

 このように能動的な表現であることから,同じキャラクターを描いていても,それぞれの幼児によって描き方が異なる。キャラクター画に表れるその子らしさを把握することは,子ども理解に繋がる。例えば,用紙全面を使うこと,あるいは大きく描くことのみを指導するのではなく,小さく描いている幼児の表現も受容することで,それぞれの幼児らしい表現を身に付けることができる。このような指導が,子ども理解を前提にした受容的な描画指導であると言える。(4)描画発達の把握 描画発達は,同じ年齢でも経験の差によって個人差がある。保育施設では,自由画だけでなく,課題画を描く設定保育が行われる。設定保育において課題画を描く場合,幼児の描画発達を考慮して主題を選択しなければ,幼児の描画意欲を減退させたり,「絵が描けない子ども」として幼児自身に問題があるかのように捉えられたりしてしまう。つまり,自由画に限らず課題画の場合においても,適切な指導や課題の設定には,幼児の描画発達の実態を把握する必要がある。 キャラクター表現では,幼児自身が描画主題を選択し,試行錯誤しながら描画能力を発達させていく。そのため保育者は,作品に描かれたキャラクターを分析することによって,幼児が現在描くことができる図形やイメージを再現する能力,そして見たものを絵として表現する能力の発達を知ることができる。設定保育において描画活動をする際,描きたいという意欲を高める導入が重視され,描画主題は,これまでの保育経験から,「このぐらいは描けるだろう」と感覚的に発達を捉えて選択される。しかし,導入だけでなく,日々の自由保育で描かれているキャラクター画を含めた自発自由画から幼児の描画発達を正しく理解し,適切な描画主題を選択することも重要であると言える。

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325美術教育学(美術科教育学会誌),第 35号(2014年 3月)

(5) 低年齢児保育における自由な描画活動の充実

 保育施設において,特に 0 歳児から 2 歳児の低年齢児の保育室には,自由に描画活動を行うことができる環境が整っていない場合がある。それは,当該施設と同様に,誤飲等の事故防止の観点から,描画材料を幼児の手の届く位置に置くことが不適と考えられているためであろう。前述の通り,スクリブルをキャラクターに見立てることが,キャラクター表現の始まりであり,男児Aの場合, 1 歳

9 か月から見立てが始まった。また,幼児の創造的・独創的な表現であるオリジナルキャラクターは 2 歳 3 か月に,アレンジメントは 2 歳 6 か月で発現した。つまり,低年齢児のキャラクター表現にも,造形的価値が含まれていると言える。 自由画について研究した奥美佐子(2010)は,「描画の環境も様々に選択して構成されるが,自由画は子どもたちの描画表現力を最も素直に発揮させることができる描画方法であり,なによりも表現に向かう子どもの主体性が描画の契機として存在する」9)

と述べている。また,丁子かおる(2006)は,「自ら興味のある対象を描く経験の量に比例して,子どもたちの描画の発達は進む」10) と述べ,設定保育における課題画の意義について認めつつも,幼児自身が描画主題を設定する自発自由画の重要性を強調している。これらのことから,自発自由画を描くことは,幼児にとって描画発達の促進や,創造性・独創性の発現に繋がる重要な活動であると考えられる。そのため保育者には,幼児が自ら絵を描きたいという描画意欲を増幅させるような環境を設定することで,自発自由画を描く機会を保障することが求められる。(6)他の表現を伴う描画表現と指導の機会 図15は,男児Aが家庭で描いた作品である。この作品には「絵のあたまの上にあるのがボタンらしく,押すとA(男児A)がアン

パンマンのまねして話してくれました」と保護者のメモに書かれていた。幼児にとって商品化されたキャラクターは,静的な環境の一部であると捉えられる。しかし,幼児が好むキャラクターの多くは,アニメーションから派生したものであるため,動きを伴う。Luquet(G.H.Luquet,1927)は,幼児は動的で変化を伴う情景を描く際,一部分を切り取って描写することがあると述べ,これを絵物語の「象徴型(type symbolique)」と名付けた 11)。

 キャラクター表現においても,図 9 ・15のように,動きを描写した作品が見られた。しかし,図15の作品で幼児が表現したかったことは,キャラクターが話している姿である。図 9 のダンスをしている様子は,手足を折り曲げて描くことで特徴を示すことができるが,話している様子は,特徴を捉えることが難しい。そのため,男児Aは,図15にボタンを描き込み,自分がキャラクターに代わって話すことで,動的なキャラクター表現を完成させている。周囲の大人が受容的に関わることで,描き表すことができない自分の創造性を,言語という別の表現を使って表している。このことから,キャラクター表現に応答的に関わることで,様々な表現へと派生することが指摘できる。 また,これまで周囲の大人から話しかけられていたが,ボタンを押すことを保護者に求めることによって,男児A自身が,保護者を

図 15  3 歳 2 か月の男児 Aの作品(2012. 2 .27)

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326 幼児の描画活動におけるキャラクター表現の受容と指導

1) ①Gardner, H., Artful Scribbles:The Significance of Children’s Drawings, New York, Basic Books Inc., 1980,

pp.125-146.(星三和子/訳『子どもの描画-なぐり描きから芸術まで』,誠信書房,1996,pp.100-118.)②辻政博『子どもの絵の発達過程 全心身的活動から視覚的統合へ』,日本文教出版,2003,pp.49-50. ③栗山誠「描画活動における幼児の思考とことばの関連」『大阪総合保育大学紀要』第 2 号,2007,pp.129-131.

2) 栗山誠「幼児の描画活動における他者からの影響-影響のタイポロジー-」『大阪総合保育大学紀要』第 4 号,2009,pp.145-156.

3) 髙橋敏之「保育者の専門性としての造形理解と幼年造形教育学の構築」『保育学研究』第39巻第 1 号,2001,p.21.

4) Kellogg, R., Analyzing Children’s Art, Mayfi eld Publishing

Company,1969,pp.45-52.,(深田尚彦/訳『児童画の発達過程-なぐり描きからピクチュアへ-』,黎明書房,1998,pp.49-58.)

5) Kellogg, op.cit.,p.52.,前掲訳書,p.58.

6) 奥美佐子「描画過程における子ども間の模倣の研究-模倣を創造へ導くために」『神戸松蔭女子大学研究紀要人間科学部篇』No. 1 ,2012,pp.61-73.

7) 奥,前掲,p.72.

8) 髙橋敏之「造形表現の環境と援助」(名須川知子・髙橋敏之『保育内容「表現」論』),ミネルヴァ書房,2006,p.67.

9) 奥美佐子「自由画における子ども間の模倣 1 -自由画とは何か-」『神戸松蔭女子大学研究紀要人文科学・自然科学篇』51巻,2010,p.32.

10) 丁子かおる「造形表現の環境と援助」(名須川知子・髙橋敏之『保育内容「表現」論』,ミネルヴァ書房,2006,p.108.)

11) Luquet, G.H., Le Dessin Enfantin, Nouvelle édition, Paris, Librairie Félix Alcan., 1935,pp.205-207.(須賀哲夫 /訳『子どもの絵』,金子書房,1979,pp.220-221.)原著刊行,1927

描画世界に引き込もうとしていると判断できる。保育施設においても同様に,キャラクター表現を受容し,保育者が描画作品を介して幼児と関わり続けていれば,次第に幼児から積極的に保育者との関わりを求めるだろう。一般的に自発自由画は,自由遊びや隙間時間に行われることが多く,保育者は,機会を捉えて指導することが難しい。しかし描画後,幼児の方から積極的に保育者に関わる場合は,最も適した指導の機会を幼児自身が提供している。指導内容だけでなく,指導の機会を含めて適切な指導を考えた場合,表現を受容し,応答的な関わりを続けることで,作品を介して幼児から関わろうとする態度を育てることが重要である。

6. 指導の在り方から見た キャラクター表現

 これまでの研究では,キャラクター描画をする幼児に対する指導については触れられていないが,男児Aは家庭と保育施設ともに,キャラクター表現に対して非常に受容的な環境で描画活動を行ってきた。幼児 1 名のデータであるため,作品の変容過程や発現・変容する年齢を一般化することは難しいが,このような環境がより低年齢児の描画活動を豊かにすると考えられる。 また筆者らは,キャラクター表現は,一般的な描画表現とは異なる指導が必要ではないかと予想し,研究を推進した。しかし既述の通り,この表現に必要な指導は,幼児の表現に対する受容と共感,応答的な関わり,表現の変容を見通した指導や臨機応変な描画環境の設定等,一般的な表現活動に対する指導と大きく変わらないことが判明した。このように,必要な指導が変わらないということは,逆説的にキャラクター表現は,一般的な描画表現と同様の造形的価値があると判断できる。キャラクターが描画主題になっていたと

しても特別視することなく,一般的な描画指導と同様の指導をすることで,幼児の表現は変容する。保育施設において,キャラクター表現が,どちらかと言うと否定的に受け取られている現状を考慮すると,保育者がこの表現を先ずは受容する姿勢や態度が,現在最も重要であると言える。

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